平成31年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第8回】 (最終回) 「その他の税制改正」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 [7] 国際税務の見直し 国際税務についても単体納税と同様に、以下の項目に係る改正が行われている。 1 移転価格税制の見直し 移転価格税制について、BEPSプロジェクトを踏まえ、独立企業間価格の算定方法として、DCF法を追加するとともに、DCF法で独立企業間価格を算定するものであること等の要件を満たす一定の評価困難な無形資産取引において、予測と実績が一定程度乖離した場合に独立企業間価格の事後的な調整措置を導入することとなった。 連結申告法人についても単体申告法人と同様の改正が行われている(措法68の88⑦二・⑧⑨⑩⑪、措令39の112⑦六・⑫~⑰・⑲六)。 なお、この改正は、令和2年(2020年)4月1日以後に開始する連結事業年度から適用される(平成31年所法等改正法附則73②)。 2 外国子会社合算税制の見直し 外国子会社合算税制について、米国等のビジネスの実態を考慮し、現地で行われる実体のある事業を遂行するうえで欠くことのできない機能を果たす一定の外国関係会社をペーパーカンパニーの範囲から除外する。 連結申告法人についても単体申告法人と同様の改正が行われている(措法66の90②二イ、措令39の114の2⑤~⑨)。 なお、この改正は、内国法人の平成31年4月1日以後に終了する連結事業年度の合算課税(外国関係会社の平成30年4月1日以後に開始する事業年度に係るものに限る)について適用する(平成31年所法等改正法附則1、75①)。 3 過大支払利子税制の見直し 過大支払利子税制について、BEPSプロジェクトを踏まえた以下の見直しを行うことになった(措法68の89の2、68の89の3、措令39の113の2、39の113の3)。 なお、この改正は、令和2年(2020年)4月1日以後に開始する連結事業年度について適用される(平成31年所法等改正法附則74①)。 [改正前の損金不算入額の計算方法] [改正後の損金不算入額の計算方法] [適用除外基準] (注) 単体申告法人の場合、改正後は、適用除外基準(二号)として、「国内企業グループ(持株割合50%超)の合算純支払利子等の額が合算調整所得の20%以下のとき」が定められているが、連結申告法人については当該適用除外基準(二号)は設定されていない。 [8] 連結納税に係る届出手続の簡略化 1 加入日の特例規定の適用手続の簡略化 平成31年4月1日以後に他の内国法人が連結親法人との間に完全支配関係を有することとなった場合の「連結納税への加入時期の特例」の適用を受けるための手続について、連結親法人(改正前:連結子法人)に一元化する(法法14②、平成31年所法等改正法附則1、15)。 具体的には、『連結納税への加入時期の特例を適用する旨を記載した書類』の提出について、改正前は連結子法人が当該連結子法人の所轄税務署長に提出していたものを、改正後は、連結親法人が当該連結親法人の所轄税務署長に提出することになった。 ここで、「連結納税への加入時期の特例」とは、連結親法人事業年度の中途において、連結親法人との間に完全支配関係を有することとなり、かつ、その完全支配関係を有することとなった日(加入日)から加入日の前日の属する月次決算期間の末日まで継続して連結親法人による完全支配関係がある場合に、連結納税の承認があった日として、完全支配関係発生日の前日の属する月次決算期間の末日の翌日に連結納税に加入したものとみなす取扱い(第1号加入時期の特例)、及びその完全支配関係を有することとなった日(加入日)から加入日の前日の属する月次決算期間の末日まで継続して連結親法人による完全支配関係がない場合に、加入と離脱のみなし事業年度を設けなくてよいものとする取扱い(第2号加入時期の特例)の2つがある(法法14②、4の3⑩)。 この場合、その特例が適用されない場合の完全支配関係発生日の前日の属する事業年度に係る確定申告書の提出期限までに、『連結納税への加入時期の特例を適用する旨を記載した書類』を所轄税務署長に提出する必要がある(法法14②)。 なお、平成30年度税制改正において、連結子法人は『完全支配関係を有することとなった旨を記載した書類』の提出が不要となり、連結親法人のみが当該書類を提出することとなったが(法令14の7③)、今回の改正により、完全支配関係を有することとなった旨の届出と連結納税への加入時期の特例の届出をまとめて、連結親法人のみが、『完全支配関係を有することとなった旨を記載した書類及び連結納税への加入時期の特例を適用する旨を記載した書類』を当該連結親法人の所轄税務署長に提出すればよいことになる。 2 連結子法人の本店等所在地の異動届出の簡略化 平成31年4月1日以後に連結子法人の本店等所在地に異動があった場合に提出することとされている届出書について、提出すべき法人をその連結子法人(改正前:連結親法人)とした上、連結親法人の納税地の所轄税務署長への提出を要しないこととする(法法20、平成31年所法等改正法附則1、16)。 改正前は、連結子法人の本店又は主たる事務所の所在地に異動があった場合、連結親法人が①及び②の両方に異動届出書を提出する必要があった(旧法法20②)。 [9] 連結納税に係る別表様式の改正(別表4の「被合併法人等の最終の事業年度の欠損金の損金算入額」(26欄)の追加) 平成31年度税制改正を踏まえた別表様式の見直しにおいて、旧別表4の「仮計」(25欄)と「寄附金の損金不算入額」(26欄)の間に、これまで別表4の2(付表を含む)のみにあった「被合併法人等の最終の事業年度の欠損金の損金算入額」(26欄)が追加された。 これは、「法人税法施行令第112条第20項」が適用される場合を想定しているものと思われる。 それが適用されるケースを説明するにあたって、まず、法人税法第81条第4項について解説することとする。 同項では、『連結法人間の合併について、合併日の前日の属する事業年度(合併日が連結親法人事業年度開始日である場合を除く)の連結法人の単体申告において発生した被合併法人(他の連結子法人)の個別欠損金額を、合併法人(連結法人)の合併日の属する連結事業年度(連結申告)で損金に算入する』という取扱いを定めている。 そして、その合併法人(連結法人)における損金算入額を記載する項目として、別表4の2(付表を含む)に「被合併法人等の最終の事業年度の欠損金の損金算入額」(今回の別表様式の改正で、7欄から34欄に移動している)が設けられている。 なお、被合併法人等の「等」については残余財産の確定においても同様の取扱いとなっているため、残余財産確定法人を含めるという意味である(この場合、合併日の前日=残余財産の確定日、被合併法人=残余財産確定法人、合併法人=残余財産確定法人の株主、という読み替えになる)。 そして、今回、別表4に追加された「被合併法人等の最終の事業年度の欠損金の損金算入額」(26欄)については、従来から法人税法第81条第4項と同様の趣旨で設けられている法人税法施行令第112条第20項が適用される場合に記載されることになると思われる。 具体的には、法人税法施行令第112条第20項は、期中に2度、連結内で合併をした場合に適用される。 例えば、連結親法人P社⇒連結子法人A社⇒連結子法人B社、という資本関係で(その他にも連結子法人が存在し、連結親法人P社は決算日を3月31日とする)、 というケースが生じるものとする。 この場合、①及び②は共に、被合併法人(①:B社、②:A社)では、最終事業年度は連結法人の単体申告となるが、このとき、①で発生した連結子法人B社の欠損金額を、法人税法施行令第112条第20項の適用により、連結子法人A社の②の連結法人の単体申告において損金に算入することになる。 この場合、連結子法人A社で損金算入される連結子法人B社の欠損金額を今回追加された26欄に社外流出で記載することになる。 これは、連結法人間の残余財産の確定の場合(①②のいずれも残余財産の確定の場合、あるいは、①②のいずれかが残余財産の確定、いずれかが合併の場合)においても同様となる。 (連載了)
基礎から身につく組織再編税制 【第7回】 「適格合併(支配関係)」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、支配関係がある場合の適格合併の要件について解説します。 1 支配関係がある場合の適格合併の要件 支配関係がある場合の適格合併の要件は、次の4つです。 2 金銭等不交付要件 金銭等不交付要件とは、被合併法人の株主に合併法人株式以外の資産が交付されないことをいいます(法法2十二の八)。 ただし、次の①から⑤を交付しても、金銭等不交付要件には抵触しません。 (①から④の内容は前回解説した「完全支配関係がある場合の適格要件」と同様のため、解説を省略します。) ⑤ 合併法人が被合併法人の発行済株式の総数の3分の2以上を保有する場合に少数株主に交付される金銭 合併の直前に、合併法人が被合併法人の発行済株式の総数の3分の2以上を保有する場合には、合併法人以外の少数株主に金銭その他の資産を交付しても、金銭等不交付要件に抵触しないとされています。 3 支配関係継続要件 「支配関係継続要件」とは、支配関係がある法人同士の合併の場合に、再編後においても支配関係が継続する見込みがあることをいいます(法令4の3③二)。 ① 当事者間の支配関係 下図のように、当事者間の支配関係があるときは、被合併法人が合併により消滅するため、支配関係の継続は求められていません。 ② 同一の者による支配関係 下図のように、合併前に被合併法人と合併法人との間に同一の者による支配関係があるときには、合併後に、同一の者と合併法人との間にその同一の者による支配関係が継続する見込みがあることが求められています(法令4の3③二)。 当初の合併後に次の合併が予定されている場合の支配関係継続要件 ① 次の合併で当初の合併法人が被合併法人となる場合 当初の合併後に合併法人を被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、当初の合併の時からその適格合併の直前の時まで支配関係が継続する見込みがあることが求められています(法令4の3③二)。 ② 次の合併で同一の者が被合併法人となる場合 当初の合併後に同一の者を被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、その適格合併に係る合併法人を同一の者とみなして支配関係を継続する見込みがあることが求められています(法令4の3㉕一)。 4 従業者引継要件 (1) 従業者引継要件とは 「従業者引継要件」とは、被合併法人の合併直前の従業者のうち、その総数のおおむね80%以上に相当する数の者が合併後に合併法人の業務((2)参照)に従事することが見込まれていることをいいます(法法2十二の八ロ(1))。 (2) 「合併法人の業務」について ① 合併法人との間に完全支配関係がある法人がある場合 合併法人の業務には、合併法人との間に完全支配関係がある他の法人の業務も含まれます。 下図のように、従業者が合併法人の業務だけでなく、100%グループ内の法人(P社、B社)の業務に従事していれば、80%判定に含めてもよいとされています。 ② 当初の合併後に適格合併を行うことが見込まれている場合 当初の合併後に行われる適格合併により被合併法人の合併前に行う主要な事業がその適格合併に係る合併法人に移転することが見込まれている場合には、その適格合併に係る合併法人の業務も含まれます。 上図のC社の業務に従事していれば、80%判定に含めてよいとされています。 (3) 「従業者」とは 従業者引継要件における「従業者」とは、役員、使用人その他の者で、合併の直前において被合併法人の合併前に行う事業に現に従事する者をいいます。 ただし、日々雇い入れられる者で従事した日ごとに給与等の支払を受ける者については、法人が選択により従業者の数に含めないことができます。 ① 出向により受け入れた者 出向により受け入れている者であっても、被合併法人の合併前に行う事業に現に従事する者であれば従業者に含まれます。 ② 下請先の従業員 下請先の従業員は、自己の工場内でその業務の特定部分を継続的に請け負っている企業の従業員であっても、従業者には該当しません。 5 事業継続要件 (1) 事業継続要件とは 「事業継続要件」とは、被合併法人の合併前に行う主要な事業((2)参照)が合併後に合併法人において引き続き行われることが見込まれていることをいいます(法法2十二の八ロ(2))。 ① 合併法人との間に完全支配関係がある法人がいる場合 合併法人との間に完全支配関係がある法人において引き続き行われることが見込まれる場合も含まれます。 ② 当初の合併後に適格合併を行うことが見込まれている場合 当初の合併後に行われる適格合併により主要な事業がその適格合併に係る合併法人に移転することが見込まれる場合には、その適格合併に係る合併法人において引き続き行われることが見込まれる場合も含まれます。 (2) 「主要な事業」とは 被合併法人の合併前に行う事業が2以上ある場合には、そのいずれが主要な事業に該当するかは、それぞれの事業に属する収入金額又は損益の状況、従業者の数、固定資産の状況等を総合的に勘案して判定します。 6 従業者引継要件の具体例 〔前提〕 〔従業者引継要件の判定〕 被合併法人であるB社の合併直前の従業者のうち、A社では5割しか受け入れていないが、A社と完全支配関係があるC社で残りの5割を受け入れており、合併法人の業務には完全支配関係がある法人の業務も含まれることから、被合併法人であるB社の合併直前の従業者すべてが合併法人の業務に従事することが見込まれていることとなります。 〔結論〕 従業者引継要件を満たします。 ◆支配関係がある場合の適格合併の要件のポイント◆ 金銭等不交付要件においては、原則として株式以外の対価を交付しないことが求められています。 発行済株式の3分の2以上を保有する場合には、少数株主に金銭を交付しても金銭等不交付要件を満たします。 支配関係継続要件は同一の者による支配関係がある場合に求められ、当事者間の支配関係がある場合には求められていません。 合併後に次の合併が見込まれている場合には留意が必要です。 被合併法人の合併直前の従業者の総数のおおむね80%以上に相当する者が、合併法人の業務に従事することが見込まれているかを確認します。 被合併法人の主要な事業が、合併後に合併法人において引き続き営まれることが見込まれるかを確認します。 (了)
企業経営と メンタルアカウンティング ~管理会計で紐解く“ココロの会計”~ 【第17回】 (最終回) 「会計で「ココロのマニュアルモード」をオンにする」 公認会計士 石王丸 香菜子 *資料* A社とB社はPN社と同業の大手企業である。A社・B社とPN社の直近の利益は以下の通りである。 *追加資料* A社・B社とPN社の直近の決算書概要は以下の通りである。 * * * 1 電子レンジのオートモードは万能か 最近の電子レンジは高性能ですね。ご飯や飲み物を温める際、出力や時間を考えることなく、スイッチ1つ押して電子レンジのオートモードにお任せです。しかし、オートモードに頼ってばかりいる主婦は(・・・誰ですか?)、たまにミスをしてしまうのです! ほんの少量残ったご飯を電子レンジに入れて、うっかりオートモードを押すと・・・、アチチ、やけどするくらい熱い! ほかにも温めすぎで固くなってしまうこともありますよね。温めるものが極端に少量の場合、電子レンジが温度を正しく検知できず過度に加熱してしまうことがあるようです。たいていの場合はオートモードに任せてよいのですが、場合によっては、マニュアルモードを使う必要があるのですね。 電子レンジと同じように人のココロにも、「オートモード」と「マニュアルモード」のような2つのシステムがあると考えられています。 1つ目のシステムは、自動的・無意識的に高速で働く、オートモードのようなシステムです。このシステムは、情動的・直感的で、自分でコントロールしている感覚はなく、努力をほとんど必要とせずに働きます。例えば、突然大きな音が聞こえた時に音のした方向を感知する、「1+1=」と見ると反射的に「2」と思い浮かべてしまうなどは、このシステムの働きです。 2つ目のシステムは、意識して制御的に働かせる、マニュアルモードのようなシステムです。このシステムは、合理的・論理的な判断や思考を行うことができるのですが、働かせるのに努力や注意が必要で、反射的に高速で処理することはできません。例えば、騒がしい場所で小さな特定の音に耳を澄ます、「123×456」を短時間で筆算するなどのタスクを行う際には、こちらのシステムを働かせます。 心理学では、前者のオートモードのようなシステムを「」、後者のマニュアルモードのようなシステムを「」と呼ぶことがあります。システム2を働かせるには努力が必要なので、通常はシステム1が自動的に働き、日常的な判断や意思決定などにうまく対処しています。システム1ではうまく対処できない複雑なことに遭遇すると、システム2が駆り出されることになります。 電子レンジのオートモードと同様、システム1の対応はたいていの場合は正しいのですが、システム1の対応にはバイアス(特定の状況で決まって起きる系統的なエラー)があるため、うまく対応できないことがあるのです。これまでの本連載で取り上げてきた様々なバイアスやフレーミング効果・アンカリングなどは、全てシステム1の性質と考えることができます。 さて、カズノ君は、初めに、同業大手企業とPN社の利益の金額だけに注目したようですね。「利益」はわかりやすく、誰もがまず注目する指標ですので、システム1は「利益の金額が大きい」=「収益性が高い」と直感的な判断をしてしまいます。ここで、システム2の力を借りてみましょう。 2 利益を稼ぐのに使った元手も考える A社とB社の当期純利益は、どちらも15,000百万円ですが、その収益性は同じと言えるでしょうか。企業の収益性を図るには様々な指標がありますが、ここではを考えましょう。自己資本利益率は、自己資本(純資産)に対する当期純利益の割合を言います。 企業は、自己資本(=株主資本)と他人資本(=負債)の両方を元手として事業を行っています。他人資本について利息を支払い、税金も引いた後の当期純利益が、株主に帰属する利益です。つまり、ROEは、株主が拠出した元手を使って、株主に帰属する利益をどのくらいあげることができたかという収益性を示しています。 それでは、3社のROEを計算してみましょう。 A社とB社の当期純利益は同じですが、A社のROEは非常に大きく、元手に対して効率的に利益をあげていることがわかりますね。PN社のROEはA社には及びませんが、B社よりも高くなっています。 ちなみに、日本企業のROEの水準は、近年は改善傾向にあるものの、欧米企業のROEの水準と比較すると低いことが問題視されています。2014年に経済産業省から公表されたいわゆる「伊藤レポート」では、日本企業のROEの目標水準を8%とすべきとされて話題になりました。 また、ROEは次のように分解することで、詳しく分析することができます。 さらに、3社のROEを分解してみましょう。 A社では売上高利益率が高いことはもちろん、レバレッジも高い(総資産に占める自己資本の割合が低めで、負債をうまく利用している)ことが高水準のROEに貢献していると分析できそうです。 このように自社のROEを分解し、各指標をさらに具体化して社内の各現場レベルでの目標に落とし込むと、収益性の向上に役立てることができます。 * * * ◆◇◆今回のキーワード◆◇◆ ▷ 人のココロの中にあると考えられる2つのシステムのこと。自動的・無意識的に高速で働くシステム1の持つバイアスが、時として意思決定を誤る原因になる。 ▷ 自己資本に対する当期純利益の割合。株主から拠出された元手を使って、どれだけ効率的に利益をあげることができたのかを示す。 (連載了)
企業結合会計を学ぶ 【第23回】 「子会社が親会社を吸収合併する場合の会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、共通支配下の取引等の会計処理のうち、子会社が親会社を吸収合併する場合の会計処理について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 個別財務諸表上の会計処理 1 概要 子会社が親会社を吸収合併する場合、個別財務諸表上、次のように会計処理する(結合分離適用指針209項、210項、440項)。 ◎親会社(吸収合併消滅会社) 親会社は、合併期日の前日に決算を行い、資産、負債及び純資産の適正な帳簿価額を算定する。 ◎子会社(吸収合併存続会社) 【資産及び負債の会計処理】 子会社が親会社から受け入れる資産及び負債は、企業結合会計基準41項により、合併期日の前日に付された適正な帳簿価額により計上する。 子会社は、親会社が所有していた子会社株式を自己株式として株主資本から控除する。 増加すべき株主資本は次のように会計処理する。 【株主資本】 移転された資産及び負債の差額は、純資産として処理する(企業結合会計基準42項)。 具体的には、結合分離適用指針84項(逆取得となる吸収合併の会計処理)に準じて会計処理する(結合分離適用指針408項)。 2 子会社が親会社から受け入れる資産及び負債の修正処理 前述のように、子会社(吸収合併存続会社)が親会社(吸収合併消滅会社)と合併する場合には、子会社の個別財務諸表上、原則として、親会社の適正な帳簿価額により資産及び負債を受け入れる会計処理を行う。 合併前に子会社が親会社に資産等を売却しており、当該取引から生じた未実現損益を連結財務諸表上、消去しているときは、子会社の個別財務諸表上、連結財務諸表上の金額である修正後の帳簿価額により親会社の資産及び負債を受け入れる(結合分離適用指針211項、439項)。 次のことに注意する(結合分離適用指針211項)。 Ⅲ 連結財務諸表上の会計処理 1 会計処理 親会社と子会社との合併において、子会社が吸収合併存続会社(親会社が吸収合併消滅会社)となる場合は、企業集団の観点から取引の実態をみると、親会社を吸収合併存続会社とみなした吸収合併と同様に考えることができる(結合分離適用指針441項)。 このため、吸収合併が行われた後に子会社が連結財務諸表を作成する場合には、子会社の個別財務諸表における処理を振り戻し、親会社が子会社の非支配株主から株式を取得したものとした会計処理を行うこととし、合併以前の連結財務諸表における処理を合併後も継続するように会計処理することが適当と考えられている(結合分離適用指針212項、441項)。 具体的には次のように会計処理する。 2 子会社が連結財務諸表を作成しない場合の注記事項の算定基礎 吸収合併が行われた後に、子会社が連結財務諸表を作成しない場合は、結合分離適用指針212項に準じて算定された額を基礎として、親会社が吸収合併存続会社であるとみなした場合の個別貸借対照表及び個別損益計算書に及ぼす影響の概算額を注記する(結合分離適用指針213項)。 これは、合併後に子会社が連結財務諸表を作成しない場合は、経済的実態に即した情報が開示されなくなること、及び合併後も連結財務諸表を作成する場合との比較から、親会社を吸収合併存続会社とみなした場合の財務情報のうち、一定の事項について注記を求めるものである(結合分離適用指針441項)。 (了)
組織再編時に必要な労務基礎知識 Q&A 【Q20】 会社分割において、労働契約の承継に関して異議の申出ができるのは、どのような場合か 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 【A】 労働契約の承継に関して異議の申出ができるのは、承継される事業に主として従事する者(【Q15】参照)の労働契約について、分割契約又は分割計画に承継会社が承継する旨の定めがない場合、又は、承継される事業に主として従事する者以外の労働契約について、分割契約又は分割計画に承継会社が承継する旨の定めがある場合のいずれかに該当する場合となる。 (※) 本稿では、会社分割により事業を分割する会社を「分割会社」、それを承継する会社(新設分割の場合の新設会社も含む)を「承継会社」という。 異議の申出ができる場合 労働契約承継法(4条、5条)では、一定の場合に、会社分割時の労働契約の承継に関して、労働者に異議の申出の権利を与えている。 この「一定の場合」とは、次の①又は②のいずれかに該当する場合である。 ① 承継される事業に主として従事する者の労働契約について、分割契約又は分割計画に承継会社が承継する旨の定めがない場合 ② 承継される事業に主として従事する者以外の労働契約について、分割契約又は分割計画に承継会社が承継する旨の定めがある場合 つまり、会社分割による事業の承継によって、承継される事業に主として従事している者の労働契約が承継されず、又は、承継される事業に主として従事している者以外の労働契約が承継されて、これまで主に従事していた事業と切り離される不利益が生ずる可能性がある場合に、分割会社及び承継会社が決定した労働契約の承継に関して、当該対象となる労働者が反対意見を表明できるようにしているのである。 異議の申出の効果 前述の①又は②に該当する者が労働契約の承継に関して異議の申出をした場合は、前述の①に該当する労働者の労働契約については、分割会社に残ることなく承継会社に承継され、また、前述の②に該当する労働者の労働契約については、承継会社に承継されず引き続き分割会社に残ることとなる。 異議の申出の方法 異議の申出の方法は、分割会社から通知された異議の申出の期限日(以下、異議申出期限日)までに、書面によって行わなければならない。したがって、電子メール等で行うことはできない。 当該書面には、前述の①に該当する労働者については、労働者の氏名及び労働契約が承継会社に承継されないことについて反対である旨を、前述の②に該当する労働者については、労働者の氏名、当該労働者が承継される事業に主として従事する者以外に該当する旨及び労働契約が承継会社に承継されることについて反対である旨をそれぞれ記載する必要があるとされているが、異議の申出の理由を記載する必要はなく、仮に異議の申出の理由を求められたとしても、その記載の有無又は内容が、異議の申出の効力に影響を及ぼすことはない。 なお、厚生労働省より、以下の通り、異議申出書の例が示されている。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 異議申出期限日 異議申出期限日は、分割会社が定めることとなるが、株式会社が分割をする場合で分割契約又は分割計画について株主総会の決議による承認を要するときは、分割契約等を承認する株主総会の日の2週間前の日から当該株主総会の日の前日までの期間の範囲内で、株式会社が分割をする場合で分割契約又は分割計画について株主総会の決議による承認を要しないとき又は合同会社が分割をする場合は、分割契約又は分割計画に係る分割の効力が生ずる日の前日までの日で定めなければならない。 また、分割会社が異議申出期限日を定めるときは、労働者が異議の申出を行うか否かを判断する期間が必要となることから、労働者への書面による通知がなされた日と異議申出期限日との間には少なくとも13日間を置かれなければならないとされている。 なお、異議申出期限日は、労働者へ通知すべき事項の1つであるため、上記を踏まえて決定した日を書面で通知する必要がある。 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第16回】 「譲渡による親族内承継」 税理士法人トゥモローズ 前回は親族内承継に係る株式の移転手段のうち「贈与」について詳細を説明したが、今回は「譲渡」による株式の移転について解説したい。 1 贈与と譲渡の比較 株式を次世代へ移転するに当たり、贈与とすべきか譲渡とすべきか、比較検討する必要がある。贈与に関するポイントは前回述べた通りであるが、譲渡のポイントをまとめると下記の通りである。 (1) 遺留分侵害額請求の回避 贈与による株式の移転の場合には、将来の相続において、後継者以外の相続人から遺留分侵害額を請求される可能性がある(※)。これに対して、譲渡による株式の移転の場合には、適切な対価で譲渡されている限り、将来の相続で後継者以外の相続人から遺留分侵害額を請求されることはない。 (※) 平成30年の改正民法(相続法)により、令和元年7月1日以後発生の相続からは、従来の遺留分減殺請求に代わり、金銭の請求権である遺留分侵害額請求権が認められることとなった。 (2) 譲渡対価の準備 譲渡により株式を取得する後継者は、その譲渡対価相当の資金を用意する必要がある。一般的には新会社を設立の上、ファンドや金融機関から資金を調達するケースが多い。 (3) 譲渡に対する課税 譲渡の場合に発生する税金は、譲渡人である現経営者の含み益部分に対する譲渡所得課税のみである。ただし、低額譲渡と認定された場合には、譲受人である後継者に対するみなし贈与課税の可能性もある。このため、譲渡対価の設定には細心の注意が必要である。 なお、贈与と譲渡の長所・短所を比較すると、下記の通りである。 2 低額譲渡の課税関係 非上場株式を譲渡する際、「その譲渡対価をいくらにすべきか」という問題が生じる。親族内承継における譲渡対価には、恣意性が介入しやすく、第三者との譲渡に比べその対価の設定について税務当局から指摘を受ける可能性が高くなる。 以下では、通常の取引価額よりも著しく低い価額での取引(以下「低額取引」)をした場合の課税関係について、親族内承継の場合に想定できるケースを以下にまとめる。 (1) 個人(現経営者)⇒個人(後継者) 「個人」から「個人」に対して非上場株式を低額譲渡した場合の売主及び買主の課税関係をまとめると、以下の通りである。 売主である個人は、実際に受けた対価が譲渡所得課税の対象となる。これに対し、買主である個人については、時価と対価の差額につき、みなし贈与として贈与税が課税される。 (2) 個人(現経営者)⇒法人(後継者の設立した法人) 「個人」から「法人」に対して非上場株式を低額譲渡した場合の売主及び買主の課税関係をまとめると、以下の通りである。 売主である個人は、時価で譲渡したものとみなして、すなわち、譲渡所得計算上、実際に受け取った対価ではなく時価を譲渡対価として、譲渡所得を計算することとなる。 なお、みなし譲渡課税に該当するかどうかの線引きは、時価の1/2未満かどうかである。すなわち、時価の1/2未満の対価での譲渡はみなし譲渡課税の対象となり、時価の1/2以上の対価での譲渡はみなし譲渡課税の対象とはならない。ただし、同族会社の行為計算の否認に該当する場合においては、時価の1/2未満であってもみなし譲渡課税の対象となる可能性もあるので注意が必要である。 なお、買主である法人については、常に時価にて受け入れるため、時価と対価の差額(受贈益)について法人税が課税される。 (了)
令和時代の幕開けに思い馳せる 会計事務所経営 【第5回】 「自身の“ものさし”が経営の邪魔をしていませんか」 ~リーダーに必要な条件とは~ (組織論①:リーダーシップ編) 株式会社アーヌエヌエ 代表取締役 杉山 豊 おそらく先生方もご存知でしょうし、私が大好きで尊敬する「マネジメントの父」と呼ばれるピーター・ドラッカー博士の著書『ポスト資本主義社会』より、上記の文章を引用させていただきました。 引用文からわかるとおり、今回のテーマは「組織論」、その中でも「リーダーシップ」についてお話させていただきます。 ➤存在しているだけの「楽譜」には意味がない まず、ドラッカー博士の言葉にある「楽譜」こそ「経営理念、ミッション、ビジョンそしてバリュー」そのもの、そしてオーケストラを見事に奏でさせる「指揮者」は経営者である「所長先生」そのものである、と本稿では定義させてください。 ところで、先生の事務所には「楽譜」、つまり、経営理念やビジョン、ミッション、そしてバリューを掲げていらっしゃいますか? この問いについては、本連載の【第2回】の「ブランディング論」、【第3回】及び【第4回】の「マーケティング論」でお話させていただきました。 実際のところ、多くの事務所にみられるのは、その「楽譜」がただ存在するだけということです。 これらは発信されてこそ活きるもの、浸透されてこそ価値のあるものではないでしょうか? それではどのように発信し、浸透させるのでしょう。 ➤ホームページに命を吹き込む 例えば、現代では多くの事務所がホームページを作成しています。 そのホームページが、ただ飾られるだけ、存在するだけになっていませんか? ただ飾られているだけ、存在するだけとは「更新されていないこと」を指しています。 更新されていないのであれば、むしろホームページはないほうが良いとさえいえます。 ホームページが「事務所の生命」だと考えれば、その状態では息をしていないことになり、活力を感じないことは、ホームページを訪ねてくる取引先や見込み顧客、そして見込み顧客ともいえる採用候補者にもそのように映るのです。 事務所が「生き物」であるとすれば、毎日、毎月、毎年、刻々と変化しています。 その変化をこの世に伝える使命を受けているのは、まさにこのホームページであり、そのホームページに命を吹き込むのは、経営者である所長先生しかいません。 私は毎月経営者として、「column」を会社のホームページ上で発信しています。 「毎日は無理。途中で挫折するならやらないほうが良い。1年に一度では息をしていないのと同じ。毎月ならば負担なく更新できる」そう考えて、毎月楽しく経営者としての生き様を伝えるツールとして活用しています。 リーダーとして、この世に自身の生き様、価値観、思考を説くことはリーダーシップに繋がりませんか? 文章など短くとも長くとも構わない、格好をつけずとも、飾らない自分の言葉で語る姿こそ、顧客にそして社員にも響く、リーダーシップそのものではないでしょうか。 更新を続けることでSEO対策などせずとも検索上位に顔を出す、ホームページから研修の依頼が舞い込む、そんなこともあるのです。 本稿が、もう一度事務所のホームページの現状について考えていただくきっかけになれば幸いです。 ➤「何となく」で行う習慣を見直す また、以前はよく朝礼で、経営理念やビジョン、ミッション、そしてバリュー(ここでは「行動規範」とさせていただきます)を社員全員で読み上げる、そんな光景もありました。 今でもそのような朝礼を実施されている事務所もあろうかと思います。 「楽譜」の浸透を図ろうとする意味では全く否定はしませんが、少し首を傾げるとすれば、その朝礼そのものが形骸化していませんか、ということです。 何となく朝の儀式であり、何となく全員で声を出して読み上げる、何となくその日の担当者が昨日の出来事や諸注意事項などの一言を述べ、何となく最後に所長先生が「今日も頑張ろう!」と締める・・・。その場面を少し客観的に、冷静に見たときに、それに「気」を感じることができますか? 「「気」を感じることができない」「何となく儀式として続けている」ただそれだけであれば、むしろいっそのことやめてしまうことも考えるべきです。 いくら朝礼のテーマが「楽譜」の浸透であったとしても、その「楽譜」をもとに音を奏でて「曲」になっていなければ意味がありません。 それでは、どのようにすれば音を奏でて「曲」となるのでしょうか。 例えば、「楽譜」を社員が正々堂々と顧問先に語る姿があり、新たな見込み顧客に所長先生が、威風堂々と事務所の「楽譜」を語る、さらに演奏する社員1人ひとりが、演奏を指揮する指揮者である所長先生が、常にどんな時も「楽譜」と同じ立ち居振る舞いをする。その振る舞いが「曲」となり、その演奏会の聴衆者である顧客が評価をします。そこに「また聴きたい」という強い想いがあれば、事務所から顧客は離れないでしょう。その「聴きたい」という想いは、その顧問先の成長の実感そのものなのではないでしょうか。 ➤「絵に描いた餅」とならないために 「先生」と呼ばれる方は、顧客にとってはまさに経営者の見本、教本として、経営を指南していく立場であり、立派な経営資源である「楽譜」を発信する立場にあろうと私は信じています。 さて、そんな私もその「楽譜」が見本となるように、聖書として「マスタープラン」と称した「経営計画書」を肌身離さず持ち歩いています。本稿が公開される8月がまさに会社の決算ですが、そのファイルはすでにボロボロです。 なぜボロボロなのか? それは毎日、毎週、毎月読み返し、自分の立てた「楽譜」どおりに行動できているのかを確認しているからです。 「絵に描いた餅」となるのは恥ずかしいため、振り返りは怠りません。 だからこそ、私の「マスタープラン」の中にある、何のことはないパワーポイントのシートにでさえ誇りを覚え、愛情すら感じます。 私にももちろん顧客がいますので、この「マスタープラン」自体が立派な教本です。 ➤リーダーに必要な3つの条件 さて、今回のタイトルでもある「リーダーに必要な条件」に、ここまで読んで気づいていただけましたでしょうか。 その1番重要な要素は「影響力」、つまり、「人を動かす力」にあります。 所長先生の存在が人を動かす力を持ち、所長先生の言動が人の行動を左右させる力です。 所長先生の生き様、価値観、思考がこの世に伝わっていますか? ポジティブならば思い馳せる憧れ、さらにネガティブならば妬み、僻み、ヤッカミなど、実はどれをとっても影響力の証なのです。 思い切って公然と、生き様、価値観、思考をこの世の中に発信してください。 そして2つ目に挙げるとするならば「鈍感力」、つまり、「ぶれない心」です。 所長先生を見本となるような経営者とさせていただくならば、生き様、価値観、思考が人の何十倍もタフです。 あえて「鈍感力」とさせていただいた理由、それは多くの経営者がとても社員想いで顧客想いだからこそ繊細に気遣える「敏感さ」をもって、自身の決断という鉈を振り下ろす方々だからです。 その「敏感さ」はとても大切ですが、その「敏感さ」が悪い方向に働くと、信念すら曲げてしまいかねない言動となって、一貫性がぶれかねません。とくに、窮地の時にこそ人間は弱くなるものです。 そして、本来の自分と違う言動は、得てして「虚像」であると、周りの人は見透かすものです。 敏感な自分に気づいた上で、あえて「鈍感力」を首尾一貫して持って、ぶれない心で経営にあたってください。もちろん、間違っていることがあれば、それはしっかりと謝罪してください。 さて、3つ目は「決断力」です。考えてから動くのでなく、今の時代は考えながら動く必要があります。 今やスピード重視の時代です。 先生方の仕事は精緻を極めるかもしれませんが、相反関係であるスピードと正確性を、経営者がどちらか一方しか選択できないのであれば、スピードを選択するべきだと思います。 案外、経営者の勘は外れていないと言われていますが、繊細さが邪魔をして、躊躇することで、奇想天外で斬新なアイデアがこの世に出ないことすらあります。 したがって、「自分にNOを作らない」「まずは挑戦してみる」ということが、先生方にとって、意外にも1番の決断なのかもしれません。 * * * ここまで述べたような、先生自身の既存の“ものさし”が経営の邪魔をしていませんか? 先生の事務所経営の常識が、経営的には非常識の場合もあるかもしれません。 これらについて一度、疑いの目を向けてみて、そこに新しい発見があれば、本稿の役目は果たせたと思っています。 (了)
2019年8月8日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.330を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第79回】 「シャウプ勧告から読み解く租税法解釈(その1)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 はじめに 我が国の税制の礎を構築したものとして、シャウプ勧告がある。戦後の混乱期において、同勧告が、我が国の税制に及ぼした影響の多大さについて異論はないであろう。もっとも、シャウプ勧告は、後の税制改正、特にサンフランシスコ講和条約後の種々の改正によって、もはや崩壊したとする見解もある。 しかし、シャウプ勧告が我が国の租税制度の基礎にあることは、疑いのないところであり、シャウプ勧告を「過去のもの」として位置づけることは妥当ではないように思われるのである。 本稿では、シャウプ勧告が、現代の我が国の租税法の解釈にいかなる影響を及ぼしているのかについて、若干の裁判例等を参照しながらみていくこととしよう。 Ⅰ シャウプ勧告のインパクト 金子宏教授は、シャウプ勧告について、「わが国の税制を、国税・地方税の双方について、実体制度と手続の両面にわたって全面的に改革することを勧告したが、それは20世紀前半の租税理論を制度論に翻訳して体系化した労作として、租税理論および租税制度の歴史の上で、金字塔と呼ぶにふさわしいきわめて重要な位置を占めている。」と論じられる(金子「シャウプ勧告の歴史的意義-21世紀に向けて-」租税法研究28号1頁(2000))。 また、「わが国の税制は、シャウプ勧告によって始めて本格的に近代化されたといってよい。」とも述べられている(同稿1頁)。 シャウプ教授率いるシャウプ使節団は、昭和20年5月10日の来日から、約2か月半にわたる調査・研究の後、8月には報告書の執筆にとりかかり、かかる報告書を、同27日にマッカーサー元帥に提出した(発表は9月15日であった。)。 シャウプ使節団のメンバーは、次のとおりである。 シャウプ勧告は、国と地方を通ずる我が国の租税制度の全体にわたって、実体面と手続面の両面を含めて、長期的視野に立ちつつ、全面的な改革を勧告したものであるが、そのカバーする範囲は極めて広く、また費やした時間の短さに比較して極めて深度の深いものであったと評されている(金子・前掲稿8頁)。 金子教授は、シャウプ勧告の意義を次の4点にまとめられている。 金子教授は、シャウプ勧告の意義について、次のようにその著『租税法〔第23版〕』64頁(弘文堂2019)に記載しているが、以下の引用部分の表現は、同書の初版(1976年64頁)より一文字も変更されていない(前掲稿においては、「現在〔筆者注:2000年当時〕もこのコメントを変更する必要はないと考えている。」とされる(金子・前掲稿9頁)。)。 そして、次のように続けられるのである。 もっとも、シャウプ勧告は、戦後日本税制の基礎ではないとする見解もある(大島隆夫「シャウプ勧告と所得税」金子宏『所得税の理論と課題〔改訂版〕』313頁(税務経理協会1999)、神野直彦「『日本型』税・財政システム」岡崎哲二=奥野正寛編『現代日本経済システムの源流』211頁(日本経済新聞社1993)など)。 しかしながら、この点について、例えば、渋谷雅弘教授は、「シャウプ勧告がなければ、日本において今日までのように総合累進所得税が定着していたかどうか。少なくとも、シャウプ勧告が総合累進所得税を理論面で支えてきたことは間違いない。」とされる(渋谷「シャウプ勧告における所得税―譲渡所得を中心として―」租税法研究28号62頁(2000))。 Ⅱ シャウプ税制の変転 シャウプ使節団の勧告が大筋で日本に取り入れられた要因には、戦後の占領下である故ではなく、シャウプ使節団と大蔵・自治両省の役人たちとの関係が円滑にいっていたということも少なくないとする見解がある(山下壽文「シャウプ勧告と税制改革」佐賀大学経済論集47巻2号13頁(2015))。 たしかに、シャウプ勧告の翻訳については大蔵省などの尽力があったことは事実であって、その序文において、これらの関係者への謝辞が記されている。 しかし、当時の政府や大蔵省主税局の証言によると、GHQの間接統治下においてGHQの意思には逆らえず、面従腹背の感があったという。つまり、現在はGHQの言うことに従うが、時が来れば修正を行えばよいとの考えであったようである。 したがって、「占領下であるということ」がシャウプ税制の成立に大きな影響を与えたと考えるべきであり、それは、サンフランシスコ講和条約を経て独立を回復したのち、占領下で成立したシャウプ税制の修正が行われていることからも明らかである(山下・前掲稿14頁)。 この点、シャウプ勧告は、昭和25年の税制改正において大筋においてそのまま採用され、我が国の実定制度となったものの、それは、いうまでもなく我が国が占領下であったという政治的現実と状況が背景にあった。 これは、シャウプ税制が占領継続中には維持されたものの、サンフランシスコ講和条約(昭和26年9月8日調印)の発行(昭和27年4月28日発効)とともに、つぎのような基本的修正を受けたことがその証左といえよう(金子・前掲稿10頁)。 このようなことから、シャウプ税制は崩壊したとみる見解も少なくない。 例えば、林健久教授は、昭和28年には完全にシャウプ税制は崩壊したと論じられる(林「シャウプ勧告と税制改革」東京大学社会科学研究所『戦後改革7 (経済改革)』253頁(東京大学出版会1974))。 また、北野弘久教授は、昭和36年までにはほぼ完全に崩壊したとされる(北野『現代租税法の構想』22頁(勁草書房1972)(もっとも、北野教授は法実践論の見地からは、シャウプ税制は非常に有意義だと論じられてもいる(シンポジウム「シャウプ勧告50年の軌跡と課題」〔北野発言〕租税法研究28号80頁(2000))))。 しかしながら、はじめに述べたとおり、今日の租税事例においても、シャウプ勧告の影響を下にした主張ないし判決があることからすれば、今日の租税法の解釈適用においても、同勧告を無視することはできないのではなかろうか。 (続く)
政府税調における連結納税制度の見直しについて ~改正の方向性とその影響~ 【前編】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 はじめに 理論を追求して制度設計したら、執行側の実務がパンクした、といったところであろうか。 政府税制調査会は、平成30年11月7日に、連結納税制度を取り巻く状況の変化を踏まえた現状の課題や必要な見直しについて、今後の総会における議論の素材を整理するため、「連結納税制度に関する専門家会合」(以下、「専門家会合」という)を設置し、令和元年8月5日まで5回の専門家会合が開催された。 そして、ここまで議論された連結納税制度の見直しの内容について、今年の9月末までに開催される政府税制調査会の総会において報告されることが見込まれている。 この見直しは、連結納税の実務(特に、申告、修更正の実務)の簡素化を目的としたものであり、具体的には、個別申告方式へ移行することを中心として、個別規定についても、損益通算以外の全体計算を廃止すること、開始・加入・離脱・取りやめ時に組織再編税制と同様の取扱いを適用すること、連結親法人の連結納税開始前の繰越欠損金の損益通算を制限すること(親会社へのSRLYルールの導入)などを検討している。 我が国の連結納税制度は、現在まで17年ほどの歴史であるが、連結納税制度が初めて導入された平成14年度以降を第1期、グループ法人税制(連結子法人の繰越欠損金の持込み緩和)が導入された平成22年度以降を第2期とすると、現在議論されている個別申告方式への移行が実現した場合、その適用時期は不明であるが、それは第3期に当たるといえる。 また、新制度適用に際して、いきなり「来期から!」というわけにはいかないため、改正法が公布されてから新制度開始までに一定の準備期間を設けるとともに、(ここは画期的であるが)改正前に連結納税を採用している企業が再び単体納税に戻ることができるという経過措置を設けることも議論されている。 いずれも、何も確定したものではなく、現状、個別論点(特に、税負担が増える見直し)については反対意見もあると言われており、今後、どうなるかわからない。先の総会での報告も専門家会合で議論された論点整理の内容の報告という意味合いが強いだろうし、いずれにせよ、今のところ、論点整理をした、という段階といえる。 しかし、「個別申告方式への移行による事務負担の軽減」についてはすべての利害関係者が賛成をするだろうし、この改正によって連結納税の実務に大きな影響を与えることは想像に難くない。特に、このような大改正があった場合 といった点は、実務家として筆者個人も大きな関心を寄せている。 そこで、本稿では、専門家会合で議論された連結納税制度の見直しについて、その改正の方向性と実務への影響について解説していきたい。 なお、本稿の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りする。 1 検討に当たっての視点 第1回専門家会合において、次のような「検討に当たっての視点」を持って連結納税制度の見直しの議論がスタートしている。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度について〕平成30年11月7日 この「検討に当たっての視点」から、今回の連結納税制度の見直しの目的は2点であり、1つ目は「企業や課税庁の事務負担の軽減」、2つ目は「連結納税制度と組織再編税制との整合性の確保」である。そのうち、今回の見直しの最大の契機は、税務当局が、連結法人の税務調査(修更正手続を含む)における事務負担の重さに耐えられなくなったことにあると推測される。 我が国の連結納税制度は、連結グループを1つの納税単位として、連結法人すべての共同作業で申告書が作成されるという制度設計であるため、理論的な制度であるといえるが、研究開発税制や受取配当等の益金不算入制度などの全体計算にすべての連結法人が巻き込まれ、1社でも遅れると申告書の作成が滞り、さらに、1社でも計算に誤りがあるとすべての連結法人の申告書及び税額にその影響が生じることになるため、連結納税の実務において、企業と税務当局の事務負担が半端なく重いものになっている。 そして、連結納税に係る事務負担の重さは、特に、税務当局において顕著であり、第2回専門家会合において、連結法人の税務調査が単体法人の税務調査に比較して、事務量が著しく多くなり、調査期間も長期間にわたることが報告されている(筆者も連結納税の税務調査に立ち会うことが多いが、追徴される会社より、追徴する税務当局の方が事務作業に時間を要することが多く、気の毒に思うことがあるほどだ)。 その結果、昨今の連結法人の増加に相まって、税務当局の事務負担が限界に達したと推測される。 なお、連結納税に係る事務負担の重さは、何も税務当局の税務調査に限ったことではなく、税制改正の都度、単体納税だけでなく、連結納税についても、既存の条文の見直しや新たな条文の作成をしなくてはならない課税庁及び財務省においても日々感じていることであろう。 [出典]国税庁 説明資料〔連結法人の管理・調査の状況〕平成31年2月14日 [出典]国税庁 説明資料〔連結法人の管理・調査の状況〕平成31年2月14日 [出典]国税庁 説明資料〔連結法人の管理・調査の状況〕平成31年2月14日 [出典]国税庁 説明資料〔連結法人の管理・調査の状況〕平成31年2月14日 [出典]国税庁 説明資料〔連結法人の管理・調査の状況〕平成31年2月14日 2 連結納税制度の見直しの方向性と実務上のポイント 上記1のとおり、今回の連結納税制度の見直しの目的は、①企業や課税庁の事務負担の軽減と、②連結納税制度と組織再編税制との整合性の確保であるが、専門家会合では、具体的に次のような改正の方向性を示している。 (1) 個別申告方式への移行~事務負担の軽減を図る観点からの簡素化~ [改正の方向性] [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 この個別申告方式への移行によって、単体法人と同じく、税務調査を各社ごとに単独で行うことが可能になり、修更正も調査対象会社のみ行えばよいことになる。その点で、今回の目的を実現させる最も重要な見直し項目である。 [実務上のポイント] 上記で示された個別申告方式について、筆者が現時点で考える実務上のポイントは次のとおりである。 個別申告方式によって、連結親法人が代表して連結確定申告書を提出することはなくなり、単体法人と同様に、連結法人は各社で申告を行うことになる。 損益通算は維持される。連結納税制度とは損益通算制度であり、損益通算の仕組みがないと連結納税制度とはいえない(誰も採用しない)。そのため、個別申告方式であっても損益通算が可能な制度にするということだろう。 当期発生の欠損金の損益通算及び繰越欠損金の控除額の計算について、第2回及び第3回専門家会合において、各欠損法人の欠損金及び連結グループ内の繰越欠損金の額を各所得法人にプロラタで配賦する方式(プロラタ方式)を採用するという方向性が示されている。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 また、計算例のイメージは次のとおりとなる。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 上記〈3〉からわかるように、損益通算だけでなく、繰越欠損金の控除額の計算についても、プロラタ方式(全体計算方式)を採用することを想定しているため、その場合、現行制度と同様に、連結法人が有する繰越欠損金を、他の連結法人(所得法人)の所得金額と相殺できることになる。 ただし、連結納税開始前・加入前の繰越欠損金は自社の個別所得を限度に相殺されるため、ここで言う繰越欠損金は、現行制度における非特定連結欠損金(非特定連結欠損金個別帰属額)を想定しているものと考えられる。 また、新制度では、「連結欠損金」、「連結欠損金個別帰属額」、「非特定連結欠損金」、「特定連結欠損金」という用語は消滅して、単体法人の繰越欠損金と同様の表現になるのか、という点についても今後、確認する必要がある。 新制度も、全体計算によって損益通算が行われる仕組みとなっており、個別申告方式であっても全体計算の仕組みが全くなくなるわけではない。 これは、他の法人の所得金額が、自社の所得金額に影響することを意味しており、他の法人の申告作業(所得金額の計算)が終了しないと、自社を含めた全社の申告作業(所得金額の計算)が終了しない、ということになる。 この点については、現行制度と事務負担は変わらない。そのため個別申告方式に移行しても、連結申告の事務負担は、単体申告と全く同じレベルにはならない。 この点、さらに、事務負担の軽減を図るのであれば、損益通算を損益振替方式(イギリス)や損益譲渡方式(ドイツ)のような計算方式にすることも一案であろう。 個別申告方式に移行すると、別表4の2、別表4の2付表など、「別表●の2」で番号付けされている連結特有の別表は、損益通算用の別表など全体計算を行うための別表以外は消滅することになるだろう。 そのため、連結法人も、単体法人の申告書の別表様式を使用することになり、損益通算用の別表など一部の連結特有の別表を数枚、作成して添付するというイメージになるだろう。 損益通算等について、基本的に、当初申告額に固定し、修更正による変動は他の法人に影響を与えない仕組みとする方向性が示されている。 つまり、ある法人が、修正申告を行うとき、あるいは、更正されるときでも、他の法人の所得及び申告に影響させない仕組みとする。 ここで、「基本的に」と記載しているのは、下記〈8〉の租税回避行為を防止する措置を講ずる必要があることを示しているものと思われる。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 当初申告額に固定する制度にした場合、事後的に、自社の所得が変動しても、他の法人の所得に影響しないことから、自社の所得を意図的に間違えて申告することによって、連結グループの税負担を減少させるという租税回避行為が可能となる。 例えば、第3回専門家会合では次の2つの例が示されている。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 このような、租税回避行為を防止するために、損益通算等を当初申告額に固定するという仕組みについて、何かしらの措置を講じる必要がある。 個別申告方式となり、かつ、法人の修更正による変動が他の法人に影響を与えない仕組みとなるため、税務調査は各社ごとに単独で行われることになる。その点で、単体法人と変わらなくなり、他の法人の税務調査があまり気にならない環境になるだろう。 新制度についても、当然に、連結親法人及び連結子法人の連帯納付責任はそのまま維持される方向性が示されている。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 (2) 時価評価課税及び欠損金の利用制限等の見直し ~組織再編税制との整合性の観点~ [改正の方向性] [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 この見直しについては、個別申告方式への移行とは関係なく、現行制度においても同様の改正が可能であり、本来、新制度のタイミングで見直す必要はないと思われるが、大きな改正項目であるため、連結納税制度の申告方法の見直しをするついでにやってしまおう、という方針なのだろう。 ただし、検討されている取扱いが実現した場合、現行の連結納税制度において、企業がそれを採用する動機に直結する取扱いが変わることになるため、連結納税制度の採用動向(採用数の伸び)に大きな影響を与えることになる。 [実務上のポイント] 上記で示された連結納税開始・加入・離脱・取りやめ時の組織再編税制との整合性の確保について、筆者が本稿執筆時点で考える実務上のポイントは次のとおりである。 連結納税制度の最大の税務メリットは、連結親法人の開始前の繰越欠損金を他の連結子法人の所得と相殺できることである。 計算例を示すと次のようになる。 また、筆者が独自に、連結納税を採用している上場会社の有価証券報告書を分析した結果、興味深いのが、連結納税を採用している上場会社のうち、78%が採用当初、連結親法人に繰越欠損金があるという事実である。 これは5年前の情報であるが、新規採用企業へのヒアリングからも、その傾向は現在も変わっていないと感じられる。 普段、「連結納税の一番のメリットは?」という問いに対して、「損益通算効果!」と回答してしまうことが筆者自身も多いが、実務上は、連結納税の一番のメリットである損益通算効果は、採用の動機としてはそれほど多くはなく、繰越欠損金が多額にある親会社が潜在的に連結納税を採用する可能性が最も高いことを示している。 つまり、ホールディングスのように、連結親法人に繰越欠損金が溜まりやすい収益構造である場合や連結親法人に期限切れとなる多額な繰越欠損金がある場合、そして、その前提として収益力がある連結子法人がある場合になって、初めて、事務負担が増加してでも連結納税への転換を行おうとするのである。 これは、自社のクライアントの採用動機の傾向とも一致しているため、間違いない傾向といえる。 また、個人的な印象として、この傾向は、連結法人数が10社未満の中小規模の連結グループに多く、連結法人数が30社を超えてくると、さすがに連結親法人が赤字ということも少なく、連結グループが大規模になるにつれ、純粋に損益通算(毎年、どこかの会社で生じる赤字の損益通算)を目的に連結納税を採用していることが多い。 したがって、経団連会員企業である連結納税法人55社(回答54社)、つまり、大規模な連結グループを対象とした「連結納税制度に関するアンケート結果概要」(2019年2月14日 一般社団法人日本経済団体連合会)において、「連結納税制度の適用によるメリット」として、「親法人の連結開始前の欠損金を子法人で利用できることによる税負担の適正化」が20社/54社(37%)、「損益通算を行うことによる税負担の適正化」が51社/54社(94%)となっている点について、何ら不思議ではない。 [出典]連結納税制度に関するアンケート結果概要(2019年2月14日 一般社団法人日本経済団体連合会) また、同様のアンケートを太陽有限責任監査法人が行っており、こちらは、アンケートの対象会社が、連結納税法人25社のうち100%支配している国内子会社数が10社未満の法人が20社(20社/25社)となっており、中小規模の連結グループを対象としているといえるが、その結果では、「連結納税制度の適用によるメリット」として、「親法人の連結開始前の欠損金を子法人で利用できることによる税負担の適正化」が11社/25社(44%)、「損益通算を行うことによる税負担の適正化」22社/25社(88%)となっており、連結納税の採用傾向の実態を反映しているといえる。 [出典]連結納税制度に関するアンケート結果概要(2019年4月18日 太陽有限責任監査法人) ただし、このようなアンケートについては、 といった時系列を加味した質問内容にすると、さらに実態に近いものになるのではないかと考える。 しかし、今回の見直しによって、連結親法人へ「SRLY」ルールが導入され、連結親法人の開始前の繰越欠損金が連結親法人の所得金額を限度にしか利用できないという控除制限が設けられると、この連結納税の最大のメリットがなくなることになる。 そのため、既に連結納税を適用している企業の税負担の増加とこれから検討する企業の動機の消滅という2つの大きな問題を抱えた改正事項になるため、今後、その改正については慎重な議論が行われることになるだろう(ただし、連結親法人に「SRLY」ルールが導入されても連結親法人の開始前の繰越欠損金の活用メリットが完全に消滅するわけではないことは下記〈2〉で説明したい)。 現行制度では、連結子法人の開始前・加入前の繰越欠損金について、単体納税の場合、自社の所得金額の50%までしか控除ができないが、連結納税の場合、自社の所得金額の100%を限度に控除することができるため、連結納税の大きな税務メリット(採用動機)になっている。 計算例を示すと次のようになる。 この点、新制度で、連結親法人に「SRLY」ルールが導入され、連結親法人の開始前の繰越欠損金が他の連結子法人の所得金額と相殺できなくなったとしても、上記のとおり、自社の所得金額の100%を限度に控除できる点で、50%しか控除できない単体納税と比較して、税務上、有利になることに変わりはない。 以上から、上記〈1〉の点で、現行制度との比較において連結納税の最大のメリットが失われるが、単体納税との比較において連結親法人の開始前の繰越欠損金の活用メリットが完全に失われるわけではない(むしろ新制度では、この点が連結納税の最大のメリットになる可能性がある)。 現行制度では、連結親法人は開始時に時価評価が行われず、繰越欠損金も切り捨てられないため、連結納税制度を採用するに際して、連結親法人に不利益は生じない。 これが、新制度により、連結親法人についても開始時に要件を満たさない場合、時価評価が必要になり、開始前の繰越欠損金の全部又は一部の切捨てが生じることになる場合、連結納税制度の採用の有利・不利判定において、連結親法人の時価評価と繰越欠損金の切捨ての有無と影響額を把握する必要が生じることになる。 また、現行制度では、連結納税開始前に、子法人の含み損益資産や繰越欠損金を、適格合併、適格分割、適格現物分配などで連結親法人に集約させる連結グループもあるが、新制度においては、そのような行為を開始前に行うメリットが生じないことも予想される。 新制度では、①開始時又は加入時に、適格要件と同様の要件を満たす場合、時価評価が不要になること、②5年前の日又は設立日からの支配関係継続要件又はみなし共同事業要件のいずれかを満たす場合に繰越欠損金の持込みができること、③いずれも満たさない場合でも一部の繰越欠損金を持ち込むことができることから、現行制度の特定連結子法人の範囲より、時価評価が不要となる法人、あるいは、繰越欠損金を持ち込むことができる法人の範囲の方が広いことが予想される。 そのため、開始時又は加入時の時価評価法人の範囲及び繰越欠損金の持込法人の範囲の変更により、連結納税制度の採用が促進されるとともに、連結子法人の加入(M&A)が行いやすい状況になる。 現行制度の場合、特定連結子法人に該当しない場合、その連結子法人の開始前・加入前の繰越欠損金が全額切り捨てられることになり、その一部を持ち込むという取扱いは存在しない。 一方、新制度では、適格要件と同様の要件を満たした場合(時価評価が不要な場合)で、5年前の日又は設立日からの支配関係継続要件及びみなし共同事業要件のいずれも満たさない場合、50%超グループ化前の繰越欠損金及び50%超グループ化以後の特定資産譲渡等損失相当額が切り捨てられるが、それ以外の50%超グループ化以後の繰越欠損金は持ち込むことが可能となる。 そのため、連結納税制度の採否決定や連結納税加入の影響額の把握において、繰越欠損金の持込みが可能な法人の確定だけではなく、切り捨てられる繰越欠損金の金額についてもシミュレーションに織り込む必要が生じることになる。 現行制度では、特定連結子法人に該当し、時価評価が不要になる場合、開始・加入後に含み損益が実現しても、所得金額の調整は生じない。 これが、新制度では、適格要件と同様の要件を満たした場合、時価評価が不要になるが、5年前の日又は設立日からの支配関係継続要件及びみなし共同事業要件のいずれも満たさない場合、50%超グループ化前の含み損益について、実現損は損金不算入、実現益は損益通算の対象外となるため、開始・加入後も、支配関係前から有する資産とその含み損益、実現損益の把握をする必要が生じる。そのため、事務負担も増加することになる。 現行制度では、連結子法人の離脱については、連結子法人株式の帳簿価額修正の取扱い以外、連結納税の有利・不利は生じない。 しかし、新制度において、離脱法人について、離脱時に事業継続の見込みがない場合など一定の場合に、その資産について時価評価することとし、その評価損益を投資簿価修正の対象とする場合、連結子法人の離脱に際して、税負担への影響を検討する必要が生じるとともに、事務負担も増加することになる。 現行制度では次のように、連結欠損金を特定連結欠損金と非特定連結欠損金に区分している。 これが新制度になると、例えば次のように、特定連結欠損金と非特定連結欠損金の区分が変更になる。 また、繰越欠損金の概念に集約され、連結欠損金の概念がなくなり、特定と非特定の区分自体がなくなる可能性がある(この場合、法人税法第57条関係において、連結納税制度を採用している場合の繰越欠損金の控除額の計算方法を定めることで対応し、法人税法第81条の9が廃止されるかもしれない)。 住民税独自の欠損金である控除対象個別帰属調整額(切り捨てられた繰越欠損金×法人税率)と控除対象個別帰属税額(損益通算で消滅した欠損金額×法人税率)について、新制度ではどのような取扱いになるのか、という論点がある。 この点、新制度でも損益通算があるため、控除対象個別帰属税額(損益通算で消滅した欠損金額×法人税率)の取扱いは残ることになるだろう。 一方、合併や分割などの組織再編で法人税の繰越欠損金の切捨て(利用制限)が生じた場合、住民税においても同様に切捨てが生じることから、連結納税の開始と加入の取扱い及び組織再編税制の整合性を確保するという考え方に立つのならば、連結納税開始、加入で切り捨てられた繰越欠損金は、住民税でも切り捨てられる取扱いとすべきという考え方もあるだろう。この場合、控除対象個別帰属調整額の取扱いは廃止されることになる(ただし、その場合でも、旧制度で生じたものは引き続き繰越控除されるだろう)。 この控除対象個別帰属調整額の取扱いについては、残す、残さない、いずれの理論も成り立つため、最終的には趣味の問題になるだろう。 (了)