収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第78回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 〈Q2〉 民法上の引渡しと引渡基準 法人税法22条の2第1項の引渡しと民法上の引渡しとの関係はどのように考えるべきか。 〈A2〉 法人税法22条の2第1項の引渡しについて、民法上の引渡しと大部分において重なり合うと思われるが、完全に重なり合うわけではない。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 法人税法22条の2第1項の引渡しそのものの意味内容については、権利確定主義あるいはそのルーツを辿ることなどにより、民法(あるいはこれを前提としているであろう商法)上の引渡しに寄せて考えることも可能である。 例えば、民法178条では、動産に関する物権の譲渡の対抗要件として引渡しという概念が用いられている。 ここでいう引渡しとは、占有権の移転(占有者が物の上に有する支配を移転すること)を意味し、具体的には次のものが含まれる。 占有権は、占有を基礎として生じる。言い換えれば、占有権は、自己のためにする意思(物を自己の利益のために所持する、すなわち自分の支配内に置くという意思)をもって物を所持することによって取得される(民法180)(我妻栄ほか『我妻・有泉コンメンタール民法 総則・物権・債権〔第6版〕』388~389頁、393~396頁、398頁(日本評論社2019)、川島武宜=川井健編『新版注釈民法(7) 物権(2)』32~44頁〔徳本鎭〕(有斐閣2007)参照)。 上記①~④は、占有(権)の取得方法ないし移転方法として民法181~184条に定められているものである。 例えば、現実の引渡しは物に対する現実的支配を移転することを意味するが、どのような場合に現実的支配の移転があったと見るべきかについては、結局、社会観念によって決めるほかなく、社会観念上、物が譲渡人の支配内から離脱して譲受人の支配内に入ったと認められればよい(舟橋諄一=徳本鎭編『新版注釈民法(6) 物権(1)』676頁〔徳本鎭〕(有斐閣1997)参照)。 よって、目的物の種類、契約内容・慣行といった個別の事情と法制度の整備やテクノロジーの進化など社会変化の影響を受けてその外延は変化しうる。 この意味で、民法上の引渡概念は、柔軟な側面を有するといえよう。 これまでも法人税基本通達でいう引渡しとは民法上の引渡しを意味するという見解が存在したように、法人税法22条の2第1項でいう目的物の引渡しは、目的物の占有の移転であり、上記①~④の4つの引渡しを包摂する概念であるという解釈が成り立ちうる。 民法における引渡しの議論は法人税法の領域においても一定の範囲で通用するのである。 もっとも、法人税法22条の2第1項の引渡しは(も)事実ないし評価的概念であって、同項は対抗要件の具備や所有権の移転(目的物が現に存在し、特定できる場合などは、まさに当事者の意思表示のみによって所有権を移転しうる。民法176)という私法上の法的効果そのものを要件として取り入れているわけではないという見方もありうる。 他方、実際問題としては特別の留保がない限り、現実の引渡しをもって所有権移転の意思表示が含まれる場合が多いこと(我妻栄〔有泉亨補訂正〕『新訂物権法 民法講義Ⅱ』189頁(岩波書店1983)参照)や、民法は物が人の事実的支配に属していると観念できる状態としての占有を占有権の基礎とし、その移転の方法として引渡しを定めていることを前提として、法人税法上の収益計上時期を決する原則規定の中に引渡概念が取り込まれたと解することは否定されない。 ただし、当事者が契約において何らかの具体的事実の発生をもって引渡しがあったものとする旨を定めた場合に、その発生をもってそのまま法人税法上の引渡要件を満たすことになるかという点は論点となりえよう。また、法人税法上の収益の計上時期の基準について、権利確定主義を標榜するとしても必ずしも法的側面に拘泥する態度が堅守されてきたわけではないことにも留意が必要である。 もう少し精緻な検討を行う余地はあるが、この意味で、法人税法22条の2第1項の引渡しについて、民法上の引渡しと大部分において重なり合うといえるとしても、一寸のズレもなく完全に重なり合うと結論付けることは躊躇される。 ここでは、次の点も指摘しておく。 少なくとも、法人税法22条の2第1項の引渡しとは、企業会計や実務慣行(商慣行)なども考慮した柔軟性・弾力性を兼ね備えた引渡しであると解する立場からは、同項の引渡しを民法上の引渡しと完全に同義のものであると解する論理必然性もない。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第36回】 「未分割財産に居住していた者が被相続人の居住の用に供されていた宅地等を取得した場合の特定居住用宅地等の特例の適用の可否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年5月7日)は、東京都内にA土地及び家屋を所有し、相続開始の直前において1人で居住していました。甲の夫である乙は平成30年5月1日に死亡しており、乙の遺産分割協議は令和2年5月7日に成立しました。乙の相続人は配偶者である甲、長男である丙及び二男である丁の3人ですが、遺産分割協議の内容は下記の通りです。 〈乙の遺産分割協議の内容〉 甲は、公正証書遺言を残しており、遺言書の内容は下記の通りです。甲の相続人は、丙と丁の2人です。 〈甲の遺言書の内容〉 A土地及び家屋は、甲及び乙の居住の用に供されていましたが、甲の相続後は、丙が取得し、丙の居住の用に供されています。 B土地及び家屋は、乙が平成10年に丙の居住用不動産として購入したものであり、令和2年に売却するまでの間は、丙の居住の用に供されていました。丙は、売却後は、第三者から賃借して東京都内のマンションに居住していましたが、A土地及び家屋を相続した後は、賃貸を解約し、A土地及び家屋に居住しています。 丙は、別居親族で未分割財産であるB土地及び家屋に居住はしていましたが、一時的な共有状態に過ぎず、最終的に換価分割により売却をしていますので、持家がない者として、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 [A] 丙は、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の適用を受けることはできません。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等に係る別居親族の要件 被相続人の居住用宅地等を取得した親族が次に掲げる要件の全てを満たすことが要件となります(措法69の4③二ロ、措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 平成30年度の税制改正により、持ち家がない状況を作出して特例を受けることが問題となり、下記の④の下線部部分が追加となり、⑤の要件も追加となりましたので、注意する必要があります。 なお、平成30年度の税制改正は、原則として平成30年4月1日以後の相続又は遺贈から適用されますが、平成30年4月1日から令和2年3月31日までの間に相続又は遺贈により取得した居住用宅地等がある場合には、改正前の要件を満たせば、特例を適用することができる経過措置があります(附則118②)。 2 未分割財産の取扱い 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し、相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する(民法896、898)とされていますので、遺産分割が成立するまでの間は、相続人の共有財産となります。 したがって、乙の相続開始の時から遺産分割が成立するまでの間は、乙の相続人である甲、丙及び丁の3人の共有財産となり、丙はB土地及び家屋を、乙の相続開始の時から共有者として所有していたことになります。 3 裁判事例 平成15年8月29日の東京地裁判決(TAINSコード:Z253-9422)は、相続開始前3年以内に未分割財産に居住していた者について特例の適用の可否が争われた事件です。当該事件は、平成30年度の税制改正前である平成10年の相続開始の事案で、「3年以内にその者又はその者の配偶者の所有する家屋に居住したことがない者」の要件が充足されているかどうかが問題となりました。 納税者が「法69条の3第2項2号ロ所定の『その者又はその者の配偶者の所有する家屋(・・省略・・)に居住したことがない者』とは、単に、その者又はその者の配偶者の所有する家屋に居住したことがない者ではなく、その者又はその者の配偶者の所有する家屋にその所有権を行使して居住したことがない者をいうと解すべきである。」という主張をしたのに対して、裁判所では下記のとおり、判示しました。 4 本問への当てはめ 本問の場合には、上記1④の「相続開始前3年以内に日本国内にある当該親族、当該親族の配偶者、当該親族の三親等内の親族又は当該親族と特別の関係がある一定の法人が所有する家屋(相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋を除く)に居住したことがないこと」の要件が問題となります。所有する家屋の範囲に未分割財産が含まれるかどうかが問題となりますが、上記2に記載の通り、未分割財産は、相続人の共有財産として取り扱われますので、丙がB土地及び家屋を所有し、居住していたことになります。 また、上記3の東京地裁の判示内容から考えても同様の解釈になります。 したがって、上記の要件を充足しないことになりますので、丙は特例の適用を受けることができません。 なお、本問の場合のように乙の相続開始の直前において持家を有していなかった丙が甲の相続後にA土地及び家屋を取得し居住する場合には、居住の継続の保護という特例の趣旨から特例を認めるべきとの考えもあるかと思いますが、あくまでも法律上の要件を充足した場合に限り、特例は認められるべきものとなり、通達等においての緩和措置もありませんので、特例の適用を受けることはできないことになります。 ★実務上のポイント★ 居住の継続という特例の趣旨だけで特例の適否は判断できませんので、1つ1つの要件を確認することが重要となります。相続税の申告の際に相続人等からお預かりする通常の資料だけでは、特例の適否の判断ができないことも少なくありませんので、相続人等からヒアリングをして要件をしっかりと確認することが重要となります。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第13回】 「証拠書類の閲覧謄写の活用」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 閲覧謄写範囲の拡大 (1) 国税通則法の改正 行政不服審査法の改正に伴い、国税の不服申立ての規定も歩調を合わせるように改正され、平成28年4月1日以後に行われた原処分から現行の規定が適用されている。この改正前後における証拠書類の閲覧謄写に関する規定を確認していきたい。 (2) 改正前後の規定 〈改正前の規定〉 〈改正後の規定〉 (※) 下線部筆者。 (3) 改正前後の比較 改正前は原処分庁が任意で提出した証拠のみが開示対象であったため、かつては、原処分庁が提出する証拠を最小限に抑制して開示対象を狭め、担当審判官による職権調査時に前広に開示することで、できるだけ原処分の維持を図ろうとする原処分庁側の慣行があったようだが、改正後はその垣根が外されている。 しかし、改正後においても「質問調書(国税通則法第97条第1項第1号を参照)」が開示対象外となっており、国税不服審判所が判断に用いる全ての証拠が開示されているとはいえない。 ちなみに、改正前は閲覧しか認められていなかったため、閲覧書類を閲覧者がひたすらに引き写すというにわかには措信しがたい実務が行われていたが、現在は写しの交付も許可されている。 2 担当審判官が収集した物件 新たに閲覧謄写が認められた担当審判官が原処分庁から収集した物件(国税通則法第97条第1項第2号を参照)は、以下のものが典型である。 このうち、①には、例えば、以下の書類が考えられる。 このほかに、以下の資料も存在するが、国税不服審判所は原処分庁の主張に拘束されずに判断する機関であることから、担当審判官が職権調査の現場で確認することはあっても、収集して留め置く例はあまりないものと思われる。 また、②については繊細な問題を孕んでいる。書類を提出した関係人からすると、「国税不服審判所の内部限りであれば提出に協力するが、審理関係人から閲覧請求される可能性があるとなれば、審査請求人とのこれまでの関係から提出の協力をためらう」というケースが考えられ、担当審判官による職権による証拠の収集そのものに支障を来す可能性がある。 3 閲覧請求の実務 (1) 閲覧等の請求書の提出 閲覧謄写を求める場合には、審査請求書の提出時から審理手続の終結時の前までに以下の様式の請求書を提出することになる。 (出典) 国税不服審判所「提出書類一覧」 なお、閲覧を請求するといっても、どのような証拠を担当審判官が保管しているかわからないことが通常であり、請求書の提出後に、担当審判官から目録(タイトルや提出者などが記載されている)の提供を受けて、これを基に閲覧を求める証拠の特定を行うことになる。 (2) 提出人の意見聴取 閲覧等の請求書を提出してから閲覧が実現するまでには概ね1ヶ月程度の期間を要している。閲覧を希望した書類を担当審判官に提出した者に対して について、意見を聴く機会を設けなければならないからである。 国税不服審判所は1ヶ月の流れを以下のように想定している。 例えば、審査請求人が上記2①の調査経過記録書の閲覧を求め、担当審判官もそれを収集していた場合、それを提出(作成)した原処分庁に対して、マスキングを求める範囲について意見を聴くことになり、その意見を踏まえて、担当審判官が同じ合議体に属する参加審判官や法規審査担当者と協議して最終的なマスキングの範囲(例えば、反面調査先や調査ノウハウに関する記載など)を決定して、その部分を黒塗りして審査請求人に開示することになる。 (3) 閲覧当日 日時の指定権は担当審判官にあるが、審査請求人又は代理人の都合はできる限り尊重される。当初閲覧のみを希望していた場合でも、閲覧後に写しの交付を求めることもできる。また、閲覧時にデジタルカメラ(スマートフォン)による撮影も認められる。 写しの交付を求める際は1枚10円の手数料を収入印紙で納付することになるが、事案を所管する国税不服審判所の徒歩圏内に郵便局があり、かつその郵便局が小規模で10円の収入印紙を取り扱っているか否かは定かではない。後日の納付となれば閲覧当日に写しの交付が受けられない可能性もあるため、注意が必要である。 4 今後の主張立証活動 証拠書類の閲覧謄写によって、原処分庁が原処分に及んだ根拠に係る「情報の非対称性」はそれなりに解消され、原処分庁の主張に対する反論やそれを裏付ける新たな証拠の提出がより的確に可能になると考えられる。 前述のとおり、閲覧請求は実現するまでに最低でも1ヶ月程度かかるため、当初から請求を希望する場合には、早期に(例えば、原処分庁からの答弁書を確認した段階で)請求書を提出しておき、その後は、担当審判官が職権で収集した資料を電話等で問い合わせて追加の請求をすべきか否かを検討すると良いだろう。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第75回】 「阪神・淡路大震災事件」 ~最判平成17年4月14日(民集59巻3号491頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2022年4月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年4月1日から4月30日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 『経団連ひな型』が一部改訂 日本経済団体連合会 経済法規委員会企画部会は、「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」(改訂版)の一部改訂を行っている。 改訂点は次のとおりである。 Ⅲ 新会計基準関係 企業会計基準委員会から次のものが公表されている。 ① 「企業会計基準公開草案第71号(企業会計基準第27号の改正案)「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準(案)」等」(内容:税金費用の計上区分(その他の包括利益に対する課税)、グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等(子会社株式又は関連会社株式)の売却に係る税効果の取扱いを示す) また、日本公認会計士協会から次のものが公表されている。 ② 「会計制度委員会報告第4号「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」、同7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」、同9号「持分法会計に関する実務指針」、同14号「金融商品会計に関する実務指針」及び金融商品会計に関するQ&Aの改正について(公開草案)」(内容:上記の企業会計基準公開草案第71号(企業会計基準第27号の改正案)を受けたもの) Ⅳ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査に関連して、次のものが公表されている。 ① 「2022年3月期監査上の留意事項(ウクライナをめぐる現下の国際情勢を踏まえた監査上の対応について)」(内容:ウクライナをめぐる国際情勢に関連して、監査上の留意事項を示す) ②「監査基準委員会研究報告第1号「監査ツール」の改正について」(公開草案)(内容:監査基準委員会報告書315「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」及び同540「会計上の見積りの監査」の改正等に対応するもの) Ⅴ 監査役等の監査関係 日本監査役協会は、「改正公益通報者保護法施行に当たっての監査役等としての留意点-公益通報対応業務従事者制度との関係を中心に-」を公表している。 これは、2022年6月1日に、公益通報者保護法の一部を改正する法律が施行されることから、監査役等としての留意点をまとめたものである。 (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第26回】 「新入社員に対するハラスメントにおける注意点」 弁護士 柳田 忍 【Question】 新入社員が入社し、4月から勤務していますが、新入社員の1人から、指導担当からパワハラを受けていると相談を受けました。そこで、当該指導担当の部下数人に対してヒアリングを行ったところ、皆「当該指導担当からパワハラを受けたことはないし、当該指導担当が他の社員にパワハラをしているところを見たこともない」と回答したのですが、そのうち1人の社員が「自分は指導担当の言動をパワハラだと思ったことはないが、新入社員であればパワハラだと思うかもしれない」と述べました。 ある言動について、一般社員との関係ではパワハラにならないが、新入社員との関係ではパワハラになるということはあるのでしょうか。 【Answer】 同じ言動をしたとしても、相手によってパワハラに該当するか否かの判断が変わる可能性があります。 パワハラやセクハラの判断に際しては、「新入社員」などの労働者の属性も考慮されるため、業務や職場環境に不慣れで社会人生活に対して不安を抱えているであろう新入社員への言動については、よりハラスメントであると評価されやすいという側面があると考えられます。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 ハラスメントの定義と新入社員 上記の質問について、まず、ハラスメントの定義上、新入社員であること等の労働者の属性を考慮することが想定されているかどうかというアプローチで検討する。 (1) パワハラについて パワハラについては、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(パワハラ指針・令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)において、以下のとおり定義されている(赤字・下線は筆者による)。 まず、②については、「労働者の属性」が考慮要素とされていることから、新入社員であるといった属性も考慮されると思われる。 ③の「平均的な労働者」については、これがおよそ一般の平均的な労働者を指すのか、類似の属性を有する労働者の中における「平均的」な労働者を指すのかという点が問題となり得る。 この点、上記のとおり、パワハラ指針が「平均的な労働者」を「社会一般の労働者」と言い換えていること、また、厚生労働省の労働政策審議会雇用環境・均等分科会において、パワハラ指針作成等に向けて議論がなされる中で、「パワハラの定義について、労働者の平均的な感じ方といったものをベースにしまして、多くの人が明らかにパワハラではないかという案件に限定しないと、業務上の必要な指導がパワハラと受けとめられる可能性がある」といった指摘がなされていることに照らすと(同分科会議事録(第8回・平成30年10月17日))、およそ一般の平均的な労働者を指すことが想定されているものと思われる。 もっとも、同分科会においては、平均的な労働者の感じ方と一緒に被害者の認識も考慮すべきであるといった主張もなされており(同分科会議事録(第11回・平成30年11月19日及び第12回・同年12月7日))、また、令和元年5月28日付の参議院厚生労働委員会の「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」において、「パワーハラスメントの判断に際しては、『平均的な労働者の感じ方』を基準としつつ、『労働者の主観』にも配慮すること」とされていることから、③の判断に当たっても労働者の主観が考慮されるものと解するべきである。 よって、③の判断に当たっても、新入社員であるという属性は、労働者の主観として考慮されるものと思われる。 (2) セクハラについて 職場におけるセクハラとは、「職場」において行われる「労働者」の意に反する「性的な言動」に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり(対価型)、「性的な言動」により就業環境が害されたりする(環境型)ことであり「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」(平成18年10月11日雇児発第1011002号)においては、以下のように考えられている(下線は筆者による)。 上記のパワハラの定義に関する議論に照らすと、セクハラにおける「平均的な女性労働者」や「平均的な男性労働者」についても、およそ社会一般の平均的な女性労働者や男性労働者が想定されていると思われるが、上記のとおり「労働者の主観を重視しつつも」と明記されていることから、新入社員である属性は「労働者の主観」として考慮されるものと思われる。 もっとも、ある言動について性的な不快感を覚えるかどうかは平均的な新入社員とおよそ一般の平均的な女性労働者・男性労働者とでさほど差はないと思われることから、新入社員という属性がセクハラ該当性の判断に対して与える影響は大きくはないであろう。 2 新入社員に対するハラスメントと裁判例 次に、裁判例をベースに上記質問を検討する。 新入社員Aが、連日の長時間労働や、上司Y2からのパワハラにより精神障害を発症し、自殺するに至ったとして、遺族が会社Y1及び上司Y2に対して損害賠償を求めて訴訟を提起したケースにおいて、裁判所は以下のとおり損害賠償請求を認容した(岡山県貨物運送事件(仙台高判平成26年6月27日・労判1100号26頁))。 上記の判断に照らすと、裁判例においても、ハラスメントの判断に際して新入社員という属性が考慮されていると考えられる。 また、上記裁判例の判断に照らすと、ハラスメントの観点から新入社員との関係で気をつけるべき点は以下のとおりであるといえる。 3 まとめ 「新入社員に対しては、一般社員に対するよりも優しく接しなければならないのではないか」と漠然と感じている方は多いだろうが、本稿においては、ハラスメントの判断の際に新入社員であることが考慮されることを法的な見地から説明したものである。上記を参考に、新入社員とのコミュニケーションは慎重に行うべきであろう。 (了)
《編集部レポート》 近畿税理士会と日本政策金融公庫が 創業分野における連携支援スキーム「HOPE」を構築 ~コロナ禍に立ち向かう創業者や創業後間もない事業者を連携支援~ Profession Journal 編集部 2022年5月9日(月)、近畿税理士会と日本政策金融公庫は、「中小企業等支援に関する覚書」を締結し、創業分野における連携支援スキーム「HOPE」を構築した。 「HOPE」は、コロナ禍に立ち向かう「創業者」や「創業後間もない事業者」への支援をより一層強化していくための連携支援スキームで、近畿税理士会と日本政策金融公庫が近畿2府4県における創業分野での連携をさらに促進することで中小企業・小規模事業者の経営課題を解決し、事業の継続・成長を支援していくことが目的。 具体的な支援内容は、近畿税理士会においては創業に関する相談窓口(注)の設置、電話やウェブによる税金相談、個人事業者のための記帳申告指導など、日本政策金融公庫においては融資、創業計画書の作成支援、外部専門家への取次ぎなどとなっている。 (注) 近畿税理士会の「創業に関する相談窓口」は、2022年5月11日(水)より開設。 近畿税理士会館で行われた「中小企業等支援に関する覚書」締結式には、近畿税理士会から7名、日本政策金融公庫から4名が出席。近畿税理士会・杉田宗久会長と日本政策金融公庫国民生活事業本部南近畿地区統轄・三田祥弘氏による代表者挨拶の後、「中小企業等支援に関する覚書」の交換が行われた。 近畿税理士会会長 杉田宗久氏(写真左から2人目) 近畿税理士会副会長 永橋利志氏(写真左) 日本政策金融公庫国民生活事業本部南近畿地区統轄 三田祥弘氏(写真右から2人目) 日本政策金融公庫国民生活事業本部北近畿地区統轄 森田太郎氏(写真右) (了)
《速報解説》 大阪国税局より米国永住権の放棄により米国出国税が課された場合の 有価証券の取得費について文書回答事例が示される 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 国税庁ホームページに、令和4年4月22日付で次の文書回答事例が公表された。 以下、本文書回答事例のポイントを解説する。 (1) 事前照会の内容 日本国籍を有し米国の永住権も有していた甲は、米国の永住権を放棄するに際し、所有する資産について時価で譲渡したものとみなして所得税に相当する税(以下「米国出国税」という)を課されることとなる。 甲は、米国出国税を課された後に、日本の居住者として有価証券等を譲渡する予定である。このとき、甲の有価証券等の譲渡に係る事業所得、譲渡所得又は雑所得(以下「譲渡所得等」という)の計算における取得費は、米国出国税の課税上、譲渡されたものとみなされた有価証券等の時価の金額(以下「米国出国税時価額」という)となるのか。 (2) 外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例 ある国で国外転出時に未実現のキャピタルゲインに課税され、転出先の国でキャピタルゲインが実現した際にも課税されると、同一のキャピタルゲインに対して二重に課税されることになる。 そこで、日本への転入者(居住者)が、外国転出時課税の規定の適用を受けた有価証券等を譲渡した場合には、外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例として、譲渡所得等の計算における取得費を国外転出元の国で課税された時の時価にアップすることにより、二重課税を調整することとされている(所法60の4①)。 〈外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例〉 (3) 外国転出時課税の規定とは (2)の外国転出時課税の規定とは、国外転出(国内に住所及び居所を有しないこととなることをいう)に相当する事由、国籍その他これに類するものを有しないこととなること等の一定の事由がある場合に、所得税法第60条の2第1項から第3項に規定される「国外転出時課税の特例」に相当する当該外国の法令の規定により、その有している有価証券等又は未決済信用取引等若しくは未決済デリバティブ取引の譲渡又は決裁があったものとみなして外国所得税を課することとされている場合における当該外国の法令の規定をいう(所法60の4③、所令170の3②)。 〈外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例の適用要件〉 (4) 本件への当てはめ 本事例について、外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例の適用があるというためには、次の①と②のいずれにも該当する必要がある。 米国永住権と米国出国税の規定について検討を加えた結果、上記①と②のいずれにも該当することから、本事例は外国転出時課税の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例の対象となり、甲は米国出国税時価額を取得費として譲渡所得等の金額を計算することになると回答されている。 (了)
《速報解説》 会計士協会、研究報告として「グループ通算制度と実務上の留意点」を取りまとめる ~税務実務の参考となるよう制度の改正趣旨含め、実務上の留意点等を示す~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 日本公認会計士協会から、2022年4月14日開催の常務理事会の承認を受けて、2022年4月27日に『租税調査会研究報告第38号「グループ通算制度と実務上の留意点」』(以下「本研究報告」という)が公表された。 本研究報告は、日本公認会計士協会の会員がグループ通算制度の税務実務を行う際の参考となるよう連結納税制度からグループ通算制度への移行の背景も踏まえ、実務上の留意点等などを取りまとめて報告したものである。 まず、本研究報告では、その取りまとめの視点として次の事項を挙げている。 【本研究報告の取りまとめの視点】 本稿では、本研究報告に関し、①その情報の位置づけと特徴、②その情報のうち、実務家が注目すべき点について、端的に解説したい。 -本研究報告の位置づけと特徴- 日本公認会計士協会の各委員会で公表している業務実施に係る研究報告は、それ自体に規範性はないものの、基本となる報告書等の理解を促進し適切な適用を支援するためのもの(例えば、概念的枠組み、Q&A、適用に当たっての留意点の解説、ツールやチェックリスト等の例示など)とそれ以外(公表時点における特定のテーマについての論点整理や現状分析など)に大別される。 本研究報告は「法人税法上のグループ通算制度の適用における実務上の問題点について調査研究されたい。」という諮問に対して租税調査会が行った研究報告であるため、同じく日本公認会計士協会から公表される実務において規範となる「実務指針」とも異なるため、最終的に実務を拘束するようなルールや判断基準を示すものではない。 また、租税調査会は、税務実務に関する研究報告を対象とするため、「通算税効果額の授受に関する会計上の留意点について」(46頁)を除いて、会計処理(通算税効果額に係る会計仕訳や税効果会計の取扱い等)については記載されていない。 -実務家が注目すべき点- グループ通算制度の概要と改正の背景・趣旨については、内閣府税制調査会、財務省、国税庁の公表資料に基づいてまとめられている。そして、それらを踏まえて実務上の留意点を述べている。 1 通算子法人株式の取扱い(投資簿価修正と通算法人の株式の評価損益)(19~25頁) 本研究報告では、通算子法人株式の取扱い(投資簿価修正と通算法人の株式の評価損益)について、連結納税制度の問題点を含めたその改正の趣旨を次の事例を使って数値で示している。 【事例:連結納税制度とグループ通算制度における投資簿価修正についての設例】 通算子法人株式の取扱い(投資簿価修正と通算法人の株式の評価損益)の改正の背景・趣旨についての計算例による説明は他の公表資料・解説書等を含めてなかなか見かけないため、それを理解する上で大変有意義なものとなっている。 2 修更正に関する疑問点及び注意点等(40~41頁) 本研究報告では、修更正に関する疑問点及び注意点等について意見を述べているが、それをまとめると次のとおりとなる。 連結納税制度の見直しの趣旨・目的は事務負担の軽減と修更正の遮断措置の導入の2つにあるが、グループ通算制度になると本当に事務負担が減るのか、修更正の遮断措置は複雑すぎるのではないか、という疑問や不安を持つ企業や専門家が多い。 その点について、租税調査会の意見が述べられているのは興味深い。 3 グループ内の税金精算(45~48頁) 本研究報告では、どちらかというと税務より会計に係る論点である通算税効果額について意見を述べているが、それらをまとめると次のとおりとなる。 上記のとおり、通算税効果額について、グループ内で税金精算が行われることが一般的であると考えること、事務負担の増加が想定されること、通算親法人を通じて精算されることが予想されることが述べられている。また、税務調査で修更正があった場合の通算税効果額についてのコメントも添えられている。さらに、試験研究費の支出が全くない法人で税額控除が可能となる点を不合理と考えて、通算税効果額の精算によりその不合理を解消することが望ましいとしているのは興味深い。 4 グループ通算制度における租税回避規定の構造(52~53頁) 最後に、グループ通算制度における租税回避規定の構造についても本研究報告は意見を述べているので、ご参照いただきたい(52~53頁)。 (了) ↓お勧め連載記事↓