〔資産税を専門にする税理士が身に着けたい〕 税法や通達以外の実務知識 【第1回】 「土地の地積について」 税理士 笹岡 宏保 基本的な論点 土地の評価は、「単位×数量(地積)」により求められるものです。 この場合の「地積」は、評価実務においては何を基に算定することになるのでしょうか。土地の登記簿謄本上の地積(公簿地積)を使用すれば、それで良いのでしょうか。 これらの論点を実務上の目線から検討してみることにします。 解決への指針 (1) 評価実務における「地積」の考え方 財産評価基本通達(以下「評価通達」といいます)8(地積)の定めでは、「地積は、課税時期における実際の面積による」とされています。 ここで注目しておきたいのが、「実際の面積」と表現されていることで、「実測による面積」とは表現されていない点です。 この2つの用語の差異について、評価通達には注書き等による解説は示されていませんが、国税庁ホームページ上で公開されている質疑応答事例では「実際の地積」によることの意義について、要旨次の通りの考え方が示されています。 (※) 国税庁・質疑応答事例「「実際の地積」によることの意義」より そうすると、次に掲げるような土地については、実測による地積が容易に確認できると考えられますので、評価通達8に定める実際の面積は、実測による地積と一致すると認識する必要があるものと考えられます。 (2) 地積を把握するために必要な資料 上記(1)を受けて、評価通達8(地積)に定める実際の面積を確認するための資料として、土地関係の資料として法務局に備えられており収集が可能とされる主な資料として、次の①から③に掲げるものが挙げられます。これらの資料の差異は主に、地図又は図面の精度の差異によるものとなります。 ① 不動産登記法第14条に規定する地図(通称:14条地図) 不動産登記法に規定する地図に該当するためには、三角点(国土地理院が確定させる国家基準点)を基礎にして測量法の諸規定によって境界を測定した一定水準の精度を担保しているものであることが必要とされています。 この地図は、不動産登記法第14条に規定されていることから、通称として「14条地図」と呼称されています。この14条地図をさらに区分すると、次の3つになります。 ② 公図(地図に準ずる図面) 地図に準ずる図面とは、土地の区画を明確にした不動産登記法所定の地図(14条地図)が備え付けられるまでの間、これに代わるものとして備え付けられている図面で、土地の位置及び形状の概略を記載したものをいい、通称、これを「公図」と呼称しています。 この地図に準ずる図面をさらに区分すると、次の3つになります。 ③ 地積測量図 地積測量図とは、地積の変更(例として、地積更正登記を行う場合)や分筆(分筆登記を行う場合)に当たって、新たな地積を記載して登記申請を行うための添付資料として法務局へ提出することが義務化されている図面をいいます。 (注) 地積測量図面であっても、製作年度が古いものは正確性を担保していると認定できないものもありますので、留意する必要があります。すなわち、昭和53年12月31日までは地積測量図の作成に当たって、隣地所有者の立会制度の規定がなかったこともあり、このような状況下で作成された地積測量図の正確性を巡って、後日、トラブルになる事例も少なくなかったようです。 (了)
日本の企業税制 【第36回】 「いわゆる『103万円の壁』の引上げがもたらす影響について」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 一昨年の政府税制調査会による「働き方の選択に対して中立的な税制の構築をはじめとする個人所得課税改革に関する論点整理(第一次レポート)」で、配偶者控除の見直しに関する選択肢が示されて以来、配偶者控除の存廃も含めた議論が注目されてきたが、平成29年度税制改正においては、配偶者控除制度自体は存続させる一方、いわゆる「103万円の壁」について、金額の引上げが検討される方向にあると報じられている。 平成29年度税制改正の議論は、政府与党ともこれからが本番であり、結論はそれを見なければわからないが、仮に報道のような方向で進むとすればどのような課題があるか考えてみたい。 ◆ ◆ ◆ 現行制度では、一方の配偶者の収入が給与である場合に、その給与収入額が一定額を超えると、その配偶者自らが納税者となるのみならず、他方の配偶者の所得について配偶者控除の適用を受けられなくなる。その一定額とは、38万円と給与所得控除の下限額(65万円)とを合計した金額103万円であり(所法83、2①三十三)、これを称して、「103万円の壁」といわれている。 103万円を引き上げるとなると、その構成要素である38万円を引き上げるか、給与所得控除の下限額(65万円)を引き上げるかのいずれか(あるいは両方)の方法をとることとなる。 このうち38万円の引上げは、仮に基礎控除額(38万円)と連動することとなると、全ての納税者の課税所得を減少させることとなり、相当の減税規模となることが見込まれる。もっとも、「控除対象配偶者」の要件となる38万円については、沿革的には、必ずしも基礎控除の金額と一致するものではなく、昭和56年度改正において22万円から引き上げる際、当時の基礎控除額(29万円)を超えるのは、税制として不合理であり、基礎控除額と同額が限度であるということで、基礎控除額と同額の29万円とされて以来、一致しているにすぎない。基礎控除額を超えてもよいとする説明ができるかが問われよう。 一方、給与所得控除の下限額の引上げは、一定の給与収入の層にのみ減税効果が生じることとなる(もっとも、給与所得控除の構造の変更があれば、他の層にも影響が生じることになる)。 基礎控除を引き上げる場合は、単純に金額をプラスすればよいが、給与所得控除の下限額を引き上げる場合には、金額をプラスするだけでは不具合が生じるおそれがある。 平成29年分の給与所得控除の構造は次のとおりである。 なお、給与所得控除の下限額は平成元年に65万円に改正されて以来、変更されていない。昭和48年までは、定額控除(16万円)と定率控除の組み合わせであったところ、昭和49年から両者を統合し、下限額(当初は50万円)が創設された。その後、下限額は、昭和59年に57万円、平成元年に65万円に引き上げられ、現在に至っている。 昭和59年の引上げに際しては、当時の政府税制調査会の昭和58年の中期答申において、 として、 とした。 この中期答申を踏まえて、給与所得控除の最低控除額を55万円に引き上げる改正となったのだが、昭和59年度予算の衆議院予算委員会での審議の過程で、野党側からパート収入限度額の一層の引上げが強く主張され、与野党折衝の結果、2万円が議員立法によって上乗せされたという経緯がある。 前述の図表に当てはめると、控除率40%が適用されるクラスの控除額の最高額は72万円、30%のクラスは126万円、20%のクラスは186万円、あとは10%で上限の220万円である。 現行の下限額65万円を引き上げる場合、72万円までであれば、現行の定率控除の構造を変更する必要はないが、72万円を超えると、40%を適用するクラスが消滅し、いきなり30%のクラスからスタートすることが考えられる。 現行、30%のクラスが給与所得360万円までということとなっているが、40%のクラスが消滅した場合、その影響で、30%のクラスの控除額の最高額は108万円となる(現行より18万円減少)可能性がある。 ◆ ◆ ◆ このように、給与所得控除の下限額を変更すると、定率控除の構造自体に影響を及ぼすおそれがあり、それに伴う増減税が生じることから、改正には注意が必要となる。 (了)
「中小企業等経営強化法」の成立について ~中小企業を支援する新たな枠組みの導入へ~ 【前編】 佐伯 徳彦 (※1) 平成28年5月24日の衆議院本会議において、「中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律の一部を改正する法律」が可決・成立し、6月3日に公布、7月1日に施行した(※2)。 本改正により、法律の名称は「中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律」から「中小企業等経営強化法」へと改題され、「事業分野別指針」(法12)、「経営力向上計画」(法13~14)、「事業分野別経営力向上推進機関」(法26~30)が新設され、支援措置についても拡充された。また、附則において、地方税法を改正し、固定資産税の軽減措置が導入された(※3)。 この改正により、生産性向上に向けた情報の流路を確保しつつ、中小企業者等による生産性向上に取り組む活動を支援する枠組みが設けられた。 なお、本法は、平成28年3月4日の閣議決定以前に、1月22日安倍総理の施政方針演説において「中小企業版の「競争力強化法」」として言及されたものである(※4)。 本稿では、法律の改正の背景や目的を説明させて頂く。 (※1) 中小企業庁事業環境部企画課長補佐(総括)。今回の法改正については、非常に多くの方々から御知見・御示唆・御協力・御理解を頂いた。改めて感謝申し上げたい。 (※2) 平成28年3月4日に閣議決定された。参議院先議として、参議院経済産業委員会に4月4日付託され、5日提案理由説明、14日に可決、15日に参議院本会議において全会一致で可決され、衆議院へ送付された。衆議院経済産業委員会に5月12日に付託され、13日提案理由説明、20日に可決され、24日の衆議院本会議において全会一致で可決され、成立した。 (※3) 法律の概要、申請書等の法律に関する資料については、中小企業庁HPを参照して頂きたい。また、具体的な申請の方法については、「-中小企業等経営強化法- 経営力向上計画策定・活用の手引き」を御活用して頂きたい。なお、電話相談窓口として、「経営力向上計画相談窓口」を設けている。電話番号は、03-3501-1957(平日9:00-12:00、13:00-17:00)となるので、御不明の点があれば積極的に御利用頂きたい。 (※4) 今回の法改正は、「第百九十回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説」(平成28年1月22日)において、「中小企業版の「競争力強化法」を制定します。海外も視野に入れた営業活動、高度な経営管理、そのための人材育成を支援します。生産性を高める設備投資については、固定資産税を3年間半減する、大胆な減税を行います。」として言及されている。詳しくは、首相官邸HPを参照頂きたい。 Ⅰ 「中小企業等経営強化法」への改正の背景 1 法改正の背景(※5) まず、今回の法律改正の背景について説明させて頂く。 一言で申し上げれば、「中小企業の稼ぐ力」の強化に貢献させて頂きたい、ということである。中小企業の生産性は大企業と比べて、2分の1程度となっており、その格差が拡がっている。 〈従業員一人あたり付加価値額の推移〉 (出典) 財務省 法人企業統計年報 現在、「成長と分配の好循環」が主要な政策課題として対策が進められている。「分配」はいわば給与や賃金を意味している。中小企業は雇用の7割を占めているため、中小企業において継続的に賃上げが実現できなければ、GDPの約6割を占める個人消費の刺激を図ることは難しい。賃金引上げのためには、中小企業の生産性が高められ、収益力向上が担保できなければ、その実現は難しい。 そこで、中小企業の生産性や収益力を正面から捉えた仕組みが必要であると考えた。産業構造も、サービス産業化の波によって、大きく変わっている。サービス産業は、雇用の7割を支え、地方では、飲食業や医療や介護が主要な産業となっている。一般的に、海外と比べても生産性が低い状況にあるため、いかに「稼ぐ力」を高められるかが問題となる。 また、間接的な効果ではあるが、事業承継にも効果があると考えている。現在、経営者の平均年齢が60歳になっており(※6)、今後、経営者の方々の引退が進むことが予想される。事業承継が計画的に進まなければ、企業をたたむ必要があるため、ヒト・モノ・カネの集合対である経営資産を無意味に散逸することになりかねない。そのためには、承継する事業そのものの将来性が見える必要がある。そこで、収益性を高めるきっかけとなることを期待しているところである。 (※5) 本法案の策定にあたり、中小企業政策審議会に「基本問題小委員会」を設置して、専門家の視点から、検討を行って頂いた。委員長である一橋大学副学長の沼上幹氏を含め、委員各位、プレゼンテーションを行って頂いた関係者に感謝申し上げたい。各会の資料については、経済産業省HPを参照されたい。 (※6) 帝国データバンク「2015年全国社長分析」(2015年)による。 2 基本的な発想 ① 法律の改題 今回の法律改正により、「中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律」は「中小企業等経営強化法」へと改題された。旧法では、「創業」、「経営革新」、「異分野連携新事業分野開拓」、「新技術を利用した事業活動」など、「新たな事業活動」の促進が念頭に置かれていた。 一方、今回新設する「経営力向上計画」は、各中小企業が稼ぐ中心となっている本業を念頭に置きつつ、その生産性を高めることを目標としており、必ずしも「新たな事業活動」そのものを目標としている訳ではない。このため、改題することになった。 ② 中小企業に閉じない支援の枠組み また、中小企業が単独では生産性向上が実現できない場合や、業種によっては担い手の多様化に伴い、中小企業以外の主体が活躍されている場合がある。そこで、支援対象を中小企業から拡大することとした。 ③ ガイドラインと支援措置の連結 今回の法改正は、サービス業の方々を支援させて頂けるように制度設計を行っている。サービス業の方々は、製造業や卸売業とは異なり、本業の収益力の向上に関心があり、「新たな事業活動」への関心は相対的に低い(※7)。 〈企業が重視している経営戦略〉 (それぞれについて重視していると回答した割合、単位:%) (出典) 公益財団法人全国中小企業取引振興協会「中小企業・小規模事業者の経営課題に関するアンケート調査」(2016年1月実施) このため、新たな事業活動を促進するのではなく、収益の見える化、技能者の人材育成、IT投資の促進などを通じて、本業のマネジメントの方法を指針やガイドラインとして示すことが有効ではないかと考えた。 また、サービス業では、企業間の生産性格差が大きく、また、相対的に産業間の生産性も大きい(※8)。生産性の高い事例を基礎に業種ごとにガイドラインを策定して普及するメカニズムを構築することが有意義ではないかと考えた。 さらに、全国382万の企業の方々に関心を持って頂く観点からも、業種ごとに整理されている方が、より「自分事」として取り組んで頂けるきっかけになるのではないかと考えた。これに加えて、ガイドラインと支援措置を紐づけることも重要であると考えた。 (※7) 中小企業政策審議会第5回基本問題小委員会資料のうち「資料5 経営力向上の具体化に向けて」のp.3を参照頂きたい。 (※8) 森川正之「サービス産業の生産性分析」(2014年)p.42-43 ④ 「主務大臣」をどうするか サービス業の多くは経済産業省の所掌には属しておらず、他省庁の所管となっている。中小企業庁は全業種の中小企業について政策を一手に引き受けて立案する立場にあるものの、あくまで経済産業省の外局として位置づけられている。 企業は規制を持っている省庁の動向を踏まえて、自社の立ち位置を決定する傾向があるので、経済産業省がサービス業の多く企業に働きかけるのはなかなか難しいようにも思われた。 そこで、今回の法律のスキームでは、思い切って、経済産業省に閉じず、オール霞ヶ関として、各省の協力を頂くことにした。このため、各省自らが所管する業種について、稼ぎ方の指針(事業分野別指針)を作成し、認定を行うことになっている。 ⑤ 生産性向上を広めるための仕組み 生産性向上に向けた取り組みを拡大するためには、業種ごとのガイドラインについて、産業界からのコミットメントを得て策定し、見直しを行った方が、産業界を通じて個別の中小企業者への周知が行われやすいのではないかと考え、後に説明する「事業分野別経営力向上推進機関」を新設することにした。 また、既に法律上設けられている経営革新等支援機関においても、個別の中小企業者等の方々に対する指導助言に加えて、計画策定を中小企業者等に対して推奨して頂くことにした。 〈スキーム図〉 Ⅱ 適用の範囲~「中小企業者等」へと拡大 1 背景 今回の法律改正では、新設する「経営力向上計画」の認定対象を中小企業者以外についても拡大する。具体的には、①中堅企業、②非営利活動に従事する法人を想定しているところである。 まず、①中堅企業の導入の背景として、中堅企業は、地域の中核企業として活動し、多くの中小企業との取引を有する存在であること、また、集客力の源泉として存在し、周囲の中小商業サービス業と顧客を分け合う存在であることがある。こうした場合、中堅企業が廃業すれば周囲の中小企業の存立が危うくなることから、生産性向上支援の対象とすることとした。 もう一つの観点として、中小企業が「卒業」する場合においても、一定の範囲において支援を継続的に受けられるように確保し、中小企業の定義そのものが中小企業の成長を止めることのないように配慮を行った。 中堅企業の具体的な規模は、中小企業等経営強化法施行令第2条第1項及び第3項に基づき、資本金10億円以下又は従業員数2,000人以下の法人としており、いずれかを下回れば中堅企業となる。 また、②非営利活動に従事する法人を追加している。そもそも中小企業は、「会社及び個人」として定義されている(例えば、中小企業基本法第2条第1項)。会社は「営利性」を前提としており、構成員への配当を予定している法人が対象となる。このため、非営利活動に従事する法人については、中小企業にはならず個別立法により手当してきているところである。 新設する「経営力向上計画」では、サービス業を幅広く扱うことを予定しているため、中小企業等経営強化法施行令第2条第2項及び第4項に基づき、医業・歯科医業を主たる事業とする法人、社会福祉法人、特定非営利活動法人を対象としている。 2 支援措置との関係 これらの主体は、一般的には中小企業者向けの措置は受けられない。中小企業等経営強化法に基づく措置としては、独立行政法人中小企業基盤整備機構による債務保証(法19)や食品流通構造改善促進法の例外措置による債務保証(法20)が受けられる。また、中小企業等経営強化法には規定されていないものの、商工組合中央金庫では、自主的な措置として、計画認定取得者に対して、金利の引下げや申請期間の短縮化を行っている。 Ⅲ 事業分野別指針 1 背景 今回の法改正において「事業分野別指針」を新設した(法12)。「事業分野別指針」は、一言でいえば「稼ぎ方のガイドライン」である。業種ごとの特性を踏まえつつ、中小企業の経営のマネジメント手法を分かりやすく導入することを目的としている。 現在(平成28年7月30日)、製造業、卸・小売業、外食・中食、旅館業、医療、保育、介護、障害福祉、貨物自動車運送業、船舶、自動車整備の11分野において策定が行われている(※9)。 (※9) 事業分野別指針についても、中小企業庁HPを御覧下さい。 2 基本的発想 「事業分野別指針」は、中小企業者等が「経営力向上計画」を策定する際に、利用して頂くことを想定している。また、経営革新等支援機関が、中小企業者等に対してコンサルティング活動を行う際に、1つの素材として利用されることも期待したい。 事業分野別指針の構成としては、製造業の指針を例にとると、「現状認識」、「経営力向上の実施方法に関する事項」、「経営力向上の内容に関する事項」、「海外において経営力向上に係る事業が行われる場合における国内の事業基盤の維持その他経営力向上の促進に当たって配慮すべき事項」、「事業分野別経営力向上推進業務に関する事項」に分かれている。 この中で、「経営力向上の内容に関する事項」が、生産性向上に係る取組がまさに記載されている部分となる。 また、申請に当たっては、事業規模ごとに、申請にあたって記載して頂くべき内容について、配慮を設けている。 「事業分野別指針」は、告示の形式で定めているため、定めている内容について分かりにくいところがある、との指摘も頂いている。参考資料として事例を追加していくことを予定している。 3 法における規定ぶり 「事業分野別指針」は、主務大臣(業種を所管する事業所管大臣)が必要と認めた場合に策定することができる(法12Ⅰ)。また、事業者を取り巻く環境の変化などが踏まえて見直すことになっている(同Ⅲ)。さらに、事業分野別指針の普及啓発や研修を行う組織として、事業分野別経営力向上推進機関を予定している(法26Ⅱ①)。 (後編(10/27公開)へ続く)
相続税の実務問答 【第4回】 「「相続の開始があったことを知った日」の判定」 税理士 梶野 研二 [答] 相続税の納税義務のある者は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内に相続税の申告書を提出しなければなりません。 あなたが、お父様のお亡くなりになったことを知った日が平成28年8月8日であるとすれば、あなたの相続税の申告期限は平成29年6月8日になります。 お兄様が、お父様の相続開始を知ったのが平成28年2月2日であるとすれば、お兄様の申告期限は平成28年12月2日となりますので、それぞれの申告期限は異なることとなります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続税の申告 人が亡くなると、その者の財産は、直ちに相続人が取得することになります(民法896)。また、遺言がある場合には、原則として、遺言者の死亡の時にその効力が生じることとなります(民法985①)。 相続や遺贈により財産を取得した者は、被相続人から相続や遺贈により財産を取得したすべての者の相続税の課税価格(相続や遺贈により取得した財産の価額から、債務・葬式費用を控除し、一定の生前贈与財産の価額を加算した金額)の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合において、その者の相続税額が算出されることとなるときは、その者が被相続人の相続の開始を知った日の翌日から10月以内に相続税の申告書を提出しなければならないこととされています(相法27①)。 2 「相続の開始があったことを知った日」とは 相続税の申告書の提出期限の起算日が、「相続の開始があったことを知った日の翌日」とされていることから、相続税の課税実務上、「相続の開始があったことを知った日」を明らかにする必要があります。 相続税の申告書の提出期限内に申告書の提出がなされなかった場合には、農地等に係る相続税の納税猶予制度(措法70の6)等の特例措置の適用ができなくなったり、無申告加算税が賦課されるなどの不利益を受けることとなりますので、相続税の申告書が提出されていない場合や、相続税の申告書の提出日が相続の開始の日の翌日から10ヶ月を過ぎた後となる場合には、「相続の開始があったことを知った日」の判定は重要なものとなります。 「相続の開始があったことを知った日」とは、相続人や受遺者が、自己のために相続の開始があったことを知った日をいうものと解されています。相続が開始した被相続人に相続人や受遺者が2名以上いる場合には、各相続人や受遺者ごとに「相続の開始があったことを知った日」が異なることもありえます。このため、同一の被相続人に係る相続税の申告を相続人や受遺者が共同して提出する場合に、そのうちの一部の者は期限内申告となり、残りの者は期限後申告となることがありえます。 交通通信手段の発達した現在では、通常は、相続が開始すると、その相続人は、直ちに相続の開始があったことを知ることとなるでしょう。そのため、特段の事情が認められない限り、相続開始日を相続開始があったことを知った日として取り扱うことで、特に問題となることはないと思います。 しかしながら、何らかの事情があり、相続の開始があったことを、その直後に知ることができないこともありえます。このような場合には、その納税者について個別的に「相続の開始があったことを知った日」についての判断をしなければなりません。 3 「相続の開始があったことを知った日」の具体的判断 (1) 「相続の開始があったことを知った日」の判定が問題となる事例 相続開始日に、相続の開始があったことを知ることができない例として、相続開始が深夜であったために、相続開始を知ったのが翌日になってしまったようなケースのほか、やや特殊な事例として、次のようなケースが考えられます。 これらのケースでは、実際に、相続の開始があったことを相続人等が知った日が問題になります。事実関係を問われた場合には、しっかりと説明する必要があるでしょう。 なお、②のケースでは、法定代理人(後見人)が選任されている場合には、その法定代理人が相続の開始があったことを知った日が、本人にとっても相続の開始があったことを知った日となります。 (2) 質問の場合 ご質問の場合、8月8日まで、あなたは、お父様の相続の開始を知らなかったとのことですから、お父様の相続の開始の日から約半年を過ぎていたとしても、その日があなたにとって「相続の開始があったことを知った日」となります。 お兄様の申告期限である12月2日までに、相続税の申告書を共同して提出する場合は問題ないですが、仮に、同日までに相続税の申告書を提出しなかったとしても、相続の開始があったことを知った日(平成28年8月8日)の翌日から起算して10ヶ月を経過する平成29年6月8日までにあなたが相続税の申告書を提出すれば、その申告書は、期限内申告書となります。 (了)
「更正の予知」の実務と 平成28年度税制改正 【第5回】 (最終回) 税理士 谷口 勝司 9 書面添付制度における意見聴取 税理士法第33条の2に規定する書面添付制度は、税理士又は税理士法人が自ら作成した申告書等について、その申告書作成に関して、計算・整理し、又は相談に応じた事項等を記載した書面を、当該申告書に添付することができる、というものである。 書面添付制度は、税理士等が作成した申告書について、それが税務の専門家の立場からどのように調製されたかを明らかにすることにより正確な申告書の作成及び提出に資するとともに、国税当局が税務の専門家である税理士等の立場をより尊重し、税務執行の一層の円滑化・簡素化に資するとの趣旨によるものと理解されている。そして、国税当局及び税理士会双方の立場から、この制度の普及・定着が図られている。 納税者に対して実地の調査を行う場合には原則事前通知が行われるが(通則法74の9①)、この書面添付がなされた申告書を提出した納税者に対して事前通知を行う場合には、その事前通知を行う前に、国税当局は、書面を添付した税理士に対して意見を述べる機会を与えること(意見聴取を行うこと)が法律上義務付けられている(税理士法35①)。 意見聴取は、調査を行うかどうかを判断する前に、その疑問点を解明する等の目的で行われ、この意見聴取の質疑等によって申告誤り等が判明し修正申告書が提出された場合には、その提出は更正があるべきことを予知してされたものには該当せず、加算税は賦課されない(平成21年4月1日付課法4-11ほか「法人課税部門における書面添付制度の運用に当たっての基本的な考え方及び事務手続等について(事務運営指針)」第2章第2節の3参照)。 申告書に計算誤りや税法適用誤り等があると思われる場合、実際の意見聴取においては、自発的な見直しや確認を要請する形(行政指導の1つとして)で行われている。また、意見聴取は事前通知の前に行われる手続であって、その位置付けとしては、少なくとも調査手続ではない(意見聴取の結果、実地の調査に移行しないこともあり得る)ことが明らかである。 このため、意見聴取によって修正申告書が提出された場合、更正の予知がないもの(納税者の自発的なもの)となり、加算税は賦課されないことになる。 10 主張立証責任 一般に、課税訴訟においては、主張立証責任は国税当局側にあると解されている。更正処分を例にとると、所得金額・税額の基礎となった収入、経費等の要件事実について国税当局側が立証できなければ、更正処分は取り消されることになる。加算税の賦課決定処分も同様である。 しかし、「更正の予知がなかった」ことの主張立証責任は、納税者側にあると解されている。過少申告加算税は追加本税額があればいわば当然に賦課されるものであるから、例外的な免除規定(納税者側に有利な規定)である更正の予知がなかったことの主張立証責任は納税者側にある、という考え方である。詳しくは述べないが、この点は、実務上留意しておきたい。 (連載了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第19回】 「10年退職金事件」 ~最判昭和58年12月6日(集民140号589頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第38回】 「原契約が課税物件表の複数の号に該当した場合の変更契約書」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は清掃会社です。A社との間で清掃に関する基本契約を結んでいますが、今回、月額保守料の改定に伴い覚書を作成することとなりました。原契約の基本契約書は、第2号文書(請負に関する契約書)と第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)に該当し、契約金額が計算できないことから、第7号文書として4,000円の印紙税を納付していますが、覚書も第7号文書となるのでしょうか。 参考:原契約 覚書は原契約で定めた月額清掃料の変更であり、第2号文書と第7号文書の重要な事項を変更する文書に該当する。この場合、月額清掃料のほかに契約期間の記載があることにより、記載金額の計算ができるため、第2号文書に該当する。 [検討] 第2号文書と第7号文書に該当し、その重要な事項を変更する契約書 原契約が複数の号に該当していた場合、重要な事項を変更する契約書の所属の決定については以下のとおりである(基通第17条)。 第2号文書と第7号文書に該当した場合、通則3のイの規定を図示すると下記のとおりであり、原則は第2号文書に該当するが、契約金額の記載のない場合は第7号文書に該当する。事例の場合は、契約金額の記載があるため第2号文書に該当する。 ▷ まとめ (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q16】 「私募外国株式投資信託の収益分配金の取扱い」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 税法上、公募でなく、かつ、金融商品取引所等に上場等もされていない株式投資信託は、租税特別措置法第37条の10第1項に規定する「一般株式等」に分類されます。これは、株式投資信託が外国投資信託(キーワード参照)の場合も同様です。 (1) 源泉所得税 国外で発行された私募かつ非上場の株式投資信託の収益分配金を日本における支払の取扱者(【Q4】のキーワード参照)を通じて支払を受ける場合は、支払を受けるべき金額(外国税額が課されている場合は控除後の金額)に対して20.42%(所得税及び復興特別所得税)の税率にて源泉所得税が課されます(これを「水際源泉徴収」といいます)。この源泉所得税は、下記(2)の申告所得税から控除することができます。 (2) 申告の有無 私募かつ非上場の株式投資信託の収益分配金については、一般株式等の配当所得に該当するため、原則として申告が必要であり、配当所得として、総合課税の対象となります。上場株式等の配当所得等に係る申告分離課税の適用はありません。 なお、特例として、国内における支払の取扱者から1回に交付を受けるべき金額が次の金額以下の場合は、所得税の確定申告を要しません。 外国投資信託の収益分配金については、配当控除の適用はありません。 (3) 他の所得との損益通算 一般株式等の配当所得に該当するため、株式等(一般・上場共に)の譲渡所得等との損益通算はできません。 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第25回】 「私法上の法律構成による否認論②」 公認会計士 佐藤 信祐 本稿では、アルゼ事件について解説を行う。本事件の争点は、①本件消費税更正処分及び決定処分の取消請求に係る訴えは審査請求を欠く違法な訴えであるか、②株式会社Bからメイン基板を購入して、これを売却するという本件取引を行った主体は、原告であるのか、米国法人Dであるのかの2つであるが、本稿では、後者のみについて解説を行うこととする。 2 アルゼ事件(東京高裁平成15年1月29日判決・税資253号〔順号9271〕) (1) 事実の概要 本事件は、原告が株式会社Bからパチスロ機のメイン基板を1枚当たり1万4,000円で購入して、株式会社Cに対してこれを1枚当たり8万円で販売する取引を行って所得を得ていたにもかかわらず、米国法人Dがこれを行っていたかのように仮装し、同取引によって得た所得等を申告していなかったとして、原告に対し、法人税、消費税及び地方消費税の更正処分並びにそれらの重加算税賦課決定処分を行ったところ、原告が、上記の取引を行っていた者は、原告ではなく、上記の米国法人であると主張して、被告に対し、上記各処分の取消しを求めた事件である。 (2) 第一審(東京地裁平成14年4月24日判決・税資252号〔順号9115〕) (3) 控訴審 (4) 評釈 このように、第一審でも、控訴審でも、納税者側の主張が認められた。また、第一審において、国側は、以下の理由により仮装行為であると主張していたが、いずれも裁判所には認められなかった。 さらに控訴審でも、以下の理由により仮装行為であると主張していたが、いずれも裁判所には認められなかった。 本事件では、仮装行為であると認定する必要があったわけであるから、そのための証拠を課税庁が積み重ねる必要があるものの、裁判所が認めるに足りるものではなかった。また、控訴審では、疑問や不自然さを認定しながらも、以下の点を理由として、経済合理性がある取引であり、かつ、租税回避の動機も認められないとしている。 このように、本事件では、不自然さがあるとしても、それだけでは仮装行為と認定することができなかったため、納税者が勝訴した事件であるということが言える。 次回では、公正証書贈与事件及び航空機リース事件について解説を行う予定である。 (了)
ストック・オプション会計を学ぶ 【第1回】 「ストック・オプションを巡る最近の動向」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 企業会計基準委員会が「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号。以下「ストック・オプション会計基準」という)を公表したのは平成17年12月27日であり、実務上、多くの会社がストック・オプションを利用している。 下記の「Ⅲ 株式報酬を巡る最近の動向」で述べるように、最近、株式報酬に関して様々な動きがあることから、本シリーズでは、基本的なストック・オプションの会計処理及び開示について解説を行う。 実際のストック・オプションの導入に際しては、会社法や税法等における取扱いについても検討する必要があるが、本シリーズでは特に取り扱わないので、自社の制度設計を行う場合には、これらについても十分に検討を行っていただきたい。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ ストック・オプションとは ストック・オプション会計基準2項(2)は、ストック・オプションを、自社株式オプションのうち、特に企業がその「従業員等」(ストック・オプション会計基準2項(3))に、「報酬」(ストック・オプション会計基準2項(4))として付与するものをいうと定義している。 このため、ストック・オプション会計基準の対象となるのかどうかについては、次の用語の定義も重要となってくる(ストック・オプション会計基準2項)。 Ⅲ 株式報酬を巡る最近の動向 1 コーポレートガバナンス・コード 「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」(2015年6月1日、株式会社東京証券取引所)では、次のことが述べられており、今後、株式による役員報酬の増加が見込まれるところである。 2 リストリクテッド・ストック 平成28年4月28日には、経済産業省から『「攻めの経営」を促す役員報酬~新たな株式報酬(いわゆる「リストリクテッド・ストック」)の導入等の手引~』が公表されている。 平成28年度税制改正において、特定譲渡制限付株式(いわゆる「リストリクテッド・ストック」)に関する税制上の扱いが規定されたこともあり、今後、リストリクテッド・ストックを導入する会社もあると考えられる。 3 有償ストック・オプションに関する議論 (1) 企業会計基準委員会 企業会計基準委員会では、「権利確定条件付きで従業員等に有償で発行される新株予約権の企業における会計処理」として、いわゆる有償ストック・オプションに関する会計処理を検討している。 第22回基準諮問会議(2014年11月19日)の「I.基準諮問会議への検討要望の内容」では、有償ストック・オプションに関するテーマの提案理由について、「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号)において明確ではないため、新規テーマとして提案を行うと述べられている。 第344回企業会計基準委員会(2016年9月9日)では、事務局の提案として、有償ストック・オプションを、ストック・オプション会計基準の適用範囲に含め、付与日以降の将来の労働サービスの提供に対する対価として報酬費用を認識することとしてはどうかと述べられている。 (2) 日本監査役協会の監査役監査実施要領 一方、第344回企業会計基準委員会(2016年9月9日)の「第90回実務対応専門委員会で聞かれた意見」として、日本監査役協会が公表している監査役監査実施要領における次の記載が紹介されており、会社法における報酬との整合性について検討すべきとの意見もある。 (出所) 公益社団法人 日本監査役協会 監査法規委員会「監査役監査実施要領」(平成28年5月20日)の「Ⅳ-1 ストック・オプションの種類」57ページ (3) 会社法上の報酬性 有償ストック・オプションの会社法上の報酬性については、権利行使価額を付与時の株価以上の額とし、有利発行に該当することを避けて、付与時にストック・オプションの公正価値相当額の金銭の払込みを求めるものが典型的であり、有償ストック・オプションは、役員による現実の金銭の払込みと引換えに付与されるため、職務執行の対価として付与される「報酬等」(会社法361条1項)には該当しないと整理すべきものであるとの意見がある(柴田寛子弁護士・ニューヨーク州弁護士、澤田文彦弁護士「株式報酬に関する実務分析-TOPIX100・J-Stock Index構成銘柄を対象に-」『商事法務No.2111』(公益社団法人商事法務研究会、2016.9.15)6ページ。11ページも参照)。 これらの議論を考えると、今後の有償ストック・オプションに関する会計処理等の動向には、注意が必要と思われる。 (了)