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monthly TAX views -No.140-「石破新総理は宿題を片付けられるのか」

monthly TAX views -No.140- 「石破新総理は宿題を片付けられるのか」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   石破総理が誕生した。劇的な逆転勝利であった。筆者は、「最後に自民党の良識が働いた」ことが勝因だと考えている。一方総理就任直後から、党内基盤の弱さからくる政策遂行能力への疑問が呈され始めている。今後は、どのようなパワーバランスの下で政策形成が行われていくのか注目だ。 *  *  * 総裁選では9人の候補者が立候補し、何日もかけてテレビなどで様々な討論会が開かれたことから、国民には候補者の政策がある程度伝わった。これはこれまでにない利点である。 総裁選を通じて感じたことは、SNSが大きな力・影響力を発揮しているということだ。右寄り・保守的な思想が主流とされるSNSでは、圧倒的に高市候補が支持されていたように思う。また彼女は経済政策として、リフレ派の考えである財政拡張政策と金融緩和の継続を主張していた。これは保守である安倍総理の政策(アベノミクス)を継承するという意味であろう。 リフレ派の考え方はおおむね次のとおりである。経済長期低迷の原因をデフレととらえ、大胆な金融緩和策によりマネーを供給すればインフレ期待が高まり、貨幣現象であるデフレは脱却できる、というものだ。しかし異次元緩和を続けた10年(2013年度から2022年度)の平均実質成長率は 0.7%で、その前10年と何ら変わらなかった。またマネーを大量に供給したが2%という物価目標も達成できなかった。 一方、異次元緩和は、政府の財政規律を失わせ、行き過ぎた円安が輸入インフレをもたらし、格差拡大など分配面でも大きな問題を生じさせるなどさまざまなデメリットを生じさせた。 現在国民が悩まされているのはインフレだ。そこに「デフレからの完全脱却」として更なる財政支出、金融緩和の継続を主張するリフレ政策を実行すると、本格的なインフレに突入する可能性が高い。つまりリフレ政策は、すでに時代遅れ(いわゆる「オワコン」)の政策といえよう。 不思議なことに、SNSではいまだこの考え方が保守主義と結びつき主流となっている。本来の保守主義は、個人が依存しない小さな政府を志向し、財政赤字も縮小を求め、少ない規制の下での自由な経済活動を求めるはずだが、わが国の保守主義は財政拡張・大きな政府を求めているのである。 いずれにしても、ぎりぎりの段階で自民党員・議員の良識が働き、正統派の経済学を信奉する石破総理が誕生したことは、わが国経済を混乱から救ったといえる。 もう1つ印象的なことは、総裁選を通じて国民負担の議論がほとんど行われなかった中で、石破氏をはじめ数人の候補者が「応能負担」の必要性について語ったことだ。これは今後のわが国の政策に大きな影響を与えるであろう。 「応能負担」の具体的な中身としては、社会保障負担を、年齢や所得だけでなく、資産や資産性所得の多寡も含めた経済力を勘案しながら求めるということである。このことは、昨年暮れに閣議決定され2028年度までに実施について検討する「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」で具体的に取り上げられている。 医療・介護制度等の改革について「能力に応じた全世代の支え合い」として、医療・介護保険の保険料算出の基準になる所得に金融資産からの所得(金融所得)を勘案すること、医療・介護保険の負担について金融資産等の保有状況を反映させることの2つが示され、2027年度までに結論を出すとされている。 しかし資産の把握のためには、預金付口座へのマイナンバー付番が必要となるので、実現は容易ではない。早急に議論を始める必要がある。 最後に、金融所得課税の強化という石破氏の持論について。この点については、マスコミや株式市場が「金融所得課税の見直しは、貯蓄から投資へという政策の流れを阻害する」とネガティブな反応をしている。 しかし、「金融所得課税の見直し」と「貯蓄から投資への流れの促進」は別個の政策である。金融所得課税の見直し論は、申告所得1億円をピークに所得税の実効税率が低下していく「1億円の壁」への対応で、課税の公平性の議論だ。 7月のブラジルでのG20財務大臣・中央銀行総裁会議では富裕層の税負担が問題となり、「超富裕層の個人を対象に含む公正かつ累進的な課税その他の課題に関する対話を促進する」とされた。「1億円の壁」の議論は、そのような国際的な流れも踏まえた議論で、決して財源確保のための増税論ではない。 申告所得1億円を超える納税者の数は約1.9万人である。一方、今年から始まったNISAの口座数は約2,322万(2024年3月末時点)である。現行のNISA制度を維持すれば、1億円超の者の税負担を多少引き上げても、一般投資家への影響は皆無ではないか。ちなみに、わが国の株式投資の3割超を占める外国人株主は、彼らの居住地で課税されるので、金融所得課税の見直しの影響は受けない。 *  *  * これまで正論を発信してきた石破氏だが、総理となり政策実現の最高責任者となれば、正論ばかりを言ってはいられないだろう。就任早々株式相場は2,000円近い下げを演じた。しかし、本質を曲げるようだと、後に控えている総選挙や参議院選挙で、国民から手痛いしっぺ返しを受けることになる。相場に一喜一憂せず、これまでの豊富な経験を生かして、国民に寄りそった経済政策の実現を望みたい。 (了)

#No. 588(掲載号)
#森信 茂樹
2024/10/03

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例67】「医療法人が給食材料費名目で支払った金銭の損金性」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例67】 「医療法人が給食材料費名目で支払った金銭の損金性」   拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、関東地方のある県庁所在地で病院や医療関連施設を運営する医療法人X(3月決算法人)において、事務長を務めております。 ご承知の通り医療法人は営利法人と同様に法人税が課税されますが、法人の根拠法である医療法上は非営利の団体とされており、その収入の大半を占める社会保険診療報酬は公定価格で、保険診療を行っている各医療機関が勝手に価格を決定することはできないという大きな制約の中で事業を行っております。そのため、同業他医療法人との差別化を図ることは非常に困難なのですが、わが医療法人の場合、多角化によりグループ全体の収益力向上を推し進めることで、厳しい経営環境の中、何とか生き残りを目指して奮闘しているところです。 そのようなわが法人グループの血のにじむような経営努力に対し、先日来受けている税務調査で、水を差すような指摘を受け、法人の理事長は大変憤りを露わにしております。すなわち、わが法人グループの中核である病院における入院患者に対する給食事業につき、これまでグループ外部の業者に委託しておりましたが、別途理事長やその親族が出資する株式会社を通じて行うように変更したことが問題だというのです。わが法人グループの事業をどのように行おうが経営陣の裁量の範囲内であり、税務署に口出しされるいわれはないと思うのですが、税務署は「給食事業のノウハウのない法人を契約書もなく関与させるのは医療法人の悪質な利益調整であり、当該法人への支払いは寄附金に該当する」として課税すべきとし、かつ重加算税も賦課すると主張します。税務署のこのような主張は私人への不当な介入であり、重加算税の賦課などはもってのほかと考えますが、税法上はどのように考えるのでしょうか、教えてください。 【A】 医療法人は非営利の組織であり、営利事業を営むに際しては制限が加えられていますが、当該法人の経営者やその親族が出資した株式会社等の営利法人にそのような営利事業を行わせるケースは珍しくありません。そのため、医療法人が給食事業を別法人に委託することは通常問題がありませんが、仮に、当該別法人が給食事業を実施するだけの能力に欠けていたり、経営実体のない法人であったりする場合には、そのような法人への給食事業名目の支払いは、同法人への経済的利益の供与と考えられ、法人税法上、寄附金に該当するものと考えられます。また、契約書もなくこのような経済的利益の供与を行っている場合には、正当な業務の対価であるかのように仮装しているとみることが可能であるため、重加算税の賦課要件のうち、「事実の仮装」があるとされる余地があります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 寄附金の損金不算入 法人税法上の寄附金とは、その名義を問わず、金銭その他の資産又は経済的利益の贈与又は無償の供与をいう(法法37⑦)。寄附金の額は、法人の収益獲得への貢献という側面からみると、その性格があるものもあれば、そうとは言い難い性質の支出もある。実務上、その金額を合理的に区分し損金性の有無を明確にすることは困難である。したがって、法人税法においては、専ら行政的便宜並びに公平の維持の観点から、統一的な損金算入限度額が設けられ、寄附金のうちその範囲内の金額は費用として損金算入を認め、それを超える部分の金額は損金算入を認めないこととされている(法法37①)(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)416頁参照。   (2) 重加算税の賦課要件 納付すべき税額の計算の基礎となる事実の全部又は一部について隠蔽又は・・仮装があり、過少申告・無申告又は不納付がその隠蔽又は仮装に基づいている場合には、過少申告加算税・無申告加算税又は不納付加算税に代わり、重加算税が賦課・徴収される(通法68)。 過少申告加算税・無申告加算税又は不納付加算税に代わり賦課される重加算税は、それぞれ35%、40%、35%である(通法68①②③)。なお、過去5年以内に無申告加算税又は重加算税を課された者が、再び調査を受けて無申告又は隠蔽・仮装に基づく修正申告等を行った場合には、重加算税の割合はそれぞれ10%加算されることとなる(通法68④)。 また、重加算税の賦課要件である「隠蔽・仮装」とは、一般に故意を含む観念であると解され、「事実の隠蔽」とは、課税要件に該当する事実の全部又は一部を隠すことをいい、「事実の仮装」とは、存在しない課税要件事実が存在するようにみせかけることをいう、とされる(※2)。隠蔽と仮装とは同時に行われることが多いが、条文上、いずれかを行っていれば重加算税の賦課要件を満たすこととなる。 (※2) 金子前掲(※1)書914頁参照。   (3) 医療法人が給食材料費名目で支払った金銭の損金性が争われた事例 それでは本件と同様に、医療法人が給食材料費名目で支払った金銭の損金性が争われた事例(水戸地裁平成21年11月25日判決・税資259号-215(順号11328)、TAINSコード:Z259-11328)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 病院及び老人保健施設の経営等を目的として昭和60年2月15日に設立された医療法人(理事長は甲)であり、主たる事務所の所在地は茨城県水戸市である原告は、平成12年4月1日から平成13年3月31日までの事業年度(平成13年3月期)、平成13年4月1日から平成14年3月31日までの事業年度(平成14年3月期)、平成14年4月1日から平成15年3月31日までの事業年度(平成15年3月期)、平成15年4月1日から平成16年3月31日までの事業年度(平成16年3月期)及び平成16年4月1日から平成17年3月31日までの事業年度(平成17年3月期)の間、給食の受託業務、医療用食品の販売等を目的として昭和49年5月に設立されたB株式会社に対して給食材料費名目で支払っていた金員を全額損金に算入して法人税の確定申告(修正申告)をしていた。 それに対し処分行政庁は、本件給食材料費の支払いの実質がBを介した、医薬品及び医療衛生材料の販売業務等を目的とする有限会社Cへの利益供与であり、法人税法第37条に規定する寄附金に該当するとして、本件各事業年度における法人税の増額更正処分及び重加算税の賦課決定処分をした。 本件は、原告が、本件給食材料費は給食業務の委託に係る正当な対価であるなどと主張して、被告に対し、同更正処分のうちの一部及び重加算税の賦課決定処分の各取消しを求める事案である。 なお、Cの資本金は450万円であり、その内訳は、甲理事長の妻である乙の出資金額が449万円、甲理事長の出資金額が1万円である。本件各事業年度において、甲理事長及び乙はCの取締役であった。さらに、Dは、医療食品の売買及び受託販売、給食の受託業務等を目的とする法人であり、昭和61年12月18日にBの全額出資により設立されたが、平成17年4月1日にBと合併し解散している。 〇 本件取引図 〇 Bから原告への請求金額及び給食材料費の金額 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 争点(1) 争点(2) なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁平成22年6月24日判決・税資260号-103(順号11459)、TAINSコード:Z260-11459)、さらに上告したが棄却され(最高裁平成22年11月9日決定・税資260号-194(順号11550)、TAINSコード:Z260-11550)確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 税務調査において、実体のない法人を間に挟む、実際に行っている事業内容と異なる事業を委託すると称して業務に関与させるといった方法で、寄附金課税の対象となる対価性のない金銭を供与するケースはよく問題となるが、法人がそのような行為を実施する主たる理由は、1)自社の利益を他社に付け替えるため(付け替え先が赤字法人だと税務上特に効果的)、2)業績不振な他社を財務的に支援するため、のいずれかであると考えられる。本裁判例は、「本件給食材料費は、原告が、本件業務委託契約においてBのした業務の対価であるかのごとく装って、Cに対して無償の利益供与をすることを目的として支出した金員である」ことから、1)のケースに該当するものと考えられる。 問題は、利益調整の目的で実体のない(もしくはその事業を行う能力のない)法人を間に挟むことにより、利益を意図的にその法人に落とした場合、寄附金課税の対象となるのは疑いないとして、それが重加算税の課税対象となるのかという点であろう。本件の取引においてB・C間の契約がないのは、C社のように医薬品及び医療衛生材料の販売業務等を目的とし、給食業務を行う能力のない法人に、給食業務の何を担わせるのか決めようがなかったためと推察されるが、あたかもC社が何らかの給食業務を行っているかのように装って間に関与させ、その対価と称して給食材料費を支払うという原告の行為は、重加算税の賦課要件のうち、少なくとも「事実の仮装」があるといえるだろう。また、何の事業も行っていない(行う能力もない)のに、原告が「本件給食材料費に相当する金額を「給食材料費」と記載した本件請求書をBに作成交付させる」ことは、「事実の隠蔽」であると解される余地があるだろう。それらを考慮すれば、本裁判例において裁判所が当該利益供与に関し重加算税の賦課を容認したことは、妥当な判断であると考えられる。   (4) 本件へのあてはめ 医療法人は非営利の組織であり、営利事業を営むに際しては制限が加えられているが、当該法人の経営者やその親族が出資した株式会社等の営利法人にそのような営利事業を行わせるケースは珍しくない。医療法人が給食事業を別法人に委託することは通常問題はないが、仮に、当該別法人が給食事業を実施するだけの能力に欠けていたり、経営実体のない法人であったりする場合には、そのような法人への給食事業名目の支払いは同法人への経済的利益の供与と考えられ、法人税法上、寄附金に該当するものと考えられる。また、契約書もなくこのような経済的利益の供与を行っている場合には、正当な業務の対価であるかのように仮装しているとみることが可能であるため、重加算税の賦課要件のうち、「事実の仮装」があるとされる余地がある。 (了)

#No. 588(掲載号)
#安部 和彦
2024/10/03

租税争訟レポート 【第75回】「更正しないとの通知処分取消請求事件~飲食代金の交際費等該当性(東京地方裁判所令和5年5月12日判決)」

租税争訟レポート 【第75回】 「更正しないとの通知処分取消請求事件~飲食代金の交際費等該当性 (東京地方裁判所令和5年5月12日判決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】   【原告らの概要】 第1事件原告(以下「原告1」と略称する)、第2事件原告(以下「原告2」と略称し、原告1と合わせて「原告ら」と略称する)ともに、代表者は同一人物である(「原告ら代表者」と呼称する)。   【事案の概要】 原告らは、京橋税務署の職員らによる実地調査(平成29年1月16日に原告1、同年2月13日に原告2に対し開始された各調査をいい、以下、これらを合わせて「本件実地調査」という)を受けたところ、原告らが法人税の確定申告において交際費及びその他の費用として計上した飲食等の代金の一部(以下、「本件各支出」という)は、租税特別措置法61条の4第4項(当時。現行法では同条第6項。以下同じ)に定める交際費等に当たらず損金の額に算入することができないなどと指摘された。 原告らは、京橋税務署長に対し、平成29年5月15日、上記指摘を踏まえて、法人税、地方法人税及び消費税等の各修正申告書を提出した後に、当該損金の額に算入することができないと指摘された飲食等の代金が、いずれも原告らの業務に必要な交際費等に該当するなどと主張して、同年6月26日に更正の請求をしたところ、京橋税務署長は、国税通則法23条4項の規定に基づき、平成30年6月19日付け及び同年9月13日付けで、更正をすべき理由がない旨の各通知処分をした。 本件は、原告らが、被告に対し、本件各通知処分の取消しを求める事案である。   【原告らによる交際費等の経理処理】 裁判所が認定した事実関係に基づき、原告らの交際費等の経理処理をまとめる。 1 平成27年12月以前の経理処理 原告ら代表者は、本件各支出を現金又は原告ら代表者名義の各カードを用いて支払い、経理処理については、原告ら代表者が直接元顧問税理士に各カード明細書の写しを渡し、元顧問税理士事務所の職員が総勘定元帳等に記入して行っており、原告らの経理担当者が、本件各支出の経理処理等に関与することはなかったうえ、原告ら代表者は、元顧問税理士から、各カード明細書が本件各支出に係る領収証の代わりになるとの説明を受けていたため、本件各支出に係る領収証等を保存していなかった。 2 平成28年以降の経理処理 平成27年1月以降、原告らに入社した経理担当者は、前職でも経理業務を担当していた経験から、元顧問税理士の経理処理等に疑問を持つようになり、その旨を原告ら代表者に指摘した。原告らの顧問税理士が代わったことに伴い、経理担当者は、原告ら代表者が支払った本件各カード明細書に記載された本件各支出を含む飲食等の代金額を、顧問税理士事務所から提供された会計ソフトに入力するようになった。 具体的には、原告ら代表者が経理担当者に対し各カード明細書を渡して、これらを交際費等へ計上することを依頼し、経理担当者が各カード明細書の利用者等を確認して、原告ら代表者の家族が利用したものなど明らかに原告らの業務と関連性がないと認められる支出を除く飲食等の代金額を、原告らの交際費等として会計ソフトに入力するとともに、各カード代金の引き落としがされる原告ら代表者名義の預金口座に所定の金額を振り込んでいた。 3 交際費等の原告らにおける負担 原告らの本件各支出の負担割合については、原告ら代表者自身もどちらの原告らの費用であるか判断がつかなかったことから、平成27年頃までは、原告ら代表者と元顧問税理士が協議した結果に基づき、一旦全ての支出を原告1の費用として計上した後、各社の売上げのバランス等をみながら、その一部を原告2の費用に振り替える経理処理をしていた。 原告らの顧問税理士が代わったことに伴い、原告ら代表者と顧問税理士が原告らの費用負担の割合について協議した結果、毎年11月から6月までに支出した飲食等の代金を同月末が事業年度末となる原告1の費用として計上し、毎年7月から10月までに支出した飲食等の代金を同月末が事業年度末となる原告2の費用として計上することになり、これに基づき、経理担当者が前記2のとおり入力を行った。   【原告らによる修正申告の内容】 1 金銭消費貸借契約の締結 原告らは、平成29年4月6日の実地調査の際に、京橋税務署職員らが持参した金銭消費貸借契約書のひな型の交付を受け、これを用いて同年5月18日付けで貸主を原告1及び原告2とし、借主を原告ら代表者とする金銭消費貸借契約を締結した。 (1) 原告1と原告ら代表者との間の契約 原告1は、以下の①から③の合計額1億850万1,235円を原告ら代表者に貸し渡し、原告ら代表者は確かにこれを借り受け受領した。原告ら代表者は、元金について、平成30年6月30日限り、弁済する。 (2) 原告2と原告ら代表者との間の契約 原告2は、以下の①から③の合計額5,707万2,348円を原告ら代表者に貸し渡し、原告ら代表者は確かにこれを借り受け受領した。原告ら代表者は、元金について、平成30年10月31日限り、弁済する。 2 修正申告の内容 (1) 原告1による修正申告 修正申告の内容は次のとおりである。 (2) 原告2による修正申告 修正申告の内容は次のとおりである。   【東京地方裁判所による判決の概要】 東京地方裁判所は、それぞれの争点について、次のように判示した。 1 本件各支出の交際費等該当性〔争点1〕 裁判所は、〔争点1〕に関する判断を、以下の順序で導いた。 (1) 更正の請求にかかる立証責任の所在 裁判所は、これまでの多くの判決と同様、更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、更正の請求に係る事実関係は納税者たる原告において主張、立証すべきものと解するのが相当であると述べ、その理由として、申告納税方式による国税に係る税額は、その後に更正がされない限り、納税者の納税申告のとおり確定するものであること、納税申告の前提となった事実関係及びそれを誤りであるとする事実関係は更正の請求をする納税者が熟知していることが一般的であることなどの事情を挙げた。 そのうえで裁判所は、本件においては、原告らにおいて、本件各支出が原告らの業務との関連で支出された交際費等に該当するものであることを立証することを要するというべきであるとの判断を示した。 (2) 本件各支出が「50%損金算入」の規定の適用を受けることができるか 裁判所は、租税特別措置法61条の4第1項、交際費等の額のうち「接待飲食費」の額の100分の50に相当する金額を超える部分の金額を所得の金額の計算上、損金の額に算入しないという規定(以下「50%損金算入」という)に、本件各支出が該当するかどうかについて検討を行い、50%損金算入の対象となる「接待飲食費」とは、交際費等のうち飲食その他これに類する行為のために要する費用であって、「接待飲食費」であることについて、総勘定元帳等の帳簿書類に、①当該飲食費に係る飲食等のあった年月日、②当該飲食費に係る飲食等に参加した得意先、仕入先その他事業に関係のある者等の氏名又は名称及びその関係、③当該飲食費に係る飲食等に参加した者の数、④当該飲食費の額並びにその飲食店、料理店等の名称及びその所在地、⑤その他飲食費であることを明らかにするために必要な事項が記載されていることが要件とされているものであるとの判断を示したうえで、原告らの総勘定元帳において、本件各支出に関し上記②から⑤までの本件記載事項が記載されていることを認めるに足りる証拠はなく、これらが「接待飲食費」に該当すると認めることはできないことから、50%損金算入の規定の適用を受けることはできないという判断を示した。 (3) 本件各支出が「中小法人損金算入特例」の規定の適用を受けることができるか 次いで、裁判所は、原告らの資本金の額はいずれも1億円以下であることから、租税特別措置法61条の4第2項の定額控除限度額である年800万円を超えない部分の金額については、損金不算入制度の特例として、損金の額に算入することができるという規定(中小法人損金算入特例)の適用について検討する。 検討に当たって、裁判所は、法人が支出した飲食等の代金が交際費等に該当するといえるためには、当該支出に係る飲食等の日時が特定されていることを前提に、当該支出の相手方が事業に関係のある者等であること、当該支出の目的が相手方との親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図ることにあること、当該支出の態様が租税特別措置法61条の4第4項に規定する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為であることを要するというべきであるとの判断基準を示し、そのうえで、原告らの本件各支出を4つの類型に分類して、それぞれの損金算入の可否を判断した。 裁判所が、【支出D】の一部について、交際費等に該当すると判断した金額は、次のとおりである。 2 本件受取利息の金額を所得に計上することの要否〔争点2〕 裁判所は、認定事実に基づき、本件各否認額が交際費等に該当しない以上、これを原告ら代表者に対する役員給与とするか、又は、原告ら代表者に対する役員貸付けになると解されることから、京橋税務署職員らが、本件各否認額を原告ら代表者に対する貸付けとして振り替えるよう促したこと自体は、一定の合理性があるということができるとの判断を示したうえで、原告ら代表者は、その指示に応じて、合理的な貸付金の処理を行うために自ら金銭消費貸借契約書及び各議事録を作成したものであるから、原告らと原告ら代表者との間で、本件各貸付けも含めた原告ら各事業年度の末日における貸付金額を基礎として、金銭消費貸借契約が締結されたと認めることができると判示した。そして、本件各貸付けに係る金銭消費貸借契約が成立していないことを前提に、原告ら各事業年度の所得の金額が過大であるとの原告らの主張は採用することができないとして、その主張を斥けた。 その一方、受取利息の金額について、裁判所は、〔争点1〕に対する判断で説示したとおり、本件各支出のうち、【支出D】の一部の金額については、交際費等に該当し損金の額に算入すべきものであるから、受取利息を算定するにおいては本件各貸付金額からこれを控除するなどの処理を行うのが合理的であるとして、原告らの受取利息の金額を再計算した金額を原告らが計上する受取利息の金額であるとの判断を示した。 3 本件各支出の課税仕入れ該当性〔争点3〕 裁判所は、〔争点1〕に対する判断で説示したとおり、本件各支出のうち、【支出D】の一部の金額については、交際費等に該当するものであるから、これらについては課税仕入れとなるということができるとしたうえで、しかし、課税仕入れ等に係る消費税額の控除の適用を受けるためには、消費税法30条7項、同条8項1号及び同条9項1号又は2号に規定する課税仕入れに関する仕入先等の諸事項が記載された帳簿及び請求書等を保存していることが要件とされるが、原告らがこれらの帳簿及び請求書等を保存していると認めることはできないことから、仮に、飲食等の代金が交際費等に該当するとしても、仕入税額控除による消費税額の控除は認められないとの判断を示した。 一方、原告らによる本件各カード明細書が上記帳簿及び請求書等に該当するという主張について、裁判所は、原告らが本件各支出に関して保存していた本件各カード明細書は、消費税法30条8項及び9項に規定する書類ではなく、本件各カードの発行会社が交付した利用明細を記載したにとどまるものであることから、消費税法30条7項に規定されている帳簿及び請求書等に該当するものではないとしてこれを斥けた。   【解説】 原告ら代表者が3年余りで費消した1億6,500万円を超える飲食代金等について、原告らは、いったんは、所轄税務署職員の指摘どおりに、飲食代金等は原告ら代表者に対する貸付金としたうえで、法人税の申告上は損金の額に算入していた金額を否認して修正申告を行う。その後、原告らは、支出した飲食代金等は交際費等に該当するとして、更正の請求を行うことになったわけだが、本連載【第62回】で検討した、東京地方裁判所令和2年1月30日判決とその控訴審である東京高等裁判所令和2年12月2日判決でも判示されているように、更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、納税者は、申告により確定した税額等を自己にとって有利に変更することを求めるのであるから、確定した申告書の記載が真実と異なることについて主張立証責任を負うという高いハードルが課されている。 1 更正の請求における立証責任 更正の請求は、申告内容を自己の利益に変更しようとする場合のために設けられた手続きであり、申告が過大である場合には、原則として、他の救済手段に寄らずに更正の請求手続きによらなければならないと解されている(更正の請求の原則的排他性)(※)ことから、例えば、申告が過大であったことを理由として、申告税額の減額を求める訴えを提起することは許されず、本件のように、更正の請求を行ってから更正をする理由がないとの通知を受け、その通知を取り消す訴訟を提起するという流れになると理解されている。 (※) 金子宏『租税法第24版』(弘文堂、2021年、968ぺージ) そこで、立ちはだかるのが、更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、更正の請求に係る事実関係は納税者たる原告において主張、立証すべきものであるという、主張・立証責任の転換問題である。 本件の場合、原告らが、修正申告を行った後に更正の請求をするという手続きを採用した理由については明らかではないが、修正申告をせずに、税務署による更正処分を待って、その取消訴訟に臨むという選択肢もあり、この場合には、交際費等に該当しないことの主張・立証責任は、被告である国・課税庁が負うことになることも、租税訴訟手続きを検討するうえでは、考慮すべきことであろう。 2 原告ら代表者が修正申告に応じた理由 判決文では、原告ら代表者が修正申告に応じた理由として、京橋税務署職員らが接待相手に対し反面調査を行った場合に、原告らの業務に支障が生じることを懸念し、やむなく修正申告をすることとし、平成29年4月6日、職員らが原告ら代表者の説明を踏まえて事前に文面を作成した質問応答記録書の内容を確認したうえで、署名押印したと説明している。 さらに、判決文には、質問応答記録書の要旨も書かれているので、引用したい。 判決によれば、質問応答記録書のこの部分は「不動文字」で記載されているとのことであり、京橋税務署職員が、ワープロソフトを利用してあらかじめ印刷しておいたものに、原告ら代表者の署名押印を行ったものである。 原告ら代表者は、この質問応答記録書の内容を認めたうえで、修正申告も行っているのであるから、それを覆すのが難しいことは間違いのないところであった。   (了)

#No. 588(掲載号)
#米澤 勝
2024/10/03

〔令和6年度税制改正〕中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長 【第2回】

〔令和6年度税制改正〕 中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長 【第2回】   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   (3) 積立限度額 (※7) 合併により合併法人に移転するものを除く(措法56①)。 《図表8》積立率 (※8) 前回の(※6)参照 なお、特定株式等の取得価額に90%(100%)を乗じて計算した金額は、その適用事業年度においてその特定株式等の帳簿価額を減額した場合には、その減額した金額のうちその適用事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入された金額に相当する金額を控除した金額とする(措法56①)。 財務省「令和6年度 税制改正の解説」によれば、《図表8》に示されている「その認定特別事業再編計画に基づいて行う最初の特別事業再編のための措置として取得した株式等」に該当するかどうかの判定において、以下の留意点が挙げられている。 (※) 財務省「令和6年度 税制改正の解説」を参考に筆者加工 本措置が産競法2条18項6号に掲げる措置に限られる点についての留意点である。これは、M&Aによって他社株式の議決権の過半数を取得する場合に、(ア)のカウントの対象となる旨の記載である。(ア)の記載を参考にすると、特別事業再編のための各措置に応じた積立率は次のようになる。 (※) 財務省「令和6年度 税制改正の解説」を参考に筆者加工 本制度の適用要件を満たす措置を行っても、必ずしも本制度の適用を受けない場合がある。そのような場合に、2回目の措置での積立率が何%になるかについての留意点である。(イ)の記載を参考にすると、特別事業再編のための措置を行い、1回目の措置で本制度の適用を受けなかった場合の積立率は次のようになる。 (4) 準備金の積立て(損金算入) (※9) 合わせて前回の(※4)参照。 特定保険契約を締結している場合、損金算入はできないとされている(措法56①)。特定保険契約についての詳細は、後述の「5 経営力向上計画に係る措置の見直し及び期限延長」で説明する。 (5) 準備金の取崩し(益金算入) 中小企業事業再編投資損失準備金の取崩しについては、租税特別措置法の改正に基づく規定が、国税庁の「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」において次のとおり示されている。 《図表9》中小企業事業再編投資損失準備金の取崩し (出典) 国税庁「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」18頁 中小企業事業再編投資損失準備金の取崩し事由については、租税特別措置法56条2項から4項で以下の事由が示されている。 ① 10年経過後5年均等による準備金の取崩し なお、前回の「《図表1》本制度の概要」は拡充枠の据置期間後の均等取崩事由を示している。 ② 特定の事由に該当することとなった場合における準備金の取崩し 次の(イ)から(ク)までは、現行制度に関連する措置と同様である(財務省「令和6年度 税制改正の解説」)。 (※) 国税庁「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」、財務省「令和6年度 税制改正の解説」を参考に筆者作成 ③ 青色申告書の提出の承認を取り消された場合等における準備金の取崩し 上記のうち、「その承認の取消しの基因となった事実のあった日」は、次の条件に従って定められている(措法56④)。 (※10) 法人税法64条の10第4項から6項までの規定により同条の9第1項の規定による承認(通算承認)の効力を失った日をいう(財務省「令和6年度 税制改正の解説」)。 (6) 申告要件等   4 拡充枠を利用するために必要な特別事業再編計画に関する手続き等 2024年8月27日、「産業競争力強化法等の一部を改正する法律」の施行期日を2024年9月2日と定める閣議決定が行われ、施行された。中小企業庁の「中小企業事業再編投資損失準備金(中堅・中小グループ化税制)」によれば、拡充枠の利用に必要な産競法に基づく特別事業再編計画の手続きなどについては、産競法等改正法の施行後に公表された経済産業省の「事業再編の促進(産業競争力強化法)」において記載されている。したがって、【第3回】以降では、法令施行日後に更新されたこれらの情報を踏まえて解説する予定である。   5 経営力向上計画に係る措置の見直し及び期限延長 本制度の延長に関連する内容については、租税特別措置法の改正に基づく規定が、国税庁の「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」において次のとおり示されている。 《図表10》本制度の延長の概要 (出典) 国税庁「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」17頁 財務省「令和6年度 税制改正の解説」では、「経営力向上計画に係る措置の見直し及び期限延長」の項目において、本制度の見直し及び延長内容の詳細が解説されている。なお、以下の(1)の改正は、法人が令和6年4月1日以降に取得する株式等に適用される。また、以下の(2)の改正は、法人が令和6年4月1日以降に締結する特定保険契約に適用される。 (1) 特定保険契約を締結した場合の準備金の積立て 各法令と財務省「令和6年度 税制改正の解説」によれば、「特定保険契約とは、事業承継等又は特別事業再編のための措置に基因し、又は関連して生ずる損害を塡補する保険で事業承継等又は特別事業再編のための措置として取得をした株式等の売買契約における売主表明事項(売主から表明された当該売主又は当該株式等を発行した法人の法務に関する事項、財務に関する事項、税務に関する事項、労務に関する事項その他の事項をいいます。)につき正確でない、又は真実でない事実があり、その売主表明事項と異なる事実が生じたことによってその取得をした法人に損害が生じた場合に保険金を支払う定めのある保険(その損害により支払われることとされている保険金の限度額が5億円を超えるものに限ります。)の契約」をいう(措法56①、措規21の2①)。いわゆる「表明保証保険で保険金の支払限度額が5億円超の契約」である。 (2) 特定保険契約を締結した場合の準備金の取崩し また、本項目と合わせて、前述の3の(5)の②も参照されたい。 (3) 認定期限の延長 (4) その他   (【第3回】に続く)

#No. 588(掲載号)
#荻窪 輝明
2024/10/03

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第52回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第52回】   東洋大学法学部准教授 泉 絢也   22 ビットコインETFと分離課税(その6):本信託の仕組み (1) 設定と償還(指定参加者による買注文と売注文) ア バスケット単位による設定と償還 イ 発行プロセス ウ 償還プロセス (2) 資金の使途 (3) ハードフォークによって生ずる付随的権利等の取扱い (4) 持分所有者に対する分配 (5) 本信託の終了   (了)

#No. 588(掲載号)
#泉 絢也
2024/10/03

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第45回】「外国法人に対する渡航費等の支払に係る所得税等の源泉徴収義務」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第45回】 「外国法人に対する渡航費等の支払に係る所得税等の源泉徴収義務」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 外国芸能法人等に対し、報酬とは別に支払われる渡航費等は所得税等の源泉徴収の対象とされるのでしょうか。 〔A〕 人的役務の提供に係る対価について、「対価」という文言は、「所得」という文言とは異なり、通常の用語法としては、収入金概念に属するものといえ、人的役務の提供をした者にとって、同人的役務の提供に対して支払を受けた収入金額の総額を意味するものであることから、支払額の中に、同支払に係る収入を得るための犠牲として支出され、当該収入の一部をもって充当されるべき対応関係にある費用相当額が含まれていたとしても、同費用相当額は収入金額の一部として「対価」に含まれる、という判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 外国法人等による人的役務の提供と源泉徴収義務 国内における非居住者・外国法人による人的役務の提供、具体的には、映画若しくは演劇の俳優、音楽家その他の芸能人又は職業運動家の役務の提供の対価は、国内源泉所得に該当し(所法161①六、所令282、法法138①四、法令179)、当該対価の支払をする者は、その支払の際、当該国内源泉所得について所得税を源泉徴収することとなる(所法164、212①)。 外国から芸能人等を招へいする場合、その往復の旅費、国内滞在費等を依頼主が負担する(すなわち、芸能人等が支払った経費を精算する)ことが一般的に行われているが、この場合、その芸能人等の人的役務を提供する非居住者・外国法人が収受するこれらの旅費、滞在費等の負担額も人的役務に係る対価に含まれるかどうかが問題となる。 この点、人的役務の提供に係る対価には、その名目のいかんにかかわらず、その対価たる実質を有するもの全てが含まれることは当然であるから、上記のような場合の旅費、滞在費等の全部又は一部を当該対価の支払者が負担する場合におけるその負担する費用も、人的役務提供の対価に含まれることとなる(所基通161-19第1文、法基通20-2-10)。 この場合、依頼主が支払う金銭は、その役務を提供する非居住者・外国法人の収入金額となり、しかる後に費用の支払に充てられた段階でその者の経費となる。ただし、依頼主が、非居住者・外国法人の旅費、滞在費等を航空会社、ホテル、旅館等に直接支払い、人的役務を提供する非居住者・外国法人に対価又は報酬として金銭を交付しない場合はこの限りではない(所基通161-19第2文)。 つまり、その対価又は報酬の支払者から航空会社、ホテル、旅館等に直接支払われるものについて源泉徴収の対象にしなくても差し支えないとされている(所基通212-4)。これは、人的役務の提供に係る対価の支払者が交通機関、宿泊施設等を提供する場合も、金銭の支払に代わる経済的利益(サービス)の提供が行われるという意味で、基本的には変わらないが、そのサービスは、むしろ、人的役務の提供を受ける者がその提供者を自己の支配下に置くためのものであって、それによって人的役務の提供者に経済的利益が生じたと見ることは必ずしも妥当ではない(※1)という考え方によるものである。 (※1) 今井慶一郎ほか編『所得税基本通達逐条解説(令和6年版)』(大蔵財務協会・2024年)1129頁 なお、人的役務の提供に係る対価につき源泉徴収の対象とされた非居住者・外国法人は、経費を控除した純所得についての課税を受けるため、所得税(総合課税)又は法人税の確定申告を行い、当該純所得を課税標準とする税額から源泉所得税額を控除し、控除しきれない残額があるときは、還付を受けることができる(所法166等、法法144の6①五等)。 以下では、外国の芸能法人等に支払われた渡航費等に対する源泉徴収の要否が争われた事例について検討する。   2 過去の裁決例 《東京地裁令和4年9月14日判決》(※2) (※2) TAINSコード:Z272-13756 (1) 事案の概要 イベントプロモート事業等を営む内国法人である原告Xは、平成27年2月から平成30年10月までの間、日本国外に居住する複数の音楽家(以下「外国音楽家」という)を国内で行われる公演に招いた際に、Xとの間で出演契約を締結するなどしてその音楽活動のマネジメントを行っていた非居住者又は外国法人(以下「外国芸能法人等」という)に対し、外国音楽家の出演料とは別に、渡航費、機材の運送費その他の諸雑費(以下「渡航費等」という)を支払った(以下「本件各支払」という)。 Xは、本件各支払を行った際に、所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という)の源泉徴収をしなかったところ、所轄税務署長から、本件各支払額は「国内において人的役務の提供を主たる内容とする事業で政令で定めるものを行う者が受ける当該人的役務の提供に係る対価」(平成26年改正後所法161①六(同改正前は同②))に該当するとして、源泉所得税等の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたため、その各取消しを求める事案である。 (2) 争点及びXの主張の要旨 争点は、Xが、本件各支払の際に、本件各支払額について所得税等の源泉徴収義務を負っていたか否かであり、Xは①会計上、報酬等と区別された実費相当額の支払を受けても、これを収入として計上しないのが通常であり、税務上も収入とはされない、②仮に、税務上の収入であるとされたとしても、立替払された経費の精算として支払われたものであれば、結局、課税所得は生じないことになるから、国税の徴収を確実なものとする等の源泉徴収制度の趣旨が当てはまらず、源泉徴収の対象とされることはないなどと主張した。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、以下のように判示し、Xの請求を棄却した(※3)。 (※3) 東京高判令和5年4月26日(判例集未登載)による控訴棄却にて、本件は確定した(週刊税務通信No.3773(令和5年10月16日)51頁)。 ① 「人的役務提供に係る対価」の意義について ② 所得税基本通達161-19第2文との関係について   3 検討 本件は、外国の芸能法人等が行う人的役務提供事業に対する「対価」の中に、当該者にとっての諸経費相当分を含むか否かについて、裁判所が下した初めての判断である。ここに本判決の意義がある。 ところで、本件における渡航費等に係るサービス(経済的利益)の真の受益者は外国芸能法人等であることは疑いの余地もないが、それらを依頼主が負担することの意味をどのように理解したらよいであろうか。そもそもの人的役務の提供の対価が国内での興行に対するものである以上、日本への渡航や宿泊等も一連の外国芸能法人等の活動に包含されるといえることから、それら全体が対価を構成し、役務提供の依頼者が負担すると考えることもできよう(※4)。 (※4) もっとも、長島弘「国外芸能法人等に対して支払われた渡航費等に対する源泉徴収の要否が争われた事例」月刊税務事例(Vol.56 No.5)2024年5月号54頁は、「国内に渡航してくることも契約内容に含まれるのであるから『対価』を構成するということに一定の説得力はあるが、とはいえ、実額清算(ママ)をしているなら、渡航費としての支払額と受領額に差異が生じず自己の計算となる部分はない。(中略)果たしてこれが『人的役務提供』の『対価』として相応するかは疑問無しではない。」と問題提起している。 ただし、依頼主が渡航費を負担する方法には、①本件のように、外国芸能法人等が自らにとって最も利便性の高い条件で渡航や運送等のサービスの内容を決定して料金を支払い、同サービスの料金について人的役務の提供を受ける者が立替金精算払(※5)を行う方法、②人的役務の提供を受ける者が宿泊施設、交通機関等に対して直接、滞在費、旅費等を支払う方法の2種類がある。 (※5) この表現につき、森照雄「報酬と別に支払われた渡航費に対する源泉徴収義務」月刊税理(Vol.67 No.1)2024年1月号188頁は、「地裁は判決の中で『立替金精算払い』という文言を使用しているが、これは外国芸能法人等が実費相当額を請求しXがこれを支払ったものを指しており、『Xが契約者として本来支払うべきものを外国芸能法人が立替えて支払った』という意味ではないだろう。」と述べている。 ②は所得税基本通達161-19第2文に定める方法であり、地裁も、所得税基本通達逐条解説を引用し、「人的役務の提供を受ける者がその役務の提供者を自己の支配下に置くためのものであって、それによって人的役務の提供をする者に経済的利益が生じたとみることが必ずしも妥当しない場合(下線筆者)」と判示し、②の場合に源泉徴収しないことの理由付けとしている。 これに対し、①の同通達161-19第1文に定める方法について地裁は、「人的役務の提供を受ける者がその役務の提供者を自己の支配下に置くためにされたものであるとはいいきれない部分が少なからず生ずるから、一旦、人的役務の提供をする外国芸能法人等又は外国音楽家自身にサービス相当額の経済的利益が生じたものとして扱い、その後の純所得の計算上、人的役務の提供に要した費用を控除すべき経費と扱うことが、経済的な実態にそぐわない扱いであるということはできない(下線筆者)」と判示し①と②の関係を整理している(※6)。もっとも、実務的には①のケースと②のケースで判断に迷うことはなく、その意味で本判決の結論は極めて正当といえる。 (※6) 西中間浩「『人的役務の提供の対価』(所得税法161条1項6号)の支払には、報酬と明確に区分された渡航費等の支払も含まれるとして、所得税等の源泉徴収義務が認められた事例」税経通信(Vol.78 No.8)2023年8月号162頁は、「この種の渡航費等は理論的に見ればどこまでが『対価』に含まれるものなのか、その外縁を示すことは難しい問題である。(中略)現金の交付と同等の経済的利益を与えているかどうかはケースバイケースの個別判断が必要であると考えていることがみてとれる。上記通達はこのような個別判断を避けるために設けられた納税者有利の税務行政の運営指針という見方もできよう。」と述べている。 なお、経費の支払者と負担者が異なる場合の精算取引の税務上の取扱いは、居住者間でも起こり得る問題であり、源泉徴収の対象となる報酬、料金又は契約金と旅費、日当とを区分して支払っている場合であっても、当該旅費、日当等については源泉徴収義務がある(所基通204-3)。もっとも、交通機関やホテル等から「役務提供を受ける者」宛の領収書を受け取って精算している場合には、実態として直接支払われたものと同視できるから、源泉徴収不要として取り扱われる余地がある点指摘しておきたい(※7)。 (※7) 前掲(※5)参照。   (了)

#No. 588(掲載号)
#霞 晴久
2024/10/03

決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第7回】「3ヶ月超の定期預金に要注意」

◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第7回】 「3ヶ月超の定期預金に要注意」   公認会計士 石王丸 周夫   キャッシュ・フロー計算書は、企業のキャッシュの増減を示す財務諸表です。一般に、キャッシュといえばおカネが思い浮かびます。たとえば、銀行のキャッシュカードはATMでおカネ(現金)を引き出すためのカードです。 しかし、キャッシュ・フロー計算書のキャッシュは、現金だけを示しているわけではありません。では、貸借対照表の「現金及び預金」のことかというと、結果的にそれと同額になることはあっても、定義としてはそれとも異なります。 このように、キャッシュ・フロー計算書のキャッシュの範囲というのは、一般的な感覚と少し違うためか、これに関する誤処理がしばしば見られます。早速、決算短信の訂正事例を見ていきましょう。   訂正事例の概要 決算短信の連結キャッシュ・フロー計算書において、次のような訂正事例があります。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示(以降同様)) 連結キャッシュ・フロー計算書の投資活動によるキャッシュ・フローの区分において、「定期預金の預入による支出」という項目を追加し、キャッシュの減額を行ったという訂正です。 この結果、投資活動によるキャッシュ・フローの合計金額がその分減少し、これに連動して「現金及び現金同等物の増減額(△は減少)」と「現金及び現金同等物の期末残高」も減少しています。 連結キャッシュ・フロー計算書のこれらの数値が訂正になったことから、決算短信のサマリー情報や「経営成績等の概況」の記載においても、その引用箇所が訂正になっています。   定期預金はキャッシュに含まれるのか 定期預金というのは、通常、連結貸借対照表では「現金及び預金」の残高に含まれています。上掲の連結キャッシュ・フロー計算書のように、「定期預金の預入による支出」としてキャッシュから減額した場合、連結キャッシュ・フロー計算書の「現金及び現金同等物の期末残高」は連結貸借対照表の「現金及び預金」と不一致になります。 有価証券報告書には、そのことを示す注記があります。上掲の訂正事例に対応した注記としては、次のようなものです。 これは、連結貸借対照表の「現金及び預金」の残高と連結キャッシュ・フロー計算書の「現金及び現金同等物」の残高の関係を示したものです。この例では、両者の差は「預入期間が3ヶ月を超える定期預金」だとわかります。 「連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準注解」(注2)では、定期預金は、預け入れてから満期日までの期間が3ヶ月以内であれば現金同等物に含まれるとされています。3ヶ月超の定期預金は「現金及び現金同等物」には含まれないというわけです。 ただし、会計制度委員会報告第8号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」では、「現金同等物として具体的に何を含めるかについては、各企業の資金管理活動により異なることが予想されるため、経営者の判断に委ねることが適当と考えられている」と記載されており、上記のような注記でその点を明らかにしているわけです。実際、6ヶ月以内の定期預金を現金同等物に含めている企業もあります。要は、現金同等物とは何かということを、各企業が実質的に判断すべきということです。 ここはある意味、キャッシュ・フロー計算書の理解で1番難しいところかもしれません。実務では、こういった部分は素通りして、「3ヶ月以内ならばキャッシュ」というルールを機械的に当てはめておけば間違いないのですが、本来はここまで考えるべきでしょう。   会計方針の記載も確認 連結キャッシュ・フロー計算書において、「現金及び現金同等物」の範囲をどう決定するかということは、意外に大事なことだとわかったと思います。 有価証券報告書の連結財務諸表では、その点を重要な会計方針として開示しなければなりません。前掲の訂正事例に対応した記載例としては、次のようになります。   開示前のチェックポイント 決算短信の連結キャッシュ・フロー計算書では、本稿で紹介した訂正事例がよく見られます。しかも、決算短信を公表してから1ヶ月以上経過してから、この訂正がなされていたりします。おそらく、有価証券報告書作成段階で気がついたということなのでしょう。 有価証券報告書では、前掲の「連結キャッシュ・フロー計算書関係」の注記が開示されます。この注記を作成するとなれば、そこでキャッシュの範囲について考える機会が確保されます。決算短信作成段階においても、誤処理の発見のためにはこれを作成しておきたいところです。 (了)

#No. 588(掲載号)
#石王丸 周夫
2024/10/03

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第53回】「売り手企業の価額はどうやって決まるか・決めるか(後編)」~価額視点の相手の見方~

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第53回】 「売り手企業の価額はどうやって決まるか・決めるか(後編)」 ~価額視点の相手の見方~   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの価額を前提に売り手を見る際の手がかりを得る。 売り手企業 ⇒M&Aの価額を前提にM&Aに備えた企業活動をする際のヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒M&Aの価額の視点を頼りに買い手・売り手に対する助言に活かす。 その他の対象者 ⇒M&Aの価額の視点から買い手・売り手の見方を知る。   前回に続き、中小M&Aの「価額」視点で、相手の見方・見られ方を考えます。   1 価額視点の相手の見方 前回見たように、中小M&Aの価額は、ほぼ決算書から何らかの影響を受けます。そして、バランスシート(貸借対照表)と損益計算書の両方の影響を受ける可能性があるわけですが、意外とバランスシートの影響を受ける手法が多いことも、中小M&Aの際に価額を求める手法の特徴といえます。 ですから、売り手企業としては、M&Aを控える場合には、価額に影響しやすい項目に注意する必要があります。裏を返せば、価額に影響しやすい項目ほど、買い手企業や第三者機関は見ているということになります。   2 価額に影響しやすい項目の例 価額に影響しやすい項目は、以下のとおりです。 (1) 帳簿価額の純資産の額 帳簿価額の純資産の額は、中小企業の場合、基本的に、損益計算書の当期純利益から配当金額を差し引いた額が毎期蓄積されていきます。社歴が長くて、過去に大きな利益を計上した経験のある中小企業ですと、帳簿価額の純資産の額が大きくなっているケースが多いです。 帳簿価額の純資産の額が大きいということは、簿価純資産法ではダイレクトに売値になり、時価純資産法の場合でも簿価純資産が売値の基本になりますので、「売り手企業のビジネスは、過去にどれだけ多くの当期純利益を獲得してきたか」は売値を決める重要な要素の1つだといえます。 中小企業の場合、「株主=経営者」であるケースが多く、投資家からの配当要請が上場会社ほどにはありませんので、配当金額の多寡が簿価純資産に与える影響はさほど考慮しなくてもよい場合が多いです。 (2) 時価評価の対象となりやすい資産 売買や取引が行われる市場がある資産は、時価評価の対象となりやすい傾向にあります。前回取り上げた有価証券、保険、不動産のほか、ゴルフ会員権などの会員権、為替の変動を受ける可能性のあるデリバティブ取引などが代表例です。これらの資産を有している場合は、日頃の経営でも注意が必要です。 なぜかというと、多くの中小企業の決算書は、帳簿価額で計上しており、時価評価をしません。すなわち、取引をした金額のまま帳簿価額を据え置いているケースが多いので、時価の存在に気づかないままM&Aに至り、その時に初めて時価を意識することも少なくないからです。時価の変動がありそうな資産は、比較的多額で取得するケースが多いものばかりですから、時価に置き換えた場合の影響も大きくなります。 このほかにも、時価というと少し語弊があるかもしれませんが、その他の資産、負債、純資産のうち、変動する可能性のある項目にも注意します。中小M&Aで価額を求める際には、バランスシートの資産、負債、純資産を1つ1つ細かくチェックしていきます。その際、売掛金、未収入金、貸付金、買掛金、未払金などのように、回収相手がいる取引、支払相手がいる取引の場合のうち、特に回収相手がいる売掛金、未収入金、貸付金などは、回収が困難なのにもかかわらず、バランスシートに計上されたままの状態となっていることがよくあります。その場合も、M&Aでバランスシートの時価を求める際に調整が行われますが、これらは、資金繰りに大きく影響する項目ですので、M&Aの有無に限らず、日頃の経営でも気を付けたいものです。 (3) 簿外の取引 簿外の取引を、M&Aの際に調整してバランスシートに計上したとみなす手続きは、M&Aだけに存在する特別なルールではありませんし、いい加減に計上を迫るものではなく、根拠があります。その根拠とは、会計のルールです。本来、会計のルールは、どの会社であっても厳格に適用されるべきものですが、実際には、上場企業は会計のルールに厳格に則る一方で、非上場企業の多くは、会計のルールを一部適用するか、ほぼ適用しないか、のケースが多いようです。 ですから、これまで会計のルールを特段意識してこなかった経営者が、M&Aを機に、会計のルールに則った処理を目の当たりにしてはじめて、時価評価の存在や簿外の取引を計上する必要性に気づきます。たとえば、簿外の取引は、会計のルールに則れば、引当金などの名称で明確に存在しています。中小企業が今まで、厳密にルールを適用してこなかったために、顕在化していなかったにすぎません。端的にいえば、中小M&Aを迎える今の今まで、会計のルールを適用してこなかった影響です。 でも、多くの中小企業は、会計のルールをご存じないのも無理はありません。顧問をお願いしているのが税理士だとすると、税理士は税務の専門家であって、会計ルールにはほとんどの方が精通していないと思われるためです。 ただし、この状況が問題だと言いたいわけではありません。なぜかというと、税の領域は広く深く、会計の領域も同様です。そのため、税務の専門家である税理士が、税務の領域に加えて、会計の領域もパーフェクトに押さえること自体が困難な話だからです。これは、反対に公認会計士にもいえることで、会計中心に論点を押さえようとする公認会計士が、税務の領域までパーフェクトに押さえるのは非常に難しい側面があると思います。 結論から申し上げますと、もし今後M&Aを検討される余地があるのなら、どこかの段階で公認会計士を頼るのをお勧めします。これは、既存の顧問契約を変えるべきだという話では全くなく、M&Aに限った論点の洗い出しや、簿外の取引の把握についてだけでも聞いて理解しておく価値があるので、部分的にアドバイスをもらえばよいということです。 会計のルールに基づけば、基本的に、バランスシートには、いまだ反映されていないが将来企業から支出ないしは流出されうる項目や、そもそも会計のルールでオンバランスをしなければならない取引が計上されます。その存在可能性に日頃の経営で触れておくことは、管理(マネジメント)上も有益だと思います。 (4) EBITDA マルチプル法では、営業利益の額が株式価値に影響するとわかりました。大体の場合において、中小M&Aは直近の営業利益が重要な要素となりますので、売り手企業の稼ぐ力は、買い手企業や第三者機関から見られています。 また、ガイドラインでは、EBITDAを求めるために、営業利益に減価償却費を加えていました。減価償却費が大きければ、EBITDAを押し上げますので、感覚的には、「ならば、固定資産への設備投資を思い切って、EBITDAを高める経営をしていれば、M&Aの際に有利ではないか?」と思うのは当然です。 しかし、減価償却費が大きいことは、過大な設備投資によって、固定比率(固定資産/自己資本)、固定長期適合率(固定資産/(自己資本+長期負債))の悪化の原因となりやすいだけでなく、手元のキャッシュの流出か、資金調達によって固定資産の取得資金を賄うことになりますので、キャッシュフローの悪化、自己資本比率(自己資本/総資産)の低下、支払利息の増加による経常利益の悪化といった懸念が広がる原因を作ってしまいます。 固定資産は流動性が低い資産の1つなので、回収プランのない投資をしてしまうと、取り返しがつきません。中小M&Aを期待するからといって、EBITDAを高める手段に安易に飛びつかず、堅実な経営によって、中長期の成長を目指すのが賢明といえます。 (5) 現預金と有利子負債 (4)と同じくマルチプル法に関係する項目です。キャッシュが多く、借入に代表される有利子負債が少ないと、株式価値にプラスの効果があります。 キャッシュが多いのがよいのであれば、キャッシュリッチ企業になることを目標に経営すればよいですが、手元キャッシュは、ただそれだけでは、経営上の価値を生み出すのに貢献しません。何らかの形で投資をして売上を生むなど、新たな価値を生み出すために使うのがキャッシュなので、現預金の多さには惑わされないのがよいと思います。 また、有利子負債は株式価値を求める際のマイナス項目になりますが、借入に代表される資金調達を控えればよいかといえば、そうともいえません。有利子負債でキャッシュを得て、そのキャッシュを事業活動に回して、価値を生み出し、さらに売上や利益を生み出すというサイクルを回すために、有利子負債は不可欠な要素の1つであり、特に、中小企業では事業活動の源泉になりえます。 よって、これらの要素はマルチプル法における株式価値を構成しますが、普段の経営では、あまり意識しすぎずに取り組むことを勧めます。 (6) 価額に影響しやすい項目のまとめ (1)から(5)のうち、決算書に影響が表れやすい項目を以下にまとめました。記載した科目名称や取引の種類は、M&Aの譲渡価額にも影響しやすいと思われますので、買い手企業や第三者機関が注視します。売り手企業の視点に立てば、買い手企業や第三者機関が何を考え、何を見ているかわからないよりは、多少なりとも想定できる方が、心構えができると思います。 〈価額に影響しやすい項目の例示〉   3 価額を求める手法に関する相手の見方の留意点 前回は、ガイドラインより、簿価純資産法、時価純資産法、マルチプル法を見てきました。 このうち、簿価・時価の純資産法は、過去に、この企業が行ってきた経営の蓄積と現状がわかる反面、将来の経営状況を保証できない弱点があります。もし、純資産法によって譲渡価額が高いとしても、それは過去の経営の結果であって、将来的な成長も約束されるビジネスかはわからないということです。この意味で、静的な手法といえます。 極端な例ですが、ビジネスは下火なので最近は稼げていないが、過去の利益の蓄積のおかげで純資産が大きいケースは中小企業でもよくあります。なので、買い手企業や第三者機関からすれば、純資産の大きさに過度の期待を抱くことはなく、別のアプローチで売り手企業の価値を見てくると思った方がよいでしょう。 別のアプローチの1つが、マルチプル法のように、現在の業績を拠り所とする手法です。業績は直近だけでなく、過去数年間の推移を追うことで、傾向がわかります。すると、上昇傾向か否かで、その企業の置かれているビジネスの現状がわかり、上昇トレンドか下降トレンドかを把握することが可能です。 ただし、こちらも過信は禁物で、ビジネス自体が持続可能か、つまり、衰退したり斜陽になったりする可能性までは教えてくれません。この見極めのためには、決算書から離れたマーケット環境や、その企業の戦略性、使える資源といった、別の要素も合わせて確認しなければいけません。 こうした観点からすれば、価額を求める手法に関する相手の見方は便利な反面、万能ではないことがわかると思います。 (了)

#No. 588(掲載号)
#荻窪 輝明
2024/10/03

電子書類の法律実務Q&A 【第23回】「顧客からの悪質クレームに対して、電子メールで対応すべきか」

電子書類の法律実務Q&A 【第23回】 「顧客からの悪質クレームに対して、電子メールで対応すべきか」   弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕   〔Q〕 顧客からの悪質クレームに対して、電子メールで対応すべきでしょうか。 〔A〕 電子メール(以下「メール」といいます)での対応は、お勧めできません。メールの一部が切り取られ、SNSで拡散されるリスクがあるためです。また、即時の回答が求められ、返信が遅れた場合、さらなる苦情につながる可能性も高いです。最終的には、書面対応に切り替えることを検討してください。 脅迫的なメールについては、脅迫罪、偽計業務妨害罪、威力業務妨害罪などの刑法上の犯罪が成立する可能性があります。躊躇せず、警察に相談すべきです。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 カスハラとは カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」という)とは、顧客からの不当なクレームや言動の中で、その要求内容が社会通念上不相当であり、労働者の就業環境に悪影響を及ぼす行為を指す。2024年のUAゼンセンによる調査では、労働者の46.8%が直近2年間にカスハラの被害を経験している。 カスハラの背景要因として、以下が指摘されている。 2023年9月に、カスハラによる労災認定の基準が明確化された。また、企業には労働契約法5条に基づき、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務がある。この義務を安全配慮義務という。安全配慮義務に違反した場合、従業員との関係で賠償義務を負う。実際に、安全配慮義務違反に基づき企業に損害賠償責任を認めた裁判例も存在する(東京地判平成25年2月19日)。   2 メールでの対応は避けるべき メールでの対応は避けるべきである。メールやLINEでの対応では、回答内容の一部が切り取られ、SNSで拡散されるリスクが高い。また、メールでのやり取りは、顧客から即時の返信を求められることが多く、返信が遅れた場合、さらなるクレームを招くこともある。 どうしてもメール対応が必要な場合でも、やり取りが延々と続くのを避けるために、即時の返信は控えるべきである。また、やり取りの際には、第三者をCCに入れることは避けるべきだ。担当者名を記載すると、担当者個人が攻撃されるリスクがあるため、個人名を明示せず、部署として対応することも検討したい。 同じ内容のメールを繰り返してくるなど、メール対応が難しい場合は、書面での最終回答を行うことが望ましい。書面で最終回答を行う際には、①これ以上の対応はしないこと、②これ以上の要求が続く場合は弁護士に対応を引き継ぐことを明確に伝えることが重要だ。これに対して相手方がさらに対応を求めてきた場合でも、「書面で回答させていただいたとおりです」と繰り返し伝え、不必要な応酬を避けるべきである。   3 警察に相談すべき事案 送信されたメールが脅迫的な内容である場合は、直ちに警察に相談すべきである。「脅迫罪」(刑法222条1項)、「偽計業務妨害罪」(刑法233条)、「威力業務妨害罪」(刑法234条)が成立する可能性がある。 以下は、最近の裁判例である。   (了)

#No. 588(掲載号)
#池内 康裕
2024/10/03

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第85話】「金融所得課税と富裕層の税負担」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第85話】 「金融所得課税と富裕層の税負担」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「・・・金融所得課税は・・・自民党の総裁選の論点に浮上しているが・・・」 中尾統括官は、新聞を広げながら、渋い顔をしている。 「・・・それは・・・無理でしょう・・・」 中尾統括官の持っている新聞を覗きながら、浅田調査官が言う。 「しかし、格差是正のためには、富裕層の税負担を重くしなければならないだろう」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「・・・ところで、富裕層というのは、どんな人をいうのですか?」 浅田調査官が尋ねる。 「富裕層というのは・・・野村総合研究所は、預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険、年金保険など、世帯として保有する金融資産の合計額から負債を差し引いた純金融資産保有額をもとに、総世帯を5つの階層に分類しているが、2021年においては、次のようになっている」 そう言うと、中尾統括官は罫紙に富裕層の区分をまとめる。 「この①の超富裕層は9万世帯あり、保有資産規模は105兆円といわれている・・・そして、②の富裕層は、139.5万世帯で259兆円、③の準富裕層は、325.4万世帯で258兆円といわれている・・・この①から③までの範囲を富裕層ということができると思うのだが・・・」 中尾統括官は、富裕層の区分を見ながら、呟く。 「・・・資産家であるとの噂の中尾統括官は、②に入るのですか?」 浅田調査官は、ニヤニヤしながら尋ねる。 「馬鹿を言え、俺なんか貧乏な公務員だから、⑤の部類に入って、老後資金のために、政府の言う2,000万円を目指して、せっせと働いているのだ」 中尾統括官の言葉に、浅田調査官は、肩をすくめる。 「・・・要は、富裕層を対象として、金融所得についてもっと高い税率を適用すれば良いということなのだけど・・・」 中尾統括官は、思案顔になる。 「・・・例えば、この純金融資産保有額をベースとした富裕層に対しては、株式の配当や譲渡益といった金融所得の税率を30%や40%にするとか・・・課税を強化するというのはどうだろうか・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「これで、一体どれぐらいの税収増になるのでしょうか・・・」 浅田調査官は、電卓を持ちながら、考える。 「例えば・・・①から③の世帯の保有している金融資産の合計額の10%のキャピタルゲイン等が発生したと仮定すると・・・」 浅田調査官は、電卓を叩きながら、罫紙に計算式を書く。 「この62.2兆円に対して、現行の20%の税率を30%(10%アップ)にすると、6.22兆円の税収入が増加することになります・・・更に、40%(20%アップ)にすると、税収入が12.44兆円増加します」 「・・・しかし・・・この増加する税収入の金額は大きいな・・・消費税は、税率1%が約2兆円の税収入になることから、この数字が本当であれば、消費税を3%又は6%アップしたのと同じことになる・・・」 中尾統括官は、腕を組んで、考える。 「ただ、金融所得課税を強化すると、株式市場は敏感に反応し・・・そして、株価が急落すると、政治家は慌てて、金融所得課税の強化を撤廃します」 浅田調査官は、苦笑する。 「だから、金融所得課税の強化は、難しい・・・」 「金融所得は逃げ足が早いから・・・」 中尾統括官の言葉に、浅田調査官は頷く。 「平成20年度の税制改正によって、『上場株式等の譲渡損失と配当所得との間の損益通算及び繰越控除の特例(措置法37の12の2)』が創設されたが、金融所得の一律分離課税は、高い累進税率の適用を避けるために、金融資産が国外に移され、それによる税収入が失われるのを防ぐことを目的として設けられた制度といわれている・・・もっとも、その効果があるかどうかは、不明であるが・・・」 中尾統括官は、更に、言葉を続ける。 「ところで、令和5年度の税制改正で、『極めて高い水準の所得(所得30億円超)に対する負担の適正化』(措法41の19)の措置が講じられているけれど・・・これは、1億円の壁(所得税の負担率が低下する傾向)の解決をするために改正したとされている」 中尾統括官は、令和5年度税制改正の冊子を読む。 「これを算式にすると、次のようになる」 そう言うと、中尾統括官は、罫紙に算式を書く。 (注) 22.5%は、所得税の最高税率45%の2分の1である。 中尾統括官は、机の引き出しから、新聞の切り抜きのスクラップブックを取り出して、記事(日本経済新聞2022年12月17日掲載)を確認する。 「しかし、これは、所得が年間30億円超の人に対する課税の強化であるが、この対象となる人は、報道によると200~300人くらいということだから、税収入としてはあまり大きくないのでは・・・」 中尾統括官は、算式を見ながら、付け加える。 「そうすると、やっぱり、税収入の増加という観点からは、先ほどの①から③までの473.9世帯の富裕層に対して、株式や配当等の金融所得の課税強化(税率のアップ)を行わなければならないということですね」 浅田調査官は、大きく頷く。 (つづく)

#No. 588(掲載号)
#八ッ尾 順一
2024/10/03
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