《速報解説》 経産省が「非財務情報の開示指針研究会」による中間報告を公表 ~持続的な価値創造を伝達するサステナビリティ関連情報開示を実現するための4つの提言を記載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年11月12日、経済産業省は、「サステナビリティ関連情報開示と企業価値創造の好循環に向けて-「非財務情報の開示指針研究会」中間報告-」(非財務情報の開示指針研究会)を公表した。 これは、経済産業省に設置された「非財務情報の開示指針研究会」において、我が国や世界において質の高い非財務情報の開示を実現するために求められる方向性に関する議論を取りまとめたものである。 最近の非財務情報を巡る動向についても詳細に記載されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 中間報告では、「サステナビリティ関連情報開示」を、サステナビリティ項目(ESG事項(環境・社会・ガバナンス)や戦略、リスクマネジメント等)のうち、企業価値に関連する情報の開示としている。 また、「企業価値」とは、企業が将来にわたって生み出すキャッシュ・フローの見通しやその実現能力を、企業が環境・社会・経済に与える外部性に対する資本市場参加者等のステークホルダーからの評価も加味した価値としている。 中間報告は、持続的な価値創造を伝達するサステナビリティ関連情報開示を実現するために、情報の作成者及び利用者が意識する必要があるポイントとして、次の4つの提言を記載している。 1 サステナビリティ関連情報開示における価値関連性の重視 サステナビリティ関連情報開示においては、企業価値との関連性(Value relevance)を重視することが必要である。 そして、中長期的な時間軸の中で重要性(マテリアリティ)のある事項を特定し、経営判断・経営戦略の検討と一体のものとして、統合的かつ連続的に開示に取り組まなければならないとしている。 2 サステナビリティ開示基準の適用におけるオーナーシップ(主体性)の発揮 企業価値を伝達する開示を実現する観点から、企業は自らの開示内容についてオーナーシップ(主体性)を発揮することを通じて、開示情報の客観性・比較可能性確保と、独自性発揮とのバランスを取るための最適解を見出す必要がある。 サステナビリティ開示基準の適用に際しては、企業は開示内容に対するオーナーシップ(主体性)を発揮し、「Apply or Explain(基準の適用か、説明か)」アプローチを原則とすべきである。 3 企業価値とサステナビリティ情報の関連性に関する認識の深化 どのようなサステナビリティ情報が企業価値や財務情報と高い関連性を有するかについては、作成者・利用者における共通理解の醸成の途上にあり、今後、国際的な議論等において検討が重ねられていくことに加え、関連性に関する分析の深化も期待される。 4 ステークホルダーとの「対話」に繋がるサステナビリティ関連情報開示の実施 持続的な企業価値創造を実現するためには、上記の3つの提言の方向性に沿った開示を通じて、投資家・ステークホルダーとの連続的な対話を行うことで、サステナビリティ関連情報開示と持続的な価値創造の好循環を生み出すことが重要である。 (了)
2021年11月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.444を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第101回】 「節税義務が争点とされた事例(その4)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅰ 事案の概要 1 事実 本件は、税理士が考案した相続税対策を、同税理士やその関係会社の勧誘・指導に基づき実行した納税者らが、後にそれと反する課税処分を受けたとして、同税理士らを相手取り損害賠償請求等を行った事案である。 Aは、B社、税理士であるY1(被告)、Y1を代表者とするY2社(被告)及びY3社(被告)から、Y1が考案した相続税対策の教示を受けた。すなわち、①AがC社株式を購入して、②Aの相続人のうち財産を多く相続させようとする相続人にC社株式を贈与し、③受贈者である相続人が一定期間後にY2社が紹介する業者に時価で売却する方法によれば、相続税の支払を少なくすることができるとの相続税対策の勧誘、指導を受けて、これを実行することとした。 そこで、Aは、D社から借り入れた金員でC社株式を購入して、一定期間保有した後、Aの相続人の一人である子X1(原告)に対してC社株式を贈与し、X1はC社株式の価格を配当還元方式で評価した上で贈与税の申告をなし、また、X1はY2社が紹介したY4社(被告)に対してC社株式を売却した。しかしながら、Aの死亡後、E税務署長は、X1の贈与税の申告につき、C社株式の価格は配当還元方式で評価すべきではなく、Aの購入代金額と同額と評価すべきであるとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。 そこで、まず、Aの相続人であるX1ないしX5(それぞれ原告)は、Y1税理士、Y2社及びY3社に対し、現行の課税実務において通用する合法的な相続税対策を助言、指導する委任契約上の債務を怠った、又は、現行の課税実務において通用する合法的な相続税対策を助言、指導する注意義務に違反したものであり、不法行為責任を免れないと主張して、C社の株式購入のための借入金の金利の内金等につき損害賠償を請求した。 次に、X1ないしX5は、Y3社はAが相続税対策に伴いB社に支払った手数料等の内金を紹介料名目で受領していると主張して、Y3社に対し、不当利得返還請求として、右紹介料名目の金員の返還を求めた。 更に、X1ないしX5は、更正処分等を受けることを知っていれば、AはX1に対してC社の株式の贈与はしなかったことから、かかる贈与は動機の錯誤により無効であるとして、X1からC社株式を買い受けたY4社に対して、C社株券の返還を求めた。 これに対し、Y1税理士、Y2社及びY4社は、Aが相続税対策を決意したのは専らB社の勧誘があったからであり、Y1税理士及びY2社とAとの間で現行の課税実務において通用する合法的な相続税対策を助言、指導する委任契約が締結されたことはない、また、E税務署長の更正処分等は不合理であり、予見可能性がなかったことから、Y1税理士及びY2社に不法行為責任が生じることはない、更に、Y4社は善意無過失でX1からC社株券を買い受けたものであるから、同株券を善意取得したものであると主張した。 また、Y3社は、Aに対してB社を紹介したに過ぎず、相続税対策の内容を知らされていなかったことから、不法行為責任を負う理由はなく、また、Y3社がB社を介して受領した金員は、B社に対してAを紹介した手数料であるから、不当利得ではないなどと反論した。 2 東京地裁平成10年11月26日判決(判タ1067号244頁) Ⅱ 税理士の注意義務 本件においては、税理士が課税庁から否認されるような節税対策を考案し、これをもって自己が経営する会社等を介して税務相談をさせていることについて過失が認められるとしている。すなわち、節税として適当でない対策を考案し、これを節税対策として税務相談において勧めたことに過失があるとされたと理解することができる。 ここでは、課税庁に否認されるような租税回避の対策の考案は、税理士に要求されるレベルの注意義務に反するとしているが、そもそも税理士に要求される注意義務とはどのようなものであろうか。税理士は、租税専門家として、課税上の取扱い等についての専門的知識を有していることから、顧客は通常税理士に対して専門的知識を駆使して節税となるように処理することを期待しているものとも思われる(※1)。 (※1) 例えば、東京地裁平成13年2月27日判決(判例集未登載)において、「国が資格を付与し、税法に違反する行為を法律で禁止され、懲戒をも課される我が国の税理士制度の下では、納税者は、税理士に対し、税務申告手続の煩わしさから解放されると共に、法律に違反しない方法と範囲で必要最小限の税負担となるように専門的知識と経験を発揮していわゆる節税をすることをも期待して委任する」と説示されている。 このような理解に立って、本件地裁判決も、「Y1は、税理士であり、租税立法、通達及び課税実務等について専門的知識を有するのであるから、右立法の趣旨に反せず、課税実務において認められる内容の相続税対策を考案し、これをもって自己が経営する会社等を介して税務相談をすべき注意義務があるというべきである。」としているのであろう。 通常は、例えば、特例の適用を受ける場合と受けない場合といったような課税上の選択肢があった場合に、何らかの特段の事情がない限り特例の適用を受ける場合を選択する必要があるという文脈において、節税措置義務が肯定されているように思われる。しかしながら、本件における判示は、かような選択し得る最良の手段を講じなかったというような、いわば不作為について税理士が注意義務を負っているというよりは、より積極的な節税上の対策を考案することまでをも税理士に課される注意義務の範囲内であると捉えているように思われる。 税理士は、税理士法1条《税理士の使命》において、「租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする」とされている。そうであるとすれば、果たして課税庁から否認されるような節税対策の考案までをも包摂したところで、税理士の注意義務が及んでいると理解することができるかは一概には定かではない。 もっとも、判決は「課税実務において認められる内容の相続税対策」を考案することを、認められない相続税対策との対比として判示していると理解すれば、他の裁判例で判示されている節税措置義務と何ら異なるところはないのかも知れない。そもそも「課税実務において認められる内容の相続税対策」が何を意味するのか、租税専門家としての法的素養があればあるほど、これほど不安定なものはないことを知るのであるが、この辺りの責任構成についても、更に検討を加える必要がありそうである。 Ⅲ 注意義務違反の基礎~予見可能性と損害回避義務~ このような事例においては、次のような責任構成が一般的であろうと思われる。 すなわち、①課税庁に否認されるような行為を税理士がとったこと自体を問題とするのではなく、課税庁に否認される危険性があることを知りながら、適正にその危険性に係る説明義務を尽くさなかったことを問題とする構成と、②そもそも課税庁に否認されるような適法でない租税回避策を考案したこと及びそれを節税対策として勧誘したことに注意義務違反を求める構成である。 ①の構成は、税務否認リスクの説明義務違反を専門家に問うケースといえよう。例えば、東京地裁平成9年7月10日判決(判時1636号96頁)は、「少額の減価償却資産によるリースバック取引のスキーム自体については、税務当局の了解(お墨付き)を得ていること、もっとも、この取引による税の繰り延べは、節税効果が大きいので、所轄税務署から調査を受ける可能性があり、これまでにも税務調査を受けた例があるが、税務否認されたことはなく、税務通達上も問題がないと考えていること及び将来、法改正があれば、この取引はできなくなるが、改正前の取引についてまで問題となることはないなどを説明」したリース業者に対して、「本件リース取引に基づいて納税申告を行った場合の税務否認のリスクについて具体的に説明すべき義務があった」と判示している(※2)。 (※2) 税務否認リスクに係る説明義務については、酒井克彦「節税商品の特殊性と説明義務(上)-節税商品取引における勧誘の在り方を求めて-」税経通信58巻15号197頁(2003)参照。 一方、本件は、税理士が課税庁に否認されるような節税対策を講じ、それを勧誘したこと自体を問題としているところからすれば、②の法律構成が採用されているのではないだろうか。さすれば、適正な課税の実現という税理士の使命(税理士法1)とベクトルは同じ方向になりそうである。 適正でない節税対策かどうかについての絶対的な基準がないことを前提とすれば、適正でない節税対策かどうかは、税理士がどこまで課税実務に精通しているかという税理士の有する専門的知識の程度の問題と、課税庁からの否認をどこまで予見し得る状況にあったかという予見可能性の問題として整理することができそうである。したがって、かかる法的構成は予見可能性との関係を抜きにして論じることはできないのではないかと思われる。 不法行為法における過失とは、「損害発生の予見可能性があるのにこれを回避する行為義務(結果回避義務)を怠ったこと」とか(※3)、「予見義務を基礎とする予見可能性・・・を前提として損害発生の危険を回避すべき義務(損害回避義務)が生じ、具体的な加害行為がこの義務によって定立される・あるべき行為に従ってなされていないならば、過失あり」と説明される(※4)。このように「過失」は、一定の事実を認識し得る場合に、不注意によりそれを認識しないこととか、結果発生の可能性を認識したとしても危険性を回避しないことなどと理解することができる。 (※3) 内田貴『民法Ⅱ〔第3版〕』339頁(東京大学出版会2011)。 (※4) 平井宜雄『債権各論Ⅱ』28頁(弘文堂2019)。 つまり、課税庁から否認される予見可能性が認められる場合には、かかる予見可能性を基礎としてその危険を回避しなかったことに注意義務違反を見出すことができるのである。 (了)
〈令和3年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第1回】 「令和3年分から適用される改正事項」 ~押印義務の見直しと源泉徴収関係書類の電磁的提供に係る改正~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 11月も半ばとなり、今年も年末調整に向けた準備を始める時期となった。令和3年分の年末調整から適用される改正事項は少ないが、令和2年分の年末調整から適用されている改正事項に注意しておく必要がある。 今回から3回シリーズで、年末調整における実務上の注意点やポイント等を解説する。第1回は、令和3年分の年末調整から適用される改正事項について解説を行う。 なお、本年分の記事に加え、論末の連載目次に掲載された過去の拙稿もご参照いただきたい。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 ◎ 令和3年分の年末調整から適用される改正事項 令和3年分の年末調整に影響のある改正事項は、押印義務の見直しと源泉徴収関係書類の電磁的提供に係る改正である。 (1) 押印義務の見直し 令和3年4月1日以降、税務署長等に提出される税務関係書類について、次のものを除き押印を要しないものとされた。 ① 担保提供関係書類及び物納手続関係書類のうち、実印の押印及び印鑑証明書の添付が求められている書類 (※) 国税庁「押印(実印)及び印鑑証明書の添付を要する「担保提供関係書類」及び「物納手続関係書類」」より ② 相続税及び贈与税の特例における添付書類のうち財産の分割の協議に関する書類 (※) 国税庁「押印(実印)及び印鑑証明書の添付を要する「財産の分割の協議に関する書類」【相続税・贈与税の特例関係】」より したがって、令和3年分の年末調整関係では、各種申告書に従業員等から押印を受ける必要はなくなった。国税庁ホームぺージにも、押印欄のない各種申告書の様式が掲載されている。 ◆様式例:令和2年分と令和3年分の保険料控除申告書 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「令和2年分 給与所得者の保険料控除申告書」及び「令和3年分 給与所得者の保険料控除申告書」よりそれぞれ抜粋の上作成。 (2) 源泉徴収関係書類の電磁的提供に係る改正 給与等の支払者が、従業員等から提供される源泉徴収関係の各種申告書を電子データで受け取る場合、従来は「源泉徴収に関する申告書に記載すべき事項の電磁的方法による提供の承認申請書」を所轄税務署長へ提出し、事前に承認を受ける必要があった。この取扱いについて、令和3年4月1日以降に電子データで提供を受ける場合には、事前承認が不要とされた。 事前承認が不要となったことで、タイミングを逸することなく電子化を図ることができるようになったが、従業員等から各種申告書を電子データにより提供を受けるためには、次の要件をすべて満たす必要がある(所法198②、所令319の2①)。 また、上記のほか、電子化に際しては次の措置を講じておく必要もある(所法198②、所規76の2②)。 ① 従業員等から電子データの提供を受けるための方法を定めておくこと 具体的な方法としては主に次のとおり。 ② 提出された電子データが本人から提出されたことが確認できるよう担保しておくこと 以下のいずれかの措置が必要となる。 * * * 次回(第2回)は、令和2年分から適用されている改正事項についての再確認を行う予定である。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第8回】 「インボイスの交付を受けることが困難な取引の取扱い」 ~電車代や自動販売機での商品の購入等~ 税理士 石川 幸恵 【Q】 現行の区分記載請求書等保存方式の下では、税込みの支払額が3万円未満の場合には、帳簿のみを保存することにより仕入税額控除を受けることができます。インボイス制度が始まったら、この取扱いはどうなるのでしょうか。 〔ポイント〕 (1) インボイス制度の下では、「税込の支払額が3万円未満であること」や、「請求書等の交付を受けなかったことにつきやむを得ない理由があること」を理由として、帳簿の保存のみで仕入税額控除が受けられる規定はなくなります。 (2) インボイス制度の下でも、帳簿の保存のみで仕入税額控除が認められる課税仕入れが列挙されています。 * * * 【A】 (1) 現行の区分記載請求書等保存方式ではどのように取り扱われているのか 税込みの支払額が3万円未満の場合には、請求書等の保存を要せず、法定事項が記載された帳簿の保存のみでよいこととされています。 また、税込みの支払額が3万円以上であっても請求書等の交付を受けなかったことにつきやむを得ない理由がある場合には、請求書等の保存がなくても仕入税額控除ができます。この場合には、法定事項を記載した帳簿にそのやむを得ない理由及び相手方の住所又は所在地を記載しなければならないこととされています。 (2) インボイス制度の下での取扱い 「税込の支払額が3万円未満であること」や、「請求書等の交付を受けなかったことにつきやむを得ない理由があること」を理由として、帳簿の保存のみで仕入税額控除が受けられる規定はなくなります。 ただし、以下の取引については、買い手は帳簿の保存のみで仕入税額控除ができます(インボイスQ&A問101のうち、営む事業に関係なく、多くの事業者が取り扱うであろうもののみ記載しています)。 (※) 上記①、③、④については、売り手側の適格請求書の交付義務も免除されています。 (3) インボイスの保存義務がないときの帳簿の記載事項 インボイスの保存義務の有無に関わらず、インボイス制度の下では、帳簿に下記①~④の事項を記載します(インボイスQ&A問106)。 インボイスの保存義務がないときは帳簿に上記①~④の事項に加えて、次の⑤、⑥を記載します(インボイスQ&A問107)。 このうち、「⑥仕入れの相手方の住所又は所在地」については、支払い相手が公共交通機関、郵便役務の提供を行った者、出張旅費等を受領した使用人等である場合には記載は不要です(インボイス通達4-7)。なお、自動販売機については、住所の記載不要とはされていません。 (3) インボイス制度の下で特に気を付けたいもの インボイス制度開始前に、特に3万円未満のクレジットカード利用について、領収書等の取扱いを見直していただきたいと思います。 現行の区分記載請求書等保存方式の下でも、クレジットカードの利用については、クレジットカード会社が交付する請求明細書等は請求書等としては認められず、課税仕入れの際に発行される「ご利用明細」(区分記載請求書等の記載事項を満たしているもの)の保存が必要です。 しかしながら、クレジットカード会社がカード利用者に交付する請求明細書等に基づいて帳簿の記載が可能であることから、3万円未満の課税仕入れについては、ご利用明細や領収書がなくても社内の処理上、不問とされてきたケースも考えられます。 インボイス制度では、「税込みの支払額が3万円未満の場合には、請求書等の保存を要しない」という規定がなくなりますので、クレジットカードを利用した際は、金額に関わらず、ご利用明細や領収書の記載事項の確認と保存の徹底が必要です。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第35回】 「属人的株式を使った承継対策」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私SはIT企業V社の株式を100%保有するオーナー社長です。V社は設立後5年しか経っていませんが、業績は順調に拡大しており、2~3年後には売上10億円、営業利益3億円が見えてきました。現状、V社は赤字会社のため、資産管理会社を設立して、私が所有する一部株式を移転してはどうかと顧問税理士より提案を受け、資産管理会社W社を設立し私が持つV社株式の40%を譲渡しました。 私はまだ35歳で事業承継を考える年齢ではありませんが、今後の業績拡大により増加が見込まれる株式の含み益を子供たちに移転できればと思い、私の議決権を保持しつつ、W社の株式を2人の子供に45%ずつ移転しようと考えています。ただ、私の子供はまだ5歳(A)と2歳(B)です。金融機関や従業員にはあまり知られないようにしたいと考えていますが、何か良い方法があれば教えてください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 属人的株式について 非公開会社である株式会社は、剰余金の配当・残余財産の分配を受ける権利・株主総会における議決権に関する事項について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができます(会社法109②)。属人的株式は旧有限会社法において認められていたものを会社法が取り込んだという経緯があり、非公開会社のみが利用できる規定のため、登記が必要とされていません(会社法911③に規定されていない)。 ご相談の場合は、子供たちに株式のほとんど(90%)を贈与しますが、引き続きS氏が議決権を保持するためには、例えば定款を以下のように変更します。 〈定款〉 そうするとS氏の議決権は100倍となり、議決権の約90%を有することになります。 〈算式〉 [2] 結論 属人的株式については、導入すれば終わりということではありません。ご相談の場合、もしS氏に万が一のことがあった時は議決権が元に戻るため、子供A、Bが議決権の90%を保有することになり、W社の経営が不安定になる恐れがあります。 例えば、今後も業績拡大が続き、事業承継を本格的に検討し始めるタイミングで子供たちが持つ株式を無議決権株式へ、いったん転換すべきでしょう(登記が必要となり登記簿に記載されます)。そして、将来どちらかを後継者とするかを決定した後は、S氏が所有する議決権株式の相続先について遺言書を作成するのが良いと考えます。 実際の手続きに際しては、税理士等の専門家に相談することをお勧めします。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第11回】 「宅地を取得した者が未成年者、会社員、青色事業専従者、 学生であった場合の特定事業用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 次のそれぞれに掲げる者が被相続人の事業(貸付事業を除く)の用に供していた宅地及び建物を相続又は遺贈により取得した場合における小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例の適用の可否について教えてください。 [A] 甲及び乙は、被相続人の事業を承継し、事業主として事業を行っていますので、他の要件を満たせば、小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることができます。 丙は、事業主として事業を行っていませんので、特例の適用を受けることはできません。 丁は、事業主として事業を行っているとみなされ、他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定事業用宅地等の意義 特定事業用宅地等とは、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(貸付事業を除く、以下同じ)の⽤に供されていた宅地等で、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たすその被相続⼈の親族が相続⼜は遺贈により取得したものをいいます。 なお、令和元年度税制改正により、特定事業用宅地等の範囲から、被相続人等の事業の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等を除くこととされました。ただし、租税特別措置法施行令40条の2第8項で定める規模以上の事業(特定事業)を行っていた場合のその宅地等については、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③一、措令40の2⑧)。 2 事業主として事業を行っているかどうかの判断 上記1①の通り、被相続人の事業を承継した場合には、宅地等を取得した者が被相続人の事業を引き継ぎ、事業主として事業を営んでいることが要件とされています。事業を営んでいるかどうかについては、事業主として事業に係る所得の帰属者になっているかどうかが判断基準となりますので、その事業に専ら従事する必要はありません。したがって、会社等に勤務するなど他に職を有し、又は承継した事業の他に主たる事業を有している場合であったとしても、事業主として所得の帰属者になっていれば問題ありません。 本問の甲及び乙は、被相続人の事業を引き継ぎ、事業主として事業を営んでいますので、他の要件を満たしていれば特例の適用を受けることができますが、丙は青色事業専従者として専ら事業に従事していますが、事業主として事業を営んでいませんので、特例の適用を受けることはできません。 なお、事業主には、年齢制限はありませんので、本問の甲のように未成年者であったとしても事業主であれば問題はありませんが、未成年者の場合には、法務的には、法定代理人の許可を受けて未成年者登記を行う必要があり(民法5条、6条、商法5条)、税務的には、新たに事業を開始する場合には、「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出する必要があります(所法229)。 また、青色申告の承認を受けていた被相続人の事業を相続により承継した者がその相続開始年から青色申告の適用を受ける場合は、相続開始を知った日の時期に応じて、それぞれ次の期間内に「所得税の青色申告承認申請書」を提出する必要があります(所法144、所基通144-1)。 3 事業主になれないやむを得ない事情がある場合 事業主となれないことについてやむを得ない事情があるため、その親族の親族が事業主となっている場合には、その親族が事業を営んでいるものとして取り扱うこととされています(措通69の4-20)。 したがって、丁は、就学中で事業主となれないことについて、やむを得ない事情があると認められますので、事業を営んでいるものとみなされ、他の要件を満たせば、特例の適用を受けることができます。 ★実務上のポイント★ 事業主として事業を営んでいるかどうかは、重要な要件の1つとなっていますが、事業主になれないやむを得ない事情がある場合の救済措置もありますので、通達の内容も確認して判定を行うことが重要となります。また、特例の適否とは関係ありませんが、実務上、青色申告承認申請書の提出漏れは少なくありませんので、注意が必要となります。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q69】 「海外業者と行ったFX取引についての課税関係」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 外国為替証拠金取引から生ずる所得に関する課税上の取扱い (1) 申告分離課税の対象となる外国為替証拠金取引 一定の先物取引について決済したこと(差金等決済)による所得については、他の所得と区分し、先物取引による事業所得の金額、譲渡所得の金額及び雑所得の金額(以下、「先物取引に係る雑所得等の金額」)として、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率にて課税されます。 この申告分離課税の対象となる先物取引とは、商品先物取引等、金融商品先物取引等及びカバードワラント取引をいいます。外国為替証拠金取引は、金融商品先物取引等として、これに含まれます。外国為替証拠金取引は、金融商品市場において、それを開設する者の基準及び方法に従って行う取引(市場デリバティブ取引)に加えて、市場によらないで行われる、いわゆる、店頭デリバティブ取引として行われるものについても、申告分離課税の対象となります。 また、先物取引に係る雑所得等の金額について確定申告書を提出する場合には、その金額に関する計算明細書(先物取引に係る雑所得等の金額の計算明細書)を添付することとされています。 (2) 他の所得との損益通算 外国為替証拠金取引により損失が生じた場合、先物取引に係る雑所得等の金額の範囲内で損益通算されます。ただし、その損益通算後に、なお損失の金額が生じる場合には、原則として、当該損失の金額は生じなかったものとみなされますので、他の種類の所得との損益通算は認められません。 (3) 損失の繰越控除 先物取引に係る雑所得等の金額の計算上、損失の金額が生じる場合には、他の所得との損益通算は認められませんが、確定申告書の提出を要件として、その年の前年以前3年内の各年において生じた先物取引の差金等決済に係る損失の金額は、当該年分の先物取引に係る雑所得等の金額の計算上控除する特例が認められています(損失の繰越控除)。 この特例を適用するためには、損失の金額が生じた年分について、損失の金額の計算に関する明細書(平成・令和 年分の所得税及び復興特別所得税の申告書付表(先物取引に係る繰越損失用))を添付した確定申告書を提出し、その後において、連続して確定申告書を提出し、さらに、この特例を受ける年分の確定申告書にこの繰越控除を受ける金額の計算に関する明細書(様式は上記と同じ)を添付することが必要です。 (4) 過去の税制改正の経緯と取引の相手方を限定する措置について 外国為替証拠金取引については、金融所得課税一体化に向けた措置として、平成17年度税制改正により、先物取引に係る雑所得等の課税の特例制度が導入された際に、東京金融先物取引所へ上場されるものが、申告分離課税の対象とされることになりました。 そして、店頭取引についても、商品先物取引法や金融商品取引法において、市場取引と同様の規制体系が整備されたことに伴って、平成23年度税制改正により、申告分離課税の対象に追加されました。 その後、金融商品取引法に基づく金融商品取引業の登録をしていない海外に所在する業者が、インターネット取引によって日本の居住者を相手方として店頭取引等を行いトラブルとなるケースが見受けられるとして、平成28度税制改正により、平成28年10月1日以後に行う店頭取引については、金融商品取引法に規定する金融商品取引業者(第一種金融商品取引業を行う者に限ります)又は登録金融機関を相手方として行う取引のみが申告分離課税の対象とされ、それ以外の業者と行った取引については、総合課税の対象とされました。 2 本件へのあてはめ 国内の証券会社は、一般に、第一種金融商品取引業者に該当するものと考えられますので、外国為替証拠金取引から生ずる所得は、その外国為替証拠金取引が市場デリバティブ取引、店頭デリバティブ取引のいずれに該当するものであっても、先物取引に係る雑所得等の金額として申告分離課税の対象となり、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率にて課税されるものと考えられます。 一方、海外の業者は、第一種金融商品取引業者又は登録金融機関に該当するか否かを確認する必要があります。これらに該当しない場合には、その業者との間で行った店頭デリバティブ取引である外国為替証拠金取引により生じた所得は、申告分離課税の対象にはなりませんので、総合課税の対象として累進税率(最高約56%)にて課税されるものと考えられます。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第7回】 「審査請求書には何を記載すべきか」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 審査請求の仕方 国税に関する不服申立制度は、国税に関する法律に基づく処分についての納税者の不服を簡易な手続で、適正かつ迅速に処理することにより、納税者の正当な権利利益の救済を図るものである。 そのため、審査請求は訴訟手続に比し、簡易かつ弾力的な取扱いがされている反面、審査請求の手続を明確にすること等の観点から、例えば、審査請求は書面を提出して(又はe-Taxにより)行わなければならず、口頭による審査請求は認められない等の一定の方式が定められている。 2 審査請求書に法定様式はない 審査請求は書面又は国税電子申告・納税システム(e-Tax)によって提出しなければならないものの、国税通則法では審査請求書に必ず記載しなければならない事項とその記載の程度等が定められているだけで、その様式までは定められていない。 そこで、国税不服審判所では、納税者の便宜及び形式審査の効率性の観点から、必要な記載事項を盛り込んだ審査請求書の様式を定め、用紙及び記載の手引を国税不服審判所ホームページから入手できるようにしている。 (出典) 国税不服審判所「提出書類一覧」 時折、弁護士が代理人である事案や代理人の選任のない(本人請求の)事案について、適宜「審査請求書」の題目が掲記された書面が提出されることがある。 このうち、弁護士が代理人の事案は訴状の形式を参酌して記載されていることが多いためあまり不備はないものの、本人請求の事案については、以下の記載事項が網羅的に記載されていないことが多く、実質審理に入る前に国税審査官による補正依頼に対応することを求められることが多い。 3 審査請求書の記載事項 ① 審査請求の年月日 審査請求が法定の期間内にされたものであるかどうかを明らかにするために記載する。 ② 審査請求人の住所(所在地)、氏名(名称) 審査請求人が法人である場合には、法人の所在地、名称のほか、代表者の住所、氏名を記載する。 なお、審査請求人の氏名及び代表者の氏名の欄には押印が必要であったが、「令和3年度税制改正大綱」を機に押印が不要になった。 ③ マイナンバー 個人番号又は法人番号を記載する。 ④ 総代の住所、氏名 相続税関係事件は共同審査請求であることが多く、通常は総代が選任されるが、その場合には総代となっている者の住所及び氏名を記載するとともに、「総代の選任届出書」を併せて添付する。 ⑤ 代理人の住所、氏名 代理人がいる場合には、代理人の住所及び氏名を記載する。 添付することになる「代理人の選任届出書」の押印については②と同様である。 なお、税理士が代理人となる場合には「代理人の選任届出書」の代わりに「税務代理権限証書」を添付する。 ⑥ 審査請求に係る処分(原処分) 審査請求の対象とする処分を特定するために記載する。 審査請求の前に再調査の請求手続を経ている場合、再調査の決定に不服がある場合でも、審査請求の対象となるのは、あくまで「再調査の決定を経た後の原処分」であり、再調査の決定そのものについての審査請求はできないため、原処分を記載することに留意されたい。 具体的には、「原処分庁」、「原処分の通知書に記載されている日付」、「税目」、「処分の名称」及び「原処分の対象年分等(又は事業年度若しくは月分)」を記載する。 なお、税務署長がした処分で、その処分に係る事項に関する調査が国税局の当該職員(例えば課税部資料調査課の職員)の調査によってなされた旨の記載があるものについては、その職員の所属する国税局長が原処分庁となる。 ⑦ 審査請求に係る処分があったことを知った日 審査請求が法定の期間内にされたものであるかどうかを明らかにするために記載する。 なお、処分に係る通知を受けた場合にはその通知を受けた年月日を、再調査の請求についての決定を経た後の処分について審査請求をする場合には、再調査決定書の謄本の送達を受けた年月日を記載する。 ⑧ 再調査の請求をした年月日、正当な理由 再調査の請求をした者が、その請求に対する決定を経ないで審査請求をする場合には、再調査の請求をした年月日又は決定を経ないで審査請求をすることについての正当な理由を記載する。 また、法定の不服申立期間の経過後において審査請求をする場合には、経過したことについての正当な理由を記載する。 ⑨ 審査請求の趣旨及び理由 審査請求書には、審査請求の「趣旨」及び「理由」を記載しなければならない。 審査請求の「趣旨」は審査請求の簡潔な結論であり、審査請求の「理由」はそれを主張する根拠である。 「趣旨」は、処分の取消し又は変更を求める範囲を明らかにするよう記載しなければならず、「理由」についても処分に係る通知書、再調査決定書謄本等により通知されている処分の理由に対する審査請求人の主張を明らかにするよう記載しなければならない。 この「趣旨」及び「理由」があいまって審査請求人の主張が明らかになり、国税不服審判所の判断の対象も特定できることになる。 ⑩ 添付書類 審査請求書には、文言(文章)のみならず、審査請求の趣旨及び理由を計数的に説明する資料(帳簿や契約書類の写しなど)を添付すると、担当審判官により明瞭に伝わるものと考えられる。 また、納税者は税務調査や再調査の請求を経ているといえども、審理する担当審判官はこの審査請求書が初見の資料となるため、提出する審査請求書及び添付書類をもって事件の全容が総覧的に明らかになるように配慮すると、担当審判官の第一印象が良くなることを敢えて強調しておきたい。 4 職権調査の申立てを行うべき理由 審査請求書様式の「添付書類」欄には記載がないが、審査請求人は、「質問、検査等を求める旨の申立書」を提出することができ、国税不服審判所ホームページにもその様式が用意されている。 (出典) 国税不服審判所「提出書類一覧」 これは、国税通則法第97条第1項に以下の規定があることに基づくものであり、担当審判官の職権のみならず、審理関係人(通常は審査請求人及び原処分庁)によっても、担当審判官による職権調査の申立てをすることができる。 (※) 下線部筆者。 審査請求人としては、以下の懸念や限界がある場合には、国税通則法第97条による職権調査権限を有する担当審判官に自己に有利な証拠の掘り起こしを申し立てるべきであろう。 もちろん「申立て」ができるだけであって、実際に担当審判官がそれに応じて職権調査を行う義務はないが、担当審判官としても、権利救済機関の立場からあまり無下に謝絶することはできず、検討の俎上とすることは大いに期待できるであろう。 筆者の経験では、筆者が担当審判官であった当時に審査請求人が「質問、検査等を求める旨の申立書」を提出して自己に有利な証拠の掘り起こしを申し立てた事案はほとんどなく、退官後に筆者が代理人をした事案においては、むしろ積極的に提出するようにしている。 「審査請求書さえ提出すれば、後は担当審判官が動いて自己に有利なように審理してくれるだろう」という受け身の姿勢では、救済の途を自ら閉ざしていることと変わりなく、制度上できる範囲で「自らが担当審判官を動かす」といった積極的な立証活動を採るべきであろう。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第119回】 株式会社北弘電社 「特別調査委員会調査報告書(2021年10月15日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社北弘電社特別調査委員会の概要】 【株式会社北弘電社の概要】 株式会社北弘電社(以下「北弘電社」と略称する)は、1910(明治43)年3月創業。1951(昭和26)年1月、現社名で改称設立。屋内配線工事、電力関連工事を主たる事業とする。連結売上高11,953百万円、連結経常利益180百万円、従業員数217人。三菱電機株式会社が発行済み株式の27.5%を有する大株主であり、取締役5名のうち3名、監査役3名のうち2名が、いずれも三菱電機株式会社の出身である(訂正前2021年3月期有価証券報告書による)。札幌証券取引所上場。本店所在地は北海道札幌市。会計監査人は、EY新日本有限責任監査法人札幌事務所(以下「新日本監査法人」と略称する)。 【調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 北弘電社は、2021年7月、2022年3月期第1四半期決算の確定作業において、工事進行基準を適用している岐阜県高山市所在の太陽光発電所建設工事に関わる案件(高山案件)について、工事原価総額の見積りを見直したところ、設備の設計変更による工事原価740百万円の増加が見込まれ、また、同年6月25日の外注先との協議では、内訳や金額の妥当性については不明確ながらも、土木工事費総額が予算から792百万円超過する可能性があることが判明したため、同年8月6日、会計監査人である新日本監査法人から、工事原価総額の見積変更の適時性についての疑義(高山案件疑義)が示されることとなった。 北弘電社は、高山案件疑義を把握し、その後、専門性及び客観性の確保された外部専門家による調査により全容を解明するとともに、北弘電社における類似事案の有無等を確認することが必要であると判断したため、同年8月17日の臨時取締役会において、調査期間を同年9月15日までとして、利害関係のない外部専門家である弁護士及び公認会計士で構成される特別調査委員会の設置を決議し、当委員会が調査を開始した。 2 会計処理に係る疑義の概要 北弘電社が工事進行基準を適用して会計処理を行うこととしている高山案件及び岩手県奥州市所在の太陽光発電プロジェクト(奥州案件)は、いずれも、常務取締役で全社技術統括を担務していた稲村尊史氏(報告書上の表記は「B1氏」、以下稲村元常務という)が主導して行われてきたが、稲村元常務は、2021年6月の株主総会終了後に退任し、退社している。 (1) 高山案件疑義 北弘電社は、2020年6月8日、施主をX2社とする高山案件工事について、工事請負代金総額を8,215百万円とする工事請負契約を締結した。その後、同年8月27日付け注文書・注文請書により、代金を51.7百万円とする予備品納入・保管に関する追加契約を締結し、高山案件工事の請負代金総額は、合計約8,266百万円となった。北弘電社は、高山案件工事の会計基準については工事進行基準を適用して会計処理を行っているところ、2022年3月期第1四半期決算の確定作業において工事原価総額見積りの見直しを行ったところ、架台設備の設計変更による原価増740百万円、土木工事施工の原価増792百万円、合計約1,532百万円の超過が発生する可能性が判明し、これにより原価総額見積りの適切な管理がなされていたのか等の疑義が生じ、決算内容の精査が必要となったものである。 (2) 奥州案件疑義 北弘電社は、2019年9月6日、施主をX21社とする奥州案件工事について、工事請負代金総額を2,650百万円とする工事請負契約を締結した。奥州案件工事は、稲村元常務が事実上主導していたこと、主要材の調達先及び協力業者が高山案件工事と相当程度重なっていること、主要材の調達価格及び工事費が工期の途中で高額化したことなどの点において、高山案件工事と共通点が多い大型太陽光発電所案件である。そのため、北弘電社の2022年3月期第1四半期決算の確定作業において、工事進行基準を適用するに当たり、工事原価総額見積りの見直しが適時かつ適切になされていたかについて疑義が生じ、決算内容の精査が必要となったものである。 (3) 原価付替疑義 特別調査委員会は、本件調査の過程において、内線事業本部内線工事部長及び同部の複数の課長職の従業員並びに内線事業本部に属する複数の支社長が関与し、予算と実際に要する工事原価の対応を調整するため、予算の余裕が乏しい工事に係る工事原価を、比較的予算に余裕のある他の工事に付け替えていた事例が数件存在する疑いがあることが確認された。そのため、原価付替疑義をめぐる事実関係を解明し、財務諸表への影響を検討する必要が生じたものである。 (4) 内部統制無効化疑義 特別調査委員会は、本件調査を進める中で、かつて内線事業本部長として太陽光発電事業を中心となって推進してきた稲村元常務が、2019年4月以降は内線事業本部の管掌から外れ、全社技術統括の立場へと変わり、太陽光発電工事案件の担当ラインから外れていたにもかかわらず主体的に高山案件及び奥州案件における下請業者との工事費用に関する交渉等を行っており、これらの案件の工事原価が予算を大きく超過する可能性があることを把握しつつ当該情報を社内で共有していなかったために、稲村元常務以外の取締役・監査役への状況共有がなされていなかった可能性があることを把握した。このような状況のもと、稲村元常務により内部統制が無効化され本来あるべき報告ルート等の業務フローが機能していなかった可能性の有無及び他に同様の事案が存在しないか等について調査し、事実関係を解明する必要性が生じた。 3 原因分析(調査報告書106ページ以下) 特別調査委員会は、上記2(1)から(3)に掲げる疑義ごとに、その原因を分析しているので、委員会の分類に従って分析結果を検討する。 (1) 高山案件疑義の原因分析 特別調査委員会は、高山案件の特殊性として、 など、高山案件工事の特殊性を列挙したうえで、次のように原因を分析した。 特別調査委員会が「不十分なモニタリング」として挙げた項目の中から、「取締役会」についての分析を見ておきたい。 取締役会では、高山案件工事の受注を承認する際に、当時の常勤監査役であった成田政敏氏(報告書上の表記は「B2氏」)の指摘を受けて、リスクを全てオープンにして現場で処理できないものを会社に速やかに報告する体制の構築に留意するとされていたものの、その履行状況について具体的な確認がなされていなかった。 特別調査委員会は、受注の際には慎重であった代表取締役社長の脇田智明氏(以下、「脇田社長」と略称する)や特別管理を行う立場にあった代表取締役常務の渡邉純氏(以下、「渡邉常務」と略称する)も含め、各取締役は、取締役会や経営会議の場で特に問題があるといった話も出ていなかったことから、経営会議において収支と出来高についての報告を受けるのみで、状況等について確認することがなかったことが認められることから、受注後において、特段の配慮を払って管理がなされていなかったことが、高山案件工事における問題を防ぐことができなかった理由の1つであると評価している。 (2) 奥州案件疑義の原因分析 次いで、特別調査委員会は、奥州案件疑義の原因として次の項目を挙げている。 特別調査委員会は、奥州案件の担当であった内線事業本部函館支社長A22氏が、発破工事費用や特別高圧受電設備設置工事費について、多額の費用増加につながる見積書を受領したにもかかわらずこれを放置していた点を、適切な時期に実行予算の変更がなされなかった主たる原因として挙げている。A22氏は、こうした多額の費用増加につながる見積書を受領したのであれば速やかに内線事業本部の本部長であった池田執行役員に報告したうえ、実行予算の変更の手続を行う必要があったにもかかわらず、実行予算を適時に変更する必要性及びその重要性を十分理解していなかったことから、明確性を欠いた規程や実行予算に関する会計上の理解不足が奥州案件工事においても問題が生じた一因となっていると分析している。 (3) 原価付替疑義の原因分析 特別調査委員会は、北弘電社において一部従業員の間で断続的に行われていた工事原価の付替えが、2010年に内部監査によって発覚し、工事原価の付替えが禁止されてきたにもかかわらず、原価付替疑義の調査対象期間である2018年4月1日から2021年6月30日の間においても、複数の工事原価の付替えが行われており、その実行者には、本来は工事原価の付替えを監督し牽制すべき立場にある内線事業本部内線工事部長などの役職者が含まれていることが明らかとなったことを受けて、その原因として、自己、上司又は部下に対する叱責やマイナス評価並びに事業報告会での報告の手間を避けるために赤字を回避したいという動機が、工事原価の付替えを禁止する旨の指導や教育を受けても払拭されていなかったこと、外注業者の協力姿勢や社内でのチェック体制の限界により工事原価の付替えが可能であったことが、複合的に作用したものであると分析している。 4 再発防止策(調査報告書122ページ以下) 特別調査委員会は、再発防止策は、北弘電社自身が本調査報告書の内容を踏まえて検討し、遂行していくべき性格のものであるが、その検討の参考に資することを目的として、再発防止策の提示を行うものであるとしたうえで、次のようにまとめている。 特別調査委員会が提示した再発防止策の中から、本稿では、「管理部門・取締役会等によるリスク管理・モニタリングの強化」について見ておきたい。 まず、「管理部門の意識改革・機能強化」として、管理統括室において、規程の厳格な運用を行うとともに、事業部門による実行予算の管理について盲信することなく、主体的な関与を行うことが求められ、また、実行予算変更の要否の判断には内線工事の実務についての理解が不可欠であることから、実効的なチェック機能強化のため、人事ローテーションとして、内線工事部等の事業部門での勤務経験を経た者を、そのような確認を担当する内線業務課に配置することも一考の余地があると思料するとしている。 次に、「内部監査部門の機能強化」としては、社長直轄の独立した部門として内部監査を担当している考査室について、高山案件のような大型案件が、経営会議でも議論されていることなどを理由に監査は限定的にしか実施されていなかったことは、内部監査部門としての意識が十分ではなかったとしたうえで、第71期の有価証券報告書によると、2021年6月25日時点においては、考査室には1名のみしか配置されていなかったことから、今後内部監査を担当する監査部においては、適切な人員配置を行い、他部門への十分な牽制機能を果たすべく、充実した内部監査を実施することが望まれると提言している。 最後に、「取締役会における監督機能の強化」について、事業部門への監督機能を適切に発揮するため、特に大型案件等その管理が容易でないものについては、問題の有無にかかわらず、案件の進捗を報告事項とする等、案件受注時のみならず受注後においてもフォローを継続するといった対応が望まれると結んでいる。 【調査報告書の特徴】 北弘電社が、2020年6月11日に公表した「大型受注に関するお知らせ」では、高山案件の受注について、次のような説明がされている。 2021年3月期から3期にわたる工事約82億円の受注を獲得した北弘電社であったが、本拠地である北海道札幌市から遠く離れた工事現場では、受注時には想定できなかった課題が次から次へと表出し、多額の損失を計上することが予想された。こうした損失の発覚を先送りし、並行して、損失を少しでも軽減しようとしたのが、当時の常務取締役で全社技術統括を担務する稲村尊史氏であった。 1 唯一の生え抜き取締役 本件の主人公ともいえる稲村元常務の履歴は、「昭和53年当社入社」から始まる。長く内線事業に携わり、2009年4月、53歳で執行役員就任、2年後には取締役、2015年6月には常務取締役に昇進するなど、経営の中核を占める存在となっていた。高山案件と奥州案件の受注当時、北弘電社の5名の取締役の構成は、三菱電機出身者が3名、北海道電力出身者が1名、稲村元常務は唯一の生え抜きの取締役であった(稲村元常務退任後は、生え抜きの取締役は不在となる)。 2016年6月、三菱電機出身の脇田氏が社長に就任し、脇田社長は、稲村元常務の「個人商店」と化していた内線事業本部を改革するために、2019年4月には、稲村元常務の担務を「全社技術統括」とするとともに、池田執行役員を内線事業本部長に就任させるが、稲村元常務を内線事業本部の業務から外すという脇田社長の指示は一部の者にしか伝えられていなかったため、役員、内線事業本部及び経営企画本部を問わず、それまで内線事業本部長として内線事業本部を牽引してきた稲村元常務が全社技術統括という全社を指導する立場に昇進したのであるから、内線事業本部の事業に関与することは当然であり、むしろこれまでより業務範囲が広がったと考えている役職員も少なくなかった。 このことが、結果的に、工事進行基準の適用における工事原価総額見積りの見直しを先送りして、損失を隠し、決算修正に追い込まれる原因の1つとなっていった。 2 退任した取締役が使用していたPC/スマートフォンのデータ保全 特別調査委員会が実施したデジタル・フォレンジック調査の項目に、次のような気になる記述があったので、取り上げておきたい。 特別調査委員会は、「慣例に従い初期化」したことについて、特に批判的な評価はしていないが、常務という役職と権限、まだ完成していない大型工事案件に深く関与していたことなどを考えれば、脇田社長又は管理部門を統括する渡邉常務は、稲村元常務のPC/スマートフォンのデータを保全するようあらかじめ指示しておくべきであったし、初期化した担当者も、データ消去について、経営陣の判断を仰ぐべきであった。経営トップにおけるこうしたリスク意識の低さが、追加原価計上の先送りを見過ごしてしまうという、今回の事案の根底にあるような気がする。 取締役・執行役員の退任、決裁権限を有する経理部門又は購買部門の幹部社員などの退職に当たっては、業務用PC/スマートフォンのデータ保全をPCの有効活用に優先して考えるべきであり、国税当局の調査により不正が発覚することが多いことを鑑みれば、そのデータ保全期間は、少なくとも、退任/退職年度の税務調査完了までとする社内規定を整備しておくべきであろう。 3 特別調査委員会の思い 特別調査委員会は、「北弘電社を支えている皆さんに、調査委員会一同が感じたことを最後に伝えさせていただく」として、調査報告書の最後に「おわりに」という項目を設けているので、その記述を見ておきたい。 まず、調査報告書について、 と説明したうえで、 という提言をし、最後に次のように締め括っている。 調査報告書の末尾に、被調査会社の従業員に対する言葉を置く報告書自体はこれまでにも存在しており、その評価については賛否が分かれるところでもあるのだが(報告書に記載して公表する必要があるのかなど)、特別調査委員会委員の思いが、北弘電社の従業員の皆さんに伝わることを期待したい。 (了)