さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第61回】 「消費税不正還付請求事件」 ~大阪高判平成16年9月29日(税務訴訟資料254号順号9760)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第102回】 天馬株式会社 「第三者委員会調査報告書(2020年4月2日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【天馬株式会社の概要】 天馬株式会社(以下「天馬」と略称する)は、1949(昭和24)年8月に設立。プラスチック製品の製造及び販売を主たる事業とする。売上高85,762百万円、経常利益3,600百万円、従業員数7,276人(いずれも2020年3月期連結実績)。資本金19,225百万円。国内連結子会社2社、海外連結子会社11社(中国に6社、東南アジアに5社)、海外持分法適用関連会社1社を有する。会計監査人は有限責任あずさ監査法人(以下「あずさ監査法人」と略称する)。 【調査報告書の概要】 天馬の経営陣は、X国に所在する子会社であるX国天馬の役職員が、X国の税務局がX国天馬に対して2019年8月に実施した税務調査の過程で、税務局職員に対し、同月31日に1,500万円相当の現金を交付した可能性があることを、同年9月上旬から10月上旬にかけて順次認知した。 この問題については、11月19日に開催された取締役会にて報告され、12月2日に開催された取締役会にて、この問題を調査するための第三者委員会の設置が決議され、同日、天馬は、「当社海外子会社における不正行為について」と題する適時開示を発出した。 1 調査対象事実 第三者委員会は、当初、下記の調査対象事実①についてであったが、調査の過程で、②及び③が把握されたため、対象事実を拡大して調査を実施している。 (1) X国天馬における2019年税務局職員への現金交付(X国天馬の対応) X国天馬は、2019年8月、税務局の調査を受け、追加した投資資本や金型の修理サービスについては、優遇税制の適用対象外であることから、日本円にして8,900万円の追徴課税となるという指摘を受けた。 この追徴税額については、コンサルティング契約を締結していた大手グローバル会計事務所の税務セクションであるT社からも、税務局の指摘には根拠法令があり、追徴税額はおおむね妥当であるとの初期見解を得ていた。 調査後、X国天馬の担当者は、税務局調査リーダーから、日本円にして1,500万円の現金を要求され、X国天馬の社長であるE氏を通じて、天馬本社の執行役員経営企画部長であるA氏(以下「A部長」と略称する)に報告を行い、支払いについて承認を得て、8月31日に、税務局調査リーダーに現金を交付した。 税務局による最終的な追徴課税額は、コンサルティングを依頼していたT社による優遇税制の認定事例に基づく折衝の効果もあって、日本円で262万円まで減額された。 (2) X国天馬における2019年税務局職員への現金交付(本社の対応) ① 「役員報告会」による事後承認 9月20日、X国天馬社長は、A部長に対し、「税務監査最終報告書」をメールで送信した。この「税務監査最終報告書」には「表」と「裏」の2通が存在し、「表」には、追徴額等の総計が262万円相当となったこと等が簡単に記載されているのみであるが、「裏」には、①第1回調査結果通知、第2回調査結果通知及び最終調査結果通知が発行され、その都度追徴金額等が減額されていく経緯、②税務局調査リーダーに現金1,500万円相当を手渡した事実、③当該現金の経費処理の方法等コンプライアンス上問題のある行為であることについても記載されていた。 10月8日、天馬本社では、A部長から説明させて情報を共有する会議(役員報告会)が行われ、監査等委員を除く取締役6名の出席のもと、A部長から、税務局調査リーダーに調整金名目で金銭を交付したことが説明され、出席した取締役6人全員が合意して、事後承認を与えることとなった。 ② 顧問弁護士に対する相談 その後、藤野兼人代表取締役社長(以下「藤野社長」と略称する)、金田宏常務取締役(以下「金田常務」と略称する)及び須藤隆志取締役(以下「須藤取締役」と略称する)は、本事案に何も対処しないこと自体が会社として問題であると判断し、今後の対応方針を顧問弁護士に相談することを決め、金田常務と須藤取締役が、10月16日、口頭で相談事項を顧問弁護士に対し伝えた。 第三者委員会が、顧問弁護士から受領した相談記録には、不正競争防止法に違反する可能性があること、いったん交付した現金を返却してもらってリセットし、改めてコンサルティング会社からフィーを支払うという方法もあることなどが示されたが、「アンダーグラウンドの話である」からお勧めするわけではないと、という記述がある。 ③ コンサルティング契約の締結 顧問弁護士の見解を受け、藤野社長、金田常務、須藤取締役及びA部長は対応方針について協議し、X国天馬とR社はコンサルティング契約を締結して、R社にコンサルタント料として2,000万円相当額を支払ったうえで、1,500万円を現金で返金してもらうことで、税務調査リーダーに支払った調整金1,500万円を処理することとした。 11月11日の契約締結に先立ち、8日、天馬本社では、経営会議決議として、「税務コンサルタント料支払の件」という一般稟議書が添付され、承認が行われている。一般稟議書には、本コンサルティング契約締結の理由として、 との記載があるが、これは客観的事実に反する虚偽の記載内容である。 (3) X国天馬における2017年税関局職員への現金交付 2017年6月、X国天馬は、X国税関局による税関調査を受けた。X国天馬は、関税調査において、金型輸出入の関係で追徴金・罰金の支払いは、避けられない状況との認識を有するに至り、調整金として税関局職員に現金を交付することにより追徴金の減額を行うことを考え、A部長を経由して藤野社長の承認を得たうえで、税関局調査リーダーに対し、調整金を支払うことで追徴課税を減額してもらうことを提案した。 6月29日、X国天馬は、車で来社した税関局リーダーに現金1,000万円相当額を交付した結果、関税調査における指摘事項はなしのまま終了した。X国天馬では、支払った1,000万円相当額については、2017年7月から12月にかけて複数回に分割して、消耗品費及び修繕費として費用処理している。 この件について、第三者委員会は、次のとおり、当時の藤野社長の判断を批判している(報告書51ページ)。 (4) Y国天馬における税関局職員への現金交付 Y国天馬では、保税地区における業務の根幹である在庫管理、生産管理、成形技術、金型メンテナンス及び品質管理のレベルが極めて低い状況であり、帳簿管理の問題を税関監査で指摘され、追徴税額の納付のみならず、操業停止となるおそれさえ生じていた。 そこで、Y国天馬では、操業停止を回避するため、税関局職員に調整金の支払いを持ち掛け、帳簿を処理するという安易な方法をとった。また、税関局職員に対する現金交付は領収書が発行されないことから、組織ぐるみで別の領収書を収集し、それらを転用して経理処理をしたことが、役職員の証言から判明している。 さらに、こうした事案を把握した本社経営企画部は、直ちに上司である藤野社長に報告し、外国公務員贈賄事案の対処をすべきであったところ、何ら対処せず放置していたことが判明しており、第三者委員会は、この点、「当社役職員のコンプライアンス意識の低さの表れである」と評している(報告書57ページ)。 第三者委員会は、Y国事案では、税関局職員への現金交付を認定するまでには至っていないものの役職員の証言から、調整金の交付は4回、金額は合計615万円相当額であるとしている。 (5) 類似事案 その他、第三者委員会の調査により、類似事案として、以下の3件の現金支出が判明している。 2 原因分析(報告書65ページ以下) 第三者委員会は、以下の3項目に分けて、原因分析を行っている。 各項目について、分析結果を見ておきたい。 (1) 外国公務員への現金交付を未然に防止できなかった原因 第三者委員会は、ここでは、不正のトライアングル仮説に基づき、「動機」「機会」及び「正当化」について検討している。その概要は次のとおりである。 ① 動機 税務局職員に調整金を交付したX国天馬の役職員における動機は、要求された追徴額の支払いを免れたい、調整金を支払ってでも支払総額を減らしたい、「調整前の追徴額-調整金額-調整後の追徴額=調整金支払による利益額」という算式で示される利益を得たい、という目先の経済的利益の追求にある。 そして、税務局職員に調整金を交付することを事前あるいは事後に承認した本社の役職員における動機もまた、目先の経済的利益の追求にある。このことは、本社での承認の意思決定に先立って、海外子会社から「調整前の追徴額-調整金額-調整後の追徴額=調整金支払による利益額」という算式が示され、この算式が本社での意思決定の重要な要素となっていることから裏付けられる。 ② 機会 調整金を交付したX国天馬の役職員における機会は、領収書の調達による「消耗品」としての経費処理という、本来の経理処理とは異なる仮装の経費処理を容易に実行できる杜撰な統制環境が存在していたこと、子会社の経営陣がこれを容認して内部統制を無効化したことにある。 ③ 正当化 海外子会社において外国公務員に金銭交付した役職員における正当化は、①経済的利益を得られて「会社のため」になる、②他社も支払っているはずであり、郷に入っては郷に従うのが合理的行動である、という2点が共通項であり、この正当化は、外国公務員に現金交付することを事前あるいは事後に承認した本社の役職員においても共通に認められる。 (2) 外国公務員への現金交付を知った取締役らが合理性を欠く危機対応をした原因 第三者委員会は、ここでは次の4項目を指摘している。 (3) 取締役会が取締役の判断や行動を是正するガバナンス機能を発揮できなかった原因 次いで、第三者委員会は、取締役会のガバナンス機能不全については、次の3項目を指摘している。 第三者委員会は、天馬取締役会が、2014年6月に代表取締役会長を退任して名誉会長となった司治氏に対し、その後も経営に介入することを容認してきたこと、創業家である「司家」と「金田家」との間の確執、具体的には、代表取締役社長である藤野兼人氏を解任したい司家と、2019年4月下旬、これに反対して藤野社長の続投を決めた金田家との間の相互不信が、外国公務員への贈賄という会社にとっての重大危機において、ガバナンス機能の不全につながったと結論づけている。 3 再発防止に向けた提言(報告書74ページ以下) 第三者委員会による再発防止策の提言は、以下のとおりである。 【調査報告書の特徴】 調査報告書にある「X国」は、新聞報道などから、ベトナムであることが判明しており、天馬は、外国公務員への贈賄を禁じた不正競争防止法に抵触する可能性があることを東京地方検察庁に自主申告したとも伝えられている(※)。 (※) 2020年5月11日付日本経済新聞電子版「ベトナム公務員に2500万円提供 天馬現地子会社」 日本円で約1,500万円といえば、現地通貨では30億ドンを超える大金であり、高額紙幣が50万ドンまでしかないベトナムで6,000枚を超える紙幣を準備し、受け渡すのもなかなか難しかったのではないかと、余計な心配をしたものである。 第三者委員会は、天馬についてこのように評している(報告書79ページ)。 創業家間の確執は、調査報告書公表後、取締役(監査等委員を除く)の選任をめぐって、さらにエスカレートしていく。天馬のリリースを時系列に従って整理しておきたい。 1 天馬による再発防止策の策定 天馬は、5月1日、「再発防止策の策定等に関するお知らせ」を公表した。再発防止策については、概ね、第三者委員会の提言を踏襲している。 2 会計監査人の異動 天馬は、5月15日、「公認会計士等の異動に関するお知らせ」というリリースで、監査証明を行う公認会計士等が、あずさ監査法人から監査法人ハイビスカスへ異動することを取締役会で決議したことを公表した。 同リリースの「異動の決定又は異動に至った理由及び経緯」の中で、天馬は、あずさ監査法人から、「海外子会社において認識された不適切な金銭交付の疑い」について適時適切な説明・報告がなく、信頼関係が損なわれているとして、監査契約の継続に難色を示され、協議を重ねたものの、正式に任期満了での退任の申し出があったと説明している。 3 会社提案の取締役候補者と監査等委員会による意見 天馬は、6月4日、「第72回定時株主総会の開催に関するお知らせ」を公表して、定時株主総会における第2号議案として、「取締役(監査等委員である取締役を除く。)8名選任の件」を会社提案とした。取締役候補者は、次のとおりである。 《会社提案の取締役候補者》 この提案に関して、天馬監査等委員会が、取締役候補者である金田宏氏、須藤隆志氏及び与謝野明氏については、「不適切」であるとする意見が出されたことが6月2日に報道され、天馬も、株主総会招集通知と同日に、「当社監査等委員会に関する一部報道について」をリリースして、監査等委員会の意見に対する取締役会の見解を公表した。 定時株主総会第2号議案に付された監査等委員会の意見を要約すると、金田宏氏については、第三者委員会調査報告書により、重大な意思決定を下す職責を担う取締役が無知だったことが、当社の企業価値を大きく毀損させ、取締役の経営責任は悪意があった場合と同程度に重大とみるべきである(報告書69ページ)と評価されていることを挙げている。 また、須藤隆志氏については、CFOとして、虚偽の経理処理を主導して推し進め、何事もなかったかのように、監査法人に経営確認書を提出し第二四半期の決算発表をしたこと、X国の外国公務員への現金支出が、監査等委員に伝わると、監査法人にも情報が伝わることになるから監査等委員に伝えなかったこと、海外子会社における杜撰な統制環境や内部統制の無効化を放置したことなどから、あずさ監査法人が、信頼関係が損なわれたとし、退任したことを挙げている。 最後に、与謝野明氏については、Y国の子会社の総経理であったとき、Y国の税関局職員への現金交付について情報を共有した上で、同支払いを承認したこと、税関局職員に対する現金交付は領収書が発行されないため、組織ぐるみで別の領収書を収集し、それらを転用して経理処理をした点も大きな問題であると、第三者委員会に評価されていることを挙げている(報告書57ページ)。 こうした監査等委員会の意見表明に続いて、天馬取締役会は、監査等委員会の意見が相当でないとして、以下の3点を挙げている。 さらに、天馬取締役会は、6月4日付の「当社監査等委員会に関する一部報道について」の中でも、「当社監査等委員会の中立性・公正性に対する不信」という項目を設け、当社監査等委員会を取り巻く諸事情について、株主の皆様を含む当社ステークホルダーの皆様に周知させていただく必要があると判断したとして、取締役常勤監査と委員である北野治郎氏及び取締役監査等委員である片岡義正氏の一連の行動について、批判的な記述を公表している。 4 株主提案の取締役候補と会社による意見 同じく、「第72回定時株主総会の開催に関するお知らせ」では、第5号議案として、「取締役(監査等委員である取締役を除く。)8名選任の件」を株主提案とした。取締役候補者は、次のとおりである。 《株主提案の取締役候補者》 なお、取締役候補者川村修治氏及び渕上敬亮氏については、次のような注記が付されている。 議案に付された株主提案の理由は次のとおりである。 これに対し、天馬取締役は、次のとおり反対意見を表明している。 5 定時株主総会決議結果 6月26日に予定どおり開催された天馬の第72回定時株主総会における、第2号議案及び第5号議案に関する議決権の行使状況は以下のとおりである。 《【第2号議案】会社提案の取締役候補者》 《【第5号議案】株主提案の取締役候補者》 監査等委員会が不適切であると名指しした3名の会社側提案の取締役候補者、創業家である司元名誉会長側から提案された取締役候補者の全員がともに否決され、両者痛み分けといった格好である。この結果、天馬には創業家出身の取締役が不在となった。 株主総会に向けた委任状争奪戦の中で、天馬における創業家間の争いは、取締役会と監査等委員会との間の信頼感の喪失として、投資家にも広く認知されることとなった。 第三者委員会が不正の原因として挙げた「取締役会メンバー間の相互不信」を払拭して、再発防止策の柱である「取締役会のガバナンス機能の再構築」を果たして、投資家・株式市場の信頼を取り戻すことができるかどうかが喫緊の課題となる。さらに、外国公務員に対する贈賄容疑に係る東京地方検察庁の捜査及びベトナム財務省による調査対応も待ったなしであり、新しい経営陣の責任は重大である。 (了)
税効果会計を学ぶ 【第8回】 「繰延税金資産の回収可能性②」 -企業の分類の枠組み- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号。以下「回収可能性適用指針」という)では、「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(監査委員会報告第66号)における企業の分類に応じた取扱いの枠組みを基本的に踏襲した上で、当該取扱いの一部について必要な見直しを行っている(回収可能性適用指針63項、64項)。 今回は、回収可能性適用指針における企業の分類と繰延税金資産の回収可能性について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 基本的な考え方 監査委員会報告第66号は「会社の過去の業績等の状況を主たる判断基準として、将来年度の課税所得の見積額による繰延税金資産の回収可能性を判断する場合の指針を示すこととした。」とされ、過去の事象を主たる判断基準としていたが、過去の事象が重視されすぎており、実態が反映されていないのではないかとの意見を踏まえ、監査委員会報告第66号における当該記載を回収可能性適用指針に踏襲せずに、回収可能性適用指針24項、28項などにおいて新たな規定が設けられている(回収可能性適用指針64項)。 また、監査委員会報告第66号において「例示区分」として示されていた事項や監査上の指針として示されていた内容を、会計上の指針として取扱いを明確にしたため、回収可能性適用指針では、要件に基づいて企業を分類した上で、当該分類に応じて回収が見込まれる繰延税金資産の計上額を見積ることとなる(回収可能性適用指針65項)。 Ⅲ 企業の分類と繰延税金資産 1 企業の分類 回収可能性適用指針は、企業の分類に関する「要件」を定めており、「要件に基づき企業を分類し」と規定しているので、企業は(分類1)から(分類5)のいずれかに分類されることになる。 回収可能性適用指針15項、16項及び65項なお書きの規定は、次のとおりである。 2 企業の分類と繰延税金資産の計上額 回収可能性適用指針における企業の分類と繰延税金資産の計上額をまとめると、次の表のようになる。 (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第4回】 「相談窓口の運用と発覚後の初期対応」 弁護士 柳田 忍 ハラスメント事件の発覚の経緯としては、拙稿第2回「ハラスメント発覚から紛争解決に至るまでの鳥瞰図」において触れたとおり、被害者から上司への申告や、法務部、人事部、相談窓口などへのコンタクトなどのルートがあるが、このうち、実務上特に注意すべきなのが相談窓口のルートである。 そこで、本稿においては、相談窓口の運用における注意点を説明し、また、事実調査実施前に早急に講ずべき対応策について述べるものとする。 1 相談窓口の運用 (1) 窓口担当者 厚生労働大臣の指針(いわゆるパワハラ指針)等により、パワハラ、セクハラ、マタハラについて相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備が義務づけられていることから(パワハラにつき中小企業については2022年3月31日まで努力義務)、多くの企業において相談窓口が設置されているものと思われる。また、同指針においてパワハラ、セクハラ、マタハラについて一元的に相談に応じることのできる体制が望ましいとされていることから、これに従いパワハラ、セクハラ、マタハラに共通の窓口を設置している企業も多いものと思われる。 このような相談窓口の担当者を男性とすべきか、女性とすべきかは悩ましいところである。女性従業員がセクハラやマタハラの相談をしやすいように、少なくとも窓口担当者の1人は女性にするのが望ましいが、他方で最近は男性がセクハラの被害者になる場合やLGBTへのハラスメントに関する相談も増えてきていることから、男性の担当者と女性の担当者の両方を窓口担当者として相談者に選択肢を与えることが望ましい。 (2) 外部窓口 ハラスメントの加害者が会社の役員等である場合や、社内相談窓口やこれと連携している法務部、人事部等に対して従業員が不信感を持っているような会社においては、被害者が社内の窓口への相談をためらうことがある。このような場合には、会社から独立した中立的な窓口として外部相談窓口を設置することも有用である。 弁護士を外部相談窓口として選任し、相談の受付から調査、事後的対応策の提案まで弁護士に委任するという方法も考えられる。もっとも、この場合、当該弁護士は会社から独立した第三者的な立場で調査を行い、相談者等から情報を得るわけであるから、仮に外部相談窓口たる弁護士が相談を受けたハラスメント事件が紛争となった場合に当該弁護士を会社側の代理人として選任することは避けるべきである。 また、会社の顧問弁護士を外部相談窓口とする場合は、従業員から見て外部相談窓口の独立性・中立性に疑問を持たれる場合がありうるが、社内事情等に精通している顧問弁護士による効果的な調査の実施や適切な事後的対応策の提案を期待できるというメリットもあり、いずれを重視するかは、各会社の状況や会社と顧問弁護士との関係にもよると思われる。 (3) 相談者の氏名等の秘匿 相談窓口が相談を受け付けるに際しては、相談者の氏名や相談内容、窓口に相談を行った事実等の秘匿性の確保に最も気を配るべきである。相談者の秘匿性を維持できない場合は相談者のプライバシーの問題となりうるし、相談者に対する二次被害や加害者による報復などのおそれもあり、その結果、会社の責任問題となるおそれがある。 (4) 匿名での相談 相談窓口は、匿名での相談も受け付けるべきである。会社は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務・労働契約法第5条)や労働者が良好な職場環境で就業できるよう配慮する義務(職場環境配慮義務)を負担しており、これらに違反した場合は債務不履行(民法第415条)に基づく損害賠償責任を負うことになるが、匿名であることを理由に相談を受け付けなかったために防げたはずのハラスメント被害を防げなかったような場合には、会社にこれらの義務の違反が認められる可能性がある(※)。 (※) 被害者がパワハラの相談等を行っていなかったとしても、会社においてパワハラの事実を認識し得たとして会社の安全配慮義務違反が認められた事例に「ゆうちょ銀行事件・徳島地判平成30・7・9労判1194号49頁」がある。 ただし、匿名での相談については、相談者への再度の事実確認が困難であることなどから十分な事実調査等を行うことができないおそれがある。また、会社は原則として相談者に対して調査結果等をフィードバックすることになるが、相談者が匿名の場合はそれが難しいことになる。よって、匿名での相談に関するこれらのデメリットについて、相談者に対してきちんと説明したうえで相談を受ける必要がある。 (5) 企業グループの相談窓口 企業グループにおいては、個々の企業に相談窓口を設置するのではなく、企業グループの親会社がグループに所属する企業の従業員が利用できる共通の窓口として相談窓口を設置することがある。また、同様に、グローバル企業においては、日本国外の本社に相談窓口を設置したり、日本国外の業者に窓口業務を委託したりする例もある。 過去には、子会社の不祥事について、親会社が知らないうちに内部告発(第三者への情報提供)に至り、企業グループ全体の信用失墜に繋がってしまった事案も散見されるため、一般に、親会社において、子会社等の従業員からの相談も受け付ける体制を構築することは、リスク管理の観点から望ましいといえる。 しかしながら、子会社の従業員からの相談も受け付ける体制とした場合、親会社が、(子会社に調査を任せきりにするのではなく)自らの責任において相談に対して合理的な対応をしなければ、損害賠償責任を負うリスクがある(イビデン事件・最一小判平成30・2・15裁判所時報1694号79頁参照)。したがって、親会社において企業グループ内の共通の相談窓口を設置する場合には、子会社の従業員からの通報も受け付けることができる体制を整えたうえで、通報があった際には、親会社において、自らの責任において事案の解明と適切な対応策の検討・実施を行うべきである。 また、企業グループにおいて共通の相談窓口を設置する場合には、グループ内において従業員の個人情報の移転が行われる可能性がある。グループ企業間であっても法人格が異なる以上、同一企業内での情報移転とは異なり、個人情報保護法上の第三者提供(第23条)の問題となりうる点に留意する必要がある。 2 ハラスメント発覚後の初期対応 拙稿第2回「ハラスメント発覚から紛争解決に至るまでの鳥瞰図」において言及したとおり、事実調査が終了する前であっても、取り急ぎ、被害の拡大を防ぐために申告者と行為者の職場を引き離すとか、被害者や行為者を休業させるなどの措置をとるべき場合がある。 この場合、十分な調査なしに行為者が使用する部屋と被害者が使用する部屋との間にホワイトボード等を間仕切り状に設置した場合に、行為者を隔離する印象を植え付けるものであり、行為者に対する嫌がらせ目的を推認させるものであると評価された事例もあることから(国立大学法人金沢大学元教授ほか事件・金沢地判平成29・3・30労判1165号21頁)、行為者を異動したり隔離したりする場合は、他の従業員に不審に思われないよう配慮する必要がある。 他方、被害者を異動・隔離したり休職させたりする場合には、被害者が「なぜ被害者である自分が異動しなければならないのか」といった不満をもつことがある。よって、被害者を異動する場合等には、かかる措置が被害者自身を守るためのものであることを被害者に対して丁寧に説明しておくべきである。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第7回】 「債権回収の方法とそのポイント」 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 高橋 弘行 〔質 問〕 新型コロナウィルスの影響により、当社の取引先の資金繰りが悪化して、売掛金を回収できず困っています。債権回収をするためには、どのような方法があるのでしょうか。 また、それぞれの回収方法において、どういった点がポイントとなるのでしょうか。 〔回 答〕 債権回収の方法には、大きく分けて、「当事者間の話し合いに基づく回収」と、「裁判所を関与させた回収」との2種類があります。 「話し合いに基づく回収」においては、請求の仕方(電話、メール、通常の請求書、内容証明郵便による請求)、書面を取り交わすこと(可能であれば公正証書)、裁判所を関与させた回収手続きへの移行のタイミングといった点がポイントとなります。 「裁判所を関与させた回収」としては、民事調停、支払督促、少額訴訟、通常の訴訟、といった手段があり、最終的には強制執行(差押え)という回収手段もあります。また、強制執行の実効性担保のための保全処分(仮差押え)もあります。債権の性質、証拠関係、取引先の資産状況等に応じて、的確な方法を選択することがポイントとなります。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 当事者間の話し合いによる回収 (1) 請求 取引先からの入金を確認し、支払いに遅延があった場合、まずは、電話、面談、メール、通常の請求書の再送等で、すぐに支払うよう請求することになる。 取引先がすぐに支払いに応じない場合は、繰り返し請求を行い、口頭のみならず書面、さらには、内容証明郵便にて請求することも考えられる。こういった請求により、取引先に自社への支払いの優先順位をあげさせることが肝要である。資金繰りの悪化した取引先は、他の会社への支払いも遅れている可能性が高く、対応を後回しにされてしまうリスクがあるからである。 なお、弁護士を代理人に立てた請求をすると、費用はかかるものの、自社への支払いの優先順位をあげさせる効果は大きいといえる。 これらの請求を行ったにもかかわらず、取引先が、まったく対応すらしなかったり、支払の猶予や減額を求めるのではなく、そもそも支払いの意思がないような場合は、交渉を継続する意義は小さいので、すみやかに裁判所を関与させた回収方法に移行すべきである。 (2) 書面の取り交わし 支払請求により、取引先が自社への支払いを約束した場合には、口約束だけではなく、その内容を文書化して書面の取り交わしをすることが重要である。資金繰りに窮した取引先が、支払いの口約束だけして時間を稼ごうとする場合もあるし、後から、支払うか否か、支払い条件等について、「言った言わない」でトラブルになる場合もあるからである。 なお、取り交わす書面は、「債務弁済契約書(※1)」、あるいは、「準消費貸借契約書(※2)」とするのが通常である。 (※1) 債務者が、債権者に対して弁済しなければならない債務があることを認める旨と、その債務の金額・弁済方法等を定めた契約書 (※2) 複数の債権が存在する場合に、既存の貸借を1つにまとめて、その債務の金額・弁済方法等を定めた契約書 (3) 公正証書 債務弁済契約書や準消費貸借契約書を取り交わしても取引先が契約通りに支払うとは限らない。その場合、取引先に強制的に支払わせるためには、後述する訴訟等の裁判所が関与する手続きによるのが原則である。 もっとも、そのような手続きには時間も費用もかかる。このような時間と費用をかけずに、強制的に債務者に支払わせることができる効力を有するのが「公正証書」である 「強制執行認諾文言」という規定を有する公正証書には、強制執行をとるための執行力が与えられているため、万一取引先が約束を守らないときでも、これを元に、訴訟手続きを経ることなく強制執行の手続きをとることができる。 2 裁判所を関与させた回収 (1) 前提としての資産調査 訴訟を提起し、勝訴して、強制執行ができるという段階にまで至ったとしても、資産のない取引先からは、何も回収することはできない。多くの時間と費用をかけて得た勝訴判決も、画餅に帰してしまう。 このような事態を防ぐために、強制執行をして取り立てる対象となる財産が取引先にあるのかを事前に資産調査することが重要である。強制執行の対象となるのは、不動産、債権、動産であるので、これらの財産について調査することになる。 その際、不動産については、取引先名義の土地、建物がないか、代表者の住所地や会社の本店所在地の登記簿をとって確認することが考えられる。 債権は、金融機関への預金返還請求権、売掛債権等が強制執行の対象として考えられる。自社の取引先が、どの金融機関を利用していたのか、どういった会社と取引をしていたのかといった情報を調査していくことがポイントとなる。 なお、通常時から、取引先のこういった情報を収集しておくよう努力しておくと、資金繰りの状況を正確に理解できるばかりでなく、万一の場合の強制執行の対象を把握することにも繋がる。 (2) 仮差押え 裁判所を関与させた回収まで検討せざるを得ない状況にまで至っているとすると、債務者である取引先との関係もかなり複雑な局面になっていることが予想される。そういった局面では、取引先は、財産隠しを行う可能性がある。また、故意に財産隠しをしたというような場合でなくても、資金繰りに窮している取引先が、間もなく資産を失ってしまう可能性もある。 そういった事態に陥り、裁判に勝っても強制執行する対象財産がないといったことを防ぐため、裁判前に緊急的に債務者の資産を仮に差し押さえる制度が「仮差押え」である。 仮差押えに成功した場合の影響は大きく、取引口座を仮差押えされた債務者は、慌てて弁済してくるケースが多々ある。もっとも、預金や売掛金の仮差押えは債務者の信用を失墜させることにつながり、一気に倒産に追い込む可能性もあるので、行うか否か、また行うとしてもそのタイミングは慎重に考えなければならない。 なお、仮差押えは文字どおり「仮」に差し押さえる制度であり、債権者の一方的な申し立てにより、上記のように影響の大きい効果を生じる手続きであるので、通常、債権額の10~30%程度の金額を担保金として裁判所に納めなければならない。仮差押えの後には通常訴訟を起こすことになり、その裁判に勝てば、裁判所に納めた担保金は返還される。 (3) 民事調停 「民事調停」は、裁判所を間に入れて当事者同士で「話し合い」をする制度である。裁判官と民間人から構成される調停委員会が、当事者間に和解が成立するように援助協力する。手続きが簡単で、かつ非公開であるので、通常訴訟等に比べると心理的抵抗の少ない制度といえる。 第三者に入ってもらえば話し合いで解決できそうな場合や、今後もできれば取引を継続したいという場合などに有用である。 もっとも、話し合いの場に出てくるかは債務者の自由であるし、あくまでの当事者の合意に基づく解決を目指すものであるので、取引先に支払う意思がまったくなかったり、全面的に争う姿勢を示している場合には適さない。 (4) 支払督促 「支払督促」は、金銭、有価証券、その他の代替物の給付に係る請求について、債権者の申立てにより、その主張から請求に理由があると認められる場合に、裁判所から債務者に対して金銭の支払等をするよう督促する手続である。債務者が裁判所からの支払督促を受け取ってから2週間以内に異議の申立てをしなければ、裁判所は、債権者の申立てにより、支払督促に仮執行宣言を付さなければならず、債権者はこれに基づいて強制執行の申立てをすることができることになる。 支払督促は、書類審査のみで行う迅速な手続きであり、相手方からの異議の申し立てがなければ判決と同様の法的効力が生じる。そのため、債務者である取引先が、債務の存在自体は争わないだろうと想定される場合には簡易で有用といえる。 (5) 少額訴訟 「少額訴訟」は、民事訴訟のうち、60万円以下の金銭の支払いを求める訴えについて、原則として1回の審理で紛争解決を図る手続である。即時解決を目指すため、証拠書類や証人は、審理の日にその場ですぐに調べることができるものに限られる。法廷では、基本的には、裁判官と共に丸いテーブル(ラウンドテーブル)に着席する形式で、審理が進められる。 請求額が60万円以下と低額な場合には、訴訟は原則1回の審理で終わる迅速なものであるので、検討したい手段である。 (6) 通常の民事訴訟 「通常の民事訴訟」は、個人の間の法的な紛争、主として財産権に関する紛争について、裁判所が当事者の主張を聞いたうえで、法律的強制的に解決をするための手続きをいう。これまでに紹介してきた制度に比べれば費用も高く、期間も長くなる傾向にある。しかし、債務者が債務の存在や金額を争ってくる可能性が高い場合は選択せざるを得ないこともある。 通常訴訟は最終的には判決を目指して進められるが、途中で話し合いを行い、「和解」で終了することもある。事案によっては最初から和解を目指して通常訴訟を提起することもある。相手が交渉段階ではかたくなであったが、中立の立場にある裁判官に訴訟の中で和解を勧められることで、それを受け入れるというケースもあるからである。 (7) 強制執行 「強制執行」とは、債権者の申立てによって、裁判所がお金を返済しない人(債務者)の財産を差し押えてお金に換え(換価)、債権者に分配する(配当)などして、債権者に債権を回収させる手続である。 債務者が「判決が出たのに支払いをしない」あるいは、「公正証書を作ったのに約束を破って支払いをしない」といった場合には、強制執行をすることになる。 対象が、土地や建物であれば「競売手続き開始決定」がなされて、裁判所で競り売りにかけられることになる。預金、株や投資信託、積立型の保険などであれば、銀行・証券会社・保険会社に対し、裁判所が「これらの財産は、被告に渡さずに、債権者に渡すように」という命令を出すことになる。 (了)
老コンサルタントが出会った 『問題の多い相続』のお話 【11回】 「老コンサルタントが考える「相続事案情報獲得の心構え」とは」 ~顧客を紹介したい税理士像とともに~ 財務コンサルタント 木山 順三 〔たくさんの税理士さんとお会いしてきました〕 私はこれまでの仕事の中で、いろいろな方とお目にかかり、その後長くお付き合いさせていただいている方も多くおられます。もちろんすべてが仕事に関するお付き合いだけではなく、むしろ自分自身の人格形成に役立つことから、進んで交遊を広める努力を図っています。 中でも仕事柄「税理士さん」と知り合う機会が必然的に多くなっています。 特に現役の銀行員時代は、税理士の方々からの働きかけが多かった気がします。おそらく銀行の顧客の相続事案情報並びに顧客紹介を期待されていたのでしょう。 現役時代、特に懇意な税理士さんは5名くらいおられ、その時々発生する相続税申告については、クライアントごとの事情を勘案し、適宜ご紹介をしていました。その後、銀行においても関連子会社を設立したうえで、大手税理士事務所との提携システムの構築が行われました。一方、私自身は定年後独立するとともに、銀行からの依頼で引き続き銀行本体並びに関連子会社の顧問として10年間在籍しました。 立場上、銀行がらみの相続事案については、銀行提携先の税理士事務所に紹介するのが原則です。しかしながら、あってはならないことなのですが、過去には私が後任者に引き継いだクライアントが必ずしもグリップされておらず、何か相談事があると顧客が直接私の自宅まで依頼に来るケースもたびたびありました。 考えるに、銀行の組織変更や担当者の変更が頻繁に行われたことで、結果的に最初の担当者である私のところへ相談に来られる事態になったものと思います(やはり顧客というのは、組織に付くのでなく、人に付くのでしょうか)。 そのような場合、私としては極力銀行提携先の税理士事務所へ取り次ぐのですが、案件の内容によってはより専門的な信頼のおける懇意な税理士を紹介しました。顧問を退任した現在は、顧客の相性に合わせて紹介するよう心がけています。 今回はこれまでの経験をもとに、私なりの相続事案情報獲得の心構えと、どのような基準で顧客を紹介する税理士を選んでいるかをお伝えしたいと思います。 〔コンサルタントが注力する顧客グリップの心構え〕 顧客獲得のための相続事案情報は、基本的に現役時代から、銀行関連からの入手が主でした。もちろんその他の関係先、すなわち各種クラブ会員、学校関連、講演会参加者、友人関係、銀行OB等々からの相談も重要な情報源でした。 ただし、そのすべてが相続手続に直結する情報というわけありません。むしろ大半は既に手続が進行しているケースであり、単に参考意見を得るための相談も多くみられました。つまり「相続事案情報」はいかに早く獲得し、クライアントからの依頼を受けるかにかかっているのです。 したがって、私は今まで関わってきた人たちには極力、年賀状の送付や、毎年の税制改正情報のお知らせとそれに伴う遺言・不動産・資産運用等の当家への提案を行うよう心がけてきました。 特に当家の一次相続を担った際は、必ず二代、三代にわたる付き合いに最大限の注力をしてきました。 その理由は、これまでこの連載をお読みいただいた方はお分かりのように、最初の相続情報よりも次の配偶者の相続は獲得しやすく、なおかつ、その当家の相続事情もあらかた理解できているので、スムーズな手続に結び付けられるからです。 そのためには家族ぐるみの付き合いを心がけ、時々孫のお見合い先探しも何度か依頼されました。 このように人との密接な関係を構築すること(ただし、コロナの三密はダメです)が大切ですが、心得ておくべき最低限のマナーがあります。 次にそれを述べてみたいと思います。 〔身近な相続事案は引き受けない〕 私は原則として、居住地の町内会と、銀行の同期生の相続手続は引き受けません。 その理由は、私自身は立場上、絶対的な守秘義務を守っていますが、相手側(特に私の妻と面識のあるご夫人)が、「ひょっとして(私の)奥さんにも当家の財産状況や家庭の揉め事をすべて知られているのでは?」と思われ、いらぬ心配をおかけするかもしれないからです。 昨年秋、同じ町内会の私の同期が亡くなりました。彼は社内結婚でしたので、配偶者である夫人はある程度の相続に関する知識をお持ちでした。それでも生命保険など2、3の質問と相続税の申告手続依頼のために来宅されました。 私は、私の事務所の税理士を紹介することで前述のような誤解を生じる恐れがあることを説明した上で、代わりに銀行の後輩で税理士資格を有し、地理的にも隣町で開業している優秀な人を紹介しました。 もちろん、生前故人がよく「今日は朝から畑仕事、昼からは株の信用取引で得した、損した。」と言っていましたので、その税理士には事前に、故人には信用取引株もあるので相続税申告・準確申告に際し十分チェックするようアドバイスしました。 その後、無事手続も済み、税理士が私の事務所へ報告方々お礼に来られました。 「木山先輩、大変ありがたいお客様をご紹介いただきました。ぜひとも紹介料をお支払いさせてください。」と。 (ここからは多少、格好付けをさせてください。) 「そんな紹介料をもらうために、あなたに依頼したのではありません。同期の不幸を金儲けの材料にはしません。できればその分、相手にディスカウントしてあげてください。」 (私自身、銀行の年金給付があるからこんなことが言えるのでしょうね。) いずれにしても、相続事案情報獲得の大切さは申すまでもありません。しかしながら私としては、常に公私の区別だけは、コンサルタントとして最も重要であると心がけています。 次に、コンサルタントから税理士へ相続税申告を依頼する要点について述べてみたいと思います。 〔顧客を紹介する税理士選択の判断要素〕 前提として、紹介する顧客の情報については、当然ながら税理士よりも私の方が詳しく把握しています。 したがってその顧客情報の中から、本件の相続事案における 等を勘案し、結果として相続手続のスムーズ化を図るべく、やはりこれらを得意分野とする税理士に依頼することになります。 昔はよく、「大丈夫、いざとなればよく知っている人がいるから!」と、ご自身の当局への政治力を誇示する税理士もおられました(そんな方に限って知識はあやふやでしたが・・・)。 現在はそのような政治力(神通力?)は全く通じず、少なくとも公平な世の中になったと信じています。むしろ本当の政治力とは、当局から信頼され、「この税理士先生が担当されているなら安心だ」と思われている方ではないでしょうか。 したがって絶対に間違えられない事案については、より慎重な判断を行う税理士や公認会計士に依頼しています。これは最後まで私の紹介責任がついて回るからです。 当然ながらクライアントの諸事情の把握はもちろんのこと、一方でその税理士の人柄・経験等を熟知したうえでお引き合わせするのがコンサルタントの役割です。その人との付き合いの中で信頼を構築し、この税理士の人柄なら顧客を紹介しても迷惑がかからないという一点に尽きるのでしょう。 〔老コンサルタントのつぶやき〕 以上述べてきましたが、これまでの経験上、情報の獲得のための営業とは、まず仕事抜きの付き合いから始まるケースが多かったように思います。その中において、税理士業をはじめとする専門家の方々との多くのつながりができました。 私のようなコンサルタントは、税理士や弁護士等の専門家と顧客を取り持つ潤滑油的な役割、すなわちコーディネーターだと思っています。 その役割を支える柱とは、「品位と矜持」です! (了)
《速報解説》 中小法人に最大600万円、個人事業者に最大300万円が一括支給される 「家賃支援給付金」の詳細が明らかに ~すでに賃料の猶予・値下げ等を行っている場合は申請時期に留意~ Profession Journal編集部 新型コロナウイルスの影響で店舗・事務所等家賃の支払いに苦しむ事業者に向けた「家賃支援給付金」の詳細が、本日、経済産業省ホームページで明らかとなった。 家賃支援給付金とは、5月の緊急事態宣言の延長等により売上の減少に直面する事業者(個人・法人)の事業継続を下支えするため、地代・家賃(賃料)の負担を軽減する給付金のことで、令和2年度第2次補正予算で新たに設立された支援策であり、既報の持続化給付金とは別のもの。 支給対象となるのはコロナ禍で売上の減少した中小企業・個人事業者であり、詳しくは下記のとおり。 給付額は、次の表により、申請時の直近1ヶ月における支払賃料(月額)に基づき算定した給付額(月額)の6倍であり、法人の場合、最大600万円、個人事業者の場合は最大300万円が一括支給される。なお、賃料の他、賃料について規定された契約書と同一の契約書に規定されている場合には、共益費や管理費も給付額算定の対象となる。 (※) 中小企業庁ホームページより 対象となる契約は土地建物の賃貸借契約であり、駐車場や資材置場として事業に用している土地の賃料など借地の賃料も対象となるが、売買契約すなわち自己保有の土地建物についてローンを支払中の場合は対象とはならない。また、賃貸借契約であっても、①転貸(又貸し)を目的とした取引や、②賃貸人と賃借人が実質的に同一人物の取引(親子会社間取引含む)、③賃貸人と賃借人が配偶者又は一親等以内の取引は、給付額の算定根拠となる契約とはならない。 家賃支援給付金の申請受付は7月14日(火)から開始され(申請ページは準備中)、持続化給付金と同様、受付開始後に、補助員が入力サポートを行う申請サポート会場が順次開設される予定となっている。なお、電話による相談は下記のとおり。 ここで注意したいのが、申請の期限が2021年1月15日とされている点だ。すなわち、7月14日の申請開始後、売上減少月の翌月~2021年1月15日までの間は、いつでも申請が可能となっている。上記の通り給付額は申請時の直近1ヶ月における支払賃料に基づき算定されるため、賃貸人との交渉によって直前で支払の猶予を受けていたり、値下げ又は免除を受けている時には、通常より低い賃料を元に給付額が算定されてしまう。このような場合、元の水準の賃料に戻った時に元の水準で賃料を支払った上で申請を行うことにより、元の賃料の水準を対象として給付金を受け取ることができる。 その他、申請に必要な書類など詳細は、下記ページにて中小法人等向け、個人事業者等向けにそれぞれ申請要領が公表されている。入力の誤りや書類の不備等、申請内容に問題がある場合は通常よりも給付までの時間を要するだけでなく、給付を受けられない恐れもある。事前の確認に十分留意されたい。 (了)
《速報解説》 グループ通算制度、政省令出揃う ~投資簿価修正に係る改正施行令等の他、改正施行規則では新制度対応の別表様式も~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 グループ通算制度に関する法人税法施行令等の一部を改正する政令(政令第207号)が6月26日に、グループ通算制度に関する法人税法施行規則等の一部を改正する省令(財務省令第56号)が6月30日に公布された。 ポイントは以下のとおりとなる。 〇法人税法施行令第19条(関連法人株式等に係る配当等の額から控除する利子の額) 関連法人株式等に係る負債利子控除額を、関連法人株式等に係る配当等の額の4%相当額(その事業年度において支払う支払利子等の額の10%相当額を上限とする)とすることが定められている。 この取扱いは、単体納税法人についても適用されるが、さらに、通算法人については、その上限額を各通算法人の支払利子等の額の合計額を各通算法人の関連法人株式等に係る配当等の額の比で配分して計算することが定められている。 さらに、その上限額の計算について修更正の遮断措置が設けられている。 〇法人税法施行令第22条の4(外国子会社の要件等) 外国子会社の判定(25%以上の株式保有割合と6ヶ月以上の保有期間の判定)について、剰余金の配当等を受ける内国法人が通算法人である場合には他の通算法人の有する株式等を含めて判定を行うことが定められている。 〇法人税法施行令第112条の2(通算完全支配関係に準ずる関係等) 通算制度の開始又は通算制度への加入に伴う資産の時価評価の対象外となる法人(時価評価除外法人)に該当する通算法人が支配関係発生日以後に新たに事業を開始した場合の繰越欠損金の切り捨てについて、その制限の対象から除外される「通算親法人 (通算親法人にあっては、いずれかの通算子法人)との間に支配関係が5年超又は設立日からある場合」及び「通算承認の効力が生じた後に通算法人と他の通算法人とが共同で事業を行う場合」の要件が定められている。 また、この場合に切り捨てられる繰越欠損金のうち、支配関係事業年度以後の特定資産譲渡等損失相当額の計算について、合併に係る取扱いを準用することにしている。 さらに、この場合に切り捨てられる繰越欠損金について適格合併時の含み損益の特例計算の規定が準用できることが法人税法施行令第113条第12項及び第13項で定められている。 なお、連結納税制度と同様に、通算法人間の適格合併又は残余財産の確定について、適格合併又は残余財産の確定に係る繰越欠損金の利用制限(法法57③④)の適用がないことが定められている。 〇法人税法施行令第119条の3(移動平均法を適用する有価証券について評価換え等があった場合の1単位当たりの帳簿価額の算出の特例) 投資簿価修正について定められている。具体的には、通算子法人に通算終了事由(通算承認が効力を失うこと)が生じた場合、その通算子法人の株式について、その通算終了事由が生じたときの帳簿価額をその通算子法人の簿価純資産価額に相当する金額とすることになる。 また、連結納税制度の投資簿価修正に係る譲渡等修正事由と帳簿価額修正額は、法人税法施行令第9条第2項から第4項で定められているが、すべて削除されている。 この点、連結納税制度では、投資簿価修正を行う事由として譲渡等修正事由が定められており、連結グループ内での連結子法人株式の譲渡など連結承認の効力が失われる場合以外にも投資簿価修正が行われ、逆に連結グループ内の適格合併など連結承認の効力が失われる場合であっても投資簿価修正は行われない。しかし、通算制度では、通算承認が効力を失う場合にはすべて投資簿価修正が行われることになる。 以上より、通算制度と連結納税では、投資簿価修正が行われる事由と修正金額が異なることになるため、実務上留意すべきだろう。 なお、この場合、法人税法施行令第9条第1項第6号において、その通算子法人の株式を有する通算法人において、その終了直前の帳簿価額と簿価純資産価額との差額を利益積立金額に加減算することが定められている。 〇法人税法施行令第131条の8(損益通算の対象となる欠損金額の特例) 損益通算の対象外となる欠損金額について、次の取扱いを定めている。 〇法人税法施行令第131条の11(通算法人の範囲) 通算法人の適用範囲となる完全支配関係(通算除外法人及び外国法人が介在しないものとして政令で定める関係)について定められている。 また、離脱法人について、同一の通算グループへの再加入が5年間制限されることが定められている。 いずれも連結納税制度と同様の取扱いとなる。 〇法人税法施行令第131条の15~18(通算制度の開始に伴う資産の時価評価損益)、(通算制度の加入に伴う資産の時価評価損益)、(通算制度からの離脱等に伴う資産の時価評価損益)、(時価評価資産に関する他の規定の不適用等) 通算制度の開始又は加入に伴う時価評価の対象外となる資産について、税務上の帳簿価額が1,000万円未満の資産、評価損益が通算法人の資本金等の額の2分の1又は1,000万円のいずれか少ない金額に満たない資産、開始・加入日以後2ヶ月以内に通算グループから離脱する通算子法人の保有する資産が挙げられている。この点、基本的には、連結納税制度と同様の取扱いとなる。 また、離脱等に伴う時価評価については、時価評価が不要となる法人、時価評価が必要となる事由、時価評価の対象となる資産の範囲について定められている。 〇法人税法施行令第131条の19(特定資産に係る譲渡等損失額の損金不算入) その適用の対象から除外される「通算親法人 (通算親法人にあっては、いずれかの通算子法人)との間に支配関係が5年超又は設立日からある場合」及び「通算承認の効力が生じた後に通算法人と他の通算法人とが共同で事業を行う場合」の要件が定められている。 〇法人税法施行令第148条(通算法人に係る控除限度額の計算) 外国税額控除制度について、通算法人の控除限度額は、その通算法人及び他の通算法人の法人税の額の合計額等を基礎に計算することが定められている。連結納税制度における計算方法と異なるため、計算結果まで異なることになるか検討が必要となる 〇法人税法施行規則第8条の3の3、第27条の16の8、第27条の16の9 通算制度の承認及び通算制度の取りやめの承認の申請書等の記載事項と通算制度への加入時期の特例の適用を受けるために提出する書類の記載事項を定めている。 〇法人税法施行規則第26条の2の2~第26条の2の4、第27条の16の5~第27条の16の7、第27条の16の10~第27条の16の15 通算制度の開始又は通算制度への加入に伴う資産の時価評価の対象外となる法人に該当する通算法人が支配関係発生日以後に新たに事業を開始した場合の繰越欠損金額に係る繰越控除の適用の制限について、次のとおり整備を行っている。 損益通算の対象外となる欠損金額、通算制度の開始・加入・離脱等に伴う資産の時価評価、通算制度の開始又は通算制度への加入に係る特定資産譲渡等損失額の損金不算入の取扱いについて、同様の整備を行っている。 〇法人税法施行規則第26条の3 欠損金の繰越控除制度の適用を受けるために保存することとされる書類について、次のとおり整備を行っている。 〇法人税法施行規則第68条 通算親法人が他の通算法人の法人税の申告に関する事項の処理として行う申告書記載事項又は添付書類記載事項の提供の方法等の手続の細目を定めている。 〇法人税法施行規則別表関係 法人税申告書について、通算制度に対応した別表を公布している。 別表4、5(1)、5(2)等の単体納税の別表を、通算制度に対応した様式に改めるとともに、通算制度に特有の取扱いについて、別途、別表を用意している。また、修更正の遮断措置に対応した別表も用意している。 [改正省令で公布された別表様式] 〇附則関係 この政省令は令和4年4月1日から施行され、令和4年4月1日以後に開始する事業年度から適用されることが定められている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
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