〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2026年8月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年8月1日から8月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 次のものが公表されている。 ◎ 実務対応報告公開草案第74号(実務対応報告第45号の改正案)「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い(案)」等 (内容:第3号電子決済手段に関する会計上の性格について改めて検討を行い、また、第4号電子決済手段の会計上の取扱いについて検討したもの。意見募集期間は2026年10月19日まで) Ⅲ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「上場会社等の監査を行う監査事務所の適格性の確認のためのガイドライン」の改正 (内容:「監査事務所編」に関して、運用状況に関する事項を含め、着眼点及び判断基準の新設又は変更を行うなど) ② 「業種別委員会実務指針第38号「投資事業有限責任組合における会計上及び監査上の取扱い」の改正」(公開草案) (内容:2025年3月11日公表の改正移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」、2025年6月23日公表の「投資事業有限責任組合契約書例及びその解説(令和7年版)」(経済産業省産業組織課・新たなモデルLPAの作成等のための有識者検討会)に対応するもの。意見募集期間は2026年9月18日まで) (了)
従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第24回】 「自殺を仄めかす従業員に対する退職勧奨の留意点」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の従業員で精神障害を発症して休みがちな者がおり、人事担当者が定期的に面談を行っているのですが、最近、当該従業員が働くのがつらい、死んでしまいたい、などと自殺を仄めかすコメントをするようになりました。以前より、人事担当者から、当該従業員の性格からすると当社の社風にはあわないのではないかと聞いていましたので、当社を退職した方が当該従業員のためにも良いのではないかという話になり、当該従業員に退職勧奨をしようということになりました。 退職勧奨を実施するうえで注意すべきポイントがありましたら教えてください。 【Answer】 精神障害のある従業員に対する退職勧奨も直ちに違法となるものではありませんが、本人の自由な意思決定を妨げたり、当該従業員の精神状態をさらに悪化させたりしないよう、特に慎重な対応が必要です。例えば、メンタル不調の従業員(特に自殺を仄めかす従業員)に対する退職勧奨の注意点を産業医その他の専門家に相談したり、当該従業員の家族の協力を得たりしながら進めることが重要です。 また、精神障害やメンタルの状態のみを理由とせず、業務遂行への具体的な影響を確認し、必要な配慮や就業継続の可能性を検討することもポイントになります。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 1 はじめに 従業員が精神障害を発症したり、メンタル不調に陥ったりした場合、(業務上の傷病に当たるかは措くとして)、仕事がその一因である場合が多い。そこで、本件のように、当該従業員にとっても仕事から離れたほうが良いのではないかということで、当該従業員に対して退職勧奨が行われることがある。この点、退職勧奨は、基本的に使用者が従業員に自発的な退職を促すものであるから、それ自体が違法というわけではなく、精神障害を発症した従業員に対してもこれを行うことが禁止されるわけではない。 しかし、労働者に対して、不当な心理的圧力を加えたり、名誉感情を不当に害するような言辞を用いることによって、その自由な退職意思の形成を妨げることは許されず、そのようなことがなされた退職勧奨は、違法なものとして不法行為を構成することになるため、注意が必要である。特に、メンタル不調を抱える従業員に対する退職勧奨は、当該従業員の精神状態をより悪化させ、最悪の場合には自殺に追い込んでしまうおそれがあるため、慎重に実施されなければならない。本人が自殺を仄めかす場合はなおさらである。 そこで、以下のとおり、自殺を仄めかす従業員への退職勧奨のポイントを説明する。 2 自殺を仄めかす従業員への退職勧奨のポイント (1) 産業医等の見解を受けたうえで進めること 当該従業員の精神状態に鑑みると、退職勧奨を行うこと自体が大きな精神的負担となり、症状を悪化させるおそれがある。そこで、メンタル不調の従業員(特に自殺を仄めかす従業員)に対する退職勧奨に伴う精神的負荷を軽減する方法等について産業医や精神科医等の専門家に相談のうえ、退職勧奨を実施することが望ましい。 (2) 家族を関与させる場合は原則として本人の同意を得ること 退職勧奨に伴う従業員の精神的ショックを和らげるため、従業員の家族を通じて退職勧奨を実施したり、退職勧奨の面談に従業員の家族を同席させたりすることが考えられる。厚労省・中央労働災害防止協会 労働者の自殺予防マニュアル作成検討委員会「職場における自殺の予防と対応」においても、自殺の予兆が見られる人への対応として、キーパーソン(本人が信頼を置いている人、一般的には家族や友人等)との連携といった対応が望まれるとされている(28~29頁)。 従業員の家族を通じて退職勧奨を行うなどするためには、従業員の精神的な障害やメンタルの状態について、従業員の家族に開示することになるが、従業員がこれらを家族に対して秘密にしていることも多い。従業員の健康情報を本人の同意なく家族に開示する場合、個人情報保護法違反及びプライバシー権の侵害になる可能性があるため、注意が必要である。 まず、個人情報保護法との関係では、個人情報の第三者提供に際しては、法定の例外事由に該当しない限り、本人の同意をあらかじめ得る必要があるが、本件のように、従業員が自殺を仄めかしているような場合には、同法27条1項2号の例外事由(生命・身体・財産保護のため必要で、本人同意を得ることが困難な場合)に該当する可能性が高いのではないかと思われる。現状を放置すれば当該従業員の生命・身体への危険が発生するおそれが十分にあると思われるし、家族への開示の同意を求めた場合、当該従業員が抵抗して更にメンタルの状態が悪化する可能性も否定できないためである。 よって、当該従業員の生命・身体のため必要で、本人同意を得ることが困難な場合に該当し、本人の同意なく当該従業員の現状を家族に開示することができる可能性が高いのではないかと思われる。 また、プライバシー権との関係では、従業員に精神障害が見られる場合、家族に状況を説明して治療を受けさせること自体は正当であると考えられている(豊田通商事件・名古屋地判平成9年7月16日)。 当該従業員の状態に鑑みると、当該従業員が適切な治療を受けられるよう家族に状況を説明することはプライバシー権の侵害に該当しない可能性が高いのではないかと思われる。 もっとも、念のため、産業医等から、自殺を仄めかす従業員を放置すれば、当該従業員の健康が害されるおそれがあるため家族に説明することが望ましいことや、家族への説明につき従業員本人に同意を求めると当該従業員のメンタルがより悪化するおそれがあるといった意見を得ておくことが望ましいと思われる。 (3) 障害のみを理由に退職勧奨を行っていると評価されないよう注意すべきであること 厚生労働省「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」は、労働者の心の健康に関する情報を理由として退職勧奨を行ってはならないとしている(同資料10頁)。また、「障害者差別禁止指針(平成27年厚労省告示116号)」は、障害者であることを理由に退職勧奨を行うことは、障害者であることを理由とする差別に該当するとして、障害者雇用促進法35条違反になり得るとの見解を示している(同指針第3.10)。 裁判例においても、会社が、従業員が精神障害等級3級との認定を受け、通院して服薬治療を受けていることのみをもって、その病状の具体的内容・程度は勿論、主治医や産業医等専門家の知見を得るなどして医学的見地からの業務遂行に与える影響の検討を何ら加えることなく、退職勧奨に及んだと認定したうえで、会社に対して従業員への慰謝料の支払いを命じた事案がある(京都地判令和5年3月9日(中倉陸運事件))。 よって、本件従業員のように、精神障害を発症している者に対して退職勧奨を行う際には、上記を踏まえ、メンタルの状態のみを退職勧奨の理由とするのではなく、その業務遂行に与える影響等を検討したうえで実施すべきである。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第34回】 「申立て書類について理解しよう(その3)」 ~親族の意見書、申立事情説明書について~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 前回、前々回の解説で申立てに必要な多くの書類について理解ができましたが、他にはどのような書類があるのでしょうか。 【A】 前回は、本人や候補者の「戸籍謄本・住民票等」や、「本人の成年後見人等の登記がされていないことの証明書」、「親族関係図」について解説をしました。 今回は作成に少し手間が必要になる「親族の意見書」、「申立事情説明書」について解説を行います。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 親族の意見書 家庭裁判所が後見開始の審判等を行うべきか、成年後見人等の候補者が適任であるかを判断する材料にするために、下記のような親族の意見書を親族から取り付け提出します。様々な感情や利害関係が親族間には生じていることがあり、成年後見制度の利用に否定的な親族も存在することがあるため、慎重な対応が求められます。 基本的には住所がわかっている親族からは取り付けを行うことになりますが、親族が提出をしてくれない場合に、しつこく依頼をすることまでは必要ないと思われます。ただし、意見書の提出がされなかった親族については家庭裁判所から直接照会がされる可能性があるため、注意が必要です。電話番号等がわかっている場合には、電話で丁寧に趣旨を説明して協力してもらうことや、電話が難しい場合でもわかりやすい説明文を付けて意見書を郵送するなどの工夫が必要となります。 【親族の意見書】 (※) 裁判所ホームページから転載 2 申立事情説明書 申立事情説明書は、「本人の状況」や「申立ての事情」について記載をする書面です。かなり細かく本人の生活状況や健康状態等について記載をすることになりますが、第32回で解説した「本人情報シート」の情報と重なる部分もあります。主な記載事項としては次のものがあります。 (1) 本人の状況について ① 本人の生活場所 本人の生活の場所(自宅、親族宅または病院等の施設)、同居者の有無、最寄りの交通機関等について記載をします。また、転居の予定の有無等についても記載をします。 ② 本人の略歴 本人の学歴、職歴、結婚や出産等についてわかる範囲で記載をします。本人や親族からヒアリングができない場合には、不明となってしまうこともありますが、本人の歩んできた人生の輪郭を知ることができる貴重な情報源になります。 ③ 本人の病歴について 本人が患っている病名や通院歴等についてわかる範囲で記載をします。 ④ 福祉に関する認定の有無等について 介護認定を受けているかや、障害者手帳や療育手帳を有しているかなどについて記載をします。 ⑤ 本人の日常、社会生活の状況について 本人がいかなる支援が必要であるか等について記載をしますが、「本人情報シート」を提出する場合には記載が省略可能であるとされています。 (2) 申立ての事情について ① 成年後見制度の利用や任意後見契約の締結の有無 本人について成年後見制度を利用したことがあるかや任意後見契約の締結の有無について記載をします。 ② 本人への申立てについての伝達状況 本人に申立てを行うことを伝えているか否かについて記載をします。本人が認知症の悪化により説明をしても理解できない場合もありますが、その場合は理解できない旨を記載することになります。 ③ 本人の推定相続人について 本人の推定相続人の氏名、住所、後見開始制度の利用や成年後見人等の候補者について賛成しているか、反対しているかを以下のように記載することになります。 【推定相続人に関する記載例】 (※) 裁判所ホームページより転載(筆者が一部抜粋) 反対している人や親族の意見書を提出していない人がいる場合には、その人の氏名や理由を下記のような欄に具体的に書くように求められています。 (※) 裁判所ホームページより転載(筆者が一部抜粋) ④ 本人に関して相談をし又は援助を受けた福祉機関 地域包括支援センターや権利擁護センターなど、本人に関する相談や援助を受けた福祉機関がある場合には、該当するものを記載します。 ⑤ 成年後見人等の候補者が成年後見人等としてふさわしい理由 成年後見人等の候補者が成年後見人等としてふさわしい理由を記載します。例えば、日ごろから本人の財産を管理しているなどが理由として挙げられます。 ⑥ 家庭裁判所まで本人が来ることが可能であるか 家庭裁判所まで本人が来ることが可能であるかについて記載をします。健康上の理由で困難であることも多いですが、そのような場合は健康状態について記載をして、家庭裁判所に出向くことが困難であることを説明します。 ⑦ 本人に申立ての事情等をヒアリングする場合の留意点 家庭裁判所が本人から事情をヒアリングする場合の留意点について記載をします。例えば、入居している施設の連絡先や担当者、あるいは意思疎通が難しいなどの理由でヒアリングが困難と思われる場合はその旨を記載することになります。 (了)
PwC Japan有限責任監査法人 マネージャー 公認会計士 信田 裕介 本稿の概要 金融庁及び株式会社東京証券取引所(以下「東証」という。)が事務局を務める「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議(令和7年度)」における議論を踏まえ、東証は2026年7月21日に有価証券上場規程を一部改正し、コーポレートガバナンス・コード2026年改訂版(以下「CGコード2026」という。)を同日付で施行している(※1、2)。2026年4月10日から5月15日のパブリック・コメント募集期間に、147の個人及び団体からコメントが寄せられ、改訂案の方向性に賛同する意見が多数みられた。CGコード2026は、2015年のCGコード策定後、2018年、2021年に続く3度目の改訂となるが、コードの構造そのものが大幅に再編されている点が、これまでの改訂と異なる。 (※1) 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2026年7月版)の公表について」(2026年7月21日) (※2) 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2026年7月版)」(2026年7月21日) 本稿では、今回の改訂の概要・背景等を前編として整理し、後編において企業実務における対応等を解説する。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りしておく。 * * * 1 はじめに CGコードは、2015年の策定以降、2018年の第1次改訂、2021年の第2次改訂を経て、今般、3度目の改訂に至った。日本のコーポレートガバナンス改革は、2013年の「日本再興戦略」以来、成長戦略の一環として推進されてきたものであり、リスクの回避・抑制や不祥事の防止といった「守りのガバナンス」だけでなく、健全な企業家精神の発揮を促し、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図る「攻めのガバナンス」の実現に主眼を置いている。2015年の適用開始から10年を経て一定の進捗がみられた一方、形式的な対応にとどまることなく、企業と投資家双方の取組みにおける改革の「実質化」が重要であるとの指摘がなされてきた。 2 改訂の背景 今回の改訂は、企業が中長期的な価値向上に向けた本質的な取組みに注力できるよう後押しする観点から行われたものである。すなわち、コード策定時のプリンシプルベースの精神に立ち返り、コード自体の「実質化」を狙いとして、コンプライ・オア・エクスプレインの対象となる原則の内容を抽象的かつ概念的なものに限定し、各原則の実効的な実施を支援する「解釈指針」を新設した。 背景には諸外国の動向もある。英・独等では、コード本体とは別に、拘束力を持たない「ガイダンス」や対応の具体例を示す層を設けることで、開示負担に配慮しつつ実質的な対応を促す例がみられる(※3)。今回新設された「解釈指針」は、日本のコードにこうした層を導入するものと位置づけられる。 (※3) 金融庁「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議(令和7年度第1回) 資料4事務局説明資料(金融庁)」10ページ 3 改訂の趣旨-プリンシプル化・スリム化と「解釈指針」の新設、コード構造の再編 今回の改訂の中核は、プリンシプルベース・アプローチ及びコンプライ・オア・エクスプレインの手法を採用する本コードの趣旨に立ち返り、上場会社が特に注力すべき点が明確になるよう、従前の補充原則を再整理した点にある。すなわち、従来の補充原則については、①ガバナンスの中核をなす箇所を原則へ格上げし、②具体的な例示や趣旨・背景は新設の「解釈指針」へ移管し、③コード内の他の箇所又は法令等と重複する箇所等は削除する、という方針で整理された。この結果、CGコード2026における規範は「基本原則」と「原則」から構成されるものとされ、従来の補充原則は廃止された。 こうした再整理により、コードの構成は次のとおり変化した。基本原則は、第5章「株主との対話」を第1章「株主の権利・平等性の確保、株主との対話」へ統合したことに伴い、5個から4個へと整理された。原則は、補充原則のうちガバナンスの中核となる箇所を格上げしたうえで、31個から26個へと再構成された。補充原則(47個)は、上記①〜③の方針に沿ってその内容を原則又は解釈指針に譲り、あるいは削除され、区分としては廃止された。あわせて、各原則の趣旨・背景やベストプラクティス・グッドプラクティスを示す「解釈指針」が、全ての基本原則及び一部の原則に付設される形で新設された。 ここで、コンプライ・オア・エクスプレインの対象範囲を確認しておきたい。CGコード2026において同手法の対象となるのは「基本原則」及び「原則」であり、新設された「解釈指針」はその対象に含まれない。この結果、同手法の対象となる原則の数は、コーポレートガバナンス・コード2021年版 (※4)(以下「CGコード2021」という。)の計83個(基本原則5個・原則31個・補充原則47個)から、計30個(基本原則4個・原則26個)へと、形式的には大きく絞り込まれた。もっとも、市場区分ごとの適用対象範囲は改訂前から変わっておらず、プライム市場・スタンダード市場の上場会社は「基本原則」と「原則」が、グロース市場の上場会社は「基本原則のみ」が適用対象となる(〈図表1〉)。なお、原則26個のうち、原則1-2(株主総会における権利行使)、原則4-7(任意の仕組みの活用)、原則4-10(独立社外取締役の数の確保)の3つには、CGコード2021において補充原則として定められていた内容と同様に、引き続きプライム市場上場会社にのみ適用される内容が盛り込まれている(〈図表2〉)。プライム市場上場会社は、この点も踏まえた対応が求められる。 (※4) 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」(2021年6月11日) あわせて、コードの趣旨・精神を再周知する観点から、本コードの目的やプリンシプルベース・アプローチ、コンプライ・オア・エクスプレインの考え方を整理した記載が置かれ、原則をコンプライする場合・しない場合のいずれであっても、その取組みを丁寧に説明することが投資家との建設的な対話に資することが明確化された。 〈図表1〉市場区分ごとのコンプライ・オア・エクスプレインの適用範囲 (注) 「〇」はコンプライ・オア・エクスプレインの対象を意味する。また、CGコード2026で新設された解釈指針はコンプライ・オア・エクスプレインの対象ではないが、原則の実施等を検討するにあたり、参照することが期待されている。 (出所) 東京証券取引所「コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領(2025年7月版)」、「コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領(2026年7月版)」、東京証券取引所「コーポレートガバナンス報告書の更新について(2026年7月21日更新)」より筆者作成 〈図表2〉CGコード2026におけるプライム市場上場会社向けの原則 原則1-2 株主総会における権利行使 プライム市場上場会社は、少なくとも機関投資家向けに議決権電子行使プラットフォームを利用可能とする等、株主総会における権利行使に係る適切な環境整備を行うべきである。 原則4-7 任意の仕組みの活用 プライム市場上場会社は、各委員会の構成員の過半数を独立社外取締役とすることを基本とし、その委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割等を開示すべきである。 原則4-10 独立社外取締役の数の確保 プライム市場上場会社はそのような資質を十分に備えた独立社外取締役を少なくとも3分の1以上選任すべきである。 支配株主を有するプライム市場上場会社は、取締役会において支配株主からの独立性を有する独立社外取締役を少なくとも過半数選任すべきである。 また、上記にかかわらず、業種・規模・事業特性・機関設計・会社をとりまく環境等を総合的に勘案して、過半数の独立社外取締役を選任することが必要と考えるプライム市場上場会社は、十分な人数の独立社外取締役を選任すべきである。 (出所) 東京証券取引所「コーポレートガバナンス報告書の更新について(2026年7月21日更新)」より筆者作成 4 改訂内容の概要 CGコード2026の趣旨等を記載した「成長投資の促進に向けたコーポレートガバナンス・コードの改訂について」を踏まえると、今回の改訂における原則・解釈指針の主な改訂内容として、次の3つが挙げられる。 【後編】では、これらの改訂がコンプライ・オア・エクスプレインの対象範囲に与える影響を整理したうえで、パブリック・コメントの「意見に対する考え方」で示された解釈を手がかりに、企業実務上の対応の要点を解説する。 (【後編】に続く)
B PJ Bookmark ── September 2026 ── ◇ その「食」の一皿、 税務ではどう扱いますか? 暑さがやわらぎ、食べものがいっそうおいしく感じられる季節になりました。 会食や接待の機会も、これから増えてくる頃かもしれません。「食」にまつわる税務は、一見どれも見慣れた論点ばかりです。 ところが、その一つひとつに踏み込んでみると、「継続的な取引関係とはどこまでを指すのか」「椅子が一脚あれば外食なのか」「福利厚生費と交際費を分けるものは何か」といった、決着したようでいて実は揺れ続けている問いが顔を出します。 今回は「食」を切り口に、当たり前の裏側にある論点を分野横断で5本ご紹介します。 〇 一皿の「食」をめぐって、実務ではどこを見ているか まず取り上げるのは、交際費の判断です。会食費が交際費に当たるかどうか、その支出をどこまで裏付けられれば認められるのか・・・比較的新しい裁判例をもとに、判定の実際をたどるところから始めます →1本目。 税務 法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例68】「法人の支出する飲食費等のうち交際費等に該当するものの判断基準」 執筆:拓殖大学商学部教授・税理士 安部和彦 取引先との会食費を交際費として処理する。実務では当たり前のように行われていることですが、いざ税務調査でその一つひとつを問われると、案外もろいものかもしれません。この記事は、代表者名義のクレジットカードで支払った飲食代の交際費該当性が争われた比較的新しい裁判例(東京地裁令和5年5月12日判決)をもとに、支出を4類型に分けて「どこまでが認められ、どこからが認められないのか」を丁寧にたどっています。特に、日時・相手方・場所の裏付けをどこまで求められるのかという点は、日々の記帳指導にもそのまま活きてくるように思います。「継続的な取引関係があり、互いに業務を発注し合う間柄」であれば、多少プライベートな色合いがあっても交際費と認められうる・・・その判断の呼吸をつかむのに、格好の一本ではないでしょうか。 この記事を読む 同じ飲食費でも、社内での飲食となると論点が変わります。ここでは古い裁判例を通じて、福利厚生費との区分がどう判断されたのかを読み解きます →2本目。 税務 理由付記の不備をめぐる事例研究 【第14回】「交際費と福利厚生費」~福利厚生費ではなく交際費等に該当すると判断した理由は?~ 執筆:東洋大学法学部教授 泉 絢也 社内の飲食費が「福利厚生費」なのか「交際費」なのか。一部の役員・従業員が社外のバーや小料理店で飲んだ費用の扱いをめぐって争われた、少し古い裁判例(東京地裁昭和56年4月15日判決)を取り上げた記事です。もっとも、この記事の主眼は費目の区分そのものよりも、更正処分の「理由付記」がどこまで書かれていれば足りるのか、という手続的な論点にあります。福利厚生費と交際費の線引きは総合判断によるほかない難しい問題ですが、だからこそ課税庁がどんな根拠を示せば処分が有効となるのか・・・その骨格を読み解くことは、こちら側が反論を組み立てるうえでも参考になりそうです。「専ら従業員の慰安のため」という除外要件の意味を改めて考えさせられる一本です。 この記事を読む 消費税に目を移せば、「食」は軽減税率という難所と隣り合わせです。持ち帰りと店内飲食の判定をめぐる素朴な疑問を、少し立ち止まって考えてみます →3本目。 税務 山本守之の法人税"一刀両断" 【第58回】「なぜ休憩スペースがあると外食扱いとなるのか」-軽減税率の判定をめぐる疑問- 執筆:税理士 山本守之 軽減税率が導入されて数年が経ち、8%と10%の使い分けもすっかり日常の風景になりました。それでも、「持ち帰りか、店内飲食か」の判定は今なお悩ましい場面が残っているのではないでしょうか。この記事は、スーパーの休憩スペースやイートインをめぐる国税庁Q&Aを引きながら、「椅子やテーブルがあれば外食」という線引きに素朴な疑問を投げかけています。フランスの取扱いとの対比も交えた問題提起は、制度の理屈を改めて考え直すきっかけになりそうです。実務の確認というより、「そもそもなぜこうなっているのか」を立ち止まって味わう読み物として、食欲の秋にふさわしい一本かもしれません。(掲載は2019年で、施行直前の視点である点はご留意ください。) この記事を読む 視点を提供する側に転じると、業種そのものにも固有の論点が見えてきます。ホテル・レストラン業に潜む会計不正のリスクを整理した記事を取り上げます →4本目。 会計 〈業種別〉会計不正の傾向と防止策 【第4回】「ホテルレストラン業」 執筆:公認会計士・税理士 中谷敏久 「食」を提供する側に視点を移すとどうでしょうか。この記事は、宿泊・レストラン・宴会婚礼といった部門を抱えるホテルレストラン業を取り上げ、部門ごとに起こりやすい不正のパターンを整理しています。現金の取扱頻度が高く、高級食材やワインといった換金性のある物品が身近にある・・・こうした業種特有の環境が、どんな不正の温床になりうるのか。滞在未収金やダミービルの悪用、厨房からの食材持ち出し、購買部門でのキックバックなど、具体的な手口と防止策が並びます。飲食業の顧問先をお持ちの方には、内部統制を見直す際のチェックリストとして役立つ場面があるように思います。 この記事を読む 最後は少し肩の力を抜いて、「食」が生み出す経済の大きさと、その裏側にある食品ロスの問題を、経済効果の視点から眺めてみます →5本目。 読み物 プラス思考の経済効果 【第24回】「2024年の恵方巻き等の経済効果と食品ロス」 執筆:関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本勝浩 締めくくりは、少し視野を広げた一本です。節分の恵方巻きが、たった1日で300億円を超える売上を生み出す・・・その経済波及効果を試算しつつ、裏側で生じる食品ロスの金額にも光を当てた記事です。数字の大きさそのものに圧倒されて読んでいて面白いのですが、それ以上に、食を扱う商売の華やかさと、廃棄という現実が背中合わせであることを考えさせられます。税務・会計の話からは少し離れますが、「食」というテーマの奥行きを感じていただける、秋の夜長にちょうどよい読み物ではないでしょうか。 この記事を読む Afterword 今回は「食」を切り口に5本の記事をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。交際費の判断、軽減税率、飲食業の会計、そして食の経済・・・ひとつのテーマでも、分野をまたぐとこれだけ違った顔を見せてくれるのだと、あらためて感じました。 最後にご紹介した宮本勝浩名誉教授の連載「プラス思考の経済効果」は書籍化もされています。様々な社会現象によって生まれる「経済効果」とは、どのようなものであるかという基礎をわかりやすく解説するとともに、経済効果の事例をたくさん紹介しています。秋の夜長の読書の1冊にいかがでしょうか。 Profession Journal (了)
令和8年度税制改正に関する 《資料リンク集》 このページでは「令和8年度税制改正」に関し各府省庁・主な団体等から公表された情報ページへのリンク先をまとめています。 新たな情報の公表により、随時更新します。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
2026年9月3日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.684を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.163- 「「つなぎ国債」スキームの乱発と責任ある積極財政」 東京財団 シニア政策オフィサー 森信 茂樹 高市政権の一丁目一番地の成長戦略として、2040年度までに17の戦略分野で累計 370 兆円超の官民投資が予定されている。特に重要な分野については、特別会計で「つなぎ国債」を発行しそれを財源とした政府投資が行われることになっており、その規模は毎年度実質10兆円程度と言われている。 「つなぎ国債」というのは、赤字国債と異なり、将来の償還財源があらかじめ法律で決められたうえで発行される国債である。過去のつなぎ国債の事例としては、以下の例がある。 * * * 最初の事例は、1994年の税制改革時に、所得税減税を先行させ3年後の1997年4月から消費税率を3%から5%に引き上げた際のつなぎ(減税)財源の確保だ。筆者は財務省時代これに関与したが、赤でもない黒でもないので「ピンク国債」とうそぶいた記憶がある。 2番目は、2009年の基礎年金国庫負担の引上げと消費税増税である。基礎年金国庫負担割合を3分の1から2分の1に引き上げる財源の5.1兆円(2年分)は、2012年の社会保障・税一体改革を経て、消費税8%への引上げが実施された2014年4月までの2年間、「年金特例公債」で賄われた。 3番目は東日本大震災の復興スキームである。所得税・法人税・たばこ税を増税し、11 兆 5,500 億円の復興債の償還(2037年度まで)にあてられている。 * * * その後、つなぎ国債スキームの事例は毎年度のように急増する。 2023年度には、グリーン投資支援などを目的として10年間20兆円規模の「GX経済移行債」が発行された。この償還財源には、化石燃料賦課金と特定事業者負担金からなるカーボンプライシングがあてられる。 2024年度には、「子ども・子育て支援特例公債(子ども特例債)」が発行され、償還財源には公的医療保険に上乗せして徴収する「子ども・子育て支援金」などがあてられている。 さらに2025年度には、「先端半導体・人工知能関連技術債(半導体・AI債)」という名目の「つなぎ国債」の発行が始まり、次世代半導体(ラピダス等)やAIインフラ投資への支援が2030年度まで行われる。この償還財源にはNTT株などの政府保有株式の配当金や追加的な税外収入があてられる。 このように近年乱発される「つなぎ国債スキーム」だが、大きな問題がある。 つなぎ国債は、「債務残高対GDP比」や「プライマリーバランス(PB)」といった政府の財政健全化指標の算定から除外され、別枠で管理されるという点だ。 「骨太の方針2026」の注117(26頁)には、以下の記述がある。 (※) 下線筆者 つまり「つなぎ国債」は、財政規律をカモフラージュする手段として使われるという側面を持っている。冒頭の370兆円の官民投資の「つなぎ国債」の財源はいまだ不明だ。年末までには決まる(決まらなければ「つなぎ」にはならない)のだろうが、どのような財源が残されているのだろうか。責任ある積極財政の透明性はますます低下していく。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【特別編:第2回】 「分離課税ルート-適用要件と計算」 東洋大学法学部教授 泉 絢也 1 4つの関門 第1回で述べたとおり、今回の改正の中核は、特定暗号資産の譲渡による所得に対する20%の申告分離課税である(措法38の2①)。 ただし、この特例が適用されるのは、次の4つの要件をすべて満たす場合に限られる。 【分離課税の適用要件】 内容 根拠 誰が 居住者又は恒久的施設を有する非居住者 (法人は対象外) 措法38の2① 何を 特定暗号資産 措法38の2① 前段括弧書 何をしたか 譲渡 同上 どの経路で 暗号資産取引業者への売委託、又は暗号 資産取引業者に対する譲渡 同上 主体の限定は、上場株式等の分離課税(措法37の11①)や先物取引の分離課税(措法41の14①)と同じであり、特に問題は生じない。 実務上の判断を要するのは、残る3つである。 2 何が「特定暗号資産」か 特定暗号資産の定義は、次の4つの層が積み重なった形をとっている(措法38の2①前段括弧書)。 【特定暗号資産の定義の4層】 層 内容 第1層 (大前提) 金商法2条49項に規定する暗号資産であること。ビットコイン、イーサ、ソラナ、リップル等のメジャーな暗号資産はこれを満たすと考えられる 第2層 (基本) その名称が、金商法29条の2第1項11号イに掲げる事項として、同法29条の3第1項に規定する金融商品取引業者登録簿に登録されていること 第3層 (除外) 登録されているものであっても、取引の状況その他の事情を勘案して財務省令で定めるものは除かれる 第4層 (追加) 上記のほか、「その他の財務省令で定めるもの」も対象となりうる 実務上は、「国内の暗号資産取引業者(国内取引所)が取り扱っている暗号資産」と理解しておけばよい。 除外の例としては、暗号資産取引業者が業務の一部を廃止して取扱いをやめたにもかかわらず、変更届出を遅滞なく提出していないために登録簿に名称が残っている場合のその暗号資産が挙げられている(財務省「令和8年度税制改正の解説」329頁)。 追加の例としては、暗号資産の技術又は仕様の変更により保有者に新たに付与される暗号資産が挙げられている(同解説329頁)。いわゆるハードフォーク等がこれに当たるものと考える。 もっとも、本稿執筆時点で、対応する財務省令は公表されていない。 注意を要するのが、資金決済に関する法律2条5項の電子決済手段(いわゆるステーブルコインの一部)である。 電子決済手段は暗号資産に該当しないため、これを譲渡しても分離課税の対象にはならない。 他方、特定暗号資産を譲渡して電子決済手段を取得する交換取引であれば、譲渡したものは特定暗号資産であるから、他の要件を満たす限り分離課税の対象となる。 3 「譲渡」であること 分離課税の対象となるのは、特定暗号資産の「譲渡」による所得である。 したがって、マイニング、ステーキング、レンディング、エアドロップ等により暗号資産を取得した場合の所得は、暗号資産の譲渡による所得ではないから、取得した暗号資産が特定暗号資産であっても、また国内取引所を通じて行われたものであっても、分離課税の対象にはならない。 これらは従来どおり総合課税の雑所得(事業として行う場合は事業所得)である。 他方、「譲渡」は法定通貨を対価とする売却に限られない。暗号資産同士の交換も譲渡に該当し、交換時の時価により損益を認識する。この点は改正の前後で変わらない。 「円に換えていないから課税されない」という理解は誤りである。 もっとも、暗号資産同士の交換であっても、次に述べる経路の要件を満たさなければ、分離課税ではなく総合課税の対象となる。 4 経路が課税方式を決める 対象となる取引は、①暗号資産取引業者への売委託(暗号資産取引業者を通じて他の者へ売却する取引。いわゆる取引所取引・板取引)と、②暗号資産取引業者に対する譲渡(業者を相手方とする直接の譲渡。いわゆる販売所取引)の2つである。 海外取引所、DEX、プライベートウォレットを用いた個人間の相対取引(P2P取引)は、いずれもこれに該当しない。 ここから、同じビットコインであっても、どこで売るかによって分離課税と総合課税のいずれになるかが決まるという、経路選択の視点が生まれる。 判定は譲渡時の経路で行われ、取得時にどの経路で買ったかは問われない。DEXで購入した特定暗号資産を国内取引所で売却すれば分離課税、国内取引所で購入した特定暗号資産を海外取引所で売却すれば総合課税である。 改正前に取得した暗号資産であっても、適用開始日以後に国内取引所で売却すれば分離課税となる。 この経路による振り分けが、分離課税と総合課税の二重構造の出発点であり、第3回で扱う「経路選択」の前提でもある。 5 税額はどう計算されるか 分離課税が適用される場合の計算は、次の5つの段階に分けて理解すると見通しがよい。 【税額計算の5段階】 段階 内容 根拠 第1段階 事業所得・譲渡所得・雑所得の3類型ごとに所得金額を計算し、3類型間で通算した合計額(特定暗号資産に係る譲渡所得等の金額)を算出 措法38の2①前段、 措令25の15の2① 第2段階 前年以前3年内の特定暗号資産に係る譲渡損失を控除 措法38の3① 第3段階 総所得金額から控除しきれない所得控除の額を控除 措法38の2②三 第4段階 特定暗号資産に係る課税譲渡所得等の金額に20%(所得税15%+住民税5%)を適用 措法38の2①、地法 附則35の3の6①④ 第5段階 配当控除・外国税額控除・住宅ローン控除等の控除不足額を控除 措法38の2②四等 所得金額そのものの計算は、基本的に所得税法の定めに従う。 取得価額(所令119の6)や評価方法(所令119の2。総平均法又は移動平均法)に関する規定は、分離課税か総合課税かを問わず共通に適用される。分離課税になったからといって計算方法が別物になるわけではない。 分離課税に固有なのは、税率と損失の取扱いである。 なお、税率は復興特別所得税等を含めると20.315%となり、上場株式等(措法37の11)及び先物取引(措法41の14)と同率である。 6 「箱」の中では通算でき、外へは出せない 分離課税に固有の取扱いの第1は、3類型(事業所得、譲渡所得、雑所得)の間で損益を通算できることである。 ある類型で損失が生じた場合、その損失は残りの2類型の利益から控除できる(措令25の15の2①後段)。例えば、事業所得に区分されるビットコインの譲渡損失を、雑所得に区分されるイーサの譲渡益から控除することができる。 総合課税では所得区分をまたぐこのような通算はできないから、これは納税者にとっての利点である。 第2は、その裏返しである。3類型間の通算をしてもなお残る損失は、箱の外へ持ち出せない。 給与所得等の総合課税の所得はもちろん、上場株式等(特定暗号資産ETFを含む)や先物取引(特定暗号資産デリバティブ取引を含む)といった他の分離課税グループの所得とも、損益通算できない。 この遮断は、租税特別措置法38条の2第2項2号の読替え規定と、同条第1項後段の損失を生じなかったものとみなす規定によって実現されている。 【暗号資産の譲渡損失と損益通算の可否】 所得区分 分離課税ルート 総合課税ルート 事業所得の損失 不可 可(所法69①。改正前と同じ) 譲渡所得の損失 不可 不可(所法69②) 雑所得の損失 不可 不可(もともと所法69①の対象外) 注目すべきは事業所得の扱いである。 総合課税ルートであれば、暗号資産取引を事業として行う者の損失は給与所得等と損益通算できるのに対し、分離課税ルートではこれができない。「分離課税のほうが常に有利」とはいえない理由の1つである。 なお、損益通算の計算過程から抜き取られるのは、損失だけではない。利益も抜き取られるため、暗号資産以外の事業の赤字が分離課税の暗号資産の黒字に吸収されて損益通算に使えなくなる、という事態は生じない。 7 3年間の繰越控除と連年申告 生じなかったものとみなされた損失も、そのまま切り捨てられるわけではない。 租税特別措置法38条の3は、これを翌年以後3年間にわたり繰り越し、その年の特定暗号資産に係る譲渡所得等の金額から控除することを認めている。2以上の年に生じた損失があるときは、古い年に生じたものから順次控除する(措令25の15の3①一)。 ただし、控除できるのはあくまで翌年以後の特定暗号資産の利益からであって、給与所得等から控除することはできない。 手続要件は厳格である。次の3つを、すべて満たす必要がある(措法38の3③)。 とりわけ②が実務の落とし穴である。 利益が出なかった年も、特定暗号資産の取引を一切行わなかった年も、申告を途切れさせれば繰越控除の権利を失う可能性がある。 しかも、先物取引の繰越控除に関する裁判例(東京高判平成30年3月8日訟月64巻12号1794頁)は、中間年分の申告をしないまま繰越控除を受けようとする年分の申告書を先に提出し、後から中間年分を期限後申告した事案について、繰越控除を認めなかった。やむを得ない事情があれば救済するという宥恕規定も設けられていない。 なお、青色申告であることは要件ではない。この点は上場株式等(措法37の12の2)や先物取引(措法41の15)の繰越控除と同じである。 8 源泉徴収も申告不要制度もない 最後に、上場株式等の実務との違いを2点確認しておきたい。 第1に、特定口座・源泉徴収に相当する仕組みがない。納税者自身が損益を計算し、確定申告を行う必要がある。 もっとも、暗号資産取引業者は、居住者等との間で行った特定暗号資産の売買等について、その翌年1月31日までに特定暗号資産年間取引報告書を所轄税務署長に提出しなければならない(措法38の2④)。 この報告書には、特定暗号資産の種類ごとの譲渡・取得の対価及び数量のほか、移入数量(他の取引所やウォレットからの受入れ)と移出数量(他の取引所やウォレットへの送金)が記載される。課税当局は「年始数量+購入数量+移入数量=売却数量+移出数量+年末数量」の整合性を検証できることになる。 ただし、第1回で述べたとおり、この報告書制度の開始は分離課税本体より1年遅れる。 第2に、申告不要制度がない。 上場株式等では、源泉徴収選択口座内の所得について申告不要を選択すれば、その所得は合計所得金額に算入されない。特定暗号資産にはこれに相当する仕組みがなく、利益は必ず合計所得金額に算入される。 しかも、繰越控除を適用して税額がゼロとなっても、合計所得金額には繰越控除適用前の金額がそのまま算入される(措法38の3④)。 配偶者控除・扶養控除・基礎控除・住宅ローン控除等の適用判定は合計所得金額を基準とするから、税率が20%に下がった分だけ税負担が軽くなるとは限らない。 * * * 次回は、総合課税ルートに残された取扱いと、二重構造が生み出す「経路選択」を扱う。 (了) 本連載の筆者による新刊 暗号資産の税金はこう変わる -分離課税の仕組みと実務- 泉絢也 著/清文社 令和8年度税制改正で創設された特定暗号資産の申告分離課税(措法38の2)と譲渡損失の繰越控除(措法38の3)を、適用要件・計算・経路選択まで条文に沿って解説しています。 書籍の詳細をみる ▶
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例89】 「取得後売主にリースバックした後に取り壊した建物の除却損該当性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、関東地方のとある県庁所在地に本社を置き、関東一円に所在する、いわゆるビジネスホテルを経営している株式会社X(資本金10億円で3月決算)において、経理部長を務めております。 コロナ禍明け後は、円安やインフレ圧力という外的な不確実要素はあるものの、インバウンド需要のみならず、日本人の出張・観光需要ともに旺盛で、東京に比較的近い宿泊施設は高い稼働率を保っており、わが社もその恩恵を大いに受けて業績は堅調です。そのため、ビジネスホテルの新規開業を目指して、ホテル開業適地を探して情報収集をするとともに、適当な物件の情報を得たらすぐに実地調査を行って、その結果を役員会に報告する日々となっているところです。 さて、コロナ禍の時期は少し間が空きましたが、コロナ禍明け後はその間の空白の埋め合わせをするかの如く、わが社も昨年に続き今年も先月から国税局の税務調査を受けています。その中で現在問題となっているのは、取り壊した建物にかかる固定資産除却損の計上の可否です。老朽化した建物を土地とともに取得したものの、約1年間売主にリースバックしましたが、その後わが社としては使用することなく取り壊した当該建物は、再利用しようがないものですから、除却損を計上するほかに経理処理しようがないものと考えておりました。しかし、国税局の主査は、取り壊すことを前提に取得した建物は、たとえすぐに取り壊していなくとも、損失を計上するのではなく新しく取得した土地の取得価額に含めるべきと難癖をつけてきます。この点につき法人税法上、どのように取り扱うのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 土地の取得価額の範囲は、①当該資産の購入代価(引取運賃、購入手数料その他当該資産の購入のために要した費用がある場合にはその費用の額を加算した金額)及び②当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の合計額と解するのが相当ですが、取得時に土地の上に存する建物をその後取り壊した場合におけるその建物にかかる固定資産除却損の計上の可否は、当該土地・建物の取得に至る経緯、当該建物の客観的状況、取得後の当該建物の利用状況、当該建物の取壊しの時期、経緯及び目的等の諸事情を総合的に考慮して判断するのが妥当であると考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 土地等の非減価償却資産の取得価額 法人税法において、土地等の非減価償却資産の取得価額については、特に明文の規定は存在しない。そうなると、その取扱いについては、いわゆる「別段の定め」が存在しないことから、法人税法第22条第3項及び同条第4項に従って判断することとなる。 中でも、法人税法第22条第4項(公正処理基準)に従うときには、具体的には、企業会計原則第三の五(貸借対照表価額)において、貸借対照表に記載する資産の価額は、原則として、当該資産の取得原価を基礎として計上しなければならないこととし、同Dにおいて、有形固定資産の取得原価には、原則として、当該資産の引取費用等の付随費用を含めることとしているところ、これは、公正妥当な会計慣行を確認的に明文化したものと解されるところである。このような取扱いは、一般に、土地等の非減価償却資産の取得価額にも該当するものと解される。 (2) 建物の存する土地の取得価額 法人税法施行令第54条第1項第1号は、固定資産のうち減価償却資産の取得価額について、以下のとおり規定している。 法人税法施行令の当該規定は、上記(1)で示した「公正妥当な会計慣行」を確認的に明文化したものと解されている。 また、当該規定は「固定資産のうち減価償却資産の取得価額」の規定であるが、土地のような非減価償却資産についても妥当するものと解されている。 なお、法人税基本通達7-3-6は、法人税法施行令の当該規定を受けて、建物の存する土地につき、当初からその建物を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかであると認められるときには、当該建物の取壊し時の帳簿価額及び取壊費用の合計額は、当該土地の取得価額に算入する旨を示している。 (3) 取得後売主にリースバックした後に取り壊した建物にかかる固定資産除却損の該当性が争われた事例 それでは本件と同様に、取得後売主にリースバックした後に取り壊した建物にかかる固定資産除却損の該当性が争われた事例(東京地裁令和6年11月13日判決・税資274号(順号14040)、TAINSコード:Z274-14040)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 昭和63年5月に設立された、ホテル、旅館、浴場及び喫茶・軽食等の飲食店並びにレジャー産業の経営及び賃貸に関する事業等を目的とする内国法人である原告は、土地及び建物を購入し、本件建物を1年3か月間、売主に賃貸(リースバック)した後、これを取り壊した。その後、原告は、本件土地の上に新たに建物を建築し、ホテルとして開業した。 原告は、平成30年5月1日から平成31年4月30日までの事業年度及び課税事業年度に係る法人税及び地方法人税の各申告において、取り壊した本件建物の帳簿価額を固定資産除却損として損金の額に算入したところ、処分行政庁は、本件建物の帳簿価額は本件土地の取得価額に算入すべきであるとして、当該損金算入を認めず、法人税の更正処分及びそれに伴う過少申告加算税の賦課決定処分並びに地方法人税の更正処分及びそれに伴う過少申告加算税の賦課決定処分を行った。 本件は、原告が、本件各更正処分等が違法であるとして、本件法人税更正処分及び本件地方法人税更正処分のうち修正申告による法人税額及び地方法人税額をそれぞれ超える部分並びに本件法人税賦課決定処分及び本件地方法人税賦課決定処分の取消しを求める事案である。 なお、本件建物は、地下2階付き10階建て(登記簿上の延床面積4,785.71㎡)であり、昭和39年頃に建築された鉄筋コンクリート造の建物である。 ② 事案の争点 本件における争点は、本件建物帳簿価額が、本件土地の取得価額に算入すべきものとして、損金の額に算入されるか否かである。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが(東京高裁令和7年9月18日判決・TAINSコード:Z888-2837)、棄却され確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 法人税基本通達7-3-6は、法人税法施行令54条1項1号の規定を受けて、建物の存する土地につき、当初からその建物を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかであると認められるときには、当該建物の取壊し時の帳簿価額及び取壊費用の合計額は、当該土地の取得価額に算入する旨を示している。本裁判例は、原告が取得した土地及び建物のうち、リースバックした後に取り壊した建物の帳簿価額が、原告の経理処理のように固定資産除却損に計上されるのか、それとも当該通達が示すように土地の取得価額に算入されるのかが争われた事案である。 本裁判例において裁判所は、当初からその建物を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかであると認められるか否かは、「当該土地・建物の取得に至る経緯、当該建物の客観的状況、取得後の当該建物の利用状況、当該建物の取壊しの時期、経緯及び目的等の諸事情を総合的に考慮して判断するのが相当である」とし、「原告が本件不動産の所有権を取得した平成28年9月30日の時点において、原告は、本件建物を取り壊して本件土地上にホテルを新築することを決め、これに沿った行動をしていたものであり、本件不動産の取得の目的が本件建物を取り壊して本件土地を利用するためであったことは明らかであると認められる」と認定したことから、課税庁の更正処分は適法であると判断した。 そもそも、本件建物は昭和39年頃に建設され、原告が所有権を取得した時点で既に築50年以上が経過しており、それまでホテルではなく診療所として利用されていたこと、老朽化や機能低下がみられる上、アスベスト・PCB等が使用されている可能性があること及び売主はアスベストについて瑕疵担保責任を負わないことが売買契約書や重要事項説明書に明記されていたこと、それにもかかわらず原告が売買契約の締結前も締結後もそれらの使用について調査をしていなかったことからすると、本件建物を改装してホテルとして利用することは、現実的ではなかったと認められる。このような事実関係を前提とすれば、本件の土地・建物の取得について、法人税基本通達7-3-6でいうところの、「当初からその建物を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかであると認められるとき」に該当することは明確であると言わざるを得ないであろう。 (4) 本件へのあてはめ 土地の取得価額の範囲は、①当該資産の購入代価(引取運賃、購入手数料その他当該資産の購入のために要した費用がある場合にはその費用の額を加算した金額)及び②当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の合計額と解するのが相当であるが、取得時に土地の上に存する建物をその後取り壊した場合におけるその建物にかかる固定資産除却損の計上の可否は、当該土地・建物の取得に至る経緯、当該建物の客観的状況、取得後の当該建物の利用状況、当該建物の取壊しの時期、経緯及び目的等の諸事情を総合的に考慮して判断するのが妥当であると考えられる。 (了)