〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第12回】 「相続税法第32条第1項柱書の更正の請求期限における「事由が生じたことを知った日」とはいつか」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 大阪国税不服審判所平成29年1月6日裁決(TAINSコード:F0-3-544) (1) 事実関係の概要 (2) 請求人らの主張の概要 (3) 「事由が生じたことを知った日」の審判所の判断の概要 (4) 請求人の主張の排斥 相続税法施行令第4条の2第1項の規定は、配偶者に対する相続税額の軽減特例に係る相続税法第19条の2第2項に規定する「分割できることとなった日」について定めたものであり、小規模宅地等の特例に係る租税特別措置法第69条の4第4項に規定する「分割できることとなった日」について定める政令である租税特別措置法施行令第40条の2第13項(現在は第23項)の規定により準用されるものであるが、相続税法第32条第1項において規定する「当該事由が生じたことを知った日」について定めるものではないから、請求人らの主張は論拠を欠く。 2 特例の適用要件との混同 本件は一見して請求人らの主張が正しいようにも窺えるが、請求人らの主張は「通常は法定申告期限までに分割されていない場合には適用がない小規模宅地等の特例(配偶者に対する相続税額の軽減特例)が法定申告期限後にも例外的に適用できる期間の起算日に係る要件」に係るものであって、同特例を適用したことによる更正の請求期限に係るものではない。 本件は、請求人ら(又は関与税理士)が、本件各更正請求をする前段階から「分割できることとなった日」と「当該事由が生じたことを知った日」を同義と信じて疑わなかったのか、あるいは、平成28年2月29日までの提出を失念したことからあえて(負け戦を覚悟で)両者を同義と解して平成28年3月4日に提出したのかは不明である。 しかし、両者は同一日であるケースが通常であり、ともに「・・・日の翌日から4月以内」という規定ぶりからしても、相続税法と租税特別措置法をまたぐ準用規定が関係する中で、両者を同義と誤信することもあり得なくはないし、本件のような調停(審判)外の任意の遺産分割協議の妥結という類型まで法令が想定していなかったのかもしれない。 いずれにせよ、本件に限らず、期限の起算日が「知った日」など必ずしも客観的に明らかにならないような場合には、早期に税務に関する手続を処理しておくに越したことはないことを教訓とする裁決である。 (了)
租税争訟レポート 【第70回】 「還付金等請求事件~偽造された委任状に基づく還付金支払の効力 (東京地方裁判所令和3年8月24日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 原告は、大和税務署長に対して相続税の更正の請求を行い、これに対する更正がされたことにより過誤納金及び還付加算金合計1,058万5,275円に係る還付請求権を取得したところ、本件還付請求権の行使について、相続人の1人である被告Y1は、原告の同意を得ずに、原告名義の被告Y1宛ての本件還付金の受領に係る委任状を作成し、被告Y2税理士法人(以下、「被告税理士法人」という)を通じて大和税務署長に提出した結果、被告国は、本来原告に対して支払うべき本件還付金を被告Y1に支払った。 本件は、原告が、本件支払は還付金受領に係る代理権を有しない者に対してされたため効力がなく、還付請求権は消滅していないと主張して、被告国に対し、国税通則法56条1項に基づき、還付金1,058万5,275円及びこれに対する平成28年10月26日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告Y1及び被告税理士法人に対して、共同不法行為に基づき、還付金の額に弁護士費用105万円を加えた損害金1,163万5,275円及びこれに対する不法行為の後の日である平成28年10月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 【事実関係の経緯】 判決から、事実関係を時系列に沿ってまとめておきたい。 【東京地方裁判所による判決の概要】 1 争点 2 東京地方裁判所の判断 東京地方裁判所は、判断の冒頭で、次のように明確に判示した後に、それぞれの理由を述べている。 (1) 被告Y1の不法行為責任(本件還付金の受領に係る事務管理の成否)について〔争点1〕 裁判所は、被告Y1が原告の承諾を得ずに、原告名義の委任状を偽造し、大和税務署長から還付金を受領したことは、当事者間に争いがないとしたうえで、原告は自ら更正の請求を行い、自己名義の銀行口座を受取口座として指定して、還付金を自ら受領しようとしており、還付金の受領という事務を被告Y1が行うことについては、原告にとって何らの必要性はなく、被告Y1の行為が原告の意思及び利益に反することは明らかというべきであるという判断を示した。 また、被告Y1による修正申告と原告の追納分の立替払いによって、原告は還付金を受領することができたとする主張に対しては、裁判所は、被告Y1が、修正申告に当たり原告名義の被告税理士法人宛ての税務代理権限証書を作成したことや原告追納分の立替払をしたことが、原告が還付を受けるために必要な事務であり、これらの事務に関して事務管理が成立する余地があるとしても、還付金の受領についてまで被告Y1が原告に代わって行う必要性はなかったのであるから、被告Y1の主張は還付金の受領に関する事務管理の成立を認める理由とはならないとして、被告Y1は、原告の還付金を受領した行為について不法行為責任を免れないと結論づけた。 (2) 被告税理士法人の不法行為責任について〔争点2〕 裁判所は、修正申告に先立ち、被告Y1が原告らに送付した提案書には、相続人ら全 員の追納税額と還付金額との差額から諸費用を控除した残額を均等に分配するという等分案が記載されており、原告からは、これに賛同する旨の書面は送られてこなかったものの、等分案に反対するような反応も見られなかったことから、被告税理士法人において、被告Y1から原告の口頭承諾があったと聞いて、これを信じたとしても、不合理であるとはいえないこと、提案書における等分案につき原告らが承諾したことを前提とすると、修正申告により原告らが追納すべき相続税を被告Y1が立替払し、受けるべき還付金を被告Y1が一括して受領することには相応の合理性があるといえるから、被告税理士法人が、原告から委任状への押印を得ることを被告Y1に依頼し、被告Y1から返送された委任状における原告名の押印が原告の意思に基づくものであると信じてそのままこれを大和税務署に提出したことは、ごく自然な流れであったということができるという判断を示したうえで、被告税理士法人は原告主張の不法行為責任を負わないから、原告の被告税理士法人に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないと結論づけた。 (3) 本件還付請求権の存否(本件支払に係る被告国の善意無過失)について〔争点3〕 裁判所は、結論として、本件支払をした被告国(大和税務署長)において、被告Y1が本件還付金の受領権限を有していなかったことにつき悪意であったことを認めるに足りる証拠はないという判断を示した。そのうえで、被告国(大和税務署長)における過失の有無については、①原告が自ら作成した更正請求書には、還付金の受取口座を原告名義の銀行口座とする旨の記載がある一方で、共同相続人である被告Y1が提出した書類の記載のすべてを援用する旨の記載があったこと、②その後に被告税理士法人により提出された修正申告書には、原告が被告税理士法人に税務代理を委任する旨の本件権限証書が添付されるとともに、Cに係る還付金額について被告Y1が受領する旨の記載があったこと、③これらの事実関係を踏まえ、大和税務署長(同税務署の担当者)は、被告税理士法人に対し、還付金の受領に係る委任の意思を明らかにするための委任状の提出を求めたこと、④これを受けて、被告税理士法人から委任状が提出されたことという認定事実を列挙したうえで、委任状における原告名の押印が原告の意思に反してされた可能性を疑うべき事情は、上記(2)で述べたように、被告税理士法人との関係でも認められないところ、大和税務署長との関係でこのような事情があったとは尚更認め難いとして、大和税務署長において支払をしたことには過失も認めることができず、被告国は支払について善意無過失であったと判示した。 さらに裁判所は、被告国は、被告Y1が還付金の受領権限を有していなかったことについて善意であり、かつそのことに過失はないと認められるから、その支払は、債権の準占有者に対する弁済について定める民法478条により弁済としての効力を有し、これにより還付請求権は消滅したものであるから、原告の被告国に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないと結論づけた。 (4) 原告の損害について〔争点4〕 裁判所は、被告Y1の本件不法行為により、原告は、還付請求権を失うこととなったから、還付金額1,058万5,275円を損害として認めるとともに、原告が被告Y1に対する損害賠償請求権を行使するために相当因果関係のある弁護士費用は、損害金の1割に相当する105万円であると認め、被告Y1の不法行為による原告の損害額は、合計1,163万5,275円となるという判断を示した。 また、裁判所は、被告Y1による、原告追納分の立替払について損益相殺をすべきであるという主張については、この立替払による原告の利得は、被告Y1による還付金の受領という不法行為と同じ原因によって生じたものではないから、損益相殺をすることはできないと斥けた。 (5) 本件供託の効力について〔争点5〕 裁判所は、被告Y1による供託について、原告の被告Y1に対する損害賠償請求の範囲は、遅延損害金を考慮しなくても1,163万5,275円に及ぶところ、被告Y1が弁済を申し出て実際に供託した金額は、還付金額と原告追納分の立替払金額との差額及びその利息の合計額である670万6,383円にすぎないから、供託による免責の効力は生じないとの結論を述べ、被告Y1の主張を斥けた。 【解説】 母親が亡くなったのが、平成20年9月。そこから、父親の死亡を挟んで、東京高等裁判所により遺産分割が確定するまでに7年5ヶ月を要し、さらに、相続税の更正の請求により生じた還付金の受領をめぐって争いが生じた結果、提起された訴訟の判決まで5年6ヶ月あまり。実の兄弟である原告と被告Y1は、合計13年間、争いを続けてきたことになる。原告自ら、更正請求書に「争続」と記載することとなった争いの原因は、遺産分割協議の不調であるが、残念ながら、東京高等裁判所が、どのような遺産分割を確定させたか、判決文では触れられていない。 1 共同相続人Y1の提出の書類の記載のすべてを援用 判決によれば、原告が、平成28年6月18日、大和税務署長に対して行った、第1次相続に係る原告の父親の相続税についての更正の請求では、更正を求める課税価格や税額は具体的に記載されておらず、根拠となる資料の添付もなく、「添付した書類」欄に「共同相続人Y1の提出の書類の記載のすべてを援用する」との記載があり、さらに、更正請求書の「更正の請求をするに至った事情の詳細、その他参考となるべき事項」の欄には、「争続のため、資料がなく、資料の調査、添付、計算、記載ができない」と記載されていたということである。 大和税務署は、こうした原告本人による更正の請求を受けて、更正処分を行っている。つまり、共同相続人において、更正の請求が可能である原因さえわかっていれば、他の共同相続人が提出した更正請求書を援用することによって、具体的な更正の請求内容が不明であっても、更正の請求を行うことは可能であるということは理解しておきたい。 2 被告に国(大和税務署)を加える訴訟戦略 判決を読んでいて考えさせられたのは、原告側が、被告に国を加えた訴訟戦略が功を奏したのではないかという点である。原告が提出した更正請求書は、被告Y1らが提出した更正請求書及び修正申告書の内容を援用するとしているうえ、原告名義の委任状がそろっている以上、大和税務署が還付金を被告Y1に支払った行為に過失がないことは明らかである。にもかかわらず、あえて、国を被告に加えることによって、すべての不法行為責任を被告Y1に負わせることに成功したのではないかと、思料した次第である。 3 被告Y1による提案の不合理さ 〔争点1〕に対する被告Y1の主張の中で、被告Y1が原告ら相続人に対して送った提案書の内容について、次のように説明している。 判決では、原告が受領すべき還付金は1,058万5,275円であることが明示されていることから、被告Y1による「頭割り」の提案を、原告が受け入れる気になれないだろうことは推察できる。この点、被告税理士法人が、被告Y1の提案をどのように認識していたのかは、判決では触れられていないが、およそ原告にとって合理的とはいえない提案を原告が受け入れたとする被告Y1の説明を鵜呑みにした判断には疑問が残る。 (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第11回】 「貸手のリース取引の会計処理」 公認会計士・税理士 喜多 弘美 これまで、セール・アンド・リースバック取引や転リース取引も含めて、リース取引の借手の会計処理を扱ってきました。今回は、リース取引の貸手の会計処理について、見ていきます。 1 貸手から見たリース取引 (1) 貸手はだれ? リース取引の貸手は、【第3回】「リース取引の流れ」で使用した図の中の「リース会社」です。つまり、今回の主役はリース会社になります。 (2) リース会社から見たリース取引 リース会社は、ユーザーに代わり、サプライヤーからリース物件を購入し、リース物件をユーザーに引き渡します。今まで見てきたように、リース会社とユーザーのリース契約は、売買取引としての性格を持っています。 また、お金の流れを見ると、リース会社はサプライヤーへリース物件の代金を支払い、本来、代金を支払うはずだったユーザーからリース料を受け取ります。ユーザーから受け取るリース料は、リース物件の代金をユーザーから回収していることになり、金融取引としての性格を持っています。 このように、リース会社から見たリース取引は、売買取引と金融取引の性格を持っていることになります。 2 貸手の会計処理 (1) 所有権移転ファイナンス・リース取引の会計処理 所有権移転ファイナンス・リース取引の貸手の会計処理は、取引実態に応じて、次の3つの方法のどれかを選択することになっています。 それでは、①~③の方法について、設例を用いて、仕訳と一緒に確認します。 【設例】 ① リース取引開始日に売上高と売上原価を計上する方法 1つ目は、リース取引開始日にリース料総額を売上高として計上する方法です。主に、製造業、卸売業等を営む企業が製品又は商品を販売する手法としてリース取引を利用する場合を想定しています。これは、リース会社から見たリース取引が持つ2つの性格(売買取引と金融取引)のうち、売買取引の性格を重視した方法です。 (ア) リース取引開始日 リース取引開始日に、リース料総額で売上高を計上し、同額でリース債権を計上します。 また、リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供するために支払う付随費用を含めます)により売上原価を計上します。 (イ) リース料受取時(1年目) リース料を受け取る時に、リース債権を減らします。 (ウ) 決算時(1年目) リース取引開始日に計算された売上高と売上原価との差額を利息相当額として扱います。つまり、今回の【設例】では、900万円(=売上高5,000万円-売上原価4,100万円)が利息相当額になります。 リース期間中の各期末において、リース取引開始日に計算された利息相当額の総額のうち、各期末日後に対応する利益は繰り延べます。 【設例】では、リース取引開始日に計算された利息相当額900万円のうち、2年目以降の利益613万円(=利息相当額900万円-1年目の利息287万円)を繰り延べることになります。 ② リース料受取時に売上高と売上原価を計上する方法 2つ目は、リース期間中の各期に受け取るリース料(以下、「受取リース料」といいます)を売上高として計上する方法で、割賦販売の処理を想定しています。これは、リース会社から見たリース取引が持つ2つの性格(売買取引と金融取引)どちらも重視した方法です。 (ア) リース取引開始日 リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供するために支払う付随費用を含めます)により、リース債権を計上します。 上記仕訳は、リース物件を購入し、その購入した資産をそのままユーザーへ譲渡した仕訳の2つに分解することができます。 (イ) リース料受取時(1年目) 各期の受取リース料を各期において売上高として計上し、当該金額からリース期間中の各期に配分された利息相当額を差し引いた額をリース物件の売上原価として処理します。 【設例】では、713万円(=1年目の受取リース料1,000万円-1年目の利息相当額287万円)を売上原価として計上します。 ③ 売上高を計上せずに利息相当額を各期へ配分する方法 3つ目は、売上高を計上せず、利益の配分のみを行う方法です。リース会社から見たリース取引が持つ2つの性格(売買取引と金融取引)のうち、金融取引の性格を重視した方法になります。 (ア) リース取引開始日 リース取引開始日に、リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供するために支払う付随費用を含めます)により、リース債権を計上します。 (イ) リース料受取時(1年目) 各期の受取リース料を利息相当額とリース債権の元本回収とに区分し、受取リース料を各期の損益として、利息相当額をリース債権の元本回収額として処理します。 【設例】では、1年目の利息相当額が287万円のため、713万円(=受取リース料1,000万円-1年目の利息相当額287万円)が元本回収になります。 * * * 所有権移転ファイナンス・リース取引の貸手の会計処理について、3つの方法を見てきました。どの方法を採用しても毎年の貸借対照表の結果は同じ、また、損益計算書も勘定科目(売上高、売上原価、受取利息)に違いはありますが当期純利益に与える影響額は同じになります。 ただし、選択した方法は継続的に適用する必要があります。また、①又は②の方法を採用する場合は、割賦販売取引において採用している方法との整合性を考慮し、いずれかの方法を選択します。 (2) 所有権移転外ファイナンス・リース取引の会計処理 所有権移転外・ファイナンス・リース取引の会計処理も、(1)の所有権移転ファイナンス・リース取引とほぼ同じですが、以下3点が異なります。 (3) オペレーティング・リース取引の会計処理 オペレーティング・リース取引は、借手と同じく、「賃貸借処理」に係る方法に準じて会計処理をします。貸手がリース物件を所有することになるので、貸手はリース物件を購入価額で固定資産として計上し、受取リース料を売上高として計上します。また、固定資産は減価償却し、減価償却費は売上原価に計上することになります。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第44回】 「仲介者や金融機関から好まれる買い手の条件」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒仲介者や金融機関から好まれる買い手の条件を知って対応に活かす。 売り手企業 ⇒仲介者や金融機関から好まれる買い手の条件を知ってヒントにする。 支援機関(第三者) ⇒買い手との良好な信頼関係づくりに役立てる。 その他の対象者 ⇒仲介者や金融機関から好まれる買い手の条件を理解する。 1 細かい要望や要求は買い手にマイナス作用 中小企業M&Aにおける買い手(候補)企業(以下、「買い手」といいます)と仲介者や金融機関(以下、「仲介・金融機関」といいます)との関係は、仲介・金融機関が買い手に仲介・紹介案件を提案、推奨し、買い手が仲介・金融機関に要望、要求をするのが一般的です。 買い手の立場からすれば、M&Aは大きな買い物となりますので、M&Aの検討にあたっては、たとえば以下の点が気になります。 さらに、細かく探っていくと、以下の項目なども気になるでしょうが、挙げだすときりがありません。 もうおわかりと思いますが、これらすべてに満足できるような売り手(候補)企業など見つかるはずもなく、仮にあったとすれば、手に届かないほどの譲渡価額でないとM&Aは成就しないはずです。なぜなら、それほどの魅力的な売り手であれば、他社からも需要があるためです。 調査や統計上明らかになっているわけではないので確実な情報ではありませんが、買い手から売り手に対する要望、要求が多いほど、結局、買い手にとって満足な候補先が現れず、口ではM&Aする、M&Aしたいと言っておきながら、たったの1度もM&Aしない中小企業は多いと思われますし、実際にそのような企業もあります。 2 仲介・金融機関に対して買い手のとるべき好ましい姿勢 仲介・金融機関はおそらく、何度か提案、紹介して買い手がこのような態度なら、そのうち、離れていくでしょう。彼らは、商売上の観点から買い手に接触するかもしれませんが、現在、中小企業のM&Aマーケットは、どちらかというと買い手の候補企業がたくさんいる割に売り手の候補企業が少ない状況にあります。なので、仲介・金融機関としては、無理をしてまで買い手企業を探さなくてもよい状況ともいえます。それなのに、わざわざ買い手に接触してくるということは、商売を念頭に置いている一方で、地域のため、親切心で、期待感から、紹介、提案しようと買い手に近づいているかもしれません。 買い手候補となりうる皆さんが少しでもM&Aに興味があるなら、仲介・金融機関の話を聞かずに、一方的にこちら側の要望、要求を押し付けるのではなく、たとえば、次の問いかけをするとよいでしょう。 単にM&Aをさせたい、M&Aの手数料がほしい、M&Aに関連する融資を付けたいなどの理由が透けて見えるようであれば断ればよいです。しかし、買い手をよく理解したうえで、買い手企業のためになると思って近寄ってきているとわかる場合は、話に乗ってみる価値はあります。買い手と見込まれるほどの企業の経営者であれば、仲介・金融機関の担当者と少し話せば、信用に足る企業や人物かがわかる目利き力をお持ちなのではないでしょうか。 しかし、言いなりになってよいわけではありません。M&Aを実行して、M&A後の会社を回していくのは買い手自身です。うまくいかない場合に、あのとき勧めた仲介・金融機関のせいだと他人に責任を転嫁するのは簡単ですが、それは結局買い手自身が招いた結果です。 こうした点を踏まえて、買い手の立場で、何が譲れない条件で、何が譲歩できる点かをはっきりと伝えられると、仲介・金融機関から、良い情報を引き出しやすくなります。 1を含めた情報を整理すると、売り手に対する要望や要求ばかりの買い手は仲介・金融機関から敬遠されやすい、かといって、言いなりの買い手だと、仲介・金融機関から見て危なっかしく、無責任とみなされる恐れがあります。 よって、M&A案件の紹介や提案には歓迎の姿勢を示しつつ、譲れる条件・譲れない条件を明示、主張する、その上で、対象を広げ過ぎず、かといって狭め過ぎずに、良い案件であれば基本的に応じる企業姿勢でいるのが仲介・金融機関から好まれる買い手といえそうです。 3 譲渡価額への強いこだわりは災いになりうる 1でも触れたように、買い手からの要望や要求があまりに多いか、あまりに細かいと、M&Aがなかなか進みません。なかでも、譲渡価額の高低が案件成立を左右する場合に、最終的に価額面で折り合わずに案件が成立しないのは残念です。売り手はなるべく高く、買い手はなるべく安く売買しようという気持ちになるのは自然ですので、買い手は安くて良い案件に心を奪われます。 しかし、安いのは譲渡価額のみであって、M&A後のコストが大きい、つまり、潜在的なコストが膨らむ可能性がある点には注意が必要です。 M&Aしたら人材が流出した、固定資産の入替えが必要だった、システム投資を検討しなければならなかった等々、M&A後のキャッシュアウトや負担の可能性をM&Aの段階で見積もっておかなければなりませんが、これを怠ると、見かけの譲渡価額、入口の譲渡価額に翻弄されてしまいます。 買い手がもっとも考えなくてはならないのは、譲渡価額ではなくて、売り手と一緒になった後の会社をどうしたいか、なぜその企業とのM&Aを望むのかという目的、目標感と整合するM&Aかどうかです。譲渡価額は確かに大事ですが、最優先事項ではありません。 もし、譲渡価額にこだわってしまうと、希望価額を上回ったら候補から外れてしまいます。すると、相性の良い相手をみすみす逃してしまう可能性もありますから、結果として、本来の目的から大きく外れていきます。 譲渡価額は売り手にも買い手にも重要事項ですが、買い手にとっては、目先の譲渡価額が高い、安いにつられてしまい、重大な選択誤りに気づかない恐れがあります。 このタイプの買い手は仲介・金融機関にとっても厄介で、価額面で折り合いのつかないM&Aを取りまとめるのは苦労します。 繰り返しますが、M&Aには譲渡価額よりも大事な論点がたくさんあります。本当にこだわるべきは譲渡価額ではないと割り切れる買い手なら、仲介・金融機関から好まれる可能性もアップします。 次回も、仲介者や金融機関が当事者となりますが、前回の【第43回】、今回の【第44回】と異なり、仲介者や金融機関の視点、つまり、M&Aの第三者として関わる当事者としての視点で、彼らが好む特徴や条件にフォーカスして解説したいと思います。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第14回】 「取締役会議事録をPDFファイル等で作成できるか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 当社は、遠方の取締役もいるので、取締役会をWeb会議により開催しようと考えています。この場合、取締役会議事録をPDFファイル等の電磁的記録により作成する予定ですが、可能でしょうか。 もし電磁的記録で取締役会議事録を作成する場合、署名又は記名押印は、どうすればよいのでしょうか。 また、実際に出席した取締役等との関係では書面の議事録を作成し、Web会議により出席した取締役等との関係では電磁的記録の議事録を作成することはできるのでしょうか。 〔A〕 取締役議事録をPDFファイル等の電磁的記録で作成することは可能です。 電磁的記録で取締役会議事録を作成する場合、出席取締役等の電子署名が必要となります。 出席取締役等の電子署名については、2020年、国の解釈変更により、一定の条件で電子契約サービス事業者等が提供する電子契約サービスも利用できるようになりました。これまでより、電子署名を利用しやすくなったのです。 なお、書面の議事録と電磁的記録の議事録を別々に作成した場合、商業登記の際に添付資料として利用できないので、注意が必要です。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 取締役会議事録について 結論から言えば、取締役議事録をPDFファイル等の電磁的記録で作成することは可能だ。 取締役会議事録とは、取締役会が開催された日時及び場所、取締役会の議事の経過の要領及びその結果などを記録した書類のことである(会社法施行規則101条3項、4項)。 取締役会設置会社の場合、取締役会議事録を作成して、取締役会の会議の内容を記録しなければならない(会社法369条3項)。 この取締役会議事録については、書面だけでなく、電磁的記録により作成することもできる(会社法369条3項、会社法施行規則101条2項)。 ここでいう「電磁的記録」とは、磁気テープ、ICカード、CD-ROM、DVD-ROM、ハードディスクなどにデータを記録したものを意味する(会社法26条2項、会社法施行規則224条)。 パソコンのハードディスクに、取締役会議事録をPDF形式で保存した場合、「電磁的記録」により作成したと考えてよい。 2 署名又は記名押印について 書面により議事録を作成した場合、署名又は記名押印する必要があるが(会社法369条3項)、電磁的記録の場合、どうすればよいのか。 この点について、会社法上、電磁的記録により議事録を作成した場合、取締役会に出席した取締役・監査役は「電子署名」しなければならないとされている。(会社法369条4項、会社法施行規則225条1項6号)。 ここで、「電子署名」も含む署名等の持つ法的意味についても、説明する。 署名等については、議事録の記載を確認せずに、司法書士任せにしている取締役が多いのが実情だ。しかし署名等の意味を安易に考えてはならない。 署名等をしたことにより、議事録に異議をとどめない限り、記載された決議に賛成したことが推定される(会社法369条5項)。取締役議事録は、取締役の責任を判断する資料にもなる。出席する取締役の立場からすれば、安易に署名等をするのではなく、議事録の内容を確認しなければならない。場合によっては署名等を拒否することも検討する必要がある。 3 「電子署名」について 上記2で説明した「電子署名」については、2020年に国の解釈の変更がされたので、確認しておきたい。 (1) 従前の解釈 従前、この「電子署名」について、出席した取締役や監査役が自ら行うことが必要であり、電子契約サービス事業者等が提供する電子契約サービスを利用できないと考えられていた。 本人確認等を経て、認証の業務を行う機関から電子証明書の発行を受ける等の事前準備をしなければならず、時間と手間がかかっていた。 時間と手間がかかるので、実際には「電子署名」があまり利用されていなかった。 (2) 現在の解釈 2020年、行政の解釈が変更され、「サービス提供事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたものであることが担保」されている場合、電子契約サービス事業者等が提供する電子契約サービスを利用できるようになった(「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A」)。 現在は、電子契約サービス事業者等が提供する電子契約サービスにより、電子署名をするケースが多い。 4 書面の議事録と電磁的記録の議事録を別に作成する場合 書面の議事録と電磁的記録の議事録を別々に作成し、書面の議事録には一部の取締役が押印し、電子データの議事録には残りの取締役及び監査役が電子署名する方法は、可能か。 署名等が必要なのは、出席取締役等が決議に賛成したことを推定するためなので、会社法上は、実質的に問題がないと考えることもできる。 しかし、書面の議事録と電磁的記録の議事録を別々に作成する方法は、商業登記の添付書類として認められていない(昭36・5・1民四81号回答参照)。したがって、商業登記との関係で、書面の議事録と電磁的記録の議事録を別に作成するのは、現実的とはいえない。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例56】 「出席者の多数決による決議を可能とする 区分所有法の改正中間試案」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私が区分所有するマンションでは、集会を招集しても集会に出席せず、書面による議決権の行使や代理人の選任もしない区分所有者がいます。その中には、区分所有権を相続しただけで居住していない者や投資物件として取得した者もいるようです。 現在、区分所有法の改正が審議されており、集会決議を円滑化するための仕組みが検討されていると聞いていますが、どのような手続なのか教えてください。 1 はじめに 現在、法務省の法制審議会区分所有法制部会では、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)の改正を審議しており、令和5年6月8日に「区分所有法制の改正に関する中間試案」(以下「中間試案」という)が公表されている。今回は、改正が予定されている事項のうち、集会の決議を円滑化するための仕組みについて確認することとしたい。 2 現行の区分所有法の問題 現行の区分所有法は、集会の決議について、原則として、区分所有者及び議決権の過半数(絶対多数決)を要件としており、普通決議については規約によって緩和することが認められている(同法第39条第1項)。これを受けて、マンション標準管理規約は、普通決議について、定足数を議決権総数の半数以上の組合員の出席とし、総会の議事を出席組合員の議決権の過半数で決する旨定めている(マンション標準管理規約(単棟型)第47条第1項及び第2項)。これに対し、規約に緩和する定めがない場合の普通決議や、特別決議及び建替え決議については絶対多数決が必要となる。 法制審議会の審議においては、非居住化や相続によって建物の管理に関心を失った区分所有者や投資目的の区分所有者の中には、集会に出席せず議決権も行使しない者がいることが指摘されている。このような区分所有者は、決議において反対者と同様に扱われるため、決議に必要な賛成を得ることができず、円滑な建物の管理が阻害されるおそれがある(「中間試案の補足説明」7頁等)。特に、建物の高経年化と区分所有者の高齢化が進行している建物においては、ますます集会による意思決定が困難になりうることから、より円滑に集会の決議を行えるようにする仕組みを設ける必要がある。 3 出席者多数決による集会決議を円滑化するための仕組み 中間試案においては、集会決議を円滑化するため、次の①~⑥の決議事項について、絶対多数決ではなく、出席した区分所有者(※1)及びその議決権の一定の多数で決することが提案されている(出席者多数決、「中間試案」1、2頁)。これは、適切な招集手続を経ても集会に出席せず議決権も行使しない区分所有者は、一般に、決議における意思決定を他の区分所有者の判断に委ねていると類型的に評価することができるため、決議の母数から除外することも許容されるとの考えを背景としている(「中間試案の補足説明」8頁)。 (※1) 書面若しくは電磁的方法又は代理人によって議決権を行使した区分所有者を含む。 これに対して、中間試案では、建替え決議(区分所有法第62条)のような区分所有権の処分を伴う決議については、議決権を行使しない区分所有者に重大な影響を与えることから出席者多数決の対象から除外されている(「中間試案の補足説明」8頁)。 上記②から⑥は特別決議事項であり、建替え決議と同様に、区分所有者に与える影響は少なくない。しかし、区分所有者は、区分所有者の団体の構成員として、建物並びにその敷地及び附属施設等の管理が適切かつ円滑に行われるよう、相互に協力しなければならない責務を負うと考えられる(※2)。それにもかかわらず、書面等の方法を含め自らの意思を表明しない区分所有者を反対者として扱うことは相当ではなく、当該責務を果たしている他の区分所有者の意思決定に委ねたものと評価することが相当である(「令和5年11月9日開催の部会資料23」6頁)。そのため、上記②から⑥のような区分所有権の処分を伴わない特別決議事項については、出席者多数決の対象とされている。 (※2) 「中間試案」8頁においても、同様の責務を明記することが提案されている。 なお、上記のような考えを踏まえて、中間試案では対象ではなかった「⑦ 管理組合法人による区分所有権等の取得の決議(4分の3以上の多数決を要する特別決議)」についても、出席者多数決の対象に追加されている(「令和5年11月9日開催の部会資料23」6頁)。 ところで、決議要件を出席者多数決とする改正に併せて、定足数を規定するかについても審議されている(「中間試案」2頁)。この点につき、定足数を規定することによって、管理不全状態に陥っている建物について、意思決定ができなくなる事態も想定されることから定足数を設定するべきではないとの提案がされている(「令和5年11月9日開催の部会資料23」7頁)。その一方で、集会における意思決定の正当性を担保するためには定足数を設けるべきとの意見もあり、その規定の仕方について様々な考えが提案されているところであり、今後の審議が注目されるところである。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第75話】 「消費者契約法と納税者保護」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、先ほどから、消費者契約法1条(目的)を読んでいる。 「・・・これって、消費者を『納税者』とし、事業者を『税務署』と読み替えると、納税者と税務署の関係に当てはまるのでは・・・」 浅田調査官は、振り返って、中尾統括官に尋ねる。 中尾統括官は、渡されたポケット六法を見る。 「・・・消費者契約法か・・・これが・・・納税者と税務署にどう関係するのか・・・」 中尾統括官は、もう一度、条文を読む。 「ええ、この法律には、次のような規定があります」 そう言うと、消費者庁のパンフレット「安全・安心 豊かに暮らせる社会に」の一部に浅田調査官が書いた修正文を見せる。 「例えば、この①なんですが・・・『不当な勧奨による修正申告の取消し』なんて、読み替えることができるのではないですか」 浅田調査官は、満足そうに言う。 「・・・勧奨か・・・それは・・・国税通則法74条の11第3項に規定していたな」 中尾統括官は、呟きながら、ポケット六法を開く。 「・・・これは、調査の終了の際の手続について規定したものなのだが・・・こんな規定があるから、不当な勧奨が発生するというのか?」 中尾統括官は、少し怒ったような表情になる。 「・・・広辞苑によれば、『勧奨』とは、『ある事をするように、すすめ励ますこと』となっています・・・すなわち、納税者の状況を格別考慮せずに、税務署は、修正申告を提出するように申し出ることも可能な表現になっていると思います」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「修正申告書は、納税者が自らの判断に基づいて、提出するもので、税務署から勧奨されて提出するものではないと思います」 浅田調査官は、ハッキリと言う。 「・・・税務職員らしからぬ意見だが・・・しかし、課税実務では、修正申告の勧奨が常態化している・・・」 中尾統括官は、苦り切った顔になっている。 「・・・ところで、そういう君は、今まで、更正処分をしたことがあるの?」 中尾統括官が尋ねる。 「いえ、ありません・・・調査後は、すべて修正申告をしてもらっています・・・更正処分をすると理由附記も必要ですから・・・」 浅田調査官は、頭をかく。 「そうだろう・・・修正申告というのは、課税庁にとってもメリットがあるし、また、納税者は修正申告の勧奨に応じれば・・・とりあえず、税務調査は終了することになる・・・だから、これからも修正申告の勧奨はなくならない」 中尾統括官は、勢いよく話す。 「しかし、無知な納税者に対して、十分な説明もせずに、修正申告を勧奨して、あとで多額の税金を払わせるケースもあると聞いています・・・もっとも、関与税理士のいない納税者ですから、納税者は説明を聞いても十分に理解できないことから、修正申告書は、税務署が作成することもあるといわれています・・・」 浅田調査官の反論は続く。 「そして、この修正申告も7年遡って、納税者に提出させているのです・・・無知の納税者は、『偽りその他不正の行為』の意味も知らずに・・・」 浅田調査官の声のトーンが高くなる。 「・・・国税通則法70条5項は、偽りその他不正の行為の場合、遡及して7年の更正決定等ができると規定していますが・・・この趣旨は、『税額を免れる意図のもとに、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行っていること』(福岡高裁昭和51年6月30日判決)をいい、無知の納税者が意味も分からずに税務署の勧奨によって提出した修正申告は、これに該当しないと思います・・・それに、昭和56年度税制改正で、『偽りその他不正の行為』が遡及して7年に延長されたときの附帯決議があります」 浅田調査官は、「1981年4月24日衆議院大蔵委員会」の附帯決議を読み上げる。 読み終えると、浅田調査官は、満足そうな顔をする。 (つづく)
《速報解説》 監査役協会が「有価証券報告書の作成プロセスに対する監査役等の関与について」の報告書を公表 ~アンケート調査による各社の実態の考察や監査役等の対応ポイントに言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年12月6日、日本監査役協会 監査法規委員会は、「有価証券報告書の作成プロセスに対する監査役等の関与について-実態調査に基づく現状把握と事例紹介-」を公表した。 これは、有価証券報告書の作成プロセスに対する監査役等の関与という論点に着目して、アンケートを実施し各社の実態を考察するなどして、監査役等としての対応を検討する上でのポイントについて述べたものである。 アンケートは、日本監査役協会会員に対し、「有価証券報告書提出会社の方」で、かつ、「有価証券報告書の監査を行っている方」に回答を依頼する形式で2023年8月に実施し、744件の回答を得たとのことである。 有価証券報告書については監査役等の監査は法定されておらず、「監査役等としてどのような対応をすべきか」については慎重な検討を要するテーマであるとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 有価証券報告書と監査役等監査 有価証券報告書の作成・提出等については、会社法上の規定はない。 しかしながら、その作成・提出等は金商法関連法令の遵守に係る取締役の重要な職務執行行為である。 したがって、有価証券報告書に虚偽記載がなく適正に作成、提出されているかについては監査役等としても関心を払うべき事項であるとのことである。 有価証券報告書に係る監査役等の責任についても記載されている。 Ⅲ 有価証券報告書の取締役会への付議状況 有価証券報告書については、全体の53.6%の会社で決議事項として取締役会に付議されており、報告事項として付議されている会社を含めると、8割以上の会社で何らかの形で取締役会に付議されている。 取締役会に付議されていない会社では、どのような手順で確定されているのかをみると、傾向としては取締役会以外の会議体(経営会議など)での承認を行っている会社と、社内稟議(社長決裁、担当部門ベースで完結)による承認としている会社に大別されるようである。 例えばサステナビリティ関連事項についてのみ取締役会に付議したとの回答もあり、全体として一律に機関決定を行うのではなく、記載事項(内容)によってプロセスを分けるという会社もあるとのことである。 Ⅳ 有価証券報告書の作成担当部署 有価証券報告書の作成について、複数の部署が作成に関与している場合、その分担としては、財務情報について経理・財務部門が担当し、非財務情報については総務部門その他の関係部署が担当するケースが大半であるが、その上で作成プロセス全体の統括は経理・財務部門が担っているとの回答が多いとのことである。 Ⅴ 有価証券報告書の監査役会等への付議状況など 1 付議状況 有価証券報告書の監査役会等への付議状況については、監査役会等に決議事項として付議されている会社は全体の11.9%、報告事項として付議されている会社は全体の19.8%であり、過半数(56.6%)の会社では「付議されていないが適宜共有されている」という回答であった。 一方、「付議されておらず特段の共有もされていない」との回答は全体の11.7%であった。 なお、ここでいう「決議」とは、原案に対して監査役会等としての意見やコメントを決議する場合を想定しているとのことである。 2 監査役等の関与 監査役等の有価証券報告書の作成プロセスへの関与の方法としては、記載内容の確認が中心であるとのことである。 有価証券報告書のドラフトを入手する時期は、有価証券報告書の提出から遡って計算すると、全体の平均では19.73日前という結果であった。 全体の2割程度の会社が提出の1週間前以内、全体の半数以上の会社が提出の2週間前以内という回答であった。 監査役会等が、先行して入手した有価証券報告書のドラフトの箇所としては、監査役等に関わりの深い「コーポレート・ガバナンスの状況等」、とりわけ「監査の状況」との回答が多かったとのことである。その一方で、全体にわたって入手しているとのコメントもあったとのことである。 Ⅵ 統合報告書 統合報告書とは、財務情報と非財務情報を統合し、企業の価値創造プロセスや戦略を投資家やステークホルダーに伝える資料である。 統合報告書を作成している会社は全体の41.4%である。 上場分類別にみると東証プライム市場上場会社では61.5%(スタンダード市場で14.8%、グロース市場で9.2%)である。 統合報告書を作成している会社のうち、半数以上において、監査役等による確認(記載内容が現状と一致しているかなど)をしているとのことである。 Ⅶ 有価証券報告書に対する監査役等の対応 1 監査役による有価証券報告書の確認の範囲 監査役等が有価証券報告書の確認を行うに際して、「数値等の記載内容を含めた確認を行っている」会社は、全体の43.0%であり、「プロセスについてのみ確認を行っている」との回答(全体の35.5%)を上回った。 一方、「特に確認は行っていない」との回答は全体の18.9%であった。 2 監査役会等の活動状況 【コーポレート・ガバナンスの状況等】の「監査役会等の活動状況」については、監査役(会)等側で起案をしているとの回答は全体の40.0%であり、半数以上の会社では執行側による起案が行われているという状況であった。 3 事業等のリスク 「事業等のリスク」については、経営会議やリスク管理委員会等、リスクの評価・管理を行う会議体に出席し、そこで得た情報を基に検討を行った上で、ドラフトの記載内容を確認する、というプロセスを挙げる例が多くみられたとのことである。 4 サステナビリティに関する考え方及び取組 「サステナビリティに関する考え方及び取組」については、具体的な確認方法としては、サステナビリティ委員会等の会議体への陪席や、既に先行して行っている任意開示との整合性の確認が挙げられているとのことである。 サステナビリティに係る記載は将来情報が中心となることを受け、虚偽記載に当たらないかどうかに注意を払っているとの回答が他の項目に比して多くみられた点は特徴的といえるとのことである。 Ⅷ 監査役等としての対応を検討する上でのポイント 日本監査役協会が公表している「新任監査役ガイド」のQ64の有価証券報告書の監査のポイントにしたがって留意点が記載されている。 (了)
《速報解説》 金融庁、有価証券届出書における個人情報の記載の見直しに係る 「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(案)を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023(令和5)年12月1日、金融庁は、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、有価証券届出書における個人情報の記載の見直しを行うものである。 意見募集期間は2024(令和6)年1月9日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 新規公開時に提出される有価証券届出書における個人情報の記載の見直し 新規公開時に提出される有価証券届出書では、新規公開前2年間に発行された株式やストック・オプション(以下「株式等」という)の全取得者の氏名や住所、一定期間における株式等の移動状況(移動を行った当事者の氏名・名称、住所等)の開示が求められている。 今般の改正は、当該開示について、次のように改正するものである。 2 第三者割当の方法による募集又は売出しに係る届出書の個人情報の見直し 第三者割当の方法による募集又は売出しに係る有価証券届出書については、割当予定先が個人である場合は、「第三者割当の場合の特記事項」欄において、当該個人の氏名、住所及び職業の内容等を記載する必要がある。 今般の改正は、当該開示について、次のように改正するものである。 Ⅲ 適用日 パブリックコメント終了後、所要の手続を経て公布、施行の予定である。 (了)
《速報解説》 国税庁、マンション評価の個別通達に係る計算ツールを公表 ~「居住用の区分所有財産の評価に係る区分所有補正率の計算明細書」のExcelファイルで自動計算~ Profession Journal編集部 既報の通り、令和6年からの分譲マンションの財産評価方法を定めた個別通達「居住用の区分所有財産の評価について」はパブコメを経て去る10月6日に公表、同月13日には本通達の趣旨についてまとめた「「居住用の区分所有財産の評価について」(法令解釈通達)の趣旨について(情報)」が公表され、一棟所有の賃貸マンションは適用除外とされること等が明らかとなっている。 本通達の公表に向けて国税庁はかねてより、簡便な計算ができるツールを用意するとしていたが、11月30日付けで下記の情報をホームページ上で公表した。 上記ページでは、本通達により居住用の区分所有財産の価額を評価した場合に、「居住用の区分所有財産の評価に係る区分所有補正率の計算明細書(令和6年1月1日以降用)」を相続税又は贈与税の申告書に明細書として添付する必要があるとしたうえで、この明細書のPDFファイル及びExcelファイルの2つがダウンロード可能となっている。 後者のExcelファイルでは、「築年数」「総階数」「所在階」「専有部分の面積」「敷地の面積」「敷地権の割合(共有持分の割合)」を入力することで、「一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額」及び「一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額」に必要な「評価乖離率」「評価水準」「区分所有補正率」が自動で算出される計算ツールとなっている(必要な箇所(セル)のみ入力できる仕様になっており、誤って計算式等を変更してしまう心配もなさそうだ)。 【参考】 「居住用の区分所有財産の評価に係る区分所有補正率の計算明細書(令和6年1月1日以降用)」 (※) 国税庁ホームページより なお本通達に合わせてパンフレットも公表されており、本通達のあらましに加え計算例も掲載されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓