〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第17回】 「フリーランスと労災保険給付・安全配慮義務」 〈情報通信業・IT〔Q6〕〉 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 木原 康雄 【Q】 システム開発の案件によっては、社外のフリーランスのITエンジニアと業務委託契約を締結する場合があります。フリーランスが業務を遂行する上で傷病に罹患した場合、労災保険給付の対象となるのでしょうか。また、当社が安全配慮義務違反を問われることはあるのでしょうか。 【A】 当該フリーランスが労災保険に任意加入(特別加入)していた場合や、実質的な使用従属性が認められ、当該フリーランスが「労働者」に該当すると判断された場合には、労災保険給付の対象となります。また、当該フリーランスとの間に特別な社会的接触関係があった場合には、安全配慮義務違反を問われ得ます。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 労災保険の特別加入制度 発注事業者と業務委託契約を締結して業務を遂行しているフリーランスは、原則として、当該発注事業者との間に労働(雇用)契約関係がなく、「労働者」(労災保険法7条)には該当しないため、労災保険給付を受けることはできない。 ただし、ITフリーランスは、特別加入団体を通じて労災保険に任意加入することができる(特別加入制度。なお、令和6年11月1日のフリーランス法の施行に伴い、企業等から業務委託を受けているフリーランス(特定フリーランス事業)について業種・職種を問わず特別加入することができるようになっている)。したがって、特別加入をしている場合は、フリーランスは労災保険給付を受けることができる。 2 フリーランスと「労働者」性 前記のとおり、フリーランスは「労働者」に該当しないのが原則であるが、例外的に、業務委託契約という形式にかかわらず、発注事業者との間に実質的な使用従属性が認められる場合には、フリーランスも「労働者」に該当し、労災保険給付の対象となる。 使用従属性とは、労働が他人の指揮監督下において行われていること、すなわち、他人に従属して労務を提供していること、及び、報酬が「指揮監督下における労働」の対価として支払われていることをいうが、その判断基準については、昭和60年12月19日労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)が下記のとおり整理している。 また、厚生労働省の下記HP「労働基準法における「労働者」とは」には、フリーランス向けの「働き方の自己診断チェックリスト」も掲載されている。 上記チェックリストは、もちろん発注事業者にとっても有用なものである。業務委託契約という形式を逸脱した関係になっていないか、定期的なチェックをお勧めする。 3 フリーランスに対する安全配慮義務 使用者には、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務があり(安全配慮義務、労働契約法5条)、同義務を怠ったことによる労働者の傷病について、使用者は損害賠償義務を負う。 フリーランスの場合、前記2の実質的な使用従属性が認められないときには、原則として「労働者」に該当せず、したがって発注事業者は安全配慮義務を負わない。 もっとも、①発注事業者の設備等の利用、②事実上の指揮監督、③発注事業者の労働者との作業内容の同一性等の事情があり、雇用契約に準ずるような特別な社会的接触関係にあると認められる場合には、例外的に、発注事業者はフリーランスに対し安全配慮義務を負うものと解される(自衛隊車両整備工場事件・最三小判昭和50年2月25日民集29巻2号143頁、三菱重工業神戸造船所事件・最一小判平成3年4月11日集民162号295頁等)。 実際に、アムール事件・東京地判令和4年5月25日労判1269号15頁では、ウェブサイトの運用等にかかる業務委託契約を締結していたフリーランスに対し、発注事業者の代表者がパワハラ及びセクハラを行ったことについて、発注事業者の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任が認められている。 以上から、業務委託契約関係であったとしても、フリーランスとの間に特別な社会的接触関係がある場合には、発注事業者は安全配慮義務を負い、その懈怠によりフリーランスが傷病に罹患したときは、同義務違反に基づく損害賠償責任を負い得ることになる。 (了)
▼ ▼ ▼ 解説 ▼ ▼ ▼ 1 特定運送委託の追加 下請法では、発荷主から運送委託を受けた運送事業者が、当該運送業務を別の運送事業者に再委託する場合に、当該再委託に係る運送委託取引(下請取引)については、役務提供委託として下請法が適用されてきた。一方、発荷主が着荷主から発注を受けた物品等について運送事業者に対して運送業務を委託する取引(元請取引)は、発荷主が引渡しの履行のために自ら用いる役務として自家使用役務にあたり、下請法の適用対象外とされてきた。 しかしながら、このような自家使用役務にあたる運送取引においても、立場の弱い運送事業者が長時間の荷待ちや契約にない荷役などの附帯作業を無償で行わされているなどの実態があり、これが深刻な社会問題となっていることなどを背景として、取適法は、自家使用役務にあたる運送取引の一部を、「特定運送委託」として、新たに取適法の適用対象とした。 「特定運送委託」とは、「事業者が業として行う販売、業として行う製造若しくは業として請け負う修理の目的物たる物品又は業として請け負う作成の目的たる情報成果物が記載され、記録され、若しくは化体された物品の当該販売、製造、修理又は作成における取引の相手方(当該相手方が指定する者を含む。)に対する運送の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること」をいい(取適法第2条第5項)、条文上、「特定運送委託」に該当する取引は、「販売等の取引の目的物を取引の相手方に対して運送する場合の運送委託」に限定されている。 このように特定運送委託取引の対象範囲が限定された趣旨は、実質的に運送の再委託にあたるといえるものを対象とする点にある。すなわち、発荷主は、顧客である着荷主との間で取り決められた指定場所に納品する業務を運送事業者に外部委託しているという取引構造に鑑みると、実質的に発荷主は顧客から受託した販売の目的物等の運送業務を運送事業者に対して再委託していると位置付けることも可能であることから、取適法においては、そのような運送委託取引が「特定運送委託」として新たに対象取引に追加されることとなった。 なお、ここにいう「運送」には、運送と一体的に行われる養生作業、固縛、シート掛け等は原則として含まれるものの、運送以外の荷積み、荷下ろし、倉庫内作業等の附帯業務は含まれない(テキスト33頁「Q39」参照)。 2 4条明示と貨物自動車運送事業法の書面交付義務との関係 特定運送委託の導入によって、発荷主である委託事業者は、これまで下請法の適用対象外であった自家使用役務にあたる運送取引の発注においても、規模要件(資本金基準・従業員基準)を満たす限り、取適法の遵守が必要となる。そのため、発注時には、発注内容等の明示義務が課される(4条明示・取適法第4条第1項)。 一方で、貨物自動車運送事業法は、真荷主(自らの事業に関して貨物自動車運送事業者との間で運送契約を締結して貨物の運送を委託する者であって、貨物自動車運送事業者以外のもの)と一般運送事業者が運送契約を締結する際には、当事者は法定の事項が記載された書面を相互に交付しなければならない旨規定している(12条書面・貨物自動車運送事業法第12条第1項)。 12条書面の交付義務の対象は、「特定運送委託」のように、「販売等の取引の目的物を取引の相手方に対して運送する場合の運送委託」といった限定がないことから、「特定運送委託」よりも範囲が広く、通常、「特定運送委託」に該当する場合は、貨物自動車運送事業法第12条第1項の適用がある。 したがって、特定運送委託に該当する取引を発注する際には、通常、取適法に基づく4条通知に加え、貨物自動車運送事業法に基づく12条書面の交付も行う必要がある。4条明示は12条書面を兼ねることができるとされているため(パブコメNo.103)、両者を別個に作成する必要はないが、4条明示の明示事項と12条書面の記載事項は完全には一致しないため、両者の要件を満たす記載をする必要がある点に留意しなければならない。 3 設例の検討 設例①は、「販売等の取引の目的物を取引の相手方に対して運送する場合の運送委託」に該当するため、規模要件(資本金基準・従業員基準)を満たす限り、取適法の適用対象となる。したがって、当社は、当該運送委託取引にあたって、取適法を遵守しなければならない。 設例②のように同一法人の拠点間運送(いわゆる「横持ち」)は、「取引の相手方に対する運送」とはいえず、特定運送委託には該当しないため、取適法の適用対象外となる。ただし、特定の取引先向けに仕分けられた製品を当該取引先に対して運送する際に、自社の拠点をその運送経路の一部として経由するような場合には、自社の拠点間の運送であっても、特定運送委託に該当し、取適法の適用対象となり得る(テキスト33頁「Q38」参照)。 設例③は、「販売等の取引の目的物」の運送とはいえず、特定運送委託には該当しないため、取適法の適用対象外となる。同様に、中元・歳暮等の贈与に係る物品、無償のサンプル品、ダイレクトメール、連絡文書等の運送委託も、「販売等の取引の目的物」の運送とはいえず、特定運送委託には該当しない(テキスト32頁「Q36」参照)。 なお、委託先である運送事業者が、着荷主側の要請によって委託内容にはない荷役または荷待ちを余儀なくされた場合であっても、例えば、着荷主側から要請を受けた運送事業者が、委託事業者である発荷主に対してその対応の要否を確認し、発荷主の指示に基づいて荷役または荷待ちを行った場合など、取引の実態によっては、委託事業者である発荷主が運送事業者に対して不当な経済上の利益を提供させたと評価されて取適法上問題となる可能性もあるため、この点は留意が必要である。 委託事業者としては、着荷主の要請に応じて運送事業者が提供すべき役務があるときは、その内容及び対価等の条件についてあらかじめ明確にし、運送事業者との間で十分に協議をしたうえで、その具体的な内容を発注時点で明示しておくことが望ましい(テキスト34頁「Q42」参照)。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例116】 フクダ電子株式会社 「当社代表取締役会長による経費の不適切利用等と再発防止策に関するお知らせ」 (2026.5.14) 公認会計士/開志創造大学大学院事業創造研究科教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、フクダ電子株式会社(以下「フクダ電子」という)が2026年5月14日に開示した「当社代表取締役会長による経費の不適切利用等と再発防止策に関するお知らせ」である。同社の代表取締役会長の福田孝太郎氏(以下「福田氏」という)による経費の不適切利用等が判明したため、再発防止策を講じることにしたという内容である。 2 唐突かつシンプルな開示 通常、役員による経費の不適切利用等の疑いがあった場合、その調査の実施(通常は調査委員会を設置)に関する開示を行ったうえで、調査結果を開示するものである。しかし、フクダ電子の場合、何の前触れもなく、いきなり今回の開示が行われた。 しかも、たった2頁のシンプルな開示である。福田氏による経費の不適切利用等の内容については、「本不適切利用等の概要」として1頁の半分ほどの記載で終わっている。 3 なぜ今? 名前からわかるように、福田氏はフクダ電子の創業家出身である。そして、同社の第78期有価証券報告書によると、福田氏は同社の株式を19.40%所有し、筆頭株主である。なお、大株主の中には福田氏の親族と思われる方がいて、その方の所有株式と合わせると、出資比率は20%を超える。 また、福田氏は、1985年から実に40年以上にわたって同社の代表取締役の地位にいる。創業家出身、筆頭株主、代表取締役を40年以上とくれば、会社の中では誰も逆らうことができない絶対的な権力者であろうことは容易に想像できる。 今回の開示の「本不適切利用等の概要」に記載された、福田氏による経費の不適切利用等の概要は、以下のとおりである。 どれも、絶対的な権力者だからこそ行うことができた経費の不適切利用等といえる。会社の中では黙認されていたはずである。なぜ今になって急に明らかにしたのだろう。 4 監査役会による調査 今回の開示の主文には、次の記載がある。「対象者」は福田氏である。なお、「当社から独立した外部専門家」が誰なのかは明らかにされていない。 これまでフクダ電子の監査役の方々は、福田氏による経費の不適切利用等に気付かなかったのだろうか。本当にそうだとしたら、監査役としてぼんやりし過ぎであり、任務懈怠と言われても仕方ないように思われる。 あるいは、新たに就任した監査役の方が気付いて、声を上げたのだろうか。そういうわけでもないようである。同社の第78期有価証券報告書によると、同社の監査役3名のうち、1名は2016年6月、2名は2020年6月に就任である。最近新たに就任した方はいない。 5 穏便な処分 福田氏は、今回の不適切利用等に係る費用をフクダ電子に返納したうえで、6か月間、役員報酬を60%自主返納するとのことである。極めて穏便な処分といえるだろう。通常、今回のような経費の不適切利用等が判明した場合、取締役会は代表取締役を解職したうえで、取締役の辞任を勧告するはずである。この処分の内容からも、福田氏が絶対的な権力者であることがうかがえる。 また、福田氏だけでなく、他の取締役や常勤監査役までもが役員報酬を自主返納するとされている。「『代表取締役会長を含む取締役による公私混同の防止策の構築』が不十分であり、その経営責任を明確化する必要性から」とのことだが、福田氏への配慮のように見えなくもない。 6 ファンドによる追求を回避するため? 2026年5月23日付日本経済新聞の記事「フクダ電子会長 経費不正 米ファンド、再任反対も」によると、米国のファンドのカナメキャピタルが、今回の福田氏による経費の不適切利用等について、フクダ電子に第三者委員会の設置や経営責任の再検討を求めたが、「いずれも予定していない」という回答を受け取ったため、再び第三者委員会の設置などを求めたとのことである。 フクダ電子は、いずれも同じタイトルだが、2023年5月15日に「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」を、2024年5月15日に「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」を、2025年5月15日に「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」を開示している。いずれの開示においてもJapan Absolute Value Fund L.P.から行われた株主提案について記載されているが、同ファンドはカナメキャピタルが運用しているものである。添付されている「株主提案書」では、福田氏のフクダ電子における独裁ぶりが批判されている。 おそらく福田氏による経費の不適切利用等については、カナメキャピタルから指摘されたのだろう。今回の開示は、カナメキャピタルから更なる追求を受けないために、先回りして行ったのかもしれない。しかし、その目論見は外れ、カナメキャピタルは、フクダ電子が第三者委員会の設置などに応じない場合、定時株主総会で取締役と監査役の再任反対を呼びかける方針であるとしている。 本稿執筆時点(2026年6月2日)では不明だが、今後、フクダ電子はカナメキャピタルの求めに応じるのだろうか。それとも、求めに応じず、定時株主総会で取締役や監査役が再任されないといった事態が生じるのだろうか。 (了)
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(令和7年10月~12月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、2026(令和8)年6月16日、「令和7年10月から12月までの裁決事例の追加等」を公表した。追加で公表された裁決は表のとおり、国税通則法関係と国税徴収法関係が各2件、相続税法関係が1件で、合計5件と、かなり少なくなっている。公表された裁決は、「全部取消し」が1件、「全部取消し・一部取消し・棄却」が1件、「棄却」が3件となっている。 【表:公表裁決事例令和7年10月から12月分の一覧】※本稿で取り上げた裁決 税目・税法 主に争点となった項目 裁決結果 国税通則法 ① 無申告加算税(実地調査通知後の期限後申告) 棄却 ② 重加算税 隠蔽、仮装の認定(認めなかった事例) 全部取消し 一部取消し 棄却 相続税法 ③ 更正の請求の特則 棄却 国税徴収法 ④ 無償又は著しい低額譲受人の第二次納税義務 全部取消し ⑤ 無償又は著しい低額譲受人の第二次納税義務 棄却 本稿では、公表された5件の裁決事例のうち、原処分庁による実地調査の事前通知後に期限後申告を行った審査請求人が、無申告加算税賦課決定処分の取消しを求めた事例(①)、請求人が、隠蔽又は仮装に該当する積極的な行為を行ったとは認められないとして取り消した事例(②)及び債務免除に係る求償債権の価額は零円であるとして債務免除により受けた利益の額は存しないとした事例(④)について、国税不服審判所の判断内容を概説したい。 なお、複数の争点がある裁決については、下記の概要の中で、その一部を割愛して、中心的な争点のみについて絞らせていただいたことを、あらかじめお断りしておく。 1 実地調査の事前通知を受けた後に期限後申告書を提出した審査請求人が、無申告加算税の賦課決定処分の取消しを求めたが、棄却した事例・・・① (1) 事案の概要 本件は、H社に勤務し、給与の支払を受けるとともに、J社に顧客の紹介又は情報の提供をすることにより、報酬の支払を受けていた審査請求人が、原処分庁所属の職員から実地の調査に係る事前通知を受けた後に、所得税等の期限後申告書を提出したところ、原処分庁が、当該期限後申告書の提出は、調査があったことによりされたものであるなどとして、無申告加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、当該期限後申告書の提出時において調査があったとはいえないなどとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 (3) 国税不服審判所の判断 本審判の中心的な争点である「争点2」について、国税不服審判所は、国税通則法第66条第1項括弧書の趣旨から、期限後申告書の提出が、「その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正又は決定があるべきことを予知してされたものでないとき」というのは、税務職員がその国税についての調査に着手して申告書の提出がなかったことが不適正であることを発見するに足るかあるいはその端緒となる資料を発見し、これによりその後の調査が進行し申告漏れの存することが発覚し更正又は決定に至るであろうということが客観的に相当程度の確実性をもって認められる段階に達した後に、納税者がやがて更正又は決定に至るべきことを認識した上で期限後申告を決意し、期限後申告書を提出したものでないことをいうものという解釈を述べた。 その上で、上記段階が到来していたか否か、「納税者がやがて更正又は決定に至るべきことを認識した上で期限後申告を決意し期限後申告書を提出したものでない」といえるか否かについては、調査の内容・進捗状況、それに関する納税者の認識、期限後申告に至る経緯、期限後申告と調査の内容との関連性等の事情等を総合考慮して判断すべきであるとした。 これらのことより、国税不服審判所は、事実認定及び各事情を踏まえ総合考慮して判断すると、請求人に対する調査は、各期限後申告の時点において、請求人がJ社から受けた報酬について確定申告をしていない不適正なものであることが発覚し決定に至るであろうということが客観的に相当程度の確実性をもって認められる段階に達していたというべきであり、また、事前通知を受けて、調査の内容及び進捗に関して一定の認識をし、税理士に税務代理を依頼した請求人については、やがて決定に至るべきことを認識した上で本件各期限後申告を決意し、各期限後申告書を提出したものと認められるとして、各期限後申告書の提出は、通則法第66条第1項括弧書に規定する「調査があったことにより当該国税について更正又は決定があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当しないと判示した。 裁決の結果は、審査請求は理由がないから、これを棄却するというものである。 2 審査請求人が、取引先からの売上を妻名義である預金口座に振り込ませていたことは、隠蔽又は仮装に該当する積極的な行為を行ったとは認められないとした事例・・・② (1) 事案の概要 本件は、タイル工事業を営む個人事業者である審査請求人の所得税等及び消費税等について、原処分庁が、売上金額等に係る隠蔽又は仮装の行為があったとして更正等処分及び重加算税等の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、これらの処分の前提となった請求人の売上金額等は、その一部が請求人の弟に帰属するものであるとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 (3) 国税不服審判所の判断 本審判の中心的な争点である争点2「請求人に、通則法第68条第1項又は第2項に規定する重加算税の賦課要件を満たす行為があったか否か」について、国税不服審判所の判断は次のとおりである。 国税不服審判所は、重加算税を課するためには、納税者のした過少申告等の行為そのものが隠蔽又は仮装に当たるというだけでは足りず、過少申告等の行為そのものとは別に、隠蔽又は仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告等がされたことを要するものであるが、重加算税制度の趣旨に鑑みれば、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当ではなく、納税者が、当初から過少申告等を意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告等をしたような場合には、重加算税の上記賦課要件が満たされるものと解するのが相当であるという法解釈を示した。 その上で、事実認定に基づき、国税不服審判所は、請求人は、妻の名義である口座に振り込まれた売上について、過少であったとはいえ申告していたことからすると、請求人が、妻の名義である口座に売上げを振り込ませる行為により本件売上げの存在を隠蔽又は事実をわい曲したとはいえず、当該行為をもって、隠蔽又は仮装に該当する積極的な行為とはいえないこと、請求人は、複数年にわたり過少申告をし続けていたとはいえ、何らの基準や根拠のない「支払える金額」を納税額として申告書に記載して過少申告をし続けたと評価できるにとどまることを挙げて、請求人が当初から過少申告等を意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告等をしたことを理由として、重加算税の賦課要件が満たされるとはいえないという判断を示した。 結論として、国税不服審判所は、平成30年分から令和3年分までの所得税等に係る重加算税の各賦課決定処分は、いずれも過少申告加算税相当額又は無申告加算税相当額を超える部分の金額については違法であるから、取り消すべきであると裁決した。 3 債務免除を受けた利益の額を零円と評価して、原処分庁による納税告知書分を取り消した事例・・・④ (1) 事案の概要 本件は、不動産賃貸等を目的として設立された法人であるL社が、同社の取締役であった納税者Kから債務免除を受けていたところ、その後、土地及び建物の調査、鑑定等を目的として設立された法人である審査請求人がL社を吸収合併したことにより納付義務を承継したとして、原処分庁が、当該納税者の死亡後に、請求人に対し、国税徴収法に基づく第二次納税義務の納付告知処分をしたのに対して、請求人が、当該債務免除により受けた利益が現に存する限度の額は零円であるとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 L社が、債務免除により受けた利益が現に存する限度の額はいくらか。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、まず、金銭債権の実質的価値は、債務者の資産状況、支払能力等の債務者側の事情に依拠するところが大きいことから、その評価に当たっては、当該事情を踏まえて算定するのが相当であるところ、債務者につき、①手形交換所における取引停止処分を受けたとき、②法的整理の開始決定がされたとき、③事業の廃止又は休業の事実が発生しているときその他その債権金額の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるような特別な事情が認められる場合には、当該特別な事情による減価を適切に見込んで評価すべきであり、そのような特別な事情が認められない場合には、額面上の金額で評価するのが相当であるという解釈を示した。 そのうえで、国税不服審判所は、L社の損益状況について、債務免除時において、法的整理は開始されておらず、また、事業の廃止又は休業の事実も発生していなかったものの、①平成25年3月に本件ビルを売却したことにより家賃収入及び管理費収入が減少していること、②業務委託収入は平成27年9月期のみ計上されており、一時的な収入にとどまること、③審査請求人との合併前の平成29年9月期においては売上高が○○○○円であったこと。④L社が平成24年9月期から平成29年9月期までの各事業年度においていずれも債務超過の状況にあったこと、⑤L社が平成27年3月以降、新たに金融機関から資金の借入れを行っていないことも考慮すると、L社は、平成25年3月に本件ビルを売却して以降、経営状況が悪化し、債務免除が行われた平成26年9月期においては、新たに金融機関から資金を借り入れるなどして事業を継続することが極めて困難な状況にあったと認められるという事実認定を行った。 結論として、国税不服審判所は、債務免除時において、求償債権の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるような特別な事情があったと認めるのが相当であり、こうした事情の下におけるL社の支払能力等を考慮すると、債務免除時における求償債権の価額は、零円と評価するのが相当であると判断をして、審査請求には理由があるから、原処分の全部を取り消すこととするという裁決を行った。 (参考) 国税徴収法基本通達第39条関係14(受けた利益が債務の免除である場合) (了)
2026年6月18日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.673を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第152回】 「カリフォルニア州の税制改正に対する懸念継続」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 魚住 康博 先月公開の【第151回】でもご紹介したカリフォルニア州における税制改正を巡る懸念は依然として残っている。その後の州議会での審議については、予算に関する調整が難航しているためか、当初予定されていた5月下旬の州議会下院本会議での審議には至っていない。下院歳入税制委員会での審議において、下院歳出委員会にも付託されたものの、同委員会でのヒアリング日程もまだ確定していない。しかし、海外の報道によると、法人税の抜け穴を塞ぎ、年間30億ドルの税収増を図るとして進歩派が推進する法案は、今後の協議の一環として再浮上する可能性があるとされている。 そこで、現地企業だけでなく海外から進出する企業にとって、ビジネスにおける予見可能性を損ねるだけでなく、潜在的な進出可能性を持つ企業にとっても、カリフォルニア州の進出先としての魅力を大きく毀損する可能性があることから、米国内外の経済界による懸念の声が一層高まっている。 経団連でも6月9日、カリフォルニア州のGavin Newsom知事及びRobert Rivas下院議長ほか幹部宛に公式に懸念を表明するレターを発信した。その概要訳は次の通りである。 これに先立つ5月20日には、欧州36ヶ国に存在する42団体による2,000万の事業を代表する経済団体であるBusinessEuropeが、同じく懸念を表明するレターを発信している。その概要訳は次の通りである。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第81回】 「関係会社へ資金移転をした上で役員に支給した金員が源泉徴収対象であるとされた事例」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 所得税法における「給与等」の意義 所得税法上、「給与等」の意義は、以下の通り定められている。 そして、給与等の支払いをする者は、以下の通り源泉徴収義務を負うこととなる。 つまり、支払った内容が「給与等」に該当するか否かによって、支給を受ける側では所得税額が、支給する側では源泉徴収義務を負うかどうかが異なることとなる。この判断について、最高裁判決が「給与等」の意義について判示している。具体的には、「給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」とするもの(※1)、「雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価」とするもの(※2)等がある。 (※1) 最高裁昭和56年4月24日判決(最高裁判所裁判集民事132号619頁)。 (※2) 最高裁平成17年1月25日判決(最高裁判所裁判集民事216号71頁)。 したがって、実務上の判断においては、この内容を基に、事実に照らして判断することとなる。そこで、上記【回答】のように、関連会社を介した資金移動でも「給与等」に該当すると示された事例を以下に紹介したい。 (2) 関係会社へ資金移転してから役員に支給した金員が源泉徴収対象であるとされた事例 このように示された例として、東京地裁令和7年8月6日判決がある(※3)。 (※3) TAINS:Z888-2896。 本件各送金は、参加人が実質的に支配するグループ企業の中で行われた取引である。そして、納税者が本件各送金を行った際、納税者からAに対する送金と、Aから参加人に対する送金との間に、最長49分しかタイムラグが無かったため、Aは着金直後に参加人に送金しているという事実が指摘されていた。納税者は、本件各送金に係る会計処理について、納税者-A間においてAに対する「未収入金」や「長期貸付金」、及び納税者に対する「仮受金」や「長期借入金」として経理しており、また、A-参加人間において参加人に対する「仮払金」、及び参加人の「事業主借」として経理していたが、課税庁は、実質に着目して各種処分をしたと考えられる。 現に、課税庁は、所得税法28条1項が給与所得に係る包括規定であることに鑑み、「法人代表者が法人経営の実権を掌握し法人を実質的に支配している事情がある場合、…自己の権限を濫用して、当該法人の事業活動を通じて得た利得は、…法人の資産から支出をし、その支出を利得、費消したと認められる場合には、…特段の事情がない限り、実質的に、法人代表者がその地位及び権限に対して受けた給与であると推認することができる。」と主張している。その上で、納税者の上記経理処理を虚偽のものであるとした。 これに対して、納税者は、学校法人の寄附行為に競走馬事業等を行う旨の規定がない中で、参加人が本件各金員を趣味である競走馬の購入費用に充てたこと、納税者が本件各金員を支給することについて理事会等で決議されていないため所得税法183条1項の「給与等の支払いをする者」に当たらないこと、本件各送金は参加人の権限を逸脱又は濫用して行ったものであるため横領行為であり労務の対価とはいえないこと等を主張した。また補助参加した参加人は、本件各送金をそれぞれ貸借関係にあったと主張し、現に参加人がAに対して、そしてAが納税者に対して、適宜返済している旨を主張した。 このような両者の主張に対して、裁判所は上記の通り示し、納税者の主張を退けた。 (3) 本件裁判例の意義 本件裁判例は、給与等の意義につき上記最高裁判決等を引用し、当該「給与等」の意義に基づき、事実認定に照らして結論を示している。その結果、本件各金員が給与等に該当し、本件各金員が不規則・臨時的支給であるため、給与等のうち賞与に当たるとされている。 本件裁判例は、グループ内の医療法人Aを介し、かつ納税者-A-参加人のそれぞれが貸借と認識し、その旨の経理処理がなされたという前提があったとしても、実質的に給与等に該当すると示された点に意義があるといえる。なぜなら、「本件のような当事者間で金銭消費貸借が成立している場合に本件のような給与所得課税を行う場合には、当該私法上の取引を否認するために、当該金銭消費貸借が仮装行為であると認定するか、同族会社等の行為計算の規定を援用するかの方法がとられてきたが、本件のように、それらの規定等を援用せず直接給与所得課税を行うことはむしろ稀であると考えられる」との指摘があるように(※4)、実質的な支配者による資金移転であることを踏まえ、給与等に当たるとされているのである。この点について、裁判所が、「客観的に給与等に該当する性質の経済的利益を意思に基づいて移転させる行為が認められれば足り、必ずしも私法上有効であることを要しないと解するのが相当である」としたことから垣間見ることができよう。 (※4) 品川芳宣「関係法人間の資金移転における役員給与(源泉徴収義務)の認定と隠蔽・仮装」T&A master 1111号。品川氏は、「もっとも、本件においては、X(筆者注:納税者)の主張と甲(参加人)の主張に一貫性がなかったことに問題があった」としている。 このように、本件裁判例の上記の考え方は、同様のグループ内企業間の取引において、リスク評価に当たって参考となるといえる。その理由は、グループ内企業において、金員の移動を貸借関係として整理し、その金員が役員への外形的な貸付となり得るケースは存在するためである。特に、個人株主を頂点とする兄弟会社間には、グループ法人税制による寄附金の全額損金不算入及び受贈益の益金不算入の適用がされず(法法25条の2、同法37②)、受贈益課税を回避するため、貸借関係として整理することが考えられる。このような場合においても、金員の流れの背景に、支配的な役員に対する資金移転の実質が認められる場合には、本件のように給与等と認定されるリスクがあることを、実務上十分認識しておく必要がある。 (了)
〔実務で差がつく!〕 相続時精算課税制度Q&A 【第7回】 「相続時精算課税制度の住宅取得等資金贈与特例を利用した場合の相続税の取扱い」 ~平成15年から平成21年までの住宅取得等資金贈与特例の留意点~ 税理士 徳田 敏彦 【Q】 〔Q1〕 子Bは父Aから平成17年4月に住宅を建築するために3,500万円の贈与を受けた。子Bはその贈与について、相続時精算課税制度を選択した。 その後、令和8年3月に父Aに相続が発生した。 父Aの相続税に加算される金額はいくらになるか。 〔Q2〕 子Bは父Aから平成21年4月に住宅を建築するために3,500万円の贈与を受けた。子Bはその贈与について、相続時精算課税制度を選択した。 その後、令和8年3月に父Aに相続が発生した。 父Aの相続税に加算される金額はいくらになるか。 【A】 〔A1〕 相続税の課税価格に加算される金額は、3,500万円となる。 〔A2〕 相続税の課税価格に加算される金額は、3,000万円となる。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の特例は、贈与を受けた年により制度が異なるため、相続税で加算する金額には留意が必要である。 1 平成15年(相続時精算課税制度創設)から平成20年の取扱い 相続時精算課税制度の特別控除額2,500万円に加え、「住宅取得等資金の贈与を受けた場合の相続時精算課税に係る贈与税の特別控除の特例」の特別控除額1,000万円の上乗せ措置がある(旧措法70条の3の2、以下、「旧措法70条の3の2の特別控除額1,000万円の上乗せ措置」という)。 この特別控除額1,000万円は、近年の「直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税(措法70の2)」(以下、「住宅取得等資金の贈与税の非課税」という)とは異なり、特別控除額2,500万円の上乗せ措置のため、相続税の課税価格に加算される。 2 平成21年の取扱い 上記1と同様に、相続時精算課税制度の特別控除額2,500万円に加え、旧措法70条の3の2の特別控除額1,000万円の上乗せ措置がある。この2つの特別控除額については、いずれも相続税の課税価格に加算される。 また、この年から住宅取得等資金の贈与税の非課税が導入される。平成21年における非課税限度額は500万円で、この非課税限度額については相続税の課税価格に加算されない。 (※) 旧措法70条の3の2の特別控除額1,000万円の上乗せ措置は、平成21年12月31日で廃止された。 3 平成22年から本稿公開時点の取扱い 旧措法70条の3の2の特別控除額1,000万円の上乗せ措置は廃止され、住宅取得等資金の贈与税の非課税のみである。 住宅取得等資金の贈与税の非課税を適用した金額は、相続税の課税価格に加算されないので、相続時精算課税制度の特別控除額2,500万円のみが加算対象である。 住宅取得等資金の贈与税の非課税の限度額は、贈与年や建築する住宅性能により変動する。 上記1、2の旧措法70の3の2の特別控除額1,000万円上乗せ措置の相続税の課税価格への加算については、相続税法基本通達21の15-1(相続税の課税価格への加算の対象となる財産)の注書きにも記載がある(以下、注書き部分より一部抜粋)。 【設問への当てはめ】 なお、旧措法70条の3の2の特別控除額1,000万円の上乗せ措置が適用されているか否かは当時の贈与税申告書にチェック欄があるため、その確認が必要である。 (了)
相続税の実務問答 【第120回】 「負担することとなった債務の金額が課税対象財産の価額を上回る場合」 税理士 梶野 研二 [答] ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 被相続人の債務の承継 私法上、被相続人の債務は、原則として、相続人及び包括受遺者(以下「相続人等」といいます。)に、法定相続分又は包括遺贈の割合(以下「法定相続分等の割合」といいます。)で承継されることとなります。 しかしながら、債権者の承諾を得ることができるのであれば、被相続人の債務を法定相続分等の割合とは異なる割合で引き受けることも可能です。 また、債権者の承諾がなくとも、相続人等の間の協議に基づいて、法定相続分等の割合とは異なる割合で被相続人の債務を負担する合意をすることも可能です。この場合、債権者保護の観点から、法定相続分等の割合とは異なる割合で債務を承継したことを債権者に主張することはできません。すなわち、法定相続分等の割合を超えて債務を承継することとなった相続人等は、いわば重畳的債務引受けをしたこととなり、他の相続人等は、その法定相続分等の割合までの金額について引き続き債務者としての義務を負うこととなります。 2 相続税の計算における債務控除額 (1) 債務控除 相続又は遺贈(包括遺贈及び相続人に対する特定遺贈に限られます。)により財産を取得した者の相続税の課税価格に算入される価額は、相続又は遺贈により取得した財産の価額から、①被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課が含まれます。)及び被相続人に係る葬式費用で、その相続人又は包括受遺者の負担する部分の金額を控除した金額となります(相法13①)。 (注) 制限納税義務者については、控除することのできる債務には制限があり、また、葬式費用を控除することはできません(相法13②)。 (2) 債務の負担者 上記1のとおり、相続人等の間で被相続人の債務の承継を法定相続分等の割合とは異なる割合で負担することに合意したとしても、債権者の承諾がない限り、債権者との関係では、債務が弁済されるまでは法定相続分等の割合で債務が承継された状態にあります。 しかしながら、相続税の債務控除の対象となる債務は、被相続人の債務のうちその「その者(相続人等)の負担に属する部分の金額」とされています(相法13①)。そして、「その者(相続人等)の負担に属する部分の金額」とは、相続又は包括遺贈によって財産を取得した者が実際に負担する金額をいうこととされています(相基通13-3)。実務上、債務の負担者は、遺産分割協議の際に相続人又は包括受遺者の間で合意し、その結果を、「遺産分割協議書」の中に記載することも多いと思います(国税庁HP掲載の「相続税の申告のしかた(令和7年分用)」の「参考 遺産分割協議書の記載例」125頁でも、被相続人の債務の承継者を記載しています。)が、遺産分割協議書に被相続人の債務の負担者の記載があるかどうかにかかわらず、相続人等の間で、実際に負担する債務の金額についての合意がなされたのであれば、法定相続分等の割合にかかわらず、その合意によりその者が負担することとなった金額が債務控除の対象となります。 (注) 相続人等の実際に負担する金額が確定していないときは、民法第900条から第902条までの規定による法定相続分等に応じて負担する金額をいうものとして取り扱われています(相基通13-3)。 (3) 相続税法と民法の交錯 相続人等の間で、被相続人の債務の負担者又は負担割合が合意されたとしても、債権者の承諾がなければ、債権者との関係では引き続き、相続人等が法定相続分等の割合で弁済の義務を負っています。このため、被相続人の債務の負担者又は負担割合が相続人間で合意されているにもかかわらず、法定相続分等の割合に基づき債務控除をすることができるかどうかが問題になります。この点、相続税法の「その者(相続人等)の負担に属する部分の金額」との文言からは、実際に債務を負担することとなった者又は負担した者においてその金額を控除の対象とすべきであり、法定相続分等の割合で控除することは認められないと考えます。 3 質問の場合 あなたは、お母様の遺産のうちご自宅とその敷地を取得し、その購入の際の借入金の残高を承継することとなりました。相続により取得した宅地(自宅敷地)について、小規模宅地等の特例を適用することにより、承継する債務の金額が同特例適用後の取得財産の価額を上回ることとなってしまうとのことです。一方、妹さんは、預金と株式を取得しましたが、債務は負担しないこととなりました。債権者との関係においては、妹さんが、お母様の債務のうち法定相続分相当額の1,500万円の返済義務を免れるわけではありませんが、あなたとの間の合意により妹さんがこの金額を実際に負担することとはなりませんので、妹さんが債務控除の適用を受けることはできません。 ちなみに、ご質問の3,000万円の債務をすべてあなたが承継する場合の相続税額を計算すると、あなたに相続税額は発生せず、妹さんの相続税額は320万円となります。一方、3,000万円の債務をあなた方姉妹で1,500万円ずつ承継するとした場合の相続税の負担は、あなたが27.3万円、妹さんが187.7万円で、合計215万円となります。このように債務の負担者を誰にするかにより、相続人等全体を通じた相続税の総額が大きく異なる結果となります。この点を考慮し、(ご質問の場合のように、取得する財産に紐づく債務については、その財産を相続する者とは異なる者が債務を負担するとすることは通常は想定しにくいかもしれませんが、)実際の債務の負担者について、相続税の負担をも検討する余地があるかもしれません。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第98回】 「外国法人の事業分割に伴う株式の交付が配当所得に該当するとした事件 (審裁令元.8.1)(その1)」 ~所得税法24条1項~ 井上 眞一 1 はじめに 当該事件は、日本の居住者が米国法人の株式を所有し、この米国法人が事業分割(※1)した場合、その交付された株式は、当該事業分割は法人税法第2条第12号の9に規定する分割型分割によるものではなく、所得税法第24条第1項に規定する剰余金の配当に該当するとしたものである。 (※1) 当該裁決本文で使用される「事業分割」という用語は、会社法では、第5編「組織変更、合併、会社分割、株式交換、株式移転及び株式交付」に規定され、「会社分割」が使用されている。本研究では、当該裁決本文に関わる部分については、「事業分割」を使用し、解説など一般的な箇所では「会社分割」を同義で使用する。 2 事実の概要 審査請求人(以下「X」という。)は、従前から米国G社の株式を保有していた。同社がH社に吸収合併されたことにより、XはH社の株主となり、2015年10月の株式保有数は18,992株であった。H社はコンピュータ関連機器に関する事業を行い、米国K州が登記上の本店所在法人でL証券取引所に上場していた。H社の取締役会は2015年11月に以下の内容の事業分割(以下「本件事業分割」という。)を、次の通りプレス・リリースした。 この後、H社株主には、2015年10月8日付で、本件事業分割に関連する「INFORMATION STATEMENT」が交付された。同書面には、本件事業分割が、米国内国歳入法(Internal Revenue Code, 以下「IRC」という。)第355条及び第368条(a)(1)(D)に適合する組織再編成であり、米国内国歳入庁(Internal Revenue Service, 以下「IRS」という。)から、「private letter ruling」(以下「個別ルーリング」という。)の交付を受けることを条件とすることが記載されていた。 【図表1】当該事件のスピンオフまでの経緯 審査請求に至る経緯は次のとおりである。Xは、平成27年(2015年)分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)について、確定申告書を法定申告期限内に原処分庁(以下「Y」という。)に提出したが、H社から交付を受けた本件株式に係る金額をその所得金額に含めて計算していなかった。Yは、2016年9月、Xの所得税等について実地調査に着手した。 その結果、Yは2018年2月5日付で、Xの所得税等について更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分を行った。本件更正処分等においてYは、XがH社から交付を受けた本件株式は所得税法第24条第1項に規定する配当等に該当すると通知した。 Xは、本件株式の交付を配当等とする部分に不服があるとして、2018年4月27日に再調査の請求をしたが、再調査審理庁は、2018年7月25日付でXの再審査請求を棄却する再調査決定をした。 Xは、2018年8月22日、これらの処分に不服があるとして審査請求をした。 3 当該事件の争点及び当事者の主張 (1) 当該事件には3つの争点がある。 (2) X及びYのそれぞれの主張は以下のとおりである。 ① 争点1 (a) Xの主張 (b) Yの主張 ② 争点2 (a) Xの主張 本件株式の交付は、所得税法第24条第1項に規定する配当所得には該当しない。 (b) Yの主張 本件株式の交付は、所得税法第24条第1項に規定する配当所得に該当する。 ③ 争点3 (a) Xの主張 本件確定申告が過少申告となったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」がある。 (b) Yの主張 本件確定申告が過少申告となったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する「正当な理由」があると認められない。 4 審判所の判断 (1) 争点1について ① 法令解釈 行政手続法第14条第1項本文が、不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは、名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重性と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。 ② 当該事件への該当性 本件通知書には、 等が記載されており、課税の根拠をその基礎となる事実関係及び適用法令を提示して具体的に説明したということができる。したがって、本件通知書の処分理由に不備はない。 (2) 争点2について ① 法令解釈 ② 事実の認定 (ア) 本事業分割に伴いH社から商号変更したN社について (ⅰ) 本事業分割後N社はM社の普通株式を保有していない。 (ⅱ) N社はIRSから個別ルーリングを取得している。 (ⅲ) N社の2016年10月期の「Form10-K(我が国の有価証券報告書に相当するもの)」に添付された2016年10月31日付及び2017年10月31日付連結貸借対照表には、M社に移転する資産及び負債の流動項目・固定項目のそれぞれの合計額が区分記載されている。 (ⅳ) 「Form10-K」に添付された2017年10月31日付の連結株主資本等変動計算書によると、本件事業分割によりN社の利益剰余金が37,296百万USドル減少しているが、資本剰余金の変動はない。 (イ) 本事業分割前後のM社について (ⅰ) M社は2016年2月〇日、米国K州法に準拠し、H社の100%子会社として、エンタープライズ事業を目的として設立された。設立時M社が発行した普通株式は1,000株でH社が保有していた。 (ⅱ) M社の2016年10月期「Form10-K」の連結株主資本等変動計算書には、本件事業分割によりM社が新たに発行した普通株式数は1,803,719千株、資本金組入額が18百万USドル(額面金額は1株当たり0.01USドル)、資本準備金組入額が37,296百万USドルと記載されている。 (ウ) 米国における組織再編成とその課税に関する規定 (ⅰ) 米国の法令には、我が国の会社分割法制のような権利義務の一般継承(包括継承)を特徴とする分割法制はない。 (ⅱ) IRC§368(a)(1)(D)は、ある法人の資産全部又は一部を他の法人への譲渡することで、当該資産の譲渡直後に、資産を取得した法人が、その対価として同社の株式その他の有価証券を資産譲渡した法人に交付する。そして、資産譲渡法人が資産取得法人を支配した上で、資産譲渡法人の株主に対し、当該株式その他の有価証券をIRC§355に規定する税制適格取引として分配するものを組織再編成の一つとして規定している。 (ⅲ) 本件事業分割において、N社は上記(ウ)(ⅱ)の記載のとおり、個別ルーリングを取得しているのでIRC§355所定の税制適格要件を全て満たしたものと考えられる。 (エ) Xの本件株式取得日について (ⅰ) Xは2015年11月〇日が日曜日であったため、11月〇+1日付で本件証券口座に本件株式18,992株を取得した。 (ⅱ) Xの取得日におけるL証券取引所におけるM社の1株当たりの価額は、・・・USドル、同日の1USドル当たり対顧客直物電信相場は×××円であった。 ③ 審判所の検討 (ア) 本件株式の交付は、剰余金の配当に該当するか否か。 本件事業分割では、上記②の(ウ)より、H社が資産及び負債をM社に移転し、その対価としてM社の株式の交付を受け、この株式をH社が比例的にH社株主に分配したと認められる。H社から商号変更したN社の連結株主資本等計算書上、利益剰余金の減少が認められる。したがって、本件株式の交付はH社の利益剰余金を原資として、実施されたものということができるから、所得税法第24条第1項に規定する配当金等に該当すると認められる。 (イ) 本件事業分割が、法人税法第2条第12号の9に規定する分割型分割に該当するか否か。 (ⅰ) 米国法令に準拠して実施された本件事業分割が、我が国法人税法上の分割のうち「分割型分割」に該当するか否かについて検討する。 (ⅱ) 我が国の会社法上の分割は、分割する会社の権利義務は吸収分割契約又は新設分割計画(本文のまま)により、承継会社又は新設会社に一括して承継されるという一般承継の法的効果が付与される。 (ⅲ) 米国においては、権利義務の一般継承を特徴とする会社分割制度は存在しない。 (ⅳ) 我が国の会社法上の分割が、法的効果としての一般承継を本質的要素としているが、本件事業分割は、我が国会社法上の分割に相当する法的効果を具備するものとは言えない。 (ⅴ) 他に本件事業分割が我が国の会社法上の分割に相当するものと認める特段の事情も認められない。 (ⅵ) したがって、本件事業分割は法人税法第2条第12号の9に規定する分割型分割には当たらない。 (ウ) 以上のとおり、Xに対する本件株式の交付は、所得税法第24条第1項に規定する法人から受ける剰余金の配当のうち、資本剰余金の額の減少に伴うもの及び法人税法上の分割型分割によるもののいずれにも該当しないものとして、同項所定の配当金に該当する。 (エ) Xは、分割前のH社の株価と、分割後のM社とN社の株価の合計がほぼ同額であり、株式価値の変動がみられないこと及びH社の株主がM社に投資したことになるため、剰余金の配当ではないと主張するが、H社の株主としての地位に基づき、その利益剰余金を原資として交付されたものであり、本件株式の交付を受けたことでXが剰余金の配当を受けたことは明らかである。 (オ) 米国における課税上の取扱いについて 我が国と米国とは別個の租税管轄権に属し、それぞれ独立した法体系を形成することから、一方の国における課税上の取扱いが、他方の国の課税上の取扱いに影響を及ぼすことはない。 (カ) 適格株式分配の該当性について Xが適用を要求する改正所得税法第24条第1項及び同法第25条第1項の各規定は、当該改正所得税法の附則により、2017年4月1日以後に行われる株式分配について適用される。Xの独自の見解である。 (3) 争点3について ① 法令解釈 「通則法第65条第4項が定めた『正当な理由があると認められる』場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である」(最高裁平成18年10月24日第三小法廷判決・民集60巻8号3128頁参照)。 ② 請求人X主張について 所得税法は、申告納税制度を採用し、納税者自らが課税標準及び税額を算出し、これを申告して納付すべき税額を確定させるという体系になっており、申告納税制度の下における所得税等の確定申告は、納税者の判断と責任でなされるべきものである。 (ア) Xが本件株式の交付を所得として認識しなかったとしても、そのことは、Xの主観的事情といわざるを得ず、真に納税者の責めに帰すことができない客観的な事情が存在するとはいえず、同項に規定する「正当な理由」があると認められない。 (4) 審判所の結論 審査請求は理由がないから、これを棄却することとする。 ((その2)へつづく)