谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第2回】 「国税通則法1条」 -国税通則法の目的と国税通則法制定の趣旨- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法1条(目的) 1 目的規定と趣旨規定 国税通則法1条は、同法の「目的」を定める規定(以下「目的規定」という)である。国税徴収法1条や「内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律」1条も同様に目的規定である。 これに対して、個別税目に関する租税法律(所税1条、法税1条、相税1条、消税1条1項等)やそれらの特例を定める法律(税特措1条、電帳法1条等)はそれぞれの法律の「趣旨」を定めている(以下「趣旨規定」という)。 現行税法における「目的」と「趣旨」の使い分けについては、以上のように、通則的な規定を定める租税法律については「目的」という文言を、個別税目に関する租税法律(税目横断的な特例を定める法律を含む)については「趣旨」という文言をそれぞれ用いる、というような用語法によっていると一応はいうことができるように思われる。 目的規定及び趣旨規定の一般的意義については次のような解説がされている(坂本光「目的規定と趣旨規定/法律のラウンジ〔78〕」立法と調査282号(2008年)69頁。下線筆者)。 では、目的規定の一般的意義に関する以上の解説は、国税通則法1条の解説として妥当するのであろうか。この点を検討するに当たって、まず、国税通則法のコンメンタールとして伝統と権威のある志場喜徳郎=荒井勇=山下元利=茂串俊共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年。以下「精解」という)129頁以下の解説における国税通則法1条の「目的」の整理からみていくことにしよう。 2 国税通則法1条の「目的」の整理と検討 国税通則法1条の規定のうち「国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め」の部分は、「何が基本的な事項であり、何が共通的な事項であるかをすべてについて区別することは困難である」(精解129頁)としても、ともかく「この法律の規定する対象となる事項」(同)を定めるものであるが、その部分に続く部分が「この法律の目的とするところ」(同)を定めている。精解はこれについて、「次の三つであることを明らかにしている」(130頁)として、①「税法の体系的な構成の整備」、②「国税の基本的な法律関係の明確化」及び③「税務の改善合理化と納税関係の適正円滑化」の3つに整理している。 これら3つの「目的」に関する解説を個別的にみておくと、まず、精解は①については、既に前回2でみたように、税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月。以下「国税通則法答申」という)が「国税通則法制定の趣旨」として述べたこと(1頁)と基本的に同じ内容を述べた上で、「この法律は、このような実情に対処するものとして、税法の体系的な構成の整備を打ち出したものであって、以前の税法の規定が重複し、これにより条文数が不必要に多くなっていたこと、内容的な不統一があったことを解消させ、税法体系の簡易平明化を図ったのである。」(精解131頁。下線筆者)と解説している。これによれば、①「税法の体系的な構成の整備」という「目的」は、「税法体系の簡易平明化」を意味するものとされている。 なお、「税法の体系的な構成の整備」にいう「体系」という語は、筆者が本連載において国税通則法の「体系的構造」(前回3参照)という場合の「体系」とは異なる意味で用いられていると解される。後者は、租税実体法と租税手続法との目的従属的関係という法理論的意味連関を意味するのに対して、前者は、租税に関する基本的な事項及び共通的な事項について規定の欠落・重複・不備・不統一等がない、秩序づけられた実定法状態を意味するものと解される。 次に、精解は②「国税の基本的な法律関係の明確化」について、「1[=前記①]に述べたことに関連し」(131頁)と述べた上で、国税通則法答申1頁にいう「およそ租税法の基礎にあるべき基本的な法律関係、すなわち政府と納税者との間における権利・義務の態様や限界に関する制度上の仕組み」を明確にする旨を述べている(精解131頁)。 最後に、精解は③「税務の改善合理化と納税関係の適正円滑化」についても、「右の1、2に掲げた目的[=前記①②]と関連し」(131頁)と述べた上で、「この法律の目的は、税務行政の公正な運営を図るための改善合理化と、これらを通じて最終的には納税関係の適正円滑化を図ることにあることが示されている。」(同。下線筆者)と解説している。 前記③の「目的」については、「[これ]は(c)[=税務行政の公正な運営を図ること]および(d)[=国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資すること]にそっくりそのままあてはまらない。ことに『税務の改善合理化』というような文言は、この条[=国税通則法1条]には存しない。」(中川一郎・清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(加除式[1989年追録第5号加除済]・税法研究所)D18頁[中川一郎執筆])との批判的な指摘もあるが、精解の上記解説の理解としては、③の前半の「目的」(「税務の改善合理化」)は、国税通則法1条にいう「税務行政の公正な運営を図[ること]」といういわば「中間目的」を達成するための手段であり、これらに対して同条にいう「国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資すること」を「最終目的」として対置しているという理解が成り立ち得るように思われる。 しかも、前記③の「目的」に関するそのような「目的」三段階説ともいうべき理解の方が、次の見解(武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)604(~610)頁。下線筆者)の示す並列的理解よりも、国税通則法1条の「もつて」という文言(接続助詞相当連語)に照らして妥当であるように思われる。 もっとも、前記③の「目的」に関する三段階説は、第1段階の「税務の改善合理化」という「目的」が国税通則法1条の法文上明記されていないことから、先の指摘にみられるような批判や誤解を受けるかもしれない。このことを考慮したためであろうか、精解は、前記②の「目的」について次の解説(20-21頁。下線筆者)を行った上で、③の第1段階の「税務の改善合理化」という「目的」について、「課税処分に対する納税者の不服申立制度・・・・・・の改善」を含め「税務に関するこれら[各税に共通する]諸般の制度や手続について、納税者の便益を中心としてその改善合理化を図ること」(下線筆者)という理解を示すことによって、②と③との関連づけをより明確にしているように思われる(23頁)。 精解の以上の解説によれば、精解は、納税者の正当な権利利益ないし便益に対する配慮という点において、前記②の「目的」と③の第1段階の「税務の改善合理化」という「目的」とを関連づけ、もって前記①②③の「目的」を相互に関連づけ一体とみて、国税通則法1条の「目的」を構成したものと解されるのである。 そうすると、国税通則法1条の「目的」は、やはり、「国税通則法制定の趣旨」(国税通則法答申)ないし「この法律を制定する目的」・「この法律制定の目的」(中川・清永編・前掲コンメンタールD12頁・D17頁・D21頁[中川執筆])を意味すると解すべきであろう。したがって、同条の規定はまさに「目的規定」(前記1参照)というべきものである。 3 「国税通則法制定、、の趣旨・目的」と「国税通則法の目的」 ところで、精解は、「この条[=国税通則法1条]は、近時の立法例に従い、この法律の規定する対象となる事項及びこの法律の目的とするところを明らかにし、その解釈及び運用の指針を示したものである。」(129頁。下線筆者)と述べている。ここでいう「その解釈及び運用の指針」とは、何を意味するのであろうか。 この問題の検討に入る前に、ここでは、まず、「国税通則法制定の趣旨」ないし「この法律制定の目的」は、「国税通則法の趣旨」ないし「この法律の目的」ではないことを確認しておきたい。「国税通則法の趣旨」は、「国税通則法をはじめその他の税法そのものから客観的に知られ得るいわゆる存在理由」(中川・清永編・前掲コンメンタールB3頁[須貝脩一執筆])を意味するものとして、また、「この法律の目的」は、「国税についての基本的な事項、およびこれに関連する事項において、国民に対し財産権を保障すること」(同D23頁[中川執筆])を意味するものとして、「国税通則法制定の趣旨」ないし「この法律制定の目的」を批判的に検討する場合に拠って立つ見地とされることがある。 これらのうち「国税通則法をはじめその他の税法そのものから客観的に知られ得るいわゆる存在理由」について、その意味を理解するには、更に立ち入って「国税通則法の趣旨」を検討しておく必要があろう。その「存在理由」を説く論者は、「直接税と間接税との間における税法上の統一的規律の実現」という「税法上の新要素」の導入こそが「国税通則法制定の隠れた趣旨」であり(中川・清永編・前掲コンメンタールB16頁[須貝執筆])、これを「一層具体的にいうならば、申告納税方式の拡張適用、申告納税方式の一般化ないし普遍化ということにほかならない。」が、これこそが「国税通則法の隠れた趣旨」であると述べ(同B17頁[須貝執筆])、その上で、次のとおり説いている(同B21頁[須貝執筆]。下線筆者)。 このようにみてくると、「国税通則法制定の趣旨」ないし「この法律の制定の目的」を批判的に検討する場合に拠って立つ見地として「国税通則法の趣旨」といい「この法律の目的」といっても、両者に表現上の違いはあるものの、いずれも、納税者の権利利益の保護を国税通則法の「目的」と解するものといえよう。ここでは、税法は「自由主義的税法(自由主義に基づく租税法律主義を根本原理とする税法)」(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【11】)として性格づけられていると解される(中川・清永編・前掲コンメンタールD23頁[中川執筆]は「税法の目的を民主主義的に理解し」国税通則法の「目的」を国民の財産権の保障として捉えているが、この見解は「自由と民主の不可分性」(芦部信喜『憲法学Ⅰ憲法総論』(有斐閣・1992年)51頁)を前提にして理解すべきであろう)。 これに対して、国税通則法の「目的」を行政手続法の「目的」と対比して理解しようとする見解がある。行政手続法1条1項は同法の「目的」について次のとおり定めている。 その見解は次のとおり述べている(品川芳宣『国税通則法講義-国税手続・争訟の法理と実務問題を解説-』(日本租税研究協会・2015年)3-4頁。下線筆者)。 上記の見解は、傾聴に値する重要な内容を含んでいると考えるが、ただ、以下の2つの点において疑問ないし問題があると考えるところである。 第1に、国税通則法の「目的」と行政手続法の「目的」とを前記の見解のような形で対比することは、そもそも、妥当であろうか。前記の見解は、「法律の範囲内で納税義務を果たせば良い」という意味での納税者の実体的権利と、「税収の確保」を要請する課税権(ここでは租税債権。谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第1回Ⅱ2参照)という国の実体的権利とを対抗軸として、国税通則法の「目的」を捉えているが、行政手続法は適正手続保障原則(憲法13条、31条参照)に基づく国民の手続的権利の保護を「目的」とするものである以上、実体的権利の保護か手続的権利の保護かという点でレベルを区別し異なるレベルで議論すべきであるにもかかわらず、前記の見解が両者を対比して論ずることは直ちには妥当といえないように思われる。 第2に、前記の見解は、国側については「法律どおりに、、、、、、税収が国庫に確保されること」(傍点筆者)を説き、他方、納税者側については「法律の範囲内で、、、、、、納税義務を果たせば良いとする納税者の権利保護」(同)を説いているが、納税者側についても「法律の範囲内で」ではなく「法律どおりに」と説くべきであると考えるところである。つまり、租税法律主義の要請する「法律どおりの課税」(合法性の原則)は、個々の納税者に対する課税が「法律の範囲を上回る課税」の禁止と「法律の範囲を下回る課税」の禁止の両方(租税法律主義の2つの「側面」)を満たすものでなければならない。確かに、納税者と国とは立場ないし利害を異にするが、しかしながら、そうであるからといって、立場・利害の違いに応じて一方のみを説くのは妥当でない。上記のような意味での「法律どおりの課税」の要請は納税者・国の双方に共通して妥当するものである(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)44-47頁[初出・2020年]参照)。 ここではこれらの点は措くとして、先にみてきたところによると、国税通則法の「目的」の理解については、ⓐ「納税者の権利利益の保護」という観点からのアプローチとⓑ「税収の確保」という観点からのアプローチがあるが、いずれのアプローチによるかで国税通則法の解釈適用に対する態度や「解釈及び運用の指針」の理解が異なってくるように思われる。 4 国税通則法の「解釈及び運用の指針」の意義 前記ⓑのアプローチからすれば、先の引用文にあるように、「法律どおりに税収が入ってこなければ、国民全体が、その利益を受けることができません。その問題をどのように理解するかが、税法の解釈適用において非常に重要な問題であると思います。」(下線筆者)ということになるが、ここで述べられている国税通則法の解釈適用に対する態度が、もしも、「税収の確保」という「目的」を基準として目的論的解釈・目的論的事実認定を行うことにつながるとすれば、このアプローチによる国税通則法の「目的」の理解に対しては次の批判(中川・清永編・前掲コンメンタールD24-25頁[中川執筆]。下線筆者)が妥当することになろう。 実質課税の原則ないし実質主義については、夙に、「本来その事柄の性質上絶えずその法律関係は明確なものでなければならないという要求の下におかれている税法において、他方あまりにも漠然とした、そして問題に応じて国庫に対して税収を確保するための理論的な武器として用いられがちであった」(清永敬次『租税回避の研究』(ミネルヴァ書房・1995年/復刻版2015年)362頁[初出・1967年]。下線筆者)との指摘がされていたが、それは、「租税法律の第1の目的は、資金を、しかもできるだけ多くの資金を調達することである。」(Enno Becker, Zur Auslegung der Steuergesetze, StuW 1924, 145, 162.)として説かれたかつての経済的観察法(wirtschaftliche Betrachtungsweise)やこれに相当する我が国のいわゆる経済的実質主義(前掲拙著『税法基本講義』【42】参照)を想定した指摘であろう。 実質主義は、その後の展開を通じて、税法の目的論的解釈・目的論的事実認定へとその「姿」を変えていったとはいえ、もしもそれらが「税収の確保」という「目的」を基準として行われることになれば、税法の解釈適用の「過形成」ひいてはいわゆる経済的実質主義への「先祖返り」を惹起してしまうおそれがある(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第6回、前掲拙著『税法創造論』214-224頁・247-248頁[初出・2015年]参照)。つまり、もしも「税収の確保」という「目的」を基準として税法の解釈適用がされることになるならば、「最も多くの税収をもたらすような解釈[適用]があらゆる場合に正しいということになるであろう」(Moris Lehner, Wirtschaftliche Betrachtungsweise und Besteuerung nach der wirtschaftlichen Leistungsfähigkeit, Zur Möglichkeit einer teleologishen Auslegung der Fiskalzwecknormen, in: Joachim Lang(Hrsg.), Die Steuerrechtsordnung in der Diskussion, Festschrift für Klaus Tipke zum 70. Geburtstag, Köln 1995, 237, 240.)から、そのような意味での目的論的解釈・目的論的事実認定は、租税法律主義が禁止する「恣意的課税」の危険を孕んでいるといえるのである(「普遍条項」すなわち一般条項における「恣意の危険」については同前者第30回Ⅲ、同後者281-284頁[初出・2017年]参照)。 前記ⓑのアプローチを採用する前記3(の後半)の見解も、租税法律主義の一方の「側面」として「税収の確保」を説いている以上、租税法律主義が禁止する「恣意的課税」を容認するものでないことは明らかであるが、前記ⓑのアプローチが租税法律主義から離れていくと、「恣意的課税」の危険が高まってくることからすれば、「税収の確保」の要請には、必ず、前記ⓐのアプローチによって国税通則法の「目的」を理解し、そのように理解された「目的」によって、厳格に枠を嵌めておくべきである。 このような厳格な枠の存在を前提にして初めて、国税通則法の「目的」を、その「体系的構造」(前回3参照)に基づき適正に理解することができることになろう。というのも、国税通則法の「体系的構造」は、租税実体法と租税手続法との目的従属的関係に基礎を置くものであるが、その関係は目的と手段との相互拘束・相互制約の関係でもあるため、「税収の確保」という租税実体法の目的は、その目的を実現するための手段である租税手続法固有の論理による拘束・制約を受けるからである。なお、租税負担の公平の実現も租税実体法の目的であるが、税収の確保と租税負担の公平の実現とは対概念でありいわば「コインの裏表」をなすものであることには注意しておくべきである(前掲拙著『税法基本講義』【18】参照)。 以上のような意味で、次の見解(中川・清永編・前掲コンメンタールD25~30頁[中川執筆]。下線筆者)は、国税通則法の「解釈及び運用の指針」の理解として妥当である。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第14回】 「令和4年度税制改正における 適格請求書等保存方式導入時の経過措置の見直し」 税理士 石川 幸恵 【Q】 令和4年度税制改正では、適格請求書等保存方式に係る見直しが行われました。その中で、免税事業者が適格請求書発行事業者の登録をする場合の経過措置の期間が延長されましたが、条文上、どのような改正がなされたのでしょうか。 〔ポイント〕 免税事業者は、経過措置により課税期間の中途であっても、登録開始日から適格請求書発行事業者となることができます。この経過措置は、平成28年改正法附則第44条第4項に規定されており、令和4年度の税制改正で、同項を改正することにより、この経過措置が適用される期間が延長されました。 上記の経過措置の適用を受ける事業者が、登録開始日から簡易課税制度の適用を受けられる経過措置は、消費税法施行令等の一部を改正する政令(平成30年政令第135号)附則第18条に規定されており、同様に期間が延長されました。 * * * 【A】 (1) 経過措置の概要と税制改正の内容 ① 経過措置がない場合の原則 免税事業者は適格請求書発行事業者の登録を受けることができません(新消法57の2①)。 ② 経過措置 免税事業者が適格請求書発行事業者の登録申請書を提出して登録を受けることにより、登録開始日から適格請求書発行事業者となることができるという経過措置が設けられています。この経過措置により、課税期間の初日から登録開始日の前日までは免税事業者、登録開始日から課税期間の末日までは適格請求書発行事業者となります。 ③ 改正の内容 (イ) 上記②の経過措置の適用を受けられる期間が、「令和5年10月1日の属する課税期間」から、「令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間」に延長されました。 (ロ) 上記②の経過措置により登録開始日から課税事業者となった場合には、その登録開始日の属する課税期間の翌課税期間からその登録開始日以後2年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間については、事業者免税点制度は適用されません(登録開始日が令和5年10月1日の属する課税期間中である者を除く)。 ④ 簡易課税制度の適用について 従前の経過措置では、上記②の経過措置の適用を受ける事業者が登録開始日から簡易課税制度の適用を受けるための経過措置も合わせて設けられていましたが、税制改正大綱の段階では上記③と合わせて延長される旨の言及がありませんでした。 消費税法施行令等の改正(令和4年3月31日公布)により、上記③の改正後の経過措置の適用を受ける事業者が、登録開始日の属する課税期間中に簡易課税選択届出書を提出したときは、登録開始日の属する課税期間から簡易課税が適用されることが明らかとなりました。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 インボイス制度に関する令和4年度税制改正の概要は下記拙稿もご参照ください。 (2) 消費税法、消費税法施行令の改正箇所 ① 免税事業者が登録開始日から適格請求書発行事業者となることができる経過措置の原則 免税事業者が登録開始日から適格請求書発行事業者となることができる経過措置は、平成28年改正法附則第44条第4項に規定されています。令和4年度税制改正で「5年施行日の属する課税期間」から「5年施行日以後6年を経過する日までの日の属する課税期間」へと期間が変更されました(令和4年改正法20)。 《改正後》 (注) 条文中の破線部分は、意味を変えない程度に省略しています(以降同様)。 《改正前》 ② 事業者免税点制度の適用制限 令和5年10月1日を含む課税期間の翌課税期間以後に登録する場合の事業者免税点制度の適用制限は、新設された同附則第44条の第5項に拠ります(令和4年改正法20)。 ③ 簡易課税制度の経過措置について 簡易課税制度の経過措置は消費税法施行令等の一部を改正する政令(平成30年政令第135号)附則第18条の改正に拠ります。「5年施行日」を「登録開始日」とすることにより、平成28年改正法附則第44条第4項の規定の適用期間と合わせています(令和4年改正消令2)。 《改正後》 《改正前》 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q75】 「NFTを譲渡した場合の課税関係」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 NFTを譲渡した場合の課税関係 NFT(非代替性トークン)やFT(代替性トークン)が取引されるケースが話題になっていますが、国税庁は、NFTやFTが暗号資産などの財産的価値を有する資産と交換できるものである場合の所得税法上の取扱いを、タックスアンサーの中で公表しました。 これによると、NFTやFTを譲渡した場合、その譲渡したNFTやFTがどのような資産であるかにより、下記の取扱いとなることが明らかにされています。 (1) 譲渡所得の基因となる資産に該当する場合 その所得が譲渡したNFTやFTの値上がり益(キャピタル・ゲイン)と認められる場合は、譲渡所得に区分されます。ここで、譲渡所得の基因となる資産とは具体的にどのような資産を指すのかについては、所得税法上、譲渡所得が「資産の譲渡による所得」と定義されていることから、一般に、資産そのものの値上がりによって価値が増加するものであると解されます。 これに対して、暗号資産の譲渡による所得については、所得税法上、原則として雑所得に区分されますが、これは暗号資産取引により生じた損益が、邦貨又は外貨との相対的な関係により認識される損益で、資産そのものの値上がりにより生じた所得とは性格が異なるためであると解されています(国税庁「暗号資産に関する税務上の取扱いについて」問8参照)。 なお、NFTやFTの譲渡が、営利を目的として継続的に行われている場合には、譲渡所得ではなく、雑所得又は事業所得に区分されることになります。 (2) 譲渡所得の基因となる資産に該当しない場合 譲渡所得の基因となる資産に該当しない場合には、雑所得(規模等によっては事業所得)に区分されます。これは、前述の暗号資産の譲渡による所得の取扱いと整合しています。 2 本件へのあてはめ NFTを使ったデジタルトレーディングカードを譲渡したことによる所得が、その譲渡したデジタルトレーディングカードの値上がり益と認められる場合には、原則として譲渡所得に区分されるものと考えられます。 したがって、譲渡に係る収入金額から、譲渡の基因となったデジタルトレーディングカードの取得費及びその譲渡に要した費用の額の合計額を控除して、譲渡所得を計算することとなります。 ただし、デジタルトレーディングカードの譲渡を、営利を目的として継続的に行う場合には、雑所得又は事業所得として取り扱われることになると考えられます。 (了)
“国際興業事件”を巡る5つの疑問点 ~プロラタ計算違法判決を生んだ根本原因~ 【追補】 公認会計士・税理士 霞 晴久 1 はじめに 令和4年度税制改正の一環として、本年3月31日、法人税法施行令の一部を改正する政令が公布された(※1)。本稿は、同改正のうち、利益剰余金と資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当(以下「混合配当」という)の取扱いが争われた国際興業事件最高裁令和3年3月11日判決(※2)(以下「本件最判」という)を踏まえた同施行令23条1項4号の改正を中心に検討する。 (※1) 官報ホームページ「令和4年3月31日(特別号外 第37号)」。 (※2) 最高裁令和3年3月11日第一小法廷判決(令和元年(行ヒ)第333号)・TAINSコード:Z888-2354。 なお、かかる改正に先立ち、国税庁は、平成3年10月25日、同HP『お知らせ』において、混合配当の取扱いを公表しており(※3)、改正前の法人税法施行令23条1項4号(及び所得税法施行令61条2項4号(※4)。以下、改正前法人税法施行令を「旧法令」という)について、混合配当があった場合に算出される直前払戻等対応資本金額等につき減少資本剰余金額を上限として取り扱うという見解が示されていた。 (※3) 拙稿「《速報解説》国税庁、最高裁判決を踏まえた混合配当の取扱いについて公表~混合配当の際に算出される直前払戻等対応資本金額等につき減少資本剰余金額を上限に~」参照。 (※4) 本稿では、所得税法施行令に関する改正についての検討は省略する。詳しくは、前掲(※1)の「令和4年3月31日官報(特別号外 第37号)」の128頁を参照されたい。 2 問題の所在 本件最判で問題にされたのは、外国子会社(米国デラウエア州法に基づき設立されたLLC)から、それぞれの決議を別にする混合配当を受けた内国法人のみなし配当及び株式譲渡損益の計算方法であった。 この点につき、旧法令23条1項4号は、資本の払戻しに係るみなし配当と株式譲渡損益計算の原価となる対応資本金額等の分解(いわゆる「プロラタ計算」)について、次のように規定していた。 国際興業事件では、剰余金の分配をしたデラウエア州子会社は納税者の100%子会社であったため、最初の算式における分数の解は1である。それゆえ、株式又は出資に対応する部分の金額を計算するには2番目の算式が重要となる。そこで、国際興業事件の概要を単純化して示すと、次の表のとおりとなる。 〔表〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 本件最判も国側も混合配当についてはその全体が資本の払戻しに該当すると判断した(※5)ため、〔表〕でいえば、6,000が資本の払戻しとなる。次に、払戻等の直前資本金等の額は2,000であるところ、分数式①の分母(旧法令23①四イ)は前事業年度末の簿価純資産900となる(※6)ものの、同金額は分数式①の分子(旧法令23①四ロ)となるべき減少資本剰余金の金額1,000を下回るため、結果的に分数式①の分子は900となって(旧法令23①四ロ括弧書き)、分数式の解は1となり、払戻等の直前資本金等の額2,000がそのまま払戻等対応資本金額等、すなわち、株式の譲渡対価となって、全体配当6,000との差額4,000がみなし配当となるという結論が導かれるのである。 (※5) 納税者が採用した混合配当の考え方は裁判所の判示とは異なるが、その計算結果は裁判所の判示と一致している。 (※6) 法人税法施行令の規定上、プロラタ計算の分母は前事業年度終了時の簿価純資産の金額に同終了後の一定の調整項目を加減算して求めることとなるが、国際興業事件のように、翌期に配当を受領したような場合の当該配当の額は調整されないこととなっている。かかる経緯について、拙稿「“国際興業事件”を巡る5つの疑問点~プロラタ計算違法判決を生んだ根本原因~」【第1回】を参照。 すなわち、本件の混合配当に法施行令の規定をそのまま適用すると、実際に払い出した金額以上に、利益積立金の金額に食い込んで、資本金等の額が計算されてしまうという不合理な結果となってしまうので、裁判所は、減少資本剰余金額を超える直前払戻等対応資本金額等が算出される結果となる限度において、法の趣旨に適合するものではなく、法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきであるという判断を示した。 3 改正法施行令の内容 旧法令が、同令23条1項4号イでプロラタ計算の分母を、同ロでプロラタ計算の分子を規定し、当該分数式で求められた割合を払戻等の直前資本金等の額に乗ずるという構造であったのに対し、改正法施行令23条1項4号は、同項ロが、2以上の種類株式を発行している法人のケース、同項イがそれ以外のケースの2つに分け、それぞれが別途プロラタ計算を行うという体系となり、旧法令の柱書の部分がそれぞれ同項イ及びロに繰り下がっている形となっている。 ❶ 種類株式を発行していない場合 改正法施行令では、当該プロラタ計算によって求められた金額について、改正法施行令23条1項4号イ括弧書きで「当該払戻し等が法第24条第1項第4号に規定する資本の払戻しである場合において、当該計算した金額が当該払戻し等により減少した資本剰余金の額を超えるときは、その超える部分の金額を控除した金額(下線筆者)」という限定を付すことで、減少資本剰余金額を超える直前払戻等対応資本金額等が算出されることを防止している。上記〔表〕の例では、払戻等の直前資本金等の額が2,000と計算されたとしても、それは、減少資本剰余金の額を1,000上回っているので、結果的に払戻等の直前資本金等の額は1,000と計算されることになる。 ❷ 種類株式を発行している場合 資本の払戻しを行った法人が2以上の種類の株式を発行している場合は、資本の払戻しに係る株式の種類ごとに、種類資本金額に種類払戻割合を乗じて計算した種類株式に係る払戻対応種類資本金額の計算において、上記❶で付したのと同様の限定を付すことで、減少資本剰余金額を超える直前払戻等対応資本金額等が算出されることを防止している。 具体的には、改正法施行令23条1項4号ロ括弧書きで、「当該金額が(2)(ⅰ)又は(ⅱ)に掲げる場合の区分に応じそれぞれ(2)(ⅰ)又は(ⅱ)に定める金額を超える場合には、その超える部分の金額を控除した金額)をいう。」と定め、ここでいう(1)及び(2)について、以下のように規定している。 (※7) 法人税法施行令23条1項4号の改正と関連し、同令8条《資本金等の額》1項15号、18号、19号及び同条2項、4項、5項、6項、並びに同令9条《利益積立金額》1号、12号、13号が改正されている(詳細は前掲(※1)を参照されたい)。 ❸ 遡及調整 上述した国税庁HP『おしらせ』では、直前払戻等対応資本金額等の再計算を行った結果、過去に行った申告内容等に異動が生じ、納付税額等が過大となる株主等納税者は、国税通則法の規定に基づき所轄の税務署に更正の請求を行うことができるとしている。 ただし、更正の請求につき法定申告期限等から5年を経過している法人税又は所得税については減額更正を行うことはできないため(通則法23①本文)、留意が必要である。 4 残された課題 今回の改正は、裁判所が指摘した問題について、ピンポイントで防止する内容となっており、その範囲では異論はないものの、拙稿「“国際興業事件”を巡る5つの疑問点~プロラタ計算違法判決を生んだ根本原因~」【第1回】~【第4回】で指摘した様々な問題は依然残されたままである。最後に、それら問題を列挙し、本稿を締めくくりたい。 (※8) 東京地裁平成21年11月12日判決(平成21年(ワ)第4746号)・TAINSコード:Z999-5192。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第41回】 「「事業承継ガイドライン」の改訂と活用」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 西田 尚子 相談内容 私はA社の創業社長です。今年60歳になるのでそろそろ事業の承継について考えたいと思っていますが、何から始めればよいのかわかりません。知り合いから最近改訂された中小企業庁の「事業承継ガイドライン」を一度読んでみることを勧められましたが、どういった内容の資料なのでしょうか。教えてください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 「事業承継ガイドライン」の改訂内容 (1) 改訂の背景 中小企業は、日本の企業数の約99%、従業員数の約69%を占め、地域経済・社会を支える存在です。その中小企業の円滑な事業承継は日本経済にとって極めて重要な課題であるため、中小企業庁は、関係士業団体や中小企業関係団体とともに、「事業承継協議会」を設立し、中小企業の事業承継円滑化に向けた総合的な検討を行い、その手引きとして2006年に「事業承継ガイドライン」が策定されました。 その後、親族外後継者の増加、事業承継円滑化法の施行など、中小企業の事業承継を取り巻く環境に変化が現れました。経営者の高齢化が進む中、早期に計画的な事業承継への取組みを促進することを目的として、2016年に次の3点を中心とした現在の基本構成に改訂されました。 2016年の改訂から約5年が経過し、新型コロナウイルス感染症の影響等による厳しい経営環境の中で事業承継が後回しにされる傾向もあり、経営者の高齢化はさらに進み、早期の事業承継対策は喫緊の課題となっています。こうした状況を踏まえて、前回改訂時以降に生じた変化や新たに認識された課題と対応策を反映して2022年3月に「事業承継ガイドライン(第3版)」が公表されました。 (2) 改訂のポイント ① 掲載データを最新のものに更新 各種掲載データが更新されています。また、地域や業種等による後継者不在率など新たなデータも掲載されています。 ② 新設・拡充された施策など最新の実務慣行を反映 法人版・個人版事業承継税制の特例措置、所在不明株主に関する会社法の特例、株式併合の手法などの詳細な説明が追加されています。 ③ 従業員への承継やM&Aについての説明を充実 従業員承継について、後継者の選定・育成プロセスの内容が調査データや事例も交えて充実されています。M&Aについても、2020年3月に中小企業庁が策定した「中小M&Aガイドライン」の内容を反映し、充実されています。 ④ 後継者目線に立った説明を充実 事業承継の実施時期、承継に向けた経営計画、承継後の企業の成長など、後継者に対する調査結果を踏まえ、後継者目線での説明が加えられています。 [2] 「事業承継ガイドライン(第3版)」の概要 「事業承継ガイドライン(第3版)」は、以下のような構成となっています。 [3] 具体的な活用方法 事業承継について考える際には、まずは顧問税理士への相談をお勧めします。相談を受けた顧問税理士は経営者に真摯に向き合い、対応することが求められるでしょう。例えば、次の2つの質問を経営者に持ちかけるだけで今後の方向性が定まるのではないでしょうか。 株式の承継者が子供であれば、事業承継ガイドライン54頁を、従業員であれば88頁を、承継者がいないとなれば98頁を見れば、いくつかの手法や留意点等が記載されています。これらを参考に顧問税理士は経営者へスキームを提案できるはずです。 また、財産の承継を考える際には相続税などの税負担に対する事前準備が重要です。61頁以降の事業承継に際して知っておくべき基本的な税制を確認して、どの手法を採用するかについて経営者は顧問税理士と相談しておく必要があります。 承継先が決まれば、事業承継ガイドライン31頁以降の5ステップを確認します。具体的な事業計画の策定には135頁のシートが活用できます。 事業承継の計画・実行の際には、必要に応じて金融機関や弁護士等の専門家と連携すればよいでしょう。どこに依頼すればよいのかわからない場合には、125頁以降に事業承継サポート機関の連絡先が掲載されていますので、参考としてください。 [4] 結論 「事業承継ガイドライン」は事業承継への取組み方が具体的にまとめられているので、まず事業承継を考える手始めに一読されることをお勧めします。今回の改訂では、2016年の改訂から基本的な構成に変更はありませんが、掲載データが更新され、新たな制度に関する記載内容なども充実しています。 円滑な事業承継のためには、早期に準備に取り組むことが重要です。ガイドラインでは60歳を目安とし承継対策に着手することを推奨しています。早めに顧問税理士等の専門家や事業承継支援機関に相談のうえ、事業承継プランを立てることをお勧めします。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第78回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 〈Q2〉 民法上の引渡しと引渡基準 法人税法22条の2第1項の引渡しと民法上の引渡しとの関係はどのように考えるべきか。 〈A2〉 法人税法22条の2第1項の引渡しについて、民法上の引渡しと大部分において重なり合うと思われるが、完全に重なり合うわけではない。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 法人税法22条の2第1項の引渡しそのものの意味内容については、権利確定主義あるいはそのルーツを辿ることなどにより、民法(あるいはこれを前提としているであろう商法)上の引渡しに寄せて考えることも可能である。 例えば、民法178条では、動産に関する物権の譲渡の対抗要件として引渡しという概念が用いられている。 ここでいう引渡しとは、占有権の移転(占有者が物の上に有する支配を移転すること)を意味し、具体的には次のものが含まれる。 占有権は、占有を基礎として生じる。言い換えれば、占有権は、自己のためにする意思(物を自己の利益のために所持する、すなわち自分の支配内に置くという意思)をもって物を所持することによって取得される(民法180)(我妻栄ほか『我妻・有泉コンメンタール民法 総則・物権・債権〔第6版〕』388~389頁、393~396頁、398頁(日本評論社2019)、川島武宜=川井健編『新版注釈民法(7) 物権(2)』32~44頁〔徳本鎭〕(有斐閣2007)参照)。 上記①~④は、占有(権)の取得方法ないし移転方法として民法181~184条に定められているものである。 例えば、現実の引渡しは物に対する現実的支配を移転することを意味するが、どのような場合に現実的支配の移転があったと見るべきかについては、結局、社会観念によって決めるほかなく、社会観念上、物が譲渡人の支配内から離脱して譲受人の支配内に入ったと認められればよい(舟橋諄一=徳本鎭編『新版注釈民法(6) 物権(1)』676頁〔徳本鎭〕(有斐閣1997)参照)。 よって、目的物の種類、契約内容・慣行といった個別の事情と法制度の整備やテクノロジーの進化など社会変化の影響を受けてその外延は変化しうる。 この意味で、民法上の引渡概念は、柔軟な側面を有するといえよう。 これまでも法人税基本通達でいう引渡しとは民法上の引渡しを意味するという見解が存在したように、法人税法22条の2第1項でいう目的物の引渡しは、目的物の占有の移転であり、上記①~④の4つの引渡しを包摂する概念であるという解釈が成り立ちうる。 民法における引渡しの議論は法人税法の領域においても一定の範囲で通用するのである。 もっとも、法人税法22条の2第1項の引渡しは(も)事実ないし評価的概念であって、同項は対抗要件の具備や所有権の移転(目的物が現に存在し、特定できる場合などは、まさに当事者の意思表示のみによって所有権を移転しうる。民法176)という私法上の法的効果そのものを要件として取り入れているわけではないという見方もありうる。 他方、実際問題としては特別の留保がない限り、現実の引渡しをもって所有権移転の意思表示が含まれる場合が多いこと(我妻栄〔有泉亨補訂正〕『新訂物権法 民法講義Ⅱ』189頁(岩波書店1983)参照)や、民法は物が人の事実的支配に属していると観念できる状態としての占有を占有権の基礎とし、その移転の方法として引渡しを定めていることを前提として、法人税法上の収益計上時期を決する原則規定の中に引渡概念が取り込まれたと解することは否定されない。 ただし、当事者が契約において何らかの具体的事実の発生をもって引渡しがあったものとする旨を定めた場合に、その発生をもってそのまま法人税法上の引渡要件を満たすことになるかという点は論点となりえよう。また、法人税法上の収益の計上時期の基準について、権利確定主義を標榜するとしても必ずしも法的側面に拘泥する態度が堅守されてきたわけではないことにも留意が必要である。 もう少し精緻な検討を行う余地はあるが、この意味で、法人税法22条の2第1項の引渡しについて、民法上の引渡しと大部分において重なり合うといえるとしても、一寸のズレもなく完全に重なり合うと結論付けることは躊躇される。 ここでは、次の点も指摘しておく。 少なくとも、法人税法22条の2第1項の引渡しとは、企業会計や実務慣行(商慣行)なども考慮した柔軟性・弾力性を兼ね備えた引渡しであると解する立場からは、同項の引渡しを民法上の引渡しと完全に同義のものであると解する論理必然性もない。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第36回】 「未分割財産に居住していた者が被相続人の居住の用に供されていた宅地等を取得した場合の特定居住用宅地等の特例の適用の可否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年5月7日)は、東京都内にA土地及び家屋を所有し、相続開始の直前において1人で居住していました。甲の夫である乙は平成30年5月1日に死亡しており、乙の遺産分割協議は令和2年5月7日に成立しました。乙の相続人は配偶者である甲、長男である丙及び二男である丁の3人ですが、遺産分割協議の内容は下記の通りです。 〈乙の遺産分割協議の内容〉 甲は、公正証書遺言を残しており、遺言書の内容は下記の通りです。甲の相続人は、丙と丁の2人です。 〈甲の遺言書の内容〉 A土地及び家屋は、甲及び乙の居住の用に供されていましたが、甲の相続後は、丙が取得し、丙の居住の用に供されています。 B土地及び家屋は、乙が平成10年に丙の居住用不動産として購入したものであり、令和2年に売却するまでの間は、丙の居住の用に供されていました。丙は、売却後は、第三者から賃借して東京都内のマンションに居住していましたが、A土地及び家屋を相続した後は、賃貸を解約し、A土地及び家屋に居住しています。 丙は、別居親族で未分割財産であるB土地及び家屋に居住はしていましたが、一時的な共有状態に過ぎず、最終的に換価分割により売却をしていますので、持家がない者として、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 [A] 丙は、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の適用を受けることはできません。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等に係る別居親族の要件 被相続人の居住用宅地等を取得した親族が次に掲げる要件の全てを満たすことが要件となります(措法69の4③二ロ、措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 平成30年度の税制改正により、持ち家がない状況を作出して特例を受けることが問題となり、下記の④の下線部部分が追加となり、⑤の要件も追加となりましたので、注意する必要があります。 なお、平成30年度の税制改正は、原則として平成30年4月1日以後の相続又は遺贈から適用されますが、平成30年4月1日から令和2年3月31日までの間に相続又は遺贈により取得した居住用宅地等がある場合には、改正前の要件を満たせば、特例を適用することができる経過措置があります(附則118②)。 2 未分割財産の取扱い 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し、相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する(民法896、898)とされていますので、遺産分割が成立するまでの間は、相続人の共有財産となります。 したがって、乙の相続開始の時から遺産分割が成立するまでの間は、乙の相続人である甲、丙及び丁の3人の共有財産となり、丙はB土地及び家屋を、乙の相続開始の時から共有者として所有していたことになります。 3 裁判事例 平成15年8月29日の東京地裁判決(TAINSコード:Z253-9422)は、相続開始前3年以内に未分割財産に居住していた者について特例の適用の可否が争われた事件です。当該事件は、平成30年度の税制改正前である平成10年の相続開始の事案で、「3年以内にその者又はその者の配偶者の所有する家屋に居住したことがない者」の要件が充足されているかどうかが問題となりました。 納税者が「法69条の3第2項2号ロ所定の『その者又はその者の配偶者の所有する家屋(・・省略・・)に居住したことがない者』とは、単に、その者又はその者の配偶者の所有する家屋に居住したことがない者ではなく、その者又はその者の配偶者の所有する家屋にその所有権を行使して居住したことがない者をいうと解すべきである。」という主張をしたのに対して、裁判所では下記のとおり、判示しました。 4 本問への当てはめ 本問の場合には、上記1④の「相続開始前3年以内に日本国内にある当該親族、当該親族の配偶者、当該親族の三親等内の親族又は当該親族と特別の関係がある一定の法人が所有する家屋(相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋を除く)に居住したことがないこと」の要件が問題となります。所有する家屋の範囲に未分割財産が含まれるかどうかが問題となりますが、上記2に記載の通り、未分割財産は、相続人の共有財産として取り扱われますので、丙がB土地及び家屋を所有し、居住していたことになります。 また、上記3の東京地裁の判示内容から考えても同様の解釈になります。 したがって、上記の要件を充足しないことになりますので、丙は特例の適用を受けることができません。 なお、本問の場合のように乙の相続開始の直前において持家を有していなかった丙が甲の相続後にA土地及び家屋を取得し居住する場合には、居住の継続の保護という特例の趣旨から特例を認めるべきとの考えもあるかと思いますが、あくまでも法律上の要件を充足した場合に限り、特例は認められるべきものとなり、通達等においての緩和措置もありませんので、特例の適用を受けることはできないことになります。 ★実務上のポイント★ 居住の継続という特例の趣旨だけで特例の適否は判断できませんので、1つ1つの要件を確認することが重要となります。相続税の申告の際に相続人等からお預かりする通常の資料だけでは、特例の適否の判断ができないことも少なくありませんので、相続人等からヒアリングをして要件をしっかりと確認することが重要となります。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第13回】 「証拠書類の閲覧謄写の活用」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 閲覧謄写範囲の拡大 (1) 国税通則法の改正 行政不服審査法の改正に伴い、国税の不服申立ての規定も歩調を合わせるように改正され、平成28年4月1日以後に行われた原処分から現行の規定が適用されている。この改正前後における証拠書類の閲覧謄写に関する規定を確認していきたい。 (2) 改正前後の規定 〈改正前の規定〉 〈改正後の規定〉 (※) 下線部筆者。 (3) 改正前後の比較 改正前は原処分庁が任意で提出した証拠のみが開示対象であったため、かつては、原処分庁が提出する証拠を最小限に抑制して開示対象を狭め、担当審判官による職権調査時に前広に開示することで、できるだけ原処分の維持を図ろうとする原処分庁側の慣行があったようだが、改正後はその垣根が外されている。 しかし、改正後においても「質問調書(国税通則法第97条第1項第1号を参照)」が開示対象外となっており、国税不服審判所が判断に用いる全ての証拠が開示されているとはいえない。 ちなみに、改正前は閲覧しか認められていなかったため、閲覧書類を閲覧者がひたすらに引き写すというにわかには措信しがたい実務が行われていたが、現在は写しの交付も許可されている。 2 担当審判官が収集した物件 新たに閲覧謄写が認められた担当審判官が原処分庁から収集した物件(国税通則法第97条第1項第2号を参照)は、以下のものが典型である。 このうち、①には、例えば、以下の書類が考えられる。 このほかに、以下の資料も存在するが、国税不服審判所は原処分庁の主張に拘束されずに判断する機関であることから、担当審判官が職権調査の現場で確認することはあっても、収集して留め置く例はあまりないものと思われる。 また、②については繊細な問題を孕んでいる。書類を提出した関係人からすると、「国税不服審判所の内部限りであれば提出に協力するが、審理関係人から閲覧請求される可能性があるとなれば、審査請求人とのこれまでの関係から提出の協力をためらう」というケースが考えられ、担当審判官による職権による証拠の収集そのものに支障を来す可能性がある。 3 閲覧請求の実務 (1) 閲覧等の請求書の提出 閲覧謄写を求める場合には、審査請求書の提出時から審理手続の終結時の前までに以下の様式の請求書を提出することになる。 (出典) 国税不服審判所「提出書類一覧」 なお、閲覧を請求するといっても、どのような証拠を担当審判官が保管しているかわからないことが通常であり、請求書の提出後に、担当審判官から目録(タイトルや提出者などが記載されている)の提供を受けて、これを基に閲覧を求める証拠の特定を行うことになる。 (2) 提出人の意見聴取 閲覧等の請求書を提出してから閲覧が実現するまでには概ね1ヶ月程度の期間を要している。閲覧を希望した書類を担当審判官に提出した者に対して について、意見を聴く機会を設けなければならないからである。 国税不服審判所は1ヶ月の流れを以下のように想定している。 例えば、審査請求人が上記2①の調査経過記録書の閲覧を求め、担当審判官もそれを収集していた場合、それを提出(作成)した原処分庁に対して、マスキングを求める範囲について意見を聴くことになり、その意見を踏まえて、担当審判官が同じ合議体に属する参加審判官や法規審査担当者と協議して最終的なマスキングの範囲(例えば、反面調査先や調査ノウハウに関する記載など)を決定して、その部分を黒塗りして審査請求人に開示することになる。 (3) 閲覧当日 日時の指定権は担当審判官にあるが、審査請求人又は代理人の都合はできる限り尊重される。当初閲覧のみを希望していた場合でも、閲覧後に写しの交付を求めることもできる。また、閲覧時にデジタルカメラ(スマートフォン)による撮影も認められる。 写しの交付を求める際は1枚10円の手数料を収入印紙で納付することになるが、事案を所管する国税不服審判所の徒歩圏内に郵便局があり、かつその郵便局が小規模で10円の収入印紙を取り扱っているか否かは定かではない。後日の納付となれば閲覧当日に写しの交付が受けられない可能性もあるため、注意が必要である。 4 今後の主張立証活動 証拠書類の閲覧謄写によって、原処分庁が原処分に及んだ根拠に係る「情報の非対称性」はそれなりに解消され、原処分庁の主張に対する反論やそれを裏付ける新たな証拠の提出がより的確に可能になると考えられる。 前述のとおり、閲覧請求は実現するまでに最低でも1ヶ月程度かかるため、当初から請求を希望する場合には、早期に(例えば、原処分庁からの答弁書を確認した段階で)請求書を提出しておき、その後は、担当審判官が職権で収集した資料を電話等で問い合わせて追加の請求をすべきか否かを検討すると良いだろう。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第75回】 「阪神・淡路大震災事件」 ~最判平成17年4月14日(民集59巻3号491頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2022年4月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年4月1日から4月30日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 『経団連ひな型』が一部改訂 日本経済団体連合会 経済法規委員会企画部会は、「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」(改訂版)の一部改訂を行っている。 改訂点は次のとおりである。 Ⅲ 新会計基準関係 企業会計基準委員会から次のものが公表されている。 ① 「企業会計基準公開草案第71号(企業会計基準第27号の改正案)「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準(案)」等」(内容:税金費用の計上区分(その他の包括利益に対する課税)、グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等(子会社株式又は関連会社株式)の売却に係る税効果の取扱いを示す) また、日本公認会計士協会から次のものが公表されている。 ② 「会計制度委員会報告第4号「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」、同7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」、同9号「持分法会計に関する実務指針」、同14号「金融商品会計に関する実務指針」及び金融商品会計に関するQ&Aの改正について(公開草案)」(内容:上記の企業会計基準公開草案第71号(企業会計基準第27号の改正案)を受けたもの) Ⅳ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査に関連して、次のものが公表されている。 ① 「2022年3月期監査上の留意事項(ウクライナをめぐる現下の国際情勢を踏まえた監査上の対応について)」(内容:ウクライナをめぐる国際情勢に関連して、監査上の留意事項を示す) ②「監査基準委員会研究報告第1号「監査ツール」の改正について」(公開草案)(内容:監査基準委員会報告書315「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」及び同540「会計上の見積りの監査」の改正等に対応するもの) Ⅴ 監査役等の監査関係 日本監査役協会は、「改正公益通報者保護法施行に当たっての監査役等としての留意点-公益通報対応業務従事者制度との関係を中心に-」を公表している。 これは、2022年6月1日に、公益通報者保護法の一部を改正する法律が施行されることから、監査役等としての留意点をまとめたものである。 (了)