法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例52】 「請負契約により取得した機械装置の取得時期」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、中部地方において自動車部品の製造業を営む株式会社A(資本金20億円で3月決算)において、経理部長を務めております。中部地方にはわが国を代表する自動車メーカーの工場が多数存在しており、わが社もそれらに属する担当者から要求される厳しい品質基準とコスト管理に音を上げつつも、何とか食らいついて、これまで事業を維持することができてきたところです。 自動車業界は技術革新のスピードが極めて速く、完成品メーカーにその部品を納入する下請けも常にそのような流れの中で、最新の技術に見合う品質と、それと相反する「リーズナブルな」コストとを両立した製品を製造し続けることが求められています。そのため、わが社を取り巻く経済環境が厳しい中、将来の自社の収益源を維持・開拓するため、設備投資への資金投入には余念がないところであります。 そんな中、先日来受けている税務調査でわが社が過去に行った設備投資に関し、調査官から問題が提起されています。すなわち、自動車の完成品メーカーからの要請で、一昨年の事業年度(X1年3月31日決算)終了間際において、新たに納入することとなった部品を製造するのに必要な工作機械を導入したのですが、その導入のタイミングに係る経理処理が間違っていると指摘されました。 わが社は、メーカーの要請に1日でも早く応えるため、事業年度末に近いX1年3月30日に機械の据付工事を終え、直ちにサンプルとなる部品の製造を開始し、翌事業年度であるX1年4月3日にはその第1弾を相手方に提供しております。したがって、わが社の経理上の処理としては、据付工事を終え部品の製造を開始したX1年3月期において当該機械装置に係る減価償却費を損金に計上しております。ところが、調査官は、納入メーカーによる据付工事はX1年3月30日に終了しているとしても、その試運転により当該機械に期待される性能の発揮をわが社が確認したのは早くてX1年4月1日以降であり、事業年度末であるX1年3月31日において機械を取得したというための要件である検収を終えていないため、当該事業年度において減価償却費を損金に計上することはできないと主張しております。このような場合、当該機械装置の取得時期及び減価償却費の損金計上のタイミングはどうなるのでしょうか、教えてください。 【A】 製造機械や医療機器のような値も張り、据付工事も必要で、試運転等によってメーカーが保証するスペックが確実に発揮されているのか、顧客によって確認することが必須となる棚卸資産の販売に係る収益の計上基準としては、検収基準が適当であると考えられます。本件の機械装置は正に検収基準によるべきものと考えられることから、機械装置を取得する側であるA社においても、自らが行う検収を経ることなく前倒しで取得したものとみなし、当該タイミングで減価償却費を計上して損金算入することは、困難と言わざるを得ないでしょう。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 収益の計上時期に係る基準 企業会計上の収益の計上基準については、一般に、実現主義の原則に従って計上することとされている(企業会計原則第二・三B)。ここでいう「実現主義」の具体的態様については、例えば棚卸資産の販売に関していえば、一般に当該棚卸資産の引渡しの時点(引渡基準)ということになるが、その他に棚卸資産の出荷の時点(出荷基準)や売り先による当該棚卸資産の検収の時点(検収基準)によることも妥当であると考えられている。これらは、いずれも収益認識に係る「販売基準」の一形態であると考えられる。 しかし、収益認識に係る会計基準は近年、大幅な変更がなされたところである。すなわち、2021年4月以降に開始する年度からは、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」が適用されている。当該基準によれば、売上高などの収益は企業が契約上の履行義務を充足したときに認識することとされ、具体的には、一時点で支配が移転する取引には販売基準の適用を、継続的に支配が移転する取引には生産基準(工事進行基準など)の適用を求めている。 (2) 減価償却費の計上時期 固定資産のうち、使用又は時間の経過によって価値が減少する資産を一般に減価償却資産というが、当該減価償却資産につき各事業年度において価値が減少(減価)した部分の金額を減価償却費という。減価償却資産は、費用収益対応の原則から、使用又は時間の経過によって減価するのに応じて徐々に費用化すべきと考えられるが、このような考え方に基づいて費用化される金額が減価償却費である。法人税法は、このような考え方に基づきつつ、減価償却費のうち損金に算入されるのは、法人が償却費として損金経理した金額のうち、償却限度額に達するまでの金額と規定している(法法31①)。 また、法人税法は、その費用につき、原則として債務の確定をもって損金に計上できるとする債務確定主義を採用しているものと解されている。しかし、減価償却資産に係る減価償却費の損金計上は、当該債務確定主義の例外とされている(法法22③二)。そのため、減価償却費の法人税法上の計上時期について検討するにあたり、重要なのは、そもそも減価償却の対象となる減価償却資産をいつ取得し、事業の用に供したかである。 この点につき裁判例においては、企業が減価償却費を各事業年度の損金に算入するためには、その事業年度の終了より前にそれを取得していることが必要とされており、この場合の「取得」のタイミングに係る判断基準としては、機械装置の完成・設置の請負契約の場合、その「引渡し」を受けていること、更に当該引渡しの判断基準としては、当該機械装置の試運転及び調整作業を完了し、所期の性能を有することが確認されることが必要とされている(名古屋高裁平成4年10月29日判決・行裁例集43巻10号1385頁、TAINSコード:Z193-7011)。ここから、機械装置の完成・設置が要請される請負契約の場合、上記(1)の「販売基準」、なかでも「検収基準」の重要性がクローズアップされるわけである。 (3) 請負契約により取得した機械装置の取得時期が争われた事例 それでは、業種や業務内容は異なるものの、本件と同様に、請負契約により取得した機械装置の取得時期が争われた事例(東京地裁平成30年3月6日判決・訟月65巻2号171頁、TAINSコード:Z268-13126、「香月堂事件」)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 愛知県においてバウムクーヘン等の菓子の製造を行う株式会社である原告が、自社の工場において設置した機械装置(製品格納自動倉庫システム・取得価額1億7,650万円(税抜))について、平成24年4月1日から平成25年3月31日までの事業年度の法人税の所得の金額の計算上、法人税法第31条の規定の適用による減価償却の方法により計算した減価償却費、及び租税特別措置法第52条の3の規定の適用による特別償却準備金として積み立てた金額を損金の額に算入して法人税の確定申告を行い、かつ、当該法人税の確定申告に基づき平成24年4月1日から平成25年3月31日までの課税事業年度の復興特別法人税(法人税額の10%相当額の加算税、平成24年4月から2年間に限り実施)の確定申告を行った。 そのような確定申告の内容に関し、豊橋税務署長は、原告は本件機械装置を本件事業年度終了の時において取得しておらず、本件事業年度の法人税の所得の金額の計算上、本件減価償却費等を損金の額に算入することはできず、かつ、この処理を前提とした本件課税事業年度の復興特別法人税の計算には誤りがあるとして、本件事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分並びに本件課税事業年度の復興特別法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行った。それに対して、原告が本件各更正処分等のうちの一部分の取消しを求めた事案である。 ② 事案の争点 本件の争点は、原告が本件減価償却費等を本件事業年度の損金の額に算入することができるか否かであり、具体的には、原告が本件事業年度終了の時において、本件機械装置を「取得」していたか否かである。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁平成30年9月5日判決・訟月65巻2号208頁、TAINSコード:Z268-13182)、さらに上告されたが不受理となり(最高裁平成31年3月28日決定・税資269号-38(順号13261)(TAINSコード:Z269-13261))、確定した。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例において裁判所は、減価償却資産に係る減価償却費の損金算入は、当該減価償却資産を取得した事業年度において行うことができるとしていることから、本件の機械装置の場合、その取得したタイミングがいつであるのかが問題となる。 この点につき裁判所は、機械装置等を特定の場所に設置し、これを稼働させることを目的とする請負契約において、注文者が請負人から引渡しを受けたというためには、「請負人において当該機械装置等の物理的な設置及び所要の調整作業等を完了した上で、注文者による当該機械装置等が所期の性能を有することの確認等が必要であると解すべき」と判示し、当該引渡しの時点において所有権が移転したものと認定している。 ここで示されている判断基準は、企業会計における棚卸資産の販売に係る収益の計上時期に関し、いわゆる実現主義の具体的な態様としての引渡基準、出荷基準と並ぶ「検収基準」に相当するものと考えられる。検収基準は、一般に、大量生産の規格品のように、通常中身を細かくチェックすることなく商品棚等に陳列して販売するものに係る収益計上時期の基準ではなく、製造機械や医療機器のような値も張り、据付工事も必要で、試運転等によってメーカーが保証するスペックが確実に発揮されているのか、顧客によって確認することが必須となる棚卸資産の販売に係る基準として適当であると考えられる。本件の機械装置は正に検収基準によるべきものと考えられることから、検収を経ることなく前倒しで取得したものとみなして減価償却費を計上し損金算入することは、困難と言わざるを得ないであろう。 (4) 本件へのあてはめ 製造機械や医療機器のような値も張り、据付工事も必要で、試運転等によってメーカーが保証するスペックが確実に発揮されているのか、顧客によって確認することが必須となる棚卸資産の販売に係る収益の計上基準としては、検収基準が適当であると考えられる。本件の機械装置は正に検収基準によるべきものと考えられることから、機械装置を取得する側であるA社においても、自らが行う検収を経ることなく前倒しで取得したものとみなし、当該タイミングで減価償却費を前倒しで計上して損金算入することは、困難と言わざるを得ないであろう。 (了)
租税争訟レポート 【第67回】 「税理士法人による期限後申告と青色申告承認取消処分 (福岡地方裁判所令和4年12月14日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 本件は、青色申告の承認を受けていた株式会社である原告が、確定申告書を提出期限までに提出しなかったことを理由として、処分行政庁から青色申告承認取消処分(本件処分)を受けたため、被告を相手として、本件処分の取消しを求める事案である。 原告は、税理士法人の担当者が期限内に申告書を提出することを失念していたことから、平成30年6月期の法人税確定申告書(提出期限8月31日)を同年9月18日に、令和元年6月期の法人税確定申告書(提出期限9月2日)は同年9月10日に、それぞれe-Taxを利用して提出した。処分行政庁は、原告が2事業年度連続して確定申告書を期限までに提出しなかったとして青色申告承認取消処分を行ったものである。 なお、本件処分に係る青色申告承認取消通知書(本件通知書)には、法人税法127条1項4号に該当する旨の記載とともに、その「(取消処分の基因となった事実)」として、「自 平成30年7月1日 至 令和1年6月30日事業年度の法人税確定申告書が、その提出期限までに提出されていないこと」との記載がある。 【福岡地方裁判所による判決の概要】 1 争点 2 青色申告承認取消処分に関する規定と事務運営指針 青色申告の承認取消しに係る法人税法の規定は、次のとおりである(一部、かっこ書き等を省略している)。条文上は、一度、確定申告書を提出期限までに提出しなければ、所轄税務署長は、その申告書に係る事業年度に遡って、青色申告の承認を取り消すことができる。 一方、国税庁長官による事務運営指針「法人の青色申告の承認の取消しについて (以下、「本件事務運営指針」という)」では、次のように、法人税法第127条第1項の規定の適用に関し留意すべき事項等が定められている(一部、文章を省略している)。 3 争点に対する原告と被告の主張 (1) 本件処分が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用により違法であるか〔争点1〕 ① 原告の主張 原告は、処分行政庁が、次のような事情を考慮せずに本件処分を行ったことは、その判断が合目的的かつ合理的なものとして許容される限度を超え、著しく不当である場合に当たり、処分行政庁に委ねられた裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったものとして、違法であると主張した。 さらに、原告は、本件事務運営指針5の「相当の事情」があるとして次のような事実を列挙したうえで、2事業年度連続の確定申告書期限内不提出につき原告に帰責性はないことから、本件処分は、処分行政庁に委ねられた裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったものとして、違法であると主張した。 ② 被告の主張 被告は、原告の期限後申告が2事業年度連続して行われたものであることは争いのない事実であり、原告には、青色申告承認の取消事由があり、これが本件事務運営指針の4に該当することは明らかであって、これらを踏まえてされた本件処分に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用による違法があるとはいえないと主張した。 (2) 本件処分が理由付記の不備により違法であるか〔争点2〕 ① 被告の主張 被告は、法人税法127条1項4号は、所轄税務署長が、当該法人の1事業年度の確定申告書の期限内不提出をもって、同法人に対し、青色申告承認取消処分を行うことができる旨を規定したものであり、本件処分の通知書には、原告が令和元年6月期確定申告書を提出期限までに提出しなかったこと及びこの事実が同号に該当する旨が記載されていることから、処分の名宛人である原告は、いかなる事実に基づき、いかなる法令を適用して処分がされたのか十分に了知し得たものであり、本件通知書における理由の記載は、理由付記の程度として必要かつ十分なものであったといえると主張した。 ② 原告の主張 原告は、法人税の青色申告承認取消処分が納税上の種々の特典を剥奪する重大な不利益処分であることに鑑み、税務署長が適切にその裁量権を行使するための基準として、本件事務運営指針が設定され、公にされていることからすれば、本件通知書の理由付記の程度として、処分基準である本件事務運営指針への適用関係の記載が要求されているというべきであり、本件事務運営指針の適用関係についての記載を欠いた本件通知書の記載は、理由付記の要件を欠くものであって、本件処分は違法であると主張した。 (3) 本件処分において事前に原告に防御する機会を与えなかったことが憲法31条に反して違憲・違法であるか〔争点3〕 ① 被告の主張 被告は、処分行政庁が、本件処分を行うに当たり、原告に対して、告知、弁解、防御の機会を付与しなければならない旨の税法上の規定や根拠は存在しないとしたうえで、法人税法127条1項4号の規定及びこれを受けた本件事務運営指針の4の定めや、本件事務運営指針は国税庁のホームページ上で公表されていることからすれば、原告が平成30年6月期確定申告において期限後申告をした際、令和元年6月期確定申告については、青色申告承認取消処分を回避すべく、確実に期限内申告をするため準備、対応する機会を十分に与えられていたというべきである。それにもかかわらず、原告は、令和元年6月期確定申告についても期限後申告をしており、本件事務運営指針の5で定める事情も見当たらないため、税務職員において、本件処分に当たり、原告に対し、ことさらにその理由等について事情聴取する必要性はなかったことから、本件処分につき原告に事前の防御の機会を与えなかった点が違憲・違法であるとの原告の主張には理由がなく、本件処分は適法であると主張した。 ② 原告の主張 原告は、青色申告承認取消処分には、更正処分等のような除斥期間の定めがなく、これを速やかに行うべき緊急性はないうえ、過去の事業年度に遡って納税上の種々の特典を剥奪するという重大な不利益を納税者に対して課す処分であることを考慮すると、少なくとも本件のような事案において、青色申告承認取消処分をするに際し、事前の告知、弁解、防御の機会を納税者に対して全く与えなかった場合、同処分は、憲法31条に反するものであると主張した。 さらに、青色申告承認取消処分は、納税上特典を受け得る地位を剥奪する非金銭的処分であるため、行政手続法適用除外の理由が妥当しないうえ、行政手続法13条2項各号にも当たらず、国税通則法74条の14第1項による行政手続法第3章の適用除外を正当化することはできないことから、国税通則法74条の14第1項は、本件に適用する限度で憲法31条に反して違憲であると主張した。 4 福岡地方裁判所の判断 福岡地方裁判所は、それぞれの争点について、以下のような判断を示した。 (1) 本件処分が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用により違法であるか〔争点1〕 裁判所は、まず、青色申告の承認を取り消すものとした処分行政庁の判断につき、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があった場合には、青色申告の承認を取り消す旨の処分は違法として取り消されるべきものであるという判断を示したうえで、確定申告書を提出期限までに提出することは、青色申告法人の基本的義務というべきであり、2事業年度連続で確定申告書を期限内に提出しないことは、法人税法127条1項4号の違反の程度としては軽視することのできないものというべきであること、さらに、税理士法2条1項1号に規定する税務代理は、民法99条が規定する代理人が本人に代わって意思表示を行う行為に該当し、その法律効果は直接本人に帰属するのであるから、納税者が自己の判断と責任において、申告手続を税理士に委任し、税理士が代理人として行った申告は申告名義人である納税者の行為として取り扱われるものと解され、2事業年度連続で確定申告書が期限内不提出となった原因が、税理士法人の担当職員の過誤によるものであるとしても、こうした事情は、原告と税理士法人との間の内部事情によるものといわざるを得ないことから、処分行政庁が本件処分(青色申告の承認の取消し)をしたことについて、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとは認められないと判示した。 原告の主張について、裁判所は、2事業年度連続で期限後申告をしていることそれ自体が軽視することのできないものであるから、原告主張の事情をもって、本件処分が考慮すべき事情を考慮せずにされたものということはできず、また、その判断内容に明らかに合理性を欠く点があるということもできないこと、本件処分が「原告が税理士法人による期限後申告を知らなかったこと」を考慮せずにされたとしても、その判断内容に明らかに合理性を欠く点があるとはいえないことから、処分行政庁が本件処分をしたことにつき、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるものということはできないとして、その主張を斥けた。 (2) 本件処分が理由付記の不備により違法であるか〔争点2〕 裁判所は、本件通知書には、原告が法人税法127条1項4号に該当することとともに、その「(取消処分の基因となった事実)」として、「自 平成30年7月1日 至 令和1年6月30日事業年度の法人税確定申告書が、その提出期限までに提出されていないこと」との記載があったことから、原告において、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して本件処分がされたかをその記載自体から了知することができるものであるといえるという理由を示したうえで、本件通知書の理由付記に不備があるとはいえず、本件処分が理由提示の要件を欠いた違法な処分であるとはいえないと判示した。 原告の主張について、裁判所は、本件通知書の記載によれば、原告において、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して本件処分がされたかをその記載自体から了知することができたことに加え、本件通知書の記載とあらかじめ公表されていた本件事務運営指針の定めとを照らし合わせることによって、原告において、いかなる理由に基づいてどのような基準が適用されて本件処分が選択されたのかをも知ることができるものというべきであるとの判断を示し、本件通知書に付記された理由は、法の要請を必要最小限は満たしているものであり、本件事務運営指針に関する記載がなかったことをもって、不備であるとはいえないとして、その主張を斥けた。 (3) 本件処分において事前に原告に防御する機会を与えなかったことが憲法31条に反して違憲・違法であるか〔争点3〕 裁判所は、税務署長が、青色申告承認取消処分を行うに当たり、被処分者に対して告知、聴聞その他弁明の機会を付与しなければならない旨の法律上の規定や根拠は存在しないのみならず、国税通則法74条の14第1項は、「国税に関する法律に基づき行われる処分その他公権力の行使に当たる行為」については、行政手続法第2章(申請に対する処分)及び第3章(不利益処分)の規定は適用しない旨を規定しており、上記の「国税に関する法律に基づき行われる処分」である青色申告承認取消処分については、行政手続法第3章の規定を適用しないこととしており、これらの処分が、①金銭に関する処分であるから事後的な手続で処理することが適当であり、この点の事後的な手続として、税務署長に対する異議申立てと国税不服審判所長に対する審査請求の2段階の不服申立手続が整備されていること、②大量・反復的に行われること、③限られた人員で適正・公平・迅速に手続の処理を図らなければならないこと、④処分理由の提示が要求されていること等の理由によるものと解されることから、国税通則法74条の14第1項の規定は、憲法31条に反して違憲であるとはいえないという判断を示した。同時に、法人税法127条1項の規定による青色申告承認取消処分については、その処分の内容、性質等に照らし、その相手方に事前に告知、弁解、防御の機会が与えられなかったからといって、憲法31条の法意に反するものとは解されないというべきであると判示して、原告の主張をいずれも斥けた。 (4) 結論 裁判所は、上記の争点に対する判断に基づき、原告の請求は、理由がないから棄却するという判決を下した。 【解説】 申告代理を依頼していた税理士法人担当者が2期連続して申告期限内に申告を行わず、しかも納税者である原告に対しては申告期限に申告したと偽って報告をしていた事案で、裁判所は、納税者が自己の判断と責任において、申告手続を税理士に委任し、税理士が代理人として行った申告は申告名義人である納税者の行為として取り扱われるとして、「帰責性がない」とする原告の主張を斥けて、処分行政庁による青色申告承認取消処分は、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとは認められないという、きわめて当然の判断を示した。 判決を読んでいて最も驚いたのは、原告が、税理士法人から、「申告期限末日の日付を打刻された申告書の写し」を受け取っていたという事実である。こうした偽装行為は、自らの過誤を隠蔽しようと考えた税理士法人担当者によるものであろうが、担当者を管理監督すべき立場にあった税理士法人の代表をはじめとする税理士たちが期限後申告に気づいていなかったとすれば、その監督責任は大いに問われるところであろう。 1 青色申告承認取消処分の性格 訴訟では、青色申告承認取消処分が金銭的処分か非金銭的処分であるかをめぐって、原告と被告の間で争いがあった〔争点3〕。 原告は、青色申告承認取消処分は、納税上特典を受け得る地位を剥奪する非金銭的処分であるため、事後的な手続で処理することが適当ではないと主張したのに対して、被告は、青色申告承認取消処分による不利益は、青色申告承認による①欠損金の繰越し(法人税法57条)や②中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例(租税特別措置法67条の5)等の特典が受けられなくなるものであるが、これらはいずれも金銭的損失であって、青色申告承認取消処分は非金銭的処分ではないと主張した。 これらの主張に対し、裁判所は、青色申告承認取消処分による効果は、青色申告による特典である欠損金の繰越控除(法人税法57条本文)、欠損金の繰戻しによる還付(法人税法80条1項)等をすることができなくなるものであるが、これらの特典はいずれも金銭的恩恵を受けるものであって、青色申告承認取消処分は非金銭的処分とはいえないとの判断を示した。 2 国税不服審判所「裁決要旨検索システム」における裁決要旨 国税不服審判所が公開している「裁決要旨検索システム」では、本件の争点についても要旨が公開されているので、見ておきたい。 国税不服審判所は、審査請求人(本判決における原告)の主張に対し、次のような理由を述べたうえで、本件青色申告承認取消処分は違法又は不当な処分ではないという裁決をしている。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第6回】 「消費税法における届出書の提出時期に係る 「やむを得ない事情」のレベル」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 課税事業者(簡易課税制度)選択(不適用)届出書を提出できなかった「やむを得ない事情」 消費税法における課税事業者や簡易課税制度の選択については、その適用しようとする課税期間の初日の前日までに選択(不適用)届出書を提出しなければならないが、「やむを得ない事情」がある場合の宥恕規定も存在する。 これを受けて、消費税法基本通達1-4-16(13-1-5の2)は、自己の責任によらない災害、事業者に帰責事由のない状態、1ヶ月以内の相続により相続人が新たに個人事業者となったなど、税務署長がやむを得ないと認めた場合がこれに該当するとしている。 2 大阪国税不服審判所平成26年7月11日裁決(TAINSコード:F0-5-145) (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 「やむを得ない事情」の法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥 3 法令解釈の出所 上記2(3)②の法令解釈は、簡易課税制度の選択不適用の届出について争われた千葉地裁平成13年11月30日判決(TAINSコード:Z251-9028)の「災害またはそれに準ずるような自己の責めに帰することのできない客観的事情があり、課税期間開始前に届出書を提出できない場合のことをいうものと解すべきであり、租税に関する知識不足や誤解などの主観的事情はこれに当たらないというべき」のほか、同じ「やむを得ない事情」という課税等要件が存在する租税特別措置法第36条の2(特定の居住用財産の買換え)第6項について争われた東京高裁平成18年9月13日判決(TAINSコード:Z256-10500)の「天災その他本人の責めに帰すことのできない客観的な事情があって、買換特例の制度趣旨に照らし、納税者に対してその適用を拒否することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当であり、納税者の主観的な意思あるいは個人的な事情はこれに該当しない」などを参考にしているのではないかと考えられる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第30回】 「租税条約における「利得の分配に係る事業年度の終了の日」の取扱いの変更」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 前回に取り上げた事案の控訴審判決を受け、国税庁は去る3月30日、租税条約における「利得の分配に係る事業年度終了の日」の取扱いを変更したと聞きましたがその概要を教えてください。 〔A〕 控訴審判決を受け、分割型分割を事由としたみなし配当の場合には「分割型分割の日の属する事業年度の終了の日」を、自己株式の取得を事由としたみなし配当の場合には「自己株式を取得した日の属する事業年度の終了の日」を、それぞれ租税条約の「利得の分配に係る事業年度の終了の日」として保有期間要件を判定するというように変更されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 みなし配当限度税率適用事件 (1) 事案の概要 ルクセンブルクに本店を有する外国法人X(原告・被控訴人)は、完全子会社である内国法人(本件子会社)が行った会社分割(本件分割)に伴い、本件子会社の剰余金の配当として分配を受け、当該剰余金の一部をみなし配当として、20.42%の税率による金額を源泉納付した。しかし、Xは、本件子会社を完全子会社化した日(平成26年4月29日)から分割に係る事業年度終了の日(同年10月31日)までの6ヶ月間、本件子会社の株式を保有していたため、みなし配当については、「日本・ルクセンブルク条約(本件租税条約)」10条2項(a)(本件規定)の要件に該当し、その限度税率は5%になることから、当初納付額は過大であった(※1)として、Y(被告・控訴人)に対し、還付金及び還付加算金の支払を求めた。 (※1) これに対し、Yは、租税条約にいう事業年度終了の日とは、本件分割があった平成26年8月1日の前日の同年7月31日であるとし、したがって、租税条約のいう6ヶ月間の保有期間要件を満たしていないと主張した。 第一審である東京地裁(※2)では、本件規定の英文正文「the end of the accounting period for which the distribution of profits takes place」(本件文言)の解釈が問題となり、地裁は、本件文言の通常の意味としては、「利得の分配(配当)が行われる会計期間の終期(下線筆者)」を意味するものであると判示し、Xは本件規定の定める保有期間要件を満たし、みなし配当には5%の限度税率が適用されると判断した。 (※2) 東京地裁令和4年2月14日判決(令和元年(行ウ)第453号) なお、英文が正文である租税条約の解釈手法に関する裁判所の判断については、前回記事を参照されたい。 (2) 本件控訴審判決 Yは、地裁判決を不服とし、控訴したが、控訴審(※3)においても、主として本件文言の解釈を巡り争われた。 (※3) 東京高裁令和5年2月16日判決(令和4年(行コ)第72号) Yは、「保有期間要件の趣旨等に照らせば、本件租税条約の『the accounting period』との文言は、親子会社間の配当の減免規定に適用を受ける際に必要とされる株式の保有期間を画する用語である『計算期間』と訳するのが相当であり、我が国の法令上、計算期間とは『その配当等の額の支払を受ける直前に当該配当等の額を支払う他の内国法人により支払われた配当等の額・・・の支払に係る基準日の翌日・・・からその支払を受ける配当等の額の支払に係る基準日までの期間(本件みなし配当が生じた平成26年8月1日時点の法令22の2②)』を意味し、その終了の日とは基準日を意味するから、本件文言は利益の分配の受領者が特定される日を意味すると解すべきである」と主張した。 これに対し、東京高裁は、本件租税条約の文脈により本件文言を解釈すべきところ、Yの主張は国内法である法人税法における用語により本件文言の解釈を行うものであって矛盾があり、採用することができないと判示した(※4)。 (※4) 控訴審判決の内容については、週刊税務通信No.3742(令和5年2月27日)9~10頁を参考とした。 その結果、東京高裁は、原審判決を相当であるとし、Yの控訴を棄却した。 2 国税庁による取扱い変更文書の公表 上記控訴審判決を受け、国側の対応が注目されていたが、国税庁は3月30日、「租税条約における『利得の分配に係る事業年度の終了の日』の取扱いについて」と題する文書を公表し、従前の取扱いを変更することとした。以下、変更後の取扱い及び還付請求手続きについて、全文を掲げる。 上記のとおり、取扱いの変更は過去に遡及して適用となるため、保有期間要件を再度検討した結果、租税条約の限度税率が適用可能となり、過去に源泉徴収された所得税額が過大となる場合には還付請求が可能となる。また、取扱いの変更は、日本・ルクセンブルク租税条約だけでなく、保有期間要件について、同条約同様、「利得の分配に係る事業年度の終了の日に先立つ6ヶ月(又は12ヶ月)」などと定めている租税条約に適用されることとなる(※5)。 (※5) 週刊税務通信No.3750(令和5年4月24日)9頁では、今回の対象となる条約相手国として、イスラエル、イタリア、インドネシア、オーストリア(平成30年12月31日以前支払分まで)、カナダ、シンガポール、スペイン(令和3年12月31日以前支払分まで)、タイ、韓国、デンマーク(平成30年12月31日以前支払分まで)、トルコ、ノルウェー、バングラデシュ、フィンランド、ブルガリア、マレーシア、南アフリカ、メキシコ及びルクセンブルクの19ヶ国があるとしている。 しかしながら、例えば、日米租税条約では、限度税率(5%)が適用される配当については、保有期間要件として、「配当の支払を受ける者が特定される日をその末日とする十二箇月の期間」(同条約10条3項(a))と規定されており、上記公表文書にいう「みなし事業年度」で判定するという規定振りとなっているため、今回の変更は日米租税条約には適用されないと思われる。筆者が確認した限りでは、日米租税条約と同様の規定振りとなっている主要な条約相手国は、オランダ、英国、中国、ドイツ、フランス等であり、これらの国々とのケースでは、今回の変更は適用されないものと思われる。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q79】 「新しいNISA制度と現行NISA口座での投資額の取扱い」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 恒久化される新しいNISAの概要 (1) つみたて投資枠と成長投資枠 非課税口座内の少額上場株式等に係る配当所得及び譲渡所得等の非課税措置制度(NISA)は、2014年の導入以降、幾度となく改正がなされ、非課税枠が拡大されてきました。令和2年度税制改正でも2024年以降の制度について、①安定的な資産形成を目的とする部分と②成長資金の供給拡大や長期保有の株主育成を目的とする部分との二階建て構造に改組されることが予定されていました。しかしながら、その実現を待たずして、令和5年度税制改正において恒久措置とされるとともに、つみたて投資枠と成長投資枠の併用を可能とする新たな枠組みに変更されることになりました。 つみたて投資枠とは、長期投資に適した一定の投資信託を対象としたもので、年間投資枠は120万円とされています。また、成長投資枠とは、上場株式や投資信託等(毎月分配型など一定のものを除きます)を対象としたもので、年間投資枠は240万円とされています。非課税とされる期間に制限はありませんので、毎年、つみたて投資枠では120万円まで、成長投資枠では240万円までを投資に充てることができます。ただし、非課税となる累計投資額には限度があり、つみたて投資枠及び成長投資枠を合わせて1,800万円まで、そのうち、成長投資枠は1,200万円を上限とすることとされています。 (2) 現行NISAとの関係 新しいNISAは2024年1月から適用され、2023年までで現行NISAに基づく口座開設はできなくなりますが、現行NISA口座で保有している上場株式等に関する非課税措置が廃止されるわけではありません。現行NISAの下で保有している上場株式等は、新しい制度が適用される口座にそのまま移行されるわけではありませんが、現行NISAでの非課税措置そのものは新制度とは別のものとして継続することとされています。 2 本件へのあてはめ 新しいNISA制度が2024年1月に導入されることになりますが、現行NISA口座で保有している上場株式等に関する非課税措置が廃止されるわけではありません。したがって、2023年中に譲渡しなければ非課税措置の適用が受けられなくなるということはなく、非課税保有期間内(一般NISAについては、口座設定日から同日の属する年の1月1日以後5年を経過する日までの間)に譲渡することで引き続き非課税措置の適用を受けることができるものと考えられます。 なお、現行NISA口座で保有している上場株式等が2024年1月の新しいNISAの開始時に自動的に新制度へ引き継がれることはなく、すでに保有している上場株式等に係る非課税措置が継続するということになります。 (出典:金融庁ウェブサイト) (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第5回】 「所有権移転ファイナンス・リース取引と 所有権移転外ファイナンス・リース取引」 公認会計士・税理士 喜多 弘美 【第4回】では、ファイナンス・リース取引とオペレーティング・リース取引の判定について整理しました。 今回は、さらにファイナンス・リース取引を「所有権移転ファイナンス・リース取引」と「所有権移転外ファイナンス・リース取引」に分類し、その判定基準について整理します。 1 概要 前回整理したように、リース取引は、ファイナンス・リース取引とオペレーティング・リース取引に分類され、「フルペイアウト」と「中途解約不能」という2つの条件を満たす場合、ファイナンス・リース取引と判定します。また、オペレーティング・リース取引はファイナンス・リース取引以外の取引となるのでした。 今回は、ファイナンス・リース取引に分類された取引を「所有権」に着目してさらに分類します。 まず、「リース契約上の諸条件に照らしてリース物件の所有権が借手に移転すると認められるもの」(「リース取引に関する会計基準」8)、を「所有権移転ファイナンス・リース取引」、それ以外の取引を「所有権移転外ファイナンス・リース取引」と分類します。 では、「リース契約上の諸条件に照らしてリース物件の所有権が借手に移転すると認められるもの」とは、具体的にどのように判定するのでしょうか。 2 所有権移転ファイナンス・リース取引の判定 具体的には、以下3つの条件のどれかに当てはまっていたら、所有権移転ファイナンス・リース取引と判定することになります。 1つ1つを具体的に見ていきましょう。 ① 所有権移転条項がある 1つ目は、「リース契約上、リース期間終了後又はリース期間の中途で、リース物件の所有権が借手に移転することとされているリース取引」(「リース取引に関する会計基準の適用指針」10(1))です。 つまり、契約書にリースの所有権が借手に移転すると記載されている取引のことを言います。この場合、リース期間の終了後や中途に、リース物件の所有権が移転することが決まっているので、所有権移転ファイナンス・リース取引として判定することになります。 ② 割安購入選択権がある 2つ目は、「リース契約上、借手に対して、リース期間終了後又はリース期間の中途で、名目的価額又はその行使時点のリース物件の価額に比して著しく有利な価額で買い取る権利が与えられており、その行使が確実に予想されるリース取引」(「リース取引に関する会計基準の適用指針」10(2))です。 例えば、リース期間の終了時に100万円の価値があるリース物件について、1万円で買い取る権利がある場合、借手は購入する選択をするでしょう。このような場合は、リース物件の所有権が借手に移転することが確実だと言えます。そのため、所有権移転ファイナンス・リース取引として判定します。 ③ 特別仕様物件である 最後は、「リース物件が、借手の用途等に合わせて特別の仕様により製作又は建設されたものであって、当該リース物件の返還後、貸手が第三者に再びリース又は売却することが困難であるため、その使用可能期間を通じて借手によってのみ使用されることが明らかなリース取引」(「リース取引に関する会計基準の適用指針」10(3))です。 つまり、リース物件が借手専用に作られており、リース物件をリース会社へ返還したとしても他社での利用が困難な場合があります。その場合は、リース物件がリース会社へ返還されず、借手以外はリース物件を使用しないと想定されるため、所有権が借手に移転すると言えるでしょう。よって、このような場合も所有権移転ファイナンス・リース取引として判定することになります。 3 所有権移転と所有権移転外の違い 同じファイナンス・リース取引ですが、所有権移転ファイナンス・リース取引は最終的に物件の所有権が借手に移ることから売買の性質が強いと言えるでしょう。一方、所有権移転外ファイナンス・リース取引は、リース期間中にリース物件を利用する権利を取得、つまり賃貸借の性質が強いと言えます。 このような違いから会計処理も少し異なります。会計処理については、今後の連載で取り上げて解説する予定です。 (了)
法人税、住民税及び事業税等に関する 会計基準を学ぶ 【第2回】 「法人税等の会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号。以下「法人税等会計基準」という)が示す法人税等の会計処理について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 法人税等の会計処理 1 基本的な考え方 所得に対する法人税、住民税及び事業税等の計上区分に関して、次の2つの考え方がある(法人税等会計基準29-2項)。 2022年改正後の法人税等会計基準では、税引前当期純利益と所得に対する法人税、住民税及び事業税等の間の税負担の対応関係を図ること、国際的な会計基準における処理との整合性を図ることを考慮し、①の考え方を採用している(法人税等会計基準29-3項)。 2 損益に計上する処理 当事業年度の所得等に対する法人税、住民税及び事業税等については、原則として、法令に従い算定した額(税務上の欠損金の繰戻しにより還付を請求する法人税額及び地方法人税額を含む)を損益に計上する(法人税等会計基準5項)。 「所得等に対する法人税、住民税及び事業税等」には、所得に対する法人税、地方法人税、住民税及び事業税(所得割)のほかに、住民税(均等割)及び事業税(付加価値割及び資本割)が含まれる(法人税等会計基準5項の注)。 3 株主資本、評価・換算差額等の区分に計上する処理 前述のとおり、当事業年度の所得等に対する法人税、住民税及び事業税等は、原則として損益に計上するが、次の場合には株主資本、評価・換算差額等の区分に計上する(法人税等会計基準5項、5-2項)。 具体的な会計処理については、法人税等会計基準の「[設例1] 評価・換算差額等に対して課税される場合」が参考になる。 株主資本に対して課される当事業年度の所得に対する法人税、住民税及び事業税等を純資産の部の株主資本の区分に計上する取扱い(法人税等会計基準5項(1)、5-2項(1))の例としては、次のものが考えられている(法人税等会計基準29-4項)。 その他の包括利益に対して課税される場合の例としては、次のものが考えられている(改正企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」等の公表の際の「本会計基準等の改正により影響を受けることが想定される企業」を参照)。 また、「本会計基準等の改正により影響を受けることが想定される企業」に関する(参考)として、次の例も示されている。 4 会計処理の例示 法人税等会計基準の[設例1]を参考にして、具体的な会計処理を示すと次のようになる。 前提条件は次のとおりである。下記は、その他有価証券評価差額金が課税所得に含まれ課税される場合という仮定を設けたうえでの例であることにご注意いただきたい。 〈その他有価証券の時価評価の仕訳〉 【計算式】 〈評価差額等に課される法人税、住民税及び事業税等の仕訳〉 【計算式】 会計処理は次のようになる。 5 例外的な会計処理 法人税等会計基準5項及び5-2項の定めにかかわらず(上記2及び3)、次のいずれかの場合には、該当する法人税、住民税及び事業税等を損益に計上することができる(法人税等会計基準5-3項)。 ②の例外的な定めを選択するか否かは、「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号)4項(1)に定める「会計方針」の選択に該当すると考えられている(法人税等会計基準29-7項)。 当該定めに該当する取引として、2022年改正の法人税等会計基準の開発時点においては、退職給付に関する取引が想定されている(法人税等会計基準29-7項)。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第38回】 「売り手が気にしたい財務状況のポイント(中編)」 ~経営指標の活用と、分析や見方のポイント①~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒売り手の財務状況や財務分析の見方を知り、良い売り手探しのヒントに役立てる。 売り手企業 ⇒売り手自身の財務状況の理解を深めて、改善とM&Aに向けたヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒売り手の財務状況のポイントをつかんで、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒売り手の財務状況の見方とポイントを知って、実務に役立てる。 1 経営指標を活用する 中小企業のM&Aでは、M&Aの成立に至る過程で必ず譲渡等の「価額」が登場します。「◯千万円」「◯億円」と提示がある際、価額は買い手側から売り手側に投げかけられる、売り手自身の価値に対するいわば評価額です。この評価にあたって、買い手側は決算などの会計情報からのみで価額を算定するわけではないですが、それでも、買い手側にとって決算は極めて重要な情報源となります。このため、M&Aでは決算書から得られる情報に対する買い手の関心は高いと思った方がよいでしょう。 そこで今回は、前回の内容を踏まえて、決算の情報に基づく主要な経営指標を活用しながら、売り手目線による分析や見方のポイントをご紹介します。 2 基本は資本利益率 元手をいかに効率的に業績へと結びつけられたかを知るために資本利益率を使います。資本利益率は、以下のように求めます。 利益はP/Lのフロー情報ですので会計期間に対応する一方で、資本はB/Sのストック情報ですので、期末の一時点にしか対応しません。そこで、両者を整合させるために、通常、2年分(2期分)の資本合計の平均値((資本+資本)/2)を求めて利益に対応させます。通常、前期末と当期末の資本平均ですので、言い換えると期首と期末の資本平均です。 なお、上場企業では、株主から見た効率性、収益性が重視されますので、資本利益率の中でもROE(株主資本利益率、自己資本利益率)が重視されますが、中小企業の場合は「株主=経営者」であることが多く、ROEを使用する意味はさほどないと思います。そこで、中小企業でよく使用されるのがROA(総資本利益率)です。分母にはB/Sの総資本(総資産)を、分子には、次の計算式のように営業利益、経常利益のいずれかを活用して求めるケースが多いです。 なぜ、資本利益率が基本かというと、売上高利益率と資本回転率の分解によって、さらに細分化された分析を可能にするための基礎となるからです。たとえば、経常利益による場合(便宜上、資本の平均や、×100(%)は無視します)、以下のように、元の式に売上高を加えることで、総資本経常利益率を、売上高経常利益率と総資本回転率に分解でき、利益効率と資本効率の両面からの分析を可能にします。違う角度から見ることで、これまで見えていなかった強みや弱みの発見などにつながるかもしれません。 前回ご紹介した「法人企業統計年報特集」令和3年度年報にある規模別主要財務営業比率表(全産業)によると、令和3年度の資本金規模別の総資本経常利益率と、これを分解した売上高経常利益率及び総資本回転率は次のとおりです。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (出典) 「法人企業統計年報特集(令和3年度)」をもとに筆者作成。 資本金1,000万円以上1億円未満の企業であれば、総資本経常利益率は約3%、売上高経常利益率は3~4%程度、総資本回転率は約1倍程度を上回るなら、業界平均より上にあるといえます。 ちなみに総資本回転率が1(回)という状態は、売上高=総資産(総資本)ですから、P/Lの売上高の金額と、B/Sの総資産の金額が同じという意味です。一般的に、資本集約的な企業では、総資本が膨らむ結果として総資本回転率は低くなりやすく、対して労働集約的な企業では高くなる傾向にあります。 このデータからわかるのは、総資本回転率はどの資本金規模でもおおよそ1回転が平均だということです。だとすると、総資本利益率は、売上高経常利益率に連動しやすく、総資本経常利益率を上げるには、売上高経常利益率を上げるのが効果的だとも読みとれます。このような傾向がわかると、何を意識して経営すればよいのか、たとえば売上高なのか、利益率なのか、それとも資本増強なのか、といったように、目標、管理する指標、勘定科目、数値への意識が変わり、財務面から経営を良くするヒントが得られます。 ただし、総資本利益率、売上高経常利益率、総資本回転率のいずれも、さらに業種によって平均値が異なります。ぜひ「法人企業統計年報特集」を中心にデータ、統計を積極活用して、業種別の指標などから、売り手が参考とするベンチマークを見つけるのがよいでしょう。 3 資本回転率の分解と回転期間 B/Sの総資本、言い換えると総資産は、B/Sの資産の部に並ぶ勘定科目の集合体と捉えれば、総資本回転率は各勘定科目の回転率に分解するのが可能です。 また、回転率は、以下のように回転期間に変換するのが可能です。 もちろん、回転率から回転期間を求めるようなやり方ではなく、回転期間を直接求めるのも可能です。例として、売掛金回転期間を直接求める方法は次のとおりです。 「2 基本は資本利益率」で説明したのと同様に、P/Lのフロー情報とB/Sのストック情報とを比較する経営指標を求める際は、ストックの売掛金の期首・期末平均によって疑似フロー情報に変換し、フロー情報と対応させるのが基本です。ただし、売掛金や棚卸資産の期末残高そのものを重視して、その回転期間を知りたいという明確な目的があれば、あえて、平均値によらずに、B/Sの期末残高を使って分析するケースも実務上は多く見られます。 また、回転率、回転期間分析に関して、棚卸資産と買掛金については売上高との対応関係ではなく売上原価との対応関係で分析する場合があります。たとえば、棚卸資産の場合、通常、売価ではなく原価ベースで会計上の記録が行われる関係で、対応させるP/Lの値も原価ベースの売上原価の方が売価ベースの売上高よりもマッチしやすいなどの理由によります。 買い手にとって、売掛金回転期間(又は回転率)は、得意先からの代金回収の滞留可能性の確認、棚卸資産回転期間(又は回転率)は、在庫の販売可能性の確認ができますので、M&Aにあたって、売り手の経営状況を把握するための重要指標の1つです。 売り手にとっても、これらの指標が悪化すればキャッシュ・フローが滞る結果として買い手からの印象が悪くなります。実務上は、買掛金回転期間を加えた3種の回転期間(又は回転率)の悪化を防ぎ、改善させることが財務戦略上重要となります。 これに関連して、CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)の考え方を知っておくと便利です。 実務上は、売掛金や買掛金よりも概念の広い売上債権と仕入債務を対象として求めるケースが多く、通常、CCCの回転期間は上記のとおり日数ベースで求めます。 この日数が長くなるほど、キャッシュ化されるまでの期間が長くなりますので、資金繰りが弱く、手元資金不足の不安、運転資金を回す力が弱いといったマイナスの判断をされる可能性が高まります。中小企業の場合、得意先に入金を早めるように交渉するのは大変かもしれませんが、運転資金の安定を図ることは資金調達とのバランスを考える上でも重要ですので軽視は禁物です。 次回も、今回ご紹介できなかった経営指標、特にB/Sの数値間の関係を活かした主な指標を中心に、売り手目線での分析や見方のポイントをご紹介します。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第8回】 「従業員の電子メールのモニタリングは可能か」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 当社従業員が社内メールを利用して、取引先に対して当社の秘密情報を漏えいしているとの告発がありました。 そこで当社としては、以下の就業規則に基づき、事前同意なしにこの従業員の電子メールの内容等を監視・閲覧しようと考えています。 このような監視・閲覧行為をするうえで、法的に留意すべきことがあれば教えてください。 〈当社就業規則〉 〔A〕 事前同意なしに従業員の電子メールの内容等を監視・閲覧しただけで、直ちに違法と判断されるわけではありません。 ただし、合理的必要性がないのにモニタリングした場合、プライバシー権の侵害により、違法と判断される可能性があります。 本件では、実際に秘密情報が漏えいしたこと、当該秘密情報の漏えいに当該従業員が関わっていることについて合理的疑いがあることが必要と考えられます。 単なる憶測レベルで、本人の同意なしに社内メールの監視・閲覧をするのは、プライバシー制約の程度によっては、プライバシー権の侵害により違法と判断されるリスクがあります。 また、モニタリングの範囲についても工夫が必要です。秘密情報を漏えいした時期が特定できる場合、まずその前後の時期を対象とし、その調査結果を踏まえて、調査対象を拡張すべきかどうか検討することになります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 モニタリングの可否についての判断基準 従業員が社内メールを家族、友人、恋人とのメールのやり取り等私的に使用する可能性がある。このような私的使用されたメールについて、事前同意なしにモニタリングした場合、従業員のプライバシー権の侵害の問題は生じないだろうか。 この点については、監視目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益を比較衡量のうえ、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害になると判断されている(東京地判平成13年12月3日)。 つまり、事前同意なしに私的なメールのやり取りを閲覧・監視したというだけで、直ちに違法と判断されるわけではなく、モニタリングの必要性等を考慮して、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に、違法と判断される。 2 モニタリングが違法と判断される可能性が高いケース 以下①から③のようなケースでは、事前同意のないモニタリングが違法と判断される可能性が高い(東京地判平成13年12月3日)。 上記より権限がない者による監視、合理的必要性がない監視については、違法と判断される可能性が高いことが分かる。 3 モニタリングが適法と判断されたケース 裁判所で事前同意なしに社内メールをモニタリングすることが適法と判断されたケースは、以下の①から③のとおりである。 事例ごとに留意すべきポイントを解説する。 上記①から③のとおり、就業規則違反をしていると考えられる合理的な疑いがあり、かつ就業規則違反の有無を調査する目的の範囲内であれば、社内メールのモニタリングそのものは、適法と判断されている。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例50】 「区分所有建物の滞納管理費を回収する場合の諸問題」 -区分所有者に成年後見人が選任されていない事例- 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - マンションの区分所有者の1人であるAは、認知症が悪化したため、マンションを出て特別養護老人ホームで生活しています。Aは、マンションの管理費を3年分滞納したことから、管理人Bは、Aに対して滞納管理費の支払を求めて訴訟を提起し認容されましたが、Aから支払を受けられない状況が続いています。滞納額は現在も増加しており、350万円を超えているため、BはAの区分所有権を競売で売却することを考えています。Aの区分所有権の査定額は300万円程度です。 Aは成年後見人を選任するのが相当な状況にありますが、成年後見人は選任されていないとのことです。このような場合に、どのようなことに注意して滞納管理費の回収を図るべきでしょうか。 1 はじめに 区分所有建物の管理費が支払われない場合に、これを回収する手段の1つに、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)第59条の競売請求がある。本事例では、区分所有者が認知症を患っている場合に、当該競売請求をする際の法律上の問題点について検討することとする。 2 管理費の滞納と共同利益違反行為 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為(以下「共同利益違反行為」という)をしてはならない義務を負う(区分所有法第6条第1項)。管理費の滞納が共同利益違反行為に該当することの意味は、他の区分所有者が区分所有法第59条に規定する区分所有権の競売請求を行うことが可能となる点にあるところ、管理費の滞納期間が長期にわたり、その額も多額に及ぶような場合には共同利益違反行為に該当するものと解されている。 3 区分所有法第59条の競売請求 (1) 区分所有法第59条の競売請求の要件 区分所有法第59条の実体的要件は、①共同利益違反行為又はそのおそれがあること、②これによる共同生活上の障害が著しいこと、③他の方法によってはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であること(補充性)である(同条第1項)。また、手続的要件は、競売請求の訴えを提起することについて、集会の特別決議(区分所有者及び議決権の各4分の3以上)を経ることである(同法第59条第2項、同法第58条第2項)。 上記各要件を満たす場合に、区分所有者の全員又は管理組合法人は、競売請求の訴えを提起することができる。また、集会の普通決議があれば、管理者又は集会で指定された区分所有者が訴えを提起することもできる(同法第59条第2項、同法第57条第3項)。 競売請求の裁判後の競売によって、第三者が区分所有権を取得した場合、当該取得者は同法第8条に基づいて管理費を滞納する区分所有者と連帯して滞納管理費の支払義務を負うため、訴えを提起した区分所有者等は当該取得者から滞納管理費の弁済を受けることができる。 (2) 実体的要件について 裁判例においては、実体的要件①と②は一体的に判断される傾向にあるところ、管理費の滞納が長期・多額に及んでおり、今後の支払を期待できず、今後も滞納額が増大する可能性があるような場合には、これらの各要件を満たすことになる。実際には競売請求の訴え提起前に、滞納管理費の支払請求訴訟等を経ている場合も少なからずあり、それにもかかわらず滞納管理費の弁済を得られていない事情がある場合には、実体的要件①と②を積極的に基礎付けることになる。 実体的要件③にいう「他の方法」は、一般的には区分所有法第57条に基づく共同利益違反行為の停止請求、同法第58条に基づく専有部分の使用禁止請求、同法第7条に基づく先取特権の行使をいうものとされている。もっとも、管理費の滞納事案の場合、同法第57条に基づく停止請求は、滞納管理費の支払請求を意味するため独自の意味を有さない。また、同法第58条に基づいて専有部分の使用を禁止したからといって、滞納管理費の支払を得られる関係にもない。そのため、管理費の滞納事案において、補充性を満たすかどうかは、同法第7条の先取特権の行使の可否によることになる。 先取特権を実行するためには競売申立てをする必要があるところ、同条の競売手続には無剰余取消し(民事執行法第188条、同法第63条)が適用されるため、買受可能価額が先取特権に優先する債権や手続費用の合計額に満たない場合、競売手続は取り消されることになる。一方で、区分所有法第59条の競売請求の趣旨は、共同利益違反行為をした区分所有者の区分所有権を競売を通じてはく奪すること自体にあるから、無剰余取消しの規定は適用されず、たとえ無剰余であっても競売手続は取り消されないものと解されている(東京高決平成16年5月20日判タ1210-170等)。つまり、同法第7条の先取特権を行使しても無剰余によって競売手続が取り消される場合には、他に方法がないため実体的要件③の補充性を満たすことになる。 なお、区分所有法第7条の先取特権に基づく競売手続が無剰余によって現実に取り消される必要はなく、競売を申し立てたとしても無剰余取消しとなる可能性が客観的に認められるような事情があれば、補充性の要件を満たすものと解されている(東京地判平成17年5月13日判タ1218-311等)。 (3) 手続的要件について 区分所有者は、競売請求の訴えが認められた場合には、その後の競売によって区分所有権をはく奪される重大な不利益を受けることから、事前の手続保障として、当該区分所有者に反論の機会を与えるべきである。そこで、集会の特別決議に際して、当該区分所有者に対し弁明の機会を与えなければならない(区分所有法第59条第2項、同法第58条第3項)。 弁明の機会を付与した上記の趣旨からすると、弁明の機会は当該区分所有者に対して確実に与える必要があり、単に形式的に当該区分所有者の住所地に弁明の機会を付与する旨の通知が届けられただけでは足りず、その内容を了解することができる能力を有していることが必要である(札幌地判平成31年1月22日判タ1468-180。たとえば、成年後見人が選任されている場合には、当該成年後見人に弁明の機会を付与することになる)。 問題は、成年後見人等の法定代理人が選任されるべき常況にあるにもかかわらず、選任されていない場合である。区分所有者や管理人には、民法上、成年後見人等を選任する申立権が認められていないからである。このような場合には、当該区分所有者の親族や、各種の特別法上の要件を満たす場合に申立権の認められている市町村長に働きかけを行わざるを得ないものと思われる。 4 本件について Aの滞納期間は少なくとも3年以上続いており、その額も350万円に及んでいる。Bは滞納管理費支払訴訟を経てもAから支払を受けられておらず、今後も任意の支払を期待できない状況にあることから、区分所有法第59条の実体的要件①と②を満たしているものと考えられる。また、Aの区分所有権の評価額は滞納額を下回っており、同法第7条の先取特権として競売を申し立てても無剰余取消しとなる可能性が高いことから、実体的要件③を満たすものと考えられる。 一方で、Aは、認知症によって事理を弁識する能力を欠く常況にあり(民法第7条)、弁明の機会の通知内容を了解できる能力を欠いている。そのため、成年後見人が選任されることなく集会決議がされた場合、当該決議は無効となるおそれがある。そこで、管理人Bは、Aの親族等や特別法上の要件を満たす場合に申立権が認められている市町村長に対して成年後見人の選任申立等を働きかけていくべきであろう。 (了)