包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第24回】 「私法上の法律構成による否認論①」 公認会計士 佐藤 信祐 本稿では、私法上の法律構成による否認論の概要について解説する。学術的には、前回までに解説した法的実質主義とは異なるため、租税法律主義に反する可能性があるという見解もあるが、真実の事実関係を捉えるという点に限定すれば、今後の実務においても生じてくる可能性のある論点である。 1 私法上の法律構成による否認論の概要 私法上の法律構成による否認論は、今村隆教授によって主張され、中里実教授によって展開されたと言われている(※1)。 (※1) 松原圭吾「租税回避行為の否認に関する一考察」税法学553号107頁(平成17年) 私法上の法律構成による否認論とは、「課税の前提となる私法上の当事者の意思を、私法上、当事者間の合意の表面的・形式的な意味によってではなく、経済的実体を考慮した実質的なかたちにしたがって認定し、その真に意図している私法上の法律構成を前提として、課税要件のあてはめ」を行うことであるとされている(※2)。 (※2) 中里実「タックス・シェルターと租税回避否認」税研14巻83号64頁(平成11年) 私法上の法律構成による否認論は、第1類型(契約が不存在と認定する場合)、第2類型(契約が虚偽表示により無効であると認定する場合)、第3類型(契約の法的性質の決定により、当事者の選択した法形式を否定して、真実の契約関係を認定する場合)の3つに分けられる(※3)。すなわち、私法上の法律構成による否認論は、契約をどのように解釈するのかという問題であるということが言える。 (※3) 今村隆『租税回避と濫用法理』60頁(大蔵財務協会、平成27年) しかしながら、住友銀行事件(大阪高裁平成14年6月14日判決・判時1816号30頁)では、 と判示されている。さらに、金子宏教授も とされている(※4)。このように、私法上の法律構成による否認論は、法的実質主義の範囲内に留めるようにも思われる。 (※4) 金子宏『租税法』127-128頁(弘文堂、第19版、平成26年) この点につき、そもそも今村教授が私法上の法律構成による否認論を主張されたのは、民法の分野で契約解釈の方法が議論となっていたからである(※5)。すなわち、金子教授と同様に、真実の法律関係に即した課税であって、租税回避の否認ではないと考えられているように思われる。そのため、今村教授は、租税回避に該当する場合であっても、重要な間接事実になる要因にはなるものの、基本的には、民法上の事実認定の方法と異なるところはないと解されている(※6)。 (※5) 今村隆前掲(※3)58頁 (※6) 今村隆前掲(※3)100頁 ここでいう重要な間接事実とは、租税回避の意図があれば、表面的な法律構成と真実に意図している法律構成が異なる可能性が高いという話であり、それのみをもって否認できるわけではないと解される。すなわち、現金交付型合併の代わりに、現金で株式を購入してから合併を行うという行為が考えられる。 真実に意図している法律関係は、A氏が保有するX社を買収する際に、対価として、現金3億円と買収会社株式2億円を支払う場合を想定する。この場合に、株式交換により、現金3億円と買収会社株式2億円を交付した場合には、非適格株式交換に該当するから、3億円の現金で株式を購入してから株式交換を行ったというように解されるのかもしれない。しかし、現金で株式を購入するという行為を株式交換の対価として現金を交付するという行為に認定するのは、いくらなんでも無理がある。そのため、これを否認するとすれば、包括的租税回避防止規定によらざるを得ない(※7)。 (※7) 包括的租税回避防止規定が適用されるか否かは、株式交換後のA氏による株式の保有期間や経営に対する関与などを含めたうえで、総合的に検討する必要がある。 また、今村教授は、私法上の法律構成による否認論を主張された後の重要な動きとして認識されている点として、 を挙げられている(※8)。今村教授が、民法の契約解釈の問題として私法上の法律構成による否認論を打ち出されていることから、債権法改正の動きに着目されるのは当然のことと言えるが、公認会計士、税理士の立場からすると、それほど民法に詳しくないことから、どれだけ租税法に影響を与えるのかという点に違和感があるのかもしれない。 (※8) 今村隆前掲(※3)110-113頁 ただし、法学部、法学研究科にて租税法を研究すると、民法の解釈から租税法の判例を分析することは少なくなく、民法の契約解釈から租税回避の問題を検討するのはむしろ当然のことと言える。私法上の法律構成による否認論に対する批判が強いのは、租税回避に対応するために、民法上、許される契約解釈を超えている可能性があるからと推測される。 そのため、次回以降では、私法上の法律構成による否認論が争われた裁判例についての検討を行いながら、私法上の法律構成による否認論の射程を見ていきたい。具体的には、アルゼ事件(※9)、公正証書贈与事件(※10)、航空機リース事件(※11)、船舶リース事件(※12)、映画フィルム事件(※13)、日蘭組合事件(※14)、投資クラブ事件(※15)をそれぞれ予定している。 (※9) 東京高裁平成15年1月29日判決・税資253号〔順号9271〕 (※10) 名古屋高裁平成11年11月11日判決・税資245号 〔順号8524〕 (※11) 名古屋高裁平成17年10月27日判決・税資255号〔順号10180〕 (※12) 名古屋高裁平成19年3月8日判決・税資257号〔順号10647〕 (※13) 最高裁平成18年1月24日判決・民集60巻1号252頁 (※14) 東京高裁平成19年6月28日判決・税資257号〔順号10741〕 (※15) 東京高裁平成19年10月30日判決・税資257号〔順号10811〕 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第50回】 株式会社東芝 「改善状況報告書(2016年8月18日付)」 「改善計画・状況報告書(2016年3月15日付)」 (前編) 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【報告書の概要】 【はじめに】 株式会社東芝(以下「東芝」と略称する)は、2015年9月15日において、東京証券取引所(以下「東証」と略称する)より特設注意市場銘柄に指定されるとともに、上場契約違約金を徴求された。このリリースでは、東芝が、第三者委員会報告書をはじめとする各種のリリースで「不適切な会計処理」と強調し、多くのマスコミもこれに追従していたところ、東証は、「不正会計」と断じ、「上場廃止に準ずる措置」である特設注意市場銘柄指定という厳しい処分を発動したものである。 この結果、東芝は、指定から1年経過後速やかに、「内部管理体制確認書」を提出することが義務づけられるとともに、東証による審査を受け、内部管理体制等に問題があると認められない場合には、特設注意市場銘柄指定が解除されることになるが、改善がなされなかったと東証が認めた場合には、上場が廃止される可能性もある。 そうした状況の中、東芝は、2016年3月15日において、「『改善計画・状況報告書』の公表について」というリリースを出した。これは、2016年9月15日以降速やかに東証への提出が義務づけられている「内部管理体制確認書」の提出に先立ち、日本取引所自主規制法人が公表した「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」を参照に情報開示を行ったものである。 そして、去る8月18日、再発防止策の進捗状況について、「改善状況報告書」を公表するに至る。リリースのなかで、東芝は、内部管理体制確認書を、「特設注意銘柄指定から1年経過後の本年9月15日に提出予定」であることを明言していたところ、実際に9月15日に提出が行われたため、東証が、確認書をどのように評価するのか、早期の指定解除が叶うのかが注目されている。 本稿では今週と来週の2週にわたり、東芝が2016年3月期決算に先だって公表した「改善計画・状況報告書」における再発防止策の内容を検証するとともに、その進捗状況を報告した「改善状況報告書」により、進捗状況を確認することを目的に、論考を進めたい。 なお、本件に関するこれまでの経緯等については、下記拙稿を参照されたい。 【「改善計画・状況報告書(原因の総括と再発防止策の進捗状況)」の概要】 冒頭でも記したように、2016年3月15日に東芝が公表した「改善計画・状況報告書(以下、「改善報告書」と略称する)」は、「内部管理体制確認書」の提出に先立ち、日本取引所自主規制法人が公表した「上場会社における不祥事対応のプリンシプル 」を参照に情報開示を行ったものである。 特に、「原因分析」に関しては、全体の半分程度のボリュームとなっており、これまでの調査報告書よりも踏み込んだ内容になっている点、注目される。 1 原因分析 「改善報告書」は全53ページに及ぶが、そのうち25ページを占めるのが「過年度決算訂正が生じた原因に関する分析」である。具体的には、以下の6項目について、原因分析が行われている。 特徴的な改善報告書の記述を引用しながら、東芝の原因分析を検証したい。 (1) 経営環境を背景とした歴代社長による達成困難な損益改善要求 まず、「歴代社長による達成困難な損益改善要求」については、歴代社長の在任期間中の「経済情勢」「経営戦略」「業績」を一覧表にして掲載し、最後に、以下のような「まとめ」が記述されている(以下、括弧内は引用した改善報告書のページ番号を示す)。歴代3社長が達成困難な損益改善要求を繰り返した背景としては、かなり突っ込んだ説明を行っている。 これは、マスコミ報道で「不正会計の原因」とされていた「同業他社に対するライバル意識」、「歴代社長間の人事抗争」、「派閥争い」などを、直接的な表現ではないにしろ、一部認めたものとなっており、第三者委員会調査報告書が言及しなかったところまで踏み込んだ表現になっている点で、評価できるのではないだろうか。 (2) 業務執行部門における牽制機能の不全 業務執行部門については、まず、歴代CFOについて、「社長の意向に反してまで、適切な会計処理のために断固たる態度をとるには至らず、適切な財務報告の実施というCFOの職責を果たせていなかった」としたうえで、その配下の財務部における適切な財務報告に対する意識をこう表現している。 また、財務・経理部門の人事ローテーションは、「入社から退社までの期間継続して、財務・経理に関する業務に配属されることが通常」となっており、財務・経理部門の仲間意識から、過年度訂正を含む是正措置は、選択肢として検討するには至らず、監査委員会に対して問題提起をするということも躊躇させることとなった。 一方、カンパニー経理部は、以下の組織体制を理由に、やはり、牽制機能が働かなかった。 (3) 内部監査部門等における牽制機能の不全 経営監査部は、設立時より、事業コンサルティングの視点を重視してきたが、その後、東芝が委員会等設置会社に移行し、内部統制報告制度が導入されるなど、内部監査を巡る環境は大きく変化したにもかかわらず、ミッションや監査機能の強化などの見直しは行われないまま、2011年には人員削減が行われていた。 その結果、以下のような理由から、牽制機能不全状態に陥っていたと分析している。 また、内部通報については、リスクマネジメント部及び外部弁護士事務所に窓口を置き、通報された内容は法務担当者に連携され、適宜、監査委員に説明をしていたものの、個々の通報をすべて共有しているわけではなかった。また、今回の不適切な会計処理については、内部通報はなかった。こうしたことから、内部通報制度が機能していなかった理由を次のように説明している。 (4) 取締役会、指名委員会及び監査委員会における牽制機能不全 取締役会は、社外取締役も含めた活発な議論が行われず、経営監視機能を果たすことができなかった。指名委員会では、執行役社長の選定基準、選定・解職プロセスが透明ではなく、実質的に機能していなかったことが、読みとれる内容となっている。 そして、本来、本件のような会計不正事案に最も牽制機能を発揮する必要がある監査委員会については、社内監査委員と社外監査委員との情報連携について、次のような不備があったと報告されている。 改善報告書の記述からは、東芝においては、社外取締役の選任にあたってその専門性が検討されたことはなく(財務・経理・監査の知見を有する者はいなかった)、取締役会、指名委員会、監査委員会では、社外取締役に対する情報がむしろ遮断されていたことがうかがえる。 特に監査委員長に歴代CFOが就任してきたことについては、守屋俊晴による次のような厳しい批判もみられる(※1)。 (※1) 守屋俊晴『不正会計と経営者責任―粉飾決算に追いこまれる経営者―』(創成社新書、2016年6月、75ページ) 2 再発防止策 改善報告書32ページ以下で、再発防止策として、次の4項目が説明されている。 (1) 責任の明確化 責任の明確化の最大のものは、既に述べたとおり、元社長ら5人に対する損害賠償請求訴訟の提起であるが、それ以外に、役員等の辞任、報酬の一部返納、従業員への懲戒処分などが挙げられている。 このうち、2015年11月9日付で実施した従業員26人の懲戒処分について、内部告発により社内の告知文書を手に入れた毎日新聞ウェブサイト「経済プレミア」では、「出勤停止1日」が2人、「減給」が9人、「けん責」15人(うち2人はすでに退職)という内訳であり、不適切会計の4類型のうち、3つに関与したとされる財務部のトップは「減給」の処分を受けたうえで、グループ会社に異動となったとのことであるが、それでも、早期退職を余儀なくされた社員との比較から、懲戒処分をめぐる不満、批判、怒りの声が渦巻いている、ということであるという社員の思いが伝えられている(※2)。 (※2) 今沢真『東芝終わりなき危機―「名門」没落の代償』(毎日新聞出版、2016年6月、75ページ以下) (2) 経営トップらに対する監督強化 本項目のメインは、監査委員会の機能強化である。 まず、監査委員会を独立社外取締役のみで構成することとし、情報活動・情報共有の仕組みを強化するために、次の方策を実施することとしている(p.38)。 内部監査部の直轄化については、その独立性を担保するため、監査委員会が内部監査部の部長の移動に関する請求権及び同意権を有することとしている。 さらに、監査委員会の活動を支援する監査委員会室の人員を法務・会計分野の出身者を中心に5名程度から10名程度に増員するとともに、外部専門家の利用機会の拡大により、監査委員会自体の情報収集・独自調査機能を強化する。 また、内部通報窓口も監査委員会にも設けるとともに、監査委員全員が内部通報に係るアクセス権限を持つなど、あらゆる面において、監査委員会の機能は大幅に強化される内容となっていることが特徴である。 (3) 内部統制機能の強化 内部統制機能の強化で注目されるのは、①カンパニー経理部の組織改革と②会計コンプライアンス委員会の設置である。 カンパニー経理部は、カンパニー社長の権限下にあったため、「適切な財務報告よりも経営上の要請が優先」されていたという実態を改め、カンパニー財務統括責任者の人事権をCFOに移管し、同時に、業績評価は全社業績との連動とすることで、財務会計の独立性を確保することとしている。 また、会計コンプライアンス委員会は、「内部統制を執行側で確認・フォローアップ」するための機関として、代表執行役社長を委員長、監査委員会及び内部監査部がオブザーバー参加することにより、以下の機能を果たすことが期待されている。 とはいえ、会計コンプライアンス委員会がどの程度の実効性を発揮するかはまったくの未知数である。 (4) マネジメント・現場の意識改革 財務会計に対する意識・知識が欠如していたことから、経営刷新推進部を新設し、マネジメント・従業員の財務報告の重要性・会計コンプライアンスに対する意識改革を推進するとのことであるが、経営刷新推進部による意識改革や企業風土改革はいいとしても、「財務会計に対する意識・知識の欠如」という現状認識には、いささか違和感を覚えてしまう。 本件会計不正事件は、「意識・知識の欠如」ではなく、適正な財務報告によって業績悪化の原因を追究し、もって市場の信頼性を得ることよりも、経営トップがプライドや自己保身のため、業績の実態を開示することを拒み、また、経営トップに集中した権限により、他の役員等・幹部社員の口をつぐませてしまっていたことに原因があることは東芝も認めているところである。 (2)、(3)で提示された再発防止策が具体的で、実効性が期待できるものが多いだけに、「知識はあったが、それを発現することが許されなかった」多くの従業員にとって、この「意識改革」という名の再発防止策には少し残念な思いが残るのではないかというのが、筆者の感想である。 * * * 次号掲載の後編では、8月18日リリースの「改善状況報告書」をもとに、上記の再発防止策がどのように進められているかを検証したい。 (了)
ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第9話】 「減損会計は減損後の戻入れに注意!?」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美 「ん?・・・これ、どういう意味だ?」 桜井は、早朝の静かなオフィスで、エクセルの表とにらめっこをしていた。 桜井は東証一部上場の製造会社の経理部に勤めている。入社3年目となり、一通り業務にも慣れてきた・・・と思っていたのだが、今回閉鎖予定の工場の減損処理に頭を悩ませていた。 桜井の会社では、来期工場を新設するにあたり、老朽化の進んだ工場を閉鎖する予定だ。その閉鎖予定の工場に係る減損を第2四半期決算で計上することになったのだ。もちろん、減損の会計処理は固定資産担当の桜井がしなければならない。 上司から数年前に実施した減損のエクセルファイルをもらい、ファイルの指示通り数値を埋めたのだが、自分が何をしているのかさっぱり理解できない。そこで、集中できる早朝に腰を据えて減損ファイルに取り掛かっているのだった。 桜井は本とPCの画面とを交互に見比べて、一つ一つのセルの内容を確認していく。しばらくして、「あ、なるほど。そういうことだったのか!」と桜井が呟いた時― 「お、やっぱり頑張ってるな。」 と、桜井の背後から藤原がPC画面を覗き込んでいた。 「わっ!お、おはようございます。今朝は早いですね。」 桜井は突然の藤原の出現に驚いて、思わず本を机から落としてしまった。藤原は、大きな体のわりに敏捷な動きで床に落ちる寸前の本をキャッチすると、「ほらよ。」と、桜井に手渡した。 「倉田課長がさ、桜井が減損でてこずっているみたいだって言ってたからさ。」 「え!もしかして手伝ってくれるんですか!?」 藤原の言葉を聞いて、桜井の顔が一瞬明るくなった。 「んなわけないだろ。」と呆れた口調で言いつつも、藤原は桜井の作ったファイルをざっと確認する。ファイルに目を通しながら、藤原は言った。 「お前のことだから、今日あたり減損会計の勉強をしていると予想したってわけだ。ついでにIFRSの減損会計を教えてやろうと思ってな。」 藤原は桜井の元教育係だったこともあり、何かと桜井の面倒を見てくれる頼りがいのある先輩だ。2人が勤める会社が今期IFRSを任意適用する方針を決めたことをきっかけに、桜井は藤原からIFRSについても教えてもらっていた。 「IFRSの減損会計ですか?やっと日本基準の方も分かってきたばかりなのに・・・」 「鉄は熱いうちに打てって言うだろ?今なら日本基準も頭に入っているから、一緒に覚えたほうが効率的じゃないか。」 情けない顔をした桜井に、藤原はニヤリと笑った。 「それに、お前、最近IFRSの勉強が疎かになっているだろう?」 「うっ・・・」 痛い所を突かれてしまった桜井は、言葉に詰まった。「目の前の仕事に追われていて・・・」と言い返そうにも、言い訳になってしまうことは自覚している。 「そういうことだ。さ、仕事のキリも良さそうだし、IFRS勉強会だ。」 藤原がそう言ったということは、エクセルシートの数値に問題はないらしい。桜井は秘かに安堵した。 隣の席で喜々と準備をする藤原に従い、桜井も一旦作業中の資料を脇に退けてIFRS勉強用のノートを取り出すことにした。 藤原はいつものように「コホン」と咳払いをして先生モードになると、事前に準備していた用紙を桜井に手渡した。 「さて、IFRSの減損会計については、IAS第36号に規定されている。このIAS第36号は、資産の帳簿価額が使用又は売却による回収可能価額を上回っている場合、資産は減損(impairment)しているものと考え、減損損失を認識することを要求している基準だ。」 藤原は説明しながら、イメージ図を簡単に描いて桜井に見せた。 「はい。」と桜井は頷いた。これくらいなら、桜井にも理解できる。 「まずはこのフローチャートを見てくれ。今回はこのフローチャートの項目に沿って勉強していこう。」 「はい。分かりました。」 桜井は藤原から手渡された用紙に目を落とした。 【減損会計処理のフローチャート】 「へぇ。IFRSでも、まずは減損の兆候を識別するんですね。比べてみると日本基準と似ているところもありますね。」 IFRSということで身構えていた桜井は、見知っている単語を見て安心した。 「そうだ。減損損失計上の基本的な手続きに大きな違いはないと考えて大丈夫だろう。」 IFRSと日本基準との違いは大きく2つ 「あれ?」用紙を見ていた桜井は声を上げた。 「日本基準だと、減損の兆候を把握した後、減損損失を認識するかを決めるために割引前将来キャッシュ・フローと帳簿価額とを比較するステップがありますけど、IFRSにはないんですね。」 「そこが違いの1つだな。IFRSと日本基準では、大きく分けて2つの違いがある。」 藤原は指を1つずつ立てながら、説明していく。 「 IFRSは1段階アプローチ、日本基準は2段階アプローチを採用していること IFRSでは、減損損失の戻入れの規定があること 以上の2点だ。」 「へぇ。」 桜井はさっそく2つの違いをフローチャートの横にメモした。 ◆1段階アプローチと2段階アプローチ 「まずは1つ目の違いから説明した方が分かりやすいだろう。 日本基準が採用している2段階アプローチでは、さっきお前が言ったように、減損の兆候を把握した場合、減損損失を認識するか検討した後、減損損失を測定することになる。」 「はい。」と桜井が頷く。 「一方のIFRSでは、減損の兆候が把握されたら、回収可能価額の測定にダイレクトに移り、減損損失を計上するという手順を採っているんだ。比較してみると、こんな感じだな。」 【日本基準とIFRSの減損手続の違い】 「なるほど。IFRSの方が、手続がシンプルなんですね。」 「そうとも言えるな。」 ◆IFRSと日本基準の減損会計の目的に違いがある 「でも、なぜこんな違いが出るんですか?同じ「減損」という事象を認識する会計処理ですよね?」 「それはだな、減損会計の目的が違うからなんだ。」 「そうなんですか?」 聞き返した桜井に藤原は一度頷いてから、説明を続けた。 「日本基準の減損会計は、資産の収益力が低下した場合、取得原価主義会計の下で帳簿の臨時的な減損の手続として規定しているんだ。だから、日本基準では、減損していることが相当程度確実な場合に限って、帳簿価額に回収可能価額を反映させるために減損損失を認識及び測定することになる。」 「それが2段階アプローチとして表れているんですね。」 「そうだ。」と藤原は頷いて、説明を続けた。 「一方IFRSでは、資産が減損している場合には、企業が回収可能価額を上回る金額で資産の帳簿価額を計上しないことを確保するための手続として規定されている。」 「なるほど。日本基準のように減損していることへの確実性までは求めていないんですね。」 「そういうことだな。」 ◆IFRSでは日本基準よりも比較的早く減損損失を計上する傾向がある 「ということは、IFRSでは、減損の兆候があれば、回収可能価額まで帳簿価額を減額することになるんですか?」 「そういうことだ。もちろん、減損の兆候があったとしても、回収可能価額が帳簿価額を上回れば減損は不要だがな。」 「へぇ。」と、桜井は手を顎に当てて、相槌を打った。 「とすると、IFRSでは、日本基準より早い段階で減損損失が計上されることになりそうですね。」 「ああ。その傾向はあるだろうな。」 一方の藤原は、腕を組んで桜井に返事をする。 ◆IFRSでは一度計上した減損損失を戻し入れることがある 「でも・・・」と、桜井はふと疑問に思ったことを尋ねた。 「日本基準では、ほぼ確実に減損していると考えられる資産についてのみ減損損失を計上しますけど、IFRSの方法だと減損のタイミングが早すぎて、減損処理をした後で業績が回復して回収可能価額が回復することもあるんじゃないですか?」 「お。やっぱり、朝だと頭が冴えているな。」と藤原は桜井を茶化して、説明を続けた。 「お前の言う通りだ。これが2つ目の違いにつながっていくんだ。」 「2つ目の違いって、えーと、IFRSでは減損損失の戻入れの規定があることですか?」 桜井はさっき書いたメモを確認した。 「そうだ。フローチャートにもあるように、IFRSでは減損したら『ハイ、おしまい』ってわけにはいかない。減損後もその資産の回収可能価額が回復しているかどうかを引き続き検討することになるんだ。」 「なるほど。そうなんですか。」 「ま、詳しい説明は後でやることにして、まずはフローチャートに沿って、始めから手順を見ていこう。」 減損の兆候の識別 藤原は、1つ目のボックスをペンで指した。 「まず、各報告期間の末日現在で、資産が減損している可能性を示す兆候(indication)があるかどうかを検討することになる。」 「はい。各報告期間末日に実施するんですね。」 桜井は、フローチャートのひし形の横にある余白にメモした。 「どういったものが減損の兆候に当たるかについては、最低限考慮しなければならない兆候として基準の中で例示がある。」 「また難しい言い回しがあるんでしょうか・・・?」 桜井は少しドキドキしながら尋ねた。 「いや、そんなことはないぞ。簡単にまとめた表を作ってあるから、ちょっと待ってろ。」 そう言うと、藤原は棚に並べてあるファイルの1つを取り出し、目当てのものを探した。 「おっ。これだ、これ。」 藤原は1枚の紙を桜井に手渡した。 【減損の兆候】 「IFRSでは、減損の兆候を『外部の情報源』と『内部の情報源』に分けて示しているんだ。」 「へぇ。」 表の項目を1つずつ眺めていた桜井は、一旦目を止めた。 「市場金利等の上昇も減損の兆候になるんですね!」 「『外部の情報源』の3つ目だな。市場金利の上昇が割引率に影響を与える場合には、回収可能価額の1つである『使用価値』が減少することになるからだな。」 「『使用価値』って、将来キャッシュ・フローを現在価値に割り引いた金額のことですよね。その割引率に影響を与える、か・・・。確かに言われてみるとそうですね。」 桜井は納得したように頷いて、次の項目を確認した。 「その次にある、純資産の帳簿価額と株式の時価総額との比較も面白いですね。これも減損の兆候に該当するんですね。」 「だろ?この2つは新鮮だよな。」 桜井は藤原の言葉に頷いた。 「他には、資産価値の著しい低下、環境の著しい変化、資産の陳腐化、資産の使用程度や方法の著しい変更、資産に経済的成果の悪化、などがIAS第36号では挙げられている。」 「日本基準でも兆候として挙げられているものばかりですね。これなら僕でも理解できます。」 ◆IFRSでは減損の兆候に関する数値基準はない 「よし。じゃ、次は兆候についての注意点だ。」 「注意点?」 「もう分かっていると思うが、IFRSでは原則主義を採用している。」 「あ、はい。そうでしたね。」 IFRSが原則主義だということは何度も藤原から聞かされているため、桜井はすぐ思い出した。 「だから、日本基準にあるような、資産の市場価額が帳簿価額から50%以上下落した場合とか、営業損益又はキャッシュ・フローが継続してマイナスが概ね2年を指すとか、そういった数値基準はないんだ。」 「なるほど。実質的な判断をすることになるんですね。」 「とはいっても、減損の兆候の基本的な考え方は日本基準と類似している。数値基準がないからといって、実務上それほど負担が増えるわけではないと俺は考えているけどな。」 それを聞いて、桜井はほっとした。 ◆耐用年数の確定できない無形資産・使用不可能な無形資産・のれんの減損テストの実施時期 「そうそう、さっき減損の兆候の判定は、各報告期間の末日に検討すると言ったよな?」 「はぁ。確かにそう言いましたけど・・・?」 桜井は、首を傾げた。わざわざ藤原が繰り返して説明する意図が分からなかったからだ。 「そこには、『ただし』が付く。」 藤原はニヤリと笑った。 「 耐用年数を確定できない無形資産 まだ使用可能でない無形資産 のれん 以上の3つについては、毎年同じ時期に減損テストを実施するのであれば、事業年度中のいつでも実施することができるんだ。」 「へぇ。そう言えば、IFRSではのれんは償却せずに毎年減損テストを実施するんでしたよね。この基準に書いてあるんですね。」 「そうだ。よく覚えていたな。」という藤原の言葉に、桜井は得意げな表情を浮かべた。 「これらの3つの資産については、減損の兆候の有無に関わらず、毎年回収可能価額を算定して帳簿価額より下回っていないか、という減損テストを行うことになる。」 「減損の兆候はなくても、回収可能価額の計算が必要なんですね。分かりました。」 桜井は忘れないようにメモを取った。 回収可能価額の測定 「減損の兆候があると判断された場合、次のステップ、つまり、回収可能価額(recoverable amount)を測定することになる。この流れは、もう大丈夫だな?」 「はい。1段階アプローチだからですね。」 ◆回収可能価額は処分コスト控除後の公正価値か使用価値の大きい方 「この回収可能価額は、 処分コスト控除後の公正価値(fair value less costs of disposal) 使用価値(value in use) の2つのうち、いずれか大きい金額と定義されているんだ。」 「なるほど。では、減損の兆候が識別された資産があれば、その2つの価値を測定することになるんですね。」 藤原は腕を組んで、桜井の言葉を補足した。 「まぁな。でも、どちらか1つでも資産の帳簿価額を超過する場合は、そもそも資産は減損していないんだから、もう一方をわざわざ見積もる必要はないぞ。その場合は、片方だけ見積もれば十分だ。」 「あ、確かにその通りですね。」 ◆処分コスト控除後の公正価値はIFRS第13号に基づいて測定 「ところで、『処分コスト控除後の公正価値』と言いましたが、公正価値といえば、確か・・・IFRS第13号のアレですか?」 桜井が少し自信なさそうに、藤原に確認した。 「お、よく覚えていたな。そう、IFRS第13号『公正価値測定』だ。」 藤原からすれば、桜井はすっかり忘れているだろうと予想していたので、桜井の口から基準名が出てきたのは嬉しい驚きだった。 「ええ。中身はすっかり忘れてしまいましたけど。」 「はは。内容が抽象的だからな。一発で覚えられるようなもんじゃないから、こうやって見かけた時にその都度読み直して、知識の定着を図ればいいと思うぞ。」 「ええ、そうします。」と桜井は素直に答えた。 「お前が言ったとおり、IFRS第13号に基づいて公正価値を見積もることになる。そこから資産を処分するために直接起因するコストである『処分コスト』を差し引いた金額が『処分コスト控除後の公正価値』だ。」 「はい。分かりました。」 ◆使用価値 「2つ目の使用価値については、日本基準でもお馴染みだな。」 「そうですね。その資産の継続使用と最終的な処分から発生する正味の将来キャッシュ・フローを現在価値に割り引いたものですよね。」 「ああ。ここは大丈夫そうだな。」 藤原は安心して次に進むことにした。 ◆回収可能価額の算定単位 「次は減損損失の計上のステップですね!」 桜井が確認すると、藤原が首を横に振った。 「いや、まだだ。その前に、回収可能価額を算定する単位について説明が必要だからな。」 少し考えて、桜井が口を開いた。 「えっと、「回収可能価額を算定する単位」って、いわゆる資産のグルーピングのことでしょうか?」 「ああ。簡単に言えば、そういうことだ。IFRSではどう規定しているのか、確認するぞ。」 「はい、分かりました。」 桜井はメモの準備をした。 ◆回収可能価額は、個別資産毎に算定。それができなければ資金生成単位ごとに算定 「まず、IFRSでは、基本的には個別資産について回収可能価額を見積もる必要があるんだ。」 「え・・・。個別資産毎に見積もれるんですか?」 「まぁ、普通は難しいよな。だから、個別資産の回収可能価額の見積りが可能でない場合は、その資産が属する『資金生成単位(cash generating unit)』の回収可能性を算定することになる。」 「なるほど。その『資金生成単位』という資産グループを識別する必要があるんですね。」 「そういうことだ。」と言うと、藤原は資金生成単位について説明を続けた。 ◆資金生成単位の識別 「『資金生成単位』とは、他の資産又は資産グループからのキャッシュ・インフローとは概ね独立したキャッシュ・インフローを生成する最小の識別可能な資産グループのことを言う。ここまでは大丈夫か?」 「はい、なんとか。」 桜井が理解できていることを確認して、藤原はさらに説明を加えた。 「そして、この資金生成単位の識別には、経営者がどのように事業を管理しているか、また、事業の継続や処分の意思決定をどのように行うのか、という要因を考慮して判断することになるんだ。」 ◆日本基準の資産グループと資金生成単位に大きな相違はない 「なるほど。『資金生成単位』という言葉は初めて聞きましたけど、定義を聞くと日本基準の資産グループとそう変わりませんね。」 「ああ。ウチの会社でも、IFRS導入後も今のグルーピングのまま減損検討することになっている。」 「へぇ。もう話はそこまで進んでるんですね。」 桜井は、藤原と違ってIFRS導入のプロジェクトチームの一員ではない。そうと分かっていても、桜井は少し取り残されたような気分になった。 「ちなみに、この『資金生成単位』は頭文字を取ってCGUと言う。文書でもけっこう目にするから、覚えた方がいいぞ。」 「はい。分かりました。」 どんどん増えていくIFRS用語を一度整理しなくちゃな、と桜井は思いながら、忘れないようにメモをした。 減損損失の計上 「さて、CGU毎の回収可能価額が分かれば、あとはそれぞれの帳簿価額との比較をするだけだ。」 「さっそくCGUって言葉を使うんですね・・・」 アルファベットとはいえ、英語があまり好きではない桜井にとって会話に英単語が混ざる説明は正直勘弁してほしい。 「お前も慣れておいた方がいいだろう?」 そんな桜井の気持ちを知っている藤原はニヤリと返した。負けるまいと、桜井は気を取り直して、藤原に確認した。 「えーと、回収可能価額より帳簿価額の方が上回れば、帳簿価額を回収可能価額まで減額して、その差額を減損損失として計上するんですよね。」 「ああ。イメージはこんな感じだな。」 ◆減損損失は通常、純損益として認識 藤原は説明を続けた。 「減損損失は通常、純損益に認識する。もっと具体的に言うと、営業損益として計上されるんだ。」 「あっ、IFRSでは特別損益は計上されないからですね。」 「そういうことだ。」 「先輩、『通常』っていうことは、別のケースもあるってことですか?」 「ああ。固定資産が再評価額で計上されている場合は、再評価の減額としてその他の包括利益に認識されることがある。」 「へぇ、そうなんですか。」 「ここまでが、減損損失計上の流れだ。どうだった?」 「思ったより日本基準と似ている点が多いですね。所々違う点がありましたけど、整理すれば対応できそうです。」 その言葉を聞いて、藤原もほっとした表情を見せた。 減損損失の戻入れの手続は減損計上時と同じ 2人は少し休憩をはさんで、勉強を再開することにした。 「さて、IFRSでは減損損失を計上した後、減損損失の戻入れを検討することになる、と始めに説明したよな?」 「はい。」 桜井は固い表情で答えた。減損損失の戻入れ処理は日本基準にはないため、難解なのではないかという不安を持ったからだ。 「そんなに固くならなくても大丈夫だ。減損損失の戻入れを検討するステップは減損損失計上のときと同じなんだ。」 「えっ。じゃ、『兆候→測定』っていう流れということですか?」 藤原の説明にやや拍子抜けした桜井は、フローチャートをもう一度見返した。 「そういうこと。さっそく確認していこう。」 ◆減損損失戻入れの兆候 「減損損失戻入れも、減損損失計上時と同様に各報告期間末日で兆候の有無を検討する。戻入れの兆候に関しても、外部情報と内部情報に分けて最低限考慮する事項の例示が基準で示されているんだ。これが、そのまとめたものだ。」 そう言うと、藤原はファイルからあらかじめ取り出しておいた用紙を桜井に渡した。 表には、項目が少ないものの、減損の兆候と似たような言葉が並んでいる。 【減損損失戻入れの兆候】 「減損の兆候とほぼ反対になっているんですね。資産の価値が『減少』から『増加』に代わっていたり、経済的効果が『悪化』が『良好』になっていたりするだけですね。」 「そうなんだ。減損の兆候のイメージさえ理解できていれば、戻入れの兆候は減損の兆候と裏返しの関係だと押さえておけば大丈夫だ。な?思ったより簡単だろう?」 「ええ、安心しました。」 回収可能価額の算定 「減損損失の戻入れの兆候が認識されたら、回収可能価額を測定することになる。この回収可能価額の算定方法は、減損損失計上のところで説明したものと同じだ。」 「はい。では、さっき確認した戻入れの兆候に該当する事象があれば、また回収可能価額を見積もることになるんですね。」と桜井は確認した。 「ああ。だが、最後の減損損失を認識した以後にその資産の回収可能価額の算定に用いた見積もりに変更があった場合のみ、戻入れをする必要があるんだ。」 「と言うことは、その見積り要素に変更がなければ、減損損失の戻入れはしなくていいということですか?」 「そういうことだ。」と藤原は腕を組んで頷いて見せた。 減損損失の戻入れの会計処理 「よし。回収可能価額を算定したら帳簿価額を回収可能価額まで増額し、その戻入れを純損益に認識することになる。」 「これも特別損益ではなく、営業損益になるんですよね?」 「ああ。その通りだ。」と藤原は頷いた。 ◆減損損失戻入れの注意点 「それから、減損損失の戻入れには、注意点が2つあるんだ。」 「え、注意点なんてあるんですか?」 メモを取っていた桜井は顔を上げた。 ◆のれんの減損損失戻入れは禁止 「ああ。注意すべき1つ目は、のれんの戻入れは禁止されている、ということだ。のれんを含んだ資産グループの減損損失を戻し入れる場合には、のれん以外の他の資産の帳簿価額を増額することになる。」 「なるほど。のれんは一度減損したら、戻入れはしないんですね。」 ◆減損損失の戻入れには上限がある 「もう1点は、減損損失の戻入れには上限がある、ということだ。」 「上限?帳簿価額を回収可能価額まで戻すんじゃないんですか?」 「IFRSでは、減損損失の戻入れによって増加した資産の帳簿価額は、過去の期間にその資産について認識した減損損失がなかった場合の減価償却控除後の帳簿価額を超えてはならない、という規定があるんだ。」 「へぇ。でも、何でそんな規定が必要なんですか?」 桜井が首を傾げたままなので、藤原は、イメージ図を描いて桜井に見せながら説明することにした。 「図の中の太線が、減損損失がなかったときの帳簿価額の推移だ。毎期減価償却のため帳簿価額は減少するから右下がりの線になる。例えば、×1期に減損した資産について×3期に減損損失の戻入れを行うとする。この時、×3期で回収可能価額が大幅に回復したとしても、帳簿価額が太線を超えるような戻入れは認められない、ということを言っているんだ。」 「ああ、なるほど!その上限の規定がないと、戻入れをした資産の帳簿価額が以前の帳簿価額を超えた金額になってしまう可能性があるからですね。」 図を見てようやく納得できた桜井は、明るい表情で藤原を見た。 「以上が減損会計の流れだ。大丈夫か?」 「ええ。理解はできていると思います。ただ、さすがに朝から疲れてきました。」と、桜井が正直に言うと、「俺もだ。」と藤原も笑って返した。 「じゃあ、最後に開示項目について見てみよう。」 「はい。よろしくお願いします。」 「まず、減損会計では、大きく2つのことを開示することになる。」 「はい。」と相槌を打った桜井は藤原の言葉の続きを待った。 「1つ目は、当期に計上した減損損失又は戻入れに関する注記、2つ目は、のれん又は耐用年数を確定できない無形資産を含むCGUの回収可能価額の算定に用いた見積もりに関する注記、だ。」 「へぇ。」 「具体的に何を開示するかは基準を読んだほうがいいが、主な開示項目をまとめた表を作ってある。」 「わっ、ありがたいです!」 桜井は藤原から一覧表を受け取った。 「1つ目の当期計上した減損損失又は減損損失戻入れに関する注記では、日本基準でも要求されているものも多いから、特に問題ないと思う。金額、計上科目、算定基礎、減損するに至った事象や状況などが開示されることになる。」 「ええ、そうですね。」と桜井は項目を目で追いながら答えた。 「目新しいものとしては、『個別の減損に重要性がないが、合計すると重要となる場合の開示』だな。これは、個々の減損損失の重要性が乏しいために注記を省略しているが、その合計額が重要であると判断される場合には、一定の注記が必要になるというものだ。」 「へぇ。そんな規定があるんですね。」 「それから、2つ目に挙げた、『のれん又は耐用年数を確定できない無形資産を含むCGUの回収可能価額の算定に用いた見積もりに関する注記』も日本基準にはないものだから、IFRSで新たに開示する項目になるな。」 「はい。先輩が分かりやすくまとめてくれているので、僕でも開示事項がすんなり頭に入ります。」 「感謝しろよ。結構大変なんだからな。」 桜井の言葉にまんざらでもない表情を浮かべて、藤原は桜井の頭を軽く小突いた。 「よし、今日はここまでだ。これでお前もIFRSの減損会計の基礎はバッチリだな。」 藤原が満足気に頷いていると、経理課長の倉田が颯爽と出社してきた。 「おはよう、お2人さん。どう?減損は大丈夫そう?」 倉田は藤原と桜井に気づくと、笑顔で聞いてきた。 「ええ、何とか大丈夫です。」と桜井が答えると、 「だよね。昨日藤原くんにエサを撒いておいたから、さっそく助けに来てくれたでしょ?」 と悪びれることなく倉田が言った。 「エサって何ですか・・・」と倉田の言葉に得心のいかない藤原が呟く。 「だって、君、困っている人を見捨てられないタイプでしょ。」 倉田はそれを聞き逃さず、今度は藤原に向かって笑顔をキープしたまま言い放った。常に絶やさない倉田の笑顔は有無を言わせぬ迫力がある。 「いやぁー、素晴らしいね、師弟愛。というより、コンビ愛かな?」 はっはっは、と高笑いしながら倉田は何も言えずにいる藤原の横を通りすぎ、自分の席へ向かっていった。 「コンビ愛って、芸人扱いですよ、僕たち。」 「課長にとっちゃ、俺たちはイジると面白いオモチャみたいなもんだからな・・・」 「確かに。僕、いつも課長の手のひらで転がされている感じがしているんですけど・・・」 「・・・」 しばらく沈黙した後、2人は同時にため息をついた。 (了)
金融商品会計を学ぶ 【第28回】 「ヘッジ会計⑨」 公認会計士 阿部 光成 引き続き、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号。以下「金融商品会計基準」という)及び「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号。以下「金融商品実務指針」という)におけるヘッジ会計について述べる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 包括ヘッジ ヘッジ対象が複数の資産又は負債から構成されている場合における、ヘッジ手段に係る損益又は評価差額の配分は、各ヘッジ対象に対するヘッジの効果を反映する配分基準に基づいて行い、次のような配分方法がある(金融商品実務指針173項、343項)。 Ⅱ 金利スワップの特例処理 金融商品会計基準注解14は次のように規定している。 金利スワップについて特例処理が認められるためには、次の条件をすべて満たす必要がある。なお、売買目的有価証券及びその他有価証券は特例処理の対象としない(金融商品実務指針178項、「金融商品会計に関するQ&A」Q58)。 金利スワップの特例処理は、金融商品会計基準の基本原則であるデリバティブの時価評価に例外を設けるものであることから、拡張解釈を避け、金利スワップがヘッジ対象たる資産又は負債とほとんど一体とみなせる場合に限られている(金融商品実務指針346項)。 金利スワップの特例処理の適用要件を充足すればヘッジ有効性の要件は自動的に満たされると考えられるため、金融商品実務指針178項の条件に合致する金利スワップについては、改めて有効性判定を行うことは要しない(金融商品実務指針158項、346項)。 次の事項に注意する(金融商品実務指針178項、179項、346項、347項)。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第124回】 金融商品会計⑫ 「デリバティブの時価評価、繰延ヘッジ」 仰星監査法人 公認会計士 渡邉 徹 日本公認会計士協会準会員 素村 康一 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) (1) ヘッジ会計を適用しない場合 〔X1年4月1日 借入れ及びスワップ契約締結時〕 〔X2年3月31日 決算日及び利払日〕 (※1) 借入金利息:100,000×0.5%=500 (※2) スワップ契約純受払額:100,000×(2.0%-0.5%)=1,500 〔X3年3月31日 決算日及び利払日〕 (※3) 借入金利息:100,000×0.8%=800 (※4) スワップ契約純受払額:100,000×(2.0%-0.8%)=1,200 (※5) 金利スワップの時価増加額10(=980-970)を認識する。 〔X4年3月31日 決算日、利払日及び返済日〕 (※6) 借入金利息:100,000×1.2%=1,200 (※7) スワップ契約純受払額:100,000×(2.0%-1.2%)=800 (2) ヘッジ会計(繰延ヘッジ)を適用した場合 ((1)ヘッジ会計を適用しない場合と異なる部分のみ記載する) 〔X1年4月1日 借入れ及びスワップ契約締結時〕 〔X2年3月31日 決算日及び利払日〕 〔X3年3月31日 決算日及び利払日〕 〔X4年3月31日 決算日、利払日及び返済日〕 〈会計処理の解説〉 (1) デリバティブの会計処理 金利スワップとは、同一の通貨において、異なる種類の金利間での受払条件を変換することを目的として利用される取引です。例えば、変動金利を受取り、固定金利を支払う金利スワップなどがあり、これにより変動金利における金利変動リスクを低減することができます。 金利スワップはデリバティブ(金融派生商品)の一種であるため、「金融商品に関する会計基準(以下、「金融商品会計基準」という)」に従った会計処理が求められます。デリバティブ取引は、時価をもって貸借対照表価額とし、その評価差額は、後述するヘッジ会計を適用する場合を除き、当期の損益として処理します(金融商品会計基準第25項、第88項)。 取引所に上場しているデリバティブ取引については、貸借対照表日における当該取引所の最終価格を用いて時価評価します(金融商品会計に関する実務指針(以下、「実務指針」という)第101項)。 取引所の相場がない非上場デリバティブ取引については、合理的に算定された価額を用いて時価評価します。合理的に算定された価額は、一般に以下の方法により算定します(実務指針第102項)。 インターバンク市場、ディーラー間市場、電子売買取引等の随時決済・換金ができる取引システムでの気配値による方法 割引現在価値による方法 オプション価格モデルによる方法 (2) ヘッジ会計 ヘッジ会計とは、ヘッジ取引のうち一定の要件を充たすものについて、ヘッジ対象に係る損益とヘッジ手段に係る損益を同一の会計期間に認識することで、ヘッジの効果を会計に反映させるための特殊な会計処理をいいます(金融商品会計基準第29項)。 今回の設例では、借入金の利息がヘッジ対象に該当し、金利スワップ契約がヘッジ手段に該当します。 ヘッジ会計を適用する場合の会計処理は、以下の2つの方法があり、繰延ヘッジが原則的な方法とされています(金融商品会計基準第32項)。 また、ヘッジ会計を適用するためには、ヘッジ取引開始時における事前テストと、ヘッジ取引時以降における事後テストが必要です(金融商品会計基準第31項)。 * * * 次回は、金利スワップの特例処理について解説します。 (了)
被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔労務面のアドバイス〕 【第4回】 「大規模災害が社員に与えるストレス」 特定社会保険労務士・中小企業診断士 小宮山 敏恵 災害によるストレスは長期に及ぶことが多く、様々な健康への影響が懸念される。「死ぬかもしれなかった」という恐怖体験、「大切な人を亡くす」という喪失体験だけでなく、水・電気・ガス・交通等のライフラインの遮断や避難所生活等によるストレス等がある。 こうした災害によるストレスは、PTSDやうつ病などの精神疾患を発症する要因となる。企業にとって社員の健康管理は不可欠であり、社員が安心して職場に復帰できる体制づくりが企業活動の早期復旧への近道であるといえよう。 (1) PTSDとは PTSDとは「心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder)」の略称であり、災害などによって強い精神的衝撃を受けることが原因で、著しい苦痛や、生活機能の障害をもたらすストレス障害をいう。 命の安全が脅かされるような出来事や災害、強烈な精神的ショック(外傷体験)を経験することによって、それが非常に深い心の傷(トラウマ)となり、時間が経ってからも同じような恐怖を感じ続け、心身に様々な症状を引き起こす精神的な後遺症・疾患である。 外傷体験をすれば、誰でも恐怖を感じたり、何度も体験を思い出したりして苦しむものである。多くの人は時間が経つにつれて恐怖を克服していくが、PTSDの場合は、その記憶が1ヶ月以上にわたって薄れることはなく、突然怖い体験を思い出す。このため、不安や緊張が続く、頭痛がある、眠れないといった症状になって現れる。 PTSDの初期対応としては「安心感を与えること」「友人などから励ましの電話をもらう」「ニュースを見ない」などが求められるが、さらに下記のような心のケアが必要と考えられる。 (2) 社員のPTSDに対する企業サポートとは 社員のPTSDによるストレスが長期化している場合、企業の行う積極的なサポートとして、次のような対応が考えられる。 (3) 長期休業者への対応について 症状の悪化により長期休業に至った場合は、次のような対応が考えられる。 その他、下記の厚生労働省ホームページを参照されたい。 (了)
税理士が知っておきたい [認知症]と相続問題 【第6回】 「『判断能力』に問題ある場合/ 問題が発生しそうな場合の具体的対処法(その1)」 クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 1 自分/親族の「判断能力」に関心を持つことの重要性 前回までの解説で明らかなように、一度認知症となり、判断能力に問題が生じる事態となれば、自己の財産管理や各種契約の締結等において著しい支障が生じることになる。 そのため、自分や家族が認知症となって判断能力に問題が生じる前から、将来の万一の事態に備えた手当てをしておくことは非常に有用である。 もしくは、判断能力に関して問題を感じ始めた初期の段階で、その時点でなしうる最善の対策に、できるだけ早期に取り組むということも肝要となる。 そこで、今回と次回とで、判断能力に問題が生じる場合の段階ごとにステージを分け、対処法を検討したい。 2 第1ステージ:平常時~判断能力に不安が生じてきた段階 ▷想定する状況 ▷対応方法 まだ本人の判断能力には目立った問題がない第1ステージにおいて、将来の財産管理の重要性に気づき、先手を打って対策を検討しておくことは非常に賢明といえる。 この段階では、下記のような広範な手法を使うことができ、また、生前において中長期にわたっての相続税対策上の取り組みも可能となる。 なお、【第2回】でも説明したように、一般的に加齢とともに認知症の罹患率も上昇する傾向にある。 仮に第1ステージから財産管理等への取り組みを始めた場合であっても、事情の変動による管理方法の見直しや本人に対する有効な治療・療養看護のためには、認知能力の低下がないか等についてその後も継続的に注意を向けていく必要がある。 ▷第1ステージで取りうる財産管理等の手法 ▷補足説明 まず、(1)財産管理契約についてであるが、非常に多発するトラブル例は、「管理を依頼された者が適切に財産管理を行わず、使途不明金が生じた」というものである。 この場合、依頼した本人の死後に相続人がこれを発見し、受任者に対して損害賠償請求するケースも近年増加している(いわゆる預金の使い込みのケース)。 このような事態を防止する対策としては、①財産管理を依頼された者以外の第三者(別の親族等)が、定期的に、預貯金残高や入出金の概要につき報告を受け、チェックできるような体制としておく、②受任者には、士業など職務上適切な取扱いを義務付けられている者に就任してもらうこと等が考えられる。 次に、(3)民事信託についてであるが、これらは近時話題とされることも多く、様々な利用形態が考えられる。そのため、個々人のニーズに応じ、契約内容の慎重な検討を前提として、これを利用することも選択肢に入れてよい。 その代表的な類型については、本連載後半のQ&A編において紹介したい。 (了)
〈小説〉 『資産課税第三部門にて。』 【第13話】 「認知症と相続債務」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「あの、統括官・・・納税者から電話で質問があったのですが・・・」 谷垣調査官は、田中統括官の机の前に立っている。 「納税者?」 資産税の調査報告書を読んでいた田中統括官は顔を上げた。 「ええ、相続債務についてなんですけど・・・」 谷垣調査官は少し困ったような表情を浮かべている。 「難しい質問なのかい?」 田中統括官は優しく尋ねる。 「それが・・・認知症の人の債務になるかどうか、というもので・・・」 谷垣調査官は電話のメモを見ながら応えた。 「認知症か・・・テレビなどを観ていると、介護する家族は本当に大変だね・・・」 田中統括官は真面目な顔になった。 「そうなんです。この前も、認知症の人が起こした事故(不法行為)に対して、鉄道会社がその家族に損害賠償を請求した事件かありましたよね・・・もっとも最高裁(平成28年3月1日判決)は、賠償責任はないと判断しましたけど・・・」 谷垣調査官は、先日、雑誌で読んだ記事を思い浮かべる。 「・・・ところで、納税者からの質問内容はどういうものだったの?」 田中統括官は谷垣調査官に尋ねた。 「はい、納税者からの質問は、この損害賠償金が、事故を起こした被相続人の相続債務になるのか、ということなんですけど・・・」 谷垣調査官は再びメモを見る。 「損害賠償は、認知症の人に対してではなく、介護をしていた家族に対してのものだよね?」 田中統括官は谷垣調査官の顔を見た。 「ええ・・・民法714条に基づく「監督義務」の責任です。」 「ということは、損害賠償金は、介護をしていた家族が支払うべきもので、認知症の人はもともと責任能力がないから、認知症の人の債務ではないだろう。」 田中統括官は、傍らにある小六法を取り出して図を描いた。 田中統括官は図を描き終えると、説明を始めた。 「鉄道会社は、基本的に、事故を起こした人に民法709条(不法行為)に基づく損害賠償をするけれども、精神上の障害により、自分が悪いことをしたと弁識できない成年者(認知症の人)は、他人に損害を与えても、その人に損害賠償の民事責任は負わさない・・・と民法713条に規定している。」 田中統括官は小六法で再び条文を確認する。 「ということは、鉄道会社は、認知症の人には損害賠償の請求ができないということなのですね。責任能力のない人に対して民事責任は負わせないということだから・・・やむを得ないということか・・・」 谷垣調査官は納得した様子だ。 「したがって、鉄道会社は、認知症の人を介護していた家族に対して損害賠償の訴えを起こすことになるのだけど、その根拠条文が民法714条・・・すなわち「責任無能力者の監督義務者等の責任」・・・ということになる。」 田中統括官は、民法714条を読み上げた。 「先ほどの最高裁は、家族の監督義務を否認し、家族は損害賠償金を支払う必要がなかったのですが、もし、責任を負うと判断された場合には、その損害賠償金は、統括官が説明されたように、法律上、認知症の人の債務ではないと判断することが、本当に妥当なのでしょうか・・・」 田中統括官は黙ったまま、谷垣調査官の話を聞いている。 谷垣調査官は話を続ける。 「例えば、認知症の人が多くの財産を持っていて、家族がお金を持っていない場合に、認知症の人の財産から損害賠償金が支払われたら・・・これって逆に、家族に贈与税を課するのか、という疑問が生じますよね・・・」 そう言うと、谷垣調査官は思案顔になる。 「確かに・・・君の言うことも分かるが・・・」 田中統括官も腕を組みながら考えている。 さらに谷垣調査官は尋ねる。 「・・・家族に対する贈与税はともかく、もし、これを相続債務として、相続人が相続税の申告をしてきた場合、統括官はこの申告を更正しますか?」 「・・・」 田中統括官は黙ってしまう。 「もともと、認知症の人が損害賠償の原因を作ったのだから、たとえ法律上は、認知症の人は責任無能力者で本人に対して責任を問えないとしても、公平の理念や条理に照らして、実質的な側面で課税する税法の世界では、被相続人の相続債務として、控除してもかまわないように思えるのですが・・・」 谷垣調査官は、田中統括官を見つめる。 「う~ん・・・これは、最終的には、立法で解決するしかないのかなあ・・・」 田中統括官は、腕を組みながらつぶやいた。 (つづく)
《速報解説》 H28.10以降提出分の相続税申告書への 「被相続人の個人番号(マイナンバー)」記載が不要に ~納税者等からの意見を踏まえ国税庁が取扱いを変更 Profession Journal編集部 マイナンバー制度の導入により、本年1月1日以降発生した相続等に係る相続税の申告書には、各相続人等に加え被相続人の個人番号も記載することとされていた。 この点については既報の通り、国税庁ホームページの「社会保障・税番号制度〈マイナンバー〉FAQ」において7月8日付で「相続税・贈与税に関するFAQ」を設け、柔軟な対応を含め周知してきたところだ。 具体的には下表の通り、被相続人の個人番号が確認できない場合などは、相続税申告書における被相続人の個人番号の記載欄を空欄として提出することも認められていた。 このたび9月30日付で、国税庁は下記のように、平成28年10月以降に提出される相続税申告書については、被相続人の個人番号の記載を不要とする取扱いを示した。 (※) 贈与税の申告書における贈与者の個人番号については上表のとおり、従前から記載が不要とされている(贈与を受けた者の個人番号記載は必要)。 これは、相続税申告書への被相続人の個人番号の記載について、納税者等から、 といった意見が寄せられたことを踏まえ、関係省庁と協議・検討の上、取扱いを変更するとしたもの。 なお、既に税務署へ提出された相続税申告書に記載された被相続人の個人番号については、税務署においてマスキングすることとされている。 今回の取扱い変更を受け、すでに国税庁ホームページ上の相続税の申告書第1表については様式が改訂されており、さらに上記FAQの内容も見直しが行われている。 相続税の申告実務としては朗報と言えるが、各相続人等の個人番号については従前どおり記載が必要とされているため、見直し後の上記関係資料を改めて確認いただき、各相続人等の特定個人情報の取扱いについては引き続き慎重を期したい。 【参考図】 (※) 国税庁ホームページより (了)
《速報解説》 「公益法人会計基準を適用する公益社団・財団法人及び一般社団・財団法人の財務諸表に関する監査上の取扱い及び監査報告書の文例」が公表 ~過年度遡及会計基準に係る監査上の取扱いを追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年9月27日、日本公認会計士協会は、「公益社団・財団法人及び一般社団・財団法人における監査上の取扱い」(非営利法人委員会実務指針第34号)を改正し、「公益法人会計基準を適用する公益社団・財団法人及び一般社団・財団法人の財務諸表に関する監査上の取扱い及び監査報告書の文例」(非営利法人委員会実務指針第34号)として公表した。 これにより、平成28年6月16日から意見募集していた公開草案が確定することとなる。実務指針の改正に際して、公開草案に対する「コメントの概要及び対応について」も公表されている。 今回の改正は、平成28年3月23日に公表された「平成27年度 公益法人の会計に関する諸課題の検討結果について」(内閣府公益認定等委員会 公益法人の会計に関する研究会。以下「27年度報告」という)に基づいて検討を行い、「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号。以下「過年度遡及会計基準」という)に係る監査上の取扱いを追加した上で、形式的な変更を行ったものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 1 適用範囲 公益社団・財団法人及び一般社団・財団法人における法定監査及びこれに準ずる監査上の取扱いについて規定している(実務指針1項)。 2 財務報告の枠組み 公益法人会計基準を適用した財務諸表は、一般目的として受入可能であり、また、公益法人会計基準は、監査基準委員会報告書200第12項(13)に規定する適正表示の枠組みの要件を満たしていると考えられるため、一般目的・適正表示の枠組みであると考えられる(実務指針11項)。 3 過年度遡及会計基準 27年度報告では、過年度遡及会計基準について原則適用とするのではなく、本基準の企業への適用状況、公益法人の実態等に鑑み、「自主的に適用することは妨げない」という取扱いが示されている。 また、27年度報告では、「公益法人が会計監査を受ける場合の取扱いについては、別途、日本公認会計士協会において、ご検討いただきたい。」という取扱いも示されている。 会計方針や表示方法の変更、過去の誤謬の訂正があった場合には、過年度遡及会計基準を適用することにより、「財務諸表の期間比較可能性及び企業間の比較可能性が向上し、財務諸表の意思決定有用性を高めることができる」という趣旨は、非営利組織における財務報告の目的を達成する観点からも、企業と公益法人の間で違いはないため、監査対象となるような公益法人においては、通常、過年度遡及会計基準を適用することとなる(実務指針24項)。 4 独立監査人の監査報告書の文例 実務指針では、「付録 独立監査人の監査報告書の文例」が記載されており、公益法人会計基準を適用した財務諸表について法定監査を実施する場合の監査報告書の文例(無限責任社員の場合で、公認会計士法34条の10の4第2項に規定する指定証明であるとき)を示し、実務の参考に供している。 Ⅲ 適用時期等 実務指針は、平成29年3月31日以後終了する事業年度に係る監査から適用する。 (了)