給与計算の質問箱 【第67回】 「事前確定届出給与を2回以上支給する場合の注意点」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 事前確定届出給与を2回以上支給する場合の注意点についてご教示ください。 A 以下に解説する。 * * 解 説 * * 1 同一事業年度に2回以上支給する場合 1回でも不支給や一部支給があれば、事前確定届出給与に関する届出書通りに支給した事前確定届出給与も含めて損金不算入になる。 〈具体例〉 2 事業年度をまたいで2回以上支給する場合 当期において事前確定届出給与に関する届出書通りに支給すれば、翌期に不支給や一部支給であっても、当期の事前確定届出給与だけは損金算入できる。 一方、当期において不支給や一部支給があれば、翌期に事前確定届出給与に関する届出書通りに支給しても、翌期も含め損金不算入になる。 〈具体例〉 (了)
相続税の実務問答 【第109回】 「遺産分割期限の延長が認められるやむを得ない事情の承認申請者」 税理士 梶野 研二 [答] あなたは、相続税の申告期限から3年が経過する日の翌日から2ヶ月以内に「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出しておらず、相続税の申告期限から3年以内に遺産分割ができなかったやむを得ない事由について税務署長の承認を受けていません。たとえ、妹さんがやむを得ない事由の承認を受けており、そのやむを得ない事由があなたと共通のものであったとしても、あなたの特例の適用に関して税務署長の承認を得ているわけではありませんので、あなたが審判の確定により取得することとなった自宅建物の敷地について小規模宅地等の特例を適用することはできません。 なお、妹さんは、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出し、税務署長の承認を受けていることから、審判があったことを知った日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求をすることによりアパートの敷地について小規模宅地等の特例を適用することができます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 未分割の宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用 (1) 申告期限において、宅地等の分割がされていない場合 被相続人又は被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族の居住の用又は事業の用に供されていた宅地等(以下「特例対象宅地等」といいます)であっても、相続税の申告書の提出期限(以下「申告期限」といいます)までに共同相続人又は包括受遺者によって分割されていないものについては、租税特別措置法第69条の4第1項に規定する「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」(以下「小規模宅地等の特例」といいます)を適用することはできません(措法69の4④本文)。 ただし、その分割されていない宅地等が、申告期限から3年以内に分割された場合には、その分割された宅地等については、この特例を適用することができます(措法69の4④ただし書き)。申告期限において未分割の宅地等について、3年以内に分割し、小規模宅地等の特例を適用しようとする場合には、相続税の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておきます(措法69の4⑦、措規23の2⑧六)。 (2) 申告期限から3年以内に宅地等の分割がされていない場合 相続税の申告期限から3年が経過するまでに分割されていない特例対象宅地等については、上記(1)のとおり、原則として、小規模宅地等の特例を適用することができません。 しかしながら、特例対象宅地等が申告期限から3年を経過するまでに分割されなかったことについて一定のやむを得ない事情がある場合に「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」(以下「承認申請書」といいます)を所轄税務署長に提出し、その承認を受けたときには、未分割であった特例対象宅地等の分割ができることとなった日から4ヶ月以内に分割がされれば、その特例対象宅地等について小規模宅地等の特例を適用することができることとされています(措法69の4④ただし書きのかっこ)。 2 遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書 上記1の承認申請は、相続税の申告期限から3年を経過する日の翌日から2ヶ月以内に、遺産分割により取得することとなる特例対象宅地等について小規模宅地等の特例を適用する可能性のある相続人等が、それぞれ提出します(措令40の2㉓、相令4の2)。相続税の申告期限から3年を経過した後に行われた遺産分割により、小規模宅地等の特例の適用要件を満たす宅地等を取得することができたとしても、この承認申請を行わなかった者は、小規模宅地等の特例を適用することはできません。 なお、同特例の適用を受ける相続人等が2人以上いるときは、実務的には、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」の様式(国税庁ホームページ)の「〇相続人等申請者の住所・氏名等」欄に各相続人等が連署して、税務署長に申請することが多いと思われますが、他の相続人等と共同して提出することができない場合は、各相続人等が別々に申請書を提出することとなります。 3 ご質問の場合 あなたは、相続税の申告書の提出期限から3年を経過した日の翌日から2ヶ月以内に承認申請書を提出していませんし、妹さんが提出した承認申請書にもあなたの住所氏名の記載はなかったとのことです(※)。そうしますと、たとえ、妹さんが税務署長の承認を受けたやむを得ない事由があなたと共通のものであったとしても、あなたの特例の適用に関して、あなたがやむを得ない事由がある旨の税務署長の承認を得ているわけではありませんので、あなたが審判の確定により取得した自宅建物の敷地について小規模宅地等の特例を適用することはできません。 なお、妹さんは、承認申請書を提出し、税務署長の承認を受けていることから、取得したアパートの敷地が貸付事業用宅地等に該当すれば、審判があったことを知った日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求をすることにより小規模宅地等の特例を適用することができます。 (※) 妹さんが提出した「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」の「〇相続人等申請者の住所・氏名等」欄にあなたの住所氏名が記載されていたならば、あなたも妹さんとともに承認申請を行ったこととなります。ただし、この場合、あなたの承認申請の意思が前提であり、明示又は黙示によるあなたの意思がなく、同欄にあなたの住所氏名が記載されていた場合については、厳密にいえば、あなたの承認申請が有効ではないといえます。なお、令和3年度の税制改正(税務関係書類における押印義務の見直し)を受けて、令和3年4月1日付課資6-11による資産税事務提要(様式編)の改正により、同様式の「相続人等申請者の住所・氏名等」欄の押印が廃止されました。この結果、主たる申請者以外の相続人等の連署の認識が希薄になったのではないかと思われます。 (了)
〈経理部が知っておきたい〉 炭素と会計の基礎知識 【第10回】 「用語を確認しよう!」 -サステナビリティ情報・ESG情報・気候関連情報- 公認会計士 石王丸 香菜子 上場企業を中心に、サステナビリティ情報の開示が普及しています。サステナビリティ・レポートや統合報告書、ウェブサイトなどにおける任意開示が行われるほか、2023年3月期からは法定開示書類である有価証券報告書にも「サステナビリティに関する考え方及び取組」の欄が導入されています。2025年3月、我が国のSSBJ(サステナビリティ基準委員会)から3つのサステナビリティ開示基準(※1)が公表されました。これらの基準の公開草案にコメントを寄せた団体・個人は100超。注目の高さをうかがい知ることができますね。今後プライム市場の上場企業は、これらの基準に準拠してサステナビリティ情報を有価証券報告書で開示することが求められるようになる見込みです。 こうした動向を背景に、有価証券報告書における財務情報の作成を担う経理部も、サステナビリティ情報開示の概要を把握する必要性が高まっています。本連載の後編では、経理部の方を主な対象として、サステナビリティ情報開示のうち気候関連開示の概要をやさしく学びます。 それでは、「サステナビリティ推進室」を立ち上げたばかりのジャーナル食品社をのぞいてみましょう! (※1) 「サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」」 「サステナビリティ開示テーマ別基準第1号「一般開示基準」」 「サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」」 〔ジャーナル食品社の登場人物〕 * * * 上場企業を中心に、組織内にサステナビリティ推進室(推進部)を設ける事例が増えています。 サステナビリティ推進室は、主に、サステナビリティに関連する経営戦略の立案・推進や、サステナビリティ情報の開示などの業務を担当する部署です。従前の組織にはない部署のため、立ち上げ当初は既存部署の一部であったり、メンバーが他部署と兼任したりする事例も多いようです。 * * * * * * 「持続可能性」を意味する「サステナビリティ(Sustainability)」。 1987年に国連の「環境と開発に関する世界委員会」により公表された報告書「Our Common Future」の中でsustainable development(持続可能な開発)という表現が用いられて以降、サステナビリティは社会に広く浸透する概念となりました。 サステナビリティは、環境保全や社会的公正と経済発展のバランスを取りながら、持続可能な状態を実現することを指します。 * * * (※2) CSR:Corporate Social Responsibilityの略。企業が果たすべき社会的責任のこと。 * * * 2006年、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)と国連グローバル・コンパクト(UNGC)は、PRI(Principles for Responsible Investment;責任投資原則)を策定しました。PRIは、投資活動において環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)という3つの要素を考慮することで、長期的なリターンと持続可能な社会を両立させることを目的とするものです。PRIには多くの機関投資家(保険会社・年金基金・投資顧問会社などの大口の投資家)が署名しています(※3)。 (※3) 2024年9月末時点でPRIへの署名機関は5,300を超える。日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も2015年に署名している。 * * * * * * ESG投資の拡大は、企業がサステナビリティに関する取り組みを積極的に行う理由の1つとなっています。 * * * * * * 金融庁から公表された資料(※4)によれば、サステナビリティ情報には、例えば、環境、社会、従業員、人権の尊重、腐敗防止、贈収賄防止、ガバナンス、サイバーセキュリティ、データセキュリティなどに関する事項が含まれ得るとされています。 (※4) 金融庁「記述情報の開示に関する原則(別添) ―サステナビリティ情報の開示について― 」 * * * * * * なお、米国ではいわゆる「反ESG」の動きも存在し、2025年のトランプ大統領就任を引き金に、この動きが急加速しています(※5)。 (※5) 例えば、米国大手金融機関がネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)から相次いで脱退するといった動向がある。NZBAは、銀行の投融資ポートフォリオのGHG排出量をネットゼロにすることを目指す国際的な金融機関の連携組織をいう。 * * * 企業によるサステナビリティへの取り組みに関して登場する概念の1つに「マテリアリティ(materiality)」があります。 マテリアリティは、さまざまなサステナビリティ課題のうち自社が優先的に取り組むべき「重要課題」を指しますが、サステナビリティ情報の開示という文脈では、開示すべき情報を判断するための「重要性」を意味します。 重要性がある(material)情報は、開示が必要と判断されます。 マテリアリティには、主に「シングル・マテリアリティ」と「ダブル・マテリアリティ」という2つの考え方があります。 シングル・マテリアリティは、環境や社会といった要素が企業の財務面にどのような影響を与えるかという視点で、情報の重要性を判断するものです。 一方、ダブル・マテリアリティは、先述の影響に加え、企業の事業活動が環境や社会にどのような影響を与えるかという視点も合わせて、情報の重要性を判断するものです。 * * * * * * 開示するサステナビリティ情報の利用者として主に投資家を想定する場合、投資家は自らの投資意思決定に資する情報にニーズを持つことから、シングル・マテリアリティの考え方がなじみます。 一方、投資家以外にもさまざまな利害関係者を利用者として想定する場合は、企業活動が環境や社会に及ぼすインパクトに関する情報へのニーズもあるため、ダブル・マテリアリティの考え方が採られます。 * * * * * * Q 企業が開示するサステナビリティ情報って何? A サステナビリティは、環境保全や社会的公正と経済発展のバランスを取りながら、持続可能な状態を実現することを指します。企業が開示するサステナビリティ情報は、中長期的な持続可能性に係る広い情報を指し、環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)の要素が中核となっています。気候関連情報は、サステナビリティ情報のうち環境の要素に属する情報の1つです。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第67回】 「定期借地権設定契約に登場する前払地代方式の特徴」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 定期借地権設定契約を締結する際に、権利金や保証金に代えて前払地代方式を採用するケースが増えています。 前払地代方式とは、文字どおり地代の一部または全部を一括して前払いする方式です。 税理士の方々を前にこのようなお話をするのは恐縮ですが、前払方式が採用されている契約では税務処理に特徴がみられるため、不動産鑑定士としても関心を集めるところとなっております。 今回は、定期借地権設定契約に登場する前払地代方式の特徴と鑑定評価のかかわりについて述べてみたいと思います。 2 前払地代方式とは 定期借地権の特徴として、次の点が鑑定評価における留意事項としてあげられています(不動産鑑定評価基準運用上の留意事項Ⅷ.1.(3).③)。 定期借地権は平成4年8月1日から施行された借地借家法に根拠を置くものであり、それ以前に(=旧借地法の時代に)設定された借地権にみられるような権利金の授受が行われている例はきわめて少ないといえます。これに代えて多く授受されてきているのが前払地代というものです。 ちなみに、ここにいう前払地代とは、地代の一部または全部を一括して前払いした場合の一時金のことを指します。特に定期借地権の前払地代については、これが契約期間にわたって賃料の一部または全部に充当される仕組みとなっています。 3 前払地代方式が採用された背景 定期借地権にかかる前払地代方式が採用された背景として、税務上の取扱いが明確にされたことが指摘されています。これは、平成16年12月16日付で国土交通省土地・水資源局長より発出された「定期借地権の賃料の一部又は全部を前払いとして一括して授受した場合における税務上の取り扱いについて(照会)」に対してなされた平成17年1月7日付国税庁課税部長による回答によるものです。 すなわち、契約期間の満了前における契約解除または中途解約時の未経過部分に相当する金額の借地権者への返還等を取り決めている場合には、契約時に一時金として授受されていても、当該年分の賃料に相当する金額での税務処理が可能となっているためです。これに伴い、平成26年の不動産鑑定評価基準改正時には、定期借地契約において授受される前払地代を新たな一時金として位置付けています。 4 不動産鑑定士の目からみた前払地代方式の特徴 不動産鑑定評価基準の考え方に基づけば、旧借地法の下においては、実際に授受している地代がその土地の時価(経済価値)に見合った地代と比べて著しく低廉であることから、借地権者に借り得部分(経済的利益)が生じ、これが借地権価格を構成する大きな源泉となるというとらえ方が1つの拠り所とされていました。 しかし、前払地代方式で賃料の一部を一括前払いしている場合には、期間が経過するごとに前払地代のうちの一年分がその年の地代に加算されるため、ケースによっては借り得部分が生じなくなる場合も考えられます。特に、事業用定期借地権については契約時に設定した賃料の利回りが高い事例も見受けられることから、これに前払分が加算された場合には然りです。 加えて、借地権設定の対価としての性格を有する一時金(権利金)も授受されていない状況では、定期借地権は旧借地法の下における借地権と比べて経済的基盤の上でも弱い面があり、定期借地権の価格の存在を裏付ける根拠は希薄となります 5 不動産鑑定士の価値判断を難しくさせている要因 定期借地権の経済的側面に関しては上記のとおり様々な問題点が指摘されますが、不動産鑑定士にとっても価値判断を難しくさせている要因が他にも潜んでいます。 すなわち、定期借地権といえども、契約期間の長短はあるものの普通借地権(旧借地法の下における借地権も含めて)と同様に「土地を長期間占有し、独占的に使用収益し得る借地権者の安定的利益」(※)を有しているといえるからです。その反面、定期借地権はその性格からして、ある一定期間を経過すれば契約期間の満了時期が近づくにつれてその価値がゼロに近づくというとらえ方も合理性を有するといえます。 (※) 「借地権の価格は、借地借家法(廃止前の借地法を含む。)に基づき土地を使用収益することにより借地権者に帰属する経済的利益(一時金の授受に基づくものを含む。)を貨幣額で表示したものである。 借地権者に帰属する経済的利益とは、土地を使用収益することによる広範な諸利益を基礎とするものであるが、特に次に掲げるものが中心となる。 ア 土地を長期間占有し、独占的に使用収益し得る借地権者の安定的利益 イ 借地権の付着している宅地の経済価値に即応した適正な賃料と実際支払賃料との乖離(以下「賃料差額」という。)及びその乖離の持続する期間を基礎にして成り立つ経済的利益の現在価値のうち、慣行的に取引の対象となっている部分 」(不動産鑑定評価基準各論第1章第1節Ⅰ.3.(1).①) 定期借地権の経済的性格に関しては上記のとおり相反する側面も混在し、さらに前払地 代方式も採用されていることを踏まえれば、不動産鑑定士としては今後の市場動向や定期借地権の取引事例による検証に十分な留意を払う必要があると考えています。 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第26回】 「相続登記について」 ~遺産分割協議書の作成~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 相続人の確定や財産調査が終われば遺産の名義変更などの承継手続を行っていくことになる。遺言書があれば遺言書に基づいて行うことになるが、ない場合には遺産分割を行うことになる。税務申告のために税理士が遺産分割協議書の作成をサポートすることがあると思われるが、不動産の名義変更である相続登記の観点から注意点を解説する。 1 不動産の記載は登記記録に合わせる 税理士が案文を作成した遺産分割協議書に基づいて相続登記の依頼を受けることがあるが、不動産の記載が不適切で相続登記には利用できないケースがある。代表的な例は、不動産の記載が「住居表示」で記載されている場合である。 【住居表示で不動産が記載されている遺産分割協議書の例】 このような記載方法だと、法務局では地番、家屋番号などにより不動産を管理しているため、不動産の特定ができないとして登記を進めてもらえないことがある。 また、本記載例のように「自宅」、「マンション」のような記載ぶりだと、建物だけを相続するのか、敷地を含むのかが判然としない。法務局に指摘されると、改めて遺産分割協議書の作成が必要になるため注意が必要である。 【登記記録に準じて不動産が記載されている遺産分割協議書の例】 2 分譲マンションの敷地権の記載に注意 遺産にいわゆる分譲マンション(区分建物)が含まれる場合も、不動産の記載に注意が必要である。 分譲マンションは建物については一室ごとに独立した登記記録が存在する。土地については、建物の所有者で共有することになるが、全共有者を記載すると登記記録の判読が困難になる。建物所有者が100人存在する場合、土地の登記記録には100人の共有者が記載されることをイメージすると、困難さがイメージしやすいだろう。 そのため、通常は分譲マンションの土地の権利については、「敷地権化」という措置がされていることが多い。これは建物の登記記録に「敷地権」として、土地の利用権を一体化させることである。 分譲マンションの登記記録を見たことがある人であれば、「敷地権」という記載がされているのを目にしたことがあるだろう。 【分譲マンションの登記記録例】 遺産分割協議書に分譲マンションを記載する際には、登記記録にある「一棟の建物の表示」や「敷地権」の記載を行わないと登記ができないことになるため注意が必要である。 【分譲マンションの遺産分割協議書への記載の仕方】 3 不動産の利用状況に応じた遺産分割をしたい場合 税理士が作成をサポートした遺産分割協議書では、1筆の土地を利用状況に応じて承継者を定めているものを見ることがある。例えば、以下のような記載である。 【1筆の土地について利用状況に応じて承継者を定めている例】 このような記載方法でも、当事者間で合意ができているのであれば、遺産分割協議書自体は有効といえるのかもしれないが、1筆の土地を利用状況に応じて所有者を登記することは登記制度としてできないため、相続登記には使用できないことになる。 もし、利用状況に応じて不動産を承継させたいのであれば、分筆を行ったうえで相続登記を行うなどの対応が必要となる。 4 遺産分割協議書に司法書士のチェックを 本稿で紹介したように、遺産分割協議書には相続登記の観点から様々な注意点がある。顧客からすれば「税理士のサポートを受けた遺産分割協議書であれば安心だ」と考えることが通常であると思われる。 もし、相続登記に使用できないとなると信頼を損ねる可能性もあるため、不安がある場合には司法書士のチェックを受けるとよいだろう。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第25回】 「年金制度改正法の成立と適用拡大」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇財政検証の結果と年金制度改正の背景 6月13日に年金制度改正法が成立しました。今回の改正は2024年に実施された財政検証の結果を踏まえて立案された極めて重要な改正です。 今般の財政検証では、厚生年金の財源が適用拡大により社会保険加入の就労者が増えたことで大きく改善され、マクロ経済スライド終了の目処がたったこと、一方で、国民年金の財源の脆弱さが明らかになりました。 そのため、適用拡大は事業規模を問わずにスピード感をもって展開することと基礎年金の底上げの必要性が昨年末から頻繁に議論されるようになりました。しかしその後SNS等で異議を唱える声が大きくなったこともあり、基礎年金の底上げの検討は5年後の財政検証に持ち越され、「あんこの入っていないあんパン」と揶揄されました。 また年金財源の改善に寄与した適用拡大の推進は当初のスケジュール展開のスピードを大幅にスローダウンすることになりました。 〇適用拡大の2つの目的 適用拡大には2つの目的があります。1つは、社会保険加入要件を拡大することにより、短時間労働であったとしても厚生年金に加入させ、将来の低年金者の発生を防ごうというものです。この目的の推進は事業規模の大きいところから実行され、その成果が今回の財政検証で明らかになったところです。 そのため今後の適用拡大は、労働時間が同じであれば、勤め先の事業規模によって厚生年金への加入の可否に差がつくことなく公平にしていこうという、2つ目の目的に移行しています。 〇現行の社会保険加入要件とその変更 適用拡大は、厚生年金加入の要件を「年収130万円から106万円に引き下げる」ことで進めていますが、詳しくは以下の4つの条件を満たすことが社会保険に加入する要件です。 厚生年金に加入ができると老齢基礎年金(国民年金)の上乗せで老齢厚生年金を受給できるため、低年金を防ぐことができます。また、障害厚生年金や遺族厚生年金も受けられるので保障も手厚くなりますし、健康保険にも加入できるので、傷病手当金や出産手当金など被用者保険の給付のメリットも受けられます。さらにこれまで国民年金に加入していた第1号被保険者については、厚生年金加入により会社が保険料を半分負担してくれるため、今までより個人で負担する社会保険料が軽減されます。 前述した4つの要件のうち、②の給与が88,000円以上という要件は、今後3年以内に撤廃の見通しです。これは最低賃金が上がると、労働時間が週20時間に達しなくとも給与が88,000円以上になるためです。これに伴い、今後社会保険加入の要件は、①週の勤務が20時間以上であることと、よりシンプルになります。ただし、これは最低賃金の上昇が前提であるため、そのタイミングは確定していません。 〇適用拡大の展開スケジュール これまでの適用拡大の実施は事業規模別に進んできました。2016年10月からは従業員501人以上の企業、2022年10月からは従業員101人以上の企業、2024年10月からは従業員51人以上の企業で導入されました。 そして今後は50人以下の企業に10年の月日をかけて展開されていきます。 具体的には、36人以上の企業は2027年10月から、21人以上の企業は2029年10月から、11人以上の企業は2032年10月から、10人以下の企業は2035年10月からとなります。ただし、このスケジュールに則らずとも、労使合意に基づき加入することも可能です。 〇個人事業所の取扱い また今回の改正では、常時5人以上の者を使用する個人事業所は、現在の17種類(※)に限らず全業種の事業所が社会保険に加入することになりました。しかし例外として、2029年10月時点ですでに存在している事業所は当分の間対象外となりました。また5人未満の個人事業所は現行通り社会保険加入の対象外のままとなりました。 (※) 法律で定める17種類 ①物の製造、②土木・建設、③鉱物採掘、④電気、⑤運送、⑥貨物積卸、⑦焼却・清掃、⑧物の販売、⑨金融・保険、⑩保管・賃貸、⑪媒介周旋、⑫集金、⑬教育・研究、⑭医療、⑮通信・報道、⑯社会福祉、⑰弁護士・税理士・社会保険労務士等の法律・会計事務を取り扱う士業 〇適用拡大が進まない理由 このように今回の年金法改正においては、財政検証で効果が確認され進めるべきであると明言された適用拡大が10年という長い時間をかけて小規模事業所に展開していくことになりました。また「すべての働く人に等しい厚生年金加入要件を」という目的は果たされることなく例外が残ることになりました。 適用拡大のさらなる展開に時間を要しているのは、社会保険料の負担が重くのしかかる小規模事業を経営する事業主への配慮もありますが、いわゆる専業主婦などの「扶養から外れたくない、外れたら損だ」という声の強さもあるようです。いわゆる「年収の壁」による雇い控え、働き控えです。 〇短時間労働者への支援措置 しかし、昨今は人材不足です。少しでも年収の壁による雇い控え、働き控えを解消しようと、今回の改正では社会保険の加入拡大の対象となる短時間労働者を支援するため、特例的・時限的に保険料負担を軽減する保険料調整の措置を実施することになりました。 対象は、従業員数50人以下の企業などで働き、企業規模要件の見直しなどにより新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者であって、標準報酬月額が12.6万円以下である方です。 社会保険料は労使折半ですが、この措置の利用を希望する事業主は、事業主の負担割合を増やし、被保険者の負担を軽減することができます。また事業主が追加負担した分については、その全額を制度全体で支援することになっています。 3年間だけの時限措置ではありますが、これを機に短時間勤務の従業員の処遇を見直し、働く環境を整えていきたいという事業者にとってはメリットのある仕組みと言えるでしょう。 以上今回は、今般成立した年金制度改正法から適用拡大について抜粋してお伝えしました。小規模事業所への適用拡大は、今後確実に進んでいきますので制度理解の参考にしていただけましたら幸いです。 (了)
《速報解説》 国税庁が「移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチのFAQ」を公表 ~当面の間の日本での簡素化・合理化アプローチの不実施と税務上の取扱いを明らかに~ 税理士 水野 正夫 国税庁はこのほどホームページ上で「移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチに関するFAQ(令和7年6月)」を掲載し、計5問の質疑応答を公表した。 移転価格税制の適用に係る「簡素化・合理化アプローチ」(いわゆる「利益B」のことで、基礎的マーケティング・販売活動を行う販売会社の国外関連取引のうち一定の基準を満たした取引に対し、移転価格税制の適用の簡素化・合理化を図るもの)がOECD移転価格ガイドラインに追加・公表され、簡素化・合理化アプローチを実施した国・地域は、2025年1月1日以後に開始する事業年度から、対象となる取引に対して簡素化・合理化アプローチを適用できることとされており、日本において簡素化・合理化アプローチを採用するか否かが注目されていた。 FAQでは、日本において、当面の間、簡素化・合理化アプローチを実施しないことを明らかにする(問1)とともに、日本法人の国外関連者(子会社等)が所在する進出先国・地域において簡素化・合理化アプローチが実施される可能性があることから、日本の税務上の取扱いについて、従来の独立企業間価格の算定方法を用いて独立企業間価格を算定することを以下のとおり確認しており、留意が必要である。 (了)
《速報解説》 JICPAから「金融課税の論点整理」についての研究報告が公表される ~信託型ストックオプションに関する問題点も指摘~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年6月19日付けで(ホームページ掲載日は2025年7月16日)、日本公認会計士協会は、「金融課税の論点整理」(租税調査会研究報告第41号)を公表した。 これは、主として個人の所得税を中心にした金融課税について整理したものである。所得税の原理原則は所得区分に応じた課税であり、金融商品がどの所得区分に該当するかによって課税制度も異なり、実態課税論としてはかなり複雑な体系となっているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 論点整理は表紙を含めて92ページあり、主な内容は次のとおりである。 1 信託型ストックオプション ストックオプションに関する課税を検討し、信託型ストックオプションについての問題も指摘している。 2023年5月(最終改訂2023年7月)に国税庁が「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を公表しているが、信託型ストックオプション(税制非適格)の課税について、国税庁の見解は、法人課税信託の課税の考え方を否定するものであり、納税者との意見対立となっていることなどをあげ、信託型ストックオプションについては、課税上の取扱いをQ&Aだけで終わらせるのではなく、租税法律主義の観点からも、納税者が納得できるように法人課税信託の制度や税制非適格ストックオプションの制度などの課税関係と整合性がとれた法整備が望まれるとしている。 2 デリバティブ デリバティブ取引に関する課税を検討し、論点は大きく分離課税の対象範囲と他の金融所得との損益通算があるとし、デリバティブ取引のほかの金融所得との損益通算範囲の拡大は、租税回避行為という問題の存在を踏まえつつも進めていく必要があると考えられるとしている。 3 暗号資産 暗号資産に関する課税を検討し、論点の中心は所得区分と金融所得課税の一体化としている。 暗号資産課税に関する見直しは、着実に進めていくべきであると考えるとしつつ、例えば、暗号資産について分離課税が認められるとした場合のその範囲の問題なども指摘している。 (了)
令和7年度税制改正に関する 《資料リンク集》 このページでは「令和7年度税制改正」に関し各府省庁・主な団体等から公表された情報ページへのリンク先をまとめています。 新たな情報の公表により、随時更新します。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
《速報解説》 公認会計士・監査審査会が 「監査事務所検査結果事例集(令和7事務年度版)」を公表 ~循環取引及びサイバーセキュリティリスクへの対応を掲載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025(令和7)年7月7日、公認会計士・監査審査会は、「監査事務所検査結果事例集(令和7事務年度版)」を公表した。 今回の事例集の特徴は次のとおりである。 事例集は、公認会計士・監査審査会が行う監査事務所の検査で確認された指摘事例等を取りまとめたものであり、基本的に、監査事務所に関する内容である。 本稿では、事例集に記載された事項のうち、一般事業会社における会計処理等においても参考になると考えられるものを紹介する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 取締役、監査役等、投資者等による活用を期待 事例集では、上場会社等の取締役・監査役等や投資者等に対する監査に関する参考情報の提示という観点から、審査会検査で確認された幅広い指摘事例をできるだけ分かりやすく記載している。 そのほか、監査事務所の改善取組などにおいて評価できる取組例も取り入れているので、会計監査人の適切な評価のために、是非参考にしていただきたいとのことである。 Ⅲ 個別業務における「問題となった事例」 事例集は、次のような事例について述べている。 (了)