ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第7話】 「日本ではまだ馴染みの薄い有給休暇引当金」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美 「お帰り。有給届のハンコ、もらえたか?」 桜井が経理部のシマに戻ると、隣の席の2年先輩にあたる藤原が話しかけてきた。桜井は、経理部長の清瀬から有給申請届の承認印をもらってきたところだった。 今は昼休み中のため、経理部の半数以上がランチを食べに外出している。人が少ないせいか、ムダ話もしやすい。 「ええ。あの“仏の清瀬部長”ですから。2つ返事で押印してくれました。後はこの申請書を総務に持っていけば、心置きなく一週間休めます。」 桜井はふぅっと息を吐いた。気がつけば8月上旬。第1四半期決算も収束に向かいつつあり、経理部でも夏休みを話題にできる雰囲気になってきた。 「俺も有給取りたいんだけど、宿題が山積みだしなぁ。」 藤原も頭の後ろで両手を組み、ため息をついた。藤原の言う「宿題」とはIFRS導入関連の作業のことだろうな、と桜井は推測した。 2人は東証一部に上場している中堅クラスの会社に勤めているのだが、つい先日、会社がIFRSを導入することを決定したのだ。入社3年目の桜井はまだまだ戦力不足のためプロジェクトチームには入ってないが、藤原はメンバーの一員としてフル稼働している。桜井もまた、IFRS導入後の新戦力となるべく、この6月から藤原の指導の下でIFRSについて勉強を始めたばかりだった。 「でもさ、有給申請に上司の承認が必要なのは分かるけど、直接伺ってハンコもらいに行くのは、けっこうキツイよなー」 「分かります。悪いことをしてるわけじゃないんですが、『休みください』って言うのは気が引けるというか・・・。その点、ウチの部長は話しやすい方でラッキーですよね。」 「そうそう。総務とか大変らしいぜ。」 「あー、ビッグママですか。」 ビッグママとは、もちろん通称である。本名は二階堂 梓。男社会のこの会社では唯一の女性部長である。噂によると、自分にも他人にも厳しいタイプらしい。同僚たちは彼女のことを秘かに「ビッグママ」と呼び、畏怖されている。 「仕事はピカイチだし、尊敬はしてるけど、なんだろ、あの威圧感・・・。スゲーとしか表現できないよな・・・」 「180cm以上ある先輩でも、威圧感って感じるんですか?」と、桜井は不思議に思った。 「身長の問題じゃないんだよな。迫力がさ、ハンパないだろ?『女傑』って言葉がぴったりだよなー」 ビッグママとは接点が全くない桜井は、よく分からないがそういうもんなのかな、と納得することにした。 「聞いちゃった!二階堂さんにチクっちゃおうかな~」 桜井の斜め向かいの机から本棚越しに橋本が顔を出した。こちらも派遣社員を除くと経理部唯一の女性社員だ。 「は、橋本さん!・・・盗み聞きですか?」 藤原はいきなりの橋本の登場にあたふたした。 「人聞きの悪いこと言わないでよ。聞・こ・え・た・の。そんな大きな声でしゃべってる方が悪いんじゃない。」 「あのー、ここはひとつ穏便に・・・」 雲行きの怪しい展開になりそうだと判断した桜井は、仲裁に入ることにした。 「あら、じゃ、〇タバのキャラメルマキアートで手を打ってもいいわよ。グランデでお願いね♥」 橋本は藤原に向かって、「もちろんアイスよ。」とにっこりほほ笑みかける。 「ぐっ・・・分かりました。」 明らかに分が悪い藤原は折れることにしたようだ。いつどこに異動されるか分からないサラリーマンにとって、未来の上司になるかもしれない女性から目の敵にされるリスクは冒せない。 悔しがる藤原をよそに、橋本は桜井と夏休みの予定について話が盛り上がっていた。 「じゃ、桜井君は実家に帰るんだね~」 「そうなんですよ。」と桜井は相槌を打とうとした時、「橋本くーん」と清瀬部長が橋本を手招きしていた。橋本は桜井に一言断り、席を外す。 「俺さ、」と、藤原が橋本の背中を見ながら桜井に話しかける。 「2代目ビッグママはあの人になる気がする。」 橋本とは接点がある桜井は、心から同意した。もちろん、口に出すようなヘマはしない。 桜井が有給申請届を総務部に届けた後、エレベーター前でグランデサイズのコーヒーカップを持った藤原に出くわした。 「お疲れ様です。」と桜井は思わず口にした。 「お、おぅ。」 藤原は苦笑いを浮かべて、桜井と一緒に経理部へ向かう。 「ところで、先輩。」 「ん?何だ?」 藤原は横を歩く桜井を見下ろす。 「有給申請する時にふと思い出したんですけど、IFRSを導入したら、有給休暇引当金を計上することになるんですよね。」 「有給休暇引当金か。IFRS導入の有名な論点の1つだな。」 「たしか、期末時点で未使用の有給休暇に係る債務を計上することになるんでしたっけ。」 「その通りだ。よく知っているじゃないか。」 「本で見たので。でも、具体的にどう計算するのかまでは書いていなかったから、イマイチよく分からないんですよね。」 それを聞いた藤原は腕時計を確認した。 「うん、ちょうどいいな。ちょっと来い。」 2人が経理部に着くと、藤原は机の脇に積上げたファイルから分厚い束を抜き取り、桜井に渡した。 「『IFRS任意適用に関する実務対応参考事例』・・・?」 桜井はよく分からないまま、渡された資料のタイトル名を読み上げた。 「そうだ。2014年1月15日付で経団連から公表されたもので、既にIFRSを適用している会社がどうIFRSを適用したのかがまとめてあるんだ。その中に、確か有給休暇引当金について書いてあったはずだ。」 桜井がぱらぱらと紙をめくると、後半のほうにやっと「有給休暇引当金」の項目を発見した。 「午後の始業まで少し時間があるから、IFRSではどう規定されているのか教えてやるよ。」 藤原はニヤリと笑って、廊下を指した。 「ここだと落ち着かないから、ミーティングルームに移ろうぜ。」 引当金ではない有給休暇引当金 空いているミーティングルームに入ると、藤原はホワイトボード用のペンを手に取り、「コホン」と咳払いをした。 「では、有給休暇引当金の解説を始めよう。」 「よろしくお願いします。」桜井は椅子に腰かけてノートを広げる。 「まず、有給休暇引当金はIFRSの何号に規定されているか、知っているか?」 さっそく藤原は桜井に質問した。 「えーと、引当金って言うからにはIAS第37号の『引当金、偶発資産及び偶発負債』で規定されてるんじゃないんですか?」 「チッチッチ」藤原は得意げに指を左右に揺らす。 「IAS第19号の『従業員給付』に規定されているんだ。」 「え、そうなんですか。ということは、有給休暇引当金って引当金ではないんですか?」 「日本ではそういう表現が一般化しているが、IFRSでは引当金とは分類されていない。IAS第19号の中でも『負債(未払費用)』と記載されているんだ。」 「へぇ。」 桜井は意外に思った。 「暇があれば、IFRS任意適用会社の有報を調べてみるといい。有給休暇引当金として計上している会社もあるが、未払有給休暇や有給休暇債務としている会社もあるんだ。」 「そう言えば、注記を見ていた時にそんな勘定科目を目にしたことがあるような・・・」 はっきりと思い出せない桜井は、“後で有報を確認しておくこと”とメモを取った。 「だが、ここでは一般的に使われている『有給休暇引当金』に言葉を統一して説明していこう。いろんな言い方だと混乱するからな。」 「はい。分かりました。」 資産負債アプローチで考える有給休暇引当金 「なぁ、IFRSでは資産負債アプローチを採用していると、以前教えたことを覚えているか?」 「はい。いきなりどうしたんですか?」 桜井は藤原がなぜ唐突に資産負債アプローチの話を持ち出したのか、意味が分からず首をひねった。 「これから有給休暇引当金の会計処理を学んでいくんだが、まずIFRSがどういう視点でこの会計処理を定めているのかを最初に確認したほうがいいと思ってな。」 「ただ、」と藤原は補足した。 「これから説明する考え方は基準に書いてあるわけじゃない。あくまでも俺が基準を読んで解釈した内容だということを先に断わっておくな。」 「分かりました。」 桜井は返事をした後、資産負債アプローチの定義を記憶から引っ張り出した。 「えっと、資産負債アプローチでは資産や負債の認識や測定を重視するんですよね?」 「そうだ。」と、藤原は一度頷いて、資産負債アプローチとは反対の概念である収益費用アプローチと対比させて説明することにした。 「収益費用アプローチでは、収益と費用を重視することになる。例えば、米国基準では、期間損益を適正化するという収益費用アプローチの観点から有給休暇引当金の計上が要求されているんだ。」 「へぇ、そうなんですか。」 「一方、IFRSでは、『債務』をいつ認識するのか、どう測定するのかについて規定されている。つまり、負債の計上を重視しているんだ。」 「なるほど。視点が負債側なんですね。」 桜井は納得したようだった。 「IFRSでは、有給休暇引当金の計上額は期末時点で未行使の有給休暇のうち、実際に行使される分に係るコストが会社の計上すべき債務だ、と考えるんだ。」 「ふぅん。IFRSではそんなふうに考えるんですね。」 「よし。IFRSでは具体的にどう規定されているか、見ていくぞ。」 人件費に関する基準はIAS第19号とIFRS第2号の2つ 「さっきも言った通り、有給休暇引当金はIAS第19号の『従業員給付』に規定されている。じゃあ、IAS第19号はどういうことを定めた基準なのか?」 藤原は首を傾げて、桜井を見た。 「給与とかの人件費に関する会計基準じゃないんですか?」 桜井は当たり前じゃないですか、といった口調で答える。 「正解。人件費に関する基準は2つある。1つは、ストック・オプションに関する会計処理。これは、IFRS第2号で定められている。それ以外の人件費については、このIAS19号に基づいて計上されることになる。」 藤原はホワイトボードに書きながら説明した。 「へぇ。人件費に関する基準は2つあるんですね。」 従業員給付の定義 「まず初めに、基準のタイトルでもある従業員給付(Employee Benefits)とは何か、ということから押さえよう。」 「はい。」 「従業員給付とは、従業員の勤務の提供を受けて、会社がその対価として負担することになるあらゆる形態の給付のこと言うんだ。」 ここで藤原は一旦間を置くと、続けて定義の中の言葉を説明し始めた。 「この『従業員』とは、常勤やパートタイムで勤務を提供する者だけでなく、取締役や他の役職者も含んでいる。」 「へぇ。」 「続いて『あらゆる形態の給付』についてだが・・・」 「『あらゆる形態』って、何か引っかかる表現ですね。」 聞きなれない表現に桜井は眉をひそめた。 「冴えてるじゃないか。これは、給与や賞与などの貨幣性給付のみならず、住宅の提供や会社負担の医療費などの非貨幣性給付も含まれているっていう意味なんだ。」 「なるほど。一言で『従業員給付』と言っても、その対象はかなり広いんですね。」 桜井は感心したような口調で言った。 「ということは、先輩、有給休暇もその給付に含まれているってことですか?」 「その通り。図で表すとこんな感じだな。」 藤原は、さっそくホワイトボードに関係図を描き始めた。 「あ、この方が分かりやすいですね。」 そうだろう、と藤原は満足そうに頷いた。 【勤務の提供と給付の関係】 4種類の従業員給付 「さて、この従業員給付だが、大きく4種類に分かれているんだ。」 続いて藤原はホワイトボードに4つのボックスを書き出した。 「短期従業員給付(short-term employee benefits)、退職後給付(post-employment benefits)、その他の長期従業員給付(other long-term employee benefits)、解雇給付(termination benefits)だ。」 「えーと。退職後給付は、退職給付会計のことですよね?」 桜井は、とりあえず中身が特定できそうなものから確認した。 「そうだ。そして、解雇給付は雇用を終了するという企業の決定または雇用の終了と交換に企業の給付の申し出を受け入れるという従業員の決定により生じる従業員給付だな。」 「つまり、解雇給付は『勤務の提供』により生じる債務ではなくて、『雇用の終了』により生じる債務なんですね。」 藤原は頷いて、桜井の言葉を肯定した。 「そういうことだ。あとの2つについては、言葉通りだ。さっき説明した退職後給付と解雇給付以外の給付で、期末日から12ヶ月以内にすべてを決済すると予想されるものを短期従業員給付、予想されないものをその他の長期従業員給付に区分することになる。」 「なるほど。すべての従業員給付はこの4つのいずれかになるんですね。」 有給休暇は短期従業員給付 「じゃあ、有給休暇はどの給付になるか、分かるか?」 「この中だと、短期従業員給付でしょうか?」 桜井はさっき藤原が教えてくれた定義を反芻しながら答えた。 「その通りだ。」藤原は「短期従業員給付」のボックスに赤いペンで丸を付けた。 「ただし、有給休暇の権利行使が期末日から1年を超えるような有給休暇については、その他の長期従業員給付に該当することになるから、そこは留意が必要だぞ。」 桜井が頷いたのを確認した後、藤原はさらにこう続けた。 「では、ここからは短期従業員給付であることを明確にするために、単に有給休暇ではなく、『短期有給休暇』(short-term paid absences)と表現して説明していくことにする。」 「はい、分かりました。」 短期従業員給付の会計処理 「短期有給休暇が短期従業員給付に該当することを確認できたら、次は短期従業員給付がどう認識されるのかを見ていこう。」 「はい。認識とは、『いつ』、『どの勘定科目』で計上するのかということでしたよね。」 「そうだ。すべての短期従業員給付は、従業員が勤務を提供した時に企業が対価として支払うと見込まれる給付の割引前の金額を負債、または費用として認識することになる。」 藤原は勤務の提供と給付の関係図の『給付』の下に説明を追加した。 【勤務の提供と給付の関係】 「つまり、『いつ』は従業員の勤務提供があった時、『どの勘定科目』という所は負債または費用として計上するってことですね。ということは、有給休暇引当金も勤務を提供した期に対応させて負債計上することになるんですよね?」 桜井は、藤原の説明をそのまま短期有給休暇に当てはめて確認してみたが、藤原は少し間を置いて答えた。 「んー。累積型有給休暇だとそうなるな。」 「累積型?何ですか、それ?」 初めて聞く言葉に戸惑った桜井は、眉をひそめて藤原に聞いた。 「あ、そっか。まず短期有給休暇の分類について説明しなくちゃいけないな。」 そう言うと、再びホワイトボード用のペンを手に取った。 短期有給休暇に分類がある? 「よし。じゃあ次に、短期有給休暇の分類について説明するぞ。」 「短期有給休暇に分類なんてあるんですか?」 「あれ?お前、有給休暇引当金の説明、本で読んだんじゃないのか?」 「読んだとは言ってませんよ。見たと言ったんです。」 桜井はさらりと答えた。 「あー、そういうことね。」 この世代は言葉に細かいな、と自分も同世代であることを棚に上げて藤原は思った。 ◆分類1:累積型有給休暇と非累積型有給休暇 「まず、短期有給休暇は、累積型有給休暇(accumulating paid absences)か、非累積型有給休暇(non-accumulating paid absences)に分けることができるんだ。」 気を取り直した藤原は再び説明を再開した。 「はぁ。」 桜井はホワイトボードに書きこんでいる藤原の背中を見ながら相槌を打った。 「まず、累積型有給休暇とは当期付与された権利のうち、未使用分を繰り越して将来の期間に使用することができるものをいう。非累積型有給休暇はその逆だな。当期付与された未使用の権利は繰り越されず失効してしまうタイプの有給休暇だ。」 「では、ウチの会社の年次有給休暇に当てはめると、未使用の有給休暇は翌1年間繰り越すことができるので、累積型有給休暇と言うわけですね。」 桜井の言葉を受けて、藤原がさらに補足した。 「そうだ。一方、慶弔時に取る特別休暇や育児休暇、裁判員休暇なんかは非累積型に当てはまるな。」 「なるほど。確かにそれらの休暇は翌期に繰り越せないですもんね。」 ◆分類2:権利確定するものと権利確定しないもの 藤原はさらに説明を続けた。ホワイトボード上の『累積型有給休暇』の下に左右に分かれた線を引いていく。 「さらに累積型有給休暇には『権利確定するもの』と『権利確定しないもの』に分かれる。」 「え、確定って有給休暇の権利はもう確定してるんじゃないんですか?」 「そういう意味での確定じゃない。」藤原は苦笑しながら言った。 「離職時に未使用の有給休暇の権利について現金の支払いを受ける権利が与えられているものを『権利確定するもの(vesting)』と言い、現金の支払いを受ける権利を有しないものを『権利確定しないもの(non-vesting)』と言うんだ。」 「ということは、ウチの会社の有給休暇は買い取ってもらえないから『権利確定しないもの』に該当するんですね。結局未消化のまま失効してしまうんだから、ウチの会社にも買取制度できてほしいですよね。」 「気持ちは分かるが、難しいだろな~」 2人は暫く思いを馳せた後、同時にため息をついた。 短期有給休暇をなぜ分類するのか? 「ところで、なんで短期有給休暇の分類なんて要るんですか?」 桜井はふと疑問に思った。日本ではそもそも有給休暇に分類なんて聞いたことないし、必要だとも思わなかったからだ。 「お。なんでだと思う?」 藤原は、少し嬉しそうに聞き返した。 「えー、分からないから聞いてるんですけどー」 桜井は藤原のニヤニヤ笑いから顔を背け、その理由を考えてみた。 「んー、会計基準で分類があるってことは、会計処理が違ってくるってことですか?」 「ビンゴ。」 藤原はペン先を桜井に向けて言った。 ◆分類1:累積型と非累積型で認識のタイミングが違う 「まず、累積型か非累積型かで、認識のタイミングが異なるんだ。」 「と、言うと・・・?」 「累積型有給休暇の場合は、将来の有給休暇の権利を増加させる勤務を従業員が提供した時に有給休暇の形式による短期従業員給付の予想コストを認識することになる。 それに対して、非累積型有給休暇では休暇が発生した時に当該給付を認識することになるんだ。」 「累積型有給休暇は勤務提供のあった期に認識・・・あ、短期従業員給付の会計処理の説明の時に先輩が言ったのはこのことだったんですね。」 メモを取っていた手を止めて、桜井は顔を上げた。 「その通り。ただし、非累積型有給休暇の場合は従業員の勤務が給付を増加させるとは考えないため、休暇を取得する時まで負債または費用として認識することはないんだ。」 「なるほど。1つ目の分類では、いつ認識するのかが違うんですね。」 ◆分類2:権利確定するかしないかで測定に違いがある 「続いて権利確定するものと、しないものを分類する理由について、だ。」 藤原はホワイトボードから桜井に向き直って、引き続き説明する。 「さっきは認識の違いだったな。じゃ、次は何が来ると思う?」 「えー、認識の次ですから、測定の話ですか?」 「そうだ。だいぶ基準の作りに慣れてきたじゃないか。」 桜井は自分の答えが合っていたことにホッとした。測定とは、認識した項目をいくらで計上するか、という金額を決定するプロセスのことを言う。 「権利確定する場合はそのまま期末の有給休暇未使用分に対する負債を計上するんだが、権利確定しないものについては、有給休暇未使用分に、従業員がこれを使用する前に離職する可能性を債務の測定に影響させる必要があるんだ。」 「どうして買取制度があるかどうかが、離職の可能性を考慮するかどうかに関わってくるんですか?」 「権利確定するものの場合、会社は従業員の離職時に未使用分の権利に対して支払義務を負うため、有給休暇の未使用分すべてに対して負債を計上することになる。」 「はい。そこまでは理解できます。」 桜井は相槌を打った。 「でも、権利確定しない有給休暇の場合だと離職時に未使用の有給休暇はそのまま失効してしまうだろう?会社は失効部分に係る債務は計上する必要はないのだから、その分を債務の測定に際して考慮して計上することになる、というわけだ。」 「あ。なるほど。やっと分かりました。」 「今説明した分類と処理のポイントをまとめてみるとこうなる。分かりやすくなっただろう?」 藤原は鼻高々にホワイトボードを指さした。 「あー、ハイ。ソウデスネ。」 桜井はやや呆れ気味に返事をした。 【短期有給休暇の分類】 累積型有給休暇の測定方法 「よし、短期有給休暇の分類が分かったところで、次に行くぞ。」 「え、まだあるんですか?」 「期末に計上すべき有給休暇引当金をどう測定するか、まだ説明してないだろう?」 「そう言えば、そうですね。」 「基準の言葉をそのまま引用すると、『累積型有給休暇の予想コストを報告期間の末日現在で累積されている未使用の権利の結果により企業が支払うと見込まれる追加金額として、測定しなければならない』、とある。」 「えーと・・・」 桜井はすんなり理解できないようだ。 「では、これを3つに区分して見ていこう。」と藤原は提案した。 として、測定しなければならない。 「1つ目なら大丈夫です。『(a)累積型有給休暇の予想コスト』とあるのが、『有給休暇引当金として計上すべき額』ってことですね。」 桜井は安堵して、分かる箇所から内容の確認をした。 「そうだ。次の『(b) 報告期間の末日現在で累積されている未使用の権利の結果』は期末時点で繰り越される未使用の有給休暇日数のことだ。」 「はい。」 「『(c)企業が支払うと見込まれる追加』とあるが、これは(b)のうち、翌期に消化されると予想される有給休暇ということだ。確定しないタイプの場合は、従業員が行使する前に離職する可能性を加味することになる。 そして、その翌期消化が予想される有給休暇日数に日給を乗じることで、追加金額を算定するんだ。」 桜井は再び頷いた。 「なるほど、こうして分解して読んでいくと、難しいことを書いているわけではないんですね。」 追加支払額をどう捉えるのか? 「以上が有給休暇引当金の基礎編ってところだな。」 「ありがとうございました。」桜井が頭を下げる。 「礼を言うのはまだ早いぞ。」 「え?まだ何かあるんですか?」 「今度は実践編だ。」 藤原が不敵な笑みを浮かべて桜井を見下ろす。 「実はもう1つ、測定に関して規定があるんだ。」 「な、何でしょう?」と、桜井は顔を引きつらせて尋ねた。 「累積型有給休暇の将来コストの測定は、給付が累積するという事実のみから発生すると見込まれる追加支払額により債務を測定する必要がある、という規定だ。」 「『累積するという事実のみから発生』って、またややこしい表現がありますね。」 桜井は渋い顔をして言った。こういう含みがある言葉は好きではない。 「そうなんだよな。そして、この『追加支払額』をどう解釈するかで、日本では会社ごとで処理方法に違いがあるのが現状なんだ。」 処理方法の違い:先入先出法と後入先出法 「処理方法って、どんな方法があるんですか?」 「大きく分けて、先入先出法と後入先出法の2つがある。」 「あ、それ、簿記で棚卸資産の払出方法の項目で習いました。」 桜井は自分の知っている言葉が出てきて、少し元気づいた。 「先入先出法は、先に取得したものから順に払い出していく方法ですよね。 そして、後入先出法は後に取得したものから先に払い出すんでしたっけ。」 「そうだ。」 ◆先入先出法を採用する考え方 「ということは、累積型有給休暇制度で先入先出法で処理するとなると、前期繰り越した有給休暇から先に消化していくってことですね。」 桜井は少し考えて付け加える。 「でも、それって当たり前じゃないですか?」 「ほう?何でそう思うんだ?」 藤原は机に腰かけて、腕を組んだ。桜井はやや興奮気味で答える。 「だって、一般的に年次有給休暇制度って、翌1年しか繰り越せないですよね。先に前期からの繰越分から消化しないと、次の年には失効してしまうじゃないですか。現実的には丸々年間付与される20日間の有給を取ることなんてできないんですから、後入先出法で考えると実質的には繰り越せないことと一緒ですよ。」 「そうなんだよな。会社の就労規定には先入先出法でやるなんて書いてないけど、先入先出法に基づいて運用されているのが実態だ。」 「はい。運用方法が先入先出法なら、会計上も先入先出法で計上したほうが実態に即していると思います。」 桜井は自分の意見が通って、落ち着いたようだ。先ほどよりややトーンダウンして答えた。 「確かにその考え方から、追加支払額の測定する際に先入先出法で処理している会社もある。」 ◆後入先出法を採用する考え方 「だとしたら、後入先出法を採用している会社はどう考えてるんでしょうか?」 桜井にはその考えがさっぱり思いつかない。 「条文にある『累積するという事実のみから発生』をどう捉えるかがキーになっているんだ。」 「さっき、僕が引っかかった表現ですね。」 藤原は一度頷くと、具体的な数字を出して説明することにした。 「例えば、俺が今期25日休みを取ったとする。」 「はい。」 「俺が年間で付与される有給休暇は20日だから、25日のうち20日はその有給休暇を充当することになる。ここまではいいな?」 「はい。大丈夫です。」 「残りの5日は本来なら欠勤扱いになるはずだが、前期に繰り越した有給休暇が5日残っていたので前期繰越分を充てる。すると、どうなる?」 「えーと、もし欠勤扱いなら給料が発生しないので、その5日分給料が減額されますよね。でも、前期の有給休暇を使うことで、5日分の給料を会社は支払うことになりますね。」 「その通り。この5日分の給料が『累積するという事実のみから発生』した『追加支払額』と考えるんだ。これが後入先出法を採用する根拠だ。」 「うーん。確かに説得力ありますね。」 桜井はしぶしぶ頷いた。 「さらに、IAS第19号の設例は個別後入先出法で説明しているし、結論の根拠にも選択した理由について、『この方法(個別後入先出法)は、債務を累積型の特徴のみから発生すると予想される追加的な将来の支払の現在価値で測定するからである。』と明言しているんだ。」 「なんだか先入先出法の方が分が悪いですね。」 藤原は頭をポリポリ掻きながら答えた。 「経団連の『IFRS任意適用に関する実務対応参考事例』を見てみると、後入先出法を採用している会社の方が多いが、先入先出法を採用している会社もある。どちらの解釈も一理あるから、会社が自分で判断することになるんだろうな。」 「さっそく、原則主義の洗礼ですね。」 桜井はため息をつきながら言った。 「やりがいがありそうだろ?」 藤原は頭を掻いていた手を止めて、ニヤリと返した。 ◆設例を用いて計算してみよう 「以上が、IAS第19号で定めている短期有給休暇の会計処理だ。」 「理解できたと思うんですけど、実際にどうやって有給休暇引当金を算定するか確認したいです。」 「そうだな。じゃあ、簡単な設例を使って説明していこう。先入先出法と後入先出法とでどう違ってくるのか見てみたいだろ?」 「はい。」 桜井は藤原が書いた条件を眺めると、おもむろに口を開いた。 「先輩、翌期の予想有給休暇消化日数が平均23日ってありえないですよ。」 藤原は長いため息をついた。 「いいんだよ。分かりやすく説明するための設例なんだから。」 と、いつものペースで設例の前提を確認したところで、2人は計算方法の確認に移った。 ◆それぞれの処理方法の比較 「まず、先入先出法と後入先出法それぞれで計算した場合のイメージだ。」 桜井は2つの図を見比べて、計算式を確認した。 「えーと、先入先出法だと、期末未使用分丸々5日分が追加支払額になるんですね。」 藤原は、「そうだ」と頷き、説明を引き継いだ。 「一方、後入先出法では、来期予想される消化有給休暇が23日とあることから、来期付与される20日を超える日数、つまり23日-20日=3日分に対する債務が当期末計上すべき債務額と考える。」 「あぁ、なるほど。こういうふうに考えていくんですね。」 「考え方としては難しくないだろう?」 藤原の言葉を受けて、桜井は頷いた。 「はい。それにしても、同じ条件なのに会計処理が違うだけでこんなに計上額が違ってくるんですね。」 「面白いよな。」と、藤原はホワイトボードへ再び視線を向けた。 藤原が設例の説明を終えた時、ちょうどタイミング良く午後の予鈴が鳴った。 「これで桜井も有給休暇引当金については、バッチリだな。」 「ええ。だと思います。」 桜井も素直に藤原の言葉に頷いた。 「さて、仕事に戻るか。」 2人は席から立ち上がり、ミーティングルームを後にすることにした。部屋を退出する際に、桜井に背中を向けたまま藤原が言った。 「IFRS導入後はお前が有給休暇引当金の担当だな。」 桜井はあまりにもさり気ない藤原の言い方が引っかかり、ふと鎌をかけてみた。 「それって、先輩が総務部と関わるのを避けたいから、なんて理由じゃないですよね?」 表情は見えないものの、藤原の背中は明らかに動揺している。 「ば、ば、バカを言うな。俺は、ビッグママなんて怖くないぞっ!」 「あれ?なんで狼狽えているんですか~?」 誰もビッグママなんて言ってないのになー、と思いつつ桜井は冷静につっこんだ。 「う、うるせー!」 「せんぱーい、廊下は走っちゃいけませんってばー」 2人のパタパタという足音が廊下に響き渡った。 ・・・そして2人が向かう経理部では、〇タバのキャラメルマキアートを待つ橋本が、腕組みをして待ちかまえているのだった・・・ (了)
被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔会計面のアドバイス〕 【第4回】 「棚卸資産の処理」 公認会計士 深谷 玲子 1 棚卸資産の被害 大地震や集中豪雨などにより、法人の所有する製品や商品などの棚卸資産に物理的な被害が発生することがある。棚卸資産が被災した場合、法人は会計上どのような対応をとるべきか。 本稿では、災害の混乱が収まるまでの対応、その後の実地棚卸による災害被害額の認識と測定の仕方及び会計処理について見ていく。 ここで、棚卸資産とは、商品、製品、半製品、原材料、仕掛品等の資産であり、企業がその営業目的を達成するために所有し、かつ、売却を予定する資産のほか、売却を予定しない資産であっても、販売活動及び一般管理活動において短期間に消費される事務用消耗品等も含まれる(企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」第3項)。 以下では、通常の販売目的(販売するための製造目的を含む)で保有する棚卸資産を対象とする。 2 災害の混乱が収まるまでの会計上の対応 現場では災害の混乱の中にあっても出荷しなければならない場合がある。あるいは、被災者支援のため、自社の商品を緊急に提供することも考えられるだろう。 一方で、法人が利用している在庫システム、会計システムは、被災により使用できない状態にあることが多い。 この場合、手書き伝票でもメモでもよいので、出荷の記録を残すように努めたい。記録さえあればシステム復旧後に入力することができるからである。そうすることで棚卸資産の継続記録法(※)の中断を避けることができ、後述する災害被害額の正確な認識と測定が可能となる。 (※) 棚卸資産を受け入れた時及び払い出した時にそれぞれの数量を継続的に記録しておき、棚卸資産の在庫数量を帳簿上において常に明らかにしておく方法。 被災者支援のため自社の商品を緊急に提供する場合については、下記「6 被災者支援のための自社製品商品の提供」で詳細に見ていくこととする。 3 実地棚卸の実施及び被害状況の把握 ある程度災害が落ち着いたら、災害被害額の正確な認識と測定のため、被災した棚卸資産について、実地棚卸を行う。数量確認はもちろんのこと、販売可能かどうか、損壊の程度はどのくらいか、という棚卸資産の状態確認が重要となる。 例えば、小売業の場合、棚卸資産である商品を下記のようにランクに分けて把握する。 その際、社内で統一したランク評価ができるよう、明確な基準を示すことが必要である。特に[ランクB]と[ランクC]の判断は、困難が予想される。具体的な判断基準として、写真や図などを用いることも有効であろう。明確な判断基準が示されることで、棚卸担当者によるランク評価が一貫性をもって、かつ、迅速に行うことができる。 また、法人の扱う商品の規格よっては、[ランクB]をさらに細分化して把握することも考えられる。製造業においては、再加工の必要性という視点も必要となるであろう。 棚卸資産の評価ランクについては、法人ごとの独自の事情を考慮して、平素から「災害時における棚卸資産ランク評価マニュアル」を作成しておくことがより望ましい。 また、預け在庫の被災状況も忘れずに把握する。 実地棚卸によって棚卸資産に対する被害が把握された場合、その被害状況(ランク評価)に応じて次のような対応が考えられる。 4 棚卸資産の被害に対する会計処理 次に、上記①~④における会計処理について、それぞれ詳しく見ていく。 ① 棚卸資産が滅失した場合 棚卸資産そのものが存在しない、あるいは発見されない場合がある。この場合、被災直前の当該棚卸資産の帳簿価額の全額を、「棚卸資産滅失損」などの適当な科目を用いて、損益計算書の特別損失に計上する。災害による他の費用・損失とまとめて「災害損失」等の科目で特別損失に計上し、その内訳を注記することもできる。 (※) ただし、上記計上額が多額でない場合には、経常的な費用として計上されることも考えられる。 ② 棚卸資産が損壊しており、販売可能性がない場合 現物としての棚卸資産は確認できるが、著しく損壊しており、もはや販売不能であると判断される場合がある。すでに棚卸資産としての価値を失っていると判断される場合である。 この場合、被災直前の当該棚卸資産の帳簿価額の全額を、「棚卸資産滅失損」等の適当な科目を用いて、損益計算書の特別損失に計上する。災害による他の費用・損失とまとめて「災害損失」等の科目で特別損失に計上し、その内訳を注記することもできる。 (※) ただし、上記計上額が多額でない場合には、経常的な費用として計上されることも考えられる。 状況によっては、損壊した棚卸資産の撤去費用が必要となることも考えられる。撤去にかかる費用も、「災害損失」などの適当な科目を用いて損益計算書の特別損失に計上する。 〈決算日までに行った撤去にかかる費用〉 (※) ただし、上記計上額が多額でない場合には、経常的な費用として計上されることも考えられる。 決算日までに撤去が完了していない場合は、引当金の要件を満たすものについては引当金を計上する。 (※) ただし、上記計上額が多額でない場合には、経常的な費用として計上されることも考えられる。 ③ 棚卸資産が損壊しているが、販売可能性がある場合 現物としての棚卸資産は確認できるが、災害前の完全な状態ではない場合がある。災害による一部損壊により品質が低下し当初の価格では販売できない状態となっている場合、あるいは、販売できる状態にするための再加工等何らかの工程を必要とする場合である。この場合は、収益性の低下を認識し、帳簿価額を切り下げる。 具体的には、正味売却価額を把握し、それが当該棚卸資産の帳簿価額よりも下落している場合には、下落部分について損失を認識する。この際、収益性の低下の有無に係る判断及び帳簿価額切下げは原則として個別品目ごとに行う(企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準第12項)。 ④ 被害なし、完全な状態で棚卸資産として存在する場合 現物としての棚卸資産が災害前と同じ完全な状態で確認できる場合がある。この場合、会計上なんら処理する必要はない。 ただし、棚卸資産が災害前と同じ完全な状態であることと、災害前後により正味売却価額が変動しないということとは別問題である。 災害前と同じ完全な状態であっても、被災後、正味売却価額が変動する場合がある。例えば、受注生産の場合や特別仕様品等の場合、取引先の被災状況によっては、販売可能性に疑義が生じる場合がある。 このような可能性も考慮し、棚卸資産が災害前と同じ状態で存在することを確かめるだけでなく、棚卸資産の販売可能性、正味売却価額を実態に応じて適切に判断する必要がある。もし、販売可能性に疑義が生じている場合には、②③に準じた処理を行うことになる。 5 保険金の会計処理 棚卸資産の被災により損害保険金を受け取った場合は、以下の会計処理を行う。 (※) ただし、上記計上額が多額となる場合には、特別利益として計上されることも考えられる。 この仕訳は、保険金を受け取った時点で行われる。一方で、災害が大規模になると、保険金受取の確定、保険金の入金までにかなりの時間を要する場合もある。その間に決算日を迎えた場合には、災害の起きた期に上記の仕訳をすることはできない。災害による損失を計上した期と災害による損害保険の収益を計上する期がずれるのである。 実務的対応としては、被災棚卸資産の保険に関してその付保状況を注記において説明することが考えられる。 6 被災者支援のための自社製品・商品の提供 被災者支援のため、自社の商品を緊急に提供する場合がある。ある程度災害が落ち着いてから、実地棚卸による棚卸資産の評価ランクが決定した後の提供については、特に注意が必要である。 ここで再び小売業に例をとり、上記「3 実地棚卸の実施及び被害状況の把握」で見たランク評価を再掲する。 [ランクA]・[ランクB]の商品を被災者支援のために提供することには問題はないであろう。問題は、[ランクC]の商品を被災者支援のため提供するか否かである。 法人は、以下のようなポイントを考慮して、提供するか否かを判断されたい。 これらを踏まえて判断した結果、被災者支援のために提供した自社商品は、「被災者提供品費」などの適当な科目を用いて、損益計算書の費用に計上する。金額が多額となる場合は特別損失、そうでない場合には営業費用(販売費及び一般管理費)となる。 また、この際に計上された費用は、税務上の取扱いに注意が必要である。 通常時であれば、無償・あるいは無償に近い価額での自社商品・製品の提供は寄付金となり、すべてが税務上の損金となるわけではない。ただし、法人税基本通達9-4-6の4(自社製品等の被災者に対する提供)において、災害時の特例が認められている。 災害時の場合には、会計上費用とした金額が、税務上も全額損金として認められる。 その結果、税効果会計における一時差異に該当しないこととなるため、会計上も留意が必要である。 (了)
金融商品会計を学ぶ 【第26回】 「ヘッジ会計⑦」 公認会計士 阿部 光成 引き続き、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号。以下「金融商品会計基準」という)及び「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号。以下「金融商品実務指針」という)におけるヘッジ会計について述べる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 連結会社間取引のヘッジ 連結会社間取引をヘッジ対象として個別財務諸表上繰延処理されたヘッジ手段に係る損益又は評価差額については、連結上、修正を行い、ヘッジ関係がなかったものとみなして当期の純損益として処理することになる(金融商品実務指針163項)。 連結会社間取引をヘッジ対象として、ヘッジ会計を適用した場合、親会社又は子会社の個別財務諸表上は、両者に有効なヘッジ関係が成立していればヘッジ会計の適用が可能である。 連結財務諸表上は、当該取引は内部取引として消去されることとなり、ヘッジ対象となるリスクも存在しないこととなるので、個別財務諸表上認識された繰延ヘッジ損益は、連結財務諸表上、ヘッジ会計の適用がないものとして取り扱われ、連結決算手続において当期の純損益に振り戻すこととなる(金融商品実務指針333項)。 ただし、次の事項に注意する(金融商品実務指針163項、333項)。 連結会社間で行っているデリバティブ取引が、個別財務諸表上でヘッジ手段として指定されている場合、連結上は当該デリバティブ取引を消去し、ヘッジ関係がなかったものとして処理する(金融商品実務指針164項、333項)。 ただし、次の事項に注意する(金融商品実務指針164項、333項)。 Ⅱ デリバティブ取引以外のヘッジ手段 デリバティブ取引以外のヘッジ手段としては、次のいずれかのみについてヘッジ会計の適用を認めるとし、限定的な取扱いが規定されている(金融商品実務指針165項、334項)。 Ⅲ 売建オプションによるヘッジ 売建オプション(買建オプションとの相殺の結果、売り持ちとなる場合を含む)は、損失削減の効果がオプション料の範囲に限定されているため、リスクの有効な減殺とはいえないので、ヘッジ手段とは認められていない(金融商品実務指針166項、335項)。 ただし、次の事項に注意する(金融商品実務指針166項、335項)。 Ⅳ 外貨建取引に係るヘッジ 決算日レートで換算される外貨建金銭債権債務及び外貨建有価証券について、為替予約等(通貨オプション、通貨スワップ等を含む)により為替変動リスクのヘッジを行った場合、「外貨建取引等会計処理基準」の規定により、次のいずれかの方法で処理する(金融商品実務指針167項、336項)。 振当処理が認められるのは「当分の間」とされており、ヘッジ会計の要件を満たすことが適用の条件となっている(「外貨建取引等会計処理基準」注解6、「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」(会計制度委員会報告第4号))。 Ⅴ 外貨による予定取引の為替リスクのヘッジ 外貨による予定取引についての為替変動リスクのヘッジは、金融商品会計基準に従って処理し、ヘッジ会計の要件を満たす場合にはヘッジ手段に係る損益又は評価差額を繰延ヘッジ損益として繰り延べる(金融商品実務指針169項、174項、337項)。 ただし、次の事項に注意する(金融商品実務指針169項、337項)。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第120回】 引当金の会計処理⑥ 「投資損失引当金」 仰星監査法人 公認会計士 田中 良亮 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:百万円) (X1年3月決算時) ① 子会社設立に係る当社の仕訳 ② 子会社設立に係るA社の仕訳 ③ 連結仕訳 (X2年3月決算時) ④ A社に対する投資に係る引当金の計上(当社の仕訳) ⑤ 連結仕訳 (X3年3月決算時) ⑥ A社株式の減損処理及び投資損失引当金の取崩し(当社の仕訳) ⑦ 連結仕訳 〈会計処理の解説〉 (1) 非上場子会社等に対する投資に係る減損処理 子会社等に対する投資は、通常はグループの事業戦略や事業拡大等の理由により実施され、投資額を上回るリターンが期待されています。しかしながら、特に新規ビジネスの開拓等においては損失計上が先行する例も多く見受けられます。 現行の「金融商品に関する会計基準」や「金融商品会計に関する実務指針」(以下、「金融商品に関する会計基準等」という)においては、非上場株式等の時価を把握することが極めて困難と認められる株式の減損処理については、少なくとも株式の実質価額が取得価額に比べて50%程度以上下落した場合に相当の減額をすることが要求されています。 また、実務的には、会社で定めた減損ルールに従い、50%程度以上の下落が見られない場合でも、一定程度の下落が数年間続いた場合等には、相当の減額をする事例もあります。 (2) 投資損失引当金の会計実務 上記の非上場子会社等に対する投資に係る減損処理は、金融商品に関する会計基準等が公表された平成12年頃にその会計処理が明らかにされましたが、それ以前の会計実務では、監査委員会報告第22号「子会社又は関係会社の株式及びこれらに対する債権評価の取扱い」(平成12年7月6日付で廃止)において投資損失引当金の計上が認められており、その会計処理が定着していました。 そのため、金融商品に関する会計基準等の適用後においても、監査委員会報告第71号「子会社株式等に対する投資損失引当金に係る監査上の取扱い」が平成13年4月17日に公表され、以下の場合には投資損失引当金の計上が認められることが明らかにされています。 なお、金融商品に関する会計基準等による減損処理の対象となる子会社株式等については、投資損失引当金による会計処理は認められないことに留意が必要です。 ◆投資損失引当金の計上が認められる場合 (※) 本事例では上記Ⅰの要件に該当するため、投資損失引当金の計上を行っています(仕訳④参照)。 ◆投資損失引当金の計上額 子会社等の財政状態が悪化し、その株式の実質価額が低下した場合には、その低下に相当する額を投資損失引当金として計上します。 (※) 本事例ではA社がX2年3月期に計上した20百万円の当期純損失がA社株式の実質価額の低下に相当する額として、投資損失引当金として計上しています(仕訳④参照)。 ◆投資損失引当金の取崩しが必要な場合 (※) 本事例では上記Ⅲに該当するため、投資損失引当金を取り崩し、A社株式を減損処理しています(仕訳⑥参照)。 (了) ※9月は退職給付を取り上げます。
〔新規事業を成功に導く〕 フィージビリティスタディ10の知恵 【第5回】 「社内の逆風を回避するためには」 中小企業診断士 西田 純 前回は、F/Sの結果が思わしくない場合、社内の協力が得られにくくなるプロセスについて、人間は本来リスク回避型の行動を取りがちであるという考え方を参照しつつご説明しました。今回は、どうすればそのような逆風を回避し、社内の重要な部門から協力を取り付けることができるかについてお伝えしたいと思います。 ▷ 会社にとってF/Sが持つ価値を決めるのは損益予測ではなく経営ビジョンである 筆者もかつてサラリーマン時代、某大企業が社運を賭けた新規事業として実施した地域開発プロジェクトに携わったことがあります。 その会社は素材産業、しかも国内の製造業各社にとってサプライチェーン全体のかなり上流に位置する典型的なBtoBビジネスの会社だったのですが、地域開発プロジェクトを通じて同社が目指したのは工場跡地の有効活用でした。 商業施設の誘致に止まらず、典型的なBtoC事業であるエンターテインメント施設を自力で建設し営業してしまうという画期的なもので、社内はおろか国内にも全く前例のないプロジェクトでした。前例がないということは、参照できるデータが少ないということを意味します。当然ながら、F/S段階で成功を裏付けるような力強い観測や説得力のある情報はほとんどありませんでした。 しかしながらプロジェクトが発足した当時、地元自治体や工場側の反応は、むしろ前向きな、熱気に満ちたものでした。それは新規事業を通じて地元に貢献する、新しい街に生まれ変わらせるといった魅力的なビジョンが、社長自らの口を通じて繰り返し伝えられていたからです。当然ですが、自前でやるということは、地元での雇用を自ら確保するのだという強いメッセージになったはずです。 極端な話ですが、「プロジェクトの損益は当然重要だが、それより重要なものがある、それは経営がこれまで訴えてきたビジョンの実現である」というようなメッセージがトップから伝わること、これに勝る追い風はありません。 正直なところ、それまでも社内では「構造改革」や「第〇次合理化」などというタイトルで、今日でいうリストラが間断なく実施されていて、必ずしも明確なビジョンを伴わない新規事業が手当たり次第に実施されているような印象が強かったのです。そうした事業の多くは短期的な雇用提供の場にしかなりえず、最終的には残念な結果に終わることも少なくありませんでした。 ▷ 良い損益予測はプロジェクト実施の十分条件だが必要条件とは言えない F/S財務計算を通じて損益予測を行っていると、非常によく聞く話です。でも考えてみてください、F/Sではなく、日常携わっている仕事の損益は、そんなに素晴らしいものばかりでしょうか? むしろ日常業務でも目標値の達成は常に「厳しい状態」にあり、良くはなくてもどうにか収まりのつく「落としどころ」みたいなものが社内の関係者で共有されていて、忍耐強く日々の大変な仕事をこなし続けることを通じ、ようやく何とか目標を達成できている、という例も少なくないのではないでしょうか。 そうは言っても、実際始めてみないとどんなリスクがあるかわからない新規事業の損益が最初からあまり良くないのは、モチベーションを下げる要因になるという意見には一理あります。狩人は、獲物がいると思うから山に入るわけで、あまり獲物がいそうにないところへ好き好んで入るという人は多くはないでしょう。 経営者の立場で考えると、これは重要なポイントで、そこで無理をすると前回お話したように、社内の協力をどんどん失ってプロジェクトは失敗へと追い込まれていきかねないのです。 ここまでにお話した内容を下の表にまとめてみました。損益は厳しいことが予想されるが、どうしても社内の協力を得たいプロジェクトというのは、経営者の手腕の見せ所です。すなわち、トップが経営ビジョンに基づいた強力なリーダーシップを執ることにより、リスク回避型の忌避行動を未然に防止する、あるいは重要な箇所から排除することが可能になるからです。 【経営ビジョンと損益予測】 損益が厳しく、かつ経営ビジョン的にサポートが難しいプロジェクトについては、撤退という厳しい決断をしなくてはなりません。しかし、そこは経営トップとして果断な対応が求められるところでしょう。 トップのサポートが得られ、厳しい損益予測の中でも社内の協力が得られるところまで漕ぎつけられたとします。これは、社内プロジェクトを実施していく上での必要条件を確保したことを意味します。 そこから先は、成功への十分条件である損益をいかに確保して行くのか、プロジェクトマネージャーの腕の見せ所ということになります。損益予測を見直しつつ、今一度どうやればプロジェクトを成功に導けるのか、検討を深めます。その手始めに求められるのは、当たり前に聞こえるかもしれませんが「プロジェクトの目的を再確認すること」に尽きます。 * * * 次回は「F/Sの目的を再確認する」と題して、プロジェクトマネージャーに期待される役割についてお伝えします。 (了)
〈小説〉 『資産課税第三部門にて。』 【第11話】 「受益者等のいない信託」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「信託課税ってなかなか難しくて・・・おまけに、その課税の仕組みにおかしなところがありますよね。」 谷垣調査官は向かい合って座っている田中統括官に話しかけた。2人は河内税務署の地下にある食堂でランチBを食べている。正午の税務署の食堂はごった返している。 ランチBの価格は480円だが、その内容は近所のレストランで食べる800円程度の定食にもひけをとらない。むしろこのランチBの方が量も多く、しかも美味しいと評判だ。河内税務署の食堂では、550円のランチAよりも人気が高い。 「どこがおかしいんだ?」 田中統括官はナイフを使って丁寧にハンバーグを切りながら尋ねた。 「ええ・・・特に受益者等のいない信託のケースなんですけど・・・」 谷垣調査官は豆腐の入ったみそ汁を啜りながら答える。 「統括官もご存じのように、受益者等がいない信託は、受託者に課税するということになっているでしょう?」 谷垣調査官は、田中統括官の皿の上にある野菜炒めと、きれいに4等分に切られたハンバーグを見ながら説明を続けた。 「ここに、それを図解したものがあるのですが・・・」 谷垣調査官はポケットから1枚の4つ折になっている紙を拡げる。 「委託者がマンションを受託者に信託すると、この場合、受託者が法人とみなされることによって、委託者ではみなし譲渡課税が発生する・・・所得税法59条1項1号だな。」 田中統括官は野菜炒めを箸でつかみ、口に入れる。 「そして、受託者は個人であっても法人とみなされるから、受託者に受贈益課税が生じる・・・これは法人税法22条2項によってですね。」 谷垣調査官の説明に対し、田中統括官はうなずきながら黙々と食べている。 「次に、これが一番の問題なのですが・・・」 谷垣調査官は、田中統括官の半分になったハンバーグをチラリと見る。 「この受託者に受贈益課税が生じるとき、将来、受益者となる者が委託者の親族であることが判明していれば、受託者に課される受贈益課税の他に、相続税又は贈与税が課税されるのですよ。」 そう言うと谷垣調査官は再びみそ汁を飲んだ。 「もっとも、相続税又は贈与税から法人税は控除されるのですが・・・」 田中統括官は、「確かに、そうだな」と言いながら、今度は別皿にある千切りのキャベツに箸を伸ばした。 「・・・しかし、受託者に対し、法人とみなしたり、個人とみなしたりして、法人税や相続税などを課税するって、少しおかしいと思うのですけど・・・たとえそれが代替課税であったり、租税回避を防止する目的であったとしても・・・」 谷垣調査官は田中統括官の顔を見た。 「・・・ところで、その受益者のいない信託って、具体的にはどのようなケースを想定しているんだい?」 田中統括官は爪楊枝を口にくわえながら尋ねた。 「例えば、まだ生まれていない孫のために祖父が信託を設定するときなどが考えられます。しかし、今述べたように、このような受益者がいない信託を設定すると、課税上、納税者は不利になるので、できませんよね。なんでこんな手枷足枷のような規定を設けたのか、課税庁側にいる私でさえ理解できないのですが・・・」 谷垣調査官は少し興奮気味である。 「しかし、受益者が親族でなければ、受託者から受益者にマンションが移ったとしても、受益者には課税されないんだろう。そしてそのマンションは、受託者から受益者へ帳簿価額によって引き継がれることになる・・・これは受託者において既に課税されているから・・・すなわち設定時の法人課税が受益者への代替課税であり、受益者が受託者の課税関係をそのまま引き継ぐという考えだな。」 田中統括官は谷垣調査官の言葉に付け加えた。 「ただ、受益者が親族であれば話は別で、受益者が出現したときに、受益者にもう一度、贈与税が課税されることになります。」 谷垣調査官は不満そうに言う。 「・・・確かに、君の言うとおりなのかもしれない。」 田中統括官は爪楊枝をくわえたままうなずく。 田中統括官のお皿には、まだ、ハンバーグが4分の1残っている。 「ところで君は、さっきから僕のハンバーグをしきりに見ているけど・・・もしよかったら、これ、食べないか?」 「いいんですか?」 谷垣調査官はうれしそうな表情で確認する。 「もちろんさ。食べる前にハンバーグをナイフで切っているから、僕の箸は付いていないよ。年をとるとこんな大きなハンバーグは全部食べられないな。君なんて、僕の息子の年齢ぐらいだから・・・」 田中統括官は笑いながら、ハンバーグを食べる谷垣調査官を見た。 (つづく)
《速報解説》 秋の臨時国会における税制関連法案の成立へ向け、 与党、「消費税率引上げ時期の変更に伴う税制上の措置」を公表 ~インボイスまでの経過期間は4年を存置、大規模事業者の税額計算特例は「措置せず」 Profession Journal編集部 自由民主党・公明党は8月2日(火)、6月に行われた安倍首相による消費税率10%引上げの平成31年10月1日への2年半延期の表明を受け、消費課税だけでなく資産課税や地方法人課税、個人所得課税など関連する税制の改正方針を示した「消費税率引上げ時期の変更に伴う税制上の措置」を公表した。 今後はこの方針に従い、9月に召集される臨時国会において税制関連法案の成立を目指すこととなる。 〇インボイス導入は平成35年10月1日 まず、軽減税率の導入時期については6月に首相が言及したとおり、10%引上げ時(H31.10.1)の導入とされている。 またインボイス(適格請求書等保存方式)の導入時期については、当初、簡易な「区分記載請求書等保存方式」による4年の経過期間が短縮されるのではと見る向きもあったが、こちらも2年半延期の平成35年10月1日(当初は平成33年4月1日)に導入されることが明記された。これによりインボイス導入までの経過期間4年は存置されることとなる(適格請求書発行事業者の登録申請受付も平成33年10月1日へ延期)。 なお、消費税転嫁対策法の適用期限(現行:平成30年9月30日)も平成33年3月31日まで2年半の延長、総額表示義務の特例についても2年半延長となる。 上記を踏まえ、今後の流れをまとめると次のようになる。 なお今回の延期期間が2年6ヶ月であるという特性上、当初のスケジュールと異なり3月決算法人などは期中での改正対応を求められるため、特に、10%引上げに係る平成32年3月期、インボイス導入に係る平成36年3月期については、経理処理から申告実務まで、留意すべき事項が多くなることが予測される。 〇大規模事業者は税額計算特例の時限適用が認められず 平成28年度税制改正による現行規定では、大規模事業者(基準期間(法人:前々事業年度、個人:前々年)における課税売上高5,000万円超)についてもシステム整備が間に合わない場合を想定し、複数税率に対応した売上税額・仕入税額の計算において中小事業者向けに講じられた計算特例(※)を時限的に適用できるとされていたが、今回の延期によりその準備期間が確保されたとするためか、この経過措置は「措置しない」こととされた。 (※) 計算特例の内容については[こちら]を参照されたい。 2年半の延期後もこの特例措置の適用を見込んでいた企業にとっては方針の見直しが必要となる。 〇直系尊属からの住宅取得等資金贈与特例、本年10月からの大幅拡充は見送りへ 平成29年4月からの消費税率の引上げを見据えて本年10月より大幅な拡充が予定されていた直系尊属からの住宅取得等資金贈与に係る贈与税非課税特例(措法70の2)については、その拡充のタイミングとなる契約時期が下表(1)の通り「平成31年4月~」と2年半延期され、その間は下表(2)の現行制度が継続されることとされた(相続時精算課税制度における住宅取得等資金の贈与の特例の適用期限も平成33年12月31日へ2年半延長)。 (1) 特別住宅資金非課税限度額 ※消費税率10%を前提 (2) 住宅資金非課税限度額 上記の拡充延期についてはすでに想定の上クライアントの贈与計画の見直しを行っていた税理士も多いと思われるが、拡充時期が明示されたことで、改めて今後の資産対策について予測を立てることができよう。 〇住宅ローン控除等の各特例は現行制度を平成33年12月31日まで延長 平成31年6月30日までの適用期限とされていた住宅取得に係る下記特例措置については、現行制度がすべて平成33年12月31日まで延長されることとなった(個人住民税における住宅借入金等特別税額控除についても適用期限を平成33年12月31日まで延長)。また、すまい給付金の対象期間も平成33年12月31日までの延長が明記された。 (※) 各制度の控除限度額等については情報ツール[こちら]を参照。 〇H29.4.1から改正予定の地方法人課税の税率等見直しもそれぞれ2年半延期 消費税率10%引上げを前提(※)として本年度改正で規定されていた地方法人課税の偏在是正を目的とした下記の税率等改正についても、それぞれ適用期限が平成31年10月1日(現行:平成29年4月1日)以後開始事業年度へ延期されることとなった。 (※) 平成26年度の与党税制改正大綱において、消費税率10%段階の対応として、「法人住民税法人税割の地方交付税原資化をさらに進める。また、地方法人特別税・譲与税を廃止するとともに現行制度の意義や効果を踏まえて他の偏在是正措置を講ずるなど、関係する制度について幅広く検討を行う。」とされている。 なお、本年3月31日公布の改正地方税法等に基づき、すでに東京都を含む各地方自治体の一部では平成29年4月1日以後開始事業年度の法人住民税(法人税割)・法人事業税の税率について条例改正により規定しているところもあるが、根拠となる法令が改正されることで、その見直しが必要となる。この点については、今回の方針を受けた今後の動向に注視が必要だ。 〇自動車税・軽自動車税における環境性能割は導入延期も税率区分は一旦白紙に 消費税率引上げを前提としていた自動車取得税の廃止は平成31年10月1日へ変更されたほか、本年度改正で創設された自動車税及び軽自動車税における環境性能割についてはその導入時期をそれぞれ平成31年10月1日としたうえで、その非課税及び税率に関する規定の適用を受ける自動車及び軽自動車の範囲については、平成31年度税制改正において、技術開発の動向等を勘案して見直しを行うとされた。 (了)
《速報解説》 公認会計士・監査審査会、 平成28年版の「監査事務所検査結果事例集」を公表 ~会計上の見積りについては継続して不備が頻出~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年7月29日、公認会計士・監査審査会は平成28年版の「監査事務所検査結果事例集」を公表した。 今回の事例集の特徴は次のとおりである。 参考資料として、「監査事務所の概況(平成28年版モニタリングレポート)」も公表されており、監査法人の状況などについて、会計専門家ではない一般の利用者にもわかりやすく説明がなされている。 事例集は、公認会計士・監査審査会が行う監査事務所の検査で確認された指摘事例等を取りまとめたものであり、基本的に、監査事務所に関する内容である。 本稿では、事例集に記載された事項のうち、一般事業会社における会計処理等においても参考になると考えられるものを紹介する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 取締役、監査役、投資者等による活用を期待 事例集は、コーポレートガバナンス・コード等を踏まえ、特に、監査役等に向けて、事例集を十分に活用し、外部会計監査人における品質管理の状況及び品質管理レビューや審査会検査の結果等について積極的に質問するなどにより、外部会計監査人との連携を充実・強化するとともに、外部会計監査人の適切な評価や十分な監査時間の確保等を行い、適正な外部会計監査が行われるための対応をされることを期待していると述べている。 引き続き、会計監査人と監査役等との連携についても述べられている。 Ⅲ 個別業務における「問題となった事例」 事例集は、次のような事例について述べている。 会計上の見積りについては、継続して不備が頻出していると述べられている。 (了)
《速報解説》 公認会計士協会、 「公認会計士業務における情報セキュリティの指針」 及びQ&Aを改正 ~ITの進歩、サイバー攻撃等への対応、クラウドサービス普及やIoTの進化による影響も記載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年7月25日付け(ホームページ掲載日は7月27日)、日本公認会計士協会は次のものを公表した。これにより、平成28年5月27日から意見募集していた公開草案が確定することとなる。 これは、前回の改正(平成24年8月30日)以降のITの進歩への対応、日本年金機構における個人情報流出事案に象徴されるサイバー攻撃等、新たな情報セキュリティリスクとして、サイバーセキュリティへの対応などを行ったものである。 なお、公開草案に対する外部からのコメントはなかったが、内容に影響しない範囲での字句修正を一部行っているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 実務指針の主な改正内容 1 対象範囲 実務指針は、公認会計士が監査に限定されないすべての業務において留意すべき情報セキュリティについての指針の提供を目的としている。 公認会計士は、実務指針に従って情報漏洩を防ぐ体制を構築し、運用することが必要である。 2 ITの進歩に対応する情報セキュリティ クラウドサービス等のITリソースが、ITの進歩により広く普及し、利用されるようになると、新しいリスクが生じることから、ITの進歩に対応した情報セキュリティ及び体制の見直しを考える必要がある。 電子メールの利用に際しての注意(誤送信防止など)、クラウドサービス等のITリソース利用に係る情報セキュリティ(ログオン時のID、パスワードの漏洩など)、サイバー空間に係る情報セキュリティ(偽装したログイン画面を用意してログオン時のID、パスワードの奪取など)などが述べられている。 3 情報漏洩に関するリスクの認識と対応 業務に直接関係する情報がどのように管理されているのかについて、業務の流れとともにITの利用状況を理解し、関連する内部統制を識別した上で、リスクを認識しなければならないと述べている。 4 適用時期等 「IT委員会実務指針第4号「公認会計士業務における情報セキュリティの指針」の改正について」(平成28年7月25日)は、平成28年7月1日以後開始する事業年度から適用する。 Ⅲ Q&Aの主な改正内容 Q&Aの改正は多くの事項に及んでいるので、下記では特徴的な記載について述べる。 1 サイバーセキュリティと情報セキュリティの違い(Q4) サイバーセキュリティは、サイバー空間を対象としたセキュリティの考え方である。サイバー空間は各種デバイス、コンピュータ、ネットワークその他の電子化された世界のため、サイバーセキュリティにおいては電子化された情報資産がその保護対象となる。 情報セキュリティは、IT委員会実務指針第4号「公認会計士業務における情報セキュリティの指針」でも記載されているように、その範囲を電子の情報に限定しておらず、紙の資料もその対象に含まれる。サイバー空間固有の特徴はあるものの、サイバーセキュリティにのみ特化した対策を行うのではなく、情報セキュリティの一部として検討することが求められる。 2 サイバーセキュリティ対策に関する全体像の把握に適した資料(Q6) IT委員会実務指針第4号「公認会計士業務における情報セキュリティの指針」を活用する。 下記のものも参考になる。 3 IoT(Internet of Things)の動向(Q12) IoTが進んでいくことで便利になる一方、情報セキュリティの面からは管理対象が増加し、その特性上、情報漏洩のリスクが顕在化しやすくなる状況にあると言えると述べられている。 具体的な特性として、①管理が意識から漏れやすい点、②モニタリングの困難さが述べられている。 4 マルウェア対策を実施する上での留意点(Q24) マルウェアから防御するためには、すべてのPC・サーバにマルウェア対策ソフトを導入するとともに、常に最新の状態に維持されるようにする。そのため、情報セキュリティ担当者は、すべてのPCにおいてパターン・ファイルの更新の設定が正しく行われるよう留意する。 5 ファイルサーバとしてクラウドサービスを利用する場合の業者を選ぶ際の留意点(Q27) 委託先選定に当たっては、情報セキュリティ対策、サービスの稼働状況、利用者サポート体制、契約終了時のデータの取扱い、事業者の事業継続性についても考慮することが重要であると述べられている。 Q&Aでは、具体的な留意点が記載されている。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「専門業務実務指針4400 『合意された手続業務に関する実務指針』に係るQ&A」を公表 ~実務指針において理解を要する事項を解説~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年7月25日付で(ホームページ掲載は7月28日)、日本公認会計士協会は、監査・保証実務委員会研究報告第29号「専門業務実務指針4400「合意された手続業務に関する実務指針」に係るQ&A」を公表した。これにより、平成28年4月27日から意見募集していた公開草案が確定することとなる。 Q&Aは、平成28年4月27日に日本公認会計士協会が公表した専門業務実務指針4400「合意された手続業務に関する実務指針」(以下「専門実4400」という)に基づく合意された手続業務を実施する際に理解が必要と思われる事項について、Q&A方式によって解説を提供し、会員の理解を支援するためのものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 次のQ&Aが取り扱われている。 以下では特徴的な項目について述べる。 1 専門実4400の適用対象となる業務(Q2) すべての調査報告業務に専門実4400の適用が強制されるわけではない。 実施結果の利用者のニーズに応じて合意された手続業務を実施したことを記載する報告書を発行する場合、業務実施者である監査事務所又は監査事務所が支配している事業体には専門実4400を適用することが求められている。 「監査事務所が支配している事業体」とは、公認会計士もしくはその配偶者又は監査法人が実質的に支配しているものと認められる関係(子会社等又は関連会社等との関係)を有する法人その他の団体をいう(Q6、専門実4400第4項及び職業倫理に関する解釈指針Q2-1)。 監査事務所が支配している事業体が合意された手続業務を実施する場合には、監査事務所は専門実4400第3項に関連して品基報第1号を遵守させるように監督することが求められる点に留意が必要である(Q6、専門実4400第4項)。 2 適用対象となる業務の例示(Q3) 専門実4400の適用が想定される業務としては、例えば、次のものがあげられている。 3 会社の買収に関する調査への適用(Q4) 専門実4400付録1には、会社の買収に関連した合意された手続業務に係る実施結果報告書の文例が記載されている。 付録1は例示であり、会社の買収に関する財務状況の調査(以下「買収調査」という)について、常に合意された手続業務として実施することが求められているわけではない。 買収調査について、合意された手続業務として業務を実施するかどうかは、報告書の利用者のニーズに応じて決定されることになる(専門実4400A1項)。具体的には、専門実4400を適用して合意された手続業務として実施するか、合意された手続業務以外の調査報告業務として実施するかを業務契約において定め、業務を実施することとなる。 任意に行う買収調査において、報告書の利用者から「合意された手続」である旨を記載することが特に求められておらず、また手続やその実施結果について、専門実4400の文例のように詳細かつ具体的な記載ではなく概括的なもので足り、むしろ、業務の実施の過程で気が付いた情報の作成や内部統制等に関する助言等の記載が求められているのであれば、報告書の利用者のニーズに照らして、合意された手続以外の調査報告業務として実施することが考えられると述べられている。 (了)