事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第16回】 「事務用品通販会社の社長再任拒否事件 -上場子会社での少数株主保護」 弁護士 原 正雄 2019年8月2日、A社の株主総会で、創業社長と独立社外取締役3名の再任が否決された。45%株主Y社と11%株主P社が反対したためである。ただ、他の株主は、過半数が再任に賛成していた。そこで、大株主の意向と、少数株主の意向が対立した場合のガバナンス上の問題点について、以下検討する。 1 対立に至る経緯 A社は、事務用品を中心とする通信販売の会社で、2004年に東証一部に上場している。Y社はサイト運営、ブロードバンド事業、ネットオークションを営む会社である。 2012年、A社はY社と業務提携し、通販サイト(以下「Lサイト」と呼称する)を立ち上げた。同時に第三者割当増資を実行し、Y社に既存株式の73.8%に及ぶ新株を割り当てた。その結果、Y社が43%を保有する1位株主となり、従前1位であったP社が2位株主となった。A社の創業社長とY社の当時の社長が意気投合したことがきっかけであった。 ところが、2018年6月、Y社の社長が交代し、それまで円満であったA社とY社との関係に変化が生じた。 2019年1月、Y社は、A社に対してLサイトの譲渡を求めた。同サイトは増収を続けていたものの、赤字から抜け出せずにいたことが理由とのことである。A社はこの要請を断った。 同年6月、Y社は、A社の創業社長の退陣を求めた。A社の業績不振が理由とのことであった。 2 取締役会における対立 当時既に、A社では、指名報酬委員会が創業社長の再任を答申していた。2019年7月3日、A社の取締役会は、株主総会に創業社長の再任議案を提出する旨を決議した。 ただ、同取締役会決議では、Y社から出向していた取締役と、Y社から派遣されていた取締役が、ともに棄権した。また、P社から派遣されていた取締役1名は反対した。 その結果、創業社長の再任をめぐって、取締役会における対立が明らかとなった。 3 株主権の行使と、社長の選定 2019年7月18日、Y社は、A社の社長人事について、創業社長の退任を前提としたうえで「現・取締役兼COOのB氏または取締役兼COOのC氏のいずれかが社長に就任するものと考えています」と記したリリースを公表した。 同日夜、Y社は、適時開示で後任人事の部分を削除した。翌19日午前、プレスリリースの該当部分を削除した。理由は「東証からの指摘」とのことであった。 A社は株式会社である。株主は、株主総会を通じて取締役を選任できる。ただ、社長を選定するのは取締役会であって、株主ではない。ましてA社は上場企業であって多くの少数株主が存在する。Y社が上記部分を削除したのは適正であった。 4 利益相反の問題 Y社による創業社長の再任拒否は、A社の企業価値向上が目的あれば適正である。また、Lサイト事業からの撤退の要求も、A社の企業価値向上が目的であれば正しい。 問題は、Y社がA社に対してLサイトの譲渡を求めたことである。A社の創業社長は、2019年7月18日の記者会見で「A社の成長事業が乗っ取られる」と述べた(朝日新聞2019年7月20日)。Y社の狙いは明らかではないが「成長余力あるLサイトをY社に取り込むことで、株価に影響を与えようとする思惑もありそうだ」との報道もある(日経産業新聞2019年7月19日)。 仮にY社としてLサイトが欲しかったことが理由だとすれば、A社の企業価値向上が目的とはいえなくなる。むしろA社の企業価値は低下するかもしれない。この場合、A社とY社の利益が相反する。 この点についてY社は、2019年7月19日、Lサイトについて「譲渡をする考えがあるか、意向を聞いたに過ぎない。今後も譲渡を申し入れる方針はない」とするコメントを発表した(読売新聞2019年7月19日)。これは、上記「思惑」を否定し、利益相反はないとしたものである。 5 独立社外取締役 本件でもう1つ注目されるのが、独立社外取締役の存在である。独立社外取締役は、会社と支配株主との間の利益相反を監督することが期待されている。また、支配株主から独立した立場で、少数株主の意見を取締役会に反映させることが期待されている(コーポレートガバナンス・コード原則4-7)。 A社では、独立社外取締役を3名選任していた。独立社外取締役3名は、顧問弁護士など計3名と共に指名報酬員会を組成していた。指名報酬委員会は、上述のとおり創業社長について再任すべきと判断していた。 2019年7月23日、指名報酬委員会の委員長である社外取締役T氏は、Y社とP社が創業社長の再任に反対したことについて「上場会社のガバナンスを無視している」と述べた(日本経済新聞2019年7月24日)。 翌24日、Y社は、創業社長に加え、独立社外取締役3名についても再任を反対する旨を発表した。創業社長に業績低迷の責任があり、独立社外取締役にはその任命責任がある、との理由であった(日本経済新聞2019年8月1日)。 6 株主総会 2019年8月2日、A社の株主総会が開催された。合計56%の議決権を有するY社とP社が反対したため、創業社長と独立社外取締役3名の再任は否決された。 再任についての賛成比率は、以下の表の「賛成(%)」の列に記載のとおりであった。 創業社長と独立社外取締役3名は、圧倒的多数の意思によって再任を否決された。 ただし、Y社とP社を除外すると、状況が少し異なる。上記の表の「賛成(%、Y社とP社を除外)」の列の記載から分かるとおり、少数株主の過半数が、創業社長と独立社外取締役3名の再任を支持していた。特に独立社外取締役3名は、全員90%以上の支持を得ていた。 もっとも、創業社長への賛成は76.7%で、絶対的支持を得ていたわけではない。また、Y社とP社が派遣した社外取締役2名も、賛成がともに68.5%と高くはない。少数株主の支持が割れていたことが分かる。 総会後、A社では創業社長が取締役を退任し、それまでの取締役COOが新たに社長に就任した。独立取締役3名も退任し、A社は独立社外取締役がいない会社となった。独立社外取締役がいない会社は、東証一部ではわずか0.3%である(2019年7月当時)。 7 少数株主の保護 株式会社は、資本多数決の原則に基づく制度である。過半数株主の意向が優先されるのは当然である。 問題は、A社が上場企業ということである。上場企業には、コーポレートガバナンス・コードによって、少数株主保護が求められている(基本原則1、原則4-7、有価証券上場規程436条の3)。そのため、一般投資家は、支配株主や親会社等が存在する企業であっても、少数株主も保護されるとの期待をもって、当該企業に投資をする。 したがって、上場企業で資本多数決の原則を当然のように貫いてよいかは、賛否が分かれる。 8 親子上場 上述のとおり、Y社はA社の45%株主である。ただ、Y社にも大株主が存在する。さらにその上にも親会社が存在する。図で示すと以下のとおりである。 仮にY社がA社を自由にしてよいとすれば、SG社やS社もY社を自由にしてよいことになる。 しかし、実際は、株主総会が終了した後、Y社を孫会社とするSG社は「今回のような手段を講じる事について反対の意見を持っておりますが、この度の件はY社の案件であり、Y社執行部が意思決定したものです。本件はY社の独立性を尊重して、Y社執行部の判断に任せております」とするコメントを発表した(日本経済新聞2019年8月3日)。大株主ではあるものの、Y社の独立性を尊重するとのコメントである。このコメントにより、Y社としてもA社の独立性を尊重すべきことが確認された。 9 東証の対応 2019年11月29日、東京証券取引所は、上場制度に関する規則を改定すると発表した。以下のとおりである。 来年度の定時株主総会の翌日からの適用を目指すとのことである。また、有識者研究会を立ち上げ、上場子会社の少数株主保護の枠組みなどの検討を始めると発表した。 10 その後の経緯 2019年12月17日、A社は、同年6~11月期の連結決算でLサイトの赤字幅が縮小していることを発表し、2023年5月期までに同サイトを黒字化する方針を示した。また、A社は、Y社との資本提携を継続すると表明した。 翌18日、A社の株価は、前日比12%高の3,375円まで上昇した。これは1年2ヶ月ぶりの高値であった。少数株主の関心は、経営陣と大株主のどちらが正しいかではなく、企業価値の向上にあることが分かる。上場子会社であったとしても、親会社と経営陣はともに企業価値の向上に取り組むべきである。 (了)
〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第22回】 「情報漏えいさせた者に対する責任追及の実施」 弁護士 影島 広泰 -Question- 故意に情報を漏えいさせた者に対し、会社としてはどのような責任追及をすべきでしょうか。 -Answer- 刑事責任の追及のために警察に告訴する、懲戒処分等の社内処分をする、差止め及び損害賠償といった民事責任の追及などが考えられます。 従業員・退職者・取引先等が社内の情報を故意に持ち出したことが分かった場合には、自社の被害の回復と将来に向けた漏えいの抑止力を確保するため、漏えいさせた者に対し、責任追及を実施することになる。今回は、会社が取り得る手段を解説する。 1 刑事責任の追及 営業秘密について、不正な利益を得る目的で、あるいは会社に損害を与える目的で、窃取や横領等をすることは、営業秘密侵害罪としての刑罰がある(※)。個人に対する法定刑は、懲役10年以下もしくは罰金2,000万円以下又はその両方である。また法人に対しては、罰金5億円以下という罰則(両罰規定)がある(海外で利用する目的の場合には、罰金3,000万円以下(法人は10億円以下)になる)。 (※) その他にも、不正アクセス禁止法違反、電子計算機使用詐欺罪、背任罪、横領罪等にも問われる可能性がある。 実例を見ても、大手通信教育事業者から3,500万件の個人データを漏えいさせたシステム開発の再々委託先の元従業員には懲役2年6月(執行猶予なし)及び罰金300万円の判決が、重電メーカーからフラッシュメモリの研究データを競合他社に漏えいした業務提携先の技術者には懲役5年(執行猶予なし)及び罰金300万円の判決がそれぞれ言い渡されており、重い刑罰が科されている。 したがって、会社としては、警察に相談し、漏えいさせた者を告訴するなどして、刑事責任を追及することが考えられ、これは再発防止に向けて強い抑止力を持つことになる。実務的には、営業秘密の侵害が強く疑われるものの証拠収集が難しいような状況では、早い段階で警察と相談し、捜査を進めてもらうことも有益である。この場合、警察との折衝や証拠収集を適切に行うため、早い時期から弁護士に依頼することが重要である。 なお、警察による捜査、後述する社内処分及び民事責任の追及は、整合性をもって進める必要があるから(例えば、懲戒解雇すれば、それ以後、対象者から会社が情報を収集することは難しくなる)、処分のタイミングや民事訴訟の提起・進行については、弁護士・警察と綿密な打ち合わせをすることが肝要である。 2 社内処分 従業員が情報漏えいした場合には、社内処分(懲戒解雇等)を行うことが考えられる。そのためには、当然のことながら、懲戒処分とされる事由と処分の程度が就業規則に明示されてあり、この就業規則が周知されている必要がある(労基法89条3号、9号)。 ここで気を付けたいのは、従業員との間で締結した秘密保持契約について、就業規則と異なる内容が定められていた場合、就業規則よりも労働者にとって不利な内容を定めた場合には、その部分は無効となることである(労働契約法7条但書、12条)。したがって、就業規則には、秘密保持契約の内容を記載しておく必要がある(※)。 (※) 記載例については、経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」参考資料2を参照されたい。 なお、故意ではなく、過失でうっかり情報漏えいしてしまった従業員に対し、あまり厳しい処分をしてしまうと、将来、情報漏えいが適時適切に報告されなくなるなどの萎縮効果が発生する可能性があるから注意したい。 3 民事責任の追及 営業秘密の侵害が疑われるケースでは、民事保全手続(仮処分の申立て)を利用して、営業秘密の開示・使用の仮の差止め等を求めることが考えられる。仮処分は手続のスピードが速く、結論がすぐに出るとともに、その結論が、後続の民事訴訟の帰趨にも影響を与えるから、最初から専門性の高い弁護士に依頼し、迅速かつ適切に仮処分を申し立てることが重要である。 差止請求とは、侵害の停止又は予防、及び侵害の行為を組成した物の廃棄等を請求することである。具体的には、営業秘密が記録された物件媒体、営業秘密を用いて製造された製品、営業秘密を使用するための製造設備などを廃棄したり、電子データの消去等を裁判所が命じることができる。 また、仮処分の申立てと並行して又はその後に、損害賠償等の交渉や民事訴訟の提起等を行うことになる。 実例を見ると、前述した重電メーカーからフラッシュメモリの研究データが漏えいした事件では、入手した競合他社と漏えいした個人に対し、1,090億円の損害賠償請求訴訟を提起し、約330億円を支払うとの和解が成立したとされている。また、製鉄会社から退職した研究職の従業員が製造技術を競合他社に漏えいした事件でも、競合他社と元研究職を相手に約1,000億円の損害賠償請求と製造差止等の訴訟を提起し、300億円を支払うとの和解が成立したとされている。 なお、営業秘密を不正に入手して利用している競合他社に対して損害賠償請求をする際、自社からの営業秘密の漏えいによりいくらの損害を被ったのかを主張・立証することは難しい。そのため、不正競争防止法には、侵害の行為により相手方が受けた利益の額を損害の額と推定するなどの推定規定がある。自社がいくら損をしたのかではなく、相手方がいくら儲かったのかを立証すれば、それが損害額であると推定されるのである。 このように、不正競争防止法上の営業秘密には、差止請求や損害賠償などの強力な救済措置が用意されている。これが、自社にとって漏えいしては困る情報・ノウハウは、営業秘密に当たるように管理しておくことが重要であるといわれている理由である。 (了)
《速報解説》 日本監査役協会が会計基準の開発や会社法改正に対応した 「会計監査人非設置会社の監査役の会計監査マニュアル」の改定版を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年1月10日(マニュアルの日付は令和元年11月14日)、日本監査役協会は、「会計監査人非設置会社の監査役の会計監査マニュアル」(改定版)を公表した。 これは、平成25年1月に公表した「会計監査人非設置会社の監査役の会計監査マニュアル」について、その後の会計基準の開発や会社法の改正などを受けて改定するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 表紙を含めて118ページあるので、以下では主な内容について解説する。 1 監査役の会計監査の基礎 主に次の事項が記載されている。 マニュアルは、会計監査人非設置会社・監査役会非設置会社の監査役や、経理・財務経験が少ない監査役にとっても理解しやすく、役立つことを目指して作成しているとのことなので、基本的な内容を取り上げているものと考えられる。 2 会計監査の実務-チェックリスト等 ワードによるチェックリストが作成されているので、実務に資するものと考えられる。 監査役に就任時の留意事項、期初の監査、期中の監査、期末の監査、随時の留意事項についてチェックリストが示されている。 (了)
《速報解説》 金融庁、内部統制基準等の改訂を受け、 財務計算書類等の適正性確保のための体制に関する内部統制府令(案)等を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和2年1月10日、金融庁は、「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」等を公表し、意見募集を行っている。 これは、令和元年12月に、企業会計審議会から公表された「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」を受けたものである。 意見募集期間は令和2年2月10日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主な内容は次のとおりである(内部統制府令6条関係)。 関連する内部統制府令ガイドライン21-1及び「企業内容等の開示に関する内閣府令」19条(臨時報告書の記載内容等)も一部改正する。 内部統制監査報告書には、次に掲げる事項を簡潔明瞭に記載する(下記は主な内容について記載している)。 Ⅲ 適用時期等 公布の日から施行する予定である。 経過措置に注意が必要である。 (了)
《速報解説》 配偶者居住権及び配偶者敷地権が消滅した場合の譲渡所得の計算 ~令和2年度税制改正大綱~ 税理士法人トゥモローズ 代表社員 税理士 大塚 英司 1 はじめに 令和元年税制改正において新たに規定された配偶者居住権に関しては、譲渡所得の取扱いについて専門家の間でも注目が集まっていたところであるが、令和2年度税制改正大綱では、配偶者居住権及び配偶者居住権の目的となっている建物の敷地の用に供されている土地等を配偶者居住権に基づき使用する権利(以下「配偶者敷地利用権」)が消滅等した場合及び配偶者居住権の目的となっている建物又はその建物の敷地の用に供されている土地等(以下「居住建物等」)をその所有者が譲渡した場合における取得費の取扱いが示された。 配偶者は、配偶者居住権及び配偶者敷地利用権自体を譲渡することはできないが、当該配偶者居住権等の合意解除や放棄をした場合において、当該権利が消滅等したときの譲渡所得に係る取得費や、相続により居住建物等を取得した相続人が当該権利の消滅等前に当該居住建物等を譲渡した場合における取得費の取扱いについて、本大綱により明らかにされた。 2 改正の背景 配偶者居住権は、前述のとおり、その設定期間中に配偶者が放棄することや、居住建物等の所有者との間の合意による解除を行うことができる。また、所有者は、配偶者が民法に定める用法遵守義務違反を行った場合には配偶者居住権を消滅させることもできる。このような場合には、居住建物等の所有者は、配偶者居住権の期間満了を待つことなく、その対象となった土地建物に関する使用収益の享受が可能となる。 この場合において、居住建物等の所有者が配偶者から当該使用収益に相当する対価の支払いを受けなかったときの取扱いについては、先の基本通達の改正により「配偶者居住権の価額に相当する利益又は土地を配偶者居住権に基づき使用する権利の価額に相当する利益に相当する金額」の贈与とする取り扱いが明らかにされたところである(相続税法基本通達9-13の2)。 これに対して、本大綱の中では、対価の支払いがあった際には譲渡所得として課税されるものとして、その取得費の取扱いについて言及された内容となっている。 3 令和元年度改正の確認 民法(相続法)の改正に伴い、残された配偶者が住み慣れた住居で継続して生活できるよう、また、遺産分割において配偶者のその後の生活資金を確保することができるよう、配偶者居住権が創設された。 この配偶者居住権は、配偶者が相続開始の時に居住していた被相続人の財産である建物につき、終身又は一定の期間、配偶者にその建物の使用及び収益を認める権利であり、賃借権類似の法定債権である。 実際に適用される典型例としては、建物所有権は子に相続させ、配偶者が配偶者居住権を相続する場合であろう。被相続人亡き後の配偶者の居住の安定を図りつつ、配偶者居住権は所有権に比べ低く評価されることで、建物所有権を配偶者が取得する場合に比べ、金融資産を配偶者に多めに寄せることができることとなる。 令和元年度の税制改正では下記のとおり、配偶者居住権に係る相続財産の評価方法が規定された。 【建物】 イ 配偶者居住権 ロ 居住建物の所有権 建物の相続税評価額 - 配偶者居住権の価額(上記イ) 【土地】 ハ 配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用権に関する権利 土地等の相続税評価額 - 土地等の相続税評価額 × 残存年数に応じた民法の法定利率による福利現価率 ニ 居住建物の敷地の所有権等 土地等の相続税評価額 - 敷地の利用に関する権利の価額(上記ハ) ※1 建物又は土地等の相続税評価額とは、それぞれ配偶者居住権が設定されていない場合の相続税評価額とする。 ※2 残存耐用年数:所得税法に基づく耐用年数(住宅用)×1.5-築後経過年数 ※3 残存年数:(イ)又は(ロ)の年数 (イ) 配偶者居住権の残存期間が配偶者の終身の間である場合:配偶者の平均余命年数 (ロ) (イ)以外の場合:遺産分割協議等により定められた配偶者居住権の残存期間の年数(上記(イ)を上限とする。) ※4 残存耐用年数又は残存耐用年数-残存年数がマイナスとなる場合にはゼロとする。 4 令和2年税制改正大綱の内容 (1) 配偶者居住権等が消滅等をし、配偶者がその消滅等の対価として支払いを受ける金額がある場合の取得費の取扱い 取得費 = 居住建物等の取得費(※1)× 配偶者居住権等割合(※2)- 減価の額(※3) (※1) ・被相続人に係る居住建物等の取得費 ・建物については、取得の日から配偶者居住権設定時(注)までの減価の額を控除 (注) 自由民主党・公明党より公表の大綱(与党大綱)においては「その取得の日からその消滅等の日までの期間」と記載されているのに対し、閣議決定後に財務省より公表された大綱においては「その取得の日からその設定の日までの期間」と記載されているが、ロジックとして後者が正しいものと考えられる。 (※2) 配偶者居住権等割合とは、その配偶者居住権の設定時における (※3) 配偶者居住権設定時から消滅等までの期間に係る減価の額 (2) 居住建物等を取得した相続人が、配偶者居住権等の消滅前に相続により居住建物等を譲渡した場合の取得費の取扱い 取得費 = 居住建物等の取得費 - 配偶者居住権又は配偶者敷地利用権の取得費((1)の取得費) 設例 〈前提〉 ① 被相続人から引き継いだ取得費 ・建物:600(減価の額 取得日~設定日:300) ・土地:1,500 ② 建物評価額 ・配偶者居住権:100(減価の額 設定日~消滅日:50) ・建物所有権:200(減価の額 設定日~消滅日:100) ③ 土地評価額 ・配偶者敷地利用権:1,000 ・敷地所有権:2,000 ※配偶者居住権の設定時における評価金額 〈取得費〉 ① 配偶者の譲渡所得計算上の取得費 ⅰ 配偶者居住権 ⅱ 配偶者敷地利用権 ② 相続により居住用建物等を取得した相続人の取得費 ⅰ 建物所有権 600 -(300 + 50 + 100)-50(A)= 100 ⅱ 敷地所有権 1,500 - 500(B)= 1,000 (3) 適用時期 大綱上に明記はないが、配偶者居住権等の適用開始時期である令和2年4月1日と合わせて適用開始とされると考えられる。 5 収用、換地等の特例の見直し (1) 収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例 居住建物等が収用等された場合において、配偶者居住権等が消滅等をし、一定の補償金を取得したときは、収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例の適用ができることとなった。 (2) 換地処分等に伴い資産を取得した場合の課税の特例 換地処分等に伴い資産を取得した場合の課税の特例の適用対象に、第一種市街地再開事業等が施行された場合において、居住建物等に係る権利変換により施設建築物の一部等に配偶者居住権が与えられたときが加えられた。 6 今後の留意点 (1) 消滅等を対価なしで行った場合の贈与税課税 前述のとおり相続税法基本通達9-13の2における対価の支払いがない場合には、配偶者から居住建物等の所有者に対する贈与として扱われるため、居住建物等の売却時など対価を設定するか否かを含めて検討する必要がある。 (2) マイホームの3,000万円控除の適用可否 配偶者居住権等の譲渡所得の計算の中で、居住用財産の3,000万円控除をはじめとする居住用の特例の適用が可能となるか否か、今後の動向に注視する必要がある。 (了)
2020年1月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.351を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.84- 「マイナポイントを軽減税率廃止につなげよう」 東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹 東京オリンピック後の経済活性策・消費喚起策として、マイナンバーカードを取得しキャッシュレス決済で買い物した場合に、一定額のポイントが付与される「マイナポイント制度」が始まる。 カードを取得し民間のキャッシュレス決済を申し込めば、2万円の支払に対して5,000円のポイントがカードのICチップに付与されるという。 この制度の真の狙いはマイナンバーカードの取得促進だ。マイナンバー制度が導入されカードが交付されてから5年になるが、発行枚数は1,850万枚、国民の2割にも満たない状況である。政府はデジタル・ガバメントを提唱しているが、このようなカード普及率では絵に描いた餅になる。 カード普及のためには、2020年度から開始が予定されている健康保険証としての利用などカード利用のメリットを作り国民に訴えることが王道だろう。 * * * マイナポイント制度の導入で筆者が思い出すのは、「日本型軽減税率」である。もう忘れた方も多いと思われるが、2015年9月、財務省が提言した消費税逆進性対策である。 この案は、「買い物時に消費者は10%を支払うが、一定所得以下の者の飲食料支出には後から2%分を払い戻す」という内容で、軽減税率の代案である。 会計の際にマイナンバーカードを店舗の端末にかざし、カードに記載されたICチップを読み取り本人確認をしてポイントを還付、後日現金に変えて本人の口座に振り込む。マイナンバーカードを所得情報と結びつけることができるので、対象者を一定の所得以下に絞り、還付金額も一定額の範囲内にすることができる。高所得者にまで適用となる軽減税率より財源面ではるかに効果的だ。実際、低所得者に限定する財務省案の財源規模は、現行の軽減税率(1兆円の減収)に比べて3分の1程度といわれていた。 現行の消費税軽減税率は、卸段階も含めあらゆる取引段階で区分が必要だが、この案では消費段階だけなので、事業者のコスト負担ははるかに少ない。外食サービスも対象に含めていたので、イートインやテイクアウトの相違に伴う混乱は生じない。 当時は、マイナンバーカードの普及が十分ではないことや、カードをかざすとマイナンバーが漏れる可能性があるという国民のプライバシー上の不安(番号を使うわけではないのでこれは誤解)などから反対があったが、新聞業界が「還付制度では新聞は買わない」と反対したことなども、つぶれた原因だ。 * * * 今回のキャッシュレス・ポイント還元で、多くの小売店はレジを高度化した。加えて国民一人一人が持つマイナンバーと紐づけたカードにポイントを付与する制度も出来上がる。 カードが普及すれば、事業者・消費者に多大なコストをかけている軽減税率を廃止して、低所得者だけにポイントを付与する、逆進性対策が可能になる。 (了)
令和元年分 確定申告実務の留意点 【第2回】 「注意しておきたい最近の改正事項②」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 前回に引き続き、最近の改正事項のうち確定申告実務に影響のある主要な項目を取り上げる。 【1】 住宅借入金等特別控除の改正(令和元年10月以後居住開始分) 消費税率引上げによる税負担の増加を緩和するため、住宅を取得等して令和元年10月1日から令和2年12月31日までの間に居住の用に供した場合には、住宅借入金等特別控除の控除期間が3年延長され13年間となる(措法41⑬~⑰)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 改正内容の詳細については、下記拙稿をご参照いただきたい。 なお、下記国税庁ホームページに、新しい住宅借入金等特別控除額の計算明細書の様式や記載例が掲載されているので、参考にされたい。 【2】 居住用財産(空き家)の譲渡特例の拡充(平成31年4月以後譲渡分) 相続又は遺贈により取得した被相続人の居住用財産(空き家)を譲渡した場合、一定の要件を満たしていれば譲渡所得の特別控除(居住用財産の3,000万円控除の特例、以下「特例」という)の適用を受けることができる(措法35①③)。 改正前は、譲渡された空き家が、相続開始直前において被相続人の居住の用に供されていたことが要件とされていた。よって、被相続人が老人ホーム等に入所したまま相続が発生した場合には、特例の適用を受けることができなかった。 しかし、令和元年度税制改正により、平成31年4月1日以後の譲渡については、被相続人が要介護認定等を受けて老人ホーム等に入居していた場合(相続開始直前に居住していなかった場合)も、特例の対象とされた(措法35③④⑤、措令23⑥、R1改正法附則34⑥)。 ただし、老人ホーム等に入居中、次の要件を満たしていなければならない(措令23⑦)。 なお、特例の適用を受ける場合には、空き家の所在地を管轄する市区町村長から、上記①、②をはじめとする一定の要件を満たすことを証した「被相続人居住用家屋等確認書」(下記、国土交通省ホームページ参照)の交付を受け、申告書に添付する必要がある(措規18の2②二イ(3))。 【3】 仮想通貨に係る措置(令和元年分以後) 仮想通貨に係る税務上の取扱いが規定された。 (1) 評価の方法及びその選定 仮想通貨につき事業所得又は雑所得の計算上必要経費に算入する金額の算定において、算定の基礎となるその年12月31日において有する仮想通貨の価額は、仮想通貨について選定した評価の方法(「総平均法」又は「移動平均法」、評価方法を選定しなかった場合には「総平均法」)により評価した金額とされた(所法48の2①、所令119の2①、119の5①)。 評価の方法は、仮想通貨の種類ごと(例:ビットコイン、イーサリアム等)に選定しなければならない(所令119の3①)。また、評価の方法を選定する場合には、仮想通貨を新たに取得した日の属する年分の確定申告期限までに「所得税の仮想通貨の評価方法の届出書」を所轄税務署長に提出することとされている(所令119の3②)。 なお、上記の取扱いを定める法律の施行日は平成31年4月1日であり、同日の前から仮想通貨を有している場合には、令和元年分の確定申告期限(令和2年3月16日)までに届出書を提出する必要がある。 〇所得税の仮想通貨の評価方法の届出書の記載例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (出典) 国税庁ホームページ「仮想通貨に関する税務上の取扱いについて(情報)(令和元年12月20日)」 (2) 5%概算取得費の容認 売却した仮想通貨の取得価額が不明な場合等には、売却価額の5%相当額を取得価額として事業所得又は雑所得の金額を計算できることとされた(所基通48の2-4)。 【4】 控除証明書等の電子的交付(平成30年分以後) 平成30年分以後の確定申告で生命保険料控除、地震保険料控除、寄附金控除の適用を受ける場合には、書面により交付を受けた控除証明書や受領証だけでなく電磁的記録印刷書面(※)(QRコード付控除証明書等)を申告書に添付又は提示することができる(所法120③一、所令262①四~六・②、所規47の2④)。 (※) 保険会社や寄附先等から電磁的方法により交付された控除証明書や受領証を、国税庁長官の定める方法によって出力することにより作成した書面。 なお、確定申告書をe-Taxで送信する場合には、保険会社や寄附先等から電磁的方法により交付された控除証明書等を添付して提出(送信)することができる。 【5】 確定申告書の記載事項の見直し、添付書類の簡素化 (1) 確定申告書の記載事項の見直し(令和元年分以後) 年末調整を受けた納税者が確定申告書を提出する場合、年末調整で適用を受けた所得控除については、以下のとおり記載事項が見直し(簡素化)された(所法120①、122③、125④、127④、所令263①、所規47①②④、48②)。 なお、見直しに伴い、確定申告書Bの様式が一部変更されている(所得控除の部分)。 (2) 確定申告書の添付書類の簡素化 平成31年4月1日以後に確定申告書を提出する場合、次の書類は申告書に添付又は提示することを要しないこととされた(旧所法120③四、旧所令262⑤、旧措令4の2⑨⑪、25の9⑭⑮、25の11の2⑳、25の12の2㉔)。 【6】 スマートフォン等からのe-Tax送信(令和2年1月31日以後) 令和2年1月31日から、スマートフォンやタブレット(マイナンバーカード対応のもの)とマイナンバーカードを用い、確定申告書をスマートフォンやタブレットからe-Taxにより送信できるようになる。 詳細は、国税庁の下記ホームページをご参照いただきたい。 * * * 次回(最終回)は、人的控除を中心に確定申告実務において判断に迷う事項をQ&A形式でまとめる予定である。 (了)
相続空き家の特例 [一問一答] 【第45回】 「第一次相続が未分割のままで第二次相続が発生しその相続人が1人の場合」 -第一次相続が未分割のままで第二次相続が発生した場合- 税理士 大久保 昭佳 Q 本年1月にY(父)が死亡し、その際の相続人は、Z(母)及びX(子)の計2名でしたが、Yに遺言はなく、遺産分割協議を行う前、同年3月にZが続いて死亡しました。 Zが自己の居住の用に供していた家屋(昭和56年5月31日以前に建築)及びその敷地は、その全部がY名義のままでした。 この度、Zの死亡に伴い、Xは、その家屋を取り壊して更地にし、その敷地を売却することを考えています。 Zの相続開始直前までは、その家屋にZが一人で暮らしていました。この場合、Xは、「相続空き家の特例(措法35③)」を受けることができるでしょうか。 A Xはその譲渡所得のうち、Zの法定相続分である2分の1について、「相続空き家の特例」を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 被相続人の配偶者は、常に相続人となるとされ(民法第890条)、被相続人と最も深いつながりがある立場としてその相続権は尊重されることとなっています。ただ、配偶者は、通常、被相続人と年齢が近いことが多いことなどから、被相続人に係る遺産分割協議を行う前にその配偶者が死亡される場合もよくあります。 相続が発生して、相続人が複数いる場合は、遺言があれば遺言どおりに、遺言がなければ遺産分割協議によってその遺産を配分することとなりますが、その協議を行う前の遺産は、民法上、相続人全員の共有となっていて、これを「共同相続」といいます。 この「共同相続」は過渡的なものですが、遺産分割協議によりその配分が確定するまでは、その遺産の共有状態が続くこととなります。 本事例の場合にあてはめると、Yの遺産に係る分割協議が行われる前に、Zが死亡しているため、Y名義の家屋及び敷地は、ZとXの法定相続分(Zの持分:2分の1、Xの持分:2分の1)による共有による所有となります。そして、Zの死亡後に、改めてZの相続分をXが相続により取得したこととなります。 したがって、Xは、その家屋及びその敷地のうち、Yの死亡後に一人暮らしとなったZの法定相続分である2分の1について、他の要件を満たす場合には、本特例の適用を受けることができることとなります。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例13】 「従業員への慰安目的で実施する「感謝の夕べ」に要する費用の損金性」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は九州地方の政令指定都市で、食品の製造販売を行っている資本金5億円の株式会社Aで総務部長兼経理部長を務めております。わが社は一昨年に創業50周年を迎え、ここ数年は業績も堅調であったことから、昨年3月の決算期前の週末に、全従業員(子会社を含め概ね500名程度)を対象に大分県の温泉旅館を貸し切って一泊2日の「感謝の夕べ」を開催しました。 当該「感謝の夕べ」においては、「従業員こそわが社の最大の資産」という現社長の考えから、日ごろの従業員の労苦に報いるとともに、リフレッシュして翌期以後の更なる業績向上につなげる目的で、バスをチャーターして温泉旅館を訪れ、温泉につかったあと夜は山海の珍味に舌鼓を打ちながらプロの芸人によるコントやものまねのショーが執り行われました。また、翌日は旅館で朝食をとった後、バスで会社に戻り解散するというスケジュールとなりました。当日の参加者は全従業員の9割を超え、帰社後にとったアンケートの回答の多くは「仕事へのモチベーション向上につながった」と肯定的なものであったため、福利厚生を担当する総務部長としても、今回の「感謝の夕べ」は大成功であったと自負しております。 わが社においては、昨年3月期の法人税の申告に関し、上記「感謝の夕べ」に要した諸費用をすべて福利厚生費として損金算入しておりました。ところが、先日受けた税務調査で調査官は、従業員は租税特別措置法第61条の4第4項にいう「その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等」に該当し、かつ、その金額が総額約1,200万円と高額であることから、同条第3項の「通常要する費用」の範囲を超えているため、交際費等に該当するとして、全額損金不算入となる旨言い渡されました。 私は入社以来経理一筋で30年のキャリアがありますが、これまでの経験と同業者との勉強会等で得た知識から、わが社が行うような全従業員を対象とした慰安目的の「感謝の夕べ」は、まさに福利厚生費そのものであり、交際費と解する余地はないものと認識しております。また、金額が高額であることを問題としているようですが、総額は確かに1,200万円と目立つ支出といえますが、参加者1人当たりに直せば約24,000円に過ぎず、交通費を含めた一泊旅行としては比較的リーズナブルといえます。したがって、当該支出は「通常要する費用」の観点からも交際費には該当しないものと考えられますが、いかがでしょうか。 【A】 租税特別措置法第61条の4で損金算入が制限されている交際費は、従来からその隣接費用との区別が問題となってきましたが、本件のように「感謝の夕べ」のような行事に関する交際費と福利厚生費との区分を判断する際には、法人の規模や事業内容等を踏まえた上で、社会通念上福利厚生費として認められるかどうか、行事の目的、参加者の構成、規模や内容、効果、参加者1人当たりの費用等を総合的に勘案して判断することとなります。 当該基準を本件に当てはめると、従業員全体を対象に、日頃の労苦に報いるとともに、リフレッシュして翌期以後の更なる業績向上につなげる目的で行った当該行事は「専ら従業員の慰安のために行われるもの」と認定すべきものであり、また、参加者1人当たり約24,000円という金額も「通常要する費用」を超えているとは言い難いことから、「感謝の夕べ」にかかる費用は福利厚生費と解するのが妥当であると考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 交際費の意義 法人税の税務調査において、調査官と企業の担当者・税理士との間でしばしば議論となるのは、交際費と隣接費用との区分の問題である。ここではまず交際費の意義についてみておく。 法人税法(実際には租税特別措置法に規定がある)上の交際費とは、交際費・接待費・機密費その他の費用で、法人がその得意先・仕入先その他事業に関係のある者に対する接待・供応・慰安・贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいう(措法61の4④)。交際費は企業会計上、費用となるのであるが、法人の課税所得計算において、仮にその損金算入を無制限に認めると、いたずらに法人の冗費・濫費を増大・助長させる恐れがあるため、租税特別措置法で、資本金が1億円を超える法人について、原則として全額損金不算入としている(措法61の4②)。 法人における交際費の損金不算入規定は、昭和29年度の税制改正で導入された制度であるが、平成18年度の税制改正で中小法人(資本金1億円以下の一定の法人)に係る定額控除限度額制度(当初600万円が平成25年度の改正で800万円に引上げ)により要件が相当程度緩和され(措法61の4②)、さらに平成26年度の税制改正で接待飲食費の額の50%相当額までは損金に算入されることとなった(措法61の4①)(※1)。 (※1) 令和2年度税制改正では、接待飲食費の額の損金算入特例の対象法人から資本金の額等が100億円を超える法人が除外される予定である。 なお、上記接待飲食費は、専ら法人の役員、従業員又はそれらの親族に対する接待等のために支出するものは除かれるため(措法61の4④)、本件のように従業員を対象とする宿泊付きの宴会等は対象外となる。 (2) 交際費と福利厚生費との区分を巡る裁判例 交際費と隣接費用との区分を巡る問題については、これまで議論を尽くされてきた論点であり、解釈の基準も確立されているためもはや新しい論点はないとされがちであるが、最近の裁判例を見てみると必ずしもそうとはいないものもある。 そこで、以下でその内容を確認していきたい(福岡地裁平成29年4月25日判決・税資257号順号13015、TAINSコード:Z267-13015、確定)。 ① 事案の概要 本件は、養鶏事業、食肉等食料品の販売事業等を営んでいる原告が、平成20年3月期から平成24年3月期の5事業年度分の法人税に関して、 1)従業員等に対する「感謝の集い」と名付けられた行事に係る費用の一部、及び、 2)原告の工場内の下請企業の従業員に対して支給した「表彰金」と名付けられた金員に係る費用 を損金の額に算入した上で確定申告をしたところ、処分行政庁が、上記各費用につき、いずれも租税特別措置法第61条の4第3項に規定する「交際費等」に当たり、損金の額に算入することはできないとの判断に基づき、平成25年5月27日付けで平成20年3月期から平成24年3月期の5事業年度分の法人税の更正処分(再更正を含む)及び過少申告加算税の賦課決定処分を行い、さらに、平成25年9月9日付けで平成21年3月期から平成24年3月期の4事業年度の法人税の再更正処分(再々更正を含む)及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったことから、原告が本件各更正処分等の取消しを求める事案である。 なお、処分行政庁は、本件訴訟の提起後、平成28年1月27日付けで、原告に対し、本件各事業年度の「表彰金」に係る費用を「原告の工場内等において原告の「従業員とともに経常的に従事している協力会社の従業員に対する支払であること」などから、「交際費等」には該当しないと認められるとして」、それぞれ損金の額に算入するとともに、関連する事業税等の金額を調整し、所得金額及び納付すべき税額を減額する再更正処分(再々更正及び再々々更正を含む)並びに過少申告加算税を減額する変更決定処分を行っている(※2)。 (※2) なお、本件訴訟代理人の判例評釈によれば、当該減額更正の理由は、原告の主張した理由をそっくり是認したものだということから、課税庁側の課税処分が慎重さに欠けるものだったということが推認される。山本洋一郎「措置法61の4(交際費等の損金不算入)の適用の限界」『税法学』578号196頁参照。 ② 本裁判例の争点 本件各福利厚生費は租税特別措置法第61条の4第1項の「交際費等」に該当するのか。具体的には、 の2点である。 ③ 裁判所の判断 〈交際費課税の趣旨〉 〈交際費と福利厚生費との区別〉 〈「感謝の集い」の損金性〉 (3) 福利厚生費と交際費の区分を巡る学説 福利厚生費と交際費の区分については、交際費等から除外される、、、、、「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」の解釈が問題となるが、特に交際費等の支出の相手方に自社の従業員が含まれるかどうか(「除外規定」の解釈)を巡る学説としては、2つの見解がある。 1つは、役員や一部の従業員に対してのみ行った支出を交際費等とし、全従業員を対象とした慰安費用は福利厚生費として交際費等には該当しないというものである(確認的規定説(※3))。もう1つは、支出の相手方には従業員を含み、従業員に対する慰安費用は交際費等に該当する可能性があることに照らし、除外規定は、当該支出が通常要する費用であれば、交際費等から除外されることを定めた創設的規定であるとするものである(創設的規定説(※4))。 (※3) 宮本十至子「従業員等に対する「感謝の集い」の交際費等該当性」『最新租税基本判例70』(日本税務研究センター・2019年)157頁。 (※4) 宮本前掲(※3)評釈157頁。 上記(2)の裁判例で裁判所は、「措置法61条の4第3項が、「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」について、損金不算入の取扱いを受ける「交際費等」から除外したのは(中略)、従業員も「事業に関係のある者等」に含まれ、交際費の支出の相手方となるものの、専ら従業員の慰労のために行われる諸活動のために「通常要する費用」は、従業員の福利厚生費として法人が負担するのが相当であり、その全額につき損金算入を認めても法人の冗費・濫費抑制等の目的に反しないからであると解される」と判示しており、支出の相手方には従業員を含む「創設的規定説」を採用しているものと考えられる。これは、例えば措置法通達61の4(1)-22で交際費等の支出の相手方には「当該法人の役員、従業員、株主等も含むことに留意する」としている課税実務とも整合的である。 (4) 裁判例の評価 その上で、当該「感謝の集い」に係る費用が社会通念上福利厚生費として認められる程度(通常要する費用)を超えて交際費等に該当するか否かについて、裁判所は、「交際費等の損金不算入制度の趣旨及び目的に鑑み、当該法人の規模や事業状況等を踏まえた上で、当該行事の目的、参加者の構成(すなわち、従業員の全員参加を予定したものか否か)、開催頻度、規模及び内容、効果、参加者1人当たりの費用額等を総合して判断するのが相当である」という判断基準を示している。すなわち、「通常要する費用」は社会通念で判断され、それは社会的経済的情勢の変化とともに変わり得る(※5)ことを意味すると考えられる。 (※5) 交際費課税に係る近年の税制改正は、交際費課税の消費抑制的効果を緩和するものであり、その意味でも本件裁判例は改正動向と整合的であると評価できる。宮本前掲(※3)評釈157頁参照。 本裁判例の場合、以下のように各要素を精緻に検討して福利厚生費に該当すると判断したことになる。 〇福岡地裁平成29年4月25日判決の判断要素とその内容 上記①~⑥のいずれの要素をとってみても、社会通念上、「通常要する費用」の範囲を超えるものはないことから、交際費等ではなく福利厚生費として損金算入されるべき支出と判断されたこととなる。今後の実務においても個別事例の解釈例として(※6)参考になる裁判例といえよう。 (※6) 宮本前掲(※3)評釈157頁。 (5) 本件への当てはめ 上記(4)の判断要素を本件に適用してみると以下の表の通りとなり、いずれの要素をとってみても、社会通念上、「通常要する費用」の範囲を超えるものはないことから、交際費等ではなく福利厚生費として損金算入されるべき支出と判断されるだろう。 〇本件の判断要素とその内容 本件の「感謝の夕べ」のような行事に関する交際費と福利厚生費との区分を判断する際には、法人の規模や事業内容等を踏まえた上で、社会通念上福利厚生費として認められるかどうか、行事の目的、参加者の構成、規模や内容、効果、参加者1人当たりの費用等を総合的に勘案して判断することとなる。 当該基準を本件に当てはめると、従業員全体を対象に、日頃の労苦に報いるとともに、リフレッシュして翌期以後の更なる業績向上につなげる目的で行った当該行事は「専ら従業員の慰安のために行われるもの」と認定すべきものであり、また、参加者1人当たり約24,000円という金額も「通常要する費用」を超えているとは言い難いことから、「感謝の夕べ」にかかる費用は福利厚生費と解するのが妥当であると考えられる。 (了)