税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第7回】 「“価格の三面性”からみた不動産鑑定評価の方式」 ~基本的な考え方と留意点~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 価格の三面性について 合理的な経済人が「もの」の価値を判断する際には、 という3つの点を考慮に入れると考えられます。 また、一般的に考えれば、多額の費用を投じた商品であればあるほど、市場での取引価格も高額となり、その商品から得られる収益や満足度は高くなるのが普通です。 このような考え方は不動産の価格にも共通することであり、ここに「価格の三面性」に裏付けられた価格形成が行われていると考えることができます。そして、それぞれの側面が、「原価方式」「比較方式」「収益方式」という鑑定評価の方式につながっているといえます。 不動産の鑑定評価に際しては、それぞれの方式を可能な限り併用することが望ましいとされていますが、その理由はまさに「価格の三面性」が鑑定評価の根底に存在するためです。 以上述べたことを集約したものが、次の〔図1〕です。 〔図1〕 2 各方式の基本的な考え方 〔図2〕に原価方式、比較方式、収益方式のそれぞれの基本的な考え方を掲げました(それぞれの方式は価格を求める場合だけでなく、賃料を求める場合にも共通して適用されますが、以下、説明の煩雑さを避けるため、価格を求める場合を前提として述べていきます)。 〔図2〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (1) 原価方式 原価方式は、不動産の再調達に要する原価に着目した方式です。 ここで、「再調達」とは、鑑定評価の対象が建物であれば新たに建築(新築)することを意味しており、鑑定評価の価格時点における新築費用を見積もり、これから対象建物の建築時点から価格時点までの価値の減少分(減価修正分)を控除して価格を求めることになります。 また、土地に関しては、既成市街地など既に出来上がっている土地に関しては「再調達」という概念は当てはまりませんが、埋立地や新規造成団地等については再調達原価を見積もることは可能です(土地建物を一体として原価方式を適用する場合、土地価格は比較方式(取引事例比較法)を適用して求めた価格に置き換えているのが実情です)。 (2) 比較方式 比較方式では、不動産の取引事例を収集し、取引の対象となった不動産と評価対象不動産の価格形成要因(地域要因及び個別的要因)を比較して、対象不動産の価格を求めます。 (3) 収益方式 収益方式は、対象不動産から将来生み出されるであろうと期待される純収益(年々)の現在価値の総和を求める方式であり、(定期借地権及び定期借家権を除く)通常の賃貸借契約においては、収益期間が永続するという想定の下に、純収益を“還元利回り”と呼ばれる利回りで割り戻すことによって対象不動産の価格を求めることになります。 3 各方式と「価格を求める手法」「賃料を求める手法」との関係 〔図2〕に掲げたとおり、原価方式に対応する手法が原価法(価格を求める場合)及び積算法(賃料を求める場合)です。 また、比較方式に対応する手法が取引事例比較法(価格を求める場合)及び賃貸事例比較法(賃料を求める場合)です。 さらに、収益方式に対応する手法が収益還元法(価格を求める場合)及び収益分析法(賃料を求める場合)となります。 このように、不動産鑑定評価基準では、各方式につき「価格を求める手法」と「賃料を求める手法」に分類して、その考え方を規定しています(不動産鑑定評価基準総論第7章前文)。 4 各手法の考え方と留意点 各手法につき、その詳細を不動産鑑定評価基準に沿って解説するには紙幅の制約がありますので、ここではその考え方や、手法適用に当たり特に税理士の方が意識しておくべき留意点をいくつか述べておきます。 (1) 原価法について 原価法でしばしば問題となるのは、再調達原価から控除する価値の減少分(減価修正)をどのように捉えるかです(減価修正とは、対象不動産に発生していると考えられる減価額を再調達原価から控除することを意味しています)。建築後数年、あるいは数十年を経過した建物は、時の経過や損傷、その他の要因により価値が減少しており、相応の減価を伴うのが通常です。これを目的として実施される手続きが減価修正に他なりません。 ここで留意すべきは、減価修正の方法は会計上の減価償却費の計算と類似していますが、その目的や本質は大きく異なっているという点です。 すなわち、会計上の減価償却費の計算は、固定資産の取得価額を耐用年数の全期間にわたって配分する方法であり、その目的は適正な期間損益計算を実施することにあります(償却の方法は定額法であれ定率法であれ、毎期継続して同じ方法を用いる限り最終的な累計額は同額となるわけですから、いずれも期間損益計算の見地からは合理的とみられます)。 また、会計上、耐用年数としては法定耐用年数を用いることが通常であり、減価償却費の計算は取得価額を基に規則的に行われるため、現実に建物が損傷している場合でも、その程度が減価償却費の計算に反映されることはありません。 これに対して、鑑定評価で実施される減価修正は、定額法等の手法を用いる点においては会計上の減価償却費の計算と異なるところはありませんが、費用配分を行うことがその目的ではなく、発生している減価の程度を見積もり、これを再調達原価から控除して適切な試算価格(積算価格)を求めることが目的となります。 したがって、その過程において、建物の損傷度合いが激しい場合にはその補修に必要な費用を見積もり、これをさらに控除しなければならないケースも生じ得ます(鑑定評価では、これを「観察減価」と呼んでいます)。すなわち、定額法等により規則的に発生する減価の状況を把握するだけでなく、現実の維持管理の程度が建物の価格に反映されるということです。 これらの点が、減価修正と会計上の減価償却の大きな相違点となっています。 (2) 取引事例比較法について 不動産の価格に特徴的なことは、ある不動産の価格は絶対的なものとして存在しているわけではなく、市場における他の代替可能な不動産の価格との相互比較の結果として求められるという点です。このことから、取引事例比較法においては常に「比較」という考え方が重視されています。 そのため、取引事例比較法の適用に当たっては、現実に取引のあった事例地との地域要因の比較や個別的要因の比較が重要な役割りを担うことになります。 取引事例比較法は現実の取引価格が基礎となっていますが、不動産の価格は個別的に形成されるのが通常であり、また、特殊事情が介入して取引価格が割高あるいは割安となっていることがあります。 したがって、鑑定評価でこのような事例を採用せざるを得ない場合には、事情補正を施して取引価格を正常な価格水準に補正する必要があり、鑑定評価書に「売り急ぎ、買い進み」等により割安、割高取引等の記載がされている場合は、これによる価格水準の補正がなされていることを意味します。 (3) 収益還元法について 不動産鑑定評価基準によれば、収益還元法は、対象不動産が将来生み出すであろうと期待される純収益の現在価値の総和を求めるものであり、純収益を還元利回りで還元して対象不動産の試算価格を求める手法であると規定されています。 ここで留意すべき点は、収益還元法で求めるべきは「純収益の総和」でなく、「純収益の現在価値の総和」とされていることです。 それぞれの相違を比較したものが〔図3〕及び〔図4〕です。 〔図3〕 〔図4〕 すなわち、「純収益の総和」という場合には、〔図3〕の10個の長方形をすべて合計したものがこれに相当します。これに対して、「純収益の現在価値の総和」という場合には、〔図4〕のアミかけの範囲を表しており、今後の10年間について年毎に純収益の現在価値を求めて、これを合計したものという意味になります。 なお、ここでいう「現在価値」とは、将来得られるであろうと期待される純収益を年々の割引率(複利計算で求めたもの)で割り引き、現在時点での価値に置き換えた金額です。 (了)
〈Q&A〉 消費税転嫁対策特措法・下請法のポイント 【第4回】 「下請法が禁止する「買いたたき」とその典型例」 のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 福塚 侑也 はじめに 第4回及び第5回は、消費税転嫁対策特別措置法と下請法のそれぞれが規制する「買いたたき」について解説する。両法律は、「買いたたき」という同じ名称の規制を置くものの、その内容や判断基準は大きく異なる。 第4回では、下請法が禁止する「買いたたき」について述べる。第2回で見たように、買いたたきに対する勧告・指導件数は、平成24年度から平成30年度にかけて約15倍に激増しており、当局が重点的な取り締まりを行っていることは明らかであるため、企業においても細心の注意が必要となる。 以下、まず、下請法における「買いたたき」の考え方と留意点を述べた上で、当局が重点的に取り締まっていると考えられる3つの典型的な「買いたたき」のパターンを解説することとしたい。 1 下請法における「買いたたき」の考え方と留意点 「買いたたき」とは、下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めることをいう。 公取委・中小企業庁『下請取引適正化推進講習会テキスト』(令和元年11月発行) によると、買いたたきに当たるか否かは、個別事案の事情に応じ、以下の要素を勘案して総合的に判断される。 もっとも、実務上は、より端的に、以下の2つの要素の相関関係で判断されると理解しておくのが簡便であろう。 (※) 市場価格/従来価格/類似製品価格と比較してどの程度安いかということであるが、原材料価格の動向など値決めの背景となる客観的事情も考慮される。 上記(イ)の交渉プロセスについては、記録化が極めて重要である。 すなわち、公取委等が買いたたきの疑いで調査を行う際、親事業者に対し、価格交渉の経緯に関する書類の提示を求めることがある。 そこで、特に、通常よりも安価で発注する場合を中心に、買いたたきと疑われることのないよう、発注先下請事業者の見積書のほか、他社の見積書、面談記録、メール等の交渉経緯を残しておくことが重要になるのである。 2 コスト上昇時の単価据え置き 【Q】 昨今、原材料費、エネルギーコスト、労務費等が約20%上昇したことを受け、下請事業者X社から発注単価の値上げ要請を受けたため、当社は下請事業者と数次にわたり協議の機会を持ちました。 しかし、X社が発注単価の50%引上げを主張し続け、主張の根拠も開示しないため、交渉が妥結できません。 従来どおりの単価で発注し続けることで問題ないでしょうか。 【A】 大変悩ましい事例ですが、買いたたきを疑われないよう、少なくとも交渉の記録を残しておく必要があります。 原材料価格、燃料費、エネルギーコスト、労務費等が高騰している状況の中で、下請事業者から発注単価の引上げを求められる場面は少なくないであろう。 このような場合、下請事業者と十分に協議することなく、一方的に、従来どおりに単価を据え置くことにより、通常の対価を大幅に下回る下請代金の額を定めることは、買いたたきに該当する。発注単価に変動はないものの、コスト上昇に伴って当該単価が相対的に安くなるため、買いたたきに当たるということである。 これに対し、例えば、下請事業者から発注単価の引上げ要請を受けたため、数次にわたり協議の機会を持ち、下請事業者から可能な範囲で事情説明を受け、自社の事情も説明した上で、合意の下に昨年よりも単価を引き上げることとし、かつ、上記協議の経過を記録化するといった対応は、ベストプラクティスといえるであろう。 もっとも、買いたたき規制は、交渉力の差がある中で、下請事業者と十分協議せず一方的に不利な価格を押しつけることを問題視するものであり、下請事業者の要望をそのとおり受け入れることを求めるものではない。 したがって、設問のような事例では、親事業者として十分に協議を尽くし、できる限りの対応を行った上で、その過程を記録化しておくという対応をとることが現実的であろう。 3 一律一定比率での原価低減要請 【Q】 当社は、昨今の国際競争の激化を受け、部品の製造委託先Y社に対し、「来年1月以降、当社が発注する全部品について、5%の単価引下げをお願いします」との文書を送付し、口頭で補足説明したところ、下請事業者の了解を得られました。 そこで、全部品の単価を来年1月以降5%引き下げることとしたいと思いますが、問題ないでしょうか。 【A】 一律5%の値引きについて、真の意味で下請事業者の了承を得られたのかには疑問があり、買いたたきに該当するおそれがあります。 親事業者が、コストダウンの必要があるとして、下請事業者に発注する物品について一律に一定率での値下げを要求し、下請事業者と十分な協議をすることなく、一方的に通常の対価を大幅に下回る下請代金の額を定めることは、買いたたきに該当する。 これは、発注物品ごとの様々な事情(単価、コスト、ロット等)を加味せず、一律に一定比率で値下げを要求することは不合理であるところ、下請事業者がそのような不合理な要求に応じざるを得なかったのは、力関係により押し切られたためと考えざるを得ないからである。 設問の例では、形式的には下請事業者の了解を得られているものの、下請事業者が一律一定比率での値下げ要求に応じる合理的理由は見当たらないため、親事業者が下請事業者に不利な価格を一方的に押しつけたと疑われるおそれがある。 そこで、値下げ交渉は、可能な限り、発注物品ごとの事情に応じた個別交渉とすることが望ましいといえる。 4 量産時単価による補給品の発注 【Q】 当社は、部品メーカーZ社に部品の製造を委託していますが、この度、当該部品を利用した製品の量産期間が終了しました。 そこで、Z社にその旨を通知したところ、Z社から特段の要望はありませんでしたので、補給品の発注に当たり発注単価の再交渉はせず、量産時の単価でそのまま発注を続けようと思いますが、問題ないでしょうか。 【A】 貴社からZ社に協議を持ち掛け、改めて補給品の単価交渉を行うことが推奨されます。 親事業者が、下請事業者に製造委託している部品について、量産期間終了後、補給品として僅かな数量を発注するにすぎない状況になったにもかかわらず、単価を見直さず、一方的に量産時の単価により通常の対価を大幅に下回る下請代金の額を定めることは、買いたたきに該当する。発注単価に変動はないものの、コスト上昇に伴って当該単価が相対的に安くなるため、買いたたきに当たるということである。 設問の例では、下請事業者からの協議申出を拒否したわけではなく、直ちに買いたたきに当たるとまでは断定できないものの、大量生産がなされる量産期間中と補給品とでは製造コストが大幅に異なることが明らかであるため、親事業者の側から協議を持ち掛け、改めて補給品の単価を交渉することが望まれる。 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第27回】 (最終回) 「老人ホーム等への入居と老後資金の関係、相続税上の論点」 税理士法人トゥモローズ 高齢になり介護等のため老人ホーム等の施設に入居するケースは多く、中小企業の経営者であった人も例外ではない。連載最終回となる本稿では、老人ホーム等へ入居することになった場合の老後資金の関係と老人ホーム等の入居中に相続があった場合の相続税上の論点についてまとめることとする。 1 老人ホーム等への入居と老後資金の関係 ひと言で“老人ホーム”と言っても、特別養護老人ホームや介護老人保健施設などの公的な施設から、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅、認知症対応型グループホームなどの民間施設まで様々な種類が存在し、その種類に応じて費用感もまちまちだ。 例えば、公的な施設である特別養護老人ホームであれば毎月10万円前後で入居が可能である。これに対し、民間の施設である介護付き有料老人ホームであればその倍くらいのコストがかかるであろう。さらに、いわゆる「高級老人ホーム」といわれるようなところでは入居一時金に数千万円が必要で、毎月の費用も100万円単位でかかってくるところもある。 このため、これら施設への入居を検討する前には、本連載で再三説明しているように、老後の資金繰り表を作成し、老人ホーム等入居時にある流動資産、これから収入が見込まれるキャッシュインフローと希望の老人ホームの入居一時金や入居後の月額費用を比較したうえで、資金が枯渇することのないように施設の種類を選定する必要があるだろう。 2 老人ホーム等への入居と相続税上の論点 老人ホーム等に入居していた者に相続が発生した場合の相続税上の主要な論点は、次の3つである。 以下では各論点別に、相続税の課税関係、留意点等を確認していく。 (1) 小規模宅地等の特例の制限 土地に関する課税の特例である小規模宅地等の特例につき、被相続人が老人ホーム等に入居していた場合には、元々住んでいた自宅の敷地について、特例の対象となる特定居住用宅地等に該当するかどうかが問題となる。 被相続人が老人ホームに入居していたとしても、下記の要件を満たせば自宅の敷地は特定居住用宅地等に該当し、小規模宅地等の特例の適用が可能となる。 逆に上記の要件を満たさない場合には小規模宅地等の特例の適用ができないため、生前のうちに上記要件を具備するかどうか、具備しない場合にはこれから対策する余地があるのかどうか等を確認すべきであろう。 (2) 入居一時金返還金の課税関係 老人ホーム等に入居する場合には、入居一時金を支払うケースも多い。その入居一時金の全部又は一部が相続開始時に相続人等に返還された場合には、その返還金が相続税の課税対象となる。この入居一時金返還金の相続税の課税関係について、ある裁決事例をきっかけに相続税実務に混乱を招いた。 その裁決事例とは、国税不服審判所平成25年2月12日裁決である。この裁決において、入居一時金返還金は、被相続人(契約者)から受取人に対する相続開始日におけるみなし贈与と判断されたのである。 すなわち、受取人が「相続又は遺贈により財産を取得した者」であれば相続開始前3年以内贈与として相続税の課税価格を構成するが、受取人が「相続又は遺贈により財産を取得した者」以外の者の場合には、相続税ではなく贈与税の課税対象となる。また、生命保険の死亡保険金のように受取人固有の財産と考えるため、遺産分割の対象とはならない。 この裁決が公表される前は、入居一時金返還金は被相続人の本来の相続財産として相続税や遺産分割の対象とされていた。しかし、この裁決が公表されて以降、「相続又は遺贈により財産を取得した者」以外の者が入居一時金返還金の受取人となっているケースでどのような課税処理をすべきか、筆者も頭を悩ませた記憶がある。 その後、この裁決が訴訟に発展して東京地裁平成27年7月2日判決(TAINSコード:Z265-12688)、東京高裁平成28年1月13日判決(TAINSコード:Z266-12781)を経て、最終的には上記裁決のような「みなし贈与」という結論ではなく「本来の相続財産」として整理されることとなった(最高裁平成28年6月2日決定(TAINSコード:Z266-12863))。 したがって、現在の相続税実務上は、単純に、相続開始後に実際に返還された入居一時金を相続財産として課税価格に算入すればよい。もちろん、本来の相続財産に該当するため遺産分割の対象にもなる。 (3) 老人ホーム等利用料の債務控除 被相続人の相続開始後に支払った老人ホーム等の利用料は、債務控除の対象となる。なお、相続開始前に支払った利用料のうち医療費控除の対象となる費用は、被相続人の準確定申告において医療費控除の適用が可能だ。また、相続開始後に支払った利用料のうち被相続人と生計を一にする相続人等が支払った医療費控除の対象となる費用は、その生計を一にする相続人等の確定申告において医療費控除の適用が可能である。 したがって、遺産分割協議における債務の負担者についても、生計を一にする親族がいる場合にはその者を負担者とした方が良いであろう。 ◆連載終了にあたって◆ 2018年5月から全27回に渡って中小企業経営者の老後資金について解説を行ってきた本連載も、今回で最終回となる。 今日の超高齢化社会において、中小企業経営者の引退が遂にピークを迎える。中小企業の事業承継や相続に関するビジネスは、業種を超えたさらなる競争時代に向かっていくであろう。 また、昨今のコロナ禍や今後の不透明な社会情勢において、いかに老後資金を確保し維持していくことができるか、引退前、事業承継、引退後、そして相続と多方面からの問題解決が求められる。 この様な状況下で、税理士をはじめとするコンサルタントが中小企業経営者から問われる悩みに対する論点は多岐に渡る。中小企業経営者の良きアドバイザーとして、押さえておくべき項目は本連載で触れたものをはじめ数多くあるが、我々専門家が果たすべき役割を鑑み、本連載が少しでもお役に立つことができたのであれば幸いだ。 (連載了)
2020年7月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.377を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第90回】 「附帯決議から読み解く租税法(その3)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅲ 附帯決議とは 1 附帯決議の意義 そもそも「附帯決議」とは何か。 「附帯決議」とは、はじめにも述べたとおり、国会の委員会が法案や予算案の採決に当たり、所管する省庁に対する運用上の努力目標や注意事項などを盛り込む決議をいう。附帯決議は政治的あるいは道義的なものと位置付けられることから、特段の法的な拘束力はないと言われている。 この点について、水島朝穂教授は、「野党側が法案に賛成する際の条件として付けることも多い。審議過程で野党側が求めた修正事項のうち、法案のなかに盛り込まれなかった事項について、政府に善処を求めることもある。」とされるが(水島「この附帯決議は立法史上の汚点」平成25年5月27日付け JICLホームページ〔令和2年6月30日訪問〕)、そもそも、評決に条件を付すこと自体が民主主義制度における多数決制度に反しているという意見もあろう(例えば、標準市議会会議規則は「表決には、条件を附けることができない」(第69条)と定めていることなども参照)。 附帯決議が20項目を超えるものもある(水島・前掲稿を基に筆者整理)。例えば、次のようなものが挙げられよう。 水島教授は、このような附帯決議に関し、「厚生労働関係が多いのは、政策的に与野党が対立しやすい分野だからだろう。」とされる(水島・前掲稿)。 附帯決議を条件と解釈することには慎重さが求められるとは思うものの、いずれにしても、附帯決議は、内閣提出法案(閣法)に対して、制度そのものは認める(立法権の行使)が、その運用(行政権の行使)について国会が注文を付けるというのが通常のパターンであるといえよう(水島・前掲稿)。 2 租税法律主義の2つの視角 租税法律主義(憲84)は、国民(の代表者)の意思が反映された法律をもって課税ルールを決めること、ひいては国民の納税義務の根拠を決めることを意味している。民主主義的ルートによって国民の自己同意が認められる範囲内でのみ国民の租税負担(納税義務)が肯定されるという大原則に立っている。 これこそが、憲法が原則的に保障する財産権(憲29)を一定の条件の下で制約することを意味する「納税義務」が成立する所以である。 租税法律主義は、一般に「財産権の保障」と「議会尊重主義」という2つの視角から論じられる。 第一に、租税が、上記の通りそもそも財産権侵害規範としての性質を有するが故に、国民が自己同意をした部分についてのみ課税権の根拠が認められるとする、「財産権の保障」の視角である。 すなわち、条文に規定されている課税要件の解釈は厳格でなければならないとの考え方にも通じることになろう。 第二に、租税法が議会において民主的に決定されるルールであるという点に着目をすることから導かれる、「議会尊重主義」の視角である。 租税法の解釈適用に当たっては、「なぜ、この条文が必要だったのか」、「議会ではどのような議論が展開されたのか」といった点についても十分な関心が払われるべきであろうという問題関心がこの視角の基礎にある。 いわば、第一の観点を強調すると文理解釈が至当とされ、第二の観点を強調すると目的論的解釈が至当とされよう。 もっとも、法律の解釈は文理解釈と目的論的解釈のどちらかだけを採用すべきというものではないから、いずれのテストをも経て正しい解釈が導出されなければならないであろう。ただし、租税法の財産権の侵害規範としての性質を考慮に入れれば、租税法の解釈においては、第一義的には文理解釈を重視し、そこで得られた解釈の妥当性を法律の趣旨の観点から第二次的に目的論的解釈によってテストするという解釈手法を採用することの方が多いであろう。 3 結びに代えて-法の運用と租税法の解釈姿勢- この2つの視角は、条文の解釈だけではなく、法の運用においても意味を持つ。 すなわち、第一の視角からすれば、法の運用に当たっては、法律以外の事柄をその解釈や運用に持ち込むことには謙抑的であるべきという考え方になり得る。 他方で、第二の視角からすれば、法の運用局面においても議会での議論を尊重すべきであるという考え方に近づくことになろう。 ここで、附帯決議に対する考え方にも分説が起こり得る。 前述の通り、附帯決議はあくまでも、政治的あるいは道義的なものと位置付けられるものであって、特段の法的な拘束力はないことからすれば、法律を厳格に適用すべきとの立場(第一の視角)からは考慮に値しないことにもなろう。 しかしながら、議会で附帯決議が付されたことの意味は決して無視できるものではなく、法の運用に当たって、いかなる議論が展開されたのかを斟酌することは当然であるとの考え方も起こり得るのである。 少なくとも、附帯決議が、国会において国民(の代表者)の意思を示したものであることからすれば、また、その附帯決議自体も国会での適法なルールに基づく承認を得たものであるとすれば、法的な拘束力がないとはいえども、法の運用に当たって全く意味のないものと片付けることは妥当ではあるまい(附帯決議を付することにも国民の自己同意が働くと考えて良いであろうから)。 したがって、政府が附帯決議の内容につき十分な配慮をすべきであることは間違いのないところであろう。 ところで、国会の附帯決議として、昭和49年6月3日の第72回国会衆議院本会議で満場一致で採択された「中小業者に対する税制改正等に関する請願(第1403号)」の第2項に、「税法行政の改善については、税務調査に当たり、事前に納税者に通知するとともに、調査の理由を開示すること」とある。そして、昭和52年11月17日の衆議院決算委員会において国税庁長官は、 と答弁している(酒井克彦『裁判例からみる税務調査』97頁(大蔵財務協会97頁)以下も参照)。 附帯決議には法的拘束力がないといえども、あるいは執行上の注意喚起に過ぎない(前回参照)といっても、やはり国会の採択を経ているという点に鑑みれば、行政庁の事務運営にも同決議の影響が及ぶものと解すべきであろう。 上記の国税庁長官の発言するところは、かような解釈において首肯されるべき姿勢と思われることを最後に確認しておきたい。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第39回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -不当性要件と経済的合理性基準(5)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前々回から、ユニバーサルミュージック事件・東京地判令和元年6月27日(未公刊・裁判所ウェブサイト)における不当性要件に関する同判決の判断枠組みを検討してきたが、前々回のⅢ2では、その判断枠組みにおける経済的合理性基準に係る相応性基準による裁量審査(相応性審査)について、行政法における比例原則が行政庁の裁量を認めつつその裁量を限界づける場合における裁量審査と、思考方法及び審査構造の点で、類似するものとの見方を示しておいたところである。 今回は、行政法における比例原則についてその意義・内容・機能を概説した上で、その機能に関連して裁量審査の考え方の傾向を整理し、相応性審査との本質的差異を意識しつつ、裁量審査の方法として一般化することができる内容を抽出することにしたい。 Ⅱ 比例原則の意義・内容・機能 比例原則については、「よく知られているとおり、ドイツ警察法に由来する」(高橋明男「比例原則審査の可能性」法律時報85巻2号(2013年)17頁)といわれるが、その思想的背景及び成立・発展については次のように述べられている(①は萩野聡「行政法における比例原則」ジュリスト増刊(法律学の争点シリーズ9)・行政法の争点(第3版・2004年)22頁(下線筆者)、②は須藤陽子『比例原則の現代的意義と機能』(法律文化社・2010年)6頁)。 このような歴史的展開を前提にして、わが国における比例原則の定義をみておくと、次のような整理がされている(村田斉志「行政法における比例原則」藤山雅行=村田斉志編『新・裁判実務大系 第25巻 行政争訟〔改訂版〕』(青林書院・2012年)79頁、79-80頁)。 これらの定義のうち後者の定義(今日における広義の比例原則)による場合、比例原則の内容については次のように説かれる(表現は若干異なるが、ⓐは川上宏二郎「行政法における比例原則」ジュリスト増刊(法律学の争点シリーズ9)・行政法の争点(新版・1990年)18頁、ⓑは高木光「比例原則の実定化-『警察法』と憲法の関係についての覚書-」樋口陽一=高橋和之編『現代立憲主義の展開 : 芦部信喜先生古稀祝賀 下』(有斐閣・1993年)209頁、223頁)。 また、比例原則についてその内容理解の厳格性の程度の観点からは次のように説かれる(高木光「比例原則」法学教室145号(1992年)33頁)。 さらに、比例原則は、前記のいずれの定義によるとしても、「目的と手段間の・・・・・・関係に積極的に望ましい『適切さ』を求めるものではなく、『不適切さ』を排除しようとするもの」(須藤陽子「行政法における比例原則」ジュリスト増刊(新・法律学の争点シリーズ8)・行政法の争点(2014年)24頁、25頁)という意味において行政裁量の統制原理として機能することに異論はなかろうが、「比例原則の機能については、裁量権を認めつつ限界づける点に着目する立場と、裁量を否定する点に着目するものがある。」(高木・前掲論文ⓑ211頁)とされ、「我が国では、比例原則を裁量を限界付けるものとして理解する立場が多数説であり、判例についても、この立場を前提とした方が理解しやすい裁判例が多いように思われる。」(村田・前掲論文85頁)といわれている。 Ⅲ 比例原則による裁量審査 1 裁量審査の考え方の傾向 比例原則の意義・内容・機能について以上で概説したところを踏まえて裁量審査のあり方を検討した論者によって、比例原則による裁量審査の考え方の傾向について次のような整理が示されている(村田・前掲論文86頁。下線筆者)。 2 相応性審査との本質的差異 このように、比例原則による裁量審査は、行政庁に認められる裁量の範囲との相関関係によって、その厳格さが規定されるが、このことは、基本的な考え方としては、同族会社の行為計算否認規定の不当性要件に関する要件判断の場面における、経済的合理性基準に係る相応性基準による裁量審査(相応性審査)についても、いえることである。ただ、両者が、審査の対象となる裁量が認められる主体の点で、本質的に異なるということは、裁量審査のあり方を考える上で重要な意味をもつ。 比例原則による裁量審査においては、裁量が認められる主体の行為が相手方の権利をどの程度侵害するかを考慮する必要があるのに対して、相応性審査においては、その必要はないと考えられる。すなわち、比例原則による裁量審査においては、同原則が自由主義的法治国家思想をベースとするものである以上、裁量が認められる行政庁の行為が相手方たる私人の権利をどの程度侵害するかを考慮する必要があるのに対して、相応性審査においては、審査の対象となる裁量が認められるのは会社(私人)であり、その会社の行為(租税回避の試み)による侵害が問題になるのは国家の課税権(租税債権)であることから、その侵害を考慮する必要はないと考えられるのである。 この点については、租税回避(の試みの成功)と国家の課税権との関係に関して筆者が従来から説いてきた次のような見解(拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)欄外番号【68】)が、基本的には妥当すると考えるところである。 この見解は、ドイツの租税回避論の基礎を構築したものでわが国の租税回避論の「淵源」(第21回Ⅱ2、第25回Ⅲ1参照)ともいうべきヘンゼルの租税回避論の次の見解(Hensel, Zur Dogmatik des Begriffs "Steuerumgehung", in Bonner Festgabe für Zitelmann, 1923, 217, 230f. 下線部の原文は活字間の間隔が広い強調部分。邦訳については拙稿「租税回避と税法の解釈適用方法論-税法の目的論的解釈の『過形成』を中心に-」岡村忠生編著『租税回避研究の展開と課題』(ミネルヴァ書房・2015年)1頁、37頁)に基づくものである。 つまり、これらの見解からは、国家は課税権(租税立法権)の行使によって租税回避否認立法を行い、もって租税回避による課税権(租税債権)侵害を自力で排除することができるので、相応性審査において国家の課税権侵害を考慮する必要はないという考え方を導き出すことができると考えられるのである。その考え方は、租税法律主義(合法性の原則)ないし法治国家思想という自由主義原理を基礎とするものである。 そのような考え方からすれば、相応性審査においては、比例原則による裁量審査とは異なり、裁量行為による相手方の権利侵害を考慮する必要がないこと、しかも相応性基準が裁量尊重基準であることからして、審査基準を緩やかに理解し、専ら目的・手段の合理的関連性のみを基準にして裁量審査を行うのが相当であると考えるところである。 Ⅳ おわりに 比例原則は、そもそも自由主義的法治国家思想を背景に成立・発展してきたことからすると、経済的合理性基準に係る相応性基準の基礎にある会社における経済的自由の原則(第37回Ⅲ1参照)とは、根底における自由主義的思考の点で、親和性を有すると考えられるが、その内容を緩やかに解する立場からすると、裁量審査の場面では、裁量尊重基準として機能することに帰結する。 比例原則によるこのような裁量審査は、思考方法及び審査構造の点で、相応性基準による裁量審査(相応性審査)と類似するものと考えられ、目的・手段の合理的関連性は相応性審査においても基準として有用であると考えられる。目的・手段の合理的関連性は、分野を問わず裁量審査一般について妥当する基準といってよかろう。 (了)
令和2年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第3回】 「「事業年度」 「申告・納付等」」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 [5] 事業年度 (1) 通算事業年度 損益通算や欠損金の通算など通算申告を行う通算事業年度は、通算親法人の事業年度とする(法法14③、64の5①③、64の7①、地法72の13⑦)。 この場合、通算子法人の会計期間が通算親法人の会計期間と異なる場合でも、その通算子法人は、通算親法人の会計期間を税務上の事業年度として通算申告を行うこととなる(法法14⑦)。 [出典] 国税庁「グループ通算制度の概要」(令和2年4月) (2) 加入時のみなし事業年度 内国法人が通算親法人との間にその通算親法人による完全支配関係を有することとなった場合、その内国法人は完全支配関係を有することとなった日(完全支配関係発生日)を加入日として、加入日の前日を最後の単体納税の事業年度の終了日、加入日から通算親法人の事業年度終了日を最初の通算申告の事業年度として、みなし事業年度を設定することになる(法法14③④一、64の5①③、64の7①、64の9⑪)。 ただし、その内国法人の加入時期の特例の適用がないものとした場合の加入日の前日の属する事業年度に係る確定申告書の提出期限となる日までに、その通算親法人が加入時期の特例の適用を受ける旨の届出書を納税地の所轄税務署長に提出したときは、特例決算期間の末日の翌日を加入日として、みなし事業年度を設定できる(法法14⑧一、64の9⑪)。 ここで、特例決算期間は、当該届出書に記載された次のいずれかの期間となる。 なお、特例決算期間の中途において、通算親法人との間に通算親法人による完全支配関係を有しないこととなった内国法人は、通算子法人とはならず、その内国法人の会計期間による事業年度のままとする(法法14⑧二)。 [出典] 国税庁「グループ通算制度の概要」(令和2年4月) [出典] 国税庁「グループ通算制度の概要」(令和2年4月) (3) 離脱時のみなし事業年度 通算子法人が通算親法人との間にその通算親法人による通算完全支配関係を有しなくなった場合、その有しなくなった日を離脱日として、離脱日の前日を離脱直前事業年度の終了日、離脱日を離脱事業年度の開始日としたみなし事業年度を設定することになる(法法14④二)。 この場合、離脱日の前日が通算親法人の事業年度終了日と同日である場合は、離脱直前事業年度は通算申告となる(法法64の5①③、64の7①)。 [出典] 国税庁「グループ通算制度の概要」(令和2年4月) [6] 申告・納付等 (1) 個別申告方式 グループ通算制度においては、その適用を受ける通算グループ内の各通算法人を納税単位として、その各通算法人が個別に法人税額の計算及び申告を行う(法法74)。 ◎グループ通算制度における所得金額等の計算のイメージ [出典] 経済産業省「令和2年度(2020年度)経済産業関係 税制改正について」(令和元年12月) (2) 電子申告 通算法人は、事業年度開始時における資本金の額又は出資金の額が1億円超であるか否かにかかわらず、電子情報処理組織(e-Tax)を使用する方法により納税申告書を提出する必要がある(法法75の4①②)。 これに際し、通算親法人が、通算子法人の法人税の申告に関する事項の処理として、その通算親法人の電子署名をしてe-Taxにより提供した場合には、その通算子法人がe-Taxによる申告の規定により提出したものとみなされる(法法150の3①②)。 (3) 連帯納付の責任 通算法人は、他の通算法人の各事業年度の法人税(通算法人と他の通算法人との間に通算完全支配関係がある期間内に納税義務が成立したものに限る)について、連帯納付の責任を負う(法法152①)。 (4) 経過措置 連結親法人が、連結確定申告書の提出期限の延長特例及び延長期間の指定の規定の適用を受けている場合には、グループ通算制度へ移行するグループ内の全ての通算法人について、延長特例の適用及び延長期間の指定を受けたものとみなされる(令和2年所法等改正法附則34①②)。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第4回】 「〔第1表の1〕同族株主の判定」 税理士 柴田 健次 Q 乙は甲から相続により、非上場会社であるA社の議決権総数の30%にあたる株式を取得しています。筆頭株主は丙であり、丙の同族関係者として乙は含まれていないと考えられますので、乙は同族株主以外の株主として特例的評価方式(配当還元価額等)が適用されるのでしょうか。 A 乙は同族株主に該当し、議決権割合5%以上となる株式を所有していますので、特例的評価方式(配当還元価額等)は適用できず、原則的評価方式により評価することになります。 同族株主がいる場合の株主判定は、下記の通り行うことになります。 【同族株主がいる場合の株主判定の手順】 ◆ ◆ ◆ ① 筆頭株主グループの議決権割合 A社の株主を確認し、筆頭株主グループの議決権割合が「50%超」、「30%以上50%以下」、「30%未満」のどれに該当するかを判定します。 本問の場合には、丁を中心とした同族関係者として、丙及び乙も含まれるため、筆頭株主グループは100%となり、筆頭株主グループの議決権割合は「50%超」の区分に該当することになります。 ◎用語の意義と当てはめ ▷同族株主 課税時期における評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の30%以上(その評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が最も多いグループの有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の50%超である会社にあっては、50%超)である場合におけるその株主及びその同族関係者をいいます(評価通達188(1))。 同族株主の判定は、上記記載の通り株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数で判定を行いますので、正確な判定を行うためには、下記の通り株主ごとに判定を行う必要があります。 上記の通り、全ての株主に対して株主判定を行った結果、乙・丙・丁が同族株主に該当することになります。 ▷同族関係者 法人税法施行令第4条(同族関係者の範囲)に規定する特殊の関係のある個人又は法人をいいます(評価通達188(1))。 特殊の関係のある個人は、例えば株主等の親族などをいいます。 親族とは、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族をいいます(民法725)。 本問の場合には、丙は乙の4親等内の姻族であるため、乙の親族には該当しませんが、丁は乙の5親等内の血族に該当するため、乙の親族に該当することになります。 ② 納税義務者の属する同族関係者グループの議決権割合 乙の属する同族関係者グループの議決権割合が「50%超」か「50%未満」かを確認します。乙の属する同族関係者グループの議決権割合が2以上ある場合には、最も高いグループの議決権割合を使用して判定することになります。乙の属する同族関係者の議決権割合は、上記①の同族株主で算定した通り、40%と100%がありますので、高い割合である100%を使用して判定します。 したがって、「50%超」の区分に該当し、③の手順に進みます。 ③ 納税義務者の議決権割合 乙の議決権割合は30%≧5%となりますので、原則的評価方式が適用されます。 ☆実務上のポイント☆ 同族株主の判定は、株主ごとに行う必要があるため、納税義務者とその同族関係者のみで判定をしないように留意する必要があります。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q57】 「投資法人からの利益超過分配に関する課税関係」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 利益超過分配と出資等減少分配 リートでは、会計上の利益を超えて投資主に金銭を分配することがあります。この利益を超えた分配(利益超過分配)は、リートの出資総額等を原資とするものであり、資本の払戻しとして行われます。 利益超過分配が行われる代表的なケースとして、減価償却費の一部を分配することが挙げられます。これは、会計上の費用に該当する減価償却費は、金銭の流出を伴うものではないため、減価償却費相当額の金銭はリート内に留保されることになり、その留保される金銭の一部を投資主に分配する、というものです。 この出資総額等を原資とする利益超過分配金のうちには、一時差異等調整引当額からの分配が含まれることがあります。「一時差異等調整引当額」とは、以下①②に掲げる額の合計額の範囲内において、利益処分に充当するものとされています。そして、出資総額等を原資とする金銭の分配額から、この一時差異等調整引当額の増加額を除いた金額を、「出資等減少分配」といいます。 2 リートからの金銭の分配の区分と税務上の取扱い リートからの金銭の分配は、所得税法上、原則として配当所得として取り扱われますが、出資等減少分配を除くこととされています。つまり、利益剰余金を原資とするものと、出資総額等を原資とするもののうち一時差異等調整引当額の増加額に係る部分を配当所得、出資総額等を原資とするもののうち出資等減少分配は、資本の払戻しとして取り扱われます。 3 本件へのあてはめ (1) 利益剰余金を原資とするもの 配当所得に該当するため、原則として、総合課税(配当控除の適用はありません)の対象となり、確定申告する必要がありますが、本件リートが上場株式等に該当するため、申告分離課税(20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%))、又は、申告不要制度を適用することも可能です。また、他の上場株式等に係る譲渡損失との損益通算も認められます。 (2) 出資総額等を原資とするもの 本件では、全額が出資等減少分配に該当するため、資本の払戻し(みなし配当なし)として取り扱い、みなし譲渡損益の計算をする必要があります。みなし譲渡損益は、「上場株式等に係る譲渡所得等」として取り扱われ、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率が適用されます。 本件リートの投資口を、源泉徴収を選択した特定口座で保有する場合は、原則として確定申告を要しませんが、それ以外は、確定申告する必要があります。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第19回】 「死因贈与で上場会社株式を発行会社に贈与する場合の課税関係」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 税理士 髙田 泰輔 相談内容 私は上場会社C社の創業者のIです(C社からは退職しています)。現在、C社の株式を9.80%保有しており時価は約10億円です。 私には子供がおらず、両親は他界しており、妻Yと兄Jがいます。 兄Jに財産を残す気はないため、財産はすべて妻Yに相続させる旨の遺言を書く予定ですが、C社株式については妻に相続させたとしてもいずれ市場に放出させることになるため、相続させないでおこうと考えています。 C社株式を生前に市場に放出するとC社の株価に影響しますし、妻Yに残す財産はC社株式以外にも十分ありますので、C社株式については、私とC社で死因贈与契約を締結し、私が死亡した際にC社に贈与することを検討しています。 この場合の課税関係について教えてください。 ◎C社の大株主一覧 (注) 法法2十の同族会社には該当しない。 ◎Iの財産 ※取得価額は50,000,000円 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 発行会社(C社)の課税関係 法人税法上、自己株式は有価証券の定義から除外されており(法法2二十一)、自己株式の取得は資本等取引に整理されます。したがって、発行会社C社において自己株式をIから贈与により取得しても、課税関係は生じないものと考えます。 [2] C社の既存株主(個人)の課税関係 同族会社に対し無償で財産の提供があったことにより、その会社の株式の価額が増加した場合、株主はその株式の価額の増加した部分に相当する金額を贈与により取得したとみなされます(相法9、相基通9-2(1))。 しかし、C社は法人税法上の同族会社には該当しないとのことですので、C社の個人株主にはみなし贈与課税の取扱いが及ばず、課税関係は生じません。 [3] C社の既存株主(法人)の課税関係 個人株主と同様に、資産価値の移転を受ける他の法人株主についてはC社株式の価額が増加することになります。 価値の移転が外的要因によって生じたものではなく、移転を意図し、関係者間の了解や合意の上で実行された場合には、それが実現したものとして課税所得を構成すると判断すべき場合があります。 しかし、ご相談のケースでは「IとC社の死因贈与契約による贈与の履行」という外的要因による価値の移転であり、法人株主が保有するC社株式の価値の増加は実現した利益ではなく、単なる含み益であり課税関係は生じないと考えます。 [4] 贈与者(I)の課税関係 個人が法人に対して贈与又は遺贈により譲渡所得の起因となる資産の移転をした場合には、その贈与等の時の時価に相当する金額で譲渡があったものとみなされ、贈与者である個人Iにはみなし譲渡所得税が課されます(所法59①一)。 したがって、Iが死亡した場合には、死因贈与契約に基づきC社の株式の贈与が履行されることから、Iの死亡時にはIにみなし譲渡所得の課税が生じます。 なお、IとC社が株式にかかる死因贈与契約を締結した場合、その締結時点において課税関係が生じることはありません。 Iの死亡時のC社株式の時価(※1)が1,000,000,000円だった場合の譲渡所得税等の金額は下記のとおりです。 (※1) みなし譲渡所得の収入金額であるため、財産評価基本通達169を援用するのではなく、死因贈与があったとき(Iの死亡日)の価額(その日の最終価額)とすべきと考えます。 (※2) 譲渡費用はないものとして計算しています。 (※3) 所得税・復興特別所得税=15.315% ◎Iの相続税のシミュレーション(単位:円) ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※4) Iの準確定申告におけるみなし譲渡所得に係る所得税額はIの相続税の計算において租税債務として債務控除の対象となります(相法13①)。また、便宜上、上記のみなし譲渡所得に係る所得税以外の租税債務はないものとして計算しています。 (※5) 債務控除の対象となるものはないものとして計算しています。 (注) 法定相続分は妻が4分の3、兄が4分の1となります。 [5] まとめ 同族会社の自己株式の無償取得については、みなし贈与の規定により他の個人株主に贈与税が課税される場合があるため、その実行に際しては注意が必要です。しかし、C社のように同族会社に該当しない場合には、みなし贈与課税を懸念する必要はありません。 IのC社株式の保有比率からすると、C社株式を市場に放出した際には株価に与える影響は大きいと思いますが、自己株式の無償取得であれば市場に与える影響は抑えられ、既存株主も保有比率が上昇しますので、会社・既存株主としてはメリットが大きいスキームでしょう。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)