〔令和3年度税制改正における〕 人材確保等促進税制の創設 (賃上げ・投資促進税制の見直し) 【第4回】 (最終回) 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 ←(前回) 7 控除対象雇用者給与等支給増加額【新設】 雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を控除した金額をいい、その金額が適用年度の調整雇用者給与等支給増加額(⇒【第3回】の 4 参照)を超える場合には、その調整雇用者給与等支給増加額を限度とする(措法42の12の5③十二)。 前段の雇用者給与等支給額及び比較雇用者給与等支給額の算定上は、それらから控除される「他の者から支払を受ける金額」の範囲から雇用安定助成金額を除くこととされている(同項十、十一)のに対し、調整雇用者給与等支給増加額の計算基礎となる雇用者給与等支給額及び比較雇用者給与等支給額の算定上は、さらに雇用安定助成金額を控除して算定される(同項四)。詳細は以下 8 の図を参照されたい。 (両制度に共通) 8 雇用安定助成金額【新設】 雇用安定助成金額とは、国又は地方公共団体から受ける雇用保険法第62条第1項第1号に掲げる事業として支給が行われる助成金その他これに類するものの額をいう(措法42の12の5③四イ)。 雇用保険法第62条第1項第1号には「景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた場合において、労働者を休業させる事業主その他労働者の雇用の安定を図るために必要な措置を講ずる事業主に対して、必要な助成及び援助を行うこと」と規定されており、これに係る助成金としては以下のものが含まれる(措通42の12の5-2の2)。 なお、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金は、新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止の措置の影響により休業させられた労働者のうち休業手当の支払を受けることができなかった者に対し、従業員が勤務先を通さずに給付されるものであり、法人が支給する給与等に該当しないことから、考慮する必要はない。 もともと雇用調整助成金をはじめとする「雇用安定助成金額」が「他の者から支払を受ける金額」に含まれることは通達上で明らかにされていたが、令和3年度の税制改正によって雇用安定助成金額の範囲が法律上明確化された。 そのうえで、本税制の適用要件の判断指標となる以下の金額の算定上、雇用安定助成金額を控除しない・・・・・こととされた。 雇用安定助成金額をこれらの給与等の支給額から控除しないこととされるのは、従業員の支給を受ける給与等が助成金を原資とするものから法人の自己負担に変わっただけで、その額が増加していない場合にまで増加したとして要件判定することが本制度の目的の1つである従業員の所得の拡大という目的にそぐわないことによる(※5)。 (※5) 財務省「令和3年度 税制改正の解説」514頁。 これに対して、控除税額の計算基礎となる控除対象新規雇用者給与等支給額及び調整雇用者給与等支給増加額の算定に当たっては、雇用安定助成金額を控除することとされている(措法42の12の5③四)。 このように計算要素によって雇用安定助成金額の控除要否が異なるため、計算を誤らないように注意が必要な項目と思われる(下図参照)。 ◎雇用安定助成金額の取扱い 9 調整雇用者給与等支給増加額【新設】 調整雇用者給与等支給増加額とは、調整・・雇用者給与等支給額から調整比較・・・・雇用者給与等支給額を控除した金額をいい(措法42の12の5③四)、従来の賃上げ・投資促進税制又は所得拡大促進税制における控除税額の計算基礎となる金額と同様の算定方法によっている。 この金額は、本制度による控除税額の計算基礎となる控除対象新規雇用者給与等支給額又は控除対象雇用者給与等支給増加額の上限値として機能するものである。すなわち、人材確保等促進税制であれ所得拡大促進税制であれ、控除税額の最大は調整雇用者給与等支給増加額の15%(上乗せ控除の適用を受ける場合には、制度によって20%又は25%)相当額まで、ということになる。したがって、調整雇用者給与等支給額が前年度から増加していない限り、本税制による税額控除の適用は受けられないということになるから、両税制に共通の潜在的な適用要件として考えることもできる。 ここで調整雇用者等給与支給額とは、雇用者給与等支給額からさらに雇用安定助成金額を控除した金額をいい(措法42の12の5③四イ)、調整比較雇用者給与等支給額とは、比較雇用者給与等支給額からさらに雇用安定助成金額を控除した金額をいう(措法42の12の5③四ロ)(※6)。 (※6) 「調整雇用者給与等支給額」及び「調整比較雇用者給与等支給額」という単語は法人税申告書別表上で用いられているもので、条文上の用語ではない。条文(措法42の12の5③四)では単に「雇用者給与等支給額」及び「比較雇用者給与等支給額」とされ、ここに「・・・雇用安定助成金額がある場合には、当該雇用安定助成金額を控除した金額」というカッコ書きが追加されているのである。 同一の用語でもカッコ書きの有無によって異なる内容を示すこととなるから、申告書では別の用語を設けたものと考えられるが、これは制度を理解する上では必要な配慮であるから、本稿でも「調整雇用者給与等支給額」及び「調整比較雇用者給与等支給額」という単語を用いることとした。 経済産業省から公表されている「『人材確保等促進税制』よくある御質問 Q&A集(令和3月8月30日改訂版)」のQ12(雇用安定助成金額とは)の回答には、「雇用者給与等支給額、控除対象新規雇用者給与等支給額の計算において、雇用安定助成金額は、(中略)その額から控除されます。」との記載があるが、ここでいう「雇用者給与等支給額」は「調整雇用者給与等支給額」のことを指している点に留意が必要である。 雇用者給与等支給額及び比較雇用者給与等支給額の定義上は「他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金額を除く)」を控除することとされているが(措法42の12の5③十、十一)、ここからさらに雇用安定助成金額も控除するということによって、調整雇用者給与等支給額及び調整比較雇用者給与等支給額(さらには調整雇用者給与等支給増加額)からは「他の者から支払を受ける金額」がすべて控除されることになる(上記 8 の図を参照)。 10 比較教育訓練費の額【改正】 比較教育訓練費とは、法人の適用年度開始の日前1年以内に開始した各事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される教育訓練費の額の合計額を、当該1年以内に開始した各事業年度の数で除して計算した金額をいう(措法42の12の5③八)。 令和3年度の税制改正前は、法人の適用年度開始の日前「2年以内」に開始した各事業年度において損金算入される教育訓練費の額の合計額を基礎として計算することとされていたが、その集計対象期間が変更されている。 あわせて、中小企業比較教育訓練費の用語が廃止されている。 6 連結納税制度における取扱い 本税制は連結納税制度を適用している法人にも同様の措置が定められているが、その適用要件については連結納税グループ全体で判断することとなる(措法68の15の6①②)。すなわち、以下の金額は全ての連結法人の金額を合算して算定される。 また、連結親法人が「中小連結親法人」に該当する場合には、単体納税における中小企業者等の取扱いと同様の取扱いが連結納税グループ全体に適用され、所得拡大促進税制の適用を受けることができる(措法68の15の6②)。 ここで中小連結親法人とは、連結親法人であって「中小連結法人」(※7)に該当し、かつ適用除外事業者に該当しないものをいう(措法68の15の6②)。 (※7) 資本金額(出資金額)が1億円以下の法人であって、「みなし大企業」に該当しないもの、又は資本(出資)を有しない法人のうち、常時使用従業員数が1,000人以下の法人。 7 グループ通算制度における取扱い 令和4年4月1日以降に開始する事業年度より、これまでの連結納税制度にかわりグループ通算制度が適用される。グループ通算制度は、「法人格を有する各法人を納税単位として、課税所得金額及び法人税額の計算並びに申告は各法人がそれぞれ行うこととし、同時に企業グループの一体性に着目し、課税所得金額及び法人税額の計算上、企業グループをあたかも1つの法人であるかのように捉え、損益通算等の調整を行う仕組み」(※8)であり、単体納税制度における特例的な取扱いとして位置づけられるものである。 (※8) 財務省「令和2年度 税制改正の解説」825頁。 これまで連結納税制度の適用を受けている法人は、原則として引き続きグループ通算制度の適用を受けることとなる。すなわち、令和4年3月31日において連結親法人に該当する内国法人及び同日の属する連結親法人事業年度終了の日においてその内国法人との間に連結完全支配関係がある連結子法人については、同日の翌日(令和4年4月1日)において、グループ通算制度の承認があったものとみなされる(※9)(R2改正附則29①)。 (※9) 連結親法人が令和4年4月1日以後最初に開始する事業年度開始の日の前日までに「グループ通算制度へ移行しない旨の届出書」を納税地の所轄税務署長に提出した場合には、当該連結親法人及び当該前日において当該連結親法人との間に連結完全支配関係がある連結子法人については、グループ通算制度に移行しないことを選択することができる(R2改正附則29②)。 そしてグループ通算制度における本税制の適用については、特に固有の取扱いが定められていないことから、本税制はそれぞれの通算法人ごとに適用されることとなる。すなわち連結納税制度とは異なり、適用要件の判断や税額控除限度額の計算に当たってグループ法人の金額を合計する必要はなくなるということである。 なお、グループ通算制度移行初年度における前連結事業年度の取扱いについては、連結離脱時の取扱いと同じである。 (連載了)
相続税の実務問答 【第66回】 「配偶者の相続開始の年に当該配偶者から 居住用財産の贈与を受けた場合の相続税・贈与税の申告」 税理士 梶野 研二 [答] ご主人の亡くなられた年にご主人から受けた贈与であっても、あなたがこれまで、ご主人からの贈与について、贈与税の配偶者控除の特例規定(相続税法第21条の6第1項に定める特例規定をいいます)の適用を受けたことがなければ、この特例規定の適用があるとした場合に、この特例規定により控除されることとなる金額に相当する金額については、相続税の課税価格に加算する必要はありません。 ご主人から贈与を受けた居住用の家屋及びその敷地の価額で、相続税の課税価格に加算されない金額については、贈与税の申告をする必要がありますが、この申告において贈与税の配偶者控除の特例を適用することができます。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続開始前3年以内に被相続人から受けた贈与の相続税の課税価格への加算 相続又は遺贈により財産を取得した者が、その相続の開始前3年以内に被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合には、その贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算した価額をその贈与を受けた者の相続税の課税価格とみなし、相続税額を計算することとされています(相法19①)。 しかしながら、被相続人から贈与を受けた財産が、「特定贈与財産」である場合には、その価額を相続税の課税価格に加算する必要はありません(相法19①かっこ書き)。 特定贈与財産とは、婚姻期間が20年以上である被相続人からその配偶者が取得した相続税法第21条の6第1項に規定する居住用不動産又は金銭で、下記の①又は②のいずれかに該当する場合における「特定贈与財産」欄に掲げる財産をいいます(相法19②)。 (※) 被相続人の配偶者が、相続税の申告書(期限後申告書及び修正申告書を含みます)又は更正の請求書に、配偶者から贈与を受けた居住用不動産又は金銭についてこれらの財産の価額を贈与税の課税価格に算入する旨その他財務省令で定める事項を記載し、戸籍の附票の写しや贈与を受けた者が取得した居住用不動産に関する登記事項証明書など贈与を受けた配偶者が当該居住用不動産を取得したことを証する書類を添付して提出しなければなりません(相令4②、相規1の5①②)。 2 特定贈与財産に係る贈与税の申告 被相続人の相続開始の年の前年以前に、被相続人から贈与を受けた財産の価額は、それが相続税の課税価格に加算されるものであるかどうかにかかわらず、贈与税の申告が必要となります(ただし、被相続人からの贈与について、相続時精算課税の選択をしていない場合には、その年中に贈与を受けた財産の価額の合計額が贈与税の基礎控除額である110万円以下である場合には、贈与税の申告をする必要はありません)。 一方、被相続人の相続開始の年に、被相続人から贈与を受けた財産の価額は、それが相続税の課税価格に加算されるものであれば、その価額は贈与税の課税価格には算入されないこととされています(相法21の2④)。 ところで、特定贈与財産に該当する財産については、その価額を相続税の課税価格に加算する必要がありませんので、贈与税の課税価格に算入されることとなります。したがって、贈与を受けた特定贈与財産の価額(被相続人以外の者から贈与を受けた財産がある場合には、その合計額)が、贈与税の基礎控除額を超える場合には、贈与税の申告が必要となりますし、その被相続人からの贈与が、贈与税の配偶者控除の特例規定の要件を満たす限り、同特例を適用することができます。 3 ご質問の場合 あなたがご主人と結婚されてから本年3月に居住用財産の贈与を受けるまでの期間は20年以上であり、かつ、ご主人からの贈与についてこれまでに贈与税の配偶者控除の特例の適用を受けたことがないとのことですから、同特例の適用があるものとした場合に贈与税の課税価格の計算上、控除されることとなる金額に相当する金額1,800万円は、特定贈与財産となります。 特定贈与財産については、贈与者の相続開始前3年以内に被相続人から受けた贈与であっても、その価額を相続税の課税価格に加算する必要はありません。ただし、相続税の申告書には、贈与を受けた特定贈与財産について、その価額を贈与税の課税価格に算入する旨その他一定の事項を相続税の申告書第14表の「1 純資産価額に加算される暦年課税分の贈与財産価額及び特定贈与財産価額の明細」欄に記載するとともに、戸籍の附票の写しや居住用不動産に関する登記事項証明書など贈与を受けた者が当該居住用不動産を取得したことを証する書類を添付しなければなりません。 なお、ご主人から贈与を受けた居住用の家屋及びその敷地の価額で、相続税の課税価格に加算されない金額については、贈与税の申告をする必要があります。贈与税の配偶者控除の特例を受けるときには、贈与税の申告書に、この特例を受ける旨を記載し、戸籍謄本、戸籍の附票の写し、贈与を受けた居住用不動産の登記事項証明書などの必要書類を添付してください。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第16回】 「被相続人以外の者が建物を所有している場合の特定事業用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲の相続発生に伴い、甲の所有していた土地建物を長男乙が取得した場合には、乙が適用できる特定事業用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用面積は何㎡でしょうか。 乙は甲と生計を一にしていた者に該当し、特定事業用宅地等の特例の要件を満たしているものとします。 甲が所有していた土地建物の相続発生前の利用状況は、下記の通り、1階部分は乙が飲食店の事業をしており、2階部分は生計を別にする被相続人の兄である丙とその内縁の妻である丁が居住しています。 土地は被相続人である甲が100%所有していますが、建物は、甲が4/10、乙が1/10、丙が3/10、丁が2/10所有しています。 甲は建物所有者から地代を収受しておらず、建物所有者も建物利用者から賃料は収受していません。 【相続発生前】 [A] 特定事業用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)の適用面積は、96㎡(200㎡ × 120㎡/200㎡ × 8/10)となります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 被相続人等の事業の用に供されていた宅地等の範囲 特定事業用宅地等は、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていた親族(以下「被相続人等」という)の事業(貸付事業を除く)の⽤に供されていた宅地等であることが要件の1つとなっています。したがって、その宅地等が「誰の」、そして何の「用途」に供されていたかが重要となります。 租税特別措置法関係通達69-4-4(被相続人等の事業の用に供されていた宅地等の範囲)では、下記の通り定められています。 上記通達の事業の用に供されていた宅地等は、特定事業用宅地等に限らず、貸付事業用宅地等に該当するものもその範囲に含まれていますので、下記の通り注意が必要となります。 ① 上記(1)について 被相続人の有する宅地等の上に被相続人以外の者が建物を有する場合に相当の対価で貸付けを行っているときは、被相続人の貸付事業の用に供されていたものとして取り扱います。特定事業用宅地等については、貸付事業を除きますので、上記(1)は、貸付事業用宅地等の特例対象に該当する可能性があっても、特定事業用宅地等には該当しないことになります。 ② 上記(2)について (1)に掲げる宅地等が除かれていますので、被相続人の有する宅地等の上に被相続人以外の者が建物を有する場合には、使用貸借であることが前提となります。土地が賃貸借である場合には、被相続人の貸付事業の用に供されていることになりますので、上記の(1)に該当することになります。 例えば、土地は被相続人が所有し、建物は生計一親族が所有している場合において、土地が使用貸借であり、被相続人がその建物で事業を行っていた場合を考えてみましょう。この場合に被相続人が建物を所有している生計一親族から無償で借り受け、被相続人の事業の用に供している場合には、被相続人の事業の用に供されている宅地等に該当することになります。これに対して、被相続人が建物を所有している生計一親族から相当の対価で借り受けている場合には、その生計一親族の貸付事業の用に供されている宅地等に該当することになりますので、貸付事業用宅地等の特例対象に該当する可能性があっても、特定事業用宅地等の特例対象にはなりません。 したがって、建物の所有者が被相続人以外の者である場合には、土地は使用貸借であり、かつ、被相続人等が無償で建物を借り受けている場合に特定事業用宅地等の特例の対象になります。この場合の無償には、通達で記載されているとおり、相当の対価に至らない程度の対価の授受がある場合を含みます。民法上の使用貸借の場合には、借主は、通常の必要費を負担することになっています(民法595)ので、固定資産税その他の通常の必要費について借主が負担していたとしても、通達の「無償」に含めて考えることになります。 また、建物所有者は被相続人の親族に限られる点にも注意が必要となります。基本的な考え方として、被相続人又は生計一親族の事業の用に供されていることが要件となっていますので、被相続人又は生計一親族が建物所有者であることが求められますが、被相続人の親族から使用貸借により借り受け、被相続人等の事業の用に供している場合も想定されることから、被相続人又は生計一親族に限らず、被相続人の親族までその範囲を広げています。 親族の範囲については、【第1回】で解説しています。 * * * 以上をまとめると、被相続人が有する宅地等の上に被相続人以外の者が建物を有する場合には、下記の要件を満たす必要があります。 2 本問への当てはめ 本問の場合には、1階部分は乙の事業用宅地等ですが、2階部分は丙・丁の居住用宅地等に該当しますので、土地の面積を床面積で按分する必要があります。そうすると事業用宅地等の面積は120㎡(200㎡ × 120㎡/200㎡)となります。 土地は使用貸借であり、建物利用者である乙が建物所有者から使用貸借により借り受けていますので、120㎡について生計一親族の事業の用に供されていた宅地等に該当します。しかしながら、丁は被相続人の親族ではないため、10分の2の部分については、特例の対象にはなりません。したがって、事業用宅地等の面積の10分の8の部分である96㎡(120㎡ × 8/10)が特例の対象になります。 なお、土地は使用貸借ですが、仮に賃貸借である場合には、被相続人の貸付事業用となり、貸付事業用宅地等の特例対象に該当する可能性があっても、特定事業用宅地等の特例対象にはなりません。また、例えば、丙及び丁が建物を所有している10分の5部分について乙から賃料を受け取っている場合には、10分の5の部分は、丙及び丁の貸付事業の用に供されていることになりますので、特例の対象にならず60㎡(120㎡ × 5/10)のみが特例の対象になります。 ★実務上のポイント★ 被相続人以外の者が建物を有している場合には、被相続人の親族が所有し、かつ、土地及び建物共に使用貸借にすることで特例の適用を受けることができますので、生前に持分の買取や土地契約の見直し等を検討することが重要となります。 (了)
給与計算の質問箱 【第24回】 「退職所得の計算方法の改正」 ~2022年1月1日以降適用~ 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 退職日が2022年1月1日以降の役員、従業員に対して支給する退職手当等について退職所得の計算方法が一部改正になるとのことですが、その内容について教えてください。 A 退職日が2021年12月31日以前の役員、従業員に対して支給する退職手当等について退職所得の計算方法は原則、次のとおりである。 退職日が2022年1月1日以降の役員、従業員に対して支給する退職手当等について退職所得の計算方法はそれぞれ以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 特定役員退職手当等 勤続年数が5年以下(1年未満の端数は1年に切上)である役員等(法人の役員、議員、公務員)に対して支給される退職金は1/2課税が適用されないこととされている(平成24年度税制改正)。 《退職所得の源泉徴収税額の速算表》 ※画像をクリックすると別ページでPDFが開きます。 (※) 国税庁「令和3年分 源泉徴収税額表」より抜粋。 2 短期退職手当等 令和3年度税制改正により「短期退職手当等」が新たに導入され、2022年1月1日以降は、5年以下の勤続年数である役員でない従業員が受け取る退職金の退職所得の算定は、以下の2通りの場合がある。 (1) 退職手当等 - 退職所得控除額 ≦ 3,000,000円の場合 勤続年数が5年以下(1年未満の端数は1年に切上)である従業員に対して支給される退職金から退職所得控除額を引いた残額が300万円以下の場合は、これまでどおり1/2課税が適用される。 (2) 退職手当等 - 退職所得控除額 > 3,000,000円の場合 勤続年数が5年以下(1年未満の端数は1年に切上)である従業員に対して支給される退職金から退職所得控除額を引いた残額が300万円超の場合は、300万円を超える部分の金額は1/2課税が適用されないこととなった。 3 一般退職手当等 上記1、2以外の役員、従業員に対して支給される退職手当等はこれまでどおり1/2課税が適用される。 このほか、同じ年に上記1や2、3の複数の支給がある場合には計算式が異なる。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第35回】 「みなし共同事業要件(分割の場合)」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、みなし共同事業要件について解説します。 1 みなし共同事業要件 支配関係が適格分割の日の属する事業年度開始の日の5年前の日から継続していない場合でも、みなし共同事業要件を満たしているときは、欠損金の使用制限(【第33回】参照)や特定資産譲渡等損失額の損金算入制限(【第34回】参照)が適用されません。 「みなし共同事業要件」とは、次の①から④又は①と⑤の要件の全てを満たすことをいいます(法令112③⑩)。 2 事業関連性要件 (1) 「事業関連性要件」とは 「事業関連性要件」とは、分割法人の分割前に行う事業のうちのいずれかの事業(分割事業)と、分割承継法人の分割前に行ういずれかの事業(分割承継事業)とが相互に関連するもの((3)参照)であることをいいます。 (2) 「事業」とは 事業関連性要件における「事業」とは、下記の①から③のとおり、固定施設を有していること、従業者を有していること、売上が生じていることという3つの要件を満たすものをいいます(法規3①一)。 共同事業を行うための分割における適格分割の要件(【第22回】参照)と同様となっています。 (3) 「相互に関連する」とは 事業関連性要件における「相互に関連する」とは、下記のような場合のことをいいます(法規3①二・②)。 3 「事業規模要件」とは 「事業規模要件」とは、分割事業と分割承継事業(分割事業に関連する事業に限ります)のそれぞれの売上金額、従業者の数又はこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないことをいいます。 共同事業を行うための分割における適格分割の要件(【第22回】参照)と同様となっています。 4 「分割事業の規模継続要件」とは 「分割事業の規模継続要件」とは、分割事業が分割法人と分割承継法人との間に最後に支配関係があることとなったときから適格分割の直前のときまで継続して営まれており、かつ、分割法人と分割承継法人との間に支配関係が生じたときと適格分割の直前のときにおける分割事業の規模(事業規模要件で判定した指標)の割合がおおむね2倍を超えないことをいいます。 分割事業の規模継続要件は、みなし共同事業要件の事業規模要件を満たすために、事業規模を変化させることを防止するために設けられています。 〈売上について事業規模継続要件を満たすと判定された場合〉 支配関係が生じたときの分割事業の売上が500で、分割直前に600となっており、変化の割合が2倍を超えないことから規模継続の要件を満たすこととなります。 5 「分割承継事業の規模継続要件」とは 「分割承継事業の規模継続要件」とは、分割承継事業が分割法人と分割承継法人との間に最後に支配関係があることとなったときから適格分割の直前のときまで継続して営まれており、かつ、分割法人と分割承継法人との間に支配関係が生じたときと適格分割の直前のときにおける分割承継事業の規模(事業規模要件で判定した指標)の割合がおおむね2倍を超えないことをいいます。 分割承継事業の規模継続要件は、4の分割事業の規模継続要件と同様に、みなし共同事業要件の事業規模要件を満たすために、事業規模を変化させることを防止するために設けられています。 〈売上について事業規模継続要件を満たすと判定された場合〉 支配関係が生じたときの分割承継事業の売上が300で、分割直前に400となっており、変化の割合が2倍を超えないことから、規模継続の要件を満たすこととなります。 6 経営参画要件 (1) 「経営参画要件」とは 「経営参画要件」とは、分割前の分割法人の役員等((2)参照)のいずれかと分割承継法人の特定役員((3)参照)のいずれかが、分割後に分割承継法人の特定役員となることが見込まれていることをいいます。 基本的には共同事業を行うための分割における適格分割の要件と同様ですが、異なる点は、分割法人の役員等と分割承継法人の特定役員は、分割承継法人と分割法人との間に最後に支配関係があることとなった日前において経営に従事していた役員に限定されている点です。 (2) 「役員等」とは 「役員等」とは、役員及び社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者をいいます。 (3) 「特定役員」とは 「特定役員」とは、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者((4)参照)で法人の経営に従事している者をいいます。 (4) 「これらに準ずる者」とは 「これらに準ずる者」とは、役員又は役員以外の者で、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役又は常務取締役と同等に法人の経営の中枢に参画している者をいいます(法基通1-4-7)。 ◆みなし共同事業要件のポイント◆ みなし共同事業要件については、共同事業を行うための適格分割の要件と同じあるいは類似のものが多いため、異なる点を中心に理解しておく必要があります。 分割事業の規模継続要件と分割承継事業の規模継続要件は、共同事業を行うための適格分割の要件にはないもので、事業規模要件を満たすために事業規模を変化させることを防止するものです。 経営参画要件において、共同事業を行うための適格分割の要件との違いは、分割法人の役員等と分割承継法人の特定役員が分割承継法人と分割法人との間に最後に支配関係があることとなった日前において経営に従事していた役員に限定されていることです。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第68回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (3) 技術役務の提供に係る収益の計上の単位(法人税基本通達2-1-1の5) ア 概要 収益認識会計基準は履行義務単位で収益を認識することを原則とするが、一定の場合には契約単位で認識することを認めている。他方、法人税基本通達2-1-1は、法人税法における収益計上単位の原則は契約単位であることを明らかにしつつ、複数の契約を結合して単一の履行義務として収益計上することや、1つの契約に複数の履行義務が含まれている場合に各履行義務に係る資産の販売等をそれぞれ収益計上の単位とすることを認めている。 本通達は、上記通達2-1-1の別段の定めとして、設計、作業の指揮監督、技術指導その他の技術役務の提供に係る収益の計上の単位について定めている。 本通達の取扱いを図表で示すと次のようになる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 収益認識会計基準における履行義務の識別のルールに則して、本通達(1)又は(2)の一連の技術役務の提供が単一の履行義務となる場合において、それが一定の期間にわたり充足される履行義務に該当するときは、その履行義務の進捗度に応じた収益を計上することとなる。 その進捗度の見積り方法として、例えば、経過期間や引渡作業量等を指標とするアウトプット法(指針17)を適用するケースでは、収益の計上時期や計上額は基本的に本通達によった場合と同様のものとなることが想定されている(趣旨説明15頁)。 イ 本通達の趣旨 本通達の趣旨は、要旨次のとおりである(趣旨説明14~15頁)。 本通達は、収益認識会計基準の導入前の公正な会計慣行を踏まえた旧通達2-1-12の取扱いを実質的に存続させるものであり、その内容自体については一定の合理性を認めることができよう。ただし、本通達の根拠規定として法人税法22条4項を持ち出すことができるかどうかという点は議論の余地があるし、他方で、22条の2第1項を持ち出す場合には、確定的に本通達のような取扱いを導くことができるかという問題がある。この点については本連載第67回の(2)イ参照。 ウ 強制適用する趣旨 本通達は、法人税基本通達2-1-1ただし書の場合と異なり、法人が選択適用することを認めるものではなく、強制適用される。 本通達(1)又は(2)の事実がある場合には、収益認識会計基準を適用していれば通常は各部分(マイルストーン)を別々の履行義務としてそれぞれの履行義務の充足の時に収益計上するべきであり、同基準を適用していなくてもマイルストーンごとに収益計上するべきであることから、本通達の取扱いは旧通達2-1-12の取扱いと同様に、任意ではなく、強制的に適用することとしている(趣旨説明15頁)。 法人が収益認識会計基準を適用しているか否かにかかわらず、法人税法上の収益の計上時期の原則は法人税法22条の2第1項が定める引渡・役務提供基準である。本通達の取扱いがこの引渡・役務提供基準の範疇に含まれるとするならば、強制適用は当然であろう。ただし、国税庁は、強制適用の根拠を法人税法22条4項に求めているのかもしれない。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第120回】 株式会社カンセキ 「第三者委員会調査報告書(2021年11月9日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社カンセキ第三者委員会の概要】 【株式会社カンセキの概要】 株式会社カンセキ(以下「カンセキ」と略称する)は、1975(昭和50)年2月、創業者である故服部吉雄が設立(設立時の社名は株式会社服部)。同年4月、ホームセンター1号店開業。ホームセンター、専門店などの運営を主たる事業とする。売上高41,592百万円、経常利益2,911百万円、資本金1,926百万円、従業員数345名(いずれも2021年2月期連結実績)。本社所在地は栃木県宇都宮市。東京証券取引所JASDAQ市場上場。会計監査人はEY新日本有限責任監査法人東京事務所(以下「新日本監査法人」と略称する)。 資金流用に利用された連結子会社の株式会社バーン(以下「バーン」と略称する)は、2007年9月設立で、保険代理店業を営む。代表取締役は、カンセキの代表取締役会長の長谷川静夫氏(報告書上の表記は「丙」、以下「長谷川会長」と略称する)が兼務し、他に取締役1名(報告書上の表記は「庚」)とパート従業員が1名在籍している。 【調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 カンセキの取締役常勤監査等委員である髙﨑勝彦氏(報告書上の表記は「甲」。以下「髙﨑常勤監査等委員」と略称する)は、2021年8月末頃、カンセキの連結子会社であるバーンに対する内部監査を行い、同社の現金につき、実際の残高が帳簿上の残高より720万円少ないことを把握した。 髙﨑常勤監査等委員は、その後、現金残高不一致の原因について社内調査を行い、創業者の服部吉雄氏(報告書上の表記は「乙」)が他界した後にカンセキ代表取締役に就任した長谷川会長が、カンセキから仮払いで現金を持ち出したまま精算せず、カンセキやバーンの取締役らが、バーンの現金をカンセキに簿外で移動させて仮払いの未精算を穴埋めしていたことを把握した(以下、長谷川会長が仮払いでカンセキから現金を持ち出すことを繰り返し、それによって生じたカンセキの現金欠損を隠蔽するためにバーンからカンセキに簿外で現金を移動させていたことを「本件不正行為」という)。 本件不正行為が長谷川会長の仮払い未精算によるものであり、カンセキやバーンの取締役も関与していたことから、カンセキは、カンセキのガバナンスの根幹部分が損なわれ、上記の他に更なる不正行為が存在するおそれがあると考え、本件不正行為の事実の詳細や、同種不正行為の存否等を明らかにするため、外部専門家で構成される第三者委員会を設置することとし、2021年10月8日、臨時取締役会において、第三者委員会の設置を決議した。 2 長谷川会長による資金流用の経緯(調査報告書12ページ以下) 長谷川会長は、1990年前後頃から、証券会社に個人名義の口座を開設して、信用取引を中心に、上場会社株式の売買を行っていたところ、2007年5月、創業者の他界によりカンセキの代表取締役に就任した後、同年8月上旬頃、株の信用取引における保証金の差入れ等の個人的用途に充てる目的で、当時は経理部長であった専務取締役管理本部長の高橋利明氏(報告書上の表記は「戊」。以下「高橋専務」と略称する)及び当時は財務課長であった取締役経理部長の村山和弘氏(報告書上は「己」。以下「村山取締役」と略称する)に指示して、カンセキから仮払いで現金50万円を支出させた。 その後、長谷川会長による資金流用は、返済と仮払いによる支出を繰り返しながら残高が膨らんでいく。こうした中、高橋専務及び村山取締役は、長谷川会長に対する仮払金が未精算のまま期を跨ぐと、役員に対する貸付(関連当事者取引)に該当して有価証券報告書の記載が問題となるのではないか、また、監査法人から指摘を受けるのではないかとの懸念を抱き、200万円の仮払いが未精算であることを隠蔽するため、バーンから一時的に簿外で200万円を借りて、仮払いが精算されたかのように仮装し、カンセキの現金欠損を隠蔽しようと考え、その旨を長谷川会長に提案して、その承諾を得た。 髙﨑常勤監査等委員による調査の時点で、長谷川会長に対する仮払金の未精算残高は720万円に達していた。 3 発生原因の分析(調査報告書32ページ以下) 第三者委員会は、本件不正行為の発生原因として、次の6項目を挙げた。 第三者委員会が、「長谷川会長の属人的要因」として、長谷川会長について、強いリーダーシップを発揮していた創業者が急逝した後、当時苦境にあったカンセキの経営を引き継いで業績を立て直した功労者であり、カンセキ社内において圧倒的な実力を有していたことを背景に、カンセキの資金を自分の財布の金を使うように安易に持ち出し、高橋専務や村山取締役を巻き込んで内部統制を無効化させていたものであると断じた。さらに、長谷川会長は、会社経営者としては成功したものの、自分のことについては公私の区別がなく、上場企業の経営者としての自覚や、コンプライアンス意識が決定的に欠如していたというべきであり、これが本件不正行為の大きな原因であったことは明らかであると強い口調で批判している。 また、長谷川会長の公私混同を許した高橋専務と村山取締役については、「正確な会計情報開示の重要性に対する経理担当役職者の意識の欠如」として、経理部長又は財務課長の立場にありながら、長谷川会長の指示に従って唯々諾々と高額の仮払いを行い、かつ、長谷川会長がこれを精算しないでいるのに催促もせず、あまつさえ、期末に仮払いが未精算となっている事実を隠蔽するため、簿外でバーンから現金を借りてきて、内容虚偽の仮払精算書を作成することにより、仮払金が精算されたかのような不正な会計処理を行っていたと断じて、両名が、カンセキの経理部門の中枢を占める責任者でありながら、会社の状況を正確に開示するどころか、不正な会計処理を行うことで不都合な事実を積極的に隠蔽していたものであり、正確な会計情報の開示の重要性に対する意識が乏しく、コンプライアンス意識も欠如していたと判断を示している。同時に、長期間にわたって不正な会計処理を継続した要因としても、この両名が属してきた経理部門における「人員配置の硬直化」を挙げている。 さらに、第三者委員会は、「風通しの悪い組織風土」について、社外取締役を除く現在のカンセキの取締役が、常務取締役である星一成氏(報告書上の表記は「丁2」)を除いて、全員が長谷川会長によって指名された者であり、その実績と相まって、発言力は圧倒的に長谷川会長が勝っていたものと認められること、人事も役員報酬も長谷川会長が一任されて決めている状況であることから、取締役会の議論も活発に行われていたとはいい難いとしたうえで、取締役間で、自由闊達な意見交換や上下間での相互牽制を期待することができない状況であったことが、長谷川会長の不正を抑止できなかった原因の1つであると締め括っている。 4 再発防止策の提言(調査報告書36ページ以下) 第三者委員会は、再発防止策の提言として、次の6項目を挙げている。 提言の中で、最も注目されるのは、資金を流用した長谷川会長だけではなく、不正行為に加担した高橋専務及び村山取締役についても、「カンセキの内部統制を無効化させた張本人であり、取締役としての資質や自覚に欠けるというべきである」として、取締役からの退任を求めている点であろう。原因分析の項で、長谷川会長の属人的要因を重要視し、長谷川会長に唯々諾々として従った高橋専務及び村山取締役についても、正確な会計情報の開示の重要性に対する意識が乏しく、コンプライアンス意識も欠如していたと断じている以上、当然の提言であると考える。 【調査報告書の特徴】 カンセキの2021年2月期有価証券報告書によれば、取締役5名に対する報酬(ストックオプションを除く)は84,100千円となっており、単純計算で1人17,000千円弱。社長就任以来14年にわたってカンセキに君臨してきた長谷川会長に対する報酬は他の取締役に比して大幅に高額であることが予想でき、経済的に会社資金を流出させる必要があったとは思えない長谷川会長が、2007年5月の社長就任後程なく、カンセキの経理部長であった高橋専務と財務課長であった村山取締役に用立てさせた現金は50万円だった。実際の使途は株式売買による損失の穴埋めだったにもかかわらず、このとき、長谷川会長が弁明に使ったのが、「創業家に対する資金的な援助」であったという。 その後14年、仮払いと返済を繰り返しながら、長谷川会長に対する仮払金残高は増加し、発覚時に720万円に達していた。同時に、高橋専務と村山取締役による隠蔽工作も深く潜行していた。髙﨑常勤監査等委員の調査により、バーンの現金残高不足が発覚した後の2021年10月6日、仮払金残高は、長谷川会長により一括で返済されている。 1 仮説検証アプローチ(調査報告書22ページ以下) 第三者委員会が、本件不正行為と類似事案の有無及び事実関係の調査に際して採用したのが「仮説検証アプローチ」であった。その理由として、第三者委員会は、「類似の不正行為」の調査は、「他に不正がないことを調査すること」と同義であり、調査対象が不明確になりがちであることから、「カンセキにおいて経営者による類似の不正行為」が存在していたことを仮定した上で、その場合に残されるであろう「証跡(不正の端緒)」を推定し、その証跡の有無を確認することとしたと説明している。 具体的に第三者委員会が設定した仮説シナリオは次のとおりである。 調査の結果、本来、不正な支出が行われていた場合には出現するはずの証跡(不正の端緒)は発見されなかったことから、第三者委員会は、当初に設定した「カンセキにおいて経営者による類似の不正行為が存在している」との仮説は成立せず、したがって、「カンセキにおいて他の類似の不正行為の痕跡はない」との評価に到達したと結論を述べている。 2 機能しなかった社外取締役 第三者委員会による原因分析では、取締役間の力関係により、自由闊達な意見交換や上下間での相互牽制を期待することができない状況であったことが、長谷川会長の不正を抑止できなかった原因の1つであると述べるに止まっているが、3名の社外取締役のうち監査等委員である取締役小林美晴氏及び横山幸子氏は、ともに弁護士資格を有する検事出身者であり、カンセキの取締役又は監査役に2006年5月に就任して、現在に至っている。長谷川会長がカンセキの実権を握る前から、役員に就任していることから、彼らが社外取締役としての牽制機能を十分に発揮していれば、もっと早い段階で、資金流用の事実を把握して、是正させることが可能だったのではないかと考えるのだが、第三者委員会の調査報告書には、そうした分析が行われた形跡はない。 また、第三者委員会は、各社外取締役に1回ずつヒアリング調査を行っているが、髙﨑常勤監査等委員以外の社外取締役についての職務遂行に関する記述はない。 3 取締役の辞任 カンセキは、第三者委員会の調査報告書を公表した2021年11月11日に、「代表取締役の異動及び取締役の辞任に関するお知らせ」というリリースを出し、長谷川会長、高橋専務及び村山取締役が辞任したことを公表した。第三者委員会も調査報告書における「再発防止策の提言」のトップ項目として、これら3名の取締役の退任を求めていたところであり、まずは、再発防止策の最重要項目を実現したと評価できる。 管理本部長と経理部長という、カンセキ管理部門の中枢を担ってきた取締役2名が同時に辞任するという異常事態ではあるが、2022年2月期第2四半期報告書は、提出期限延長申請が承認された期日である2021年11月15日に提出されているようであり、表面的には、混乱している様子は見ることができない。 4 財務報告に係る内部統制の不備 2021年11月15日、カンセキは、「『内部統制報告書の訂正報告書』の提出に関するお知らせ」をリリースして、財務報告に係る内部統制に、財務報告に重要な影響を及ぼす可能性が高い、開示すべき重要な不備があり、財務報告に係る内部統制が有効でないことを公表した。 カンセキが自認した、財務報告に係る内部統制の不備の内容は次のとおりである。 カンセキはこのリリースで、長谷川会長による資金流用の事実は、「質的重要性」から「開示すべき重要な不備」であると判断する一方、「金額的重要性が軽微」で、かつ、すでに「全額返金されている」ことから、連結財務諸表等の訂正を行わない旨を表明している。 なお、本稿執筆時点である2021年12月10日現在、カンセキは、第三者委員会の調査報告書の指摘・提言を踏まえて策定するとしている「改善策」について、まだ公表していない。 (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第19回】 「買戻契約と委託販売契約」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、「買戻契約」と「委託販売契約」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 買戻契約 1 定義 買戻契約とは、企業が商品又は製品を販売するとともに、同一の契約又は別の契約のいずれかにより、当該商品又は製品を買い戻すことを約束するあるいは買い戻すオプションを有する契約である(収益認識適用指針153項)。 買い戻す商品又は製品には、次のものがある(収益認識適用指針153項)。 また、買戻契約には、通常、次の3つの形態がある(収益認識適用指針153項)。 2 支配の概念 企業は約束した財又はサービス(資産)を顧客に移転することにより履行義務を充足した時に又は充足するにつれて、収益を認識する(収益認識会計基準35項)。 そして、約束した財又はサービス(資産)が移転するのは、顧客が当該資産に対する支配を獲得した時又は獲得するにつれてであり(収益認識会計基準35項)、支配の概念がポイントになっていると解される。 資産に対する支配とは、当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力(他の企業が資産の使用を指図して資産から便益を享受することを妨げる能力を含む)をいうと規定されている(収益認識会計基準37項)。 企業が商品又は製品を買い戻す義務(先渡取引)あるいは企業が商品又は製品を買い戻す権利(コール・オプション)を有している場合には、たとえ顧客が当該商品又は製品を物理的に占有しているとしても、顧客が当該商品又は製品の使用を指図する能力や当該商品又は製品からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力が制限されているため、顧客は当該商品又は製品に対する「支配」を獲得していない(収益認識適用指針69項、154項)。 Ⅲ 先渡取引とコール・オプション 1 会計処理(買戻価格が当初の販売価格より低い場合) 商品又は製品の買戻価格が当初の販売価格より低い場合には、当該契約を「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)に従ってリース取引として処理する(収益認識適用指針69項)。 これは、実質的に当該商品又は製品を一定の期間にわたり使用する権利の対価が企業に支払われることになるためである(収益認識適用指針155項)。 2 会計処理(買戻価格が当初の販売価格以上の場合) 商品又は製品の買戻価格が当初の販売価格以上の場合には、当該契約を金融取引として処理する(収益認識適用指針69項)。 これは、企業は実質的に金利を支払うことになるためである(収益認識適用指針155項)。 買戻契約を金融取引として処理する場合には、商品又は製品を引き続き認識するとともに、顧客から受け取った対価について金融負債を認識する。顧客から受け取る対価の額と顧客に支払う対価の額との差額については、金利(あるいは加工コスト又は保管コスト等)として認識する(収益認識適用指針70項)。 3 オプションの未行使 オプションが未行使のまま消滅する場合には、コール・オプションに関連して認識した負債の消滅を認識し、収益を認識する(収益認識適用指針71項)。 Ⅳ プット・オプション 1 重要な経済的インセンティブの判断 企業が顧客の要求により商品又は製品を当初の販売価格より低い金額で買い戻す義務(プット・オプション)を有している場合には、契約における取引開始日に、顧客が当該プット・オプションを行使する重要な経済的インセンティブを有しているかどうかを判定する(収益認識適用指針72項)。 重要な経済的インセンティブを有しているかどうかを判定するにあたっては、買戻価格と買戻日時点での商品又は製品の予想される時価との関係やプット・オプションが消滅するまでの期間等を考慮する(収益認識適用指針72項)。 例えば、買戻価格が商品又は製品の時価を大幅に上回ると見込まれる場合には、顧客がプット・オプションを行使する重要な経済的インセンティブを有していることを示す可能性がある(収益認識適用指針72項)。 2 会計処理(重要な経済的インセンティブを有している場合) 顧客が当該プット・オプションを行使する重要な経済的インセンティブを有している場合には、当該契約をリース会計基準に従ってリース取引として処理する(収益認識適用指針72項)。 企業が顧客の要求により商品又は製品を当初の販売価格より低い金額で買い戻す義務を有しており、顧客がプット・オプションを行使する重要な経済的インセンティブを有している場合には、顧客は、プット・オプションを有していることにより、当該商品又は製品の使用を指図する能力や当該商品又は製品からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力が実質的に制限されるため、当該商品又は製品に対する支配を獲得していない(収益認識適用指針157項)。 この場合、顧客が当該プット・オプションを行使すると、実質的に当該商品又は製品を一定の期間にわたり使用する権利の対価が企業に支払われることになるので、上記のとおり、リース取引として処理することになる(収益認識適用指針157項)。 3 会計処理(重要な経済的インセンティブを有していない場合) 重要な経済的インセンティブを有していない場合には、当該契約を返品権付きの販売(収益認識適用指針84項から89項)として処理する(収益認識適用指針72項)。 企業が顧客の要求により商品又は製品を買い戻す義務(プット・オプション)を有している場合には、顧客は、当該商品又は製品を返還する義務も、また返還に備える義務も有しておらず、当該商品又は製品の使用を指図する能力や当該商品又は製品からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を有しており、当該商品又は製品に対する支配を獲得している(収益認識適用指針156項)。 このため、企業は当該商品又は製品の買戻しに備える義務を、返品権付きの販売として処理することになる(収益認識適用指針156項)。 4 会計処理(買戻価格が当初の販売価格以上であり、かつ、当該商品又は製品の予想される時価よりも高い場合) 商品又は製品の買戻価格が当初の販売価格以上であり、かつ、当該商品又は製品の予想される時価よりも高い場合には、収益認識適用指針157項と同様の理由により、顧客は当該商品又は製品に対する支配を獲得していないことから、当該契約を金融取引として、収益認識適用指針70項と同様に処理する(収益認識適用指針73項、158項)。 この場合、企業は実質的に金利を支払うことになる(収益認識適用指針158項)。 5 会計処理(買戻価格が当初の販売価格以上で、当該商品又は製品の予想される時価以下であり、かつ、顧客がプット・オプションを行使する重要な経済的インセンティブを有していない場合) 商品又は製品の買戻価格が当初の販売価格以上で、当該商品又は製品の予想される時価以下であり、かつ、顧客がプット・オプションを行使する重要な経済的インセンティブを有していない場合には、当該契約を返品権付きの販売(収益認識適用指針84項から89項)として処理する(収益認識適用指針73項)。 6 オプションの未行使 オプションが未行使のまま消滅する場合には、プット・オプションに関連して認識した負債の消滅を認識し、収益を認識する(収益認識適用指針74項)。 Ⅴ 委託販売契約 1 委託販売契約であることを示す指標 商品又は製品を最終顧客に販売するために、販売業者等の他の当事者に引き渡す場合がある(収益認識適用指針75項)。 契約が委託販売契約であることを示す指標には、例えば、次の①から③がある(収益認識適用指針76項)。 2 会計処理 商品又は製品を最終顧客に販売するために、販売業者等の他の当事者に引き渡す場合には、当該他の当事者がその時点で当該商品又は製品の支配を獲得したかどうかを判定する(収益認識適用指針75項)。 当該他の当事者が当該商品又は製品に対する支配を獲得していない場合には、委託販売契約として他の当事者が商品又は製品を保有している可能性があり、その場合、他の当事者への商品又は製品の引渡時に収益を認識しない(収益認識適用指針75項)。 (了)
社長のためのメンタルヘルス 【第8回】 「睡眠の大切さについて」 特定社会保険労務士 第一種衛生管理者 産業カウンセラー 寺本 匡俊 1 今回の趣旨 10年ほど前、医学者の講習において、講師の先生が「睡眠学は欧米では何十年も前から重要視されているが、日本ではようやく幾つかの大学に講座ができたばかりの段階にある」と語ってみえたのを覚えている。 我々も日常的に寝不足で一過性の辛さを覚えるが、もしも睡眠不足が蓄積すると心身ともに重大な影響を及ぼしかねないことを表す「睡眠負債」(スタンフォード大学の研究)という概念が一般にも浸透してきた。メンタルヘルスを考える上でも、不可欠の要素であるところ、今回は睡眠の重要性、過度の睡眠不足の恐ろしさ、予防の工夫などを対象とする。 2 睡眠の重要性(既出資料との関連) (1) 量的要素と質的要素 睡眠の大切さについては、量的な要素(主に睡眠時間)と、質的な要素(ぐっすり眠れるか)の両面から考える必要がある。以下、平均的・一般的な数値を出すところもあるが、個人差が大きいのは言うまでもない点は、最初にお断りしておく。多数にあてはまる目安とお考えいただきたい。 周知のとおり、過労死等(脳・心臓疾患)や精神疾患の労災認定基準(「精神障害の労災認定」参照)などには、長時間労働という言葉が頻出する。法律用語以外にも、一例として「過労死ライン」がある。法令に即して言えば、「発症前1ヶ月間におおむね100時間」あるいは「発症前2~6ヶ月間にわたっておおむね80時間」を超える法定時間外労働がある場合というような意味で使う。 ただし、これは長い時間働くことが、常に直接、脳神経や心臓・血管に強い悪影響を及ぼすということではない。誰にとっても1日は24時間しかないため、あまりに長時間働いた場合、日々の生活に必要な行動(食事や風呂やトイレ等々)に要する時間を差し引くと、睡眠時間が削られてしまう。先ほど個人差も大きいと述べたのは、実際、通勤・帰宅に要する時間・手段などは個々人により異なるためであり、これらは労災認定のとき必ずチェックされる項目の1つになる。 諸説の中には、「1日最低5時間」は眠る必要があるというものがある。私たちは眠っている間、ただ単に身体の疲れを癒しているだけではない。起きて活動している間には容易にできないこと、例えば消化吸収、新陳代謝(細胞の作り直し等)、脳内の「整理」などを行っている。 脳内の整理とは、例えば記憶の機能が良い例で、些細なことは忘れ、大事なことはきちんと保管することなどが挙げられる。運動や音楽などで、その日にどれほど練習しても当日すぐに上達するわけでもないのに、翌日に上手くなっているといった経験がある人も多いだろう。 (2) 睡眠障害と食欲不振 過去の連載で何度か引用した資料を2つ、今回も参照する。1つは、ストレスチェック制度で活用されている「職業性ストレス簡易調査票」で、これまでは政府推奨の「57項目版」を引用してきたが、別途「簡略版23項目」も、厚生労働省から公表されている。 これは従業員50名未満の職場で、ストレスチェック実施の法的義務がなく、人員・予算も足りない事業所でも使えるように、追加で準備されたものだ。57項目のうち、特に欠かせない23項目を選抜したものだが、その中に「29. よく眠れない」という質問が含まれている。これは制度の検討会において、医学界から強い要望があり、「27. 食欲がない」と共に23項目に残した旨、報告書で読んだ記憶がある。 一見、これは「心の病」の症状とは感じられないかもしれない。だが多くの人には、仕事で大きな失敗をしたり、大切な人を亡くしたりなどの精神的なショックがあったとき、「寝付けない」、「食べ物が喉を通らない」というご経験があるはずだ。いずれも故人であるが、精神科医の神谷美恵子氏や島悟氏が強調していたように、心と体はつながっている。肌が荒れたり、口内炎ができたり、腰痛や肩こりがひどいなど、ストレスの過剰は往々にして「身体に出る」。自覚しやすい注意信号なのだ。 睡眠と食欲の件は、もう1つ、【第3回】で引用した資料であるWHO(世界保健機関)の「ICD-10」(精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン)でも確認できる。まず、同資料の「F32 うつ病エピソード」には不調・病状の軽重に関わらず、典型的な3つの症状として、「抑うつ気分」、「興味と喜びの喪失」、「活動性の減退による易疲労感の増大」が挙げられている。 だが、それだけではない。続いて、「他の一般的な症状」として7例が挙げられており、うち2つが「睡眠障害」と「食欲不振」である。これが短期で改善されれば良い。逆に2週間ほども続く場合や、非常に症状が重い場合は、医療機関への受診が不可欠である。命に関わる場合もある。 3 睡眠不足の予防策 (1) 睡眠不足に陥る働き方の削減 上掲の「睡眠障害」という医学用語には、複数の症例があり、特によく聞くものとしては、①寝つきが悪い(不眠症)、②夜中に何度も目が覚める(眠りが浅い=睡眠の「質」に関わる)、③早すぎる時間帯に起きてしまい、二度寝ができない(早朝覚醒など)がある。それぞれ、原因もさまざまであり、かつ業務と私生活の双方が関わるため、個々人による原因の究明と対策から始める必要がある。公私ともに、なるべく生活習慣を定期的、安定的なものにすることが重要である。 業務では、時に平時とは異なる時間帯に働き、その結果、就寝時刻が大きくずれることがある。企業カウンセリングでよく出る訴えは、シフト制や深夜労働による、時間的に不規則な生活からくる疲労と睡眠不足の蓄積である。24時間稼働が珍しくない現代においては、経営者といえども、無縁ではないだろう。ほかにも、海外出張の多い人(時差ボケ、移動疲れ)や、納期が厳しい職務あるいは繁閑の差が大きく、業務が集中する時期に過剰労働となる人などが、同様の悩みを持つ。 職務上、避けられないものもある以上、経営者としては自分自身のためのみならず、従業員の労務管理や、家族の健康管理などの場面においても、これら睡眠の質・量の阻害要因となりかねない働き方は、極力その頻度や継続期間を減らす工夫をお願いしたい。また、休日・休憩の確保はきわめて有効な健康管理の要素であり、過労死の労災認定においても、しっかり休みが取れていたか否かは、認否を左右する重要事項である。 (2) メラトニンによる心身リズムの調整作用 「メラトニン」という物質をご存知だろうか。これは、人間のみならず動物が体内で合成するホルモンで、厚生労働省の特設サイト「e-ヘルスネット」にも、「メラトニン」の説明が載っている。メラトニンの項目の最後の段落に、「睡眠障害に有効」と書かれているように、メラトニンには催眠効果があり(睡眠薬ではない)、約24時間サイクル(概日)の心身のリズムを調整する。光により形成されるが、明るいうちは分泌量が抑えられる特徴があり、つまり、暗くなると眠くなる。 この調整作用を十分に引き出すには、日光を浴びるのが効率的、効果的で、拙宅では朝一番で植木鉢やメダカの世話、洗濯物の取り込みを習慣化させて、朝日を浴びている。暑い季節の熱中症や、過度に日焼けすると皮膚がん等のリスクもあるので、個々に調整をお願いしたい。 なお日光浴は、免疫力の維持向上に重要な働きをするビタミンDを、体内で形成する利点もある。コロナ禍のご時世には有益だろう。大正時代のポスターに、感冒(スペイン風邪のはず)には、「マスクと日光浴」と書かれているものを見たことがある。ちなみに、「e-ヘルスネット」には睡眠に関する記事(「健やかな睡眠と教養」)があるので併せてご案内申し上げる。「慢性不眠によるうつ病」という表現がある。 (3) 昼寝の効用 最後に昼寝の効用について触れる。昼は気温が上がって眠くなったり、午前の活動の疲れが出たりする。研究者からも、昼寝を勧める意見は多い。慣れれば、会社の昼休みに会議室で眠ることもできる。ただし、30分以上寝てしまうと熟睡に入ってしまうので、起きた後も体がだるかったり、夜に寝つきが悪くなったりするため、タイマー等で工夫してもらいたい。回復して午後も活動的になれば、夜の睡眠の質・量の向上にも貢献する。 睡眠不足は、心理的にも身体的にも落ち込み、だるくてやる気が起こらず、間違いも多くなる。これらは繰り返し挙げてきた、うつ状態の病状とそっくり同じである。初期症状のようなものだ。人間は、人生の3分の1から4分の1は睡眠に充てている。このことからしても、睡眠が心身にとって如何に重要なのか、改めてご認識いただければと思う。 (了)
実質的支配者リスト制度の創設と企業への影響 【第1回】 「制度の概要と創設の背景」 貝塚司法書士事務所 司法書士 植木 克明 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 1 はじめに 2022年1月31日より、法務局(商業登記所)における株式会社の実質的支配者(Beneficial Owner)リスト制度(以下、「BOリスト制度」という)が創設されることとなった。日本の企業の大部分を占める株式会社を対象とする制度であり、その影響の範囲は大きいといえる。 本稿では、BOリスト制度について、制度創設の背景や手続の流れなどについて解説を行う。 2 制度創設の背景 犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯罪収益移転防止法)は、犯罪による収益の移転(マネーロンダリング)を防止するため、金融機関などの特定事業者に顧客等の本人特定事項等の確認や疑わしい取引の届出を求めている。 マネーロンダリング防止のための国際的な組織としてFATF(ファトフ、金融活動作業部会)がある。FATFでは、各国のマネーロンダリング対策について相互審査を行っており、従前から日本は取組みの強化を求められてきた。令和3年8月30日に公表された第4次対日相互審査報告書においても、法人の実質的支配者の把握については、金融機関が法人について当該顧客の所有権及び管理構造を把握することを求めているとともに、国としても権限ある当局が適時に法人の所有及び支配について、十分に正確でタイムリーな情報の入手を可能とし、その情報にアクセスできるよう求めるなど改善を求められている状況にある。こうした国際的な流れを受けて、法人を悪用したマネーロンダリング防止対策の一環として、法人の実質的支配者を明らかにするためにBOリスト制度も創設されることとなった。 3 法人の悪用とマネーロンダリング 読者のなかには“法人がどのように悪用されるのか”という点について疑問を持つ方もいると思われる。法人は、個人(自然人)と同じく、銀行口座を開設することが可能であり、反社会的勢力が実質的に支配する法人名義の口座開設やその利用を許せば、そこへ犯罪による収益が流れ込むうえ、その後、不透明な資金の流れが把握しにくくなり、マネーロンダリングを許すことにも繋がる結果となるのである。 4 BOリスト制度の概要 BOリスト制度は、株式会社(特例有限会社を含む)を対象とし、その利用を希望する株式会社は、自社のBOリストを作成し、本店の所在地を管轄する法務局の登記官に株主名簿などの所定の添付書面とともに申出を行う。登記官は内容を確認して、BOリストを法務局に保管するとともに、登記官の認証文付きのBOリストの写しの交付を行う。 なお、あくまでBOリスト制度の対象は株式会社であり、合同・合名・合資会社の各会社類型や一般社団法人、一般財団法人などの法人は制度開始当初は対象とはなっていない。また、BOリスト制度の利用は無料となっている。 《BOリストの写しの見本》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 5 BOリストが利用されるケース BOリスト制度の利用は任意の制度であり、利用するかどうかは各株式会社に委ねられている。想定されるBOリスト制度が利用されるケースとしては以下が考えられる。 (1) 銀行からの要請 マネーロンダリング防止の最前線に立っているのが、金融実務を担っている銀行等の金融機関である。犯罪収益移転防止法に基づく金融機関における実質的支配者の確認の実務としては、各金融機関が個別にマネーロンダリングのリスクが高いハイリスク取引はもちろん、通常の特定取引であっても一定の書類によって確認しているようである。また、株式会社等の設立手続では、定款を作成する必要があるが、法令によりその認証手続を行う公証人は発起人等実質的支配者から申告を受けて、その者が暴力団員又は国際テロリスト等でなければ定款を認証する仕組みがあり、設立後、法人が口座を開設する際にその証明書を利用しているようである。 一方で、法人設立後の継続的な実質的支配者の把握については、上記のとおり個別に行われていると考えられ、より実効性のある方法として法人の登録機関である法務局によりその正確性を確保しつつ、法人が任意に利用することを前提とした制度が検討された。BOリスト制度が創設されれば、確認事務がより効率的に行えるようになるものと思われる。企業としても取引先の銀行等から依頼を受ければ、多くの場合応じることになるであろう。 なお、一般社団法人全国銀行協会も、2021年6月28日に公示されたBOリスト制度に関する意見募集(パブリックコメント)に対して、総論として賛成する意見を提出している(※)。 (※) 一般社団法人全国銀行協会『「商業登記所における実質的支配者情報一覧の保管等に関する規程」に対する意見について』 (2) 取引先企業からの要請 取引先に上場企業や海外企業などが存在する場合には、各株式会社は当該取引先からBOリストの提出を求められることも考えられる。近年、各国の規制により取引先にテロ組織や制裁対象となっている国の関係者が関与していないかのチェックが厳しくなっている。こうした流れを背景に、特にコンプライアンスの順守を強く求められる上場企業や海外企業からBOリストの提出を求められることも考えられる。 6 「実質的支配者」とは BOリスト制度の対象となる「実質的支配者」とは、次のいずれかに該当する者である。 (注) ①②いずれの場合も、該当する自然人が当該会社の事業経営を実質的に支配する意思又は能力がないことが明らかな場合を除くとされている。例えば、病気で意思能力がない場合や、信託銀行が信託勘定を通じて25%超の議決権を保有している場合が考えられる。 * * * 実際にBOリストの作成を行う場合には、この実質的支配者の考え方について様々な疑問が生じるものと思われる。その点については次回以降、解説を行うものとする。 (了)