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日本の企業税制 【第155回】「令和9年度税制改正に関する提言」

日本の企業税制 【第155回】 「令和9年度税制改正に関する提言」   一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 魚住 康博   経団連は9月15日、令和9年度税制改正に関する提言を機関決定した。副題として、「投資牽引型経済の実現に向けて」を掲げ、成長力の強化と税・財政・社会保障の一体改革の実現に向けた制度整備を求めている。   〇基本的考え方 本提言ではまず、基本的な考え方を示している。わが国が持続的に発展するためには、国内投資の拡大を図り、「成長と分配の好循環」を通じて、「公正・公平で持続可能な社会」を構築する必要がある。その観点から、成長力の強化と税・財政・社会保障一体改革の推進が不可欠となる。 経済成長の原動力は民間企業の成長力の強化によってもたらされることから、それを後押しするための国際的に競争力のある税制の構築が欠かせない。本提言ではそのような観点から、投資牽引型経済の実現に向けて、国内投資の拡大を促すための税制措置の構築を求めている。具体的には、「強い経済」を実現する観点での法人課税のあり方の整理のほか、サプライヤー等にまたがる人材育成の支援を後押しする仕組みなどの各税制措置の必要性を訴えている。   〇法人税関係 企業による設備投資や人的投資等の拡大を背景に、わが国経済には前向きな変化がみられる。民間設備投資はコロナ禍で一時落ち込んでいるが、その後は増加傾向にある。令和6年度にはバブル期を超え、過去最高の水準に達しており、昨年度はさらに増加している。投資牽引型経済の実現のためには、この流れを来年度以降もさらに継続させる必要がある。 また、春季労使交渉においては高水準の賃金引上げが継続しており、構造的な賃金引上げの定着に向けた動きが広がりつつある。特に、大手企業では、3年連続で5%を超える引上げが実現しており、賃金引上げに関しても、官民が一体となってこの流れを継続させることが重要となる。 税収の推移をみると、近年、一般会計税収および法人税収はともに増加している。これは名目GDPの増加が関係していると言え、企業活動が活発化し、経済成長を遂げることで、財政面にも好影響をもたらしていると言える。 これまでに行われた法人税改革では、税率の引下げと同時に、財源確保のために課税ベースの拡大が行われ、税率引下げの税収への影響は、ほぼ中立となっていた。つまり、企業が法人税率の引下げにより大きな恩恵を得たとは言えないと考えられる。わが国が成長するには、企業による継続的な投資のさらなる拡大が不可欠であり、こうした局面で法人税負担が増加すれば、設備投資を鈍化させ、賃金引上げの動きも停滞することが強く懸念される状況にある。 他方、米国ではトランプ政権が昨年7月、国内での新規投資等を促すためにOBBBA(The One, Big, Beautiful Bill Act)を成立させ、米国内での設備投資に対する優遇税制を拡充している。また、ドイツでは、2028年から5年で5%、法人税率を毎年1%ずつ引き下げる法案が成立しており、各国間で法人税率の高低に加え、様々な措置を組み合わせた総合的な競争が生じている。 こうした中、わが国は以前から、利益に対する税率を示す法人実効税率が主要国の中で高く、2026年4月から防衛特別法人税が施行されたことで、これまで最も法人実効税率の高かったドイツの税率を上回り、実効税率は30%を超えている。OECDの統計で示されているように、実際に支払っている税負担率で見ても、主要国の中で最も高い状況にある。また、法人税が税収全体に占める割合も、わが国が主要国の中で最も高くなっている。これらの点を踏まえ、企業の成長投資を促進する観点から、国際的なイコールフッティングを確保する必要がある。主要国が投資支援を強化する中でさらに税率を引き上げることは、国内投資や研究開発投資の採算性を悪化させ、立地競争力の低下を招きかねない。海外から日本への投資を呼び込むためにも、国際的に魅力ある投資環境の整備が不可欠である。   〇主要項目 令和9年度税制改正要望の主要項目の一つは、人材育成税制である。製造業や建設業における技術の向上や継承、若年人材の育成など、サプライチェーンにおいて産業基盤を支えるための取組みが急務となっているが、このような人材育成の支出が直接的な対価関係を有しないと判断されれば、寄付金として扱われ、支出側でも損金算入できないおそれがある。そのため、人材育成への支援の取組みを積極的に促す税制措置を要望している。 また、企業の「稼ぐ力」を強化し、持続的な賃上げや成長投資の原資を確保するために、事業ポートフォリオの転換・強化を促す税制措置の創設を求めている。 加えて、少額減価償却資産の損金算入基準額や一括償却資産の損金算入基準額について、近年の物価上昇も踏まえて、上限の引上げを行うべきとしている。さらに、償却資産に対する固定資産税の見直しも求めている。 その他、研究開発税制やイノベーション・ボックス税制における活用の促進、自動車関係諸税の総合的な見直し、家事・育児支援支出に係る税制措置の創設、中小企業関連税制、土地・住宅・都市税制、金融関係の税制とあわせて、実務の簡素化・デジタル化の推進の観点から、納税環境整備の必要性についても提言している。   〇税・財政・社会保障一体改革 7月29日に行われた社会保障国民会議における中間とりまとめや、基本方針に関する8月5日の閣議決定を踏まえ、9月14日に与党税制調査会が税制改正大綱をとりまとめ、翌15日には閣議決定が行われた。所得に連動したきめ細かな給付として「就業者負担軽減支援金」が導入されることとなり、消費税減税とあわせた具体的な措置について、10月から始まる国会において、税制改正法案が審議される。ただし、中低所得者の可処分所得の向上および就労促進が引き続き重要であることから、今後も社会保障国民会議において、中福祉・中負担程度の社会保障制度を目指し、検討を継続すべきである。また、受益と負担の状況を正確に把握すべく、マイナンバーの活用および一元的な情報基盤の整備を進めることが肝要である。 一方、今後、所得に連動したきめ細かな給付の導入や飲食料品の消費税率の引下げに関連して、安定財源として法人に負担を求める声が大きくなる懸念があるが、先述した通り、法人税率の引上げは産業の国際競争力を低下させかねず、賛成できない。   〇国際課税 企業のグローバル活動を下支えする税制である国際課税に関して、グローバル・ミニマム課税については、追加的なセーフハーバーの着実な導入等による事務負担の軽減や、外国子会社合算税制との関係で生じる経済的二重課税を排除するよう求めている。また、外国子会社合算税制については、グローバル・ミニマム課税の導入などを踏まえ、過剰課税の解消および事務負担の軽減を図る観点から、早急な見直しが不可欠である。 加えて、カリフォルニア州における法人税の水際選択方式の提案への対応や、カナダなど近時租税条約が改定されていない国との租税条約の改定などについても要望している。 (了)

#No. 686(掲載号)
#魚住 康博
2026/09/17

〈ポイント解説〉役員報酬の税務 【第83回】「役員給与に係る未払金を相殺・債権放棄・供託する場合の源泉徴収義務」

〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第83回】 「役員給与に係る未払金を相殺・債権放棄・供託する場合の源泉徴収義務」   税理士 中尾 隼大   ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 源泉徴収における「支払」の範囲 居住者に対し国内において給与等の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税及び復興特別所得税を徴収し、原則として翌月10日までに国に納付しなければならない(所法183①、復興財確法28①)。 ここにいう「支払」には、現実に金銭を交付する行為だけでなく、元本への組入れ、預金口座への振替その他その支払債務が消滅する一切の行為が含まれる(所基通181~223共-1)(※1)。したがって、役員給与を銀行口座に振り込んだ場合だけでなく、法人が役員に対して有する貸付金債権と役員が法人に対して有する未払役員給与債権とを相殺する場合、役員に代わって第三者に弁済した場合なども、その役員給与の支払債務が消滅する限り、源泉徴収義務における「支払」に該当することとなる。これに対し、役員給与を未払金計上しただけで、現実の支払や債務が消滅する具体的な事由が生じていない場合には、原則として、その時点で源泉徴収義務は生じない(※2)。 (※1) ただし、時効による債務の消滅は支払には該当しないと説かれている。三又修・樫田明・一色広己・石川雅美共編『平成29年度版 所得税法基本通達逐条解説』(大蔵財務協会,2017)1075頁。 (※2) 国税庁HPタックスアンサーNo.2526「給与が一部未払の場合の源泉徴収」。 尤も、法人の「源泉徴収義務が生ずる時期」と、給与を受け取る側である役員の給与所得を「収入すべき時期」は、必ずしも一致しない。というのは、上記の通り法人の源泉徴収義務は原則として現実の支払時に生ずるのに対し、支給日が定められている給与については、役員個人の収入すべき時期はその支給日となるためである(所基通36-9(1))。このため、未払役員給与について、役員個人には給与所得が生じているものの、法人にはまだ源泉徴収義務が生じていないという状態があり得る。これらを前提に、(2)以下で、質問における具体的な取扱いを検討することとしたい。   (2) 相殺・債権放棄・供託をした場合 まず、法人が役員に対して有する貸付金債権と、役員が法人に対して有する未払役員給与債権とを相殺した場合には、双方の債権が消滅する。この場合には、相殺によって消滅した役員給与の額については、相殺時に支払があったものとして源泉徴収を行う必要がある。 なお、役員に対する債権と役員借入金を相殺する方法は、本連載において、役員借入金を解消する方法の1つとして取り上げている(【第34回】参照)。尤も、今回取り上げているのは、役員から法人への金銭貸付けによって生じた役員借入金ではなく、役員の職務執行の対価として生じた役員給与のうち未払となったものである。そのため、相殺によって法人の債務が消滅することに加え、その相殺が源泉徴収義務における「支払」に該当する点に留意が必要となる。この場合には、役員給与額から源泉所得税等の控除額を差し引いた手取額を役員貸付金と相殺し、源泉所得税等に相当する金額は預り金として処理することが考えられる。 次に、役員が未払役員給与として生じた債権を放棄した場合である。役員から法人に対する債権放棄について、本連載では、役員借入金の解消方法として取り上げている(【第34回】参照)。役員借入金の債務免除を受けた法人には、原則として債務免除益が発生するほか、債務免除によって法人の株式価値が増加した場合には、他の株主についてみなし贈与の問題が生じ得る(相法9、相基通9-2(3))。この場合には、上記と同様に、その債務が役員給与の支払債務であることから、法人税や相続税だけでなく、源泉徴収義務の論点が加わることとなる。給与等その他の源泉徴収の対象となる未払金について、支払者がその支払債務の免除を受けた場合には、債権放棄によって役員給与の支払債務が消滅するため、原則として、その債務免除を受けた時に支払があったものとして源泉徴収を行うこととされている(※3)。 (※3) ただし、その債務免除が、法人の債務超過の状態が相当期間継続し、その支払いをすることができないと認められる場合に行われたものであるときは、債務免除時に支払いがあったものとする取扱いの対象外とされている(所基通181~223共-2但書)。 なお、役員が、法人の特別清算、破産、民事再生若しくは会社更生又はこれらに準ずる会社整理の場面において、一般債権者の損失を軽減するため、その立場上やむを得ず未払賞与等の受領を辞退した場合には、その辞退部分について源泉徴収をしなくても差し支えないとされている(所基通181~223共-3)。つまり、源泉徴収義務がないと判断するには、単に役員と法人との合意によって未払給与を放棄すれば足りるのではなく、法人の財務状況、会社整理の状況、一般債権者との関係及び放棄に至った経緯等を明らかにしておく必要があるといえるだろう。 最後に、役員給与債権について差押えの対象となった場合について、実務上あまり生じないと思われるが、触れておくこととする。この場合には(※4)、役員への本来の弁済が禁止となるため、法人が供託を行うことも想定される(民事執行法156①)。その場合には、供託によって法人の役員給与債務が消滅するため、その供託時に支払があったものとして源泉徴収を行う必要がある。この点において国税庁は、債権者の受領拒否を理由とする賃借料の弁済供託について、供託により支払債務が消滅することから、供託時に源泉徴収が必要になるとの考え方を示している(※5)。なお、この質疑応答事例は弁済供託(民法494)に関するものであり、執行供託(民事執行法156)を直接取り扱ったものではない。しかし、供託によって支払債務が消滅する範囲について源泉徴収上の「支払」があったと捉える点は、執行供託についても同様に捉えることができると思われる。そして、実際の供託額については、源泉所得税等を控除した後の金額を前提に、差押命令の内容及び供託原因を確認する必要がある。 (※4) 民事執行法152条1項2号により、一般の給与債権については、原則として支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分が差押禁止とされる。これに対し、取締役の報酬債権は、原則として同号の給与債権には該当せず、同項による差押禁止の対象とはならないと解されている。 (※5) 国税庁HP質疑応答事例「弁済供託する場合の源泉徴収義務」   (3) 現金が動かないからこそ生ずる注意点 相殺、債権放棄又は供託を行う場合の実務上の問題は、役員に現金が交付されないにもかかわらず、法人に源泉徴収義務が生じ得る点にある。 特に、未払役員給与と役員貸付金をそれぞれ総額で相殺してしまうと、法人が役員から源泉所得税等を徴収すべき税額の原資を確保できない。法人が源泉所得税等を立替納付した場合には、実務上、役員に対する求償権が生じるため、貸付金として処理することになるだろう。そして、法人がその部分を最終的に負担することとした場合には、いわゆるグロスアップ計算にて、手取額から額面金額を逆算して源泉徴収税額を計算する必要があり、その法人負担額自体が追加的な役員給与となる(所基通181~223共-4)。その追加的な給与は法人税法34条1項に掲げる3類型のいずれにも該当しないことが想定されるため、法人側ではその額が損金不算入となる点にも留意が必要となる。 また、未払役員給与を役員借入金勘定へ振り替えたからといって、直ちに「支払」があったとは限らない。しかし、役員との合意により未払役員給与債務を消滅させ、同額の金銭消費貸借に基づく債務を新たに成立させた場合や、役員がその金額を自由に引き出すことができる状態となった場合には、その振替時に支払があったものとみる余地もあると考えられる。これに対し、法人が決算整理として勘定科目を一方的に付け替えただけであれば、役員給与債務の法的性質は変わっていない可能性もある。特に中小企業においては、会計上の勘定科目を変更したことと、法律上の債務が消滅したことは、必ずしも同じではないという実態があるのではないだろうか。 したがって、厳密には、会計仕訳だけを見て源泉徴収の時期を判断するのではなく、相殺契約書、債務承認書、債権放棄通知書、取締役会議事録及び供託書等により、いつ、どのような法律関係によって役員給与債務が消滅したのかを確認する必要があると考えられる。 なお、役員に対する賞与については、その支払が確定した日から1年を経過した日までに支払われない場合、その1年を経過した日に支払があったものとみなされる(所法183②)。ここからは、未払役員賞与については、相殺も債権放棄も行わず未払金として残しておきさえすれば、源泉徴収義務が生じないままとなるわけではない。これに対して、この1年経過によるみなし支払の規定は、法人の役員に対する「賞与」を対象とするものであり、毎月定額で支給される通常の役員給与に一律に適用されるものではない。したがって、未払役員給与を検討する際には、それが定期的な報酬であるのか、役員賞与であるのかを区分する必要がある。 なお、資金繰りが悪化した法人が特に見落としやすい論点として、1年経過によって既に支払があったものとみなされた未払役員賞与につき、その後、法人の支払不能を理由として債権放棄が行われても、法人が納付した源泉所得税額は過誤納金として還付されない(所基通181~223共-2(注))。債権放棄を検討するのであれば、1年経過前に、法人の財務状況及び受領辞退の要件を確認しておく必要がある。 また、未払役員給与の放棄によって法人に生ずる債務免除益については、法人税基本通達4-2-3に具体的取扱いが示されている。同通達は、法人税法34条1項により損金不算入とされた未払給与について、取締役会等の決議に基づき、その全部又は大部分を会社整理、事業再建又は業況不振を理由として支払わないこととし、かつ、その支払わない金額が各人の受給額に応じて計算されるなど、一定の基準により決定されている場合には、一定額を益金の額に算入しないことができるとしている。役員借入金の債権放棄に伴う債務免除益についても【第34回】で取り上げたが、未払役員給与については、法人税法34条1項による損金不算入と債務免除益との重複を調整するための取扱いが設けられている点で異なっている。 このように、役員給与を現金で支払わない場合、「現金が動いていない」という事実だけから源泉徴収義務がないと判断することは早計である。相殺、債権放棄、供託又は勘定振替によって、役員給与の支払債務がいつ、どの範囲で消滅したのかを確認することが重要である。 (了)

#No. 686(掲載号)
#中尾 隼大
2026/09/17

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【特別編:第3回】「総合課税ルートと経路選択」

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【特別編:第3回】 (最終回) 「総合課税ルートと経路選択」   東洋大学法学部教授 泉 絢也   1 総合課税ルートは消えない 第2回でみたとおり、分離課税が適用されるのは、居住者等が特定暗号資産を暗号資産取引業者への売委託又は暗号資産取引業者に対する譲渡により譲渡した場合に限られる。 裏返せば、次のものはいずれも総合課税のままである。 これらの範囲は決して狭くない。DeFiで取得したガバナンストークンやエアドロップで受け取ったトークンなど、登録簿に名称が登録されていない暗号資産は多数存在する。 しかも、納税者は取引経路を選ぶことによって、容易に総合課税を選択できる。国内取引所にある特定暗号資産を海外取引所やウォレットに移し、そこで譲渡すればよいからである。 したがって、改正後の実務では、分離課税ルートと総合課税ルートの双方を理解しておく必要がある。   2 総合課税側でも所得税法本法が改正された 分離課税の陰に隠れがちであるが、今回の改正では所得税法本法にも手が入っている。 まず、譲渡所得の区分に「暗号資産の譲渡による所得」が新設された(所法33③三)。従来、国税庁は、暗号資産について、譲渡所得の基因となる資産には該当しないという立場をとっていたから、これは長年の論争に立法的な決着をつけるものである。 もっとも、これによって暗号資産の売却益が一律に譲渡所得になるわけではない。営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得は譲渡所得から除かれるため(所法33②一)、実務上は引き続き雑所得(又は事業所得)に区分される可能性は残る。 そのうえで、新設された暗号資産譲渡所得は、他の譲渡所得とは異なる扱いを受ける。 【譲渡所得の3区分】 区分 対象 50万円 特別控除 2分の1 課税 短期譲渡所得 (所法33③一) 暗号資産以外の資産の譲渡による所得で 取得の日以後5年以内のもの あり なし 長期譲渡所得 (所法33③二) 暗号資産以外の資産の譲渡による所得で 上記以外のもの あり あり 暗号資産 譲渡所得 (所法33③三) 暗号資産の譲渡による所得(保有期間の 長短を問わない) なし なし そして、暗号資産の譲渡益からは最大50万円の特別控除が排除され(所法33④⑤)、2分の1課税の適用対象からも除外されている(所法22②)。 ここで注意を要するのは、この2つの制限が所得税法本法の改正によって行われているという点である。 上場株式等や先物取引の分離課税では、措置法の中で本法の計算規定を読み替えることによって50万円特別控除を排除している。これに対し、暗号資産については本法そのものを改正しているため、制限は分離課税ルートか総合課税ルートかを問わず及ぶ。 「総合課税を選べば譲渡所得として特別控除が使える」「5年超保有だから2分の1課税が使える」という理解は誤りである。経路選択によっても、この2つの制限からは逃れられない。 これに対し、損失の取扱いは根拠条文がルートによって分かれる。総合課税ルートでは、暗号資産で譲渡所得の基因となるものに係る損失が、損益通算の段階で生じなかったものとみなされる(所法69②)。分離課税ルートの隔離は、第2回でみたとおり、措置法により損益通算の計算から切り離される(措法38の2①後段・②二)。 両者の違いは事業所得に現れる。総合課税ルートでは、暗号資産取引が事業所得に区分される場合の損失は従来どおり損益通算できるのに対し、分離課税ルートでは事業所得の損失も損益通算に使えない。 逆にいえば、この3つの制限のうち経路選択によって変わりうるのは、損失の取扱いだけである。 なお、譲渡所得に区分されることによって新たに適用の余地が生じる規定もある。相続財産に係る取得費加算の特例(措法39)や、保証債務を履行するために資産を譲渡した場合の特例(所法64②)がその例である。 【改正前後の取扱いの比較】(税率は復興特別所得税等を含まない) 項目 改正前 改正後(特定暗号資産・国内取引所) 改正後(それ以外) 課税方式 総合課税 分離課税 総合課税 税率 累進 15~55% 比例 20% 累進 15~55% 損益通算 雑所得は不可、事業所得は可 不可(完全隔離) 雑所得・譲渡所得は不可、事業所得は可 損失の 繰越控除 不可(青色の事業所得を除く) 3年間可 不可(青色の事業所得を除く) 50万円 特別控除 ー(譲渡所得該当性が否定されていた) 不適用 不適用 2分の1 課税 ー 不適用 不適用   3 経路選択という新しい論点 同じ種類の暗号資産であっても、どこで売るかによって課税方式が変わる。ここから、従来は存在しなかった「経路選択」という論点が生じる。 前提として押さえておきたいのは、取得価額の計算が分離課税と総合課税を通じて統一されている点である。 暗号資産の評価は種類ごとに行われ(所令119の2①)、譲渡の場や課税方式によって取得価額を区分して計算する定めはない。したがって、同じビットコインであれば、国内取引所で売っても海外取引所で売っても、1単位当たりの取得価額は同一である。 経路選択によって納税者が決められるのは、その譲渡から生じた損益を分離課税と総合課税のどちらで処理するかということだけである。取得価額まで選べるわけではないから、同一時点で「含み益のあるビットコインは国内で、含み損のあるビットコインは海外で」というような選り分けはできない。 そのうえで、経路選択の着眼点は大きく2つある。 第1に、利益局面での税率の比較である。 【税率の比較】(復興特別所得税等・住民税を含む) 課税所得金額 総合課税 分離課税 195万円以下 15.105% 20.315% 195万円超 330万円以下 20.21% 20.315% 330万円超 695万円以下 30.42% 20.315% 暗号資産の譲渡以外に所得がない場合であれば、課税所得金額330万円までは総合課税、超過分は分離課税とするほうが、税負担は小さくなる。 もっとも、給与所得等がある場合は事情が異なる。総合課税ルートを選べば暗号資産の利益は他の所得と合算されるため、税負担の増加分は他の所得の水準に左右される。暗号資産の利益を除いた課税総所得金額が既に330万円を超えている場合、暗号資産の利益を加えたことによる税額の増加分は、その利益の30.42%以上となる。 第2に、損失局面での損失の使い道である。 分離課税ルートでは、損失は箱の中で3類型間の通算に用いられ、控除しきれない額は3年間繰り越せる(措法38の3)。他方、箱の外に持ち出して給与所得等と損益通算することはできない。 総合課税ルートでは、事業所得に区分される場合に限り、損失を給与所得等と損益通算できる(所法69①)。青色申告者であれば純損失の繰越控除(所法70)も使える。 したがって、暗号資産取引を事業として行う者が大きな損失を出した年には、総合課税ルートのほうが有利となる場合がある。翌年以後に分離課税の対象となる特定暗号資産の利益が見込めなければ、繰越控除は3年の期限切れで切り捨てられてしまうからである。 逆に、雑所得や譲渡所得に区分される場合には、総合課税ルートでも損益通算はできず、繰越控除の制度もない。この場合は、分離課税ルートで繰越控除に回すほうが有利となりやすい。 なお、損失局面の判断は、翌年以後の相場の見通しに左右される。分離課税の繰越控除は翌年以後の特定暗号資産の利益からしか使えないため、市場の低迷が続けば3年の期限切れで切り捨てられる。もっとも、相場を見通すことは容易ではなく、想定が外れれば損失の使い道を失う。ここが経路選択の限界である。   4 経路選択にあたっての留意点 経路選択は合法的な制度の利用であるが、実行にあたっては次の点に注意したい。 第1に、評価方法の選択が実行可能性を左右する。 移動平均法であれば売却時点で1単位当たりの取得価額が確定するため、年の途中で「ここまでを総合課税、ここから先を分離課税」と数量を配分できる。これに対し、法定評価方法である総平均法では、年末まで取得価額が確定しないため、年の途中での振り分けは確定できない。 移動平均法を選ぶには、その種類の暗号資産を初めて取得した年分の確定申告期限までに届出をする必要がある(所令119の3①②)。届出をしなければ、法定評価方法である総平均法が適用される(所法48の2①、所令119の5①)。 既に総平均法によっている場合は、変更しようとする年の3月15日までに承認申請を行う(所令119の4)。ただし、現在の評価方法を採用してから相当期間(おおむね3年)を経過していないときなどは、申請が却下されることがある(所令119の4②、所基通47-14、48の2-3)。 第2に、移管の過程が課税イベントを生まないかを確認する必要がある。 自己のウォレット間・口座間の移管そのものは譲渡ではない。しかし、その過程でラップトークン化やクロスチェーンブリッジ、ステーブルコインへの交換が挟まれば、それぞれが暗号資産同士の交換として独立した課税イベントとなりうる。 第3に、取引は課税当局に把握されうる。 第2回で述べた特定暗号資産年間取引報告書には移出数量が記載されるため、課税当局は移出先での取引が適正に総合課税として申告されているかを確認できる。また、CARF(暗号資産等報告枠組み)により、参加国に所在する取引所での取引情報も国際的に交換される。 第4に、いずれのルートを選んでも、利益は合計所得金額に算入される。 配偶者控除・扶養控除・基礎控除・住宅ローン控除等の適用判定に影響が及ぶ点は、第2回で述べたとおりである。 第5に、特定暗号資産に該当するかどうかは固定的ではない。 登録簿への登録の有無や財務省令による除外・追加は、制度の運用開始後も変動しうる。判断は売却を実行する時点の該当性に基づいて行う必要がある。 第6に、税以外のコストとリスクがある。 経路選択は、多くの場合、国内取引所と海外取引所やウォレットとの間で暗号資産を移管することを伴う。送金(出庫)手数料やネットワーク手数料(ガス代)、各取引所の売買手数料やスプレッドの差、海外取引所で取引した場合の円換算の手間は、そのまま経路選択のコストとなる。 また、送金先アドレスの誤りやネットワークの取違えによって暗号資産を失うリスク、プライベートウォレットで保管する場合の秘密鍵の紛失や漏えいのリスクも無視できない。秘密鍵を失えば、税負担の多寡以前に資産そのものを失う。 税率差だけを見て経路を決めるのではなく、これらの負担を含めて総合的に判断する必要がある。   5 消費税でも位置付けが変わる 最後に、所得税以外の改正にも触れておきたい。 消費税法施行令の改正により、暗号資産の譲渡は「支払手段に類するもの」から「有価証券に類するもの」の譲渡へと再分類される(消令9①一)。非課税であるという結論自体は変わらない。 実務上の影響が大きいのは、課税売上割合の計算である。改正前は分母にも分子にも算入されなかったが、改正後は譲渡対価の5%相当額が分母に算入される(消令48⑤)。 暗号資産の譲渡額が大きい事業者ほど課税売上割合が低下し、仕入税額控除が制限されることになる。暗号資産取引業者や、暗号資産を決済手段として日常的に用いるweb3事業者は、「課税売上割合に準ずる割合」(消法30③)の承認申請の要否を含め、適用開始前に試算しておくべきである。 あわせて、暗号資産の貸付け(レンディング)の利用料が非課税とされた(消令10③十一)。ただし、この利用料は譲渡対価とは異なり、課税売上割合の分母に全額が算入される点に注意を要する。   6 令和8年度税制改正を振り返って 3回にわたり、令和8年度税制改正による暗号資産の分離課税の全体像を紹介した。 改正の中心は20%の申告分離課税と3年間の繰越控除であり、これは長年の要望が実現したものである。 しかし、その対象は特定暗号資産を、暗号資産取引業者を通じて譲渡した場合に限られ、それ以外は総合課税のまま残された。改正後の暗号資産税制は、分離課税と総合課税が併存する二重の構造をとる。 「分離課税になった」という一言で片づけず、自分の取引がどちらのルートに乗るのかを一件ごとに判定すること。これが、改正後の実務の出発点となる。   (了) 本連載の筆者による新刊 暗号資産の税金はこう変わる -分離課税の仕組みと実務- 泉絢也 著/清文社 令和8年度税制改正で創設された特定暗号資産の申告分離課税(措法38の2)と譲渡損失の繰越控除(措法38の3)を、適用要件・計算・経路選択まで条文に沿って解説しています。 書籍の詳細をみる ▶

#No. 686(掲載号)
#泉 絢也
2026/09/17

税理士が押さえておきたい「社宅」の税務と周辺知識 【第5回】「従業員用の借上げ社宅⑤」~付随的論点と特殊ケースへの対応~

税理士が押さえておきたい「社宅」の税務と周辺知識 第5回 従業員用の借上げ社宅⑤ ~付随的論点と特殊ケースへの対応~ 公認会計士・税理士 桝井康弘   〇駐車場付物件の取扱い   〇家具・家電付住宅の賃貸料相当額 (※) 「社員に家具等を貸与した場合の経済的利益」(国税庁質疑応答事例)   〇社宅の管理費の取扱い (※) 「役員に貸与したマンションの管理費」(国税庁質疑応答事例)   〇火災保険・家財保険の取扱いと費用負担 借家人賠償責任 補償特約 火災、破裂・爆発、水ぬれなどで借家人が大家さんに対し損害賠償責任を負った場合に補償を受けられるもの 個人賠償責任特約 洗濯中にホースが外れ下の階の住人に水漏れ被害を与えてしまうなど、入居者が他人に対し損害賠償責任を負った場合に補償を受けられるもの   〇結婚した場合の取扱い   〇広い社宅の一部を使用しているにすぎない場合   (次回に続く)  

#No. 686(掲載号)
#桝井 康弘
2026/09/17

給与計算の質問箱 【第80回】「令和9年分源泉徴収税額表の変更点」

給与計算の質問箱 【第80回】 「令和9年分源泉徴収税額表の変更点」   税理士・特定社会保険労務士 上前 剛   Q 令和9年分源泉徴収税額表は、令和8年分源泉徴収税額表と比較して変更点はあるでしょうか。 A 給与と賞与の源泉徴収税額表は一部変更されたが、退職所得の源泉徴収税額表は変更がなかった。具体的には、以下のとおりである。 * * 解 説 * * 防衛特別所得税が令和9年1月1日から適用されることに伴う文言の追加や令和8年度税制改正により基礎控除(本則)が4万円引き上げられたことにあわせた扶養親族などの所得要件の変更(58万円→62万円)が反映されている。   1 表紙の変更点 令和9年分から「防衛特別所得税」の文言の追加等が行われている。赤枠が変更点である(以下同様)。 《令和8年分》 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「令和8年分源泉徴収税額表」より抜粋 《令和9年分》 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「令和9年分源泉徴収税額表」より抜粋のうえ筆者作成   2 「税額表の使い方の注意書き」の変更点 〈19~20頁〉 令和8年分では所得の見積額が58万円であったが、令和8年度税制改正により基礎控除(本則)が4万円引き上げられたことに伴い、令和9年分では所得の見積額が62万円に変更されている。 《令和8年分》 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「令和8年分源泉徴収税額表」19~20頁より抜粋のうえ筆者作成 《令和9年分》 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「令和9年分源泉徴収税額表」19~20頁より抜粋のうえ筆者作成   3 「扶養親族等の数の算定方法」の変更点 〈20~21頁〉 上記2と同様の理由から「扶養親族等の数の算定方法」について「58万円」の記載が「62万円」に変更されている。 《令和8年分》 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「令和8年分源泉徴収税額表」20~21頁より抜粋のうえ筆者作成 《令和9年分》 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「令和9年分源泉徴収税額表」20~21頁より抜粋のうえ筆者作成   4 「納付書の記載のしかた」の変更点 〈25頁〉 令和8年分では左上に「年度」欄があったが、令和9年分では右下になった。令和8年分では「整理番号」欄があったが、令和9年分では「整理番号」欄はなくなり、「お問い合わせ番号」欄になった。 《令和8年分》 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「令和8年分源泉徴収税額表」25頁より抜粋のうえ筆者作成 《令和9年分》 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「令和9年分源泉徴収税額表」25頁より抜粋のうえ筆者作成 (了)

#No. 686(掲載号)
#上前 剛
2026/09/17

相続税の実務問答 【第123回】「共同相続人の一人に失踪宣告の申立てを行う場合」

相続税の実務問答 【第123回】 「共同相続人の一人に失踪宣告の申立てを行う場合」   税理士 梶野 研二   [答] 相続税の申告書の提出期限までに、叔父様の失踪宣告の審判が確定しない場合には、あなた方姉妹と叔父様を伯母様の相続人とし、法定相続分の割合により伯母様の財産を取得したものとして相続税の計算をして相続税の申告をする必要があります。その後、叔父様の失踪宣告の審判が確定し、叔父様が死亡したとみなされた日が伯母様の相続開始より前であるときには、伯母様の相続人はあなた方2人となり、相続人の数が減ることとなりますので、相続税の再計算を行い、相続税の修正申告をすることとなります。 なお、叔父様が有する財産がある場合には、叔父様の財産について相続税の申告が必要となる場合があります。   ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 被相続人に配偶者、子及び直系尊属がいない場合の相続人 亡くなった者に、子(代襲相続人を含みます)がなく、直系尊属もいない場合には、その者の兄弟姉妹が相続人になります(民法889①)。兄弟姉妹のうちに既に亡くなっている者がいれば、その子(亡くなった者の甥・姪)が代襲して相続人となります(民法889②、887②)。なお、亡くなった者に配偶者がいれば、その配偶者も相続人になります(民法890)。   2 不在者の失踪宣告 7年間以上生死不明の者(その者を、本稿において「不在者」といいます。)がある場合には、家庭裁判所は、利害関係人からの請求により失踪宣告をすることができます(普通失踪の場合)(民法30①)。失踪宣告がされると、失踪宣告を受けた不在者は、最後に生存が確認された時から7年間が経過した時に死亡したものとみなされます(民法31)。   3 相続税の申告 相続人及び受遺者(以下「相続人等」といいます。)のうちの一人が不在者でその生死が不明であっても、その不在者以外の相続人等は、被相続人に相続の開始があったことを知った日の翌日から起算して10か月以内に、被相続人の財産について相続税の申告をしなければなりません。この場合の相続税については、その不在者が当該相続開始時に生存していたものとして、相続税の基礎控除額の計算、相続税の総額の計算及び生命保険金や退職手当金の非課税金額の計算を行うこととなります。 (注) 通常、当該不在者は、被相続人の相続開始の事実を知らないと思われますので、当該不在者については相続税の申告期限は到来しませんが、不在者であった者又はその財産管理人が、被相続人に相続が開始したことを知った場合には、被相続人に相続が開始したことを知った日の翌日から10か月以内に相続税の申告をする必要があります(【第122回】「共同相続人中に不在者がいる場合」参照)。 なお、一部の相続人が不在者であることを理由として他の相続人等の相続税の申告期限が延長されることはありません。   4 相続税の申告期限後に失踪宣告が行われた場合 (1) 不在者について失踪宣告がされるとその不在者は、最後に生存が確認された時から7年間が経過した時に死亡したものとみなされます。不在者が死亡したものとみなされた時が被相続人の相続開始前であるとすると、失踪宣告を受けた者は、その被相続人の相続人ではなかったこととなります。そのため、被相続人の相続人であるものとして当該被相続人に係る相続税の申告手続き等が行われていた場合には、その申告等の是正が必要となります。  失踪宣告を受けた者は相続人ではなくなったことから、その者を除いて相続税額の再計算をした結果、他の相続人等の相続税額が減ることとなるときには、相続税法第32条第1項第2号の規定に基づき更正の請求をすることができます。一方、当該者を相続人から除くことにより、他の相続人等の相続税額が増えることとなる時には、相続税の修正申告をすることができます。修正申告がされないときには、税務署長が更正をします。 (注) 不在者が失踪宣告を受け、相続人ではなくなった場合、相続税法第15条第2項に規定する相続人の数が減ることから、そのことが相続税額の基礎控除額や相続税額の計算、さらには生命保険金や退職手当金の非課税金額の計算に影響し、他の相続人等の相続税額が増加することが多いと思います。ただし、相続人の失踪宣告があったことにより後順位の者が相続人となるようなケース(例えば、唯一の子が失踪宣告を受け、第一順位の相続人が存在しないこととなった場合において、第二順位の相続人又は第三順位の者が相続人となったときにおいて、これらの者が複数名いるケースなど)では、遺産の遺贈を受けた受遺者の相続税額が減少することがあり得ます。 (2) 失踪宣告がされると、通常、その者は、最後に生存が確認された時から7年間が経過した時に死亡したものとみなされます。そうしますと、その者が財産を保有していた場合には、その失踪宣告がされた者の相続人が失踪宣告をされた者を被相続人とする相続税の申告をする必要があります。その場合の申告書の提出期限は、失踪宣告に関する審判の確定したことを知った日の翌日から10か月以内となります(相法27①、相基通27-4(1))。   5 ご質問の場合 (1) あなた方姉妹は、伯母様の相続人として伯母様の相続開始を知った日の翌日から10か月以内に相続税の申告書を提出しなければなりません。この時点で叔父様の失踪宣告がされていないとすれば、叔父様も伯母様の相続人に含めて、各相続人が法定相続分の割合で伯母様の財産を取得したものとして相続税を計算することとなります。  伯母様の遺産の中に賃貸物件がある場合など小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(以下「小規模宅地等の特例」といいます。)を適用できる可能性がある場合には、「申告期限後3年以内の分割見込書」を相続税の期限内申告書に添付しておきます。 (2) 叔父様の失踪宣告がされたときには、叔父様を相続人から除いて相続税額を再計算することとなります。戸籍上、叔父様には子がないと認められますので、相続人の数が減少することとなり、あなた方の相続税額は増加しますので、相続税の修正申告をします。  その後、あなたと妹さんとの間で遺産分割が調い、小規模宅地等の特例の適用が可能となった場合には、更正の請求をすることができます。 (注) 叔父様に帰属する財産(叔父様の名義となっている不動産など)があるとすれば、あなた方姉妹は、叔父様の相続人として、必要に応じて叔父様の失踪宣告の審判の確定した日の翌日から10か月以内に被相続人を叔父様とする相続税の申告をします。   (了)

#No. 686(掲載号)
#梶野 研二
2026/09/17

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第104回】「IHI事件 -取引単位営業利益法(TNMM)に準ずる方法と同等の方法による課税処分が取り消された事例-(地判令5.12.7、高判令6.12.11)(その1)」~租税特別措置法66条の4第1項等~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第104回】 「IHI事件 -取引単位営業利益法(TNMM)に準ずる方法と同等の方法による課税処分が取り消された事例- (地判令5.12.7、高判令6.12.11)(その1)」 ~租税特別措置法66条の4第1項等~   税理士 中野 洋     1 制度の概要 (1) 申告調整型 租税特別措置法(以下「措置法」)66条の4第1項では、国外関連取引により法人の所得が国外に移転しているとき、その取引は独立企業間価格(以下「ALP」)で行われたものとみなすとしている。つまり、法人は、国外関連取引について、ALPにより行われたものとして所得を計算しなければならず、先ずは法人の判断により、申告調整を行うべき規定である。また、わが国の移転価格税制のモデルとなった米国の内国歳入法(IRC)482条は、課税庁の権限において、国内外を通じて、関連者間の所得を配分する規定である。したがって、わが国の移転価格税制は「支払いを受ける対価の額がALPに満たないとき」及び「支払う対価の額がALPを超えるとき」のみを課税対象とすべきこととなる。   (2) 内部取引を外部取引に引き直す制度 移転価格税制は、関連者間の取引を非関連者間の取引に引き直す制度である。しかしながら、非関連者間において成立する取引価格の算定には困難を伴う。ALPは、比較法により算定することから、比較対象取引が必要となるところ、それが容易には見つからない。国外関連取引のすべてについて、比較可能な取引を見つけ出し、比較することができるのか。この問題に対する現実的な回答は、データベースを参照し、営業利益で比較するという方法であった。比較に際しては、内部市場にある取引(関連者間の取引)を外部市場の尺度(非関連者間の取引)で図ることになるため、特に無形資産が関係する取引については限界が指摘されている(※1)。 (※1) 「外部市場において比準すべき独立当事者間の取引を懸命に探索しても、実際には見つからないことが多い。しかも、理論的に見ても、高度に統合された企業は、規模の利益や取引費用の節減により、独立の当事者がただ集まっただけよりも高い収益率を享受しうる。特に、・・・多国籍企業は、無形資産(intangibles)にかかる市場の失敗を内部組織化によって補っている。であるから、無形資産に帰せられる超過収益は、組織外部の取引との比準によってはとらえることができない。こうして、独立当事者間基準には、執行上も、理論上も、ほころびが指摘されるようになった。」-増井良啓・宮崎裕子『国際租税法[第4版]』東京大学出版会(令1.12)198~199頁   (3) 「価格・粗利益」から「営業利益」へ 伝統的なALPの算定方法は、非関連者間で成立する「価格」又は「粗利率」との比較において算定する基本三法である。しかしながら、内部取引(※2)で比較可能な取引がある場合を除き、現実の市場取引の中から、国外関連取引と同種の比較対象取引を見つけ出すことは極めて困難である。措置法66条の4第2項柱書では、ALPの算定に際して、同項1号から4号に掲げる方法のうち最も適切な方法(ベスト・メソッド)によるべきこととしているが、1号から3号の基本三法との比較では、比較可能な取引を見つけ出すことができず、消去法的に、4号における営業利益ベースでの比較とならざるを得ない。 (※2) とはいえ、同一市場に子会社を設立しておきながら、同様の第三者間取引を行うことは、経済合理性の観点からは考え難い。 また、価格又は粗利率との比較では、機能・リスク・無形資産(以下、これらを「機能等」)の影響を直接受けることから、これらの影響による差異を調整する必要がある。しかしながら、このような差異を調整するためには、比較対象取引に関する詳細な情報が必要となる上、そもそも無形資産について比較対象取引を見つけ出すのは困難である。一方で、機能等の差異の多くは販売費及び一般管理費(以下「販管費」)に反映されることから、営業利益率で比較することとすれば、このような差異が販管費の中で調整され、重要な差異が生じる可能性が低くなる。   (4) 本件算定方法 ① データベースによる法人単位の比較 比較対象取引の存在を前提としたALPの算定では、殆どのケースで企業情報データベースに依拠せざるを得ない。しかしながら、データベースに掲載されている情報は、「取引単位」ではなく「法人単位」の情報である。したがって、情報の入手可能性により殆どのケースで、消去法的に、法人単位、かつ、営業利益指標を使用した比較・検討が行われることになる。本件においても、比較対象取引の売上高営業利益率(以下「OPM」)を指標とする取引単位営業利益法(以下「TNMM」)に準ずる方法と同等の方法による課税処分の適否が争点となったが、当該算定方法では国外関連取引の当事者のうち、単純な機能を有する側(換言すれば、無形資産などの重要な機能を有さない側)のみを検証対象とすることから、無形資産の評価問題が解消される。本件では、検証対象法人と比較対象取引(法人)との間で生じる機能等に関する差異は、営業利益率に重大な影響を与えない旨の判示がなされている。 ② 売上高営業利益率によるTNMM TNMMでは、国外関連取引の当事者のうち比較的単純な機能を有する側(本件のようなアウトバウンド取引の場合、通常は国外関連者)を検証対象法人とし、検証対象取引と同種又は類似の比較対象取引(実際には、殆どのケースで比較対象法人)を選定し(※3)、比較可能性を検証する。このようなケースで使用されている営業利益指標の一つがOPM(※4)であり、検証対象法人の営業利益率を比較対象法人の営業利益率に引き直す。この方法では、国外関連者に割当てられる利益は、単純な機能等を有する比較対象法人の営業利益となることから、残りの超過利益はすべて国内の親会社に割当てられる。したがって、営業利益指標を使用するTNMMには、税収面での理由がある。しかも、データベースを使用した(単純な機能を有する側の)片側検証であることから、執行上も容易である。 (※3) 複数の取引が密接に関係し、一体・不可分の関係にあることのみをもって、法人単位の比較を正当化することはできないであろう。企業は、様々な事業を行っていることから、比較対象法人が類似の事業のみを行っているとは限らず、したがって、結局は、情報の入手可能性という理由に行き着くことになるであろう。 (※4) 本件事案の当時の措置法施行令39条の12第8項には、2つの営業利益指標が規定されていた。同2号にOPMを営業利益指標とするTNMMが、同3号に総費用営業利益率を営業利益指標とするTNMMもあったが、本稿におけるTNMMは当時の2号TNMMを指すものとする。判決文においてはTNMMの後に(2号)と付記するが、本稿においてはこれも省略する。 ③ 利益指標の分母は非関連者との取引 TNMMの適用に際して使用する営業利益指標は、関連者間取引と非関連者間取引の組合せにより決まり、営業利益指標の分母は非関連者との取引の数字を使用する。また、国外関連取引の単純な機能等を有する側(本件では、国外関連取引の買手)が検証対象法人となり、概ね、これらの要素にもとづき営業利益指標を決定する。本件のようなアウトバウンド取引においては、買手の営業利益に着目することとなり、営業利益指標としてはOPMを使用することとなる。この場合、国外関連取引の買手における再販売取引が分母の数字となることから、当該再販売取引は非関連者間との取引でなければならない。 本件においては、分母の数字(国外関連取引の買手における再販売取引)は非関連者との取引であるべきところ、関連者への販売取引が混ざっており、逆に、本件国外関連取引の中にも、非関連者との取引(現地サプライヤーからの部材の調達。以下「非関連購入取引」)が混ざっていた。 ≪図1≫(※5) (※5) 信成国際税理士法人『移転価格文書の作成のしかた』中央経済社(平30.12)38頁より引用   2 事案の概要 (1) 取引関係図≪図2≫ (2) 事案の経緯 IHIターボタイランド社(以下「S」)は、平成14年2月、(株)IHI(旧社名:石川島播磨重工業。以下「X」)から直接又は間接に計90%の出資を受けてタイに設立された法人であり、Xに係る措置法66条の4第1項所定の国外関連者である。取引の概要は≪図2≫のとおりであり、Sは、車両過給機の部品又は部材をX又は現地サプライヤーから購入し、車両過給機を製造した上で、主として日系自動車メーカーに販売するほか、その一部完成品や部品をXの関係会社に販売していた。課税庁(以下「Y」)が選定した比較対象法人は、タイの上場企業2社(C1・C2)であるが、いずれも自動車部品を製造し、日系自動車メーカーに販売していた(以下「本件比較対象取引」)。また、タイにおける車輛過給機の製造に際して、X・S間では≪図2≫のとおり「部品の輸出取引」「無形資産の供与」「役務提供」の取引が行われていた(以下「本件国外関連取引」)。 Yは、Xが支払を受けた対価の額が、TNMMに準ずる方法と同等の方法で算定したALPに満たないとして、法人税等の更正処分等を行った(※6)。ALPの算定方法については、Xの平成25年3月期から平成28年3月連結期までの各事業年度とSの平成24年12月期から平成27年12月期までの各事業年度をそれぞれ対応させた上で、(a)Sの各事業年度における売上高から、(b)同売上高にSの各事業年度に対応する事業年度の比較対象法人のOPMの単純平均値(為替及び会計処理方法による差異調整)を乗じた額、(c)Sの各事業年度の売上原価並びに(d)販管費の合計額を減算し、(e)本件国外関連取引の対価の額を加算して算定(以下「本件算定方法」)した。これを算式で表すと次のとおり。 (※6) 更正処分に伴う具体的な金額は訴訟資料に掲載されていない。令和3年1月25日付の日本経済新聞によると、申告漏れ所得金額は約100億円、追徴税額は25億円とのこと。   3 争点 本件における争点は以下のとおり。 地裁は、争点(1)を検討しこれを否定した。したがって、争点(2)から争点(4)については『その余の争点について判断するまでもなく』として判示せず、高裁も地裁の判示を踏襲している。   4 地裁の判示 地裁は、争点(1)の判示に際して「判断枠組み」を以下のとおり述べる。 TNMMに準ずる方法の趣旨・解釈について 『実際に行われている取引の複雑性を考慮し、個々の取引の態様等により同項1号から3号までに掲げる方法が適用できない場合であっても、これらの方法から乖離しない限りにおいて、取引内容に適合した合理的な方法を採用し得る余地を残すことにあるものと解される・・・TNMMに準ずる方法と同等の方法とは、棚卸資産の売買取引以外の取引において、当該取引内容に適合し、TNMMの考え方から乖離しない合理的な方法をいうものと解するのが相当である。』 解釈に当たって、OECDガイドライン(※7)の内容を考慮に入れること 『我が国の移転価格税制は、国家間の課税権の適切な調整の観点から導入されたものであるから、・・・TNMMの規定を解釈するに当たっては、諸外国の移転価格税制との間の整合性を図るという点から、ガイドラインの内容を考慮に入れるのが相当である。』 (※7) 以下、単に「ガイドライン」とする。また、断りのない限りガイドラインは(2010年版)を指す。また、以下では、ガイドラインのパラグラフを単に「パラ」とする。 機能やリスクを殊更に重要視するものではない。 『国外関連者及び比較対象法人の「それぞれが果たす機能や負担するリスク」に差異がないことは、両者に比較可能性があることを裏付ける判断要素の一つにとどまり・・・TNMMはこれらの差異による影響を比較的受けにくいものといえる。そうすると、国外関連取引に対応する取引から離れて国外関連者と比較対象法人の「それぞれが果たす機能や負担するリスク」を殊更に重要視することはできない。』 次いで、[1]取引単位の問題、[2]損益単位の問題、[3]比較可能性の問題、に各々区分して判示した。 [1] 取引単位の問題 準ずる方法については、簡潔で抽象的な規定ぶりであることから、その解釈については、最終的に裁判所の判断を仰がざるを得ない。この点については『国外関連者が内国法人との取引(国外関連取引)によって得た資産及び同資産に国外関連者が付加した価値をすべて包含するものであれば、TNMMの考え方から乖離するものではないというべき』と述べた。 また、再販売価格基準法(以下「RP法」)やOPMによるTNMMのように、その適用範囲については「棚卸資産」としていないことから、国外関連取引と同種の取引として限定的に解すべきではなく(※8)、したがって、「準ずる方法」という文言の『拡張解釈や類推解釈には当たらない』とし、さらに、Sの再販売取引に関連者との取引が含まれている点については『国外関連取引に対応する取引のうち、特殊の関係にある者を相手方とする取引が一部にとどまるのであれば(※9)、その全体の取引価格は、自由市場における価格と乖離するものではない』とした。 (※8) ガイドラインでは「準ずる方法」についての規定がなく、RP法やTNMMにおける「取引」の範囲を限定的に解していないことから、わが国の準ずる方法と同様であると判示している。 (※9) 訴訟資料では、具体的な数字が黒塗りされているものの「・・・にすぎず」や「・・・にとどまる」という表現となっていることから、関連者に対する再販売取引が占める割合は低いと考えられる。 個々の国外関連取引を一体評価する点については、『内国法人と国外関連者との間の複数の取引が相互に密接に結び付いており、個別の取引ごとに評価するのでは適正にALPを算定することができないような場合において、複数の取引を一体の国外関連取引として取り扱って、これに対応する取引価格をもってALPを算定する方法は、取引内容に適合し、TNMMの考え方から乖離しない合理的な方法であるということができる』とした。 [2] 損益単位の問題 (1) 本件算定方法について 本件算定方法についてXは、本件算定方法は『国外関連取引に係る資産と非関連購入取引に係る資産の総体に対して国外関連者の事業活動によって付加された価値(営業利益)を、市場における各資産の価格の比率をもって、各資産に割り付けようとするものである』と批判するが、判示は『国外関連者の購入取引において非関連購入取引が占める割合が小さい場合には・・・ALPとの相違は僅少なものとなる。また、国外関連取引に係る資産と非関連購入取引に係る資産が同種類似のものである場合には・・・外的条件が相違する程度や・・・国外関連者にとっての価値と市場における価格が相違する程度は、小さいものになると考えられる』とし、さらに非関連購入取引に係る原価や販管費を控除することにより、非関連購入取引に対応する売上高の増加分が一定程度控除されることから、『非関連購入取引を包括しALPを算定した影響は相当程度減殺されている』と述べる。 (2) 本件算定方法により算定することの是非 しかしながら、本件国外関連取引への適用に際しては『本件国外関連者の購入取引において非関連購入取引が占める割合が小さいとはいえず(※10)、また、本件国外関連取引に係る資産と非関連購入取引に係る資産が同種類似の資産であるということもできない。したがって、・・・取引内容に適合し、TNMMの考え方から乖離しない合理的な方法であるということはできない』とした。 (※10) 訴訟資料においては具体的な数字は明らかにされていない。 (3) 本件算定方法によって算定した価格との比較 一方で、課税処分の違法性の観点からは『本件国外関連取引に係る資産は希少性のあるものであるが、非関連購入取引に係る資産は汎用性のあるものである。」したがって「本件国外関連者の事業活動によって各資産の総体に付加される価値(営業利益)は・・・より加重して割り付けられるべきものと解される。ところが、本件算定方法は、市場における各資産の価格の比率をもって当該価値を割り付けようとするものであるから、本件国外関連取引に係る資産への割り付け分が本来よりも小さくなり、結果として、本件国外関連取引のALPが本来よりも小さく算出されることになる。そうすると・・・本件各更正処分の基礎とされた所得金額が本件各事業年度の所得金額よりも過大になっているということはできない』ことから、本件算定方法は『取引内容に適合し、TNMMの考え方から乖離しない合理的な方法であるということはできないものの、このことは、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の違法性を惹起するものとはいえない』とした。 [3] 比較可能性の問題 先ず、比較可能性の判断要素として、ガイドラインパラ1.36の指摘や、措置法関係通達(法人税編)66の4(3)-3の規定を踏まえ、事業の内容、製品の特徴、当事者の遂行する機能、市場の状況、経営の効率性を挙げ、次に、SとC1・C2の事業内容について各々検討した上で、いずれも日系自動車メーカーに自動車部品を製造・販売する一次サプライヤーであり、売上規模も類似していることから、事業内容は類似しているとした。 製品の特徴については、Sが製造販売する車両過給機については、『車両過給機の製造には相当の技術力が必要であるとはいえる』とし、構造や動作内容、製造許容誤差の相違を認め、これらの相違は各取引の価格に影響を及ぼすとしながらも『性能による差別化が取引の対価に影響を与える程度は大きなものということはできない』とした。 (1) 当事者の遂行する機能 製造活動 Sにおける部材の現地調達化、Sの生産技術の改良、部品の内製化製造活動の比較における差異は、Sと本件比較対象法人のOPMの相違に重要な影響を与えないものといえるとした(※11)。 (※11) Xのこのような主張は、差異調整の必要性を主張するものである。ちなみに、本件課税処分においては、為替差損益及び会計処理方法に関する差異調整を除き、差異調整は行われていない。また、本件はTNMMの適用に関する最初の訴訟であるが、TNMMに関する過去の裁決事例においても、課税庁は、為替差損益及び会計処理方法の差異調整は行うが、それ以外の差異調整を行っていないとの指摘がある。-中村信行「取引単位営業利益法(TNMM)の展望―訴訟事例からの検討―」税法学591号(令6.5)95頁 無形資産 Sが保有する無形資産については、『国外関連者が国外関連取引によって保有するに至った無形資産を使用して事業活動を行っていたとしても、当該無形資産を通常使用するような方法で使用するにとどまり、無形資産の価値を増大させていない場合には、当該国外関連者は重要な無形資産を有しているとはいえない』などとした。一方で、C1・C2が保有する無形資産については、両社が重要な価値を有する特許権・技術ノウハウなどを保有することを示す証拠はないとし(※12)、いずれにおいても『自動車部品製造に係るタイの上場企業が通常有する程度の無形資産を保有するものであるから、それぞれが保有する無形資産の差異は、Sと本件比較対象法人のOPMの相違に重要な影響を与えない』とした。 (※12) C1・C2に関しては、相対的に信頼性に疑問がある事実に基づいており、重要な無形資産の保有については、事実が不明である(証拠がない)ことを根拠としている。国外の比較対象法人に関する情報入手が困難であることが背景にあろうが、全体的に、比較対象法人の認定事実は根拠が薄いようにもみえ、検証対象法人のそれとの間には温度差を感じる。 リスク 判示は、S及びC1・C2が、各々の買い手側企業との間で引受けたリスク分担割合について『OPMの相違に重要な影響を与えるような差異があることを示す的確な証拠はない(※13)』とした。さらに、判示は『Yは、本件国外関連取引においてX及びSが負担するリスクの多寡について主張するところ、これは、本件国外関連取引に対応する取引において売り手側(S)が負っていたリスクの検討に関係するものではない』と付言している。 (※13) 無形資産の認定においても同様だが、このような判示(証拠はない)は、比較・分析が十分に行われていないことが伺われる。課税処分取消訴訟における立証責任は、基本的には課税庁が負うことになるが、今治造船事件(高松高判平18.10.13 訟務月報54巻4号875頁)では「調整の対象となる差異には「対価の額の差」を生じさせ得るものすべてを含むものとは解すべきではなく、対価の額に影響を及ぼすことが客観的に明らかであるものに限られる」としている。 (2) 市場の状況 市場占有率の比較 タイでは、Sが設立された平成14年当時、有力な競合他社が進出しておらず、タイの車両過給機市場における市場占有率を高めていったが、平成27年以降は有力企業の関係会社が同市場に参入するようになり、同年以降は発注を失いその市場占有率が急落した。これらの状況を踏まえ『市場占有率は、事業の収益性を決定する主要因の一つであり、市場占有率が高ければ、自動車メーカーから受注を獲得する際に、競争業者を意識して価格を引き下げる必要性が小さいから、価格競争力が高まる」とし、「Sの市場占有率の低下が営業利益率の低下に影響しているということができる』とした。 さらに『本件比較対象法人が製造販売する自動車部品のタイにおける市場占有率は明らかではないものの、これらの自動車部品の製造の難易度は、車両過給機と比較すると、構造や動作内容、製造許容誤差からみて低いといえるから、本件比較対象法人が当該自動車部品市場において高い市場占有率を有していたとは考えにくい』として、本件の市場占有率の差異は、OPMの相違に重要な影響を与えるものというべきであるとした。 需要の比較 タイにおいては、平成24年から排気ガスの規制が強化され、規制基準をクリアするためには車両過給機を搭載することによりエンジン性能を向上させる必要があり、本件各事業年度において、車両過給機の需要は高まっていた。この点について『Sの車両過給機の販売台数は、本件各事業年度の1年目である平成24年度に特に増加し、本件各事業年度中も概ね微減するにとどまっている。本件各事業年度におけるSが製造販売する車両過給機の需要の増大により、Sの価格競争力が高まり、ひいては営業利益率の上昇に影響したものと解される。一方、本件比較対象法人が製造販売する自動車部品については、排気ガスの規制強化などの環境規制による需要の増大は想定されない』ことから、本件における需要の差異は、OPMの相違に重要な影響を与えるものというべきであると判示した。 (3) 所得移転の蓋然性 Yは、X及びSの機能等を分析すれば、Xの貢献の程度が高く、XからSに所得移転が生じている蓋然性が高いと主張する。しかしながら、『国外関連取引の当事者(本件ではXとS)が果たす機能等の勘案を求めるのは・・・ALPを算定する複数の方法の中から最適方法を選択するため』とし、『比較可能性を検討するに当たり、国外関連取引の当事者が果たす機能等を勘案することを求めるものではない』とし『ALPの算定に当たり、所得移転の蓋然性を考慮することはできない』とした。さらに、Yが主張するように国外関連者の機能等に内国法人が貢献している場合においては、『内国法人の貢献を考慮して国外関連者の機能等を分析し、比較可能性を検討することになる』とし、本件においては、上記「当事者の遂行する機能」及び「市場の状況」においても、Xの貢献を斟酌した旨判示した(※14)。 (※14) 判示は、Sの「機能」及び「市場の状況」の評価にあたり、SのみならずXの貢献をも斟酌していると述べる。しかしながら、Sの市場占有率の高さについて、Sの活動を評価し、Xの貢献は限定的とも述べている。この点からは、SとXの各々の貢献を切り分けて、個別に評価・勘案しているようにみえる。因みに、審判所においては、市場占有率の高さをXの貢献によるものとして、SとC1・C2間の比較可能性の検討要素から外している。 (4) まとめ 比較可能性の問題については、上記のとおり述べ『Sと本件比較対象法人の差異のうち、市場の状況に関する差異は、OPMの相違に重要な影響を与えるものであって、当該差異が与える影響を取り除くための相当程度正確な調整ができないものであるから、本件算定方法において当該差異の調整が実際にされているか否かについて検討するまでもなく、Sと本件比較対象法人との間に比較可能性があるということはできない』とした。 [4] 総括 結論として『タイの車両過給機市場におけるSの市場占有率の高さや、Sが製造販売する車両過給機に対する需要の大きさを考慮すれば、本件各事業年度におけるSの営業利益率は、本件比較対象法人の営業利益率よりも高いものと認められる。そうすると、本件比較対象法人の営業利益率をもって本件国外関連取引のALPを算定した本件算定方法は、本件国外関連取引に対応する取引の対価から、適正な営業利益額よりも過少な金額しか控除しておらず(※15)、これによりALPが過大に算定されていることになるから、当該ALPに基づき計算された本件各事業年度の法人税の各所得金額は、いずれも過大なものといわざるを得ない』とした。 (※15) 2(2)本件算定方法の計算式参照。   5 高裁の判示 高裁は、概ね、地裁の判示を踏襲しているが、C1・C2の市場占有率については、地裁と異なり、具体的な数値に基づいている。Yは、『比較対象法人についての「市場占有率」や「需要」という入手困難な要素について厳格な比較可能性を求めることは、ALPの算定を困難にし、移転価格税制の適正・公平な執行も困難となるから、そもそも妥当ではない(※16)』など主張し『車両過給機のタイにおける市場占有率と本件比較対象法人の製造販売する主要な自動車部品(アスクルシャフト、コントロールケーブル)のタイ市場における占有率(いずれも70%以上)との間には、有意な差異はない』とする。一方、Xは、『本件比較対象法人は、多様な製品(部品)を製造しており、製品ごとにその市場占有率は異なっている上、自動車部品事業全体として見ると、タイ市場における占有率(加重平均値)は、本件各事業年度において、高い時でも約60%程度にとどまっていた(特に・・・は平均約40%にとどまる)』などとする。 (※16) この点について、ガイドラインパラ2.70においては「営業利益指標は、競争上の地位のように粗利益及び価格にも影響を及ぼす要因によって影響を受けることがある」と指摘している。 YとXの計算結果の違いは、Yが主要部品のみで市場占有率を算定したのに対して、Xは自動車部品ごとの売上構成比率に市場占有率を乗じた数値を加重平均して算定した点にある。判示は、Xの計算方法を支持したが、具体的な計算は以下のとおり。また、Sの市場占有率は、地裁・高裁の訴訟資料では明らかにされていないが、審判所において7割とされており、これをもって本件における占有率の乖離幅が確認できる。 ≪表1≫比較対象法人の市場占有率の計算 また、Yは、地裁から一貫してSの『高い市場占有率は、専らXの貢献によるものであるから、比較可能性の検討においてこれを別途考慮すべきではない』と主張するが、この点についても、地裁の判示を踏襲しつつ『当該市場における取引の成否という結果自体はXではなく』Sが引き受けることとなることから、『本件の比較可能性の検討において市場占有率を別途勘案すべきでないか、少なくとも営業利益率に重要な影響を与えるものではないと断ずることはできない』とした。 ((その2)へ続く)

#No. 686(掲載号)
#中野 洋
2026/09/17

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第192回】株式会社アドバンスクリエイト「第三者委員会調査報告書(2026年7月31日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第192回】 株式会社アドバンスクリエイト 「第三者委員会調査報告書(2026年7月31日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社アドバンスクリエイト第三者委員会による調査の概要】   【株式会社アドバンスクリエイトの概要】 株式会社アドバンスクリエイト(以下、「アドバンスクリエイト」と略称する)は、1995年10月設立。ダイレクトマーケティング手法による保険通販事業を推進して、2002年4月には、大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場に株式を上場。保険代理店事業を主たる事業とし、子会社2社を有している。 売上高6,608百万円、経常損失△924百万円、資本金100百万円。従業員数229人。大株主として、ライフネット生命保険株式会社が発行済株式の29.07%を、SBIホールディングス株式会社が28.71%をそれぞれ有している。なお、創業者であり代表取締役社長の濱田佳治氏(以下、「濱田氏」という)とその資産管理会社である有限会社濱田佳治ホールディングスは、2024年9月期の有価証券報告書では、26.14%を所有していたが、2025年9月期では8.6%まで所有割合を減らしている。また、アドバンスクリエイトは、2023年9月期から3期連続して経常損失を計上しており、2023年9月期及び2024年9月期はいずれも債務超過の状態にあった。(訂正前の2025年9月期有価証券報告書による)。本店所在地は大阪市中央区。東京証券取引所プライム市場、福岡証券取引所及び札幌証券取引所に上場。 会計監査人は、2024年9月期決算(2025年3月4日開催の株主総会継続会終了)までは桜橋監査法人、その後、あおい監査法人。 アドバンスクリエイト子会社は、広告代理店事業を行う株式会社保険市場(以下、「保険市場」と略称する)及び米国ハワイ州で再保険事業を行うAdvance Create Reinsurance Incorporatedの2社である。   【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 アドバンスクリエイトは、保険代理店事業における代理店手数料の売上について、将来支払われる代理店手数料の割引現在価値を算出(以下「PV計算」という)し、これを保険契約成立時に認識、計上する方法により売上を計上していたところ、PV売上について過大に計上している疑い(以下「PV問題」という)が指摘されたため、「株式会社アドバンスクリエイトPV売上に関する調査委員会」を設置し、2024年10月7日付け調査報告書及び2025年1月10日付の調査報告書を受領した。 その後、アドバンスクリエイトは、PV問題に関して外部機関からの指摘を受け、これを端緒として、アドバンスクリエイト及び広告代理店事業を行う子会社の保険市場における過年度の一部の広告取引、ソフトウェアの資産計上等において、不適切な会計処理が行われていた疑義が判明した(以下「本事象」という)。 アドバンスクリエイトは、本事象の事実関係の解明を図るために、独立性及び専門性を有する第三者による調査が必要であると判断し、2026年5月8日、取締役会決議をもって、第三者委員会を設置した。 2 第三者委員会による調査結果――売上前倒計上 第三者委員会は、調査の結果、メディア事業等においては、遅くとも2018年12月から2025年9月までの間、合計約7,508百万円分、広告掲載期間又は広告運用期間にわたり履行義務が充足されるのに先立って売上計上(以下「売上前倒計上」という)をしていた事象が判明したとしている。そのうえで、メディア事業等の担当部門である保険市場広告事業部において、取引先との契約締結を含む営業活動の責任者というべき立場にあり、保険市場代表取締役の橋本孔治氏(2023年9月辞任。以下、「橋本氏」という)、同じく保険市場代表取締役の田坂貴典氏(以下、「田坂氏」という)は、売上前倒計上が不適切な会計処理であることを認識しながら、売上前倒計上を実行及び継続するため、証憑の準備、取引先との交渉又は経理部門責任者や監査法人とのやり取り等を行っていたと認定している。 アドバンスクリエイトの会計監査人であった桜橋監査法人は、売上の期間帰属について疑問を呈し、監査結果の講評の場において、是正に向けた指摘を繰り返し行ってきたが、保険市場の営業担当者は、取引先の保険会社に桜橋監査法人からの問合せに対して虚偽の回答をするよう依頼していたり、広告掲載期間を偽造した提案書を提出したりして、売上前倒計上が発覚することを回避しており、第三者委員会は、桜橋監査法人において、メディア事業等における売上前倒計上の疑義を看破できなかったことは無理からぬことといえ、メディア事業等における売上前倒計上等の認識を持ちながら黙認していたような状況は認められないと評価している。 こうした調査結果の総括として、第三者委員会は、橋本氏が、営業活動の責任者として、収益目標を達成し、四半期ごとの決算数値を良くするため、不適切な会計処理と認識しながら、売上前倒計上を継続しており、田坂氏が、同様の認識を持ちつつ、売上前倒計上を継続し、さらに、アドバンスクリエイトにおいて保険市場を管掌している専務取締役の櫛引健氏(以下、「櫛引氏」という)とも連携し、桜橋監査法人による売上前倒計上の発覚を免れるための各種画策を講じていた状況に鑑みれば、一連の売上前倒計上は、財務諸表の意図的な虚偽の表示である不正会計であったと評価するのが相当であるとまとめている。 3 第三者委員会による調査結果――P社取引 次に、第三者委員会は、アドバンスクリエイト及び保険市場がP社との間で行った取引については、その取引名目や契約形式の如何にかかわらず、全体としてアドバンスクリエイト及び保険市場とP社との間の緊密な情報共有に基づく精緻な残高管理の下に実施された「借金」とその「返済」を繰り返す不正なスキーム(以下「P社取引スキーム」という。)において一連のものとして行われていたと認められるという調査結果を報告している。 まず、アドバンスクリエイト及び保険市場における「借金」として、第三者委員会は、「反対給付型」として、保険市場が、P社に対して、広告枠を販売し、その販売対価相当額を一括して売上計上するに当たって、アドバンスクリエイトがP社に対して広告運用委託取引において販売対価相当額以上の利益を供与するという反対給付を合意することによって、計上すべきでない売上を当四半期又は当期に計上するものと定義し、その総額は489百万円であった。一方、アドバンスクリエイトは、「反対給付型」取引で発生した「借金」の「返済」として、P社に対して、広告運用委託費、クリエイティブ費用、その他調整などの名目で、501百万円を支払っている。 さらに、「費用繰延型」として、アドバンスクリエイトが、P社に対して、支払うべき広告運用委託費について、「値引き」に伴ってその支払の猶予を受けることにより、発生した費用を翌期以降に繰り延べるものと定義した。 その上で、第三者委員会は、クリエイティブ費用として支払った70百万円について、アドバンスクリエイトは、ソフトウェアを取得したものとして資産計上しているが、実際に納品を受けたものは画像データ等にすぎなかったとしている。 P社取引スキームについて、第三者委員会は、営業活動の責任者として収益目標を達成する責任を負っていた橋本氏とP社担当者との合意により構築され、橋本氏及び田坂氏により、四半期ごとの決算数値を良くする目的のもと、不適切な会計処理であることを認識しながら、広告枠販売取引や広告運用委託費繰延べが行われ続けていたものであり、P社への「借金」を「返済」しつつ、桜橋監査法人から会計処理に対する疑義を持たれないようにするため、各種の偽装工作を行い、資産計上や費用の繰延べにより正しい費用計上を回避していたものであると認定した。そのうえで、これら一連の行為を全体としてみれば、P社取引スキームに基づき行われた広告枠販売取引、資産計上及び費用繰延べは、いずれも財務諸表の意図的な虚偽の表示である不正会計であったと評価するのが相当であると、調査結果をまとめている。 4 原因分析(調査報告書175頁以下) 第三者委員会による原因分析について、まず、項目を見ておきたい。   原因分析のなかで、第三者委員会は、アドバンスクリエイトグループでは、創業者で筆頭株主であった濱田氏への「忖度と畏縮の心理」が広く浸透してしまっており、異論を述べる者がいない同質化した組織になっていたことで、濱田氏の経験知に基づく「あるべき数値」の達成が最優先される環境が形成されていた結果、上場維持や資金繰りを優先して不正を組織的に実行する土壌、言い換えれば財務諸表の虚偽表示を生じさせる結果となる行為を意図的に実行することを厭わない、あるいは積極的に実行する土壌が出来上がっていたと総論を述べている。 さらに、第三者委員会は、経営トップである濱田氏が強い人事権を握っていたことにより、アドバンスクリエイトグループ役職員には、期待に沿えない数値を報告することで評価が下がることや、叱責を受けることへの恐怖がその背景として存在していたと指摘している。本来であれば、こうした経営トップからの業績プレッシャーを背景とした不正に対する効果的な仕組みであるはずの社外役員は情報の共有が不足しており、たとえば、桜橋監査法人からの講評時に多数回にわたりメディア事業等の収益一括計上に関する問題点が指摘されていたが、常勤監査役からこの指摘が監査役会に報告された形跡はなく、取締役会においても、月次の業績報告がされており、四半期末月の急激な売上の伸びについては問題視されていたが、桜橋監査法人からの指摘が社外役員を含む取締役会構成員に対して共有されていなかったことから、これを踏まえた議論が十分になされることもなかったため、結果として、社外役員による経営執行に対する監視が十分にされていなかったとし、社外役員が全く機能していなかったわけではなく、むしろ、社外役員がリスク兆候を認識するために必要な情報が十分に共有されていなかったことが問題であったとみるべきであると評価している。 また、第三者委員会は、「監査法人による外部モニタリング機能の限界」として、保険市場役員らによる種々の偽装工作を挙げ、偽装工作により、桜橋監査法人が、メディア事業等における売上計上と広告掲載等の時期との関係性やP社との広告枠販売取引の実態を正確に把握することができず、アドバンスクリエイトが行った会計処理の適否について十分な検証が行われず、一連の取引に係る会計処理につき、不適切な会計処理の疑義として十分に問題視されることのないまま長期間が経過してしまったと考えられると見解を示している。 5 再発防止策の提言(調査報告書190頁以下) 第三者委員会による再発防止策の提言についても、まず、項目を見ておきたい。   第三者委員会が、冒頭に挙げた「再発防止策の基本方針」について、引用する。   第三者委員会は、具体的な再発防止策の最初に、「創業者の影響力遮断及び院政防止」を置き、不適切処理の根本原因に鑑み、純粋にこれと同様の事象の発生を防止するという観点のみから最も有効な再発防止策を挙げるのであれば、濱田氏が代表取締役、社長、会長、執行役その他の業務執行ポストから退任し、業務執行、人事、会計判断、監査対応、重要取引の承認から切り離されることであると述べている。その一方で、濱田氏が経営や執行から外れることは、アドバンスクリエイトグループの良さ、継続する事業体としてのグループの存立基盤をも失わせてしまう可能性も否定し得ないというべきであり、このような観点からは事業上のリスクを伴う策ともいえるとも評しており、濱田氏を経営や執行から切り離すことが容易でないこともまた、認めている。そのうえで第三者委員会は、濱田氏が現在の地位を維持されることとなったとしても、不適切処理の発生原因として認められた過度な影響力の行使を防止するような制度的対応を実施することが必要であるという点を指摘するとともに、仮に濱田氏が現在の地位の全部又は一部から退任した場合であっても、院政を敷くような状況を生じさせることのないようにしなければならないと提言している。より具体的には、社外役員による実効的なガバナンスの構築を図るため、取締役会決議により各役職員の職務範囲、報酬、情報アクセス手段、社内会議への出席可否等の権限に関してより明確化あるいは強化を行い、社外役員がその状況を定期的に確認することができる体制を整備することを求めている。 また、第三者委員会は、「改革担当取締役及び再発防止モニタリング委員会の設置」として、独立性及び改革実行力を有する改革担当取締役を設置し、再発防止策の実行責任者として位置付けること、社外取締役並びに外部の弁護士、公認会計士及び不正調査専門家等から構成される再発防止モニタリング委員会を設置し、少なくとも1年から2年間程度は、再発防止策の実施状況を四半期ごとに確認するといった施策を挙げている。 さらに、第三者委員会は、「三線防衛・監査体制の再構築」の項目では、まずは第一線、第二線及び第三線のそれぞれの役割を明確化すること、そして、監査法人とのコミュニケーションの充実化を図り、適正な監査・指摘を受けるに足りる情報を適示に、且つ正確な内容をもって共有することを前提に、監査法人、監査役等及び第三線である内部監査部門による三様監査会議を定例化し、重要会計論点、不正リスク、監査法人からの指摘事項、未解決事項、経営者関与取引、内部通報情報を定期的に共有する制度を整備すべきであると提言を行っている。   【調査報告書の特徴】 アドバンスクリエイトの有価証券報告書によれば、特別損失に計上された「特別調査費用」は、2024年9月期が27,965千円、2025年9月期は35,344千円となっている。一方、本稿でとりあげた第三者委員会による調査及び過年度決算の訂正等に要する費用は、2026年8月14日現在で約524百万円が見込まれている。 第三者委員会による調査報告書は総数206頁に及ぶ大部であり、偽造された書類の画像が数多く掲載され、また、アドバンスクリエイトが業務で使用していたチャットの文章も原文のまま引用されている。創業以来、社長の地位にあり、大株主、かつ、会社を上場させた経営トップの意向に、周りが過剰に忖度して、会計不正に手を染めてしまった会社は枚挙に暇がないのだが、課徴金納付命令を受けたり、上場廃止になってしまったりした他の上場会社の事例を参考にして自らを省みるという姿勢は、残念ながら、本件で見られなかった。 1 2024年に設置した「PV売上に関する調査委員会」による調査結果の概要 上記「第三者委員会設置の経緯」で言及したとおり、アドバンスクリエイトは、保険代理店事業における代理店手数料の売上の計上に関する調査委員会を設置し、調査報告書を受領しその概要版を公表しているので、その調査結果の概要を見ておきたい。 (1) 2024年10月7日付調査報告書(概要版)による調査結果 調査委員会は、調査結果のまとめとして、次のように評価している。   (2) 2025年1月10日付追加調査報告書(概要版)による調査結果 調査結果を踏まえて、アドバンスクリエイトにおいて、総支払回数を修正したPV計算を進めていく中で、前回問題とは別に、PV計算業務を担当する従業員(PV計算担当者)が手数料計算システムにおける様々な理由によるエラーの解消のための対応の1つとして、手数料計算システムから出力されたエクセルファイルを直接修正していたところ、修正の結果として算出されたPV売上額と実際の入金額に相違があり、その相違理由が不明なものが多いということが判明した。そこで、アドバンスクリエイトは、調査委員会に追加の調査を依頼した。 調査委員会は、追加調査の結果、L字型の手数料体系(初年度の手数料率が、次年度以降の手数料率よりも高くなるタイプ)であるにもかかわらず、初年度手数料の金額を均等に計上するという修正や、実際に入金された手数料の倍額を将来10年分計上するという修正が行われていたことが判明したものの、PV計算担当者がこのような修正を行った目的自体は、PV売上推定額と算出額の差異を埋めるというものであり、PV計算担当者において実態のない売上を計上する意図まではなかったと考えられるという判断を示したものの、個別の保険契約における将来手数料の算出について、こうした修正による合理的な根拠のない不適切な計上が行われていたと認定している。 2 第三者委員会による調査報告書の結果を受けたアドバンスクリエイトの取締役会の構成 アドバンスクリエイトの役員一覧について、2025年9月期有価証券報告書と現在のサイトで公表されているデータをまとめておきたい。後述する「再発防止策」とともに公表された「関係者の処分」により、本件への関与が認められた取締役が2026年8月13日付けで辞任したことに伴い、現在、6人の取締役のうち5人が社外取締役であり、業務執行に当たる取締役は、代表取締役である濱田氏のみとなっている。なお、社外監査役の三田与志雄氏は、「株式会社アドバンスクリエイトPV売上に関する調査委員会」における調査委員も務めている。 第三者委員会が提言した再発防止策のうち、「社外取締役を中心とする取締役会への転換」は進んでいると言えるが、「創業者の影響力遮断及び院政防止」については疑問が残るところである。 現在、アドバンスクリエイトが公表している役員の状況 役職名 氏名 社外取締役・社外監査役 代表取締役社長 濱田佳治 取締役 桜井洋二 社外取締役(損害保険会社出身) 取締役 島津朝子 社外取締役(米国弁護士) 取締役 小坂田成宏 社外取締役(弁護士) 取締役 篠原秀典 社外取締役(生命保険会社出身) 取締役 成川 淳 社外取締役(ライフネット生命社員) 常勤監査役 朝田宏幸 監査役 三田与志雄 社外監査役(公認会計士・税理士) 監査役 谷貝 淳 社外監査役(損害保険会社出身) 監査役 福田泰明 社外監査役(公認会計士・税理士)   2025年12月18日定時株主総会終了後の役員の状況 役職名 氏名 代表取締役社長 濱田佳治 取締役 村上浩一 取締役 田坂貴典 取締役 桜井洋二 取締役 島津朝子 取締役 小坂田成宏 取締役 篠原秀典 取締役 成川 淳 常勤監査役 朝田宏幸 監査役 三田与志雄 監査役 谷貝 淳 監査役 福田泰明   2025年12月17日現在の役員の状況 役職名 氏名 代表取締役社長 濱田佳治 専務取締役 櫛引 健 取締役常務執行役員 鳥居俊文 取締役 桜井洋二 取締役 櫻井祐記 取締役 島津朝子 取締役 小坂田成宏 常勤監査役 谷口信之 監査役 秋吉 茂 監査役 畠山 隆 監査役 三田与志雄   3 東京証券取引所による改善報告書及び上場契約違約金の徴求 2025年5月23日、東京証券取引所は、アドバンスクリエイトに対して、「改善報告書及び上場契約違約金の徴求」を公表して、6月20日までに改善報告書を提出すること及び上場契約違約金3,360万円を徴求することを公表した。 同リリースにおける「理由の詳細」は次のとおりである。   なお、これは、あくまで保険代理店手数料売上による過年度有価証券報告書等の修正に係る措置であり、本稿でとりあげた広告代理店事業における会計不正に係るものではない。 4 アドバンスクリエイトによる再発防止策 2026年8月13日、アドバンスクリエイトは、「再発防止策(骨子)の策定に関するお知らせ」をリリースして、本件の経緯、再発防止策(骨子)及び関係者の処分を公表した。 アドバンスクリエイトによる再発防止策(骨子)について、まず、再発防止策策定に係る基本方針は次のとおりである。   次いで、再発防止策(骨子)の項目は次のとおりである。   再発防止策にケチをつけるわけではないが、管理部門管掌取締役とは誰を指すのか明示されておらず、上記の「役員の状況」を見る限り、現在のアドバンスクリエイトには、濱田氏から、経理財務、人事、コンプライアンス等の管理部門における決裁権限の移譲を受けるはずの管理部門を管掌する取締役、つまり、再発防止策の責任者である改革担当取締役としての管理部門管掌取締役は存在しない。管理部門管掌取締役を外部から招聘するにせよ、社内管理部門から登用するにせよ、株主総会決議が必要にもかかわらず、その選任手続きについて、再発防止策に言及がない点は、気になるところである。 リリースの最後には、「関係者の処分について」では、本件への関与が認められた現・旧取締役のうち、現取締役である者については、取締役を2026年8月13日付けで辞任したこと、旧取締役のうち、顧問契約に基づき顧問業務を委嘱している者についても顧問契約を同日付けで解約したこと、さらに、今回の事態を厳粛に受け止め、再発防止策の一環として、関係者に対する処分について引き続き厳正に対応することが説明されている。 (了)

#No. 686(掲載号)
#米澤 勝
2026/09/17

《税理士のための》登記情報分析術 【第40回】「買戻し特約について」

《税理士のための》 登記情報分析術 【第40回】 「買戻し特約について」   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   顧問先の資産承継を検討するなかで様々な登記記録を目にすることがあると思われるが、知っておきたい登記の一つとして「買戻し特約」の登記がある。買戻し特約の登記については、注意をしておかないと思わぬ不利益を顧客が被る可能性もあるため税理士として知っておきたいポイントを解説する。   1 「買戻し特約」とは 「買戻し特約」とは不動産売買において、売主が、買主が支払った代金又は別途合意した金額と契約の費用を買主に返還することにより、売買契約の解除を認める特約である。 買戻し特約は、主に住宅供給公社等が行う開発事業において不動産を売却する際に、転売などの目的外利用を防止する趣旨で設定されることが多い。そのほか、売主が買主から売買代金として融資を受けて、担保物件として不動産を売渡し、売買代金が返済できたら不動産を取り戻すという担保的な利用もされることがあるとされているが、一般的ではないと思われる。 買戻し特約は、売買契約と同時に設定し、登記をすることで第三者に対抗できる(民法579条、581条)。 【買戻し特約の登記記録】   2 買戻し特約の注意点 買戻し特約の期間は10年を超えることができないとされており、買戻し特約の期間は登記事項であるとされている(民法580条、不動産登記法96条)。 税理士が顧客の不動産について親族間売買等のプランニングを立てる場合に、対象となる不動産に買戻し特約が付されていた場合は、注意が必要となる。買戻し特約の有効期間内に、親族間売買等による所有権移転登記を行っても、買戻権者(売主)が買戻権を行使すると、親族等は所有権を失ってしまうことになるからである。特に住宅供給公社等が行う開発事業によって分譲された不動産の場合、親族間売買等を行うこと自体が目的外利用として買戻し権を行使される可能性がある。   3 買戻し特約の抹消 買戻し特約の登記がされた不動産について売買等を行うためには、買戻し特約の登記を抹消してから行う必要がある。 買戻し特約の登記の抹消は、現在の所有者が登記権利者、買戻権者(売主)が登記義務者となって行うことが原則であるが、令和5年4月1日からは不動産登記法が改正され、売買契約の日から10年が経過していれば、登記権利者が単独申請で抹消することができるようになった(不動産登記法69条の2)。これは買戻し特約の登記が買戻し期間を経過しても、抹消されずに長年放置されることが多いところ、買戻権者の所在不明や解散などの事情があっても、円滑に登記手続が進められるようにするためである。 買戻し特約の登記は実務でもよく見かけるものであり、税理士としても知っておくとよいだろう。 (了)

#No. 686(掲載号)
#北詰 健太郎
2026/09/17

税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第81回】「誤解を生じやすい温泉地の評価」

税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第81回】 「誤解を生じやすい温泉地の評価」   不動産鑑定士 黒沢 泰   1 はじめに 前回は、不動産鑑定評価基準(以下、「基準」と呼ぶ場合はこれを指します)には何らの規定がない「場所的利益」の算定について取り上げました。不動産鑑定士が鑑定評価の依頼を受ける案件のなかには、このように基準に格別の規定がないものも少なからず存在します。 今回取り上げる温泉地の評価も同様に基準に規定がなく、特に「温泉権」ということばが登場する場面では留意しなければならない事項があります。それは、「温泉権」と呼ぶ場合、それが2つの意味合いをもって使用されており、これを十分理解しておかなければ誤解を生じかねないからです。   2 温泉とは 温泉法第2条第1項では、「温泉とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するもの」と定義しています。 また、別表(省略)では、「温度」とは摂氏25度以上、「物質」とは溶存物質(ガス性のものを除く)が1,000ミリグラムという基準のほか、イオン等の物質ごとに基準が定められ、そのうちの一つでも満たす場合は温泉法上の温泉と認められています。 ただし、温泉法そのものは公法(行政法規)の一つであり、私法(財産権としての温泉権)という観点から温泉について規定した独自の法律は存在しません。 また、不動産登記事務取扱手続準則第68条では、「鉱泉地」とは、鉱泉(温泉を含みます)の湧出口及びその維持に必要な土地をいうとしていますが、ここにいう「鉱泉」も温泉法における温泉と同じ意味に解されています。しかし、「温泉権」と呼ぶ場合、以下に述べるとおり、その意味するところは必ずしも統一されていないのが実情です。   3 温泉権の意味~2つの捉え方 温泉権ということばは、物権的な意味と債権的な意味の2つの概念で使用されており、その概念は統一されていないのが実情です。 すなわち、温泉権と呼ぶ場合、物権的な意味合いを有する権利(=温泉を汲み上げる権利(湯口権))と債権的な意味合いを有する権利(=源泉から温泉を引き込む権利(引湯権))の双方を含んでおり、その受け止め方により評価方法や経済価値は著しく異なってくるからです。 ただし、実際には、後掲のとおり、昨今では温泉の新規掘削(注1)はきわめて少なく、また、温泉地においてもホテルや企業の保養所等が自己で源泉を所有しているケースも少ないと思われます。 (注1) 温泉を掘削する際には、温泉法第3条に基づき、都道府県知事の許可が必要となります。 そのため、不動産鑑定士が温泉地の鑑定評価を実施する場合は、一部の例外(注2)を除き、温泉使用権(上記に掲げた「源泉から温泉を引き込む権利(引湯権)」の付いた土地という評価条件の基にこれを評価しているケースがほとんどであるといえます。 (注2) 例えば、歴史の古い温泉で、慣習法上の物権的性格を有する温泉権が湧出地の所有権とは別に、独立して成立している場合がこれに該当します。   4 物権的な意味での温泉権 温泉権ということばが物権的な意味で使用される場合、次のアからウまでの権利を含んでいます(注3)。 (注3) 「臨時増刊 不動産鑑定」住宅新報社、1981年12月、57頁。   5 債権的な意味での温泉権 これに対し、温泉権ということばが債権的な意味で使用される場合は、温泉の給湯を受ける権利そのものが対象であり、一般に「引湯権」、「温泉使用権」あるいは「分湯権」などと呼ばれています。 なお、湯口権と引湯権は呼称が類似していますが、それぞれの意味するところは本質的に異なっています。すなわち、湯口権という場合は温泉を汲み上げる権利を指すのに対して、引湯権という場合は汲み上げられた温泉を引き込む権利を指しているからです。 また、引湯権を有する人からお湯を分けてもらう権利が分湯権です。 温泉地にある別荘や温泉権付のマンションにはこのような形態をとるものも多くあります。ただし、温泉にかかる権利は一様でなく、複雑な権利関係がからむケースもあるようですので、不動産鑑定士としては温泉の供給に関する個々の契約内容を十分に確認するよう努めています。   6 温泉地が実際の評価対象となるケースと評価の考え方 以上が物権的な意味での温泉権と債権的な意味での温泉権の相違ですが、昨今、温泉の新規掘削は極めて少ないことから、実際に鑑定評価の対象となるケースとしては、上記3で述べたとおり温泉使用権(引湯権又は分湯権)の付いた土地がほとんどであると思われます(例えば、地元の温泉供給会社等の所有する源泉から給湯を受けている土地とか、その土地からさらに分湯を受けている土地など)。 その際、給湯を受ける会社から温泉供給会社に対し、給付開始一時金(権利金)として〇,〇〇〇,〇〇〇円、使用料として月額〇〇,〇〇〇円を支払う旨の契約形態が一般的となっています。 また、その際の評価の拠り所となる考え方は以下のとおりです。   7 おわりに しばしば耳にする「温泉権」とは湯口権(温泉を汲み上げる権利)の意味で捉えられがちですが、鑑定評価の対象となるケースとしては、温泉使用権(引湯権又は分湯権)の付いた土地として一体で捉える場合がほとんどです。また、温泉使用権は土地に付着した権利として、土地の所有権とともに移転するのが通常です。 しかし、温泉権そのものが他の権利とは異なる特殊な形態をなすものであり、その取扱いには地域的な事情も反映されてくることから、本文でも述べたとおり、個々の取扱いに関しては契約内容を十分に確認した上で判断することが必要とされています。   【参考裁判例】 温泉権について取り扱った最近の裁判例として、東京高裁令和元年10月30日判決があります(「金融・商事判例」1587号、2020年3月15日号、22頁)。 当該判決では、本件の2つの温泉が存在する地域において、温泉に関する権利を土地所有権とは別の独立した権利として認める慣習法があることを認めるに足りる証拠はないとして、温泉権の存在自体を否定しています。判決文自体、相当の分量にわたりますが、紙数の関係で裁判所の考え方のポイントのみ掲げれば以下のとおりです。 これに対し、仙台高裁昭和63年4月25日判決(判例時報1285号、59頁)では、温泉権が一般に慣習に基づく物権と認められる(=源泉権が地盤たる土地所有権と離れた別個の権利と解される)場合があると考えられているとしつつも、次の指摘を行っている点に留意が必要です。 (了)

#No. 686(掲載号)
#黒沢 泰
2026/09/17
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