〔新規事業を成功に導く〕 フィージビリティスタディ10の知恵 【第7回】 「F/Sの結果を総合的に判断するには」 中小企業診断士 西田 純 前回は、外部環境の変化に備えることと、F/Sの目的を再確認することの重要性についてお話しました。今回は、ある程度検証された仮説に基づくF/Sの結果を判断するうえで、総合性が重要な視点になることをお伝えしたいと思います。 ▷ 総合性とは何か F/Sが導き出した結論に対して、「結局は財務分析の白黒ではないか」という声を聴くことがあります。もちろん、財務的に成り立たないプロジェクト案は最終的には棄却されることになるので、それが重要であることに議論の余地はありません、ただし、実際にプロジェクトを進めていく上では、想定されるさまざまなリスクや変化に対応することが求められるため、F/S段階で把握されていた外部条件や事業を取り巻く環境・事実関係について、全体感を持って把握しておくことが大変重要になります。 財務分析についても、単に収益性だけではなく、安全性や環境の変化に対する耐性などを合わせて検討しておくことが望ましいと言えます。事実関係と財務分析の両方について、全体感すなわち「総合性」を持って網羅的に把握することが重要です。 ▷ まずは条件整備を 連載【第3回】の「検証しやすい仮説はこう作る!」でもお話しましたが、F/Sで取り扱われる仮説は、極力数字に落とし込まれていると検証しやすくなります。 現地調査で原材料の市況単価などを調べるとき、汎用品や店売り資材の価格などについてはカタログ情報などで間に合わせるということがよくあります。他方で、例えば現場作業員の労務費などはヒアリングに頼ることが多く、そうすると本来多様な職種・経験によって異なる単価を「平均労務費」といった1つの単価で間に合わせてしまうことがあります。 カタログ情報などは、ベンダーの都合に合わせて仕様ごとにかなり細かい単価設定になっていることも少なくありませんので、「F/S段階ではそこまで細かい情報は要らないのに」と思いつつも、信頼できる情報だからという理由で持ち帰れる情報は細大漏らさず持ち帰ることになったりします。 これらの情報について、最終的には1つの財務モデルに落とし込まれていくわけですから、一部分だけ詳しすぎる情報があっても、全体感を見極める上ではその情報だけが非常に有用になるというわけではありません。 モデル作りをするうえで、どのくらいの精度や粗さの情報があれば良いのかについては、総合性を優先させるためにあらかじめ基準を決めておくことをお勧めします。 具体的には、数字の新しさ(鮮度:2年前より古いデータは使わない、など)、信頼性(確度:確かなソースが判っているデータのみを使う)、そして精度と粗さ(粒度:計算単位がトンなのかキロなのか、情報の細かさやバラツキの許容範囲を決める)という3点について、考え方をすり合わせておく必要があります。 ▷ 多面的評価の重要性 上でも触れたように、財務分析では収益性のみならず、安全性や変化への耐性なども慎重に検討されるべき要素となります。以下に、一般的なF/S財務計算の評価手順を述べます。 ① 検討対象期間の資金繰り見通し プロジェクトの発足から想定される実施期間の最後まで、資金繰り面で破たんする懸念がないことを確認しておきます。資金繰りの見通しはプロジェクトの継続を考えるうえで最低限の条件となるため、複数のシナリオについて検討する場合には、資金繰り見通しを漏れなく確認しておくべきでしょう。 ② 事業の安全性 予想貸借対照表における固定資本投資の安定性や短期の資金繰りバランスに加え、損益計算レベルでも十分な固定費回収(売上総利益)が望めることを検証してください。このため、F/S段階の損益計算書については固定費・変動費の別を基準に作成する直接原価計算方式を採用するのがベターです。このデータから損益分岐点分析を行い、想定される損益分岐点を把握しておくのが良いでしょう。 ③ 事業の収益性 想定されるキャッシュフローから、事業の収益性を計算します。投下資本を何年で回収できるか(回収期間法)、キャッシュフローを投下資本に対するリターンとして考え、時間価値を加味するとどのくらいの儲けになるか(DCF法)等の評価方法があります。キャッシュフローは「税引き後営業利益」という概念的な数字(営業利益に「1-税率」を掛ける)に減価償却を加算し、さらに運転資本投資の増減と、大規模修繕など追加的な固定資本投資の発生を加味して算出します。 ④ 感度分析(環境変化への耐性チェック) 前回説明したシナリオ・プランニングとも関係する話ですが、外部環境の変化によって想定される事業モデルが影響を受けることは多くの場合不可避です。そこで以下のような変数について感度分析を実施し、予想収益がどの程度の影響を受けるのかについて検討しておくと良いでしょう。 ①売上高の増減(案件にもよりますが、5%~10%の増加および減少について見通しておきます)、②初期投資金額の増減(同上)、③変動費の増減(同上)くらいについて評価できれば、さしあたりの環境変化について目配りができたことになると思います。また、特に海外案件の場合は④為替の変動、⑤インフレについても留意する必要が出てくるので注意してください。 * * * 以上、今回は「F/Sの結果を総合的に判断するには」についてお伝えしました。次回は「陥りがちなF/Sのワナについて」ということで、実施および評価段階で気をつけるべきポイントについてお話します。 (了)
実務家による実務家のための ブックガイド -No.3- 弥永真生 著 『リーガルマインド会社法』 〈評者〉 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 すべてのスタートは「会社は営利社団法人である」という一文から 会計基準、監査基準、租税法、会社法。私が業務を進めていくにあたり必要となる知識の4本柱である。程度の大小はあれ、これらの内容は相互関連性が高いため、常にキャッチアップしておかなければならない分野といえる。 ところで公認会計士試験には、「企業法」という科目が含まれている。企業法の分野には、会社法、商法(海商並びに手形及び小切手に関する部分を除く)、金融商品取引法(企業内容等の開示に関する部分に限る)及び監査を受けるべきこととされている組合その他の組織に関する法が含まれる。 とりわけ「会社法」は、企業法のなかで最も重要かつボリュームのある内容である。 私が受験生だった頃、会社法はまだ施行されておらず、昔の商法典の中に会社法が含まれていたのだが、商法の条文は漢字カタカナの文語体であり、句読点もなく、非常に苦戦していたのを思い出す。お恥ずかしい話だが、短答式試験で一度「足切り」をくらって不合格となったのも、この科目であった。 とにかく法律の学習が大の苦手だった当時、何とか克服しようと書店をさまよったなかで出会ったのが、今回ご紹介する弥永真生先生の『リーガルマインド会社法』(有斐閣)であった。現在は第14版が刊行されているが、私が最初に手に取ったのは改訂版。ボリュームも今よりだいぶ薄かったように思う。 私は本書を繰り返し読みあさり、制度趣旨や条文解釈について徹底的に書き殴り、会社法の体系を身体にたたき込んでいった。当時の改訂版はマーカーと書き込みでボロボロになり、全体的に変な色になってしまった。今思えば、気力と体力と記憶力が十分に備わっている学生だからこそできた所業であった。 私は、本書から会社法の基礎的な知識体系を得たと確信している。すべてのスタートは「会社は営利社団法人である」という一文から。これを単語ごとにぶった切っていく。「営利」「社団」「法人」。それぞれの単語ごとにどのような制度に発展していくか。どのような論点が含まれているのか。そのようなことをイメージしながら、頭の中で壮大な「地図」を作り上げていった。 制度を個別に学習するよりも、こうした「地図」を手に入れてから学習していったほうが遙かに効率が良いし、忘れにくいものである。 そして一旦マッピングできてしまえば、どのように問われても適切な解答を導き出すことができる。こうして最も苦手な科目を克服し、公認会計士第二次試験(当時)に合格することができた。 このような経緯から、会社法を学習したいと考えている読者には、是非本書をお勧めしたい。決して受験対策ということではなく、会社法をひととおり「ざっと」勉強したいという読者を念頭に、本稿を執筆した次第である。無論、受験対策としても、お勧めの書籍であるが。 2 本書の構成と特徴 本書(第14版)は11章構成である。 本書の最大の特徴は、会社法を理解するために必要な「視点」と「制度の構造」が冒頭の第1章から第3章の総論部分において図解も織り交ぜて明確に示されていることである。 この「視点」とは、会社法の世界をマッピングする際に軸となる視点であり、法の趣旨はすべてこの「視点」から語ることができる。また、「制度の構造」とは、法の趣旨を達成するために会社法が用意した様々な仕組みを「類型化」したものである。これによって、膨大な会社法の制度をコンパクトに整理することができる。特に第3章の「株式会社の前提と視点」は、株式会社の仕組みを理解する上で必要な基礎的考え方が網羅されており、しかもそれがひとつのストーリーとして展開されているのが素晴らしい。 本書には細かく項目番号が付されており、文中、他の関連する項目番号も参照されているのも特徴的である。これにより、ある論点を学習している際、別の項目との関連性についても意識的に気づかされるし、あるいは関心があれば参照先に飛んでさらに調べることもできる。これも、受験生時代は大変有り難かった。 本書は、『「視点」から導き出された「制度趣旨」を理解することが、その先の個別制度の理解につながる』という思考を私に与えてくれた。 最近これを実感する機会に恵まれた。 株式会社の機関設計の組み合わせの問題である。 会社法の施行に伴い、実現可能な機関設計の組み合わせが大幅に増加し、個別に組み合わせを覚えようとしてもなかなか難しくなった(40通りくらい?ある)。しかも、会社法の条文にはパズルのような規定しか書かれていない(会社法326条~328条)。 このようなとき、やみくもに実現可能な組み合わせを覚えるよりも、それぞれの機関(株主総会、取締役、取締役会、監査役、監査役会、会計監査人、会計参与/指名委員会等設置会社/監査等委員会設置会社)の設置の趣旨を理解すれば、おのずと組み合わせについても理解できるのである。この理解に達したときは、素直に嬉しく思った。 以上要するに、会社法を学習するうえでは、個別の制度を場当たり的に調べることは効率的ではなく、少し遠回りかもしれないが、会社法を貫くいくつかの「視点」を学習し、その延長線として個別の制度を学習すべきだと思うのである。 「視点」を理解し、「制度趣旨」を導出し、その先にある個別制度の理解に達したときの知的興奮を、ぜひ読者の皆様にも味わっていただきたい。 (了) 〔書籍情報〕 リーガルマインド会社法 第14版 弥永 真生 有斐閣、2015年3月 ISBN:978-4641137059 Amazonで詳しく見る
《速報解説》 日本監査役協会関西支部 監査役スタッフ研究会、 「会計不祥事の防止に向けた実効性のある監査」をテーマとした 調査報告書を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年8月5日付(ホームページ掲載は9月29日)で、公益社団法人 日本監査役協会関西支部 監査役スタッフ研究会は「監査役の会計監査と監査役スタッフの役割~会計不祥事の防止に向けた実効性のある監査とは~」を公表した。 これは、会計不祥事の防止に向けた実効性のある監査をテーマとして、近年発生した会計不祥事の事例等も交え、監査役として会計監査人とどのように連携すべきか、また、監査役自ら実施すべき監査の範囲、方法はどうあるべきかについて調査、研究を行ったものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 報告書では、監査役や会計監査人の役割などについて述べているが、以下では、近年発生した会計不祥事に関して取り上げる。 なお、報告書には、監査役協会関西支部登録会社を対象としたアンケートの実施結果も記載されているので、実務の参考になるものと思われる。 1 傾向 『東京商工リサーチ』の調査を用いて、2014年度の不適切会計のうち、発生当事者が「子会社・関係会社」であるケースは16 社(38%)と最多であることを述べている。 2015 年度も「不適切な会計・経理を開示した上場企業」は58件と前年を16件上回り過去最多を更新し、発生当事者別のうち「子会社・関係会社」も26件(44.8%)とさらに増加しているとのことである。 2 事例 具体的な会社名などは伏せられているが、次のように不正の手口などを紹介している。 (了)
《速報解説》 国税庁、平成28年分以後の特定支出控除の特例に関する情報を公表 ~特定の給付金の適用除外に係る税制改正を反映、「様式編」の追加も~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 このたび9月26日付で、国税庁より、特定支出控除の特例の概要についてまとめられた次の情報が公表された。 今年度の税制改正により、平成28年分以後の所得税においては、特定支出控除の対象から除外されるものとして、特定の給付金が支給される部分が追加されている。今回公表された情報は、平成25年分以後の取扱いについてまとめられた従前の情報に、この改正事項を反映させた内容となっている。 【1】 「給与所得者の特定支出の控除の特例」の概要 給与所得者が、特定支出をした場合において、その年中の特定支出の額の合計額が、給与所得控除額の2分の1相当額を超えるときには、その年分の給与所得の金額は次の算式で求めた金額とすることができる(所法57の2①)。 【特定支出控除のイメージ】 (※) 国税庁ホームページより 特定支出の種類や具体的な内容等については、以下の拙稿をご参照いただきたい。 【2】 特定支出控除の対象から除外される部分 (1) 改正前の取扱い(平成27年分以前) 支出した金額のうち給与等の支払者から補填される部分があり、その部分について所得税が課されない場合には、その補填部分は、特定支出に含まれないこととされていた(所法57の2②)。 これは、補填された部分に所得税が課されていない場合、その補填された部分については、給与所得者は実質的に負担をしていないことになるためである。 (2) 改正後の取扱い(平成28年分以後) 上記(1)の取扱いに加え、平成28年分以後の所得税については、給与所得者が支出した教育訓練のための費用のうち「雇用保険法の教育訓練給付金」及び「母子及び父子並びに寡婦福祉法の自立支援教育訓練給付金」が支給される部分についても、特定支出に含まれないこととされた(所法57の2②)。 これら2つの給付金にも所得税は課されないため(雇用保険法12、母子及び父子並びに寡婦福祉法31の4、31の10)、給付金が支給される部分についても、給与所得者は実質的に負担をしていないと認められるからである。 〈特定支出控除の対象から除外される部分〉 上記改正については「第2 質疑応答編」の「2 特定支出となる支出から除かれる部分」を参照されたい。 なお、今回公表された情報には、特定支出控除の適用に際して、確定申告書に添付する様式が「様式編」として掲載されている。改正内容が反映された部分もあるため、あわせて確認していただきたい。 (了)
2016年10月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.188を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.45- 「タックスヘイブン対策税制(CFC税制)見直しの行方」 中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信 茂樹 来年度改正の焦点の1つであるタックスヘイブン対策税制(外国子会社合算税制、以下CFC税制)の見直し議論が進んでいる。 平成28年度与党税制改正大綱では と詳細な記述がなされている。 では、BEPS最終報告書の基本的な考え方というのは何を意味するのか。 * * * BEPS報告書行動3では、「軽課税国等に設立された相対的に税負担の軽い外国子会社を使ったBEPSを有効に防止するため、適切な外国子会社合算税制(以下CFC税制)の設計について検討の構築を求める」として、「経済活動又は価値創造の場で課税する」という大きな課税原則の方向の中で、適用除外など6項目の論点に分けて詳細な記述をしている。 ただしこの勧告内容は、「ベスト・プラクティス」とされており、ミニマム・スタンダードに比べて各国の裁量が大きくなっている。その理由は、先進諸国のこの税制の位置づけが異なるという事情からであり、決して手を抜いたわけではない。 米国のように外国子会社配当益金不算入を採用せず全世界所得課税原則を採る国は、この税制を「繰延防止措置」と位置づけている。一方で、わが国を含む多くの主要国は、CFC税制を「租税回避防止措置」と位置づけている。このような異なる思想の制度は共通化が困難であるという判断から、ミニマム・スタンダード化は見送られた。 * * * 与党税制改正大綱に従って論点を整理すると、次のようになる。 まずは、オーバーインクルージョンの問題で、航空機リース事業の取扱いが、適用除外基準の問題として議論となる。これはきちんと手当てがなされるのではないか。 次は、アンダーインクルージョンの問題である。多国籍企業の租税回避を厳しく見直すことは、わが国企業の競争条件の公平化を図るという観点からは有益なことだ。 次に、日本の産業競争力や経済への影響にも配慮すべき、と大綱には書いてある。 実際、経済産業省の来年度改正要望には、「外国子会社合算税制等の見直しにあたっては・・・日本企業の過度な負担により国際競争力の低下を招くことがないよう、合理的で簡素な制度を目指すこと」と記されている。経団連の意見も同様である。 そしてその理由として、 としている。 この問題は、具体的には、「最初にトリガー税率でスクリーニングする現行方式を維持する」のか、「トリガー税率を廃止し、能動的所得と受動的所得の区分を重視する」のかということで、議論の焦点でもある。 配当や利子など法形式に基づき分類された所得を用いて判断するカテゴリーアプローチと、CFCの実質活動を見る実質アプローチ、わが国のようなハイブリッド型もある中で、それぞれのメリット・デメリットを比較しながら検討が進められてく。 * * * わが国企業にとっての懸念は、租税回避防止措置が複雑になり、コンプライアンスコストが過大となることであろう。 一方、課税当局としては、BEPSを受けて企業行動にも大きな網がかぶせられたわけで、コンプライアンスの重要性の高まる中、日本型コーポレートガバナンスとしても、外国子会社の活動把握の必要性は高まっており、事務負担の増加ということは見直し反対の正当性にはならない、という考え方であろう。 その背景には、09年度に導入された外国子会社配当益金不算入制度により、(結果として)海外の子会社に利益が移転されているのではないかという懸念がある。 バランスの取れた結論を望む。 (了)
「更正の予知」の実務と 平成28年度税制改正 【第3回】 税理士 谷口 勝司 6 実務における「更正の予知」 (1) 法人税過少通達 それでは、実務上、更正の予知はどのように取り扱われているだろうか。 この点に関し、国税庁では、平成12年7月3日付課法2-9ほか「法人税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて(事務運営指針)」(以下「法人税過少通達」という)を発遣・公表しているので(下記参照)、この法人税過少通達に基づいてその取扱いを説明していきたい。 法人税過少通達第1の2は、「修正申告書の提出が更正があるべきことを予知してされたと認められる場合」として、 と定めている。 この取扱いは、納税者が「調査のあったことを了知したと認められた後」は、原則更正の予知があったものとして取り扱う、すなわち調査開始説(調査着手説)(前回参照)に近い立場のものと理解してよいと思われる。また、前述の最高裁昭和51年12月9日判決(一小)にも準拠するものと思われる。 前述の具体額発見説では、自身の申告漏れを知っている納税者が、調査の進行具合を睨みながら具体的に把握されそうな少し前に提出する修正申告には加算税が賦課されないことになるが、これは納税者の自発的な修正申告を奨励する、という更正の予知の趣旨には合致しないと思われる。 また、客観的確実性説(端緒把握説)についても、実際の税務調査では要件事実の確認・検証の繰返しやその積み重ねによって徐々に申告漏れとの心証を得ることが多いが(そして調査結果の説明が行われるのは調査終了時である(通則法74の11②))、その過程の中で、「更正に至るであろうことが客観的に相当程度の確実性をもって認められる段階に達した」かどうか、あるいは調査官が申告漏れの端緒を把握したのはいつの時点か、などについて納税者が認識することは困難であろう(実際の調査では、申告漏れの端緒把握がいつの時点であったか、調査官自身も明確にできないケースもあるのではないか)。 さらに言えば、納税者が更正を予知したかどうかは、そもそもは納税者の主観・内心に関わる事柄と考えられ、国税当局がこれを推測して的確に判断することは相当な困難を伴う。 そこで、調査があったかどうかは納税者が認識しやすいこと、自らの申告内容を熟知している納税者にとっては調査開始(着手)があればいずれ国税当局から申告漏れの指摘を受けると考える(更正の予知がある)との見方もできること、納税者間の公平の観点からも更正の予知について客観的かつ統一した取扱いを行う必要があること等を考慮し、国税当局のスタンスとして、納税者が調査のあったことを了知したと認められた後は原則更正の予知があったものとして取り扱っていると思われる。 そして、更正の予知の時期をこのように取り扱うからには、その調査は、納税者が自分自身に調査があったと了知(認識)されるものでなければならない。 前述のとおり、調査そのものは相当幅広い概念であるが、たとえ申告書の審査検討等の調査が署内で行われていたとしても、それは税務署内部での調査にすぎず、納税者がこれを了知することは困難である。したがって、更正の予知における「調査」には、署内調査などは原則含まれないことになる。 実務上、ややもすると、更正の予知をあたかも調査の予知と誤解(調査が行われることを予知して提出された修正申告は加算税が賦課されるといった誤解)されることがある。しかし、文理上も、「調査があった」ことは必須であり、しかも更正の予知における「調査」は、国税当局の通達によっても、納税者によって了知(認識)されるものでなければならない。 (2) 更正の予知の例示 法人税過少通達では、納税者が調査のあったことを了知したと認められるケースとして、臨場調査、反面調査、非違事項の指摘の3つが例示されているので、これを見てみよう。 「臨場調査」は、納税者が調査のあったことを了知する最も明確なものであろう。とりわけ調査手続が法定化された現状においては、臨場調査(実地の調査)については、質問検査を行う旨、調査開始日、対象税目、対象期間等といった事項について事前通知が原則行われており、また、事前通知をせずに行う実地の調査(通則法74の10)の場合でも、臨場後速やかに、納税者に対して事前通知と同様の事項を説明するよう通達で運用されていることから、調査があったことはさらに明確なものとなっている。 「その法人の取引先の反面調査」は、反面調査した取引先からの連絡等によって納税者が自身の調査が行われていることを了知するケースが想定されている。取引先にはもちろん、銀行等が含まれる。実際の税務調査の手法として取引先を先行して調査(反面調査)する場合があり、また、事前通知をせずに納税者と取引先の同時並行して調査着手する予定であったが、納税者が不在等で連絡もとれずに反面調査が先行する場合もある(反面調査はその旨を取引先に明示した上で行われる)。 ただ、反面調査が行われていることを知らずにたまたま修正申告書を提出した場合には、更正の予知があったとはされないだろう(この場合は納税者が反証する必要がある)。また、同業者に対して一斉調査が行われていることを知った納税者が、いずれ自分自身に税務調査が及ぶことを予測して提出した修正申告書も、それだけでは納税者が調査のあったことを了知したとはいえず(しいていえば調査の予知にすぎない)、更正の予知があったとはされないだろう。 「非違事項の指摘」は、申告書内容を検討した上でのものである。「申告書内容の検討」そのものは税務署の内部調査であるが、これによって申告書計算誤り等を把握し納税者に対して非違事項の指摘をした場合には、その時点で調査があったことを納税者が了知することになる。 また、国税当局から非違事項の指摘を受けて提出した修正申告書について仮にも加算税賦課を免除することになれば、納税者による自発的な修正申告を奨励するという更正の予知の規定の趣旨にも合致しないと思われる。ただ、後述するように、実務上は行政指導の中で申告書計算誤り等の是正処理が行われ、調査としての非違事項の指摘は、ほとんど行われていないと思われる。 以上は、通達で挙げられている例示である。「原則として」とされているから、例示のケースでも若干の例外がないわけではないだろう。しかし、最も重要なことは、実務上は、納税者が「調査のあったことを了知したと認められた」かどうかを、その判断基準としているということである。 * * * 以上、法人税過少通達を基に説明してきたが、国税庁では、このほかにも申告所得税、相続税、消費税といった税目ごとに加算税通達を発遣している(下記参照)。そして法人税以外の税目についても、法人税過少通達における更正の予知と同様の内容を定めている。 なお、これらの通達が税目ごとの事務運営指針として発遣され法令解釈通達でないことを疑問視する意見も見受けられるが、事務運営指針といっても、加算税規定の法令解釈を前提にしたもので、通達(行政内部における上部機関から下部機関・職員へのいわば職務上の命令)である以上、国税職員はこれに拘束されて取り扱うことになるから、実務上の取扱いを理解する上で重要であることを付言しておきたい。 7 事前通知と更正の予知 法人税過少通達では、更正の予知がないとされるケースも例示されており、この点も重要である。すなわち、「臨場のための日時の連絡を行った段階で修正申告書が提出された場合には、原則として『更正があるべきことを予知してされたもの』に該当しない。」と定めている(法人税過少通達第1の2注書)。 法定化された現行の調査手続では、実地の調査を行う場合には原則事前通知が行われるが(通則法74の9)、事前通知を行っただけでは、原則更正の予知がない、としているのである。 実地の調査の事前通知を行うまでに、国税当局では、申告書内容や各種資料情報の精査検討、調査項目抽出の準備調査等の内部調査が通常行われる。また、料飲業などの調査に当たっては事前に店舗を訪れ、席数や客数、単価、レジ伝票の状況等を把握する内観調査(内偵調査ともいう)が行われる場合もある。これらの調査は国税当局内部の調査である。 もちろん個別事例の事実関係によっては、内部調査の段階であっても何らかの事情で納税者が自身に調査が行われていることを事前に察知し、事前通知だけで納税者が「調査があった」と了知できるケースがあるかもしれない。しかし、現行の調査手続では、「実地の調査を開始する日」(通則法74の9①一)等を事前通知することから、その開始日(臨場初日)までは、納税者が自身について「調査があった」とは了知していない、とみることが常識的であろう。 こうしたことから、実務上は、事前通知があっただけでは、原則更正の予知がない、と取り扱われている。 なお、「2 平成28年度税制改正」(【第1回】参照)で述べた通り、平成28年度税制改正において、調査に係る事前通知から更正の予知までの間に提出された修正申告書について、原則5%の過少申告加算税を新たに賦課することとされた。 この改正は、事前通知だけでは原則更正の予知に該当しないとする上記実務上の取扱いを前提にしたものと考えられ、実務上の取扱いを法律上も確認したといえるのではないだろうか。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第18回】 「エス・ブイ・シー事件」 ~最判平成6年9月16日(刑集48巻6号357頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第37回】 「契約金額等の計算をすることができる場合」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は製造業者です。委託加工を行う際に単価の取決めは注文請書を交付しています。注文請書に係る記載金額はどうなりますか。 参考:注文書(不課税文書) 第2号文書(請負に関する契約書)に該当し、記載金額1,000万円、印紙税額は10,000円となる。 [検討] 他の文書を引用している文書の判断 他の文書を引用している場合は、契約期間及び契約金額以外は、その文書に記載されているものとして課否を判断する。 ただし、第1号文書又は第2号文書に該当する場合の契約金額については、課税文書、非課税文書以外の文書からの引用がされる(通則4のホ(2))。 【通則4のホ(2)】 したがって、事例の注文請書は第2号文書に該当し、引用元は注文書(不課税文書)であることから、注文書から契約金額の計算をすることができる。 注文書から加工数量10,000個を引用し、記載金額は単価1,000円×加工数量10,000個で1,000万円となる。 ▷ まとめ (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q14】 「外貨預金と外貨MMFの課税関係の差異」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 外貨投資を始める際に、「外貨預金」と「外貨建MMF(キーワード参照)」を検討する方が多いのではないかと思われます。ここではそれぞれの課税関係の差異について説明します。 (1) それぞれの利子に対する課税 「外貨預金」の利子については、利子所得として、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)の源泉分離課税が適用されます。 一方、外貨建MMFの収益分配金も利子所得となり、分配金の支払又は再投資時に20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)の源泉徴収がなされます。この源泉徴収で課税関係を終了することができます。 ここまでは基本的に同様の課税です。 差異としては、外貨建MMFは特定公社債(【Q3】のキーワード参照)に該当するため、その収益分配金については上場株式等の配当所得等として申告分離課税(20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%))を選択することができ、その場合は上場株式等に係る譲渡損との損益通算が可能となります。 一方、外貨預金の利子については、現行の税制では預貯金の利子が金融商品一体課税の範囲に含まれていないため、上場株式等に係る譲渡損との損益通算を行うことはできません。 (2) 換金時の取扱い 【Q11】で解説した通り、外貨預金の場合、預金の満期時に為替差損益が実現するかどうかについては、払出し後、どのような商品に投資するか等により異なり、個別の検討が必要です。 為替差損益が実現する場合、満期時の外貨建の金額を円換算した金額が取得時の円換算の金額を超える場合のその超える部分の金額は、為替差益として雑所得として取り扱われ、確定申告による総合課税の対象となります。為替差損は、他の黒字の雑所得から控除できますが、他の所得区分との損益通算はできません。 一方、外貨建MMFは税務上、公募公社債投資信託として取り扱われるため、譲渡又は解約により生じる損益(解約時の収益分配金部分を除く)は、上場株式等に係る譲渡所得等として取り扱われます。譲渡所得等の計算上、為替差損益についてもその計算に含まれ、為替差損益を含む損益について、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)の申告分離課税が適用されます。当該損益は他の上場株式等の譲渡に係る譲渡損との損益通算や、一定の要件のもとで申告分離課税を選択した上場株式等の配当所得等の損益通算が可能です。解約時の収益分配金は利子所得となり、1で記載した通りに課税がなされます。 (了)