〈ポイント解説〉
役員報酬の税務
【第31回】
「役員貸付金の解消方法としての貸倒損失」
税理士 中尾 隼大
【 質 問 】
私は中小企業の経理担当者です。当社は社長個人への役員貸付金が多額となっています。
近年、事業承継を控えているため役員貸付金の解消について検討していますが、社長個人は現時点で資力が芳しくないため、貸倒損失処理も選択肢に入っています。
この場合、何か留意点はありますか。
【 回 答 】
代表者である社長個人に対する役員貸付金について、会計上は貸倒損失とし、税務上は損金の額に算入することは、極めて難しいと考えます。
○●○● 解 説 ●○●○
(1) 役員貸付金の存在
中小企業において役員貸付金が存在する場合、金融機関は時として冷ややかに対応するといわれる。というのも、役員貸付金が存在する場合には、金融機関はその内部格付けを行うための定量分析において、当該役員貸付金を事実上、回収可能性のない資産と評価する場合があり、各財務数値に悪影響を及ぼすという可能性があるからだ。また、税務上においても、無利息の貸付金が存在することで役員に対する経済的利益の供与とされないために(※1)、いわゆる認定利息の利率設定等が問題となるだろう。
(※1) 役員に対する経済的利益の供与については、【第9回】参照。
したがって、役員貸付金の解消は中小企業にとって大きな課題の1つであるといえるが、役員貸付金の解消方法としては、以下の諸方法が一般論として説かれている。
- 役員報酬を原資とする返済
- 役員退職給与を原資とする返済
- 役員個人が融資により返済原資を調達して返済
- 役員個人の資産を法人に売却して返済
- 役員借入金との相殺
これらの方法は適正に運用する限り、大きな税務上のリスクがあるわけではない。それぞれ一長一短とされるが、中小企業を顧客とする実務の現場ではセオリーといえる対応だろう。
ここで、仮に役員に返済能力がなかった場合、役員貸付金を貸倒損失として計上し、損金算入を行うという方法はどうだろうか。元代表者に対する貸倒損失を損金算入とした場合について争われ、結果として損金算入が認められたイレギュラーな事例があるので、以下に紹介する。
(2) 元代表者に対して貸倒損失を計上し、損金算入したことが認められた事例(※2)
(※2) 東京地裁平成25年10月3日判決(税務訴訟資料263号順号12301、TAINS:Z263-12301)。
【要旨】
法人である原告は、元代表者に対する貸付金等につき、貸倒損失とした上で損金の額に算入して確定申告を行ったところ、課税庁により回収可能性がないとは認められないとして更正処分等を受けたため、これを不服としてその取消しを求めたのが本件である。
なお、当該貸付金等は、元代表者の個人的といえる費消やその認定利息に加え、元代表者個人の債務を返済するために原告が貸し付けたことが要因となって発生している。その後、元代表者との訴訟により当該貸付金額が確定し、原告の代理人弁護士より回収の見込みがない旨の報告を受けたものである。
裁判所は、回収可能性の判断について興銀事件判決にて最高裁が示したいわゆる社会通念基準に照らし、元代表者は当該貸付金等の返済に供せる程の資産を有していなかったことが認められるとして、原告の主張を認めた。
役員貸付金を貸倒損失として損金算入することは、かなりの無理筋であるという感覚が、一般的な実務感覚として正常であると思われる。
地裁が引用した興銀事件最高裁判決は、貸倒損失が損金算入される要件として、「当該金銭債権の全額が回収不能であることを要すると解され」、「その全額が回収不能であることは客観的に明らかでなければならない」が、そのためには、
① 債務者の資産状況、支払能力等の債務者側の事情
② 債権回収に必要な労力
③ 債権額と取立費用との比較衡量
④ 債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等といった債権者側の事情
⑤ 経済的環境等
を踏まえ、「社会通念に従って総合的に判断されるべきものである」として社会通念基準を示している(※3)。
(※3) 最高裁平成16年12月24日判決(税務訴訟資料254号順号9877、TAINS:Z254-9877)。評釈として、品川芳宣「興銀判決とそれが貸倒処理に及ぼす影響」TKC税研情報14巻(2005)3号58頁等がある。
本件地裁においても社会通念基準に沿って事実認定を行っているが、地裁が認定した事実として特筆すべき事項は以下の通りである。
- 元代表者に資力がなく、貸倒損失を計上した時点で公的年金のみの収入であること
- 原告は返済を求めたが、元代表者が取り合わなかったこと
- 債権者たる原告の事情として、事業承継を円滑に進めることを考慮し、元代表者へ返済を強く求めることに限界があったこと
本件地裁は上記の事情がありながら合理性を有すると判断したのであるが、興銀事件を引用している以上、債権者側の事情について同族会社特有ともいえる事情について合理性を認めた地裁判決には違和感があるといわざるを得ない(※4)。
(※4) 東京地裁平成25年10月3日判決について事実認定の粗略さ等を指摘した上で、元代表者との訴訟に関しても作為性を感じるとし、貸倒れ判定に合理性が認められないという指摘として、渡辺充「元代表者に対する貸付金等の回収可能性」速報税理33巻(2014)28号31頁がある。
すなわち、債務者の返済能力等がないことにより貸倒損失の損金算入について実務上検討する場合、通常は、法人税基本通達9-6-2の「その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合」に該当するかどうかを検討することとなり、事実認定について悩むこととなる。この点、同通達と上記社会通念基準について、「回収不能かどうかは第一義的には債務者側の事情により判断する」とした上で、「債務者側の事情のみでは回収不能かどうかを判断することができない事情があるかどうかも個別具体の事例に即して慎重に見極める必要がある」という解説がある(※5)。
(※5) 高橋正朗編著『法人税基本通達逐条解説(十訂版)』(税務研究会出版局、2021)1072頁。なお、興銀事件判決後、国税庁はHP上に「平成16年12月24日最高裁判決を踏まえた金銭債権の貸倒損失の損金算入に係る事前照会について」を掲載し、興銀事件判決を受けて一般納税者からの問い合わせに事前照会として対応する旨を明らかにした。
このように考えると、東京地裁平成25年10月3日判決の判断は、貸倒損失の対象が中小企業特有といえる役員貸付金であったため社会通念基準により債権者側の事情を確認したが、地裁が行った事実認定は合理性に欠けると評価するべきだと考えられる。
したがって、役員貸付金に係る貸倒損失について損金算入を検討する場合、同族会社特有といえる事情があったとしても、今回紹介した事例のように是認されるとはいい難く、社会通念上妥当な状況となることは考えにくいため、通常は困難といえるのではないだろうか。
このように、役員貸付金を貸倒損失として損金算入することはかなりの無理筋であるといえる。個人的には、役員貸付金が存在する時点で経営として正しい判断なのだろうかと疑問を抱くが、税理士としては、役員貸付金が発生しないようにクライアントに助言することが最優先であり、その解消についても貸倒損失まで検討しないためにアドバイスするべきであるといえよう。
(3) その他
このように、役員が個人的に費消したり、役員個人の借入金を返済したりするために会社が金員を貸し付けるという行為は、中小企業特有の事情であるといえるが、そもそもこれらの行為は、会社法356条1項2号の利益相反取引となり、株主総会や取締役会で承認を得ることが必要な場合があるため留意が必要である。
また、役員貸付金について貸倒損失を計上した場合、役員側にとっては経済的利益の供与、すなわち賞与として取り扱われる可能性も確認しておきたい。いわゆる倉敷青果荷受組合事件(※6)は、理事長に対して行った債務免除益について、賞与に該当し源泉徴収義務があるか否かについて争われた事例である。
(※6) 最高裁平成27年10月8日判決(税務訴訟資料265号順号12733、TAINS:Z265-12733)。その後、差戻控訴審後の最高裁判決にて確定している。
最高裁は、納税者が債務免除に応じた事情としてその貢献に対する評価があったとし、「理事長が納税者に対し雇用契約に類する原因に基づき提供した役務の対価として、納税者から功労への報償等の観点をも考慮して臨時的に付与された給付とみるのが相当である。したがって、本件債務免除益は、所得税法28条1項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に該当するものというべきである」としている(※7)。
(※7) 債務免除を受けた理事長が社団に多大な迷惑をかけた事情に鑑み、一時所得に当たるとする指摘として、金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019)244頁がある。
したがって、仮に役員貸付金に対して貸倒損失を計上する場合、源泉徴収義務についても検討することは必要であるといえよう。
〔凡例〕
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
法規・・・法人税法施行規則
法基通・・・法人税基本通達
措法・・・租税特別措置法
措令・・・租税特別措置法施行令
措規・・・租税特別措置法施行規則
措通・・・租税特別措置法関係通達
所令・・・所得税法施行令
所基通・・・所得税基本通達
通法・・・国税通則法
通令・・・国税通則法施行令
(例)法法34①一・・・法人税法34条1項1号
(了)
「〈ポイント解説〉役員報酬の税務」は、毎月第3週に掲載されます。