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改めて確認したいJ-SOX 【第5回】「「業務プロセスに係る内部統制の評価」のための6つのステップ」

改めて確認したいJ-SOX 【第5回】 「「業務プロセスに係る内部統制の評価」 のための6つのステップ」   仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明   いよいよ、本稿からJ-SOXの核となる論点に入ります。 今回のテーマは「業務プロセスに係る内部統制の評価」です。 財務報告に係る内部統制の有効性は、全社的な内部統制の評価結果を踏まえて業務プロセスに係る内部統制の評価範囲を決定し、業務プロセスに係る内部統制の有効性を評価した結果をもとに、最終的に財務報告に係る内部統制が有効であるかどうかを評価します。したがって、業務プロセスに係る内部統制の評価は、財務報告に係る内部統制の有効性に直結する重要なテーマです。 それでは、詳細をみていきましょう。   1 全体の流れ 業務プロセスに組み込まれ、一体となって遂行される内部統制(業務プロセスに係る内部統制)は、次の手順で評価します。 〈業務プロセスに係る内部統制の評価手順〉 【Step1】の評価範囲の決定は、本連載の【第3回】で詳細に説明していますので、そちらを参照してください。次項以降、【Step2】から【Step6】の詳細を説明します。   2 【Step2】評価対象となる業務プロセスの把握・整理 評価範囲(評価対象となる業務プロセス)の決定後、まず、その業務プロセスについて理解する必要があります。具体的には、(取引の)開始 ⇒ 承認 ⇒ 記録 ⇒ 処理 ⇒ 報告までの取引の流れを把握するとともに、取引の発生から集計、記帳といった会計処理の過程を理解しなければなりません。 把握した業務プロセスの概要は、次のような「業務フロー」や「業務記述書」などによって整理・記録することが、実務上ではよくみられます。 〈業務フロー(例)〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 〈業務記述書(例)〉 J-SOXでは、企業側の対応コストを考慮して、「業務フロー」や「業務記述書」の作成を必須とはしていませんが、この【Step2】は、業務を“見える化”する重要なステップのため、筆者としては「業務フロー」と「業務記述書」の両方を作成し、業務プロセスを詳細・正確に理解する必要があると考えます。   3 【Step3】業務プロセスにおける虚偽記載の発生するリスクとこれを低減する統制の識別 (1) 業務プロセスにおける虚偽記載の発生するリスクの識別 評価対象となる業務プロセスを把握した後は、そのプロセスの中で、不正や誤謬(※)によって、どのような虚偽記載が発生するリスクがあるかを検討する必要があります。 (※) 「不正」と「誤謬」は、いずれも財務諸表の虚偽表示の原因ですが、財務諸表の虚偽の表示の原因となる行為が「意図的であるか」「意図的でないか」で異なります。「誤謬」は、財務諸表の意図的でない虚偽の表示(単純なミス、うっかり等)ですが、「不正」は、財務諸表の意図的な虚偽の表示(粉飾等)という違いがあります。 その際、リスクを次の視点から具体的に識別しておくことが、次の統制の識別の段階で重要となります。 ➤ 実在性 ⇒ 資産及び負債が実際に存在し、取引や会計事象が実際に発生していること ➤ 網羅性 ⇒ 計上すべき資産、負債、取引や会計事象をすべて記録していること ➤ 権利と義務の帰属 ⇒ 計上されている資産に対する権利及び負債に対する義務が企業に帰属していること ➤ 評価の妥当性 ⇒ 資産及び負債を適切な価額で計上していること ➤ 期間配分の適切性 ⇒ 取引や会計事象を適切な金額で記録し、収益及び費用を適切な期間に配分していること ➤ 表示の妥当性 ⇒ 取引や会計事象を適切に表示していること 例えば、未承認の仕訳を会計システムに登録することによって、ありもしない売上が計上されるリスクがあったとした場合、このリスクは「実際に発生していない」売上取引が会計システムに登録されるため、“「実在性」に関してリスクがある"と識別されます。 また、会社に届いた請求書の処理を失念することで、費用計上がもれるリスクがあったとした場合、これは「計上すべき取引をすべて記録していない」リスクを示すため、“「網羅性」に関してリスクがある"と識別されます。 このようにして、リスクが上記のどの項目に該当するかを判断していきます。 (2) 虚偽記載の発生するリスクを低減する統制の識別 評価対象となる業務プロセスにおいて、どのような虚偽記載が発生するリスクがあるかを検討した後、そのリスクを低減するためにはどのような内部統制(統制上の要点)が必要かを検討します。 ここで、「実在性」や「網羅性」といったリスクの視点が必要となってきます。 例えば、先ほどの未承認の仕訳を会計システムに登録することによって、ありもしない売上が計上されるという「実在性」に関するリスクに対しては、「すべての仕訳に対して、上長の承認がないと会計システムに仕訳を登録できない」というルールを設けておけば、仕訳の承認のためには仕訳の根拠となる資料が必要となるため、ありもしない売上を簡単に会計システムに登録することはできなくなり、何かしらの根拠のある仕訳しか会計システムに登録できない仕組みになります。 そうすることで、すべての仕訳が「実際に発生」した取引や会計事象とセットで登録されるため、この内部統制(統制上の要点)は「実在性」という要件に対して合理的な保証を提供するものであると評価されます。 (注) もちろん、このような仕組みを作ったとしても、根拠資料そのものから架空のものを作ってしまえば、架空の取引に基づく仕訳を会計システムに登録できてしまいます。そのため、リスクは完全に取り払うことはできないため、“合理的な保証”を提供するにとどまるのです。 上記(1)で識別したリスクに対して、どのような内部統制(統制上の要点)が必要かをひととおり検討したら、その結果を次のようなRCM(リスク・コントロール・マトリクス)で整理していくのが一般的です。 〈RCM(例)〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 この【Step3】では、識別した虚偽表示リスクに対して、この会社であればどういった内部統制が必要か(あるべきか)といった理想的な統制を想定しておく必要があります。そうすることで、次の【Step4】で「この会社では実際にどのような内部統制が整備されているか。それは理想と比べてどうか。」といった視点で内部統制の整備状況の有効性を評価できるようになります。   4 【Step4】業務プロセスに係る内部統制の整備状況の有効性の評価 本連載の【第4回】でも説明しましたが、内部統制の整備は次の「内部統制の構築」と「業務への適用」に分かれます。 〈内部統制の「整備」のイメージ〉 ここでは実際の内部統制を上記3の(2)で描いた理想の内部統制と見比べながら、「実在性・網羅性・権利と義務の帰属・評価の妥当性・期間配分の適切性・表示の妥当性」に関するリスクが、それぞれ合理的な水準まで低減できているかといった点を評価します(内部統制の構築)。 そして、評価対象となった業務プロセスごとに、代表的な取引を1つあるいは複数選んで、取引の開始から取引記録が財務諸表に計上されるまでの流れを追跡(これを「ウォークスルー」といいます)したり、実際の担当者の業務を観察したりして、構築した内部統制が実務に落とし込まれているかを評価します(業務への適用)。 なお、この一連の内部統制(統制上の要点)の整備状況の評価は、原則として毎期実施する必要がありますが、全社的な内部統制(本連載の【第4回】参照)の評価結果が有効である場合は、次の要件を満たす内部統制については、前年度の整備状況の評価結果を当年度も継続して利用することができます。 〈業務プロセスに係る内部統制の整備状況の評価の簡素化〉   5 【Step5】業務プロセスに係る内部統制の運用状況の有効性の評価 評価対象となる業務プロセスに係る内部統制の整備状況が有効と評価された場合、当該内部統制の運用状況の有効性を評価します。 内部統制の運用状況が有効ということは、適切に整備された内部統制が、繰り返し業務の中で適切に機能していることを表します。毎日行われるような業務に組み込まれている内部統制は、年間で最低365件ありますが、その運用状況の有効性を評価する際は、すべての統制を対象にして評価することは現実的ではありません。 そのため、原則として母集団の件数に応じて必要なサンプルを抽出して(※)、抽出したサンプルに係る内部統制が適切に運用されているかを確かめることで、運用状況の有効性を評価します。 (※) 例えば、取引が発生する都度、統制が発生し、評価対象期間の総件数が250を超えるような取引であれば、25件のサンプルを抽出してテストします。 サンプル抽出にあたっては、どのような母集団データから、どのようにサンプルを抽出したのかがわかるように記録を残しておく必要があります。その理由は、現行のJ-SOXでは、経営者が抽出したサンプルを監査人が利用することを想定していますが、監査人が経営者の抽出したサンプルを利用する場合、経営者のサンプルの抽出方法を検討し、問題がないことを確認する必要があるためです。 経営者の運用状況の評価にあたっては、抽出したサンプルに対して、関連文書の閲覧や担当者への質問、業務の観察や内部統制の実施記録の検証、自己点検の状況の検討等の手続を行います。 この具体的な手続についても、どのような手続を行い、何と何を照合したのかなどの具体的な評価方法も記録として残しておく必要があります。その理由は同様で、現行のJ-SOXでは、経営者の評価結果を監査人が利用することを想定しており、評価結果の利用にあたっては、監査人が経営者の評価方法の妥当性を検討し、問題がないことを確認する必要があるためです。   6 【Step6】期末日までの残余期間の評価 J-SOXでは、期末日時点における内部統制の有効性について経営者は評価します。 しかし、業務プロセスに係る内部統制の運用状況の評価時期については、弾力的な扱いが示されています。つまり、必ずしも期末日時点を対象に運用状況を評価しなければならないわけではなく、期中の適切な時期に運用状況を評価し、その後、期末日までの間に整備状況に重要な変更がないことを担当者への質問等により確認できれば、新たに追加的な運用状況の評価は不要とされています。 〈運用状況の評価の実施時期〉 *  *  * 「業務プロセスに係る内部統制の評価」は、実務的にも負荷が大きく、J-SOXの業務の中でもメインに相当するのではないでしょうか。その分、業務に対するイメージもわきやすいと思います。ぜひ、そのイメージと上記で説明した理論をつなげて理解してもらえると、より意味のある評価ができるようになるでしょう。 次回は、今回触れなかった決算・財務報告プロセスに係る内部統制の評価について説明します。 (了)

#No. 332(掲載号)
#竹本 泰明
2019/08/22

M&Aに必要なデューデリジェンスの基本と実務-法務編- 【第9回】「改正民法とM&A契約の関係」

M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -法務編-   弁護士法人ほくと総合法律事務所 弁護士 高橋 康平   ←(前回)   《第8章》 -改正民法とM&A契約の関係- 【第9回】 「改正民法とM&A契約の関係」   1 はじめに 法務編【第8回】の冒頭で記載したとおり、法務デューデリジェンスの目的は、M&Aの取引実行可否を判断するために、対象会社に関する法的問題点(Legal Risk)全般を洗い出すことにある。 そして、法務デューデリジェンスの結果を踏まえて、買主側が取引を実行するという判断に至った場合、法務デューデリジェンスを担当した弁護士は、往々にしてM&A契約(株式譲渡、事業譲渡等)のドラフティングを依頼されることがある。そのため、法務デューデリジェンスを担当する弁護士は、法務デューデリジェンスを進める過程においても、M&Aストラクチャーの選択や契約条件などを意識することが有用であることも既述のとおりである。 言い換えれば、法務デューデリジェンスの究極目標は、発見された法的問題点(Legal Risk)等(法的問題点に限らず、財務デューデリジェンスやビジネスデューデリジェンスの結果、発見された問題点も含む)をM&A契約においていかに低減させ、成功に導くかという観点が重要であるということになろう。それを達成するツールが「M&A契約」であり、そういう意味では契約が最も重要ともいえる。 一方で、ご存知のとおり、民法のうち債権関係の規定を改正する民法の一部を改正する法律(以下「改正民法」という)が、平成29年6月2日に公布され、令和2年(2020年)4月1日から施行される。そのため、M&A契約における主要な条項のうちいくつかも、改正民法の影響を受けることになる。 本項では、改正民法とM&A契約の関係について、ポイントを絞ってご紹介する。   2 M&A契約の構造 一般的なM&A契約は、①定義、②取引実行内容(株式譲渡・事業譲渡等)、③クロージング、④前提条件、⑤表明保証、⑥誓約事項、⑦補償、⑧解除、⑨一般条項、などの条項で構成されているが、そのうち、重要な条項は以下で列挙したものである(※1)。 (※1) 法務編【第8回】では、法務デューデリジェンスを担当する弁護士が意識しておくべき契約条件として、(1)表明保証条項、(2)MAC(Material Adverse Change)条項、(3)価格調整・アーンアウト条項を挙げたが、特に(2)及び(3)は特殊な条項であり、本項ではより一般的な契約条項について述べる。   3 民法の規定との関連性 以下では、各条項と民法の規定との関連性について概観する。なお、当該各条項の一般的な規定も例示するので参照されたい。 (1) 前提条件条項 「前提条件条項」は、取引実行のための前提条件が満たされなければ取引実行をキャンセルできるという趣旨のものであり、独占禁止法上に定められた要件のクリアランスなど当事者のコントロールが及ばないものも含まれている。そのため、前提条件を満たさない場合でも、それが直ちにM&A契約の解除条項及び補償条項と関連するとは限らず、民法の規定との関連性はそれほど高くないと考えられる。 (2) 表明保証条項 「表明保証条項」は、そもそも「コモンロー」と呼ばれる英米法の観念を日本に持ち込んだものであるため、その法的性質には従前から争いがあったものの、瑕疵担保責任(民法第570条、同第566条)(※2)でも債務不履行による損害賠償責任(民法第415条)でもなく、実務上は、当事者の合意した損害担保契約と考えられている。 (※2) なお、改正民法では、瑕疵担保責任を「第415条の規定による損害賠償の請求並びに第541条及び第542条の規定による解除権の行使を妨げない」と規定し、契約責任であることを明確化していることから、結局のところ、債務不履行に基づく損害賠償責任又は解除という法的効果に収斂する。 仮にその法的性質が損害担保契約ではないと解釈する場合は、瑕疵担保責任及び債務不履行による損害賠償責任について民法の規定との関連性を有するが、実務上の解釈はほぼ固まっていることから、本項では詳しく触れないこととする。 (3) 誓約事項条項 「誓約事項条項」は、対象会社の運営方法、譲渡承認決議の取得、法令等に基づく手続の履践及び役職員に関する事項など多岐にわたり、M&A契約との関係では取引実行の付随的義務であると解されていることから、これに違反した当事者は債務不履行による損害賠償責任(民法第415条)を負う。 もっとも、誓約事項に違反した場合の損害賠償責任は、補償条項において民法上の責任を修正することが多いものの、民法上の責任を修正しているものと解釈されない場合は、民法の規定との関連性を有する。 (4) 補償条項 「補償条項」は、私的自治の原則のもと民法上の債務不履行による損害賠償責任を修正する内容で定められることが多いものの、表明保証違反及び誓約条項違反に関する補償については、民法に定められる債務不履行規定との適用関係に密接に関連するものと考えられる。 (5) 解除条項 「解除条項」は、契約上の解除事由と民法に定められる債務不履行に基づく解除の規定との適用関係に密接に関連するものと考えられる。   4 改正民法の内容及び留意点 以下では、前述のとおり、M&A契約と密接に関連するものと考えられる債務不履行による損害賠償責任(民法第415条)及び解除(民法第541条及び第542条)の改正内容及び留意点について触れる。 (1) 改正後の債務不履行規定 改正民法第541条第1項ただし書において、債務者に帰責事由がない場合に債務不履行による損害賠償責任が免責されることを明確化した。そのため、M&A契約においては、契約当事者に帰責性のない場合のいわば免責ルールを明示的に排除しておかなければ、帰責事由の有無が争点となってしまう可能性があるので留意が必要である。 なお、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念」は「過失」とは異なる概念と解されるため、M&A契約の補償条項で無造作に「過失」という表現を使用することは有用でないと考えられる。 (2) 改正後の解除規定 改正後においても、民法第541条の規定にかかわらず、M&A契約において無催告解除の特約をすることは有効と解されている。もっとも、契約上で無催告解除に関する規定を明確にしておかなければ、軽微な場合は解除できないという同条ただし書が適用される余地を残すので(いわゆる軽微性の抗弁)、留意が必要である。 また、無催告解除の特約を定めている場合であっても、民法第542条の適用を排除していなければ、残存する部分で契約をした目的を達成することができないときは、無催告解除自体ができなくなってしまうので、この点も留意が必要である。   5 結論 以上のとおり、債務不履行及び解除に関する民法の規定が改正されたことにより、M&A契約の帰趨にも影響を与える可能性が十分にあり得る。 そのため、M&A契約のドラフティングに当たっては、これらの民法の規定を私的自治の原則のもと効果的に排除した内容にしなければ、当事者が予期しない紛争を誘発する可能性がある。 M&Aに携わる実務家は、改正民法のうち、債務不履行及び解除の規定を十分に理解したうえで、今後の裁判例及び学説の動向を追っておく必要があるだろう。 (了)

#No. 332(掲載号)
#高橋 康平
2019/08/22

事例で検証する最新コンプライアンス問題 【第14回】「自動車メーカー会長逮捕事件-経営トップへのガバナンス(上)」

事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第14回】 「自動車メーカー会長逮捕事件 -経営トップへのガバナンス(上)」   弁護士 原 正雄   2019年3月27日、自動車メーカーN社が、ガバナンス改善特別委員会からの報告書を公表した(以下「委員会報告書」という)。同報告書は、同社の会長が逮捕されたことを契機に、同社のガバナンス上の問題点を解明し、ガバナンスの改善点等を提言するものである。 ガバナンスという観点から特に注目されるのは、「取締役の報酬に関する問題」と、「経営体制及び株主との関係に関する問題」である。本稿は「上」と「下」の二部構成である。委員会報告書や報道を基礎に、「上」では取締役の報酬という観点を中心に、ガバナンス上の問題を論じることとする。   1 取締役の報酬の決め方 (1) 自動車メーカーN社での取扱い 委員会報告書によれば自動車メーカーN社は、株主総会で取締役報酬の上限を定め、配分については会長に一任していた。会長は、自身を含む取締役の報酬の配分を実質的に1人で自由に決めることができた。 その結果、例えば2009年には報酬の上限が30億円であったところ、取締役9名に総額26億円が支払われたが、そのうち約20億円が会長への支払であった。 このような取扱いに問題はなかったのだろうか。 (2) 会社法上の規定 取締役を雇うのは会社である。取締役に支払う報酬の額を決めるのも会社である。この考えを押し広げると、取締役の報酬の額は会社の意思決定機関である取締役会が決めるべきとも思える。 ただし、取締役が自分で自分の報酬を決めると「お手盛り」となることから、会社法は、報酬額が不当に吊り上げられることがないよう、少なくとも報酬額の上限については株主総会で決めるべきとした(361条1項)。 報酬の決定に株主総会の決議が必要な理由を「お手盛り」防止にのみ求めれば、株主総会が定めた上限の範囲内でどう配分するかを取締役会に一任しても、問題はないことになる。さらに上限の範囲内であれば会社の利害に関わらないと考えれば、報酬の配分を社長に一任することさえ許される(名古屋高裁金沢支部S29.11.22判決下民5.11.1902)。 (3) 実務上の必要性 会社という組織について、社長をトップとするピラミッド構造だと考えれば、社長が上司として、部下である取締役の報酬を決めるべきという実務上の必要性もある。取締役の報酬を決定する権限は、組織統率力の源泉となるからである。 (4) 実務での普及 上記のとおり、会社法の解釈として許されるとされたことに加え、実務上の必要性もあったことから、社長が報酬の配分を決めるという取扱いは広く普及した。自動車メーカーN社の報酬の決め方も、こうした取扱いと同様であった。 (5) ガバナンス上の問題 ただ、こうした実務上の取扱いについては、自動車メーカーN社の事件とは関わりなく、以前からその問題点が指摘されていた。 取締役は本来、取締役会のメンバーとして社長を監督する立場である(会社法362条2項2号)。監督される立場にある社長が、監督する立場にある取締役の報酬を自由に決めてよいのか。そのような状況で、取締役会が社長を監督することができるのか。ガバナンス上問題ではないか。 実際、自動車メーカーN社での不祥事について、委員会報告書は、「会長への人事・報酬を含む権限の集中」が本件の根本原因であったとしている。   2 「任意の報酬委員会」 (1) コーポレートガバナンス・コードによる要請 2018年6月1日、コーポレートガバナンス・コードが改訂された。改訂コーポレートガバナンス・コード補充原則4-10①は、上場企業に以下のとおり「任意の報酬委員会」を設置すべきと要請した。 (2) 「任意の報酬委員会」による報酬ガバナンス コーポレートガバナンス・コードの要請に応じて「任意の報酬委員会」を設置した場合、社長が自由に役員の報酬を決めることはできなくなる。 まず、補充原則4-10①は、「任意の報酬委員会」を「取締役会の下に・・・設置」と定めている。これは、報酬の配分について、社長ではなく取締役会が決定すべきという考えを前提としている。 近時、会社法を改正して、社長に報酬の配分を一任することを制限すべきとの議論がなされた(2018年10月24日開催 法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会第17回会議)。その後の「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱案」では、この制限の導入は見送られた。しかし、この考え方は、既にコーポレートガバナンス・コードを通じて間接的に導入されていることが分かる。 また、補充原則4-10①は、「任意の報酬委員会」を「諮問」機関としている。「諮問」とは、意見を尋ね求めることである(広辞苑)。取締役会は、事前に「任意の報酬委員会」に対して意見を求めなければならない。自ら意見を求めた以上、出された意見は当然に尊重すべきである。 さらに、補充原則4-10①は、「任意の報酬委員会」のメンバーについて、独立社外取締役を主要な構成員とするよう求めている。 以上が実現すれば、監督する立場にある取締役の報酬を、監督される立場にある社長が自由に決めてしまう状況は解消される。取締役会による社長に対するガバナンスを実現する上で、「任意の報酬委員会」が重要な意義を有していることが分かる。 (3) 自動車メーカーN社は「任意の報酬委員会」を設置しなかった 多くの企業は、コーポレートガバナンス・コードが実現しようとするガバナンスの要請を重く受け止め、「任意の報酬委員会」を設置した。2019年7月18日現在、東京証券取引所の上場企業(指名委員会等設置会社を除く)3,599社のうち「任意の報酬委員会」を設置している企業は1,224社(約34.6%)である。 ところが、会長が在籍していた当時の自動車メーカーN社はコーポレートガバナンス・コードに準拠せず、あえて「任意の報酬委員会」を設置しない途を選択した。自動車メーカーN社は、コーポレートガバナンス・コードの受入れというガバナンス改善の機会を逃してしまった。 その結果、「会長が実質的に全て1人で決定していた」との状況が逮捕直前まで続いたようである。 (4) 自動車メーカーN社による説明(エクスプレイン) 上場企業が上記要請に応じない場合、理由をコーポレートガバナンス報告書で説明する必要がある(コンプライ・オア・エクスプレイン、東京証券取引所・有価証券上場規程436条の3)。同社は、上述のとおり「任意の報酬委員会」を設置しないこととしたため、コーポレートガバナンス報告書でその理由を説明する必要に迫られた。 2018年7月5日、自動車メーカーN社はコーポレートガバナンス報告書を公表し、その中で「任意の報酬委員会」を設置しない理由を説明した。同報告書によれば、その理由は「独立社外取締役3名の助言を参考に決定」しているというものであった。 もっとも、同社の独立社外取締役のうち1名は、会長のかつての部下であった。また、もう1名は、取締役の中で最年少であった。こうした「独立社外取締役」からの「助言」がコーポレートガバナンス・コードの要求する水準を満たしたかは、議論の余地がある。その後も自動車メーカーN社の報酬の決め方等が改善された様子は見られないからである。   3 ガバナンスには経営者を守る効果もある 以上のとおり、自動車メーカーN社では、取締役の報酬を会長が実質的に全て1人で決めていた。そうした取扱いは、近時は否定されつつあるものであった。自動車メーカーN社は、そうした時代の流れに逆らっていた。コーポレートガバナンス・コードを受け入れることでガバナンスを改善する機会もあったが、活かすことができなかった。 そうした中で起きたのが、今回の事件である。自動車メーカーN社の会長は、ガバナンスを軽視した結果、会社を大きく傷つけ、さらには自らを傷つけることになってしまった。ガバナンスは経営者を牽制するものではあるが、経営者を守る効果があることも見落としてはならない。ガバナンスの重要性を改めて思い起こす必要がある。 *  *  * 続く「下」(2019.8.29公開)では、経営体制と株主との関係という観点を中心に、ガバナンス上の問題を論じることとする。 (了)

#No. 332(掲載号)
#原 正雄
2019/08/22

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例38】野村ホールディングス株式会社「不適切な情報伝達事案にかかる調査結果と改善策の公表について」(2019.5.24)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例38】 野村ホールディングス株式会社 「不適切な情報伝達事案にかかる調査結果と改善策の公表について」 (2019.5.24)   事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、野村ホールディングス株式会社(以下、野村證券株式会社などのグループ会社を含めて「野村」という)が2019年5月24日に開示した「不適切な情報伝達事案にかかる調査結果と改善策の公表について」である。 「不適切な情報伝達事案」とは、東京証券取引所の市場区分の見直しに関する情報が顧客に漏洩したことであり、この開示で、その調査結果と改善策を公表している(別紙として、「特別調査チームによる報告書(要旨)」と「野村證券が今後実施する改善策等の概要について」を添付する形をとっており、以下、「特別調査チームによる報告書(要旨)」を「調査結果」、「野村證券が今後実施する改善策等の概要について」を「改善策」という)。 なお、同社は、この件により金融庁から行政処分を受けており、2019年5月28日に「野村ホールディングスおよび野村證券に対する金融庁による処分について」を開示している。   2 何が問題なのか? 野村における情報漏洩と言えば、2012年のインサイダー情報の漏洩が記憶に新しいだろう。上場会社の公募増資に関する情報が、公表される前に顧客へ漏洩したのである。 今回漏洩したのは、東京証券取引所の市場区分の見直しに関する情報であり、上場会社のインサイダー情報ではない。しかし、インサイダー情報の漏洩と同じ性質のものであると言えるだろう。 「インサイダー取引規制」とは、上場会社の重要情報が公表される前、すなわち適時開示される前に、その情報を知っている者は、その会社の有価証券の取引を行ってはならないという規制である。投資判断に影響する情報を知っている者と知らない者との間に不公平があってはならないからである。 今回漏洩した情報は、上位市場の指定基準と退出基準であり、上場会社のインサイダー情報ではない。しかし、投資家の投資判断に影響する可能性の高い情報であり(一部市場から退出するかもしれない会社の株価は下がるかもしれない)、インサイダー情報と同じく、漏洩してはならない情報なのである。   3 なぜ冷静になれなかったのか? 決して漏洩してはならない情報であることは、冷静に考えれば、容易に理解できるはずである。野村総合研究所の研究員から情報を入手した野村のストラテジストが、同社の営業担当者に情報を伝え、それが顧客に漏洩したのだが、調査結果には、その経緯が次のように記載されている(下線は筆者による)。 ここから読み取れるのは、特に営業担当者の、顧客に対して自身の存在感を高めようとする、前のめりの姿勢である。そうした姿勢が、彼らから冷静さを奪ったのだろうか。   4 野村から不祥事はなくなるか? 野村と聞いてイメージするのは、厳しいノルマや、激しい競争だろう(「野村」をもじって「ノルマ証券」と言われたり、社章のデザインから「ヘトヘト証券」と言われたりする)。以前と比べれば、いくらか変化したのかもしれないが、他社との比較において、そうした社風は基本的には変わっていないはずである。上掲の営業担当者の姿勢が、それを物語っている。 そうした社風が、野村を業界トップの野村たらしめていると言えるのだが、今回の情報漏洩は、結局のところ、そこに起因しているように思われる。改善策は一定の効果をもたらすかもしれない。しかし、野村が野村である限り、その社風に起因する不祥事はいつかまた生じるのではないだろうか。 (了)

#No. 332(掲載号)
#鈴木 広樹
2019/08/22

プロフェッションジャーナル No.331が公開されました!~今週のお薦め記事~

2019年8月16日(金)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.331を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2019/08/16

日本の企業税制 【第70回】「令和2年度税制改正の課題」

日本の企業税制 【第70回】 「令和2年度税制改正の課題」   一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴   8月末には各府省の税制改正要望が取りまとめられ、令和最初の税制改正となる令和2年度税制改正に向けた議論が本格的にスタートする。 期限切れを迎える特例措置としては、長期保有土地に係る事業用資産の買換特例、新築住宅に係る固定資産税の軽減特例、居住用財産の買換え・売却に伴う特例など、土地・住宅関係が目白押しであるが、こうした期限切れ関連以外で、今回の改正で予想される主な課題を整理したい。   〇法人税では連結納税制度の抜本見直し まず、法人税では、連結納税の抜本見直しである。昨年11月から政府税制調査会の連結納税制度に関する専門家会合で議論が行われている。見直しのコンセプトは、第1に「簡素化」、第2に「組織再編税制との整合性の確保」である。 簡素化の観点からは、単体申告方式にすることにより、特定の連結法人の修正・更正の影響が同じグループの他の連結法人に及ばないようにすることが主眼となる。これとの関連で、損益計算や税額計算における連結調整計算をどこまで維持するかも課題となる。 組織再編税制との整合性の確保の観点からは、連結納税開始時・連結納税グループへの加入時の欠損金の切捨て・時価評価課税の規律の見直しが論点となる。 現行の連結納税においては、時価評価課税と欠損金の切捨てとの要件は同じである。一方、組織再編税制においては、共同事業を営むための組織再編においては、資産の時価評価課税と欠損金の引継ぎとの要件は同じであるが、支配関係(完全支配関係を含む)のもとでの組織再編においては、適格再編(時価評価課税なし)であっても、支配関係成立後5年内の組織再編については、みなし共同事業要件を満たさなければ、支配関係成立前の資産(特定資産)の含み損の損金算入が制限されるとともに、支配関係成立前の未処理欠損金の引継ぎが制限されている。   〇第三者への事業承継 平成30年度税制改正で非上場株式の相続税・贈与税の納税猶予の特例、平成31年度税制改正で個人事業者の事業承継の特例が創設されたが、いずれも親族内の事業承継が対象であった。今回の改正では、第三者への事業承継が課題となりそうである。 先の参議院議員選挙の際の自民党の公約集である「総合政策集2019 J-ファイル」では、「昨年抜本拡充された法人の事業承継税制や、今年創設された個人版事業承継税制の活用促進を図りつつ、10年程度の集中実施期間で第三者承継を含めた事業承継を強力に支援するための、予算や税といった総合的な支援を進めます」とされている。政府の「成長戦略実行計画」でも「事業引継支援データベースや後継者人材バンクを抜本拡充するなど、経営資源引継型の創業や第三者承継等を後押しするための取組を進める」とされている。    〇平成31年度与党税制改正大綱での検討事項 平成31年度与党税制改正大綱で掲げられた検討事項の中で、来年度改正において結論を得るとされたのは、子供の貧困への対応である。大綱では「子どもの貧困に対応するため、婚姻によらないで生まれた子を持つひとり親に対する更なる税制上の対応の要否等について、平成32年度税制改正において検討し、結論を得る」とされている。 同様に検討課題とされている中で、注目されるのは、電力・ガス事業に係る法人事業税の収入金課税の見直しである。 大綱では「現在、電気供給業、ガス供給業及び保険業については、収入金額による外形標準課税が行われている。今後、法人事業税における収入金額課税全体としてのあり方を踏まえながら、小売全面自由化され2020年に法的分離する電気供給業及びガス供給業における新規参入の状況とその見通し、行政サービスの受益に応じた負担の観点、地方財政や個々の地方公共団体の税収に与える影響等を考慮しつつ、これらの法人に対する課税の枠組みに、付加価値額及び資本金等の額による外形標準課税を組み入れていくことについて、引き続き検討する」とされており、法的分離の節目となる2020年(令和2年)は見直しのタイミングといえよう。 (了)

#No. 331(掲載号)
#小畑 良晴
2019/08/16

谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」 【第17回】「ちょっと一息:還付金カンプ(フ)?!」

谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第17回】 「ちょっと一息:還付金カンプ(フ)?!」   大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫   第6回から前回まで「租税法律主義と実質主義との相克」という主題の下で、特に第7回以降は10回にわたって税法の解釈適用の「過形成」について検討してきた。このような検討は前回で「一旦」締め括ることにし、次回からは、実質主義が税法上論じられてきた主要な問題領域の一つである租税回避について、租税法律主義を尊重する立場から、検討することにするが、今回は、暫し「閑談休話」として、筆者がかつて書いた小文を再録しておくことにする。 その小文は、筆者が以前勤務していた甲南大学が法科大学院の開設を準備するために設置した法曹養成高等教育研究所のホームページ(同法科大学院の開設後は閉鎖)に2002年8月30日に寄稿したものである。当時、筆者も含め同研究所のメンバーが法科大学院の開設に向けて「法律学への思い」をできるだけ広く訴えようとして寄稿していたところである。 前回検討した最判平成26年12月12日訟月61巻5号1073頁を初めて目にした時、かつて自分がその小文で取り上げた問題について、12年余りの歳月を経て最高裁によって一定の解決が示されたことを知り、感慨深く思われたと同時に、その小文において「私見留保」としていた者として、やっと腑に落ちる思いがしたことが思い出される。 そこで、前記最判に関する前回の検討に関連して、その小文を以下に再録することにした。ただし、再録に当たっては本連載の体裁等に合わせて若干の修正を施したことをお断りしておく。 *************************************** この一月ほどの間に還付金「返還」に関する新聞記事を二つも目にした。日本経済新聞7月31日朝刊には、次の記事が出ていた。 二つ目は神戸新聞8月28日夕刊の記事で、次のようなものであった。 ちなみに、柏原町の一般会計予算規模は約40億円である。 これらの記事について、素朴な感想としては、「本来納めるべき税金が誤って還付されたのだから、誤りが発見された以上、税務署に返還するのもやむを得ないのではないか」というように考える向きもあるかもしれないが、しかし、事はそれほど単純ではない。感情的な問題は別にするとしても、神戸新聞の記事にもあるように、まず、延滞税の問題がある。 一旦期限までに税金を納めても、それが還付されると、当初から納付がなかったことになり、還付金の「返還」(正確には未納税額の納付)に当たっては、納付すべき税額に加えて延滞税が取られることになるのだが、これがバカにならない。未納税額に対して年率にして14.6%もの延滞税を納めなければならないのである。それに、還付金を既に別の目的に使ってしまっていたら、そもそも、「返還」しようにも、他から資金を調達しない限り、「返還」できないという問題もある。 柏原町のケースでは、還付と「返還」との会計年度の違いもあり多額の補正予算の編成を余儀なくされているのであろう。日経新聞の記事は延滞税や「返還」資金の問題には言及していないが、その「大手商社」にも同じような問題があったのではなかろうか。 ところで、上の二つの記事を読んで思い出されるのが、読売新聞2000年1月27日朝刊「気流」欄への木野寿一氏の投書「税務署のミスで延滞金とは」である。そこには、税務署のミスで支払われた還付金を「返還」する際に延滞税を請求されたケースが書かれていた。 同氏によると、税務署の審査も随分と軽いものだと思ったが、人間の仕事だから誤りもあろう、と思って還付金の「返還」には応じたが、延滞税には応じられないとして「審査ミスによる返納に延滞税を課す根拠」を説明するよう求めたところ、5カ月近く経ってから、「延滞税の免除ができる場合を規定した国税通則法施行令26条の2には、官が審査を誤るケースは書かれていないから、たとえ税務署のミスでも納税者に延滞税を課すことになる。」旨の説明を受けたとのことである。 確かに、現行税法の規定上は税務署側の説明の通りかもしれない(私見留保)。しかし、納税者としては少なくとも延滞税は払いたくないであろうし、もしそれが叶わないのであれば、何らかの形で税務署側の責任を問いたいと思うのではなかろうか。柏原町のケースでは消費税法(特に仕入税額控除に関する規定)の解釈が問題になっているようなので、法的に争う途はまだしもあるように思われるが、「単純ミス」のケースについてはなかなか難しそうである。 この点に関して興味深いのが東京地裁平成12年8月28日判決(判例タイムズ1063号124頁)である。東京地裁は、次のとおり説示して、納税者の主張に一定の理解を示したのである。 税務行政に対する「警鐘」とも受け取れる説示である。 もっとも、東京地裁は、現行税法の解釈論としては納税者の主張を斥け、さらには税務署長の国家賠償責任についても、次のとおり判示して、これを否定している。 このような判決の論理によれば、還付金に関する現行税法の規定は、場合によっては、納税者にとって「仇」になるおそれもある。国税通則法56条1項は、還付金があるときは税務署長は「遅滞なく」金銭で還付しなければならないと規定している。これは、本来納める必要のない税金はできるだけ早く納税者に還付するのが納税者の利益になるという趣旨で定められた規定であろうが、ただ、「遅滞なく」が拙速ないし単純ミスにつながっては、むしろ納税者の不利益になってしまう。延滞税などの問題があるからだ。 先ほどの木野氏は税務署側の説明を受けて「仕方なく」延滞税を支払われたとのことであるが、投書の最後に「このような納税者の不利益をなくしてゆくことが納税者の信頼を獲得する第一歩であろう。」と述べておられる。まさにその通りで、還付に当たって税務行政には「遅滞なく」かつ「慎重に」判断し行動する姿勢が求められよう。仮に現在還付事務の量が厖大で「遅滞なく」と「慎重に」とをなかなか両立させ難いということであれば、税務署のミスによる還付金の返還には延滞税を課さないことにするような立法的な手当ても必要になってくるのではなかろうか。 ともかく、もし単純な還付ミスが頻発し、それに伴う還付金の「返還」に対して、納税者がこれを「税務署による(延滞税)取立て」(カンプ:官賦)とみて反発を強めるようなことにでもなれば、還付金をめぐるカンプ(フ)(Kampf:闘争)が起こってくるかもしれないが、そのような事態を予防することも法律学の役割である。 (了)

#No. 331(掲載号)
#谷口 勢津夫
2019/08/16

相続税の実務問答 【第38回】「遺留分侵害額請求が行われた場合の相続税の課税価格の計算」

相続税の実務問答 【第38回】 「遺留分侵害額請求が行われた場合の相続税の課税価格の計算」   税理士 梶野 研二   [答] あなたの相続税の課税価格の計算上、あなたが支払うこととなった遺留分侵害額3,500万円を控除し、妹さんの相続税の課税価格の計算においては、この3,500万円を加算することとなります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 遺留分侵害額請求権 これまで遺留分権利者が遺留分を侵害された場合には、遺留分減殺請求権を行使することにより被相続人が行った遺贈及び一定の贈与について遺留分を侵害している部分の効力が失われ、遺贈及び贈与の対象となった財産は、受遺者又は受贈者と遺留分権利者の共有状態になると解されてきました(改正前民法1031)。また、遺留分減殺請求がされると受遺者及び受贈者は遺贈及び贈与の対象となった財産の返還義務を負うこととなりますが、価額弁償をすることにより返還義務を免れることができるとされていました(改正前民法1041①)。 しかしながら、この遺留分減殺請求の制度については、「遺贈等の目的財産が事業用財産であった場合には円滑な事業承継を困難にするものであり、また、共有関係の解消を巡って新たな紛争を生じさせることとなる」などの問題点が指摘がされていたところです(堂園幹一郎・野口宣大編著『一問一答新しい相続法』122頁(2019年・商事法務))。 平成30年の民法(相続編)の改正により、従来の遺留分減殺請求の制度が、遺留分侵害額請求の制度に改められ、令和元年7月1日以後に開始した相続からこの新制度が適用されることとなりました。遺留分侵害額請求制度においては、遺留分権利者は受遺者又は受贈者に対して遺留分侵害額を請求することができるとされ(改正後民法1046①)、当該請求がされると、遺留分権利者と受遺者又は受贈者との間に金銭債権債務関係が生じることとなります。   2 遺留分侵害額請求が行われた場合の相続税の課税価格の計算 上記1の民法改正により遺留分に関する規定が物権的効力から金銭請求権に変わったものの、権利行使によって生ずる担税力の増減は改正前と同様であると考えられることから、相続税の課税上は、改正前の課税関係と同様とされています(『令和元年版 改正税法のすべて』507頁(2019年・大蔵財務協会))。 したがって、①遺留分侵害額の請求を行った相続人については、遺留分侵害額の請求に基づき支払いを受けるべき金額を相続税の課税価格に加算し、②遺留分侵害額の請求を受けた受遺者については、遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金額を相続税の課税価格の計算上控除することとなります。 なお、相続税の課税価格の計算は、相続開始の時における財産の時価(実務上は、財産評価基本通達等に従って求められたいわゆる相続税評価額)により行うこととされていることから、相続開始後、遺留分侵害額が確定するまでの間に遺贈等の対象となった財産の価額に増減が生じたり、その相続税評価額と当事者が遺留分侵害額の計算の基とした価額(通常の取引価格を基にしていることが多いと思われます)に開差があることから、実際に支払うこととなった金額により相続税の課税価格の計算をすることは、当事者間の公平性を欠く結果となる場合があります。 このような場合には、従来の価額弁償金の額についての調整計算と同様の調整計算を行うことが適当であると思われます(【第37回】「遺留分減殺請求に対し価額弁償が行われた場合の相続税の課税価格の計算」参照)。   3 ご質問の場合 ご質問の場合、あなたは、妹さんからの遺留分侵害額請求を受け、遺留分侵害額として3,500万円を支払うこととなりましたので、あなたの相続税の課税価格の計算上、この3,500万円を控除し、妹さんの相続税の課税価格の計算においては、3,500万円を加算することとなります。 なお、遺留分侵害額が、M市の土地建物などについて通常の取引価額をベースに算定されたものである場合には、相続税評価額ベースに置き換えるための調整計算を行う必要があるものと思われます。 (了)

#No. 331(掲載号)
#梶野 研二
2019/08/16

〈ポイント解説〉役員報酬の税務 【第5回】「解約返戻金と相殺するための役員退職給与支給」

〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第5回】 「解約返戻金と相殺するための役員退職給与支給」   税理士 中尾 隼大   ○●○● 解 説 ●○●○ 役員退職給与は、当該役員の法人に対する貢献度等(業務に従事した期間、退職の事情)や同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、相当であると認められる金額を超える部分は損金不算入であると規定されている(法法34②、法令70二)。 この損金算入限度額の算定方法には一般に「功績倍率法」と「1年当たり平均額法」が存在している。このうち功績倍率法は最も使用されている算定方法であるのは周知の事実である。功績倍率法は 対象役員の最終月額給与 × 勤続年数 × 功績倍率 にて損金算入限度額を求めるというものであり、「最高功績倍率法」と「平均功績倍率法」がある。 両者の違いは、同業類似法人から抽出した功績倍率の最高値を採るか、平均値を採るかである。この功績倍率法自体は、平成29年度税制改正に伴い、法基通9-2-27の2(注)にてその定義が示されたのは記憶に新しい。 ここで、平均功績倍率法を用いた場合、その法人特有の事情は斟酌されないのだろうかという疑問が浮かぶ。裁判例によってその論拠は異なり、例えば東京地裁平成25年7月18日判決(※1)及びその下級審は、平均功績倍率法を採用し、その功績倍率を「当該退職役員の法人に対する功績や法人の退職給与支払能力など,最終月額報酬及び勤続年数以外の役員退職給与の額に影響を及ぼす一切の事情を総合評価した係数である」と評価している。そして、同業類似法人の抽出が合理的に行われる限り法の趣旨に最も合致する合理的な方法というべきとしていることからすれば、その法人特有の事情の斟酌は認めていないのだろう。 (※1) 税務訴訟資料263号順号12261 これに対し、例えば大分地裁平成21年2月26日判決(※2)は、平均功績倍率法を採用した上で「退職役員の最終報酬月額は創業者としての功績等、当該役員の法人に対するそれまでの功績がもっとも表れていると考えられる・・・単純にある時期の法人の業績のみを参考にして算出される平均的な役員報酬の水準を上回ることは十分考えられる」。「平均功績倍率を用いて算出される金額をもって直ちに相当・不相当の基準とするのは相当ではなく・・・比較法人の平均功績倍率に加え、その功績倍率の分布状況、平均値算出過程では十分考慮されないが役員退職給与額に相当の影響を及ぼし得る原告・・・の事情をも考慮して不相当に高額な部分の有無及び金額を判断するのが相当である」と示している。 (※2) 税務訴訟資料259号順号11147 この裁判例からは、平均功績倍率法により導かれた不相当に高額な給与部分について、「特段の事情」があれば、「不相当に高額」な部分のうち、「相当」とされる部分もありうる可能性が示されていると思われる。 このように、統一的な見解は存在していないと思われるが、平均功績倍率法にその法人固有の事情が考慮されるという前提に立って、生命保険金解約による解約返戻金の雑収入計上が上記特段の事情になるのかどうか、翻せば、当該解約返戻金の創出が役員の貢献度を計る材料になるかどうかという点を確認したい。 この点、最高裁平成26年1月17日判決(※3)及びその下級審では、ダイレクトにこの件が争点となっている。本件は、代表取締役の急死により多額の死亡保険金を計上し、当該死亡保険金を役員退職給与にて相殺している事案である。 (※3) 税務訴訟資料264号順号12388 原告・控訴人・上告人である納税者は役員退職給与支給の原資は生命保険金であることを鑑み、平均功績倍率法により導かれた金額を超えて支給する相当の事情があると主張した。これに対し、裁判所は、「平均功績倍率法はあくまでも平均値を用いて『退職給与として相当であると認められる金額』を算出するものであるから、平均値による金額を超える部分が常に不相当であると考えることは妥当ではなく、上記金額を超えて相当部分を認めるべき特段の事情・・・がある場合には、平均功績倍率法による金額を超えて相当と認めるべき部分が存在するというべきである(下線部筆者)」として、上記大分地裁判決と同様、特段の事情があれば平均功績倍率法に加えて相当な部分があり得ることを示した。 しかし、同時に課税庁が抽出した同業類似法人の合理性を認め、死亡保険金の計上は上記特段の事情には当たらないと示し、納税者の主張を退けている。 その理由として、死亡保険金の収受と退職給与の支給はそれぞれ別個に考えるべきであり、適正な役員退職給与支給額を超える死亡保険金部分は、代表取締役の死亡によって会社が被る経営上の損失補填のために留保されなければならないと説いている。 したがって、解約返戻金や死亡保険金は役員退職給与支給のための大事な原資であることは言うまでもないが、損金算入限度額自体の判断はそれとは別個に検討するべきであると考える。 (了)

#No. 331(掲載号)
#中尾 隼大
2019/08/16

政府税調における連結納税制度の見直しについて~改正の方向性とその影響~ 【後編】

政府税調における連結納税制度の見直しについて ~改正の方向性とその影響~ 【後編】   公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸   (3) グループ調整計算 ~事務負担の軽減を図る観点からの簡素化~ [改正の方向性] [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [実務上のポイント] 上記で示されたグループ調整計算の個社計算への変更について、筆者が本稿執筆時点で考える実務上のポイントは次のとおりである。 現行制度では、次のように、欠損法人の試験研究費の税額控除枠を他の所得法人の法人税額から控除することで、連結納税制度の税務メリットを享受している連結グループが多い。しかし、新制度では、このメリットが享受できず、税負担が増加する連結グループが生ずる。 このように、既に連結納税制度を採用している企業の税負担の増加につながる改正事項になるため、今後、その改正については慎重な議論が行われることになるだろう。 外国税額控除についても、現行制度において、次のようなケースで連結納税制度の税務メリットを享受している連結グループが多い。しかし、新制度では、このメリットが享受できず、税負担が増加する連結グループが生じる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 現行制度では、所得拡大促進税制や大企業の租税特別措置法の適用除外措置についても、グループ調整計算(全体計算、全体判定)が行われているが、研究開発税制が個社計算に変更された場合、それらについても個社計算、個社判定へ変更になるだろう。 受取配当等の益金不算入制度、外国子会社の受取配当等の益金不算入制度、寄附金の損金不算入制度、貸倒引当金の損金不算入制度、過大支払利子税制の損金不算入制度など所得調整については、グループ調整計算を個社計算に変更しても、ほとんどの連結グループで大きな影響は生じないだろう。 そのため、事務負担の軽減を優先し、単体法人の取扱いと全く同じでもいいのではないかと考える。 その場合、それに係る単体法人のグループ法人税制について、見直しをする必要があるかは疑問がある。 つまり、個別申告方式を導入する時点で、理論的な連結納税制度の構築を放棄していることになるため、このような細かい計算項目についてのみ理論的取扱いを追求することに意味はないであろう。 また、そもそも連結納税制度と単体納税制度は課税の仕組みが異なることから、連結納税を選択していないグループ法人との公平性を考慮する必要はないのではないかと思う。 (4) 新制度の適用関係 ~移行スケジュールと経過措置のイメージ~ [改正の方向性] [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 例えば、最短だと、新制度適用まで、次のようなスケジュールが一案となろう。 [実務上のポイント] 上記で示された新制度の適用関係のイメージについて、筆者が本稿執筆時点で考える実務上のポイントは次のとおりである。 新制度への準備期間に何年が必要か、という点については、既に連結納税を採用している企業、システム会社、課税庁、それぞれに必要な準備期間を考慮して決定する必要があるが、2年か3年が妥当であろう。 まず、企業側は、連結納税を継続するかどうかを旧制度と新制度を比較して検討する期間と、新制度による決算・申告のトライアルやシステム研修等の準備期間が必要であるし、システム会社は新しい連結納税システムの開発期間、運用期間が必要になり、課税庁は、法律・通達やQ&Aの公表などの準備期間が必要になる。 いずれにせよ、準備期間を何年にするかは今後、慎重に議論されることになるだろう。 現行制度では、いったん連結納税を採用すると単体納税に戻れないのが原則であり、新制度でもその点は変わらないだろう。 ただし、新制度になると税負担が増加する連結グループが生じることになるため、新制度の準備期間に限って、単体納税に戻る選択肢(チャンス)を与えることは当然のことと思われる。この点、連結納税採用企業が単体納税に戻ることができるのは、今後、唯一のチャンスかもしれない。 そのため、すべての連結グループが、連結納税を継続すべきか、単体納税に復帰すべきかを検討することが必要になる。 単体納税に戻ったグループが、再び連結納税を開始するのに一定の制限期間が設定されるかどうかは、連結納税を継続すべきか、単体納税に復帰すべきかを検討する上で考慮すべき点の1つであろう。 連結納税の採用を予定している企業は、連結納税開始時の取扱いが現行制度と新制度で異なることから、最初に、新旧いずれの制度を採用した方が有利かを検討する必要がある。 連結納税の加入を予定している企業は、連結納税加入時の取扱いが現行制度と新制度で異なることから、最初に、新旧いずれの制度で加入した方が有利かを検討する必要がある。 仮に、準備期間中に旧制度を採用し、単体納税に戻ることも可能になる場合、準備期間中に現行制度を採用し、親法人や子法人の繰越欠損金の解消を実現した上で、準備期間中に再び単体納税に戻る企業グループも出てくる可能性があろう。 (5) その他の論点 [改正の方向性] [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕令和元年6月26日 (6) 今回の専門家会合で方向性が示されなかった事項について 今回の専門家会合では方向性が示されなかった事項のうち、(1)~(5)で記載した実務上のポイント以外で、筆者が気になる点について以下に挙げてみる。 ① 加入、離脱、取りやめ時の「みなし事業年度」の設定はどうなるのか? ② 現行制度の「連結欠損金(特定と非特定)」が新制度へどのように引継がれるのか? ③ 繰越欠損金(連結欠損金)の繰越控除額の計算方法はどう変わるのか? ④ 連結欠損金の控除限度割合(50%)の取扱いは考え方が変わるのか? ⑤ 住民税と事業税の計算の仕組みは変わるのか? ⑥ 住民税の控除対象個別帰属税額と控除対象個別帰属調整額の取扱いは変わるのか? 以上の点についても、今後どうなるか注目する必要があろう。 3 連結納税の実務への影響 ~上記2のポイント踏まえて~ 上記2において、見直しの方向性と実務上のポイントを記載したが、それらを踏まえた上で、既に連結納税を採用している会社とまだ連結納税を採用していない会社、それぞれについて、連結納税の実務への影響をイメージしてみたい。 (1) 既に連結納税を採用している会社への影響 ① 事務負担はどれくらい軽減されるのか? 今回の見直しは、個別申告方式への変更によって、納税者及び課税庁の事務負担の軽減を図ることが最大の目的といえるが、既に連結納税を適用している会社について、実際に、事務負担がどれくらい軽減するかについては、以下のように考えられる。 ② 税効果会計はどうなるのか? 新制度においても法人税では損益通算ができるため、繰延税金資産の回収可能性の検討について、現行制度と同様に、連結グループを一体として行うことになる。つまり、連結グループを一体として企業分類を設定し、全社参加でスケジューリングによる回収可能額の計算を行う実務については、変更がないだろう。 また、新制度でも地方税は単体納税が適用される場合、現行制度と同様に、法人税、住民税、事業税の別に回収可能額の計算を行うことになる。 いずれにせよ、損益通算があることから、連結納税の税効果会計の実務には、大きな影響はないことが予想される。 ③ 連結納税システムはどう変わるのか? 連結納税の実務において、連結納税システムには「申告書作成システム」と「税効果会計システム」の2つがある。 まず、現行制度の連結納税の申告書作成システムは、「1つのシステムを全社で使用するもので、各社が個社入力をした後に、ボタン1つで全体計算を行い、連結納税申告書と各社の地方税申告書を完成させる」、全社参加型システムが一般的である。 この点、個別申告方式になった場合、連結納税申告書システムは、次の2つのタイプに分かれると予想される。 また、連結納税の税効果会計は、現行制度と同様に、連結グループを一体として企業分類を設定し、全社参加でスケジューリングによる回収可能額の計算を行うため、連結納税の税効果会計システムは、既存のシステムの仕様をほとんどそのまま承継した全社参加型のシステムが主流になるだろう。 ④ 連結納税から単体納税に移行する連結グループはどれくらいありそうか? 新制度への移行に伴い、既に連結納税を採用している連結グループのうち、単体納税に移行する企業はどれくらいあるだろうか。 この点、筆者が日常業務の中で感じることだが、潜在的に単体納税に戻りたいと思っている会社は多い(今は戻りたいけど戻れないため思っているだけであるが)。 (2) まだ連結納税を採用していない企業への影響 ① 新制度適用後は、連結納税を採用する企業は増えそうか? 個別申告方式への移行により、現行制度より連結納税の事務負担が減るため、連結納税を採用しやすい環境になることは間違いない。 ただ、個別申告方式への移行により、連結納税の事務負担が減るとはいえ、単体納税よりは事務負担が重いことは明らかである。そのため、個別申告方式への移行が連結納税の採用を全面的に後押しするとは思えない。 また、連結親法人にSRLYルールが導入されることで、連結親法人の開始前の繰越欠損金を他の連結子法人の所得と相殺して一瞬で巨額の税負担を減少させるという連結納税の最大の採用動機が失われることから、この点は連結納税の採用には大きなマイナスとなるだろう。 ただし、連結法人(連結親法人を含む)の開始前・加入前の繰越欠損金は、単体納税では自社の所得金額の50%を限度としてしか相殺できないが、連結納税では自社の所得金額の100%と相殺することができるため、連結法人の繰越欠損金の活用が見込まれる場合、連結納税を採用する企業も増えるだろう。 ② 連結納税を開始、加入、離脱するなら改正前か? 改正後か? この点、現行制度と新制度のいずれで開始、加入、離脱すると有利かどうかを慎重に検討する必要がある。例えば、現行制度では、特定連結子法人に該当せず、時価評価が必要となり、繰越欠損金が切り捨てられるが、新制度では、時価評価も繰越欠損金の切捨ても行われない場合、新制度の適用開始まで待つことも一案である。 一方、新制度の場合、開始、加入時に時価評価が行われない場合であっても、その後、含み損益の利用制限が課されることがある。また、離脱時には一定の場合、離脱法人が時価評価する必要も生じる。このような場合、現行制度で開始、加入、離脱をしてしまった方が、その後の税負担も減少し、事務手続も簡便になるだろう。 ③ 準備期間に連結納税を開始して、その後、取りやめるのもよいのか? 連結親法人や連結子法人の繰越欠損金の期限切れが迫っており、連結納税を採用した方が税負担が減少するのは明らかであるが、連結納税の事務負担の重さに躊躇して採用できていない場合でも、準備期間において連結納税の開始を行い、その後、取りやめを行うことができれば、それも一案になるだろう。   4 おわりに 以上、仮に、専門家会合で示された取扱いがそのまま実現した場合に想定される実務への影響について解説した。 しかし、専門家会合で議論された内容については、今年の9月末までに開催される政府税制調査会の総会でも報告に留まる見通しであり、本稿執筆時点で、何も確定したものではない。また、現状、個別論点(特に、税負担が増える見直し)については反対意見もあると言われている。 そのため、実際の改正の内容は今後の議論によることから、今後も、その行方に注目していきたい。 (連載了)

#No. 331(掲載号)
#足立 好幸
2019/08/16
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