さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第96回】 「南西通商株式会社事件」 ~最判平成7年12月19日(民集49巻10号3121頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第40回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 12 詐欺・盗難等による暗号資産の損失②(雑所得の基因となる資産の損失) 本連載第39回で確認したとおり、「不動産又は雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産の損失」は所得税法51条4項により必要経費に算入される。 そこで、普段、暗号資産を継続的に売買し、雑所得(業務に係るものではないその他雑所得)を得ていた個人が、詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の損失は、上記の「雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産の損失」として、必要経費に算入することが認められるかが問題となる。 所得税法51条4項の規定内容は、次のとおり整理できる。 ◆所得税法51条4項 (※1) 山林及び所得税法62条1項の生活に通常必要でない資産を除く。 (※2) 保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額、資産の譲渡により又はこれに関連して生じたもの、所得税法51条1項、2項又は72条1項(雑損控除)に規定するものを除く。ただし、実務上は、雑損控除との選択適用を認めている(所基通72-1)。 (※3) この項の規定を適用しないで計算したこれらの所得の金額とする。 所得税法51条4項の適用対象は、上記のとおり、①「不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供される資産の損失」と②「これらの所得の基因となる資産の損失」である。 例えば、個人が、暗号資産に関連するサービスを提供し、その報酬として得た暗号資産を関連経費の支払手段としているケース、あるいは暗号資産のステーキング(暗号資産を預けて、取引の妥当性を検証するプロセスに参加し、報酬を得ること)で報酬を得ているケースなど、暗号資産関連の業務に係る雑所得を得ているケースにおいて、その業務の用に供している暗号資産を詐欺や盗難等で失った場合の損失は、上記①に該当し、「雑所得を生ずべき業務の用に供される暗号資産」の損失として、必要経費に算入される可能性はある。 ただし、普段、暗号資産を継続的に売買し、雑所得(業務に係るものではないその他雑所得)を得ていた個人が、詐欺や盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の損失の取扱いを検討する文脈では、その暗号資産が「業務」の用に供されていない以上、上記①ではなく、上記②に該当し、「雑所得の基因となる暗号資産」の損失として、必要経費に算入されるか否かを検討することになろう。 そこで、所得税法51条4項の①「不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供される資産の損失」と②「これらの所得の基因となる資産の損失」について、もう少し検討をしてみよう。 ②の「これらの所得」は、雑所得との関係では、①の「業務」に係る雑所得に限定されるのか、業務に係るものではないその他雑所得も包摂する概念であるかという問題がある。 ①は「業務」に限定されているから、②でいう「これらの所得」も「業務」に係るものに限定されていると解するならば、普段、暗号資産を継続的に売買し、雑所得(業務に係るものではないその他雑所得)を得ていた個人が、詐欺や盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の損失は、同項の対象外ということになる(国税庁は、原則として、暗号資産の譲渡による所得は、業務に係る雑所得ではなく、雑所得のうちのその他雑所得に該当すると解していること及び雑所得を業務に係る雑所得とその他雑所得に区分する実益については、本連載第31回・第32回参照)。 もっとも、②は「これらの所得」とされており、これは、文理上、①の不動産所得と雑所得を指していると解するならば、所得税法51条4項の損失は、「業務に係る雑所得の基因となる損失」に限定されず、「その他雑所得に係る雑所得の基因となる損失」も含まれることになる。 他方、「事業」的規模の不動産所得の資産損失に係る規定は所得税法51条1項と2項で規律しているのに対し、「業務」的規模の不動産所得の基因となる損失については同条4項で規律しているのであるから、②の「これらの所得」は「業務」的規模の不動産所得を指しており、そうであれば、雑所得との関係においても、同項は「業務に係る雑所得の基因となる損失」を対象としているという反論が考えられる。 この点に関する国税庁の立場は必ずしも明らかではないが、国会では、暗号資産が所得税法51条4項の「雑所得の基因となる資産」に該当しうることを認めたうえで、同項によれば詐欺による損失を必要経費に計上できることを認める答弁がなされている。 令和4年4月19日の参議院財政金融委員会において、藤末健三議員は、次のとおり質問を行った。 これに対しては、上記(※2)のとおり、所得税法51条4項の損失からわざわざ1項と2項に規定するものを除いているのであるから、①の不動産所得自体は「事業」的規模のものを含む広い概念であり、「これらの所得」も同様であるという再反論をなしうる。 これに対して、重藤哲郎国税庁次長は、次のとおり、答弁している。 このような答弁を前提とすると、詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合には、所得税法51条4項により、損失として必要経費に算入できる可能性がある。 ただし、上記で考察した「業務に係る雑所得の基因となる損失」と「その他雑所得に係る雑所得の基因となる損失」の問題(上記②の「これらの所得」は、雑所得との関係では、上記①の「業務」に係る雑所得に限定されるのか、業務に係るものではないその他雑所得も包摂する概念であるかという問題)は残る。 参考として、東京地裁令和4年7月14日判決(判例集未登載)は、雑所得の基因となる損失の解釈について、次のとおり判示している。 このような解釈に基づいて、上記判決は、外貨建債権の雑所得の基因となる資産該当性について、要旨次のとおり判示している。 最後に、所得税法51条4項で必要経費に算入される損失の額は、基本的に簿価ベースである(所令142、143、所基通51-2)。この点で、基本的に時価ベースで損失の額を計算する雑損控除とは異なる(所令206③柱書)。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第62回】 「公益財団法人への株式の寄附」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私は、上場会社Aの創業者であり社長のYです。現在でもA社の株式の約50%を直接所有する大株主ですが、70歳になりそろそろ引退も見据え、社会貢献活動及び相続対策として財団法人を設立し、ゆくゆくは株式の移動を検討しています。 2年前に一般財団法人を設立して、つい先日内閣府より公益認定を取得しました。次のステップとして、私が所有するA社株式の一部を寄附することを検討しています。株式を公益財団法人に寄附する際の注意点について教えてください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 個人から法人への株式寄附 個人が土地、建物、株式などの財産(事業所得の起因となるものを除く)を法人に寄附した場合には、時価で譲渡したものとみなされ、その時価と取得価額の差額である値上がり益に対して所得税が課税されます(所法59①)。無償で法人に寄附しても、個人に所得税が課税されるのは、個人に帰属する値上がり益に対する所得税を精算する必要があるためです。 創業者であるY社長が持つ上場株式には多額の含み益が生じていると推測されるので、寄附したことにより生じる譲渡所得税も多額になると思われます。 [2] 譲渡所得の非課税申請 (1) 租税特別措置法第40条の非課税承認申請 上記[1]の値上がり益に対する所得税について、公益法人等に寄附した場合など、一定の要件を満たすものとして国税庁長官が承認したときは、この所得税を非課税とする制度があります(措法40)。 非課税制度は、対象となる法人の種類などにより「一般特例」と「承認特例」の2つに分けられますが、今回は「一般特例」について説明します。 (2) 対象となる法人 寄附先として特例の対象となる法人は、公益社団法人、公益財団法人、特定一般法人その他公益を目的とする事業を行う法人とされ、具体的には明記されていません(措法40①)。国税庁ホームページの「公益法人等に財産を寄附した場合における譲渡所得等の非課税の特例のあらまし」には例示として、上記の他に社会福祉法人、学校法人、宗教法人やNPO法人が挙げられています。 (3) 承認要件 租税特別措置法第40条の非課税承認申請(以下、「40条申請」)の承認要件としては、以下の①~③があります(措令25の17⑤)。 [3] 申請の手続き (1) 提出先・期限 40条申請は、贈与のあった日から4ヶ月以内に贈与者の納税地の所轄税務署を通じて国税庁長官へ提出しなければなりません(措令25の17①)。贈与のあった日については、①公益法人に対する財産の贈与の場合は、その法人の理事会等により受入れを決議した日、②公益法人に対する遺贈による財産の提供の場合は、遺贈者の死亡の日となります(措通40-5)。 ちなみに、上記①の場合の提出期限について、贈与のあった日から4ヶ月よりも早く確定申告期限が到来する場合は、確定申告の提出期限が40条申請の提出期限となります。 (2) 審査期間 申請書を提出すると、以下の流れで審査が進みます。 (3) 承認されるまで 40条申請を提出してもすぐに承認されることはありません。承認の要件に該当するか時間をかけて公益法人の活動をウォッチされ、承認されるまで3~4年程度かかることが一般的です。 その間に税務当局から要求される資料をきちんと提出し、指摘・指導に対して適切に対応していく必要があります。 [4] 結論 ご相談の場合、公益財団法人へA社株式を寄附する前に40条申請の承認要件に合致するかを確認しなければなりません。また寄附する株数についても、Y社長の相続と今後のA社の資本政策の両方を検討して決定する必要があります。 公益財団法人にA社株式を移転すると、当然ながらY社長の思い通りにA社の議決権を行使することはできません。株式寄附後は公益財団法人の理事会の決議を通して議決権を行使することになります。 実際の手続きに際しては、税理士等の専門家に相談することをお勧めします。 (了)
2024年3月期決算における会計処理の留意事項 【第5回】 (追補) 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 ◎ 金融庁の令和5年度有価証券報告書レビューを踏まえた留意事項 2024年3月29日に金融庁より「令和5年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項等」が公表された。 今回は、有価証券報告書作成にあたって留意すべき事項を解説する。 また、「サステナビリティ開示等の課題対応にあたって参考となる開示例集」も合わせて公表されている。サステナビリティ開示と政策保有株式関連について、自主的な改善のために参考となる事例も公表されているため、ご覧いただきたい。 1 サステナビリティ開示 (1) ガバナンス (2) リスク管理 (3) 戦略並びに指標及び目標 (4) 人的資本に関する方針、指標、目標及び実績 (5) サステナビリティに関する考え方及び取組の参照方法 2 従業員の状況及びコーポレート・ガバナンスの状況等の開示 (1) 女性管理職比率 (2) コーポレート・ガバナンスの概要 (3) 内部監査の状況 (4) 政策保有株式 (連載了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2024年3月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年3月1日から3月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 企業会計基準委員会及び日本公認会計士協会は、次のものを公表している。 ① 改正実務対応報告第44号「グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の適用に関する取扱い」(内容:グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の取扱いを定めるもの) ② 実務対応報告第46号「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」等(内容:グローバル・ミニマム課税について、法人税及び地方法人税の会計処理及び開示の取扱いを示すもの。補足文書がある) ③ 改正企業会計基準適用指針第2号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針」及び改正企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」(内容:いわゆるパーシャルスピンオフの会計処理を取り扱うもの) ④ 会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」の改正(内容:③に関連していわゆるパーシャルスピンオフの会計処理を取り扱うもの) Ⅲ 企業内容等開示関係 次のものが公布・公表されている。 ① 「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第16号)(内容:有価証券届出書における個人情報の記載の見直しを行うもの) ② 「記述情報の開示の好事例集2023」の更新(内容:「コーポレート・ガバナンスの概要」等の項目の追加など) Ⅳ 四半期決算関係 次のものが公布・公表されている。 ① 企業会計基準第33号「中間財務諸表に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第32号「中間財務諸表に関する会計基準の適用指針」(内容:改正後の金融商品取引法上、半期報告書において中間連結財務諸表又は中間個別財務諸表が開示されることに対応するもの) ② 会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」の改正について(公開草案)(内容:①の「中間財務諸表に関する会計基準」等に対応するもの。意見募集期間は2024年4月22日まで) ③ 「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂に係る意見書」及び「監査に関する品質管理基準の改訂に係る意見書」の公表について(内容:取引法に対応し、四半期開示の見直しに伴う監査人のレビューに係る必要な対応を行うもの。企業会計審議会) ④ 「金融商品取引法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令」(政令第71号)及び「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第29号)等(内容:「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(法律第79号)により、四半期報告書制度が廃止となることから、関連する関係政令・内閣府令等を改正するもの) 四半期決算関係については、例えば、2024年3月28日付けで、東京証券取引所より、「金融商品取引法改正に伴う四半期開示の見直し等に係る有価証券上場規程等の一部改正について」などが公表されている。これは、4月1日以降の速報解説として解説している。 Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正」(公開草案)(内容:報酬関連情報(監査報酬、非監査報酬及び報酬依存度)の開示の記載例を追加するもの。意見募集期間は2024年4月3日まで) ② 「監査基準報告書300実務ガイダンス第1号「監査ツール(実務ガイダンス)」の改正」(公開草案)(内容:監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」(2023年1月12日改正)を受けたもの。意見募集期間は2024年4月22日まで) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第48回】 「宝塚歌劇団ハラスメント事件に見る ハラスメント事案における弁護士の活用方法」 弁護士 柳田 忍 【Question】 2024年3月28日、宝塚歌劇団におけるハラスメント事件について、劇団側が、遺族側との合意においてパワハラ行為の存在等を認めたとの報道がなされました。 本件においては、2023年11月に弁護士が調査を行ったうえでハラスメントは確認できなかった旨の内容の報告書を公表しており、劇団側はこれに依拠してハラスメント行為はなかったという立場をとっていましたので、弁護士に調査を依頼しても誤った結論を出すことになってしまうのかと懸念しています。 ハラスメント事案において弁護士に調査等を依頼する場合のポイントがありましたら教えてください。 【Answer】 まず、調査等を顧問弁護士などの企業等と何らかの関係のある弁護士に依頼するか否かについて、不祥事の規模や社会的影響の度合いによって検討して決定すべきものと思われます。 また、調査結果をどのように活用するかについて、結果に至る経緯等を踏まえて慎重に判断する必要があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 はじめに 宝塚歌劇団に所属する劇団員(以下「本件劇団員」という)が2023年9月に死亡した件について、2024年3月28日、劇団側は、遺族側との間で、パワハラ行為の存在等を認め、遺族側に対して謝罪し、解決金を支払う旨の合意(以下「本件合意」という)が成立した旨を発表した(※)。 (※) 阪急阪神ホールディングス株式会社他「宝塚歌劇団宙組劇団員の逝去に関するご遺族との合意書締結のご報告並びに再発防止に向けた取組について」 本件について2023年11月に公表された調査報告書(以下「本件調査報告書」という)においては、パワハラ行為は確認できなかった旨記載されており、劇団側も記者会見等においてパワハラ行為の存在を否定してきたことから、本件合意はそれまでの劇団側の見解を覆すものであるといえる。 本件調査報告書は、劇団側の依頼を受けて大手法律事務所(以下「本件法律事務所」という)の弁護士9人により構成される調査チームが調査を実施したうえで作成されたものであることなどから、本稿においては、本件に照らしてハラスメントの調査や事実認定における弁護士の活用方法について論じるものとする。 2 事実の経緯 本件の事実の経緯は以下のとおりである。 劇団側は、本件について、わざわざ大手法律事務所に調査等を依頼したにもかかわらず、遺族側の納得を得られず、世間の非難を受けてブランド・イメージを大いに毀損する結果となってしまっているが、以下のとおり、その一因には劇団側の弁護士の活用方法にも問題があったようにも思われる。 3 考察 (1) 顧問弁護士などの企業等と何らかの関係のある弁護士の活用方法 本件においては、劇団の運営会社である阪急電鉄株式会社の関連会社の社外取締役が本件法律事務所に所属していることが判明し、遺族側より、劇団側から完全に独立した「第三者委員会」による再調査などが求められた。 この点、ハラスメント等の不祥事の調査等を行う弁護士の中立性・公平性については、以下のとおり述べられている。 ① 「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(2021年10月)においては、次のとおり記載されている(以下引用)。 ② 「「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」の策定にあたって」 日本弁護士連合会「「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」の策定にあたって」(2010年7月15日・同年12月17日改訂)においては、次のとおり記載されている(以下要旨)。 ③ 弁護士に調査等を依頼する際のポイント 上記①②に照らすと、以下のように言えるのではないか。 本件は、宝塚歌劇団という著名なエンターテイメント集団において、劇団員が死亡するという重大な結果が発生しており、しかも、昨今社会問題として大いに注目を集める「ハラスメント」がその原因として疑われている事案であるから、調査等を依頼する法律事務所の選定に際しては、もう少し慎重になってもよかったのではないかと思われる。 (2) 調査等の結果の活用方法 本件調査報告書においては、劇団が保有していない情報・資料等の収集には限界があり、新たな証拠資料等によっては、本件調査報告書で確認できたとする事実を訂正する可能性があることなどの注記がなされており、実際、遺族側から写真やLINEのやりとりなどが公表された直後、本件調査報告書のウェブサイトへの掲載が掲載からわずか1ヶ月後に取りやめられるといった経緯をたどっている。 本件劇団員が死亡してから本件調査報告書が作成・掲載されるまでの期間がわずか1ヶ月強であったことなども併せて考えると、劇団側が、本件調査報告書に依拠して結論を出したことは早計であったようにも思われる。 弁護士の見解を得た場合にも、結論を部分的に抽出して活用するのではなく、見解の内容や結論に至った経緯等を精査して慎重に判断をすべきである。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第5回】 「一人取締役の会社の社長が認知症になった場合の対応(その2)」 ~登記はどうするのか~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 社長1人だけが取締役(代表取締役)とされている会社で、社長が成年後見制度を利用し、成年被後見人となりました。登記はどうしたらよいのでしょうか。 【A】 前回解説した通り、成年被後見人であることは取締役の欠格事由(会社法331条1項)からは除かれましたが、取締役として在任中に成年被後見人となると「委任の終了(民法653条)」により一旦は退任する必要があります。退任の登記手続を行うことも必要になりますが、この手続が意外と難しく、成年後見人の頭を悩ませることになります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 役員が取締役1人の会社の登記情報 役員が取締役1人の会社の場合、登記情報の役員欄は以下のようになっています。 【役員が取締役1人の会社の登記記録例】 唯一の取締役である山田太郎さんが、成年被後見人となった場合「委任の終了」により取締役としては退任することになります。しかし、取締役の山田太郎さんが退任してしまうと、取締役が存在しない会社となってしまうため、このような会社の場合、山田太郎さんの退任の登記を行うことができません。 退任の登記を行うためには以下のような手順が必要になります。 2 退任の登記 (1) 後任者の選任 唯一の取締役の退任を登記するためには、後任の取締役をあわせて選任する必要があります。事業を継続する場合には、身内や社員の中から後任者を選ぶことになります。会社を閉める方向に進める場合には、身内の方に一時的に後任者になってもらうということもあります。 なお、成年被後見人であることが取締役の欠格事由から除かれたため、成年後見人が成年被後見人の同意を得たうえで、本人に代わりに就任承諾をすることで成年被後見人を取締役として再選任することも可能です(会社法331条の2第1項)。しかし、成年後見人としては成年被後見人となった本人が実際に取締役としての職務を行うことができるかなどを慎重に見極める必要があります。 (2) 株主の確認 後任の取締役を選任するためには選任機関である株主総会の決議が必要となるため、株主を確認することも必要となります。社長1人だけが取締役の会社の場合、株式の大半を社長が保有していることが多いと思われます。 大株主である社長が成年被後見人である場合、成年後見人が本人に代わって議決権行使をすることになります。成年後見人としては議決権行使にあたり、本人に不利益がないように配慮する必要がありますが、会社の運営のために後任者を選任することは、本人にとっても利益となると考えられる場合が多いでしょう。 (3) 登記の必要書類 成年被後見人となった取締役の退任の登記には、成年後見に関する登記事項証明書や後見開始の審判書(確定証明書付き)が必要となります。後任者の選任の登記については、選任の決議をした株主総会議事録、株主リスト、後任者の就任承諾書(実印押印)、後任者の実印についての印鑑証明書(市町村長作成)、印鑑届出などが必要となります。 なお、成年被後見人を取締役として再任する場合には、成年後見人の就任承諾書(実印押印)、成年後見人の実印についての印鑑証明書(市町村長作成)、成年後見に関する登記事項証明書、成年被後見人の同意書(後見監督人がある場合にあっては、成年被後見人及び後見監督人)が必要となります。 3 万が一を想定して備えることが必要 一人取締役の会社の社長が成年後見制度を利用することとなった場合、後任者の選任等を速やかに行えないと会社の運営が滞ってしまうことになります。税理士としても、自らが社長の成年後見人として活動することになった場合を想定して、どのような対応が必要になるかを知っておくことは重要といえるでしょう。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第29回】 「J事務所の性加害問題(下)」 弁護士 原 正雄 前回に続き、J事務所の性加害問題について「ビジネスと人権」の観点を入れつつ分析する。 1 マスメディアの沈黙 (1) 取引関係に基づく影響力の不行使 エンターテインメント業界には性加害やセクシュアル・ハラスメントが発生しやすい土壌があったと指摘されている。例えば、2009年、韓国で所属事務所から性接待を強要されたとして女優が自殺した。2012年、イギリスで有名なテレビ司会者による数百名の子どもや女性への性加害が明らかになった。2017年、アメリカで有名映画プロデューサーの長年の性加害が報道され、性加害やセクシュアル・ハラスメントの被害を告白する世界的な運動「#MeToo運動」へとつながった。 そうした中、メディアはJ事務所の所属タレントを出演させるに当たり、人権デューディリジェンスとして人権侵害が行われていないかを精査すべきであった。特別チームは、メディアは性加害を把握した上で取引関係に基づく影響力を行使して性加害を即時にやめさせるべきであったし、そうできたはずであった、としている。そうした必要性は、前回記載のとおり2003年に東京高等裁判所がJ氏の性加害を事実として認定した後はなおさら強いものとなっていた。 (2) 報道の不存在 メディアの多くはJ氏の性加害を正面から取り上げてこなかった。2003年に東京高等裁判所がJ氏の性加害を事実と認めたことも、ほとんど報道しなかった。J氏の性加害がメディアの多くで取り上げられるには、2023年のBBC特集番組と元ジュニアによる被害申告の記者会見まで待たなければならなかった。 特別チームは、メディアがJ氏による性加害を大々的に報道していれば、ジュニアとなることを思い止まった若者も出たのではないか、既に入所した子にも親などが声掛けして被害拡大を防げたのではないか、メディアの多くが批判をしなかった結果、J氏による性加害が拡大し、さらに多くの被害者を出すこととなった、と指摘している。 2 社会問題化 (1) ビジネスと人権 2011年、国際連合が「ビジネスと人権に関する指導原則(国連指導原則)」を公表し、企業が人権について責任を負うべき旨を明らかにし、人権デューディリジェンスを実施するよう規定した。 日本でも2020年10月、政府が「ビジネスと人権に関する行動計画(2020-2025)」を公表して、企業に対して人権デューディリジェンスを導入するよう「期待」を表明した。 2021年6月には金融庁と東証が「コーポレートガバナンス・コード」を改訂し、人権尊重が重要な経営課題であることを宣言した(補充原則2-3①)。 さらに2022年9月、政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表し、全ての企業がサプライヤー等の取引先に対して人権尊重の取組みをするよう求めるべき、と定めた。 時代は人権尊重へと大きく動き始めていた。 (2) J氏とM氏の死去 そうした中で2019年にJ氏が死去し(享年87)、2021年にはM氏が死去した(享年93)。J事務所の経営権は、J氏の姪でM氏の娘であるF氏に移行した。 しかし、その後もJ事務所は性加害への調査等をしなかった。 F氏は、本件が問題となった後、以下のように述べている。 (3) BBCの取材と番組 2022年8月18日、イギリスの公共放送局BBCがJ事務所に対して、J氏の性加害についてインタビューをしたい旨の取材依頼をしたが、J事務所はこれを辞退した。 同年11月21日、BBCがJ事務所に、J氏の性加害について放送予定なのでコメントの機会を提供する旨の書面を送付したが、J事務所がJ氏の性加害に言及することはなかった。その理由についてJ事務所の幹部は「J氏は既に死去しており、現経営体制の中に問題があるというわけではなかったので、事実の調査などは行わなかった」と述べている。J事務所は、社会が「ビジネスと人権」を重視し始めていることに気付いていなかった。 2023年3月18日、BBCは「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル(Predator: The Secret Scandal of J-Pop)」と題するドキュメンタリー番組を配信した。J氏の性加害に遭ったという男性や週刊Bの記者の証言を紹介しながら、性加害疑惑やマスメディアの報道姿勢への疑問を報じる内容であった。 (4) 被害者による性加害の申告と、報道 BBCの配信直後は、地上波や新聞などが取り上げることはなく、週刊Bやウェブメディアがその内容を報じるにとどまった。 ところが、2023年4月12日、元ジュニアの男性が日本外国特派員協会で記者会見をしてJ氏に性加害を受けた旨を訴えると、これを契機として日本の報道機関が次々にJ氏の性加害を取り上げるようになった。 J事務所はJ氏の性加害を否定しきれなくなり、同年5月14日、性加害に関する見解と今後の対応を説明する動画「故Jによる性加害問題について当社の見解と対応」を事務所サイトで公表した。 その後もNHKが「クローズアップ現代」でこの問題を取り上げ、以降、多数の特集報道がなされるようになった。 (5) 国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会 2023年7月、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の専門家が来日し、本件の関係者へのヒアリングなど調査を実施した。 同年8月4日、同作業部会が記者会見を実施し、J氏による性加害問題について「タレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれる深く憂慮すべき疑惑が明らかになった」、「政府や被害者たちと関係した企業に対策を講じる気配がなかった」などと指摘した。その上で、エンターテインメント業界を始め日本の企業が被害者救済や虐待への適切な対応をとるよう、政府に対して主体的な取組みを促した。これは「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づく要請であった。 同作業部会は、2024年6月、国連人権理事会に最終報告書を提出する予定である。 3 結語 本件はJ事務所という1つの会社の問題であるとともに、J事務所と取引をしていた多数の会社の問題でもあることが指摘されている。 上記のとおり「ビジネスと人権」の観点からは、企業は他社と取引をする際に人権デューディリジェンスを実施し、当該取引先で人権侵害が行われていないかをチェックし、問題があれば改善を求める必要がある。 今、社会は人権尊重に向けて大きく動いている。企業はこうした動きを見過ごしてはならない。各社は改めて、自社が人権尊重を重要な経営課題として受け止めることができているのか見直すべきである。 (了)
《速報解説》 福岡国税局、支配関係のある協同組合が株式会社に組織変更して合併を行った場合の欠損金額の引継制限に関する文書回答事例を公表 ~5年前の日から継続して支配関係がある場合への該当性~ 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 本稿では、福岡国税局が令和6年3月25日付(ホームページ公表は令和6年4月8日)に回答した文書回答事例「支配関係のある協同組合が株式会社に組織変更して合併を行った場合の欠損金額の引継制限について(5年前の日から継続して支配関係がある場合への該当性)」の解説を行う。 1 事前照会の前提 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 文書回答事例に掲載の図を筆者一部加工 2 事前照会の内容 組織変更により出資者の持分が出資から株式に変更している場合でも、組織変更前を含めて、A社により出資総口数又は発行済株式総数の50%超を継続して保有されている関係があるときは、A社とB社との間に5年前の日から継続して支配関係があるとして、A社の未処理欠損金額の引継制限を受けることはないという理解で問題ないかどうか。 3 根拠規定 (1) 支配関係 支配関係とは次のような関係をいう(法法2十二の七の五)。 (2) 繰越欠損金の引継制限 完全支配関係又は支配関係がある法人間の適格合併のうち、次のいずれにも該当しない適格合併については、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎが制限されている(法法57③、法令112③④)。 4 本件への当てはめ 本件合併はみなし共同事業要件を満たさない前提であるため、繰越欠損金の引継制限については、合併法人の適格合併の日の属する事業年度開始の日の5年前の日、被合併法人若しくは合併法人の設立の日のうち最も遅い日から継続して支配関係があるかどうかを判定することとなる。 A社はB社の出資を保有する関係から株式を保有する関係に変わっているため、組織変更の前後において、A社とB社との間にA社による支配関係が継続していないこととなるのかという疑義が生じる。 今回の文書回答事例では、出資者の持分が出資から株式に変更している場合でも、A社は組織変更前後において同一人格であるB社の出資総口数の50%超を組織変更まで少なくとも10年以上継続保有し、組織変更後から本件合併直前まで発行済株式総数の50%超を継続保有しているため、A社とB社との間に5年前の日から継続して支配関係があるものとして取り扱うということが明らかにされた。 なお、組織変更により、事業協同組合としては解散登記をし、株式会社として設立登記をしているが、あくまで登記の技術上の問題であり、組織変更の前後を通じて法人は同一人格を保有するものと解されるため、B社の設立があったとして、B社の設立の日から継続して支配関係がある場合に該当するとは考えないという点に留意する必要がある。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2024年4月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.563を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。