空き家をめぐる法律問題 【事例39】 「所有者不明土地・建物管理制度を利用した所有権の取得方法」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 当社は土地を集約するため一帯の土地の取得を進めていますが、その中に所有者の不明な空き家と土地があります。調査をしたところ、土地は株式会社Aの単独所有名義、建物は株式会社A、B、Cの共有名義(各共有持分1/3)で登記がされています。 B、Cは建物の売却に賛成していますが、株式会社Aの登記簿上の住所に本店や事務所はなく、代表者も行方不明のため売買契約を締結できずにいます。このような場合に、所有者不明土地や所有者不明建物管理制度を利用することはできますか。 1 所有者不明の土地・建物の管理制度と民法改正 所有者の不明な土地や建物(以下「所有者不明土地等」という)は、所有者による適切な管理を期待しにくいという問題だけでなく、実際に所有者と連絡をとることができないため、所有者不明土地等の取得を希望する者にとって大きな支障となることがある。このことは所有者不明土地等が共有となっており、一部の共有権者が不明な場合にも同様に当てはまる。 このような場合に、令和3年4月の改正で民法に規定された所有者不明土地管理制度や所有者不明建物管理制度を利用することも考えられる。改正された民法等は原則令和5年4月1日から施行されることになっている。なお、便宜上、改正前の民法を「改正前民法」と表記し、改正後の民法を「改正後民法」と表記する。 2 管理人選任の申立要件 改正民法は、所有者不明土地管理制度を改正後民法第264条の2から同法第264条の7に規定し、その多くを所有者不明建物管理制度に準用しているため(同法第264条の8)、その解釈には共通するものが多い。もっとも、両制度は別個のものであるから、土地と建物の両方に管理人を選任したい場合、個別に申し立てる必要がある。 所有者不明土地等の利害関係者は、所有者不明土地等の所有者を特定するために必要な調査を行い、調査を尽くしても確認できないような場合は、所有者不明土地等の管理人の選任申立てを行うことができる(改正後民法第264条の2、同法第264条の8)。所有者不明土地等が共有されており、一部の共有者が不明の場合にも、当該共有持分について同様の選任申立てを行うことができる(同条)。 ここでいう利害関係は法的な利害関係である必要がある。所有者不明土地等が適切に管理されていないことによって不利益を受けている者や受けるおそれがある者が含まれることに争いはないが、問題は、所有者不明土地等の取得を希望する者のように、申立時点において、具体的な権利義務関係を有しない者も利害関係者に含まれるかである。 売主の地位にある所有者不明土地等の所有者は、売買契約の申込みを受けても、これに応じる義務を負わないため、所有者不明土地等の取得を希望する者は、法的な利害関係を有しないとも考えられる(大分家審昭和49年12月26日家月27巻11号41頁。この事案では結論的には申立人が不在者に対して損害賠償義務を負う可能性があることを理由に利害関係が認められている)。 一方で、所有者不明土地管理制度等の趣旨は、不適切な管理状態を解消することにあり、この趣旨に反しないのであれば柔軟な解釈を採る余地はあるように思われる。現に、立法担当者において、「民間の購入希望者については、その購入計画に具体性があり、土地の利用に利害があるケースなどでは、利害関係人と認められる。」ことが示されており(松村秀樹=大谷太編著「Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法」(2022年・きんざい)172頁)、不在者財産管理人の場合に比べて利害関係が広めに認められることもあるように思われる。 3 建物の取壊しと費用負担 (1) 建物の取壊しが認められる場合 所有者不明土地管理人と同様に、所有者不明建物管理人は、当該建物の保存行為や性質を変えない範囲内で利用又は改良を加える行為を行うことができる。また、家庭裁判所の許可を得れば、処分行為を行うこともできる(改正後民法第264条の8)。このように、所有者不明建物管理人の権限に処分行為が含まれていることから、家庭裁判所の許可を得れば建物を取り壊すことも可能である。 問題は、どのような場合に建物を取り壊せるかである。所有者不明建物管理制度の主たる目的は不適切な管理状態を解消することにあり、建物の取壊しは所有者に対する権利侵害の程度も大きいため、建物の取壊しが認められるのは例外的な場合に限定される。具体的には、「所有者の帰来・出現可能性のほか、建物の価値、建物の存立を前提とした場合の管理に要する費用と取壊しに要する費用の多寡、建物が周囲に与えている損害又はそのおそれの程度など」(前掲・松村=大谷195頁)を踏まえて判断されることになる。 (2) 建物の解体費用と負担者 建物の解体を予定して申立てをする場合、所有者不明建物管理人の申立人は、申立時点において、裁判所から解体費用相当額を予納金として納付することを求められると考えられる。また、建物を解体し、土地を更地で売却することが想定されているような場合には、予納金の納付に代えて、土地の売却代金を建物の解体費用に充てる方法も考えられる。 もっとも、所有者不明土地管理人は所有者に対して善管注意義務を負うため(改正後民法第264条の5)、土地の売却代金を別人が所有する建物の解体費用に充てることは善管注意義務違反となり得る。そのため、このような処理ができるのは土地と建物が同一の所有者であるような場合に限られると考えられる(この場合、裁判所によって土地と建物に同一の管理人が選任されることになる)。 4 本件について 所在調査の結果、株式会社Aの登記簿上の本店所在地に本店や事務所がなく、代表者も行方不明であることから、土地の所有権と建物の共有持分権を対象に、所有者不明土地管理人と所有者不明建物管理人の選任申立てをすることが考えられる。申立人には利害関係が求められるところ、B、Cから建物の売却の同意を得ているなど具体的に計画が進んでいる状況であれば利害関係が認められる可能性はある。 本件では土地を集約する目的があり、当初から建物を取り壊すことが想定されているため、申立前の時点において、株式会社Aの代表者の帰来の可能性、建物の経済的価値、建物の客観的状態や、維持費用と取壊費用の見積額等を事前に調査し、家庭裁判所から取壊しの許可を得られる見込みを検討しておく必要がある。 また、一般的には、所有者不明建物管理人の手続の一環として、申立時点で解体費用相当額を予納金として納付することを求められるが、土地の所有者と建物の共有持分権者が同一であることから、予納金の納付に代えて、土地と建物に関して同一の管理人が選任され、土地の売却代金から解体費用を支出させる方法が採られることもある。この事例においては、いずれの方法によっても申立人が実質的に解体費用を負担することになる。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第22回】 「電機メーカーでの品質不正 -過去の点検で不正を発見できなかったのはなぜか」 弁護士 原 正雄 M電機では、2016年、2017年、2018年と3度にわたり、グループ全体を対象に品質不正あぶり出しの点検を実施した。ところが、M電機は3度も点検をしていたにもかかわらず不正の全てを発見することができず、その後も多くの不正の発覚が続いている。 前回(第21回)は、なぜM電機で不正が起きたのか、その原因について検討した。本稿では、M電機が3度にわたる点検を実施したのに、なぜ不正を発見できなかったのか、その理由について検討したい。 以下、M電機が発見できなかった長崎製作所での不正を取り上げ、分析していく。 1 長崎製作所での品質試験の不正 長崎製作所では、以前から以下の不正を行っていた。 2 3度の点検と長崎製作所の対応 (1) 2016年度点検 ① 点検の経緯と内容 2016年4月、国内自動車メーカーによる軽自動車の燃費試験データ改ざんが発覚した。M電機の当時の社長は、同様の不適切行為がM電機にもないか確認するよう命じた。当時の社長は、経営者として正しく危機意識を有していた。 本社の品質保証推進部長が、事業本部や製作所等の品質保証推進責任者宛てに「データ不正操作のリスクに関する点検について」と題する依頼文書を発出した。同文書は、データ不正操作の発生リスクについて点検するよう指示するものであった。 ただ、同文書は、対象製品の選定方法や具体的な点検方法について定めていなかった。そのため、各事業本部や拠点が独自に点検を行うことになった。 ② 長崎製作所の対応 長崎製作所も、2016年度点検に取り組んだ。当時、設計課や品質管理課の課長らは、長崎製作所に上記不正があることを認識していた。しかし、冷房能力試験や防水試験の不実施については、是正には大規模な設備投資が必要で、生産スケジュールを維持するうえでも現実的ではなく、是正しようがない問題と考えていた。そのため、大事になることを恐れて問題として取り上げなかった。 また、その他の品質試験での不正については、JIS規格などと同等以上の試験を行っているので問題ない、と結論付けてしまった。 長崎製作所は、点検シートに「〇」(リスクなし)と記載した。M電機は、2016年度点検では長崎製作所の不正を発見することができなかった。 (2) 2017年度点検 ① 点検の経緯と内容 2017年、M電機が製造したエレベーターに国土交通大臣認定の仕様への不適合があること等が発見された。これは、2016年度点検を経ていたにもかかわらず、そこで発見できなかった不正であった。M電機の経営陣は、2016年度点検が不十分であったことを知り、再度の点検を命じた。 点検を指示する依頼文書は、2016年度点検と異なり、本社の品質保証推進部長に加え、経営企画室副室長も連名で発出された。また、法務・コンプライアンス部も関与することとされた。これは、点検の重要性を全社に伝えるためであった。 同文書には具体的な点検方法等が定められ、点検項目として以下も記載されていた。 これらは、長崎製作所で当時行われていた不正にも通じる項目であった。そのため、本来であれば、不正発見に資するはずあった。 ② 長崎製作所の対応 長崎製作所は、2017年度点検に取り組んだ。ところが、このときも設計課や品質管理課の課長らは、上記不正を取り上げなかった。冷房能力試験や防水試験の不実施については、是正しようがない問題であると考えたからとのことであった。その他の不正についても取り上げなかった。 当時の品質管理課の管理職は「JISに準拠した試験を実施できていないことについては当然思い至った。しかし、『品質には問題がない』、『言い出しにくい』という思いもあり、問題はないと回答した」と述べている。 長崎製作所は、報告書には「改善の余地」欄は全て「なし」又は「対象外」と記載した。品質不正の有無についても「なし」と記載した。M電機は、2017年度点検でも長崎製作所の不正を発見することができなかった。 (3) 2018年度点検 ① 点検の経緯と内容 2018年2月、M電機の完全子会社であるT社が製造していた産業機器用ゴム製品の一部に、契約仕様で定めた規格値への不適合があることが発見された。これは、2016年度点検と2017年度点検を経ていたにもかかわらず、発見できなかった不正であった。 T社では、それらの点検に際して技術部がこの不正を指摘したにもかかわらず、報告書を取りまとめた品質保証部長が当該不正の記載を削除してしまっていた。この事実に危機感を持ったM電機の経営陣は、改めて2018年度点検を実施することにした。 点検を指示する依頼文書は、2017年度点検よりも上位の役職である経営企画室長(担当役員)と生産システム本部長(担当役員)の連名で発出された。経営上の重大事項であり、不適切行為を出し切る最後の機会であるということを全社に伝えるためであった。 具体的な点検方法は、本社品質保証推進部の担当者が原案を作成し、社長も議論に加わって決定した。M電機の社長が経営者として強い危機感を有していたことが分かる。その結果、点検においては以下の内容の点検を実施することが決まった。 ② 長崎製作所の対応 (ア) 品質管理課からの報告 長崎製作所は、2018年度点検に取り組んだ。このとき、品質管理課は、上記①~⑤の問題の中から、以下の2つの問題を抽出した。 (イ) 課長らによる会議 関係各課の課長らは、車両空調システム部長へ説明する内容について会議を開催した。会議では、車両空調システム部長に報告するのが上記①と②だけでよいのかが議論された。 その結果、車両空調システム部長に対しては、上記①と②に加えて、念のため、以下の2つの問題も追加して説明することになった。 他方、⑤その他の複数の品質試験での不正は取り上げないこととなった。 (ウ) 課長らによる車両空調システム部長への説明 課長らは、車両空調システム部長に対して、以下の4つの問題を報告した。 報告を受けた車両空調システム部長は、課長らとの間で、上記4つの問題を長崎製作所長にそのまま報告する必要があるのかについて議論した。 課長らは「上記③と④は問題ないので報告不要」という結論に落ち着かせたいと考えていた。これに対して、車両空調システム部長は当初、上記③と④を報告から外すことについて躊躇を示した。しかし、課長の一人が事実に反して「仕様書には反していないので不正ではない」と主張した。情報システム部長は、最終的にはそれを受け入れ、上記③と④を報告から外すことを決めた。 (エ) 車両空調システム部長から製作所長への説明 上記議論での結論を受けて、車両空調システム部長は、長崎製作所長に対して、以下の2つのみを報告した。 (オ) 製作所長から社会システム事業本部への説明 報告を受けた長崎製作所長は、社会システム事業本部に対して上記①と②を報告した。 (カ) 社会システム事業本部の担当者から本部長への説明 上記①と②について報告を受けた社会システム事業本部の担当者らは、以下のとおり対応した。 まず、①設計変更の際の試験不実施については、問題視する必要はないと考え、本部長に報告しなかった。他方、②冷房能力試験での実測値ではない数値を記載していたことについては、本部長に報告した。ただし、不正ではないという意見を付したうえでのことであった。 (4) 3度にわたる点検についての小括 上述のとおり、長崎製作所には、以前から以下の①~⑤の問題があった。 ところが、2016年度点検と2017年度点検においては、課長らがこれらの不正を報告しなかった。 2018年度点検では、課長らは、一応は①~④について部長に報告を上げたものの、⑤については報告しなかった。しかも、課長らは、「部長レベルより上には①と②のみ報告すればよい」と強く主張した。その結果、最終的に本部長が報告を受けたのは②のみであった。しかも、不正ではないとの結論を付しての報告であった。 M電機では、経営陣が徹底した点検を命じても、現場の課長レベルで事実上情報が遮断されてしまっていたこと、さらにはそれより上のレベルでも情報が削ぎ落とされてしまったことが分かる。 3 原因と背景 上述のとおり、M電機では、3度にわたる点検にもかかわらず、経営陣に不正についての情報が上がってこなかった。その原因と背景について、以下検討する。 (1) ミドル・マネジメント(主に課長クラス)の脆弱性 長崎製作所の課長らは、2016年度点検と2017年度点検を経たにもかかわらず、品質不正を報告しなかった。2018年度点検では、課長らは、上記①と②の問題しか報告しなかった。 課長らには、経営陣の危機感や真剣度合いは伝わっていなかった。課長らは、品質不正を根絶するという経営陣の決意を共有できておらず、経営と現場をつなぐというミドル・マネジメントとしての役割も果たしていなかった。 当時の社長は、自らが関与した2018年度点検を振り返り「想定外だったのは、課長が不正を隠蔽したことである。当時は、M電機の課長にまでなった従業員が不正を隠蔽することはないだろうと思っていた」と述べる。 (2) 本部・コーポレートと現場との距離・断絶 課長らが問題を報告しなかった背景には、本部・コーポレートと情報共有することの意義を理解できていなかったという事情が存在する。 その結果、課長らは、本部・コーポレートが問題解決のために支援してくれるという実感を持てていなかった。現場の従業員が「総点検で(本部・コーポレートに)報告したところで、『報告ありがとう。それでは、あなたたちで改善してね』と言われるだけなので報告する意義がないと考えていた」などと述べているとおりである。 M電機は、事業分野に応じて事業本部を設置している。各事業本部は、大きく3つの部門に分かれる。製造を担う製作所、販売を担う販売事業部、そしてコーポレート(事業本部内の人事や経理、コンプライアンス等)を担う本部である。ただ、本部の人員は、20~30名程度であって、事業本部全体から見れば比較的小規模なため、製作所の課長らは「本部が現場を支援してくれる」とは考えていなかったようである。 (3) 「製作所・工場」あって「会社」なし 品質不正行為が長期間温存され、かつ過去3回の点検で抽出されなかった原因・背景をさらに深掘りすれば、製作所や工場といった単位で閉鎖的な組織が形成されているという事情がある。 M電機では、事業本部をまたぐ人事異動はほとんど行われていない。事業本部内の異動も、多くは最初に所属した製作所内、工場内で行われる。かつ、課長に就任するまでは、異動しても担当製品が変わらない。従業員は、長年にわたって同じ製作所・工場で勤務を続け、仲間を作る。その結果、従業員らは、長年勤務して仲間がいる製作所・工場に強い帰属意識を持つ。愛着を持つのも、担当製品が対象である。 M電機において、現場の従業員が帰属意識を持っているのは、M電機という「会社」ではなかった。「事業本部」でさえもなかった。帰属意識の対象は、「製作所・工場」であった。 M電機は、製作所や工場、さらに事業(製品)について、全て個別に損益を管理していた。損益が悪ければ、時には当該事業(製品)から撤退することもあった。従業員にとって、点検で正しい報告をすることは、自分が担当する事業(製品)の損益を悪化させ、自らが帰属して愛着を有する事業(製品)からの撤退を招きかねない行為であった。 2016年度以降実施された点検は「会社」を守るために行われた。しかし、「会社」に帰属意識を持たない従業員にとっては、それは自らが帰属する「製作所・工場」の安寧を乱す活動と受け止められた面もあったとのことである。 4 結論 以上のとおり、M電機では、3度にわたる点検にもかかわらず、現場から不正の報告が上がってこなかった。 その原因は、経営陣の認識が甘かったことにあるわけではない。経営陣は正しく危機感を持ち、強い決意をもって、不正についての点検を実施している。また、点検の方法が不十分だったわけでもない。2016年度点検では点検方法が曖昧だったという事情はあるものの、その後はかなり細かく点検項目を設定している。 M電機で現場から不正の報告が上がってこなかった主たる原因は、課長らが、経営と現場をつなぐというミドル・マネジメントとしての役割を果たしていなかったことであった。課長を始めとするミドル・マネジメント層は、品質不正を根絶するという経営陣の決意を共有できていなかった。 その背景には、本部・コーポレートが問題解決のための支援をしてくれるという信頼を得られていなかったという事情が存在する。また、課長らが帰属意識を持っているのは、M電機という「会社」ではなく、「製作所・工場」であったという事情も存在する。 ここで私たちが教訓とすることができるのは、以下の2点である。 まず、本部・コーポレート部門を充実させ、現場から頼りにされる組織にすることが必要である。頼りにされない本部・コーポレート部門には、報告が上がってこないからだ。 また、現場の従業員が「会社」に対する帰属意識を持てるようにする必要がある。そのための取組みの1つとして、部門をまたいだ人事ローテーションは有効である。また、研修や社内報、各種行事などを通じて「会社」という視点を持ってもらうよう工夫する。 こうした体制は一朝一夕に実現できることではない。コンプライアンスを確立するには、地道かつ堅実な一歩を重ねていく必要がある。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第57話】 「借入金利子の取得費算入の可否」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、先ほどから受話器を握っている。 机の上には、最高裁平成4年7月14日判決(三輪田事件)のコピーが置かれている。 「・・・すみませんが・・・この前の税務調査とは、関係ないのですが・・・今度、自宅を売却するときの譲渡所得について、お聞きしたく・・・」 「・・・その借入金の利子は・・・取得費に算入することはできないのですが・・・」 浅田調査官は、机上の判決文を見ながら、答えている。電話の相手は、以前、浅田調査官が調査に行った納税者である。その税務調査は、納税者が修正申告をすることによって、既に終わっている。 納税者は、税務調査の時の対応と打って変わって、へりくだった言葉遣いである。 浅田調査官は、受話器を持ちながら、最高裁の判決文の一部を読み上げる。 「・・・このように、最高裁は、不動産の使用開始の日までの借入金利子については、所得税法38条1項の資産の取得に要した金額に該当するとしている・・・」 浅田調査官は、最高裁の判断をそのまま納税者に伝えたのである。 「・・・しかし・・・」 浅田調査官は、受話器を置いてから、しばし思案顔になる。 そのとき、中尾統括官が声をかける。 「何を深刻な顔をしている?」 いつの間にか、中尾統括官が浅田調査官の前に立っている。 「・・・」 浅田調査官は、黙って、最高裁の判決文を見せる。 「・・・この最高裁の考え方に基づいた・・・国税庁のタックスアンサー(No.3264 借入金の利子が取得費になるとき)があるだろう・・・」 中尾統括官が浅田調査官の顔を見る。 「そのタックスアンサーにも、最高裁の判断と同じことが述べられている」 中尾統括官は、浅田調査官に国税庁のホームページを開くようにと指示する。 「もっとも、このタックスアンサーは、最高裁の判断をそのまま記載しているだけなのだが・・・」 中尾統括官は、苦笑いをする。 「・・・しかし、私は、不動産を購入するために借入れをし、その借入金は、その資産を取得するために直接要したものですから、借入金にかかる利子は、所得税法38条1項の『その資産の取得費に要した金額』を構成するものと考えるのが妥当だと思うのですが・・・そして、借入金利子を支払うということは、担税力の減殺要素を構成し、他の所得の税負担との衡平を考慮すれば、キャピタルゲインから、当然、控除すべきなのでは・・・」 浅田調査官は、借入金利子について、いわゆる「積極説」を支持しているのである。 「ただ、最高裁は、不動産の使用開始後は、帰属利益が発生し、その利益と借入金の利子が対応することから、使用開始後の支払利息については、キャピタルゲインから控除しないという考え方(中間説)を取っている」 中尾統括官は、浅田調査官から罫紙を借りて、立ちながら、図を描く。 「・・・しかし・・・不動産を取得するために借入れをしなければならないという実質的な関連性があり、資産の取得のために合理的な必然性があれば、使用開始後の支払利息についても、未使用期間の借入金利子と同様に取得費として、認めてもよいと思う」 浅田調査官は、思案顔になる。 「・・・もっとも、その考え方と全く反対の使用開始の前後を問わず、借入金利子について、取得費として一切認めないという『消極説』もある・・・これについては、不動産の購入に要する支出に充てるための資金を他から借り入れたことによって支出するものであるから、不動産の購入との関係では、あくまでも間接的な支出に過ぎないと・・・」 中尾統括官の説明を聞きながら、浅田調査官は「・・・ということは、借入金利子は不動産を取得するために直接必要とした支出ではないということですか・・・」とつぶやく。 (つづく)
《速報解説》 JICPAが金商法監査における監査役等との 適時・適切なコミュニケーション実施の重要性について注意喚起 ~監査の最終段階でのコミュニケーション実施事項として経営者確認書の草案等を例示~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年5月25日、日本公認会計士協会は、「金融商品取引法監査における監査役等とのコミュニケーション(監査の最終段階)について」を公表した。 これは、金融商品取引法監査における監査役等との適時かつ適切なコミュニケーションの実施の重要性について注意喚起するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 会社法監査と共に同一の被監査会社に対して金融商品取引法監査を実施している場合、監査対象や監査報告日が異なるため、金融商品取引法監査に関する監査上の重要な発見事項(監査基準委員会報告書260「監査役等とのコミュニケーション」14項)についても監査役等とのコミュニケーションが必要となる。 金融商品取引法監査における監査の最終段階で監査役等へのコミュニケーションを実施する事項として、次のことが例示されている。 監査の最終段階としては、金融商品取引法の監査報告書の提出日前が考えられている。 また、次の事項に注意する。 (了)
2022年5月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.471を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第14回】 「要件事実論的解釈の意義と限界」 -消費税帳簿等不提示事件・最判平成16年12月20日判時1889号42頁を素材として- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 第8回では、税法における目的論的解釈に関連して課税減免規定の限定解釈について検討し、目的論的解釈のいわば「外縁」において裁判官による法創造が厳格な要件の下で許容される余地があることを論じた(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【46】も参照)。 裁判官による法創造は、そもそも、文理解釈が納税者に対して著しく不当・不合理な結果をもたらす場合には、租税法律主義の内容を形成する司法的救済保障原則(前掲拙著【27】)によって要請されると考えるべきである(同【44】、拙著『税法創造論』(清文社・2022年)119頁以下[初出・2021年]参照)。 このように、裁判官による法創造は、租税法律主義の下でも、許容ないし要請される場合があると考えるところであるが、今回は、法解釈とりわけ民事実体法の解釈において創造的機能を発揮する要件事実論が、税法とりわけ課税要件法の解釈についても妥当するかどうか、妥当するとしてそこに限界はないのか、という問題を検討する(要件事実論の法創造機能(後記Ⅲ2参照)を租税回避否認規定に関して検討したものとして前掲拙著『税法創造論』332頁以下[初出・2016年]参照)。 この問題を検討するに当たって、素材として消費税帳簿等不提示事件に関する最判平成16年12月20日判時1889号42頁(以下「平成16年最判」という)を取り上げる。この事件では、消費税法(平成6年法律第109号による改正前)30条7項にいう「帳簿又は請求書等を保存しない場合」と同法(平成12年法律第26号による改正前)同項にいう「帳簿及び請求書等を保存しない場合」の「保存」(以下「帳簿等の『保存』」という)の意義が争点となったが、この争点については、下級審裁判例において判断が分かれていた。しかも、私法上の法律構成による否認論(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第8回、前掲拙著『税法基本講義』【73】以下参照)と並んで、要件事実論が税法の分野で本格的に議論されたところである(その議論について増井良啓「帳簿不提示と消費税の仕入税額控除」判評486号2頁(判時1676号164頁)、今村隆『課税訴訟における要件事実論〔3訂版〕』(日本租税研究協会・2022年)173頁等参照)。 Ⅱ 帳簿等の「保存」の意義に関する平成16年最判の解釈 1 多数意見の解釈 平成16年最判は、仕入税額控除の適用について、4日前に示された最判平成16年12月16日民集58巻9号2458頁(以下「別件平成16年最判」という)を参照して、次のとおり判示した(下線筆者)。 この判示によれば、帳簿等の「保存」とは、「法30条7項に規定する帳簿又は請求書等(・・・・・・)を整理し、これらを所定の期間及び場所において、法62条に基づく税務職員による検査に当たって適時に提示することが可能なように態勢を整えて」されている保存をいうことになる。この解釈は、別件平成16年最判の採用する解釈と同じものであり、「これを文脈から離れた『保存』の語の一般的な意味と比較すればその一部に限定して解釈していることになる」(髙世三郎「判解」最判解民事篇平成16年度(下)792頁、807頁)ことから、縮小解釈に属するものとみてよかろう。 このような縮小解釈は、次の2つの東京地裁判決すなわち①東京地判平成10年9月30日訟月46巻2号865頁(以下「平成10年東京地判」という)及び②東京地判平成11年3月30日訟月46巻2号899頁(以下「平成11年東京地判」という)が示した解釈(これと同じ解釈を採用した他の裁判例については髙世・前掲「判解」800-801頁参照)と基本的に同じものと解される(今村・前掲書178頁参照)。 2 滝井反対意見 別件平成16年最判は民集登載判例であるが、今回、民集に登載されていない平成16年最判を敢えて素材として検討することにしたのは、滝井繁男裁判官の反対意見(以下「滝井反対意見」という)に注目したからである。これは次のとおり述べている(下線・傍点筆者)。 滝井反対意見は、このように、多数意見の解釈(縮小解釈)それ自体に反対しているのではなく、その解釈が帳簿等の不提示をもって原則として(不提示に正当な理由がない場合に)「これを保存しなかったものと同視するに帰着する」ことに反対しているのである。このことは、滝井反対意見が多数意見の解釈を、筆者のいう「要件事実論的解釈」(課税要件法を、解釈によって、「立証責任の分配という視点」を踏まえた「裁判規範」すなわち裁判上の推論ルールとして再構成あるいは場合によっては「補正」しようとする見解に基づく解釈。前掲拙著『税法基本講義』【55】参照)の枠内で「要件事実論的縮小解釈」と理解していることを意味するものと解される。 滝井反対意見が説く、帳簿等の不提示と保存しなかったものとの「同視」論は、次の見解(三木義一「消費税仕入税額控除要件についての再論」北野弘久先生古稀記念論文集刊行会編『納税者権利論の展開』(勁草書房・2001年)559頁、570頁。下線筆者)が説く、要件事実の「すり替え」論と基本的に同じ問題意識に基づくものと解される。 なお、滝井反対意見について付言しておくと、同意見は、仕入税額控除を課税要件そのものとはみておらず、「消費税の制度の骨格をなすものであって、消費税額を算定する上での実体上の課税要件にも匹敵する本質的な要素とみるべきもの」と理解しているが、この理解は妥当である。というのも、課税要件は納税義務の成立要件であるところ、税額控除は、一般に、成立した納税義務の消滅原因の1つである免除のうち、納税義務の成立と連動する特殊な形態での免除であり、税法の体系上は、課税要件法の領域には属さないものの租税実体法の領域には属すると考えるべきものであるからである(前掲拙著『税法基本講義』【95】参照)。筆者も多数意見の解釈をこのような意味で「要件事実論的縮小解釈」とみて、以下の検討を行うことにする。 Ⅲ 要件事実論的解釈の限界 1 法30条7項の要件事実論的縮小解釈 ところで、法30条7項の要件事実論的縮小解釈について特に注目すべきは、平成11年東京地判である。この判決については、「租税法規の解釈論に対して、要件事実の観点から新風を吹き込むもの」(増井・前掲論文6頁)や「要件事実論を駆使した見事な判決」(今村・前掲書176頁)といった評価がみられるが、その先駆けとして、同じ裁判官(裁判長裁判官富越和厚・裁判官團藤丈士・裁判官水谷里枝子)による平成10年東京地判は、前記Ⅱ1の引用判示(①)に「そして」で続けて「この意味での保存の有無は課税処分の段階に限らず、不服審査又は訴訟の段階においても、主張、立証することが許されるものというべきである。」と判示した上で、次のとおり判示していた(下線筆者)。 ここでは、課税処分の段階では提示されていなかった帳簿等が訴訟の段階で提出されている場合でも、課税処分段階での帳簿等の提示拒否は「保存しない場合」に該当することを推認させる事情であると判断されているが、平成11年東京地判はこの判断を要件事実論の観点から更に精緻化し、次のとおり判示した(下線筆者)。 平成11年東京地判は、「租税関係法令を含め行政法規は行政手続を念頭において規定される結果、訴訟上の要件事実の分類を意識した表現が用いられていない場合もあるものと解される」と述べつつも、法30条7項については、上記の引用どおり、「『法律要件分類説の再生』ともいうべき画期的な判決」(今村・前掲書176頁)と評される判断を示したのである。 2 要件事実論の法創造機能の意味と問題性 平成16年最判(及びそこで参照されている別件平成16年最判)における「保存」の意義に関する解釈(縮小解釈)が、平成10年東京地判及び平成11年東京地判におけるそれと基本的に同じものであることについては既にⅡ1で述べたが、平成16年最判は、少なくとも判決文上は、平成10年東京地判及び平成11年東京地判とりわけ後者とは異なり、要件事実論的解釈について踏み込んだ判断を示していない。 ただ、既にⅡ2でみたように、滝井反対意見は多数意見の解釈(縮小解釈)に、「これ[=帳簿等の不提示]を保存しなかったものと同視するに帰着する」として反対しているが、その反対は、そのような要件事実論的縮小解釈が「法解釈の限界を超える」と考える立場に立脚するものと解される。滝井反対意見がそのような立場に立っていることは、次の説示(下線・傍点筆者)からも窺われる。 ここで述べられている立場は、法30条7項の解釈において要件事実論に一定の有用性を認めつつも(上記引用中の1つ目の下線部参照)、平成11年東京地判の要件事実論的縮小解釈(前記1の2つ目の囲み)を「法文上の根拠」なしに更に推し進めその法創造機能を過度に承認することは許されない、とするものであると解される。 そもそも、要件事実論は、民事実体法の解釈を通じて主張立証責任の観点から民事実体法を裁判規範(裁判上の推論ルール)として再構成する機能を有するが、「要件事実論が実体法の解釈学に影響を及ぼしたことも否定することができない。」(原田和徳「要件事実の機能-裁判官の視点から」伊藤滋夫編『民事要件事実講座 第1巻』(青林書院・2005年)70頁、87頁)のである。筆者は要件事実論のそのような機能を「要件事実論の法創造機能」と呼ぶことにしている(前掲拙著『税法創造論』332頁[初出・2016年]参照)。 課税要件法の要件事実論的解釈も同様の機能を有する。というのも、「実体法は、権利の体系として構成され、ある一定の事実関係があるときは、ある一定の法律的に意味のある効果が発生するという形で構成されている。」(原田・前掲論文79頁)ところ、課税要件法も、課税要件が租税法律の枠内ではあれ、民事実体法の法律要件と同じく、権利(租税債権)義務(租税債務)の成立要件であるという点で、民事実体法と同様に構成されているといえるからである(前掲拙著『税法基本講義』【54】参照)。 要件事実論の法創造機能は、民事実体法について裁判規範(裁判上の推論ルール)の定立(創造)だけにとどまらず、その裁判規範が実体法に「投影」されて実体法を「創造」したのと同じ結果に帰着することをも含むものである。課税要件法の要件事実論的解釈も同様の機能を有するが、この機能は、租税法律主義の下での厳格な解釈の要請に反し許容されない(前掲拙著『税法創造論』355頁[初出・2016年]参照)。滝井反対意見が多数意見に対して「これ[=帳簿等の不提示]を保存しなかったものと同視するに帰着する」と述べるのは、まさに要件事実論的縮小解釈の実体法創造機能を問題にするものと解される。 この点に関する滝井反対意見の問題意識は、別件平成16年最判に関する調査官解説(髙世・前掲「判解」)から読み取ることができるように思われる。同調査官解説は、帳簿等の「保存」の意義について別件平成16年最判の解釈(すなわち平成16年最判の多数意見の解釈)を示し(髙世・前掲「判解」804頁)、その上で次のとおり述べている(805頁。下線・傍点筆者)。 滝井反対意見は、前述のとおり、多数意見の解釈(縮小解釈)に、「これ[=帳簿等の不提示]を保存しなかったものと同視するに帰着する」として反対し、そのような要件事実論的縮小解釈は「法解釈の限界を超える」と述べているが、そこで説いている、帳簿等の不提示と保存しなかったものとの「同視」論は、上記調査官解説が説いている、法30条7項の命題と法58条の命題との「対偶」論を多数意見が前提にしているとの理解に基づくものであると解される。 もしそのような「対偶」論が純粋に論理則に従って何らの前提なしに成り立つ考え方であれば、滝井反対意見の「同視」論は多数意見に対する反対の論拠としては妥当でないことになろうが、しかし、前記調査官解説の説く「対偶」論は、純粋に論理則に従って何らの前提なしに成り立つ考え方ではなく、次の引用(髙世・前掲「判解」806頁。下線・傍点筆者)にみられるような現行税法に内在する一定の価値判断を前提とする考え方である。 つまり、前記調査官解説の説く「対偶」論は、法30条7項にいう「保存しない場合」を「申告納税制度の趣旨、仕組み、法62条、68条1項の各規定」の中に「的確に位置付けて解釈する」ことにより得られる「法58条の場合と同様」の「前提」の下でのみ、成り立つ考え方であると解される。 そうすると、前記調査官解説の説く「対偶」論は、別件平成16年最判の解釈(すなわち平成16年最判の多数意見の解釈)の法的根拠を「申告納税制度の趣旨、仕組み、法62条、68条1項の各規定」の中に見出していることになろうが、滝井反対意見は、その法的根拠が文言による表現に匹敵するほどの明確性をもって一般に認識可能であるとはいえず、したがって、それを「法文上の根拠」とは認めなかったが故に、そのような解釈に対して「法解釈の限界を超える」として反対したものと解される。 要するに、滝井反対意見は、要件事実論的縮小解釈の実体法創造機能に対して「法解釈の限界」を明確に示し歯止めをかけたものとして、租税法律主義の下で高く評価すべきものであるといえよう。 Ⅳ おわりに 今回は、消費税帳簿等不提示事件に関する平成16年最判を素材にして、特に多数意見と滝井反対意見とを対比しながら、法30条7項にいう「保存」の意義に関する要件事実論的縮小解釈の限界を検討した。 一般に、「要件事実論は、必然的に論理的かつ緻密な検討を要する」(原田・前掲論文86頁)と説かれるが、平成16年最判の要件事実論的縮小解釈も、これが法30条7項の命題と法58条の命題との「対偶」論を前提にしていると解する場合には、一見すると、論理則に従った緻密な解釈であるかのように思われる。 ただ、論理解釈が「解釈の対象たる法規の体系的連関を考慮しながら行われる解釈」(田中成明『現代法理学』(有斐閣・2011年)467頁)であり(その意味で体系的解釈ともいわれる)、「法規相互の体系的連関は、究極的には目的論的判断によって確定されなければならないことが多い」(同467-468頁)といわれるように、上記の「対偶」論を前提とするという意味での一種の論理解釈も、純粋に論理則に従った解釈ではなく、前記の「申告納税制度の趣旨、仕組み、法62条、68条1項の各規定」の体系的連関を確定する目的論的判断を基準にして行われる解釈であると考えられる。 そうすると、平成16年最判の要件事実論的縮小解釈は、一種の目的論的解釈であるが、その基準となるべき目的論的判断が文言による表現に匹敵するほどの明確性をもって一般に認識可能であるとはいえない以上、「法解釈の限界」を超え法創造の領域に踏み込んだものと考えざるを得ない。滝井反対意見は、正当にも、このことを明らかにし、租税法律主義の下での厳格解釈を説くものとして高く評価すべきものである。 なお、滝井反対意見に対するこのような評価は、別件平成16年最判に関する前記調査官解説も認めざるを得なかったようであるが(髙世・前掲「判解」806頁参照)、それでも、同解説は、下記のとおり述べ(同807頁。下線筆者)、国民の予測可能性・法的安定性の確保の有無について検討した上で、別件平成16年最判の解釈(縮小解釈)が「国民にとって不意打ちになるとは考え難い」(同808頁)、「租税法律主義に反するものではない」(同)と述べている。 しかし、これは「強弁」ともいうべき言説である。「そのような解釈が国民にとって不意打ちになるかどうか」を租税法律主義の観点から判断する場合、税法の枠内で申告納税制度や記帳義務等に関する国民の認知・理解の状況を問題にするだけならまだしも、なぜ、私的取引等の局面における国民の経験・取引観念に照らし、さらには国民の法感覚・法感情にまで訴えて検討する必要があるのか、理解し難いところである。 敢えてその理由を推測すれば、前記調査官解説は法30条7項の命題と法58条の命題との「対偶」論に拘泥しすぎたが故に、「論理則のワナ」ともいうべき思考の隘路から抜け出せなくなり、「強弁」を重ねたのではないかと思われる。確かに、対偶は論理学の命題の1つではあるが、しかし、前記調査官解説の説く「対偶」論は、純粋に論理則に従って何らの前提なしに成り立つ考え方ではなく、前記の「申告納税制度の趣旨、仕組み、法62条、68条1項の各規定」の体系的連関及びそこに含まれる価値判断を前提にして初めて成り立つ考え方であることは、既にみたように、同解説自体も認めているところである。ただ、同解説はそのことを正面から認めたわけではなく、あくまでも「対偶」論を前提とし、もって論理則に従った解釈をいわば「装う」ことに拘ったが故に、思考の隘路に陥ったのではないかと思われるのである。 同様の問題は、税法の分野で要件事実論が本格的に議論された、私法上の法律構成による否認論の場面(前記Ⅰ参照)でも、みられる。私法上の法律構成による否認論は、経験則の中に租税回避目的を混入させ(租税回避目的混入論。これについては拙著『租税回避論』(清文社・2014年)39-43頁[初出・2004年]参照)、もって租税回避目的という経済的な動機・意図を重視した(経済的)実質主義的事実認定を行いながらも、経験則に従った事実認定を「装う」ことで租税法律主義との抵触を回避しようとするものである。この点について筆者は次のとおり説いてきたところである(前掲拙著『税法基本講義』【74】。下線筆者。同『租税回避論』129頁[初出・2005年]も同旨)。 このように、私法上の法律構成による否認論も、純粋に経験則に従って何らの前提なしに成り立つ考え方ではなく、上記のような一定の価値判断を前提にして初めて成り立つ考え方であると考えられるが、そうではなく純粋に経験則に基づく推論を「装う」が故に、経験則の中に租税回避目的に対する一定の価値判断を混入させる租税回避目的混入論という思考の隘路に陥ったのではないかと思われる。ここに「経験則のワナ」が看取される。 いずれにせよ、要件事実論は、以上で明らかにしてきた「論理則のワナ」や「経験則のワナ」に囚われる危険性を孕むものである以上、税法の解釈適用から解釈適用者の価値判断を極力排除し、もって法律に基づく課税を貫徹しようとする租税法律主義の支配する税法の分野では、慎重に用いることが強く要請されると考えるところである。 (了)
組織再編成・資本等取引の税務に関する留意事項 【第10回】 (最終回) 「グループ通算制度におけるみなし共同事業要件」 公認会計士 佐藤 信祐 1 概要 グループ通算制度では、時価評価課税の対象にならない法人に対して日本版サーリールールが認められている(法法64の7②一)。日本版サーリールールとは、繰越欠損金の生じた通算法人の個別所得の範囲内で繰越欠損金の使用を認める制度である(このような繰越欠損金を「特定欠損金」という)。 ただし、組織再編税制との整合性の観点から、通算承認の効力が生じた日の5年前の日又は通算法人若しくは通算親法人の設立の日のうちいずれか遅い日から当該通算承認の効力が生じた日まで継続して通算親法人(※1)との間に支配関係があるとは認められず、かつ、みなし共同事業要件を満たさない場合には、繰越欠損金の使用制限、特定資産譲渡等損失額の損金不算入及び開始若しくは加入後の損失に対する損益通算制限がそれぞれ設けられている(法法57⑧、64の6①、64の14①、法令112の2③④、131の8①②、131の19①②)。 (※1) 上記の制限の検討を行う通算法人が通算親法人である場合には、他の通算法人のうちのいずれかの法人。 このように、みなし共同事業要件を満たす場合には、上記の制限が課されない。そして、みなし共同事業要件を満たすためには、以下の要件を満たす必要がある(法令112の2④、131の8②、131の19②)。 みなし共同事業要件については、組織再編税制との整合性の観点から設けられていることから、組織再編税制におけるみなし共同事業要件と同様の取扱いになっているものも多い。そして、法人税基本通達1-4-4~1-4-7に規定されている組織再編税制に係る通達を準用することとされている(グ通通2-12、2-23、2-59)。 ただし、組織再編税制におけるみなし共同事業要件と異なり、(イ)グループ通算制度の加入に伴う時価評価から除外される法人のうち共同事業を行うための適格組織再編成の要件に準ずる要件を満たす場合及び(ロ)共同事業を行うための適格株式交換等の要件のうち金銭等不交付要件以外の要件を満たす場合にも、上記の制限が課されないこととされている(法令112の2④五、131の8②、131の19②)。 2 事業関連性要件 通算前事業と親法人事業とが相互に関連するものであること。 なお、通算前事業とは、通算法人又は通算承認の効力が生じた日の直前において当該通算法人との間に完全支配関係がある法人(当該完全支配関係が継続することが見込まれているものに限る)の当該通算承認の効力が生じた日前に行う事業のうちのいずれかの主要な事業のことをいう。 すなわち、グループ通算制度に加入する場合には、当該通算法人とセットでグループ通算制度に加入する他の法人を含めて通算前事業の判定を行うが(グ通通2-14、2-24(2)、2-60(2))、グループ通算制度を開始する場合には、「通算承認の効力が生じた日の直前において当該通算法人との間に完全支配関係がある法人」とは、当該通算法人以外の通算グループ内のすべての法人を意味することから、通算グループ内のすべての法人が行う事業のうちのいずれかの主要な事業が通算前事業になる。 これに対し、親法人事業とは、当該通算法人に係る通算親法人(※2)又は通算承認の効力が生じた日の直前において当該通算親法人との間に完全支配関係がある法人(当該完全支配関係が継続することが見込まれているものに限るものとし、当該通算法人を除く)の当該通算承認の効力が生じた日前に行う事業のうちのいずれかの事業のことをいう。 (※2) 当該通算法人が通算親法人である場合には、他の通算法人のうちのいずれかの法人。 すなわち、グループ通算制度に加入する場合には、すでにグループ通算制度に加入している他の通算法人を含めて親法人事業の判定を行うが、グループ通算制度を開始する場合には、「通算承認の効力が生じた日の直前において当該通算親法人との間に完全支配関係がある法人」とは、当該通算親法人以外のすべての通算法人を意味するものの、「当該通算法人を除く」としていることから、当該通算法人を除く通算グループ内のすべての法人が行う事業のうちのいずれかの事業が親法人事業になる。 このように、グループ通算制度に加入する場合には、通算親法人が所属するグループと通算子法人となる法人が所属するグループの事業を比較するということを目的にしていることから、一応の合理性を説明することができるが、グループ通算制度を開始する場合において、通算親法人をA社、通算子法人をB社、C社、D社及びE社とし、E社に対して事業関連性要件を満たすかどうかの判定上、A社、B社、C社、D社及びE社の中で主要な事業を営んでいるのがA社であるとしたときに、A社との事業関連性を有する法人が、B社、C社又はD社のいずれでも構わないということになり、何を判定しようとしているのかよくわからない規定になっている。 この点については、現行法上、グループ通算制度の開始が任意となっている弊害であると思われる。いずれは、組織再編税制をグループ内再編税制とそれ以外の再編税制に分けたうえで、グループ内再編税制とグループ通算制度及びグループ法人税制を一体化させるとともに、それ以外の再編税制を移転資産に対する支配の継続ではなく、株主による投資の継続の観点から税制適格要件を組み直すことを検討すべきであるとも考えられるが、立法論としての検討になるため、いずれ研究を重ねたうえで公表したいと考えている。 3 事業規模要件 通算前事業と親法人事業(通算前事業と関連する事業に限る)のそれぞれの売上金額、従業者の数又はこれらの準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないこと。 4 事業規模継続要件 通算前事業(親法人事業と関連する事業に限る)が通算法人と当該通算法人に係る通算親法人との間に最後に支配関係を有することとなった時(※3、4)から通算承認の効力が生じた日まで継続して行われており、かつ、当該最後に支配関係を有することとなった時と当該通算承認の効力が生じた日における当該通算前事業の規模(事業規模要件の基礎とした指標に係るものに限る)の割合がおおむね2倍を超えないこと。 (※3) 当該通算法人又は当該通算法人との間に完全支配関係がある法人(以下、「通算法人等」という)が当該最後に支配関係を有することとなった時から通算承認の効力が生じた日の前日までの間に適格合併、適格分割又は適格現物出資(以下、「適格合併等」という)により当該通算法人等との間に完全支配関係がない法人から通算前事業の全部又は一部の移転を受けている場合には、当該適格合併等の時。 (※4) 通算前事業が通算承認の効力が生じた日の直前において当該通算法人との間に完全支配関係がある法人の事業であったとしても、通算法人と当該通算法人に係る通算親法人との間に最後に支配関係を有することとなった時により判定を行う。 このように、事業規模継続要件は通算前事業に対してのみ課され、親法人事業に対しては課されない。 5 特定役員継続要件 通算承認の効力が生じた日の前日の通算前事業を行う法人の特定役員である者のすべてが通算完全支配関係を有することとなったことに伴って退任をするものでないこと。 なお、特定役員とは、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者をいい、通算法人が当該通算法人に係る通算親法人との間に最後に支配関係があることとなった日前(※5)において当該通算前事業を行う法人の役員又は当該これらに準ずる者(同日において当該法人の経営に従事していた者に限る)であった者に限られる。 (※5) 当該支配関係が当該通算前事業を行う法人又は親法人事業を行う法人の設立により生じたものである場合には、同日。 6 本連載のまとめ 本連載では、組織再編成・資本等取引の税務についての最近のトピックについて解説を行った。 第1回で解説した特定関係子法人から受けた配当等の額に係る特例については、国内完結型の取引であっても租税回避が行われることは容易に予想できることから、立法上の再検討が必要になると思われる。 第2回及び第3回で解説した持分会社については、現行法上、合同会社に対する組織再編成・資本等取引に対して十分に配慮した規定になっておらず、平成17年改正前商法の時代の考え方がそのまま維持されている。実務上、合同会社に対する組織再編成・資本等取引はミスが生じやすい論点であるといえる。 第9回及び第10回で解説したグループ通算制度については、組織再編税制との整合性を意識した結果、理論的におかしなところが生じているということがいえる。立法論になってしまうが、いずれは組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の抜本的な見直しが必要になると考えられる。 そのほか、第4回から第8回で解説した内容については、あまり書籍で触れられることが多くないことから、実務に遭遇した場合には、参考にしていただけると幸いである。 (連載了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例110(相続税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(措法69の4①) 個人が相続により取得した財産のうちに、当該相続開始の直前において、被相続人の事業の用又は居住の用に供されていた特例対象宅地等がある場合には、相続人が取得した全ての特例対象宅地等のうち、相続人が選択した特例対象宅地等については、次の区分に応じ限度面積要件を満たす小規模宅地等に限り、一定割合の評価減が受けられる。 ◆申告期限から3年以内に分割された場合(措法69の4④) 「小規模宅地等の特例」は申告期限までに分割されていない特例対象宅地等については適用しない。ただし、申告書提出時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出し、申告期限から3年以内に分割された場合には適用できる。 ◆未分割であることにつきやむを得ない事情がある場合(措法69の4④) 申告期限から3年以内に当該特例対象宅地等が分割されなかったことにつき、当該相続に関し訴えの提起がされたことその他やむを得ない事情がある場合において、申告期限後3年を経過する日の翌日から2ヶ月を経過する日までに「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出して納税地の所轄税務署長の承認を受けたときは、当該特例対象宅地等の分割ができることとなった日の翌日から4ヶ月以内に分割された場合には「小規模宅地等の特例」は適用できる。 ◆国税通則法における更正の請求事由の場合(通則法23①) 申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときは、法定申告期限から5年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正の請求をすることができる。 ◆更正の請求の特則(相法32) 相続税申告書を提出した者が、未分割遺産に対する課税の規定により分割されていない財産について民法の規定による相続分に従って課税価格が計算されていた場合において、その後未分割遺産の分割が行われ、共同相続人が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分に従って計算された課税価格と異なることとなったことにより当該申告に係る課税価格及び相続税額が過大となったときは、当該事由が生じたことを知った日の翌日から4ヶ月以内に限り、納税地の所轄税務署長に対し、その課税価格及び相続税額につき更正の請求をすることができる。 ◆申告書の提出期限後に分割された特例対象宅地等について特例の適用を受ける場合(措通69の4-26) 期限内申告書の提出期限後に特例対象宅地等が分割された場合には、当該分割された日において他に分割されていない特例対象宅地等があるときであっても、当該分割された特例対象宅地等について、「小規模宅地等の特例」の適用を受けるために更正の請求を行うことができるのは、当該分割された日の翌日から4ヶ月以内に限られており、当該期間経過後において当該分割された特例対象宅地等について更正の請求をすることはできない。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第38回】 「3年超の特定貸付事業の判定 (貸付事業用宅地等の判定)」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は令和4年5月18日に相続が発生し、その所有するAマンション、Bマンション、C宅地を配偶者である乙が相続しました。乙は甲と生計を一にする親族に該当します。 不動産の利用状況は、下記のとおりです。 平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から、被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等(相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた被相続人等の当該貸付事業の用に供されたものを除く)」が除かれることになりましたが、上記不動産は、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当し、かつ、相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていないため、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の対象にならないと考えていいでしょうか。 [A] Aマンション及びBマンションの敷地は、被相続人が相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた場合の被相続人の貸付事業の用に供されていた敷地に該当しますので、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の対象となります。C宅地は、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当し、かつ、乙が相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていないため、特例の適用を受けることができません。 なお、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」の判定について詳しくは、本連載【第37回】で解説しています。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 貸付事業用宅地等の意義 貸付事業用宅地等とは、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(不動産貸付業その他駐⾞場業、⾃転⾞駐⾞場業及び準事業(事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うもの)とする。以下「貸付事業」という)の⽤に供されていた宅地等で、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たすその被相続⼈の親族が相続⼜は遺贈により取得したもの(特定同族会社事業⽤宅地等を除く)をいいます。 なお、平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等を除くこととされました。ただし、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち、準事業以外のものをいう)を行っていた被相続人等の貸付事業の用に供されたものは、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③四、措令40の2①⑦⑲)。 2 特定貸付事業の判定の留意点 相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等であっても、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち、準事業以外のものをいう)を行っていた被相続人等の貸付事業の用に供されたものは、貸付事業用宅地等の対象から除外されませんが、その判定については、次の点に留意する必要があります。 (1) 準事業の範囲 特定貸付事業から準事業が除かれていますが、貸付事業、特定貸付事業、準事業について整理すると下記の通りとなります。 〈貸付事業、準事業、特定貸付事業の整理〉 被相続人等の貸付事業が準事業に該当するかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で当該貸付事業が行われていたかどうかにより判定することとされていますが、具体的には、次に掲げる貸付事業の区分に応じて、下記の通り判定を行うことになります(措通69の4-24の4、所基通27-2)。 判断基準については、所得税における事業的規模か事業的規模以外かの判断に準じて行うことになります。準事業に該当するかどうかの具体的な判定については、次回(【第39回】)解説します。 (2) 判定単位と特定貸付事業の期間 判定単位は、被相続人の貸付事業、生計一親族の貸付事業ごと(被相続人の生計一親族が2人以上ある場合には、それぞれの生計一親族の貸付事業ごと)に判定を行い、期間は相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていたかどうかを確認することになります(措通69の4-24の6)。なお、本連載【第10回】で解説した特定事業用宅地等における特定事業の判定は、特定宅地等ごとに行いますので、判定単位の違いは整理しておきましょう。 判定単位と期間を図式化すると下記の通りとなります。 上記の3年超の特定貸付事業の判定は、被相続人の貸付事業、生計一親族の貸付事業ごとに行いますので、相続開始前3年以内に生計一親族の貸付事業の用に供された宅地等があるときは、その生計一親族が、相続開始の日まで3年超の特定貸付事業を行っていた場合には、その3年以内の貸付事業用宅地等は特例の対象となりますが、その生計一親族が3年以下の特定貸付事業を行っていた場合には、特例の対象になりません。 また、被相続人が相続開始の日から起算して3年以内に貸付事業を追加したことにより、事業的規模以外から事業的規模になった場合には、被相続人は3年超の特定貸付事業を行っていなかったことになります。同様に被相続人が相続開始前3年以内に貸付事業の一部の不動産を売却したことにより、被相続人の貸付事業が事業的規模から事業的規模以外になった場合には、特定貸付事業を相続開始の日まで継続していなかったことになりますので、相続開始前3年以内に新たに被相続人の貸付事業の用に供された宅地等がある場合には、その宅地等は特例の対象にはならないことになります。 ただし、特定貸付事業を⾏っていた被相続⼈(以下「第⼀次相続⼈」という)が、その第⼀次相続⼈の死亡に係る相続開始前3年以内に相続⼜は遺贈(以下「第⼀次相続」という)によりその第⼀次相続に係る被相続⼈の特定貸付事業の⽤に供されていた宅地等を取得していた場合には、その第⼀次相続⼈の特定貸付事業の⽤に供されていた宅地等に係る特例の適用については、その第⼀次相続に係る被相続⼈がその第⼀次相続があった⽇まで引き続き特定貸付事業を⾏っていた期間は、その第⼀次相続⼈が特定貸付事業を⾏っていた期間に該当するものとみなされます(措令40の2㉑)。これを図式化すると下記の通りとなります。 3 本問への当てはめ 被相続人である甲が相続開始の日まで3年超の特定貸付事業を行っていたかどうか、生計一親族である乙が相続開始の日まで3年超の特定貸付事業を行っていたかどうかをそれぞれ判定する必要があります。 まず甲は、父の特定貸付事業の用に供されていたAマンションの敷地を相続していますので、甲の父が特定貸付事業を行っていた期間は、甲が行っていたものとみなして合算することになります。そのため甲は、相続開始の日まで3年超の特定貸付事業を行っていたことになります。したがって、甲の貸付事業の用に供されていたAマンション敷地及びBマンション敷地は、特例の対象になります。 次に生計一親族である乙の貸付事業の判定ですが、乙は特定貸付事業を行っていますが、相続開始の日まで3年以下となりますので、3年超の特定貸付事業は行っていないことになります。したがって、C宅地は、3年以内に貸付事業の用に供された宅地等であり、かつ、乙が相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていないため、特例の適用を受けることができません。 ★実務上のポイント★ 貸付事業が3年超の特定貸付事業を継続的に行っていたかどうかを被相続人、生計一親族ごとに確認することが重要となります。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第17回】 「区分所有された複合ビルについて、住宅用地に対する課税標準の特例の適用は、建物全体を1個の家屋として居住部分の割合を算定するか、各専有部分自体を1個の家屋として算定するかで争われた事案」 税理士 菅野 真美 土地や家屋を課税標準とする固定資産税は、その年1月1日に土地や家屋を所有している者に対して、土地や家屋の価格を課税標準として、市町村(東京都特別区の場合は東京都)が賦課決定するものである(地方税法第342条、第343条、第359条)。原則的に、土地や家屋の課税標準は3年間固定され、土地については、急激な固定資産税の納税負担の増加を緩和させるために負担調整措置が設けられている。 さらに住宅用地については、課税標準の特例という軽減措置が設けられている。すなわち、小規模住宅用地(住宅用地で住宅1戸につき200㎡までの部分)については、価格の6分の1相当額が固定資産税の課税標準に、小規模住宅用地以外の住宅用地については、価格の3分の1相当額が固定資産税の課税標準となる。 それでは、「住宅用地とは何か」という点につき確認する。まず、土地が専用住宅の敷地の用に供されているか、併用住宅の敷地の用に供されているかに区分される。専用住宅(もっぱら人の居住の用に供する家屋)の敷地は、原則的には、その上にある家屋の床面積の10倍を超えている場合は、10倍までの土地が住宅用地となれる。 併用住宅(一部を人の居住の用に供する家屋)の敷地の用に供されている土地は、原則的には、家屋の種類に応じて区分し、それぞれの家屋のうち居住部分の割合に応じた率を乗じた面積(土地の面積が、その上にある家屋の床面積の10倍を超えている場合は、10倍までの土地)が住宅用地として軽減対象となる(地方税法第349条の3の2、地方税法施行令第52条の11)。 (※) 居住部分の割合 = 一部を人の居住の用に供する家屋のうち居住の用に供する部分の床面積/家屋の床面積 併用住宅の居住部分の割合の算式における家屋の床面積や居住部分の床面積は、家屋全体で判断するのだろうか。併用住宅の所有者が1人である場合は、全体の床面積のうち居住部分の床面積で判定するのは合理的である。それでは、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)の適用のある家屋についてはどうだろうか。 たとえば、区分所有法の適用された家屋に、居住用の専有部分と、居住用以外の専有部分があるとする。そして、居住用の専有部分のみを所有している人がいたとする。この所有者の有する敷地について、住宅用地の課税標準の適用のための居住部分の割合を判定するのは、その者の有する専有部分の床面積を基準にするのか、それとも家屋全体の床面積を基準にするのか。 このように区分所有法の適用された家屋について、住宅用地に対する課税標準の特例の算定基礎となる居住部分の割合を算出するための「家屋」が何に基づくのかで争われた事案を検討する。 ▷どのような事案か 原告であるXは区分所有法の適用のある複合ビル(店舗、駐車場、住宅からなる)の敷地である土地の共有持分2,919/1,000,000(ただし居住用の床面積に対応する共有持分は1,493/1,000,000)を有していた。 本件建物の全床面積に対応する居住部分の床面積の割合は約13%であり25%未満だから、Xの平成16年度の固定資産税・都市計画税については、住宅用地に対する課税標準の特例を適用せずに賦課処分を行った。そこでこの処分に不服なXが平成16年10月28日に訴えを起こした。 ▷何が争点か この事案の争点は、住宅用地に対する課税標準の特例の算定基礎となる「家屋」は、建物全体を1個の家屋とみるか、区分所有権の目的である各専有部分を1個の家屋とみるかである。 ▷Xの主張は 地裁や高裁でのXの主張を簡単にまとめると、次のようなものである。 ▷裁判所の判断は 地裁と高裁のいずれもXの請求を棄却した。両裁判所の判決の要旨は次のようなものである。 * * * このようにしてXの請求は退けられた。区分所有法の適用のある家屋で商業用が4分の3以上であり、残りが居住用であるようなものは、実際問題、かなり少ないのではないか。だから、住宅用地に対する課税標準の特例の適用について、家屋全体の床面積を基準としても苦情が殺到することもなく、課税の公平と徴税コストのバランスがとれているのだろう。 (了)