〔小説〕 『東上野税務署の多楠と新田』 ~税務調査官の思考法~ 【第5話】 「単独調査」 税理士 堀内 章典 孤独な調査官 「“できる調査官”のオーラ、か・・・」 カーブの多い京成電車に揺られ、町屋税務署での調査1年目研修を終えて帰宅する多楠は、つり革につかまり外の景色を見ている。 金杉商店の調査から1月ほど経った10月半ば、城東ブロックの税務署数署が持ち回りで行う調査1年目研修も上期は今日の町屋署で終了、年明けに行う1年目調査官各人が実際に調査した事案を持ち寄る発表会を残すのみとなっていた。 多楠は同じ部門で調査1年目の女性調査官淡路と今日昼食を共にしたときの会話を思い出していた。 ▼ ▲ ▼ 「多楠君も大変よね。新田さんと多楠君が会話をしているの見たことないもの。」 小顔で細い眉をひそめながら、淡路がテーブルを挟んで対面の多楠にささやく。2人は食事を終えコーヒーを飲んでいた。 「新田さんとは異動してから何回くらい話をしたの?」 笑いながら多楠 「さすがに何回ということはないけど、もう少し話をしてほしいというか・・・。正直いろいろ教えてほしいですよね。」 淡路 「そうよね。金杉では大きな不正を出したんでしょう。新田さんって、自慢はしないけど“できる調査官”のオーラは何となく感じるわよね。もっともっと多楠君に教えるべき調査のノウハウを持っていると思うんだけど。」 多楠は黙ってコーヒーを飲んだ。 続けて淡路 「それに比べると、三浦上席はよく教えてくれるわ。しかも熱心に。もともと“俺は万年上席”と自称して憚らない人なのに、何であんなに熱心なのかしら??」 それを聞いて多楠は、 (淡路さんが人妻とはいえ、スレンダー美人なんで、独身の三浦上席は良いところを見せようと張り切っているんじゃないですか) と喉元まで出かかったところで、慌てて飲み込んだ。 淡路 「熱心なのはありがたいけど、1分おきに呼びつけられているみたいで仕事に集中できなくて・・・これはこれで困ったものよ。ウチの旦那に言ったら、“そんな調査経験25年の大ベテランに直接調査を教えてもらえるなんて羨ましい!”ですって。もう話にもならないわ!」 淡路は新田と同じく高校卒業後の普通科採用で、人づてに聞いたところによると旦那さんも普通科採用で、旦那さんの方が2、3年上で、東京国税局の人事課に3年前配属になった優秀な人らしい。 淡路はいたずらっぽく笑みを浮かべながら言った。 「新田さんと三浦上席を足して2で割ればちょうどいいのにね。」 ▼ ▲ ▼ 車中で一人苦笑いをする多楠を見つめ、怪訝な顔をしていた女子高生が京成高砂駅で降りた。その様子に気づかないまま空いた席に腰を下ろした多楠は、疲れていたのか意識がもうろうとする中、浮かび出てきたのは、金杉商店を退出した直後に“裏は取れた。”と小さな声で言った新田の姿だった。 多楠は夢の中で叫んでいた。 “裏って、なんですか!” 次に夢は、9月末の報告会が行われている署長打ち合わせ室の様子へ。 「トイレに行こうと調査場所を離れたときに、たまたま近くを通りかかった従業員に話しかけたところ、12月のボーナスは1回しか出ていないことがわかりました。」 新田が源田署長に説明している場面であった。 新田がその従業員にどういうふうに話を切り出し、事実を確認したのかまでは、未だにわからない。 (ボクはそこが、そこが知りたいんですよ! 新田さん!!) 多楠が夢の中でまた叫んだとき、目が覚めた。 慌てて周りを見回すと、電車はすでに京成西船駅に到着していた。 多楠はここからバスで7、8分の行田団地近くの一戸建てに両親と住んでいる。 駅の改札を出て行田団地行のバス停に向かう途中、多楠は思った。 “何で新田さんの夢ばかり見るんだろう。” それだけ今の自分にとって新田さんは大きな大きな存在なのだ。あの電光石火のような調査と不可思議な言動、学ぶべき点も多いが、謎の多い男でもある。 背伸びをしながら、いよいよ明日から初めて自分一人で調査に行くんだ。頑張らないと、と心を引き締める多楠であった。 ▼ ▲ ▼ 新田の調査件数が年間30数件、多楠に割り当てられた調査件数は約半分の17件、10月半ばの時点で2人合わせて15件ほどの調査に着手していた。 今までは、新田の案件であろうと多楠の案件であろうと差異なく、準備調査書の作成や調査先での事業概況の聴き取りなど、多楠が担当するという進め方をしていた。調査1年目の研修の合間を縫って調査に出るといった結構ハードなスケジュールなのであった。 一番華々しかった金杉事案ほどでないにせよ、新田は7月から今まで11社で何らかの不正を発見し、少なくとも7桁(百万円台)から8桁(千万円台)の申告漏れ(増差所得)を把握していた。 そのうち半分はまだ調査が終了していないので、すべて結果が出たわけではないが、いつも寡黙な小泉調査官がそれを知ってポツリと“驚異的・・・”とつぶやくほどの素晴らしい事績を挙げていた。 今回多楠が一人で調査に行くことになったのは、田村統括官の発案であった。 署長報告会が終わって間もなく、新田と多楠を自席に呼んだ田村がこう言った。 「新田君、そろそろ多楠君を一人で調査に出したらどうだろう。だいぶん調査にも慣れてきたみたいだし。」 多楠は内心、 (えっ!? 慣れたもなにも新田さんからは調査のやり方なんて全然教わっていないよ! 無理無理無理!!) と思ったが、新田はあっさり 「了解しました。」 と言って机に戻ってしまった。 “やっぱり僕は新田さんにとって、ただの厄介者なのか。” ニコニコ笑っている田村の顔を見つめながら、多楠はまた気が重くなった。 (次ページへ) (前ページへ) 危険な調査先 多楠が調査に行くことになった株式会社関東貿易商会の概要は次のとおりである。 いよいよ初めての単独調査が始まった。 調査初日、多楠調査官は10時に会社へ着くと、1階の小さなショールームの横から奥の会議室に案内され、緊張する面持ちで部屋に入った。 そこにはすでに社長の武淵、経理部長の吉本、税理士の鷺沼が多楠を待っていた。 名刺交換、そしてしばし雑談をした後、小柄であまり顔色が良くない社長の武淵が勢いよく話し始めた。 「弊社はカバンや革製品の輸入販売を行っています。設立5期目の新しい会社なのでまだあまり信用がありません。ですから輸入をする際、代金を前払して製品を仕入れています。先に支払いがあるので資金繰りがあまりよくないのです。」 ひと呼吸おいた武淵は、少し声を落として言った。 「・・・多楠調査官、ここからは秘密です。気心の知れた業者仲間と手形のやり取りをしてお金の工面をしています。いわゆる“融通手形”です。このことが銀行に知れたら取引停止になってしまうので、絶対に口外しないでください。」 “しない、しない!!” と言わんばかりに慌ててうなずく多楠 “確か『融通手形』は大学の簿記会計で習ったはずだ。お互いに手形を振り出し合い、銀行で割り引く危険な手形。まさか初めての税務調査でそんな危ない手形に遭遇するなんて!” 武淵は話し続ける。 「毎回何千万円も前払いしてイタリアやフランスから空輸されてきたコンテナの中身を見るときが一番心臓に良くない。相手先は弊社より信用はあるのですが、万が一コンテナの中身が空だったりまがい物であった場合、弊社は即・・・倒産です。」 武淵から発せられる言葉には、何回もきわどい取引をやっている当事者しか出し得ない緊迫した重みがあった。さらに眉間に深いしわを寄せ話し続ける。 「毎月末、一般の手形と融通手形で2,000万円から3,000万円の手形の決済があります。12月や3月末はその倍くらいになります。今までは何とかピンチを乗り越えてきましたが、今後どうなるかわかりません。資金の手当てがつかず、夜も眠れないときもあります。崖から誤って足を滑らせるか、もうこれまでと諦めて自ら崖から飛び降りるか・・・」 多楠は心の内で叫んだ。 “おいおい、そんな物騒な話は止めてくれ!初めての調査で大変な所に来てしまった!” “でも、これって調査を何とか逃れようとする芝居なのか?いやいや、この社長、決して嘘は言っていない!” 武淵は多楠の顔をじっと見つめ、少し間をおいて、ゆっくり言った。 「なので私は・・・」 (続く)
《速報解説》 東証より「平成26年会社法改正に伴う上場制度の整備について」(公開草案)が公表 ~株式等売渡請求制度及び社外取締役等の社外性要件緩和に関する開示事由を見直し~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年1月30日付で、東京証券取引所は、「平成26年会社法改正に伴う上場制度の整備について」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、「会社法の一部を改正する法律」(平成26年法律第90号)に対応して、適時開示事由の見直しを行うなど所要の制度整備を図るものである。 会社法の施行期日は、「会社法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」(政令第16号)により、平成27年5月1日とされた。 意見募集期間は、平成27年3月1日までである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 1 特別支配株主の株式等売渡請求制度関係 2 独立役員の独立性に関する開示関係 10年以上前に上場会社又はその子会社の業務執行者であった者について、独立役員に指定できることとし、指定する場合には、その旨及びその概要の開示を求めることとする。 公開草案では次のことが述べられているので、注意が必要である。 3 監査等委員会関係 上場会社が置くべき機関として、既存の監査役会又は指名委員会等に加え、監査等委員会を追加する等の改正を行う。 Ⅲ 実施時期 「会社法の一部を改正する法律」(平成26年法律第90号)の施行の日(平成27年5月1日)から実施することが予定されている。 (了)
《速報解説》 「財産債務明細書」から「調書」への移行で、より詳細な情報を提出へ ~非上場株式は「見積価額」とするなど税理士実務に配慮も Profession Journal編集部 平成27年度税制改正で、税理士にあまねく影響が及ぶといわれている改正項目が「財産債務調書」だ。現行の「財産債務明細書」に見直しを行い「財産債務調書」とされる。これまでは、その提出を怠っても数度の督促で済んでいたが、改正後は国税サイドに質問調査権が付与されるなど、税理士の業務に影響が生じることが想定されている。 〇「調書」への移行による主な改正点 今回の改正により、所得税と相続税の申告の適正性を確保することを目的として、「明細書」から「調書」へ移行するとしているが、次の点に大きな異同が生じることとなる。 〇納税者・税理士には負担増に!? 以上のように、対象者については、これまでの明細書提出者の範囲に所有財産価額基準のフィルターが加わることになるため、提出対象者数は少なくなるわけだ。しかし、その反面、調書に格上げされるために記載内容は詳細なものが要求されることとなり、税理士の実務が煩雑となるのではないかという懸念がある。 一部の税理士からは「毎年、相続財産評価を行わなければならないのか?」という負担増を警戒する声も聞こえている。 調書に記載することとなる主な財産としては、土地建物や上場株式、投資信託等の有価証券が挙げられるが、その価額等については、土地建物については固定資産税の納税通知書に記された評価額を、また有価証券については、証券会社等から年末に送付される取引報告書を、それぞれ転記すれば足りそうだ。 なお、有価証券については取得価額の併記も求められる。これは出国税にも活用が予定されるためである。 さて、ここで問題となるのが、非上場株式の取扱い。 周知のとおり、非上場株式については評価額の算定は煩雑であるわけだが、詳細な評価額の算定は求めず「見積額」とすることもできる、としている。 非上場株式の「見積額」とは、B/Sなどから単純に純資産価額を求めることなどで足りるとすることが想定されている。 〇記載不備・不提出には過少・無申告加算税も 調書の提出は、平成28年1月以後に提出することが予定されている。すなわち、提出時期は来年の確定申告と同時期となることから、税理士の負担感はぬぐえまい。 それに対して財務省は、「納税者や税理士の業務に配慮し、事務負担が過重にならないようにしたい」と語る。 こうしたことから、現在の明細書で求められている財産基準の「10万円以上」基準の是非など、調書への移行に伴って記載事項等の検討を日税連と行い税理士の声を吸い上げながら対応を考慮しているという。 調書への格上げに伴って注目されるのが、加算税の加減算によるインセンティブが盛り込まれる点だ。 これは、所得税と相続税の申告漏れがあった場合でも、調書に記載があるものについては、過少・無申告加算税を5%軽減するというもの。 その一方で、所得税の申告をしている者でも、調書の不提出や記載漏れがあった納税者に対しては、国外財産調書と同様に、過少・無申告加算税を5%加重することとなるとの措置も設けられる。 調書の不提出や虚偽記載に関しては、罰則規定は設けないとしているが、上記の申告漏れがあった場合でも、例えばそれが仮装・隠ぺいに該当すれば重加算税の対象となることから、この措置によって過少申告であるか、仮装・隠ぺいなのかという線引きが改めて問われることとなろう。 〇責任の範囲をめぐり関与先とのトラブルの懸念も 税理士は調書の作成のために、納税者にヒヤリングや納税者自身に基礎的事項を記入してもらうことなど、関与先との信頼関係に基づき調製を行うわけだが、万が一提出した調書でトラブルが生じた場合には、税理士の責任が問われないとも限らない。 そのため、今後明らかになる改正法法案などを通じて、本制度の趣旨を関与先に伝えるとともに、その責任の範囲を明確化することなども課題となろう。 (了)
2015年1月29日(木)AM10:30、 Profession Journal(プロフェッションジャーナル) No.104 が公開されました。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第7回】 「租税法の原点を探る」 税理士 山本 守之 1 現行税法の創生 所得税法、法人税法、相続税法は昭和40年に全文改正が行われましたから、現行税法は創生されてから50年になります。つまり、現行税法は50年の歴史を持っているということです。 この全文改正は、昭和38年12月の税制調査会の答申「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」(以下「整備答申」といいます)を基礎にしていますから、税法の基本がわからないときには、この答申を読めばよいでしょう。 例えば、収益をどの段階で計上すべきかについては、「・・・各種の意見」「(外部取引につき、①対価請求権の確定したとき、②所有権の移転又は役務の提供があつたとき、③引渡し又は対価請求につき債務者が同時履行の抗弁権を失なつたとき、④定められている債務履行期等のいずれかを基準とする意見)があつたが、個別規定で補うことにより具体的な適用は③の引渡し又は対価請求権につき債務者が同時履行の抗弁権を失なつたときによることに近くなるとしても、法的な基本基準としては②の所有権の移転又は役務の提供があつたときとすることが適当と認められる。」としています。 したがって、「所有権の移転」は当事者が売り、買いの意思表示をしたときですが、品物の引渡しをする前に売主が代金を請求したときは品物を引き渡すまでは金は払わないという「同時履行の抗弁権」を使うでしょうから、引渡し時に売上げがあったと考えることもできるのです。 これを税務では、権利確定主義というように頭の体操的用語だけで説明していますが、分かりにくいものです。 2 条文の書き方 整備答申では、「規定の内容を理解しやすいものにするため、各条文をできる限り簡素平明な表現でまとめ上げることに留意し」としながら、次のような注文をつけています。 この整備答申のように税法条文が簡易で理解しやすいように作成されていれば、税法条文は親しみやすいものとなっていたでしょうが、実際には財務省の担当官によって必要以上に複雑に、長文で難しい内容のものとされたので、税法自体が親しみにくいものとなってしまったのです。 例えば、必要以上に専門用語を使い、二重カッコどころか五重カッコ、六重カッコとしたり打ち消しを打ち消すものが多用されています。この意味では、財務官僚は昭和38年の「整備答申」を読み直し、勉強をする必要があるでしょう。 税法条文は毎年のように改正され、改正の都度法規集は分厚い難解なものになってしまいましたが、このようにしたのは誰でしょうか。 昭和38年に税制調査会が示したルールが守られなかったのは何故でしょうか。 官僚はもちろんですが、これを受け入れた税理士の側でも反省しなければならないでしょう。 3 保険差益等の考え方 納税者の所有している家居(建物)が火災で焼失して、1,000万円の火災保険金を収受したとしましょう。 この場合の建物の帳簿価額が600万円、滅失経費が30万円だとするとしますと焼太りが370万円(言葉は悪いですが)となってしまいますが、所得税法第9条(非課税所得)第17号で次のように規定してあり、非課税となります。 これに対して、法人税法では保険差益は課税しますが、同時に圧縮記帳による損金と相殺されます。 何故、このようになったかについて、整備答申では次のように説明しています。 4 損害賠償請求権 小売業を営むA商店の店舗に危険ドラックを吸った男の運転するトラックが突入して、店舗にあった商品(3,000万円)をメチャクチャにしてしまいました。 この事故でA商店は3,000万円の損金となりますが、不法行為を行った相手方に対する損害賠償請求権(3,000万円)を益金の額に算入することになります。 この場合の損害賠償請求権の益金算入時期については学説上次の2つの考え方があります。 この点について「法人税基本通達逐条解説」では、課税庁の考え方が次のように述べられています。 これらの点について、法人税基本通達では、「他の者から支払を受ける損害賠償金(債務の履行遅滞による損害金を含む。)の額は、その支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが、・・・」(法基通2-1-43)(下線筆者)としています。これは、ほぼ異時両建説によっているものといえます。 注意したいのは、通達で「他の者から支払を受ける」としていますから、社内の経理部長が使い込みをした場合は、損害賠償請求権は社内の経理部長に対するもので、「他の者から支払を受ける」ものではありませんから法基通2-1-43を適用することはできません。 つまり、請求対象が社外の者か役員・使用人のような社内の者かで、適用は次のように異なるのです。 各国税局や税務大学校では、次のような判決例から同時両建説によって処理しているようです。 しかし、他人の不法行為に基づく損失と損害賠償請求権(益金)をめぐって同時両建説や異時両建説で問題を解決していた学界、税務大学校、国税庁に対して激しく批判する判決が平成24年2月29日仙台地裁でありました。ここでは損害賠償請求権がどのような場合に成立するのか、その要件は何かを問うものでした。 ここではA社の従業員が出入りの業者からリベートを受け取った事件について、原処分庁(塩釜税務署長)は、A社の従業員が受け取った手数料に係る収益を益金の額に算入せず、A社に属する手数料を費消して横領した従業員に対する損害賠償請求権の額を課税資産の譲渡等の対価の額に算入せずに隠ぺい又は仮装を行ったと判定したのです。A社は、本件手数料に係る収益は従業員ら個人に帰属するものであって、隠ぺい又は仮装を行った事実もない旨主張して争った事件です。 裁判所では、次のように判示しました。 税大や学者がキャンパスの中で「同時両建説」や「異時両建説」を振りまわすことは、実務の面からすれば誤った考え方といえるでしょう。 * * * 今回は租税解釈の原点(昭和40年全文改正)に戻って、その構成、趣旨を知るための基本的な答申(昭和38年「整備答申」)を実務家に紹介してみました。 この答申が守られていれば租税法や通達はもっと分かりやすいものになっているはずでした。この答申を基礎として、租税法の解釈の考え方を学んでください。 (了)
〈あらためて確認しておきたい〉 『所得拡大促進税制』の誤りやすいポイント 【第1回】 「給与等の範囲」 ~休業手当等の取扱い~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 所得拡大促進税制(雇用者給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)は、平成26年度税制改正による適用要件の緩和を踏まえ、平成27年3月期決算申告においてより多くの企業に利用されることが期待されている。 そのような中、昨年11月21日には、プロフェッションネットワーク社主催のセミナー『【平成27年3月決算・申告対応】一日で徹底理解 所得拡大促進税制-適用判断と申告実務-』を開催し、多くの受講者にお越しいただいた。本税制に対する関心の高さを実感した次第である。 このセミナー時間中、多くの受講生から、今まさに実務で直面している疑問点に関する質問をお寄せいただき、またセミナー資料の作成を通じて筆者自身、改めて気づかされる点も多かった。 そこで本連載では、全3回にわたり、本税制の適用に当たって誤りやすいと思われるポイントを紹介することとしたい。 2 本連載で取り上げる論点 - 質 問 - (休業手当等の取扱い) 以下のそれぞれのケースで支給される「手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となるか教えてください。 - 回 答 - 〈ケース1〉 ⇒ 該当しない 〈ケース2〉 ⇒ 該当する 〈ケース3〉 ⇒ 該当する 〈ケース4〉 ⇒ 該当しない - 解 説 - 所得拡大促進税制の適用対象となる「雇用者給与等支給額」とは、以下のように定義されている(措法42の12の4②三)。 ここで「給与等」とは、所得税法第28条第1項に規定する給与等をいう(措法42の12の4②二)。 所得税法第28条第1項は給与所得に関する規定であり、給与所得の対象となる「給与等」について、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与」とされていることから、名義のいかんによらず、給与の性質を有するものは広く含まれるものと考えることができる。 したがって、お問い合わせの各ケースについては、それぞれの手当が給与所得として課税されるかどうかによって判断することとなる。 〈ケース1〉の判定 業務上のケガにより休職している社員に対して支払われる「休業手当」は、労働基準法第76条に定める「休業補償」に該当する。 同条に定める「休業補償」はまさに「補償」であって、業務疾病等に起因して労働不能状況に陥ったことに対する「償い(賠償)」としての性質を有するものである。 このように、労働基準法第76条の規定に基づく「休業補償」は、所得税法上は非課税所得とされている(所法9①三イ、所令20①二)。 なお、労働基準法では平均賃金の60%の休業補償を定めているが、企業独自の判断として、60%を超える休業補償を行うケースも考えられる(付加給付金)。この場合にあっても、その本質は「補償」である以上、付加給付金も含めた総支給額が通常支給されるべき賃金の範囲内であることなど、補償額として相当なものであれば非課税所得となる。 したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」には該当しない。 〈ケース2〉の判定 業績悪化に伴い自宅待機を余儀なくされる場合等、使用者責任により労働者環境を奪われ休業に至る場合には、労働基準法第26条の定めに従い「休業手当」を支払わなければならない。 同条に定める「休業手当」は、〈ケース1〉の「休業補償」とは異なり、本来であれば労働力の提供対価として受け取るべき賃金について、使用者側の都合で休業することとなった労働者の生活保障を図るため使用者側に支払が義務づけられたものであり、「賃金」の性質を有するものである。このため、労働基準法第26条に定める「休業手当」は給与所得として課税されることとなる。 したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」に該当する。 (※) 労働基準法の休業手当等の課税関係(所得税)については、国税庁タックスアンサーにも掲載されているため、参考にしていただきたい。 タックスアンサーNo.1905「労働基準法の休業手当等の課税関係」 なお、景気変動等の理由により一時的な雇用調整を行った事業者については、従業員の雇用を維持する場合には雇用調整助成金の支給を受けることができる。 所得拡大促進税制の適用上、雇用調整助成金は「給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に該当し、雇用者給与等支給額の計算上はこれを控除する必要がある点に留意が必要である(措通42の12の4-2(1))。 〈ケース3〉の判定 会社の福利厚生制度の一環として「産休・育休制度」が定められ、これに基づき支払を受ける休業手当など、労働基準法第26条及び第76条のいずれにも該当しない休業手当は、一般的な取扱いにより給与所得として課税されることとなる。 したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」に該当する。 〈ケース4〉の判定 使用者が労働基準法第20条(解雇の予告)の規定による予告をしないで使用人を解雇する場合に、その使用者から支払われる「解雇予告手当」は、退職所得とされる。 このように「解雇予告手当」は給与所得ではなく退職所得として取り扱われることから、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」には該当しない。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例22(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《事例の概要》 設立2期目である平成26年3月期の消費税につき、特定期間(その事業年度の前事業年度開始の日から6月間)の課税売上高が1,000万円超であり、かつ、給与等支給額の合計額が1,000万円超であったため、課税事業者となった。しかし、これに気づいたのが平成26年3月期になってからであったため、有利な簡易課税の選択ができなくなってしまった。これにより、有利な簡易課税と不利な原則課税との差額150万円につき損害が発生し、賠償請求を受けた。 なお、簡易課税の選択には2年間の継続適用要件があるが、設立1期目の課税売上高が5,000万円超であり、平成27年3月期は原則課税しか採れないことから、2年間の継続適用要件による回復額はない。 《賠償請求の経緯》 平成24年4月15日 法人設立。 平成24年6月20日 関与開始。 平成25年3月31日 設立1期目が終了。特定期間の課税売上高が1,000万円超であり、かつ、給与等支給額の合計額が1,000万円超であったため、平成26年3月期は課税事業者となる。「簡易課税制度選択届出書」の提出期限(提出失念)。 平成25年11月13日 「課税事業者届出書」を作成中、有利選択の失念に気づく。 平成26年3月31日 設立2期目が終了。簡易課税有利が確定。 平成26年5月7日 関与先に報告。損害賠償請求を受ける。 平成26年5月31日 平成26年3月期の消費税を不利な原則課税で申告。 《基礎知識》 ◆特定期間(消費税法第9条の2第4項) 特定期間とは、法人の場合は原則として、その事業年度の前事業年度開始の日以後6ヶ月の期間をいう。 ◆特定期間における課税売上高(消費税法9条の2第3項) 特定期間における課税売上高については、法人が特定期間中に支払った所得税法第231条第1項(給与等、退職手当金等又は公的年金等の支払明細書)に規定する支払明細書に記載すべき給与等の金額に相当するものの合計額とすることができる。 ◆特定期間における課税売上高による納税義務の免除の特例(消費税法第9条の2第1項)) 法人のその事業年度における課税売上高が1,000万円以下である場合において、その法人のその事業年度に係る特定期間における課税売上高が1,000万円を超えるときは、その法人のその事業年度における課税資産の譲渡等については、納税義務は免除されない。 平成23年度の税制改正により、免税事業者の判定について、基準期間の課税売上高に加えて前年の上半期の課税売上高も加味されることとなった。本事例のように、法人の特定期間の課税売上高が1,000万円超であり、かつ、給与等支給額の合計額が1,000万円超である場合には、設立2期目から課税事業者となる。なお、この免税事業者の判定の改正は平成25年1月1日以後に開始する事業年度から適用される。 《税理士の落とし穴》 《税理士の責任》 依頼者は平成24年4月に資本金100万円で設立された法人で、設立2期目の特定期間の課税売上高及び給与等支給額の合計額が1,000万円超であったことから、設立2期目から課税事業者となった。しかし、税理士はこれに気づかず、設立2期目になって、税務署からの「お尋ね」によりはじめてその事実に気づいたため、事前に有利選択に係るシミュレーションを行うことができず、結果として不利な原則課税での申告となってしまった。 免税事業者の判定を正しく理解し、事前に有利選択のシミュレーションを行っていれば、簡易課税は選択できたことから、税理士に責任がある。 《予防策》 [ポイント①] 設立2期目の納税義務に注意 以前は資本金1,000万円未満で会社を設立すれば、基準期間のない設立当初2年間は免税事業者であった。しかし平成23年度の税制改正以降は、設立2期目から課税事業者になることもあることから、事業者免税点制度を依頼者に説明し、設立2期目から消費税の納税義務が発生することも想定した法人設立のアドバイスを行わなければならない。 [ポイント②] 事前に有利選択を必ず行う 納税義務者に該当した場合には事前に原則課税、簡易課税のいずれが有利になるかの検討を依頼者を含めて必ず行う。その際、2年間の継続適用要件のある簡易課税は、2年間のトータルで有利、不利の判断をする必要がある。 [ポイント③] 意思決定の証拠を書面に残す。 上記検討の結果、最終的にどちらを選択するかの意思決定は依頼者に求め、その判断を「意思決定通知書」などを作成して依頼者に提出してもらう等、証拠として書面に残すことが重要である。 [ポイント④] 改正項目の確認 今回の事故は税制改正の内容を正しく理解していなかったことにより起きている。税制改正は毎年必ずあることから、改正により関与先で影響のあるところがないかどうかをその都度具体的に確認すること。また、担当者だけでなく、所内や税理士法人全体でどのように確認し、チェックするかのルール作りも必要である。 (了)
平成26年分 確定申告実務の留意点 【第4回】 (最終回) 「誤りやすい事例Q&A」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 シリーズ最終回は、扶養親族等の判定や住宅税制、医療費控除等に関し、確定申告実務において誤りやすい以下6つ事例をQ&A形式で取り上げることとする。 【Q1】 合計所得金額の計算 妻の本年分の所得が次の各ケースの場合、夫は妻を控除対象配偶者とすることができるか(夫婦の生計は一であり、妻は青色事業専従者又は白色事業専従者には該当しない)。 【A】 (ケース2)は、夫は妻を控除対象配偶者とすることができるが、(ケース1)と(ケース3)については、控除対象配偶者とすることはできない。 【解説】 控除対象配偶者とは、次の4つの要件をすべて満たす配偶者のことをいう(所法2①三十三)。 事例の各ケースは、①、②、④は満たしているので、③の所得基準についての判定がポイントとなる。 「合計所得金額」とは、総所得金額、山林所得金額、退職所得金額、特別控除前の土地建物等に係る譲渡所得の金額、株式等に係る譲渡所得等の金額、上場株式等に係る配当所得の金額(申告分離課税を選択したもの)、先物取引に係る雑所得等の金額の合計額をいう(所法2①三十ロ、所基通2-41(2)(注)、措法8の4③一、31③一、32④、37の10⑥一、41の14②一)。 ただし、損失(純損失、雑損失、居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失、特定居住用財産の譲渡損失、上場株式等の譲渡損失、特定中小会社が発行した株式に係る譲渡損失、先物取引の差金等決済に係る損失)の繰越控除の適用がある場合には、繰越控除を適用する前の金額が合計の対象となる。 また、合計所得金額には、租税特別措置法の規定によって源泉分離課税とされるもの、確定申告をしないことを選択したものなど、次のような所得は含まれない(所基通2-41、措通3-1、8の2-2、8の3-1、37の11の5-1)。 以上から、各ケースにおける妻の合計所得金額を計算し、夫の控除対象配偶者に該当するか否かの判定を行うと、次の通りとなる。 【Q2】 借換えをした場合の住宅借入金等特別控除 住宅ローンの借換えを行った。新たな住宅ローンには、借換え前のローン残高に借換えにかかる諸費用分を上乗せしている。 借換えした年以降の住宅借入金等特別控除の計算はどのように行うのか。 【A】 下記算式で計算される金額を、住宅借入金等の年末残高として制度を適用する。 【解説】 住宅借入金等特別控除は、住宅の新築や取得、増改築等に要する資金として借り入れた借入金等について適用される制度である(措法41)。借換えをした場合、新たな借入金は住宅取得等の資金として直接借り入れたものではないため、原則として、借換え後は住宅借入金等特別控除の適用を受けることはできない。 しかし、次の①と②の要件を共に満たす場合に限り、継続して制度の適用を受けることができる(措通41-16)。 借換えをした場合、控除の対象となる住宅借入金等の年末残高は次の通り計算する。 なお、制度の適用を受けることができる年数は、居住の用に供した年からの一定期間であることに変わりはなく、借換えによって延長されることはない。 また、借換えをした借入金を再度借り換えた場合にも、先に述べた①と②の要件を満たせば、引き続き住宅借入金等特別控除の適用を受けることができる。 【Q3】 土地と建物の所有者が異なる場合の 居住用財産の3,000万円特別控除 土地の所有者が父、建物の所有者が子である自宅(父と子はこの家で生計を一にしている)を譲渡した。 居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除は、どのように適用するのか。 【A】 家屋の所有者である子の譲渡所得から特別控除額を控除し、残額がある場合には残りの金額を土地の所有者である父の譲渡所得から控除する。 【解説】 居住の用に供している一定の家屋を譲渡したとき、もしくは当該家屋とともに敷地の用に供されている土地等の譲渡をした場合には、譲渡所得の金額から3,000万円(控除前の譲渡所得の金額を限度とする)を控除することができる(措法35)。 (※) 制度の要件等については、拙稿「平成25年分 確定申告実務の留意点 【第3回】「住宅税制の要件・手続(まとめ)」」をご参照いただきたい。 家屋と土地の所有者が異なる場合には、まず家屋の所有者の譲渡所得から特別控除額を控除する。そして、特別控除額に残額があれば、次の①から③のすべての要件に該当する場合に限り、土地の所有者の譲渡所得からも控除することができる(措通35-4)。 計算例を示すと、次の通りとなる。 【Q4】 契約者を変更した生命保険金 父が死亡したことにより、生命保険金を受け取った。この保険契約の契約者は当初父であったが、父に所得がなくなったため、途中から契約者を子に変更し、子が引き続き保険料の支払を行っていた。 受け取った生命保険金は、全額が子の一時所得となるのか。 【A】 子の一時所得となる金額は、受け取った生命保険金のうち、子が保険料を負担した割合に相当する金額となる。 【解説】 死亡保険金(一時金)を受け取った場合の課税関係は、次の通りである。 上表の通り、保険料を負担した人が受取人となる場合には、受け取った保険金は一時的、偶発的な所得として一時所得となる(所法34、所基通34-1(4))。 受取人以外の人が保険料を負担した保険契約の場合には、受け取った保険金は、保険料負担者からの相続又は贈与により取得したものとして相続税又は贈与税の課税対象となり、所得税は課税されない(所法9①十六、相法3①、5①)。 計算例を示すと、次の通りとなる。 【Q5】 ふるさと納税により受け取った謝礼 ふるさと納税を行った地方公共団体から、謝礼として地元の特産品を受け取った。この特産品を受け取ったことによる経済的利益は、所得税法上どのように取り扱われるのか。 【A】 特産品を受け取った場合の経済的利益は、一時所得に該当する。 【解説】 所得税法上、所得として収入すべき金額には、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額も含まれる(所法36①②)。 ふるさと納税の謝礼として受け取った特産品に係る経済的利益は、法令上非課税所得として規定されていない。また、地方自治法では、地方公共団体は法人とすると規定されている(地方自治法2①)。 したがって、謝礼として特産品を受け取った場合の経済的利益は、法人からの贈与により取得するものとして一時所得に該当する(所法34、所基通34-1(5))。 なお、一時所得は、その年の総収入金額からその収入を得るために支出した金額を控除し、さらに50万円の特別控除額を差し引いて算出することとされているため、他に一時所得がなく、年間数万円のふるさと納税をしている人の場合には、課税関係は生じない。 【Q6】 ガン診断給付金と医療費控除 ガンと診断され治療を受けたことにより、生命保険会社から診断給付金と手術給付金、入院給付金を受け取った。医療費控除の計算上、これらの給付金はすべて支払った医療費から控除するのか(契約者、被保険者及び受取人は同一である)。 【A】 診断給付金は、がんと診断されたことを基因として支払われるものであり、医療費の補填を目的に給付されるものではない。よって、支払った医療費から控除する必要はない。手術給付金と入院給付金は、医療費を補填する性質のものであるため、支払った医療費から控除する。 【解説】 医療費控除の対象となる金額は、その年に支払った医療費から医療費を補填するものとして給付される保険金や損害賠償金等を控除して計算することとされている(所法73①)。 ガンであると診断されたことにより給付される診断給付金は、給付目的が医療費の補填ではないため、医療費控除の計算において支払った医療費から控除する必要はない(所基通73-9(1))。 手術給付金と入金給付金は、医療費の補填を目的として支払いを受けるものであるため、支払った医療費から控除することになる(所基通73-8)。 (注) これらの給付金は、身体の傷害に基因して支払を受けるものであるため、非課税所得に該当する(所法9①十七、所令30)。 (連載了)
〔平成26年分〕 贈与税申告の留意点 【第2回】 「贈与税の配偶者控除(おしどり贈与)を活用するときの留意点」 税理士法人ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 1 相続税対策としての居住用不動産の生前贈与 平成27年1月1日以後、相続税の基礎控除額が引き下げられるため、相続税対策として生前贈与を検討するケースが増えている。その中でも、贈与税の配偶者控除(*)を検討することが多いと考えられるが、その場合の留意点につき、検討してきたい。 相続税節税を目的として相続財産を圧縮する一つの手段として、居住用財産を配偶者へ贈与し、この贈与税の配偶者控除を適用しようとする場合、相続で取得したほうが税務上有利なのか、生前贈与で取得したほうが有利なのか、十分に検討する必要がある。 確かに、相続財産を圧縮するという観点からは、贈与税の配偶者控除が適用できる2,000万円分までの居住用財産を贈与することは効果が期待できる。ただし、以下のデメリットがあるため、その点も踏まえて、実行するか否か判断する必要がある。 (1) 不動産取得税・登録免許税をめぐる留意点 (2) 相続税の小規模宅地特例の適用について 個人が、相続又は遺贈により取得した財産のうち、その相続の開始の直前において被相続人等の居住の用に供されていた宅地等のうち、一定の選択をしたもので限度面積までの部分については、相続税の課税価格に算入すべき価額の計算上、一定の割合(特定居住用宅地の場合には80%)が減額される(租税特別措置法69条の4)。 この小規模宅地の特例の適用にあたっては、対象となる土地は、あくまで相続・遺贈で取得したものに限定されている。つまり、生前に贈与で取得した土地については、相続税の小規模宅地特例を適用することはできない。 2 1筆の土地の上に賃貸住宅・自宅(2棟)がある場合の贈与税の配偶者控除の適用 1筆の土地の上に、賃貸住宅・自宅の2棟がある場合、分筆を行った上で、自宅敷地部分の土地(又は土地持分)についてのみ配偶者へ贈与を実施し、贈与税の配偶者控除を適用する必要がある。分筆せずに贈与を行うと、「専ら居住の用に供する土地若しくは土地の上に存する権利若しくは家屋」には該当しないと判断され、贈与税の配偶者控除が適用できないこととなる(平成13.9.13裁決、国税不服審判所)。 1筆の土地の上に、1棟の賃貸併用住宅がある場合のケースでは、その敷地のうち自宅部分を特定することが困難であるため、土地持分を贈与しても一定の条件のもとに、すべて居住用不動産の贈与として、贈与税の配偶者控除が適用できる(相続税基本通達21の6-3)。 これに対して、1筆の土地の上に、賃貸住宅・自宅の2棟がある場合、分筆を行った上で、自宅敷地部分の土地(又は土地持分)についてのみを「専ら居住の用に供する土地若しくは土地の上に存する権利若しくは家屋」として配偶者へ贈与し、贈与税の配偶者控除を適用する必要がある。このような異なる取扱いを行う判断理由として、以下のように平成13.9.13裁決は述べている。 居住用不動産の生前贈与を行い、贈与税の配偶者控除を適用する場合、1筆の土地の上に、自宅、賃貸住宅など複数棟の家屋が存在していることも多々あるため、上記の取扱いには十分に留意する必要がある。 (連載了)
法人税に係る帰属主義及び AOAの導入と実務への影響 【第6回】 「改正の内容⑤」 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 3-1-6 恒久的施設非帰属所得に係る所得金額の計算 PE非帰属所得とPEを有しない外国法人の国内源泉所得については、その課税範囲が同一であることから、「その他の国内源泉所得に係る所得の金額」として、その計算については、PE帰属所得に係る計算に準じて計算することとした(法法142の9、法令191)。 3-1-7 繰越欠損金 《改正前》 外国法人の各事業年度開始の日前9年以内に開始した事業年度において生じた青色欠損金額及び災害損失金がある場合には、欠損金控除前の所得金額の80%相当額(外国法人が中小法人である場合は100%)を限度として損金算入できる(旧法法142、旧法令188①十六)。 《改正後》 PEを有する外国法人の欠損金は、PE帰属所得に係る欠損金とPE非帰属所得に係る欠損金に区分され、それぞれPE帰属所得とPE非帰属所得から控除される。PEを有しない外国法人の欠損金は、PE非帰属所得に係る欠損金となる(法法141二、法法142の9、法令191)。 なお、改正前の欠損金はどちらの所得からも控除できる(改正附則25)。 3-1-8 税額の計算 (1) 法人税率 《改正前》 基本税率は25.5%、中小法人の所得800万円以下の部分は19%である。 《改正後》 課税標準がPE帰属所得とPE非帰属所得に区別されたことから、税率もそれぞれ別に定められているが、税率は基本が25.5%、外国中小法人については所得800万円以下の部分の税率が19%である。 (2) 所得税額控除 PE帰属所得に係る所得税額控除とPE非帰属所得に係る所得税額控除は別々に行われる。 なお、外国法人が受ける内国法人からの配当等については、国内に支店等を有する外国法人が支払いを受ける配当等でその支店等を通じて国内において行う事業に帰せられるもの以外のものについては、所得税額控除が認められないものとされていたが、帰属主義への見直しに伴い、このような配当等はそもそも法人税の課税対象外とされ、源泉徴収のみで課税関係が終了することとなった。このため、所得税額控除を認めないことをあえて規定するまでもなくなった。 (3) 外国税額控除 ① 趣旨 帰属主義への移行によりPEが本店所在地国以外の第三国で稼得した所得がPE帰属所得として我が国の法人税の課税対象となることから、当該第三国とわが国における二重課税を調整するために設けられた。内国法人との取扱いの公平性・整合性の観点から、基本的な仕組みは内国法人の外国税額控除と同様である。 ② 控除対象外国法人税の額 外国法人の恒久的施設帰属所得に係る所得について課される外国法人税の額に限ることとされた(法法142の2①)。ただし、高率の部分の外国法人税の額は、控除対象とはならない(法法142の2①、法令195)。 ③ 控除限度額(法令194①) ④ 国外源泉所得 外国税額控除の控除限度額の算定の基礎となる国外所得金額を算定するため、国内源泉所得とは別に、国外源泉所得が定義されている(法法144の2④)。 国外源泉所得としては、国外にある資産の運用又は保有により生ずる所得、国外にある資産の譲渡により生ずる所得として一定のもの、国外にある不動産等の貸付け、国外における租鉱権の設定又は居住者若しくは外国法人に対する船舶若しくは航空機の貸付けによる対価などが規定されている。 それらを国内源泉所得と対比する形で示したのが下表である。 (「平成26年度税制改正の解説」(財務省)729頁) なお、租税条約に国外源泉所得について異なる定めの適用がある場合には、その外国法人については租税条約の規定による(法法144の2⑤)。 ⑤ 国外所得金額 外国税額控除の控除限度額を算定する基礎となる国外所得金額の計算について、以下の定めがある。 イ 共通費用の額の配分 PE帰属所得に係る共通費用がある場合には、国外源泉所得に係るものとそれ以外のものに配分する必要がある。 この配分の基礎となる共通費用の額は、PE帰属所得金額の計算上損金の額に算入された金額のうち、販売費・一般管理費その他の費用で、外国法人の国外源泉所得に係る所得を生ずべき業務とそれ以外のPE帰属所得に係る所得を生ずべき業務の双方に関連して生じたものの額である(法令193②)。この販売費・一般管理費には、法人税法142条3項2号により配分された本店配賦経費も含まれる。 共通費用の額の配分の基準は、収入金額、資産の価額、使用人の数、その他の基準で、外国法人が行う業務の内容や費用の性質に照らして合理的と認められる基準とされる。 ロ 共通費用の配分に関する書類の作成 共通費用の配分に関する説明書類を作成しなければならない(法令193③、法規60の12)。 ハ 確定申告書等への国外所得金額の計算に関する明細書の添付 PEを有する外国法人が外国税額控除を受ける場合には、確定申告書、修正申告書、更正請求書に国外所得金額の計算に関する明細書を添付しなければならない(法令193④)。 ⑥ 控除限度額の繰越し 繰越控除限度額は3年間繰越しができる(法法144の2②)。また、その事業年度に納付することとなる控除対象外国法人税の額がその事業年度の控除限度額に満たない場合において、過去3年内の繰越対象外国法人税があるときは、その一定額につき外国税額控除を行う(法法144の2③)。 ⑦ 外国法人税の減額 外国税額控除の適用を受けた事業年度開始の日後7年以内に開始する各事業年度において当該外国法人税の額が減額された場合には、減額控除対象外国法人税額を、 こととされている(法法144の2⑧、法令186①二②、法令201①③④)。 ⑧ 適用要件 外国税額控除の適用を受ける際の要件は、内国法人と同様に、確定申告書等に控除を受けるべき金額、計算明細、控除対象外国法人税の額の計算明細書等の添付があり、かつ外国法人税を課されたことを証する書類その他一定の書類を保存していること等とされている(法法144の2⑩、法規60の14)。 (了) ※上記の内容は、本稿公開日(2015/1/29)現在の法令通達等によります。