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街の税理士が「あれっ?」と思う税務の疑問点 【第10回】「自宅以外で亡くなった場合の小規模宅地等の特例の適用」~ホスピスの場合~

街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第10回】 「自宅以外で亡くなった場合の小規模宅地等の特例の適用」 ~ホスピスの場合~   城東税務勉強会 税理士 大塚 進一   問 題 父はがん治療のために入院しましたが、回復の見込みがないのでホスピス(緩和ケア病棟のある病院)に転院し、退院することなく亡くなりました。母は父の入院時には死亡しており、長女は父の入院時から死亡に至るまで、賃貸住宅に居住していました(いわゆる「家なき子要件」を満たす)。父の死亡後、その建物と敷地は長女が相続しました。 この場合、父の土地は相続開始直前において父の居住の用に供されていた宅地等に当たり、特定居住用宅地等として小規模宅地の特例は受けられますか。 回 答 特定居住用宅地等として小規模宅地の特例は認められるのではないかと考えます。 居住の用に供されていた宅地等に該当するかどうかは、その宅地上の建物に生活の拠点があったか否かにより判定します。生活の拠点とは生活状況や、その建物への入居目的等を総合的に判断します。 老人ホームに入居した場合、生活の拠点は老人ホームに移ったものと考えますが、老人ホーム等に入居する直前まで居住の用に供していた宅地等については、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に含まれます(詳細は【第7回】)。 病院への入院の場合、それは治療のためであり、治療が終わると退院前の住居に戻るため、生活の拠点はその建物にあると考えられます。よって、その敷地は被相続人の居住の用に供されていた宅地等となります(詳細は【第9回】)。 ホスピスは病院と異なり、病気治療や延命措置を目的としておらず、人生の終わりを有意義に過ごすことが目的で、安らかにご臨終を迎えるようにします。よって、入院前の住居には戻らないことが予想されます。 国税庁の質疑応答事例「入院により空き家となっていた建物の敷地についての小規模宅地等の特例」や老人ホームに関する法令を文章どおりのみに解釈すれば、ホスピスに生活の拠点が移り、入院前の住居の敷地は居住の用に供されていた宅地から除かれるとも考えられます。 しかし、末期がんや難病による終末期患者が転院する場合、積極的な病気治療は行わないとしても緩和ケア等の医療行為は行われており、治療入院の延長であるとも考えられます。一般的にはホスピスは入院と同じという感覚ですが、現状ではホスピスについての見解は税務上まだ未整備です。 余命いくばくもない人に対して投薬や手術などの治療を続けると、余命は伸びるかもしれませんが、さらに苦痛等を長引かせてしまうということが問題になっています。そこで病気治療をやめ、痛みを軽減する緩和ケアにとどめることは合理的です。緩和ケアのために病院を転院すると治療入院と異なる扱いとなるのは、入院した病院で治療の甲斐なく緩和ケアに移り亡くなる場合との整合性が取れません。よって、実務上は病院に入院する場合と同じ取扱いをする場合もあります。 考 察 入院中に亡くなった場合は、国税庁の質疑応答事例集に示されていますが、ホスピスに移った場合については何も示されていません。 ホスピスでは、治療の見込みがなくなった病気に対する緩和ケアを施す等の身体的ケアだけでなく、病気による苦しみや、死への恐怖心をやわらげるための精神的ケアや、患者の様々な手続きの申請を代行する社会的ケアを行っているところもあり、これらをまとめてホスピスケアと言います。 現状は治療入院から治療の見込みがなくなったため、緩和ケア病棟に移る場合や、緩和ケア病棟の充実した病院に転院する場合が多いようですが、老人ホーム等でホスピスケアを提供する施設も増えてきています。老人ホーム等の施設では身体介助に介護保険を利用するので、介護認定を受けている者が入居条件になることが多いです。 この場合、租税特別措置法施行令第40条の2第2項に規定される「介護保険法に規定される要介護認定または要支援認定を受けていた被相続人等が、老人福祉法等に規定される老人ホーム他に入居又は入所をしていたこと」に合致するため、入院中に亡くなった場合と異なり、老人ホームに入所した場合と同等になると考えられます。いわゆるホスピス(終末期を穏やかに過ごし安らかな最期を迎える施設)の定義はなされておらず、今後様々な形態のものが増えると考えられます。 税務的に老人ホーム入所(生活の拠点は移るが入所前の住居も居住用に含める旨の規定)と入院(治療が終われば入院前の住居に戻るのが前提なので生活の拠点は移らない)の場合については法令や見解が示されています。 ホスピスに入ると元の住居に戻らないことが予想されますので、税務的に老人ホーム入所と同様に考えることもできます。そうするとホスピスに関しては、生活の拠点は移るが元の住居を居住用に含める規定はありません。また入院と同様に、ホスピスへの入居は緩和ケアのための一時的なものと考えることもできます。よって、税務的な見解の整備が待たれます。 現状ではホスピス入所に至った経緯やその施設の概要(病院か老人ホーム等か)等を総合的に判断する必要があると考えます。 (了)

#No. 639(掲載号)
#城東税務勉強会
2025/10/09

〔疑問点を紐解く〕インボイス制度Q&A 【第39回】「任意組合等に関する適格請求書等保存方式」

〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第39回】 「任意組合等に関する適格請求書等保存方式」   税理士 石川 幸恵   【Q】 JV(ジョイントベンチャー)などの任意組合等は適格請求書を交付できますか。また、組合員が仕入税額控除を受けるための請求書等の保存や帳簿の記載はどのようになりますか。 〔ポイント〕 原則として任意組合等は適格請求書を交付できません。ただし、組合員全員が適格請求書発行事業者であり、一定の届出書を提出した場合に限り、適格請求書を交付できます。 組合員の仕入税額控除については、幹事会社(※)宛の適格請求書のコピーに配分内容を記載するほか、幹事会社が交付する精算書の保存で対応できます。帳簿に記載する相手先名と取引内容も「幹事会社経由」と記載することができます。 (※) 本稿では、任意組合等の業務執行組合員や幹事会社を一般的な「幹事会社」という言葉にまとめています。 *  *  * 【A】 適格請求書等保存方式では、原則としてJV等の任意組合等は適格請求書を交付できません。このままでは取引先で仕入税額控除が行えないため、実務上大きな支障となります。 このような点を考慮してか、「任意組合等の組合員の全てが適格請求書発行事業者である旨の届出書」を提出した場合に限り、適格請求書を交付できます。また、JV等の組合員の仕入税額控除の要件についても法令やインボイスQ&Aで整理されています。以下、具体的な取扱いを見ていきます。   (1) 任意組合等とは 任意組合等は民法上の組合(民法667①)や有限責任事業組合(LLP)が代表的で、具体的には次のようなものがあります。   (2) 任意組合等として適格請求書を交付できる場合 ① 任意組合等の消費税の取扱いの原則 任意組合等に属する資産の譲渡等又は課税仕入れ等については、組合員が持分の割合や利益の分配割合に応じて行ったこととなります(消基通1-3-1)。 また、前述のとおり、原則として適格請求書を交付できません。 ② 「任意組合等の組合員の全てが適格請求書発行事業者である旨の届出書」の提出 組合員の全てが適格請求書発行事業者であり(※)、幹事会社の納税地を管轄するインボイス登録センターにこの届出書を提出した場合には、事業として国内において行った課税資産の譲渡等につき、適格請求書等を交付できます。 (※) 日本で課税資産の譲渡等を行っておらず、日本における事業の損益の配賦を直接又は間接にも受けない組合員については届出書の対象としなくても差し支えありません(インボイスQ&A問50-2)。 届出書の提出に係る注意事項は次のとおりです。 ③ 「任意組合等の組合員の全てが適格請求書発行事業者である旨の届出事項の変更届出書」の提出 組合員の加入や離脱など変更があった都度、速やかに提出します。ただし、変更が頻繁に行われるなど、速やかな提出が困難である場合には、任意組合等に係る計算期間内の変更事項をまとめてその計算期間の末日までに提出することも認められます(インボイスQ&A問51)。 ④ 「任意組合等の組合員が適格請求書発行事業者でなくなった旨等の届出書」の提出 適格請求書発行事業者でない新たな組合員を加入させた場合等に速やかに提出します(インボイスQ&A問50)。 ⑤ 任意組合等の解散及び清算決了 工事ごとに形成されたJVは工事完成後又は工事を受注できなかった場合に解散します。解散し、清算が決了した場合には「任意組合等の清算が決了した旨の届出書」を速やかに提出します。 上記②~⑤の届出書の提出先はいずれも幹事会社の納税地を管轄するインボイス登録センターです。   (3) 任意組合等が交付する適格請求書の記載事項 任意組合等が「任意組合等の組合員の全てが適格請求書発行事業者である旨の届出書」を提出した後に交付する適格請求書の記載事項は次の事項の記載も認められます(インボイスQ&A問75)。   (4) 任意組合等の組合員による適格請求書等の保存 任意組合等の組合員が仕入税額控除を受けるために保存すべき請求書等は次のいずれかとすることができます(インボイスQ&A問93)。   (5) 任意組合等の組合員の帳簿の記載事項 任意組合等の課税仕入れを組合員が帳簿に記載する際には相手方ごとに氏名を記載する必要はありません。幹事会社が課税仕入れごとに相手方の氏名又は名称及び登録番号(適格請求書発行事業者以外の事業者であれば登録番号がないこと)を管理しており、組合員が必要に応じて確認できることを前提として、下記のように取引先の記載を省略できます(インボイスQ&A93-2)。   (了)

#No. 639(掲載号)
#石川 幸恵
2025/10/09

国際課税レポート 【第19回】「第2次トランプ税制改革の新展開:関税・環境税・国際課税」

国際課税レポート 【第19回】 「第2次トランプ税制改革の新展開:関税・環境税・国際課税」   税理士 岡 直樹 (公財)東京財団上席フェロー   2017年トランプ減税の「宿題」 トランプ第2次政権の経済優先課題を盛り込んだOne Big Beautiful Bill Act (以下「OBBBA」)は、10年間で税収減▲4.5兆ドルを歳出減▲1.1兆ドルで埋める結果、財政赤字を3.4兆ドル(503兆円(※))拡大する。 (※) 1USD=148円で換算。以下同じ。 規模感を比較してみると、金額ベースで近年の大型税制改革を大きく上回っている。 第1次トランプ政権が実施した抜本的税制改革、Tax Cuts and Jobs Act(2017 )(以下「TCJA」)は税収減▲1.6兆ドル、歳出減▲0.2兆ドル、財政赤字を1.4兆ドル拡大。 バイデン政権のインフレ抑制法(2022)(以下「IRA」)は税収増0.4兆ドル、歳出減0.2兆ドル、財政赤字を▲0.2兆ドル圧縮している。 しかし、減収面で大きな部分を占めているのは、現在適用され2025年末に失効する第1次トランプ政権のTCJA(2017)の規定の恒久化・延長(個人税率・標準控除・子ども税額控除など)である(総額8.5兆ドル)。増収面においても、TCJAが児童手当等を増額したことに合わせ、暫定的に停止した人的控除(扶養控除)の恒久化など(総額4兆ドル)であり、減収面においても、増収面においても、金額ベースで8割以上の措置は現行制度の延長のためのものである。 TCJA(2017)において、法人税減税は恒久措置としたのに、所得税減税を2025年までの時限措置としたのは、通常上院承認に必要な60票(全部で100票)に代え、51票で承認とするためには、10年を超えて赤字を増やす条項を盛り込むことができないという議会手続き上のルールがあったためであり、政策上の理由があったわけではない。したがって、今回所得税減税を恒久化したのは、トランプ政権としてはTCJA(2017)の税制改正の「宿題」を処理したということになる。   2025年トランプ税制の「新展開」 それでは、2025年トランプ税制(OBBBA)における“新展開”は何か。TCJAの恒久化・延長以外の措置としては、①クリーン税額控除の大幅縮小、②いわゆる報復条項(IRC899条)立法の動きと、それをてこにしたOECDピラー2のミニマム課税の米国多国籍企業への適用除外がある。そしてOBBBAの枠外であるが、③トランプ関税を挙げることができる。 ①、②は、バイデン政権が看板政策として推進した政策のロールバック(巻き戻し)であり、③は「タリフマン」を自認するトランプ氏による関税の在り方の新機軸ともいえる。以下、それぞれの措置をみていこう。   クリーンエネルギー税額控除の大幅縮小 環境対策を看板政策の1つとして力を入れたバイデン政権は、IRA(2022年)において省エネ住宅や電気・水素自動車といった需要側と再生可能エネルギーによる発電・投資・製造といった供給側に幅広くまたがる「クリーン税額控除」を導入し、さらには税額控除権を譲渡可能にするという新機軸により環境対策のための資金調達の裾野を一気に広げた。 一方、OBBBAは、クリーン関連優遇の適用範囲を大きく絞り込むことで5,000億ドルの増収を確保した。具体的な措置としては、例えば次のようなものがある。 実務においては、「いつ終了するか」(前倒しになったか)が意味を持つ。クリーンビークル(EVや水素電池車)購入の際の税額控除は、すでにこの9月で失効している。ロイター通信(2025年10月2日)は、これを受け、米国のEV市場は崩壊のおそれがある、と伝えている。この後も、省エネ住宅関係の税額控除も年末で打ち切られる。 【表1】に、OBBBAによるクリーンエネルギー税額控除関係の改正(主なもの)をまとめる。 【表1】クリーンエネルギー税額控除 (※) 経過措置やセーフハーバー、その他細目については省略している。 (出所) JCX35-25より筆者作成。   外国の不公正な税制への対抗規定(最終的には削除) バイデン政権(民主党)はOECDにおける2つの柱による国際課税制度の改革に積極的だった。15%のグローバルミニマム課税に関する2021年10月の合意に参加したが、その眼目は、法人税率の引下げ競争に歯止めをかけ、多国籍企業の租税回避に対抗しようというものであった。その背景には、2017年のトランプ税制改革21%に引き下げられた法人税率の引上げを狙ったバイデン政権の政策的思惑もあったと推測される。 しかし、実際にこの制度の税負担増は米国多国籍企業にのしかかる可能性がある。議会・租税合同委員会のレポート(2023)によると米国は10年間で歳入を1,220億ドル失うと見積もられていることや、米国議会が米国の多国籍企業に税優遇を供与した場合にもグローバルミニマム税が適用、税軽減効果が減殺されることなどに共和党は強く反発していた。 こうしたことを背景に、トランプ大統領は就任初日の大統領令で(1月20日)、OECDの国際課税の議論への米国の関与を縮小する方向性を宣言していた。 下院で承認されたOBBBAには、他国による「不公正な」課税措置に対抗する規定が盛り込まれていた。この規定は、最終的に成立した法律からは削除されている。米国からみれば、結果として、対抗規定の立法をてこに、G7各国の間で、OECDのグローバルミニマム課税の規定(IIRとUTPR)は米国の多国籍企業には適用しないとする共通理解を勝ち取ったとの評価も可能だろう。 (※) 内容については、本連載【第18回】「G7共存システムの具体化とピラー2」参照。   関税 近代的な関税は、自国産業保護や交渉カードとして利用されている。トランプ氏は、関税の財源調達機能を真正面から訴えた政治的指導者であることに大きな特徴がある。 トランプ第2次政権になってから米国が導入した関税の枠組みを【表2】に示す。 【表2】トランプ政権の関税 (※) 日本に適用される税率は、一般関税(IEEPA)は15%、日本原産の自動車・自動車部品は15%(25%からの特則)(2025年9月4日大統領令) (出所) 筆者作成(2025年9月現在)。 議会予算局(CBO)によると、2025年~2034年の10年間において、OBBBAは歳出を1.1兆ドル削減するが、歳入減4.5兆ドルをもたらすので、差し引き財政赤字は3.4兆ドル増加するとしている。 ただし、トランプ関税の税収について視野を広げると、財政赤字の規模は違って見えてくる。CBOは、現在の制度が維持された場合、財政赤字は2.5兆ドル~3.3兆ドル改善すると見積もっている。これを加味すると10年後の財政赤字の増加は0.9兆ドル~0.1兆ドルの幅で収まる可能性がある。 米国の関税税収は、2024財政年度では月60~70億ドル程度で推移していたが、2025年8月には月300億ドル余りになっている。実効関税率も、2024年の2.3%から足下では17%になっているとの推計もある(【第17回】参照)。このように関税は財源として現在のトランプ経済政策において重要になっている。 【図】 トランプ関税のBefore(2024) After(2025) (出所) 米財務省データより筆者作成。 しかし、法的な不安定さも露呈している。トランプ政権がいわゆる一般関税の根拠とした国家緊急経済措置法(IEEPA・1977年)を巡る訴訟で、政権側が敗訴している。連邦巡回控訴裁判所は、8月29日に政権が「相互関税」の根拠としている「国家緊急経済措置法」は、大統領には関税を課す権限を与えていない。税を課すには議会による立法が必要、と判示し、政権側は最高裁判所に上訴している(本稿執筆時点において結論は出ていない)。   おわりに TCJAで恒久税制とできなかった条項を今回恒久化等したものを除くと、OBBBAによる新しい措置は、クリーン税額控除の巻き戻し、そして、外国の差別的な課税に対する報復的な条項を立法する動きをてこにG7と共通理解に達した、OECDのグローバルミニマム課税からの米国多国籍企業の適用除外(詳細は協議継続中)の2つになる。 これら2つは、前政権の看板政策でもあり、トランプ政権がそれを巻き返した構図になる。そのことは米国の内政問題であり、民主党・共和党の政策の衝突ともいえる。 しかし、問題は米国内にとどまらない。米国のクリーン税制縮小は国内の脱炭素ペースを弱め、国際協調の牽引力を落とすことで各国の行動に「消極的外部効果(他者の努力を萎えさせる負の波及)」を及ぼし得る。ピラー2も現時点での導入国は欧州と一部アジアが中心である。米国多国籍企業にグローバルミニマム税を適用しない方向というG7方針は、各国が制度化するにあたり同様の消極的外部効果を生み得る。 外交に深い見識を有する米国の専門家は、「関税による経済的威嚇など、力こそ正義のアプローチの正当性が立証されたとみなすトランプ氏がグローバルリーダーシップを発揮することは期待できない」と指摘している(Daalder/Lindsay 参照)(※)。 (※) アイボ・ダールダー、ジェームズ・リンゼー「ドナルド・トランプと権力政治の時代」(フォーリン・アフェアズ誌2025年3月号)参照 資源と市場が限られており、米国(1,800社)に次ぐ世界第二の多国籍企業大国(900社)でもある日本にとって、グローバル・ルールの安定が非常に重要である。米国の後退が脱炭素や多国籍企業課税の不安定化に波及しないよう、対立を避けつつ補完的な役割を果たす必要がある。企業・納税者としても粘り強く支持していくべきだろう。   (了)

#No. 639(掲載号)
#岡 直樹
2025/10/09

連結会計を学ぶ(改) 【第6回】「連結の範囲に関する重要性の原則」

連結会計を学ぶ(改) 【第6回】 「連結の範囲に関する重要性の原則」   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 連結財務諸表の作成において、親会社は、すべての子会社を連結の範囲に含めることが原則である(「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)13項)。 ただし、連結会計基準は、重要性の原則を規定しており、子会社であって、その資産、売上高等を考慮して、連結の範囲から除いても企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度に重要性の乏しいものは、連結の範囲に含めないことができるとしている(連結会計基準注1、注3)。 今回は、連結の範囲に関する重要性の原則について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 連結の範囲の重要性の原則に関する監査上の取扱い 連結の範囲の重要性の原則に関する監査上の取扱いについては、「連結の範囲及び持分法の適用範囲に関する重要性の原則の適用等に係る監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第52号。以下「実務指針52号」という)が公表されている。 1 基本的な考え方 連結の範囲に係る重要性の判断としては、通常、該当要件の影響割合が所定の基準値より低くなれば、それで重要性は乏しいと判断されるものである(実務指針52号3項)。 しかしながら、「企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度」に係る重要性は、必ずしも量的要件だけで判断できるわけではない。 このため、重要性の判断を行う際には、次の事項に注意し、企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を適正に表示する観点から量的側面と質的側面の両面で並行的に判断する(実務指針52号3項)。 また、「「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」の取扱いに関する留意事項について」(連結財務諸表規則ガイドライン)では次のように規定しているので、連結の範囲に関する重要性の判断を行う際には、注意が必要である。 2 連結の範囲から除外できる重要性の乏しい子会社 連結の範囲から除いても企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度に重要性が乏しい子会社かどうかは、企業集団における個々の子会社の特性とともに、少なくとも資産、売上高、利益及び利益剰余金の4項目に与える影響をもって判断する(実務指針52号4項)。 また、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」では次のように規定している。 上記4項目に与える具体的な影響度合いは、次の算式で計算された割合をもって基本的に判断する(実務指針52号4項)。 算式を適用する場合には実務指針52号4-2項を十分に勘案する必要がある。 前述のように、実務指針52号では、少なくとも資産、売上高、利益及び利益剰余金の4項目に与える影響をもって判断することが述べられており、それぞれに関する具体的な影響度合いについての算式を示しているが、キャッシュ・フローに関する算式については設けていない(実務指針52号4項)。 キャッシュ・フローに関する具体的な影響度合いに関する算式を考えると、例えば、キャッシュ・フロー計算書を利用するとしても、営業活動によるキャッシュ・フロー、投資活動によるキャッシュ・フロー、財務活動によるキャッシュ・フローがあり、どの数値を用いて算式を設定すればよいかについて一律に決定することが難しいのではないかと思われる。また、キャッシュ・フローについては貸借対照表や損益計算書と密接に関連することから、上記の4項目により連結の範囲に関する重要性の判断をすることにより、キャッシュ・フローに関する重要性についても判断できるものと考えられる。このようなことなどから、実務指針52号ではキャッシュ・フローに関する算式を示していないものと解される。 3 重要性の判断に関する数値基準 現行の実務指針52号では、連結の範囲に係る重要性の判断に関する数値基準は設けられていない。 しかしながら、かつて、「連結の範囲及び持分法の適用範囲に関する重要性の原則の適用に係る監査上の取扱い」(監査委員会報告第52号(当時))の注書きにおいて、次の記載があった。 平成14年7月3日の改正において、当該注書きは削除されたが、当時の常務理事前文において、「委員会報告第52号が公表されてから既に10年近く経っており、連結の範囲が同報告の趣旨に沿って広く実務に定着したと判断されるため、同報告の(注)として記載されていた具体的参考数値を削除することといたしましたが、その趣旨は従来と変わらないことを申し添えます。」と記載されているので、実務上、連結の範囲に関する重要性の判断を行う際には、上記の数値基準は参考になるものと解される。   (了)

#No. 639(掲載号)
#阿部 光成
2025/10/09

〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2025年9月】

〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2025年9月】   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2025年9月1日から9月30日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 なお、四半期ごとの速報解説のポイントについては、下記の連載を参照されたい。   Ⅱ 新会計基準関係 次のものが公表されている。 〇 修正「中小企業の会計に関する指針」 (内容:項番号の修正や関係法令の更新等に伴う所要の変更を行うもの。「会計参与の行動指針」も改正されている) (了)

#No. 639(掲載号)
#阿部 光成
2025/10/09

従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第14回】「私傷病休職と解雇・退職の有効性」

従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第14回】 「私傷病休職と解雇・退職の有効性」   弁護士 柳田 忍   【Question】 メンタル不全により私傷病休職中で近々休職期間が満了となる当社のフルタイム従業員Xから、「総合職として復職可能」とする診断書の提出と復職の申出を受けました。当社はXを技術職としての経歴を重視して中途採用したものですし、昨今の業務のAI化に伴い総合職のニーズが減少していることなどから、総合職の人員はここ数年補充していません。 Xを総合職として復職させなければならないでしょうか。それとも、休職期間満了時に復職可能とならなかったものとして解雇ないし退職扱いとしてよいでしょうか。 【Answer】 Xについて、総合職の業務は「その従業員が配置される現実的な可能性のある他の業務」には該当しない可能性が高いため、Xを復職させる必要はないと思われます。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 1 はじめに 私傷病休職制度を採用する多くの企業において、休職期間満了時において復職可能な健康状態に回復していないことを解雇事由ないし退職事由とすることが一般的である。復職可能な健康状態に回復していることについては従業員が立証責任を負うが、その立証手段として、私傷病休職中の従業員から、「週〇日勤務であれば復職可能」、「〇〇業務であれば復職可能」といった、条件付きで復職を可能とする医師の診断書が提出されることがある。このような診断書を受けて、私傷病休職者が提示する条件をどこまで受け入れなければならないのかと頭を悩ませた会社等は少なくないであろう。 そこで、本稿においては、私傷病休職者の解雇・退職のポイントについて説明する。 (※) なお、以下においては触れていないが、産業医の意見などを得て、上記のような主治医の診断書の内容について争うことも考えられる。   2 復職可否の判断基準 会社等は、私傷病休職者が以下①ないし③のいずれかに該当する場合は、復職可能な健康状態に回復したものとして、復職を認めなければならない(片山組事件・最1小判平成10年4月9日)。すなわち、このような場合に、復職可能な健康状態に回復していないとして私傷病休職者を解雇や退職扱いとすると、それらの措置が無効となる。 実務上しばしば問題になるのが、どのような作業が②の「軽微作業」に該当し、どのくらいの期間が「ほどなく」に当たるのか、また、どのような業務が③の「現実的な可能性のある他の業務」に当たるのか、といった点である。以下、それぞれについて説明する。   3 上記判断基準②について 私傷病休職中の従業員から「週〇日勤務であれば復職可能」などと、業務量の軽減等を条件として復職可能である旨の診断書が提出される場合がある。このような診断書を受け取った会社等においては、どこまで業務量を軽減しなければならないのか。また、どのくらいの期間業務量を軽減しなければならないのか。 この点、あくまで目安ではあるが、以下のように考えられるのではないかと思われる。 以下、独立行政法人N事件によると、従前の半分程度の業務量では実質的には休職しているようなものであるということなので、従前の半分以下の業務量の場合は「軽微業務」には当たらないと解釈することができると思われる。 また、以下独立行政法人N事件および北産機工事件によると、職務に従事しながら2~3か月程度の期間をみることによって完全に復帰できるような場合には「ほどなく」に当たるものの、半年も待つ必要はない、ということになるのではないかと思われる。   4 上記判断基準③について 私傷病休職者から「〇〇業務であれば復職可能」などと、従前の業務と異なる業務での復職の申出がなされることがあるが、会社等においては当該休職者に就かせることを想定していなかった業務への申出であったりして、困惑することも少なくない。このような場合、どのような業務が「現実的に可能性のある他の業務」に当たるのかが問題となる。 (1) 「現実的な可能性のある他の業務」の判断要素 「現実的な可能性のある他の業務」か否かの判断にあたっては、以下の点が考慮される(前掲片山組事件)。 以上の判断要素を踏まえたうえで、「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高い業務の例は以下のとおりである。 (2) 「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高い業務の例 ① 採用時に想定されていない業務 以下の裁判例に照らすと、専門職として採用された従業員等について、採用時に従事させることが想定されていなかった非専門職は「現実的な可能性のある他の業務」には当たらないと判断される可能性が高い。 もっとも、採用時に想定されていない業務であっても、採用後に従事させたことがある業務については「現実的な可能性のある他の業務」に該当すると判断される可能性があることに注意が必要である。 ② 前例のない配転先の業務 以下の裁判例に照らすと、申出がなされた業務への配転が前例のないものである場合も、「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高いと思われる。 ③ その時点で会社等に存在しない業務 以下の裁判例に照らすと、外注に出している業務について外注先との契約を解消して私傷病休職者に提示するとか、空きがなく、空きが生じる見込みもない業務につき私傷病休職者のために空きを作り出して提示するといったことまでは求められない可能性が高いと思われる。 (了)

#No. 639(掲載号)
#柳田 忍
2025/10/09

〈Q&A〉税理士のための成年後見実務 【第23回】「成年後見制度の改正」~任意後見制度の見直し~

〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第23回】 「成年後見制度の改正」 ~任意後見制度の見直し~   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   【Q】 成年後見制度の改正議論では、任意後見制度について見直しがされると聞きました。どのような改正になるのでしょうか。 【A】 任意後見制度については、任意後見監督人の選任を必須としない案や、任意後見制度の開始の申立権者を広げる案、一定の申立権者にその申立てを義務付ける案など、任意後見制度の利用をしやすくし、より実効性を持たせる方向で改正議論が行われています。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ●   1 任意後見制度とは 任意後見制度とは、本人が元気なうちに任意後見人となって欲しい人(任意後見受任者)と任意後見契約を締結しておき、実際に本人の判断能力が衰えた場合には家庭裁判所に申立てを行って任意後見契約を発効させて、任意後見人が本人のために活動を行う制度です。法定後見制度では、本人が希望した候補者が成年後見人に選任されるとは限りませんが、任意後見制度の場合はほとんどの場合、任意後見受任者が任意後見人として活動することができます。いわば「後見人の予約」のような制度です。 任意後見制度は本人の希望する人に財産の管理等を任せることができるため、本人の意思を尊重するという観点からは好ましいといえます。 今回の改正では、任意後見制度の課題とされてきた点の見直しを行い、より利用しやすい制度への改正が議論されています。税理士は顧問先等の特定の顧客との信頼関係が構築されているため、顧客から「任意後見人になって欲しい」と依頼を受けることも多いと思われます。特に注目すべき改正点といえるでしょう。   2 任意後見監督人についての見直し 任意後見契約を発効させるためには、任意後見人の事務を監督する「任意後見監督人」の選任申立てを家庭裁判所に行う必要があります。よって、任意後見制度を利用するためには、任意後見監督人が必須です。これは家庭裁判所が直接監督を行うよりも、家庭裁判所の事務負担を軽減しつつ、実効性のある監督を実現することが可能となることなどが理由とされています。 しかし、任意後見監督人に支払う報酬が負担となることなどが任意後見制度の普及が進まない一因ともいわれていることから、家庭裁判所の判断により任意後見監督人を必須としないこともできるようにする改正が検討されています。 (※) 令和6年12月末時点の任意後見制度の利用者は、成年後見制度の全体の利用者が253,941人であるのに対して、2,795人に留まります。 3 申立権者の拡大と義務付け 任意後見制度の課題として任意後見契約を締結しているにも関わらず、本人の判断能力が衰えてからも申立権者が任意後見監督人の選任の申立てがなされず効力が生じないままになっている事例が少なくないといわれています。 これは、任意後見受任者の制度理解が不十分であることや、任意後見監督人に支払う報酬を考えて躊躇しているなど様々な理由が考えられますが、適切なタイミングで任意後見制度の利用が開始されなければ本人の意向に反することにもなりますし、十分に保護ができなくなる可能性もあります。 そこで改正議論では、申立権者を現行法の定める「本人」、「配偶者」、「四親等内の親族」、「任意後見受任者」から拡大し、任意後見契約書において指定した者を申立権者に加える案や、市町村長等の公的機関に申立権を認める案などが議論されています。また、任意後見受任者等の一部の申立権者に申立てを義務付けることなども検討されています。   4 任意後見制度と法定後見制度の併存 現行法では任意後見制度を利用している者が、法定後見制度を同時に利用することはできません。現行法では任意後見制度を利用している場合において、任意後見契約で設定した任意後見人の権限が不足しているときは、任意後見制度を終了させて法定後見制度の利用に切り替えを行うケースがあります。 今回の改正では法定後見制度を特定の法律行為について保護者に権限を付与する仕組みとする案も検討されていますが(本連載【第21回】参照)、この案が採用された場合には任意後見人の不足する権限について、法定後見制度において保護者に付与することも可能となるため、任意後見制度と法定後見制度の併存を可能とすることも議論されています。 【現行法】 【改正議論】 (了)

#No. 639(掲載号)
#北詰 健太郎
2025/10/09

プロフェッションジャーナル No.638が公開されました!~今週のお薦め記事~

2025年10月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.638を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2025/10/02

monthly TAX views -No.152-「自民党再生の道」

monthly TAX views -No.152- 「自民党再生の道」   東京財団 シニア政策オフィサー 森信 茂樹   自民党の総裁選挙が終盤を迎えているが、候補者の話にそれほど新味はない。筆者は、参議院選挙に自民党がなぜ大敗したのかということへのきちんとした反省がなければ、誰が新総裁に選ばれてもこれまでと変わらないと考える。 *  *  * 自民党が大敗した原因は何か。 9月2日に公表した自民党の総括報告書「国民政党としての再生に向けて」をもとに考えてみたい。 報告書は概要以下のような敗因についての記述をしている。 その理由として、「自民党は共働き世代に何もしてくれていない」、「自民党は高齢者優先で若年層を置き去りにしている」といったシルバーデモクラシーへの批判を挙げている。 *  *  * 次は選挙公約の経済政策についての記述である。 野党の掲げる財政ポピュリズムに乗る形で、つまり「野党の土俵」で勝負しようと国民全員へのバラマキ給付案を打ち出したことが敗因であった。 責任与党として、なぜ消費税減税ができないか、財政への影響をわかりやすく説明し、消費税減税は物価高対策として逆効果になることをSNSで分かりやすく説明すべきではなかったか。 *  *  * ガソリン暫定税率の協議では、各党ともそれなりの代替財源を提示して議論し始めている。このことは、野党にも財源問題にきちんと向き合わなければ政策の実現が難しいという責任感が出てきたことを示しているといえよう。 今後野党との政策協議や連携の議論が行われるが、責任ある立場として、ポピュリズムに乗っかるのではなく、各党の主張する財源の中身の吟味をしっかりすることだ。 先ほどの報告書は、次のことも記述している。 その通りである。筆者には、安倍総理が官邸主導の経済政策をとり始めて以来、自民党の政策立案能力が大いに低下したという実感がある。 *  *  * 今になって高市候補や林候補が給付付き税額控除やユニバーサルクレジットを主張し始めたが、このような骨太の提言をなぜ選挙公約としなかったのだろうか。 ユニバーサルクレジット(給付付き税額控除)は、単に減税と給付を結び付けるだけの政策ではない。次回改めて解説するが、勤労インセンティブを高め人的資本の向上を図るトランポリン型の積極的労働政策と組み合わされ、労働移動の円滑化を支える成長戦略である(財務省財務総合政策研究所 フィナンシャル・レビュー「ベーシックインカムと給付付き税額控除」参照)。 デジタルを活用し、バラマキ的な給付をやめ、細かいセーフティネットを構築することなど、政策立案能力を磨き上げ具体案を提言することこそが支持回復の近道だ。 (了)

#No. 638(掲載号)
#森信 茂樹
2025/10/02

《税務必敗法》 【第5回】「提出すべき別表等を誤った」

《税務必敗法》 【第5回】 「提出すべき別表等を誤った」   公認会計士・税理士 森 智幸   【事例】 X会計事務所の甲は、前任の乙が×7年5月末で退職したことに伴い、3月決算であるA社を新たに担当することになった。甲が同年6月に入り、A社の確定申告書を閲覧すると、×6年度の確定申告において「中小企業者等が機械等を取得した場合の法人税額の特別控除」を受けるために別表6(15)を添付すべきところ、誤って別表6(23)が添付されていたことに気づいた。 驚いた甲が所轄税務署に電話をかけ「期限後だが、別表の差替えはできるか?」と問い合わせたところ、「確認はしてみるが、確定申告でこの特別控除の適用を受けていない場合は、更正の請求によって特別控除の適用は受けることはできないこととされているので、その点はご理解いただきたい。」と回答された。   1 はじめに 本連載は、税務を行う上で「これをやったら失敗する」という必敗法を紹介するものである。今回は「提出すべき別表等を誤った」である。 一部の法人税等の特別控除は別表や付表の提出が適用要件となっている。また、消費税等においても届出書等の提出が要件となっているものがある。 書類の提出を失念したことによる事故事例はよくあるが、今回は提出したものの、誤って別の書類を提出してしまったケースについて紹介する。   2 提出すべき別表等の誤り事例 (1) 中小企業投資促進税制と中小企業経営強化税制 冒頭の事例は、株式会社日税連保険サービスの『税理士職業賠償責任保険事故事例(2022年7月~2023年6月30日版)』の事例13を参考にしたものである。 (株式会社日税連保険サービス『税理士職業賠償責任保険事故事例(2022年7月1日~2023年6月30日版)』の事例13より) この事例は、「中小企業投資促進税制(中小企業者等が機械等を取得した場合の特別償却又は税額控除)」における税額控除を受けるために別表6(15)を添付すべきところ、誤って「中小企業経営強化税制(中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除)」における税額控除にかかる別表6(23)を添付してしまったというものである。 この特別控除は、いわゆる当初申告要件に該当するものであり、国税庁の「申告書作成上の留意点」(令和6年版)においても、別表6(15)について「確定申告でこの特別控除の適用を受けていない場合、修正申告・更正の請求によりこの特別控除の適用を受けることはできませんのでご注意ください」と明記されている。 (2) 消費税課税事業者選択届出書と消費税課税事業者届出書 免税事業者が消費税等の還付を受けるために「消費税課税事業者選択届出書」を提出すべきところ、誤って「消費税課税事業者届出書(基準期間用)」を提出してしまった事例もある。 (株式会社日税連保険サービス『税理士職業賠償責任保険事故事例(2019年7月1日~2020年6月30日版)』事例5より)   3 別表等の提出を誤った場合の影響 (1) 過大納付・還付不能による損害賠償 提出する別表等を誤ると、法人税等や消費税等の過大納付となる可能性がある。また、消費税の還付不能の可能性もある。過大納付や還付不能になれば、損害賠償責任を負う可能性が生じる。 (2) 契約解除 提出すべき別表等を誤るという単純なミスをすれば、顧問先の信頼を大きく失い、契約解除となる可能性もある。   4 取り違える原因 (1) 名称が似ていることによる勘違い 提出すべき別表等を誤る原因は、書面の名称が似ているためである。法人税等の場合、例えば別表6は種類が多く、しかも名称が似ているものも多い。また、税制改正により似た名称の別表が追加されるときもある。消費税の届出書や申請書も種類が非常に多く、名称が似ているものが多い。 (2) 会計事務所内のチェック体制の不備 会計事務所において、税務関係書類の作成を担当者任せにし、上長がチェックしていないことも原因として挙げられる。 (3) 税務申告ソフトの操作ミス 税務申告ソフトには、別表や届出書等の名称がずらりと並んでいる。特に別表については、税制改正により並び替えや新しい様式が追加されることもある。そのため、税務申告ソフトの操作ミスによって選択を誤る可能性もある。 (4) 旧年度の税務申告ソフトを使用 旧年度の税務申告ソフトを使用し、旧様式で提出する誤りも想定される。例えば「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」は別表6(24)だが、以前は別表6(26)であった。   5 取り違えを防止するための対策 (1) 似た名称の別表等は注意する 似た名称の別表等はあらかじめ注意しておくことが基本となる。 例えば、別表については、国税庁の「法人税及び地方法人税の申告(法人税申告書別表等)」で、別表の一覧を確認するとよい。 (2) 経験の浅い職員に丸投げしない 会計事務所では、経験の浅い職員に税務関係書類の作成を丸投げしないようにすべきである。 前述の「消費税課税事業者選択届出書」と「消費税課税事業者届出書(基準期間用)」の提出誤りは、一定の税務経験を積んだ会計事務所職員であれば、誤ることはまず考えられないミスである。推測だが、税務経験の浅い職員に担当させ、しかも誰もチェックしなかったのではないだろうか。 (3) 税理士会の研修を受講する 税理士会では、新しい制度に関する研修が必ず行われる。別表の書き方や注意点の説明もあるので、新制度に関する研修は受講すべきである。 (4) 実際の様式を確認する 税務申告ソフトによっては、別表等の画面が実際の様式とは一致していないものもあり、誤って選択していても気づきにくい可能性がある。 この対策としては、国税庁のサイトで実際の様式を確認するとよいであろう。また記載要領や留意事項も目を通しておくべきである。 (5) 条文に目を通す 適用しようとする制度に関する条文にも目を通しておくことが望まれる。条文番号と概要をつかむことで、前述の記載要領とあわせて確認することも可能となる。 (6) 税務申告ソフトは最新版を使用する 税務申告ソフトは最新版を使うことである。別表の様式は制度改正によって変わることがあり、番号も変わることがある。   6 おわりに 今回は、提出すべき別表等の誤りについて解説した。特別控除に関しては、制度改正により新しい別表が設けられることが多いので、最新の知識を身につけておく必要がある。また、複数人でチェックし、勘違いを防止することも必要である。 本稿が実務の参考になれば幸いである。 (了)

#No. 638(掲載号)
#森 智幸
2025/10/02
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