〔令和6年度税制改正〕 中小企業倒産防止共済掛金の損金算入特例の見直し 税理士 坂井 晴行 1 中小企業倒産防止共済(経営セーフティ共済)の概要 (1) 目的 中小企業倒産防止共済(以下「倒産防止共済」という)は、取引事業者が倒産した際に、中小企業が連鎖倒産や経営難に陥ることを防ぐための制度で、無担保・無保証人で掛金の最高10倍(上限8,000万円)までの共済金を無利子で借入れができ、掛金は法人の場合には損金の額に、個人事業の場合は事業所得の必要経費に算入できる。 (2) 加入条件 共済契約を締結することができる者は、継続して1年以上事業を行っている「資本金の額又は出資の総額」及び「常時使用する従業員数」等の一定条件に該当する中小企業者(法人又は個人事業者)である。 (3) 掛金 ① 掛金月額 掛金は、月額5,000円から20万円までの範囲内で5,000円単位で設定でき、途中で増額又は減額ができる。ただし、減額の場合には、事業規模縮小や事業経営の著しい悪化等の理由がある場合に限られる。 ② 積立限度額 掛金は掛金総額が800万円に達するまで積み立てることができる。 ③ 掛金の前納 掛金は前納することができ、掛金を前納した場合には、一定割合の前納減額金が支払われる。 (4) 共済金の貸付け 加入後6ヶ月以上を経過し、かつ、6ヶ月以上の掛金を納付しており、取引事業者の倒産により売掛金債権等の回収が困難となったことにより倒産発生日から6ヶ月以内に共済金の貸付請求をしている場合には、共済契約者は共済金の貸付けが受けられる。 倒産とは、①法的整理、②取引停止処分、③私的整理、④災害による不渡り、⑤特定非常災害による支払不能が該当し、「夜逃げ」は含まれない。 (5) 一時貸付金 取引事業者に倒産が生じていなくても、臨時に事業資金を必要とする事態が生じた場合には、解約手当金のうち一定の範囲内で一時貸付金の貸付けが受けられる(令和6年4月1日現在の利率は0.9%)。 (6) 共済契約の解除と解約手当金 ① 共済契約の解除 ② 解約手当金 解約手当金は、共済契約が解除された時点において、掛金納付月数が12ヶ月以上のときに支払われ、支払われる解約手当金の額は、解除の事由及び掛金の納付月数に応じて、掛金総額の75%から100%に相当する額となる。 任意解除の場合には、40ヶ月以上の掛金の納付をしていれば、100%の解約手当金となる。 2 税務上の取扱い (1) 掛金 納付した掛金は、租税特別措置法により、その支出した金額はその事業年度の所得の金額又はその年分の事業所得の金額の計算上、損金の額又は必要経費に算入する(措法66の11、28)。 なお、個人事業の場合、事業所得以外の所得(例えば、不動産所得等)については、掛金を必要経費として計上することはできない。 この規定の適用を受けるためには、確定申告書等に損金算入又は必要経費算入に関する明細書を添付する必要がある。 (2) 掛金の前納 前納の期間が1年以内のものは、支払った日の属する事業年度又はその年分において損金の額又は必要経費に算入することができる。前納の期間が1年を超えるものは、期間の経過に応じて、各事業年度又は各年分の損金の額又は必要経費に算入される(措通66の11-3(中小企業倒産防止共済事業の前払掛金)、措通28-3(中小企業倒産防止共済事業の前払掛金)) (3) 解約手当金 法人が支払いを受けた解約手当金はその事業年度の益金の額に算入し、個人が支払いを受けた解約手当金はその年分の事業所得の金額の計算上、総収入金額に算入する。 共済契約者の死亡によるみなし解除による解約手当金は、共済契約者(被相続人)の事業所得の金額の計算上、総収入金額に算入し、準確定申告の対象となる。 また、相続税において、解約手当金の支給を受ける権利が相続財産に該当するため相続税の対象となり、準確定申告で納付した所得税額は、債務控除の対象となる。 法人が倒産防止共済に加入している場合、掛金が損金の額に算入されるため、通常、資産計上されていない。取引相場のない株式を純資産価額方式で評価する場合には、相続開始の時においてその契約を解除するとした場合に支払われることとなる解約返戻金の額を資産として計算する。 3 今回の改正に至った背景 年間240万円の掛金を3年から4年にわたり納付することで、支出した事業年度の税額を減らし、その後、任意解除することで、掛金総額の100%を解除手当金として受け取り、受取事業年度に全額を益金の額に算入することで課税の繰延べを行うことが可能な制度である。その後も再加入をすることで課税の繰延べを繰り返し行うことが可能となっている。 (例)掛金月額20万円のケース コロナ禍においては、様々な助成金や給付金があり、特に飲食業については持続化給付金などの補助金収入があった。倒産防止共済に加入し、決算月に掛金を年払いすることで補助金収入のうち最大240万円を翌年以降へ繰り延べ(当初、月払いで加入し、決算月に年払いに変更することで、最大460万円を繰り延べることも可能)、事業再開後には掛金を減額することで、一時的な臨時収入を繰り延べる手法として用いられたケースが少なくない。 インターネット上のホームページやYoutube、書籍・雑誌などで、倒産防止共済による節税をアピールするページが数多く存在しており、中小機構のアンケート調査によると、加入理由として「税制上の優遇措置があるため」がトップで約20%から30%が節税目的による加入と推定される。本来の制度の趣旨である「取引先に不安」を加入理由とした回答は約2%にすぎなかった。 また、中小企業庁の資料によれば、共済金貸付の発生は減少傾向にあるにも関わらず加入が急増しており、解約手当金の支給率が100%となる加入後3年目、4年目の解約件数が多く、さらに2年未満で再加入する者は再加入者の約80%を占めている。 ほかにも、任意解除せずに、低利率による一時貸付金を受けることで、課税の繰延べの効果を享受したまま、納付した掛金の一部を受け取るといった手法も想定されており、制度の趣旨とは異なる目的で利用されている実情が散見されている。 4 改正内容及び実務における留意点~解約時期を気をつける必要性等~ 令和6年度税制改正により、倒産防止共済の解除があった後、同共済契約に再加入した場合には、その解除の日から同日以後2年を経過する日までの間に支出する掛金については、損金の額又は必要経費に算入できなくなった。 上記の改正は、令和6年10月1日以後の共済契約の解除について適用される(改正法附則53、30)。 上記の「解除」は、(ア)任意解除、(イ)機構解除、(ウ)みなし解除も含まれる(共済法7②③④)。 損金算入ができない期間内に支出された掛金は、資産計上し解約手当金を受け取った時点で取り崩すこととなる。また、解約手当金を受け取ることができないことが確定した場合には、資産計上した金額が損金算入される。 今回の改正は税務上の取扱いである租税特別措置法の改正であり、中小企業倒産防止共済法の改正ではないため、解除後の再加入は可能である。令和6年10月1日以後に倒産防止共済契約を解除し、その後再加入した場合には、解除の日から同日以後2年を経過する日までの間、掛金の損金算入が制限されることになるため、資金繰りのために解除を計画しているのであれば、任意解除のほかに、一時貸付金を利用する方法や再契約期間中の掛金を最低限で抑えるなどの方法を検討する必要がある。 (例)解除後に直ちに再加入した場合 損金算入できない期間の掛金を月額5,000円にし、資産計上額を最低限に抑え解除後2年経過後に掛金を増額することで損金算入額が最大になるように計画することも可能だが、再加入後2年間の課税の繰延べ効果は少なく、損金算入できない期間を設けたことにより、3年から4年といった短期間に加入と解除を繰り返すといった行為の抑制につながると考えられる。 5 適用時期(経過措置) 上記改正は、中小企業者の締結していた倒産防止共済契約を令和6年10月1日以後に解除をした場合に適用され、令和6年9月30日以前の解除については従来どおりの取扱いとなる(改正法附則53、30)。 (了)
令和6年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第5回】 (最終回) 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 Ⅳ 戦略分野国内生産促進税制 戦略分野国内生産促進税制については、次の❶~❸の要件のいずれにも該当しない事業年度は適用することができない(繰越控除を除く。新措法42の12の7⑦⑧⑨⑩⑪⑫⑰⑱)。 ここで、❶~❸の要件は、特定税額控除規定の不適用措置(措法42の13⑤)の要件と基本的な取扱いは同じとなる。 ただし、戦略分野国内生産促進税制を適用する場合、大企業又は中小企業者等に関係なく、この適用可否の判定が必要となる。 また、グループ通算制度を適用している場合であっても、この適用可否の判定は、各通算法人(個社)で判定することとなる。 さらに、その事業年度が設立事業年度又は合併等事業年度のいずれかに該当する場合、所得金額に係る要件は満たさないこととなるが、その事業年度が設立事業年度又は合併等事業年度に該当しているかについては、グループ通算制度を適用している場合も各通算法人(個社)で判定することとなる。 そして、合併等事業年度とは、その法人が、合併、分割、現物出資(分割又は現物出資にあっては、事業を移転するものに限る。以下、「合併等」という)、事業譲渡、特別の法律に基づく承継に係る合併法人、分割法人、分割承継法人、現物出資法人、被現物出資法人、譲渡法人、譲受法人、被承継法人、承継法人である場合における合併等の日、事業譲渡の日又は承継の日を含む事業年度(その法人の設立事業年度を除く)をいう(新措法42の12の7⑲)。 また、通算法人である法人について、次の事業年度(その法人の設立事業年度を除く)が合併等事業年度に該当する(新措令27の12の7⑰⑱)。 [通算法人の事業年度で合併等事業年度に該当するもの] すなわち、その法人のグループ通算制度の開始日、加入日、離脱日、取りやめ日を含む事業年度については、合併等事業年度に該当し、所得金額に係る要件の判定ができないこととなり、継続雇用者給与等支給額に係る要件及び国内設備投資額に係る要件により戦略分野国内生産促進税制の適用可否を判定することとなる。 この点も、特定税額控除規定の不適用措置(措法42の13⑤)と同様となる。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 財務省主税局「令和6年度税制改正(案)について(日本租税研究協会税制改正説明会)」28頁 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 財務省主税局「令和6年度税制改正(案)について(日本租税研究協会税制改正説明会)」29頁 Ⅴ イノベーションボックス税制 イノベーションボックス税制とは、青色申告法人が、令和7年4月1日から令和14年3月31日までの間に開始する各事業年度(対象事業年度)において特許権譲渡等取引を行った場合に、特許権譲渡等取引に係る所得金額を基礎として計算した金額の合計額(その対象事業年度の所得金額を限度とする)の30%に相当する金額の損金算入(所得控除)ができる措置をいう(新措法59の3、新措令35の3)。 特許権譲渡等取引は、①居住者又は内国法人(関連者を除く)に対する特定特許権等の譲渡、②他の者(関連者を除く)に対する特定特許権等の貸付けをいい、特定特許権等とは、(1)特許権と(2)人工知能関連技術を活用したプログラムの著作物のうち日本の国際競争力の強化に資するものとされる一定のもの(適格特許権等)で適用対象法人が令和6年4月1日以後に取得又は製作をしたものをいう(新措法59の3①②、新措令35の3①~⑩)。 通算法人が各事業年度(通算親法人の事業年度終了の日に終了するものに限る)においてイノベーションボックス税制を適用する場合、損金算入限度額(30%を乗じる対象額の限度額)の基礎となるその対象事業年度の所得金額は、その通算法人及び他の通算法人(同日においてその通算法人との間に通算完全支配関係があるものに限る)のその事業年度又は同日に終了する事業年度の通算前所得金額及び通算前欠損金額を基礎として計算した通算所得基準額に達するまでの金額とする(新措法59の3①③、新措令35の3⑪)。 具体的には、通算法人がイノベーションボックス税制を適用する場合、損金算入限度額(所得金額×30%)の基礎となる所得金額は、その通算法人の対象事業年度(通算親法人の事業年度終了の日に終了するものに限る)の所得金額のうち通算所得基準額に達するまでの金額とする(新措法59の3①③、新措令35の3⑪)。 通算所得基準額の計算方法は、以下のとおりとなる(新措令35の3⑪)。 [通算所得基準額の計算方法] また、上記の計算については遮断措置(全体再計算を含む)が適用される(新措令35の3⑫⑬⑭)。 この場合、通算所得基準額は、次の金額の合計額が0を超える場合には、当初の通算所得基準額から当該合計額を控除した金額とする(新措令35の3⑬)。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 財務省主税局「令和6年度税制改正(案)について(日本租税研究協会税制改正説明会)」32頁より抜粋 ※画像をクリックすると別ページ(経済産業省ホームページ)でPDFが表示されます。 (※) 経済産業省「令和6年度(2024年度)経済産業関係 税制改正について(令和5年12月)」7頁より抜粋 (連載了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第45回】 「〔第5表〕直前期末の直前に土地の売買契約を締結した場合の 売主法人における資産の部及び負債の部の計上金額の留意点」 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲(令和6年8月1日相続開始)が100%所有している甲株式会社の株式を長男が相続していますが、甲株式会社の資産の中に駐車場として賃貸していたA土地があります。A土地は令和6年3月1日に売買契約を締結し、同日に10,000千円の手付金を受領し、令和6年6月1日に引渡しを行っています。 甲株式会社は3月決算で直前期末は令和6年3月31日となり、売買契約の内容及び時系列の詳細は下記の通りです。 この場合に、甲の相続税の甲株式会社の株式価額の算定上、第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」のA土地の売却に関連する資産の部及び負債の部に計上する相続税評価額及び帳簿価額はそれぞれいくらになりますか。 なお、純資産価額の計算においては、直前期末方式(直前期末の資産及び負債の帳簿価額に基づき評価する方式)により計算するものとします。 A土地の帳簿価額、路線価に基づく相続税評価額は、下記の通りとなります。 A 第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の資産の部及び負債の部に計上する相続税評価額及び帳簿価額は、下記の通りとなります。土地売却益に対する法人税額等の負債計上については、明確な根拠があるわけではありませんが、仮決算方式との整合性の観点から認められるものと考えられます。 ◆ ◆ ◆ ① 仮決算方式と直前期末方式 第5表の純資産価額の計算は、原則として仮決算方式で評価するべきこととされていますが、評価会社が課税時期において仮決算を行っていないため、課税時期における資産及び負債の金額が明確でない場合において、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しく増減がなく評価額の計算に影響が少ないと認められるときは、直前期末方式により計算することができるものとされています。 したがって、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しく増減がある場合については、直前期末方式により計算ができません。 仮決算方式と直前期末方式を比較すると下記の通りとなります。 (※) 帳簿価額は、会計上の帳簿価額ではなく税務上の帳簿価額となります。 ② 売買契約締結後に課税時期が到来した場合の相続財産の種類と相続税評価 売買契約締結後、引渡しの前に売主に相続が発生した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、土地及び建物ではなく、その売買契約に基づく残代金請求権となります。 昭和61年12月5日の最高裁判決(TAINSコード:Z154-5840)は、被相続人が生前に行った農地の売買契約が履行されている中で相続が発生した場合に、相続財産が農地であるのか債権であるのか、その評価はどうするかが争われた事例となります。 納税者は、被相続人が売買契約を締結した農地について、所有権移転が完了していないことから、土地として路線価により評価し、相続税の申告を行ったことに対して、課税庁は、所有権移転登記は完了していないものの、所有権は移転しており、未収債権が存在するとして、相続財産は売買残代金債権であるとした更正処分を行いました。 これに対して、最高裁は次の通り判示し、納税者の請求を棄却しました。 上記の判決を踏まえて、国税庁の取扱いにおいても、土地等又は建物等の売買契約締結後、売主から買主への引渡しの日(農地法所定の許可又は届出を要する農地等である場合には、その許可の日又はその届出の効力の生じた日後にその土地等の所有権が売主から買主へ移転したと認められる場合を除き、その許可の日又は届出の効力の生じた日)前に売主に相続が開始した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、その売買契約に基づく相続開始時における残代金請求権とされました(国税庁資産税課情報第1号(平成3年1月11日付))。 ③ 本問への当てはめ 本問の場合には、令和6年3月1日の売買契約の締結時において手付金10,000千円を受領していますので、会計上及び税務上の仕訳は下記の通りとなり、令和6年3月31日の決算において前受金が負債の部に計上されています。 そして、上記②の取扱いにより、土地の売買契約締結後、引渡しの日までの間に課税時期が到来した場合には、土地としての評価ではなく残代金請求権となります。これを直前期末方式の場合に準用すると土地の売買契約締結後、引渡しの日までの間に直前期末が到来した場合には、土地としての評価ではなく残代金請求権となります。考え方として直前期末時点において土地の引渡しが行われた場合の仕訳を考えると分かりやすいかと思います。 上記の通り、土地の引渡しがあったものとして、残代金請求権を計上し、前受金は消滅したものとして考えます。 なお、土地売却益に対する法人税額等相当額18,500千円(50,000千円×37%)を負債に計上することができるかとの疑問が生じますが、帳簿価額をどのように処理するかによって、控除の可否が決定します。 すなわち、下記《A案》の場合には、土地売却益に対する法人税額等相当額を負債計上できませんが、下記《B案》の場合には負債計上が認められると考えられます。 《A案》 《B案》 上記《A案》の場合には、相続税評価額と帳簿価額の差額50,000千円(90,000千円-50,000千円+10,000千円)が生じていますので、第5表の⑧欄で法人税額等相当額の控除がされます。 上記《B案》の考え方は、評価会社が仮決算を行っていないため、課税時期の直前期末における資産及び負債を基として1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)を計算する場合における土地売却益に対応する法人税額等は、仮決算方式との整合性を図るため、負債に計上することが相当となります。考え方としては本連載【第25回】で解説した保険差益に対する法人税額等の計上と同様です。 本問の場合には、課税時期前に土地の引渡しが完了していますので、仮決算方式との整合性を考慮し《B案》が相当かと考えますが、仮に課税時期後に土地の引渡しがある場合には、《A案》が相当かと思料されます。 ☆実務上のポイント☆ 土地売却益に対する法人税額等相当額の負債計上の考え方を理解するためには、直前期末方式を採用する場合であっても、仮決算方式ではどのように処理がされるかを考えることが重要です。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第64回】 「合同会社の事業承継における留意点」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 佐藤 達夫 相談内容 私は、電子部品の製造・販売を行っているX社(上場会社)の社長です。X社の株式については、資産管理会社所有分を含めて4%(内訳:個人2%、資産管理会社2%)所有しています。 10年ほど前に、X社が株主還元を目的に自己株式取得を進め、その自己株式を消却したことをきっかけに、私のX社株式の所有比率が3%以上となりました。そのため、X社からの配当金が総合課税になることを避けるため、私個人で所有しているX社株式の一部を資産管理会社へ現物出資しました。 現物出資財産であるX社株式の時価が10億円でしたので、設立時の登録免許税を節約するため、資産管理会社の会社形態を合同会社とし、現在も私1人が社員である合同会社の運営を行っています。 私には2人の子供がいるため、合同会社の持分を2人の子供に承継させたいと考えていますが、承継にあたり、合同会社のままでよいのか、株式会社へ組織変更した方がよいのか悩んでいます。その選択にあたっての留意点をご教示ください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 持分の相続による承継について (1) 会社法 合同会社は、社員の死亡が法定退社事由とされているため、原則として相続により持分を承継することはできません(会607①三)。また、社員が1名の場合には、その社員の死亡により合同会社は解散することになります(会641四)。この解散に伴い社員へ出資額及び帰属する損益額の払戻しが行われます。 ただし、定款に、「社員が死亡した場合には、社員の相続人その他の一般承継人は、社員の持分を承継する」旨を定めておくことにより、相続人は、合同会社の社員の持分を相続により承継することができます(会608①)。そのため、合同会社の持分を子供に承継させるためには、定款にこの規定を設ける必要があります。 (2) 税法 定款に、相続による持分の承継ができる旨の記載があるかどうかにより、合同会社(法人税課税)や社員(所得税課税)への課税、及び持分の評価方法(相続税申告時)が変わります。 [2] 合同会社の承継方法の検討 子供に合同会社を承継させる場合、次の2つの方法が考えられます。 定款変更を行う場合など、合同会社の運営においては総社員の同意が必要になる事項がいくつかあります。子供同士の意見が対立しないのであれば、上記①が考えられますが、子供同士が協力して会社運営を継続できない場合は、会社運営に支障をきたすことになるため、上記②が望ましいと考えられます。 [3] 合同会社の会社分割 (1) 会社法 合同会社においては分割型の新設会社分割を行うことができないため、税負担を考慮すると、合同会社から株式会社へ組織変更を行ったうえで、分割型の新設会社分割を行うことが適切と考えられます。なお、組織変更にあたっては、原則として総社員の同意が必要となり、また、最低1ヶ月間の債権者保護手続きが必要になります。 (2) 税法 ① 合同会社から株式会社への組織変更 (ア) 合同会社の取扱い 組織変更は法人格が同一であるため、法人税の事業年度及び消費税の課税期間は継続され、特段課税は生じません(法基通1-2-2、消基通3-2-2)。また、組織変更前の繰越欠損金においても、組織変更後も同様に使用できます。 (イ) 社員の取扱い 組織変更を行った合同会社の社員に対して、株式会社の株式のみが交付される場合には、旧株式の帳簿価額が維持されるため、組織変更にあたり、社員側で特段課税は生じません(所令115)。 ② 会社分割 新たに分割承継法人を設立する分割型の会社分割である場合で、今回のケースのように分割会社の株主がX社社長1人であるときは、会社分割時にX社社長が新たに新設する分割承継法人の株式のすべてを継続して所有する見込みであれば、税制適格要件を充足することになり、会社分割による課税は生じません(法令4の3⑥二ハ(1))。 [4] 結論 資産管理会社として合同会社を活用し、次世代に承継させるには、定款に「社員が死亡した場合には、社員の相続人その他の一般承継人は、社員の持分を承継する」旨を定めておくことをお勧めします。この規定があることにより、社員の死亡による合同会社の解散を免れるとともに、子供へ合同会社の持分を承継させることができます。 合同会社は、設立時のコストも安く、現物出資時の検査役の検査が求められないなどメリットが多い半面、組織再編の当事者になることが制限されるデメリットもあるため、株式会社と比較検討して、どちらの会社形態が望ましいか検討する必要があります。 ご相談の場合、二次相続まで考慮すると子供1名につき1つの会社を承継させる方が望ましいと考えられるため、事業承継の前準備として、合同会社を株式会社へ組織変更し、分割型の会社分割により子供に承継させる会社を2つ準備しておくことをお勧めします。 具体的な対策については、弁護士、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2024年7月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年7月1日から7月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 企業会計基準委員会は次のものを公表している。 〇 移管指針「移管指針の適用」等(内容:日本公認会計士協会の実務指針等について、会計に関する指針のみを企業会計基準委員会に移管するもの) Ⅲ 企業内容等開示関係 次のものが公表されている。 〇 「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)(内容:「有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い」について改正するもの。意見募集期間は2024年8月2日まで) Ⅳ 経済産業省による企業情報開示関係 経済産業省に設置された企業情報開示のあり方に関する懇談会から、次のものが公表されている。 〇 「企業情報開示のあり方に関する懇談会 課題と今後の方向性(中間報告)」(内容:有価証券報告書、コーポレート・ガバナンスに関する報告書及び統合報告書などの日本企業の情報開示について検討したもの) Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「2024年度品質管理レビュー方針」(内容:品質管理レビューの方針を示すもの) ② 「2023年度 品質管理レビュー事例解説集Ⅰ部・Ⅱ部」(内容:のれんを含む固定資産の減損会計に係る改善勧告事項などを解説している) ③ 「倫理規則」の改正(定期総会に付議する予定の改正案の公表)及び「倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」」の改正(内容:国際会計士倫理基準審議会の倫理規程の改訂等を踏まえた対応。2024年7月18日に開催された第58回定期総会において、「倫理規則の一部変更案」が承認されている) ④ 中小事務所等施策調査会研究報告第9号「第1種中間連結財務諸表等を含む半期報告書に関する表示のチェックリスト」(内容:表示の確認を実施する際の参考となるチェックリスト) ⑤ 中小事務所等施策調査会研究報告第10号「第1四半期又は第3四半期の四半期決算短信に含まれる四半期連結財務諸表等に関する表示のチェックリスト」(内容:表示の確認を実施する際の参考となるチェックリスト) ⑥ 「四半期開示制度の見直しに伴う監査基準報告書等の改正及び品質管理基準報告書の改正」(公開草案)(内容:今般の四半期開示制度の見直しを受けたもの。意見募集期間は2024年7月29日まで) ⑦ 「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」の改正(内容:倫理規則、四半期開示制度の見直しなどに対応するもの) ⑧ 「監査事務所検査結果事例集(令和6事務年度版)」(内容:公認会計士・監査審査会による監査事務所の検査で確認された指摘事例等を取りまとめたもの) Ⅵ 監査役等の監査関係 監査役等の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」の改正(内容:倫理規則、四半期開示制度の見直しなどに対応するもの) ② 改定版「会計監査人との連携に関する実務指針」(内容:倫理規則、四半期開示制度の見直しなどに関連し、監査人との適切な連携について記載) ③ 「主要監査業務のポイントと事例研究-監査の実効性と効率性の向上を目指して-(最終報告)」(内容:監査役スタッフの誰もが関わる重要業務を対象にして、その趣旨・目的、業務上のポイント及び留意点、実務上の課題に対応した工夫事例について研究したもの) (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第158回】 ENECHANGE株式会社 「外部調査委員会調査報告書(2024年6月21日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【ENECHANGE株式会社外部調査委員会の概要】 【ENECHANGE株式会社の概要】 ENECHANGE株式会社(以下、「ENE社」と略称する)は、2015年4月設立。設立時の社名はエネチェンジ株式会社。2018年5月、現商号に変更。2013年6月、日本の電力自由化を契機とした規制緩和後の市場における事業開発及びスマートメーターデータの研究開発を目的に、イギリスで設立されたCambridge Energy Data Lab Limitedを前身とする。エネルギープラットフォーム事業、EV充電事業及びエネルギーデータ事業を主たる事業とする。売上高4,379百万円、経常損失2,404百万円、資本金47百万円。従業員数285名(2023年12月期実績)。本店所在地は東京都中央区。東京証券取引所グロース市場上場。会計監査人は、有限責任あずさ監査法人東京事務所(以下、「あずさ監査法人」と略称する)。 【外部調査委員会による調査報告書の概要】 1 外部調査委員会設置の経緯 ENE社は、EV充電事業において活用するSPCスキーム(以下「本スキーム」といい、本スキームで用いられるSPCを「本SPC」という)をENE社の連結の範囲に含めず非連結として取り扱うことを前提とした会計処理を継続して進めていたが、2024年2月19日、あずさ監査法人より、本スキームについての会計処理に疑義を呈する外部通報があった旨の共有を受けた。 通報を受け、ENE社は、ENE社グループが採用する会計方針及びそれに関連する会計処理、具体的には①本SPCをENE社の連結範囲に含めるべきか否か、②本SPCの出資者が有するENE社に対するプットオプション(ENE社又はENE社が指定する第三者に対する出資持分の買取請求権をいう)の将来的な行使に備えて引当金の計上をすべきか否かについて、あずさ監査法人との協議を行った。協議を継続する中で、あずさ監査法人から、当初は、本SPCの連結要否の検討に必要な情報が十分に開示されていなかったが、追加的に開示された情報を踏まえると、本SPCをENE社の連結範囲に含めるべきであるとの結論に至った旨の連絡を受けた。あずさ監査法人の指摘を検討した結果、ENE社は、連結財務諸表等を可及的早期に確定させるために、指摘を受け入れ、本SPCをENE社の連結範囲に含めるための対応を行うこととした。 また、あずさ監査法人は、協議において、本スキームの遂行及び会計処理を行うに当たって、本SPC連結要否の検討に必要な情報が取締役会等に適時かつ十分に報告又は共有がされていなかった等の内部統制上の問題点があるのではないかと指摘した。これを踏まえ、ENE社は、本SPCを非連結とした従来の会計処理について、公正性を確保した調査により、前提となる事実関係を明らかにするとともに、本件会計処理の検討過程の検証、本件会計処理と類似する事案の存否、事実関係の調査及び評価、並びに ENE社の内部統制上の課題を評価する必要性を認識し、2024年3月27日、取締役会決議をもって、外部調査委員会を設置し、同日、外部調査員会による調査の実施及びこれに伴う2023年12月期有価証券報告書の提出期限延長申請の検討について適時開示を行った。 2 外部調査委員会による調査結果の概要 まず、外部調査委員会調査報告書16ページ記載のSPCスキームを単純化した図を下記に示したい。 外部調査委員会は、本スキームの性格について、本SPCがENE社の子会社に該当せず連結対象外の企業であるとの前提に立ち、ENE社グループが本SPCから収受するEV充電機器等の売買代金、工事代金及び運営委託料を、ENE社の連結財務諸表において売上として計上するというものであったと認定したうえで、本スキームにおいて、仮に ENE社が本 SPCの意思決定機関を支配していると評価される場合には、本SPCは、ENE社の子会社に該当することとなり、原則として ENE社の連結対象の企業となり、本件会計処理は妥当でないこととなるという前提で、調査を行った。 外部調査委員会の調査によれば、あずさ監査法人は、スポンサーによる本SPCへの出資前である2023年4月時点において、当時におけるENE社からの説明内容その他の協議内容を踏まえ、本件会計処理(SPCを連結の対象外とする)を是認する判定を一旦は行っていたものの、2023年度通期の監査手続において、本SPCにおける意思決定の状況を確認する等、本件会計処理についての監査を行っていた中で、2024年2月に本件会計処理に関する外部通報を受けた。あずさ監査法人は、これを契機として、ENE社にデジタル・フォレンジックの実施を求め、その報告を受けるなどした結果、本件会計処理に関して、従前、ENE社から受けていた説明とは異なる事項、又は、説明を受けていない事項として、以下のような差異があると指摘した。 外部調査委員会は、ENE社役職員によるあずさ監査法人に事実誤認等を生じさせるような言動の有無及び内容並びにそれらの問題点について、検証を実施し、代表取締役CEOである城口洋平氏(以下「城口氏」と略称する)及び2名の執行役員の言動について調査を行った結果、あずさ監査法人に対して隠蔽したり虚偽の内容を伝えたりしようとした事実及びあずさ監査法人に対する説明と実態とを意図的に乖離させたり、そのような乖離を認識しながらそのことを隠蔽したりしたとは認定できなかったと結論づけたものの、内部統制、経営者の誠実性・不適切な言動及び会計監査人とのコミュニケーションに問題があると指摘している。 3 外部調査委員会による問題点に係る原因分析(調査報告書77ページ以下) 外部調査委員会は、調査及び検証の結果、認められた問題点を踏まえ、発生原因と評価した事項を次のようにまとめている。 外部調査委員会は、原因分析の中で、何度となく、ENE社が手掛けているEV充電事業は、ビジネスの難易度が高く、会計・法務コンプライアンス等の観点から十分な事前検討を行いつつ進めていく必要があったにもかかわらず、経営メンバーの会計・法務コンプライアンス面が弱く、本スキームの会計上のリスク認識が不十分であったことを指摘している。 ENE社では、本件会計処理に関する諸論点につき、経営メンバー内部での慎重な事前相談、情報共有、相互の事後フォローが不十分となり、経営メンバー相互間で認識ギャップが生じており、意思統一がなされていないまま社債権者や会計監査人への説明がなされたことにより、オプション行使条件や本金銭消費貸借契約の説明につき、社内、対社債権者、対会計監査人で差異が生じることとなったと分析している。 さらに、ENE社においては、役員(社外・執行役員を含む)における株価との連動性が高い報酬体系を背景に、プライム上場を目標として、売上確保のために本スキームを非連結で実施するインセンティブが強く生じている状況にあったところから、本件会計処理に関わった経営メンバーにおいては、ルールを表面的に充足すればよいとの姿勢での検討に終始する、コンプライアンス軽視の姿勢がみられたことを指摘し、その一例として、本件の発覚後、経営メンバーのうち、経営トップ及び担当執行役員において、本件会計処理に関連するコミュニケーションデータの削除を行い、外部調査委員会に指摘されるまで報告しなかったことを挙げ、コンプライアンス軽視の表れといわざるを得ないと評価している。 外部調査委員会は、ENE社の経営トップ及び本件会計処理に関わった経営メンバーにおいては、株価の上昇を強く志向する一方でコンプライアンスを軽視する姿勢が見られ、これらが、本スキームの実施という結論優先で検討が進む方向に拍車をかける一方、会計・法務コンプライアンスの観点からの歯止めが効かず、本SPCの非連結化にとって不利な要素の検討・確認が不十分となり、また、本SPCへの出資者を募るに当たって不利な要素となるオプション行使条件について曖昧な内容とし、さらには不適切な説明を行うといった事態を生じさせたと結論づけるとともに、創業経営者である城口氏の経営判断には社内からの牽制が働きにくく、本来であれば、城口氏に牽制を及ぼすことができる執行側の社内人材が通常より強く求められる状況であったにもかかわらず、城口氏を牽制できる役割をもった執行側の人材や部署が十分に機能しているとはいい難かったことは否めないと原因分析をまとめている。 4 外部調査委員会による再発防止に係る提言(調査報告書79ページ以下) 外部調査委員会は、ENE社が検討すべき再発防止策について、次の4つの観点から提言を行っている。 外部調査委員会は、「コンプライアンス意識の向上」として、まず、「経営トップを筆頭とした役職員の意識改革と企業文化の改革」を強調し、上場企業として求められる程度のコンプライアンス意識を徹底することが不可欠であるとして、法令等について明確に違反していなければ問題はない、会計監査人に露見しなければ問題はない、といった安易なコンプライアンス意識によって判断する姿勢を改める必要があるとしている。 次いで、外部調査委員会は、創業経営者である城口氏に権限が集中しているENE社の現状を改め、「権限分散による牽制機能の強化」を提言している。具体的には、社外取締役や監査役による監督だけではなく、日常的に適切な牽制や抑制を図ることができる業務執行サイドにおける相互監視の態勢を見直す必要があるとして、現在、城口氏のみとなっている社内取締役を複数名として相互に牽制を図り、城口氏に集中している権限を適切に分有させること、さらに、執行サイドの経営メンバーと社外役員との連携を強化する措置を講じることが必要であるとしている。 続いて「取締役会の監督機能の強化」としては、外部調査委員会は、取締役会でのリスクマネジメントに関する議論を高度化し、オペレーショナルリスクのほか、事業戦略に起因するリスク等について、取締役、監査役、担当執行役員等の間で徹底した議論を行うことで、役員間でリスク認識を共有し、経営課題と一体的に取り組めるようにすることを提言し、また、指名・報酬委員会の権限を強化すること等は取締役会の監督機能の強化に繋がるものという考えを示している。ENE社においては、執行役員と社外取締役の報酬体系において、固定金銭報酬よりもストックオプションによる変動報酬の比率が著しく高いため、短期的な業績の向上と株価上昇に傾注した業務執行に陥りかねず、これに伴うコンプライアンス軽視に及ぶリスクも想定されると指摘して、こうしたリスクを可及的に防止するためにも、指名・報酬委員会の権限を強化することの必要性を強調している。 最後に、「法務コンプライアンス及び会計・経理に係る機能の強化」として、外部調査委員会は、法務コンプライアンスを担う専門的知見と相応の経験を有する人材を採用し、社内の重要なプロジェクトに前広に関与させ、かつその業務執行の独立性が尊重される態勢を併せて整備することを第一に挙げ、さらに、社内に在籍する公認会計士有資格者を活用し、会計リスクの洗い出し、会計論点の専門的かつ慎重な検討の実施を事業部門から独立した立場からできる態勢を作ったうえで、会計判断が必要な事象については、事業部門だけで判断することを防ぎ、会計基準の趣旨に即して、適切かつ客観的な会計問題の検証プロセスを確立することが必要であると続けている。 外部調査委員会は、こうした態勢整備及びその他の再発防止措置を講じたENE社においては、改めて、会計監査人との十分な信頼関係を構築し、コミュニケーションの充実を図ることが必要不可欠であるとして、提言を結んでいる。 【調査報告書の特徴】 SPC(Special Purpose Company:特別目的会社)を利用した不正といえば、古くは、山一證券が含み損をペーパーカンパニーに移動させて粉飾決算を続けた挙句に破綻した、「飛ばし」を想起する方も多いかもしれない。その後の法改正で、SPCを連結決算対象に含めることが求められてきたため、現在では、「飛ばし」などの粉飾決算は難しくなっていると言われているが、本件では、SPCを連結する必要があるかどうかで、会社と会計監査人の見解が対立する中、経営陣が会計監査人に対して十分な説明を怠ったことを原因として、外部調査委員会の調査が求められることとなった。 外部調査委員会は「再発防止策の提言」の最後で、「会計監査人との信頼関係の再構築」を挙げたが、残念ながら、これまで会計監査を担当してきたあずさ監査法人は、ENE社に対し、7月29日、監査契約の終了と会計監査人の退任を通知している。 外部調査委員会による報告書の特徴を検討したい。 1 特別損失の計上 2024年7月9日、ENE社は、「営業外費用及び特別損失の計上に関するお知らせ」をリリースして、2023年12月期決算における特別損失として、2,554百万円を計上し、このうち、決算訂正関連費用引当金として、外部調査委員会の調査費用及び追加の監査手続きに係る監査報酬等の発生に伴い、919百万円(課徴金引当金185百万円を含む)を計上したことを公表した。 会計不正が発覚した会社で、調査費用及び追加の監査費用を特別損失として引き当てることは多いが、証券取引等監視委員会による課徴金納付命令勧告が出ていない状況で、課徴金相当額を見積もって引き当てを行うというのは異例である。 2 財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備 同日、ENE社は、「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備に関するお知らせ」をリリースして、関東財務局に提出した2023年12月期の内部統制報告書に、開示すべき重要な不備があり、ENE社の財務報告に係る内部統制は有効でない旨を記載したことを公表した。 リリースでは、問題となったSPCを連結範囲に含めるかどうかの判断の誤りについて、次のとおり、信頼性のある財務報告を実現するための内部統制が有効に機能していなかったとしている。 ENE社は、「コンプライアンスを軽視した代表取締役及び一部の執行役員の姿勢」として、役員(常勤・非常勤取締役並びに執行役員を含む)における株価との連動性が高い報酬体系を背景に、将来的なプライム市場への上場を目標として、売上確保のために本スキームを非連結で実施するインセンティブが強く生じている状況にある中、代表取締役及び一部の執行役員においては、株価の上昇を強く志向する一方でコンプライアンスを軽視する姿勢があったと説明している。 3 代表取締役CEO城口洋平氏の退任 7月29日、ENE社は、「代表取締役の異動(退任)に関するお知らせ」をリリースし、城口氏が、7月30日開催予定の定時株主総会継続会終結時をもって代表取締役CEO及び取締役を退任する予定であることを公表した。 退任理由について、同リリースでは、外部調査委員会調査報告書で指摘された、SPCを非連結とした会計処理に関して会計監査人に事実誤認等を生じさせるに至った、①内部統制上の問題点、②上場企業の連結財務諸表の作成に責任を負うべき経営者としての不適切な言動、③会計監査人とのコミュニケーション上の問題点などの事実認定とともに、あずさ監査法人から、連結の範囲の判定に影響を与えうる重要な事実(①城口氏の個人貸付が連結の範囲に与える影響、及び、②プットオプションの行使条件に関する出資者への説明内容が連結の範囲に与える影響)に関し、調査報告書の内容を踏まえてもなお、重要な虚偽表示の原因となる不正があるとの見解が示されている事実を重く受け止め、城口氏の代表取締役CEOとしての責任を明確化する必要があると判断したと説明されている。 4 ENE社による再発防止策 城口氏の退任のリリースと同日、ENE社は、「再発防止策の策定等に関するお知らせ」をリリースして、次のとおり、再発防止策を公表した。 外部調査委員会による再発防止策の提言のなかには、「責任の明確化」は含まれていなかったが、城口氏の退任に伴って、複数代表取締役制を採用することによって、権限分散と経営トップに対する牽制機能を強化するという方針を明確に示した内容となっている。 5 会計監査人の異動 さらに同日、ENE社は、「公認会計士等の異動に関するお知らせ」をリリースして、会計監査人であるあずさ監査法人から、書面により、監査契約を終了するとともに会計監査人を退任することの通知を受けたことを公表した。 その翌30日、ENE社は、「一時会計監査人の選任に関するお知らせ」をリリースして、監査法人アヴァンティアを一時会計監査人に選任し、2024年9月3日に開催予定の臨時株主総会において、同監査法人会計監査人として選任することを諮る予定であることを公表した。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第9回】 「任意後見制度と民事信託の比較」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 顧問先の事業承継対策を進めるなか、認知症による意思能力の喪失に対する備えとして「任意後見制度」と「民事信託」の利用が選択肢に挙がっています。大株主は現経営者の母親であり、認知症になって議決権行使ができなくなることを懸念しています。どちらを選択したらよいのでしょうか。 【A】 民事信託は高齢者の財産管理の手法の1つとして10年ほど前から注目が集まり、普及してきました。後見制度と比較した場合の民事信託の強みを中心に紹介されることが多いですが、後見制度と民事信託はどちらかを選択するという二者択一のものではありません。両制度を組み合わせるなど、それぞれの特性を生かした利用が必要になります。本稿では、よく比較の対象とされる任意後見制度と民事信託について解説します。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 民事信託の基本的な仕組み まず、民事信託の基本的な仕組みについて簡単に解説します。任意後見制度については本連載【第8回】において解説しているので、ご参照ください。 民事信託とは、主に家族間で利用される信託のことで、親の財産を子供が管理等をするために利用されます。親が「委託者(財産を預ける人)」、子供が「受託者(財産を預かる人)」、そして親が「受益者(信託から利益を受ける人)」となり(自益信託)、親と子供の間で対象とする財産を特定し、信託契約を締結して利用します。信託契約を締結したら、委託者(受益者)となった親の財産の名義を受託者となった子供の名義に変更します。 このときあくまで信託から利益を受けるのは、受益者である親であるため、財産の名義を子供に変更しても、原則として贈与税はかからないということになります。子供としては、財産が自分の名義になったため、管理が行いやすくなるというメリットがあります。 【民事信託のイメージ図】 【不動産を信託した場合の登記記録例(甲区)】 2 任意後見制度と民事信託の比較 (1) 利用方法~任意後見契約は公正証書によることが必須~ 任意後見制度と民事信託は、ともに当事者間において契約を締結することで利用できます。ただし、任意後見制度の場合は、必ず公正証書で契約締結しなければならないとされているところ、民事信託の場合は、原則として当事者で作成した契約書でも差し支えないとされています。 もっとも、民事信託の場合でも、後々、信託契約締結の事実や内容について疑義が生じることを防ぐため、筆者の経験上は公正証書によることが多いといえます。 (2) 家庭裁判所の監督に服するか 任意後見制度の場合は、利用を開始するにあたっては任意後見監督人の選任を家庭裁判所に申立て、選任された任意後見監督人を通じて、家庭裁判所の監督に服することになります。任意後見監督人への報告を行う手間や、任意後見監督人に支払う報酬も発生します。 民事信託の場合は、受託者はあくまで当事者間で締結した信託契約の内容に従って財産を管理していくことになるため、こうした手間やコストはかからないことになります。 「任意後見制度は家庭裁判所の監督に服し、なにかと財産管理についての自由度が低いが、民事信託はこうした制約がないから優れている」と民事信託が紹介されることがありますが、筆者はどちらも一長一短ではないかと考えています。民事信託の場合、親が亡くなった後に、受託者であった子供の財産管理について他の相続人から疑義が呈され、紛争に発展することがあります。任意後見制度の場合は、家庭裁判所の監督が入っている分、こうしたトラブルが生じにくいといえます。 (3) 契約締結までの時間 任意後見制度の場合、誰に任意後見人になってもらうかが決まれば、契約締結まではスムーズに進むことが多いといえます。民事信託の場合、契約締結にあたって受託者にどのような権限を与えるのか、親(受益者)が死亡した後、信託財産を誰に帰属させるのかなどの検討に時間を要し、思うように契約締結まで進まないということもよくあります。契約内容を検討している間に親の認知症が進んでしまい、財産管理に支障が生じるようになってしまうこともあります。親の体調等も考慮して、もし早期に手当てをする必要があれば、まず任意後見契約を締結したうえで、民事信託の内容を検討するという方法もあるでしょう。 顧客自身では自分にどの財産管理手法が適しているか判断をするのは難しいといえます。客観的に状況を判断できる顧問税理士の助言が重要といえるでしょう。 (了)
2024年8月1日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.580を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.138- 「年金財政検証、正面から議論する政権の誕生を期待する」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 7月3日、5年に1度の年金の財政検証結果が公表された。「公的年金の長期にわたる財政の健全性を定期的にチェック」することにより、制度の持続可能性を担保する目的で行われているものだ。あわせて、2025年に予定されている年金制度改正の項目や政策効果も示された。 * * * 内閣府の中長期試算のベースラインケースに相当する「過去30年投影ケース」(人口は中位推計)では、基礎年金は、2057年度にマクロ経済スライドによる調整が終了し、その時点のモデルケースの所得代替率は50.4%と、なんとか50%以上を確保できるという見通しが示された。 所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合には所要の措置を講じる必要があるが、「過去30年投影ケース」でその条件をクリアできるということは、国民に年金に関する最低限の安心感を与えることになる。マスコミの評価も心なしか好意的である。 一方で、少子高齢化が進む中で必要な年金制度の改革は行わなければならない。そこで、制度改正に結びつく下記5つの「オプション試算」(※)が示された。 (※) 下記5つのオプションについて、見直した場合の効果などの試算。 ところが、「基礎年金の保険料拠出期間を現行の40年(20~59歳)から45年(20~64歳)に延長し、拠出期間が伸びた分に合わせて基礎年金が増額する」内容である上記②は、議論が行われる前に、来年度の改正項目から落とされてしまった。 国民の健康寿命が延び、2021年からは65歳までの雇用確保が義務づけられ、60歳を超えて働く高齢者が増加する中、基礎年金の拠出期間を5年延長するという考え方は、年金制度の支え手を増やすという意味で当然ともいえる選択肢である。少なくとも国民的な議論は行う必要がある。 事務当局の試算では、第1号被保険者(自営業者、厚生年金に加入していない非正規雇用者、農業者、学生、無職者など)が「5年間で約100万円の追加納付」を行えば、「年約10万円の給付増が終身で受け取れる」ことになる。社会保険料控除を考慮すれば、実質的なお得額はもっと増えるはずだ。 また低所得で納付できない人には、保険料納付免除の仕組みがあり、免除期間に応じた受取額は半分になるが、追加負担はしなくてもよい。一方、会社員など厚生年金の加入者は、60歳を超えても雇用されていれば追加負担はない(今と変わらない)。 きちんと時間をかけて説明すれば、国民も受け入れ可能な改正のはずだ。 制度改正を諦めた理由について年金局長は、7月3日の年金部会で、「法律案にまとめて国会で成立させられるのか見通しを持てない」という説明をした(2024年7月3日付日本経済新聞。なぜか7月3日付の年金部会の議事録はいまだ公開されていない(本稿公開時点))ようだが、おそらく官邸と相談した結果の結論だろう。 そもそも期間延長については、SNSで、5年間の負担増部分だけが切り取られ、感情的な反発が広まっていた。「増税メガネ」というSNSでのレッテルを極端に気にする官邸が法改正は難しいと判断したのではないだろうか。 もう1つ理由がある。基礎年金の2分の1は税財源が投入されているので、5年間拠出期間が延びるとそれに伴う国庫負担が増加する。つまり、延長する5年分の給付に見合う税財源が必要となる。この財源規模は1兆円程度と試算されており、国民の受益と負担の問題を惹起させる。官邸はこれを恐れたのではないかと筆者は推察している。 * * * 目先の支持率にこだわりひたすら負担増の議論を避けるのではなく、正面から受益と負担を議論する政権が待ち望まれる。 (了)
令和6年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第4回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 Ⅲ 交際費課税の特例の拡充・延長 交際費等の損金不算入制度について、次の措置を講じた上、その適用期限が3年(令和9年3月31日までの間に開始する事業年度まで)延長されている(新措法61の4①、令6改所法等附1、38)。 なお、下記①の改正は、その法人の決算日に関係なく、令和6年4月1日以後に支出する飲食費について適用される(令6改措令附1、16)。 通算法人に対する交際費等の損金不算入制度の適用については、次の点において単体法人と取扱いが異なるが、今回の改正においてこれらの取扱いに変更はない。 (1) 接待飲食費に係る損金算入の特例の対象法人の範囲 通算法人のその適用年度終了の日においてその通算法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人のうちいずれかの法人の同日における資本金の額等が100億円を超える場合におけるその通算法人は、接待飲食費に係る損金算入の特例の対象法人から除かれる(新措法61 の4①)。 (2) 中小法人に係る定額控除限度額の特例の対象法人の範囲 通算法人が中小法人等に該当する場合、交際費等の損金算入限度額の計算における定額控除限度額の特例において、通算定額控除限度分配額を定額控除限度額として適用することとなる(新措法61の4②③)。 ここで、通算法人が中小通算法人に該当する場合、その通算法人は、中小法人等に係る定額控除限度額の特例を適用することができる中小法人等に該当する(新措法61の4②、新法法66⑤二・三)。 中小通算法人とは、大通算法人以外の通算法人をいう。 大通算法人とは、通算法人又はその通算法人のその適用年度終了の日においてその通算法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人のうち、いずれかの法人が「資本金の額又は出資金の額が1億円を超える法人」又は「みなし大法人」に該当する場合におけるその通算法人をいう。 (3) 通算子法人の適用年度 交際費等の損金不算入制度の適用期間は、改正後は、平成26年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度となるが、通算子法人の事業年度にこの制度の適用があるかどうかの判定は、通算親法人の事業年度による(新措法61の4③)。 ただし、通算親法人の事業年度の中途において離脱した通算子法人の離脱日の前日に終了する事業年度(離脱直前事業年度)については、その通算子法人の事業年度が平成26年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する事業年度であるかどうかによって判定する。 (4) 中小通算法人の定額控除限度額の計算 通算法人に対する中小法人等に係る定額控除限度額の特例については、通算定額控除限度額(年間800万円)を通算グループ内の各通算法人が支出する交際費等の額の比で按分した金額(通算定額控除限度分配額)を各通算法人の定額控除限度額とする(措法61の4②③④)。 (続く)