〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第1回】 「どんな場合に成年後見制度の利用が必要になるのか」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 ◆連載開始にあたって◆ 認知症を患う高齢者の人数が増加しており、2025年には700万人にもなるといわれています(※1)。これにともない、認知症等により判断能力が不十分な人などのサポートを行う制度である「成年後見制度」の利用者も増加傾向にあります。2022年12月末時点での成年後見制度(成年後見、保佐、補助、任意後見)の利用者は、約245,000人でした(※2)。成年後見人等の援助者に専門家が就任する場合、司法書士や弁護士が就任することが多いですが、税理士もわずかではありますが、成年後見人等として活動している実績があります。 (※1) 厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~(概要)」 (※2) 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況-令和4年1月~12月-」 成年後見業務は、本人と家族との関係性や、財産の額、内容等によって注意点や対応方法が異なり、実務の現場では答えのない問題にあたることが多い業務です。おそらく成年後見業務に対応している税理士の方々は、相談できる同業の方なども少なく、悩みながら対応されているのではないかと思います。 本連載では、成年後見業務に関心がある税理士の方々を念頭に、実務の現場で起こりうる問題と対応方法等について、司法書士がQ&A形式で解説します。 【Q】 「成年後見制度」の存在は知っていますが、どのようなケースで利用されているのでしょうか。 【A】 税理士の方のなかには、「成年後見制度がどんな場合に利用されることになるのかわからない」という方もいらっしゃると思われます。 実際に成年後見制度の利用に至るケースを知ると、実は今まで気が付かなかっただけで、成年後見制度のニーズが発生していたということがあるかもしれません。 以下の解説で具体的なケースを確認します。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 現に成年後見制度を利用されている方も、何らかのきっかけがあり、思いがけず利用することになったという方が多いと思われます。成年後見制度の利用に至るケースとして多いのは以下の通りです。 1 不動産の売却が必要なケース 高齢者の方が施設に入所することになり、不要となった自宅を売却することがあります。この場合に不動産の所有者である高齢者の方が、認知症により判断能力が低下していると、不動産の売却が困難となることがあります。売買契約を締結するにも法的には一定の判断能力(意思能力)が必要とされており、判断能力がない状態で締結した契約は無効となるためです。 所有者の判断能力が低下した状態でも、生活資金を捻出するためにどうしても早期に売却が必要な場合は、成年後見制度の利用をすることになります。司法書士のもとには所有者の家族や仲介を担当する不動産会社から相談を寄せられることがあり、その流れで成年後見人への就任を依頼されることがあります。 2 遺産分割協議を行うケース 相続が発生し、遺産分割協議を行う場合、有効に遺産分割協議を行うためには、参加した相続人に十分な判断能力が備わっている必要があります。もし判断能力を欠いた状態で遺産分割協議を行っても、遺産分割協議自体が無効となってしまうリスクがあります。相続手続を進めていくなかで、相続人のうちに認知症等により判断能力が十分でない方がいることが判明した場合には、成年後見制度の利用を検討することがあります。 3 その他 上記1、2のほかにも、高齢者施設や行政機関等から身寄りのない高齢者の方のサポートの依頼を受けたり、お付き合いのある顧客から顧客自身や身内の成年後見人への就任を依頼されたりする場合などがあります。 4 認知症の問題にどのように向き合うべきか 税理士実務を行ううえでも、顧客の判断能力の程度が問題になる事例は少なくないと思います。上記2で紹介した遺産分割協議以外にも、例えば、生前対策として贈与を行う場合には、贈与当事者に判断能力が備わっていることが前提になります。どの程度厳密に判断能力を求めていくかについては、顧客と各専門家の考えによることになりますが、認知症を患うことが珍しいことではない現代では、しっかりとした確認をしたうえで実行することが必要だというのが筆者の考えです。仮に判断能力が十分でない状態で生前贈与を行っても、後々無効を争われる可能性もあり、顧客に不利益を与えることにつながりかねません。成年後見制度には、さまざまな課題がありますが、認知症を患う方が増加していくなかでは必要な制度です。本連載を通して税理士の方々に、成年後見制度を少しでも身近に感じていただければと考えています。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例58】 「パチンコ器及びスロットマシンの少額の減価償却資産該当性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、近畿地方の県庁所在地に本社を置き、本社の所在地県及び近隣の府県一円において、パチンコ及びスロットマシンの遊技店を経営する株式会社Y(資本金10億円で3月決算)に勤務し、現在経理部長を務めております。少子高齢化はわが国の社会経済全般に様々な影響を及ぼしておりますが、エンターテインメント業界もその例外ではなく、人口減は端的に市場規模の縮小をもたらしているところであり、ここ数年、パチンコホールの倒産・民事再生手続の開始といったニュースも度々耳にするところです。 そのような環境下にあっても、わが社は他社との厳しい競争を勝ち抜いて生き残っていかねばならず、そのためにあらゆる手段を採ってきたところです。最も力を入れてきた施策は、お客様を1人でも多く呼び込むために、常に最新の人気機種をすべてのお店に導入することです。その甲斐もあって、近隣の同業他社との比較で集客力は上回っており、売上げの落ち込みも最低限に抑えることができたものと自負しております。 さて、そのような中、わが社は先日来税務調査を受けております。昔からわが業界は税務署との相性はよろしくないのですが、今回もまたこれまで以上に厳しいやり取りが続いております。今回特に問題となっているのは、わが社が企業存続のために行っている最重要施策である、最新人気パチンコ・パチスロ機種の矢継ぎ早の更新についてです。すなわち、耐用年数に関する省令では、パチンコ器の耐用年数は2年、パチスロ機は「スポーツ具」に該当するため3年とあるのにもかかわらず、わが社はその更新が概ね1年未満ということで、使用可能期間が1年未満の少額の減価償却資産に該当することから、損金経理により全額取得した年度の損金としているのですが、当該処理が「問題」であると指摘されております。法人税法も認めている当該経理処理を否認することは、税務署といえどもできないのではと考えますが、私どもの理解で問題ないか教えてください。 【A】 法人税法施行令第133条に規定される少額の減価償却資産のうち、使用可能期間が1年未満のものは、その事業の用に供した日の属する事業年度において損金経理したときには、その取得価額が全額損金に算入されますが、ここでいう「使用可能期間」は、法人の属する業種において、一般的に消耗性のものとして認識されているか否かに基づいて判断すべきと解されています。 実際のパチンコ業界において、パチンコ器はその取得時において、通常の管理又は修理をする場合に、事業の用に供してから1年以内に経済的にみて使用することができなくなる消耗性のものであるとの取扱いはされていないことから、少額の減価償却資産には該当しないと解されます。また、パチスロ機は耐用年数省令上、パチンコ器とは異なる分類のものとされており、同様に少額の減価償却資産には該当しないと解されます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) パチンコ及びスロット業界の現状 わが国において「大人の娯楽」として長らく君臨してきたパチンコ・スロット業界であるが、最近では、少子高齢化に伴う人口減少、レジャーの多様化、若者のパチンコ離れなどといった要因から、市場規模の縮小がささやかれているところである。近年のパチンコ産業の市場規模は以下のグラフの通りである。 〈パチンコ産業の売上高の推移(貸玉料ベース)〉 (出典) 公益財団法人日本生産性本部『レジャー白書』に基づき筆者作成。 上記グラフを見ると、2012年の25兆7,000億円弱をピークに売上高は徐々に下がってきており、2020年はコロナ禍の影響で前年から一気に5兆4,000億円も減少するという厳しい状況となっている。 なお、パチンコ産業について、海外のカジノ産業と同種のギャンブル産業と捉えるならば、上記統計のように貸玉料ベースの「売上高」で産業の規模を測るというのは適切ではなく、むしろそこからプレーヤーが景品に交換した金額を差し引いた「粗利額」をベースに考えるべき説も有力である(※1)。この場合、2020年の粗利額は2兆3,500億円となる。 (※1) 「パチンコ業界WEB資料室」参照。 (2) 少額の減価償却資産の損金算入 固定資産の取得価額は、企業会計上一般に、費用収益対応の原則に従い、その取得年度において一括して費用計上するのではなく、使用又は時間の経過に従ってその価値が減少するのに応じて徐々に費用化すべきと考えられるが、当該費用化の手続きを減価償却という。 租税法における減価償却の考え方は、基本的に上記企業会計の考え方に準拠しているが、法人税法においては、減価償却の手続きにより減価償却費として損金に算入されるのは、法人が償却費として損金経理した金額となっている(法法2二十五、31①)。 ただし、取得価額が10万円未満(※2)であるか、又は使用可能期間が1年未満である「少額の減価償却資産」は、損金経理を要件として、事業の用に供した日の属する事業年度において損金に算入される(法令133①、なお後者は「短期減価償却資産(※3)」ともいう)。当該少額の減価償却資産が取得時における一時の損金となるのは、一般に、当該資産には期間損益の算定に係る適正化の必要性が乏しいこと、及び、資産管理上「資産」として計上する必要性がないことから、実務上減価償却資産として扱う意味がないためであると解されている(※4)。 (※2) 平成10年度の税制改正で「20万円未満」から引き下げられた。 (※3) 武田隆二『平成15年版 法人税法精説』(森山書店・2003年)367頁。 (※4) 武田前掲(※3)書366-367頁参照。 なお、使用可能期間が1年未満の「短期減価償却資産」とは、通達で、法人の属する業種(例えば、紡績業、鉄鋼業、建設業等)において、以下のものをいい、当該資産については、法定耐用年数ではなく実際の使用可能期間(1年未満)により損金性を判断するものとされている(法基通7-1-12)。 (3) パチンコ器及びスロットマシンに係る少額の減価償却資産該当性が争われた事例 それでは、本件と同様に、法人の保有するパチンコ器及びスロットマシンについて、その少額の減価償却資産該当性が争われた事例(東京地裁平成23年4月20日判決・税資261号-82(順号11672)、TAINSコード:Z261-11672)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、パチンコ等の遊技場(パチンコホール)の経営を主な事業内容とする株式会社である原告が、平成18年1月1日から同年12月31日までの事業年度に事業の用に供したパチンコ器及びスロットマシン(パチスロ機)について、法人税法施行令第133条の適用があることを前提にその取得価額の全額を本件事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入して確定申告をしたところ、柏税務署長が、本件パチンコ器等には同条の適用はなく、これを固定資産に計上して減価償却をするべきであるとして、法人税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をしたため、その取消しを求めた事案である。 〈申告所得、更正処分及び異議決定処分の内容〉 ② 事案の争点 本件における争点は、本件パチンコ器等は法人税法施行令第133条所定の「使用可能期間が1年未満である」減価償却資産に該当するとして同条を適用し、その取得価額の全額を本件事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入することができるか否かである。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたものの棄却され(東京高裁平成23年11月29日判決・税資261号-230(順号11820)、TAINSコード:Z261-11820)、上告されたが不受理となり確定している(最高裁平成25年6月7日決定・税資263号-107(順号12231)、TAINSコード:Z263-12231)。 ④ 本裁判例から学ぶこと 減価償却資産は、その使用又は時間の経過によって価値が減少し、当該価値の減少分を減価償却費として計上することとなるが、当該価値の減少は、時間の経過による物理的な減少のみならず、社会的・経済的環境の変化に伴う陳腐化等を原因として生じるものもある。本裁判例で原告・納税者側は、主として後者の立場から、パチンコ器及びスロットマシン(パチスロ機)はその使用可能期間が1年未満の減価償却資産であることを主張していたものと思われる。 しかしながら、裁判所が業界におけるパチンコ器の使用実態を確認してみると、その更新の頻度は高いものの、人気機種を中心に中古での流通も活発に行われており、1年未満で使用されなくなるというようなことは一般的ではないということが判明したところである。そうなると、パチンコ器につき法定耐用年数が2年の減価償却資産とされることは、使用実態に照らしても相当といえ、使用可能期間が1年未満の消耗性の資産に該当するという納税者の主張が退けられたのは妥当であると考えられる。 また、スロットマシンは、耐用年数の適用等に関する取扱通達2-7-14によれば、耐用年数省令別表第一「器具及び備品」の中の「スポーツ具」に該当することから、その耐用年数は3年となる。スロットマシンの使用実態もパチンコ器と同様と考えられることから、少額の減価償却資産には該当しないといえよう。 (4) 本件へのあてはめ 法人税法施行令第133条に規定される少額の減価償却資産のうち、使用可能期間が1年未満のものは、その事業の用に供した日の属する事業年度において損金経理したときには、その取得価額が全額損金に算入されるが、ここでいう「使用可能期間」については、法人の属する業種において、一般的に消耗性のものとして認識されているか否かに基づいて判断すべきと解されている。パチンコ業界では、パチンコ器はその取得時において、通常の管理又は修理をするものとした場合に、事業の用に供してから1年以内に経済的にみて使用することができなくなる消耗性のものであるとの取扱いはされていないことから、少額の減価償却資産には該当しないと解される。また、パチスロ機は耐用年数省令上、パチンコ器とは異なる分類(スポーツ具、耐用年数3年)となっており、同様に少額の減価償却資産には該当しないものと解される。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第36回】 「相続後に発行法人に相続税評価額で 株式を売却した場合の課税関係の留意点」 税理士 柴田 健次 Q A株式会社の取締役である甲は令和5年11月1日に相続が発生しています。甲はA社の株式4,000株(議決権総数の40%に相当する株式)を所有していましたが、遺言によりA社の株式は、甲の配偶者である乙及び長男である丙に2,000株ずつ相続させ、その他の財産は全て乙に相続させる旨の遺言書を遺していました。A社株式の相続税評価額は、236,000,000円(59,000円 × 4,000株)であり、その他財産は14,000,000円となります。 甲の相続人は乙及び丙の2人となり、乙の納付すべき相続税は配偶者の税額軽減の適用により0円、丙の納付すべき相続税は23,222,400円となります。 乙及び丙は、A社の代表取締役である丁にA社株式の買取について相談し、A社株式4,000株を相続税評価額236,000,000円でA社に売却することで合意しました。乙及び丙は、A社の株式を令和5年11月30日に発行法人であるA社に相続税評価額236,000,000円で売却を行っています。 相続後におけるA社株主の親族構成と株式保有状況は、下記の通りとなります。 発行済株式総数は10,000株であり、1株につき1議決権を有しているものとします。 A社は甲の父が創業者であり、創業当初から現在に至るまで資本金は10,000,000円であり、甲は、甲の父からA社株式4,000株を相続し、乙及び丙は甲から2,000株ずつ相続していますので、乙及び丙の取得費はそれぞれ2,000,000円となります。 A社の役員は、甲の死亡後は丁のみとなります。 上記の場合において、A社の株式を発行法人に売却した場合の乙及び丙の課税関係、自己株式を取得したA社の課税関係、A社株主である丁の課税関係はそれぞれどのようになりますか。 所得税の時価の算定にあたっては、財産評価基本通達を準用するものとします。 A社の株式の1株当たりの類似業種比準価額と純資産価額は次の通りとなります。A社の会社の規模区分は中会社の中に該当し、A社は特定の評価会社には該当しませんので、A社株式の相続税評価額は、1株当たり59,000円(12,000円 × 75% + 200,000円 × 25%)となります。 A 乙、丙、A社、丁の課税関係は、それぞれ下記の通りとなります。 (1) 乙の課税関係 下記を所得金額として所得税及び住民税が課税されます。 (2) 丙の課税関係 下記を所得金額として所得税及び住民税が課税されます。 (3) A社の課税関係 自己株式の取得はA社にとって資本等取引に該当するため、課税関係は発生しません。 (4) 丁の課税関係 自己株式取得後の丁のA社株式の相続税評価額と自社株式取得前の丁のA社株式の相続税評価額の差額が乙及び丙から贈与された金額となり、贈与税が課税されます。 ◆ ◆ ◆ ① 発行法人に株式を売却した場合の課税関係 (1) 売主の課税関係 非上場株式を発行法人に売却した場合には、みなし配当課税(所法25①)、みなし配当課税の特例(措法9の7)、みなし譲渡課税(所法59①)、相続税の取得費加算の特例(措法39)の適用の有無を判断する必要があります。 ❶ みなし配当課税 法人の株主等がその法人の自己株式の取得等の事由により金銭その他の資産の交付を受けた場合において、その金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額がその法人の資本金等の額のうちその交付の基因となったその法人の株式又は出資に対応する部分の金額を超えるときは、その超える部分の金額に係る金銭その他の資産は、剰余金の配当等とみなされます(所法25①)。 ❷ みなし配当課税の特例 相続又は遺贈による財産の取得をした個人で納付すべき相続税額があるものが、その相続に係る相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までの間にその相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された非上場株式をその発行会社に譲渡した場合には、上記❶のみなし配当課税の規定は適用されないこととされています(措法9の7)。このみなし配当課税の特例の適用がある場合には、譲渡所得のみで課税関係を考えることになります。みなし配当課税の特例を受ける者は、「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書」を譲渡する日までに発行会社に提出する必要があります。発行会社は譲り受けた日の属する年の翌年1月31日までに所轄税務署長にその届出書を提出する必要があります(措令5の2)。 ❸ みなし譲渡課税 個人から法人に非上場株式を著しく低い価額で譲渡した場合(時価の1/2未満の対価の額により譲渡した場合)には、みなし譲渡の適用がありますので、時価が資産の譲渡対価として取り扱われることになり、時価と取得価額等の差額に対して譲渡所得の課税がされることになります(所法59①、所令169)。 なお、時価の1/2以上の対価で譲渡した場合には、通常の売買と同様に譲渡対価と取得価額等の差額が譲渡損益として課税されます。ただし、法人に対する譲渡が所得税法157条の同族会社の行為又は計算の否認等の規定に該当する場合には、時価で譲渡したものとみなされます(所基通59-3)。 上記の時価は、所得税法の時価となりますので、所得税基本通達59-6に基づき算定することになります。 ❹ 譲渡所得の収入金額 法人が個人株主から自己の株式又は出資の取得を行う場合には、その個人株主が交付を受ける金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額(みなし配当額を除く)は譲渡所得等に係る収入金額とみなされます。この場合において所得税法59条1項2号の低額譲渡に該当するか否かの判断は、その自己株式等の時価に対して、個人株主に交付された金銭等の額が、著しく低い価額の対価であるかどうかにより判定を行います。そして、自己株式等の時価は、所得税基本通達59-6(株式等を贈与等した場合の「その時における価額」)により算定するものとされています。 したがって、低額譲渡に該当する場合には、自己株式等の時価に相当する金額から、みなし配当額に相当する金額を控除した金額が譲渡所得の収入金額とみなされます(措法37の10③五、措通37の10・37の11共-22) ❺ 相続税の取得費加算の特例 相続又は遺贈による財産の取得をした個人で相続税額があるものが、その相続に係る相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までの間にその相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された資産の譲渡をした場合には、譲渡所得の金額の計算における取得費は、その取得費に相当する金額にその者の相続税額のうちその譲渡をした資産に対応する部分に相当する金額を加算した金額となります(措法39)。 (2) 発行法人の課税関係 自己株式を無償や低額で取得した場合に、取得時の時価と実際の取得価額との差額について受贈益を認識すべきという考え方も一部にありますが、平成18年度税制改正後の法人税法は、自己株式を有価証券としては認識をせず、自己株式の取得を資本等取引としているため、原則として発行法人に益金は生じないことになります(法法22②③④⑤)。 なお、A社には配当所得の源泉徴収義務がありますので、源泉所得税等として23,687,200円(116,000,000円 × 20.42%)を徴収して、その徴収日の属する月の翌月10日までに国に納付する必要があります。A社の税務仕訳は下記の通りとなります。 〔A社の税務仕訳〕 (3) 発行法人の株主の課税関係 みなし贈与課税(相法9)の適用の有無を判断する必要があります。 ❶ みなし贈与課税 著しく低い価額で発行法人に資産を譲渡したことにより、発行法人の株主は、株式の価値が増加しますので、その価値増加部分について譲渡をした者からその株主に対して贈与税が課税されることになります(相法9、相基通9-2)。この場合における著しく低い価額については、明確な基準がありませんので注意する必要があります(本連載【第35回】で解説)。 明確な基準はありませんが、みなし譲渡課税の場合の著しく低い価額は、時価の1/2未満の対価の額により譲渡した場合をいいますので、少なくとも時価の1/2未満の対価の額により譲渡した場合には、みなし贈与課税の問題も発生すると考えられます。 本問の場合の1株当たりの自己株式等の時価は126,000円、1株当たりの対価は59,000円であり時価の1/2未満の対価の額により譲渡した場合に該当しますので、みなし贈与課税の問題が発生することになります。 ❷ 丁のみなし贈与課税の計算 丁は直接乙及び丙から利益を受けたわけではなく、A社が自己株式を取得したことで所有していた株式の価値が増加したに過ぎません。したがって、贈与を受けた金額は、A社が取得した自己株式等の時価相当額である504,000,000円と交付金銭等の額236,000,000円の差額ではなく、自己株式取得後の丁のA社株式の相続税評価額と自己株式取得前の丁のA社株式の相続税評価額の差額となります。あくまでも贈与税課税の計算となりますので、A社株式の相続税評価額を基に計算することになります。 自己株式を取得後のA社株式の相続税評価額の計算は、上記(2)のA社の税務仕訳を確認し、下記の点について留意する必要があります。 ② 自己株式等の時価の算定 自己株式等の時価は、下記の所得税基本通達59-6(株式等を贈与等した場合の「その時における価額」)により算定することになります。 所得税基本通達59-6(株式等を贈与等した場合の「その時における価額」) (下線部は筆者による) 本問の場合には、財産評価基本通達を準用するものとしていますので、上記通達の(1)から(4)の定めに基づき時価算定することになります。(1)の定めにより、株主判定は譲渡前の議決権数に基づきその判定を行うことになります。 同族株主がいる場合の株主判定の手順は、下記の通りとなります。 【個人から法人に売却した場合において同族株主がいる場合の株主判定の手順】 ◎用語の意義と当てはめ ▷同族株主 課税時期における評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の30%以上(その評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が最も多いグループの有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の50%超である会社にあっては、50%超)である場合におけるその株主及びその同族関係者をいいます(評価通達188(1))。本問の場合には、譲渡前で株主判定を行うことになりますので、乙、丙及び丁が同族株主に該当します。 ▷同族関係者 法人税法施行令第4条(同族関係者の範囲)に規定する特殊の関係のある個人又は法人をいいます(評価通達188(1))。 特殊の関係のある個人は、例えば株主等の親族などをいいます。本問の場合には、乙の同族関係者に丙及び丁も含まれることになります。 ▷中心的な同族株主 課税時期において同族株主の1人並びにその株主の配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び1親等の姻族(これらの者の同族関係者である会社のうち、これらの者が有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の25%以上である会社を含む)の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の25%以上である場合におけるその株主をいいます(評価通達188(2))。 本問の場合には、譲渡前で中心的な同族株主の判定を行うことになりますが、乙、丙及び丁の判定は次の通りとなります。 乙:20% + 20% = 40% ≧ 25% ∴中心的な同族株主に該当する 丙:20% + 20% = 40% ≧ 25% ∴中心的な同族株主に該当する 丁:60% ≧ 25% ∴中心的な同族株主に該当する ■本問の場合における株主判定 筆頭株主グループの議決権割合は100%となり、50%超の区分に該当することになります。 乙及び丙は、譲渡直前の議決権割合は、それぞれ単独で5%以上所有していますので、原則的評価方式が適用される株主に該当することになります。 ■本問の場合における自己株式等の時価算定 乙及び丙は譲渡直前において中心的な同族株主に該当することになりますので、所得税基本通達59-6(2)の適用により小会社に該当するものとして計算することになります。したがって、類似業種比準価額の使用割合であるLの割合は50%となり、類似業種比準価額 × 50% + 純資産価額 × 50%で計算することになります。 この場合の類似業種比準価額を求める際の斟酌割合は小会社としての斟酌割合(0.5)ではなく、A社の会社規模区分(中会社)としての斟酌割合(0.6)となりますので、採用する類似業種比準価額は12,000円となります(令和2年9月30日国税庁資産課税課情報第22号)。 また、純資産価額は、所得税基本通達59-6(3)及び(4)の定めにより、土地及び上場有価証券は相続税評価ではなく時価により算定し、法人税額等相当額の控除もしない価額(240,000円)となります。 したがって、1株当たりの価額は126,000円(12,000円 × 50% + 240,000円 × 50%)となります。 ☆実務上のポイント☆ 相続後に相続人等が発行法人へ非上場株式を売却することは、相続税の納税資金の確保等のために利用されますが、相続税評価額で売却するとみなし譲渡課税やみなし贈与課税のリスクがありますので注意する必要があります。 また、みなし配当課税の特例は、相続税の納税がない相続人等には適用されず、みなし配当課税になると多額の税額負担になりますので、取得者を配偶者にする場合には、注意が必要となります。 (了)