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〔会計不正調査報告書を読む〕【第19回】インスパイアー株式会社・「第三者委員会調査報告書」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第19回】 インスパイアー株式会社・ 「第三者委員会調査報告書」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【概 要】   【インスパイアー株式会社の概要】 インスパイアー株式会社(以下「インスパイアー」という)は、1991(平成3)年設立。旧社名は株式会社フォーバルクリエーティブ。創業以来取り扱ってきたITセキュリティ関連商品の販売及びサポートサービスの提供というビジネスモデルから、ITネットワーク機材の販売、クレジットカード関連事業及び太陽光発電システムの販売へと、取り扱う商品及び役務の転換を図っている(平成25年3月期有価証券報告書より)。 売上高4,665万円、経常損失1億4,041万円、従業員数3名(平成25年3月期)。本店所在地は東京都中央区。JASDAQ上場。   【報告書のポイント】 1 調査に至った経緯と調査の焦点 (1) 第三者委員会設置の経緯 調査報告書によれば、インスパイアーは、オンライン決済を目的としたカード事業の事業化のためのシステム開発に関し、過去の決算において適切な会計処理が行われていなかった可能性を「外部から」指摘を受けたことを契機に、第三者委員会を設置して調査することになったとされている。ただし、「外部」の意味するところは、調査報告書では明らかにされていない。 (2) インスパイアーによる会計処理 本件システム開発に関係する、インスパイアーの会計処理を事業年度ごとにまとめると、以下のとおりとなる(金額:千円)。なお、減価償却の対象期間は、平成23年5月~平成24年3月、平成24年4月~平成24年12月までであり、平成24年12月決算において、未償却残高を全額減損処理している。 (3) 調査の焦点 インスパイアーは、平成21年4月から9月にかけて、B社に対し、総額1億6,000万円の金員を出捐して、本件システム開発業務を委託したことになっているが、この出捐が実際にB社に対して行われたものかどうか、出捐の成果物としてインスパイアーが保管しているCDに格納されているプログラム等が当該出捐にふさわしいものかどうかを中心に、調査は進められた模様である。   2 第三者委員会による調査の限界 (1) 第三者委員会の結論 調査報告書の最後に記載された「当委員会による本調査の結論」を引用する(文中の括弧書きは省略した)。 (2) 上記の結論に至った調査結果 第三者委員会が上記の結論を得るに至った理由は、以下のとおりである。 (3) 困難な調査の実態 調査報告書には、本件システム開発について適切な会計処理が行われなかった原因分析及び再発防止策については言及がない。この点について、インスパイアーによる7月15日付リリースでは、第三者委員会からの説明として、以下のような記述がある。 上記の理由については、納得できる点もあるとはいえ、第三者委員に就任する以前の段階で当然に予測された事象である。第三者委員就任時にインスパイアーとの間で「不十分な調査であってもかまわない」旨の合意があったどうかは不明であるが、第三者委員会設置の目的を十分に果たすことができなかったことを正当化できるものではないと思料する。 (4) 毎年のように変更されてきた会計監査人 本レポートをまとめるにあたり、過年度の有価証券報告書を参考にしているところ、インスパイアーの会計監査人は、確認ができた事業年度だけで以下のように、ほぼ毎年、変更がされている。 調査報告書では、調査対象となった不適切な会計処理に関する会計監査人の責任についても言及はないが、これだけ毎年変更していては、当年度の会計監査を行うだけで精一杯であり、過年度分の会計処理の適切性を検証することが不可能だったであろうことは推測できる。 (5) 第三者委員会調査の必要性に対する疑問 上述のように、本調査が行われたのは、「外部から」適切な会計処理が行われていないという指摘があったためということであるが、何のための調査であったのかは疑問が残る。平成26年3月期有価証券報告書が提出できない事態が間近に迫っている中で、高額な調査費用をかける必要が果たしてあったのかどうか、疑問に感じざるを得ない。 結果的に、第三者委員会の調査によっても事実が解明されたとは言い難く、後述するように、一時会計監査人は、調査報告を受けて辞任を表明している。 インスパイアーが、調査によって事実を究明することが目的ではなく、上場を維持することを目的に第三者委員会を設置して調査を行ったのであるとすれば、本末転倒ではないかと思料するのであるが、いかがであろうか。   3 そして、上場廃止へ 第三者委員会調査報告書公表後の、インスパイアーのリリースを時系列に沿って並べてみたい。 調査報告書受領に先立つ6月26日、インスパイアー第23期定時株主総会は、議案の審議が未了となったことから、審議を継続する(継続会)こととしていたが、その後、継続会の開催決定が会社法に反している恐れがあるとして、これを臨時株主総会の開催へと変更するリリースを7月29日に出している。 一方、7月17日の一時会計監査人の辞任により、会計監査人が不在となったインスパイアーは、提出期限の延長承認を受けていた7月31日までに有価証券報告書を提出できないことを同じく7月29日に公表し、これを理由に、東京証券取引所より「管理銘柄(確認中)」に指定される見込みであることもリリースしている。 なお、一時会計監査人は、辞任の理由として以下の3点を挙げている。 そして、延長承認の提出期限後8営業日以内(8月12日)までに、一時会計監査人の選任ができず、有価証券報告書が提出できなかったことから、インスパイアーは、東京証券取引所より「整理銘柄」に指定され、1ヶ月後に上場廃止となることが確定した。 毎期、経常損失を出し続け、継続企業の前提に関する注記の記載が消されることのないまま、債務超過に陥るたびに増資を繰り返して上場を維持してきたインスパイアーは、平成19年3月期に21億円あった売上高も、前期末には4,665万円にまで減少しており、市場からの早期退出はやむを得なかったのかもしれない。 (了)

#No. 86(掲載号)
#米澤 勝
2014/09/18

経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第56回】連結会計⑥「子会社株式の一部売却」

経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第56回】 連結会計⑥ 「子会社株式の一部売却」   仰星監査法人 公認会計士 上村 治   〈事例による解説〉 今回は、子会社株式を一部売却するものの、支配が継続し、売却後も連結財務諸表を作成するケースを解説します。 ×1年度及び×2年度におけるB社の個別財務諸表については、前回示した事例をそのまま使用することとします。 【×1年度】 A社は×1年3月31日にB社の株式80%を400で取得した。 ×1年3月31日のA社、B社の貸借対照表は以下のとおりである。 〈会計処理〉 〇 投資と資本の相殺消去 〈×1年度の連結貸借対照表〉  〈会計処理の解説〉 ×1年度の会計処理については、前回の解説をご参照ください。   【×2年度】 A社は×2年3月31日に保有するB社の株式100(持分割合20%)を150で第三者に売却した。 ×2年3月期のA社、B社の貸借対照表及び損益計算書は以下のとおりである。 〈会計処理〉 ① 開始仕訳 ② 当期純利益の按分 ③ 株式売却に係る修正仕訳 〈×2年度の連結財務諸表〉  〈会計処理の解説〉 〇当期純利益の按分について ×2年度期中の少数株主持分は20%であり、B社の×2年度の当期純利益100を少数株主持分に振り替える処理が必要になります。なお、くわしい解説は、この連載の【第28回】連結会計③をご参照ください。 〇一部売却に係る連結仕訳 (A社個別財務諸表の処理) 連結に係る会計処理を解説する前に、A社の個別財務諸表を確認すると、A社は×2年度末に保有するB社の株式100を150で第三者に売却しているため、個別貸借対照表では子会社株式の金額が400から300に減少し、また、損益計算書に子会社株式売却益50が計上されています。 (連結に係る処理) A社が売却したB社株式の持分割合は20%であり、B社純資産600の20%に当たる120が親会社持分から減少し、少数株主持分が同額増加します。 また、売却により親会社の持分の減少額120と子会社株式の売却簿価100との差額は子会社株式売却益の修正として処理します。 個別財務諸表では、上述のとおり、売却金額150に対して売却する子会社株式の簿価100との差額50が売却益として処理されます。一方、連結上では、売却金額150に対して売却される持分は120であり、差額の30が売却益として処理されるべき金額となります。 そのため、個別財務諸表で認識されている売却益50から20を減額し、連結財務諸表で売却益を30とする修正が必要となります。 (了) ※10月はストック・オプション会計を取り上げます。

#No. 86(掲載号)
#上村 治
2014/09/18

基礎から学ぶ統合報告 ―IIRC「国際統合報告フレームワーク」を中心に― 【第7回】「8つの「内容要素」とは?(その2)」

基礎から学ぶ統合報告 ―IIRC「国際統合報告フレームワーク」を中心に― 【第7回】 「8つの「内容要素」とは?(その2)」   公認会計士 若松 弘之   1 8つの「内容要素」の解説(前回の続き) 前回は、8つの「内容要素」のうち前半の4つ(「(A)組織概要と外部環境」「(B)ガバナンス」「(C)ビジネスモデル」「(D)リスクと機会」)について説明しました。今回は引き続き、残り4つの「内容要素」を説明します。 (E) 戦略と資源配分 企業の短期から長期にわたる戦略目標を明確にしたうえで、それらの戦略目標を実現するための戦略と、その戦略を実行するための資源の配分計画を明らかにします。通常、戦略は企業に競争優位を与え、価値創造を可能にする差別化を含むものですから、この点についても明確にしておきます。 また、戦略と資源配分計画が、例えば「外部環境」や「リスクと機会」からどのような影響を受け、それらに対して企業や組織はどのように対応するかなど、その他の「内容要素」といかに関連付けて説明するかがポイントになります。 加えて、戦略の達成状況や資本への影響である「アウトカム」をどのように測定するかについても明らかにしておく必要もあります。 (F) 実績 「実績」では、「(D)リスクと機会」及び「(E)戦略と資源配分」で説明した長期にわたる企業価値創造におけるキーポイントや目標が現時点でどの程度達成されたかを示します。 達成度合いは、必ずしも数値や比率などの定量的な財務業績(売上高や当期純利益など)だけではなく、それ以外の資本に対する影響、すなわち「ビジネスモデル」を通じて、どのような「アウトカム」が得られたかについて文章などの定性的な情報も使いながら分かりやすく報告することになります。 (G) 見通し ここでは、長期的な観点で、企業が直面するであろう外部環境の変化に伴い発生する期待、リスク、危機などを説明しながら、その変化の中でも、企業価値を創造し続けていくために、どのような対応力や柔軟性を有するかについても明確にします。 大事なポイントは、企業の楽観的な見通しや将来期待ばかりを述べるのではなく、適切な資本(例:熟練労働力資本や天然資源など)の利用可能性や競合他社とのポジショニング、直面するリスク評価に関して、可能な限り現実的に記述することです。 (H) 作成と表示の基礎 統合報告書では、「作成と表示の基礎」として、以下の情報を記載します。 これらは、統合報告書の「内容要素」を理解するうえでの基礎情報や前提条件にあたるものです。すなわち、どこまでの範囲の情報が、どのような枠組みや算定方法で数値化や金額評価され、どのような「ものさし」によって最終的な重要事実として開示を決定したかを、そのプロセスも含めて、きちんと読者に示すということです。   2  統合報告書における一般報告ガイダンス フレームワークでは最後の部分で、これまで解説してきた8つの「内容要素」と密接に関連する一般的な報告ガイダンス(報告の目安となるルール)として以下の4項目を設けています。 ① 重要性のある事象の開示 第5回で述べたとおり、統合報告書には、フレームワークの「指導原則」における「重要性」に従って、企業が重要度を有する事象の中で優先付けしたものから情報開示していくことになります。これに加えて、一般報告ガイダンスでは、重要性のある事象の性質も考慮し、以下の内容を網羅的に提供することを求めています。 主要な情報(企業にとって重要性のある事象、それが組織戦略やビジネスモデル、資本に与える影響についての説明) 不確実性に関する開示(不確実性の説明、不確実な理由、影響度など) KPI(目標の達成度合いを計る定量的な指標)等の定量的指標の開示(将来2期間以上の目標や計画、過去からの3期間以上の推移、業界や地域のベンチマークなどを示すことが望ましい) ② 資本に関する開示 統合報告書では、企業の内外に存在し、長期にわたる価値創造能力に重要な影響を及ぼす様々な「資本」に関して、その利用可能性、質、経済性の変化及び、企業が資本を増減、変換させる方法などを具体的に開示することになります。 特に、資本相互間の重要なトレード・オフについて、トータルとしての価値創造の正味増減にどのように結びつくかを具体的に開示することが大事なポイントになります。 トレード・オフとは、例えば、天然資源を積極的に採掘し(資本の減少)、利便性の高いエネルギーを消費者に届ける(資本の増加)とともに従業員雇用を創出した(資本の増加)が、一方で産業排出物等により自然環境に負荷をかけている(資本の減少)ケースなどです。 ③ 短、中、長期の時間軸 短、中、長期の時間軸は全ての企業で一律に決められるものではありません。例えば、技術革新の激しいハイテク製品を扱う企業では短期は1年、中期は3年、長期は5年であり、一方、耐久性の高い住宅や建設業界の企業では短期は3年、中期は5年、長期は10年以上ということもあり得るでしょう。 したがって、フレームワークでは、企業や組織が属する業種やセクター、または、資本への影響であるアウトカムの性質(例えば、自然資本は長期的視点、財務資本は短期的視点など)に応じて、それぞれ異なる時間軸が設定されることを想定しています。 なお、一般的に短期的な事象は予測可能性が高いため定量化できる場合が多く、長期的な事象は不確実性を伴うため定性的な情報提供の割合が多くなりますが、長短の時間軸ごとに事象の影響を開示することまでは求めていません。 ④ 集約と細分化 これは、統合報告書で開示する情報のくくり方やかたまりの大きさについて述べています。例えば、国、子会社、部門、事業所などの集約または細分化レベルを決定する場合、コストとベネフィット、すなわち利用者にとっての有用性と細分化するための企業コストなどのバランスをとって検討することになります。 留意点として、情報を集約しすぎると特定領域における実績の良し悪しが埋もれ、情報の有用性が大きく失われる一方で、情報を細分化しすぎると、情報が多量かつ散漫になってしまい、統合報告の趣旨である簡潔明瞭性が損なわれてしまいます。 どの程度の集約・細分化レベルが適当かについては、結局、経営層やガバナンス責任者が組織を運営するために必要な情報の大きさになると思われますので、現在の財務報告におけるセグメント情報開示の手法であるマネジメント・アプローチに準じて、「事業別セグメント」または「地域別セグメント」での開示となる場合が多いと思われます。 *   *   * 前回から今回にわたり、フレームワークにおける8つの「内容要素」について詳しく解説してきました。これで統合報告を理解するうえで必須の知識である「基礎概念」(第2回~第3回)、「指導原則」(第4回~第5回)及び「内容要素」(第6回~第7回)に関する主要ポイントを全て説明したことになります。 次回(最終回)は、日本における先進開示例の紹介も含めて、統合報告に対する今後の展望や期待について解説します。 (了)

#No. 86(掲載号)
#若松 弘之
2014/09/18

建設業をめぐる労災制度のポイント 【第3回】「中小事業主の特別加入と一人親方」

建設業をめぐる労災制度のポイント 【第3回】 「中小事業主の特別加入と一人親方」   社会保険労務士 菅原 由紀   1 特別加入制度とは 労働基準法や労災保険法は、図1の赤線で囲んだ部分のような労働者ではない事業主や自営業者に対しては適用されない。しかし、これらの労働者以外の者の中には、その業務の実態や災害の発生状況その他からみて、労働者に準じて保護をすることが適当である者もいる。 そこで、これらの者を労災保険の適用労働者とみなして業務災害及び通勤災害について保険給付等を行うのが「特別加入制度」である。 図1   2 中小事業主等の特別加入者の範囲 「中小事業主」「法人の役員」「家族従事者」等は、通常、労災保険の対象者とはならない。しかし、その業務の実態等により、労働者に準じて、その業務災害に関して保護を与えるにふさわしい人々がいる。 そこで、労災保険本来の建前をそこなわない範囲で、労災保険の利用を認めようとする制度が「中小事業主等」の特別加入制度である。 中小事業主等とは、以下の①、②に当たる者をいう。 なお、労働者を通年雇用しない場合であっても、1年間に100日以上労働者を使用している場合には、常時労働者を使用しているものとして取り扱われる。   3 一人親方の特別加入 労働者を使用しないで次の事業を行うことを常態とする一人親方その他の自営業者およびその事業に従事する人(以下「一人親方等」)が特別加入することができる。 なお、労働者を使用する場合であっても、1年間の使用日数が100日未満の場合は一人親方に該当する。   4 一人親方の問題点 建設業の社会保険未加入の状況を改善するために、平成24年より行政は様々な施策を講じている。 この行政指導強化の影響で、事業主が社会保険料負担を免れるために、本来労働者であった者を一人親方に移行させるようなことも一部行われている。 そもそも今まで社会保険未加入であった事業所は、体力のない事業所がほとんどであり、加入したくても加入できない状況にあったという事情もあろうが、このような事業主の都合による一人親方化は、建設業界の就労環境の改善のために進められている保険未加入対策に逆行するものであろう。 なお、労働者であるかどうかは、形式的な要件と実態的な要件に基づき総合的に判断される。 主な要件は以下の通りである。 (了)

#No. 86(掲載号)
#菅原 由紀
2014/09/18

改正会社法―改正の重要ポイントと企業実務における留意点 【第4回】「特別支配株主の株式等売渡請求権」

改正会社法 ―改正の重要ポイントと企業実務における留意点 【第4回】 「特別支配株主の株式等売渡請求権」   西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士 柴田 寛子   改正会社法の主眼である「企業統治の強化」と「親子会社の規律」のうち、後者に関する制度として「特別支配株主の株式等売渡請求権」が導入された。改正会社法のポイントについて解説する本シリーズの第4回では、現行法にはない新制度である同請求権について解説する。   1 実務上のニーズ 現行法下においては、100%子会社化を目的とした企業買収の手法としては、主に、公開買付と全部取得条項付株式の取得(定款変更により普通株式をすべて全部取得条項付株式に変更し、取得の対価として少数株主には1株に満たない株式、つまり換価のうえ公開買付価格と同額の現金のみを交付する)を組み合わせる方法が用いられてきた。 しかし、同方法のもとでは、買収者が、公開買付の結果、対象会社の総議決権の90%以上を取得しても、全部取得条項付株式の創設及び取得のため、対象会社の株主総会を開催し、承認を求める必要があった。一方で、合併・株式交換においては、当事会社の一方が、他方当事会社(従属会社)の総議決権の90%以上を有している場合には、原則として従属会社においては合併・株式交換の承認のための株主総会決議は不要とされている(現行会社法784条1項、796条1項)。 このように、買収者が対象会社の総議決権の90%以上を保有している状態においては、改めて株主総会決議を取得する実質的な意味に乏しいことはすでに現行法においても認められていることから、100%子会社化をより円滑かつ適正に実現する方法として、本制度が導入された。   2 本制度の特徴 本制度の特徴は、対象会社による株式取得ではなく、対象会社の総議決権の90%以上を保有する「特別支配株主」が、少数株主等の有する対象会社の株式及び新株予約権を直接に取得するとの点にある。また、本制度は、公開買付とは異なり、非上場会社(正確には株券についての有価証券報告書を提出していない会社)も対象とすることができるとの特徴も有している。 なお、実務上は、既に総議決権の90%以上を保有する特別支配株主が存在する対象会社は少ないであろうから、公開買付その他の買集め又は第三者割当等により、特別支配株主が出現することとなると考えられる。 本制度の基本的な概要は以下のとおりであり、各手順に沿ってポイントを解説する。 【株式等売渡請求の手続の流れ】   3 特別支配株主の要件 (図①) 特別支配株主が対象会社の総議決権の90%を取得する方法については法定されておらず、例えば、公開買付を前置する義務等は課されていない。なお、「90%」との要件は、対象会社の定款により加重することが認められている(改正会社法179条1項)。 また、特別支配株主は、単一の株主で「90%」との保有要件を満たすことが原則であるが、100%子会社その他法務省令(未制定)で定める法人(特別支配株主完全子法人)が保有する対象会社の株式(議決権)を合算することは認められている。さらに、特別支配株主は、会社に限らず、自然人、外国会社、投資事業有限責任組合等の組合でもよいとされている。   4 対象会社に対する通知 (図②) (1) 通知の内容 特別支配株主が、本制度に基づき少数株主から株式の買取りを希望する場合には、対象会社に対し、①本制度を利用する旨、②対価として交付する金銭等の額(又はその算定方法)、③取得日等を通知しなければならない。かかる通知は、下記5の対象会社による承認を受けるために必要となる手続である。 (2) 売渡請求の対象 本制度の特色の一つとして、特別支配株主は、自分自身(又は上述の特別支配株主完全子法人)以外の少数株主が保有する対象会社の株式のすべてに対して売渡請求を行うことが義務づけられているとの点を挙げることができる。例えば、公開買付のように、取得株式数の上限又は下限を付すことは想定されていない。 また、対象会社において新株予約権が発行されている場合には、100%子会社化の実現の妨げになることから、特別支配株主は、その選択により、新株予約権のすべてについて売渡請求の対象とすることが認められている。   5 対象会社による承認 (図③) (1) 取締役・取締役会による承認 売渡請求の効力発生のためには、対象会社の承認が必要とされている。これは、本制度の最大の特色といえるだろう。対象会社が取締役会設置会社の場合には、取締役会の承認を得なければならない(改正会社法179条の3第3項)。当該承認を行うにあたり、対象会社の取締役は、少数株主の利益を配慮して、対価の適正を判断する義務を負うこととなる。 (2) 「対価の交付の見込み」の確認 取締役・取締役会の承認に関しては、国会審議中に、対価の支払いと売渡しが同時履行の関係になく、対価の支払確保の手段が不十分であるとの指摘を受け、法務大臣が、法務省令にて、「対価の交付の見込み」を事前開示事項(下記6参照)として規定する旨答弁を行った。かかる答弁に示されるように、取締役が、売渡請求を承認するに際しては、特別支配株主が対価の支払いに足りる十分な資力を有していることの確認も、その善管注意義務の内容として課されている。 「対価の交付の見込み」を示す書類としては、現在の実務において、公開買付に際して、買付者に提出が求められている、対価の交付の見込みに関する証明資料である、銀行の残高証明書や、金融機関からの融資証明書がこれに該当することとなると考えられる。   6 少数株主等に対する通知 (図④) 対象会社は、特別支配株主からの売渡請求を承認した場合、取得日の20日前までに、少数株主(新株予約権が売渡しの対象となる場合には、新株予約権者を含む)に対し、特別支配株主からの売渡請求を承認した旨、また、特別支配株主の氏名・住所、売渡しの対価等を通知する義務を負う(改正会社法179条の4第1項・2項)。なお、通知義務を負うのは対象会社であるが、その費用は特別支配株主が負担することとされている(改正会社法179条の4第4項)。また、これらの事項は、通知の日から取得日後6ヶ月間(全株式譲渡制限会社においては1年間)、対象会社の本店に備置し、少数株主による閲覧に供する必要がある(改正会社法179条の5)。 振替株式を発行している場合、つまり、上場会社の場合には、取得日時点の株主を把握できないため、通知の方法は、公告となるが(社債、株式等の振替に関する法律161条2項参照)、周知を徹底するため、実務的には通知も併用する場合が多いと予想される。この場合、対象会社からの依頼を受け、株主名簿管理人が当該通知を行うこととなると考えられるが、対象会社、特別支配株主及び株主名簿管理人との間において、具体的にどのような契約を取り交わすべきかは、今後の実務の課題となると考えられる。   7 売渡しの実施 (図⑤⑧) 取得日において、少数株主の有する対象会社の株式は、すべて、特別支配株主に取得される。なお、対象会社が売渡請求を承認した場合には、特別支配株主は、対象会社の承諾なく、売渡請求の撤回はできないとされている(改正会社法179条の6第1項-3項・8項)。   8 少数株主の権利(図⑥⑦⑨) まず、税務上、売渡請求に基づく取得は、株式譲渡損益課税に服する見込みであるため、現在の実務で100%子会社化の手段として最も頻繁に用いられている、公開買付及び全部取得条項付株式の取得による方法と比較して、少数株主にとっての税務上のインパクトは異ならないこととなる。 そうすると、本制度における少数株主にとっての関心は、①対価の適正及び②対価が支払われなかった場合の救済であろう。 ①については、取得日前であれば、(a)裁判所に対する売買価格決定の申立請求(改正会社法179条の8第1項、868条3項、870条2項5号)、又は、(b)特別支配株主に対する差止請求(ただし、対価の不当については「著しく不当」である場合に限られている。改正会社法179条の7)を行うことができる。また、取得日後も、対価が著しく不当である場合には、(c)取得無効の訴えにより争うことができる(改正会社法846条の2第1項)。提訴期間は、取得日後6ヶ月間(全株式譲渡制限会社においては1年間)である。 ②については、法律的には、特別支配株主による少数株主に対する債務不履行(売買の対価の支払義務の不履行)であるため、強制執行等の方法により特別支配株主に対して履行を直接強制することはできるが、売買の解除、つまり取得自体をなかったこととすることは、上記(c)の取得無効の訴えによる場合以外、認められないとされている。これは、本制度が、100%子会社化の円滑かつ適正な実現との制度目的に基づくものであるため、一部の債務不履行を理由に、個別の解除を認めると、かかる制度目的が達成できないことを理由とする。そのため取得日における取得を一律に無効とすることを求める、取得無効の訴えにより、当該制度により創設された法律関係を集団的・画一的に処理することが求められている。   9 新株予約権に関する実務上の留意点 本制度では、公開買付同様、新株予約権を取得対象とすることが認められている。もっとも、公開買付の実務では、新株予約権の対価を、1円等形式的なものにすることも多い。これは、買付者にとって新株予約権の実質的価値がないことを理由とする。しかし、対価の適正確保が厳密に求められる本制度においては、新株予約権に1円等の形式的な価格を付した場合には、対象会社の承認を得られない可能性があると考えられる。また、新株予約権を取得の対象とする場合には、新株予約権者にも、上記8(a)の差止請求権が付与される点も、実務上は留意が必要である。   10 まとめ 本制度は、対象会社の取締役の責任や、新株予約権の取扱い等、従来の実務では直面しなかった新しい論点を含んでいる。これらは、現在一般的に用いられている公開買付及び全部取得条項付株式の取得による100%子会社化の手法に影響を与える可能性があるだろう。 もっとも、本制度に関しては、対象会社の関与や取締役の責任等、手続及び論点が相当程度明確化されているため、実際に「使える」制度としてその活用が期待できるように思われる。 (了)

#No. 86(掲載号)
#柴田 寛子
2014/09/18

女性会計士の奮闘記 【第21話】「P子、事業承継を語る。」

女性会計士の奮闘記 【第21話】 「P子、事業承継を語る。」   公認会計士・税理士 小長谷 敦子   ◆P子が作った虎の巻◆ 『事業承継をうまく進めるポイント』 ◆ワンポントアドバイス◆ 事業承継が間近にせまっている会社では、現社長も次期社長も、多かれ少なかれ不安を持っています。 現社長は「自分のようにしっかり経営をしてくれるだろうか」と、次期社長は「前の社長のように経営ができるだろうか」と、それぞれに悩みを抱えているのです。 その悩みを軽減してあげることは、必ず信頼につながります。 そのためには、言いたいことが伝わるよう、日ごろからポイントをまとめておきましょう。 (了)

#No. 86(掲載号)
#小長谷 敦子
2014/09/18

《速報解説》 日本公認会計士協会から「組織再編等に係る会社と株主との取引をめぐる税務上の論点整理」(租税調査会研究報告第29号)が公表 ~グループ法人税制等平成22年度税制改正事項及びヤフー,IBM訴訟事例についての論点を整理~

《速報解説》 日本公認会計士協会から「組織再編等に係る会社と株主との取引をめぐる税務上の論点整理」(租税調査会研究報告第29号)が公表 ~グループ法人税制等平成22年度税制改正事項及びヤフー,IBM訴訟事例についての論点を整理~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2014年9月3日付(ホームページ掲載日は9月16日)で、日本公認会計士協会は、次の研究報告を公表した。 研究報告は、平成22年度税制改正におけるグループ法人税制の創設、グループ内組織再編成などに関して、論点の整理を行ったものである。 研究報告では、次のような工夫が行われており、実務の参考になるものと考えられる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 研究報告は、平成22年度税制改正に関連して、次の論点を取り扱っている。 また、最近の組織再編成に関する訴訟事案(租税回避行為防止の包括否認規定)として、次のものを取り上げている。 (了) お薦め連載記事↓↓

#No. 85(掲載号)
#阿部 光成
2014/09/17

Profession Journal No.85が公開されました!~今週のお薦め記事~

2014年9月11日(木)AM10:30、Profession Journal  No.85 が公開されました。   - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2014/09/11

酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第21回】「医療費控除の対象となる『医薬品』(その3)」

酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第21回】 「医療費控除の対象となる『医薬品』(その3)」   中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦   Ⅴ 公法か私法か 前回述べたとおり、課税実務は、所得税法73条2項にいう「医薬品」が薬事法からの借用概念であって、かかる「医薬品」が薬事法に示されているものに限るという点に厳格に従っているのである。 そこで関心を寄せるべきは、薬事法が公法であるという点である。この点については、本連載、第16回~第18回(「建替え建築は『新築』か『改築』か?―住宅借入金等特別控除と借用概念―」)においても確認したとおり、公法から概念を借りるという見方については制約があったことを想起したい。 すなわち、公法は私法とは異なり、立法の趣旨・目的が行政政策的あるいは警察的目的に限定されていることが多いことに鑑みれば、公法上の概念の理解も自ずとその立法趣旨・目的の制約を受けることになると思われるという点である。そもそも、借用概念論が前提としているのは、やはり私法であるということを考えるべきであろう。 さて、薬事法は公法である。 もっとも、このような考え方に立ったとしても、議論の対象としている公法の立法趣旨・目的が、当該租税法の条項の趣旨・目的に近接しているのであれば、必ずしも機械的に制限した上で、かかる概念をわざわざ異なるものとして理解する必要はないはずである。 すなわち、予測可能性や法的安定性を担保すべきとする見地からすれば、仮に公法上の概念であったとしても、当該公法の趣旨・目的を斟酌した上で、かかる公法上の概念からの借用を制限的に解するべきか否かが検討されるべきであるとはいえまいか。 そこで、課税実務が、公法である薬事法にいう「医薬品」と同様の概念理解に立つというのであれば、その前提として、そもそも薬事法が目的としているところと所得税法73条にいう医療費控除の目的とするところが近似している必要があると思われる。 しかしながら、薬事法の目的は、同法1条が示すところによれば、保健衛生の向上を図ることにある。 前回紹介した薬事法上の事件である広島高裁昭和55年2月26日判決によると、薬事法の目的は次のように判示されている。 また、栄養補助食品の医薬品該当性を肯定した薬事法上の事例において、東京高裁平成12年1月25日判決(東高時報51巻1~12号3頁)は、薬事法の立法趣旨について、次のように論じている。 このように、薬事法の目的は、所得税法上の医療費控除の目的と必ずしも近接したものとはいえないと思われる。されば、その目的が所得税法上の医療費控除の目的と親和性を有しているといえないとすると、薬事法との概念の統一的理解の必要性には疑問が惹起されるのである。 日本薬局方には、医薬行政規制のために規格基準に基づく含有成分量の定量性に配慮した薬剤が収載されているという点や、その網羅性には一定の限界があるという点については既に確認した。かように考えると、所得税法73条2項にいう「医薬品」を薬事法2条1項1号にいう日本薬局方に収載されている薬剤に限定して解する積極的な理由は見当たらないように思われる。他面、日本薬局方が比較的西洋医学に依拠する傾向にあるという批判があることとの関係においても、医療費控除がそのような傾向を尊重する必然性に乏しいといえよう。 次に、薬事法2条1項2号について考えてみたい。 海藻エキスを主成分とする「ビバ・ナチュラル」という商品の医薬品該当性について、最高裁昭和63年4月15日第二小法廷判決(刑集42巻4号758頁)は、販売に際し「高血圧、動脈硬化、肝臓疾患に非常に効果がある」旨記載したポスターや各疾患、症状に対する薬理作用を示す「治験例集計紙」を添付するなどしてその医薬品的効能効果を演述・宣伝していた事実などを総合すると、薬事法2条1項2号の医薬品に当たると判断を下している。 この判断の基礎には、次の最高裁昭和57年9月28日第三小法廷判決(刑集36巻8号787頁)があると思われる。 すなわち、同最高裁は、 と説示するのである。 このように、医薬品該当性の判断においては、薬理作用の有無ではなく、販売方法などが重要なファクターとなるなどという判断が判例として形成されている点を確認すると、所得税法上の医療費控除の適用に当たり、薬事法上の医薬品概念に固執する必要性はいよいよ薄らぐように思えてならないのである。   Ⅵ 所得税法73条2項にいう「医薬品」概念再考 所得税法73条2項にいう「医薬品」を公法である薬事法2条に規定する「医薬品」に限定して解釈する必要性が乏しいとすれば、これは一般概念と理解すべきということになろう。 すると、課税実務は誤った通達を発遣していると理解すべきであろうか。 そこで、所得税基本通達の取扱いを再確認しておきたい。 所得税基本通達73-5《医薬品の購入の対価》は、 と通達している。 この通達が、「医薬品」とは薬事法にいう「医薬品」をいうとしながらも、同項に規定する医薬品に該当するものであっても、「疾病の予防又は健康増進のために供されるもの」を対象から除外して解釈していることを考えると、課税実務は、必ずしも公法たる薬事法からの借用概念として理解しているわけではなさそうである。 しかし、この解釈は、薬事法上の「医薬品」であるからといって、医療費控除の対象となる「医薬品」に必ずしも該当するとはいえないとするにとどまり、少なくとも、薬事法上の「医薬品」に該当しない限りは、医療費控除の対象となる「医薬品」には当たらないとしていると読むことができる。すなわち、医薬品の範囲をまずは薬事法上の概念で絞っていることは明らかである。 上述のとおり、薬事法からの借用概念とは理解しにくいことを考えると、通達のような解釈には疑問なしとはしない。 丸山ワクチンは薬事法に規定する医薬品に該当しないと理解されているにもかかわらず、その購入にかかった支出については、以下にみるとおり、医師の治療行為の対価として事実認定をするなどした上で、医療費控除の対象とすると実務上取り扱われているが、上記のように医薬品を薬事法上のそれに限定しているがゆえに無理な解釈を展開しているのが現状である(これが認められるのであれば、病床が足りなくなったために自宅療養に切り替えざるを得なかった者の自宅での食事療法に係る支出についても、医師の指導の下で行われている限り医師の治療行為の対価であるなどとの事実認定をした上で医療費控除を認めることが可能となろう。)。 課税実務においては、医師、歯科医師、所得税法施行令207条4号に規定する施術者、同6号に規定する助産師による診療、治療、施術又は分べんの介助を受けるために直接必要な費用は医療費控除の対象となるという解釈を採用しており、所得税基本通達73-3において、このことを通達している。 そこで、この実務上の取扱いに照らして、丸山ワクチンの購入費が医師等の診療、治療等を受けるために直接必要な費用に含まれるとして医療費控除の対象となるとする判断枠組みが考えられる。 実務参考書には、この考え方で説明するものがある。そこでは、 として、医療費控除該当性が肯定されている(後藤昇『医療費控除と住宅借入金等特別控除の手引〔平成22年3月申告用〕』22頁(大蔵財務協会2010))。 また、上記のような解釈とは異なる手法において、丸山ワクチンの医療費控除該当性を肯定する見解も実務において散見される。 これは、所得税法73条2項には、医療費控除の対象となる医療費として、医薬品の購入費のほかに「医師又は歯科医師による診療又は治療」が示されていることから、仮に薬事法上の医薬品に該当しないとしても、「医師又は歯科医師による診療又は治療」に該当すれば、医療費控除の対象となる医療費に当たると解することができるという考え方である。 実務参考書には、この考え方で説明するものもある。すなわち、 として、医療費控除該当性を肯定するのである(苫米地邦男『回答事例による所得税質疑応答事例集〔平成18年版〕』863頁(大蔵財務協会2006))。 これらの考え方は、薬事法の基準を所得税法上の「医薬品」該当性のメルクマールに採用するという所得税基本通達の考え方に合致する。仮に、これらの見解を採用することができるとすると、必ずしも薬事法上医薬品に該当しない薬剤であっても、その投与が主治医の判断で主治医によって行われている場合には、それに係る支払対価は医療費控除の対象となるということができそうである。 すると、「医薬品」の購入の解釈に当たって、事実上、医師等の治療等で読み替えるというある種の法回避的解釈手法がまかり通ることにもなりかねない。 もっとも、所得税法上の「医薬品」を薬事法からの借用概念ではなく、一般概念と理解したとしても、やはり一般的に医薬品とは薬事法に規定する「医薬品」をいうと理解する向きが多くを占めているという点から、薬事法による解釈が中心的な判断基準となるとするアプローチに従うことで解決を図ることは十分にあり得る。 租税行政を執行する上で、医療費控除の対象となる「医薬品」についての解釈を均一的にするために、所得税基本通達が薬事法2条に規定する「医薬品」と理解していることを―通達発遣者の思惑からは外れるかもしれないが―、かような解釈構成に転換をすれば、結論的には是認できるように思われる。ただし、かかる見解は、薬事法2条に限定して解釈すべきという考えを肯定するものでは決してない。 (了)

#No. 85(掲載号)
#酒井 克彦
2014/09/11

法人税改革の行方 【第4回】「中小企業・同族会社をめぐる論点」

法人税改革の行方 【第4回】 「中小企業・同族会社をめぐる論点」   慶應義塾大学経済学部教授 土居 丈朗   法人実効税率の引下げをめぐっては、大企業と中小企業、つまり資本金1億円超か以下かが議論の1つの焦点となっている。   《資本金1億円の線引きを見直すべきか》 政府税制調査会の「法人税の改革について」にも と問題意識を明示している。 法人実効税率の国際比較では、通常、資本金1億円超の企業に適用される基本税率に基づいて、わが国の法人実効税率は国際的に見て相対的に高いとされる。しかし、中小企業には、既に軽減税率が適用されており、法人税法で19%に、さらにリーマン・ショック後の対応として租税特別措置法で15%にまで軽減されている。 その上、資本金が1億円以下の企業は、税制上で全法人の99%となっているから、そもそも法人実効税率の引下げは、どの企業に対する政策なのかが問われることとなる。ただし、2012年度において、資本金1億円超の企業が納めた法人税は、全体の65.11%となっていることには留意が必要である。 政府税制調査会では、企業規模を見る上での資本金の意義は低下してきており、資本金基準が妥当か否か見直すべきとの意見が出た。しかし、企業規模に関する指標として資本金に代わる有力な指標が明示されたかというと、そうではない。 さらに、税法上で資本金による区分をなくすとの意見も出されたが、学術的には妥当(資本金が1億円を超えるか否かで企業行動の本質が劇的に変化するわけではない)としても、長年にわたり資本金基準が設けられ、それを前提に企業行動が営まれているという実態を踏まえれば、急に資本金基準を廃すと、企業行動に(少なくとも短期的には)支障をきたす恐れもあろう。とはいえ、租税特別措置法で時限的に設けられた軽減税率の引下げ(15%)は、税務当局にはその役割を終えているとの認識が強く、時限が切れる段階での廃止を提起してくる可能性が高い。 といえども、法人実効税率の引下げを行おうとする刹那で、資本金1億円超の企業が直面する税率は下げるが、軽減税率の追加的な引下げ(15%)をやめるとなると、資本金1億円以下の企業では800万円以下の所得について税率引上げが起こるという矛盾した結果になってしまう。それでは、何のための「法人実効税率引下げ」だったのかという問題が生じる。これにどう対処するかが、政策判断として問われる。   《法人成りの選択は有利になるか》 政府税制調査会では、いわゆる「法人成り」についても議論となった。法人実効税率を引き下げると、個人事業主が払う所得税と比して、法人の方がさらに有利になるとの見方があるからだ。 つまり、個人事業主は、得た所得に累進税率が適用されて所得税が課税される(下記図1の青点線)。高所得を得れば最高で(国税・地方税合わせて)55%の税率が課せられる。その上、個人事業主への事業税も課税される。 これに対して、中小法人ならば、その所得には租税特別措置の軽減税率も適用されると、360万円を超えると個人事業主よりも税負担が軽くなる(図1の黒実線)。 図1 中小法人と個人事業主との税負担率の比較(国税・地方税) 出典:政府税制調査会法人課税ディスカッショングループ第5回会合資料1「法人成り問題を含めた中小法人課税」12ページ 図1は、利益計上法人(黒字法人)となる場合である。他方、中小法人には欠損法人が多いから、その場合図1は当てはまらない。その場合でも、個人事業主よりも中小法人の方が、税負担が軽くなるとの見方がある。特に、同族会社の場合、オーナー経営者が自らの所得を、給与で得るか配当で得るかをある程度裁量的に決められることから、所得の得方次第で税負担が変わってくるため、税法上これをどのようにより公平にできるかが課題となる。 つまり、個人事業主が得る所得は、所得税では事業所得となるため、給与所得控除は使えない。他方、同族会社のオーナー経営者は、自らの所得を給与所得で受け取ると、所得税制で給与所得控除が使えるため、課税所得から控除される。 したがって、個人事業主と中小企業では、課税前に同じ所得を得ていても、適用される控除の額が異なることで、水平的公平性を損なう制度となっている。 図2 オーナー企業と個人事業主の課税ベースの比較 出典:政府税制調査会法人課税ディスカッショングループ第5回会合資料1「法人成り問題を含めた中小法人課税」20ページ さらに、政府税制調査会では、特定同族会社の内部留保に対する留保金課税についても適用を拡大する方向で見直してはどうかとの意見が出されている。   《立場を超えた議論の深化を》 このように、中小企業をめぐる税制については、課税を強化する案がいくつも出されている。これらの案を見て、「中小企業いじめ」という印象を持つ方もおられよう。ただ、現時点では、出された案の多くが採択される情勢ではない。むしろ、現行制度に存在する仕組みを列挙した程度で、反対論が多少あっても強行に課税強化を図るというものではない。 被害妄想的にこれらの案に対して門前払い式な批判をするよりも、現行制度の問題点は率直に認めつつも、中小企業税制の妥当性や必要性を客観的に示してゆくことで、建設的な議論ができる。例えば、図2に示した論点は、中小企業の税務に問題があるのではなく、(同族会社のオーナー経営者だけでなく一般の会社員にも適用される)所得税制における給与所得控除の設定に問題がある点に焦点を当て、水平的公平性をより担保する方向で所得税制を改めるという議論が建設的である。 中小企業税制の根幹に関わる資本金基準の見直しは、短期的には難しいと思われる。ただ、資本金基準1本で規定するのも実態にそぐわない。今後、税制において、大企業と中小企業の区分をどうするか、中長期的には区分を解消することも含めて、議論を深化させる必要がある。 この議論を深化させない限り、中小企業税制をめぐって、必要性を認める立場と認めない立場の隔たりは埋まらず、議論が平行線に終わってしまう。 (了)

#No. 85(掲載号)
#土居 丈朗
2014/09/11
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