「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例34(法人事業税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆外形標準課税の課税標準(地方税法72条の2) 資本金1億円超の法人については、平成15年度の税制改正において、法人事業税につき外形標準課税が導入されている。外形標準課税は、付加価値割、資本割、所得割からなり、それぞれの課税標準は次のとおりである。 ◆資本割における「持株会社特例」(地方税法72条の21第6項) 資本割は、法人の資本等の金額に税率を乗じて計算されるものであるが、適用対象となる法人が特定持株会社(総資産価額に占める特定子会社の株式の帳簿価額の割合が100分の50を超える内国法人をいう)である場合には、「持株会社特例」が設けられており、次の算式により求めた金額が控除される。 この場合の特定子会社株式の帳簿価額は、総資産価額(分母)の計算上は会計上の簿価を用い、特定子会社株式の帳簿価額(分子)の計算上は法人税法上の簿価を用いる。 (了)
改正電子帳簿保存法と企業実務 【第10回】 「電子取引に係る電磁的記録の保存(2)」 税理士 袖山 喜久造 前回に続き、電帳法第10条に規定された電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存方法について解説する。 1 電帳法施行規則第8条の規定 規則第8条第1項は電子取引に係る電磁的記録の保存方法について規定しており、「法第10条に規定する保存義務者は、電子取引を行った場合には、当該電子取引の取引情報に係る電磁的記録を、当該取引情報の授受が書面により行われたとした場合に、当該書面を保存すべきこととなる場所に、保存すべきこととなる期間、保存要件に従って保存しなければならない」としている。 2 保存場所と保存期間 電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存場所は、その取引情報の受領が書面により行われたとした場合、又はその取引情報の受領が書面で行われこの写しが作成されたとした場合に、各税法の規定により書面を保存することとなる場所、すなわち納税地若しくは国内の事務所、事業所、その他準ずる場所で保存することとなる。 電磁的記録の保存場所については、保存場所にサーバ等が設置されていない場合であっても、例えば、当該保存場所(納税地等)に備え付けられている電子計算機と通信回線で接続されるなどにより、保存場所において電子取引に係る電磁的記録をディスプレイの画面及び書面に、それぞれの要件に従った状態で速やかに出力することができるときは、当該電磁的記録は保存場所に保存等がされているものとして取り扱われることとなる。 保存期間は、法人税法の規定により7年間となる。青色申告法人、連結申告法人が繰越欠損金若しくは連結繰越欠損金の繰越控除を利用する場合には、最長で10年間が保存期間となる。 なお、電子取引に係る電磁的記録を書面に出力し保存する場合も、保存場所及び保存期間は同様になる。 3 電磁的記録への措置 規則第8条第1項では、電子取引に係る電磁的記録の保存にあたっては、以下の2つのいずれかの措置をしなければならないとしている。 (1) タイムスタンプの付与 規則第8条第1項第1号では、取引情報の授受後に、遅滞なく、当該電磁的記録の記録事項にタイムスタンプを付すこととしている。 この場合の「遅滞なく」は、特に具体的な期限等の規定はないが、原本とスキャンデータが相違ないことを確認するスキャナ保存制度と異なり、電子取引においては、当該電磁的記録そのものにタイムスタンプを付与することになり、「授受後即時に」と解すことが一般的である。 規則第8条第1項で規定されるタイムスタンプとは、規則第3条第5項第2号ロで規定されるタイムスタンプの要件が適用される。したがって、スキャナ保存で行う際と同様に、タイムスタンプは、一般財団法人日本データ通信協会が認定する業務に係るタイムスタンプで、改ざん検知ができ、かつ、一括検証ができなくてはならない。 (2) 事務処理規程の整備 規則第8条第1項第2号では、「正当な理由がない訂正及び削除の防止に関する事務処理の規程」を定めることとされているが、これは、当該規程によって電子取引の取引情報に係る電磁的記録の真実性を確保することを目的としたものである。 したがって真実性を確保する手段としては、保存義務者自らの規程のみによる方法のほか、取引相手先との契約による方法も考えられることから、当該電磁的記録の記録事項について正当な理由がない訂正及び削除の防止に関する事務処理の規程を定め、当該規程に沿った運用を行い、当該電磁的記録の保存に併せて当該規程の備付けを行うこととされている。 この規程の作成に当たっては、以下の事項に留意する必要がある。 ① 自らの規程のみによって防止する場合 電子取引に係る電磁的記録の訂正及び削除を原則禁止とし、業務処理上の都合により、データを訂正又は削除する場合は、訂正又は削除できる事象(例えば、取引相手方からの依頼により、入力漏れとなった取引年月日を追記)を具体的に決め、訂正削除日、訂正削除理由、訂正削除内容、処理担当者の氏名の記録及び保存などに関する事務処理手続を盛り込む必要がある。また、データ管理責任者及び処理責任者を定め規程に記載する。 ② 取引相手との契約によって防止する場合 電子取引の種類を問わず、事前に取引相手とデータ訂正等の防止に関する条項を含む契約を行う必要がある。規程には、例えば「電子取引の種類を問わず、電子取引を行う場合には、事前に、取引相手とデータの訂正等を行わないことに関する具体的な条項を含んだ契約を締結すること。」等を記載する必要がある。 電子取引の種別には様々な取引形態があり、それぞれの取引に当該電磁的記録の真正性を担保する重要性が異なることから、必要に応じて電子署名若しくはタイムスタンプを用いる方法が現実的である。保存義務者の現実的な運用としては、多くは後者の事務処理規程を備え付け運用する方法がとられるであろう。 4 保存方法 規則第8条第1項においては、電子取引の電磁的記録の保存方法は、規則第3条第1項第4号及び第5項第7号において準用する同条第1項第3号イ、及び第5号に掲げる要件に従って保存しなければならない、と規定されている。 電子取引に係る電磁的記録の保存に代えて、書面に出力したものを保存する場合には、その電磁的記録を整然とした形式及び明瞭な状態で保存する必要がある。 以下、電磁的記録の保存方法として規定されている項目について具体的に解説する。 (1) 関係書類の備付け(規則第3条第1項第3号) 電子取引に係る電磁的記録の保存に併せて、電子取引の電磁的記録に係る電子計算処理システムの概要を記載した書類の備付けを行うことが必要となる。この場合は、ほかの者が開発したシステムを使用している場合は備付けしなくてもよい。 (2) 見読性の確保(規則第3条第1項第4号) 当該電子取引に係る電磁的記録の保存をする場所に、当該電磁的記録の電子計算機処理の用に供することができる電子計算機、プログラム、ディスプレイ及びプリンタ並びにこれらの操作説明書を備え付け、当該電磁的記録をディスプレイの画面及び書面に、整然とした形式及び明瞭な状態で、速やかに出力することができるようにしておくことが必要である。 (3) 検索機能の確保(規則第3条第1項第5号) 当該電子取引に係る電磁的記録の記録事項を以下の項目等で検索をすることができる機能を確保しておくことが必要である。 電子取引に係る電磁的記録の検索機能の確保については、データの保存形態が様々であり、それぞれの種類の電子取引ごとに検索機能を確保することは現実的に困難と思われる。 EDI取引のように、データベースの形式で保存されるのであれば、ODBCなどを活用して汎用ソフトウエアで検索する方法も検討できる。電子メールは、データベースの形式では保存することができないため、例えばアーカイブソフトに付属している検索機能、あるいは、メール監視ソフトの監視ツールの検索機能を使用するしか検索機能を確保することができないと思われる。 電子取引に係る電磁的記録は、範囲が広く、取引形態も様々である。電帳法第10条の規定を的確に遵守できている保存義務者も必ずしも多くないことから、まずは当該電磁的記録の保存方法についての要件対応を検討する前に、法定保存期間中保存することが肝要と思われる。 * * * 次回は、国税関係帳簿書類の電磁的記録の保存の承認を受けている、電帳法適用法人の税務調査対応について解説する。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第8回】 「渡邉林産事件」 ~最判平成16年12月20日(集民215号1005頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
[子会社不祥事を未然に防ぐ] グループ企業における内部統制システムの再構築とリスクアプローチ 【第8回】 「グループ企業への具体的な関与(その2)」 ~リスク管理に係る基本的・具体的アプローチ~ 弁護士 遠藤 元一 1 「リスクベース・アプローチによるリスク管理」を具体例で検討 リスクベース・アプローチによるリスク管理の手法については【第5回】で概観した。親会社は、グループ企業の事業・規模・事業特性・組織風土等を考慮して、事業リスク、市場リスク、信用リスク、コンプライアンスリスク等多岐にわたるリスクを洗い出し、評価及び分析を行い、当該グループ企業のリスクマップを描き、優先的に対応すべきリスクの選定とその対策を検討する。 今回は、グループ企業の一社に、アパレルメーカーとの間で衣料品の販売を受託する繊維製品の流通商社がある場合を例に、リスクベース・アプローチによるリスク管理の手法を具体的に検討してみよう。 2 グループ会社におけるリスクの洗い出し 企業には、事業・規模、事業特性・組織風土、事業を展開する場所等による固有のリスクが存在する。繊維製品の販売を業とする流通商社のビジネスは、アパレルメーカーが、年2回(春夏シーズン、秋冬シーズン)、販売を決める衣料品の製造をアパレルメーカーの使者(あるいは代理人)としてメーカーに発注し、必要な繊維生地等をはじめとした原材料を調達してメーカーに販売する等して提供して衣料品を製造させ、製造された衣料品をメーカーからアパレルメーカーが指定する場所まで出荷・運搬して納入場所で検収条件での検収を行い、引渡しを行うことが一連の業務となる。 このような流通商社の業務のリスクを洗い出しすると、代表的なリスクとして次のようなものが考えられる。 ① 下請法に関するリスク 第1に、下請法を逸脱するリスクが考えられる。 衣料品の企画・仕様をアパレルメーカーがすべて決定し、流通商社の役割は単にそれをメーカーに伝えるだけであれば、下請法はアパレルメーカーとメーカーとの間で適用されることになるが、流通商社が何らかの形で企画・仕様に関わっている場合には、流通商社とメーカーとの間で下請法が適用される。 下請法が適用される場合、流通商社は親事業者として子事業者であるメーカーとの間で、3条書面の作成・交付や代金の支払期限についての制約等、下請法が定める規制を遵守することが求められる。 なお、メーカーに繊維生地等の原料を売り渡し、メーカーが製造した衣料品を買い上げるという売買契約を締結することによって下請法が適用されないと考えている流通商社もあるようである。しかし、下請法の適用の有無は、締結した契約の形式ではなく、実態で決められるため、メーカーとの間で売買契約を締結しているからといって下請法のリスクを回避できるわけではないという点に留意が必要である。 ② 景品表示法に関するリスク 第2に、景表法違反のリスクにも注意が必要である。繊維生地等の原料をメーカーが自ら調達する場合には、生地等の原産地の表示に誤りがある場合等には景表法違反となるからである。 ③ メーカーの事業・経営に関するリスク 第3に、繊維製品のメーカーは地場の(あるいは海外の)小規模・零細企業であることが多い。また繊維製品は需要シーズンが限られる季節製品であり、複数のアパレルメーカーからの受注が集中するため、製造が納期どおりに進まないリスクや、あるいは検収基準を満たさない製品が多くなるリスク、倒産して発注量分の繊維製品を確保できなくなるリスク等も生じうる。 ④ メーカーとの契約に関するリスク 第4に、メーカーとの契約(製造物供給契約であることが多い)が長期にわたっていると、事業縮小等やアパレルメーカー側の意向のみで当該メーカーとの契約を解消する場合に、契約書上で、契約は1年毎に更新する約定、一定の予告期間で解約できる条項を規定していても、相応の補償ないし損害賠償をしなければ契約を解消できないリスクも生じる。 これは「継続的契約の解消の法理」という名で知られており、実務では多数の訴訟が提起され、判例・裁判例の集積がある。 3 リスクの評価 次に、上記で洗い出ししたリスクを評価する。 リスクの評価においては、定量的な評価は難しく、定性的な評価に頼らざるを得ない。具体的には、「リスクの影響の大きさ」と「発生頻度」を数値化し、この2つの数値を乗じた数を基礎として評価を行う。 「リスクの影響の大きさ」は、業種、業態に照らして、影響のあるリスクか否か、自社の根幹事業に関わっているか等を考慮して判断することになる。 上記①の下請法違反リスクは、「刑事罰」というエンフォースメントがあり、悪質な違反の場合は刑事訴追のケースも生じるため、「リスクの影響の大きさ」は大きい。 また、アパレルメーカーによる発注から納品・引渡しまでの間に下請法の規定に適合しない場面が生じる頻度は、筆者が弁護士として様々な案件に関わった経験からみると決して低くはなく、「発生頻度」は相当高いという評価になる。 上記②の景表法違反リスクは、「企業名の公表」というエンフォースメントがあり、公表されると企業の信用毀損を招くという意味で「リスクの影響の大きさ」は決して小さくはない。 しかし、繊維生地等の原材料の調達・確保をメーカーに任せるのではなく、流通商社が自ら調達してメーカーに提供するのであれば、景表法違反が生じる頻度を極小化することは不可能ではなく、「発生頻度」のリスクの影響は小さいと評価できる。 上記③の納期遅延・納入不能リスクは、当該メーカーを起用するアパレルメーカーの数が多いほど「リスクの影響の大きさ」は大きくなるが、メーカーを当該アパレルメーカーの専属的下請けとして選定していれば、他のアパレルメーカーとの注文重複により製造・納入が遅延するリスクは軽減できる。ただしその反面、メーカーとの契約を解消するために要する補償は膨らむという問題が生じる。 4 取り組むべきリスクの優先順位の決定 このようにリスクの洗い出しと評価を行った後は、取り組むべきリスクの優先順位を決定することになる。 まずは、「リスクの影響の大きさ」が大きく、「発生頻度」も高いリスクが最優先的に取り組むべきリスクである。 次に、「リスクの影響の大きさ」が小さくても「発生頻度」が高いリスクや、「発生頻度」は低いものの「リスクの影響の大きさ」は大きいリスクも、優先的に取り組んで対処することが望ましい。 このような観点から、最優先で取り組むべきは「下請法違反リスク」に対する対応策であるが、多数競合アパレルメーカーから製品の製造を受注するメーカーの「納期遅延等リスク」に対する対応策、メーカーを通じてしか調達できない原材料がある場合の「景表法リスク」や「納期遅延リスク」に対する対応策にも相応の留意が必要となる。 なお、リスクの優先順位は、当該グループ会社において過去発生した事件・事故や同業他社で生起した事件・事故を参考にしながら、タイムリーに更新していくことが必要である。これは全社的内部統制における「リスクの認識と対応」を横断的に対応することとパラレルな作業である。 5 リスクの洗い出し・評価・優先順位の決定等は「どこが決めるのか」 2~4で検討した「リスクの洗い出し・評価、優先順位の決定」について、親会社におけるどの部署が中心となって作成するかは、子会社管理の態様(一元管理型か分散管理型か)やグループ企業の具体的な状況によって異なる。 部門毎の個別のリスクを識別・検出する縦割り作業(ボトムアップ)だけでなく、リスクの複合とつながりを見極め、複数の部門で連携し横断的にリスクを識別・検出する作業(トップダウン)を実践できる視点と体制が、より実効的なリスク管理を可能とすることも指摘しておきたい。 (了)
改正労働者派遣法への実務対応 《派遣先企業編》 ~派遣社員を受け入れている企業は「いつまでに」「何をすべきか」~ 【第3回】 「均等待遇等への対応」 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 【第3回】は、教育訓練の実施等の均衡待遇等への対応について検討する。 1 教育訓練の実施 派遣先は、自社の従業員に対して業務関連の教育訓練を行う場合は、派遣元からの求めに応じて、既に必要な能力を有している場合や同様の訓練を派遣元で実施できる場合等を除いて、派遣労働者に対しても同様の教育訓練を実施するよう配慮しなければならないとされている。 派遣労働者を雇用しているのは派遣元であるため、本来は派遣元が派遣労働者へ教育訓練を行うべきだが、派遣労働者が業務に従事しているのは派遣先であるため、業務関連の教育訓練は派遣先で実施するのが適しており、また、派遣労働者は教育訓練を受ける機会がそもそも少なくキャリアアップが図られにくい状況にあることから、今回の改正では、派遣先に対して派遣労働者への教育訓練に関する配慮義務が追加された。 今後、派遣元からの求めに応じて、自社の従業員に業務関連の教育訓練を行う場合は、派遣労働者もその対象者に加えるよう検討が必要となる。 なお、教育訓練の実施は配慮義務であり、派遣労働者に自社の従業員と同じ教育訓練を受けさせることが難しい場合は別の対応を講ずることも認められている。例えば、自社の従業員には集合研修を受けさせるが、コストや時間の関係から派遣労働者に同じ研修を受けさせることが難しいときは、Eラーニング等の別の方法で対応してもよい。 2 福利厚生施設の利用 派遣先は、派遣労働者に対して、自社の従業員が利用している福利厚生施設(給食施設、休憩室、更衣室)の利用の機会を与えるように配慮しなければならないとされている。 給食施設、休憩室、更衣室の3つの福利厚生施設の利用に関して、自社の従業員と派遣労働者で取扱いに差があるケースはそれほど多くないと思われるが、3つの福利厚生施設の利用に関する派遣労働者の取扱い状況を確認し、自社の従業員にしか利用させていない状況がある場合は、派遣労働者にも利用させるように運用を見直す必要がある。 なお、3つの福利厚生施設の利用は配慮義務であるため、教育訓練の実施の場合と同様に、派遣労働者に自社の従業員と同様に利用させることが難しい場合は、別の方法で対応してもよい。 3 情報提供 派遣先は、派遣労働者の賃金が適切に決定されるようにするため、派遣元から求められた場合は、次の情報を提供するよう配慮しなければならないとされている。なお、①の情報を提供することが望ましいが、②又は③、あるいはこれらに準ずる情報の提供でもよいとされている。 通常、自社の従業員の賃金決定にあたり、参考となる同業種の賃金水準情報を入手していると思われるため、派遣元から依頼があった場合には、それらの情報を提供する等により対応すればよい。 4 募集内容の周知 派遣先が従業員の募集を行う場合は、その募集内容を対象となる派遣労働者に周知することが義務付けられている。 周知の対象となる派遣労働者は、募集する対象者に応じて以下の通りとなっている。 周知の方法としては、事業所の掲示板に求人票を貼り出す方法や、対象者に直接メール等で通知する方法が挙げられる。なお、派遣労働者が募集条件に該当しないことが明らかな場合は、周知の必要はないとされている。 今後、労働者の募集を行う場合は、その業務フローに、派遣労働者への周知の必要性を確認する点の追加が必要となる。 * * * 教育訓練の実施等の均等待遇等については、一定期間経過後に必要となる「4 募集内容の周知」を除き、平成27年9月30日以降すぐに対応が必要となるため、対応について検討がまだ行われていない場合には、自社の状況を点検し、会社にとって適切かつ対応可能な対応策を講じていただきたい。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第5回】 「傾斜マンション事件-記録マネジメントの重要性」 弁護士 原 正雄 1 事前調査に基づく杭の長さ マンション建設は、杭打ち工事から始まる。本件マンションでは、専門会社による26ヶ所の事前調査を経て、元請の建設会社M社が、2005年11月までに、杭を打つ場所、数、長さを決定した。そのうえで、M社は、一次下請H社を通じて、二次下請の杭打ち業者A社に、杭打ち工事を発注した。 設計の際、元請M社は、以前の建物の杭の長さが18mであったことを知りながら、杭の長さを14mとした。この点について、週刊誌は「元請の発注ミスで杭の長さが2mほど足りず」と記載している(フライデー2015.11.13)。また、杭打ち業者A社は「設計ミス」と主張している。 他方、元請M社は「杭の仕様は建物によって違う」、「杭は工事の際に確認しながら打込むべきものだ」と反論している(日経2015.12.4)。 2 杭打ち工事とデータ化 杭打ち業者A社は、2005年12月9日から翌2006年3月10日までの約3ヶ月間で、杭打ち工事を実施した。 杭打ち工事では、杭打機オペレーターが、①杭を支持層に到達するまで打ち込んだうえ、②セメントを流し込んで地盤に固定する必要がある。その際、現場責任者は、以下のとおり記録化する。 しかし、本件マンションは、杭が支持層に到達したかのデータについて38本分、セメント量のデータについて45本分に、他のデータを貼り付けるなどの偽装があった。内13本は重複しているため、データ偽装は、杭810本中70本であった。 杭打ち業者A社の現場責任者は、データ偽装の理由を以下のとおり説明している。 A社の中間報告書によれば、現場責任者と杭打機オペレーターのコミュニケーションが良好でなかったため、現場責任者が杭打機から離れる際、杭打機オペレーターにデータ取得を依頼しにくい状況もあったとのことである。現場責任者以外の者がプリンターの操作方法を知らなかったという事情もあるようだ。 さらにA社の中間報告書によれば、ドリル抵抗値データは、掘削速度を反映しない、オペレーター毎に波形が異なる、障害物と支持層を区別できないなど、正確性に限界があったことが指摘されている。こうしたことも、現場責任者がデータを軽視した一因と考えられる。 3 実際の杭の状況 杭が実際に支持層に到達しているかどうかについては、元請M社と杭打ち業者A社との間で見解の相違がある。 (1) 元請M社の説明 元請M社は「第三者機関の評価の結果、6本の杭が支持層に届かず、2本も十分には届いていない」と説明している(日経2015.12.4)。 本件マンションでは、杭は工場で作った既製品を使用していた。杭の長さが足りない場合には、継ぎ足しの杭の追加発注となる(読売2015.10.22)。この点について、元請M社は「交換は10日で可能」、「仮に2~3週間かかっても全体の工期の中で吸収できた」としている。他方、杭打ち業者A社は「(追加発注するとすれば)1か月かかるため、工期への影響は避けられなかった」としている(日経2015.11.12)。 マンションは、建設中から販売を始めるのが一般である。本件マンションは、2006年6月から、建設中のまま販売が開始された。販促パンフレットには「見えないところほど入念な配慮を」と記載し、杭工事やその際の立ち合い調査の写真を掲載していた。 マンションの購入者は、完成予定日に従来の住居を引き払って入居する計画を立てているので、マンションの完成が遅れた場合、住む場所がなくなる。また、工事業者にとってもスケジュールの変更によって手配済みの機械のリース料の処理が問題になる。 本件マンションで、問題の杭は、工期終盤の2006年2月23日と24日に施工されたものに集中している。報道によれば「工期の遅れは禁物」という声もあるとのことで、杭打ち業者は「工期が強いプレッシャーになったかどうか、ヒアリングしていきたい」と説明している(朝日2015.10.22)。 また、当時は、耐震偽装問題が発覚した直後で、直前まで大変な着工ブームだった。各業者は複数の案件を抱え、人手も不足していた。工期遅れは、下請にとっても他の現場の仕事に影響する点で不利益だった、との指摘もある(産経2015.11.2)。 ただ、2015年11月3日時点のA社の調査では、現場責任者は「プレッシャーを受けたという記憶はない」と話している(読売2015.11.3)。 (2) 杭打ち業者A社の説明 他方、杭打ち業者A社は、「杭は支持層に到達している、杭以外が傾斜の原因の可能性もある」と主張している(日経2015.11.12、日経2015.12.4)。 杭が支持層に到達したかについては、杭打機のオペレーターは、機械の感触で確認できるとのことである。A社によれば、本件マンションの杭打ちをしたオペレーターは「杭は支持層に到達した」「セメント量に不具合はない」「工事そのものに問題はなかった」と説明している(日経2015.10.21、日経2015.11.12)。しかし、偽装されたデータしかない今、杭打ちをしたオペレーターが把握した機械の感触を証明する方法はない。 なお、セメント流し込みについては、A社の中間報告書は、予定した量のセメントが納品されていること、余りが出ると廃棄費用がかかることから、予定通りの量のセメントを使い切ったと推測している。 4 元請と一次下請 (1) 元請による監督状況 元請M社は、杭打ち工事の大部分で、立ち会っていなかった。 M社は「試験的に打つ杭に立ち会い、残りは施工報告書で確認すればよいとする国交相の標準仕様書に沿った対応だ」、「管理に落ち度はなかった」とする(朝日2015.11.12)。 しかし、杭打ち業者A社は、施工報告書を毎日提出していたわけではなかった。A社の執行役員は「(現場の責任者らは)施工報告書の作成をあまり重視していなかったという印象だ」と話している(読売2015.11.3)。元請M社も、施工報告書の提出を毎日求めていたわけではなく、数日分をまとめて受け取っていた。しかも、提出を受けていたのは、本来の取引先である一次下請H社からではなく、杭打ち工事業者A社からであった。 国交省は、施工報告書について「毎日提出させるのが当然だ」、「日々報告を受けなければ、契約で求められている適切な施工管理は難しい」としている(読売2015.10.19、読売2015.11.4)。 (2) 一次下請による監督状況 元請と施工業者(二次下請)との間に一次下請が入った場合、その役割は「工事の進捗確認、現場の安全確保」である。一次下請が工程管理をすることで、元請が現場と煩雑なやり取りをする手間が省ける。建設業界では、1960年代から重層下請構造が一般化したといわれている。 ただ、元請M社と杭打ち業者A社との間に入っていた一次下請H社は、事業の主力が半導体製造装置であり、建材販売の売上は1%にも満たなかった。同社は、実際はA社の販売代理店として営業活動をしただけであり、杭打ちについて技術的知見はなかったとのことである(朝日2015.10.22、日経2015.10.27)。また、杭打ち業者A社からの施工報告書の提出先は、一次下請H社ではなく、元請M社に直接提出していた。H社は、施工報告書の提出には関わっていなかった。 報道では「同社(H社)が間に入ったことも、元請M社の杭打ち業者A社に対するチェックの目を甘くした可能性がある」との指摘もされている(日経2015.10.18)。 5 発覚後の経緯 本件マンションの不具合が判明してから約半年後の2015年6月、ボーリング調査を開始したところ、杭が支持層に到達していない可能性が判明した。同年9月23日、元請M社が杭打ちのデータ偽装を発見し、翌24日に杭打ち業者A社に調査を要請し、10月6日にはデータ偽装を行政に報告した。 不動産販売会社MR社は、2015年10月9日から住民説明会を開始した。同月13日、本件が広く世の中に報道されるに至った。元請建設会社M社の株価は、ストップ安を記録した。また、杭打ち業者A社の親会社も株価が15%下落し、年初来安値、東証一部で値下り率トップ、売買高3位を記録した。 2015年10月15日、不動産販売会社MR社の社長と元請M社の社長が、ともに住民説明会に出席して謝罪するとともに、本件マンションの全棟建替えを提案した。 翌10月16日、杭打ち業者A社の社長が住民説明会に出席し、謝罪した。また、セメント量の偽装を初めて報告した。A社は、セメント量の偽装を10月5日時点で把握し、元請M社にも報告済みであったことから、住民から「今まで隠していたのか」との抗議を受ける事態となった。当初予定では同日で最終の住民説明会のはずであったが、同日の説明会は午後7時から翌日午前2時半まで7時間半継続し、それでも納得を得られず、以後も開催を余儀なくされた。 10月20日、杭打ち業者A社の親会社の社長が記者会見をした。報道では「住民不満、会見遅い」との指摘を受けた。 不動産販売会社MR社の親会社が記者会見に応じたのは、2015年11月6日、中間決算発表の記者会見であった。同社は「初めて謝罪」と報道された。 元請M社が記者会見に応じたのは、さらにその後の11月11日の中間決算発表で「初の記者会見」と報道された。M社は、記者会見では、データ改ざんを見抜けなかったことを謝罪した。ただ、杭打ち業者A社については「裏切られた」と述べて、A社に責任があると主張した(産経2015.11.12)。 6 建替え (1) 本件マンション 不動産販売会社MR社は、住民に対して、本件マンションの全棟の建替え、その間の仮住まい費用、精神的負担の補償一律300万円などの負担を約束している。 全棟の建替えは、区分所有法に基づき住民の8割の賛成が必要であるなど、数多くのハードルがある。2005年に発覚した耐震偽装事件によって建て替えることとなったマンションの中には、合意形成に約6年を要したところもあった(産経2015.10.31)。本件マンションの場合、2015年1月15日時点で住民の9割が建替えに賛成していることから(管理組合アンケート結果)、建替えの見通しはある。 ただ、建替えをする場合、その費用を最終的に誰が負担するのは、2016年1月15日現在、決まっていない。杭打ち業者A社が傾いた棟の補修改修費や、他の棟の調査費用の負担を表明しているのみである。 (2) 横浜市西区マンション 本件マンションと同じように建替えが問題になった事例として、横浜市西区マンションがある。同マンションは、完成から10年後の2013年、4棟のうち1棟に傾きが発覚した。不動産販売会社S社は、2014年4月、支持層に届いていない杭があることを公表した。その後、他の3棟も支持層不到達の杭があることが判明した。施工業者によれば、事前調査では想定できなかった支持層の急激な落ち込みがあったことに加え、杭穴先端部の掘削土から支持層と同種の土が確認されたことから支持層に到達したと判断したとのことであった。 不動産販売会社S社は、2014年10月5日、住民説明会で、マンションのうち1棟のみ建替えという方針を発表した。建替え対象となった棟の住民は、建替えに前向きと報道されている。他方、対象外となった他の棟の住民は、全棟建替えを希望していて「1棟建替えを先行すれば、他の棟は後回しになる」と異論を述べている。そのため、1年以上経った2015年10月30日時点で合意が形成できず、建替えできるかどうか未定という状況である。 建替えの費用については、不動産販売会社S社と建設会社K社との間で、分担の協議をしているが未了とのことである。 (3) 東京青山マンション 同様に建替えが問題になった事例として、東京青山のマンションがある。同マンションは、完成予定日まであと4ヶ月となった2013年12月、配管を通すためのスリーブと呼ばれる穴が6,000ヶ所のうち約600ヶ所で開けられていないか、位置が間違っていたことが発覚した。報道によれば、スリーブの設計図から施工図を作成した際にミスが生じたとのことである。 販売会社は、引渡直前の2014年3月半ば、マンションの完成を断念し、引渡を中止して購入者との契約を解約し、建替えをする方針を公表した。解体と建替えの費用は、販売会社との間では、施工者である元請の建設会社が全額負担するとされた。ただ、その元請と、スリーブの施工を担当した下請との間で最終的な負担をどうしたかは、公表されていない。 7 行政処分 建設業者に「請負契約に関する不誠実な行為」がある場合、国交省は、①業務改善命令、②1年以内の営業停止、③建設業許可取消などの行政処分ができる(建設業法28、29条)。 国交省は、2015年11月2日、杭打ち業者A社に対して、建設業法に基づく立入調査を実施した。そのうえで、2016年1月13日、元請M社、一次下請H社、杭打ち業者A社の3社に行政処分を下した。 処分内容と理由は、以下のとおりであった。 (※) 一定規模以上の工事では、主任技術者は専任とする義務がある。 (※) 下請への丸投げは、責任の所在が曖昧になり手抜き工事を招くので禁止されている。 8 事態の拡大 当初、杭打ち業者A社は、本件マンションの杭打ち現場責任者について「物言いや振る舞いから、性格はルーズ、事務処理が苦手そうだとの印象を受けた」としていた(読売2015.10.23)。これは、データ偽装が個人の問題であるとするものであった。 しかし、A社が過去に施工した杭工事3,000件以上を調査したところ、北海道の道営住宅で別の現場責任者による杭打ちデータ偽装が判明し、その後も次々とデータ偽装が判明した。複数の現場責任者が「他社の工事でもデータを偽装した」、「元請から何とかしろと言われたため」と説明しているとのことであった。本件は、現場責任者個人に帰着する問題ではなかった。 2015年11月24日時点で、A社は、3,040件中360件データ偽装、現場責任者180人中61人以上が関与(約3.5割、多くが出向社員)、データ確認不能188件(物件なし35件、業者なし153件)と発表した。A社グループにとって、杭などの建材事業は連結売上高の3%程度だったが、グループ全体が大きなダメージを被ることとなった。 杭打ちデータの偽装は、A社に止まらなかった。他の杭打ち業者でも、杭打ちデータ偽装をしていたことが発覚した。日本中で、マンション住民が「自分たちが住むマンションが大丈夫か」との問い合わせをするようになった。各マンション管理組合に杭打ち業者名を通知する取扱いを開始した不動産会社も登場した。 こうした事態に対して、国交省は、2016年1月13日、他の杭打ち業者に勧告を下した。また、再発防止に向けて新たな施工指針を策定すると報道されている。 9 本件の教訓-記録マネジメント 記録の保存には、①正当性の証明、②不正の排除、③監査の実行化という3つの目的がある。記録を作成、保存することによって、企業は自らの正当性を証明できる。また、厳正に記録が作成、保存されるのであれば、現場は不正を行うことができない。さらに、記録が残っていれば、事後に検証も可能となる。記録の作成、保存は「記録マネジメント」とも呼ぶべき事柄であり、コンプライアンスの基礎なのである(中島茂『最強のリスク管理』きんざい、2013年)。 しかし、本件では、データの記録が作成、保存されていなかった。 その結果、①データの記録は、杭打ち工事の適正を客観的に記録できる唯一の方法であったのに、杭打ち業者A社、一次下請H社、元請M社は、身の潔白を証明する手段を失ってしまった また、②本件で、データ記録の作成や保存、さらには施工報告書の作成が毎日行われていれば、データを偽装する余地はなかった。ところが、施工報告書の作成と提出が数日分まとめて行われていたため、現場責任者にデータ偽装の余地を与えてしまった。 さらに、③本件では、データがない以上、事後の検証は不可能となってしまった。杭打機のオペレーターは、杭の支持層への到達を機械の感触で確認したと説明しているとのことであるが、今となっては検証できない。 本件は、記録を作成して保存すること、すなわち記録マネジメントの重要性を示す事例として、銘記されなければならない。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例1】 株式会社東芝 「当社子会社であるウェスチングハウス社に係るのれんの減損について」 (2015.11.17) 事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、株式会社東芝(以下「東芝」という)が平成27年11月17日に開示した「当社子会社であるウェスチングハウス社に係るのれんの減損について」である。 この開示は、東芝の子会社のウェスチングハウス社(以下「WEC」という)グループと東芝の連結ベースの両方における、平成18年度から平成26年度までののれんの減損の計上の有無について説明したものである。 この開示の最後の方に、 という一文がある。 つまり、この開示は、本来は2012年度(平成24年度)に開示しなければならなかったWECグループの減損に関するものなのである。実務上、こうした開示は「遅延開示」といわれる。 もちろん本来あってはならない開示である。 2 なぜ開示が必要? 「適時開示」とは、証券取引所が、その証券市場に有価証券を上場している会社に対して、投資家の投資判断への影響が大きいと考えられる情報の開示を求めるものであり、適時開示が求められる情報は「決算情報」「決定事実」「発生事実」の3種類に分けられる。 そのうち、「決定事実」とは、会社が決定した重要事実、「発生事実」とは、会社に発生した重要事実であり、いずれも自社の事実だけでなく、子会社の事実に関しても適時開示が求められる。 その発生事実の中には「災害に起因する損害又は業務遂行の過程で生じた損害」というものがあり、WECグループの減損は、東芝の子会社におけるこれに該当するのである。 〈適時開示の構成〉 3 連結財務諸表に影響を及ぼさないが・・・ この「WECグループの減損については、当社の連結財務諸表に影響を及ぼすものではありませんが、2012年度については適時開示基準に該当しており、適時適切に開示すべきでした。」という一文の中には、「当社の連結財務諸表に影響を及ぼすものではありません」という記載がある。つまりWECグループの減損は、WECグループの単体の財務諸表には計上されるが、東芝の連結財務諸表には計上されないのである。 上述のとおり、適時開示の対象となる情報は、投資家の投資判断への影響が大きいと考えられる情報である。そのため、東芝の連結財務諸表に影響を及ぼさないのならば、投資家の投資判断にも影響を及ぼさず、適時開示は不要であると思われるかもしれない。 しかし、連結財務諸表に影響を及ぼさなくても、子会社における「災害に起因する損害又は業務遂行の過程で生じた損害」が基準以上の額である場合は、適時開示が必要とされるのである。 4 お粗末? 悪質? このWECグループの減損に関する適時開示が漏れていたことについて、平成27年11月28日の日本経済新聞は、「東芝、情報公開の改善約束、米子会社WH巡る開示義務違反」という見出しを付して、東芝による悪質な開示義務違反といった感じで大きく報道している。 一連の粉飾決算問題があった後であるため、そのように取り扱われたのだろうが、東京証券取引所自体はこの開示漏れを特に悪質な開示義務違反と捉えているわけではない。一連の粉飾決算に対しては重いペナルティを課したが、この開示漏れに対しては、口頭注意レベルで、特にペナルティは課していない。 この開示漏れが意図的なものであったのか否かはわからない。もちろん東芝は意図的なものではないと主張し、東京証券取引所もそのように判断している。それが本当であれば、適時開示についての知識が欠落していたか、適時開示の対象となる情報を収集する体制が整っていなかったわけで、極めてお粗末な開示義務違反である。 しかし、もしも意図的なものであったのならば(連結財務諸表に計上されないことをいいことに、適時開示を行わないことにしようと判断したのならば)、極めて悪質な開示義務違反といえるだろう。 (了)
税理士ができる 『中小企業の資金調達』支援実務 【第12回】 「金融機関提出書類の作成ポイント(その4 合計残高試算表)」 ~月次決算をする~ 公認会計士・中小企業診断士・税理士 西田 恭隆 融資における資料作成のポイントとして、今回は合計残高試算表について述べる。前期決算から数ヶ月経過してから融資を申し込む場合、実績に関する書類として、直近までの合計残高試算表を求められる場合がある。 前回までに述べた損益計算書と貸借対照表のポイントは、そのまま合計残高試算表にも当てはまる。今回は、それ以外の点について述べる。 合計残高試算表のポイント①:発生主義で計上する 中小零細企業の記帳代行においては、期中現金主義で処理している方が多いと思う。期末決算整理で発生主義に変え、翌期首に再び振替仕訳を行い、現金主義に戻すというやり方である。 金融機関に合計残高試算表を提出する場合は、月次決算整理を行い、発生主義に変えてから提出する。その時点での収益と費用が対応するので、金融機関は会社の実態をより適切に把握できる。また、期中現金主義だと若干の赤字になるところ、発生主義にすることによって黒字に変わる場合もある。赤字よりも黒字の方が印象は良い。この点も発生主義に変える利点である。 売上や仕入、金額が大きい経費を中心に発生主義処理する。細かいもの、毎月一定額のものを省略するのは、年次決算と同様である。 発生主義で金融機関に提出した後、再び現金主義に戻したい場合は、翌月初に振替仕訳を切る。月次決算整理仕訳は消去せずに残す。後日、金融機関に提出したデータを見返す場合があるからである。 合計残高試算表のポイント②:減価償却費を月次で計上する 減価償却費は通常、期末で一括計上する費目であり、期中の合計残高試算表には表れない。しかし、発生主義処理同様、毎月の実績を正しく表示するため、減価償却費も月次計上すべきである。また、これにより、毎月利益の合計=年間利益となるので、金融機関側は年間利益を予測しやすくなる。 実務上の処理としては、まず、申告ソフト等を使って年間減価償却費を見込み計算する。それを単純に12等分し、丸い数字にして月次減価償却費とする。例えば、年間見込額が1,234,567円であれば、毎月は102,880円、丸めて103,000円を計上する。期中に減価償却資産の変動があれば、それを加味して月次減価償却費を計算し直す。仕訳は (借)減価償却費 ×× (貸)減価償却累計額 ×× とする。決算書上の表示方法として直接法を選択している場合も、期中は間接法で行う。償却資産の実際簿価に影響させないためである。決算の際は、上記の逆仕訳を切り、改めて正確に計算した減価償却費の仕訳を直接法で切る。 減価償却費以外にも、年間金額が予測でき、一時点で発生する費用項目があれば、12等分して月次計上する。税務上の繰延資産である長期前払費用の償却額や、賞与等である。例えば、筆者の場合、長期前払費用の月次仕訳を (借)長期前払費用償却 ×× (貸)未払費用 ×× としている。貸方の貸借対照表項目は、未払金でも、独自に長期前払費用償却累計額としても良い。期中は概算であるし、重要なのは借方の損益項目である。 未払費用が毎月増加していくため、一見異常に見える。実際、金融機関の方から質問を受けた。しかし、内容と趣旨を説明したところ、ご理解頂けた。ちなみに、長期前払費用償却は減価償却費と同様、非現金支出費用なので、簡易キャッシュフローのプラス項目となる。 もちろん、金額が僅少なものまで月次計上する必要はない。金額が大きい費目だけ行えば良い。 合計残高試算表のポイント③:消費税は税抜方式で作成する 決算書上、消費税の処理方法を税抜方式にしているのであれば、合計残高試算表も税抜方式で金融機関に提出すれば良い。一方、消費税の処理方法を税込方式にしている場合、合計残高試算表は税抜方式に変えて作成する。その理由は2つある。実態を適切に表示するため、そして年間利益を予測しやすくするためである。月次減価償却費計上の理由と同じである。 まず、1つ目の理由を述べる。費用と収益には、それぞれ課税、非不課税項目があるため、それらを税込のまま比較しても、純粋な成果を把握することができない。例えば、給与(80円)と、それに対応する課税項目の売上高(税抜100円=税込108円)を比較してみる。給与は不課税項目のため、消費税が含まれない。よって税込処理の場合の利益は、108円-80円=28円となる。しかし、これは純粋な成果とはいえない。消費税8円が含まれており、消費税は会社に一律に課されるものであって、企業努力によるものとはいえないからである。純粋な成果実態は、消費税を除いた20円である。税抜方式にすることで、実態の正確な把握が可能となる。 税抜方式にすべき2つ目の理由は、年間利益を予測しやすくするためである。税込方式にしている場合、通常、決算時に消費税を一括費用計上する。期末に利益額が大きく変動してしまう。そこで、期中は税抜方式にし、消費税の影響を除いた利益にしておく。決算書が税込方式であっても、月次利益合計=年次利益となるので、年間利益を予測しやすくなる。 会計システムを使えば、税込方式から税抜方式へ簡単に切り替えできる。毎月、仮払消費税と仮受消費税を消し込み、差額を未払消費税として計上するだけなので、手間はそれほどかからない。簡易課税を選択している場合は、毎月税額を計算して、月次仕訳を行うのが理想ではある。 消費税は、費用と収益によって変動するので、減価償却費のように年間予測額を単純に12等分というわけにはいかない。よって、このような処理が必要となる。 合計残高試算表のポイント④:法人税等も月次計上する 法人税、法人住民税、事業税も、減価償却費と同じく、月次決算で計上しておく。年次決算レベルの税金計算をする必要はなく、法定実効税率を使って概算する。「会社の所得水準に応じた法定実効税率×月次税引前当期純利益(消費税抜)」と計算する。 法人住民税均等割も月割計上するのが正確であるけれども、少額であれば、未計上で問題ないだろう。 * * * 今回まで、決算書及び合計残高試算表という、実績に関する資料の作成ポイントについて述べた。次回からは、事業計画書及び資金繰り表という、将来予測に関する資料の作成について説明する。 (了)
《速報解説》 平成28年度税制改正におけるマイナンバー関連の改正事項 ~事務負担を考慮し一定の書類については個人番号の記載を不要に~ 仰星監査法人 公認会計士 岡田 健司 去る平成27年12月16日に、平成28年度税制改正大綱(以下、「大綱」という)が公表された。このなかでいくつかマイナンバー制度に関連した改正が取り扱われている。 そこで以下では、マイナンバー制度に関連する大綱の内容について解説する。 1 マイナンバーに係る税制改正の概要 大綱によれば、円滑・適正な納税のための環境整備の一環で、マイナンバーの記載に係る本人確認手続やマイナンバー記載書類の管理負担に配慮し、一定の書類についてマイナンバーの記載を不要とする見直しを行うものとされている(大綱17頁)。 具体的には、国税、地方税の両分野で次の見直しが行われる予定である。 なお、取扱いの見直しについては「個人番号」のみであり、「法人番号」についての取扱いは従前予定されていたものと変わらない。 2 具体的な内容 ▷国税分野 提出者等のマイナンバーを記載しなければならないこととされている税務関係書類(申告書及び調書等を除く)のうち、次に掲げる書類について、提出者等のマイナンバーの記載を要しないこととする。 大綱上、(1)(2)それぞれについて例示されている書類は次のとおりである。 ただし、当該大綱を受けて財務省から案(未確定版)として、「マイナンバーの記載を省略する書類の一覧(案)」が公表され、大幅にマイナンバーの記載を省略する予定であることが示されている。所得税法、相続税法、消費税法、酒税法等にいたる広範な見直しが予定されていることから、読者においても改めて確認されたい。 なお、上記の(1)に当たる書類については、当該改正の趣旨を踏まえて、たとえ施行日前(平成28年12月31日以前)において当該書類上に個人番号の記載がなかったとしても、運用上、提出者等に改めてマイナンバーの記載を求めないものとされている。 ▷地方税分野 提出者等のマイナンバーを記載しなければならないこととされている地方税関係書類について、次に掲げる見直しを行う等の所要の措置を講ずるものとされている。 なお、地方税分野の適用時期について、国税における手続と一体的に行われると考えられる手続(例えば、相続による納税義務の承継の届出など)については、当該国税における手続の適用開始時期と合わせて適用を開始し、それ以外の手続に係る適用開始時期については、地方公共団体における円滑な運用が可能となる所要の措置を講じたうえで検討する趣旨が規定されている。 この規定を踏まえて、総務省から地方公共団体向けに平成27年12月18日付けで「地方税分野における個人番号利用手続の一部見直しについて」が発出されている。 当初マイナンバーが記載される予定であった書類の個々の取扱いについては、当該通知の別添資料として個々具体的に定められていることから、地方税の取扱いについてはこれらによって確認されたい。 3 総括 改正の基本的な考えとして、マイナンバーの記載の主たる目的が「所得把握の適正化・効率化」にある点が改めて謳われている点は注目に値する。 そこで、この目的を損なわない範囲で、申告等の主たる手続等やその他帳簿等の別の手段によって、マイナンバーを特定できる書類、あるいはマイナンバーを記載する必要性がないと考えられる書類については、マイナンバーの記載を要しないこととされる。 この改正により、事業者の本人確認やマイナンバーの管理にかかる事務負担は当初予定よりは随分と軽減されるものと思われる。 (了)
《速報解説》 日本取引所自主規制法人より 「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」(案)が公表 ~不祥事に直面した上場会社に強く期待される対応等の原則を策定~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年1月22日付で、日本取引所自主規制法人は「『上場会社における不祥事対応のプリンシプル』(案)の策定について」を公表し、意見募集を行っている。 これは、最近の上場会社における不祥事対応の状況に関して、原因究明や再発防止策が不十分であるケース、調査体制に十分な客観性や中立性が備わっていないケース、情報開示が迅速かつ的確に行われていないケースなどがあることに対応するものである。 意見募集期間は平成28年2月12日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 主な特徴 「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」(案)は、次のような特徴をもっている。 2 プリンシプル(案) 「上場会社における不祥事対応のプリンシプル~確かな企業価値の再生のために~」として、不祥事又はその疑義が把握された場合には、本プリンシプルの考え方をもとに行動・対処することが期待されるとして、次の項目を記載し、それぞれについて説明がなされている。 (了)