ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第20回】 「LGBTに対するハラスメント及びLGBTの髪型や服装に対する制約にかかる法的問題点」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の社員Aが、「自分の生物学的性別は男性だが、性自認は女性だから、明日から女性の服装・化粧をして勤務します」と宣言し、化粧をしてスカートやハイヒールをはいて就業するようになりました。他の社員から「男のくせに化粧するなんて気持ち悪い。不快だから止めさせてほしい」等の苦情が出ていますし、そのような社員Aの姿を取引先や顧客に見られたら、当社の信用が損なわれて当社の業績に影響するのではないかと心配しています。 社員Aに化粧や女性の服装をするのを止めるよう説得したり、命令したりしても問題ないでしょうか。 【Answer】 貴社の業種や社員Aの性自認の程度等にもよりますが、社員Aに対して、事情を説明し、化粧や女性の服装を止めるよう、任意の協力を求めることは可能であると思われます。しかし、これを命令したり、命令違反を根拠に懲戒処分を科すなどする場合は違法になるおそれがあります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 はじめに 近年、LGBT等の性的少数者の権利を巡り、全世界的に活発な議論がなされている。日本においても性的少数者の理解増進を目的とした「性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案」(いわゆるLGBT法案)の前国会における成立が目指されたことは記憶に新しい。また、特にここ数年、会社の性的少数者に対する取扱い等に係る注目すべき裁判例が次々と出されている。 そこで、本稿では、LGBTに対するハラスメントに関連して、LGBTの髪型や服装に対する制約にかかる法的問題点について取り上げるものとする。 2 LGBTに対するハラスメント 「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号・いわゆるセクハラ指針)は、職場におけるセクシュアルハラスメントは、被害者の性的指向(恋愛感情又は性的感情の対象となる性別についての指向)又は性自認(自己の性別についての認識)にかかわらず成立するものである旨示しており、人事院の「セクシュアル・ハラスメントをなくするために職員が認識すべき事項についての指針」においては、性的指向や性自認をからかいやいじめの対象としたり、性的指向や性自認を本人の承諾なしに第三者に漏らしたりすることがセクハラになり得る言動として挙げられている(第1.3.一.(1).イ.③)。 また、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号・いわゆるパワハラ指針)は、パワハラの6類型(拙稿【第1回】参照)のうち第2類型(精神的な攻撃)の例として、相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを、第6類型(個の侵害)の例として、労働者の性的指向・性自認などについて当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露することを挙げている。これらに照らすと、生物学的には男性だが性自認が女性の労働者が女性の服装や化粧等をしているのに対して「男のくせして気持ち悪い」などということは、セクハラやパワハラに当たる可能性があることになる。 3 従業員の髪型や服装に対する制約 では、「男のくせして気持ちが悪い」と感じる他の社員に配慮したり、取引先や顧客との関係を考慮して、会社が当該社員に対して化粧や女装を禁止したりすることも法的問題を惹起してしまうのであろうか。 この点、会社が従業員の髪型、服装等に制約を課すことができるか否かについては、一般的に以下のように考えられている(なお、以下の下線は筆者による)。 【東谷山家事件決定(福岡地裁小倉支決平成9年12月25日)要旨】 さらに、上記のうち、髪型やひげといった、着脱が不能であり私生活にも及び得るものについては、以下のとおり、より厳格な判断基準をもって判断されている。 【大阪市(旧交通局職員ら)事件判決(一審:大阪地判平成31年1月16日、控訴審:大阪高判令和元年9月6日)要旨】 【イースタン・エアポートモータース事件判決(東京地判昭和55年12月15日)要旨】 一方、LGBTの服装・化粧に対する制約については、以下の裁判例が参考になる。 【S社(性同一性障害者解雇)事件決定(東京地決平成14年6月20日)要旨】 【淀川交通(仮処分)事件決定(大阪地決令和2年7月20日)要旨】 4 まとめ 上記のとおり、裁判所が、LGBTが外見を可能な限り性自認上の性別に近づけることは自然かつ当然の欲求であると捉えていることに照らすと、裁判所は、LGBTの髪型、服装等の自由はLGBT以外の髪型、服装等の自由に比べてより保護されるべきであると考えていると思われ、また、LGBTに対して性自認上の性別の服装等を懲戒処分等をもって制約するには、業務遂行に支障を来す具体的なおそれが認められなければならないと考えていると思われる。 そうだとすると、前掲淀川交通(仮処分)事件決定が述べるとおり、「今日の社会において、乗客の多くが、性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限ら」ないことに照らすと、LGBTが化粧や女性の服装をすることにより業務遂行に支障を来す具体的なおそれを裏付けることは相当困難なことになろう。制約が、髪型等の着脱が不能であり私生活にも及び得るものにかかる場合は、さらにこれを正当化することは難しくなると思われる。 もっとも、上記S社(性同一性障害者解雇)事件決定、淀川交通(仮処分)事件決定のいずれも、当該従業員が性同一性障害の診断を受けてホルモン療法を受けていたケースであり、それが故に精神的、肉体的に女性化が進み、「外見を可能な限り性自認上の性別に近づけることは自然かつ当然の欲求」をより強く感じていたと思われるケースである。よって、対象の従業員の性自認の程度などによっては、LGBT以外の髪型、服装の制約と同程度に扱うべき場合もあると思われる。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第23回】 「遺留分侵害額請求権と事業承継」 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 枝廣 恭子 〔質 問〕 2018年の民法改正で相続法が改正され、それまでの「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権」へと変わりました。制度としてどのような違いがあるのでしょうか。また、事業承継を促進することが期待されるとのことですが、具体的にどのような影響が考えられるのでしょうか。 〔回 答〕 ➤遺留分減殺請求権は遺言や贈与を一部取り消すという物権的効果を持つのに対し、遺留分侵害額請求権は遺留分侵害額分の金銭債権を発生させるという債権的効果を有します。 ➤遺留分侵害額請求権を行使した場合、遺留分侵害額分の金銭債権が発生するのみで、相続財産中の事業用不動産や自社株が共有状態になるという事態は生じないため、円滑な事業承継の実現に資すると考えられます。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 相続法改正の概要と遺留分侵害額請求権の制定 2018年7月に、約40年ぶりに相続法が改正された。社会情勢の変化に対応して、相続に関するルールを実態に適合させる方向での改正がなされている。 改正法では配偶者居住権や、預貯金の払戻制度、法務局による自筆証書遺言の保管制度などが新たに創設された。そして、遺留分制度の見直しも行われ、遺留分を取り戻す権利である「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権」に変わった。 遺留分減殺請求権と遺留分侵害額請求権の目的は基本的に共通しており、兄弟姉妹以外の法定相続人に最低限保障される遺産取得割合を取り戻す権利を認め、相続人間の平等を図る点にある。しかし、遺留分減殺請求権の弊害として、例えば、事業用財産や自社株を後継者に遺贈しても、他の相続人が遺留分減殺請求権を行使することで不動産や自社株が共有状態になり、株式が分散するなどして円滑な事業承継が妨げられる点が指摘されていた。他方で、遺留分権利者も、財産自体の取戻しよりも相当分の金銭を望む場合も多いと考えられていた。 そこで、相続法改正にあたり、上記のような実態を踏まえて遺留分制度の見直しがなされ、遺留分侵害額請求権という新たな権利が制定された(民法1046条、1048条等)。 2 遺留分侵害額請求権の特徴 (1) 遺留分の金銭債権化 改正前の遺留分減殺請求権は、遺贈や贈与を一部取り消すという物権的効果を持つ権利だった。遺留分減殺請求権を行使すると、遺留分権利者が、全ての相続財産に対して遺留分割合の共有持分を持ち、受遺者等との共有状態が生じることとなっていた。 これに対して、遺留分侵害額請求権は遺留分侵害額分の金銭債権を発生させるという債権的効果を持つ。すなわち、遺留分侵害額請求権を行使すると、遺留分の侵害額に相当する金銭を請求する権利が発生するだけとなる。したがって、遺贈された不動産や自社株が共有状態になることはなく、受遺者等は遺留分侵害額に相当する金銭債務の支払いをすればよいこととなった(民法1046条)。 (2) 対象となる財産の限定 遺留分を算定するための財産について、判例・実務も踏まえて明文化され、対象となる財産が以下のように限定された。 したがって、相続開始時から1年以内の贈与であっても「特別受益」に該当しないものや、相続開始時より10年以上前に行われた贈与は、遺留分を算定するための財産に含まれないこととなった。 (3) 遺留分侵害額請求権の行使方法 遺留分侵害額請求権を行使することができる期間は、遺留分減殺請求権と同様、①相続の開始及び遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年、あるいは②相続開始から10年である。行使する方法について訴訟上、訴訟外を問わないのも同様である。 遺留分侵害額請求権を行使した結果として発生する金銭の支払いを請求できる権利は通常の金銭債権なので、行使期間や行使方法は金銭債権の規定に従うこととなる。 なお、2019年7月1日の施行日前に生じた相続については旧法が適用されることとなる。 (4) 相当の期限の付与 遺留分侵害額請求権において生じうる問題点としては、例えば、遺産の全部又は大半が不動産である場合に、遺留分侵害額請求権を行使された者(受遺者等)が遺留分侵害額に相当する金銭債務をすぐに支払えない事態が生じる可能性があることである。 そこで、受遺者等が、裁判所に対して、遺留分侵害額に相当する金銭の全部又は一部の支払について相当の期限の付与を求めることができるとされた。付与される「相当の期限」は、取得財産の換価等により金銭を工面するのに必要な相当な期間となると考えられる。 3 相続法改正と事業承継 遺留分侵害額請求権の行使によって生じる権利の金銭債権化は事業承継に対して大きな影響を与えると言える。すなわち、仮に遺留分を行使されても、受遺者等に対して遺留分相当の金銭の支払いを求める権利が発生するにすぎず、後継者に承継させた事業用不動産や自社株自体について共有状態は生じないため、受遺者等は金銭の支払いに応じられる資金の手立てをすれば足りることとなる。また、相続開始前10年以内かつ特別受益にあたる贈与に限って遺留分の対象となることとなったので、早期に自社株を後継者に贈与しておいた場合に、相続開始時に贈与から10年が経過していれば遺留分の問題が生じないこととなる。このように、改正法は、円滑な事業承継による安定的な経営を実現することを企図しているものと言える。 さらに、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律が、遺留分に関する特例(同法3条~10条)を定めて、中小企業の円滑な事業承継の確保を図っている。具体的には、遺留分について、旧代表者の推定相続人及び後継者全員が、書面により、以下のように合意できると定めている(ただし、合意に加えて、経済産業大臣の確認及び家庭裁判所の許可も必要となる)。 (了)
2021年11月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.443を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.106- 「どうなる賃上げ税制」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 自民党の勝利という形で総選挙が終わり、いよいよ年末の予算編成、税制改正の時期を迎える。来年度税制改正の一丁目一番地は、岸田総理が所信表明演説で述べた「労働分配率向上に向けて賃上げを行う企業への税制支援の抜本的強化」である。 * * * この税制の経緯を見てみよう。第2次安倍政権発足直後の平成25年度改正として、「所得拡大促進税制」が導入された。基準年度と比較して5%以上給与等支給額を増加させた場合、支給増加額の10%を税額控除(法人税額の10%(中小企業は20%)を限度)できる措置を創設した。 その後平成30年度改正で、「賃上げ及び投資の促進にかかる税制」として、前年度比3%以上の賃上げなどを行った企業について、給与等支給総額の対前年度増加額の15%の税額控除ができる措置(法人税額の20%を限度)が講ぜられた。またリカレント教育等人材投資を増加した企業に対する税額控除率の上乗せも行われた。中小企業にもほぼ同様の税制が講じられた。 令和3年度改正では、「人材確保等促進税制」として、継続雇用者給与等支給額にかえて新規雇用者給与等支給額を前年度比2%以上増加させた企業に対して支給額の15%の税額控除(法人税額の20%を限度)を行う制度に変わった。中小企業への減税も、継続雇用者給与等支給額ではなく雇用者給与等支給額を前年度比1.5%以上増加させた場合、対前年度増加額の15%の税額控除を認める内容に変更され、この制度が現在まで続いている。 一方、このような減税措置にもかかわらず、わが国の賃金はここ30年間ほぼ同額で、今や韓国を下回る水準となった。わが国賃金の伸び悩みという現象は、わが国の経済構造と深く関連しており、税制で小手先の措置を講じても大きな効果はないということを示している。 * * * 「新しい資本主義」「分厚い中間層」を標榜する岸田政権は、これまでの総額を対象とした税制に変えて、「一人一人の賃金を引き上げた場合に税制優遇が得られる仕組み」とする意向を示し、指示を受けた経産省・財務省は具体的設計の検討に入っている。 これに対して期待する向きがある一方で、企業の賃金構造、賃金体系は、企業の長年の経営を踏まえて決定してきたもので、「減税をするからハイ、賃上げ」とはいかない。とりわけ中小企業が賃上げに踏み切れないのは、賃上げの余裕がないということに尽きるという批判がある。 また税制として、一人一人の賃上げについて、税務職員が賃金台帳でチェックするような制度が果たして執行可能なのだろうか、という疑問も指摘されている。 加えて、そもそも企業の賃金体系にまで政府が口を出すというやり方が、「新しい資本主義」なのかという疑問もある。 賃金の上昇を図るには、企業・従業員の生産性を向上させること、そのためには企業が将来の成長を予測できる成長戦略を提示したり、国民の将来不安を軽減させる社会保障の将来像を示すこと、従業員の人的資本の向上を図るべくリスキリングやリカレント教育などを充実させる政策の導入など、よりベーシックな分野での政府の政策を見直していくことが必要ではないだろうか。岸田政権の「構え」は大きくしてほしいものだ。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例35】 「医療法人の代表者の配偶者が使用する車両と定期同額給与となる経済的利益」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、都内西部の私鉄沿線に広がる住宅地で会計事務所を経営している公認会計士で、その顧問先の多くは眼科や精神科、皮膚科など様々な診療科のクリニックや歯科医院となっております。その中の1つのA歯科医院は、私にとって最も重要なクライアントです。 と言いますのは、A歯科医院は私にとって事務所経営の基盤を築いたと言っていいくらいの、独立初期からのクライアントだからです。A歯科医院の院長Bは高校時代の同級生で、個人立の診療所時代からの付き合いであり、医療法人化にも関与しております。現在、当該A歯科医院は、ホワイトニングや歯列矯正、インプラント埋入といった自由診療に注力しており、コンビニよりも数が多く過当競争であると言われている歯科業界においては、比較的好調な業績を保っています。 そのA歯科医院に関し、最近税務調査で問題となっている事項があります。それは、2年前にA歯科医院を運営する医療法人C会名義で取得した自動車につき、その使用実態をみてみると、院長Bの妻Dが専らプライベートで使用しているのであるから、当該自動車はDの個人使用の目的で購入されたものであり、その取得費用は全額院長Bに対する役員給与である旨、調査官から申し渡されたというものです。 税務調査の立会いの経験があまりないため、このようなとき、どのように対応すればいいのか正直悩むところですが、私にとって最も重要なクライアントであるA歯科医院の院長Bの信頼をつなぎとめるため、ここは何としても調査官に説得力のある反論を行いたいところです。どうか知恵を貸していただけないでしょうか、よろしくお願いします。 【A】 医療法人名義で取得した自動車につき、その使用実績をみてみると、院長Bの妻Dが専らプライベートで使用しているという場合であっても、それは単に個人的に使用していると言えるに留まるのであり、法人から院長Bに当該自動車の贈与があったとは言えないときには、当該自動車の取得費が法人から院長Bに対する役員給与に当たるとは言えません。 しかし、妻Dによる私的利用については、医療法人C会から院長Bに対して当該自動車が無償で貸与されていたと認められることから、それに係る経済的な利益はBに対する役員給与に該当します。その場合、当該経済的利益のうち、継続的に発生する自動車保険料及びローン契約に基づく支払利息に相当する金額等は、法人税法第34条第1項に規定する定期同額給与とされ、損金算入されます。一方で、継続的ではなく基本的に一度のみ発生する自動車税や自動車取得税、自動車重量税、ディーラーに対する手数料等は、損金に算入されないこととなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 役員給与の損金算入 平成18年度の税制改正で、従来の役員報酬と役員賞与という概念は「役員給与」に一本化された。その上で、損金算入される役員給与の類型として、①定期同額給与、②事前確定届出給与、及び、③業績連動給与の3つを挙げ、それ以外は原則として損金不算入となることとされた(法法34①)。 ① 定期同額給与 内国法人がその役員に対して支給する給与(退職給与や新株予約権(ストックオプション)によるもの、使用人兼務役員の使用人部分の給与等を除く)のうち、支給時期が1ヶ月以下の一定期間ごとに原則として同額支給される給与である「定期同額給与」に該当する額は、その法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入される(法法34①一)。これは、従来(平成18年度税制改正前)の役員報酬に相当する。 ② 事前確定届出給与 内国法人がその役員に対して支給する給与(退職給与を除く)のうち、所定の時期に確定額を支給する旨の定めに基づいて支給する給与である「事前確定届出給与」の額は、その法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入される(法法34①二)。これは、従来(平成18年度税制改正前)の役員賞与に相当する。 ③ 業績連動給与 内国法人(同族会社の場合、同族会社以外の法人との間に当該法人による完全支配関係があるものに限る)が、(1)取締役会設置会社の代表取締役、業務執行取締役(会社法363①)、(2)指名委員会等設置会社の執行役(会社法418)、及び、(3)その他の(1)又は(2)に準ずる役員に対して支給する「業績連動給与」で、次に掲げる(ア)及び(イ)の2要件を満たし、さらに第1の要件(ア)については「3つのサブ要件」を満たしている給与の額(他の業務執行役員のすべてに対してこれらの要件を満たす業績連動給与を支給する場合に限る)は、その法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入される(法法34①三)。 業績連動給与は、平成29年度の税制改正前まで「利益連動給与」とされていたものが、改正により修正されて導入されたものである。 上記の①定期同額給与、②事前確定届出給与、③業績連動給与のいずれにおいても、損金算入される役員給与は、恣意性の排除を目的として、予め定められているかどうかが重要な判断要素となっているものと考えられる。また、同族会社は身内(少数の大株主)による業務運営が可能なことから、役員給与についても「お手盛り」の支給・利益調整がなされることに課税庁は神経をとがらせているようである。 (2) 定期同額給与となる経済的な利益 前述(1)①の定期同額給与には、継続的に供与される経済的な利益のうち、その供与される利益の額が毎月概ね一定であるものも含まれる(法令69①二)。その具体例としては、通達で以下の通り例示されている(法基通9-2-11)。 (3) 医療法人の代表者の配偶者が使用する車両と定期同額給与となる経済的利益 本件のように、医療法人の代表者の配偶者が使用する車両につき、それが代表者に対する役員給与となるのか、また、当該車両に関する費用が定期同額給与となる継続的に供与される経済的利益に該当するのかが争われた裁決事例(国税不服審判所平成24年11月1日裁決・TAINSコード:J89-3-12)があるため、以下で確認していきたい。 ① 事案の概要 本件は、原処分庁が、飲食店を経営する法人である審査請求人の支払った事務手数料等の額は関連会社に対する寄附金の額に当たり、車両の購入対価等の額は代表者Gに対する役員給与の額に当たるなどとして行った法人税及び消費税等の各更正処分等、並びに、ホステス等に支払った金員は給与に該当するとして行った源泉所得税の各納税告知処分等に対し、請求人が、当該事務手数料等及び車両の購入対価等はいずれも請求人の事業経費等であり、当該金員はホステスの業務に関する報酬料金に当たるなどとして、これらの処分の一部の取消しを求めた事案である。 ② 事案の争点 本件車両取得費等は、事実を隠ぺい又は仮装して法人の代表者に対し支払った役員給与の額に当たるか否か。 ③ 審判所の判断 ④ 裁決事例から学ぶこと 法人が取得した資産をその代表者(ないしその親族・愛人等)が私的に利用するケースは、中小企業や同族会社においてはそれほど珍しいことではない。その倫理的な問題はさておき、税務上の取扱いは、事実関係に即して法令を当てはめるという手続によって決まってくるものであり、「けしからん」とか「公私混同だ」といった感情的な反発は、とりあえず脇に置いておく必要があるだろう。 本件の場合、法人の代表者の妻が法人所有の自動車を業務に使用せず、専ら私的に利用していたが、そうであるからといって直ちに、当該自動車の取得費は法人の代表者に対する役員給与であると認定するわけにはいかない旨が審判所から示されている。すなわち、「G代表の妻が本件車両を個人的に利用しているといえるに留まるのであって、(中略)に示すような請求人からG代表に対して本件車両の贈与があった等、請求人が一定の行為をしたことにより実質的にG代表に対して給与を支給したのと同様の経済的効果をもたらしたとまでは認めることができない」として、審判所から課税庁の主張が斥けられている。 一方で、上記私的利用については、法人からG代表に対して当該自動車が無償で貸与されていたと認められることから、それに係る経済的な利益は役員給与に該当する。そこで、当該経済的利益の損金性について検討する必要が出てくるわけであるが、当該経済的利益は2つのカテゴリーに分かれる。 1つは継続的に供与される経済的な利益で、「あん分取得価額、自動車保険料及び本件ローン契約に基づく支払利息に相当する金額は、いずれも継続的に供与される経済的な利益であるため、法人税法施行令第69条《定期同額給与の範囲等》第1項第2号の規定により、法人税法第34条第1項に規定する定期同額給与とされ、本件各事業年度の所得の金額の計算上、その全額が損金の額に算入される」とされた。 また、もう1つは、基本的に一度のみ発生する費用の項目で、「本件自動車税等の額は、継続的に供与される経済的な利益ではないため、法人税法第34条第1項に規定する定期同額給与に当たらないから、その全額が損金の額に算入されない」と判断されている。 損金算入される定期同額給与は、継続的に供与される経済的利益も含むのであるが、継続的に発生する費用の項目は損金算入され、一度きりしか発生しない費用の項目は損金算入されないという判断がなされた事案であるといえる。実務の参考になるものと考えられる。 (4) 本件へのあてはめ 医療法人名義で取得した自動車につき、その使用実績をみてみると院長Bの妻Dが専らプライベートで使用しているという場合であっても、それは単に個人的に使用しているといえるに留まるのであり、法人から院長Bに当該自動車の贈与があったとは言えないときには、当該自動車の取得費が法人から院長Bに対する役員給与に当たるとは言えない。 しかし、妻Dによる私的利用については、医療法人C会から院長Bに対して当該自動車が無償で貸与されていたと認められることから、それに係る経済的な利益はBに対する役員給与に該当する。その場合、当該経済的利益のうち、継続的に発生する自動車保険料及びローン契約に基づく支払利息に相当する金額等は、法人税法第34条第1項に規定する定期同額給与とされ、損金算入される。一方で、継続的ではなく基本的に一度のみ発生する自動車税や自動車取得税、自動車重量税、ディーラーに対する手数料等は、損金に算入されないこととなる。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第65回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 ウ 従来の取扱いとの関係 従来、収益の計上単位については、例えば、改正前の法人税基本通達2-1-10《機械設備等の販売に伴い据付工事を行った場合の収益の帰属時期の特例》で、機械設備等の販売に伴い据付工事を行った場合において機械設備等に係る販売代金の額と据付工事に係る対価の額を区分してそれぞれについて収益を計上できる取扱いを設けるなどしていたが、会計と同様に一般的な取扱いは設けていなかった(趣旨説明9頁)。 例えば、プラント輸出などの場合には、いわゆるフル・ターン・キー・ベース・コントラクトとして、単に機械設備を販売するだけでなく、現地におけるその機械設備の据付工事までも一括して請け負い、据付が完成してスイッチ・オンすれば直ちに稼動できる状態にしたところで相手方に引き渡すことを内容とする契約がある。このような場合、その機械設備等本体の販売とその据付工事とを一体不可分の取引として処理するか、それともそれぞれ別個のものとして扱うかによって、次のとおり、その収益計上時期等について違いが生ずる。 (※) 現在、国税庁は出荷基準を法人税法22条の2第2項が定める近接日基準ではなく、1項が定める引渡基準として捉えていることについては、本連載第10回参照。 この通達が収益の帰属時期の特例として位置付けられていることからも明らかなとおり、改正前において収益の帰属時期の問題として特定の場面を捉えて通達していたものを、改正後においては収益の計上単位の通則として通達したことになる。かように、収益の計上単位と計上時期の問題は関連性を有していることは否定できない。 なお、上記改正前の法人税基本通達2-1-10は、改正後の法人税基本通達2-1-1の2に引き継がれており、工事進行基準が適用される長期大規模工事等(法法64)の場合を除き、法人の選択により、同通達2-1-1(2)ではなく、同通達2-1-1の2を適用することができることとされている。 つまり、機械設備等の販売に伴い据付工事を行った場合において機械設備等に係る販売代金の額と据付工事に係る対価の額を区分してそれぞれについて収益を計上できる取扱いを存続したのである。 エ 本通達の趣旨 収益認識会計基準では、履行義務を収益の計上単位とすることが原則とされたが、資産の販売等を行った場合に収益を計上する単位についての一般的基準を明らかにした本通達では、資産の販売等に係る収益の額は、原則として個々の契約ごとに計上することを本文において明らかにしている。これは、次の点を踏まえたものである(趣旨説明5頁)。 上記について、収益認識会計基準は履行義務を収益の計上単位としているが、我が国においては、顧客との個々の契約が当事者間で合意された取引の実態を反映する実質的な取引の単位であると認められること、及び顧客との個々の契約における財又はサービスの金額が合理的に定められていることにより当該金額が独立販売価格と著しく異ならないと認められることの2つの要件を満たす場合には、代替的な取扱いとして、契約に基づく収益認識の単位及び取引価格の配分を認めることが定められている(指針101、174)。 以上は、本通達が、収益の計上単位について個々の契約ごとに計上することを原則としたことの説明である。他方で、収益認識会計基準の取扱いを法人税法上も認めるための配慮を本通達(1)及び(2)で行った(趣旨説明5頁以下)。 収益認識会計基準27項では、同一の顧客(その関連当事者を含む)と同時又はほぼ同時に締結した複数の契約について、次の(1)から(3)のいずれかに該当する場合には、当該複数の契約を結合し、単一の契約とみなして処理することとしている(基準27)(複数の契約を単一の契約とみなして取引価格の算定やその履行義務への取引価格の配分をすべき場合はどういったものかという視点で確認すると理解しやすい)。 このうち(3)については、本通達(1)に対応している。 すなわち、本通達(1)について、収益認識会計基準においては、複数の契約は、区分して処理するか単一の契約として処理するかによって、収益認識の時期及び金額が異なる可能性があるため、一定の要件を満たす場合には、複数の契約を結合して単一の契約として処理することとされている(基準27、121)。 上記のとおり、収益認識会計基準27項(3)において、同一の顧客(当該顧客の関連当事者を含む)と同時又はほぼ同時に締結した複数の契約について、当該複数の契約において約束した財又はサービスが、履行義務の識別の定めに従うと単一の履行義務となる場合には、当該複数の契約を結合し、単一の契約とみなして処理することとされており、法人税の取扱いにおいても同様の取扱いを認めている(趣旨説明5~6頁)。 また、収益認識会計基準27項(1)又は(2)のいずれかの要件を満たして契約が結合されたとしても、履行義務の識別の定めに従うと、複数の履行義務が識別される場合には、それぞれの履行義務単位で収益が計上されることになる。このため、本通達(1)のただし書においては収益認識会計基準27項(3)を受けた本通達(1)のみを規定することとしたとされている(趣旨説明6~7頁)。その代わり、本通達の(注)1において、次のように定めている。 収益認識会計基準27項(1)又は(2)のいずれかに該当する場合には、当該複数の契約を結合したものを一の契約とみなして本通達(2)を適用できること、すなわち結合した契約の中のそれぞれの履行義務に係る資産の販売等の単位で収益計上できることを留意的に明らかにしている(趣旨説明7頁)。 また、本通達(2)について、収益認識会計基準では、履行義務が充足した時に又は充足するにつれて収益を認識する(基準35)こととされていることから、履行義務が収益の認識の単位となることを踏まえ、履行義務の識別(基準32)により識別された単位で収益の計上ができる取扱いを法人税の取扱いにおいても認めることとしている(趣旨説明6頁)。 いずれにしても、個々の契約ごとに計上するという原則に対して例外的取扱いを定める本通達(1)及び(2)の取扱いは、収益認識会計基準の取扱いを法人税の課税所得計算においても許容することを明らかにしたものといえる。 注意すべきことに、このような本通達ただし書の適用を受けた場合における同様の資産の販売等に係る契約については、本通達(注)3で継続適用を求めている。 この点については、会計上、ある取引について履行義務単位での収益の計上を選択している場合には、一旦選択した会計方針は継続して適用することが求められており、この点は税務上も同様であることから、同様の資産の販売等に係る契約については継続して履行義務単位での収益の計上をすることを留意的に明らかにしたものであるとされている(趣旨説明7頁)。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第12回】 「国内にPEがない場合に外国子会社合算税制により条約相手国で生じた所得に課税することは、二国間の租税条約に抵触するか否か」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 多くの租税条約では「PEなければ課税なし」原則を定めていますが、外国子会社合算税制によって、国内にPEがなくても、条約相手国で生じた所得に課税することで、二国間の租税条約に抵触することはありませんか。 〔A〕 「PEなければ課税なし」原則は、法的二重課税を禁止するにとどまるものであって、我が国の外国子会社合算税制による課税が二国間の租税条約に抵触することはありません。 ●●●〔解説〕●●● 1 「PEなければ課税なし」原則について OECDモデル条約7条《事業利得》1項は、「一方の締約国の企業の利得に対しては、その企業が他方の締約国内に存在する恒久的施設(permanent establishment、PE)を通じて当該他方の締約国内において事業を行わない限り、当該一方の締約国においてのみ租税を課すことができる。一方の締約国の企業が他方の締約国内に存在するPEを通じて当該他方の締約国内において事業を行う場合には、2(項)の規定に基づき当該PEに帰せられる利得に対しては、当該他方の締約国において租税を課すことができる」と規定している。 すなわち、一方の締約国(A国)の企業の利得に対して他方の締約国(B国)が課税するためには、当該企業がB国においてPEを通じて事業を行っていることが必要であるとし(同項前段)、かつ、B国による当該企業に対する課税が可能な場合であっても、その対象を当該PEに帰属する利得に限定することとしている(同項後段)。前段の課税原則は「PEなければ課税なし」(第1の原則)、後段は「帰属主義」(第2の原則)と呼ばれるが、第1の原則は、一方の締約国の企業が他方の締約国にPEを有するまでは、当該企業が当該他方の締約国の経済活動に参加しているとみなし当該他方の締約国が当該企業の利得に課税権を持つべきだと考えるのは適当でない(※1)、という国際的な合意を反映している(※2)。 (※1) 川田剛=徳永匡子『2017 OECDモデル条約コメンタリー逐条解説(第4版)』(税務研究会出版局・2018年)218-219頁参照。 (※2) 増井良啓=宮崎裕子『国際租税法[第4版]』(東京大学出版会・2019年)42頁は、「このルールは、源泉所得税が事業所得に対して課税するために最低限必要な要件を定めることによって、国際取引に対する租税の阻害効果を軽減する。一定レベルを超える事業活動がないと源泉地国が課税できないという意味で、閾値(threshold)を設けるのである」と述べている。 そうすると、外国子会社合算税制の適用を受けた内国法人が、当該外国関係会社の留保所得相当額を同法人の所得に合算され課税されたことについて、当該外国関係会社が所在する国との間で締結された租税条約(OECDモデル条約準拠)にいう「PEなければ課税なし」原則に抵触するか否かが問題となり得る。この点について争われた事案として、次のグラクソ事件がある。 2 過去の裁判例 《グラクソ事件最高裁一小平成21年10月29日判決》(※3) (※3) 平成20年(行ヒ)第91号、TAINSコード:Z259-11302。なお、本件類似の事案として「飛鳥鋼管工業事件」があるが、その最高裁判決(平成21年12月4日・平成21年(行ヒ)第199号、TAINSコード:Z259-11344)では、本件とほぼ同様の解釈により、日本とシンガポール間の租税条約に違反しないという結論が導かれた。 (1) 事案の概要 本件は、処分行政庁Y(被告・被控訴人・被上告人)が、X(原告・控訴人・上告人)の法人税について、租税特別措置法(平成12年法律第97号による改正前のもの)66条の6第1項に基づき、シンガポールにおいて設立されたXの子会社であるBの未処分所得をXの所得金額の計算上その益金の額に算入する更正及び過少申告加算税賦課決定をしたため、Xが、租税特別措置法の上記規定は日本とシンガポールとの間で締結された租税条約(日星租税条約)7条1項に違反するなどとして、これらの処分の取消しを求めた事案である。 Bは、昭和54年にシンガポールで設立された外国法人であり、Xは、平成3年4月以降、Bの発行済株式総数のうち9割を保有していたところ、Bは、平成10年3月、その保有に係る株式を売却又は消却し、同年1月1日から同年12月31日までの事業年度において、多額の株式譲渡益を計上した。当時のシンガポールの法人税率は26%であったが、同国の税制が株式譲渡益を非課税としていることなどから、同事業年度におけるBの所得に対して課される租税の額は、所得金額の約4.32%にとどまった(※4)。これに対しYは、上記のとおり、Bが租税特別措置法66条の6第1項にいう特定外国子会社等(当時の用語)であるとして、上記事業年度におけるBの課税対象留保金額を算定し、これをXの所得金額の計算上その益金の額に算入する更正及び過少申告加算税賦課決定をした。 (※4) 当時の我が国の外国子会社合算税制におけるトリガー税率は25%であった。 (2) 裁判所の判断 最高裁は、以下のとおり、主として①「PEなければ課税なし」原則との関係、②OECDモデル条約コメンタリーの適用の是非、③条約相手国の課税権及び国際取引の侵害可能性の3点から検討し、租税特別措置法66条の6第1項の規定が日星租税条約7条1項の規定に違反していると解することはできないと判示した。 ① 我が国内国法人は、日星租税条約7条1項の規定により、外国子会社の所得の合算は禁止又は制限されるか 最高裁は、日星租税条約7条1項について、「同項は、いわゆる『恒久的施設なければ課税なし』という国際租税法上確立している原則を改めて確認する趣旨の規定とみるべきであるところ、企業の利得という課税物件に着目する規定の仕方となっていて、課税対象者については直接触れるところがない。しかし、同項後段が、B国に恒久的施設を有するA国の企業に対する課税について規定したものであることは文理上明らかであり、これは同項前段を受けた規定であるから、同項前段も、また、A国の企業に対する課税について規定したものと解するのが自然である。すなわち、同項は、A国の企業に対するいわゆる法的二重課税(※5)を禁止するにとどまるものであって、同項がB国に対して禁止又は制限している行為は、B国のA国企業に対する課税権の行使に限られるものと解するのが相当である(下線筆者)」と判示し、外国子会社合算税制は、日本の内国法人に対する課税であり、日星租税条約7条1項による禁止又は制限の対象に含まれないのは明らか(※6)とした。 (※5) 木村浩之『グラクソ事件 国内法が租税条約に抵触する場合の争い方』(税務弘報・2019年4月)146頁は、「一般に、租税条約は、6条から21条まで、所得の種類に応じて締約国間の課税権を分配する。これらは7条の事業所得条項を含め、基本的には締約国の居住者に対する法的二重課税(同一の所得に対して同一の納税義務者に複数の国が課税権を行使すること)の発生を防止するものである。ただし、9条(関連企業)の移転価格税制に関する規定のみは、経済的二重課税(同一の所得に対して異なる納税義務者に複数の国が課税権を行使すること)を取り扱っている。」と述べている。 (※6) 木村・前掲注は、「合算税制は、外国法人の所得を日本の内国法人の所得に合算し、当該内国法人を納税義務者として課税するものである。これにより、経済的二重課税を生じさせるが、法的二重課税は生じさせない。したがって、合算税制が租税条約上の事業所得条項と抵触するものではないと判断したことは相当と思われる」と述べている。 ② OECDモデル条約コメンタリーの適用可能性 日星租税条約は、その規定振りから、OECDモデル租税条約に倣ったものであるものの、OECD租税委員会が作成した同条約コメンタリーについて、OECD非加盟国であるシンガポールとの条約についても参照可能かという問題がある。この点について最高裁は、「条約法に関するウィーン条約(昭和56年条約第16号)(※7)32条にいう『解釈の補足的な手段』として、日星租税条約の解釈に際しても参照されるべき資料ということができるところ、日星租税条約7条1項に相当する同モデル租税条約7条1項についてのコメンタリーは、同項は、法的二重課税に関する規定である旨を明確に述べ、また、措置法66条の6のような形のタックス・ヘイブン対策税制が同モデル租税条約に違反するか否かについて、7条等の関連規定の各コメンタリーは、その文言を理由として、違反しないものとしている。このことは、日星租税条約7条1項に関する上記のような解釈が、国際的にも、多くの国において広く承認されている見解であることを示しているということができる」と判示している。 (※7) 増井=宮崎前掲書・33頁は、「日本国はウィーン条約法条約を批准している。よって、租税条約の解釈についても、条約法条約の『条約の解釈』に関する諸ルールが適用される(31条から33条)。OECDモデル条約について、OECD租税委員会は、注釈(commentaries)を作成し、更新している」と述べている。 ③ 我が国の外国子会社合算税制は、租税条約相手国の課税権や同国との間の国際取引を不当に阻害し、ひいては租税条約の趣旨目的に反する可能性があるか 最高裁は、「我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、特定外国子会社等に所得を留保して我が国の税負担を免れることとなる内国法人に対しては当該所得を当該内国法人の所得に合算して課税することによって税負担の公平性を追求しつつ、特定外国子会社等の事業活動に経済合理性が認められる場合を適用除外とし、かつ、それが適用される場合であっても所定の方法による外国法人税額の控除を認めるなど、全体として合理性のある制度ということができる。そうすると、我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、シンガポールの課税権や同国との間の国際取引を不当に阻害し、ひいては日星租税条約の趣旨目的に反するようなものということもできない」と判示した。 (3) 諸外国における裁判例 外国子会社合算税制が租税条約に違反するかという問題は、諸外国の裁判所でも争われており、Xは、第一審(※8)及び控訴審(※9)において、フランスのタックス・ヘイブン課税規定がフランスとスイスの租税条約の事業所得条項に反するとしたフランス国務院判決(※10)を引用して、自らの主張が正当であると主張した。 (※8) 東京地裁平成19年3月29日判決(平成16年(行ウ)第170号、TAINSコード:Z257-10675)。 (※9) 東京高裁平成19年11月1日判決(平成19年(行コ)第257号、TAINSコード:Z257-10816)。 (※10) 2002年(平成14年)6月28日付フランス国務院(Conseil d‘État)判決。 これに対し、東京地裁は、「他方において、フィンランド行政最高裁判所は、フィンランドのタックス・ヘイブン対策税制がフィンランドとベルギー間の租税条約に反するかが問題となった事案でフランス国務院とは反対の判決をしており、フランス国務院の見解が国際租税における主流であるとまでは認め難いことに加え、フランスにおいては日本と異なり、法人税について国外所得非課税主義(国外所得免税法)を採用する反面、外国会社からの配当を含め受取配当の95%を益金不算入としていることから、タックス・ヘイブン子会社の留保所得に対して法人税の一部としてではなく、分離して直接に課税する(すなわち、親会社が子会社の適用対象所得について納税義務を負う)という立法を採用していることが認められることからすれば、我が国の措置法66条の6と日星租税条約との関係を検討する上ではその前提を異にしているものである(下線筆者)」と否定的に評価した。東京高裁もこの判旨を踏襲したが、最高裁はこの点について触れていない。 ところで、我が国は平成21年度の税制改正により外国子会社からの受取配当の益金不算入制度(法法23の2)を導入したことから、同制度導入後も上記評価が妥当するか議論があり得るとする向きがある(※11)。しかしながら、そもそもフランスは居住法人の課税所得の範囲について、伝統的に属地主義(territorial principle)(※12)を採用しており、国外源泉所得は原則非課税であることが上記のフランス国務院の判断の基礎にあるものと思われる(※13)。フランスの受取配当金の95%益金不算入制度は、我が国同様経済的二重課税を調整する仕組みであって、外国子会社合算課税のような法的二重課税とは別の問題として整理すべきであろう(※14)。 (※11) 弘中聡浩『租税判例百選[第6版]』(有斐閣・2016年)137頁。 (※12) 国外所得非課税主義も同義。 (※13) 筆者は、フランス国務院判決には、課税所得の範囲に関する伝統的考え方(本文参照)が背景にあると考えており、それゆえ、地裁判決の下線部分について異論なしとしない。 (※14) フランスのCFCルール(外国子会社合算税制)は、ブラックリスト方式を採用しており、ブラックリスト国(地域)に所在する法人からの配当については、95%益金不算入制度(資本参加免税制度)は適用されない規定となっている。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第10回】 「特定事業の判定(特定事業用宅地等の判定)」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は、飲食業を20年間営んでおり、A宅地(甲と乙で2分の1ずつ所有)の上に存する建物(甲と乙で2分の1ずつ所有)について、1階部分を飲食店、2階及び3階部分を居住部分として利用していましたが、相続開始の1年前に利用顧客の増加に伴い2階部分を飲食店として利用することにしました。 また、その3ヶ月後に利用顧客の駐車場用地としてB宅地(70㎡)を甲が単独で購入しています。それからB宅地取得後、事業の用に供するためアスファルト舗装工事に300万円支出しています。 A宅地及びB宅地は、いずれも相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等に該当することになりますが、この場合には、A宅地及びB宅地のいずれも小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例の対象にはならないのでしょうか。 【A宅地の利用状況】 建物所有者:甲と乙で2分の1 【A宅地に係る事業用財産】 相続開始時点の相続税評価額 土地:100,000,000円(持分100%) 建物:20,000,000円(持分100%) 器具備品:5,000,000円(甲が所有・飲食店用) 【B宅地に係る事業用財産】 相続開始時点の相続税評価額 土地:40,000,000円(持分100%) 構築物:2,000,000円(甲が所有) [A] A宅地は特定事業に該当しますので、他の要件を満たせば小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例対象になりますが、B宅地は特定事業に該当しませんので、特定事業用宅地等の特例対象になりません。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 令和元年度の税制改正により除外される特定事業用宅地等 令和元年度税制改正により、節税を目的とした駆け込み的な適用など本来の趣旨を逸脱した小規模宅地等の特例を防止するため、特定事業用宅地等の範囲から、被相続人等の事業(貸付事業を除く。以下同じ)の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等を除くこととされました。ただし、租税特別措置法施行令40条の2第8項で定める規模以上の事業(以下「特定事業」という)を行っていた場合のその宅地等については、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③一、措令40の2⑧)。 この取扱いは、平成31年4月1日以後に新たに事業の用に供された宅地等から適用され、同日前に新たに事業の用に供された宅地等については、適用されません(附則79②、措通69の4-20の5)。 本問の場合には、A宅地及びB宅地も相続開始前3年以内に「新たに事業の用に供された宅地等」に該当しますので、特定事業に該当しない場合には、特定事業用宅地等の範囲から除かれることになります。「新たに事業の用に供された宅地等」の判定は第9回で解説しています。 2 特定事業の判定 特定事業とは次に掲げる算式を満たす場合におけるその事業をいいます(措通69の4-20の3)。相続税の申告書では、「特定事業用宅地等についての事業規模の判定明細(第11・11の2表の付表1(別表2))」で特定事業の判定を行うことになります。 【算式】 上記分母の特定宅地等が複数ある場合には、それぞれの特定宅地等ごとに判定を行うことになります。したがって、本問の場合のように特定宅地等が複数ある場合には、甲宅地と乙宅地のそれぞれで上記算式を満たすか否かを確認し、満たさないこととなったその算式の分母に係る特定宅地等については、特定事業用宅地等の範囲から除かれることになります。 (1) 減価償却資産の範囲 「減価償却資産」とは、特定宅地等に係る被相続人等の事業の用に供されていた次に掲げる資産をいい、その資産のうちにその事業の用以外の用に供されていた部分がある場合には、その事業の用に供されていた部分に限ります。 上記②に掲げる資産が、特定宅地等の上で行われる事業に係る業務に加え、他の事業所での業務でも使用している場合など、共通してその業務の用に供されていた場合には、特定宅地等の上で行われる事業に係る業務の用に供されていた部分に限ることなく、その業務以外の業務の用に供されていた部分も含め、その資産の全部が上記②に掲げる資産に該当することとなります。 なお、特定事業の判定は、事業の用に供された日ではなく、相続開始の時における減価償却資産の価額及び特定宅地等の価額を基に判定されるため、上記算式の「事業の用に供されていた減価償却資産」に該当するか否かの判定は、相続開始の直前における現況によって行います。したがって、事業の用に供した時点において、上記の算式を満たしている場合でも相続開始の直前において減価償却資産の一部の除却や廃棄を行い、上記の算式を満たさない場合には、その事業に係る特定宅地等については、特定事業用宅地等の範囲から除かれることになります。 また、相続人等の事業が特定宅地等を含む一の宅地等(敷地)の上で行われていた場合には、特定宅地等を含む一の宅地等の上に存する建物(その附属設備を含む)又は構築物のうちその事業の用に供されていた部分並びに上記②の減価償却資産のうち特定宅地等を含む一の宅地等の上で行われる当該事業に係る業務の用に供されていた部分(当該建物及び当該構築物を除く)は、上記①又は②に掲げる資産にそれぞれ含まれます。 したがって、例えば、3年以上前から事業の用に供されていた宅地の隣地を新たに取得し、従来から所有する宅地と併せて事業の用に供した場合には、従来から所有する宅地の上に存する上記①又は②に掲げる減価償却資産も分子に含まれることになります。 (2) 被相続人等が有していたものの範囲 「被相続人等が有していたもの」は、事業を行っていた被相続人又は事業を行っていた生計一親族(被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族をいう)が、自己の事業の用に供し、所有していた減価償却資産をいいます。したがって、事業主宰者が被相続人の場合には、被相続人が有していたものに限り計上することになり、事業主宰者が生計一親族の場合には、生計一親族が有していたものに限り計上することになります。 本問のA宅地の上に存する建物については、甲が事業主宰者となりますので、甲が有していた事業部分のみが対象になります。 (3) 特定宅地等の範囲 「特定宅地等」は、相続開始の直前において被相続人が所有していた宅地等であり、その宅地等が数人の共有に属していた場合にはその被相続人の有していた持分の割合に応ずる部分が対象になります。本問の場合のA宅地のように甲と乙が共有で有している場合には、被相続人である甲の持分に応じた部分が分母に計上されることになります。 3 A宅地に係る特定事業の判定 ① 事業主宰者が有していた減価償却資産のうち事業の用に供されていた部分の相続開始時の価額(分子) ② 被相続人が有していた宅地等のうち相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された部分の相続開始時の価額(分母) 〇 被相続人が有していた宅地等の面積 〇 上記のうち事業の用に供されていた宅地等の面積及び相続開始時の価額 〇 上記の事業の用に供されていた宅地等のうち相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された部分(特定宅地等)の面積及び相続開始時の価額 ③ 特定事業の判定 ➡したがって、A宅地は特定事業に該当することになります。 4 B宅地に係る特定事業の判定 ① 事業主宰者が有していた減価償却資産のうち事業の用に供されていた部分の相続開始時の価額(分子) ② 被相続人が有していた宅地等のうち相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された部分の相続開始時の価額(分母) ③ 特定事業の判定 ➡したがって、B宅地は特定事業に該当しません。 ★実務上のポイント★ 特定事業の判定は、事業用共用日ではなく、相続開始の直前の現況により判定することになります。したがって、新たに事業の用に供した時に特定事業に該当すると見込まれていたとしても、減価償却資産の減価や除却等の理由で判定算式の分子が減額となり、特定宅地等の価額が上昇したことにより分母が増額となった場合には、特定事業に該当しないこともありますので、注意が必要となります。 (了)
遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第4回】 「相続税の負担が不当に減少する結果となると認められる場合」 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 前回、「遺贈により法人に寄付をした場合には、原則として相続税はかからないが、遺贈により、遺贈をした者の親族その他これらの者と特別の関係がある者の相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるときについては、法人を個人とみなして、相続税が課税される」(相法66④)ということを掲載した。 今回は、具体的にどのような場合に、「相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるのか」ということについて述べていきたい。 1 「不当に減少する結果となると認められるとき」とは 「相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるとき」とは、遺贈があった場合に、遺贈のときにおいて、法人の役員等の構成・機能、収入・支出の経理、財産の管理状況、解散のときの残余財産の帰属、その他の定款・寄付行為の定め等からみて、遺贈者又はその同族関係者が提供又は贈与された財産を私的に支配し、その使用、収益を事実上享受し、あるいはその財産が最終的にこれらの者に帰属するような状況にあるときをいう。 遺贈により、「相続税の負担が不当に減少する結果とはならない」ということが明らかであればいいのであるが、その判断は難しい。 そこで、相続税法施行令33条3項では、次に掲げる要件を満たすときは、相続税の負担が不当に減少する結果となると認められないものとしている(※)。 (※) 非営利型以外の一般社団法人・一般財団法人の場合には、相続税法施行令33条4項の要件を1つでも満たさないときは、相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるものとされている。本稿では、非営利法人の中でも、非営利型以外の一般社団法人、一般財団法人(=法人税において、全所得課税が適用される法人)は除いて考える。 このうち、①の「運営が適正であること」については、個別通達で、詳細な規定を置いている。 《不当減少にならないための要件(相令33③)》 2 運営が適正であること 「運営が適正であること」とは、財産の寄付を受けた法人について、次に掲げる3つの要件が認められるかどうかにより行うこととして取り扱うこととしている(資産課税情報第14号(平成20年7月25日 国税庁資産課税)「第2 持分の定めのない法人に対する贈与税の取扱い」15(1)~(3)) 第一の要件については、通達では、持分の定めのない法人を次の3つの類型に分け、必要的定款記載事項を詳細に定めている。 ここでは、一般社団法人について定められているものを要約して示すこととする。 3 一般の篤志家からの寄付 「相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるときに、法人を個人とみなして、相続税が課税される」とされるのは、租税回避行為を防止するためである。しかし、法人の運営とは関係のない一般の人が、NPO法人や公益法人などに寄付をする場合に、それが租税回避行為を目的とするとは考えにくい。 そこで、以下の2つの要件を満たす場合には、相続税法施行令33条3項のうち、「その法人の運営が適正であること」の要件は問わないこととしている(資産課税情報第14号(平成20年7月25日 国税庁資産課税)「第2 持分の定めのない法人に対する贈与税の取扱い」14)。 《一般の篤志家からの寄付》 「法人の運営が適正」という要件以外は、NPO法人や公益法人等であれば、大部分が満たしていると考えられるので、遺贈で寄付をする場合に、寄付者が、その寄付先の法人と何らの関りもないような場合には、相続税の負担が不当に減少する結果となると認められ、相続税が課税されるということは、考えにくいであろう。 (了)