〈事例から学ぶ〉 不正を防ぐ社内体制の作り方 【第6回】 「テレワーク拡大に伴い増加した不正から会社を守る」 ~ITに依存するリスク~ 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 はじめに 政府が国民にテレワークを強く推奨する現状を、今から1年以上前に誰が想像することができたでしょうか。出勤者を7割削減し、在宅勤務に要した費用の一部を経費として認めるといった以前には考えられなかった政策が打ち出されています。さらに国はハンコの削減によって行政システムを見直し、効率化だけでなく非接触や非対面も推進しようと試みています。 読者の方の中には、テレワークを継続する結果、もう1年も会社に通勤していないという方もいらっしゃるかもしれません。こうした生活や仕事の進め方を支える仕組みの1つは、まぎれもなく情報技術(IT)によるものです。世界的なパンデミックの影響によって、これまでにないくらい私たちの生活や仕事は、ITに強く依存することになりました。 私たちはITによって高い利便性を享受する一方で、これまでにないリスクに直面していることを忘れてはなりません。つい先日も、テレワークの際、会社のサーバーに繋げる時に使う接続機器がサイバーアタックのターゲットとなり、会社情報が漏えいするという事件が報道されていましたし、攻撃型のウイルスメールは常に私たちの隙を狙っています。連休明けにたまったメールを処理する時も、慌ててウイルスメールの添付ファイルを開封することがないようにしなければなりません。 《1》 ITに依存するリスクを考える 非対面、非接触が求められる中で、ITに依存するリスクが今までにないほど増大しています。これまでに指摘されてきた従来型のITに関わるリスクに加え、新たに直面するリスクをあわせ、今回次のように整理しました。リスクを新たに認識することで適切な対応を図ってほしいと思います。 (1) テレワーク時の脆弱なセキュリティが狙われる テレワークの際に用いる個人のパソコンが狙われています。ファイアウォールなどで厳重に守られる会社のサーバーとは異なり、個人のパソコンはセキュリティが比較的脆弱なため、それさえ破れば会社のサーバーに易々と侵入し会社の情報を入手されてしまいます。最近は、盗んだデータを使って脅迫を行う犯罪も頻発しています。 テレワークを継続している方は、実は毎日こうしたリスクに晒されているため、決して無防備のままではいられません。 (2) ITに関するリスクに晒される多くの会社 ① ウイルス感染によるシステムダウン ある会社は、日常からウイルス感染のリスクに注意を払っていたにもかかわらず、社員が不注意にも開いたメール(添付ファイルの開封)が、社内システムへのウイルス感染を招いてしまいました。メール機能は長きにわたり喪失、財務システムがダウンしたことで取引先への支払が危ぶまれる結果となりました。 ② 社内情報の漏えい こうしたリスクは外からの攻撃ばかりではありません。従来型のリスクにもきちんと対応できているかどうかを確認しておく必要があります。ある会社では退職した従業員のID、パスワードがシステム内に放置されたまま、無効化していなかったために、会社の情報が持ち出される被害が起きました。 人事とIT部門が適切に連携して、すみやかに該当のID、パスワードを削除しておけば、未然に防げたはずの事故です。こうした情報漏えいの被害をもたらす原因は、退職者のID、パスワードばかりではありません。退職した従業員が比較的長い期間、テレワークによって使っていた会社が貸与していた個人用パソコンも、情報漏えいの一因となるため迅速な回収を心がける必要があります。 ③ アクセス権限の不適切な付与 全ての社員があらゆるデータに対し自由にアクセスすることを避けるため、アクセス権限が設定されており、通常は会社にアクセス権限付与一覧表が備えられています。このアクセス権限付与をめぐっては、これまでに色々な問題が起きていますので、次のことに注意を払う必要があります。 《2》 ITに依存するリスクに備える 従前のリスクに加え、新たなリスクが増大しつつあることを実感できたら、次はリスクに対する方策を具体的に考えます。それには個人としてすべきことと、会社レベルで取り組むべきことがあります。 (1) テレワーク環境下で個人として守るべき最低限度のこと テレワークに取り組む個人としてITに関わるリスクに対応する必要があります。次に示す点に注意を払いましょう。 (2) テレワーク環境下で会社として対応すべきこと 会社として対応すべきことは数多くあります。内部統制報告制度の視点も加味し、取り組むべき対策のうちのいくつかを紹介します。 金融庁「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」(Ⅱ.3(2)①(参考1)) (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例59】 楽天株式会社 「第三者割当による新株式の発行及び自己株式の処分に関するお知らせ」 (2021.3.12) 公認会計士/事業創造大学院大学准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、楽天株式会社(以下「楽天」という)が2021年3月12日に開示した「第三者割当による新株式の発行及び自己株式の処分に関するお知らせ」である。なお、同社は同年4月1日付で「楽天グループ株式会社」に商号を変更している(同年1月28日に「商号の変更及び定款の一部変更に関するお知らせ」を開示)。 第三者割当増資に関する開示だが、割当先の中に中国ネット大手のテンセントの子会社が含まれていることが注目を浴び、メディアでも取り上げられた(日本郵政株式会社も割当先なのだが、それについては別の機会に論じたい)。 2 本当に純投資? 外国為替及び外国貿易法(外為法)では、外国人投資家が、日本の安全保障において重要な日本企業の株式を1%以上取得する場合、事前審査が必要であるとされており(外為法26条2項3号・4号、27条)、楽天への出資もその対象とされている。 しかし、今回のテンセント子会社による出資は、その事前審査を受けることなく実行された(2021年3月31日に「第三者割当による新株式の発行及び自己株式の処分の払込完了のお知らせ」を開示)。事前審査には免除ルールがあり(外為法27条の2第1項)、それに該当すると判断したようである。2021年4月15日付の日本経済新聞によると、楽天側も「テンセントは純投資で、免除ルールをクリアしていると認識していた」と説明しているとのことである。 テンセント子会社による出資は本当に純投資なのだろうか。今回の開示の「2.募集の目的及び理由」には、次のような記載がある(下線は筆者による)。テンセント子会社を割当先とした理由とテンセント側のコメントである。 この記載を読む限り、テンセント子会社による出資を純投資と解するのは難しい。「資本・業務提携」の一環と捉えるべきだろう。テンセント側のコメントには、思いっきり「提携」という言葉が使われている。 3 なぜ資本・業務提携について開示しなかったのか? 楽天は、今回の開示と同時に「日本郵政グループと楽天グループ、資本・業務提携に合意」という開示も行っている。しかし、「テンセントと楽天グループ、資本・業務提携に合意」は開示していない。テンセント子会社による出資も「資本・業務提携」の一環のはずだが。 提携の内容が深まっていないので、後で開示する予定だったのだろうか。しかし、「日本郵政グループと楽天グループ、資本・業務提携に合意」も、詳細な内容は記載されていない。あくまで「提携に合意」したという程度の内容である。どうせならば、テンセントとの資本・業務提携も併せて開示した方がよかったのではないだろうか。 テンセントとの資本・業務提携については、あえて開示しなかったのだろうか。やはり外為法による事前審査が問題になると考えたのだろうか。しかし、そうだとすると、なぜ今回の開示に上掲のような記載を行ったのだろうか。何か深い意図があったのだろうか。それとも、あまり考えていなかったのだろうか。 楽天は、今回の増資で調達した2,418億円を第4世代移動通信システム(4G)や第5世代移動通信システム(5G)の基地局整備に使うとしている。それには巨額の資金が必要なようで、2021年4月19日には「米ドル及びユーロ建永久劣後特約付社債の発行について」を開示し、約3,200億円の永久劣後債も発行するとしている。 2020年12月期は1,141億円の赤字だったが(2021年2月12日に「2020年12月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」開示)、その原因はモバイル事業であった。「早く何とかしないと」といった焦りがあるのだろうか。それが、同社の開示のちぐはぐさに影響を与えているのだろうか。 なお、同社は、2021年2月12日、「2020年12月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」と同時に「2020年12月期当社連結業績の前期との差異に関するお知らせ」を開示している。もっと早くに業績予想として開示できたはずだが、こちらは良くない内容なので、開示したくなかったのだろうか。 (了)
2021年5月20日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.420を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第91回】 「所有者不明土地問題に対処する法律が成立」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 4月21日、「民法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が成立し、同月28日に公布された。 これらの法律は、所有者不明土地(不動産登記簿を見ても現在の所有者やその所在が分からない土地)の増加等の社会経済情勢の変化に鑑み、所有者不明土地の「発生の予防」と「利用の円滑化」の両面から、総合的に民事基本法制の見直しを行うものである。 所有者の所在等が不明な土地は管理されずに放置されることが多く、隣接する土地への悪影響が発生するおそれがあり、また、所有者不明土地の存在から、周辺も含めた土地の管理・利用のために必要な合意形成が困難になり、公共事業や自然災害等からの復旧・復興事業が円滑に進まないなど、様々な問題の原因となっていることから、今回の法律の制定は喫緊の課題となっていた。 平成29年度の国土交通省の「地籍調査における土地所有者等に関する調査」では、所有者不明土地の割合は22.2%に及び、その65.5%は相続登記未了によるもので、また33.6%は住所変更登記未了により生じていることが示されている。 つまり、所有者不明土地が発生する大きな原因として、相続登記と住所変更登記がきちんとなされていないことがある。 〇法律の概要 こうした背景を踏まえ、今回成立した法律では、まず、所有者不明土地の「発生の予防」の観点から、不動産登記法を改正し、これまで任意とされていた相続登記や住所等変更登記の申請を義務化しつつ、それらの手続の簡素化・合理化策をパッケージで盛り込んでいる。 また、同じく「発生の予防」の観点から、新法(相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律)を制定し、相続等によって土地の所有権を取得した者が、法務大臣の承認を受けてその土地の所有権を国庫に帰属させる制度を創設する。 この他、「利用の円滑化」を図る観点から、民法等を改正し、所有者不明土地の管理に特化した所有者不明土地管理制度を創設するなどの措置を講じている。 この法律の施行期日は、原則として公布後2年以内の政令で定める日(相続登記の申請の義務化関係の改正については公布後3年、住所等変更登記の申請の義務化関係の改正については公布後5年以内の政令で定める日)とされている。 〇相続登記・住所等変更登記の申請の義務化 今回の法律の中で、特に注目されるのが相続登記・住所等変更登記の申請の義務化である。 まず、相続登記について、所有権の登記名義人が死亡し、相続等による所有権の移転が生じた場合、当該不動産を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならないこととされた。この申請をすべき義務がある者が正当な理由がないのにその申請を怠ったときは、10万円以下の過料に処せられる。 なお、申請の義務化とともに、申請義務を簡易に履行するための手続き(相続人申告登記)が創設される。この手続きでは、相続人が、登記官に対し、相続が開始した旨と登記名義人の法定相続人である旨を申し出る(単独で申し出ることも可能)だけで、登記官は、職権で、その旨並びに申し出をした者の氏名及び住所等を所有権の登記に付記することとなる。 次に、住所変更登記については、相続登記のように自然人のみを対象とするものではなく、自然人、法人問わず適用されることになるが、所有権の登記名義人は、その氏名・名称又は住所について変更があった日から2年以内に、氏名・名称又は住所についての変更の登記を申請しなければならず、正当な理由がないのにその申請を怠ったときは、5万円以下の過料に処せられる。 なお、申請の義務化とともに、他の公的機関から取得した情報に基づき、登記官が、職権で、変更情報を不動産登記に反映させる仕組みを導入することとされている。具体的には、法人の場合には、会社法人等番号を登記事項に追加することにより、これをもとに法人・商業登記システムから不動産登記システムに対し、名称や住所を変更した法人の情報を通知し、その情報をもとに登記官が変更の登記をすることとなる。自然人の場合は、登記官が、住民基本台帳ネットワークシステムに対して照会をし、所有権の登記名義人の氏名・住所等の異動情報を取得し、その情報をもとに、登記名義人に変更の登記をすることについて確認を取った上で、変更の登記をすることとなる。 〇税制上の対応 与党の令和3年度税制改正大綱では、「相続等に係る不動産登記の登録免許税のあり方については、所有者不明土地等問題の解決に向けて、相続発生時における登記申請の義務化、新たな職権的登記の創設等を含めた不動産登記法等の見直しについて次期通常国会に関連法案を提出する方向で検討が進められていることから、その成案を踏まえ、令和4年度税制改正において必要な措置を検討する」とされている。 相続登記の義務化に伴う簡易な手続き(相続人申告登記)については、利用しやすい簡易なものであることはもとよりそのコスト(登録免許税)面での手当も制度の利用促進の観点から重要となる。負担軽減に向けた検討が期待される。 一方、氏名・名称又は住所の変更に関する登記の職権での変更手続きについては、自動的に他の行政機関の情報を反映させるものであり、登録免許税が課税されることはないと考えられる。まさに政府におけるデジタルトランスフォーメーションによる社会全体のコスト削減の好事例となろう。 (了)
令和3年度税制改正における 相続税・贈与税の納税義務者・課税財産の見直し 税理士法人トゥモローズ 令和3年度税制改正案に盛り込まれた「相続税・贈与税の納税義務者・課税財産の見直し」案について、去る3月26日の国会において可決・成立し、令和3年4月1日より施行されている。 1 改正の背景 日本国内で働いている外国人が国外に財産を残したまま日本国内で亡くなった場合には、その国外の財産を含めて日本の相続税・贈与税が課税されるため、外国人ファンド運用者などの優秀な人材が誘致できず、その課税のあり方について問題視され続けていた。この問題点を改善すべく、高度外国人材の受入れを促進するためにも、これまで10年以下の居住期間を線引きとして、該当した場合には国内財産のみを課税対象に限定し、相続税・贈与税の課税が行われてきた(相続税法第1条の3)。 さらに、平成29年度税制改正における短期滞在の外国人同士の相続や、平成30年度税制改正における日本出国後における相続等については、国外財産を課税対象外とするような改正措置が講じられてきた。 外国人が所有する国外財産に対して日本の相続税・贈与税を課税することは、高度外国人材が日本で働くことを、ひいては政府が掲げる日本が将来的なアジアでの国際金融センターとなることを阻害することとなる。そのため、今般の令和3年度税制改正においては、国際金融都市に向けて「外国人に係る相続税等の納税義務の見直し」として、日本で働く高度外国人材等の保有する国外財産に対する課税の緩和措置が講じられている。 2 改正内容 ① 従前納税義務 相続税の納税義務者について、相続税法第1条の3(相続税の納税義務者)に規定されているが、当該条文を体系的に簡略化したものが下図となる。 〈改正前〉 ※1 出入国管理法別表第1の在留資格で滞在している者で、相続・贈与前15年以内において国内に住所を有していた期間の合計が10年以下の者 ※2 出国前15年以内において国内に住所を有していた期間の合計が10年以下の外国人 ※3 出国前15年以内において国内に住所を有していた期間の合計が10年超の外国人で出国後2年を経過した者 (※) 財務省『平成30年度 税制改正の解説』581頁より筆者一部改変 なお、今回、改正となる部分は後述に解説しているが、国内に住所を有する被相続人及び贈与者の部分である。 この部分に該当する者は、従前までの取扱いとしては「一時居住被相続人」、「一時居住贈与者」として、一時居住者である相続人等に対する相続・贈与につき国外財産はその課税の対象から外れることとなっている。 ② 改正内容 今回の改正により、国内に住所がある被相続人及び贈与者について、上述のとおり従前は「一時居住」として「相続・贈与前15年以内の国内居住期間の合計が10年以内である場合」に限って、一時居住の相続人や受贈者で一定の者に対して相続・贈与が生じた際に、国外財産がその相続税・贈与税の課税対象外となっていた。 これが今般の改正により、被相続人及び贈与者の居住期間の縛りがなくなり、在留資格を有することのみで国外財産がその相続税・贈与税の課税対象外とされることとなった。 〈改正後〉 (※) 財務省『平成30年度 税制改正の解説』581頁より筆者一部改変 なお、在留資格とは、出入国管理及び難民認定法別表第一の掲げる在留資格として、下記のような資格として日本国内で就労の際に付与されるものである。 《別表第一》 3 適用時期及び経過措置 上記の取扱いは、あくまで施行日である令和3年4月1日以降に発生した相続等又は贈与について適用され、それより前の令和3年3月31日以前に発生した相続等又は贈与については、遡及はせずに適用されないこととなる。 (了)
相続税の実務問答 【第59回】 「相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付申告の期限」 税理士 梶野 研二 [答] 相続税の還付申告は、相続の開始日の翌日から5年以内に限って行うことができます。お尋ねの場合、あなたのお父様の相続が開始した日は平成28年(2016年)2月1日ですから、その翌日から5年を経過する日は令和3年(2021年)2月1日となりますが、既にこの日を過ぎていることから、今から還付申告をすることはできません。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続時精算課税に係る贈与税額の還付申告 贈与税の申告について、相続時精算課税を選択した者は、その相続時精算課税に係る贈与者が亡くなった場合には、相続時精算課税に係る贈与財産の価額を相続税の課税価格に含めて相続税の計算をしなければなりません(相法21の15①、21の16①)。この際、この相続時精算課税に係る贈与財産について課された贈与税額があるときには、この相続時精算課税に係る贈与税の税額(ただし、相続税法第21条の8に規定する外国税額控除前の税額とし、附帯税(延滞税、利子税、過少申告加算税、無申告加算税及び重加算税)に相当する税額を除きます)を相続税額から控除して納付すべき相続税額を算出します(相法21の15③、21の16④)。 この場合、相続時精算課税に係る贈与税の税額を相続税額から控除してもなお控除しきれない金額があるときは、相続税の申告書にその控除しきれなかった金額(相続税法第21条の8に規定する外国税額控除の規定の適用を受けている場合にあっては、その金額を控除した残額)を記載し、この控除しきれなかった金額に相当する税額の還付を受けることができます(相法33の2①)。 2 還付金請求権の時効 上記のとおり相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金は、相続税還付申告書を提出することにより還付の請求をすることができます。しかしながら、相続税法上、この還付金請求のための申告書の提出期限の定めはありません。 ところで、相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金請求権は、国税通則法第74条第1項所定の「還付金等に係る国に対する請求権」に該当すると考えられ、同項は、還付金等に係る国に対する請求権は、「その請求をすることができる日から5年間行使しないことによって、時効により消滅する」と規定しています。そして、「その請求をすることができる」については、法律上権利行使の障害がなく、権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることを要すると解するのが相当であるとされています(参考:最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・民集50巻3号383頁)。 この点、相続税の納税義務は、相続又は遺贈による財産の取得の時、すなわち相続の開始時に発生することとされており(通法15②四)、他方で、還付金請求権がある場合には、その額の算定も相続の開始時に可能となりますから、この還付金請求権に係る国税通則法第74条第1項所定の「その請求をすることができる日」は、相続開始の日と解すべきであると考えられます(参考:令和2年3月10日東京地裁判決・TAINSコード:Z888-2323)。 贈与税相当額の還付を求める相続税の申告書は、相続税法第27条第1項に定めるに、相続税の申告書の提出期限から5年以内であれば提出することができるのではないかとの疑義も生じ得るかと思いますが、上記のとおり、この還付金請求権は相続開始の日の翌日から起算して5年を経過した時点で時効により消滅することとなります。 3 ご質問の場合 お父様に相続が開始したことに伴う相続税については、遺産総額が相続税の基礎控除額に達せずあなたに相続税の申告義務がなかったため、相続税の申告をしなかったとのことですが、あなたの場合、相続時精算課税に係る贈与税額を控除する前の相続税額は0円であり、0円から相続時精算課税に係る贈与税額20万円を控除できませんので、この20万円は相続税額から控除できなかった金額として相続税の申告書に記載することにより還付を受けることができました。 しかしながら、あなたのお父様の相続が開始した日は平成28年(2016年)2月1日ですから、その翌日から5年を経過する日は令和3年(2021年)2月1日となり、還付申告ができることに気が付いた時には既にこの日を過ぎていることから、もはや20万円の贈与税相当額の還付を受けるための申告をすることはできません。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第26回】 「役員に対して支払った解決金が役員給与とされた事例」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ このような点が争点となった裁決例があるため紹介する(※1)。 (※1) 国税不服審判所平成29年9月1日裁決(判例集未登載、TAINS:F0-2-779)。 (1) 和解により支払った解決金が役員給与であるとされた事例 この事例は、同族会社において役員と会社における和解が成立し、役員に解決金を支払った事例であり、その背景は以下の通りである。 当該同族会社は、株主総会決議や定款に役員報酬額の定めが存在せず、いわゆるメモ書きにて役員に支給額を通知していたという実態があった。さらに、特定の役員には当該メモ記載額よりも多く報酬の支払いがある一方で、全く支払いのない役員も存在した。 そこで、役員(仮にAとする)らが株主として、役員報酬名目で支払われた各金員を当該同族会社に返還する旨の株主代表訴訟を提起し、賠償金の支払いを認める判決が示された。その後、Aらは当該同族会社に対し、役員報酬額や遅延損害金を求める訴訟を提起したが、裁判所は当該メモにより役員報酬額の同意があったとしてAらの請求を認容した。結果として、控訴審において、Aらが役員報酬請求権を放棄し、同族会社が解決金を支払う旨の和解が成立している。 そこで、当該同族会社は、当該解決金の支払いについて、損害賠償金勘定に計上した上で損金算入したところ、課税庁より否認され、審査請求を行うに至った。 (2) 審判所の判断 「権利関係を検討するに当たって、まずは、当該和解調書に記載された条項の文言解釈が中心となることは勿論であるが、一般法律行為の解釈と同様、文言とともにその解釈に資すべき他の事情、特に裁判上の和解であるからこそ、当該訴訟事件の従来の経過等をも十分に参酌して、もって当事者の真意を探求してなされるべきである」。 認定された事実に基づいて法律関係を検討すると、「請求人は、・・・役員報酬の支払を求める訴訟を提起されたところ、本件各金員を支払うことによって、Aらの請求人に対する役員報酬請求権を消滅させ、・・・に係る紛争を終局的に解決する趣旨で本件各和解条項の内容を定めたものと認められ」る。そして、本件各和解条項に係る紛争の解決に関連する内容以外の条項がない点や請求人に対する役員報酬請求権を放棄すること、当該メモを根拠とする請求はしない旨定められていることも併せ考えれば、「本件各和解条項において請求人がAらに対して支払うものとされた解決金については、Aらに対する役員報酬の支払とみるべきものである。したがって、本件各金員は、法人税法34条1項に規定する役員に対して支給する給与に該当する。」 その上で、法人税法34条1項各号に該当しないとして、損金不算入であると示している。 (3) 和解調書から読み取るべきこと 本件は、和解調書による支払いが、役員給与に該当し、定期同額給与・事前確定届出給与・利益連動給与(当時)のいずれにも該当しないことから損金不算入であると示されたものである。翻せば、例えば事前確定届出給与に関する届出書を提出した上で損害賠償金を支払うことで損金算入が可能であったこととなるが、実務上、このように考え至ることは困難であるとも思われる。 しかし、紛争の解決が訴訟上の和解により行われた場合、「解決金」「和解金」等の名目で金員の支払いとその支払方法、遅延損害金に関する条項のみが和解調書に記載されるケースが多い。 ここで、「和解」とは、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することであり(民法695)、「訴訟上の和解」は、①紛争当事者が合意により紛争を解決する、②判決権限を有する裁判官が仲介する、という2つの特徴がある(※2)。訴訟上の和解は裁判官が仲介することでより客観的なものとなることが背景となり、和解調書に「〇〇円の支払義務があることを認める」等、権利義務についてのみ明記される実務上の運用があるのだろう。 (※2) 伊藤眞他編『民事司法の法理と政策 上巻』(商事法務、2008)70頁[出井直樹「裁判上の和解をどう考えるか」]。 本件は、審判所が示した通り、和解調書の内容に加えて原因や経緯等を総合的に勘案する必要性が浮き彫りとなった事例でもある(※3)。役員と会社間で訴訟上の和解が行われた場合には、和解調書によるその実質的な経済効果にも着目しておくことで、役員に対する役員給与に該当するという可能性まで念頭に置いておきたい。 (※3) 和解についてほぼ同旨の判断の内容を示した裁決例として、国税不服審判所平成30年9月12日がある(裁決事例集112集59号、TAINS:J112-3-04)。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第28回】 「適格分割型分割、非適格分割型分割を行った場合の分割法人の株主の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、適格分割型分割、非適格分割型分割を行った場合の分割法人の株主の取扱いについて解説します。 1 適格分割型分割があった場合の分割法人の株主の取扱い (1) 分割法人株式の譲渡損益 株主については、投資が継続していると認められる場合には、譲渡損益の計上を繰り延べることとされています(法法61の2④)。 「投資の継続」とは、株主が金銭等の交付(株式以外の交付)を受けていないことをいいます。 (2) 分割法人株式の帳簿価額の付け替えと分割承継法人株式の取得価額 分割法人の株主は、適格分割型分割を行った場合には、移転する資産・負債に対応する分割法人株式を部分的に帳簿価額で譲渡し、対価として分割承継法人株式を取得したものと考えて、分割法人株式の帳簿価額の付け替え計算を行う必要があります。 適格分割型分割を行った場合の分割承継法人株式の取得価額、分割法人株式の帳簿価額については、次のとおりとなります。 (3) みなし配当 利益積立金額が株主に交付されるときは、みなし配当が計上されます(法法24)。 適格分割型分割が行われた場合には、分割法人の利益積立金額のうち移転する資産・負債に対応する部分は分割承継法人に引き継がれ、分割法人の株主には交付されないため、分割法人の株主においてみなし配当は計上されません。 (4) 具体例 〔前提〕 〔分割法人の株主の仕訳〕 2 非適格分割型分割があった場合の分割法人の株主の取扱い (1) 分割法人株式の譲渡損益 非適格分割型分割の場合、分割法人の株主は、移転する資産・負債に対応する分割法人株式を部分的に時価で譲渡し、対価として分割承継法人株式を取得したものと考えて、分割法人株式の譲渡損益の計算を行う必要があります。ただし、分割対価が株式のみの場合には、投資が継続しており、帳簿価額で譲渡したものと考えるため、譲渡損益の計上を繰り延べることとされています(法法61の2④)。 「投資の継続」とは、株主が金銭等の交付(株式以外の交付)を受けていないことをいいます。 したがって、非適格分割型分割の場合でも、分割法人の株主が金銭等の交付を受けていないときは、分割法人株式の譲渡損益は繰り延べられます。 (2) 分割法人株式の譲渡損益の計算と分割承継法人株式の取得価額 非適格分割型分割を行った場合の分割法人株式の譲渡損益の計算と分割承継法人株式の取得価額については、次のとおりとなります。 ① 金銭等が交付される場合 ② 株式のみ交付される場合 (3) みなし配当 非適格分割型分割が行われた場合には、分割法人の利益積立金額、資本金等の額のうち移転する資産・負債に対応する部分は分割承継法人に引き継がれず、分割法人の株主に交付されることとなるため、分割対価として交付された金銭等が払込資本を超える部分については、みなし配当として認識する必要があります(法法24①二)。 〈みなし配当の金額〉 交付を受けた金銭及び金銭以外の資産の価額の合計額から資本金等の額のうち交付基因株式に対応する部分の金額を控除した金額とされています。 3 具体例 【具体例①(分割承継法人株式+現金を交付)】 〔前提〕 〔分割法人の株主の仕訳〕 【具体例②(株式のみ交付)】 〔前提〕 〔分割法人の株主の仕訳〕 ◆適格分割型分割、非適格分割型分割を行った場合の分割法人の株主の取扱いのポイント◆ 分割法人株式の譲渡損益を認識するかどうかは、適格分割型分割か非適格分割型分割かに関わらず、投資の継続で判定します。 非適格分割型分割が行われた場合でも、分割承継法人株式のみが交付されるときには、分割法人株式の譲渡損益は認識せず、分割承継法人株式の取得価額は分割時の時価とはならないので留意が必要です。 適格分割型分割、非適格分割型分割があった場合の分割法人の株主の取扱いをまとめると下記のとおりです。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第30回】 「親族の範囲」 -特殊関係者に対する譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q X(夫)とY(妻)は、家屋とその敷地を共有(各持分1/2)し、居住の用に供していましたが、本年4月、Xの転勤に伴いその家屋と敷地を売却することにしました。 たまたまYの妹の夫であるZの経営するA社(Zの持株割合が80%)が住宅を探していたことを知り、その家屋と敷地をA社に売却しました。 売却については、地価の下落による多額の譲渡損失が発生し、XとYは銀行に住宅ローンを組んで、転勤地にマンションを共有(各持分1/2)で購入し、本年10月から居住の用に供しています。 なお、X・YとZは生計も住居も別です。 他の適用要件が具備されている場合、XとYは「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A いずれの持分に係る譲渡損失についても、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」には、譲渡した資産の譲受者が、特殊関係にある親族などに該当する場合の適用除外規定(【第29回】の解説を参照)が定められています(措法41の5⑦一、措令26の7③、法令4②・③)。 本事例の場合、XとYの妹の夫であるZの間には、親族関係(民法725(親族の範囲))がありませんから、特殊関係にはありません(措法41の5⑦一、措令26の7③)。 また、Yと妹の夫であるZの関係は、姻族2親等の親族関係にありますが、生計も住居も別であることから、ZのA社における持株割合が50%超であっても、YとA社の間には特殊関係はないこととなります(措法41の5⑦一、措令26の7③、法令4②・③)。 したがって、XとYのいずれの持分に係る譲渡損失についても、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 なお、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても、譲渡した資産の譲受者に係る同様の除外規定が定められています(措法41の5の2⑦一、措令26の7の2③、法令4②・③)。 〔参考〕 親族・親等図表 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第113回】 SBIソーシャルレンディング株式会社 「第三者委員会調査報告書(公表版)(2021年4月28日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【SBIソーシャルレンディング株式会社第三者委員会の概要】 【SBIソーシャルレンディング株式会社の概要】 SBIソーシャルレンディング株式会社(以下「SBISL」と略称する)は、2008(平成20)年1月設立。ソーシャルレンディングサービスにおける出資募集業務、貸金業務を主たる事業とする。会社の機関として株主総会のほか、取締役会と監査役及び会計監査人を設置しており、2021年2月18日時点における取締役は5名(うち1名は社外取締役)、監査役は2名である(調査報告書10ページ)。営業貸付金残高42,184百万円、営業収益3,236百万円、税引前当期純利益244百万円(いずれも2020年3月期実績)。資本金1,000万円(SBIグループ100%)。本社所在地は東京都港区。 親会社であるSBIホールディングス株式会社(以下「SBIHD」と略称する)は、1999(平成11)年7月設立。株式等の保有を通じた企業グループの統括・運営等を事業内容とする。連結収益368,055百万円、税引前利益65,819百万円、従業員数8,003人、連結子会社268社、持分法適用会社34社(2020年3月期実績)。東京証券取引所市場第1部上場。本店所在地は東京都港区。会計監査人は有限責任監査法人トーマツ。 【調査報告書の概要】 まず、本件で問題となったSBISLのソーシャルレンディングに係るビジネスモデルについて、調査報告書から引用する(調査報告書10ページ)。 SBISLは、このビジネスモデルによって、A社に関連するファンドの組成を繰り返し、A社関連ファンドとして、2017年5月から2020年10月までの間に合計39ファンド、383億9,505万円の募集及び融資を実行した。A社に関連する本件ファンドの融資残高が、SBISL全体の融資残高に占める割合は、2017年3月時点では0%であったが、その後急拡大し、2018年3月時点で全貸付残高の32.1%、2019年3月時点で43.8%、2020年3月時点で43.8%、2021年1月時点で39.2%となっている(調査報告書25ページ)。 ここまでSBISLが融資を拡大していった理由について、調査報告書の内容を検討したい。 1 SBISLによるファンドの組成と資金の流れ SBISLのA社に対する貸付のためのビジネススキームは大きく分けて、「発電所案件」と「不動産案件」に大別され、「発電所案件」にはバイオマス発電と太陽光発電に関するものが存在していた。SBISLとA社間の資金の流れは、いずれのビジネススキームでも同じで、下図のとおりとなる。 〈SBISLとA社間の資金の流れ〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ところが、第三者委員会が15のプロジェクトについて進捗状況を調査した結果、調査対象のプロジェクトの多くで、地上権の設定や電力会社との間における電力供給契約上の地位の取得は完了しているものの、実際の発電設備(不動産案件の場合は建物)の工事や設備の発注は行われないままに、貸付金の返済期限を迎えていることが判明している。 具体的には、発電所案件では、調査対象の8プロジェクトのうち、4プロジェクトは発電所が完成しないまま返済期限を迎え、プロジェクト自体をB社に売却することによって返済を完了させており、その他の4プロジェクトは工事未着工が2件、工事ストップと大幅遅延ながら造成工事中が各1件となっている。 一方、不動産案件では調査対象の7プロジェクトのうち、大幅に遅延しながらも建物を完成させたプロジェクトが1件あるものの、4件は更地状態のまま、他の2件も大幅遅延のまま建築中と工事ストップが各1件という状態であった。 2 資金使途違反金額(調査報告書別紙3) 第三者委員会は、SPCからA社に流れた資金が、本来の使途である設備・工事代金以外に費消されている実態を調査し、その合計額を「調査報告書別紙3」にまとめている。それによると、融資額合計20,728百万円のうち、12,927百万円が資金使途に違反しており、その割合は、62.4%に達している。 この金額の算定根拠について、第三者委員会は次のように説明している(調査報告書54ページ以下)。 3 第三者委員会による原因分析(調査報告書69ページ以下) 第三者委員会は、SBISLにおいて本件事象が発生した原因を以下のように総括している。 そのうえで、原因として、次の項目を挙げている。 いくつか特徴的な項目を見ておきたい。 まず、「第1 プロフェッショナリズム・投資者保護意識の著しい欠如」から、第三者委員会は、ソーシャルレンディング事業について、「SBISLは、仮にプロジェクトが失敗に終わり、投資者に対する元利金の分配が実現しなかったとしても、投資者に対する元本償還や利益分配の義務を負うことはなく、この点において、ソーシャルレンディング事業は、SBISL自身にとってリスクのない事業である」と説明したうえで、その経営姿勢を批判している。 こうした不誠実な経営陣について、SBISLにおけるA社関連ファンドの貸付残高が、2019年3月末時点で全貸付残高の43.8%の規模に膨らんでいたことから、第三者委員会は、一般論という限定を付けながら、「当該債務者からの融資申込みを断れば同債務者の他の貸付の返済に支障が生じる可能性もあるため、貸付者と当該債務者はいわば「運命共同体」の関係となりがちである(借りて貰うことを頼みやすく、貸すことを断りにくい状態)」となっていたとして、こうした状態を「情実融資」「貸付モラルの低下」と評価している。 また上場準備の段階にあったSBISL経営トップについては、「第2 経営トップの営業優先・過大な収益目標の設定」の項目で、その企業風土を次のように評価している。 そして、「このような企業風土の中ではリスク管理を唱えても会社業務の邪魔をするものとの評価を受けかねず、それを強く主張することはできないものと推察」している。 さらに、「第4 審査・モニタリング体制の欠陥」の項目の中で注目されるのが、「人員不足」である。第三者委員会は、A社関連ファンドの担当者が、案件組成の検討、対外折衝、審査・モニタリングを含めて原則一人の人員で案件を担当していることに加えて、A社案件以外の多くの業務も担当していたことを挙げて、原因分析をしている(下線は筆者による)。 4 再発防止のための提言(調査報告書73ページ) 第三者委員会は、上記の原因分析の結果、次のように再発防止策を提言している。 「経営陣の意識改革」や「適切なガバナンス機能」が必要なのは言うまでもないことなので、第三者委員会が、「SBISLの組織上、体制上の問題である」と結論づけた審査・モニタリング体制について、「組織体制の強化・見直し」の項目から、再発防止の具体策について、内容を確認しておきたい。 第三者委員会がまず提言しているのが、「貸付審査部門の新設」である。審査部門を新設しても、実際に専門的知見が備わった担当者を配置することが難しい場合の策として、 などの具体策が示されている。 次いで、「モニタリング体制の整備」として、モニタリング業務についても、ファンド組成・審査の担当者から独立した別部門にて実施することが望ましいとしたうえで、今回の事案に対する具体的な施策として、次のようにまとめている。 第三者委員会は、最後に、「適切な貸付条件設定ルールの設定」を提言して、再発防止策を締め括っている。 【調査報告書の特徴】 SBISLが第三者委員会の設置を公表して間もなく、週刊新潮は2021年2月25日号に1本の記事を掲載した。『金融庁が調査厳命! クリーン装い200億円調達の果て日没した「太陽光発電会社」の広告塔は「小泉純一郎」』とタイトルを付けられたこの記事では、SBISLのソーシャルレンディング事業によって200億円近い資金を調達した会社を、株式会社テクノシステム(代表取締役:生田尚之氏)と特定したうえで、同社が、小泉純一郎元総理大臣を広告塔に仕立て上げ、調達した資金を次から次へと過去の借入金の返済原資としている様子が、元社員の証言などを引用する形で明らかにされている(※)。 (※) 週刊新潮の記事(2021年2月25日号)は、本稿執筆時点では、デイリー新潮のサイトで閲覧することが可能である。 調査報告書が公表された翌日4月29日付の東京新聞では、「東京地検、太陽光関連会社を捜索 融資金、数億円を詐取か」とタイトルを付けられた短い記事が掲載され、以下のように報道された。 1 SBISLがA社に対する融資を拡大していった理由 本稿はじめで、調査報告書を読むポイントとして、「SBISLが融資を拡大していった理由」は何か、それが第三者委員会によってどこまで詳らかにされているかに注目していた。 第三者委員会は、原因分析の中で、「経営トップの営業優先・過大な収益目標の設定」を挙げ、上場のために過大な営業目標を掲げる経営トップの姿勢を批判し、担当者は、「過大な営業目標を達成するための安易な方策として、A社案件が産み出す手数料収入を得ることに更に傾注することとなり、A社の持参するスケジュールの極めてタイトな大型案件に、厳格な審査を行わず、次々と取り組むこととなった」と評価分析をしている。 SBISL経営陣や担当者とA社社長との間にどのような関係があったのか、A社からの利益供与(キックバック)などはなかったのかなどについて、調査報告書には言及はない。 2 A社の資金はどこに流出したのか 第三者委員会が、資金使途違反として認定した約130億円のうち、他のファンドからの借入金返済や利息の支払に充てられたことが判明している金額は約50億円であり、残り約80億円については、各貸付対象事業を遂行する目的に使用されたとはいえないことから資金使途違反金額に加算されたものであるが、この約80億円の資金使途についても、調査報告書には一切言及がない。 第三者委員会は、A社関連ファンドの関係者13名に対してヒアリングを実施したこととしているが、この中にA社社長が含まれているかどうかについても説明はない。 上記1の指摘にも共通することであるが、共犯関係や資金流用の実態などの調査結果については、本件が東京地検特捜部の捜査対象となっている(すでに引用した東京新聞の記事より)ことを踏まえ、捜査への影響を考慮して、「公表版」では削除されているのかもしれない。 3 未償還元本相当額の償還に向けた取り組み SBISLは、調査期間中の4月2日、「未償還元本相当額の償還に向けた取り組みに関するお知らせ」をリリースして、以下のように、投資家を保護する姿勢を示している。 こうした未償還元本相当額の償還により、SBIHDが4月28日に公表した2021年3月期の決算説明会資料における「連結業績の概況」によれば、約145億円の損失が発生し、これを同期に処理したという記載がある。 4 SBISLが講ずる措置及び再発防止策 SBISLは、第三者委員会による調査報告書の提出を受けて、4月28日、「当社貸付先の重大な懸案事項に関する第三者委員会の調査報告と再発防止策等について」というリリースを出し、再発防止策と関係者の処分を次のように公表した。 (了)