《速報解説》 会計士協会、KAM早期適用事例の分析レポートを公表 ~監査人等へのインタビューや適用会社のアンケート結果も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年10月8日付けで(ホームページ掲載日は2020年10月12日)、日本公認会計士協会は、「「監査上の主要な検討事項」の早期適用事例分析レポート」(監査基準委員会研究資料第1号)を公表した。 2021年3月期から独立監査人の監査報告書に「監査上の主要な検討事項」(KAM)に関する記載が強制適用になる。レポートは、2020年3月期までの早期適用事例の分析等を行ったものである。 レポートでは、有価証券報告書におけるKAMの早期適用事例だけでなく、アンケート調査やインタビューも行っており、適用前から想定されていた論点に関する全般的な傾向、早期適用から見えてきた監査人としての課題なども記載している。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 早期適用事例の全体像 早期適用事例の全体像は次のとおりである。 Ⅲ KAMの個数に関する分析 Ⅳ KAMの記載形式及び記載内容 Ⅴ 会社法上の監査報告書におけるKAMの記載 Ⅵ 会社とのコミュニケーション 多くの監査チームにおいて、監査の早い段階から継続的に監査役等及び経営者と十分かつ適時にコミュニケーションを行うことにより、会社の理解が十分に得られ、KAMの早期適用を円滑に行うことが可能となったとの回答があったとのことである。 一方で、次の課題も述べられている。 (了)
《速報解説》 グループ通算制度に関する取扱通達が公表される ~新設全84項目のうち注目すべき通達は?~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 令和2年10月5日に国税庁から「グループ通算制度に関する取扱通達の制定について(法令解釈通達)」(全84項目。以下、「通達」という)が公表された。 この通達は、先だって公表されている財務省の税制改正の解説とともに、制度の趣旨、詳細、気になる点が明らかにされているものであり、注目すべき通達は次のとおりである。 なお、「第〇条」と記載している箇所は、法人税法の条文番号に対応している。 ➤第57条(欠損金の繰越し)関係(2-12~2-16) 時価評価除外法人の繰越欠損金の切捨てや含み損等の利用制限が課されない要件となる「共同事業に係る要件」又は加入時の時価評価除外法人に該当する要件となる「適格組織再編成と同様の要件」ついて、組織再編税制の「1-4-4 従業者の範囲」「1-4-5 主要な事業の判定」「1-4-6 事業規模を比較する場合の売上金額等に準ずるもの」「1-4-7 特定役員の範囲」を準用して判断することを明らかにしている。 通算制度の開始・加入に伴う制限の取扱いは、組織再編税制と整合する取扱いにしているため、要件の詳細についても組織再編税制の通達を準用することにしている。 「共同事業に係る要件」又は「適格組織再編成と同様の要件」に係る「事業関連性要件」について、「いずれかの主要な事業」とは、完全支配関係グループが通算グループに加入する場合にあっては、その完全支配関係グループに属するいずれかの法人にとって主要な事業ではなく、その完全支配関係グループにとって主要な事業であることを明らかにしている。 つまり、例えば、加入子法人と加入孫法人(加入子法人の100%子会社)が通算グループに加入する場合、加入子法人及び加入孫法人で構成される加入グループ全体にとって主要な事業であるかを判断することになる。 また、主要な事業が複数ある場合、そのいずれかの事業を通算前事業(子法人事業)として要件に該当するかどうかの判定を行うことも記載されている。 個人的には、今回の目玉となる通達であると考えている。時価評価除外法人の繰越欠損金の切捨てや特定資産譲渡等損失額の損金算入制限が課される「新たな事業を開始した」とは、その通算法人がその通算法人において既に行っている事業とは異なる事業を開始したことをいうのであるから、例えば、既に行っている事業において次のような事実があっただけではこれに該当しないことが明らかにされている。 具体的に考えてみると、例えば、通算法人が、既に行っているコンビニ事業において、新しい商品を開発して販売したり、関東から関西に店舗を拡大しても、その事実があっただけでは、新しい事業を開始した場合に該当しないことになる。 また、この通達から「新たな事業を開始した場合」とは「既に行っている事業とは異なる事業を開始した場合」をいうことが明らかにされている。 ➤第64条の6(損益通算の対象となる欠損金額の特例)関係(2-22~2-25) これは筆者の予想と違った内容となっている。この通達では、損益通算の制限が生じる「減価償却費の割合が30%超となる事業年度」の判定について、その分子となる「償却費として損金経理をした金額」には、法人税基本通達7-5-1(償却費として損金経理をした金額の意義)又は同通達7-5-2(申告調整による償却費の損金算入)の取扱いにより償却費として損金経理をした金額に該当するものとされる金額が含まれることが明らかにされている。 したがって、減損損失も分子に含まれることになり、継続適用を条件に減損損失などを減価償却費の額に含めずに要件を判定することができる賃上げ・生産性向上のための税制(租税特別措置法関係通達42の12の5-11)と取扱いが異なることに注意が必要となる(今後、見直しがされるかについても注目すべきだろう)。 ➤第64条の11(通算制度の開始に伴う資産の時価評価損益)関係(2-40~2-46) 現行の法人税基本通達12の3-2-1と同様の趣旨のものであり、通算制度の開始・加入・離脱等に伴う時価評価を行う場合の時価について、課税上弊害がない限り、この通達で定める方法を認めることとされ、現行制度と同様の計算方法が定められている。現行の同通達12の3-2-1と異なるのは、離脱等に伴う時価評価の時価についても準用されること、開始・加入時の離脱見込み法人株式の時価についても定められている点である。 ➤第66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)関係(2-61~2-62) 中小法人の判定(2-61)、新設法人の判定(2-16)、中小企業者の判定(3-2)について「通算親法人の事業年度の中途において通算承認の効力を失った通算法人のその効力を失った日の前日に終了する事業年度の判定についても、同様とする」ことが明らかにされている。 つまり、離脱法人は、通算制度が適用されない離脱直前事業年度であっても、その終了の日において、他の通算法人を含めて中小法人等の判定を行うことを意味している。 ➤第69条(外国税額の控除)関係(2-63~2-68) この通達は、通算制度の外国税額控除の仕組みが単体納税と違うことを明らかにする内容となっている。単体納税では、法人税に係る外国税額控除の適用を受ける場合において、その計算の仕組み上、外国税額控除額のうち法人税額から控除しきれない金額が生ずることはないため、実質的に外国税額の還付が生じることはない(形式上、所得税額に含めて還付される立て付けであるが、実際には所得税額部分のみが還付されることになる)。 その点、通算制度では、通達でも明らかにされているとおり、例えば、欠損金額を有する通算法人(つまり、法人税額が生じない通算法人)であっても、調整国外所得金額がある場合には、調整前控除限度額が生じるため、外国税額の還付が生じる場合がある。 -終わりに- 今回の通達で、グループ通算制度に関する情報が一通り出揃ったといってよいだろう。 そして、10月5日に国税庁ホームページにおいて『グループ通算制度に関する各種情報』という特設サイトが用意され、今までに公表されていた情報がまとめて掲載されている。 納税者においては、通算制度の適用時期が近付くにつれて、様々な疑問が生じると思われるため、国税庁Q&Aとともに、随時改訂が行われることを期待したい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(令和2年1月~3月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、2020(令和2)年9月28日、「令和2年1月から3月までの裁決事例の追加等」を公表した。今回追加された裁決は表のとおり、国税通則法が3件のほか、法人税法が2件、所得税法、相続税法及び印紙税法が各1件の、合わせて8件となっている。 今回の公表裁決では、8件のうち6件が国税不服審判所によって課税処分等の全部又は一部が取り消されており、棄却された審判請求は2件であった。 【表:公表裁決事例令和2年1月から3月分の一覧】※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された8件の裁決事例のうち、原処分庁が重加算税の賦課決定処分を行い、国税不服審判所がその処分について判断を示した裁決4件について、国税不服審判所が、「隠蔽、仮装」の認定を行った事実関係を中心に検討したい。 なお、複数の争点がある裁決についても、その一部を割愛して、重加算税の賦課決定処分の可否に争点を絞らせていただいたことを、あらかじめお断りしておきたい。 1 収入金額が1,000万円を下回るように調整して過少な所得金額で申告していた事例・・・① 本件は、スポーツインストラクターである個人事業主の審査請求人が、原処分庁職員による調査を受け、所得税等の修正申告及び消費税等の期限後申告をしたところ、原処分庁が、重加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、重加算税の賦課要件を満たしていないなどとして、そのうち過少申告加算税又は無申告加算税相当額を超える部分の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 審査請求人の行為は、国税通則法第68条第1項又は第2項に規定する重加算税の賦課要件を満たすか否か。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、以下①~③の事実認定に基づき、請求人は、「当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合に該当するというべきである」と判断して、各年分の所得税等及び消費税等について、国税通則法第68条第1項に規定する重加算税の賦課要件を満たすということができるとして、審査請求人の請求を棄却した。 2 法定申告期限までに法人税及び消費税等の申告をしなかったことについて、重加算税の賦課要件を満たしているとはいえないとした事例・・・② 本件は、道路交通安全施設工事を主たる事業とする有限会社である審査請求人が、原処分庁の調査担当職員の調査を受けて法人税等及び消費税等の期限後申告をしたところ、原処分庁が、期限後申告に係る重加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、法定申告期限までに納税申告書を提出しなかったことに、隠蔽又は仮装に該当する行為はないとして、その一部の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 審査請求人に、国税通則法第68条第2項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったか否か。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、以下①~②の事実認定に基づき、「請求人は、申告の必要性を認識しながら、これをしなかったことは認められるものの、税を免れようとする確定的な意思に基づいて無申告を貫いていたとまで評価することはできない」と判断して、「無申告行為そのものとは別に、法定申告期限までに申告しないことを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしたと認めることはできない」ことを理由に、請求人に、国税通則法第68条第2項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認めることはできないと判示し、原処分の一部を取り消した。 3 翌事業年度に計上すべき修繕費の完了日を仮装したとまではいえないとした事例・・・③ 本件は、不動産売買業及び不動産管理業を営む法人である審査請求人が、建物の修繕工事に係る費用を事業年度終了の日付で修繕費に計上し、修繕費を損金の額に算入して法人税の確定申告をしたところ、原処分庁が、請求人の代表取締役は、修繕工事が事業年度終了の日までに着工すらしておらず、修繕費を損金の額に算入できないことを認識した上で、修繕工事の施工業者に請求書を発行させることによって損金の額に算入したのであるから、その行為は事実の仮装に当たるとして法人税等の重加算税の賦課決定処分等をしたのに対し、請求人が、仮装の事実はないとして原処分の一部の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 審査請求人が修繕費を平成30年3月期の事業年度の損金の額に算入したことに、国税通則法第68条第1項に規定する仮装に該当する事実があるか否か。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、以下①~③の事実認定に基づき、請求人の一連の行為において、故意に事実をわい曲したと評価すべき行為は見当たらないことから、請求人が修繕費を本件事業年度の損金の額に算入したことに、国税通則法第68条第1項に規定する仮装に該当する事実があるとは認められないと判断し、原処分庁の処分の一部を取り消した。 4 損金の額に算入した仕入額が過大であったとは認められず、請求人に隠蔽又は仮装の行為があったとは認められないとして重加算税の賦課決定処分を取り消した事例・・・⑥ 本件は、主に中国から輸入したアパレル商品等を日本国内の業者向けに販売するという、卸売業を営む法人である審査請求人が、輸入取引に係る仕入額について総勘定元帳に計上した額に基づいて法人税等の確定申告をしたところ、原処分庁が、真正な仕入額は請求人のM税関での申告価格であり、これを上回る金額は損金の額に算入することができないなどとして、法人税等の各更正処分及び重加算税の各賦課決定処分並びに青色申告承認取消処分を行ったところ、請求人が、M税関での申告価格は誤っており、請求人が総勘定元帳に計上した金額が真正な仕入額であるとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 本件の争点は、次のとおりである。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、争点①について、本件代表者による輸入取引の価格決定方法等についての答述(以下①~④の事実認定の②)は、請求書や輸入申告書の記載内容を一応合理的に説明するものであり、また、証拠による裏付けがある部分もあることから、この答述を排斥できない一方で、請求人代表者による申述(以下①~④の事実認定の①)は、客観的事実と整合しない部分があり、申述に沿う証拠もないことから、本件申述は採用することができないとしたうえで、原処分庁提出証拠並びに当審判所の調査及び審理によっても、請求人代表者による申述のほかに、各事業年度における輸入取引に係る仕入額が本件輸入申告額であるとする原処分庁の主張を裏付ける証拠はなく、請求人が本件各事業年度において本件輸入取引に係る仕入額を過大に計上していたことを認めるに足りる証拠もないことから、法人税等については原処分の一部を、重加算税の賦課決定処分についてはその全部を取り消した。 (了)
《速報解説》 国税庁、令和元年改正会社法施行後の会社役員賠償責任保険の税務上の取扱いについて、経済産業省へ示した回答を公表 ~改正会社法第430条の3に基づいた場合は会社負担分も役員個人への給与課税なし~ Profession Journal編集部 令和元年12月に成立した改正会社法では、第430条の3として会社役員賠償責任保険(D&O保険)に係る契約に関する規定が新設されており、さらに9月30日にパブリックコメントが締め切られた改正会社法施行規則(案)第115条の2では、役員等賠償責任保険契約に該当しない保険契約が定められている。社外取締役の設置義務化もスタートすることから、損害保険各社もさらなる普及を期待しているところだろう。 ところでD&O保険の保険料を会社が負担した場合の税務上の取扱い、すなわち会社から役員への経済的利益の供与(給与課税)の有無については、平成28年に国税庁が公表した「新たな会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて(情報)」によって、次の手続を行うことにより会社法上適法に負担した場合には、役員に対する経済的利益の供与はないと考えられることから、役員個人に対する給与課税を行う必要はないとされている。 今回の法改正によってこれまで法律の規定になかったD&O保険契約を締結するための手続等が会社法上明確化されるにあたり、上記税務上の取扱いが維持されるか気になるところだが、経済産業省は9月30日付で、国税庁より、改正会社法の規定に基づき会社がD&O保険の契約料を負担した場合にも、役員個人に対する経済的利益の供与はなく、役員個人に対する給与課税を行う必要はないとの回答(下記)があったとし、国税庁ホームページにおいてもその情報が公表されている。 冒頭の関係政令パブコメ概要では、改正会社法の施行は令和3年3月1日の予定とされているが、施行を前に国税庁からお墨付きを得たといえよう。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2020年10月8日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.389を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第92回】 「法令相互間の適用原則から読み解く租税法(その2)」 ~形式的効力の原則~ 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅱ 形式的効力の原則 1 概観 続いて、形式的効力の原則を確認しよう。 形式的効力の原則とは、上位法が下位法に優先するという原則である。 すなわち、憲法が法律の上に立ち、法律は政令の上に立ち、政令は省令・規則の上に立つという上下の関係が法令にはあるが、仮に2つ以上の種類の法令の内容が矛盾するときには、上位の法令が下位の法令に優先するわけである。 したがって、憲法違反の法律は無効であり、法律違反の政省令は無効となる。 なお、憲法と条約との間の優先関係については議論があるが、条約優位説が有力である。 ここの条約優位説とは、条約を上位規範とみて、憲法を下位規範とみる考え方であり、憲法優位説に対立する考え方である。 また、法律と条約との関係では条約が優先すると解すべきであろう。 さて、ここでは、形式的効力の原則の観点から、法律や政省令の効力が争点となった事例をいくつか紹介しよう。 2 遡及課税事案 納税者に不利益な租税法規の遡及適用に合理性があるか否かが争点とされた事例として、福岡地裁平成20年1月29日判決(判時2003号43頁)がある。この事件において、同地裁は、平成16年度所得税法改正において土地の譲渡損失に対する損益通算の制限を設けたことは、憲法84条の租税法律主義(租税法規不遡及の原則)に違反し、違憲無効と判断している。 なお、本件では、平成16年4月1日施行の法律の改正により、同年1月1日以後に行われた住宅の譲渡について、その損失の金額の損益通算が認められなくなっていた。すなわち、4月1日施行の法改正によって、それよりも前の譲渡損失の損益通算をも否定することは、租税法規不遡及の原則に違反するといえるかが争点となった。 福岡地裁の判示を見ておこう。 なお、福岡地裁は、上記判示に先立って憲法84条について次のように示している。 租税法律主義が要請する遡及立法禁止原則は、法令の時間的効力との関係でしばしば問題となるが、福岡地裁は憲法と法律の関係を考慮し、上記のような判断を示したものといえよう。 なお、法の適用に関する通則法2条《法律の施行期日》は、「法律は、公布の日から起算して20日を経過した日から施行する。ただし、法律でこれと異なる施行期日を定めたときは、その定めによる。」とするが、法の遡及適用は認められないと解すべきであろう。 憲法は、遡及課税を明文をもって否定しているわけではないものの、財産権の侵害規範たる租税法の遡及適用を憲法が認めているとは解されないとすれば、遡及課税を是とするような法律は、上位の憲法が優先され、無効となるというべきであろう。 もっとも、上記福岡地裁の判断について、控訴審福岡高裁平成20年10月21日判決(判時2035号20頁)は次のように示して、かかる判断を覆している。 ただし、かかる福岡高裁とて、形式的効力の原則を否定して原審の結論を覆しているわけではないことは明らかであり、遡及適用することに合理性があるときは、憲法に抵触しないという判断を示しているのである。 3 添付要件を付した施行令及び施行規則 法律で委任している範囲を越えているとして租税特別措置法施行令及び同法施行規則の規定が無効とされた事例として東京高裁平成7年11月28日判決(行集46巻10=11号1046頁)は次のように示す。 このように、本件では、政令以下の定める手続的事項が問題となっている。 そして、同高裁は次のように示して、本件規定を無効と示した。 法律の有効な委任がないのに、追加的な課税要件として手続的な事項を定めるような政令以下の定めは、法律と政省令の上位下位の関係に反するものとして認められないという判断が示されているのである。 4 政令が規定するプロラタ計算 その他、資本の払戻しのみなし配当の規定に係るいわゆるプロラタ計算(法令23①四)について、法人税法の委任を受けて政令で定める「株式又は出資に対応する部分の金額」(法法24①柱書)の計算の方法に従って計算した結果、利益剰余金を原資とする部分の剰余金の配当の額が「株式又は出資に対応する部分の金額」に含まれることとなる場合には、かかる政令の定めは、そのような計算結果となる限りにおいて法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効であるとした東京地裁平成29年12月6日判決(判例集未登載)がある。 紙幅の都合、事案の詳細に触れることはできないが、東京地裁平成29年12月6日判決は、法人税法施行令23条《所有株式に対応する資本金等の額又は連結個別資本金等の額の計算方法等》1項4号に規定するプロラタ計算が違法・無効となる場合があると断じ、注目を集めた。 同地裁は、このように法人税法の趣旨を考慮した上で、次のように結論付けている。 すなわち、資本剰余金と利益剰余金の双方を原資とする剰余金の配当の場合、全体を資本の払戻しと解すべきであり、法人税法施行令23条1項3号(現行4号)のプロラタ計算においては、「当該剰余金の配当により減少した資本剰余金の額を超える『払戻し等の直前の払戻等対応資本金額等』が算出される結果となる限り」において、法人税法施行令の規定は違法・無効となると断じている。 ここでは、法人税法施行令23条1項3号の規定が法人税法24条《配当等の額とみなす金額》1項3号の委任の範囲を逸脱した違法なものであると判断しており、形式的効力の原則の考え方に沿っているものといえよう。 なお、この事件は控訴されたが、東京高裁令和元年5月9日判決(判例集未登載)も原審判断を維持している。 (※) なお、東京高裁は、法人税法24条1項3号の「剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うもの・・・)」の意義については、原審とは異なる解釈を展開し、原則として、「資本剰余金の額の減少によって行う剰余金の配当・・・」をいうとした上で、「剰余金の配当」が同号の対象となるかどうかは、株主総会等の私法上の決議によって行われた個々の配当ごとに、その原資に応じて判断されるものとするとしている。 5 小括 このように、問題となった法令が形式的効力の原則に反するとの判断が示されることがある。 なお、租税法領域において、憲法違反の判断が下されることは少ないということも付言しておきたい。 これは、租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能のほか、国政全般からの総合的な政策判断を必要とし、課税要件等を定めるについても極めて専門技術的な判断を必要とすることから、租税法の定立については、立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかなく、裁判所は基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないという、いわゆる大嶋訴訟最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(民集39巻2号247頁)で示された判断基準が判例として構築されていることによるものである。 もっとも、憲法違反が判断されることは少ないとはいっても、上記に示した形式的効力の原則に反するような法令の制定には憲法違反が判断されることもあるのである。 (続く)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第45回】 「租税法律主義の基礎理論」 -課税要件法定主義と課税要件明確主義- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、金子宏教授による租税法律主義の機能的考察について検討を加え、それを法の支配による租税法律主義のコーティングとして理解した上で、法の支配によるコーティングを租税法律主義の「総仕上げ」とみることができること及びそのような「総仕上げ」後の租税法律主義の内容として課税要件法定主義、課税要件明確主義、合法性の原則、手続的保障原則、遡及立法の禁止及び納税者の権利保護の6つが挙げられていることを述べた。 金子宏教授による租税法律主義の「総仕上げ」はまさに租税法律主義の「体系化」というべきものであるが、その「体系」を構成する租税法律主義の内容を、租税法律主義が前提とする権力分立制に関する現行憲法の規定順に整理すると、租税法律主義は、「法律に基づく課税」を基本的な内容(根本原則)とした上で、(ⅰ)立法に関する原則として、①課税要件法定主義、②課税要件明確主義、③遡及立法の禁止、④手続的保障原則、(ⅱ)行政に関する原則として、⑤合法性の原則、(ⅲ)行政及び司法に関する原則として、⑥納税者の権利保護、を個別的な内容(下位原則)として、「体系化」することができよう。 今回から上記の順に租税法律主義の各内容(下位原則)について検討するが、今回は、上記の①及び②について検討することにする。 Ⅱ 課税要件法定主義と課税要件明確主義の「棲み分け」 課税要件法定主義と課税要件明確主義は、「教科書的」には、前者は特に税法における命令委任に関して、後者は特に税法における不確定概念の使用に関して、問題とされることが多い。 例えば、秋田市国民健康保険税条例事件・仙台高裁秋田支部判昭和57年7月23日行集33巻7号1616頁の次の判示(下線筆者)は、その典型的な例である。 Ⅲ 課税要件法定主義と課税要件明確主義の「一体性」 もっとも、法律による命令委任と不確定概念の使用とは、行政にとっては、法規の定立と執行という点で、問題となる場面を区別することができるとしても、法律が裁量的な判断権限を行政に授権するという点では、共通している。 この点に着目すると、命令委任については、「委任の目的・内容および程度」に関して「具体的・個別的委任」は許されるが「一般的・白紙的委任」は許されないと考えられているが(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)82頁、拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2016年)【30】等)、これは、行政による法規の定立に係る裁量権行使(行政立法裁量)を統制しようとする考え方とみることができる。 また、不確定概念の使用については、不確定概念を①「終局目的ないし価値概念を内容とする不確定概念」と②「中間目的ないし経験概念を内容とする不確定概念」の2つに区別した上で、前者①を用いた規定を課税要件明確主義に反し無効とするのに対して、後者②を用いた規定は「一見不明確に見えても、法の趣旨・目的に照らしてその意義を明確になしうるもの」であり「租税行政庁に自由裁量を認めるもの」ではなく、「その必要性と合理性が認められる限り」課税要件明確主義に反するものではないと考えられているが(金子・前掲書85-86頁)、これは、行政による法規の執行の前提となる要件判断に係る裁量権行使(要件裁量)を統制しようとする考え方とみることができる。 以上のいずれの考え方においても、行政裁量(行政立法裁量及び要件裁量)の統制が必要とされるが、そのためには租税法律の規律密度(規律の事項及び程度に係る密度)を高めることが必要とされる。この点において、「課税要件法定主義と課税要件明確主義には重複する部分がある。法律が公課の要件を規律する密度(明確性)は、逆に見れば、法律が公課について行政に決定を委任する程度といえるからである。」(山本隆司『判例から探究する行政法』(有斐閣・2012年)8頁[初出・2009年])との指摘は正鵠を射るものである。 このことをわが国における租税法律主義の展開に関する筆者の最近の研究成果(「租税法律主義(憲法84条)」日税研論集77号(近刊))に即して言い換えれば、現行憲法下の租税法律主義は、民主主義的再構成(第34回Ⅱ、第43回Ⅳ参照)及び債務関係説的再構成(第3回Ⅲ、第34回Ⅲ、第43回Ⅳ参照)と、「私人に対し行動の帰結について予測可能性を保障することを眼目としている」(長谷部恭男『憲法〔第7版〕』(新世社・2018年)130頁)法の支配によるコーティング(前回Ⅲ参照)とを融合させ、租税法律の規律密度を高めるものであり、この意味において、課税要件法定主義と課税要件明確主義とは内容的に「一体」とみるべきものであるといえよう。 課税要件法定主義と課税要件明確主義とのこのような「(内容的)一体性」からすると、租税法律主義の内容についていずれか一方に偏した捉え方は正当ではない。例えば、「課税要件法定主義に対しては、ときとして、納税者にとっては、自ら負担すべき納税義務の内容が明確であること(課税要件明確主義)が最も重要であるから、課税要件が明確にされてさえいれば、政令・省令で定めてもよいのではないか、という意見を聞くことがある。しかし、これは租税法律主義における民主主義の要素を軽視するものであって、賛同しがたい。」(金子宏『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)121頁[初出・2008年])との見解は正当である。 Ⅳ おわりに 今回は、課税要件法定主義及び課税要件明確主義について、両者の「(教科書的)棲み分け」をみた後「(内容的)一体性」を検討した。 その検討結果をまとめると、課税要件法定主義と課税要件明確主義は、現行憲法下では、「一体」となって租税法律主義の内容を構成するものであり、租税法律の規律密度を高めることによって行政裁量(行政立法裁量及び要件裁量)を厳格に統制し、もって租税法律主義の基本的性格である法律による行政の原理(第43回Ⅲ参照)を厳格化しようとするものであると考えるべきであろう。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第22回】 「増資時の「取引相場のない株式の評価」及び 「会社の税額」に与える影響」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 公認会計士・税理士 岩丸 涼一 相談内容 私は、40年前にA社を設立後、製造業を営むA社の社長として経営をしてきました。設立以来、私がA社株式のすべてを所有しており、株式上場を考えたことはありませんでした。 【A社の直前期の情報】 昨今の経営成績は、売上規模や業種を考えると収益性が低い状況が続いています。ただし、創業より無配当の方針であったことから純資産は潤沢です。 私は今年70歳を迎えましたが、息子が副社長として10年以上私を支えてくれていますので、近い将来、息子に全株式を贈与し事業承継しようと考えています。 そのような中、副社長の発案により、収益性改善を目的とした10億円超のIT事業投資が取締役会で決議され、ファイナンスについては私の手元資金から10億円の増資を行うこととなりました。 本件増資により、今後の事業承継等で留意すべきことはありますでしょうか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 「取引相場のない株式の評価」 非上場会社の同族株主等の株式の評価は、財産評価基本通達の「取引相場のない株式の評価」の原則的評価方式によります。具体的には、①類似業種比準価額方式、②純資産価額方式、③併用方式(①と②の併用)のいずれかの方法により評価することになります。どの方法を適用するかは、評価会社の会社規模(資産価額、従業員数及び取引金額)や評価会社が「特定の評価会社」に該当するかにより決定されます。 なお、A社は製造業なので、以下の「卸売業、小売・サービス業以外」の判定基準によります。 〈特定の評価会社〉 [2] 増資による社長の財産評価に与える効果 A社の従業員(現状100人)は70人以上であるため「大会社」に該当し、類似業種比準価額による株式評価を行うことになります。 増資により、社長個人の手元預金10億円がA社株式に変わりますが、通常、類似業種比準価額は純資産価額より低くなることが多く、結果として社長の個人財産の相続税評価額(現預金+A社株式)は増資により大きく引き下げられる可能性があります。 [3] 増資による株価評価に与える影響 増資により、特定の評価会社のうち「比準要素数1の会社」に該当する可能性については、留意が必要です。 本件増資後の資本金等は11億円(1億円+増資額10億円)となり、比準要素を算定する株式数は22,000,000株(11億円 ÷ 50円)となります。 A社は収益性の低い状況が続き、直前期の課税所得は0.1億円です。本件投資後も収益性が改善せず直前期の水準が継続した場合、比準要素のうち「利益金額」が0円となり(「利益金額」は1円未満切捨)、「比準要素数1の会社」に該当する可能性があります。 「比準要素数1の会社」の株価算定では純資産価額の75%を加味する必要があり、類似業種比準価額のみによる株式評価を行うことはできません。結果として株価は高くなることが一般的です。 なお、A社の純資産は潤沢ですので、「比準要素数1の会社」に該当するのを回避するために配当を行うことは、一考の余地があります。具体的には増資後に約500万円の配当を行うと、「配当金額」の比準要素を確保することができます。 ただし、配当を行い、かつ収益性が改善した場合は、株式評価の3つの比準要素(「配当金額」、「利益金額」及び「純資産価額(簿価)」)が高水準となり、一般的に株価は上昇しますので留意する必要があります。 [4] 増資による会社税額に与える影響 資本金等の増加により住民税均等割が増加することがあります。本件では、資本金等の区分が「1,000万円超~1億円以下」から「10億円超~50億円以下」に該当することとなり、支店数、従業者数によっては住民税均等割に大きな影響が生じる可能性があります。例えば、東京(23区内に本店所在、支店なし)を前提とすると、住民税均等割が20万円から229万円と年額209万円の増額となります。 また、増資により資本金が1億円超となる場合、事業税の税率変更、外形標準課税の適用があり、また、法人税の留保金課税が適用されることがあります。これらの影響を除外するために、増資と同時に無償減資を行い資本金を1億円まで減らすことが一般的です。 [5] 結論 増資は、「類似業種比準価額」算定上の株式数(1株当たりの資本金等の額を50円とした場合の株式数)を増加させます。A社のように収益性が低く、増資によって「利益金額」の比準要素が0円となった場合は株式評価に影響が生じます。 増資後、「利益金額」の比準要素を確保できるならば、社長の個人財産である預金がA社株式に形を変えることで一定の相続・事業承継対策になる可能性があります。対して、想定以上に収益性が改善した、もしくは配当を行い「配当金額」及び「利益金額」の比準要素が生じた場合は、A社の株価は上昇に転じる可能性があります。 したがって、本件増資は、今後の収益性改善予測及び配当政策、住民税均等割増税額を考慮していただく必要があります。 なお、「外形標準課税」や「留保金課税」を適用除外とするため、増資と同時に無償減資の手続を行い資本金の額を1億円まで減らす対応が一般的ですが、減資に際しては「株主総会の決議」及び「債権者保護手続」に一定期間が必要となりますので、決算期の時期についても留意する必要があります。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の 現行法上の問題点と今後の課題 【第6回】 「グループ通算制度」 公認会計士 佐藤 信祐 10 グループ通算制度における帳簿価額修正 (1) 帳簿価額修正後の離脱法人の株式の帳簿価額が離脱法人の簿価純資産価額に相当することの妥当性 連結納税制度と同様に、グループ通算制度においても帳簿価額修正の制度が残されているが、帳簿価額修正後の離脱法人の株式の帳簿価額が離脱法人の簿価純資産価額に相当する金額となっている(法令119の3⑤)。その結果、例えば、P社がA社(簿価純資産価額2,000百万円)を6,000百万円で買収した後に、9,000百万円で転売した事案を想定すると、単体納税であれば6,000百万円であったA社株式の帳簿価額が2,000百万円に引き下げられてしまうため、P社における株式譲渡益が4,000百万円増加してしまうという問題がある。これは、のれんのある法人を買収し、数年後に転売するときに生じやすい問題であると言える。 その一方で、グループ通算制度に加入する時点で資産及び負債のすべてが時価評価されていれば、加入時のA社株式の帳簿価額とA社の簿価純資産価額は一致しているため、離脱に伴う帳簿価額修正後のA社株式の帳簿価額を離脱時のA社の簿価純資産価額としても問題にはならない。すなわち、帳簿価額修正後の離脱法人の株式の帳簿価額が離脱法人の簿価純資産価額に相当する金額とすることについては、それなりの合理性があるということが言える。 この点については、グループ通算制度の加入に伴う時価評価の対象から除外されることにより、加入時に評価益が計上されない事案があるという批判も考えられる。しかしながら、グループ通算制度の加入に伴う時価評価の対象から除外するためには、通算親法人との間の完全支配関係継続要件が課されており(法法64の12①三・四、法令131の16③)、通算グループから離脱しないことを前提に時価評価課税の対象から除外されていることから、グループ通算制度の加入に伴う時価評価課税の対象から除外される法人があったとしても、上記の結論が変わるものではない。 さらに、例えば、帳簿価額が10百万円未満であることを理由として(法令131の16①二、131の15①四)、グループ通算制度の加入に伴う時価評価の対象から除外される資産がある場合には、加入時のA社株式の帳簿価額とA社の簿価純資産価額は一致しないことになる。この点については、時価評価課税の対象資産を限定しているのは、制度の簡素化が理由であることから、上記の結論に弊害があるのであれば、グループ通算制度の加入に伴う時価評価課税の対象となる資産の範囲を拡大すべきということになる。 (2) 単体納税制度に帳簿価額修正を導入することの妥当性 M&Aにおけるストラクチャーの分析において問題となるのは、含み損益が二重に発生しやすいという点である。すなわち、被買収会社が保有する資産に含み益がある場合には、その株主が保有する被買収会社株式にも含み益があるということになり、被買収会社が保有する資産に含み損がある場合には、その株主が保有する被買収会社株式にも含み損があるということになる。それだけでなく、被買収会社において利益が生じた場合には、その株主が保有する被買収会社株式に含み益があるということになり、被買収会社において損失が生じた場合には、その株主が保有する被買収会社株式に含み損があるということになる。 その結果、被買収会社に900百万円の繰越欠損金がある場合において、含み損益のある資産がないときは、被買収会社の株主において900百万円の株式譲渡損を認識し、買収会社が被買収会社と合併することにより900百万円の繰越欠損金を引き継ぐことができるため、二重に損失を利用することができるということになる。 さらに、被買収会社において900百万円の利益が生じた場合において、含み損益のある資産がないときは、被買収会社の株主において900百万円の株式譲渡益が生じることから、被買収会社の株主において生じる株式譲渡益には、被買収会社において課税済みの利益が含まれているということが言える。 つまり、損失の二重利用や利益の二重計上の問題は、グループ通算制度を導入していなくても問題になることがあるため、単体納税制度に帳簿価額修正の制度を導入することについては一定の合理性が認められる。 さらに、受取配当金と株式譲渡損の両建てを狙った節税スキームは、平成22年度税制改正及び令和2年度税制改正によりある程度は防がれているが、完全に防がれているわけでもないのに対し、単体納税制度に帳簿価額修正を導入すれば、受取配当金に相当する金額だけ帳簿価額が引き下げられることから、受取配当金と株式譲渡損の両建てを狙った節税スキームを利用することはできなくなる。 その一方で、被買収会社の保有する資産の含み損益を維持したまま帳簿価額修正を行ってしまうと、含み損益が実現される前の簿価純資産価額により帳簿価額修正が行われることから、損失の二重利用や利益の二重計上の問題が生じてしまう。この点については、グループ通算制度からの離脱に伴う時価評価課税(法法64の13)の対象を拡充することにより解決することができる。 単体納税制度において帳簿価額修正の制度を導入するにしても、すべての事案に対して要求すべきではなく、グループ法人税制の対象となる法人に限定すべきである。そして、グループ通算制度に加入する時点で資産及び負債のすべてが時価評価されていれば、加入時のA社株式の帳簿価額とA社の簿価純資産価額は一致しているため、離脱に伴う帳簿価額修正後のA社株式の帳簿価額を離脱時のA社の簿価純資産価額としても問題にはならないとしたが、そうであるならば、グループ法人税制に加入した時点で時価評価課税の対象にするということも検討すべきであると考えられる。 この点については、オーナー企業に対するM&Aにおいて、事業譲渡を行ってから清算分配金を交付する手法を採用した場合には、被買収会社において事業譲渡益が課され、被買収会社の株主において配当所得が生じるのに対し、被買収会社株式を譲渡する方式であれば、被買収会社が保有する資産の含み益に対する課税がなされずに、被買収会社の株主において譲渡所得が生じるのみであるため、課税の公平が図られていないということが言える。もし、グループ法人税制に加入した時点で時価評価課税の対象にすることができれば、この点についての問題も解決することができるということが言える。 11 小括 第1回から第6回までは、組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度に対する筆者の問題意識をまとめた。第1回から第6回までの内容をまとめると下記のようになる。 なお、本来であれば、グループ通算制度についても、発行済株式又は出資の総数又は総額の3分の2以上に相当する数又は金額の株式又は出資を保有する関係にまで広げるべきであると考えているが、第2回で解説したように、この点について分析するためには、諸外国の租税法を分析する必要があるため、ここではその対象から除外している。 * * * 次回以降では、いったんアカデミックな議論から離れ、一つひとつの条文を検証しながら、組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の現行法上の問題点について分析する予定である。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第16回】 「〔第2表〕株式等保有特定会社外しの留意点」 税理士 柴田 健次 Q B社(倉庫業)とC社(建設業)を100%所有している社長が事業承継に伴い、社長の長男に株式を承継させるにあたり、株式交換によりA社を設立し、B社及びC社を子会社とした後に、A社設立後開業3年経過後に株式を長男に贈与する場合において、株式等保有特定会社に該当することを免れるためにA社が借入により収益物件を購入した場合には、株式等保有特定会社に該当しないものとして、一般の評価会社として類似業種比準価額と純資産価額を折衷させて評価しても問題ないでしょうか。 なお、A社は不動産賃貸業及びB社及びC社の財務管理、経営管理を行っていますが、従業員はいません。 A 株式等保有特定会社を免れるために資産を購入した場合には、その資産の購入はなかったものとして株式等保有特定会社に該当するかどうかを判定することとされているため、本問の場合には、株式等保有特定会社に該当し、純資産価額又は「S1+S2方式」(※)により評価することになります。 (※) 「S1+S2方式」について詳細は後述の③を参照。 ◆ ◆ ◆ ① 株式等保有特定会社の判定 課税時期における下記算式の割合が50%以上の場合には、株式等保有特定会社として、純資産価額又は「S1+S2方式」により評価することとされています(評価通達189(2)、189-3)。 株式等保有特定会社が規定された理由として、著しく株式等に偏っている会社については、原則的評価方式による評価額と適正な時価との乖離が問題になり、租税回避行為の原因ともなっていたため、平成2年の評価通達の改正により設けられました。 なお、評価会社が、株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社かどうかを判定する場合において、課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして当該判定を行うものされています(評価通達189)。 ② 合理的な理由の判断基準 「合理的な理由があるかどうか」については、明確な判断基準はありませんが、租税回避行為の有無、資産購入と課税時期までの期間、長期的にも株式等保有特定会社に該当しないかどうか、原則的評価方式における評価額と株式等保有特定会社の評価額の差額、事業の必要性等を総合勘案して判断されるべきであると考えられます。 ③ 株式等保有特定会社の評価方法 評価通達189-3によれば、純資産価額による評価を原則としながらも「S1+S2方式」により評価することができるとされていますので、実務的にはいずれか低い価額により評価することになります。 「S1+S2方式」は、評価会社の財産の構成要素として株式等に係る部分(S2に対応する部分)と株式等以外の部分(S1に対応する部分)に分離して、株式等に係る部分(S2に対応する部分)は純資産価額のみで計算を行い、株式等以外の部分(S1に対応する部分)については、類似業種比準価額と純資産価額を折衷する方法により評価を行います。具体的には、評価明細の第7表及び第8表で評価することになります。 ☆実務上のポイント☆ 持株会社が形式的に株式等保有特定会社に該当しない場合においても、直前において資産構成に変動がないかを確認して、株式等保有特定会社に該当するか否かを判定する必要があります。 (了)