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monthly TAX views -No.93-「期限迫る消費税の表示問題を考える」

monthly TAX views -No.93- 「期限迫る消費税の表示問題を考える」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   先日筆者のところへ、スーパーマーケット業界の関係者が訪ねてきて、来年(2021年)3月末で期限が切れる消費税の総額表示義務の特例について、できれば延長してほしいという話をされた。 そもそも消費税の表示については、消費者がレジで請求されるまで支払額の分からない税抜き価格表示ではなく、税額も入った総額を表示するように平成15年度税制改正で義務付けされた。 しかし、消費税率が5%から8%、さらには10%へ引き上げられる際に、事業者が値札の張り替え作業を行う事務負担増への配慮や、消費税の円滑な転嫁を確保することを理由に、転嫁対策特別措置法で特例が設けられた。 特例の内容は「税込み価格であると誤認されないための措置を講じている場合には、税込み価格を表示する必要はない」というもので、この特例の期限が来年3月末で切れるのである。 *  *  * 消費者庁が本年8月に行った調査によると、店頭価格の表示方法は約7割が総額表示となっており、消費者の97%は総額表示を望んでいるという。 では、なぜ冒頭のような税抜き表示を希望する意見が出るのであろうか。 彼は2つの理由を挙げた。 1つは、「自分たちはデフレの世の中で、価格を上げないように一生懸命努力しているが、消費税率の引上げによって価格が上がり、その努力が台無しになる。税抜きの価格を表示することで、一生懸命、価格据え置きの努力をしていることを消費者に見せたい」という理由である。 これに対し筆者は、消費者は「自分が最終的にいくら支払うか」という点(総額)に最大の興味があり、あまり説得力のある話ではない、と思った。 *  *  * 彼が2番目に挙げた理由は、「消費者に消費税分を確実に転嫁したい。レジで加算すれば確実に転嫁できる」というものであった。これは特措法の趣旨でもある。 これに対して商売の素人の筆者は、次のように答えた。彼が納得したかどうかは定かではないが。 自由経済の下では、価格は需要と供給によって決定されるものであり、決してコストによって決まるわけではない。銀座に一杯1,000円のコーヒー店があるのは、「銀座は地価等のコストが高い」からではなく、「銀座では一杯1,000円でもコーヒーを飲む人がいるから」である。そしてその場合の価格は、消費税込みの総額だ。 アルバイトの人件費や為替レート・国際市況の変化で原材料の価格は日々変化するが、小売り店はその都度値段を変えるわけではない。消費税率の引上げもコストの変化で、「個々の品目ごとに消費増税分を一律に」引き上げなければならない、と考えることには無理があるのではないか。 商売に重要なのは、お店のマージンを最大化することで、そのためには売れ筋のものは(需要が強いので)価格(消費税込みの価格)を高めに、そうでないものは低めにして、全体でどのような価格設定が、一番利益が多くなるかを考えるべきではないか。 *  *  * 消費税率の引上げをチャンスと捉え、競争相手から顧客を奪うような価格設定する事業者があってもおかしくない(おそらくすでに存在している)。 こう書いたところで、10月1日から酒税が引き上げられる第3のビールについて、イオンはPB(プライベートブランド)の価格を据え置くというニュースを目にした。消費者の支持を集めるためというが、店側のマージンを極大化するためである。 同じサービス内容でも、時間帯によって価格を変えるダイナミック・プライシングも普及するなど、そもそも価格とは何か、その定義が難しくなっている中で、消費税にばかり目を向けるのではなく、視野を広く持つ必要がある。 (了)

#No. 388(掲載号)
#森信 茂樹
2020/10/01

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例22】「役員給与における「不相当に高額な部分」の意義と租税法律主義」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例22】 「役員給与における「不相当に高額な部分」の意義と租税法律主義」   国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、北陸地方において日本酒の醸造を行っている酒造メーカーである株式会社Aにおいて、ここ10年あまり経理部長を務めております。近年、健康志向の高まりによる「低アルコール」飲料へのシフトや食事の洋風化、容器の「飲みきりサイズ」への少量化といった要因により、日本酒の国内出荷量は低迷しております。また、今年に入ってからのコロナ禍により、外食需要の縮小も大きな懸念材料といえます。そのような業界を取り巻く厳しい経済状況の中、わが社は比較的高価格帯の「特定名称酒」に力を入れており、お陰様で根強い支持をいただいているところです。また、海外での和食ブームに乗り、北米や東南アジア向けの輸出も現在伸びております。 わが社のこのような経営基盤を築いた功労者は、間違いなく先代の会長と、その奥様である元取締役であるといえます。そこで、一昨年、お二方がわが社の経営の一線を完全に退くにあたり、その長年の貢献と労苦に報いるため、退職慰労金を支払っております。その金額は、顧問税理士はもとより、地元の金融機関とも相談し妥当といえるものであると考えておりました。ところが、最近受けた税務調査で、調査官から「先代の会長とその配偶者である元取締役に対して支払った役員退職慰労金は、同業他社の事例と比較してかなり高い」ことから、法人税法第34条第2項にいう「不相当に高額な部分の金額」があるため、その金額については損金の額に算入されないと言われました。 最近出た裁判例で、酒造メーカーの役員給与について争われた事案があり、それでは創業者に対して支払われた役員退職金がわが社のケースよりも高いにもかかわらず認容されたと聞きます。調査官にもその旨を反論しましたが、「あちらとは事情が異なる」として取り合ってもらえません。今後どのように対応したらよいのでしょうか、教えてください。 【A】 先代の会長とその配偶者である元取締役に対して支払った役員退職慰労金が損金算入されるかどうかは、法人税法第34条第2項にいう「不相当に高額な部分の金額」があるかどうかにかかってきますが、「創業者の功績」というある種の無形資産をどの程度合理的かつ多く見積もることができるのかがカギとなるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 法人税法上の役員退職慰労金の取扱い 平成18年度の税制改正以降、法人税法上、退職した役員に支給される退職給与(役員退職慰労金)は「役員給与」という概念の中に包含されることとなった。当該役員退職慰労金の法人税法上の取扱いは、その支給額のうち「不相当に高額な部分の金額」として政令に定める金額がある場合、その金額については損金に算入されないというものである(法法34②)。 ここでいう「不相当に高額な部分の金額」として政令に定める金額とは、当該役員のその法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合、その超える部分の金額をいう(法令70二)。   (2) 功績倍率法と1年当たり平均額法 「不相当に高額な部分の金額」として政令に定める金額を算定する際に参照される、その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況は、裁判実務上、以下の2つの方法が使用される。 ① 功績倍率法 役員に対する退職給与が支給されている他の法人で、当該法人と同種の事業を営み、かつ事業規模及び退職した役員の地位等が類似するものを選び出し、その功績倍率に当該役員の最終月額報酬及び在任(勤続)年数を乗じて適正額を算出する方法である(※1)。これは、通常、以下の算式により計算される。 (※1) 金子宏『租税法(第二十三版)』(弘文堂・2019年)401頁。 〇 功績倍率法の算式 上記算式で重要な指標は、「功績倍率」である。功績倍率とは、退職給与が役員の最終月額報酬に在任(勤続)年数を乗じた金額の何倍にあたるかというときの、その倍率を指す。功績倍率は、同種事業で事業規模及び退職した役員の地位等が類似するものを基準に算定されることとなる。 功績倍率には更に以下の2種類がある。 (ア) 平均功績倍率 類似法人の功績倍率の平均値をいう。当該倍率を用いた功績倍率法によることが合理的とされた裁判例として、東京高裁昭和49年1月31日判決・行裁例集25巻1=2号66頁、最高裁昭和60年9月17日判決・税資146号603頁、札幌地裁平成11年12月10日判決・訟月47巻5号1226頁等がある。 (イ) 最高功績倍率 類似法人の功績倍率の最高値をいう。当該倍率を用いた功績倍率法によることが合理的とされた裁判例として、東京高裁昭和56年11月18日判決・行裁例集32巻11号1998頁等がある。 ② 1年当たり平均額法 功績倍率方式に代わる算式としては、「1年当たり平均額法」というものがある。これは、以下の算式で示されるとおり、類似法人の役員に係る退職給与の平均額(1年当たり)に、対象となる役員の在任年数を乗じて求めるという方法である。功績倍率方式よりも1年当たり平均額法の方が役員退職給与の算定方式として合理的であるとした裁判例として、札幌地裁昭和58年5月27日判決・行裁例集34巻5号930頁等が挙げられる。 〇 1年当たり平均額法の算式 ③ 両者の適用順位 功績倍率法と1年当たり平均額法の2つの方法の適用に関する優先順位であるが、これは納税者に有利な方法を優先して適用すべきであると解されている(※2)。 (※2) 金子前掲(※1)書401頁。   (3) 泡盛酒造会社事件 最近マスコミをにぎわした役員給与に関する裁判例として、沖縄の泡盛酒造会社事件(一審東京地裁平成28年4月22日判決・税資266号-71(順号12849)、TAINSコード:Z266-12849、控訴審東京高裁平成29年2月23日判決・税資267号-32(順号12981)、TAINSコード:Z267-12981)があるので、以下でその内容を確認しておきたい。 ① 事件の概要 本件は、泡盛「残波」で著名な酒造会社である原告(比嘉酒造)が、処分行政庁である沖縄税務署長から、平成19年2月期から平成22年2月期までの各事業年度において、役員4名に支給した役員報酬ないし役員給与及び代表取締役を退任した者に対して支給した退職給与について、いずれも「不相当に高額な部分」があり、当該金額は、損金の額に算入されないとして法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことについて、上記役員報酬ないし役員給与及び退職給与の支給額はいずれも適正であるとして、本件各更正処分の一部及び各賦課決定処分の取消しを求めた事案である。 各役員への実際の支給額は判例データベース等では開示されていないが、報道によれば(※3)、代表取締役を退任した創業者(下記判決文中の「乙」)への役員退職金の支給額は約6億7,000万円だったという。 (※3) 2016年4月23日付沖縄タイムス。 ② 事案の争点 代表取締役を退任した者に対して支給した退職給与のうち、不相当に高額であるとして損金の額に算入されない部分の金額の有無及びその額。 なお、取締役4名に関する役員報酬に係る「不相当に高額な部分」については、本稿では扱わない。 ③ 裁判所の判断 (ア) 東京地裁の判断 一審の東京地裁平成28年4月22日判決・税資266号-71(順号12849)は以下のとおり判示し、課税庁の主張を認めなかった。 (イ) 東京高裁の判断 控訴審の東京高裁平成29年2月23日判決・税資267号-32(順号12981)では、役員退職給与部分は争われず、原審で認められなかった役員給与の損金算入につき、納税者側が認めるよう主張したが、斥けられた。 なお、納税者側は上告したが不受理で(最高裁平成30年1月25日決定・税資268号-13(順号13118))、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本件は役員退職給与が不相当に高額であるかどうかが争われた事案であるが、その判断基準として、功績倍率法が採用されている。また、功績倍率法の各要素について、在任年数に争いはなく、一般に2~3の間に収まる「功績倍率」については3.0としている。被告・課税庁はこれを否定することは困難であるためか、原告の主張する3.0はすんなり認められている。 最後の要素である「退職時の報酬月額(最終月額給与)」であるが、その適正額について争いがあった。被告・課税庁は、同種事業・類似規模の法人の選定に際し、売上高が当該法人の半分から2倍の範囲内の同業者を選定し、その平均値・・・をもって相当の額の給与とみなす行政実務である、いわゆる「倍半基準(※4)」によりそれを算定することを主張したが、裁判所は「各比較法人のうち代表取締役に対する給与額の最高額の高い上位2法人」の水準を超えない限りは「不相当に高額な部分の金額があるとはいえない」として、課税庁の主張を斥けている。裁判所がこのように平均値ではなく最高値を採用すべきと判断した根拠としては、退職した代表取締役の会社に対する貢献度を十分評価してのものであると解されるところである。 (※4) 金子前掲(※1)書400頁。 「不相当に高額な部分の金額」の有無の判断に関しては、法令解釈上、同種事業・類似規模の法人の退職金の水準が判断基準となるのは当然であるが、それのみをもって「倍半基準」を機械的に当てはめるのは妥当ではなく、特に本件のように会社への貢献度が絶大な創業者・長らく代表取締役を務めた者については、その役員の法人に対する貢献度その他特殊事情を考慮すべきということになる(※5)。 (※5) 金子前掲(※1)書400-401頁。 最後に、やや蛇足となるが、本件の理解を深めるに資する背景説明として、沖縄経済の特殊性に関し若干触れておきたい。沖縄においては、復帰から2014年までの42年間で、泡盛業界に対し総額約400億円もの酒税が免除されてきた、とされている(※6)。創業者のビジネスに係る創意工夫は当然評価されてしかるべきであるが、それだけでなく、酒税優遇のメリットが上位蔵元である比嘉酒造(といっても年商20億円程度であるが)に集中してきた結果として、本件のような巨額の役員退職給与の支給につながったという点は否めないであろう。 (※6) 前泊博盛「沖縄における泡盛産業と地域振興」札幌大学総合研究6(2015)64頁。 ⑤ 不相当に高額な部分の金額と課税要件明確主義 法律又はその委任のもとに政省令において課税要件及び租税の賦課・徴収の手続きに関する定めを行う場合に、その定めは可能な限り一義的で明確でなければならないとする原則を、一般に課税要件明確主義というが(※7)、本件で問題となった「不相当に高額な部分の金額」のようないわゆる「不確定概念」を解釈上どのように明確化するのか、という点が問題となる。 (※7) 金子前掲(※1)書84-87頁。 この点に関し、本件で裁判所は、役員報酬に関する別の争点に対する判示として、 としている。 不相当に高額な部分の金額の有無を一義的に算定するには、功績倍率法の場合、「功績倍率」及び「退職時の報酬月額(最終月額給与)」が特に必要な情報となるが、本件のように、「退職時の報酬月額(最終月額給与)」が同種・同規模企業と比較して妥当かの判断が求められる場合、一般納税者がそのような情報を入手することは容易ではなく、裁判所の「一般に公表された統計等により、法人の規模や業務に応じた役員報酬ないし役員給与の傾向ないし概要を把握することは可能である」という認識は、憲法違反との断定を躊躇してのものとはいえ、現実から乖離していると言わざるを得ない。一方で、納税者の申告情報を一元的に管理している課税庁がこのような情報を入手することは容易であり、このようなギャップは一般に「シークレット・コンパラブル」の問題とされている(※8)。 (※8) 木山泰嗣『入門課税要件論』(中央経済社・2020年)47頁参照。 筆者はかねてから、このような納税者と課税庁との「情報の非対称性」を克服するため、法人の申告方法のデータベース化を主張しているところであるが(※9)、本件でこの部分の議論が深まらなかったことは非常に残念である。「不相当に高額な部分の金額」とはどの程度であるのか、「相応の予測」程度ではなく、その金額を納税者が申告時点において算定できないのであれば、憲法84条から導き出される課税要件明確主義の要請を満たしているとは言えないであろう。 (※9) 拙稿「法人の申告情報開示の意義」『租税訴訟』12号53-54頁参照。   (4) 本件への当てはめ 先代の会長とその配偶者である元取締役に対して支払った役員退職慰労金が損金算入されるかどうかは、法人税法第34条第2項にいう「不相当に高額な部分の金額」があるかどうかにかかってくる。当該「不相当に高額な部分の金額」の算定は、一般に功績倍率法を使用することになるが、そこで使用される各要素のうち、「功績倍率」及び「退職時の報酬月額(最終月額給与)」は、同種・同規模企業と比較しての妥当性が問われることとなる。その金額をなるべく多額に(納税者有利に)算定するには、「創業者の功績」というある種の無形資産をどの程度合理的かつ多く見積もることができるのかがカギとなるものと考えられる。 (了)

#No. 388(掲載号)
#安部 和彦
2020/10/01

組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の現行法上の問題点と今後の課題 【第5回】「株式移転」

組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の 現行法上の問題点と今後の課題 【第5回】 「株式移転」   公認会計士 佐藤 信祐 9 株式移転 (1) 基本的な取扱い 単独株式移転を行った場合において、グループ内の適格株式移転に該当するためには、株式移転後に株式移転完全親法人と株式移転完全子法人との間に当該株式移転完全親法人による完全支配関係が継続することが見込まれている必要がある(法令4の3㉒)。すなわち、単独株式移転を行った後に、株式移転完全親法人が株式移転完全子法人株式を譲渡することが見込まれている場合には、非適格株式移転として取り扱われる。 【単独株式移転後の株式譲渡】 〈ステップ1:株式移転〉 〈ステップ2:株式譲渡〉 さらに、非適格株式交換・移転に該当する場合であっても、法人税法62条の9第1項では、時価評価課税の対象から「株式交換又は株式移転の直前に当該内国法人と当該株式交換に係る株式交換完全親法人又は当該株式移転に係る他の株式移転完全子法人との間に完全支配関係があった場合における当該株式交換及び株式移転を除く」こととしているが、単独株式移転の場合には、「他の株式移転完全子法人」が存在しないことから、時価評価課税の対象から除外することはできない。 この場合における株式移転完全子法人の株主の処理であるが、株式移転完全親法人株式以外の資産が交付されない場合には、株式譲渡損益の対象から除外されている(法法61の2⑪)。そして、株式移転完全親法人では、株式移転により株式移転完全子法人株式を取得することから、以下の仕訳を行うことになる。 【株式移転時の株式移転完全親法人の仕訳】 この場合の株式移転完全子法人株式の受入価額は、「その取得の時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額」であると規定されている(法令119①二十七)。なお、非適格株式移転に該当する場合であっても、株式移転の直前に株式移転完全子法人と他の株式移転完全子法人との間に完全支配関係があるときは、適格株式移転と同様の処理を行うが、非適格株式移転に該当する単独株式移転を行った場合には、そのような規定が存在しない。そのため、株式移転完全子法人株式の譲渡を行った場合には、株式移転から株式譲渡までの間に時価が変動しない限り譲渡価額と帳簿価額が一致し、株式譲渡損益が生じない。 これに対し、株式移転完全子法人の保有する資産に含み損益がなく、含み益の原因がのれん(営業権)のみであったとすれば、帳簿価額が10百万円未満であることから(法令123の11①四)、非適格株式移転に該当したとしても、結果的に時価評価の対象になる資産は存在しない。このような場合であっても、株式移転完全子法人株式の受入価額が「その取得の時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額」となるため、株式移転完全子法人の株主、株式移転完全親法人において課税は生じないことから、何ら課税を受けることなく、被買収会社株式を譲渡することができるという問題がある。 このような問題が生じるのは、単独株式移転がグループ法人税制の対象外とされているからである。もし、グループ法人税制の対象にすることができれば、適格株式移転と同様の取扱いとなるため、このようなスキームを利用することができない。単独株式移転はグループ外の法人と行う組織再編成ではないことから、単独株式移転をグループ法人税制の対象に含めることにより、立法的な解決が図られるべきであると考えられる。 (2) 株式譲渡損の創出 実務上、非適格株式移転を行った後に、株式移転完全子法人から株式移転完全親法人に対して適格現物分配、剰余金の配当又は適格分割型分割を行うことが考えられる。例えば、株式移転完全子法人株式の時価が3,000百万円であり、適格現物分配により移転する資産の帳簿価額が1百万円である場合には、以下の仕訳が行われる。 【株式移転完全親法人の仕訳】(単位:百万円) (ⅰ) 非適格株式移転 (ⅱ) 適格現物分配 上記の事案において、適格現物分配の対象となった資産の時価が300百万円であると仮定すると、株式移転完全子法人株式の時価が2,700百万円まで減額されるため、株式移転完全子法人株式を2,700百万円で譲渡することにより、株式移転完全親法人において300百万円の譲渡損が生じることになる。 このような効果は、剰余金の配当及び分割型分割においても期待することができる。もちろん、剰余金の配当については、(イ)株式移転前に株式移転完全子法人とその株主との間に当該株主による完全支配関係がある場合を除き、完全子法人株式等に該当せず(法令22の2①括弧書参照)、(ロ)特定関係子法人(株式移転完全子法人)の設立の日から特定支配関係発生日までの期間を通じて、その発行済株式又は出資の総数又は総額のうちに占める内国普通法人若しくは協同組合等又は居住者が有している株式又は出資の数又は金額の割合が100分の90以上である場合を除き、受取配当等の益金不算入が適用された金額につき、株式の帳簿価額から引き下げる必要があるという問題がある。 さらに、分割型分割を行った場合には、適格現物分配及び剰余金の配当と異なり、分割承継法人が保有する分割法人株式の帳簿価額が減額することがあるため(法令119の3⑪、119の4①)、適格現物分配又は剰余金の配当を行った場合に比べ、株式譲渡損失が小さくなる可能性がある。 そうは言っても、非適格株式移転と適格現物分配、剰余金の配当又は適格分割型分割を組み合わせることで、株式移転完全親法人において株式譲渡損失を創出することができる。単独株式移転に対してグループ法人税制を適用することができれば、このような問題は生じることはない。 (3) 事業承継案件における利用 このような手法は、M&A案件ではなく、事業承継案件においても利用することができる。なぜなら、単独株式移転を行った場合において、グループ内の適格株式移転に該当するためには、株式移転後に株式移転完全親法人と株式移転完全子法人との間に当該株式移転完全親法人による完全支配関係が継続することが見込まれている必要があり(法令4の3㉒)、同一の者による完全支配関係は認められていないからである。すなわち、単独株式移転を行った後に、株式移転完全親法人が株式移転完全子法人株式をオーナーの息子に譲渡する場合には、非適格株式移転として取り扱われる。 実務上、このような手法は、生前に後継者に事業を譲渡するものの、一部の資産については譲渡の対象から除外する場合に検討されることがある。すなわち、適格現物分配、剰余金の配当又は分割型分割により、後継者に譲渡をしない資産を株式移転完全親法人に移転させた後に、後継者に株式交換完全子法人を譲渡することにより、株式移転完全子法人にある資産のうち、後継者に譲渡するものと、譲渡しないものを分けることができる。 このように、結果的に株式譲渡損が創出されてしまうが、円滑な遺産分割を行う必要があったり、一部の事業のみを早めに譲渡しておく必要があったりすることがあるため、事業目的が十分に認められるような事案も想定される。さらに言えば、株式移転完全子法人に許認可、免許がある場合、取引先、仕入先の関係上、株式移転完全子法人にある事業を別の法人に移転させることができない場合には、株式移転完全子法人株式を後継者に譲渡する必要があることから、他の代替的な手法に比べて有利性が高い場合があることも否めない。 このように、単独株式移転をグループ法人税制の対象から除外していることにより、意図せずに多額の節税ができてしまうことからも、単独株式移転をグループ法人税制の対象に含めるべきであると考えられる。 *   *   * 第4回において、グループ通算制度の加入に伴う時価評価課税をグループ法人税制に取り込むべきかどうかについて解説を行った。次回では、グループ通算制度における帳簿価額修正の制度をグループ法人税制に取り込むべきかどうかについて解説を行うこととする。 (了)

#No. 388(掲載号)
#佐藤 信祐
2020/10/01

Q&Aでわかる〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第15回】「〔第2表〕新型コロナウイルスの影響により休業している場合の評価」

Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第15回】 「〔第2表〕新型コロナウイルスの影響により休業している場合の評価」   税理士 柴田 健次   Q A社(3月決算で小会社に該当します)は飲食店を経営しており、新型コロナウイルスの影響により令和2年4月から6月まで休業していましたが、6月に株式の贈与を行っています。この場合には、休業中の会社として純資産価額のみで評価を行い、類似業種比準価額は使用できないことになりますでしょうか。 なお、令和2年7月から営業を再開しましたが、売上が激減しています。その場合には、評価上、何らかの減額の斟酌はされることになるのでしょうか。 A 休業中の会社は、配当金額、利益金額を基に計算することが不合理であるため、類似業種比準価額は使用できず、純資産価額で評価します。直前期の利益金額や配当金額が存在し、課税時期においてたまたま一時的に休業しており、課税時期後に事業を再開している場合には、類似業種比準価額を使用することに問題はありませんので、本問の場合には、休業中の会社には該当しないものとして、類似業種比準価額を使用して計算を行います。 また、A社は、小会社に該当しますので、原則的評価方式が適用される株主に該当する場合には、他の特定の評価会社に該当していなければ、類似業種比準価額と純資産価額を折衷して評価することになりますが、現行の法律(本稿執筆時点)において、新型コロナウイルスが特定非常災害には該当しないものとされていますので、原則として特別な減額の斟酌はないものとされています。  ◆  ◆  ◆ ① 特定非常災害 「特定非常災害」とは、著しく異常かつ激甚な非常災害として政令で指定されたものをいいます(特定非常災害特別措置法2①)。例えば、令和2年7月豪雨による災害、令和元年台風第19号による災害、平成30年7月豪雨による災害、平成28年熊本地震、平成23年東日本大震災などが該当します。 特定非常災害に該当した場合には、一定の要件の下に、課税時期の価額ではなく、特定非常災害発生直後の価額を基に計算できることとされています。類似業種比準価額の計算においては、災害発生日の属する事業年度の見積利益金額等を使用して計算することができます。また、純資産価額の計算においても、特定非常災害発生直後の価額に基づき不動産等を評価することができます(措法69の6、69の7、措令40の2の3、措通69の6・69-7供-3、69の6・69の7供-4)。 新型コロナウイルスについては、本稿執筆時点においては、政令での指定がありませんので、新たな指定がない限りは、災害後の利益金額の減少や不動産等の減額については考慮することができないことになります。   ② 類似業種比準価額の計算 類似業種比準価額の計算の基礎となる業種目株価は、贈与月以前3ヶ月間の各月の株価、前年平均株価及び課税時期の属する月以前2年間の平均株価のうち最も低い株価を使用することになりますので、新型コロナウイルスの影響は反映されていることになります。 しかし、評価会社であるA社については、利益金額については、直前事業年度、直前々事業年度の2期を基に計算がなされますので、新型コロナウイルスの影響は反映されていないことになります。類似業種比準価額については、①の特定非常災害があった場合で一定の株式等に該当する場合を除き、必ず直前事業年度以前の利益金額、配当金額、純資産価額を基に計算がなされます。   ③ 純資産価額の計算 純資産価額の計算時点については、原則的には課税時期(贈与日又は相続開始日)の資産及び負債を基に計算(仮決算方式)することになりますが、簡便的に直前期末時点の資産及び負債に基づき計算(直前期末方式)することも認められています。 本問の場合においては、6月贈与時点又は3月末時点の資産及び負債を基に評価することになりますが、新型コロナウイルスの影響により6月贈与時点で評価することにより純資産価額が下がる可能性があるため、4月から6月贈与日時点までの決算を確定し、どちらの決算を採用するか検討することになります。 なお、直前期末から課税時期までの間に著しく資産及び負債の増減がある場合には、直前期末方式で計算することはできませんので、仮決算方式で計算することになります。   ☆実務上のポイント☆ 非上場株式の評価については、現行の法律では、新型コロナウイルスによる特別な減免措置は想定されてはいないものの、類似業種の業種目株価は、その影響が反映されており、第5表における純資産価額の計算においても課税時期時点の資産及び負債を基に評価することができるため、実務的には、贈与月の検討及び純資産価額の計算においては、仮決算方式の検討を行う必要があります。   (了)

#No. 388(掲載号)
#柴田 健次
2020/10/01

租税争訟レポート 【第51回】「経理担当者による横領と重加算税(国税不服審判所2018(平成30)年4月16日裁決)」

租税争訟レポート 【第51回】 「経理担当者による横領と重加算税 (国税不服審判所2018(平成30)年4月16日裁決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【裁決の概要】   【事案の概要】 本件は、パチンコ及びスロット店を経営する法人である審査請求人(以下「請求人」という)が、原処分庁から架空仕入れの計上を指摘されて、法人税、復興特別法人税、地方法人税並びに消費税及び地方消費税(以下、消費税及び地方消費税を併せて「消費税等」という)の各確定申告に係る修正申告をしたところ、原処分庁が、当該架空仕入れの計上について、請求人による隠蔽又は仮装に該当するとして、上記各税に係る重加算税の各賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、当該架空仕入れの計上について、従業員による行為であり、請求人による隠蔽又は仮装ではないとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。   【経理担当者による修正仕訳の入力と資金の横領】 国税不服審判所の事実認定によれば、請求人の本部に所属する従業員は、営業部長(部長)、経理総務部次長(次長)、経理担当者とパート社員の合わせて4人であった。 請求人の2つの店舗で作成された営業日報をもとに、次長、経理担当者及びパート社員が請求人の会計システムに入力し、部長が営業日報と売上高から仕入代金を控除した差額の現金とを突合したうえで、銀行に入金することとなっていたが、厳密に運用されていたわけではなかった。 経理担当者は、会計システムに修正仕訳を入力することによって、請求人が運営する2つの店舗のうち、いずれかの店舗の売上高から仕入代金を控除した差額と一致する金額の架空仕入を計上することにより、その差額を着服していたものである。 経理担当者の入社から、不正発覚後の退社までを時系列でまとめておく。   【裁決の概要】 1 争点 本件の争点は、「請求人は、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠蔽又は仮装したか」である。 2 原処分庁の主張 原処分庁は、請求人は、以下の事実から、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠蔽又は仮装したものであると主張した。 3 審査請求人の主張 請求人は、隠蔽仮装行為とされる修正仕訳の入力を行ったのは、経理担当者であり、調査担当職員から指摘を受けるまで修正仕訳の入力を認識すらしていなかったものであるから、以下のとおり、請求人は、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠蔽又は仮装していないと主張した。 4 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、国税通則法第68条に規定する重加算税について、次のように法令解釈を行った(下線は筆者による)。 (1) 国税不服審判所による検討 審判所は、冒頭の判示に従って、従業員等の行為が納税者の行為と同視できるか否かについて、①修正仕訳入力の態様、②経理担当者の地位・権限及び経理担当者に対する管理・監督の程度について、それぞれ検討を加えた。 以上の検討の結果、国税不服審判所は、経理担当者が、請求人の知らない間に修正仕訳の入力をしていたとしても、経理担当者は、請求人による管理・監督が不十分で、事実上、会計データの変更や営業店舗から引き継がれた現金の処分が自由にできる地位にあったことを奇貨として、請求人にもその存在及び架空仕入れに係るものであることが容易に判明する態様の修正仕訳の入力を行ったということができるとして、修正仕訳の入力は、請求人の行為と同視できるというべきであるから、納税者である請求人がした事実の隠蔽又は仮装であると認められると判断した。 (2) 請求人の主張について 国税不服審判所は、本件は、経理担当者が、横領の発覚を防ぐという私的な目的のために、巧妙に会計データを改ざんする修正仕訳を行っていたことから、修正仕訳の入力を請求人の行為と同視することができないという請求人の主張について、従業員等の行為が納税者の行為と同視できるか否かについては、上記(1)のとおり、その従業員等の行為態様のほか、その従業員等の地位・権限、その従業員等に対する管理・監督の程度等を総合考慮して判断するものであり、その判断は、その従業員等が私的な目的で当該行為を行ったか否かによって直ちに左右されるものではないとしたうえで、本件の経理担当者による修正仕訳の入力は、その存在及び架空仕入れに係るものであることが請求人にも容易に判明する態様のものであり、巧妙ではないとして、その主張を斥けた。 (3) 結論 結論として、国税不服審判所は、経理担当者による修正仕訳の入力は、納税者である請求人がした事実の隠蔽又は仮装であると認められるから、請求人は、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠蔽又は仮装したと認められると述べたうえで、原処分はいずれも適法であるとし、審査請求は理由がないので、いずれも棄却するという裁決を行った。   【解説】 長年、教師の職にあったことから、信用できると思って雇用した経理担当者が、約5年の間に、1億円を超える資金を横領していたことが、税務調査で判明するというのは、請求人には寝耳に水の話であったことが予想できるが、裁決文を読む限り、請求人には、不正を防止する仕組み(内部統制システム)はまったく存在せず、国税不服審判所も、不正の手口について、「本件修正仕訳の入力は、その存在及び架空仕入れに係るものであることが請求人にも容易に判明する態様のものであり、巧妙ではない」と断じる程度のものであった。 調査開始後すぐに退職した経理担当者に対して、請求人が、横領した金員の返還を求めたり、刑事告訴をしたといった情報は、裁決書からは読み取れないが、2店舗しか経営していない会社の代表者が、5年間で1億円の現金がなくなっていることに気づかないほど、パチンコ及びスロット店の経営は利益が出るということなのだろうかと考えさせられた裁決である(請求人の課税所得などは例によって黒塗りとなっているため、業績については不明である)。 1 経理担当者の権限 国税不服審判所は、従業員等の行為が納税者の行為と同視できるか否かの判断にあたっては、従業員等が私的な目的で当該行為を行ったか否かによって直ちに左右されるものではないとして、請求人の主張を斥けているが、その論拠となっているのが、修正仕訳の入力は、その存在及び架空仕入れに係るものであることが請求人にも容易に判明する態様のものであり、巧妙ではないからという点であるが、ここには論理の飛躍があるように思料する。 すなわち、従業員等による事実の隠蔽又は仮装行為が、私利私欲のためであるか否かを問わず、納税者の行為と同視できるかどうかを検討して判断すべきものであることについて異論はないし、従業員に大きな権限を与えていたのであれば、納税者の行為と同視できると判断されても仕方あるまい。 しかし、請求人による管理・監督が不十分で、事実上、会計データの変更や現金の処分が自由にできる地位にあった経理担当者が行った修正仕訳の入力という隠蔽又は仮装行為が、巧妙ではなかったことをもって、修正仕訳の入力は納税者の行為と同視できるという結論を導くのであれば、巧妙な手口による従業員の横領事件であれば、納税者に重加算税は課さないが、手口が巧妙でなければ、不正を発見できなかった納税者の責めに帰すべきであるとして、重加算税の賦課決定は容認できるという論理になろうかと思われるが、果たしてそれでいいのだろうか。 請求人の経営する法人に内部統制システムのような牽制機能がなかったのは事実であり、それが経理担当者の不正を容易にしたことは間違いないが、経営者による、従業員の不正を発見する能力の有無又は高低で、重加算税の賦課決定の可否が判断されるという結論には首肯できない部分がある。 2 顧問税理士は何を見ていたのか 請求人は、前述の主張の中で、「セカンドオピニオンを求めるために顧問税理士以外の税理士に委任した」「不正防止等のために中小企業診断士に委任した」と不正対策を行ったことを主張しているが、本件では、そもそも、顧問税理士が、各店舗の営業日報に記載された売上高の金額と普通預金口座への入金額を確認していれば、すぐに経理担当者の不正行為は発覚していたと思われる。 あるいは、不正な修正仕訳の入力は、結果として、本来1日に1仕訳だけが記帳されるはずの各店舗の仕入勘定について、同日に複数の仕入が計上されることになっているから、複数の仕入が計上されている日の請求書などを確認するだけでも、不正な修正仕訳の存在に気づいたはずである。 顧問税理士による決算への関与がどの程度のものであったかは、裁決書の内容からは判断できないが、国税不服審判所から、「容易に判明する態様のものであり、巧妙ではない」と評された本件修正仕訳の入力と現金の横領行為を発見できなかった顧問税理士は、果たすべき職責を十分に果たしたとは言えないのではないだろうか。   (了)

#No. 388(掲載号)
#米澤 勝
2020/10/01

〈Q&A〉印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第83回】「印紙税法第14条《過誤納の確認等》に規定する確認を受けることができるか争われた事例(平成12年1月26日裁決)」

〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第83回】 「印紙税法第14条《過誤納の確認等》に規定する確認を 受けることができるか争われた事例(平成12年1月26日裁決)」   税理士・行政書士・AFP 山端 美德   [基礎事実] [文書のイメージ] [事例のポイント] ① 「課税文書」に該当するか [基礎事実]から、この文書に係る契約を成立させることについてはあらかじめ当事者間において、意思表示の合致があり、これを証明する目的でこの文書が作成されたことは明らかである。したがって、第1号の3文書(消費貸借に関する契約書)に該当する。 また、この文書の作成の時は、請求人が文書に署名押印をして、これをE信用金庫に差し入れた平成11年5月6日である。このことから、同日以降に文書に係る契約内容が実行されなかったといって納税義務が左右されることはない。 ② 過誤納の請求範囲の「使用する見込みのなくなった場合」に該当するか 印紙税基本通達第115条の(2)には「印紙をはり付け、税印を押し、又は納付印を押した課税文書の用紙で、損傷、汚染、書損その他の理由により使用する見込みのなくなった場合」に過誤納の確認を請求することができるとされている。 この文書に係る契約を成立させることについては、あらかじめ当事者間に意思の合致があり、請求人はこれを証明する目的でこの文書に署名押印し、E信用金庫に差し入れており、ここでいう「使用する見込みがなくなった場合」には該当しない。 (了)

#No. 388(掲載号)
#山端 美德
2020/10/01

収益認識会計基準と法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第38回】

収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第38回】   千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也   (2) 法人税法22条の2第5項の概要 ア 貸倒れと買戻しの可能性への対応 法人税法22条の2第5項は、第4項の資産の引渡しの時における価額相当額又は提供をした役務につき通常得べき対価の額相当額は、その資産の販売等につき、次の事実が生ずる可能性がある場合においても、その可能性がないものとした場合における価額とする旨定めている。 収益認識会計基準のステップ3の箇所で見たように、同基準は、契約上の対価の金額をそのまま収益の額(取引価格)とするものではない。収益認識会計基準は、約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に「企業が権利を得ると見込む対価の額」で描写するように、収益を認識することを基本原則としている。 この原則に従い、契約において、顧客と約束した対価に変動対価が含まれる場合、財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ることとなる対価の額を見積もることに特徴がある。変動対価とは、顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分である。例えば、値引きやリベート、貸倒れの見込みを織り込んで取引価格を算定することになる(本連載第1回参照)。 また、顧客に返品権を付与した場合も上記の見積りの対象となる。 顧客から受け取った又は受け取る対価の一部あるいは全部を顧客に返金すると見込む場合、受け取った又は受け取る対価の額のうち、企業が権利を得ると見込まない額について、返金負債を認識する。返金負債の額は、各決算日に見直す(基準53、指針設例11)。具体的には、企業が権利を得ると見込む対価の額で収益を認識するなどの処理を行う(指針85)。 上記によって見積もられた変動対価の額については、変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り、取引価格に含めることになる(基準54)。 法人税法22条の2第5項は、貸倒れや返品の見込みを収益の額に反映させるような収益認識会計基準のステップ3は受け入れ難い面があるという法人税法の立場を表明したものといえよう。 上記❷の買戻しについて、立案担当者は、収益認識会計基準においては、買戻しに関する取扱いとして、(企業に商品等を買い戻す義務や権利がある場合等に関連して)収益を認識するかどうかという観点からの規定も設けられている(指針69~74、104)が、法人税法22条の2第5項は「価額」又は「通常得べき対価の額」の算定上考慮しない事実を定めた規定であることから、返品権付きの販売が該当すると説明している(財務省『平成30年度 税制改正の解説』270頁)。 今後、法人税法22条の2第5項2号の買戻しの内包・外延はいかなるものか、同号の対象範囲と収益認識会計基準上の返品権付販売の対象範囲(指針84)が完全に一致するのかという点が問題になる可能性がある。 法人税法22条の2第5項について、将来起こりうる不確実な事実を収益の認識に反映させると、収益の認識が客観性を欠いたものとなるから、この規定が定められた旨の指摘がある(金子宏『租税法〔第23版〕』356頁(弘文堂2019)参照)。会計側からは、客観性を欠いたものではないという反論もあるかもしれないが、元来、法人税法は見積りによる費用ないし損失計上については慎重な姿勢をとる傾向がある。 よって、収益の計上額という場面においても見積り的処理に対して同様に慎重な姿勢をとることや、貸倒れの見込みについて、収益の計上額の場面ではなく、これまでどおり費用又は損失の場面で対応することは首肯できる。 イ 法人税法施行令18条の2第4項と貸借対照表項目のズレ 法人税法22条の2第5項によって、収益認識会計基準を適用した場合の会計処理と法人税法上の処理にズレが生じるが、これは、「売上高」のようにいわば損益計算書項目におけるズレである。会計上、貸倒れ見込みを反映して「売上高」を減額することにより、これに対応する「売掛金」も減額されるのであれば、貸借対照表項目におけるズレも生じる。 このような貸借対照表項目におけるズレについては、次のとおり、法人税法施行令18条の2第4項等で手当てされている。 法人税法22条の2第7項は「前2項に定めるもののほか、資産の販売等に係る収益の額につき修正の経理をした場合の処理その他第1項から第4項までの規定の適用に関し必要な事項は、政令で定める。」と規定している。これを受けて、法人税法施行令18条の2第4項は、次のとおり定めている。 これは、資産の販売等に係る収益の額につき、貸倒れ又は買戻しの可能性があることにより収益認識に関する会計基準に従ってこれらの可能性を考慮して計算した金額を、契約上の対価の額から控除して収益計上した場合が想定されている。控除後の金額を当該契約に係る売掛金等の金銭債権の帳簿価額とした場合にも、法人税法上はこれらの可能性を考慮せずに益金の額を算定するというものである。 よって、その収益の反対勘定である金銭債権の帳簿価額についても、会計との間で不一致が生ずることとなる。そこで、法人税法施行令18条の2第4項は、会計上、収益の額から控除し、金銭債権の帳簿価額を構成しないこととされた金額について、税法上は金銭債権の帳簿価額を構成することを明確にするものである(財務省『平成30年度 税制改正の解説』279頁参照)。 貸倒引当金との関係においても、同様の調整規定が置かれている。資産の販売等を行った場合において、その資産の販売等の対価として受け取ることとなる金額のうち、その資産の販売等の対価の額に係る金銭債権の貸倒れが生ずる可能性があることにより、売掛金その他の金銭債権に係る勘定の金額としていない金額(金銭債権計上差額)があるときは、その貸倒基因金銭債権計上差額相当額は、損金経理により貸倒引当金勘定に繰り入れた金額、あるいは期中個別貸倒引当金勘定又は期中一括貸倒引当金勘定の金額とみなして、貸倒引当金の規定を適用することとされた(法令99)。 なお、平成30年度改正により、収益認識会計基準の導入を契機として、返品調整引当金は廃止されたが、貸倒引当金は存置されている。   (了)

#No. 388(掲載号)
#泉 絢也
2020/10/01

〈ツボを押さえて理解する〉仕訳のいらない会計基準 【第2回】「会計基準の世界を俯瞰する」

〈ツボを押さえて理解する〉 仕訳のいらない会計基準 【第2回】 「会計基準の世界を俯瞰する」   公認会計士・税理士 荻窪 輝明 ◆会計と関係が深い3つの法律 会計基準の理解を進めるにあたって、会計と法律との関係性を知っておくことも助けになります。会計に携わる皆さんが関係する主な法律としては、「会社法」と「(法人)税法」、それに上場会社などの場合に加わる「金融商品取引法」を合わせた3つです。 それぞれの法律の枠組みの中で、会計と関係することがわかる代表的な条文は次のとおりです。ちなみに、一番下の「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」は、略称で「財務諸表等規則」、通称は“財規(ざいき)”と呼ばれています。金融商品取引法の枠組みの中でつくられる財務諸表の記載や作成方法の詳細を定めたルールの1つです。 ※赤字箇所は筆者による。 各法律で使われている言葉は、それぞれに共通の“一般に公正妥当”に続く表現を含めて、どれもよく似ていますね。とはいえ、微妙に異なることから、法律の文言を解釈する上ではそれぞれのニュアンスも少し異なるわけですが、本連載の目的から逸れてしまうので、これらの言葉の微妙な違いについての比較や、検討することはやめておきましょう。 ここでは、会社が拠り所にする主な法律のいずれにも会計に関係する条文があって、そこには、会計が定めたルールなどに従って会社の決算や税金計算が行われるのですよ、と書かれていることを理解しておきましょう。   ◆今後関わる2つの会計基準 上記では会計との関係が深い3つの法律を確認しました。これらの中で、本連載が目指したい、「会計基準を知る」という観点から特に重要と考えるのは金融商品取引法の枠組みです。財規の中には、次のように書かれています。 ⇒ ここでいう「企業会計の基準」とは、企業会計審議会が公表する会計基準を指します。 ⇒ ここでいう「企業会計の基準」とは、企業会計基準委員会(「ASBJ」といいます)が公表する会計基準を指します。 企業会計審議会やASBJなどの諸団体に関する説明は省きますが、金融商品取引法の枠組みをみると、主な会計基準として、企業会計審議会が公表する会計基準と、ASBJが公表する会計基準の2つが想定されていることがわかります。なかでも、実務では、ASBJが公表する会計基準が圧倒的に多く、現在の実務界の中心的な存在となっています。ASBJが公表する会計基準は、ASBJのホームページを通じて入手が可能です。 第2章以降の会計基準ごとの解説では、ASBJが公表する会計基準を中心にみていくことになります。   ◆会計基準は5つのジャンルに分かれる 会計基準、言い換えると、「実務でわたしたちが従うべき公の会計ルール」は、実にたくさんの種類があります。近年では、海外の会計ルールとの整合を図るために、加速度的に新たな会計基準が公表され続けた時期もありました。現在でも、新しい産業や取引が生まれるたびに会計基準が公表され続けていますし、時代に即したルールになるように、改正によって少しずつ内容を変えてきているものもあります。 会計基準の数は膨大ですので、残念ながら、存在する一つ一つの会計基準のすべてにじっくりと向き合っていくことは到底できません。きっと、本連載でも、すべての会計基準をご紹介することは難しいでしょう。ですが、イメージをつかんでいただくための全体像であればご紹介することは可能ですし、今後のためにもきっと意味があるはずです。 そこで、会計基準全体をジャンルで捉えてみることにしましょう。会計基準自体にジャンルが割り振られているわけではありませんが、ここでは、便宜上、ジャンル分けできると仮定して、大きく5つのジャンルに分類します。本連載では、「」、「」、「」、「」、「」という、5つのジャンルに分けました。 各会計基準は必ずしも1つのジャンルにしか属さないわけではなく、複数のジャンルに関係していることの方が多いです。あくまで、その会計基準が属する代表的なジャンルという視点でご覧ください。ちなみに、代表的な会計基準の名称について、この時点で分かっている必要はまったくありません。 これだけ多くの会計基準があるのか、というイメージができるだけでも、会計基準を適用しない場合と比べて、日々の会計処理、決算、財務諸表といった会社にかかわる会計のいろんなことが変わるのかな、という想像がはたらくと思います。 これらの基本ルールを定める会計基準のほかにも、多くの会計基準では、さらに「適用指針」と呼ばれる、実務で適用するためのルールが別に設けられています。会計基準は、わたしたちが思う以上に、とても壮大な世界なのです。 *  *  * 会計の世界を俯瞰したところで、次回は、代表的な会計基準のプロフィールを紹介します。 (了)

#No. 388(掲載号)
#荻窪 輝明
2020/10/01

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第7回】「《特別編》コロナ禍が変える中小企業のM&A」~その4:期待される売り手の良きアドバイザー~

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第7回】 「《特別編》コロナ禍が変える中小企業のM&A」 ~その4:期待される売り手の良きアドバイザー~   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   1 売り手にとってのオンリーワン 中小企業のM&A当事者の一方である「売り手」。中小企業の場合、通常、売り手にとってM&Aは初めての経験ですから手探りの中で手続が進行します。買い手が売り手の何を気にしているか、売り手として何をしておくのが良いのか、何から手をつければ良いのか、M&Aノウハウがないので正直なところ“わからない”というのが、多くの売り手の本音ではないでしょうか。 売り手はM&Aによって大切な事業や企業そのものを手放す立場です。大事な決断を控える中で見えない相手や不安を前に何よりも頼りになるのは、強い味方として売り手の支えとなる“第三者の存在"です。 仲介会社、金融機関、顧問先を担当する士業からみれば、売り手は数ある当事者の1社にすぎないかもしれません。しかし、売り手にとっては、自ら経営してきた会社の生涯でたった1度しか経験しないほどの大切なイベントです。ここを重んじてくれる第三者と、軽んじる第三者とでは、いずれが売り手にとっての“オンリーワン"として信頼されるかは明らかです。 コロナ禍で売り手の不安や迷いは、さらに大きくなっています。第三者が、期待される売り手の良きアドバイザーとして、現状を踏まえ、売り手目線に立って的確に助言できる力はきっと売り手の支えとなり、ひいては、ウィズコロナ、アフターコロナ時代のM&Aを支える原動力となります。 今回は、コロナ禍で影響を受けやすい売り手の財務面を特に意識して、第三者の売り手企業に対する見方(下図の③を参照)のポイントを解説します。   2 売り手の経営状況をファクトで捉える 売り手がM&Aを検討した結果、仮にM&Aを選択する決断に至らなかったとしても、第三者にとっては、コロナ禍のような有事の状況下で売り手企業の現状分析をすること自体に意義があります。 ファクトは、数値やデータとして分析や判断が可能な定量情報を基本に据えると良いでしょう。コロナ禍の影響も踏まえて、なぜ現在の経営状況になったかを数値と結びつけて第三者の視点で説明できることは、適正な企業価値を評価する視点からも、経営コンサルティングの面からも重宝されますし、売り手企業自身が見えていない自分(自社)の姿を他者目線で知る良い機会になります。たとえば、次のポイントを参考にして売り手の“今”を見極め、適切な助言につなげます。 (1) 部門別月次試算表を活用する 会計は、結果を株主・債権者に報告するためだけにあるものではありません。月次(毎月)のように、会計期間をより短い間隔(年次>半期>四半期>月次)での推移と前年同月(期)比で追い、可能であれば予算や計画との対比で今後の経営を改善・発展させるために使う会計、いわば「管理会計」としての役割がコロナ禍ではより有効に機能します。その際、次の点を参考にします。 (2) 固定費を把握する これまでの中小企業M&Aでは、売り手の毎期の利益水準などから将来を見越した企業価値を算出することで、ある程度、買い手と売り手双方の納得感が得られるM&Aに結びつけることが可能でした。 しかし、コロナ禍でこれが一変しました。それは「たとえ収益が生まれなくても、どの程度までなら売り手の経営が耐えうるか」という視点が欠かせなくなったからです。この視点がないと、M&Aで取得した売り手の経営悪化に引きずられて買い手の経営にも悪影響を及ぼし、共倒れするリスクが高まります。 このために、管理会計のキホンの“キ”の1つともいえる、“固定費”の概念が外せなくなりました。固定費を正確につかむことは、固定費を回収するためにどの程度の売上規模が必要か、手元資金(現金)が何ヶ月分必要かなどの重要な経営維持・戦略上の手がかりを知る上で大変貴重な情報源となります。 下記の図は参考ですが、「固定費」と固定費に対比される「変動費」、「売上高」との関係から、「損益分岐点売上高」などを導くことが可能です。損益分岐点売上高がわかれば、足元のコストを補うために毎月最低でもどれくらいのキャッシュを必要とするかが見えてきます。 固定費を把握する方法には複数ありますが、中小企業の場合は「費目別精査法」を活用することで多くの場合は事足ります。費目別精査法とは、損益計算書の勘定科目の費目ごとに会社の過去の経験に基づいて売上高に連動が見られる費目については変動費、売上高と連動が見られない費目については固定費に分解する方法です。例えば、運賃や販売手数料は変動費、地代家賃や減価償却費、役員報酬は固定費といったように分解していきます。 給料手当は固定費とする一方で、残業代(時間外手当)は変動費と考えられるように、費目によって変動費と固定費のいずれかを判別できない場合には、次の図のように過去の経験をたよりに割合で配分することも考えられます。 (例) (3) バランスシート(B/S)を再評価する 簿記の仕組みに明るい方であればご存知だと思いますが、P/Lの影響はB/Sに反映されます。キャッシュ・フロー計算書の変動結果も現金及び預金勘定をはじめとするB/Sの数値に大きく影響します。 過去の損益や資金繰りの蓄積によって各社のB/Sは現在の状態へと形成されてきますが、中小企業のB/Sはほとんどの場合、過去の会計処理の原因となった当時の事実を反映したものであって、将来事象や損失可能性、現状の評価額を十分に反映したものとはいえません。 M&Aの検討過程では売り手の潜在リスクを決算書などから洗い出して数値で明らかにする(顕在化させる)ことが求められます。目の前のB/Sからもう一歩踏み込んで財務状況の実態を探りに行くわけです。 一概には言えませんが、コロナ禍ではB/Sに計上された勘定科目のうち、例えば次のように潜在的なリスクを抱えていることがあります。これらは、言い換えると、近い将来、B/Sに痛みを伴う損失計上が起こる可能性を持つリスクです。 これらの場合、仕訳や会計実務に強い方であれば、 のような、損失計上を伴う仕訳につながる恐れがあるものとお分かりいただけるでしょう。コロナ禍による経営環境の悪化など最近の状況を受けて、見た目のB/Sでは分からないこうした潜在的なリスクを抱えているかもしれない、という視点で売り手の財務状況を観察し、実態を的確に伝えることも第三者の重要な役割です。 (4) 経営指標による決算書分析 管理会計上の観点から、あるいはM&Aの価値(価格)評価上の観点から、B/Sの評価額の見直しを行うと、コロナ禍における大半の中小企業では資産の部が減少します。仮に負債の部の金額に変動がないとすれば、この場合、純資産の部が減少し、自己資本比率をはじめ、B/Sに関係する多くの経営指標の数値が変化することを意味します。 特に、下記のような安全性や効率性分析のための経営指標の数値はコロナ禍前後で大きく変化する場合があります。 ◆安全性分析 ◆効率性分析 売り手企業には、(3)バランスシート(B/S)を再評価する(4)経営指標による決算書分析に基づいて、さらに、B/Sの資産と負債のバランス、負債と純資産のバランス、流動(資産、負債)と固定(資産、負債)のバランスを踏まえて、財務的な視点から助言を行うのが効果的です。 中小企業のM&Aでは、売り手は事業や企業の売却準備のために資料や体制整備などを優先して時間を割いているかもしれません。しかし、普段とは異なるコロナ禍のような環境だからこそ、経営状態の悪化などに伴い影響を受けた財務状況の変化を数値やデータで捉え、状況を踏まえた適切な助言ができる第三者の存在を売り手は頼りにします。 第三者は、売り手からのM&Aの相談に応じて速やかに相手探しや手続に入るよりも、一見遠回りかもしれませんが、不安を抱える売り手の現状を的確に分析し理解する良きアドバイザーとなり、コロナ禍を乗り越える対策を互いに相談し合うことで、結果として良いM&Aにつながる大きなヒントを得るかもしれません。 (了)

#No. 388(掲載号)
#荻窪 輝明
2020/10/01

空き家をめぐる法律問題 【事例27】「信託を利用した空き家の発生予防策」

空き家をめぐる法律問題 【事例27】 「信託を利用した空き家の発生予防策」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 私は、地方において自宅建物で独り身の生活をしていますが、子どもらは、都市圏で独立して世帯を有しており、帰省する予定もない状況にあります。 私は、近い将来、認知症を発症するなどして施設に入居する可能性もありますが、その場合に、自宅建物(敷地を含む)は空き家となるため、自宅建物をどのようにするべきか悩んでいます。 自宅建物が空き家とならないようにするためには、どのような方法が考えられるでしょうか。 1 はじめに 高齢化社会を迎え、今後も認知症患者が増加することが予想される中、早い時期から財産管理を行う需要が高まっている。特に、子どもらと別世帯で生活している親世代には、自身が福祉施設に入所する可能性を見据えて、自宅建物を含めた財産管理を行いたいとの需要がある。このような需要の背景には、生前のうちに自宅建物を適当な方法で処分し、相続発生後に相続人に空き家を管理させる手間を負わせたくないとの事情もあるようである。 そこで、今回は、空き家の発生予防対策としての信託の利用方法やそれに付随する問題等について検討することとしたい。   2 成年後見制度や委任契約を利用する場合とその限界 親の認知症の発症等によって、子どもらが親の財産を管理する必要が生じた場合、成年後見制度を利用することが考えられる(ここでは成年後見の利用を想定する)。もっとも、成年後見制度を利用できるのは、本人は事理弁識能力を欠いている場合であるから、その時点において、自らの意思に基づいて、自宅建物を含む財産をどのように処分するかを判断することはできない。 また、福祉施設に入所するような場合、相当の資金を要するため、自宅建物を売却して資金を捻出することなども検討する必要があるが、成年被後見人が居住の用に供している建物又はその敷地(以下「居住用不動産」という)を処分する場合には、家庭裁判所の許可を得る必要がある。しかしながら、居住用不動産には、生活の本拠として現に居住の用に供しているもののほかに、居住の用に供する予定がある建物及び敷地も含むものと解されているため、成年被後見人が福祉施設の入所前まで居住していた建物も含まれることになる。 そのため、たとえば、成年後見人が、成年被後見人のために、居住用不動産を売却して、福祉施設に入所するための資金を確保する必要があるような場合でも、家庭裁判所から自宅建物を売却する許可を得られない可能性がある。このように、成年後見制度による場合、成年被後見人の保護という見地から、手続きが厳しく制限されていることがあるため、たとえ居住用不動産を売却する必要性があったとしても、柔軟性や機動性を欠く結論になる場合がある。 この他に、親に判断能力があるうちに、①親と子どもとの間で、居住用不動産の管理や売却について委任契約(代理権の授与を含む)を締結する方法や、②リバースモーゲージ(【事例11】を参照)を利用する方法も考えられる。 しかしながら、①については、委任者が後見開始の審判を受けたことは委任契約の終了事由とはならないが、将来の居住用不動産の売却時点において、売主の本人確認や登記手続に支障があるほか、受任者に対する監督にも限界があり、現実的ではない可能性がある。また、②については、最終的に居住用不動産を売却することは可能であり、空き家となることも予防できるが、当初の抵当権設定時の評価額が低くなり、経済的に損をする可能性はある。   3 信託を利用する場合 現在、成年後見制度の代わりに、信託を利用した財産管理の方法が注目されている。自宅建物を信託財産とする方法として考えられている基本的な内容は、次のようなものである。 上記の信託においては、信託事務として、自宅建物の管理や売却をすることが含まれていることから、ある程度売却見込みのある不動産であることが想定されている。このような信託の設定を検討するに当たっては、事前に、自宅建物の売却見込みを検討した上で行う必要がある。 受託者は、信託事務として、自宅建物の管理・賃貸・売却等の権限があるため、委託者が施設に入所するために居住用不動産を売却する必要がある場合でも、成年後見制度のように、家庭裁判所から許可を得ることなく、居住用不動産を売却することができる。また、このような方法によって、委託者が死亡した場合でも、委託者の相続人が空き家の管理責任を負うことも回避することが可能となる。 もっとも、上記の信託は、受託者が子どもなどの親族となることに留意する必要がある。受託者が善管注意義務や忠実義務を負うとしても、高齢である受益者による監視・監督を期待できない場合があることは否定できない。一方で、弁護士や司法書士等の有資格者が受託者になることは、信託業法による規制に違反するおそれがあるため、現実的ではない。 そこで、信託契約において、弁護士や司法書士等の有資格者を、信託監督人や受益者代理人として指定するとともに、自宅建物の売却のような重要と位置付けられる事務について、信託監督人等の同意を条件とすることが考えられる。 なお、上記の信託契約は、信託財産は、委託者の所有する財産の一部に限られているため、信託契約の対象外の財産の管理をどのように行うべきか併せて検討する必要があるが、その方法としては、任意後見契約を締結して対応する方法が無難であろうと思われる。   4 信託財産の自宅建物に住宅ローンが残っている場合 委託者である親が自宅建物に抵当権の設定を受けた上で、住宅ローンの返済を継続していた場合に、委託者は、受託者に対して住宅ローン債務を負担させることができるだろうか。 信託法は、信託財産を「受託者に属する財産であって、信託により管理又は処分をすべき一切の財産」と規定するのみであるが、消極財産(負債)は含まれないものと解されており、住宅ローン債務を、信託財産として受託者に移転することはできない。そのため、住宅ローン債務を、受託者に移転させるためには、債務引受による方法が必要となるが、この場合に問題となるのは、自宅建物に信託を設定することによって、住宅ローン債務に影響があるかどうかである。 この問題に関し、一般的な住宅ローンの対象物件は、受託者による収益管理が予定されていないため、受託者が債務引受をする場面は少ないものと想定されるが、自宅建物の信託の設定は、形式的には当該自宅建物の所有権の移転であることに留意する必要がある。 というのも、金融機関との金銭消費貸借契約においては、通常、担保対象物件を第三者に譲渡する場合、金融機関から書面による事前の承諾を得るものと定められており、これに違反した場合、住宅ローン債務者は、期限の利益を喪失する可能性があるからである。したがって、住宅ローン債務のある自宅建物を信託に供する場合には、金融機関から承諾を得ることが求められる。   5 本件の場合 本件について、上記3のような信託契約と任意後見契約を併用することによって、自らの判断力が低下する以前から、自宅建物の処分の方法を自己決定することで、将来の空き家の発生を予防できる可能性がある。 (了)

#No. 388(掲載号)
#羽柴 研吾
2020/10/01
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