空き家をめぐる法律問題 【事例69】 「別荘地の管理契約と管理費負担に関する問題」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、父から別荘地を相続しました。その後、別荘地の管理業者から管理費の請求を受けました。私は、その管理業者と契約を結んだ覚えはなく、父も契約していなかったはずです。別荘も建てておらず、土地も全く利用していません。それでも支払わなければならないのでしょうか。 管理会社の話では、「契約がなくても支払義務を認めた最高裁判例がある」とのことです。なぜそのような結論になるのでしょうか。 1 検討の視点 バブル期には「別荘を持つこと」が一種のステータスとして捉えられ、全国各地で多くの別荘地が開発・販売された。その際、土地の所有者と管理会社との間で、道路や排水施設などの共用部分を維持するための管理契約が結ばれることが一般的であり、こうした別荘地では、所有者の使用の有無にかかわらず、管理会社が共通の施設を維持するために一定のサービスを継続して提供している。 その一方で、相続などにより新たな所有者が登場し、管理契約を締結していないまま土地を保有するケースも増えている。本事例は、そのような管理契約を締結していない所有者が管理費の支払義務を負うか、この点について判示した2つの最判令和7年6月30日(以下「令和7年判決」という)を踏まえて検討する。 2 別荘地の管理契約とは 別荘地の管理契約とは、別荘地の所有者が、別荘地の共益的な施設等(道路・排水設備・街路灯・ゴミ集積所など)の維持管理を管理会社に委託するものである。そのため、他の所有者が管理契約を締結していた場合、所有者は自ら管理契約を締結するか否かにかかわらず、共益的な利益を得ることができることになる。 管理契約は、個々の所有者と管理会社との間で締結されることが多いと思われるが、所有者全体で構成された「管理組合」(法人格のない団体)が一括して契約する場合もある。具体的な管理業務の内容は個別の契約によるが、令和7年判決の管理契約では、次のような事項が含まれていた。 3 2つの令和7年判決 2つの令和7年判決では、別荘地を利用していない所有者が、管理会社と管理契約を締結していないにもかかわらず、管理業務による利益を受けたと評価できるか(=不当利得が成立するか)が争点となった。高裁レベルでは判断が分かれており、最高裁の判断が注目されていたところ、令和7年判決は不当利得の成立を認めるに至った(なお、不当利得を否定した高裁判決は「管理業務が土地の経済的価値に与えた影響が不明である以上、利益を受けたとはいえない」ことを理由としていた)。 令和7年判決が最も重視したのは、管理業務の性質である。すなわち、管理業務が道路や排水設備の保守、防犯、景観維持など、別荘地全体の機能維持に資するものである以上、土地を利用していない所有者であっても、これらの業務による利益を受けていると評価でき、管理契約を締結していない所有者だけを利益の対象から除外することは困難であるという性質である。 この前提に立ち、最高裁は、管理契約を締結していない別荘地の所有者についても、管理業務により法律上の原因なく利益を受けているとし、不当利得の成立を認めている。また、高裁判決で不当利得の成立を否定する理由とされていた「管理業務による土地の経済的価値への影響」についても、管理業務によって土地の経済的価値そのものを向上させていなかったとしても、不当利得の成立に影響はないと判断している。 さらに、別荘地の所有者から「不当利得の成立を認めることは、契約自由の原則に反する」との主張もされていたが、令和7年判決は次の点を理由にこの主張を排斥している。 このような事情から、たとえ別荘地の所有者が管理業務の提供を望んでいなかったとしても、管理費相当額の負担義務は免れず、それが契約自由の原則に反するものではないと判断されている。 4 今後の展開 令和7年判決以前の下級審裁判例では、管理会社が別荘地全体の管理を行う必要があるのは管理契約上の義務であること等を理由に不当利得の成立を否定する判決(東京地判令和5年9月28日、東京地判令和5年9月8日、東京地判平成30年9月14日、東京地判平成24年2月10日等)も見られた。 これに対し、令和7年判決は、別荘地及び管理業務の特性を重視し、不当利得の成立を肯定した点に意義がある。また、別荘地の所有者が受ける利得についても、土地の経済的価値への影響とは関係なく利得を認めている(利得した額は管理契約に基づく金額と同額になるものと考えられる)。 今後、バブル期に別荘地を購入した所有者の相続や二次相続に伴い、管理契約を締結しないまま別荘地を保有するケースがさらに増加することが予想される。このため、管理費相当額の返還を求める不当利得請求訴訟も増加することが見込まれる。今後の訴訟においては、「管理業務から生じる利益の有無」をめぐり、実際の管理業務の有無、管理業務の適切性等が主な争点になっていくように思われる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第95話】 「ふるさと納税返礼品と一時所得」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 中尾統括官は、昼食後、爪楊枝を銜えながら新聞を読んでいる。 新聞の見出しは、「ふるさと納税、返礼品の価値は 税務申告めぐり、訴訟に発展」となっている。 「・・・返礼品の価値か・・・」 中尾統括官は、銜えている爪楊枝を上下させながら新聞を読み続ける。 (※) 朝日新聞digital 2025.7.8 「・・・490件の寄付か・・・こんなに寄付をすると、毎日、自宅に返礼品が送られてきて、大変なことになると思うが・・・」 中尾統括官は、苦笑いをしながら読んでいる。 そこへ浅田調査官が昼食を終えて、やってくる。 「・・・中尾統括官・・・何をニャニャして読んでいるのですか?」 浅田調査官は、中尾統括官が持っている新聞を覗きながら訊ねる。 「・・・ふるさと納税の記事だよ・・・」 そう言うと、中尾統括官は、顔を上げる。 「・・・へえ・・・これって訴訟をしているのですか?」 浅田調査官は、立ちながら、新聞記事を読む。 「・・・ふるさと納税の返礼品は、確か・・・一時所得になるのですよね・・・」 浅田調査官は、そう言いながら話を続ける。 「・・・そして、一時所得とは、懸賞の賞金、競馬の払戻金、生命保険の満期返戻金等、営利を目的として継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものです」 浅田調査官は、東京高裁平成28年2月17日判決で述べられている一時所得の要件である「非継続要件(営利を目的として継続的行為から生じた所得以外の所得)」と「非対価要件(労務その他の役務又は資産の譲渡から生じた所得以外の所得)」の内容を思い出す。 「・・・ところで、一時所得の計算は(所法34②③)、総収入金額からその収入を得るために支出した金額を控除し、さらに特別控除額として50万円があると規定し・・・そして、この所得金額の2分の1相当額が課税される(所法22②二)ことになっている」 浅田調査官は、新聞を読みながら、一時所得の計算を頭の中で整理する。 「・・・この新聞記事によると、納税者は、一時所得の申告をしなかったので、税務署は、寄付先の自治体に照会をかけ、返礼品490件の総額の価値は、280万円が相当と判断したらしい」 中尾統括官は、爪楊枝を銜えながら新聞記事の一部を読む。 「・・・納税者は、各自治体に照会するには膨大な労力が必要で、納税者に対してこのようなことを強要することはおかしいと言っている・・・」 中尾統括官は、新聞記事の内容をそのまま伝える。 「・・・しかし・・・それは、納税者が自分の所得を申告する上で必要なことなのですから、納税者としては、当然、返礼品の価値を調べなければならないでしょう・・・」 浅田調査官は、横浜地裁判決の上記の記事を見ながら、頷く。 「・・・ところで、この納税者の寄付総額は、約660万円らしい・・・そうすると、返礼品の割合(280万円÷660万円)は、約42%になる・・・これは、総務省が定めた返礼品の基準(返礼品の返礼割合を3割以下とする)を超えることになるのでは・・・と納税者は反発しているらしい・・・」 中尾統括官は、税務六法を開いて、「地方税法37条の2第2項1号」を開く。 この規定は、地方税法で「3割ルール」を明示したものであるが、この規定を根拠として、3割を超える返礼品の価値の評価を認めることはできないとする納税者の主張は、「税務官庁が納税者に対して公的見解を示したとは認められない」として、横浜地裁では斥けられている。 「・・・しかし・・・一時所得の計算をするときに、この『3割ルール』を定めた地方税法の条文は、影響しないのであろうか・・・」 浅田調査官は、頸を傾げる。 「・・・仮に、税務署が返礼品の価値を算出して、その割合が42%になっていたとしても、上限を30%として、一時所得の計算をすべきだと僕は思うけれど・・・」 浅田調査官は、中尾統括官を見る。 「・・・しかし、税務署は、110の自治体一つ一つに照会をし、膨大な労力を費やして、返礼品の価値を算出し、その結果、返礼品の割合が42%になったのだから、それをわざわざ30%に引き下げることには抵抗があると思う・・・」 中尾統括官は、手に爪楊枝を持ちながら、苦笑する。 「・・・もっとも、納税者が、寄付総額660万円の30%である198万円について、自ら修正申告をしていれば、税務署はそれを認めたと思う・・・」 浅田調査官は、大きく頷く。 (つづく)
《速報解説》 JICPAから「欠損金に関する論点整理」についての研究報告が公表される ~実務上の留意点等の取りまとめ~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年7月17日付けで(ホームページ掲載日は2025年7月30日)、日本公認会計士協会は、「欠損金に関する論点整理」(租税調査会研究報告第42号)を公表した。 これは、法人税制上の欠損金に関して、過去の税制改正の経緯を考慮し、実務上の留意点等を取りまとめたほか、諸外国における欠損金に係る税制と我が国の制度との比較検討を行ったものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 論点整理は表紙を含めて94ページあり、主な内容は次のとおりである。 企業再生税制における欠損金の活用と留意点、他社で生じた欠損金の引継制限・使用制限など、実務において有用な事項について詳細に記載している。 また、我が国における欠損金制度の課題と望まれる改正点として、次の事項について記載している。 (了)
《速報解説》 日本監査役協会が会計基準の開発や会社法改正に対応した 「会計監査人非設置会社の監査役の会計監査マニュアル」の第3版を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年7月30日、日本監査役協会は、「会計監査人非設置会社の監査役の会計監査マニュアル(第3版)」を公表した。 これは、前回の改定以降の環境変化に即した記載内容の改定並びに監査役監査基準、監査報告のひな型その他の日本監査役協会の公表資料の改定を踏まえた所要の修正を行うとともに、マニュアル全体の構成を見直すものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改定内容 「第2部 会計監査の実務―チェックリスト編」では、チェックリスト項目の統合・削除・新設により、チェックリスト項目の見直しを行っている。 「第3部 会計監査の実務―解説編」では、「第2部 会計監査の実務―チェックリスト編」のチェックリストの各項目に即した解説を記載している。 近時のIPO(Initial Public Offering:新規株式公開)を目指す会社の増加を受け、第3部においては必要に応じ上場準備会社を意識した記載も追加している。 現行版の用語解説の内容は適宜関連する項目に収録している。 (了)
2025年7月31日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.629を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〈令和7年度税制改正〉 新リース会計基準に伴う リース取引に係る所要の措置 【補論】 公認会計士・税理士 森 智幸 1 はじめに~基本通達等の改正について 2025年6月30日付で、国税庁より法人税、消費税、所得税の基本通達等の改正が公表された。 この中には、リース取引に関して新設された基本通達も含まれている。リース取引に関しては、新リース会計基準の導入に伴い、法人税法や消費税法の改正が行われたが、今回の基本通達等の改正は、それに続くものである。 そこで、今回は、借手を対象として、改正通達におけるリース税制の見直しの内容や実務における注意ポイントについて解説することにする。 なお、本稿は私見であることにご留意いただきたい。 2 改正通達におけるリース税制の見直しの内容 ここでは、改正通達のうち、主に新設されたものについて解説する。 (1) 法人税法 (イ) ファイナンス・リース取引 ① 所有権移転外リース資産の減価償却費(法基通7-5-3) リース資産に係る「償却費として損金経理をした金額」(法法31①)には、リース資産に係る使用権資産をリース期間の減価償却費として経理した金額が含まれるとされた。 すなわち、所有権移転外ファイナンス・リース取引に係る使用権資産についてリース期間定額法によって計算した減価償却費は、損金経理を要件として、所得の金額の計算上損金の額に算入することになる。 なお、令和7年度税制改正前も、所有権移転外リース取引に係る減価償却については法人税法施行令で定められていたため、新たな内容ではないが、留意的に明らかにするために設けられている。 ② 賃借人の会計リース期間(法基通7-6の2-10の2) リース期間定額法においては、賃借人の会計リース期間をリース期間とすることが明らかとなった。なお、賃借人の会計リース期間とは、解約不能期間に次の期間を加えた期間をいう。 ③ 資産の賃貸借の範囲(法基通12の5-1-1) 法人税法第64条の2第3項の「資産の賃貸借」には、民法第601条の規定により効力を生ずることとなる契約に基づく行為のほか、資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する行為も含まれることが明らかにされた。 これは、新リース会計基準を適用する企業において、リースが法人税法における資産の賃貸借に含まれることを留意的に明らかにしたものである。 ④ リースを構成する部分とリースを構成しない部分とがある場合の取扱い(法基通7-6の2-17、12の5-1-7) リースを含む契約にリースを構成する部分とリースを構成しない部分とがある場合の取扱いが設けられた。新リース会計基準においてもリースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分に関する規定が設けられているが(基準28~29、適用指針9など)、法人税法においてもこの取扱いを行うことを明らかにしたといえる。 (ロ) オペレーティング・リース取引 ① 資産の賃貸借の範囲(法基通12の5-3-1) 法人税法第53条第1項の「資産の賃貸借」の範囲については、法人税基本通達12の5-1-1(資産の賃貸借の範囲)の取扱いを準用するとされた。したがって、新リース会計基準を適用する企業において、オペレーティング・リース取引が法人税法における資産の賃貸借に含まれることが明らかにされた。 ② 無償等賃借期間を含む賃貸借取引に係る支払額の損金算入(法基通12 の5-3-2) オフィスビルのテナント契約で見られるフリーレントのような「無償等賃借期間」について新たに通達が設けられた。この通達は、一部の課税上弊害があるもの以外の賃貸借取引について、賃借期間にわたり支払われるべきこととなる金額を、損金経理を要件として、損金の額に算入するものとするというものであるが、従来の考えと相違はない。 ③ リースを構成する部分とリースを構成しない部分とがある場合の取扱い(法基通12の5-3-3) リースを含む契約にリースを構成する部分とリースを構成しない部分とがある場合において、❶リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分ける方法、❷リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分けない方法により経理しているときは、リースを構成する部分に係る資産の賃貸借について法人税法第53条(賃貸借取引に係る費用)及び法人税基本通達第 12章の5第3節(賃貸借取引)の取扱いを適用することを明らかにした。 (2) 消費税法 (イ) 新設の有無 消費税法基本通達においては、新設された通達は見られない。 (ロ) オペレーティング・リース取引の課税のタイミング 新リース会計基準では、オペレーティング・リースについても使用権資産とリース負債を計上することになった。一方、消費税法においては、リース取引の課税仕入れについては、そのリース資産の引渡しを受けた日の属する課税期間において仕入税額控除の規定の適用を受ける(消法30、消基通11-3-2)。 そのため、オペレーティング・リース取引においても、仕入税額を一括控除するのか、それとも従来通り、賃借料の支払時に仕入税額控除するのか、会計上の処理と課税仕入れの日との関係が問題となる。 この点については、消費税法の改正時には明らかになっていなかったため、基本通達において何らかの指針が出るのではないかと予想していたが、今回の改正後の基本通達においても、この点については明示されなかった。 したがって、オペレーティング・リース取引については、従来通り、賃借料の支払時を課税仕入れの日として、仕入税額控除することとして差し支えない。 (3) 所得税法 所得税の基本通達において新設されたものは以下の通りである。内容としては、法人税の基本通達とほぼ同じである。 3 実務における注意ポイント (1) 法人税~オペレーティング・リース取引における申告調整 オペレーティング・リース取引においては、会計上の費用と法人税法上の損金の額とに差異が生じることがあるため、申告調整が必要である。この点については国税庁から令和7年6月に「オペレーティング・リース取引に係る借手の申告調整について」が公表されているので参照されたい。 申告調整については、改正基本通達に記載されているものではないが、実務上重要であるので、ここで紹介することにする。 【借手の処理例】(国税庁の資料を参考に筆者作成) (2) 消費税~オペレーティング・リース取引における課税仕入れの会計処理 新リース会計基準においては、これまで述べたようにオペレーティング・リース取引についても使用権資産とリース負債を計上することになった(前記3(1)【借手の処理例】参照) 一方、消費税法上、課税仕入れについては、ファイナンス・リース取引については原則として一括控除となるが、オペレーティング・リース取引については、賃借料支払時に仕入税額控除を行う。 したがって、会計処理は同じであるものの、ファイナンス・リース取引とオペレーティング・リース取引とでは、仮払消費税等の計上のタイミングが異なってくるので注意が必要である。 4 おわりに 今回はリース取引の補論として、法人税、消費税、所得税に係る基本通達の改正についてその内容と実務上の注意点を解説した。特に、借手のオペレーティング・リース取引については法人税法、消費税法において会計上と税務上の差異が生じるので注意が必要である。 本稿が、皆様の実務の参考になれば幸いである。 (連載了)
国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正 -防衛特別法人税等の企業への影響- 【第2回】 公認会計士・税理士 荒井 優美子 4 「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法」の改正 令和7年度税制改正(所得税法等の一部を改正する法律)(※1)により、「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法」(以下、「防衛財確法」)が改正され、立法趣旨(第1条)に、防衛特別法人税を創設し、及びたばこ税の税率の特例を定め、防衛特別法人税の収入及びたばこ税の収入額に係る額を、防衛力強化資金として受け入れることが明記された。所得税は引き続き検討することとされている(※2)。 (※1) 令和7年度の「所得税法等の一部を改正する法律」第12条、「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法の一部改正」により「防衛特別法人税」が創設された。 (※2) 与党(自由民主党・公明党)「令和7年度税制改正大綱(2024年12月20日)」18頁 防衛財源確保法は、令和5年度以降における我が国の防衛力の抜本的な強化及び抜本的に強化された防衛力の安定的な維持に必要な財源を確保するための特別措置として、2023年6月16日に成立し、同年6月23日に施行されている。防衛力強化資金の設置等について、「防衛力の抜本的な強化及び抜本的に強化された防衛力の安定的な維持のために確保する財源を防衛力の整備に計画的かつ安定的に充てることを目的として、当分の間、防衛力強化資金を設置する。」(旧防衛財確法6、新防衛財確法50)こととされ、当分の間、法人には防衛特別法人税を課し(防衛財確法9)、当分の間、たばこ税の税率の特例を定める(防衛財確法49)こととされた。 このように、防衛力強化資金の設置と財源としての防衛特別法人税による課税及びたばこ税の税率の特例の期限は明記されず、「当分の間」として規定されている。防衛特別法人税と同様な課税制度である復興特別法人税(東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法第5章)は、課税期間が明記されており(※3)、恒久的措置として平成26年度税制改正で創設された地方法人税では課税期間の規定は無い。 (※3) 法人の2012年4月1日から2014年3月31日(制定時は2015年3月31日)までの期間内に最初に開始する事業年度開始の日から同日以後2年を経過する日までの期間内の日の属する事業年度 「当分の間」が法令で使われている例としては、国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税制度における特定課税仕入れに関する経過措置(※4)(消費税法 平成27年税制改正法附則42)があるが、その後、制度の改正の議論はされていないようである。法令において「当分の間」という用語が使われているときは、その法令(の規定)が改正又は廃止されない限り半永久的に有効なものと扱われると理解されている(※5)。したがって、財務諸表における税効果会計の計算や企業価値評価で将来キャッシュフローを計算する際に用いられる実効税率は、防衛特別法人税が恒久的措置であるとの前提で算定する必要がある。 (※4) 課税売上割合が95%以上の事業者や簡易課税制度又は小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置が適用される事業者は、「事業者向け電気通信利用役務の提供」を受けた場合であっても、経過措置により当分の間、その役務の提供に係る仕入れはなかったものとされる。 (※5) 「法令における『当分の間』という用語は、日常では、『しばらくの間』、『さしあたり』といった意味で使われます。ただし、法令において『当分の間』という用語が使われているときは、その法令(の規定)が改正又は廃止されない限り半永久的に有効なものと扱われます。『当分の間』という用語は、その法令上の措置が暫定的なものであって、将来においてそれが変更又は廃止されることが予想されることを示したに過ぎません。」(環境省HP「暫定目標の見直し期間について(案)」の『法令読解の基礎知識』(元参議院法制局部長)より抜粋) 5 防衛特別法人税の概要 令和7年度税制改正により、法人の2026年4月1日以後に開始する各事業年度を課税事業年度とする、防衛特別法人税が導入された。 課税制度の仕組みは、納税義務者、課税標準額及び申告手続き等、地方法人税や廃止された復興特別法人税と概ね同様の制度であると考えられる(【図表1】参照)。課税標準法人税額に上乗せされる税率は、地方法人税が10.3%、復興特別法人税が10%に対して、防衛特別法人税は4%である。復興特別法人税は2年間の暫定課税制度であったが、防衛特別法人税は恒久的課税制度に近いものであり、法人の規模に関係なく一律4%の上乗せ課税がされるため、基準法人税額から基礎控除額500万円を控除した金額が課税標準額とされる(【図表2】参照)。 復興特別法人税では法人税の申告書とは別の申告書の作成・提出の仕組みとされていたが、防衛特別法人税は法人税及び地方法人税の申告書と一体の様式となっている。申告書の様式は国税庁のウェブサイトで公表されている。 中間申告書の提出は2027年4月1日以後に開始する課税事業年度から適用されるため、3月決算法人では、2026年4月1日開始事業年度の中間申告書は防衛特別法人税を適用せずに納税額が計算される。 【図表1】 防衛特別法人税の概要 【図表2】 防衛特別法人税の計算イメージ (出典:国税庁「令和7年度法人税関係法令の改正の概要」13頁より抜粋) (続く)
令和7年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第5回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 (2) 改正後の分割割合及び分配割合が適用される税務上の取扱い 改正後の分割割合及び分配割合が適用される税務上の取扱いは次のとおりである。 ① 分割の適格要件 分割型分割が無対価分割である場合の適格要件に係る株式継続保有要件の判定において分割割合が使用される(法法2十二の十一、法令4の3⑤⑥⑦⑧)。 〈適格分割の要件〉 ◎ 株式継続保有要件 次に掲げる分割の区分に応じそれぞれ次に定める要件とする。 ただし、分割が分割型分割である場合において、分割の直前に分割法人のすべてについて他の者との間に当該他の者による支配関係がないときは、株式継続保有要件は不要となる。 (ⅰ) 分割型分割 (注1) 議決権のないものを除く。 (注2) 支配株主とは、その分割型分割の直前にその分割型分割に係る分割法人と他の者との間に当該他の者による支配関係がある場合における当該他の者及び当該他の者による支配関係があるもの(その分割承継法人を除く)をいう。 (注3) 対価株式は、その分割型分割が無対価分割である場合にあっては、支配株主がその分割型分割の直後に保有するその分割承継法人の株式の数に支配株主がその分割型分割の直後に保有するその分割承継法人の株式の帳簿価額として財務省令で定める金額(※1)のうちに支配株主がその分割型分割の直前に保有していたその分割法人の株式の帳簿価額のうちその分割型分割によりその分割承継法人に移転した資産又は負債に対応する部分の金額として財務省令で定める金額(※2)の占める割合を乗じて計算した数のその分割承継法人の株式とする。 (※1) 支配株主がその分割型分割の直後に保有するその分割承継法人の株式の帳簿価額として財務省令で定める金額は、無対価分割に該当する分割型分割が適格分割型分割に該当するものとした場合におけるその分割型分割の直後のその分割型分割に係る分割承継法人の株式の帳簿価額とする(法規3の2の2②)。 (※2) 分割承継法人に移転した資産又は負債に対応する部分の金額として財務省令で定める金額は、無対価分割に該当する分割型分割に係る分割純資産対応帳簿価額(※3)とする(法規3の2の2③)。 (※3) 分割純資産対応帳簿価額とは、所有株式を発行した法人の行った分割型分割の直前のその所有株式の帳簿価額にその分割型分割に係る分割割合(※4)を乗じて計算した金額とする(法法61の2④、法令119の8①)。 (※4) 分割割合は、分子に掲げる金額が0を超え、かつ、分母に掲げる金額が0以下である場合には1とし、その割合に小数点以下3位未満の端数があるときはこれを切り上げる(法令23①二)。 (注4) その分割型分割後に行われる適格合併によりその対価株式がその適格合併に係る合併法人に移転することが見込まれている場合には、その合併法人を含む((ⅰ)で同じ)。 (注5) その分割型分割後にその分割承継法人又は分割承継親法人のいずれかを被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、その分割型分割の時からその適格合併の直前の時までその対価株式の全部が支配株主により継続して保有されることが見込まれていることとする。 (ⅱ) 分社型分割 (注1) 対価株式は、その分社型分割が無対価分割である場合にあっては、その分社型分割に係る分割法人がその分社型分割の直後に保有するその分割承継法人の株式の数にその無対価分割に該当する分社型分割が適格分社型分割に該当するものとした場合におけるその分割法人がその分社型分割の直後に保有するその分社型分割に係る分割承継法人の株式の帳簿価額のうちにその分割法人のその無対価分割に該当する分社型分割の直前の移転資産(その分社型分割により分割承継法人に移転した資産)の帳簿価額から移転負債(その分社型分割により分割承継法人に移転した負債)の帳簿価額を控除した金額の占める割合を乗じて計算した数のその分割承継法人の株式とする(法規3の2の2④⑤)。 (注2) その分社型分割後に行われる適格合併によりその対価株式の全部がその適格合併に係る合併法人に移転することが見込まれている場合には、その合併法人を含む((ⅱ)で同じ)。 (注3) その分社型分割後にその分割承継法人又は分割承継親法人のいずれかを被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、その分社型分割の時からその適格合併の直前の時までその対価株式の全部がその分割法人により継続して保有されることが見込まれていることとする。 ② 分割型分割における分割承継法人の税務仕訳 分割型分割において、分割承継法人の税務仕訳は次のとおりとなる(法法24①二・③、61の2①④⑦⑰、62の2④、62の3②、法令8①六・十五・二十一イ・二十二、9三、23①二・⑦二・⑧、119①六・二十七、119の3㉑、119の4①、119の8①②、123の3③)。 (ⅰ) 非適格分割型分割 非適格分割型分割において、分割承継法人の純資産の部は次のように計算される。 (注) 資本金等(上記資本金を除く)の額は、分割承継法人が資本又は出資を有しない法人である場合には、0とする。 分割承継法人が分割の直前に有していた分割法人株式に係る株式譲渡損益及びみなし配当の額は次のように計算される。この計算において分割割合が使用される。 分割承継法人の税務仕訳は次のとおりとなる。 なお、分割対価は分割承継法人株式とする又は無対価分割(株主均等割合保有関係があるものに限る)とする。 (注1) 資産調整勘定及び負債調整勘定を含む(法法62の8①②③)。 (注2) 分割対価が分割承継親法人株式の場合は、分割承継親法人株式の帳簿価額に付け替わる。 (ⅱ) 適格分割型分割 適格分割型分割において、分割承継法人の純資産の部は次のように計算される。この計算において分割割合が使用される。 (注) 資本金等(上記資本金を除く)の額は、分割承継法人が資本又は出資を有しない法人である場合には、0とする。 分割承継法人が分割の直前に有していた分割法人の株式に係る株式譲渡損益及びみなし配当の額は次のように計算される。この計算において分割割合が使用される。 分割承継法人の税務仕訳は次のとおりとなる。 なお、分割対価は分割承継法人株式とする又は無対価分割(分割承継法人が分割法人の発行済株式等の全部を保有する関係又は株主均等割合保有関係があるものに限る)とする。 (注1) 分割法人の適格分割型分割の直前の移転資産及び負債の帳簿価額をいう。 (注2) 分割対価が分割承継親法人株式の場合は、分割承継親法人株式の適格分割型分割の直前の帳簿価額となる。 (注3) 分割対価が分割承継親法人株式の場合は、分割承継親法人株式の帳簿価額に付け替わる。 (続く)
学会(学術団体)の税務Q&A 【第19回】 「海外出版社を通じて英文誌を出版する際の税務上の留意点」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ▲▼▲[解説]▲▼▲ 学会が海外出版社を通じて英文誌を出版してロイヤリティを受け取るケースがよくあるが、その際における税務上の留意点は、次の通りである。 1 法人税 ロイヤリティは、原則として、無体財産権の提供業として法人税法上の収益事業に該当する。ロイヤリティ収入に依存しているような学会の場合(具体的には、ロイヤリティ収入が、主たる目的とする事業に要する費用の2分の1超となるような場合)、例外的に無体財産権の提供業から除外されるという規定があるが(法令5①三十三ハ)、当該例外規定に該当するようなケースは多くないと思われる。 なお、公益法人の学会が公益目的事業の一環として英文誌を出版する場合は、法人税法上の収益事業から除外されることになる(法令5②一)。 2 ロイヤリティの課税区分 消費税上、非居住者に対する無形固定資産等の譲渡又は貸付は、免税売上となる。そのため、海外出版社(非居住者)から受け取るロイヤリティは、原則として免税売上になると考えられる。 他方で、海外出版社を通じて、英文誌を出版する場合であったとしても、海外出版社の本社とは直接契約せずに、海外出版社の日本支店や日本法人と契約を行うようなケースがある。 消費税における居住者とは、外国為替及び外国貿易法第6条第1項第5号に規定する居住者であり、「外国為替法令の解釈及び運用について」通達により次のように判定することになる。 〈消費税における居住者の判定〉 そのため、海外出版社の日本支店や日本法人と契約を行うようなケースは、居住者との取引であるため、免税売上ではなく、課税売上になると考える。このように海外出版社を通じて英文誌を出版する際は、海外出版社の本社(非居住者)と直接契約するのか、海外出版社の日本支店や日本法人(居住者)と契約するのかによって課税区分の扱いが変わるため留意が必要である。 〈ロイヤリティ契約の相手先と課税区分〉 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第76回】 「外国証券会社への売委託による株式譲渡損失に関する繰越控除の適用可否(地判平27.7.3、高判平28.3.17)(その2)」 ~租税特別措置法37条の12の2、日本国憲法13条・14条・84条・98条2項、 日米租税条約1条2項(a)~ 公認会計士・税理士 西川 浩史 4 事案の検討 憲法14条(平等原則)の違憲を対象とする争点①が最も重要な論点であると考えるが、その際の納税者の主張の背景には、争点④での納税者の繰越控除制度に関する根本的な考えがあると考える。そのため、この報告においては、争点④・争点①・争点③の順で検討を行いたい。 (1) 本件特例の解釈・適用に関する違法性の有無(争点④) ① 株式譲渡損失の繰越制度に関する本質論 原告は、争点④において「上場株式等の譲渡損失の繰越控除制度は、ある課税期間に生じた納税者の譲渡損失の繰越しを認めないと、当該納税者の担税力が翌課税期間において過大に評価され、所得とは観念できないものに課税する弊害をもたらすことから、当該譲渡損失を1年限定ではなく数年にわたって繰り越すこととしたものである。」と述べ、争点①においては「繰越控除制度の適用を本件特例対象業者への売委託による譲渡のみに限定したり、繰越控除期間を3年間に限定することなどには合理性がない。」や「繰越控除制度は、所得税における必要不可欠な制度であるから、上場株式等の譲渡という純資産の増減の把握が容易な対象について、更にその対象を制限することは不合理である。」旨を述べている。 金子宏教授は、法人の欠損金に関して「法人の事業年度は、もともと事業成果を期間損益の形で算定するために人為的に設けられた期間であるから、企業の成果を長期的に測定するためには、ある年度に生じた欠損金は、その前後の事業年度の利益と通算するのが妥当である(※5)。」と述べられており、この考え方が一般的な見解と考える。 (※5) 金子宏『租税法』弘文堂(2023)436頁 山内進教授は、「欠損金の繰越制度は、既述したように税の本質、つまり事業年度間の課税の公平、中立性を考えた場合、当然、必要不可欠なものであり、これを廃止したり、また政策税制として運用したりすべきものではないのであると強調したい(※6)。」と述べられている。この点は欠損金の本質論から理解できるものの、実際の欠損金の繰越制度においては、税収確保の政策目的等から繰越期間及び損金算入額についての制限が行われている(※7)。 (※6) 山内進・上田真士「わが国の税法における欠損金の繰越制度に関する一考察―ハイブリッド税法及び国際比較の視点から―」『福岡大學商學論叢』 (2011) 383頁 (※7) 現行の税制(法人税)では、繰越期間は10年、損金算入額は所得の50%が限度となっている。 上記は、法人の欠損金に関する税務の本質論であるが、本件事案の個人に関する上場株式等の譲渡損失の繰越控除制度にもつながるものと理解する。そのため原告の主張する内容に関しては、本質論としては十分理解できるが、税法上の解釈は、あくまでも条文の内容に従ったものでなければならないと考える。 ② 本件特例対象業者に売委託したことは手続要件か否か 納税者は、本件特例対象業者に売委託したことは手続要件にすぎないとして、別途譲渡損失が生じていることを立証することにより、当該譲渡損失の繰越控除が認められるべきであると主張した。確かに、上場株式等の譲渡損失が生じているのは事実であり、条文の内容及びその立法目的を考慮しなければ、納税者の言うように、利用する証券会社により、税務上の取扱いが異なることには矛盾を感じる。 裁判所は、本件特例のうち、本件特例対象業者に売委託したことを手続要件と解する文言上の根拠はなく、支払調書の制度は課税庁が適正な有価証券譲渡益を捕捉するための制度であって、単に納税者の立証の負担を考慮した手続要件などではないと結論付けた。 所得税法上、もともとは「株式等に係る譲渡所得の計算上生じた損失は、生じていなかったものとみなす」ことになっていた。その後、税制改正により、例外的に本件特例対象業者への売委託により行う上場株式等の譲渡等に限り損益通算や3年間の繰越控除が認められたと理解する。そのような例外規定である本件特例の適用においては、適正・公平な課税の実現のため、支払調書制度に従うことは必要不可欠であり、裁判所の判断は適正と考える。 (2) 本件特例は憲法13条ないし14条に違反するか否か(争点①) ① 平等違反の違憲審査基準 憲法学者の芦部信喜教授の見解をもとに、平等違反の違憲審査基準をまとめると下表のようになる(※8)。(以下この報告ではⅰとⅱを合わせて「厳格な基準」と称する) (※8) 芦部信喜(補訂者:高橋和之)『憲法(第8版)』岩波書店(2024)132頁、138-140頁、246-247頁を参照してまとめた。 金子教授は、「憲法14条との関係では、租税立法については『合憲性の推定』が働き、判例は、一般に、『その内容が明らかに不合理でないかぎり、憲法違反とはならない』という意味での『ゆるやかな合理性の基準』を採用している(※9)。」と述べられている。金子教授のいう「ゆるやかな合理性の基準」とは、芦部教授のいう「合理的根拠の基準」であると理解する。 (※9) 金子前掲(※1)書 6頁 ② 裁判所が採用した審査基準 裁判所は、大島訴訟の最高裁判決で用いられた租税立法に関する違憲審査基準に従って、①立法目的が正当なものであるかどうか、②立法目的と本件特例との間に合理性があるかどうか(本件特例は立法目的との関連で著しく不合理であるとはいえないか)について検討を行い、憲法13条ないし14条には違反しないと判断した。 裁判所が採用した審査基準は、「合理的根拠の基準」(「ゆるやかな合理性の基準」)であると理解する。このような審査基準は、大島訴訟後、一般的に用いられている租税立法に関する違憲審査基準であり、その手法に関しては、適正なものであると考える。 大島訴訟の最高裁判決(地裁の判決文より。下線は筆者追加) ③ 租税立法に関する違憲審査における「厳格な基準」の適用可能性 青山慶二教授は、高裁が付加した「本件特例は、売委託する者や取引業者の人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、その適用不適用を区別しているものではなく」の文言に関して「大島訴訟判決の伊藤正己裁判官の補足意見(性別のような憲法14条1項後段の事由に基づいて差別が行われる場合には合憲性の推定は排除されるとするもの)を意識した判断枠組みを設定している。即ち、租税立法についても違憲審査の二重の基準(侵害対象が精神的自由か経済的自由による区分)が適用されるものであり妥当な判断枠組みと考えられる(※10)。」と述べられている。 (※10) 青山慶二「外国市場取引での上場株式の譲渡による損失計上と租特法適用可能性」『TKC税研情報』 第29巻第1号 (2020.2) 41頁。なお、「違憲審査の二重の基準」については、芦部前掲(※8)書106-107頁参照。 金子教授は「憲法14条1項は、いわゆる平等権を保障し、政治的・経済的・社会的差別を禁止している。この規定は、すべての差別を禁止する趣旨ではなく、不合理な差別を禁止する趣旨であると解されているが、租税立法も不合理な差別を構成する場合に、この規定に違反して無効となることは、いうまでもない(※11)。」と述べられ、大島訴訟判決の伊藤正己裁判官の補足意見については、「性別でなくて、例えば人種ですとか国籍によって差別すれば、やはり問題は起こるということになると思います。(※12)」と述べられている。 (※11) 金子前掲(※5)書 90頁 (※12) 金子「講義録 大嶋訴訟について-給与所得課税のあり方-」税大ジャーナル 5(2007.6)10頁 したがって、租税立法に関する違憲審査であっても、「厳格な基準」が適用される可能性はあると理解するが、本件事案については、人種や国籍によって差別が行われている場合ではないため、「合理的根拠の基準」(「ゆるやかな合理性の基準」)が用いられたと理解する。 (3) 本件特例は日米租税条約ないし憲法98条2項に違反するか否か(争点③) ① 日米租税条約の目的 日米租税条約の目的について、納税者は「資本等の交流促進」であると主張しているが、地裁は「国際的な二重課税の排除及び両締約国間の課税権の配分」であり、「資本等の交流促進は同条約の目的がもたらす機能ないし効果である。」とした。しかし、平成16年に発効された新日米租税条約の目的の1つは、日米両国間の投資交流を促進することであったことは明らかであり、利子、配当、使用料に関する源泉徴収税率の大幅な引下げ又は減免が行われた(※13)。このような事実からは原告の主張の方が正しいのではないかと考える。 (※13) 浅川雅嗣『コメンタール 改訂日米租税条約』大蔵財務協会(2005)1-2頁では、「今回日米租税条約が抜本的に改正された背景として、大きく2つのことが挙げられる。1つは、およそ30年前に旧条約は発効してから、日米間の直接投資は17倍、証券投資に至っては約100倍に増加するなど、両国を取り巻く経済環境が劇的に変化したことである。(省略)本条約にはもう1つ、経済活性化策としての背景がある。」との記載がある。 ② 日米租税条約締約国間の租税立法の均衡 納税者は、「本件特例は、日本から米国の証券業者への売委託を阻害するものであって、日米租税条約締約国間の均衡を妨げ、さらには同条約が目的とする日米両国間の資本及び人的資本等の交流促進を妨げている。」と主張した。 これに対し、地裁は、「同条約が存在するからといって、上記促進のために日本が米国と同じ租税立法をする国際法上の義務を負うことになると解すべき根拠はない。」と結論づけた。 このことはもっともな見解であり、改正された日米租税条約の目的は「資本等の交流促進」であるとの立場をとったとしても、日米租税条約を根拠に、日本居住者の米国市場への株式投資に無条件で、本件特例(損益通算、繰越控除)を認めるのであれば、租税条約においてその旨を明確に規定するしかないと考える。 5 おわりに 最後に、本件事案の納税者は日本人であると推測されるが、外国人であった場合の検討を加えたい。その場合、外国人であったとしても、米国証券会社から国内証券会社(本件特例対象業者)に変更することにより、本件特例の適用を受けることが可能である以上、「国籍による差別」には該当しないと考える。本件特例が国籍による差別と言えない以上、納税者が外国人であったとしても今回の違憲審査結果に違いは生じないと理解する。 しかしながら、日本語が得意でない外国人にとっては、国内の証券会社(本件特例対象業者)を利用するのは困難で、来日後も外国証券会社(本件特例対象業者以外)を利用し続けるしかない。外国人の立場からすると、本件特例の立法目的等が理解できたとしても、株式譲渡益が生じた場合には適正な納税をしているのに、株式譲渡損失が生じた場合にはその損失の繰越が認めらないことには、納得できないのではないかと考える。 今後、国際化が進む中で、申告時に外国証券会社からの証明書等を添付した場合には、特例適用を認める等の柔軟な対応の税制改正が考えられてもいいのではないかと思料する。 (了)