2024年3月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.562を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第36回】 「錯誤に基づく租税負担選択権の行使と通常の更正の請求の許容性」 -歯科医師概算経費控除「錯誤」事件・最判平成2年6月5日民集44巻4号612頁の意義と射程- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 納税者が提出した納税申告書に係る課税標準等又は税額等の記載の中に、納税者に不利な一定の過誤(税通23条1項1号~3号参照。以下「過誤要件」という)が存在する場合、納税者は納税申告等の過誤是正措置としての更正の請求をすることができる。この場合において、納税者が法定申告期限から5年以内に過誤要件の充足に気がついたときに行うことができる更正の請求(税通23条1項)を通常の更正の請求といい、法定申告期限から5年を経過した日以後に過誤要件の充足に気がついたときに、一定のいわゆる後発的理由(同条2項1号~3号)の発生を理由としてのみ行うことができる更正の請求(同項)を特別の更正の請求という(この用語法について拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【133】~【135】参照)。 今回は、税法が概算経費控除の特例・税額控除等の定めにおいて納税者に租税負担選択権を認めている場合において、納税者がその選択権を錯誤に基づいて行使したとき、過誤要件が充足されたとして通常の更正の請求が許容されるかどうかという問題を検討することにする。 この問題の検討に当たっては、とりわけ、歯科医師概算経費控除「錯誤」事件(以下「本件」という)・最判平成2年6月5日民集44巻4号612頁(以下「本判決」という)が、重要かつ有益な手がかりを与えてくれるように思われる。本判決は、医師優遇税制(税特措26条)における社会保険診療報酬に係る概算経費(同条1項)を納税者が錯誤に基づき選択(同条3項参照)した場合において、修正申告によるその選択の撤回を認めたものであるが、結論を先取りしていえば、本判決の考え方は基本的には通常の更正の請求についても妥当すると考えるところである(前掲拙著【134】参照)。そこで、同様の場合における通常の更正の請求の許容性の問題に立ち入る前に、まず、本判決の判断内容からみておくことにしよう。 Ⅱ 本判決の判断内容 本判決の判断内容をみる際、その判示を以下のとおり大きく3つの部分に分けて整理しておくのが適当であろう。 本判決は、まず、次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示①」という)、概算経費選択を「意思表示」と性格づけた上で、実額経費(所税27条2項、37条1項)及び概算経費がいずれも「国税に関する法律の規定に基づく社会保険診療報酬の必要経費」すなわち適法な必要経費となることを認め、最判昭和62年11月10日裁判集民事152号155頁(以下「昭和62年最判」という)を参照している。 本判決は、これに続けて次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示②」という)、本件における概算経費選択の意思表示が「錯誤」に基づくものであることを認めた。 本判決は、以上の判断を踏まえた上で、本件における修正申告の許容性について次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示③」という)、納税申告の過誤是正措置としての修正申告の要件を充たす限りにおいては、錯誤に基づく概算経費選択の意思表示を修正申告によって「撤回」することを認め、社会保険診療報酬に係る必要経費を実額で計上することができると判断した。 Ⅲ 錯誤に基づく租税負担選択権の行使と通常の更正の請求の許容性 1 租税負担選択権規定の構造と選択の法的性格 租税特別措置法26条1項は、医師又は歯科医師の社会保険診療報酬に係る事業所得の金額(所税27条2項)の計算上必要経費として実額経費(同37条1項)に代えて(税特措26条3項参照)概算経費を控除することを定めているが、当然のことながら、必要経費として実額経費を控除するか又は概算経費を控除するかで事業所得に対する所得税の負担が異なることになることから、この規定も租税負担選択権を定める規定(以下「租税負担選択権規定」ないし単に「選択権規定」という)である。 上記の概算経費の選択は原則として確定申告書にその旨を記載することによって行われることとされている(税特措26条3項・4項参照)ことからすると、租税特別措置法26条1項という選択権規定は、納税義務の確定手続そのものではないにしてもこれに関連する手続を定める規定であることは確かである。ただ、上記の概算経費の選択は実額経費の場合とは異なる所得税の負担をもたらすことからすると、上記の選択権規定は、納税義務の内容を定める課税要件規定としての性格をも併有することもまた確かである。 以上のことは租税特別措置法26条1項についてだけでなく租税負担選択権規定一般についていえることである。このことに着目して、筆者は従来から選択権規定を「課税要件法に組み込まれた手続法」として性格づけ(前掲拙著【48】参照)、その構造について次の理解(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)736-737頁[初出・1991年])を示してきた。 本判決判示①で示された考え方は、選択権規定の構造に関する上記のような理解を前提にして成り立つものであると考えられる。というのも、概算経費選択を「意思表示」と性格づけるのは、社会保険診療報酬の必要経費に係る選択権の行使について、その行使の動機に導かれ異なる法律効果(異なる額の必要経費控除)の発生を欲する意思すなわち効果意思、及びこれを確定申告書への記載という表示行為に媒介する意思すなわち表示意思を観念することができるからである。また、実額経費及び概算経費がいずれも適法な必要経費となることを認めるのは、租税特別措置法26条1項という選択権規定によれば、社会保険診療報酬の必要経費に該当する一定の支出という課税要件事実に対する、必要経費控除という法律効果の付与(税法的評価)への決定参与権が納税義務者に与えられており、その行使が法定の手続的規制に従って行われる限り、異なる法律効果(異なる額の必要経費控除)の付与(税法的評価)のいずれもが適法とされているからである。 本判決判示①は、後者の点すなわち実額経費及び概算経費がいずれも適法な必要経費となることを認める点については、昭和62年最判を参照しているが、前者の点すなわち概算経費選択を「意思表示」と性格づける点についても、その性格づけは昭和62年最判と同じく意思主義に基づくものと解される(前掲拙著『税法創造論』139-141頁[初出・2021年]参照)。というのも、昭和62年最判も「措置法の右規定[=26条1項]は、確定申告書に同条項の規定により事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合には、適用しないとされているから(同法26条3項)、同条項の規定を適用して概算による経費控除の方法によつて所得を計算するか、あるいは同条項の規定を適用せずに実額計算の方法によるかは、専ら確定申告時における納税者の自由な選択に委ねられているということができる」(下線筆者)と判示し、概算経費選択を納税者の「自由な選択」と捉えているが、これは自由意思による選択を意味するものと解されるからである。 前記の意思主義については、「納税義務者の意思を重視しなければならないという要請」(藤岡祐治「判批」法協130巻9号(2013年)2081頁、2096頁)といってもよいが、そもそも、「近代法の構造というのは、すべて個人の意思を中心に構成されている」(伊藤正己『近代法の常識〔第3版〕』(有信堂・1992年)163頁)ところ、「近代法の個人主義的性格を示すものであり、窮極的には個人の意思に法規範の根拠を求めるもの」(石井金一郎『近代法入門』(法律文化社・1963年)19頁)として、近代法の基本原理を構成すると考えるところである。現代の法も近代法を基礎とする以上、税法も法理論上は近代法の基本原理から自由ではあり得ない。 そうすると、租税特別措置法26条の選択権規定は、意思主義に基づき概算経費選択を納税者の「自由な選択」(昭和62年最判)ないし「意思表示」(本判決)に委ねつつ、その表示行為を確定申告書への記載(同条3項)に限定し、もって意思主義に対して手続的規制を加えることを定めた「課税要件法に組み込まれた手続法」規定であるといえよう。 2 租税負担選択権の行使に係る「錯誤」の態様と法律効果 以上のように考えてくると、本判決判示②が本件における概算経費選択の意思表示について「錯誤」を問題にしたのは、意思主義の観点からは論理的に自然な流れであるといえよう。この点を昭和62年最判についてみると、その原判決・仙台高判昭和59年11月12日訟月31巻7号1686頁は、正当にも、次のとおり判示した(下線筆者)。 もっとも、昭和62年最判は、当該事案における概算経費選択について「錯誤」を問題とすることなく、通常の更正の請求に係る過誤要件(税通23条1項1号)該当性のみを判断した。つまり、昭和62年最判は、その原判決が上記のとおり「錯誤」として問題にしたこと、すなわち、「同条による租税優遇措置を受けようとしてこれを選択したことが、逆に本来の収支計算の方法による場合よりも税額を過大ならしめた」ことを、「錯誤」として問題にしなかったのである。そのようなことは、収支決算に基づき算定された実額経費との比較をせずに概算経費を選択したがために生じた結果であるから、概算経費選択の意思を形成する段階における錯誤という意味では動機の錯誤に属するといえるにしても、単なる見込み違いにすぎず、意思主義の観点からみて特に問題にすべきことではないと考えられるので、昭和62年最判の判断は妥当である。 これに対して、本判決判示②が本件における概算経費選択の意思表示について問題にした「錯誤」は、昭和62年最判の場合とは異なり、収支決算に基づき算定された実額経費との比較を行いながらも実額経費の計算を誤ったがために陥った錯誤(本件の控訴審・福岡高判昭和63年6月29日民集44巻4号664頁の表現を借りれば「選択の判断資料とすべき実際に要した経費の算出過程における計算誤りに縁由する錯誤」)であるが、ただ、動機の錯誤に属するものであるという点では、昭和62年最判の場合と同じである。しかし、同じく動機の錯誤に属するとはいっても、本件における「錯誤」については、本判決判示②が「本件記録によれば、右の誤りは本件確定申告書に添付された書類上明らかである。」と説示していることからして、その「錯誤」は、実額経費の計算の誤りという概算経費選択の動機に属する事由がその意思表示の内容として確定申告書への記載という形で表示されているような錯誤であるといえよう。 本判決の調査官解説も、「本件確定申告における必要経費の計算」の「誤り(錯誤)」について、「厳密に分析していえば、自由診療収入分の必要経費については金額という要素の錯誤があり、社会保険診療報酬分の必要経費については実額経費と概算経費との選択に関する動機の錯誤があって、後者の錯誤は前者の錯誤と密接に関連しており、右各錯誤は確定申告書の添付書類上明らかであるということになろうか。」(上田豊三「判解」最判解民事篇(平成2年度)182頁、194頁。下線筆者)と述べている。 本件における「錯誤」を以上のように捉えると、本判決判示②は、本件当時の民法95条に関する民法判例、すなわち、「意思表示をなすについての動機は表意者が当該意思表示の内容としてこれを相手方に表示した場合でない限り法律行為の要素とはならないものと解するを相当とする。」(最判昭和29年11月26日民集8巻11号2087頁)という考え方に準拠して、本件における「錯誤」を租税特別措置法26条という選択権規定の適用上いわば「概算経費選択の要素の錯誤」とみた上で、当時の民法95条が定めていた錯誤無効に準じて、これに基づく概算経費選択には必要経費控除という法律効果が当初から発生していなかったものとして取り扱う旨の判断を示したものと解することができる。また、そのような法律効果の取扱いを本判決判示③は「概算経費選択の意思表示の撤回」と称したものと解される(前掲拙著『税法創造論』782-783頁[初出・1991年]参照)。 そもそも、必要経費控除は所得税の課税標準の計算上の措置であるから、必要経費控除という法律効果は、所得税に係る課税要件法上の法律効果である。これが概算経費選択の当初から発生していなかったものとして取り扱われると(概算経費選択の意思表示が撤回されると)、概算経費を必要経費として控除して所得税の課税標準を計算することは、当初からできなかったことになる。その結果、当初そのような計算に基づき行われた確定申告は、課税要件法上誤ったもの(課税要件法上の過誤)となる。 この場合において、❶課税要件法上の過誤によって当初の確定申告が、その申告税額に「不足額があるとき」(税通19条1項1号)に該当すること(過少申告)になったときは、修正申告の要件が充たされることになる。このことは本判決判示③で判示されているところである。 これに対して、❷課税要件法上の過誤によって当初の確定申告が、その申告税額が「過大であるとき」(税通23条1項1号)に該当すること(過大申告)になったときは、通常の更正の請求の要件が充たされる場合がある。その場合としては、過大申告の原因となる事由がⓐ「当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと」(税通23条1項1号)又はⓑ「当該計算に誤りがあつたこと」(同)のいずれかである場合が定められている。概算経費選択の意思表示の撤回は、概算経費選択について必要経費控除という法律効果が当初から発生していなかったものとして取り扱うことであるから、概算経費を必要経費として控除して計算した所得税の課税標準は所得税法の規定に従っていなかったことに帰結する。したがって、本件における錯誤に基づく概算経費選択の意思表示の撤回は、上記のⓐの事由に該当することになる。 本件は修正申告の事案であるから、本判決の射程は前記❶に限定され前記❷には及ばないが、ただ、これまで述べてきたように、本判決が「課税要件法に組み込まれた手続法」という選択権規定の構造(前記1参照)を前提にして「概算経費選択の意思表示の撤回」を認めたと解することができる以上、本判決の考え方の射程は実質的には前記❷にも及ぶと考えるところである。 いずれにせよ、前記Ⅰで今回の検討対象として述べた問題、すなわち、納税者が租税負担選択権を錯誤に基づいて行使したとき、過誤要件が充足されたとして通常の更正の請求が許容されるかどうかという問題については、これを肯定することができると考えるところである。 なお、筆者の以上のような考え方は、一見すると、修正申告の要件と通常の更正の請求の要件との違いを無視ないし軽視するものであるかのように思われるかもしれないが、両要件の法律構成の違いに照らして考えてみると、そのようなものでないことは明らかである。すなわち、国税通則法は修正申告の要件については、当初申告税額に係る「不足額」にのみ着目し、その原因となる事由の内容・態様等を問わない、いわば「総額主義的構成」を採用しているのに対して、通常の更正の請求の要件については、当初申告税額の「過大」さだけでなくその原因となる事由にも着目する、いわば「争点主義的構成」を採用しているが、両要件の法律構成のこのような違いに照らして考えてみると、修正申告の要件が過少申告の原因となる事由の内容・態様等を問わない以上、前記のⓐ又はⓑの事由が過少申告の原因となっている場合にも、当然のこととして、修正申告の要件が充たされるのであるから、前記のⓐに該当する「概算経費選択の意思表示の撤回」があれば、それによって当初税額と比べて納付すべき税額が増加することになるときは、修正申告の要件が充たされ、他方、それによって当初税額と比べて納付すべき税額が減少することになるときは、通常の更正の請求の要件が充たされるのである。 Ⅳ おわりに 今回は、通常の更正の請求の許容性の問題を錯誤に基づく租税負担選択権の行使について検討したが、その検討を通じて、その問題の判断について意思主義が重要な意味をもつことを明らかにした。 このことは、選択権規定の適用に当たって選択の意思表示の解釈を必要とする場合があることを予想させるが、実際に、そのような場合における通常の更正の請求の許容性の問題について、最判平成21年7月10日民集63巻6号1062頁(以下「平成21年最判」という)は次のとおり判示し、それを肯定する判断を示した(下線筆者)。 平成21年最判は、上記のとおり、法人税に係る所得税額控除(法税68条1項)の選択(同条3項[現行4項])の前提となる計算の誤りについて、「所有株式数の記載を誤ったことに起因する単純な誤りである」こと及び「別の理由により選択した結果であることをうかがわせる事情もない」ことという事実を重視して、その選択の意思を「誤って過少に記載した金額に限って同制度の適用を受ける意思」ではなく「その所有する株式の全銘柄に係る所得税額の全部を対象として、法令に基づき正当に計算される金額につき、所得税額控除制度の適用を受けることを選択する意思」と解釈し認定した。 このような意思表示の解釈は、個々の選択に係る事実に即して客観的に行われており、その意味で民法における意思表示の解釈(差し当たり山本敬三『民法講義Ⅰ 総則〔第3版〕』(有斐閣・2011年)134頁以下参照)と比べて特に異なる考慮に基づくものとは考えられない。それゆえ、平成21年最判は、本判決と基本的には同じく意思主義に基づく判断を示したものと解される(前掲拙著『税法創造論』142-143頁[初出・2021年]参照)。 平成21年最判の調査官解説は、「本判決[=平成21年最判]は、納税者が配当等に係る所得金額の全部を対象として所得税額控除制度の適用を選択する意思があったことが確定申告書の記載からも見て取れるという事案に関するものであるから、申告時における選択を申告後に変更するという事案(前掲最三小判昭和62・11・10[=昭和62年最判]等)とは異なるものと解される(・・・・・・)。」(鎌野真敬「判解」最判解民事篇(平成21年度)(下)516頁、526頁。下線筆者)と述べているが、この解説も、平成21年最判が選択の「意思」を基準にして過誤要件の充足を認めたものであり、したがって、意思主義に基づくものであるとの理解を示したものと解される。 最後に今回の検討をまとめると、選択権規定の適用に当たっては、選択の「意思」を基準にして納税申告等の過誤是正措置(修正申告と更正の請求)の適用を判断するのが判例の立場であるといってよかろう。 (了)
〈令和5年度改正及び改正通達を踏まえた〉 生前贈与加算・相続時精算課税制度のポイント 【第4回】 (最終回) 「暦年課税・相続時精算課税の比較シミュレーション」 太陽グラントソントン税理士法人 パートナー 税理士 佐藤 達夫 1 暦年課税・相続時精算課税の制度比較 本連載の【第1回】~【第3回】において確認した、令和6年以降における暦年課税と相続時精算課税の制度の概要をまとめると、次のとおりとなる。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 贈与年の1月1日現在の年齢 暦年課税又は相続時精算課税のいずれかを選択する場合の実務上のポイントは、次のとおりと考えられる。 2 暦年課税・相続時精算課税の比較シミュレーション 次のケース1~ケース3について比較シミュレーションを行い、暦年課税・相続時精算課税を適用した場合の有利不利を検証する。 〇基本情報 〇シミュレーション ケース1:父の現在の財産が100,000千円の場合 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 暦年課税の場合は、直近4年分の贈与財産(令和10年から令和13年分)から1,000千円を控除した残額を相続財産へ加算しており、贈与税額は相続開始前7年分の贈与税額を控除している。また、相続時精算課税の場合は、令和6年から令和15年分の贈与額は、11,000千円(1,100千円×10年)を控除した残額を相続財産へ加算している(以降のケースも同様)。 ケース2:父の現在の財産が200,000千円の場合 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ケース3:父の現在の財産が300,000千円の場合 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ◆まとめ◆ ケース1のように被相続人の財産が1億円程度である場合には、相続時精算課税を選択するほうが、相続時に毎年110万円を控除することができるため有利になる。一方、被相続人の財産が2億円を超え、長期間にわたり贈与を行える場合には、暦年課税を選択し、相続税の限界税率を下回る贈与税の実効税率により贈与したほうが有利になる。 実行にあたっては、被相続人や相続人の家族構成、財産の多寡、年齢、健康状態などを考慮し、一定期間経過ごとに、贈与の効果や今後の進め方の見直しを図ることが必要となる。一方、相談を受ける税理士側としては、長い期間にわたる贈与は試算通りにいかないこともあるということを依頼者や、その家族に認識してもらい、後のトラブルに備えることも必要である。 (連載了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例132(贈与税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税(措法70の2) 平成27年1月1日から令和8年12月31日までの間に、直系尊属から一定の住宅用家屋の新築又は取得等のための金銭の贈与を受け、贈与年の翌年3月15日までに住宅用家屋の新築又は取得等をして同日までに居住の用に供し、又はその後遅滞なく居住の用に供することが確実であると見込まれる場合で、同年12月31日までに居住の用に供し、一定要件を満たす場合には、贈与を受けた金銭のうち以下の金額までは贈与税が非課税となる。 なお、この特例の適用を受けるためには、一定の書類を添付した期限内申告書の提出が必要であり、贈与を受けた年の合計所得金額が2,000万円以下でなければならない。 ◆合計所得金額 次の①と②の合計額に、退職所得金額、山林所得金額を加算した金額。 (注) 申告分離課税の所得がある場合には、それらの所得金額(長(短)期譲渡所得については特別控除前の金額)の合計額を加算した金額 〈参考〉 ・総所得金額 次の①と②を合計した金額(純損失・雑損失の繰越控除適用後)。 ① 事業所得、不動産所得、給与所得、総合課税の利子所得・配当所得・短期譲渡所得及び雑所得の合計額(損益通算後の金額) ② 総合課税の長期譲渡所得と一時所得の合計額(損益通算後の金額)の2分の1の金額 ・総所得金額等 次の①と②の合計額に、退職所得金額、山林所得金額を加算した金額。 (注) 申告分離課税の所得がある場合には、それらの所得金額(長(短)期譲渡所得については特別控除前の金額)の合計額を加算した金額 ① 事業所得、不動産所得、給与所得、総合課税の利子所得・配当所得・短期譲渡所得及び雑所得の合計額(損益通算後の金額) ② 総合課税の長期譲渡所得と一時所得の合計額(損益通算後の金額)の2分の1の金額。ただし、次のイからへの繰越控除を受けている場合は、その適用後の金額 イ 純損失や雑損失の繰越控除 ロ 居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の繰越控除 ハ 特定居住用財産の譲渡損失の繰越控除 二 上場株式等に係る譲渡損失の繰越控除 ホ 特定中小会社が発行した株式に係る譲渡損失の繰越控除 へ 先物取引の差金等決済に係る損失の繰越控除 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第35回】 「自宅の庭園設備は経済的価値があるとして財産評価基本通達に基づいた評価額が認められた事例」 税理士 菅野 真美 ▷庭園設備 相続税の申告の際、評価で悩むものの1つとして庭園設備がある。庭園設備の評価は、財産評価基本通達92の(3)によると以下のとおりとなる。 庭園設備は家屋ではない。耐用年数省令別表第一によると貸付業用以外の植物は、器具及び備品の生物として15年、緑化施設及び庭園のうち、その他の緑化施設及び庭園(工場緑化施設に含まれるものを除く)は、構築物として20年の耐用年数であるから、所得税や法人税においては、有形固定資産として減価償却の対象となる。 他方、相続税においては、「財産評価に際しその原価の額を見積もるのは実務上困難であるので、調達価額に基づいて評価することとしている。」(※1)とされている。 (※1) 松田貴司編『財産評価基本通達逐条解説(令和5年版)』(大蔵財務協会、2023年)、456頁 この調達価額は、「例えば、庭石については、庭石商の店頭価額ではなく、課税時期において存する庭先への搬入費、据付費等をも含めた価額によるものである。」(※2)と解釈されている。 (※2) 松田・前掲(※1)書、456頁 実際に相続税の申告の際、庭園設備まで評価する事例はごく稀であり、税理士もそのようなケースに遭遇した場合、どのように評価すればよいのか悩むことが多い。 そこで今回は、自宅の庭園設備を財産評価基本通達に基づいて評価すべきかについて審査請求が行われた事案について検討する。 ▷どのような事案か これは、平成30年の相続により、相続人の子2名が宅地を相続したが、この宅地は、居住用家屋の敷地のほか庭園の用地として利用されていた。この庭園の庭園設備について相続税の課税対象から外して申告したところ、当局から更正処分等を受けたため、処分に不服な相続人(納税者)が審査請求をしたのが本事案である。 課税庁は処分において庭園設備の価額を一般財団法人Mが国税局に提出した調査報告書に基づき認定した調達価額の70%で評価した(裁決書では調達価額の具体的な数値は伏せられているものの、桁数から数千万円と考えられる)。 なお、被相続人が生前に提出した収用に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例の適用を受けるための所得税の修正申告書には、旧居宅敷地に存する立木に対する補償金や立木の内訳として旧宅の立木を移築した際の移築費用も記載されていた。 ▷争点と納税者及び課税庁の主張 争点は、相続税の課税価格に算入される価額は、通達の定めによるべきか否かである。 納税者は、次のような理由から、相続税法22条に規定する時価もないため庭園設備の評価額は0円であると主張した。 課税庁は、次のような理由から財産評価基本通達(客観性の高い報告書に基づき調達価額の100分の70に相当する価額)に基づいて評価すべきと主張した。 ▷審判所の判断は 審判所は主に次のように述べて、納税者の審査請求は理由がないとして棄却した。 * * * なぜ上記事案において課税庁は、一般財団法人Mに調査報告書を依頼して庭園設備として評価するような課税処分を行ったのだろうか。 個人宅の庭園を見て価値があると判断し、調査報告書に基づき更正処分まで行うためには、調査担当官に相当な鑑識眼が求められる。 おそらく、過去の所得税の申告による立木の補償金や移築費用の記録が課税庁側に残っていることから、ある程度の資産価値があると見込まれたにもかかわらず、庭園設備の評価を0円とし相続税の課税対象から外して申告したことが問題となったのではないだろうか。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第39回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 11 詐欺・盗難等による暗号資産の損失①(譲渡原価等と現金類似の取扱い) 個人が詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合にはどうなるか。 法人と異なり、個人は所得稼得活動のみならず消費活動も行っている。そのため、ひとくちに損失といっても、所得稼得活動とは関係のないものや関連性が低いものも存在する。このようなことから、所得税法において必要経費に算入される損失の範囲や金額は、基本的には、必要経費の通則的規定である37条ではなく、51条に限定的に定められている。 所得税法51条は37条以外で必要経費の算入を認める規定であり、具体的には、次の4つの損失を掲げている。 上記①の対象となる資産は、「居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるもの」であり、これを受けて政令では「不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に係る繰延資産のうちまだ必要経費に算入されていない部分」と定められている(所法51①、所令140)。 上記②の損失は、その事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒れその他政令で定める事由により生じた損失であり、政令では次の事由が定められている(所法51②、所令141)。 このように、事業用の固定資産や繰延資産に係る損失は所得税法51条1項で、債権に係る損失については同条2項で、それぞれ必要経費算入の道が確保されている。 他方で、事業用の現金については、棚卸資産(所法2①十六)にも固定資産(所法2①十八)にも該当しないため、盗難、横領、レジ誤差等による損失を事業所得の計算上必要経費に算入できるかどうかが明らかではないという問題がある。 このような場合の現金の損失は、所得税法72条の要件を満たす場合に所得控除たる雑損控除の対象となるにとどまり、事業所得の必要経費には算入されないと解することになりそうであるが、それは結論として妥当かという問題がある。 例えば、従業員が配達用のトラック、その中にある商品と集金した現金を持ち逃げした場合には、事業主の事業所得の計算上、トラックは損失、商品(棚卸資産)は期末評価を通じて原価として必要経費に算入される一方(上記①に係る損失の発生事由は限定的に解釈されるべきではない点に留意。所法37①、47、51①、所令99等(※))、現金についてはその範囲から除かれるという不均衡が生じる(佐藤英明「個人事業主が犯罪によって受けた損失の扱い」税務事例研究97号33~34頁参照)。 (※) 参考として、所得税法施行令104条は、棚卸資産につき、著しい陳腐化、災害による著しい損傷、その他これらに準ずる特別の事実が生じた場合には、その事実の生じた日の属する年以後の各年におけるその資産の評価額の計算については、その年12月31日におけるその資産の価額をもって、取得価額とすることができると定めており、棚卸資産の取得価額の評価減を認めている。 現金に係る損失が所得税法51条に定められていない理由として、個人には事業に属する預貯金とか有価証券とかの金融資産という観念がない、観念的にはあるとしても、家計用の金融資産との区別は不可能で、この51条ではその存在を予定していないと説明されている(大島隆夫=西野襄一『所得税法の考え方・読み方〔第2版〕』(税務経理協会、1988)345頁参照)。 もっとも、課税実務上は、事業に直接関係する資産の損失はその事業の所得のカテゴリーの中で処理すべきであり、事業用の現金について生じた損失が所得税法51条の規定に該当しないからといって、その損失の必要経費算入がまったく認められないことになるとも解されないことから、客観的にみて事業用の現金について受けた損失であることが明らかである場合には必要経費に算入することとして取り扱われているようである(小田満『所得税重要項目詳解〔新訂版〕』(大蔵財務協会、2018)327頁参照)。 〈従業員が配達用トラックを持ち逃げした場合の事業主における損失の取扱い〉 個人が詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の当該暗号資産に係る損失について、国税庁の見解は明らかではないものの、以上の議論を踏まえて、次のような疑問を提起することが可能である。 なお、暗号資産に係る損失を、上記④の「不動産又は雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産の損失」として必要経費に算入することが認められるかどうかについては、次回、検討する。 (了)
学会(学術団体)の税務Q&A 【第3回】 「学術集会の参加料のインボイス対応」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ▲▼▲[解説]▲▼▲ 1 学術集会の参加料の課税区分 学術集会の参加料については、会員と非会員で課税区分が異なる。一見すると、参加料は、学術集会に参加するための対価であり、課税取引のように考えられるが、会員の学術集会への参加は、学会としての組織的活動への参加であるため、明白な対価性がなく不課税となる。他方で、非会員の参加に関しては、原則通り、学術集会に参加のための対価として考えるため、課税取引となる(下記「国税庁」の資料参照)。 ◆消費税一問一答(改訂版)(平成10年3月)国税庁(TAINSコード:消費事例001161) (出所) TAINS(情報公開法第9条第1項による開示情報) 2 学術集会における適格簡易請求書の交付の可否 インボイスには、適格請求書と適格簡易請求書があるが、不特定かつ多数の者を対象とした事業の場合は、適格簡易請求書を交付することが可能である(消法57の4②、消令70の11)。そして、不特定かつ多数の者を対象とした事業に該当するのか否かは、個々の事業の性質により判断することになる。 学術集会に関しては、通常、事前申込を前提として申込の際に氏名を確認しているような場合が多い。 このような場合、相手方の氏名を確認しているため、不特定かつ多数の者を対象とした事業に該当するのか否かという点が問題となるが、「事業の性質上、事業者がその取引において、氏名等を確認するものであったとしても、相手方を問わず広く一般を対象に資産の譲渡等を行っている事業(取引の相手方について資産の譲渡等を行うごとに特定することを必要とし、取引の相手方ごとに個別に行われる取引であることが常態である事業を除きます。)」であれば、不特定かつ多数の者に資産の譲渡等を行う事業に該当するとされている(インボイスQ&A「適格簡易請求書の交付ができる事業」)。 そのため、仮に相手方の氏名の確認をしていたとしても、相手方の特定をしていないような場合は、不特定かつ多数の者に資産の譲渡等を行う事業に該当し、適格簡易請求書を交付することが可能である。 学術集会の参加料に関して、事前申込を前提とし、参加者の氏名を確認していたとしても、学術集会の参加にあたって参加者個人の特定を必要としているわけではないと考えられる。そのため、学術集会の参加に関しては、たとえ氏名を確認していたとしても、適格簡易請求書を交付することが可能である(国税庁「お問合せの多いご質問」問⑭「適格簡易請求書を交付することができる事業の具体例」)。 3 実務上の対応 会員と非会員では、消費税の課税区分が異なる。従来は、課税区分が異なる場合であっても、実務上、会員と非会員の領収書に関して、様式を区別することなく交付しているようなケースもあったと思われるが、インボイス制度開始後は、非会員に対しては、インボイスとなる領収書を交付する一方で、会員に対しては、インボイスでない領収書を交付することになる。 インボイスでない領収書とインボイスとなる領収書の違いは、登録番号と消費税に関する記載である。インボイスとなる領収書には、「登録番号」と「消費税額等又は適用税率」を記載する必要がある。その一方で、インボイスでない領収書は、不課税取引であるため、インボイスと誤認するような「消費税額等又は適用税率」を記載することはできない。そのため、インボイスでない領収書には、「不課税(消費税対象外)」と記載した方が望ましいと考える。 〈会員・非会員の参加料と交付する領収書〉 学術集会の多くは、ウェブサイト上において参加の申込と参加料の支払手続を行い、領収書について、電子データで提供(たとえば、ウェブサイト上で領収書データをダウンロード)するようなケースも多い。このような場合、システム上において、会員・非会員別に、異なる様式の領収書データを提供するような仕組みにしておく必要があるといえる。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第42回】 「タックス・ヘイブン対策税制上の未処分所得の計算 -特定外国子会社等の減価償却費の修正は認められるか- (地判平29.1.31、高判平29.9.6、最判平30.6.15)(その3)」 ~租税特別措置法施行令25条の20第1項、39条の15第1項~ 神戸国際大学准教授・税理士 金山 知明 7 検討 (1) 争点の所在 措置法上、未処分所得金額は、「本邦法令の規定の例に準じて」計算することが原則とされており(措置法施行令39条の15第1項)、特定外国子会社等の所在地国の法令による計算は特例規定という位置づけである(措置法施行令25条の20第2項)。 本邦法令の規定の例に準ずる計算を原則とする理由は、「特定外国子会社等の課税対象留保金額を、その親会社である内国法人の所得に合算して課税する以上は、各国の税制にとらわれず、一定の基準に従って統一的に所得の金額の計算をするのが望ましい」ためであると説明される(※10)。また、特例として所在地国の法令規定による計算を認める理由は、例えば法人税制の完備された国においてすでに計算された所得金額をわが国の規定による計算に置き換えることを強制することが納税者の過重な事務負担につながることへの配慮であるとされる(※11)。 (※10) 高橋前掲(※1)書146頁。 (※11) 武田昌輔編著『DHCコンメンタール法人税法』第一法規、7571-2頁。 上記のことから、内国法人や居住者が事務負担を厭わずに本邦法令の規定に準じた計算をするのであれば、それを妨げる規定はないことになる。そこでXは、措置法施行令25条の20第2項により本店所在地国の法令に基づく計算を採用するか否かは、納税者の選択に委ねられているので、Yが任意に同項を適用して課税することはできないと主張した。 しかし裁判所は、そもそも本件決定処分は措置法施行令25条の20第2項を適用したものではなく、同条1項に基づき、特定外国子会社等であるK社の各事業年度の決算に基づく所得の金額につき、本邦法令の規定の例に準ずる計算をしてK社の未処分所得の金額を計算したものであるとした。 そうすると、最大の論点は、「本邦法令の規定の例に準じた計算」の意義と範囲、具体的には外国関係会社の外国における決算書を所与のものとしてわが国の税法を当てはめるのか、それとも決算自体をわが国の税務会計により修正したうえでわが国税法規定を当てはめるのかである。 (2) 本邦法令の規定の例に準じて計算することの意義 この点について地裁判決は、措置法施行令39条の15第1項1号にいう「本邦法令の規定の例に準じて計算する」の意義を、K社のシンガポールにおける決算を確定的基準として、それにわが国の税法規定を当てはめて所得計算をすることと捉えている。つまり、K社はすでに自社で損金経理をしているのだから、あとは法人税法31条に従ってその損金経理額と減価償却限度額を比較して損金不算入額(減価償却超過額)を算定すればよいという一見明快な解釈である。 しかし、その一方で判決は、タックス・ヘイブン対策税制が、未処分所得の金額について「本邦法令の規定の例に準じて計算する」としているのは、「我が国と会計制度の異なる特定外国子会社等の決算について損金経理等のような形式的な要件を要求すると不都合が生ずる可能性があることから、そのような形式的な要件を満たさない場合においても本邦法令の規定の適用を認める趣旨」によると説示している(※12)。 (※12) 東京地裁判決「第3 当裁判所の判断」3(2)イ。 上記説示のように、わが国と特定外国子会社等の所在する国との会計制度の相違を調整する目的から特定外国子会社等の決算を修正することは認められるとする見解は他の文献にも共通するものである(※13)。このように、「本邦法令の規定の例に準じて計算する」とされたことが、税制でなく会計制度の相違を調整するためであるとすれば、特定外国子会社等の決算書を、わが国の会計制度に則り修正することは当然に許容されるはずであり、地裁判決のK社による決算内容をそのまま採用しなければならないという判示はこれと矛盾するようにみえる。 (※13) 桜井巳津男・松橋行雄ほか『措置法通達逐条解説(法人税関係)』財経詳報社(1980年)732頁。石井孝「外国子会社合算税制において課税対象金額を本邦法令の規定の例に準じて計算する際の問題点」税大論叢83号(2015年)497頁。 それを裏付けるように、タックス・ヘイブン対策税制においては、その創設当初から、「本邦法令の規定の例に準じて計算」することの具体例として、減価償却費等の損金算入等確定した決算において経理をすることを要件として適用される規定については、「特定外国子会社等がその決算において行った経理のほか、内国法人が措置法第66条の6の規定の適用に当たり当該特定外国子会社等の決算を修正して作成した当該特定外国子会社等に係る損益計算書等において行った経理をもって当該要件を満たすものとして取り扱う。」という考え方を前提としており(※14)、このような取扱いは当初から措置法通達66の6-4(本件当時は66の6-10、現行は66の6-20)に具現化されている。 (※14) 高橋・前掲(※1)書149頁。 つまり、措置法施行令39条の15第1項は、必ずしも特定外国子会社等が行った決算による減価償却費を、そのまま損金経理額とみなして所得計算を行うという趣旨ではないと考えられる。まして東京地裁判決が述べるような、「本店所在地国の法令の重大な違反」や、「著しく不当」などの事情がない限り特定外国子会社等の決算上の減価償却費を基礎とすべきという解釈(※15)は、法令から読み取ることはできず、通達からも導かれるものではない。 (※15) 東京地裁判決「第3 当裁判所の判断」3(2)イ。 地裁判決の判旨は、あくまでも特定外国子会社等の決算における経理を基準として償却額を処理する論理であるが、その考え方によれば、逆に当該特定外国子会社等が何らかの理由で減価償却費を計上していないか、その計上額が過少である場合(つまりわが国税法による減価償却限度額によれば不足額が生じる場合)においても、未処分所得金額の計算上、一切減価償却費の追加修正を認めないこととなる。それはたしかに平明で運用しやすい解釈ではあるが、損金経理要件などを強制適用しないために設けられたという措置法施行令39条の15第1項1号の趣旨に反すると思われる。 特定外国子会社等はわが国の確定決算に基づき税務申告をしているわけではないため、内国法人又は居住者が上記の通達の考え方に従って減価償却費を修正する(改めて損金経理をする)こと自体を妨げる明文規定はないように見受ける。このことから、特定外国子会社等側の損益計算書で計上された減価償却費を、わが国法人税法が認める償却限度額の範囲内で修正することができるとの解釈を否定する確たる根拠はないと考える。 (3) 内国法人(居住者)による適時の修正 上記に述べるとおり、本件地裁判決は、タックス・ヘイブン対策税制の創設当初から存在し、かつ現行の措置法通達にも残る特定外国子会社等の決算を修正した損益計算書に基づく未処分所得計算を許容する取扱いまでも否定しているとみられる点において、過度に厳格な結論を導いているといえるであろう。 しかしながら、本件に特有の事情として、Yが主張し、裁判所が認めるように、Xが平成17年分所得税の調査を受けた段階で、平成11年9月期まで遡ってK社の減価償却費を調整してK社の未処分所得をゼロとする行為をしたのであれば、そのような行為が課税上許容されるかどうかという問題がある。このように恣意的な遡及的修正が実際に行われたとすれば、それを許容する場合には、法的安定性を阻害し、納税者間の公平性を損なう結果となることを否定できないと考える。 この点については、本件の控訴審である東京高裁判決(平成29年9月6日)も、特定外国子会社等が償却費について「適正に経理をしているにもかかわらず、当該償却費の金額を事後に任意の金額に修正することは許されない」と説示している(※16)。さらに、Xによる遡及修正がされたことを認定し、「内国法人であればおよそすることができない利益調整行為」と称して批判している(※17)。本件でXの請求が認められなかった最大の理由は、法的安定性の観点から、そのような遡及修正を許容することはできないという思考にあると感じられる。 (※16) 東京高裁判決「第3 当裁判所の判断」2(2)。 (※17) 東京高裁判決「第3 当裁判所の判断」2(4)。 ただ、上記高裁判決がいう「適正な経理」は特定外国子会社等が所在する国の会計制度に基づき行われるものであり、その会計制度がわが国のそれと異なる場合において、それをわが国の会計制度に則して修正すること自体は、これまでにみたように、もともと許容されている取扱いであると考えられる。それを踏まえると、上記高裁判決について、前段の「事後に任意の金額に修正」との文言は、納税者が特定外国子会社等の決算について、調査対象年度のタックス・ヘイブン対策税制による課税を免れるために、過去の事業年度に遡及して恣意的に決算内容を修正する行為を指していると理解すべきであろう。 そうすると、特定外国子会社等がその所在地国における決算で計上した減価償却費について、遡及的でなく適時に行う限りは、その金額を変更する形での修正損益計算書を未処分所得計算の基礎とすることができるとみてよいだろうか。思うに、法人税法31条1項は、内国法人が損金経理をした金額のうち、税法上の償却限度額の範囲内で損金算入を認めることを規定し、いわゆる任意償却制を採るが、これとの整合性を考えると、特定外国子会社等が行った償却費の計算を、内国法人や居住者が修正する場合、その修正後の償却費を損金経理額とみなすこととなろう。このことから、その修正経理が適時に行われているのであれば、それがわが国税法上の償却限度額の範囲内である限り、修正経理後の償却費により未処分所得を計算することを否認し得ないと考える。 その意味で本判決は、本件と同様にタックス・ヘイブン対策税制による課税処分を免れるために遡及的に減価償却費の金額を修正計上したと認められる事例に対しては先例的価値を有しうるが、適時に本邦法令の規定に準じて特定外国子会社等の決算書を修正し、その修正決算書と修正過程を示す書類を申告書に添付し、または具備しているような事例に対しては必ずしも有力な判断基準とはならないと考えられる。 ただし、本件のような個人に対する本税制適用の場面に特有の問題として、給与所得者等である個人は所得税確定申告を要しないことがあり得るため、修正損益計算書とその計算過程を示す書類の添付の機会がない場面において、それが適時に作成されたものであることを確認できないという点がある。そこに納税者と税務当局間の情報の非対称性が生じることがあり、それをどう解決するかという問題は残されている。 8 おわりに タックス・ヘイブン対策税制は、本来はわが国の課税権が及ばないはずの外国で生じた外国法人に帰属する所得を、わが国の株主に合算課税するという特殊な課税制度であり、わが国で申告されていない所得をベースとして合算金額を算出せざるを得ないことから、本件のような争点が今後も生ずることが考えられる。 上記に述べるように、法人税法の観点からは、特定外国子会社等の決算は内国法人によって行われたものではないため、内国法人が当該決算の減価償却費を修正する経理を行った場合には、その修正後の金額を損金経理額と考えることが妥当である(※18)。そのこと自体は法が許容する範囲内と考えられるが、問題となるのは特定外国子会社等の決算について、その修正が適時に行われたものかどうかである。 (※18) 本件の課税対象者は内国法人でなく個人であるが、特定外国子会社等の未処分所得を合算所得の基礎とすることについては同様であることから、課税対象者が法人でも個人でもその修正後の減価償却費を損金経理額とみるほかないと考える。 この点については、まず納税者側で修正損益計算書を作成し適時に備えたことを立証することが重要であるが、それが遡及的でなく、適時に作成された事実について、情報の対称性を確保する観点からは、修正損益計算書を作成した場合の同時提出義務の法制化など、手続的措置の整備が検討されるべきであろう。 (了)
2024年3月期決算における会計処理の留意事項 【第4回】 (最終回) 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 Ⅺ 税制改正 1 2024年3月期における税率 2024年3月期に適用される税率は、基本的に(※)、2023年3月期と変更はない。そのため、税効果会計で使用する法定実効税率も2023年3月期と同様である。 (※) 地方税率の変更の有無については、各都道府県、市町村のホームぺージ等で確認してていただきたい。 【設例①】 東京都で外形標準課税適用法人の場合 【設例②】 東京都で外形標準課税「不」適用法人の場合 2 税制改正 (1) 完全子法人株式等の配当に係る源泉徴収の見直し 親法人に支払われる完全子法人株式等(100%保有)と直接保有している関連法人株式等(1/3超保有)からの配当について、令和4年度税制改正において、2023年10月1日以後に支払いを受けるべき配当等から、源泉徴収が不要となる改正が行われた。 (出所:金融庁「令和4年税制改正について-税制改正大綱等における金融庁関係の主要項目-」P.19) (2) 税制改正大綱 令和6年度の税制改正大綱のうち、多くの会社に関係する改正として以下が挙げられる。 ① 外形標準課税の適用対象法人の見直し 外形標準課税は資本金1億円超の場合に対象となるが、資本金を減資する(資本金から剰余金へ振り替える)ことにより外形標準課税の適用対象から外すケースが多くなっている。 また、純粋持株会社が増加し、事業を分社化する際に子会社の資本金を1億円以下にするケースが増えている。 そのため、外形標準課税の適用対象を見直すために、改正が予定され、外形標準課税の対象法人について、現行基準(資本金1億円超)に加え、以下の(ⅰ)及び(ⅱ)に該当する法人も対象とする。 (ⅰ) 資本金の減資への対応 前事業年度に外形標準課税の対象であった法人であって、当該事業年度に資本金1億円以下で、資本金と資本剰余金の合計額が10億円超の場合は、外形標準課税の対象とする。 (出所:中小企業庁「令和6年度(2024年度)中小企業関係 税制改正について」P.16) (ⅱ) 100%子会社への対応 資本金と資本剰余金の合計額が50億円を超える法人等の100%子法人等のうち、資本金が1億円以下で、資本金と資本剰余金の合計額が2億円超の場合(※)は、外形標準課税の対象とする。 (※) 公布日以後に、当該 100%子法人等がその100%親法人等に対して資本剰余金から配当を行った場合は、当該配当に相当する額を上記資本金と資本剰余金の合計額に加算する。公布日前の配当は加算対象とはならない。 ただし、上記により、新たに外形標準課税の対象となる法人については、外形標準課税の対象となったことにより、従来の課税方式で計算した税額を超える額のうち、以下の額を、法人事業税額から控除する。 また、産業競争力強化法の特別事業再編計画の認定を受けた場合の特例措置も設けられている。 (出所:中小企業庁「令和6年度(2024年度)中小企業関係 税制改正について」P.17) ② 交際費から除外される飲食費の見直し 現行では、会議費相当とされる1人5,000円以下の飲食費は交際費等の範囲から除外され、全額損金算入する。この5,000円以下とされている飲食費の金額基準が改正され、10,000円以下まで引き上げられる。 (出所:財務省「令和6年度税制改正(案)のポイント「3 法人課税」」P.8) Ⅻ 四半期報告書制度の改正 上場会社においては、2024年4月1日以降に開始する会計期間から1Qと3Qの四半期報告書が廃止される。 改正の内容については、下記拙稿を参照されたい。 3月決算においては、第1四半期と第3四半期の四半期報告書が廃止されるが、事前に監査人と以下について協議することが望まれる。 XIII 金融庁の令和4年度有価証券報告書レビューを踏まえた留意事項 2023年3月24日に金融庁より「令和4年度の有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」が公表された。 レビュー結果の内容は、有価証券報告書のみならず、計算書類の作成においても参考となる箇所がある。 なお、本稿執筆時点では公表されていないが、近日中に「令和5年度の有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」が公表されるため、公表された際には、適宜確認されたい。 1 収益認識注記 (1) 履行義務の内容及び履行義務の充足時点 (2) 重要性等の代替的な取扱い (3) 一時点で充足される履行義務 (4) 一定の期間にわたり充足する履行義務 (5) 顧客との契約から生じる収益以外の収益 (6) 単一セグメントである場合や履行義務の充足時点が一時点である場合 (7) 契約資産及び契約負債の内容の説明 (8) 残存履行義務に配分した取引価格の総額等の注記における実務上の便法 2 金融商品会計注記 3 退職給付関係 (1) 連結貸借対照表 (2) 退職給付関係注記 本指摘事項に限らず、有価証券報告書における以下の整合性は、必ずチェックする必要がある。 4 セグメント情報 (1) 特定の国別情報 (2) 主要な顧客 有価証券報告書の開示は、法律で求められているため、守秘義務条項をもとに開示をしないことはできない。これはセグメントだけでなく、企業結合関係注記でも同様であるため、注意が必要である。 5 コーポレートガバナンスの状況等の株式の保有状況 (連載了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第153回】 スターゼン株式会社 「特別調査委員会調査結果報告書(開示版)(2024年1月15日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【スターゼン株式会社特別調査委員会の概要】 【スターゼン株式会社の概要】 スターゼン株式会社(以下、「スターゼン」と略称する)は、1948年6月設立。設立時の社名は、全国畜産株式会社。1999年4月、現商号に変更。食肉の加工・販売、食肉製品・食品の製造・販売等を主たる事業とする。国内連結子会社13社、海外連結子会社3社を有する。売上高425,173百万円、経常利益10,284百万円、資本金11,658百万円。従業員数2,729名(2023年3月期連結実績)。三井物産株式会社が発行済株式の15.94%を保有する筆頭株主となっている。本店所在地は東京都港区。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人は、EY新日本有限責任監査法人東京事務所(以下、「新日本監査法人」と略称する)。 【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 2018年に発覚した不祥事と再発防止策 スターゼンの営業担当社員であるA氏は、新卒採用で入社以来、一貫して特定の営業拠点(報告書上の表記は「㋐拠点」。以下、「㋐拠点」と略称する)で勤務し、その中で、取引先に対し、紛失した在庫や賞味期限切れ間近の在庫、滞留している在庫の買取りを依頼していた。スターゼンでは、仕入れから3ヶ月経過後の滞留在庫については、本社側へ報告することになっていたこと、紛失した在庫については、紛失したことを上長に報告すると怒られるとともに、冷蔵庫等の監視カメラの録画映像を長時間確認しなければいけないことから、そのような手間をかけるよりも、問題がある在庫でも買い取ってくれる仕入先に販売する方が容易に解決できると考えたからであった。 A氏は、2017年6月頃から、外注加工の取引先である甲社を担当することになり、甲社のH氏に対し、滞留等在庫の買取りを依頼し、買い取ってもらっていたところ、2018年2月頃、切羽詰まった滞留等在庫の買取りを依頼した際に、仕入れと売上のバランスが崩れて赤字になってしまう事態を避けるため、その金額相当分を先送りするように言われ、不適切であることは承知しながらも、これを承諾し、A氏は、①実際に計上すべき売上を3ヶ月後に先送りすること、②商品を伴わない返品を受けたこととして、翌月、同じ返品商品について架空売上を計上すること(以下、まとめて「伝票の先送り事案」という)を行った。 その後、㋐拠点において、商品の返品処理について不審点があるとして、2018年7月24日に、急遽、臨時の業務監査が実施され、証憑書類の確認や、A氏、当時㋐拠点の営業拠点長であったD氏、当時㋐拠点の経理担当責任者であったC氏へのヒアリングなどの調査が実施され、調査の結果、伝票の先送り事案、架空伝票発行や表示ラベルの誤表示等の不祥事が複数発生していたことが判明するとともに、2018年6月末日の架空在庫として、4911.82kg、908万831円を特定した上で、不適切な取引について、7月末までに正常な形に一括処理して戻すことで、ヒアリング対象の3者から同意を得た。 2018年8月1日、スターゼン懲罰委員会は、A氏及びC氏について「訓戒」、D氏について「厳重注意」の処分を行い、再発防止策としては、基幹システムを使用した不正処理牽制の実施と経理処理に関する社内ルールの周知徹底が掲げられた答申を行った。 その後、㋐拠点に対する内部監査は、2019年以降も毎年行われているが、いずれの年度の監査においても、本件に関する指摘はされておらず、「得意先・仕入れ先の確認」という項目において設けられている「異常な取引」「取引内容の不審な得意先、仕入先」「得意先、仕入先による循環取引の発生はないか」という項目においても、不審な取引はなかった旨の報告がされている。内部監査結果のうち、2019年12月16日に実施された内部監査に基づく報告書では、「得意先・仕入れ先に係る循環取引の発生がないか」との項目において、甲社、乙社で仕入れ、売上が発生していたため、内容を確認したが、特に問題がなかった旨の記載が存在する。 2 特別調査委員会設置の経緯 スターゼンでは、2023年10月25日までに実施された監査部の内部監査(書類監査)により、㋐拠点において従業員が過年度から循環取引等の不正ないし不適切な取引を行い、スターゼンにおける架空在庫及び取引先に対する架空売上が生じている可能性があることが判明した。 スターゼンは、不適切な取引等の解明のため社内調査委員会を発足させ、社内調査を実施したが、 2023年11月8日、更に徹底して網羅的な調査を実施し、本件に関する事実関係の調査、本件・類似取引の存否及び内容の確認、本件によるスターゼン連結財務諸表等への影響額の確認、本件が生じた原因の分析と再発防止策の提言等を目的に、弁護士及び公認会計士の外部専門家により構成される特別調査委員会を設置することが妥当であると判断し、本委員会の設置を決定し、その旨を公表した。 特別調査委員会の調査により判明した取引は以下のとおりである。 3 特別調査委員会による調査結果の概要 (1) 架空循環取引等の商流 特別調査委員会は、A氏が、2018年8月以降も継続して滞留等在庫を甲社などに買い取ってもらっていたことを認定して、架空循環取引の手口として、次の4つの商流があったとしている。 〈商流1〉⇒ スターゼンにとっては架空売上 〈商流2〉⇒ 架空循環取引 〈商流3〉⇒ 甲社による代理人取引 〈商流4〉⇒ 商流2で生じた甲社の未払金を相殺 (2) 架空循環取引等の経理処理 特別調査委員会は、架空循環取引の経理処理について、2010年に㋐拠点に経理担当者として異動、2014年から経理担当責任者であったC氏が、本件架空循環取引に関するスターゼンの甲社からの仕入に関する会計処理を担当しており、乙社への売上については、A氏から指示を受けた内容に基づいて、基幹システムにおいて該当の整理番号の在庫照会を行い、売上の計上を行っていた。 (3) 架空循環取引が発覚しなかった主な事情 特別調査委員会は、架空循環取引が発覚しなかった主な事情として、次のとおり列挙している。 (4) 財務諸表への影響額 特別調査委員会は、調査の結果、2019年3月期から2024年3月期第2四半期までの累計で、売上高の減少が582百万円、売上原価の減少が348百万円となり、差額である234百万円の売上総利益が減少するという、財務諸表への影響額を算定した。 4 特別調査委員会による原因分析(調査報告書22ページ以下) 特別調査委員会は、本件不正ないし不適切な取引の発生した原因を直接的なものと間接的なものとに分類して、次のようにまとめている。 特別調査委員会による原因分析は、㋐拠点の特殊性を強調する項目が列挙されているが、中でも、「過去の不祥事対応を踏まえた対策の不十分さ」について、まず、分析内容を確認したい。特別調査委員会によれば、スターゼンでは、2018年、当時発生した複数の不祥事を受けて、営業担当者と取引先との癒着を解消すべく、新日本監査法人からの指摘を受けてジョブローテーションを実施し、併せて、業務管理統括部の従業員による、各営業拠点へ抜き打ちで赴き、営業担当者のルート周回に同行する実地調査も実施されたものの、㋐拠点については、伝票の先送り事案発覚後も、問題となった甲社に対してA氏が関与する状況が継続し、実質的にはジョブローテーションが潜脱された状態であったということである。 そのうえで、「事業現場の短期的な業績への影響を過度に重視した人事施策による滞留人事」が行われていたことから、一部営業部員の長期固定が改善されず漫然と続いており、㋐拠点でも、A氏は、20年超㋐拠点に所属し、C氏は、10年超継続して㋐拠点に所属し、8年以上㋐拠点の経理担当責任者であったことから、長期にわたる固定化された人事により、 A氏とC氏は同い年であることも相まって、このような両名の馴れ合いが、経理担当責任者によるチェック機能を大きく減殺していたと考えられるとまとめている。 また、本件は内部監査によって発覚したものであるにもかかわらず、特別調査委員会は、「内部監査の不十分さ」を挙げて、㋐拠点に対する内部監査の問題点として、次の項目を指摘し、改善の余地があるとまとめている。 5 特別調査委員会による再発防止策の提言(調査報告書31ページ以下) 特別調査委員会が、再発防止策として提言した内容は、大きく分けて次の5項目であり、「強化」「充実化」といった提言が列挙されている。 特別調査委員会は、「コンプライアンス意識の強化」の項目で、改革の一環として、新設コンプライアンスセクションが主導して、次のような活動を行うことにより、強いPDCAサイクルを継続し、全社的なコンプライアンス活動を活発化させ、全従業員に対するコンプライアンス意識の醸成、浸透を強化していくことを提言している。 さらに、特別調査委員会は、「内部監査の充実化」の項目で、現状の10名の人員では、グループ会社も含めて全社を対象に充実した内部監査を実施する人的リソースとしては必ずしも十分であるとはいえないため、外部のリソースの活用も含めて人員を増強することも検討すべきであり、さらに、内部監査の質を高めるため、内部監査の担当者には、実効的な監査業務を行うことができる経歴、能力のある者を充てること、外部研修への参加や外部講師による研修を実施しより質を高めること、公認内部監査人等の資格を有する外部人材の活用も検討すべきであると提言している。また、過去に不祥事事案が発生した拠点では、同じ担当者又は取引先との間で行っている取引や同種の取引については重点的な監査項目とすること、特定の営業拠点で発生した不正が他の営業拠点で起こることも考えられるので、実際に発生した事案を踏まえて重点を置くべき監査項目を見直すというのも有用であるとまとめている。 【報告書の特徴】 調査報告書によれば、スターゼン㋐拠点の売上高は、2023年3月期実績で12,704百万円、不正が行われていた約5年間の不適切な売上高の累計は582百万円であるから、単純に5年で割ったとしても年間1億円余りに過ぎず、㋐拠点だけで見ても売上高実績の100分の1に満たない。にもかかわらず、㋐拠点のA氏は、社内規則を遵守して、滞留在庫・紛失在庫の処理を行うよりは、架空売上を計上して、仕入先に買い取ってもらったことにしていた。しかも、滞留在庫・紛失在庫の買取依頼に起因する不適切な行為が発覚し、懲戒処分を受けた後も、それを止めることなく、さらに、甲社の資金繰り支援のために、複雑な手口で、架空取引・架空循環取引を行うに至った。 調査報告書には、A氏が、懲戒処分後も不正を続けてきた動機についての説明はなく、懲戒処分後もA氏を㋐拠点から異動させなかった理由についても言及はないが、架空循環取引が継続した原因としては、長期にわたる固定人事による担当者間の馴れ合い、経理担当責任者による牽制機能の無効化、在庫管理の不徹底と牽制体制の不足等、㋐拠点における負の特殊性が形成されたためであったと結論づけている。 1 スターゼンによる決算修正 スターゼンが調査報告書と同日に公表した第85期(2024年3月期)第2四半期報告書には、四半期連結財務諸表の注記事項に、「追加情報」として次の記載が見られる。 この記載からは、スターゼンは、過年度決算の修正は行わず、2024年3月期決算の中で、過年度の売上高及び売上原価を取り消し、仮払金及び仮受金として計上する会計処理を行ったことがわかる。 なお、特別調査委員会に係る調査費用については、第2四半期報告書及び2月14日に公表された第3四半期報告書のどちらにも表記が見られない。 2 財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備 さらに、スターゼンは、調査報告書と同日に「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備に関するお知らせ」を公表し、開示すべき重要な不備の内容として、次のように説明している。 3 再発防止策 スターゼンは、1月26日、「再発防止策の策定に関するお知らせ」をリリースして、次の内容の再発防止策を公表した。「強化」「拡充」という表現が多く用いられている点は、特別調査委員会の提言とよく似ている。 「内部統制・リスク管理体制の強化」として、経理部門に関する強化策が取り入れられているのが注目される。例えば、営業本部内にあった「業務管理部」を、2024年2月1日付で財務経理本部に移管し、営業拠点で経理に従事する従業員の所属を財務経理本部に変更し、財務経理本部に、営業拠点経理業務従事者に関する人事評価・異動に関する権限を持たせることで、営業拠点の責任者の指揮命令を受けない体制となり、営業部門に対する牽制機能は強化されるだろう。また、在庫管理、実地棚卸等がマニュアルに従って行われていることを、財務経理本部がモニタリングし指導することで、適正な会計処理を浸透させることも、有効なリスク管理強化策であると評価できる。 一方、特別調査委員会が再発防止策の提言の中で求めていた「内部監査の充実化」については、「監査要員の教育・研修の充実や外部専門家への一部業務委託を検討」するという記述に止まっており、人員を増強することや実効的な監査業務を行うことができる経歴、能力のある者を内部監査の担当者に充てることまでは、踏み込んでいない。 (了)