法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例65】 「公益法人等が普通法人に移行した後有価証券を譲渡した場合における当該有価証券の取得価額」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、九州地方のある県庁所在地に本拠を置く一般財団法人において、理事長補佐を務めております。当法人は、もともとある地元の事業家が成した財産を元手に美術品を管理する目的で設立された財団法人(法人税法上は公益法人等)でしたが、いわゆる公益法人制度改革により、約10年前に一般財団法人(法人税法上は非営利型法人ではなく普通法人扱い)に移行しております。 財団法人は一般に、財産の集合体と捉えられ、設立者から拠出された財産を管理運用する目的で運営されていますが、当法人も現金預金ばかりでなく、有価証券や不動産を相当数所有しており、その効果的な運用も常に重要な任務となっております。中でも有価証券への投資はリスクもあり相当慎重に行ってきたところですが、金融機関出身者が理事に就任してからは、その者が専門知識を生かして堅調な投資実績を上げてきており、ひとまず安心といったところです。 ところが、先日、当法人が設立後初めて受けた税務調査で過年度の有価証券への投資が問題となり、困惑しております。すなわち、一般財団法人に移行する前から所有していた有価証券の一部を移行後に譲渡したのですが、その際の譲渡原価の額及び譲渡損益が当法人の申告内容と異なるというのです。当法人は、以下の表のとおり、当該有価証券を移行前に非収益事業に属する資産として40,000,000円で取得し、移行後に25,000,000円で譲渡していることから、譲渡損を15,000,000円計上したのですが、課税庁は、譲渡原価は移行日における税務上の帳簿価額(時価)であり、それは24,000,000円であるとして、譲渡益1,000,000円を計上すべきと主張しております。移行前からずっと保有し続けている有価証券に関し、その譲渡原価を移行日における時価(税務上の帳簿価額)とするのは到底納得がいかないのですが、法人税法上はどのように考えるのでしょうか、教えてください。 〇 有価証券譲渡損益(円) 【A】 公益法人等が非収益事業に属する資産として有価証券を取得する場合であっても、かかる取得は法人税法施行令第119条の2第1項1号にいう「有価証券の取得」に該当し、当該公益法人等が普通法人に移行した後、同一銘柄の有価証券を追加取得せずに当該有価証券を譲渡したときには、同施行令第119条第1項に基づき計算されるその取得価額をもって、同施行令第119条の2第1項1号にいう「その取得をした有価証券の取得価額」として、移動平均法を適用すべきものと解するのが相当といえます。したがって、本件の場合、移行前から保有し続けている有価証券に関しては、その取得時の価額(40,000,000円)が譲渡原価になるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 公益法人制度改革 2006年の公益法人制度改革により、一般法人法、公益認定について定める公益法人認定法及びこれら2つの法律の施行に伴う関係法律の整備法(いわゆる公益法人3法)が新たに立法され、旧民法における法人の規定(38~84条)が削除された。当該公益法人制度改革の趣旨は以下の問題点を解決するという点にあった(※1)。 (※1) 内田貴『民法Ⅰ(第4版)』(東京大学出版会・2008年)211-212頁参照。 上記の問題点を解決するため、当初、1998年に特定非営利活動促進法(NPO法)が制定され、また、2001年には中間法人法が制定されるといった対策がとられたが、かえって法人制度が複雑化するというデメリットが生じた。そのため、公益法人制度改革では発想を転換し、非営利法人一般について法人の設立を準則主義(※2)とし、公的規制を外す代わりに、運用上の問題に対しては、法人の活動に対するガバナンスの仕組みを取り入れる改革がなされた。また、活動の実態についての透明性を確保し、公益法人として扱うのは有識者の委員会での審査を通ったものだけにすることとなった(※3)。 (※2) 法律の定める要件を備えて登記すれば法人となれる仕組みをいう。 (※3) 内田前掲(※1)書212-213頁参照。 (2) 公益法人に対する課税 上記の公益法人制度改革に伴う新制度における公益法人に対する課税は、おおむね以下の通りまとめられる(※4)。 (※4) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)460-463頁参照。 (3) 公益法人等が普通法人に移行した場合における有価証券の取得価額が争われた事例 それでは本件と同様に、特例民法法人だった原告が、一般財団法人へ移行した際において、移行前から保有していた有価証券を譲渡した場合におけるその取得価額が争われた事例(東京地裁令和5年2月17日判決・判タ1514号144頁、TAINSコード:Z888-2511)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、B寺伝承の文化等を興隆する事業を行い、広く国民の教化善導を図ること等を目的とする一般財団法人である原告が、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」)42条2項に定める特例民法法人から、整備法45条に基づく内閣府の認可及び移行の登記を経て、平成23年2月3日に一般財団法人へと移行した上で、処分行政庁に対し、平成23年4月1日から平成24年3月31日までの事業年度又は課税事業年度(平成24年3月期)から平成30年3月期までの法人税、復興特別法人税及び地方法人税の確定申告をしたところ、 1)処分行政庁から、平成25年3月期、平成26年3月期、平成27年3月期及び平成29年3月期の法人税等について、有価証券譲渡益の計上漏れを理由とする更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、同各更正処分のうち同理由による増額更正部分及び同各賦課決定処分の取消しを求め、 2)処分行政庁に対し、本件各事業年度の法人税等について、減価償却額の計上の誤りを理由とする更正の請求をしたが、いずれについても更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから、同各通知処分の取消しを求めるとともに、 3)上記1)の各更正処分のうち有価証券譲渡益の計上漏れを理由とする増額更正部分及び減価償却額の計上の誤りを理由とする減額更正処分がされるべき部分並びに上記1)の各賦課決定処分の取消しを求め、 4)上記2)の各通知処分のうち、上記1)の各更正処分の対象とされていない平成24年3月期、平成28年3月期及び平成30年3月期の法人税等の更正の請求に係る更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消しを求めている事案である。 なお、原告の一般財団法人へと移行前後の有価証券に関する会計処理は以下のとおりである。 ② 事案の争点 有価証券の譲渡原価に関する移動平均法の計算において、原告が普通法人移行前において当該有価証券を取得したことが、法人税法施行令第119条の2第1項第1号にいう「取得」に該当するとして取得時に計上した帳簿価額を考慮すべきか、それとも評価損の計上により減額した後の帳簿価額を考慮すべきか。 ③ 裁判所の判断 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例のポイントは、法人税法施行令第119条の2(有価証券の一単位当たりの帳簿価額の算出の方法)第1項第1号に規定される移動平均法における「取得」の意義である。当該規定の条文では、有価証券の「取得」とは何を指すのかにつき、特に明文の定めがあるわけではなく、単に取得の度に平均単価を算出すると言っているのみである。そうなると、当該条文の「取得」にかかる文理解釈においては、取得に至った事情、例えば本件のように、公益法人等(特例民法法人)から普通法人(非営利型法人ではない一般財団法人)に移行したというようなことは、移動平均法の算定方法には何ら影響を及ぼさないということになるだろう。 ところで、公益法人等が普通法人に移行する場合には、普通法人であったならば課税対象となっていた金額を移行年度の益金又は損金に算入する必要がある(法法64の4①)。しかし、特例民法法人は、公益目的で有する財産の帳簿価額は課税対象(累積所得金額)から除かれる。したがって、特例民法法人が保有する有価証券につき評価損を計上した場合、その後普通法人に移行した場合であっても、有価証券の帳簿価額が当該評価損の分だけ下がるのではなく、取得価額のまま維持される。そのため課税庁は、本件に関し、譲渡原価は移行前取得価額ではなく、移行に伴い移行前に評価損を計上し減額した後の価額にすべきと主張したが、その理由として、以下の事例で見るような「二重の所得減少」が生じるため不合理であることを挙げていた。 〈事例〉 二重の所得減少? 上記課税庁の主張は、政策論としては理解できないものではなく、実際裁判所も「評価損の額相当額は、公平な課税の観点からは、一度に限り所得の金額から控除されるのが相当であり、二重の所得減少が生ずるのも、又は一度も控除されないのも、いずれも望ましくない」としており、一定の理解を示しているようにみえる(※5)。しかし、裁判所が「二重の所得減少を防ぐために、評価損の額相当額につき、一度も所得の金額を減少させないという事態を招来することは、法律上の根拠なく当然に正当化されるものではない」と指摘する通り、法人税法施行令第119条の2の解釈論としては無理があるだろう。当該政策論ないし課税上の不合理は、公益法人制度改革に伴う課税上の措置で対応すべきものだったといえるかもしれない。 (※5) 藤間大順「公益法人等が普通法人に移行した場合における、有価証券の取得価額」『令和5年度重要判例解説』(有斐閣・2024年)177頁参照。 (4) 本件へのあてはめ 公益法人等が非収益事業に属する資産として有価証券を取得する場合であっても、かかる取得は法人税法施行令第119条の2第1項1号にいう「有価証券の取得」に該当し、当該公益法人等が普通法人に移行した後、同一銘柄の有価証券を追加取得せずに、当該有価証券を譲渡したときには、同施行令第119条第1項に基づき計算されるその取得価額をもって、同施行令第119条の2第1項1号にいう「その取得をした有価証券の取得価額」として、移動平均法を適用すべきものと解するのが相当といえる。したがって、本件の場合、移行前から保有し続けている有価証券に関しては、その取得時の価額(40,000,000円)が譲渡原価になるものと考えられる。 (了)
租税争訟レポート 【第74回】 「所得税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分取消請求事件~裁判上の和解に基づき支払いを受けた金員の非課税所得該当性 (国税不服審判所令和4年12月13日裁決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【裁決の概要】 【事案の概要】 審査請求人(以下「請求人」という)は、平成29年3月1日、A社に雇用されたが、同年8月16日付の解雇予告通知書により、同年9月15日付でA社を解雇(本件解雇)された。 請求人は、平成29年11月23日、A社を被告として、裁判所に対し、本件解雇が無効であるとして雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求(地位確認請求)、賃金支払請求及び本件解雇によって請求人が精神的苦痛を被ったことを理由に慰謝料として不法行為に基づく損害賠償請求に係る訴訟(第一審訴訟)を提起した。 第一審裁判所は、令和元年5月23日、地位確認請求及び賃金支払等請求を認容し、損害賠償等請求を棄却する旨の判決(第一審判決)をした。 A社は、令和元年5月28日、控訴審裁判所に対し、第一審判決で地位確認請求及び賃金支払等請求を認容した部分の取消し等を求めて、控訴した(控訴審訴訟)。 控訴審訴訟において、令和元年10月4日、裁判上の和解が成立し、同日付和解調書が作成された。和解調書の和解条項の要旨は、下記のとおりである。 A社は、請求人に係る令和元年分の給与所得について、源泉徴収票を作成し、請求人に交付した。源泉徴収票の給与の支払金額には、令和元年分の未払賃金の額に、A社が負担したとする未払賃金に係る源泉徴収税額及び社会保険料の合計金額を賞与として加算した金額が記入されている。 原処分庁は、令和3年10月20日付で、原処分庁所属の職員の調査に基づき、請求人の令和元年分の所得税等について、解決金10,000,000円から、本件解雇の日の翌日から労働契約解除の日までの間の未払賃金の額5,541,532円を控除した残額4,458,468円のうち、その一部の額(本件一部額)が当該未払賃金に係る年6分の割合による遅延損害金としての金員であり、本件金員と本件一部額との差額(本件差額)が本件解雇を巡る紛争を解決するための性質を有する金員であるとして、本件一部額が雑所得に、本件差額が一時所得に該当するとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行った。 本件は、請求人が勤務先であったA社から裁判上の和解に基づき支払を受けた金員について、原処分庁が、当該金員のうち未払賃金相当額以外の金員につき、未払賃金に対する遅延損害金に相当する金員は雑所得に、残余の金員は一時所得に該当するとして所得税等の更正処分等を行ったのに対し、請求人が、未払賃金相当額以外の金員は非課税所得である旨主張して、その一部の取消しを求めた事案である。 【関係法令の抜粋】 【争点と当事者の主張】 1 本件金員は、所得税法第9条第1項第17号に規定する非課税所得に該当するか否か〔争点1〕 (1) 原処分庁の主張 原処分庁は、和解条項には、これまでの未払賃金を含む旨の記載があり、A社が解雇の日の翌日から労働契約解除の日までの未払賃金に対する遅延損害金の金額を計算した本件一部額は、未払賃金に対する遅延損害金として発生しているのであるから、非課税所得に該当せず、雑所得に該当するとしたうえで、第一審訴訟及び控訴審訴訟の事件記録上、本件金員のうち本件差額の内容は明確ではないところ、A社が請求人に対して損害賠償責任を負っていること及び請求人が主張する損害額との対応関係が明らかではないのであるから、本件差額は非課税所得に該当しないと主張した。 さらに本件差額の所得区分については、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得には該当せず、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものであるから、一時所得に該当するとした。 (2) 請求人の主張 これに対し、請求人は、A社は、請求人に対するパワー・ハラスメント及び本件解雇によって請求人の心身に損害を加えた事実を認めたうえで、和解を成立させ、請求人に対し、本件金員を支払ったのであるから、本件金員は、所得税法第9条第1項第17号に規定する「心身に加えられた損害」に基因して取得する慰謝料及び損害賠償金であり、非課税所得に該当すると主張した。 2 本件更正請求には、国税通則法第23条第1項第3号の規定に該当する事由があるか否か〔争点2〕 (1) 請求人の主張 請求人は、令和元年分の給与等の収入金額にA社が賞与として算定した金額を含めて確定申告書を提出しているが、この給与等の収入金額は、労働基準監督署の是正勧告による賃金台帳の訂正により、A社の賃金台帳に記載されていないのであるから、給与等の収入金額に該当しないと主張し、確定申告書に記載した課税標準等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったことにより、確定申告書に記載した還付金の額に相当する税額が過少となるから、請求人による更正の請求には、国税通則法第23条第1項第3号の規定に該当する事由があるとした。 (2) 原処分庁の主張 原処分庁は、A社は、本来請求人が負担すべき未払賃金に対する所得税等及び社会保険料の金額を負担しているのであるから、請求人は経済的利益を得たことになり、その経済的利益である本件請求額は、請求人とA社との間の雇用契約に基づき生じたものであるから、給与等の収入金額に該当すると主張し、確定申告書に記載した課税標準等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにはならず、確定申告書に記載した還付金の額に相当する税額が過少とならないから、請求人による更正の請求には、国税通則法第23条第1項第3号の規定に該当する事由がないとした。 【国税不服審判所による裁決の概要】 国税不服審判所は、各争点について、いずれも請求人の主張を認めず、請求を棄却する裁決を言い渡した。 1 本件金員は、所得税法第9条第1項第17号に規定する非課税所得に該当するか否か〔争点1〕 国税不服審判所は、本件金員の性質について、控訴審訴訟では、地位確認請求及び賃金支払等請求に係る内容が争われ、賃金支払等請求には、未払賃金に加えて、それに対する遅延損害金に係る内容が含まれていたことからすると、請求人及びA社は、本件金員に、解雇の翌日である平成29年9月16日から和解の成立日である令和元年10月4日までの間の未払賃金に対する遅延損害金に相当する金員である本件一部額を含むことを合意したものと認めるのが相当であるとの判断を示したうえで、本件差額については、控訴審訴訟においては、請求人のA社に対する損害賠償請求権の存否は審理の対象となっておらず、請求人及びA社とも、これが審理の対象であると認識していたとは認められないし、和解に至る経過から、A社としては、本件金員に損害賠償金を含むことを否定したうえで、和解条項によって和解を行っており、請求人もこれを認識のうえで、和解に応じたものという事実認定を行った。 さらに、不調に終わった当初和解案では7,000,000円とされていた和解金が、特段の理由もなく10,000,000円に上積みされていること、A社が未払賃金の支給総額を5,541,532円と計算していること及び第一審訴訟及び控訴審訴訟において、請求人が退職金の支払を求め、又は和解に至る経緯の中で退職金相当額を考慮して本件金員の額を算定しているような事情が認められないことを勘案すると、本件差額は、労務の提供に対する対価とはいえず、未払賃金の性質を有する給与所得相当額及び退職所得相当額が含まれているものとみることはできないという判断を示した。 そして、A社が請求人に支払った金員のうち、未払賃金と未払賃金に対する遅延損害金を除く本件差額について、国税不服審判所は、地位確認請求及び賃金支払等請求に係る争いを解決するための金員とすることを合意したものと認めるのが相当であるとして、心身に加えられた損害に基因して取得する損害賠償金が含まれているものとは認められないことから、所得税法第9条第1項第17号に規定する非課税所得に該当しないとして、請求人の主張には理由がないとして、これを斥けた。 なお、本件差額の所得区分について、国税不服審判所は、地位確認請求及び賃金支払等請求に係る争いを解決するための金員であり、労務の対価ではないから、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得には該当せず、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものに当たることから、所得税法第34条第1項に規定する一時所得に該当すると判断して、原処分庁による更正処分は適法であると結論づけた。 2 本件更正請求には、国税通則法第23条第1項第3号の規定に該当する事由があるか否か〔争点2〕 国税不服審判所は、請求人が主張するようにA社が賞与として算定した金額が給与等の収入金額に該当しないとした場合、請求人のA社についての令和元年分の給与所得に係る源泉徴収税額は、賞与に係る徴収税額を除く各月の徴収された所得税等の額の合計額となることを前提として、請求人の令和元年分の所得税等の還付金の額に相当する税額を算定すると、請求人による確定申告書に記載した還付金の額に相当する税額を下回ることから、確定申告書に記載した還付金の額に相当する税額が過少とはならないと認定したうえで、A社が賞与として算定した金額が給与等の収入金額に該当するか否かを検討するまでもなく、請求人による更正の請求には、国税通則法第23条第1項第3号の規定に該当する事由はないこととなると判断して、請求人の主張を斥けた。 【解説】 本件のような労働訴訟を始め、法人が被告となった損害賠償請求訴訟では、本件のように、第一審の判決を不服として控訴した後、控訴審で和解するという訴訟戦術をとるケースが多い。これは、裁判所の判断を聞かずに第一審で和解してしまうと、後日、和解内容に関して、株主から責任追及の訴え(会社法第847条。いわゆる株主代表訴訟)を提起されて、和解を判断した経営陣が訴訟リスクにさらされることを回避するためであると説明されているようである。本件でも、A社及び会社側代理人が「未払賃金」という文言を外すことにこだわり、「損害賠償金」との表現を用いさせなかったのも、株主代表訴訟対策であったかもしれない。 請求人としては、和解金の全額が非課税所得であるという主張を認めさせたかったのであろうが、国税不服審判所は原処分庁による更正処分を適法であると判断した。 1 和解条項をめぐる双方の代理人のやり取り 控訴審で、会社側代理人が示した和解金は7,000,000円だったが、これを請求人側代理人は拒否した。そこで、控訴審裁判所は、双方の代理人に対し、未来志向に立ち、請求人及びA社の両者間の関係を解消する方向で、解決を図るべきであるとして、A社が請求人に対して10,000,000円を支払う旨をはじめとする和解条項案を示した。 会社側代理人は、請求人側代理人に対し、「未払賃金を含めた解決金として」との文言を「解決金として」に変更することを依頼し、一方、請求人側代理人は請求人に対し、「未払賃金を含めた解決金として」との文言を「本件解雇に伴う損害賠償金としての解決金として」に変更することをA社に持ちかけること及び会社側代理人が「損害賠償金」との記載を入れることについてA社の説得を試みると述べたメールを送っていた。 こうしたやり取りはあったものの、裁判上の和解に伴う和解条項は、当初のとおり、A社に、「未払賃金を含めた解決金として」10,000,000円の支払い義務があるという文言となった。 2 請求人側代理人が控訴しなかった理由はないか? 裁決書によれば、請求人は、第一審訴訟では、解雇無効と地位確認請求に加えて、解雇によって請求人が精神的苦痛を被ったことを理由に慰謝料として不法行為に基づく損害賠償を請求しているが、地位確認請求及び賃金支払等請求は認容されたものの、損害賠償等請求を棄却する判決を受けている。 その後、A社は、第一審判決で地位確認請求及び賃金支払等請求を認容した部分の取消し等を求めて控訴しているが、請求人は、第一審判決に対する控訴及び附帯控訴を行わなかったとのことである。 請求人及び請求人側代理人が、損害賠償請求を求めて控訴しなかった理由は定かではないが、和解金が所得税法に規定する非課税所得であると主張するためには、控訴審の審理の中でも、解雇によって請求人が精神的苦痛を被ったことを理由に不法行為に基づく損害賠償を請求しておく必要があったことは言うまでもないことであろう。 3 国税不服審判所裁決要旨検索システムにおける裁決要旨 国税不服審判所が公表している裁決要旨検索システムで、この裁決がどのように紹介されているかを見ておきたい。裁決要旨では、請求人の主張を引用した後、次のような判断を示している。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第43回】 「外国法人の代理人PE認定」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 平成30年度の税制改正により、代理人PEの範囲から注文取得代理人の規定が削除されましたが、同改正後は、注文取得代理人は代理人PEの範囲から完全に除外されるのでしょうか。 〔A〕 同改正ではPE認定の人為的回避防止措置を導入する観点から代理人PEの範囲に「主要な役割を果たす者」を含めることとされ、代理人PEの範囲について注文取得代理人の規定が形式的に削除されたものの、注文取得代理人が同改正後の代理人PEから除かれることにはならないとされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 契約締結代理人について 平成30年度税制改正(※1)により、恒久的施設とされる契約締結代理人等(代理人PE)とは、国内において外国法人に代わって、その事業に関し、反復して次に掲げる契約を締結し、又はその外国法人によって重要な修正が行われることなく日常的に締結される次に掲げる契約のために反復して主要な役割を果たす者をいうとされた(法法2十二の十九ハ、法令4の4⑦)。 (※1) 同改正の趣旨について、財務省『平成30年度税制改正の解説』658頁は、「BEPS プロジェクトの最終報告書の内容を踏まえ、平成29年11月にOECDモデル租税条約が改訂されており、(中略)、このような恒久的施設を巡る国内外の状況に鑑み、恒久的施設認定を人為的に回避することによる租税回避に対応する等のため、国内法上の恒久的施設の範囲を国際的なスタンダードに合わせることとされました。」と述べている。 上記にいう「主要な役割を果たす者」とは、上記①~③の契約が締結されるという結果をもたらす役割を果たす者をいい、例えば、外国法人の商品について販売契約を成立させるための営業活動を行う者がこれに該当する(法基通20-1-6)。この「主要な役割を果たす者」には、平成30年度税制改正前に代理人PEとして規定されていた注文取得代理人(改正前法令186三)が包含されていると考えられている(※2)。 (※2) 高橋正朗編『十訂版 法人税基本通達逐条解説』(税務研究会出版局、2021年)1776頁参照。 また、代理人PEには、長期の代理契約に基づいて外国法人に代わって行動する者のほか、個々の代理契約は短期的であるが、2以上の代理契約に基づいて反復して一の外国法人に代わって行動する者が含まれる(法基通20-1-7)。なお、ここでいう「一の外国法人に代わって行動する者」は、特定の外国法人のみに代わって行動する者に限られない。 以下では、平成30年度税制改正前の事例ではあるが、改正後の厳格規定を一部前取りしている(※3)と認められる裁決事例を検討する。 (※3) 青山慶二「外国法人の代理人PE認定」(TKC税情、2020年12月)24頁参照。 2 過去の裁決例 《国税不服審判所平成25年11月5日裁決》(※4) (※4) TAINSコード:J93-3-10 (1) 事案の概要 本件は、審査請求人Xが国外で仕入れた商品を国内の顧客に販売して生じた所得について、原処分庁が、Xは自己のために契約を締結するための注文の取得等の行為のうちの重要な部分を行う代理人等を国内に置いていたと認定し、当該所得の金額は国内源泉所得に係る所得の金額に当たるとして法人税の決定処分等を行ったところ、Xが、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 Xは、香港で設立された外国法人(M社の100%子会社)であり、M社は、商品カタログ等を媒体として衣料品、家庭用品などを販売する内国法人である。Xは、香港で仕入れたサプリメント、ブランド化粧品、ブランド雑貨などを、日本国内の消費者に対しカタログ販売する商品販売事業者である。当該事業を行うに当たりXは、内国法人N社と業務委託契約を締結し、N社のコールセンターで顧客からの注文を受け、商品を香港から日本に発送して発注者に納品していた。X社との関係では、N社の本店がコールセンター業務を請け負い、別の支店がカタログ製作作成サポート業務を請け負っていた。なお本件では、Xの日本におけるカタログ販売に従事する上記内国法人以外に、香港において、XからN社あてのカタログ製作サポート業務を途中から代替する香港法人P社が存在するほか、米国で仕入れた化粧品やサプリメント等の海外商品を日本国内の顧客に対して販売する米国法人Q社(M社の100%子会社)が、N社との間で同様の業務委託契約を締結していた。 Xは、本件各事業年度(平成19年3月期ないし同21年3月期)の法人税の確定申告書を所轄税務署長に提出していなかったところ、同税務署長は、調査に基づき、平成24年5月14日付で、Xの商品販売事業により生じた所得の金額は法人税の課税標準となる国内源泉所得に当たるとして、Xに対し、各決定処分等を行った。 (2) 争点及びXの主張の要旨 本件の争点は、「Xが行った本件商品販売事業は、(中略)国内に置く代理人等により行われたものに当たるか否か」、より詳細には、N社は、Xの注文取得代理人に当たるか否かである(他の争点は省略)。 Xは、事件当時の注文取得代理人が、「専ら又は主として一の外国法人(中略)のために、常習的に、その事業に関し契約を締結するための注文の取得、協議その他の行為のうち重要な部分をする者」(改正前法令186三、下線筆者)と定義されていたことから、(i)「重要な部分」について、N社が行った業務は、顧客からの一方的意思等を単に集計ないし取り次ぐといういわば単純な機械的業務にすぎず、N社がサポートするカタログは商品の宣伝資料にすぎないから、N社が行った業務は、「注文の取得、協議その他の行為のうちの重要な部分」に該当しない、(ⅱ)「一の外国法人のため」について、N社は、X以外の外国法人であるQ社のためにも同種の業務を行っており、またQ社とXは資本的にいわゆる兄弟会社の関係にあり、「その外国法人と特殊の関係のある者」(改正前法令186三括弧書き)には、兄弟会社は含まれないと主張した。 (3) 審判所の判断 審判所は、要旨、以下のように説示してXの請求を棄却した。 ① 判断枠組みとなる法令解釈 (イ) 注文取得等の行為のうちの「重要な部分」について 「重要な部分」とは、注文の形式的な取りまとめにとどまらず、実質的に、契約を締結する権限を有する者の行為と同視し得るような行為、すなわち、契約締結に至る一連の過程において、契約の締結のために必要不可欠となる行為がこれに当たると解するのが相当である。また、注文取得代理人に該当するためには、その注文取得等の行為が「重要な部分」であることで足り、必ずしも業務を行う者の行為により注文取得等が完遂されなくとも、注文取得代理人該当性の要件を満たすものと解される。 (ロ) 「一の外国法人のために」について (事件当時の)規定は、外国法人と注文取得代理人との関係が、原則として一対一の専属的関係にあることを要求し、その適用要件を限定しているが、その一方で、「一の外国法人」に、その主要な株主等その他特殊の関係のある者を含むとして、一定の範囲を認めている。その趣旨は、国内において事業を行う外国法人が複数存在する場合に、それらの外国法人の一方が他方の主要な株主等である関係、すなわち互いに親子会社等の関係にある場合には、当該親子会社が、それぞれの事業に関する注文取得等の業務を国内の同一の者に行わせることは、その経営判断において合理的かつ必然的であると考えられ、このような場合においても注文取得代理人等の規定の適用を除外することは実態にそぐわず、合理性を有しないためであると解される。そうすると、「その外国法人の主要な株主その他特殊の関係のある者」とは、当該外国法人と親子会社の関係にある者がこれに当たるほか、当該外国法人との資本関係、事業内容に関する相互関係などから、その事業に関する注文取得等の業務を同一の者に行わせることに合理性かつ必然性が認められる関係にある者がこれに当たると解するのが相当である。 ② 認定されたN社事業内容と判断枠組みへの当てはめ (イ) 注文取得等の行為のうちの「重要な部分」について N社本社でのコールセンター業務は、Xの商品販売事業に関し、カタログに掲載された商品について、定められた受注基準及びマニュアルにのっとってオペレーターが受付処理を行っており、Xへ注文情報が報告された後は、発送が不可能であるとXが判断した場合にのみ、申込者にその旨の連絡がなされるというものであり、発送が可能なものは承諾の通知もなく商品が発送されていたのであるから、N社本社での受注行為は、単なる注文の取りまとめにとどまらず、契約締結と同視し得るか、少なくとも契約締結に直結した必要不可欠な行為である。 一方、N社支店が請け負う商品カタログは、商品に関する情報を提供し、商品購入のための一連の手続を記載した唯一のものであり、消費者が購入の申込みをするためには不可欠のものであったことから、同支店のカタログ制作サポート業務は、契約締結に至る一連の過程において、契約の締結のために必要不可欠となる行為であったものと認められる。 (ロ) 「一の外国法人のために」について X及びQ社は、親会社が共通であり、N社に委託された業務は同時に処理されていたことからすると、親会社の支配力を背景に、事業内容に関する相互関係から、事業遂行のために共通の国内の事業者に業務委託することには合理性かつ必然性があったものと認められる。なお、X及びQ社とN社との業務委託契約上、P社が介在しているという事実は認められるが、事業主体はX及びQ社であることから、委託契約におけるP社の存在は上記判断には影響を及ぼさない。そうすると、複数の外国法人がそれぞれの事業に関する注文取得等の業務を国内の同一の者に行わせることに合理性かつ必然性が認められる場合には、当該複数の外国法人は、特殊の関係にあるとして「一の外国法人」に含まれると解すべきであるから、Q社は、Xにこれを含めて一の外国法人とみなすべき特殊の関係のある者であったと認められる。 (ハ) 結論 以上から、N社は、一の外国法人と認められるX及びQ社のために、商品販売事業に関し契約を締結するための注文取得等の行為のうちの重要な部分を行っており、本件各事業年度の間、委託契約に基づき、上記のとおりの業務を行っており、常習性も認められることから、N社は、Xの注文取得代理人に該当する。 3 検討 本件で審判所は、注文取得代理人該当性につき、当時の規定の要件を、注文取得等の行為のうちの「重要な部分」と、「一の外国法人のために」の2つに分け、それぞれを事実認定して当てはめていくという判断枠組みを定立し、業務委託契約の文言そのものではなく、業務遂行の実態に踏み込んで検討した点に本裁決の特徴がある。本件では、N社本社でのコールセンター業務は契約締結と同視し得ると認定されたが、事実関係如何によっては、反対の結論もあり得よう(※5)。 (※5) 青山・前掲(※3)34頁は、「例えば、コールセンターは、クレーム処理などの部分的機能を果たすに過ぎない場合など低機能の物であれば、結論は変わる可能性がある。」と述べている。 本稿では紙幅の関係で省略したが、本件では、独立代理人該当性(法令4の4⑧)についても争われた。独立代理人は、(i)法的独立性、(ⅱ)経済的独立性、及び(ⅲ)通常業務性の各要件を満たすことが要求される(法基通20-1-8)が、Xはこれらすべてを満たすと主張した。審判所は、(i)について、コールセンター業務及びカタログ制作サポート業務の両面において、Xからの詳細な指示や包括的な支配が働いており、業務を遂行する上でのN社の裁量の範囲は限定的であったことから、N社に法的独立性は認められないとし、(ⅱ)について、N社は、企業として存続するための必要な事業運営資金をXからの借入れに依存しており、経済的リスクを自ら負担して事業を行っていたとはいえないことから、その経済的独立性は認められないとし、(ⅲ)については、N社は、請求人の事業領域に属する業務のみを遂行するために設立されたのであるから、N社自身の事業を遂行する上での通常過程は観念できないことから、その通常業務性についても認められないとして、Xの主張を排斥した。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第48回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 18 ビットコインETFと分離課税(その2):問題意識① ビットコインETFが米国で承認されたことに対して、自由民主党デジタル社会推進本部web3プロジェクトチーム(座長:平将明衆議院議員)は、「web3ホワイトペーパー2024-新たなテクノロジーが社会基盤となる時代へ-」(2024.4.12)の中で、興味深い反応を示している。 上記「web3ホワイトペーパー2024」は、web3のマスアダプションの文脈において、米国でビットコインETFが承認され、これまで以上に幅広い投資家が暗号資産に投資するようになったと説明している(3~4頁)。また、税制との関係では、「個人が保有する暗号資産に対する所得課税の見直し」の項目において、次のような問題が存在することを指摘している。 筆者は、暗号資産を譲渡した場合の所得に対する所得税について、近いうちに分離課税の対象になる可能性は、業界団体から要望があることを考慮しても、現時点では極めて低いと考えていた。 本連載【第38回】においても、暗号資産を発行するスタートアップの出口戦略として、暗号資産に関する税金を株式並みの取扱いにしたい、株式やFXなど他の投資商品等と同じ程度の税率や取扱いにしたい、あるいは利用者個人の税金を軽くして暗号資産を普及させてweb3を後押ししたいという声もあるかもしれないが、結局、次のような観点からの検討も含めて、今後も議論は続くという見解を示した。 しかしながら、上記「web3ホワイトペーパー2024」で述べられているように、暗号資産の現物を原資産とした暗号資産現物ETFについて分離課税の対象となる、又は分離課税の対象とするのであれば、少し状況は変わってくる。 すなわち、現物の暗号資産を保有している場合等との公平性や中立性等が考慮されて、現物の暗号資産を譲渡した場合の所得に対する分離課税の導入について、少なくとも、これまでよりも現実味のある方向で議論が進む可能性がある。 暗号資産現物ETF には、暗号資産交換業者のみならず、証券会社、資産運用業者、信託銀行などが関与することになる。また、今後、個人投資家のみならず、機関投資家の運用資産等についても、すでにビットコインETFが存在している米国等に流出する可能性がある(「web3ホワイトペーパー2024」26頁)。 これらのことを考慮すると、税制改正に向けた各方面への働きかけは、必ずしも方向性を同じくするものではないにせよ、より強いものとなるであろう。このことが上記のとおり、これまでよりも現実味のある方向で議論が進む可能性を後押しする。 もっとも、無数にある暗号資産のすべてをこのタイミングで一律に分離課税の対象とすることは立法関係者、関係当局及び一般国民等の支持を得られない可能性がある。いずれにしても、暗号資産に対して分離課税を導入するとしても、次のとおり、その議論の方向性としていくつかの候補とその問題点等が考えられる。 ビットコインETFが分離課税の議論の着火剤となるならば、分離課税の対象をビットコインなど特定の暗号資産に限定する方向で議論が進む可能性もある。ただし、ビットコインETFの課税関係を現物の暗号資産の課税関係に合わせることで両者の均衡を保とうとする動き又は金の場合のように現物とETFで異なる税制を適用しようとする動きもあるかもしれない。 このような暗号資産に関わる分離課税の議論に関して、「web3ホワイトペーパー2024」は、上記のとおり、①暗号資産を原資産とする外国で組成されたETFが国内で流通した場合と、②国内でも暗号資産を原資産としたETFが組成された場合という2つのルートを挙げて、これらの取引から生じた所得が分離課税の対象とされる可能性があることを前提に議論を展開している。 上記第2のルートについて、「web3ホワイトペーパー2024」26頁でも述べているとおり、現時点では、投資信託及び投資法人に関する法律(以下「投信法」という)が投資信託の投資対象資産である特定資産に暗号資産を含めておらず、金融庁の「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」(2024.7)が非特定資産等に対する投資信託の組成及び販売を制限しているため、暗号資産を投資対象とするETFを含む投資信託は日本には存在していない。 上記第1のルートについても、外国ですでに上場されている暗号資産現物ETFを国内で販売することにはハードルがあると考えられている(例えば、弁護士YS「ETF:米SECがビットコイン現物ETFの承認!?」参照)。 もっとも、「web3ホワイトペーパー2024」3~4頁は、ビットコインその他の暗号資産を、ETFを含む投資信託の投資対象とすることの妥当性や是非の検討を求めており、今後、議論が進展することを期待してもよいであろう。 なお、2019年5月30日の参議院財政金融委員会では、現時点で暗号資産を投信法上の特定資産に追加することは考えていないという金融庁の答弁を踏まえて、国税庁次長は、現段階において暗号資産ETFの税法上の取扱いについて回答することを控える旨の答弁をしていた。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第20回】 (最終回) 「推計課税に求められる「必要性」と「合理性」」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 大阪国税不服審判所平成27年8月21日裁決 (1) 推計の必要性 (2) 推計の合理性 ① 同業者の抽出基準 原処分庁は、取引先を調査することにより、本件各年分の収入金額を実額で把握するとともに、事業所得については、上記の収入金額に、請求人と業種、業態、事業規模等が類似する同業者(類似同業者)の平均所得率を乗じて算出する方法を採用し、類似同業者を選定するために次の条件を満たす事業者を抽出した。 ② 抽出基準の考え方 推計課税の合理性が認められるには、下記の各要件を満たす必要があるものと解される。 2 推計課税の必要性の意義 大阪高裁昭和62年9月30日判決は、「申告納税制度のもとにおける納税者は、税法の定めるところに従った正しい申告をする義務を負うとともに、その申告を確認するための税務調査に対しては、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、その所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、その申告の内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負う」と判示している。 しかし、現実には下記の場合があり、このような場合には帳簿書類に基づく実額課税は不可能となる。 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・令和3年)983頁によれば、このような場合であっても、「直接資料が入手できないからといって、課税を放棄することは、公平負担の観点から適当でない。ここに推計課税の認められる根拠がある」とされている。 3 推計の合理性 東京地裁昭和49年9月25日判決(TAINSコード:Z076-3398)は、「推計課税が避けられないとしても、その推計課税が適法であるというためには、さらに採用された推計方法が、当該事案との関係で合理的なものでなければならないことはいうまでもなく、また、推計方法が合理的であるためには、当該事案において採用された推計方式自体が合理的であることと、推計の基礎資料の選択が合理的であることが必要であるといわなければならない」旨説示している。 このように、推計方法が合理的であるというためには、推計方法の「最適性」「正確性」「客観性」を充足しなければならず、審査請求人が推計の合理性についての主張をしていない場合であっても、必ず裁決書の「判断」欄に記載しなければならないとされている。 また、推計の合理性の立証責任は原処分庁にあり、合理性の判断時点は裁決時とされている。 4 主な推計方法 (1) 推計方法の類型 所得税法や法人税法における推計課税の規定は「財産若しくは債務の増減の状況・・・」という推計要素を定めているが、これは例示規定と解されており、実務上行われている推計の方法は、「比率法(本人比率法・同業者比率法)」「効率法(比率法との併用)」「資産負債増減法」などがあるが、推計課税事件の大部分は「同業者比率法」が占める。 (2) 比率法 所得率、売上原価率、経費率等の一定の比率を適用して所得金額を推計する方法であり、うち同業者比率法は、その納税者と業種が同一で、業態、事業規模、立地条件等において類似性のある者を選定して上記比率の平均値を算出する。 (3) 効率法 販売個数、生産量、原材料の数量、従業員数、電力・ガス・水道の使用量、いす・テーブルの客席数、麺玉の仕入個数といった効率項目を把握し、これに同業者の効率項目1単位当たりの売上高・差益率・利益率・回転率等を算定し、これらに基づいて収入金額及び所得金額を推計する。 (4) 資産負債増減法 課税年分におけるその納税者の資産や負債の増減額から純資産の増加額を算定し、これに生活費や税金等の額を加算し、配当等の額を減算して所得金額を推計する。 業種や業態に関係なく適用でき、収入や経費が把握できず、更に、(3)の効率項目の把握も困難な場合に適しているものの、網羅的に資産や負債を把握しないと所得金額が大きく変動することや、消費税の課税資産の譲渡等の対価の額を算定できないというデメリットもある。 5 実額は推計を破る 原処分の適否を審理する行政庁(再調査審理庁・国税不服審判所)が嫌がる主張が「実額主張」である。 上記のとおり、推計課税は実額課税が不可能である場合の代替手段であり、実額計算をするに足る証拠の提供があれば、推計課税の基礎を欠くことになるため、これをもって「実額は推計を破る」と表現される。 納税者が実額主張をするに当たっては、納税者から下記の3点を立証する必要があるが、その帳簿や証憑書類が大量に存在する場合、推計課税を離脱して実額課税に拠ることができるか否かの検証が審理庁にとって大きな負担となる。 (連載了)
◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第5回】 「自己株式消却の会計処理」 公認会計士 石王丸 周夫 今回は自己株式の消却の会計処理の誤りを取り上げます。 「自己株式の消却」は「自己株式の処分」とは別のことを指します。自己株式の処分は自己株式を手放すことですが、自己株式の消却は自己株式を消滅させることをいいます。自己株式残高が貸借対照表上で減少する点は同じですが、自己株式を手放すことによってそうなるのか、自己株式を自ら消滅させることによってそうなるのかの違いがあります。 訂正事例の概要 以下は、個別財務諸表で自己株式の消却の会計処理を誤ったことにより、連結財務諸表の誤りとなってしまった事例です。連結貸借対照表の純資産の部において、資本剰余金と利益剰余金の残高を訂正しています。 資本剰余金の残高が過小表示であったと同時に利益剰余金の残高が過大表示であり、かつ過小額と過大額が同額でした。資本剰余金と利益剰余金の入り繰りです。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示(以降同様)) 入り繰りなので、株主資本や純資産の部の合計には影響がなく、連結貸借対照表の訂正は上記のみでしたが、連結株主資本等変動計算書ではこれに関連した訂正がなされています。 連結株主資本等変動計算書の当期変動額中、「自己株式の消却」において、訂正前は資本剰余金を減少させる処理としていましたが、訂正後は利益剰余金を減少させる処理に変更しています。 〈連結株主資本等変動計算書の訂正箇所のイメージ〉 連結株主資本等変動計算書に関するこの訂正内容は、自己株式の消却の会計処理を知っている人にとっては違和感があります。訂正前の処理で正しいように見えるはずです。 自己株式消却の会計処理 自己株式消却の会計処理を確認しておきます。会計基準では次のように定められています。 (企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」第11項) 仕訳で示すと次のとおりです。 その他資本剰余金は資本剰余金の内訳科目の1つであり、連結貸借対照表及び連結株主資本等変動計算書ではこの内訳が表示されないため、資本剰余金として表示されます。 訂正前の連結株主資本等変動計算書では、「自己株式の消却」について資本剰余金を減少させる処理としていました。したがって、会計基準に準拠した処理とみられますが、なぜこれを訂正し、利益剰余金からの減額に変更したのでしょうか。 その他資本剰余金がマイナス残の場合の処理方法 その点を解明するため、訂正事例の会社について、決算短信訂正後に公表された有価証券報告書で個別貸借対照表を参照してみます。資本剰余金の内容を少し詳しく見てみましょう。 すると、この会社の資本剰余金の内訳は、資本準備金のみであることがわかります。当期末も前期末も資本準備金のみです。つまり、当期中において自己株式を消却した際、前掲の仕訳処理を行うとその他資本剰余金の残高がマイナス(借方残)になってしまうのです。 自己株式消却の処理では、そのような場合に別途留意点があります。【第4回】で述べたことと全く同じです。会計基準では次のとおり定められています。 (企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」第12項) つまり、期末にマイナス残になったその他資本剰余金を、その他利益剰余金に振り替えます。仕訳で示せば、以下のとおりです。 訂正事例における訂正後の会計処理では、いったんその他資本剰余金から減額した後にその他利益剰余金に振り替えるといった段階を踏んだ処理とはなっておらず、そもそもその他資本剰余金の残高がないため、消却時に最初から利益剰余金(その他利益剰余金)の減額処理としています。 結果的にはそれであっていますが、自己株式の消却に際して利益剰余金から減額するという部分だけを見てしまうと、違和感があったかもしれません。 なお、訂正事例の会社では、株主総会招集通知についても訂正の発表をしています。それによると、自己株式の消却に際して、訂正前は資本準備金から減額していたことがわかりました。すなわち、上記の振替処理を忘れたというよりも、資本準備金から減額してしまっていたというのが誤りの原因だったようです。 開示前のチェックポイント 期中に自己株式の消却がなされている場合は、個別決算上の会計処理を再度確認しておきましょう。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第51回】 「M&Aに第三者を入れるべきか、入れなくても可能か」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの第三者活用の要否を検討する際のヒントにする。 売り手企業 ⇒M&Aの第三者活用の要否を検討する際のヒントにする。 支援機関(第三者) ⇒M&Aの第三者活用の要否の情報をヒントに、買い手・売り手に対する助言に活かす。 その他の対象者 ⇒M&Aの第三者活用の要否を検討するための情報を得る。 1 第三者を入れるメリットを考える (1) 緊急性と重要性 経営全般、販路拡大、業務改善、DX、新規事業、新製品開発、業務効率化や生産性向上、管理会計の導入など、中小企業には数えきれない課題があります。大企業に比べてリソースが限られる中小企業では、数ある課題の中で、重要性と緊急性との兼ね合いに応じて優先度を自己判断で決め、実行に移しているケースが大半です。 多くの中小企業では、上図の右側の緊急性が高い出来事にばかり視線が注がれがちであり、重要性の高低に関係なく、リソースを割いています。しかし、企業を長期的な視点で成功に導くためには、上図の左上の象限に該当する、緊急性は高いとはいえないが、重要性が高い事項に視点を移すのがよいといわれています。 では、中小M&Aはどうでしょうか。まず、緊急性については、大抵の場合、M&Aをすぐにしなければならない状況ではないと思います。 買い手の場合、戦略的投資の一環でM&Aが選択肢に入るケースが考えられますが、緊急性が高いから戦略的投資をするわけではありません。売り手も、EXIT(出口)戦略の1つとして、あるいは、企業の存続上の課題を解決する一手段として、数ある選択肢の中からM&Aを選ぶのが一般的であり、M&Aしか手段がないんだ、と言い切れるケースは少ないと思います。よって、多くの場合、緊急性が高いとはいえません。 一方、M&Aの重要性は、筆者としては高いと思います。なぜなら、M&A後の両社の統合過程での失敗事例が多く、経営上のシナジー効果を期待したはずが、期待外れに終わる、期待が長続きしないケースがよくみられるからです。 つまり、M&Aを機に期待した効果が出なければ、M&A後の経営は失速する、それは、計り知れない経営上のダメージになります。なので、軽々しく意思決定できるほどM&Aは甘くない点から、経営上、重要性が高い出来事だと考えています。 これらを踏まえると、緊急性が高ければ、頻繁にその企業で起こっていることでしょうから、自社内に相当のノウハウが蓄積されているはずです。しかし、逆に緊急性が低ければ、自社にはほとんどノウハウがないはずです。その一方で重要性が高いので、失敗した後の代償が大きいのがM&Aの特徴です。 以上から、中小M&Aでは、失敗のリスクを軽減し、成功に近づけるノウハウを得るために最も近道となる第三者を頼るのが賢明です。 (2) 第三者の活用を受け入れる 中小M&Aでは、中小企業自身のリソース不足を理由に、第三者活用のコストを節約しようとする企業が案外多い印象を受けます。そもそも、日本企業、特に中小企業では、無形の価値を提供するサービスに対価を払うのを軽視している印象も受けます。しかし、この考え方は改めた方がよいと思います。 日々経営上起こっていることであれば、経営者自身の経験則に照らすのが妥当です。しかし、経営者は経営者であって、M&Aのプロフェッショナルではありません。M&Aは早い話、時間の売買ともいえ、買い手は相当の規模に成長した相手を主に金銭で一瞬にして手に入れ、売り手もまた、長い時間をかけて成長した自社の価値を売る行為です。そして、買い手が手にする会社と、売り手が手にする対価が目に見えるから金銭等の授受が生じ、取引が活発に行われています。この点から、M&Aの行為自身は両社にとって可視化できていますので、形のない取引ではありません。 M&Aのノウハウについても、M&Aそのものと同様に、自社には備わっていない能力をサービス提供相手から買う行為ですから、もっと積極的に活用されるのが自然ですが、前述のとおり、あくまでサービスは、自社に形が残らないからか、あるいは、キャッシュが流出するだけと思っているのか、不必要コストと考えて支出を渋る経営者は多いです。 この点、中小企業の多くにとって、M&Aは1度経験するかしないか、ですが、そんな中小企業が、日々M&Aばかり携わる第三者よりも、スキル、経験値、知識で勝っているというのなら、第三者を頼らず自力でM&Aに臨めばよいと思います。しかし、よほどのことがない限り、第三者が関与するM&Aに比べれば成果は低くなるのは当然です。 2 第三者を入れなくてもM&Aが可能な場合 1では、中小M&Aに際して、第三者の活用の必要性を説明しました。ですが、すべてのケースで絶対に必要といえるわけではありません。第三者を入れなくてもM&Aが可能なケースもあります。それは、第1に、M&Aのノウハウが有る場合、第2に、M&Aの経験者が社内に存在する場合です。 (1) M&Aのノウハウがある場合 組織は学習します。初めてのM&Aでの失敗、1に照らして第三者を入れた際のノウハウの吸収といったように、失敗・ノウハウ・経験から学ぶことで、1度よりも2度、2度よりも3度と経験値が上がるにしたがって、M&Aのコツなるものが掴める可能性が高まります。つまり、自ら経験して痛い目にあうか、誰かからコツを盗むことが、次のM&Aの成功確率を上げるというイメージです。 とはいえ、相手の業種や規模感などが異なれば、過去のノウハウが活きないケースもあります。それでも、未経験者に比べて、M&Aとはこういうものだ、ということを知っている企業であれば、第三者が介在しなくても、ある程度、困難を乗り越える経験をしているはずですので、M&Aに際して第三者を入れないことや、入れても部分的な関与にとどめることができ、費用感を抑えて活用できる場合が多くなります。 ただし、手続の法律、会計、税務面に関しては、テクニカルな難しさがありますので、いかに組織内にノウハウがあっても、誤るおそれを考慮すれば、大抵のケースでは第三者を関与させるのが無難といえます。 (2) M&Aの経験者が社内に存在する場合 (1)の視点を組織要因から人的要因に移しただけですが、組織内に、M&Aに精通している方がいれば、社内にコンサルタントがいるようなものですので、社内のリソースだけでM&Aが回るケースがあります。 ただし、この場合の問題点は、中小企業で果たしてM&Aのスキルや経験が備わった方が必要か、です。 M&Aスキルのある人材が、自社のM&Aを通じて経験を積んだメンバーなら、あまり問題になりませんが、M&Aのためにわざわざ外部から人材を雇うのであれば、M&Aの頻度と人材採用の一連のコスト総額との比較で、中小企業では、M&Aに長けた人材が社内にいる必要性が、さほど高くないと思います。 それならば、スポットで活用できる第三者からノウハウを得て、自社内に知識や経験を蓄積する工夫を重ねる方が、よほど有意義だと思います。 なので、確かにM&Aの経験者が社内にいれば心強いですが、その経験者に、M&Aがないときに何をしてもらうか、M&A後の関与度を含め具体的なジョブを把握の上でM&A経験者を活用できるのか、といった視点で考えると、M&A人材の活用については、慎重に検討するのがよいのではないでしょうか。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第21回】 「電子メールやLINEの送信時刻はそのまま労働時間になるか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 電子メールやLINEの送信時刻を根拠に、従業員から残業代請求がされました。従業員の主張どおり、メールやLINEの送信時刻をそのまま労働時間と認めなければならないのでしょうか。 〔A〕 結論から言えば、メールやLINEの送信時刻をそのまま労働時間と認める必要はありません。メールやLINEにどの程度証拠価値が認められるかは、①メール・LINEの内容、②メール・LINEの送信場所、③労働時間管理の方法によります。 ①のメール・LINEの内容については、業務に関するものかどうかがポイントです。例えば、業務に関係しない私的メールであれば、社内で送信されていたとしても証拠としての価値は高くないでしょう。 ②のメール・LINEの送信場所については、事業所内で送信されたものと言えるかがポイントです。例えば、自宅や移動中に送信されたメール・LINEについては、たとえ業務に関する内容であっても、それだけで労働時間を認定する証拠にならないことが多いです。 ③の労働時間管理の方法については、タイムカードなど客観的な方法で勤怠管理がされていたかどうかがポイントです。例えば、タイムカードで時間管理を行っている会社の場合、メールやLINEのみを根拠に、タイムカードの打刻時間を超えて残業をしていたと認められる可能性は低いです。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 労働時間とは 労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間のことだ(三菱重工業長崎造船所事件・最判平成12年3月9日)。客観的に「指揮命令下に置かれている」と評価できなければ、その時間は、労働時間に該当しない。 では、指揮命令下に置かれたかどうか判断する際に、メールやLINEに証拠としての価値を認められるのだろうか。令和時代の最新裁判例に基づきポイントを抽出すると、以下の3つだ。 2 メール・LINEの内容(ポイント①) まず、単に事業所内でメールやLINEをしているというだけでは不十分だ。メールやLINEの内容が業務に関するものでなければ、業務に従事していた証拠にはならない。 業務用のメールアドレスからメールが送信され、その中には送信先として別の職員の業務用のメールアドレスが含まれていた事案でも、送信したメールの内容やどのようなやりとりをしていたかが不明であれば、労働時間を認定するうえで的確な証拠とは言えない(大阪地判令和4年7月27日)。 3 メール・LINEの送信場所(ポイント②) (1) 事業所内で送信されたものかどうかが重要 重要なのは、そのメール・LINEが事業所内で送信されたものかどうかである。自宅や移動中に送信されたメール・LINEについては、たとえ業務に関する内容であっても、それだけで労働時間を認定する証拠にならないことが多い。 東京地判令和3年4月13日は、「メールは一般に社外でも送受信することができるものであり、移動の途中や私的時間内でも送受信することができる以上、メールの送受信記録だけでは、その時間に使用者の指揮命令下で労務に従事していたと認めることはできない。このことは、そのメールが業務に関する内容を含んでいる場合であっても変わらない」としている。 事業所は、仕事をするために設計された空間なので、仕事以外にできることは物理的、心理的に限定される(東京地判令和4年5月30日参照)。そのため、メール・LINEが事業所内で送信されたかは、労働時間を認定するうえで、非常に重要なのである。 (2) メールやLINEの証拠価値 まず、LINEについては、任意の場所で送信可能なので、LINEの送信のみで事業所内で業務をしていた証拠にはならないだろう。 個人のメールについても、同様に証拠としての価値が低い。 社内メールの送信であれば、直ちに事業所内で業務をしていたことになるかというと、実はそれも違う。社内メールについても、外部からアクセスし利用可能な場合、メールの送信のみで、事業所内で仕事をしていた証拠にはならない(東京地判令和4年12月12日)。 証拠としての価値が高いのは、外部からアクセスできない社内メールで、業務に関する内容を送信していた記録である。 (3) 自宅や移動時間中に送信されたメール・LINEの取り扱い (1)で上述したとおり、自宅や移動中に送信されたメール・LINEについては、たとえ業務に関する内容であっても、労働時間を認定する根拠にならないことが多い。 在宅勤務が認められていない会社の場合、原則として、自宅での作業について労働時間性が否定されることになる。そのため、自宅で業務に関するメールを送信していたとしても、それだけで労働時間と認められる可能性は低い。 また、自宅での作業について労働時間と認められる場合でも、あるメールと次のメールの間の時間も継続して業務に従事していたと認定されるわけではない。例えば、19時にメールをして、その後に20時にメールをした場合、間の1時間が全て労働時間と認定されるわけではない。 自宅での業務に関するメールについて、メール1通につき、平均して最大でも5分程度を労働時間と認定した裁判例もある(大阪地判令和4年1月31日)。 4 労働時間管理の方法(ポイント③) 労働時間管理の方法によっても、結論が変わることがある。 従業員らの勤怠管理をタイムカードにより行っている場合には、原則として、タイムカード打刻時間が労働時間と推認される(東京地判令和4年10月5日)。この場合、タイムカードが労働時間認定との関係で、証拠として価値が高いということになる。 タイムカードで時間管理を行っている会社の場合、メールやLINEのみを根拠に、タイムカードの打刻時間を超えて残業をしていたと認められる可能性は低いと言える。 他方、出社時刻・退社時刻を上司にメールで報告させて勤怠管理しているような場合は、従業員が出社及び退社を報告するメールの時刻に基づき労働時間が認定されることになるだろう(大阪地判令和4年3月25日)。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第83話】 「川崎重工業と架空取引」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・架空取引と裏金か・・・」 浅田調査官は、朝日新聞と毎日新聞の記事を比較しながら、熱心に読んでいる。2024年7月3日の新聞の、海上自衛隊の潜水艦の修理をめぐる不祥事の記事である。 朝日新聞の見出しは、次のようになっている。 これに対して、毎日新聞は、以下のようになっている。 「・・・川崎重工業(本社:神戸)の神戸造船工場の税務調査だから・・・大阪国税局の調査部が税務調査を行ったのだろう・・・」 浅田調査官は、少し緊張して記事を読んでいる。 浅田調査官の関心のある「税務調査」については、毎日新聞は、次のように記載している。 朝日新聞の記事には、更に「重加算税」という用語が入っている。 そこに、中尾統括官がやってくる。 「・・・何をそんなに熱心に読んでいるの?」 中尾統括官は、浅田調査官が広げている新聞記事を覗く。 「・・・ああ、潜水艦の・・・裏金か・・・」 中尾統括官は、立ちながら記事を読む。 「・・・これって税務上、どんな処理になるんですか?」 浅田調査官が中尾統括官の顔を見る。 「・・・そうだなあ・・・新聞記事では・・・」 と言いながら、朝日新聞の記事の一部を読み上げる。 「・・・ということは、川崎重工業と下請けが、グルになって架空経費を計上し、裏金を作ったということですね」 浅田調査官の確認に、中尾統括官は、大きく頷く。 そして、中尾統括官は、図を描く。 「・・・これって、防衛省と契約をしていた川崎重工業が、架空経費を計上し、その裏金を使って海自隊員に様々な物品を購入したり、飲食接待をしたりしていたのだから、税金を盗んでいるのと同じでは・・・」 浅田調査官は、図を見ながら、呟く。 「・・・これって、川崎重工業のトップは、本当に、知らなかったのでしょうか?」 浅田調査官は、中尾統括官に尋ねる。 「・・・造船所の修繕部で、このような不法行為をしていたとしたら、会社は、不法行為をしていた役員や従業員に対して、同時に、損害賠償請求権が発生するだろう・・・」 と言いながら、中尾統括官は、図の下に、税務上の「仕訳」を書く。 「・・・すなわち、架空の下請けに対する経費は、否認され、同時に、不法行為を行った役員・従業員に対して、会社は、損害賠償請求権を取得することになる・・・」 中尾統括官は、説明を続ける。 「・・・判例では、不法行為者が役員又は従業員の法人の内部の者である場合は、『損益同時両建説』(最高裁昭和43.10.17判決)を、又は、不法行為者が第三者の法人の外部の者である場合は、『損益個別確定説』(東京高裁昭和54.10.30判決)を採っている」 中尾統括官は、説明を終えると、満足そうに、傍らにある椅子に腰掛ける。 「・・・ところで、朝日新聞によると、今回の川崎重工業の有価証券報告書には、税務調査で指摘事項があることを記載していたのですね・・・それで、新聞等で報道(7月3日)されると、急遽、同日、会社は、『一部の職場で不適切行為があった』と、ウェブサイトで公表しています・・・」 浅田調査官は、インターネットで、川崎重工業の有価証券報告書を探し、税務調査における指摘事項の記載している箇所を見る。 「・・・ところで、これって、6年間も不正な会計処理を会社がしていたにもかかわらず、毎年行っている公認会計士(監査法人)の監査において、発見できなかったのですかねえ・・・ちなみに、監査法人の監査報告書では、次のように意見表明しています」 「・・・今回の十数億円の架空経費の計上は、公認会計士の監査において、重要でないということなのでしょうか?」 浅田調査官は、首を傾げる。 (つづく)
《速報解説》 大阪国税局、DC制度への移行に伴い同制度の資格得喪者(移行月の退職者)に対して支払われるDB制度の終了に伴う分配金の退職所得該当性を示した文書回答事例を公表 Profession Journal編集部 大阪国税局は、令和6年6月20日付(ホームページ掲載日は令和6年7月17日)で文書回答事例「確定拠出年金制度への移行に伴い同制度の資格得喪者(移行月の退職者)に対して支払われる確定給付企業年金制度の終了に伴う分配金の退職所得該当性について」を公表した。 事前照会の内容 照会者であるA社は、退職一時金制度及び照会者が事業主となる確定給付企業年金制度(以下「本件DB制度」という)で構成される退職金制度を採用しており、今後、本件DB制度から、A社が事業主となる企業型確定拠出年金制度(以下「本件DC制度」という)に移行する。 移行に伴い本件DB制度を終了し、本件DB制度による確定給付企業年金(以下「本件DB」という)の年金資産は、本件DC制度による企業型確定拠出年金(以下「本件DC」という)の資産管理機関に移換して、各社員の個人別管理資産に充てることとしている。 なお、本件DCに係る企業型確定拠出年金規約(案)における加入者資格の取得と喪失の時期に関する規定はおおむね次のとおり。 (※1) A社の就業規則では、定年は60歳とし、誕生日の前日に退職することとされている。また、自己都合により退職を願い出てA社が承認したとき、又は退職願提出後14日を経過したときも、退職することとされている。 (※2) 確定拠出年金法12条《企業型年金加入者の資格の得喪に関する特例》では、企業型年金加入者の資格を取得した月にその資格を喪失した者は、その資格を取得した日に遡って、企業型年金加入者でなかったものとみなすこととされている。 また、本件DB制度が終了した場合、A社は、A社の確定給付企業年金規約に基づき、A社が給付の支給に関する義務を負っていた者のうち本件DB制度の終了日における加入者について、残余財産の全部を本件DCの資産管理機関に移換するが、確定拠出年金法12条の規定により本件DCの加入者でなかったとみなされた者については、本件DB制度の終了に伴う残余財産を分配することとされていることから、定年や自己都合による退職により、本件DB制度の終了日以後、同月中に本件DCの加入者資格を喪失し、確定拠出年金法等の規定により当初から本件DCの加入者でなかったとみなされる社員(以下「本件退職者」という)については、本件DB制度の終了に伴う残余財産の分配金(以下「本件分配金」という)が、A社の選任する清算人名義の口座に入金された後、改めて本件退職者の口座に送金されることとなる。 この本件退職者が受ける本件分配金が、所得税法31条によって退職手当等とみなされる一時金に該当し、退職所得として取り扱って差し支えないかを照会したところ、大阪国税局は、主に以下の理由から「貴見のとおりで差し支えありません」と回答した。 照会者の見解となることの理由 所得税法31条3号のとおり、確定給付企業年金法の規定に基づいて支給を受ける一時金で加入者の退職により支払われるものは、退職手当等とみなされるが、それ以外の事由である確定給付企業年金制度の終了により支払われる一時金は、「加入者の退職により支払われるもの」に当たらないため、原則として、一時所得として取り扱われる。 また、本件退職者は、本件DB制度の終了に伴いその加入者資格を喪失すると同時に、本件DCの加入者資格を一旦取得するところ、同月中に退職することによって、本件DCの加入者資格を喪失し、その資格を取得した日に遡って、本件DCの加入者でなかったものとみなされる(上記(ロ)(ニ))。 そのため、本件退職者は、その退職の日においては本件DB及び本件DCのいずれの加入者でもないが、本件分配金については、本件DB制度が終了するまでは本件DBの加入者である本件退職者が、本件DC制度への移行により本件DCの加入者資格を取得した後に、その退職を理由として本件DCの加入者でなかったものとみなされることにより、確定給付企業年金法の規定に基づいて支給を受ける一時金である(確定給付企業年金法89条6項)ことを踏まえれば、本件分配金は、確定給付企業年金法の規定に基づいて支給を受ける一時金で加入者の退職により支払われるものと解するのが相当であり、退職所得として取り扱って差し支えないものと考えるとしている。 【参考】 (了)