社長のためのメンタルヘルス 【第10回】 (最終回) 「コロナ禍及び以後のテレワークとコミュニケーションについて」 特定社会保険労務士 第一種衛生管理者 産業カウンセラー 寺本 匡俊 1 今回の趣旨 本号(第10回)が当連載の最終回となるにあたり、前回までの睡眠障害や依存症のように、歴史があり対応策や統計が充実しているものとは異なり、最新の状況を踏まえたテーマを取り上げることとした。 掲題の「テレワーク」の推進や、「コミュニケーション」の問題については、すでにITの発展とともに、官民双方の課題となって議論されてきた。 そこへ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大による社会経済の混乱(以下「コロナ禍」と総称する)の中で、更に大きくクローズアップされており、終息後も検討と対策を重ね続ける必要がある課題であると考える。一方、現在進行中の現象であるため、本稿の執筆時点(2022年1月末)における現状を踏まえての論考であることにご留意いただきたい。 2 テレワークの普及度、利点・問題点について テレワークの普及度については、感染状況に左右されており、また、業界や職種により差異が大きいため、数字は参考程度に留めることとする。まず、公益財団法人日本生産性本部が2021年10月に行った「第7回 働く人の意識調査」の結果は、感染拡大の「第5波」の緊急事態宣言が解除された後の時期だったこともあってか、テレワークの普及度は約2割にとどまり、一部において定着しているものの、全体に「慎重姿勢」であり急増中ではない旨の評価がある。 この調査において、「仕事能力向上に責任を持つべき主体」が「働く人自身」の場合、向上すべき能力の第1位が、「コミュニケーション能力・説得力」(57.3%)であることを、まずここで確認しておき、「4 コミュニケーションの重要性と対応策について」において、後述する。 弊事務所も会員である東京商工会議所が、上記調査の前月の2021年9月に行った「中小企業のテレワーク実施状況に関する調査」の結果によると、東京23区内の中小企業におけるテレワークの実施率は39.9%と約4割であった。東京商工会議所は、以前より東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に向けて、期間中の混雑緩和の目的もあり、積極的にテレワークの推進を行ってきた。企業側がテレワークを実施するにあたっての課題は、「情報セキュリティ」が課題と答えた企業が最も多く、次いで「社内コミュニケーション」、「PCや通信環境の整備状況」の順となっている。 本連載はメンタルヘルス(=メンタル不調の予防)が主旨であるため、情報セキュリティのような主に科学技術的、企業財政的な課題はおいておき、上記2件の調査に共通して登場しているコミュニケーションという問題に絞って論じる。以下、資料を参照しつつ解説するが、コミュニケーションは、メンタルヘルスと大きな関わりがある。 3 コロナ禍における事業経営に関するメンタルヘルス 社長におかれては、コロナ禍において、従業員と同様に自身及び家族等を対象とする厳しい健康管理、予防対策を約2年間強いられ続けているうえに、先も見えない中で、過去にない社会経済環境の中での事業経営の努力、工夫もしなければならない。 例えば、一方でコロナ禍のため、売上が下がり、防疫もしなければならず、テレワークの導入など、事業の存続に苦心している職場もあれば、他方で、逆に多忙を極め、経営者も従業員が疲弊し、人事労務の観点から大変な重圧を受け続けるなど、業界や地域により様々な苦難を抱えての事業経営に勤しんでいることと思う。 後者の、多忙の余り職場に混乱をきたしている典型例は、報道にあるように、医療関連、特に現場仕事に従事する人たちの心身の疲労が厳しい。過労、睡眠不足、自身が感染する不安等々、メンタル面の重圧を受け続けている。 労災の状況を確認すると、参考資料として、厚生労働省の令和2年度「過労死等の労災補償状況」において、前年度と比較し、精神疾患の労災認定件数が、前年度比で大幅に増加しており(99件増え、608件)、その中でも業態別で「医療、福祉」が最多である。ただし、他の産業界でも、特にテレワークに切り替えづらい製造、運輸、郵便などの業種が多い。 この令和2年度というのは、官公庁における会計年度であるから、2020年4月から2021年3月末まで、すなわち日本では最初の緊急事態宣言が出され、第1波から第3波が起きた1年間である。この年度ですでに、新型コロナウイルス感染症が流行する前の年度と比較して急増している。 この年よりも更に規模の大きな感染拡大(第4波から第6波まで)が起きている本年度の統計数値は、増加することはあっても急減はしないだろう。一般に、メンタル不調は長期化し、また、再発・再燃しやすい傾向がある。経営者は自社における発症者(その家族を含む)への、長期的なケアが必要になることを前提に、流行の波間を利用するなどして、中長期の対応策を準備願いたい。 もう1つのコロナ禍での事業経営の大変さは、サービス業、特に観光業(飲食、宿泊など)における売上・利益の激減による事業の不振、従業員の雇用・賃金状況の悪化が懸念されている。この点について昨年(2021年)の状況は、東京商工リサーチの「全国企業倒産状況」や帝国データバンクの「倒産集計(2021年)」の記事にあるように、高度経済成長期以来の「歴史的低水準」となった。昨年度は倒産が記録的に減ったのだ。 これは政府・地方自治体による助成金、補助金等の支援策に加え、業態によってはオリンピック・パラリンピックの実施、政府のキャンペーンなどの特需があったかもしれない。問題は「今後」であり、記事に「倒産先送り」という表現があるように、いつまでも支援や特需が続くとは考え難い状況下で、努力と忍耐でしのいできた事業が息切れを起こす心配がある。 この点も、労災の件数と同様、今後1年の状況を踏まえて、官民一体の更なる追加措置が必要になるはずだ。本連載で示してきた予防の考え方はごく一部のものとお考えいただき、個々の実情に沿った、経営者のメンタルヘルスの方策を、長期的な観点から検討・実行をお願い申し上げる。 4 コミュニケーションの重要性と対応策について コミュニケーションは、事業経営と個人の生活の双方にとって、重要な要素である。しかし、昨今すでに、決して楽観的な状況ではないし、テレワークの影響も看過できない。以下いくつかの資料をもって、職場における現況と、改善の必要性を強調する。 これまでの連載において、コミュニケーションに関連すると考え得る要素が、職場におけるメンタルへルスに重要であることを紹介してきた。例えばコミュニケーションは、東京都労働相談情報センターのホームページにある「NIOSHの職業性ストレス・モデル」における「緩衝要因」に含まれるものであり、そこには「社会的支援」(上司、同僚、家族)」という補足がある。 このモデルを踏まえて構築された、法定の「ストレスチェック制度」において、厚生労働省により活用が推奨されている「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」の大項目A~Dのうち、C項目にある9件の質問も同様である。これらが、コロナ禍における公私の生活や、あるいはテレワークを採用している職場での業務においては、さらに重要性を増していることは言うまでもない。 次に観点を変えて、コミュニケーションが不足したり、不調になると、どのような問題があるかについて、参考資料をご案内する。まず公益財団法人日本生産性本部が実施してきた「新卒採用に関するアンケート調査」にある「選考時に重視する要素」を見る。 最新情報は2019年に公表されたもので、十数年にわたり、8割以上の企業が「コミュニケ―ション能力」を求めている。社内や顧客との折衝などにおいて、いかに現場が苦労しているかがよく分かる。念のために言っておくが、新人の能力不足だけが原因という意味ではない。「主体性」など、意欲や人柄に関する要素よりも「コミュニケーション能力」が上なのだ。 (出典) 公益財団法人日本生産性本部「2018 年度 新卒採用に関するアンケート調査結果」2ページ 次にハラスメントがメンタル不調を引き起こす大きな要因の1つであることは、報道されるハラスメント裁判の内容などからも、また、これまでの連載で紹介してきた厚生労働省の「心理的負荷による労働災害の認定基準」においても明らかであるし、次の資料も参考となる。 下図は2回にわたり厚生労働省が実施したハラスメントの実態調査のうち、2回目の平成28年度「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の報告書にある。詳細は報告書をご覧いただくとして、質問はどのような職場でパワーハラスメントが発生したかを企業に問うたもので、ここでもコミュニケーションの問題が首位で登場する。 (出典) 厚生労働省「平成28年度厚生労働省委託事業 職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」54ページ これらの資料をご覧いただくにあたり、日常、カタカナ英語として頻繁に使っている「コミュニケーション」という言葉の辞書的な意味も把握しておく。手元の「広辞苑」(第六版)には、次のような解説がある。なお、この説明内容は、オックスフォード英英辞典で確かめてみたとき、当然ながらよく似ていたという記憶がある。長いので最初の一文のみ引用する。 他の国語辞典には、最後の「伝達」に加えて、「交換」を含むものもある。確かに職場ほか実生活において不可欠なのは伝達のみならず、受け取ることの重要さも看過できないという点は、筆者のカウンセラーの実務経験より切実に感じる。 また、前出の「コミュニケーション能力」も、えてして「思考の伝達」が重視されがちであり、例えば自己紹介やプレゼンテーションに優れているといった、論理的に語るためのスキルとして用いられているのをよく見る。それはそれで重要であるが、上掲の諸情報にあるコミュニケーションの重要性あるいはハラスメントなどをもたらすコミュニケーション不全については、むしろ「感情の伝達」(及び交換)というような、もっとウェットな意味合いを乗せて、我々はこの言葉を使っているのではあるまいか。 これが現代日本の職場においては、上手くできていないようなのだ。さらにテレワークとなると、本来、対面ならば五感を働かせて、情報の伝達及び交換を行っているのに対し、オンライン会議では音声と相手の顔面だけで、難しい会話をこなさなければならない。 コミュニケーションは、「社会生活を営む人間の間」で行われるものであり、職場ごと関係者ごとに、起きうる問題や、その改善策は異なる。万能薬はなく、関係者間の不断の工夫と努力が不可欠である。その参考に資することを期待しつつ、最後に中小企業庁ホームページで公表されている「2020年版 小規模企業白書」の一節をご案内する。 その中の、第2章「中小企業・小規模事業者における経営課題への取組」の第4節「日常の相談相手の活用」という項目に、経営者の日常的な相談相手を、多角的に集約、分析している箇所があり、企業規模や相談内容など種々の切り口から、分かりやすく解説しているので、ぜひご一覧いただきたい。 本連載もこれが最終回となる。長らくのご愛読に心より深謝申し上げます。 (連載了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第26回】 「利回りの捉え方」 ~通常意味する粗利回りと鑑定評価で用いる純賃料利回りの相違~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 前回、世間常識で捉える賃料(支払賃料)と鑑定評価で基本とする賃料(実質賃料)との間には感覚的な隔たりがあるという話をしました。今回も賃料から派生する内容ですが、不動産の収益性を測る物差しとしてしばしば用いられている「利回り」には2通りの捉え方があり(=粗利回りと純賃料利回り)、これらを区別して用いる必要があることを解説しておきます。 また、粗利回りという概念が不動産業界では広く用いられているのに対し、鑑定実務ではむしろ純賃料利回りが価格(=収益価格)を求めるベースとされているため、この点からも留意が必要です。 以下、税理士の皆様には周知の内容も多分に含まれているものと思われますが、鑑定評価の常識を探るという意味から、基礎的な部分も含めて読んでいただければ幸いです。 2 そもそも「利回り」とは 利回りという概念は、どちらかといえば抽象的で、かつ相対的なものとして捉えられています。そのため、改めて「利回り」とは何か、「利回り」にはどのようなものがあり、どのように異なるのかといった話題に発展した場合、これらを明確に表現するのは思った以上に難しいというのが実情です。そのため、本稿ではあまり専門的な話には立ち入らず、基本的な考え方を述べておきます。 まず、「利回り」という概念を一言で表現すれば、不動産の賃料をその価格で割算して求めた割合(%)ということになります。土地が賃貸借の対象となっているのであれば地代(年額)を土地価格で割り、建物(敷地を含む)が賃貸借の対象となっているのであれば家賃(年額)を土地及び建物の価格の合計で割った結果が広い意味での利回りに該当します。 3 「粗利回り」とは しかし、地代や家賃として授受されている金額のなかには、対象不動産を所有したり、賃貸に供していくために必要な諸経費(必要諸経費)が含まれているのが通常です。例えば、対象不動産の所有に伴って生ずる固定資産税・都市計画税や、賃貸に供していくために必要な維持管理費・修繕費等がこれに該当します。 そのため、地代や家賃の総額を対象不動産の価格で割って求めた結果は、諸経費を控除する前の総収益を基にしたものであり、純収益を基にしたものではありません。その意味で、このような計算によって求めた利回りはいわゆる「粗利回り」あるいは「荒利回り」とも呼ばれています。 このような利回りがしばしば用いられている理由として、粗利回りは適用が比較的簡単で、分かり易いという点があげられます。すなわち、支払賃料そのものと不動産価格との関係から直接的に利回りを求めることができるからです。不動産業界において粗利回りという概念が広く用いられているのも、このあたりに根拠を見い出せそうです。 また、必要諸経費の査定に当たり、固定資産税等の実額を用いる項目は別として、管理費・修繕費等の査定には一種の見積的要素が介入しますが、総収益を基礎とすればこれを排除できる点にもメリットがあります(貸主の立場にあって必要諸経費の金額を直接把握できる場合は別として、これに関する資料を入手しにくいという場合は、粗利回りは収益性を判断する1つの目安となります)。 4 「純賃料利回り」とは 純賃料利回りとは、 という算式によって導かれる諸経費抜きの価格に対する割合です。 不動産の収益性を表わす利回りの算定基礎として、鑑定評価では上記算式によって求めた純収益を使用しています。すなわち、不動産の価格を求める手法の1つである収益還元法においては上記の関係に着目し、 として試算価格を求めています。 このような考え方は、収益目的に供される不動産といっても、総収益から控除される総費用は個々のケースによって異なるため、これらを控除した純収益を利回り計算の基礎として用いる方が理論的であるという視点に立っています。 なお、両者のイメージの相違を表わしたものが〈図表1〉及び〈図表2〉です。 〈図表1〉粗利回りと純賃料利回りの関係 〈図表2〉利回りと元本価格の対応関係 5 まとめと留意点 以上述べてきた内容を踏まえ、収益性を判断するに当たり、粗利回りを参考にする際の留意点を以下に掲げておきます。 (了)
2022年2月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.456を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第104回】 「節税義務が争点とされた事例(その7)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅰ 事案の概要 1 概観 本件は、Xら(原告)の相続税申告に関し、税理士Y(被告)が、借入金債務の存在を念頭に置かないまま遺産分割協議書作成の事務を行ったことから、その結果、相続税法上の配偶者控除を限度額いっぱいに利用できず過大な相続税の納付等をすることになったとして、XらがYに対して損害賠償請求を行った事案である。 2 具体的事実 Xらは、税理士であるYに対し、平成6年2月頃、被相続人亡Aに関する相続税の申告手続を依頼した。その際、XらはYに対し、相続人間には遺産分割を巡って何らの紛争もないこと、別件の相続税の支払も残っているので、Xらとしては、今回の相続税額をできる限り低くしてもらいたいと考えていることを伝えた。 その後、Yは、相続税の申告手続の前提として、遺産分割協議書案を作成し、相続人全員の押印を得て、これを相続税の申告に使用した。 Xらは、Yが、かかる相続税申告書類を作成するに際し、2億円余の住宅金融公庫からの借入金債務の存在を念頭に置かないまま遺産分割協議書作成の事務を行った結果、相続税法上の配偶者控除を限度額いっぱいに利用できないこととなったと主張した。 Ⅱ 争点 Yが亡Aの相続税の申告手続を行った際に、借入金債務の存在を念頭に置かないまま遺産分割協議書作成の事務を行い、相続税法上の配偶者控除を限度額いっぱいに利用できないこととなったことにつき、Yの過失が認められるか否かが争点である(かかる行為に過失があったとした場合のXらの損害の額については本稿では触れない。)。 Ⅲ 判決の要旨 東京地裁平成10年9月18日判決(判タ1002号202頁)は、次のように、Yの職務上の義務を認めている。 その上で、Yが、「Xらにとってより有利な遺産分割の案がありうることを提示ないし助言しなかった」として、Yには過失があると示す。 もっとも、東京地裁は、次のように「配偶者控除が限度額いっぱい〔ママ〕使えるような遺産分割を勧めることが税理士の職務上の注意義務であるということはできない」とはしているものの、本件におけるYの過失は否定できないと判示した。 Ⅳ 検討 Xらは、Yが遺産分割協議書作成に際して、住宅金融公庫からの借入金債務の存在を念頭に置いていなかったために、借入金全額をX1が負担するものとした結果、相続税法上の配偶者控除を限度額いっぱいに利用できなかったとして、Yを相手取り、これに基づく損害賠償を請求したのである。 これに対して、本件判決は、Yは、Xらが当面の相続税の額をできる限り少なくしてもらいたいとの希望を持っていることも承知していたのであるから、対価を得て税務事務を行うYとしては、Xらが遺産分割協議をする際の資料ないし選択肢の一つとして、借入金債務の存在を念頭に置いて、その場合にX1の配偶者控除をできる限り多く使えるような遺産分割協議の方法はどうであるかについて、遺産分割協議書案の提示又はそれに代わる助言をすべき職務上の義務があったといえるとしている。 すなわち、Yには、配偶者控除をできるだけ多く適用し得るような遺産分割協議の方法についての助言義務があったというのである。 そもそも、租税法の規定には、いくつかの許容された処理方法の中から、納税者がいずれかを選択して適用し得る場面がある。例えば、所得税法や法人税法であれば、棚卸資産の評価方法の選択や、青色申告の承認申請を行うか行わないかといった選択、消費税法であれば、簡易課税と本則課税のいずれを選択するかなど、納税者による選択の余地が認められている場面も多い。 いずれも法定されたものである以上、どの選択肢を採用した結果であっても、租税法上の適正な申告であることに変わりはないわけであるが、それを前提として、より租税負担の軽減される方法を選択すべきであるという意味での税理士の節税義務が論じられることがある。 他方、それとは別に、本件のように、租税法上の選択適用とは異なる領域において、より納税者の租税負担を軽減できるような方策があれば、それを納税者に助言することも、租税の専門家たる税理士に求められるという意味での節税義務が論じられることがある。本件はこの領域の議論であり、Yが税理士として、「Xらにとってより有利な遺産分割の案」を提示すべきであったか否かに焦点が当てられている。 このような場合は、節税義務というよりは、より積極的な事実行為に対するアドバイスが求められるものであり、それを職務上の義務としているという点では、「節税措置義務」という方がより本質を突く表現であると思われる。 税理士に、かような事実行為に対する、いわばコンサルタント的な意味における助言義務まで求めるとする考え方には、疑問の声も惹起されよう。租税専門家たる税理士は、申告納税制度の趣旨に則って適正な課税を実現する専門家であり、納税者の利益最大化に寄与しなければならないとする職務上の義務を、果たして税理士法から導出できるのであろうか。 そのような疑問に対して、一律の明解な解答は提示しづらい。これは、当事者間における委任契約の契約内容に沿って個々に検討をしなければならない問題であろう。すなわち、ここでは、当事者間において締結された契約の解釈問題が所在するというべきである。そして、その判断においては、当事者間における委嘱が締結された当時の状況や、当事者の意思などが総合的な判断材料となると解される。 この点、本件でいえば、他の別件相続税の支払も残っているので、「Xらとしては、今回の相続税額をできる限り低くしてもらいたいと考えていることをYに伝えた」という点や、Yが、「相続人間に遺産分割に関する争いがなく、Yの助言を受け入れうる態勢にあることを承知しており、また、Xらが当面の相続税の額をできる限り少なくしてもらいたいとの希望を持っていることも承知していた」と認定されている。かような事実認定が、Yの「助言をすべき職務上の義務」の肯定へと繋がったものと解すべきであろう。 したがって、このような節税措置義務ともいうべき助言義務が肯定され得るとしても、それは個々の事例ごとの契約内容によって異なるものと解されるのであるから、本件判決を杓子定規に解釈し、租税専門家たる税理士には事実行為に対する助言義務が求められるとか、一般的に節税措置義務が要求されると解するのは早計であるというべきであろう。 (了)
〔令和4年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第2回】 「「デジタルトランスフォーメーション(DX)投資促進税制の創設」 「カーボンニュートラル投資促進税制の創設」 「繰越欠損金の控除上限の特例の創設」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和3年度税制改正における改正事項を中心として、令和4年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。第1回は「中小企業の設備投資を支援する措置の延長等」及び「中小企業経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)の創設」について解説した。 第2回は「デジタルトランスフォーメーション(DX)投資促進税制の創設」、「カーボンニュートラル投資促進税制の創設」、及び「繰越欠損金の控除上限の特例の創設」について解説する。 1 デジタルトランスフォーメーション(DX)投資促進税制の創設 令和3年度税制改正において、「デジタルトランスフォーメーション(DX)投資促進税制」が創設されている。 デジタルトランスフォーメーションとは、デジタル技術を活用した企業変革のことであり、これに必要なデジタル関連投資を促進するために、この税制が設けられた。 ① 制度の概要 青色申告書を提出する法人が、認定事業適応計画に従ってソフトウェア等の取得等をして事業に供用した場合に、30%の特別償却又は税額控除(3%又は5%)を認める制度である。 ② 認定要件 次の要件について主務大臣の認定を受ける必要がある。 ③ 適用要件 当該税制を適用するためには、具体的には次の要件を満たすことが必要である。 ④ 税制優遇措置 取得等をして事業に供用した情報技術事業適応設備及び事業適応繰延資産の額(300億円が限度)について、30%の特別償却又は税額控除(3%又は5%)が認められる。 (※1) クラウドシステムへの移行に係る初期費用 (※2) ソフトウェア・繰延資産と連携して使用するものに限定 (※3) グループ企業外の事業者とデータ連携をする場合 ⑤ 適用期間 この改正は、「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律」の施行日(令和3年8月2日)から適用される。したがって、令和4年3月期決算申告においては適用が開始されている。 2 カーボンニュートラル投資促進税制の創設 令和3年度税制改正において、「カーボンニュートラル投資促進税制」が創設されている。 カーボンニュートラルとは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量」から、植林、森林管理などによる「吸収量」を差し引いて、合計を実質的にゼロにすることを意味する。 「2050年カーボンニュートラル」という目標を達成するために、脱炭素化のための設備投資を促進する税制が創設された。 ① 制度の概要 青色申告書を提出する法人が、認定事業適応計画に従って生産工程効率化等設備又は需要開拓商品生産設備の取得等をして事業に供用した場合に、50%の特別償却又は税額控除(5%又は10%)を認める制度である。 ② 適用要件 当該税制を適用するためには、具体的には次の要件を満たすことが必要である。 ③ 税制優遇措置 取得等をして事業に供用した生産工程効率化等設備及び需要開拓商品生産設備の額(500億円が限度)について、50%の特別償却又は税額控除(5%又は10%)が認められる。 〈生産工程効率化等設備〉 (※) エネルギーの利用による環境への負荷の低減に著しく資するものである場合 〈需要開拓商品生産設備〉 ④ 適用期間 この改正は、「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律」の施行日(令和3年8月2日)から適用される。したがって、令和4年3月期決算申告においては適用が開始されている。 3 繰越欠損金の控除上限の特例の創設 大胆な企業変革への取組を後押しするため、令和3年度税制改正において、繰越欠損金の控除上限の特例が創設された。 認定事業適応事業者である青色申告法人は、令和2年4月1日から令和3年4月1日までの期間内の日を含む事業年度で生じた欠損金について、翌期から最大5年間、100%控除が認められる。 ただし、控除前所得の50%を超える部分については、投資額を上限として控除できることに注意が必要である。 この改正は、「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律」の施行日(令和3年8月2日)から適用される。したがって、令和4年3月期決算申告においては適用が開始されている。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第11回】 「インボイス制度での仮払消費税等の仕訳入力」 税理士 石川 幸恵 【Q】 税抜経理方式で経理処理をしています。仮払消費税等の額については、会計ソフトに自動的に拠っていますので、端数処理の違いにより取引先から交付された請求書等と1円程度のずれが生ずる場合もあります。 インボイス制度が導入されたら、仮払消費税等はインボイスの記載どおりに入力しなければならないのでしょうか。 (※) 適格請求書発行事業者以外の事業者からの仕入れについては、今回は割愛します。 〔ポイント〕 (1) インボイス制度導入後、仕入税額の計算方法は「積上げ計算」が原則となります。 (2) 積上げ計算では、交付された適格請求書の記載に基づく請求書等積上げ計算のほか、帳簿積上げ計算も認められますから、これまでと入力方法を変える必要はないと考えられます。 * * * 【A】 (1) 仕入税額の計算方法の主な変更点 ① 原則 インボイス制度導入後、仕入税額の計算方法は「積上げ計算」が原則となります。 具体的な計算方法は下記(2)にて詳述します。 ② 現行の計算方法での原則は? 現行の区分記載請求書等保存方式では、割戻し計算が原則です。 インボイス制度導入後も仕入税額の計算方法を割戻し計算とすることもできますが、売上税額を割戻し計算している場合に限られます(インボイスQ&A問115)。 ③ 積上げ計算をするためには? 事業者が税抜経理方式を採用しているのであれば、期中、請求書等に記載された消費税額等を「仮払消費税等」として積み上げ、その仮払消費税等に基づいて申告書を作成するのがシンプルであると考えられます。 そこで、積上げ計算のために、「仮払消費税等を適格請求書等の記載のとおりに入力しなければならないのか」、「消費税額等が記載されていない適格簡易請求書を受け取った場合はどうしたらよいのか」という疑問が生じます。 積上げ計算では、適格請求書等の記載どおりの消費税額に基づく計算(請求書等積上げ計算)の他、帳簿積上げ計算も認められますから、これまでと入力方法を変える必要はないと考えられます。 (2) 積上げ計算について 積上げ計算には次の①と②の方法があり、併用が認められます。 (3) 実務的な対応 ① 適格請求書の交付を受けた場合 次のいずれかの方法で会計ソフトに仕訳入力をします。 (※) 帳簿積上げ計算を行う場合でも、消費税額等の記載の漏れた適格請求書は適格請求書として不備となりますので、取引先に差し替えてもらう必要があると考えられます。 ② 交付を受けた適格簡易請求書に消費税額等の記載がない場合 適格請求書に基づいて、税率の異なるごとに区分した税込金額を入力し、仮払消費税等については、会計ソフトの自動計算に拠ります。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q72】 「国外に転居した後に行ったFX取引についての課税関係」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 非居住者に対する課税の範囲 所得税法上、「非居住者」とは、居住者以外の個人をいいます。「居住者」とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人とされ、1年以上の予定で海外赴任した場合には、一般的には非居住者に該当することになると考えられます。 個人が稼得する所得が日本において課税の対象範囲に含まれるか否かは、その個人の課税上のステータス(居住者であるか、非居住者であるかなど)により異なります。居住者については、原則として、日本国内だけではなく国外で稼得した所得も課税対象になりますが、非居住者については、国内源泉所得のみが日本において課税されることになります。 この国内源泉所得には、恒久的施設帰属所得のほか、国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得、国内にある資産の一定の譲渡により生ずる所得、組合契約に基づく分配金などが含まれ、所得税法第161条にその範囲が規定されています(国内源泉所得の範囲については、【Q46】参照)。 2 非居住者が稼得するFX取引に係る所得に対する課税関係 FX取引は、デリバティブ取引に含まれ、金融商品取引法上の、売買の当事者が将来の一定の時期において金融商品及びその対価の授受を約する売買であって、当該売買の目的となっている金融商品の転売又は買戻しをしたときは差金の授受によって決済することができる取引(先物取引)に該当すると解されます。また、一般的なFX取引としては、市場デリバティブ取引、店頭デリバティブ取引の両方が行われています(金融商品取引法第2条第21項第1号又は第22項第1号)。 2021年12月24日に閣議決定された「令和4年度税制改正の大綱」において、非居住者又は外国法人がクロスボーダーで行う金融商品取引法上の市場デリバティブ取引及び店頭デリバティブ取引の決済により生ずる所得(デリバティブ所得)は、恒久的施設等に帰属するものを除いて、国内源泉所得である「国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得」に該当しないことを法令上明確化することとされました。 これを受けて、2022年1月7日に、国税庁より、「クロスボーダーで行うデリバティブ取引の決済により生ずる所得の取扱いについて」が公表されました。その中で、上記の、非居住者又は外国法人が稼得するデリバティブ所得が国内資産の運用・保有所得に該当しないという取扱いは、今般の公表時期にかかわらず、過去に稼得されたデリバティブ所得についても適用され、これまでに国内源泉所得に該当するものとして納税を行っていた非居住者又は外国法人については、更正の請求を行うことができるとされています。 3 本件へのあてはめ 2021年に仕事の関係で国外に転居したとのことですので、海外に居住する期間が1年以上の予定である場合には、日本を出国する時から非居住者に該当することになると考えられます。転居後も国内の証券会社の口座を使ったFX取引を継続しているということですので、当該FX取引から生ずる所得が、非居住者にとって課税対象となる国内源泉所得の範囲に含まれるのか否かが問題となります。 ここで、「令和4年度税制改正の大綱」及びそれを受けて国税庁が公表した上記2の取扱いによれば、非居住者が行うクロスボーダーで行う金融商品取引法の市場デリバティブ取引及び店頭デリバティブ取引の決済により生ずる所得は、国内源泉所得に該当しないこととして取り扱うとされています。国外転居後は非居住者となり、かつ、日本の証券会社を通じて行うFX取引はクロスボーダーで行う市場デリバティブ取引又は店頭デリバティブ取引に該当するものと考えられますので、その所得は国内源泉所得として取り扱われないものと考えられます。 したがって、国外転居後に稼得したFX取引に係る所得は日本において課税対象となる所得の範囲に含まれず、確定申告する必要はないと考えられます。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第23回】 「被相続人が老人ホームに入居する直前に居住していなかった宅地等がある場合の特定居住用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は、A宅地及び家屋を所有し、その家屋に1人で居住していましたが、相続開始の5年前に有料老人ホームに入居しました。老人ホームの入居前の状況が次のそれぞれの場合において、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の対象にならないものはありますか。 相続人は長男と長女の2人ですが、長男が遺産分割協議によりA宅地及び家屋を取得しています。長男は、別居親族の要件(前回参照)を満たしているものとします。 【老人ホーム入居前から相続開始までの状況】 [A] ②のケースについては、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることができませんが、①のケースについては、他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等の範囲 特定居住用宅地等は、相続開始の直前において被相続⼈⼜は当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた当該被相続⼈の親族(以下「被相続人等」という)の居住の⽤に供されていた宅地等に該当することが必要となりますが、相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていなかった宅地等であっても、下記の要件を満たす場合には、その被相続人が居住の用に供されなくなる直前まで被相続人の居住の用に供されていた宅地等については、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当することとされています(措法69の4①、措令40の2②③、措規23の2②)。 2 老人ホーム入居前における被相続人の生活の拠点の判定 上記1に記載の通り、被相続人が老人ホーム等に入居等している場合で一定の要件を満たしている場合には、老人ホーム等に入居等をしたことにより居住の用に供されなくなる直前まで被相続人の居住の用に供されていた宅地等については、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当するものとされています。したがって、老人ホーム等の入居直前において被相続人の居住の用に供されていた宅地等が特例の対象になります。すなわち、老人ホーム等の入居直前において、「生活の拠点」がA宅地以外の場合には特例を受けられないことになります。 生活の拠点については、第19回で解説していますが、「被相続人等の居住の用に供されていたかどうかは、基本的には、被相続人等が、その宅地等の上に存する建物に生活の拠点を置いていたかどうかにより判定すべきものと考えられ、その具体的な判定に当たっては、その者の日常生活の状況、その建物への入居目的、その建物の構造及び設備の状況、生活の拠点となるべき他の建物の有無その他の事実を総合勘案して判定する」とされています。 本問の場合の生活の拠点の判定は、下記の通りとなります。 3 本問への当てはめ 〔①の場合〕 上記1の要件を満たし、かつ、老人ホーム入居前における生活の拠点がA宅地となりますので、他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。 〔②の場合〕 上記1の要件は満たしますが、老人ホーム入居前の生活の拠点が長女の自宅でありA宅地とは認められませんので、特例の適用を受けることができません。 ★実務上のポイント★ 被相続人が老人ホームに入居している場合には、上記1に記載の老人ホームの3要件だけではなく、老人ホーム入居前の生活の拠点がどこにあったのかについても確認することが重要となります。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第10回】 「口頭意見陳述をする場合の留意点」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 口頭意見陳述の規定を置く趣旨 再調査の請求においても審査請求においても、書面によるやりとりをもって判断機関と両当事者が主張内容を共有することにより、攻撃防御の確保など充実した審理に資するという書面主義を前提としている。 しかし、必ずしも法律や争訟に明るくない審査請求人に対して、書面のみの手段によって自らの主張を尽くさせることは、権利救済のハードルを自ずと高くすることにもなり、一方で、自らの主張の意図を口頭で補充させることは、原処分庁や判断機関の理解を促進するものであるともいえる。 そこで、再調査の請求及び審査請求において口頭意見陳述の規定を置くとともに、申立てがあった場合には、審理機関はその機会を与えなければならないこととされている。 なお、連載【第4回】において、再調査の請求段階における口頭意見陳述を取り上げているが、審査請求段階のそれとは制度が若干異なる(審査請求人の権利の観点から充実している)ことから、本稿では独立した回次として実務的な運用面を含めて詳述する。 2 口頭意見陳述の申立て (1) 口頭意見陳述の申立書を提出する 口頭意見陳述を行う場合には、審理手続の終結までの間に、以下の様式の申立書を担当審判官に提出することになるが、担当審判官が指定される前の段階で提出する(例えば、審査請求書に添付する)こともできる。 (2) 審査請求人の選択 上記の申立書の様式から、審査請求人は、以下の選択が可能である。 口頭意見陳述は担当審判官が期日及び場所を指定して全ての審理関係人を招集して行われるため、陳述の場には原処分庁も出席していることになるが、原処分庁担当者が出席していると、審査請求人が緊張して思うような陳述ができないと懸念することも想定して、担当者の出席は審査請求人が選択できることとしている。 また、行政不服審査法第31条が、その第5項において、申立人による処分庁に対する発問権を認めていることとの整合性に鑑み、審査請求人による原処分庁に対する発問権を認めている。 この点、原処分庁に応答義務を課する国税通則法の規定はないところ、全ての審理関係人を招集して行う趣旨等を踏まえると、質問に対して原処分庁が適切に回答すべきものであることは当然であり、敢えて応答義務を規定する必要はなかった(※)と整理されている。 (※) 中川一郎・清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所、1989)4659~4660頁において「平成25年6月21日付の総務省の「行政不服審査制度の見直し方針」第2の3(審理手続)の〔説明〕」の総論の該当部分を引用している。 3 口頭意見陳述を開催するまでの手続 申立書が提出されると、担当審判官は、具体的に以下の手続を経て口頭意見陳述を開催する。 (1) 日程調整 主宰する担当審判官とその補佐をする分担者(国税審査官)の出席は必須であり、その事件について指定されている参加審判官2名も出席するのが通常であるが、これらの計4名は、事件ごとにそれぞれ異なる構成となるため、まずは国税不服審判所内部の日程調整と会場(国税不服審判所の会議室で行われることが通常である)の確保を行う必要がある。 そして、審査請求人本人及び代理人に加えて、原処分庁の出席を希望する場合には原処分庁担当者の日程調整を併せて行うことになるが、具体的な日程は、(2)の準備期間を踏まえて、申立書を収受した時点から概ね1ヶ月程度先に設定されることが多い。 出席予定者全員について、日程についての了解が得られた場合には、担当審判官名で口頭意見陳述の招集通知が送付される。 (2) 陳述内容・質問内容の事前送付 当日は、審査請求人が何を言い出すかわからない、いわゆる「ぶっつけ本番」で開催されることはなく、担当審判官から事前に陳述内容と原処分庁に対する質問内容の要旨の提出依頼がある。 これは、担当審判官が事前に内容を把握することによって、 ことが目的であるが、 といった目的もある。 この陳述内容・質問内容の事前送付と原処分庁による回答準備の余裕をみて、1ヶ月程度先に設定されることになる。 4 口頭意見陳述当日の進行 (1) 配置 担当審判官・参加審判官2名・分担者の国税不服審判所側の計4名を正面とし、審査請求人側と原処分庁側が対面ないし国税不服審判所側を向いて「V」の字になるように配席されるのが通常である。 〈口頭意見陳述の配席図〉 (2) 原処分庁側の参加者 原処分庁は税務署の所属職員による調査の場合は税務署長であるが、税務署長本人が出席することはなく、各課税第1部門に所属する不服申立担当調査官(通常は上席調査官)が出席する。 しかし、原処分庁の実質的な司令塔は国税局の審理課であり、不服申立担当調査官に加えて、審理課の税目別の主査(税務署の統括官級)と実査官が当日のみの併任辞令を受けて出席するのが通常である。 (3) 当日の進行順 進行は担当審判官が行い、当日の出席者の紹介の後に、審査請求人又は代理人から、事前に提出された内容に基づく陳述を行う。 この際、新たな内容の陳述を行いたい場合には、要旨を担当審判官に述べた上で、担当審判官から陳述の許可を受けることによって行う。 陳述内容は、担当審判官又は分担者が口頭意見陳述録取書に取りまとめ、審査請求人及び代理人に内容を確認した上で署名させる。 その後、原処分庁に対する質問を希望した場合には、審査請求人又は代理人による原処分庁に対する質問と原処分庁担当者による回答のやりとりがある。 具体的には、国税不服審判所には「YouTubeチャンネル」が開設されており、「審判所ってどんなところ?【国税不服審判所】」という39分29秒の動画の17分30秒の辺りから、口頭意見陳述についてドラマ仕立てで描かれているため、事前に参考にするのが望ましい。 5 審査請求人側の留意点 (1) 調査をした担当官本人は出席しない 税務調査を担当した調査官本人を同席させて担当審判官の面前で苦情を申し出たいことが口頭意見陳述の動機であることが多い。 しかし、苦情は取消しを求める原処分の要件事実との関係性が希薄であり、担当審判官に陳述・質問を許可されない可能性が高いことに加え、上述のとおり、出席する原処分庁担当者は不服申立て関係の担当官であって、税務調査を担当した調査官本人が出席することはまずないと心得ておいた方が良いだろう。 (2) 訴訟のような対審構造ではない 原処分庁に対して直接質問をすることができるものの、口頭意見陳述はあくまで審査請求人と担当審判官とのやりとりが原則であって、その場で原処分庁との直接の討論が期待できるものではなく、陳述後の書面のやりとりで展開されることになる。 (3) 回答内容に過度の期待を持たない 原処分庁に対して質問をしたものの、審査請求人が期待するような踏み込んだ回答でない(紋切り型の回答である)ことも多く、その場で「更問い」をしたとしても、原処分庁はあらかじめ準備した回答を超える内容の回答をする可能性は薄い。 これについては、当日までに質問内容を吟味することによって、真に回答させたい内容を引き出すような工夫を検討しなければならないだろう。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第72回】 「ガーンジー島事件」 ~最判平成21年12月3日(民集63巻10号2283頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)