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日本の企業税制 【第103回】「本年度末で適用期限を迎える「長期保有土地等の買換え特例」」

日本の企業税制 【第103回】 「本年度末で適用期限を迎える「長期保有土地等の買換え特例」」   一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴   本年度末(令和5年3月31日)で適用期限切れとなる法人税関係の主要な租税特別措置のうち、試験研究を行った場合の法人税額の特別控除(研究開発税制)と並んで減税規模の大きい措置として、所有期間が10年を超える国内にある土地等、建物又は構築物から、国内にある一定の土地等、建物又は構築物への買換え特例(以下、「長期保有土地等の買換え特例」)がある(措法65の7①四)。 本年1月25日に国会へ提出された令和2年度の法人税関係租税特別措置の適用実態調査結果をまとめた報告書によれば、令和2年度における長期保有土地等の買換え特例の適用件数は902件、適用額は3,854億円にのぼり、主な適用業種は不動産業(35.9%)、金融保険業(14.2%)、運輸通信公益事業(11.5%)である。   〇特例措置の概要 特定の資産の買換えの場合の課税の特例(措法65の7)とは、法人が、昭和45年4月1日から令和5年3月31日までの間に、その所有する棚卸資産以外の特定の資産(譲渡資産)を譲渡し、譲渡の日を含む事業年度において特定の資産(買換資産)を取得し、かつ、取得の日から1年以内に買換資産を事業の用に供した場合又は供する見込みである場合に、買換資産について圧縮限度額の範囲内で帳簿価額を損金経理により減額するなどの一定の方法で経理したときは、その減額した金額を損金の額に算入する圧縮記帳の適用を受けることができる制度である。 圧縮記帳の対象となる買換えは、かつては20種類を超えていた時期もあったが、本稿執筆現在では、次の5種類である(措法65の7①一~五)。 これらの買換えのうち最大の減税規模となっているのが、今回取り上げる④(長期保有土地等の買換え特例)である。 上記①から⑤の圧縮限度額は、「圧縮基礎取得価額(買換資産の取得価額と譲渡資産の譲渡対価の額のうちいずれか少ない金額)× 差益割合 × 80/100」とされているが、④の場合には、譲渡資産が地域再生法に規定する集中地域以外の地域内にあり、かつ、買換資産が次の地域内にある場合には、乗じる割合(圧縮割合)は80/100ではなく、それぞれ次の割合とされている(措法65の7⑭)。   〇特例措置の変遷 特定の資産の買換えの場合の課税の特例は、昭和38年度税制改正により、事業用の土地、建物及び機械設備等を譲渡し、その対価として又はその対価によりそれらの資産を取得した場合に、圧縮記帳の方法により譲渡所得の課税の特例が設けられたことに始まる。 しかし、適用範囲が極めて広範であったことから、企業による値上がりを期待した不要不急の土地の取得が見られたり、過密地域内部又は過密地域外から過密地域内への買換えが目立ったことなど土地政策上の問題点が指摘されるに至り、昭和44年度税制改正において買換え地域の限定など制度の整理合理化が行われた。 その後、昭和61年度税制改正の中で、当時の財政事情や特例の対象とならなかった法人との負担の格差の観点から、それまで100%であった圧縮割合が80%に縮減されることとなった。 しかし、バブル経済の中、平成3年度税制改正では、長期所有土地等の買換え特例については、地域の限定がないため他の買換え特例が利用されないといった弊害や、将来の設備投資の資金に充てるために余分の土地を取得し、値上がり益を期待するといった行為を助長するなどの弊害が見られること等にかんがみ、廃止されることとなった。 ところが、制度廃止の直後、バブル経済の崩壊に伴う厳しい経済情勢に対応することが必要となり、数次にわたり経済対策が講じられたが、土地税制についても、その基本的枠組みを維持しつつ、適切な対応を図ることとされ、平成6年度税制改正において、企業の長期保有資産を利用した設備投資の拡大を図るため、時限的な(平成6年1月1日から平成7年3月31日までの間に行われる買換え)措置として、長期所有の土地等から建物等への買換えが広く認められることとなった(圧縮割合は80%)。 ただし、大都市機能の地方分散という国土政策に合致しない「既成市街地等の外から既成市街地等内への買換え」及び「既成市街地等内における買換え」は適用対象にならないなど、買換資産について一定の制限が設けられた。 このように、経済対策の一環として復活したこの制度は、平成7年度税制改正で圧縮率が60%に引き下げられたものの、その後各年度の改正で1年ずつ適用期限が延長されていたが、平成10年度税制改正では、長期にわたる地価の下落、土地取引等の土地を巡る状況や厳しい経済情勢にかんがみ、土地の有効利用の促進や土地取引の活性化のために思い切った対応を図る必要があるとの観点から、土地税制の大幅な緩和が検討され、その一環として、長期所有の土地等から建物等への買換え特例について拡充が行われた。 まず買換資産の範囲については、「既成市街地等以外の地域内にある」との地域限定が外され、既成市街地等の「内→内」、「外→内」の買換えも適用対象とされたことのほか、買換資産の範囲に土地及びその上に存する権利も加えられた。この結果、昭和44年度税制改正以来認められてこなかった既成市街地等内の土地への買換えが認められることとなった。また譲渡資産の範囲については、所有期間10年超のもの(改正前は昭和56年年12月31日以前に取得したもの)に緩和された。さらに圧縮割合も60%から80%に引き上げられた。 平成24年度税制改正では、買換資産の土地等の範囲について、事務所等の一定の建築物等の敷地の用に供されているもので、その面積が300㎡以上のものに限定された。さらに平成27年度税制改正では、譲渡資産が地域再生法に規定する集中地域以外の地域内にあり、かつ、買換資産が東京都の特別区の存する区域にある場合には70/100、地域再生法の集中地域(東京都の特別区域を除く)にある場合には75/100にそれぞれ圧縮割合が引き下げられ、現在に至っている。 (了)

#No. 470(掲載号)
#小畑 良晴
2022/05/19

これからの国際税務 【第31回】「ミニマム税とEUにおける今後の法人税改正の方向性」

これからの国際税務 【第31回】 「ミニマム税とEUにおける今後の法人税改正の方向性」   千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二   1 直近のミニマム税をめぐるEUの動向 EUの経済・財務閣僚理事会(ECOFIN)は近年、パンデミック後の加盟国の経済回復に向けた予算を中心議題として協議し続けている。しかし、昨年12月に、第2の柱に基づくグローバルミニマム税構想を実現するためのEU指令案が、欧州委員会から提案されてからは、ECOFINは、全加盟国の合意が必要な同指令の成立に向けた協議にも焦点を当てている。 今年3月の定例会で、4ヶ国(ポーランド、スウェーデン、エストニア、マルタ)の反対で物別れになった同指令案(注1)は、その後、議長国フランスによる下記改定提案の提示を受けて、4月の定例会では、ポーランド以外の3ヶ国の合意を取り付けることができた。 (注1) 3月以前のEUの状況については、本連載【第30回】(3月公開)を参照いただきたい。 (参考)フランス改定案の内容 ポーランドは、提案されたミニマム税が、巨大多国籍企業による最も有利な国での利益計上を防止する新ルールがないまま、執行されてしまう可能性(第1の柱と第2の柱の同時執行を法的に義務付ける要件を欠いていること)に懸念を有している旨、その反対理由を述べている。現在、本提案の決着は、5月24日開催予定の定例ECOFINに繰り延べられている。 ところで、EUにおけるミニマム税に関する制度設計は、長期的には、EUの共通法人税構想の一部をなすものである。そこで、本稿では、昨年5月に欧州委員会によって開示された政策文書「21世紀の事業課税」(注2)の概要を紹介して、長期的なEUの構想との関連を確認する。 (注2) 欧州委員会の政策文書“Brussel,18.5.2021 COM(2021)251final”のタイトル“Business Taxation for the 21st Century”による。   2 EUが目指す「21世紀の事業課税」 (1) 2050年に向けたEUのあるべき税目構成の摸索 加盟国の予算は、社会保険拠出を含めた労働課税に重く依存しており、EU27ヶ国では全税収の50%超に達している。しかし、人口高齢化と非定型職種の増加は、労働課税による税収源を縮小することになる。なお、現状、他の課税では、付加価値税(VAT)が全税収の15%超を占めるが、その他の税目は相対的に貢献度が少ない(環境税6%、資産税5%、法人税7%)。 気候変化や労働市場のデジタル変革のような巨大変化が、EU加盟国の将来の税目構成に影響を及ぼすことになる。まず、VATについては、金融危機以後増税されてきたために、税率は、現在すでに歴史的な高さにある。非効率な軽減税率や非課税取引の利用によって、VATが当初目的とした政策効果の実現が妨げられており、まず、それらを制限することにプライオリティを置くべきである。 将来を保証できる税目構成としては、個人及び法人の双方からの資本所得に対する公平で効率的な課税が求められる。その際には、執行の複雑さを削減する簡素化施策も必要である。不動産についての毎年の課税は、相対的に効率的な税目であるが、資産評価に関する執行上等の課題がある。欧州委員会は2022年に「2050年に向けたEU税目構成の在り方」についての税制シンポジウムで広範な検討に着手する。 (2) 現時点での法人税の在り方の検討 ① 内外の環境への対応 経済のデジタル化が、租税計画スキームによって、従来の法令を逋脱する新しい機会をもたらし、多くの租税スキャンダル、国家補助ルールの厳格な執行、そして金融危機後の歳出ファイナンスの必要性の中で、国際的な法人税枠組みの改革に関する議論が2010年代前半に加速化し、BEPSプロジェクトへ引き継がれた。EUでは、2015年合意の内容を、租税回避防止指令(ATAD)を通じて実行に移した。 現在、課税権の再配分と最低水準の実効的課税が提案されているが、これらの議論の実質は、EUの今後に向けた事業課税のアジェンダの形成に影響を与える。 米国等の国際的なパートナー国は、今後に向けた彼らの事業課税アジェンダを形作る計画をすでに公表しており、中には、国際合意を超えるものもある。英国等では、パンデミック後の法人課税構想を公表している。 これらを踏まえると、EUの法人税は、歳入需要に対応した、頑強で効率的かつ公平な税構造を必要としており、同時に、公平・持続可能・かつ雇用が十分にある成長と投資に貢献する環境を創造するものであり、その結果、復興とグリーンでデジタルな構造変革を支援できるものでなければならない。 ② 包括的なEU指針との整合性の確保 事業課税に対するEU措置も、包括的なEU指針(「EU グリーン政策」、「欧州委員会デジタル指針」、「欧州新産業政策」、「資本市場同盟」など)と整合性の取れたものでなければならない。その際の留意点は以下の通り。 ③ ミニマム課税合意と既存のEU指令との間の調整 第2の柱の合意実行によって、ATAD下の現行ルール、特にCFCルールとの適用関係の整理が必要となる。 また、第2の柱の導入では、2011年以来ECOFINでペンディングとなっている利子・ロイヤルティ指令案(IRD)を合意するための道を整備する必要もある。ミニマム税指令案の目的は、グループ企業間の国境越え利子及びロイヤルティ支払いへの源泉徴収負担を撤廃するというIRD指令の便益を、仕向地国で課税に服している利子に限って適用するというものである。加盟国のうち数ヶ国は、IRDの適用をさらに進めて、仕向地国における最低レベルの課税水準を、源泉徴収免除の条件とすべきとの意見を表明していた。ミニマム税合意は、このような差異を解消してくれる。 また、欧州委員会は、第2の柱を、第3国がEUの非協力リスト判定過程での評価のために利用する基準の中に導入することを提案する。それは、第3国に国際合意に参加させるインセンティブを供与するためである。これは、国際的に合意された行動規範を促進するための、EUの現行の非協力リスト判定過程の利用とも整合している。 (3) OECDによる国際合意の先への事業課税の進め方 ここでは、「事業所得課税のための新しい枠組み(BEFIT)」と呼ぶ中長期策が提案されている。そこに至る手順は、次の通りとされている。 ① 検討の手順 ② BEFITの内容 以上を踏まえたBEFIT構想は、ペンディングになったままの共通連結法人税課税標準(CCCTB)提案に代替するものであり、CCCTB提案はこれにより撤回される。BEFITの概要は、以下の通り。 なお、BEFITは、多国籍企業のEUメンバーの各利得を1つの課税ベースに統合し、その後、フォーミュラに従って各国に配分して、最後に各国の法人税率で課税されるというものとなる。その中心課題としては、多国籍企業が事業を行う市場国の重要性を反映するために、売上高にどのようなウェイト付けをするか、及び、異なる経済プロファイルを持つ各加盟国に調和のとれた法人税収配分をするために、無形資産を含む資産と給与を含む労働コストをどのように反映すべきか、についての検討が挙げられている。 (了)

#No. 470(掲載号)
#青山 慶二
2022/05/19

〈判例評釈〉ユニバーサルミュージック最高裁判決

〈判例評釈〉 ユニバーサルミュージック最高裁判決   公認会計士・税理士 霞 晴久     1 はじめに 最高裁第一小法廷は4月21日、同族会社の行為計算の否認の規定(法132①)の適用の是非を巡り争われたユニバーサルミュージック事件について、国側の上告を棄却した(※1)。 (※1) 最高裁一小令和4年4月21日判決(令和2年(行ヒ)第303号)。 本件は、国際的な企業グループであるユニバーサルミュージックの日本法人X(被上告人)が、同グループの日本における組織再編成のため、グループ内の外国法人から多額の資金を借り入れ(本件借入れ)、本件借入れに係る支払利息の額を損金に算入して申告したところ、処分行政庁が、当該支払利息の損金算入は、法人税の負担を不当に減少させるものとして、同族会社の行為計算の否認の規定を適用して更正処分等を行ったため、これを不服として出訴した事例である(※2)。 (※2) 本件の詳細な事案の概要及び当事者の主張については、拙稿「〈判例評釈〉ユニバーサルミュージック高裁判決」の【第1回】及び【第2回】を参照されたい。 本件の第一審である東京地裁は、法人税法132条1項に定める不当性要件(※3)の判断基準について、いわゆる経済合理性基準(※4)を示した上で、筆者が「およそない基準」と呼ぶ「法人税の負担が減少するという利益を除けば当該行為又は計算によって得られる経済的利益がおよそないといえるか、あるいは、当該行為又は計算を行う必要性を全く欠いているといえるかなどの観点から検討すべき(下線筆者)」という従来の学説や裁判例に見られない新たな判断基準を示した。 (※3) 法人税法132条1項に規定する「その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」を指す。 (※4) 金子宏教授は、『租税法〔第24版〕』542頁で、「税負担の不当な減少を結果すると認められる同族会社の行為・計算とは何かについて、判例の中には、2つの異なる傾向が見られる。1つは、非同族会社では通常なしえないような行為・計算、すなわち同族会社なるがゆえに容易になしうる行為・計算がこれにあたる、と解する傾向(筆者注:「非同族会社基準説」と呼ばれる)であり、他の1つは、純経済人の行為として不合理・不自然な行為・計算がこれにあたると解する傾向(筆者注:「経済合理性基準説」と呼ばれる)である。(中略)何が同族会社であるがゆえに容易になしうる行為・計算にあたるかを判断することは困難であるから、抽象的な基準として、第2の考え方をとり、ある行為または計算が経済的合理性を欠いている場合に否認が認められると解すべきであろう。」と述べている。 しかし、かかる「およそない基準」では、ごくわずかでも何らかの事業目的等が存在すれば、法人税法132条1項の規定は適用できなくなってしまう。そこで、本件の控訴審である東京高裁は、不当性要件の判断枠組みについて、従来からの通説的見解である経済合理性基準の立場を明確にしつつ、原審の「およそない基準」を否定した上で、(組織再編成に係る当事者の行為・計算が争われた)ヤフー/IDCF事件最高裁判決(※5)が示した2つの考慮事情を引用し、Xの主張を認め国側の控訴を棄却したのである(※6)。ここでいう2つの考慮事情とは、①当該借入れを伴う企業再編等が、通常は想定されない企業再編等の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような借入れを伴う企業再編等を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を指す。 (※5) ヤフーについては、最高裁平成28年2月29日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第75号)、IDCFは、最高裁平成28年2月29日第二小法廷判決(平成27年(行ヒ)第177号)。 (※6) ヤフー/IDCF事件以後、法人税法132条の2にいう組織再編に係る行為計算否認規定適用の是非が争われたTPR事件では、その第一審(東京地裁令和元年6月27日判決・平成28年(行ウ)第508号)及び控訴審(東京高裁令和元年12月11日判決・令和元年(行コ)第198号)ともに、不当性要件の判断枠組みについて、ヤフー/IDCF最高裁判決が定立した2つの考慮事情という判断枠組みがそのまま引用されている。同事件はその後、最高裁により上告不受理の決定が下された(「週刊税務通信」No.3662 令和3年7月12日号)。 本件控訴審を受け、国側は、令和2年7月7日に上告受理申し立てを行った。ヤフー/IDCF事件で最高裁が示した不当性要件の判断枠組みは、あくまで法人税法132条の2に関するものであり、条文上の文言がほぼ同一とはいえ、果たしてそれが法人税法132条の解釈においても有用なのか、あるいは全く別の判断基準が示されるのか、本件に係る最高裁の判断が注目されていた(※7)。 (※7) 故山本守之税理士は、「月間 税務事例」(Vol.52 No.10)2020年10月号77頁で、「ヤフー事件では最高裁調査官の見解が示されているが、これをユニバーサル事件に当てはめるとどうなるか。国税局から最高裁に出向いている調査官に意見を聞くわけだからその辺も踏まえて注目したい。ユニバーサル事件の納税者の正当性や合理性をめぐって最高裁の考え方がどのようになるのか興味を持っている。」と述べている。   2 最高裁判決の要旨 裁判所ホームページで公表された本件最高裁の判示は本文が全部で12頁あり、そのうち前半8頁が事案の概要、後半4頁が法令解釈・当てはめ・結論と極めてシンプルな内容となっている。 (1) 不当性要件の判断枠組みについて まず、法人税法132条1項の不当性要件については、「同族会社等の行為又は計算のうち、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものであって、法人税の負担を減少させる結果となるものをいうと解するのが相当である。」と判示し、原審同様、経済合理性基準の立場を示した上で、経済合理性の有無については、「当該借入れの目的や融資条件等の諸事情を総合的に考慮して判断すべき」とした。 次に、「本件借入れのように、ある企業グループにおける組織再編成に係る一連の取引の一環として、当該企業グループに属する同族会社等が当該企業グループに属する他の会社等から金銭の借入れを行った場合において、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くときは、当該借入れは、上記諸事情のうち、その目的、すなわち当該借入れによって資金需要が満たされることで達せられる目的において不合理と評価されることとなる。」とし、「当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては、①当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮するのが相当である。」と判示した。 (2) 組織再編取引の経済合理性について 最高裁は、要旨、以下のように事実認定し、「本件組織再編取引等は、これらの目的を同時に達成する取引として通常は想定されないものとはいい難い上、本件財務関連取引(※8)の実態が存在しなかったことをうかがわせる事情も見当たらない。」と判示し、「以上の諸事情を総合的に考慮すれば、本件借入れは、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものとはいえない。」として、国側の上告を棄却した。 (※8) ユニバーサルミュージックグループの日本における追加出資、借入れ及び各内国法人の買収についての資金面に関する一連の取引で、平成20年(2008年)10月29日に実行されたものをいう。 (※9) 米国の税制上選択することができる構成員課税を指す。   3 解説 (1) 最高裁判決の意義 上記2のとおり、最高裁は、2つの考慮事情によって判断するという原審が採用した枠組みをそのまま踏襲したのである。このことは、法人税法132条の不当性要件の判断においても、ヤフー/IDCF事件と同様の考え方を用いることが最高裁により確認されたことになる。また、最高裁が法人税法132条を適用するに当たり、資金の借入れという単独の取引ではなく、「組織再編成に係る一連の取引」で判断するという考え方を明らかにしたのも重要と思われる。 ところで、OECDのBEPS報告書(“Addressing Base Erosion and Profit Shifting”)において租税回避の代表的な手段として取り上げられたデッド・プッシュ・ダウン(※10)について、原審では肯定的に捉えていたものの、最高裁判決では、明示的にこの問題には触れていない。この理由については明らかでないが、本件事件当時はデッド・プッシュ・ダウンの観点から本件を規制する法的枠組みがなかったことが背景にあると思われる。 (※10) 本件控訴審判決には、「一般に、企業グループ(企業集団)において、借入金の返済に係る経済的負担を資本関係の下流にある子会社に負担させる」ことをデット・プッシュ・ダウンと呼ぶという定義がある。 (2) 移転価格税制等その他の法規制からのアプローチ 最高裁は、「本件借入れに係るその他の事情についてみると、本件借入れは無担保で行われ、Xは本件借入れが一因となって最終的に貸借対照表上は債務超過となっていることがうかがわれるなど、本件借入れには独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なる点もある(下線筆者)。」と述べて、本件借入れが独立企業原則(Arm‘s Length Principle)に抵触する可能性がある点を示唆している。 しかし、最高裁は、「本件借入れは、本件各内国法人の株式の購入代金及びその関連費用にのみ使用される約定の下に行われ、実際に、Xは、株式を取得して本件各内国法人を自社の支配下に置いたものであり、借入金額が使途との関係で不当に高額であるなどの事情もうかがわれない(※11)。また、本件借入れの約定のうち利息及び返済期間については、Xの予想される利益に基づいて決定されており(※12)、現に、本件借入れに係る利息の支払が困難になったなどの事情はうかがわれない。」とし、「上記の点があることをもって、本件借入れが不自然、不合理なものとまではいい難い。」と判示している。本件はあくまで法人税法132条1項の不当性要件該当性に対する司法判断であり、裁判所も当事者の主張の範囲内に拘束される(※13)。課税処分が、租税特別措置法66条の4にいう独立企業原則に違反するというものでない以上、裁判所も原処分が採用した道筋から外れることはできなかったのではないかと解される。 (※11) 本件におけるXの買収資金のグループ内調達は、資本金が約295億円、本件借入れが約866億円であり、その負債資本比率がわが国の過小資本税制にいう3:1に収まるように計画されたことは自明であった。このことは本件第一審では特に触れられていなかったが、控訴審判決では、その事実認定において、「Xは、IF社(筆者注:グループ内の資金管理会社)から借り入れた資金を元に、ターゲット企業の公正市場価格を同企業の株主に支払い、ターゲット企業の発行済み全株式を譲り受ける。日本の過少資本税制に適合させるべく、XがIF社に対して負っている債務の25%の返済を行うという目的で、Xの株主からXに対し資本払込みが行われる(下線筆者)」と判示し、日本の過少資本税制に抵触することなく負債及び資本金の金額が決められたことについて、高裁自ら認定していた。 (※12) 本件控訴審では、本件借入れについて、Xは、2014年10月29日以降いつでも借入金の全部又は一部を返済できるが、最終的な元利金全額の弁済期限は借入実行日から20年後の2028年10月29日とされているところ、本判決においては、かかる20年の返済期間は、Xの2008年(平成20年)度の税引後利益の予想に基づき、300億円は期限前弁済する前提で、残額はXが事業により稼得する利益を原資として15年6ヶ月で返済できるとの試算に基づいて決定されたものと事実認定されている。 (※13) もっとも、国側は、法人税法132条1項の不当性要件について、経済合理性基準のみならず、「独立、対等で相互に特殊な関係のない当事者間で通常行われる取引と異なっている場合なども含まれ得ると解するのが相当」と主張し、IBM事件控訴審判決(東京高裁平成27年3月25日判決(平成26年(行コ)第208号))が採用した、経済合理性基準の具体的な適用において、独立当事者間基準を加味するという考え方を主張した。しかし、IBM事件はその後最高裁で上告不受理となったことから、法人税法132条の不当性要件の判断において、最高裁が、IBM控訴審判決が示した独立当事者間基準の判断枠組みを採用したとは考えられていない。 また、本件では、本件借入れの利率が、「平成26年(2014年)10月29日までは年6.8%、その後は年5.9%とする。」とされており、かかる利率の高さを異常・不自然なものとして問題視する見方がある(※14)。控訴審判決から、本件借入れは円建てで実行されたと推察されるため、本件借入れの金利水準の高さは際立っているといわざるを得ない。さらに、利息の関連でいえば、本件については、現在であれば、法人税法132条ではなく、過大支払利子税制(措法66の5の2①)の枠組みで取り扱われる可能性もあるが、同制度は平成24年度税制改正により導入されたものであることから、当然、それ以前の事案である本件には適用されなかったものと解される(※15)。 (※14) 品川芳宣教授は、「同族会社の高額借入れと同族会社の行為計算の否認」(「T&Amaster」No.855 2020.10.26 21頁)で、「Xは、本件借入れによって、年利6.8%又は5.9%という当時の日本の市場金利に比して相当高額な本件利息を支払い、しかも、本件利息がその支払前のXの利益金額に相当するというのであるから、日本の法人税の納付を免れたことになる。そうなると、そのこと自体が本件借入れの目的であるようにも考えられる。また、この年利については、無担保であるから相応の高金利になる旨の指摘もあろうが、取得するU株式を担保に供することで日本国内であれば、1%前後の金利で借入れることも可能であったはずである。」と述べている。 (※15) 太田洋『ユニバーサル・ミュージック事件 東京地裁判決の分析と検討〈下〉』(「月刊 国際税務」Vo.39 No.12 44頁)は、「当時のわが国税制の下では、国境を越えた利払いによる課税ベースの浸食の問題は、過少資本税制、タックス・ヘイブン対策税制及び移転価格税制で対処する建付けとされていたところ、(中略)にも拘らず、本件支払利息の損金算入を法132条1項(ないし法132条の2)を適用して否認することは、過少資本税制、タックス・ヘイブン対策税制及び移転価格税制の適用範囲が租税法によって厳格に定められている趣旨を没却することになってしまいかねない」と述べている。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#No. 470(掲載号)
#霞 晴久
2022/05/19

〈ポイント解説〉役員報酬の税務 【第38回】「M&Aにおける役員給与・役員退職給与の支給」

〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第38回】 「M&Aにおける役員給与・役員退職給与の支給」   税理士 中尾 隼大   ○●○● 解 説 ●○●○ M&Aで検討すべき論点は多岐に渡り、役員報酬を取り上げる本連載においても【第6回】及び【第15回】にて、M&Aに関連する論点を紹介してきている。今回は株式譲渡によるM&Aを契機として役員が退任等をする場合に焦点を絞り、解説していきたい。   (1) 分掌変更による役員退職給与の支給 分掌変更はM&A特有の論点ではないが、念のため、まずは紹介しておく。 中小企業同士のM&Aにおいて、買手企業のマンパワー不足や、対象会社の経営者の信頼やコネクション等の定性的要素の維持・伝承を目的として、売手かつ経営者を兼ねていた対象会社の旧代表取締役等が、顧問・相談役等の形で一定期間留まるケースが多い。 このような場合、役員退職給与の支給を検討することとなるが、当該役員退職給与が分掌変更による支給に該当し、実質的な退職であると判断できるか否かは法人税基本通達9-2-32を踏まえての判断が必要となる。したがって、少なくとも旧代表者は経営等の現在の職務内容からは完全に退き、引継ぎ業務に専念すべきであるといえる(※1)。 (※1) 分掌変更に係る役員退職給与については、【第2回】参照。   (2) 役員退職給与と株式譲渡益課税の税率差の検討 M&Aにおける買手候補との交渉場面においては、上記(1)のように旧代表取締役等が対象会社に留まらず、即時退任を前提とされるケースもある。上記とこの場合に共通するのは、株式譲渡価額の一部を役員退職給与として支給する場合があるということである。 つまり、譲渡対価の一部がM&Aの対象会社から支給される代わりに、買手は株式譲渡価額が減額される形となる。この場合、税務上の損金算入限度額等に留意することは当然のこと(※2)、売手にとっては役員退職給与の支給により節税効果が生まれることに留意したい。 (※2) 税務上の損金算入限度額については、【第3回】等を参照。 すなわち、株式譲渡による課税は株式譲渡益に対する課税のため、申告分離課税による税率20.315%(所得税・復興特別所得税15.315%+地方税5%)が適用されるのに対し、役員退職給与を含む退職所得は累進課税とはいえ退職所得控除があり、かつ1/2を乗じた上で課税退職所得を算定するからである。 この点、法人税法上の役員退職給与の損金算入限度額を交渉材料として全額支給を受けた結果、節税効果を十分に得ることができないばかりか、実効税率として20.315%を超えてしまっているケースも散見される。このような傾向は、特に、退職する役員の勤続年数が短く退職所得控除が十分に取れない、又は税務上の損金算入限度額自体が多額であることが要因となるケースが多い(※3)。 (※3) シミュレーションの具体例については、中尾隼大・山名誠「中小企業のM&Aにおいて株式譲渡を選択する場合の留意点と税務上のポイント」税理63巻6号(2020)15頁以下参照。   (3) 臨時改定事由及び業績悪化改定事由の適用可否 また、交渉によっては、株式譲渡のみが行われ、経営者は引き続き代表取締役等として活動することが前提となるケースもある。この場合において、買手の要望で、代表取締役等の役員報酬額を減額することもあるだろう。 定時改定時期以外のタイミングでM&Aがなされ、減額要求がなされた場合、臨時改定事由や業績悪化改定事由に該当するか、それぞれ私見を述べてみたい。 ① 臨時改定事由 臨時改定事由については、【第27回】で詳述しているので、まずそちらを参照いただきたい。 本件においても、法人税法施行令69条1項1号ロに示される「役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更その他これらに類するやむを得ない事情(下線部筆者)」に該当するかどうかの判断となる。 上記法令や法人税基本通達9-2-12の3「例えば・・・合併に伴いその役員の職務の内容が大幅に変更される場合をいう(抜粋)」が示すように、M&Aがあったにせよ、対象役員の職務内容が大幅に変更されるような事情がないのであれば、臨時改定事由としての減額は難しいと思われる。 ② 業績悪化改定事由 これに対し、業績悪化改定事由についてはどうだろうか。まずは【第14回】で詳述しているため、そちらを参照いただきたい。 業績悪化改定事由は、法人税基本通達9-2-13にて「経営状況が著しく悪化したことなどやむを得ず役員給与を減額せざるを得ない事情がある」場合に認められると示され、国税庁「平成20年12月 役員給与に関するQ&A(平成24年4月改訂)」の[Q1]にて、株主等の利害関係者との関係上、役員給与の額を減額せざるを得ない事情がある場合には認められる旨が示されている。 M&Aにおいては、赤字会社でも対象企業となり得る。例えば、買手にとって黒字化を見込むことができる場合や、対象会社が独自に保有する知的財産や許認可、ネームバリューや固定資産等に価値を見出す場合、更には、赤字であっても資本提携を行うことにより買手との相乗効果が見込まれる場合等が挙げられる。 このような場合、株式譲渡契約書に役員報酬の減額を前提として記載することが通常である他、資本提携後には買手と共に赤字を解消するための施策を実施することが見込まれる。したがって、このような事情があれば業績悪化改定事由として認められる公算は高いと考えられる。もっとも、法人税法施行令69条1項1号ハ「その他これに類する理由」の一例として上記通達があり、どのような事情がこれに該当するかは実態に応じた判断が必要となる(※4)。したがって、減額する判断に至った交渉経緯等を説明できるようにしておくべきである。 (※4) 高橋正朗編著『法人税基本通達逐条解説 十訂版』(税務研究会出版局、2021)882頁。 (了)

#No. 470(掲載号)
#中尾 隼大
2022/05/19

基礎から身につく組織再編税制 【第40回】「適格現物出資(共同事業)」

基礎から身につく組織再編税制 【第40回】 「適格現物出資(共同事業)」   太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太   前々回は「完全支配関係」、前回は「支配関係」がある場合の適格現物出資の要件を確認しました。 今回は、「共同事業」を行うための適格現物出資の要件について解説します。   1 共同事業を行うための適格現物出資の要件 共同事業を行うための適格現物出資の要件は、次の7つです。   2 金銭等不交付要件 「金銭等不交付要件」とは、現物出資法人に被現物出資法人株式以外の資産が交付されないことをいいます(法法2十二の十四)。 合併や分割と違って、1株未満の端数相当の金銭交付や反対株主の買取請求に基づく金銭の交付はありません。   3 従業者引継要件 (1) 従業者引継要件とは 「従業者引継要件」とは、現物出資直前の現物出資事業の従業者のうち、その総数のおおむね80%以上に相当する数の者が現物出資後に被現物出資法人の業務((2)参照)に従事することが見込まれていることをいいます(法令4の3⑮四)。 (2) 被現物出資法人の業務について 前回解説した「支配関係がある場合の適格要件」と同様に、被現物出資法人との間に完全支配関係がある法人の業務と現物出資の次に行われる適格合併に係る合併法人の業務も被現物出資法人の業務に含まれます。   4 事業継続要件 「事業継続要件」とは、現物出資事業が現物出資後に被現物出資法人において引き続き行われることが見込まれていることをいいます(法令4の3⑮五)。 前回解説した「支配関係がある場合の適格要件」と同様に、被現物出資法人との間に完全支配関係がある法人、現物出資の次に行われる適格合併に係る合併法人において、現物出資事業が引き続き行われることが見込まれる場合も含まれます。   5 主要資産負債引継要件 「主要資産負債引継要件」とは、現物出資により現物出資事業に係る主要な資産及び負債が被現物出資法人に移転していることをいいます(法令4の3⑮三)。 現物出資事業に係る資産及び負債が主要なものかどうかの判定は、前回解説した「支配関係がある場合の適格要件」と同様です。   6 事業関連性要件 (1) 事業関連性要件とは 「事業関連性要件」とは、現物出資事業と被現物出資法人の現物出資前に行ういずれかの事業とが相互に関連するもの((3)参照)であることをいいます(法令4の3⑮一)。 現物出資事業は現物出資法人から移転する事業で、共同事業を行うための適格合併の場合の要件(本連載【第8回】参照)とは異なり、主要な事業である必要はありません。 (2) 「事業」とは 事業関連性要件における「事業」とは、固定施設を有していること、従業者を有していること、売上が生じていることという3つの要件を満たすものをいいます(法規3①一)。 (3) 「相互に関連する」とは 事業関連性要件における「相互に関連する」というのは、次のような場合をいいます(法規3①二・②・③)。   7 事業規模要件又は経営参画要件 共同事業を行うための適格現物出資の要件として、事業規模要件又は経営参画要件のいずれかを満たすことが求められています(法令4の3⑮二)。 (1) 事業規模要件 「事業規模要件」とは、現物出資事業と被現物出資法人の事業(現物出資事業と関連する事業に限ります)のそれぞれの売上金額、従業者の数若しくはこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないことをいいます。共同事業を行うための適格合併の要件と異なり、資本金による規模の判定はできませんのでご留意ください。 事業規模要件は、規模があまりに異なる現物出資は共同で事業を行うものとは認められないという趣旨により設けられたもので、事業の規模の割合がおおむね5倍を超えないかどうかは、売上金額、従業者等の指標のうち1つの指標が要件を満たすかどうかにより判定します(法基通1-4-6(注))。 (例) (2) 経営参画要件 ① 経営参画要件とは 「経営参画要件」とは、現物出資前の現物出資法人の役員等(②参照)のいずれかと被現物出資法人の特定役員(③参照)のいずれかが現物出資後に被現物出資法人の特定役員となることが見込まれていることをいいます。 事業規模要件を満たさない場合でも、現物出資法人と被現物出資法人の両方の経営陣が現物出資後に経営参画しているものは共同で事業を行うためのものとして認めるという趣旨により設けられています。 ② 役員等とは 「役員等」とは、役員及び社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者をいいます。 ③ 特定役員とは 「特定役員」とは社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者(④参照)で法人の経営に従事している者をいいます。 ④ 「これらに準ずる者」とは 「これらに準ずる者」とは、役員又は役員以外の者で、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役又は常務取締役と同等に法人の経営の中枢に参画している者をいいます(法基通1-4-7)。 共同事業を行うための適格合併の要件と異なり、現物出資法人、被現物出資法人の双方において特定役員である必要はありません。現物出資法人については「役員等」と規定されていることから、常務取締役以上の役員である必要はなく、対象となる役員の範囲が広くなっています。   8 株式継続保有要件 「株式継続保有要件」は、現物出資により交付される被現物出資法人の株式の全部が現物出資法人により継続して保有されることが見込まれていることをいいます(法令4の3⑮六)。   ◆共同事業を行うための適格現物出資の要件のポイント◆ 金銭等不交付要件は、原則として株式以外の対価を交付しないことをいいます。 従業者引継要件については、現物出資法人の全事業の従業者ではなく、現物出資事業にかかる従業者の引継ぎが求められています。 事業引継要件については、合併と異なり、主要な事業ではなく現物出資事業を引継げばよいこととされています。 事業関連性要件については、合併と異なり、現物出資事業は主要な事業である必要はありません。 事業規模要件については、事業関連性で使用した事業により判定します。 事業規模要件の判定指標で資本金を選択することはできません。 経営参画要件については、単なる役員ではなく特定役員に就任する必要があります。 経営参画要件については、合併と異なり、現物出資法人は対象役員の範囲が広くなっています。   (了)

#No. 470(掲載号)
#川瀬 裕太
2022/05/19

相続税の実務問答 【第71回】「相続人に被相続人の死亡を知らせなかった場合の相続税の課税」

相続税の実務問答 【第71回】 「相続人に被相続人の死亡を知らせなかった場合の相続税の課税」   税理士 梶野 研二   [答] 相続人であるあなた方姉妹は、お父様の死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内に、お父様が死亡したことによる相続税の申告書を提出しなければなりません。あなた方姉妹は、お父様の亡くなられた日に、その死を知ったと思われますので、その日の翌日から10ヶ月以内の日、つまり今年の6月2日までに申告書を提出する必要があります。 しかし、お母様につきましては、お母様が未だにお父様の死を知らないとすれば、現時点では、お母様の申告書の提出期限は定まっていないこととなります。今後、お母様がお父様の死を知った場合には、その日の翌日から起算して10ヶ月以内に相続税の申告をする必要があります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続税の申告書の提出期限 相続や遺贈により財産を取得した者は、被相続人から相続や遺贈により財産を取得したすべての者の相続税の課税価格(相続や遺贈により取得した財産の価額から、債務・葬式費用を控除し、一定の生前贈与財産の価額を加算した金額)の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合において、その相続人又は受遺者について相続税額が算出されることとなるときは、その者が被相続人の相続の開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告書を提出しなければならないこととされています(相法27①)。 相続税の申告書の提出期限の起算日は「相続の開始があったことを知った日」の翌日ですが、「相続の開始があったことを知った日」とは、相続人や受遺者が、自己のために相続の開始があったことを知った日をいうものと解されています。相続が開始した被相続人に相続人や受遺者が2名以上いる場合には、各相続人や受遺者ごとに「相続の開始があったことを知った日」が異なることもありますが、その場合には、相続人や受遺者ごとに相続税の申告書の提出期限が異なることとなります。 (注) 相続税の申告書は、相続人や受遺者全員が共同で提出するケースが多く、その場合、相続の開始があったことを知った日が相続人及び受遺者間で異なるときには、被相続人が亡くなったことを最も早く知った相続人又は受遺者、すなわち最も早く申告書の提出期限を迎える者の申告期限に間に合うように、相続税の申告書を提出することとなると思います。しかしながら、相続人又は受遺者のうちに被相続人(遺贈者)の死亡を知らない者がいる場合、その者についてはそもそも相続税の申告書を提出することは不可能ですので、その者が共同申告をする相続人等に加わることはありません。   2 相続税の申告書の提出期限前における相続税の課税 被相続人から相続や遺贈により財産を取得したすべての者の相続税の課税価格の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合において、その相続人又は受遺者について相続税額が算出されることとなるときは、税務署長は、被相続人が死亡した日の翌日から10ヶ月が経過していれば、相続税の申告書の提出期限前においてもその者の相続税の課税価格又は相続税額の決定をすることができるとされています(相法35②一)。 税務署長としては、死亡の日を知ることはできても、相続人等が相続開始を知ったかどうかを知ることはできず、また、仮に相続人等が相続開始を知らないまま時が流れるとするならば、いつまでも相続税の課税ができないという不都合な状態が続くこととなってしまうことから、租税の確保を確実なものとするために設けられた規定であると考えられます。 なお、相続税の申告書の提出期限前に税務署長が決定を行った場合には、その決定によりその者の申告書の提出義務は消滅します。また、この決定処分により無申告加算税や延滞税が生じることもありません(武田昌輔監修「DHCコンメンタール相続税法」(第一法規、加除式)2813頁)。   3 ご質問の場合 あなた方はお父様がお亡くなりになられた昨年8月2日にそのことを知ったということですので、相続税の申告期限は、その翌日から10ヶ月後の令和4年6月2日になります。しかしながら、お母様が未だにお父様の死を知らないということであれば、お母様については、現時点では、相続税の申告期限は定まっていない状態であり、しばらくは、お母様の相続税の申告はできない状態が継続することになると思われます。 共同相続人の一部の者について相続税の申告がないとすると、税務署長は、相続税法第35条第2項第1号の規定に基づき、税務調査を経て、相続税の決定処分を行うことができますので、お母様がお父様の死を知らないとしても、相続税の決定処分がなされる可能性があります。 また、お母様がお父様の死を知らないとの事実は、お母様及びあなた方ご家族の申立て以外の客観的な証明が困難であるとすると、税務署長が無申告加算税賦課決定処分を伴う通常の決定処分を行うおそれもあります。 あなた方のお母様に対する気遣いも理解できますが、お母様が薄々はお父様がお亡くなりになったことに感づいているとすれば、頃合いを見てお母様にお父様が亡くなられたという事実を告げ、あなた方と共に相続税の申告をするように相談されてはいかがでしょうか。 (了)

#No. 470(掲載号)
#梶野 研二
2022/05/19

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第37回】「新たに貸付事業の用に供された宅地等の判定(貸付事業用宅地等の判定)」

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第37回】 「新たに貸付事業の用に供された宅地等の判定 (貸付事業用宅地等の判定)」   税理士 柴田 健次   [Q] 平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から、被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等(相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた被相続人等の当該貸付事業の用に供されたものを除く)」が除かれることになりましたが、次に掲げるA宅地からF宅地のうち、3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当するものを教えてください。 [A] A宅地及びE宅地が「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当することになります。なお、被相続人が相続開始の日まで3年を超えて引き続き租税特別措置法施行令40条の2第19項で定める貸付事業(以下「特定貸付事業」という)を行っていた場合には、A宅地及びE宅地も貸付事業用宅地等の対象となる宅地等から除かれないことになります。 「新たに貸付事業の用に供された宅地等」の基本的な考え方は、本連載【第9回】の「新たに事業の用に供された宅地等の判定」と同様になります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 平成30年度税制改正により除外される貸付事業用宅地等 平成30年度税制改正により、相続開始直前に賃貸用不動産の購入などをして金融資産を不動産に変換し、小規模宅地等の特例を適用する節税手法を防止するため、貸付事業用宅地等の範囲から、被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等を除くこととされました。 ただし、相続開始前3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた被相続人等の貸付事業の用に供されたものは、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③四、措令40の2⑲)。 特定貸付事業とは、貸付事業のうち、準事業(事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うもの)以外のものをいいます(措令40の2①⑲)が、特定貸付事業の判定については、次回(【第38回】)解説します。 上記の取扱いは、原則として平成30年4月1日以後に相続又は遺贈により取得する小規模宅地等に係る相続税について適用されますが、平成30年4月1日から令和3年3月31日までの間に相続又は遺贈により取得した宅地等については、平成30年4月1日以後に新たに貸付事業の用に供されたものについて適用する経過措置が設けられています(附則118④、措通69の4-24の8)。 したがって、平成30年4月1日以後に新たに貸付事業の用に供された宅地等から適用され、同日前に新たに貸付事業の用に供された宅地等については適用されませんので、改正前の要件のみ確認することになります。   2 「新たに貸付事業の用に供された宅地等」の範囲 「新たに貸付事業の用に供された宅地等」とは、次に掲げる宅地等が貸付事業の用に供された場合のその宅地等をいうとされています(措通69の4-24の3)。 上記の判定の具体的な注意点については、それぞれ下記の通りとなります。 (1) 貸付事業の用以外の用に供されていた宅地等 貸付事業の用以外の用から貸付事業の用に供された場合には、当然に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当することになります。したがって、居住用宅地等又は貸付事業以外の事業用宅地等を貸付事業の用に供した場合には、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当することになります。 なお、貸付事業用宅地等は、被相続人又は生計一親族の貸付事業の用に供されていた宅地等がその対象とされていますが、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当するかどうかの判定は、被相続人又は生計一親族のそれぞれの利用状況により行うことになります。したがって、被相続人にとって「新たに貸付事業の用に供された宅地等」であるかどうか、生計一親族にとって「新たに貸付事業の用に供された宅地等」であるかが問題になります。 本問のA宅地のように被相続人の貸付事業を廃止した上で生計一親族の貸付事業の用に供した場合には、生計一親族にとっては「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当することになります。ただし、被相続人が相続開始前3年以内に開始した相続又はその相続に係る遺贈により貸付事業の用に供されていた宅地等を取得し、かつ、その取得の日以後その宅地等を引き続き貸付事業の用に供していた場合におけるその宅地等については、この「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当しないこととされています(措令40の2⑨⑳)。 したがって、B宅地は被相続人の父から相続により承継していますが、父の相続時点においては「新たに貸付事業の用に供された宅地等」とは考えず、父の貸付事業開始時点まで遡って3年の判定を行うことになります。 (2) 宅地等若しくはその上にある建物等につき「何らの利用がされていない場合」の宅地等 被相続人が所有する未利用の宅地を被相続人又は生計一親族が貸付事業の用に供した場合には、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当することになります。一方で次に掲げる場合のように、貸付事業に係る建物等が一時的に賃貸されていなかったと認められるときには、その建物等に係る宅地等は、上記の「何らの利用がされていない場合」の宅地等に該当しないことになりますので、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」とは考えません。 上記の取扱いにより「何らの利用がされていない場合」の宅地等に該当しないことになった場合の新たに貸付事業の用に供された時は、上記の退去前、建替え前又は休業前の賃貸に係る貸付事業の用に供された時となります。 本問のC宅地のように2年前に建替えが行われた場合には、一時的に賃貸されていなかったと考えられますので、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当しないことになります。これに対して、E宅地については、D宅地及びその建物の売却代金で貸付事業を行っていたとしても、貸付事業を行っている場所が異なるため被相続人にとって、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当することになります。 なお、被相続人等の事業の用に供されている建物等の移転又は建替えのためその建物等を取り壊し、又は譲渡し、これらの建物等に代わるべき建物等の建築中に、又はその建物等の取得後被相続人等が事業の用に供する前に被相続人について相続が開始した場合については、租税特別措置法関係通達69の4-5(事業用建物等の建築中等に相続が開始した場合)の救済措置がありますが、その救済措置が移転又は建替えが対象になるのに対して、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」の判定では、上記の通り、移転と建替えでは、取扱いが異なる点については注意する必要があります。 本問のF宅地のように2年前の台風被害については、一時的に賃貸されていなかったと考えられますので、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当しないことになります。なお、本問のF宅地が仮に相続税の申告期限において台風被害のために貸付事業を一時的に休業した場合には、租税特別措置法関係通達69の4―17(災害のため事業が休止された場合)の救済措置があります。   ★実務上のポイント★ 相続開始の直前において、被相続人又は生計一親族の貸付事業の用に供された宅地等がある場合には、その貸付事業が3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当するかどうか、相続人等からヒアリングをすることが重要となります。   (了)

#No. 470(掲載号)
#柴田 健次
2022/05/19

マスクと管理会計~コロナ長期化で常識は変わるか?~ 【第4回】「在庫の管理、このままでいい?」

マスクと管理会計 ~コロナ長期化で常識は変わるか?~ 【第4回】 「在庫の管理、このままでいい?」   公認会計士 石王丸 香菜子   〔登場人物〕 ●  ●  ● 「消費者ニーズの多様化」というキーワードを頻繁に見聞きしますが、新型コロナウイルス感染症の流行はこの流れを加速させたようです。 ライフスタイルや行動、意識などが大きく変化した人もいれば、従前と大きな変化のない人もいます。また、デジタル化やオンライン化が進展する一方で、リアルな体験や直接のコミュニケーションの重要性が再認識されるような場面もあります。 消費者のニーズは、こうした様々な違いを反映して一層多様化しています。消費者ニーズの多様化に合わせ、企業の扱う商品のアイテム数も増加する傾向があります。 ●  ●  ● ●  ●  ● アイテム数が増えると、なかなか販売されずに滞留するアイテムが出てくることもあります。また、消費者ニーズが変化し、売れ筋商品から外れてしまうアイテムが生じることもあります。こうした状況では、在庫の滞留を防ぐ管理が重要です。 ●  ●  ● ●  ●  ● 以前から利用されてきた在庫管理の指標の1つに、「在庫回転期間」があります。 在庫回転期間が長いほど、在庫がなかなか販売されずに企業にとどまっていることを意味します。 アイテム数が多い状況では、在庫全体ではなくアイテムごとに在庫回転期間を把握し、早めに滞留を防ぐことが有効です。回転期間の単位に決まりはありませんが、日数や月数ベースにすると管理を担当する人がイメージしやすいようです。 また、滞留在庫に関する具体的なルールを設けて運用する方法も効果的です。「半年以上滞留しているアイテムは特売品として販売する」「3ヶ月以上注文がないアイテムは、今後は取り寄せ品扱いとする」などのルールがあれば、長期滞留を防ぎやすくなります。 ただし、補修のための在庫などは長期的に保有せざるを得ないので、アイテムの性質なども考慮するとよいですね。 ●  ●  ● ●  ●  ● アイテム数の多い在庫について、メリハリをつけて効率的に管理する方法として、「ABC分析」という方法が広く利用されています。ABC分析とは、データを重要度に基づいてA・B・Cの3グループに分類する方法です。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ●  ●  ● ●  ●  ● 上記の例では在庫金額を基準として重要度のグループ分けをしましたが、各アイテムの売上高や利益を基準としてグループ分けを行うことも考えられます。自社の状況に合わせて分析してみましょう。 ●  ●  ● ●  ●  ● 管理会計では、複数の案がある場合に各案の損益を比較して意思決定を行う方法が利用されています。部品を自製するか外注するかといった業務的意思決定は、その一例です(「ファーストステップ管理会計」【第12回】参照)。 意思決定会計の考え方は合理的ですが、損益面しか捕捉していないことが弱みとなる可能性があります。 ●  ●  ● ●  ●  ● 新型コロナウイルス感染症の流行によって、思いがけない様々な影響が多くの企業で生じました。その1つとして、部品や材料の入荷が大幅に遅延したり、それらが調達できなくなったりする事例が挙げられます。こうした事態が起こるリスクは、損益面のみを考える意思決定会計では取り込むことができません。 先行きが不透明な現状では、部品などの調達方針や保有方針を検討する際に、こうしたリスクも考慮する必要性が高まっています。意思決定会計で得られる情報に加えて、例えば、「部品が調達できなくなる可能性」と「その部品の自社における重要性」に着目してリスクに備える方針を取ることなどが想定できます。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ●  ●  ● (了)

#No. 470(掲載号)
#石王丸 香菜子
2022/05/19

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第125回】株式会社ジー・スリーホールディングス「特別調査委員会調査報告書(公表版)(2022年1月28日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第125回】 株式会社ジー・スリーホールディングス 「特別調査委員会調査報告書(公表版)(2022年1月28日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社ジー・スリーホールディングス特別調査委員会の概要】   【株式会社ジー・スリーホールディングスの概要】 株式会社ジー・スリーホールディングス(以下「G3」と略称する)は、2000年5月に設立した株式会社コネクトテクノロジーズを母体として、2011年3月に純粋持株会社として設立した株式会社コネクトホールディングスを、2016年1月に商号変更したものである。事業内容は、グループ経営管理、再生可能エネルギー事業、新規エネルギー事業及びサスティナブル事業。売上高は3,309百万円、経常利益168百万円、資本金1,062百万円、従業員数20名(いずれも2021年8月期連結実績)。本社所在地は東京都品川区。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人は赤坂有限責人監査法人。   【調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 G3は、外部機関から、過去に関東財務局長に提出した有価証券報告書及び四半期報告書に関し、一部適正性に疑義がある旨の指摘を受けたことから、2017年8月期以降の取引の売上計上時期の適正性等について検討したところ、2017年8月期に計上した未稼働太陽光発電所(伊勢志摩案件)の権利売却による売上2億8,000万円について、2019年8月期に計上することが適切であった疑いが浮上するなど、会計処理が適切だったとはいい難い取引が複数存在することがうかがわれた。 そこで、G3は、外部機関から指摘を受けた案件等に係る事実関係を調査するために、法律・会計の専門家で構成される特別調査委員会による専門的かつ客観的な調査が必要であると判断し、2021年11月10日開催の取締役会において、当委員会の設置を決議した。 2 調査対象となった案件 特別調査委員会が調査対象とした案件は、調査の契機となった伊勢志摩案件を含む4件の太陽光発電事業に係る権利関係の譲渡契約及び3件の持分譲渡契約に係る案件(これら7案件はいずれも太陽光発電事業に関するものである)に加えて、「つけまつげ案件/永九能源案件」と略称されているつけまつげの販売及び株式譲渡に係る業務委託契約である。 3 調査結果の概要 特別調査委員会は、調査対象となった8案件について、以下のような判断を示した(赤網掛け部分は、特別調査委員会が不適切な会計処理であると判断した案件)。 4 原因論(調査報告書67ページ以下) 特別調査委員会による原因分析は、次の4項目に分けて論じられている。 本稿では、とくに「太陽光発電事業の聖域化」と「コーポレート・ガバナンスの機能不全」に注目して、委員会の分析を検証したい。まず、「太陽光発電事業の聖域化」に関する原因分析についての項目は次のとおりである。 次いで、「コーポレート・ガバナンスの機能不全」に関する分析項目を挙げる。 これらの原因分析の中で、特別調査委員会が結語としているのが、G3経営陣が、現商号変更前の2015年10月26日に、当時の第三者委員会から受領した調査報告書の中で提言「機能不全に陥ったコーポレート・ガバナンスの回復」を受けて策定・導入されたはずの再発防止策を安易に緩和・変容し、あるいは重視しなくなった結果、コーポレート・ガバナンスが機能不全に陥ってしまい、不適切な会計処理の発生を許したという分析である。そして、特別調査委員会は、今回の不適切な会計処理が誰か特定の個人の行為のみによって生じたと即断することは実態にそぐわず、G3の複数の役職員が積極的あるいは消極的にそれぞれ関わり合ったために生じた問題であると捉えるべきであると締め括っている。 5 経営改善に向けた提言(調査報告書77ページ以下) 特別調査委員会は、提言を「コーポレート・ガバナンスの更なる改革」と「業務提携先との関係整備」との2つの側面から論じている。本稿では、特別調査委員会が「機能不全」と評した、「コーポレート・ガバナンス」に関する更なる改革の提言項目を見ておきたい。 監査等委員である取締役3名は、2名が公認会計士資格を、残る1名が弁護士資格を有していたが、いずれも非常勤であったこともあるのか、不適切な会計処理に気づくことはなかった。特別調査委員会は、「監査等委員会の実効性が失われていた」という原因論に基づく経営改善策として、「社外取締役には、経営、法務、会計などのスキルに基づく気づきを業務執行の適正化に活かすことのできる人材がふさわしい」ことから、「取締役会や監査等委員会において積極的に発言、意見交換ができる資質や、的確なリスク分析をしてそのリスクにあった施策を選択できる能力や資質を有する者を社外取締役として選任することが肝要である」と、提言を締め括っている。   【調査報告書の特徴】 本調査報告書の特徴を2つ挙げるとすれば、①長い調査期間(約2ヶ月半)、②前回調査時の第三者委員会委員長が再び特別調査委員会委員長に就任していることであろう。本調査報告書末尾にある「最後に」という文章には、2015年10月に受け容れられたはずの経営改善の提言に基づく再発防止策が骨抜きにされていたのみならず、前回調査時と同じ類型の不正を調査することになった、委員長の無念さがにじみ出ているように感じられるので、引用したい。 なお、「特別損失の計上及び通期連結業績予想の修正に関するお知らせ」によれば、特別調査委員会による調査費用及び過年度決算の訂正に要する費用等として2022年8月期に特別損失に計上する金額は、概算額で500百万円であるとのことである。 1 会計監査人に対する虚偽説明 会計不正事案にもかかわらず、会計監査人に対するインタビューを行っていない調査委員会が目立つ中、G3特別調査委員会は、過去3代にわたるG3の会計監査人に対するインタビューを行っているようである。その中で、発覚したのが、特別調査委員会が、子会社に対する売上であり、連結内取引であると判断した「伊勢志摩案件」に関して、当時の会計監査人であった監査法人ハイビスカス(報告書上の表記は「X26」)に対し、誤った、又は虚偽の情報を提供して、2017年8月期第3四半期に売上を計上することに対する承認を得ていたという疑惑である。同監査法人の担当者によれば、当時、G3からは、G3がそれまで有していたX3社の持分を譲渡した相手先であるX22一般社団法人については、X13社が主導するために資金拠出して設立した一般社団法人であるとの情報が提供されていたということであった。 特別調査委員会は、調査の結果、X22一般社団法人の意思決定には登記上の職務執行者は関与しておらず、X3社の資金調達の大部分は、G3によって拠出されており、G3はX3社の財務及び営業又は事業の方針を決定していたことから、当時の会計監査人に提供した情報は誤ったものであり、X3社は、子会社に該当するという判断を示したものである。 2 取締役の退任・辞任 G3は、2022年4月14日、「監査等委員である取締役の辞任及び後任人事に関するお知らせ」をリリースして、2016年11月から監査等委員である取締役に就任していた松山昌司氏及び本間周平氏が、2022年5月20日開催予定の臨時株主総会終結の時をもって退任すること及び後任人事を公表した。 また、2022年4月19日には、「取締役の辞任に関するお知らせ」をリリースして、取締役松本隆氏が、一身上の都合により、同年4月30日付で取締役を辞任することを公表した。 3 会計監査人の異動 G3は、2022年2月18日、「会計監査人の異動及び金融商品取引法監査の監査証明を行う公認会計士等の選任に関するお知らせ」をリリースして、会計監査人である赤坂有限責任監査法人から退任の申出があり、監査法人アリアを公認会計士等として選任したことを公表した。 G3は、その後、2022年4月12日には、「一時会計監査人の選任に関するお知らせ」をリリースして、赤坂有限責任監査法人の会計監査業務終了に伴い、監査法人アリアを一時会計監査人として選任したことを公表している。 なお、公表されている有価証券報告書で確認したところ、G3の過年度における会計監査人の推移は、次のとおりである。 4 G3による再発防止策 2022年3月16日、G3は、「再発防止策に関するお知らせ」を公表した。その内容は次のとおりであり、概ね、特別調査委員会の提言内容に沿った形でまとめられている。 なお、同リリースでは、「関係者の責任等について」という項目を設けて、G3は、「責任の所在の明確化も再発防止の一環をなすものと考え、不適切な会計処理に関与した役職員への責任追及や社内処分を行う方針」に基づき、「客観的な判断を行うべく、法的責任の有無の判定を外部法律事務所へ委任」していることも公表しているが、本稿執筆時点において、前代表取締役社長をはじめとする関与した役職員の責任追及に関するリリースは公表されていない。 5 東京証券取引所による特設注意銘柄指定 2022年3月31日、東京証券取引所は、「特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求について」というリリースを発出して、G3に対して、①2022年4月1日(金)付での特設注意市場銘柄指定、②上場契約違約金2,880万円の徴求を公表した。 日本取引所自主規制法人の審査結果に基づき、東京証券取引所が認定した「上場規則に違反して虚偽と認められる開示」が行われた背景を引用しておきたい。 6 証券取引等監視委員会による課徴金納付命令勧告 2022年4月26日、証券取引等監視委員会は、「株式会社ジー・スリーホールディングスにおける有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告について」をリリースして、内閣総理大臣及び金融庁長官に対して、課徴金4,605万円の納付命令を発出するよう勧告を行ったことを公表した。 証券取引等監視委員会が認定した「法令違反の事実関係」は次のとおりである。 (了)

#No. 470(掲載号)
#米澤 勝
2022/05/19

給与計算の質問箱 【第29回】「65歳以上の従業員の給与計算における注意点」

給与計算の質問箱 【第29回】 「65歳以上の従業員の給与計算における注意点」   税理士・特定社会保険労務士 上前 剛   Q 当社ではAさん(67歳)とBさん(71歳)の2名を正社員として雇用する予定です。高齢者(65歳以上の従業員)の給与計算における注意点があればご教示ください。 A 社会保険料が一部徴収不要になる。また、在職老齢年金制度により年金が支給停止される場合がある。 * * 解 説 * * 1 社会保険料の徴収 (1) 労災保険 労災保険には、年齢制限はない。そもそも会社が全額負担し従業員の負担はないことから給与計算には関係しない。 (2) 雇用保険 雇用保険には、年齢制限はない。Aさん、Bさんの給料から雇用保険料を天引きする。 (3) 健康保険 会社で加入する健康保険は75歳になるまでとされている。75歳以上は後期高齢者医療制度に移行する。Aさん、Bさんともに75歳未満なので給料から健康保険料を天引きする。 (4) 介護保険 会社で加入する介護保険は40歳以上65歳未満となる(第2号被保険者)。65歳以上は原則年金からの天引きとなる(第1号被保険者)。Aさん、Bさんともに65歳以上なので給料から介護保険料を天引きしない。 (5) 厚生年金 会社で加入する厚生年金は原則として70歳になるまでとされている。例外として老齢年金の受給資格が無い場合には任意で引き続き加入することができる。Aさんは70歳未満なので給料から厚生年金保険料を天引きする。Bさんは70歳以上なので給料から厚生年金保険料を天引きしない。   2 在職老齢年金制度による年金の支給停止 基本月額と総報酬月額相当額の合計が47万円を超える場合には年金の全部又は一部が支給停止になる。 上記を踏まえ、具体例を用いて計算すると下記の通りとなる。 【具体例】 (了)

#No. 470(掲載号)
#上前 剛
2022/05/19
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