monthly TAX views -No.109- 「人的資本の向上と税制」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 岸田政権が掲げる「新しい資本主義」には、成長戦略がないといわれている。経済成長しなければ分配も一回きりで終わり、さらなる成長にはつながらない。年金など社会保障の持続可能性を高めるためにも経済成長は欠かせない。 一方、有識者や経済学者のコンセンサスともいうべき成長戦略は、生産性を向上させるための人的資本の向上である。 わが国の労働人口は継続的に減少を続けていることから、成長のためには生産性の上昇が不可欠であり、企業レベル・産業レベルでの成熟、衰退分野から成長分野への移動や転換と、それにあわせた労働者の人的資本の向上(古くなった知識更新のためのリスキリングや能力開発)が必要だ。 これらがセットとして進んでいけば、産業構造の高度化が進み、生産性も向上し、賃金も継続的に増加していく。 このような再教育や能力開発は、正規雇用者にとどまらず、非正規雇用者や、働き方改革で増加するフリーランス、さらにはギグワーカー(単発の契約で労務を提供する個人事業者)にも広がっていくことが望ましい。 ジョブ型雇用形態の導入が進んでいけば、労働者は次のジョブに移るため、ますます自らスキルを高める努力を行っていかなければならない。 一方、これまでわが国の人的資本の向上は、OJT(On The Job Training:職場内で実施される訓練)という形で企業が担ってきた。ところが今後労働の流動性が高まる(流動性を高める)となると、企業は自らのコストで行う人的資本の向上のための再教育・リスキリングを躊躇したり縮小することが予想される。せっかく鍛え上げても、他の企業に転職されてはたまらないからだ。 そこで、税制でこのような人的資本の向上を支援する必要が出てくる。 * * * 法人税の分野では、人材確保等促進税制(いわゆる「賃上げ税制」)が導入され、企業が行う教育訓練費を増加させた場合には税額控除額を増やしてきた。令和4年度税制改正でこの点をさらに深堀する。 個人所得税の分野では、平成24年度改正で給与所得者の特定支出控除を拡充し、弁護士、公認会計士、税理士などの資格取得費や、図書費、交際費等勤務必要経費が特定支出に追加された。 「100年時代の人生戦略」(リンダ・グラットン)を考えるには、個々人が不断にスキルや能力を高めていくことが重要であり、そのためにはさらなる税制でのインセンティブが必要となろう。 例えば、現在特定支出控除の適用を受けるためには、給与等の支払者の証明書を添付する必要があるが、上述のように、個人が人的資本向上のための投資をする時代には、この要件は見直す必要があろう。 また、失業中に学費を払って教育・研修を受ける場合には、その支出を繰越欠損金のような形で、転職後複数年に渡って控除可能とするような仕組みも考えられるのではないか。知恵の絞りどころである。 (了)
〔令和4年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第1回】 「「中小企業の設備投資を支援する措置の延長等」 「中小企業経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)の創設」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和3年度税制改正における改正事項を中心として、令和4年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第1回】は、「中小企業の設備投資を支援する措置の延長等」及び「中小企業経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)の創設」について、令和4年3月期決算申告において留意すべき点を解説する。 1 中小企業の設備投資を支援する措置の延長等 中小企業の設備投資を支援するための税制措置が、令和3年度税制改正により延長されている。したがって、令和4年3月期の決算申告においては適用されることになる。具体的には次の通りである。 (1) 「中小企業経営強化税制」の見直しと延長 「中小企業経営強化税制」とは、青色申告書を提出する中小企業者等が、中小企業等経営強化法の認定を受けた経営力向上計画に基づき、一定の設備を取得し指定事業に供用した場合に、即時償却又は税額控除(7%又は10%)を認める制度である。 (※) 資本金又は出資金3,000万円以下の中小企業者等。 適用対象となる設備は次の通りである。また、令和3年度税制改正により、計画終了年度に修正ROA又は有形固定資産回転率が一定以上上昇する経営力向上計画を実施するために必要不可欠な設備が、「経営資源集約化設備(D類型)」として対象設備に追加された。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※1) 情報通信業や医療保険業においては、一定の場合に制限あり。 (※2) 医療保険業を行う事業者が取得等するものは除く。 (※3) 複写販売用の原本、開発研究用のもの、サーバー用OSのうち一定のものなどは除く。 令和3年3月31日までの間に取得等して事業供用した資産が対象とされていたが、これが2年延長され、令和5年3月31日までに取得等して事業供用した資産が対象とされた。したがって、令和4年3月期の決算申告においては適用が継続される。 (2) 「中小企業投資促進税制」の見直しと延長 「中小企業投資促進税制」とは、青色申告書を提出している中小企業者等が、特定の機械装置などを取得等して、指定事業に供用した場合に、その事業の用に供した事業年度において、30%の特別償却又は7%の税額控除を認める制度である。 (※) 資本金又は出資金3,000万円以下の中小企業者等。 適用対象となる設備は次の通りである。 対象となる指定事業に「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」の対象業種が追加されるなど、令和3年度税制改正により、下記の通り一定の見直しが行われている。 令和3年3月31日までに取得等をして事業供用した資産が対象であったが、これが2年延長され、令和5年3月31日までに取得等して事業供用した資産が対象とされた。したがって、令和4年3月期の決算申告においては適用が継続される。 (3) 「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」の廃止 「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」とは、青色申告書を提出する中小企業者等が認定経営革新等支援機関等の指導及び助言を受け、一定の器具備品及び建物附属設備を取得した場合に、30%の特別償却又は7%の税額控除を認める制度である。 令和3年度税制改正により、「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」の対象業種が「中小企業投資促進税制」に追加されたことを受け、「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」は令和3年3月31日をもって廃止された。 2 中小企業経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)の創設 令和3年度税制改正において、中小企業のM&Aのリスクに備えた措置として、「中小企業事業再編投資損失準備金」が創設された。 「中小企業事業再編投資損失準備金」とは、青色申告書を提出する中小企業者が、認定経営力向上計画に従ってM&Aを行い、損失に備えるために準備金を積み立てた場合に、その積立額の損金算入を認める措置である。 具体的な適用要件は次の通りである。 準備金の積立額について、積み立てた事業年度の損金に算入できる。 積み立てた事業年度終了の日の翌日から5年経過した日を含む事業年度から、5年間で残高の均等額を取り崩して益金算入する。 ただし、主として次のようなケースには準備金の取崩しと益金算入が必要となる。 この改正は、「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律」の施行日(令和3年8月2日)から適用される。したがって、令和4年3月期決算申告においては適用が開始されている。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例38】 「不動産業者が外務員に支払う歩合給の損金計上時期」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、東京都内で不動産仲介業を営む株式会社Aの代表取締役です。私がこの業界に入ったきっかけは、大学卒業後先輩の勧めでなんとなく大手不動産会社に入社したことだったわけですが、自分が頑張れば頑張るほど結果が出て実入りが多くなるという仕事のやり方が、思いのほか私の性に合ったため、以来30年間この業界で働いております。 大手不動産会社を退職して独立開業したのは今から15年前であり、今では20人のスタッフを抱えるところまで来ております。現在、わが社の主たる業務は、首都圏一円の一戸建てや分譲マンションの売買仲介となっております。 不動産業界(宅地建物取引業者)においては、保険や自動車販売業界でも導入されていると思われますが、その営業職の給与体系は、売上に応じて給与が決まる歩合給の場合と、基本給と諸手当によって賃金が決まってくる固定給の場合とがあるようです。ただし、歩合給といっても、完全歩合給(フルコミッション)のケースと、歩合の部分と固定給(最低保証)の部分があるケース(一部歩合給)とに分けられるようです。 私自身は、営業職たるもの、すべからく完全歩合給で働くべしと考えており、自社の営業職にもそれを強く勧めております。経営者の立場からみても、完全歩合給は会社の利益に真に貢献している者に報いる報酬体系といえることから、合理的と考えております。給料制というのは、働かない者にも会社の稼ぎを分配する仕組みであり、社会主義的な悪平等主義にもつながるため、大企業に多い働かない中高年に悩まされている優秀な営業マンほど嫌うのではないかと、私は理解していました。 しかし、わが社の場合、実際には、完全歩合給と一部歩合給との割合が半々といったところです。完全歩合給は、働く人間にとって、報酬に上限がないことから大きなインセンティブになると信じていますが、わが社に転職してくる者と面接してみると、契約が取れないときの不安定さやプレッシャーが怖いと言って、一部歩合給を選択するようです。 さて、そのようなわが社に先日税務署の調査が入り、一点当局と見解が異なる事項が生じました。それは、当社の扱っていた一戸建ての販売収益の計上時期に誤りがあり、当社が計上した事業年度(X2事業年度)ではなくその前事業年度(X1事業年度)に計上すべきであるという点に関しては調査官と合意したのですが、その原価につき当社の完全歩合給の営業担当への実際の支払いがX2事業年度であるからといって、X2事業年度まで認められないという調査官の主張につき、当社はどうにも承服できないという点です。 費用収益対応の原則に従えば、売上収益に対応する事業年度にその原価に含まれるべき歩合給も計上すべきとなるものと考えておりますが、当社の考え方に問題はあるのでしょうか、教えてください。 【A】 宅地建物取引業者の営業職に支払われる具体的な取引ごとに定まる歩合給債務は、販売商品や製品の原価(売上原価)とは異なりますが、具体的な不動産売買に際し、仲介人である宅地建物取引業者が役務を提供し仲介料請求権を取得するのに伴って、当該債務を負担することになります。 また実質的には、当該取引仲介のための完全歩合給の営業職が提供する労務が、仲介という役務の一部を構成していることから、当該原価に準ずるものとして、その歩合給を実際に支払った事業年度に計上するのではなく、費用収益対応の原則により、当該収益を計上する年度と同一年度において歩合給債務を計上するのが相当であると考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 売上原価等の意義 法人税法における損金の額のうち、収益を生み出す特定の資産・役務との個別の対応関係が明らかな原価は、その個別的対応関係に着目して、費用収益対応の原則が適用される(個別対応の原則)。当該「個別対応の原則」は、法人税法上、売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価(売上原価等)につき、それらと対応する収益と同一の事業年度において、その額が損金算入されるべきことが明らかにされている(法法22③一)。 上記個別対応の原則が適用される売上原価等のうち、売上原価とは、商品や製品の販売に係る収益に対応する当該商品・製品の購入や製造等に要した費用をいう。次に完成工事原価とは、請負工事契約に基づく工事の原価を意味し、請負による収益に対応する原価の額には、その請負の目的となった物の完成又は役務の履行のために要した材料費、労務費、外注費及び経費の額の合計額のほか、その受注又は引渡しを行うために直接要したすべての費用の額が含まれることとなる(法基通2-2-5)。 また、最後に掲げられた「その他これらに準ずる原価」であるが、これは、厳密には売上原価又は完成工事原価には該当しないとしても、前二者と同様の性格を有し、売上と個別的な対応関係を有する費用の項目をいう。例えば、加工請負の場合の加工原価や、法人税法上観念される固定資産の譲渡原価などがそれに該当する、と解されている(※1)。 (※1) 中里実他編『租税法概説(第4版)』(有斐閣・2021年)186頁。 (2) 売上原価等の見積計上 上記(1)でみた売上原価等のほか、販売費、一般管理費その他の費用は損金算入が認められている(法法22③二)。ここで重要なのは、販売費、一般管理費その他の費用については、裁判例や課税実務上、損金の額に算入するための要件として、以下の3つのすべてを満たす必要があるという点である(法基通2-2-12)。 費用認識に関する上記制限を一般に「債務確定基準」という。当該基準は、会計上は費用収益対応の原則により幅広く費用計上が認められている販売費及び一般管理費等につき、その損金算入に関する恣意性を抑制する効果があるものと解されている(※2)。 (※2) 中里他前掲(※1)186頁。 一方、売上原価等は、個別対応の原則に従い、収益と対応してその帰属事業年度が決定されることによって、計上の額及び時期の客観性が担保されていると考えられる。そのため、売上原価等を構成する費用の額の全部又は一部が事業年度終了の日までに確定していない場合にも、近い将来当該未確定の費用を支出することが相当程度の確実性をもって見込まれており、かつ、事業年度末日の現況によりその金額を適正に見積もることが可能であったという事情がある場合には、収益と対応する売上原価等として損金に算入することが認められることとなる(牛久市売上原価見積事件、最高裁平成16年10月29日判決・刑集58巻7号697頁、本連載【事例16】参照)。 (3) 宅地建物取引業者の外務員に支払われる歩合給債務の損金計上時期が争われた事例 それでは、売上原価等のうち、「その他これらに準ずる原価」として、本件のような営業職の歩合制給与は該当するのであろうか。やや古い裁判例ではあるが、宅地建物取引業者の外務員に支払われる歩合給債務の損金計上時期が争われた事例(東京高裁昭和48年8月31日判決・判時717号40頁、TAINSコード:Z070-3159)があるので、以下で確認してみたい。 ① 事例の概要 原告(株式会社)は宅地建物取引業者であるが、昭和41年7月31日において、原告の昭和40年6月1日から同41年5月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という)の法人税について、課税所得金額85万8,766円、税額11万9,900円との確定申告をしたところ、被告・税務署長は、同42年4月28日付で、課税所得金額を213万7,033円、税額を51万6,270円とする更正処分を行った上で、原告に対し過少申告加算税として1万9,800円を賦課する旨の決定をした。 上記課税所得の差額(増差所得)である127万8,267円のうち、原告は一審で24万767円分について本件事業年度の所得として認めたが、残りの103万7,500円については引き続き争ったところである。これは、仲介手数料収入計上漏れの金額147万7,500円から外交員に対する未払手数料(歩合給)の44万円を控除した金額に相当する。 一審の東京地裁昭和48年1月30日判決・TAINSコード:Z069-3034において裁判所は、仲介手数料収入に関し、宅地建物取引業者は商人であるから、依頼者に対し報酬請求権を有するが、不動産取引の仲介は、民事契約の仲介ではあっても、これを商事仲立と区別すべき理由がないから、特別の事情のないかぎり、商事仲立に関する商法第550条第1項を類推適用して、仲介が成功したとき、すなわち、当事者間の不動産取引の契約が有効に成立したときに、この報酬請求権が発生するものと解すべきであるとした。したがって、宅地建物取引業者の報酬請求権は、仲介にかかる契約が有効に成立し、かつ、報酬額が具体的に約定されて、これを行使しうる状態になったときに確定するものと解すべきと判示した。 また、外交員に対する未払手数料については、原告会社においては、外交従業員が会社の不動産取引の仲介業務に従事したことにより、依頼者から原告会社に仲介手数料(報酬)が支払われた場合には、原告会社が当該外交員に対し歩合給(外交報酬)として右手数料の3割ないし5割の金員を右支払いの日の属する月の末日に支給する旨定めていたことが認められ、このような歩合給債務は、依頼者から原告に対し、これに対応すべき仲介手数料が支払われたときに具体的に確定するものというべきであると判示した。 したがって、本件事業年度において、仲介手数料収入計上漏れの金額143万2,500円(4万5,000円分を減額)を益金とし、外交員に対する未払手数料(歩合給)の44万円を損金に計上した課税庁の処分は、その範囲において適法であるとされた。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 二審の東京高裁は、基本的に一審の判断を維持し、納税者側の主張を斥けた。 争点1 争点2 ④ 本裁判例から学ぶこと (1)で述べたとおり、法人税法における損金の額のうち、収益を生み出す特定の資産・役務との個別の対応関係が明らかな原価は、その個別的対応関係に着目して、費用収益対応の原則(その中でも「個別対応の原則」)が適用されるが、本裁判例は、当該原則が適用される売上原価等の中で、「その他これらに準ずる原価」とは何が該当するのかについて、不動産取引に係る仲介のための外務員の労務の提供もそれにあたるということを判示したリーディングケースとして、意義があるものと考えられる。 費用収益対応の原則ないし権利確定主義につき、二審である本裁判例において裁判所は、納税者側の主張を訂正する形で、以下の通り判示している。 現代において、収益・費用、益金・損金の計上の時期につき、現金主義的な経理を採用している法人は、中小企業といえどもそれほど多くないであろう。しかし、税務調査でその旨を「苦し紛れに」主張するケースは、未だ少なくないようである。当然のことながら、現金主義により益金・損金の計上時期が定まることはまれであることを、改めて確認しておきたい。 (4) 本件へのあてはめ 宅地建物取引業者の営業職に支払われる具体的な取引ごとに定まる歩合給債務は、販売商品や製品の原価(売上原価)とは異なるが、具体的な不動産売買に際し仲介人である宅地建物取引業者が役務を提供し仲介料請求権を取得するのに伴って、当該債務を負担することになるものである。 また、実質的には、当該取引仲介のための完全歩合給の営業職が提供する労務が、仲介という役務の一部を構成していることから、当該原価に準ずるものとして、その歩合給を実際に支払った事業年度に計上するのではなく、費用収益対応の原則により、当該収益を計上する年度と同一年度において歩合給債務を計上するのが相当であると考えられる。 (了)
租税争訟レポート 【第59回】 「事業所得の不申告と虚偽の住民登録(所得税法違反) (大阪地方裁判所令和2年9月14日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【事案の概要】 被告人は、大阪市内に居住し、同所において、インターネット販売サイト上で音響機器等を販売する事業及び不動産賃貸業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、居住実態がない住所に住民登録をして住民登録と実際の住所が異なる状態を生じさせる方法により、その所得を隠匿したうえ、平成26年分から平成29年分までの4年分における総所得金額、これに対する所得税額、所得税及び復興特別所得税額、その申告納税額並びにそのうちの所得税額がそれぞれ同表記載のとおりであったにもかかわらず、同表記載の各法定納期限までに、所轄税務署長に対し、所得税及び復興特別所得税の確定申告書を提出しないで同期限を徒過させ、もって不正の行為により、同表記載の各年分の所得税額及び復興特別所得税額の申告納税額のうちの所得税額合計31,890,205円につき所得税を免れた。 〈被告人の各年分の総所得金額及び所得税額〉 【判決の概要】 1 争点 検察官が、所得秘匿工作に当たると主張している、被告人による以下の行為が、確定申告書を提出しなかったことに関する所得秘匿工作に当たるか否か。 検察官の主張に対し、弁護人は、被告人による行為に関する事実関係は争わず、これらの行為は、所得税をほ脱する意図によるものではなく、税務当局の調査を困難にさせるものでもないから、いずれも所得税法238条1項の「偽りその他不正の行為」の前提となる所得秘匿工作には当たらないと主張し、被告人には同条3項違反の罪が成立するにとどまり、さらに、平成26年分の所得税ほ脱については公訴時効期間経過後の起訴であるから免訴の判決を言い渡すべきであると主張した。 関係する条文は以下のとおりである(条文の一部及びかっこ書きを適宜省略している)。 2 裁判所の判断:①居住実態がない住所に住民登録をしたことについて (1) 税の賦課徴収を困難ならしめる行為といえるか ① 事実関係(被告人の住民登録の推移) 裁判所が認定した被告人の住民登録と居住の実態の推移は次のとおりである (※) 判決によれば、不動産取得税軽減のための一時的な住民登録の変更。 ② 裁判所の判断 裁判所は、まず一般論として、税務署は、原則としてその管轄区域内に住所を有する納税義務者を対象として所得税の賦課徴収に当たるため、納税義務者が居住実態のない住所に虚偽の住民登録を行うことで居住実態と住民登録が異なる状態が生じると、当該納税義務者につき管轄を有すべき税務署において、当該納税義務者の存在自体を把握できず、これを把握しても当該納税義務者が居住地等につき虚偽を述べるなどして、税務調査に着手しても所得の把握が困難になるといった事態が生じ、税の賦課徴収が困難となるという判示をした。 そのうえで、被告人が虚偽の住民登録をすることにより、判示の各年分を通じて住民登録と居住実態とが異なる状態が継続していたのであるから、被告人が虚偽の住民登録をしていたことは、判示の各年分の所得税の賦課徴収を困難ならしめる行為であると断じた。 その理由として、裁判所は、税務署が被告人に調査の事前通知を発送したものの、虚偽の住民登録により調査が実施されず、インターネット販売を端緒に被告人を把握した大阪国税局も被告人の住居地の確定に時間を要するなどして、税務署の事前通知から大阪国税局職員が被告人を訪問等するまでに約3年間を要していることからも明らかであると述べている。 (2) ほ脱の意図に基づくものといえるか 裁判所は、税務署には管轄の問題があるため虚偽の住民登録によって税務調査が困難になるということを認識していた被告人は、虚偽の住民登録によって居住実態と住民登録が異なる状態が継続していれば、税の賦課徴収が困難な状態が将来にわたって継続することを当然に認識していたものと認められると被告人意図について判断を示した。 そのうえで、被告人が、事業開始以来、本件各犯行に至るまで確定申告を一切行わず、確定申告を強く促す親族に対してその意思はない旨を明言していたことも併せ考えれば、被告人は、虚偽の住民登録が法定納期限到来前の年分の所得税の税務調査をも困難にさせることを理解したうえで、あえて虚偽の住民登録をした、すなわちそれらの所得税に関するほ脱の意図をもって虚偽の住民登録をしたものと優に認められる。 以上(1)、(2)の判断から、裁判所は、被告人が虚偽の住民登録をしたことは、所得秘匿工作に当たるという結論を述べた。 3 裁判所の判断:②他人名義の銀行口座からの仕入代金の送金について 裁判所は、被告人が、平成24年夏頃以降、商品の仕入れを知り合いの中国人を介して行うこととし、その仕入代金を、被告人名義のC銀行口座のほか、妻、実父、実母及び義母の名義でそれぞれC銀行に開設した口座(以下、併せて「借名口座」という)から送金するなどしていたこと、被告人の仕入代金の送金のうち、借名口座からの送金額が約8割であったことを事実として認定した。 これに対し、被告人は、借名口座を利用した理由について、C銀行の口座からの海外送金の上限額が1年当たり300万円であったのに対し、送金を要する仕入代金がこれを大きく上回るものであったためであると供述しており、裁判所は、同供述が、C銀行の送金上限額や借名口座の利用状況とよく整合しており、信用することができるという判断を示した。 一方、検察官は、被告人がこうした理由で借名口座を利用していたとしても、ほ脱の意図が併存すらしていなかったとは考え難いと主張したが、裁判所は、仕入代金のみを隠匿することは、所得が実態よりも多いかのような外観につながり得るもので、所得を隠匿する方法としてはやや迂遠であり、被告人が、所得秘匿工作の側面があることまでも認識していたと認めるには、なお合理的疑いが残るといわざるを得ないと理由を述べたうえで、被告人が借名口座から仕入代金の送金を行ったことは、所得秘匿工作に当たるとは認められないという判断を示した。 4 裁判所の判断:③他人名義を含む多数のオークションサイトIDを使用して販売取引をしたことについて 裁判所は、被告人が、音響機器等の販売事業に当たり、平成22年5月から平成29年9月までの間に取得した11個の「ID」(以下「アカウント」という)を用いてオークションでの出品を行っていたことを認めたうえで、アカウントの登録名義と売上金の入金口座の名義人が異なる場合、税務当局は、当該取引及び売上げの帰属主体を調査することが必要となり、十分な確証が得られない場合には、売上げの帰属主体を認定することができず、税の賦課徴収が困難となる危険があるという見解を示した。ただし、被告人が有していた11個のアカウントのうち、登録名義と売上金の入金口座の名義人が異なるのは「D」、「E」、「F」の3個であり、これらのアカウント(以下「偽名アカウント」という)からの出品は、税の賦課徴収を困難ならしめるものといえることから、被告人が偽名アカウントを取得し、同アカウントから商品を出品したことは、所得税の賦課徴収を困難ならしめる行為といえると判示した。 しかし、裁判所は、被告人のオークションでの出品件数は、アカウントの登録名義と売上金の入金口座の名義人の情報が一致している「H」のアカウントからの出品が約9割を占めており、さらに、偽名アカウントの売上金も、被告人名義の銀行口座に入金されていたことを認めた。そのうえで、被告人が偽名アカウントの使用によって売上金を秘匿しようと考えていたとすれば、商品を出品するアカウントをより分散したり、入金口座を借名口座等の別の名義人のものにしたりする方がより効果的かつ自然であると考えられることから、裁判所は、被告人が偽名アカウントを取得し、同アカウントから出品をしたことが、売上金を秘匿する意図のもと行われたものであるかについては疑問の余地があるとして、被告人が偽名アカウントを取得し、同アカウントから商品を出品したことにつき、ほ脱の意図があったと認めることはできないことから、所得秘匿工作に当たるとはいえないという判断を示した。 5 裁判所の判断:④内容虚偽の市・県民税申告書の提出について 裁判所は、被告人が、平成27年6月、平成28年6月及び平成29年7月の3回にわたり、長男の保育園に関する手続のため兵庫県三田市役所に所得・課税証明書の発行を求めた際、市役所側から市・県民税申告書の作成を求められ、所得金額の合計額が0円で、貯金を取り崩して生活している旨内容虚偽の記載をした市・県民税申告書を提出したことを事実として認定した。 そのうえで、裁判所は、市・県民税を含む住民税は、前年の所得金額を課税標準とするものであるから、内容虚偽の市・県民税申告書の提出は、直接的には、既に所得税の法定納期限を過ぎている前年分の所得のみを秘匿する工作としての意味合いを有するにすぎず、間接的に所得税の賦課徴収が困難となる面がないとはいえないものの、このような間接的な影響をもって所得秘匿工作に該当するとすれば、特定の年分の不申告に関係する所得秘匿工作が、将来の全ての年分との関係でも調査の契機を失わせたとして所得秘匿工作に当たるということになりかねず、相当ではないと理由を述べて、検察官の主張を退け、前年の所得に関する内容虚偽の市・県民税申告書の提出をもって、当該年分の所得税に係る所得秘匿工作に当たるということはできないという判断を示した。 6 結論 裁判所は、結論として、検察官の主張する前記①から④までの各行為のうち、所得秘匿工作に当たると認められるのは、同①の虚偽の住民登録のみであるものの、前記のとおりの住民登録の状況やこれによる調査の遅延等に鑑みると、同①の行為のみをもって、本件に係る各不申告についての所得秘匿工作に当たると認めるに十分であると判示した。 【解説】 インターネットのオークションサイトで得た収入を長年無申告であった被告人は、起訴の対象となった4年間で、1億1,000万円の所得を隠し、3,200万円の所得税を逃れていた。判決文からは、なぜ、被告人の無申告が露見したのかは明らかではないが、推測するとすれば、被告人名義の預金口座に多額の送金をしていることが、オークションサイト運営者のデータから判明して、所轄税務署が被告人名義の預金口座の入出金履歴を調査したというあたりかもしれない。 脱税の対価は、罰金800万円と執行猶予が付いたとはいえ懲役1年の判決であった。もちろん、3,200万円の所得税を全額納付したうえで、重加算税と延滞税が加算され、住民税も納付しなければならないことはいうまでもない。おそらくは、「申告しなくても大丈夫だろう」くらいの軽い気持ちで、又は、「申告方法がわからない」「面倒くさい」ということで始めたのではないかと思料するが、結果的には、大変高い代償を支払うことになってしまった。 裁判所の事実認定では、平成27年6月に、被告人が、長男の保育園に関する手続のため兵庫県三田市役所に所得・課税証明書の発行に際して、市・県民税申告書の作成を求められたため、所得金額の合計額が0円で、貯金を取り崩して生活している旨の内容虚偽の記載をした市・県民税申告書を提出したとのことである。被告人が、この時点で、虚偽の申告書を提出せず、平成26年分の所得税について期限後申告をしていれば、刑事事件にはならずに済んだであろうと考えると、嘘の上に嘘を重ねた結果の有罪判決であったといえるだろう。 1 虚偽の住民登録をめぐる弁護人の主張に対する裁判所の判断 (1) 虚偽の住民登録 弁護人は、平成27年分及び平成28年分の所得税に関しては、各年中に被告人が虚偽の住民登録をしておらず、所得秘匿工作は行われていない旨主張した。 これに対し、裁判所は、虚偽の住民登録によって居住実態と住民登録が異なる状態が継続していれば、被告人の居住地を管轄する税務署において税の賦課徴収が困難な状態も継続する一方、虚偽の住民登録先である三田市を所轄する税務署等が被告人の実際の住居を把握することも困難になるのであるから、平成26年9月に三田市に虚偽の住民登録をし、その状態を継続したことにより、同年分以降の所得税の賦課徴収をも困難ならしめたことは明らかであるとして、弁護人の主張を一蹴した。 さらに、弁護人は、平成29年分の所得税に関して、大阪国税局は当時既に種々の調査により被告人の住居を把握していたこと、被告人の住民登録と実際の住居はいずれも同じ税務署の管轄内にあったことから、住民登録と実際の住居が異なることにより税の賦課徴収が困難になったことはない旨主張する。 この主張に対して、裁判所は、税務署等が納税義務者の住居と思しき場所を把握したとしても、真実の住居がいずこであるのか調査する必要が生じるし、納税義務者の工作等により調査が奏功せず所得の把握に至らないこともあり得る。現に、本件では、被告人が大阪市内の住所に虚偽の住民登録をする前後を通じ、被告人及びその妻が大阪国税局職員らに対して別人を装って虚偽を述べている。住民登録と実際の住居が同じ管轄内であっても、管轄の問題が生じないというだけで、実際の住居が判明せず税の賦課徴収が困難になる危険があることには変わりないと、弁護人の主張を斥けた。 (2) 被告人によるほ脱の意図 弁護人は、被告人が平成26年9月及び平成29年10月に虚偽の住民登録をしたのは、既に法定納期限を過ぎている所得税の税務調査を免れるためであって、まだ法定納期限が到来していない所得税の税務調査を予期し、これを免れるためにしたものではないから、被告人には、判示の各年分の所得税をほ脱する意図はなかった旨主張し、被告人もこれに沿う供述をした。 これに対して、裁判所は、確かに、被告人が平成26年9月に提出した転出届が転出日を遡らせたものであったこと、被告人が平成29年9月頃に妻に対して時効で少しでも昔の分の税金を払わなくて済めばよいとの発言をしたことからすれば、被告人が、既に法定納期限を過ぎた年分の所得税を免れることを強く意識していたことはうかがわれると述べた。 そのうえで、裁判所は、既に法定納期限を過ぎた所得税を免れる意思と今後法定納期限が到来する所得税を免れる意思とは、併存し得るのであって、被告人が虚偽の住民登録をする際に居住実態と住民登録が異なる状態を解消させる見通しがあったわけでもないことにも照らし、前者の意思をもって後者の意思を否定することはできないという判断を示した。 そして、本件では、被告人は、虚偽の住民登録によって税の賦課徴収が困難な状態が将来にわたって継続することを認識し、本件各犯行まで確定申告を一切行わず、その意思がない旨明言していたのであって、このような所得税を払いたくないという意思は、既に法定納期限を過ぎた所得税を免れる意思と今後法定納期限が到来する所得税を免れる意思を包摂するものとすらいえることにも照らし、被告人には後者の意思もあったと認められる。後者の意思を否定する被告人の供述は不合理であって信用できず、弁護人の主張は採用できないとして、被告人のほ脱の意図についても、弁護人の主張を斥けた。 2 被告人の所得税ほ脱の意思に関する検察官の主張と裁判所の判断 検察官は、被告人が、遅くとも平成25年頃から実姉に確定申告をするよう忠告されるなどしていたにもかかわらず、ネット販売を開始した平成22年頃から一切所得税の確定申告をせず、会計帳簿も作成していなかったこと、平成26年1月頃以降、税金を支払わないという趣旨の発言を繰り返していたこと等からすれば、被告人には一貫した強固な所得税ほ脱の意思が認められ、上記①から④までの各行為はその強固なほ脱の意思に基づく一連の行為であると主張した。 これに対し、裁判所は、被告人が一貫した強固なほ脱の意思を有していたことは認めたものの、被告人がどのような意図でそれぞれの行為に出たのかについては、個別的に検討判断する必要があることから、検察官主張の各行為のうち、ほ脱の意図によるものか否かについては、既に個別に認定判断したとおり、被告人が虚偽の住民登録をしたことは、所得秘匿工作に当たるものの、それ以外の行為は、所得秘匿工作に当たるということはできないと結論づけた。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第22回】 「区分登記がされていない二世帯住宅の場合に被相続人が老人ホームに入居した場合の特例居住用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は、A宅地及び家屋を所有し、1階は自己の居住の用に供し、2階部分は長男家族が居住していました。家屋は1階と2階でそれぞれに玄関もあり、構造上区分されていますが、区分登記はされていません。 甲は、相続開始(令和4年2月1日)の5年前に有料老人ホームに入居しました。老人ホームの入居後の利用状況及びA宅地及び家屋の取得者が次のそれぞれの場合には、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の対象にならないものはありますか。 甲の相続人は、長男である乙、二男である丙、長女である丁の3名です。乙も丙も会社員であり、持家はありませんが、それぞれ自己の収入に基づき生活をしており、甲との間に生活費等の援助はありませんが、丁は離婚して子供もおり、甲から生活費等の援助を受けていますので、生計を一にしていた親族に該当します。 [A] ②及び④のケースについては、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることができませんが、①及び③のケースについては、他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等の意義 被相続⼈⼜は当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた当該被相続⼈の親族(以下「被相続人等」という)の居住の⽤に供されていた宅地等(当該宅地等が2以上ある場合には、政令で定める宅地等に限る。「第19回で解説」)で、当該被相続⼈の配偶者⼜は一定の要件を満たす当該被相続⼈の親族(当該被相続⼈の配偶者を除く)が相続⼜は遺贈により取得したものをいいます(措法69の4③二)。 一定の要件を満たす被相続人の親族は、下記の(1)~(3)のいずれかを満たす親族をいいます。 (1) 同居親族 当該親族が相続開始の直前において当該宅地等の上に存する当該被相続⼈の居住の⽤に供されていた⼀棟の建物(当該被相続⼈、当該被相続⼈の配偶者⼜は当該親族の居住の⽤に供されていた部分として政令で定める部分に限る)に居住していた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、当該建物に居住していること。 政令で定める部分とは、次に掲げる場合の区分に応じてそれぞれに定める部分をいいます(措令40の2⑬、措通69の4-7の4)。 本問の場合には、区分登記がされていない建物に該当するため、被相続人又は被相続人の親族の居住の用に供されていた部分が対象となります。 (2) 別居親族 当該親族が次に掲げる要件の全てを満たすこと(措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 (3) 生計一親族 当該親族が当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、相続開始前から申告期限まで引き続き当該宅地等を⾃⼰の居住の⽤に供していること。 2 老人ホームに入居している場合の特定居住用宅地等の範囲 特定居住用宅地等は、相続開始の直前において被相続人等の居住の⽤に供されていた宅地等に該当することが必要となりますが、相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていなかった宅地等であっても、一定の要件を満たす場合には、その被相続人が居住の用に供されなくなる直前まで被相続人の居住の用に供されていた宅地等については、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当することとされています(措法69の4①、措令40の2②③、措規23の2②)。 一定の要件については、第20回で解説していますが、本問の場合には、下記の老人ホーム等の入居後の用途制限の要件が関わってきます。 〈老人ホーム等の入居後の利用制限の要件〉 3 1棟の建物で区分登記されていない二世帯住宅の場合の特定居住用宅地等の範囲 被相続人の居住の用に供されていた建物が一棟の建物(区分所有建物である旨の登記がされている建物を除く)である場合には、その一棟の建物の敷地の用に供されていた宅地等のうち被相続人の親族の居住の用に供されていた部分は、被相続人の居住の用に供されていた宅地等として取り扱います(措令40の2④、措通69の4-7)。 4 本問への当てはめ 本問の場合には、入口の要件として被相続人等の居住の用に供されていた宅地等に該当するのか、出口の要件として取得者の要件を確認することになります。 〔①の場合〕 老人ホーム等の入居後の利用制限の要件は満たされますので、A宅地は被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当することになります。二世帯住宅の場合で区分登記がされていない建物である場合には、被相続⼈⼜は当該被相続⼈の親族の居住の⽤に供されていた部分が被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当することになりますので、1階及び2階の両方が対象となります。乙は上記1(1)の同居親族の要件を満たすことになりますので他の要件を満たせば特例の対象になります。 〔②の場合〕 丙は生計別親族であり、老人ホーム入居後に被相続人等以外の者の居住の用に供していることになるため、A宅地は、被相続人の居住の用に供されている宅地等には該当せず、特例を適用することができません。 〔③の場合〕 丁は生計一親族であるため、入居後の利用制限には該当せず、被相続人の居住の用に供されていた宅地等として取り扱います。また、1階部分については、生計一親族の居住の用に供されている宅地等にも該当することになります。 取得者の要件としては、乙及び丁については上記1(1)の同居親族の要件を満たすことになりますので、他の要件を満たせば特例の対象になります。 なお、丁については、上記1(3)の生計一親族の要件も満たすことになりますが、2階部分については、相続開始前から申告期限まで引き続き、自己の居住の用に供していないため、丁が取得した宅地等の持分に応じた面積のうち、2階部分は特例の対象にならないことになります。あくまでも共有で取得した場合には、第3回で解説のとおり、各共有者の権利は、土地建物全体に及ぶことになりますので、丁は1階と2階の1/2部分を有していることになります。 特定居住用宅地等は、要件に該当する部分のみが特例の対象とされています(措令40の2⑫)が、丁については、「同居親族」「生計一親族」のいずれにも該当することになり、「同居親族」の要件の場合には、1階及び2階の両方について要件を満たし、「生計一親族」の要件の場合には、1階部分のみ要件を満たすことになります。配偶者以外の取得者の要件については、「同居親族」「別居親族」「生計一親族」のいずれかを満たせば問題ありませんので、「同居親族」の要件を満たす丁は、1階及び2階の両方について要件を満たすことになります。 〔④の場合〕 老人ホーム入居後に、事業の用に供されていた宅地等に該当するため、A宅地は被相続人の居住の用に供されていた宅地等には該当せず、特例を適用することはできません。なお、1階部分については、他の要件を満たせば、貸付事業用宅地等に係る小規模宅地等の特例対象になります。 ★実務上のポイント★ 区分登記されていない建物については、その一棟の建物の敷地の用に供されていた宅地等のうち被相続人の親族の居住の用に供されていた部分は、被相続人の居住の用に供されていた宅地等として取り扱います。この場合の被相続人の親族は、生計を一にしているかどうかは関係がありません。 (了)
遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第7回】 「不動産や株式等を遺贈寄付した場合の取扱い」 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 前回までは、現預金を遺贈寄付した場合の取扱いについて解説をしたが、今回から、不動産や株式など(以下「不動産等」とする)の現物資産を遺贈寄付した場合の課税上の取扱いについて解説していくことにする。 遺贈寄付は、現預金の寄付であれば通常の寄付とそれほど大きな違いがあるわけではなく、実務的な難易度はそれほど高くないが、不動産等の現物資産を寄付する場合には、受遺団体の手続きも、寄付者の課税上の取扱いも複雑になり、難易度が高まる。 今回は、現物資産の寄付の相続税、所得税の取扱いについて説明した後、現物資産の寄付で大きな問題になるみなし譲渡所得税について説明することにする。 1 現物資産を寄付する場合の相続税の取扱い 現物資産を寄付する場合の相続税の取扱いは、現預金の寄付と同じである。 (1) 遺言による寄付 遺言で非営利団体に寄付をする場合には、寄付先が、特定公益増進法人や認定NPO法人などの税制優遇団体であるか、一般社団法人や一般財団法人、認定を受けていないNPO法人など税制優遇団体でないかに関わらず、原則として相続税は課税されない。法人は原則として相続税の納税義務者にならないからである。 ただし、遺贈により、遺贈をした者の親族その他これらの者と特別の関係がある者の相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるときについては、法人を個人とみなして、相続税が課税される。 つまり、遺言により不動産等を寄付した場合には、その寄付が租税回避行為とされない限りは、その寄付をした財産に相続税は課税されない。 (2) 相続財産の寄付 相続財産の寄付は、原則として相続人に相続税が課税されるが、相続又は遺贈により取得した財産を相続税の申告期限までに国、地方公共団体、特定の公益法人等に寄付をしている場合には、相続税は非課税になる(措法70①)。 ただし、寄付により相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるときには、法人を個人とみなして相続税が課税される。 つまり、相続又は遺贈により取得した不動産等を相続税の申告期限までに国や地方公共団体、特定の公益法人等に寄付をした場合には、寄付をした財産に相続税はかからない。 2 現物資産を寄付する場合の所得税の取扱い (1) 遺言による寄付 遺言で不動産等を寄付した場合で、その寄付をした不動産等に含み益がある場合には、みなし譲渡所得税が課税される場合がある。遺言による寄付の場合には、みなし譲渡所得税は、被相続人の準確定申告で申告することになる。 ただし、これらの財産を公益法人等に寄付をした場合に、その寄付が一定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けたときは、所得税を非課税とする特例がある(措法40)。 (2) 相続財産の寄付 相続人が相続により取得した財産を寄付した場合で、その寄付をした不動産等に含み益がある場合には、みなし譲渡所得税が課税される場合がある。相続財産の寄付の場合には、みなし譲渡所得税は、相続人の確定申告で申告することになる。 ただし、一定の要件を満たす場合に所得税が非課税になることは遺言による寄付と同様である。 3 みなし譲渡所得税 (1) みなし譲渡所得税とは みなし譲渡所得税とは、個人がその有する資産を法人に贈与若しくは著しく低い価額で譲渡した場合に、その贈与又は譲渡があった時に、その時における時価で譲渡があったものとみなして所得税を課税するという制度である(所法59①)。 生前寄付あるいは遺贈寄付で、非営利団体に不動産等を寄付する場合に、その寄付をした資産に含み益があると、みなし譲渡所得税が課税される場合がある。 みなし譲渡所得税が課税される税率は、所得税が15%(+復興特別所得税0.315%)、住民税が5%である。ただし、遺言による寄付であれば、住民税は、亡くなった年は課税されないので、所得税の15.315%だけが課税される。 《みなし譲渡所得税の概要》 ※遺言による寄付の場合には住民税は課税されない。 (2) みなし譲渡所得税の納税義務者 みなし譲渡所得税の趣旨は、贈与の時までの年々の値上り益(キャピタルゲイン)は、譲渡した人に帰属するものであるから、資産がその所有者から離れるときには、その時点でキャピタルゲイン課税の清算をすべきであると考えるからである。 したがって、みなし譲渡所得税は寄付者が負担することになる。そのため、相続人による相続財産の寄付であれば、相続人が納税義務者となる。一方で、遺言による寄付の場合はどうであろうか。遺言による寄付であれば、寄付者はすでに死亡している。 遺言による寄付の場合には、包括遺贈の場合には受遺団体が、特定遺贈の場合には相続人が負担することになる。 包括遺贈の場合には、遺贈を受けた受遺団体は、相続人と同一の権利義務を有する。したがって、含み益のある不動産等の寄付を受けて、その不動産等にみなし譲渡課税が発生すれば、その税負担は、受遺団体が引き継ぐことになる。 一方、特定遺贈の場合には、消極財産は特定遺贈の目的となっていない限り承継しないので、みなし譲渡所得税は、受遺団体には承継されず、相続人が負担することになる(通法5①)。 包括遺贈で受遺団体が財産を取得した場合に、その財産を売却できればいいが、売却できないとすると、その税額を受遺団体が負担しなければならず、「その財源をどうするのか」という問題が出てくる。そのため、みなし譲渡所得税を支払うことができる預貯金も寄付をしないと、受遺団体としても受け取ることができない。 また、特定遺贈の場合には、受遺団体は所得税を負担せず、相続人がみなし譲渡所得税を全額負担することになる。相続人の立場としては、不動産等を被相続人の遺志で法人に遺贈することは許容できる場合でも、その分の所得税まで負担するということは許容できないケースもあり、トラブルが発生する可能性が高い。 このような問題があるため、現物資産の寄付については事前に対策を講じておく必要があるのである。 次回以降、どのような対策が考えられるのかを見ていくことにする。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第15回】 「外国関係会社の租税負担割合の算定における外国法人税の範囲」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国関係会社の租税負担割合の算定における外国法人税の範囲は、どのように規定されているのでしょうか。 〔A〕 外国税額控除(法法69)の対象となる外国法人税をいうと規定されています。 ●●●〔解説〕●●● 1 外国関係会社の租税負担割合 (1) 概要 平成29年度税制改正前の外国子会社合算税制では、適用の有無をその入口で判断する、いわゆる「トリガー税率」が設けられていた(※1)が、同改正では、租税回避リスクを、改正前の外国子会社の租税負担割合により把握する制度から、所得や事業の内容によって把握する制度に改められることとされ、トリガー税率は廃止された(※2)。 (※1) 租税負担割合が20%以上の場合には、合算制度の適用対象となる「特定外国子会社等」に該当しないとされていた(旧措法66の6①)。 (※2) 財務省『平成29年度税制改正の解説』689頁参照。 しかしながら、外国関係会社の判定に際し、改正前の制度との継続性を踏まえつつ、また企業の事務負担を軽減する観点から、特定外国関係会社にあっては租税負担割合が30%以上、対象外国関係会社にあっては同割合が20%以上である場合には、会社単位の合算課税の適用が免除されることとされた(措法66の6⑤)。 (2) 租税負担割合算定上の外国法人税 外国子会社合算税制における租税負担割合は、外国関係会社の各事業年度の所得に対して課される租税の額を当該所得の金額で除して計算した割合とされる(措法66の6⑤一、措令39の17の2①)。この割合は分数式で示されるが、その分子については、その本店所在地国又は本店所在地国以外の国若しくは地域において課される外国法人税の額と規定されている(措令39の17の2②二)(分母については省略)。ここでいう外国法人税とは、租税特別措置法施行令39条の14の3第8項5号イで、法人税法69条1項《外国税額の控除》に規定する外国法人税をいうとされている。 外国子会社合算税制における租税負担割合の計算において、外国法人税該当性について争われたのが次の事案である(以下、引用する法令等はいずれも当時のもの)。 2 過去の裁判例 《ガーンジー島事件最高裁一小平成21年12月3日判決》(※3) (※3) 平成20年(行ヒ)第43号、TAINSコード:Z259-11342。 (1) 事案の概要 本件は、Y(被告・被控訴人・被上告人)が、損害保険業を営む内国法人であるX(原告・控訴人・上告人)(※4)の本件各事業年度の法人税について、Xがチャネル諸島のガーンジーにおいて設立した子会社であるBは租税特別措置法66条の6第1項に規定する「特定外国子会社等」に該当するとして、その未処分所得の金額のうち所定の金額をXの所得の金額の計算上益金の額に算入して更正処分等をし、また、別途、Xからの更正の請求に対して更正をすべき理由がない旨の通知をしたため、Xが、Bは特定外国子会社等に該当しないとしてこれらの処分(本件各処分等)の取消しを求めた事案である。 (※4) 損害保険ジャパン株式会社。 Bは、Xが自ら又はグループ会社のリスクを専門に引き受けさせるために、ガーンジーにおいて設立されたキャプティブ保険会社である。Bは、現地の税務当局に対し、平成11年から同14年までの各事業年度につき、いずれも、適用期間を1年間とし適用税率を26%(※5)とする国際課税資格(下記で詳述)の申請をし、税務当局からこれを承認する資格証明書の発行を受け、所得税(本件外国税)を納付した。 (※5) 当時の我が国外国子会社合算税制のトリガー税率25%を意識したものであることが窺える。 (2) 認定事実(ガーンジー島における課税関係について) ガーンジーに本店を有する法人は、事業年度(暦年)の全所得を課税標準として20%の標準税率により所得税を課される(標準税率課税)。一方、税務当局は、所定の要件を満たす団体から法令で定められた申請料を納付して免税の申請がされたときは、これを免税とすることができる。また、所定の要件を満たす保険業者は、所定の所得のみを課税標準として、当該所得の金額に応じて段階的に異なる税率により所得税を課されること(所得の金額が一定の金額に達するまでは20%の税率であるが、それを超えると、超えた部分についてはこれより著しく低い税率が適用され、しかも、金額が増えるにつれて段階的にその税率が下がっていくという仕組みである。以下、この課税を「段階税率課税」という)を選択することができる。さらに、所定の要件を満たす法人は、申請により、「国際課税資格」という税制上の資格を取得することができる。国際課税資格を取得した法人(国際課税法人)の所得に対して適用される税率は、当該法人が、0%を上回り30%までの間で申請し、税務当局により承認された税率となる。 (3) 第一審及び控訴審の判断 本件の第一審(※6)及び控訴審(※7)は、次の①②から以下のように判示した。 (※6) 東京地裁平成18年9月5日判決(平成17年(行ウ)第69号、TAINSコード:Z256-10495)。 (※7) 東京高裁平成19年10月25日判決(平成18年(行コ)第252号、TAINSコード:Z257-10802)。 (4) 最高裁の判断 上記(3)の判断に対し、最高裁は、「本件外国税は、その税率が納税者と税務当局との合意により決定されるなど、納税者の裁量が広いものではあるが、その税率の決定については飽くまで税務当局の承認が必要なものとされているのであって、納税者の選択した税率がそのまま適用税率になるものとされているわけではない。また、ガーンジーにおいて、所定の要件を満たす団体が免税の申請をした場合(略)に、常にそれが認められるという事実は確定されていない。したがって、Bは、その任意の選択により税負担を免れることができたのにあえて国際課税資格による課税を選択したということもできない。むしろ、(略)Bは、税率26%の本件外国税を納付することによって実質的にみても本件外国税に相当する税を現に負担しており、これを免れるすべはなくなっているものというべきである(※8)。そうすると、本件外国税を同項(筆者注:外国法人税に含まれないとする法人税法施行令141条3項)1号又は2号に規定する税に類する税ということもできない」とし、本件外国税は、「外国法人税に該当することを否定することはできない」と判示したことで、Xの逆転勝訴となった。 (※8) 本件最高裁判決には、上告受理申立て理由書として、志賀櫻弁護士の鑑定意見書が添付されており、そこでは、「国際租税法においては、国際的に課税権を認められた主権国家ないし管轄地域の政府(なお、英国王室直轄の王領であるガーンジーにあるガーンジー政府はこれに該当する)が、その法令によって『税』としているものは税である、ということは確立されており、日本国が、これを『税ではない』と見なすことは、国際慣習法に違反すること、アークリー社(B)がガーンジー政府に対して納付した税は、国際租税法の観点から見て法人所得税に該当することは明らかであって、これに反する解釈は、やはり国際慣習法に違反する」と述べ、原審判決が憲法98条2項《条約及び国際法規の遵守》に違反すると論じており、本鑑定書が、最高裁の最終判断に強く影響したものと思われる。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第71回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (6) 棚卸資産の引渡しの日の判定(法人税基本通達2-1-2) ア 概要 棚卸資産の販売に係る収益の額は、原則として、その引渡しがあった日の属する事業年度の益金の額に算入する(法法22、22の2①)。平成30年度改正前は、かかる引渡基準を明定する条文は存在しなかったが、旧法人税基本通達2-1-1《棚卸資産の販売による収益の帰属の時期》は、「棚卸資産の販売による収益の額は、その引渡しがあった日の属する事業年度の益金の額に算入する」と定めていた。 法人税基本通達2-1-2は、平成30年度改正後における棚卸資産の引渡しの日の具体的な判定について、次のように定めている。旧通達2-1-2も並べておく。比較しやすいように、適宜、改行し又は下線を引いている。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 引渡しの日の判定基準は「棚卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約の内容等に応じその引渡しの日として合理的であると認められる日のうち法人が継続してその収益計上を行うこととしている日による」としており、新旧通達で変わっていない。 その具体例に関する記述を見ると、新通達では旧通達と比べて、「船積みをした日」、「相手方に着荷した日」が追加された一方、「検針等により販売数量を確認した日」が削除されていることがわかる。 引渡しの日の判定基準は、棚卸資産の種類等に応じて柔軟かつ弾力的に収益計上基準の選択適用をできるような定めになっており、かかる取扱いの法的根拠はどこにあるのか、という問題がある。この点は色々と議論のあるところであるが、法人税法22条の2第1項の引渡しという語そのものに柔軟性・弾力性がビルトインされているという解釈論を候補として示しておく(泉絢也「法人税法と収益認識会計基準(1)-収益の計上時期を決する諸原則(引渡基準と権利確定主義・無条件請求権説・実現主義・管理支配基準)-」千葉商大論叢58巻3号19頁以下参照)。 他方、法人税法22条の2第2項が定める近接日の判定基準について、法人税基本通達は具体例を示すにとどまる(本連載第22回参照)。 通達の立案担当者は、「近接する日の幅とはどの程度なのかということを聞かれたりするのですけれど、取引がさまざまある中で、どこまでだったら近接する日で、どこまでだったら近接する日ではないのかというのを示すのが非常に難しかったので、その幅は示せておりません。そこは個別に判断していくしかないと思っております。ただ、今までやってきた会計処理が認められなくなるというようなことは考えておらず、従来の取扱いは改正後も引き続き適用できます。」と説明している(髙橋正朗「平成30年度法人税基本通達等の一部改正について」租税研究832号19~20頁)。 イ 本通達の趣旨 本通達の趣旨は要旨次のとおりである(趣旨説明39頁以下)。 《企業会計の状況》 まず、企業会計の状況である。 企業会計原則においては、「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る。」(企業会計原則第二の三B)とされ、この「実現」に関する会計上の証拠は、原則として企業の生産する財貨又は役務が外部に販売されたという事実に求められるので、いわゆる販売基準によって収益計上すべきものとされている。 販売基準による収益の発生の時点は、財貨又は役務の移転に対する現金又は現金等価物の取得の時点であるとされているが、実務上は、出荷基準、引渡基準又は検収基準等が採用されている。 収益認識会計基準においては、企業は約束した財又はサービス(資産)を顧客に移転することにより履行義務を充足した時に又は充足するにつれて、収益を認識することとされ、また、資産が移転するのは、顧客が当該資産に対する支配を獲得した時又は獲得するにつれてであるとされている(基準35)。 資産に対する支配とは、当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力(他の企業が資産の使用を指図して資産から便益を享受することを妨げる能力を含む)をいうこととされている(基準37)。 支配の移転を検討する際には、例えば、企業が顧客に提供した資産に関する対価を収受する現在の権利を有していること、顧客が資産に対する法的所有権を有していること、企業が資産の物理的占有を移転したこと、顧客が資産の所有に伴う重大なリスクを負い、経済価値を享受していること、顧客が資産を検収したことといった指標を考慮することとされている(基準40)。 したがって、顧客が資産を検収したことの指標に従えば、検収日を履行義務の充足の時とする向きもあろうが、商品又は製品の国内の販売において、出荷時から当該商品又は製品の支配が顧客に移転される時(例えば顧客による検収時)までの期間が通常の期間である場合には、出荷時から当該商品又は製品の支配が顧客に移転される時までの間の一時点(例えば、出荷時や着荷時)に収益を認識することができることとされている。 この場合の商品等の出荷時から商品等の支配が顧客に移転される時までの期間が通常の期間である場合とは、当該期間が国内における出荷及び配送に要する日数に照らして取引慣行ごとに合理的と考えられる日数である場合をいう(指針98)。 これは、これまで我が国で行われてきた実務等に配慮すべき項目がある場合には、比較可能性を損なわせない範囲で代替的な取扱いを追加するという開発方針に基づいて手当されたものである(基準97)。 《法人税法の状況》 次に法人税法の状況である。 平成30年度改正前の法人税法においては、商品の販売等に係る収益の帰属の時期については明確な規定は設けられていなかったが、企業会計原則においていわゆる販売基準によって収益計上すべきものとされていること及び判例においても販売基準により収益計上することが支持されており、これと同旨のものとして、その引渡しの日の属する事業年度の益金の額に算入することとしていた(旧法基通2-1-1)。 具体的に棚卸資産の引渡しの日がいつであるかについては、広く企業会計上も採用されている出荷した日、相手方が検収した日、相手方において使用収益ができることとなった日等を例示し、当該棚卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約の内容等に応じその引渡しの日として合理的であると認められる日のうち法人が継続してその収益計上を行うこととしている日によるものとしていた(旧法基通2-1-2)。 平成30年度改正において、収益認識会計基準の導入を契機として、収益の認識時期について、法令上通則的な規定が設けられ、資産の引渡し又は役務の提供の時点を収益認識の原則的な時点とする従来の考え方が踏襲された。 資産の販売等による収益の額は、目的物の引渡し又は役務提供の日の属する事業年度の益金の額に算入することが原則とされた(法法22の2①)。 また、従来の取扱いを踏まえ、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従ってその資産の販売若しくは譲渡又は役務の提供に係る契約の効力が生ずる日その他の引渡し又は提供の日に近接する日の属する事業年度の確定した決算において収益として経理した場合には、その経理した事業年度の益金の額に算入することが明確化された(法法22の2②)。 このため、棚卸資産の販売による収益の額は、その引渡しの日の属する事業年度の益金の額に算入することとする旧通達2-1-1《棚卸資産の販売による収益の帰属の時期》の取扱いを削除することとした。 また、従来の取引慣行からしても課税に最も適する時期と認められる「目的物の引渡しの日」については、旧通達2-1-2の前段の取扱いを維持することとした。加えて、従来から会計慣行として認められる船積日基準や、収益認識会計基準適用指針において明示された着荷基準についても引渡しの日の例示としてふさわしいと考えられるため、平成30年度改正を契機として追加することとした。 ウ 法人税法22条の2第1項の引渡概念との関係 旧通達で引渡基準の範疇に含めていた検針日基準を除外する本通達のような解釈ないし取扱いが法人税法22条の2第1項の解釈として合理的であるとすれば、少なくとも、同項は、これまで旧通達が採用してきた引渡概念ないし引渡基準をそのまま法律化したものではないということになる。 検針日基準について、改正後の通達2-1-4で法人税法22条の2第2項の近接日基準として認められていることも考慮すると、同通達2-1-2の背後には、「検針」のように引渡し本来の語義(差し当たり、民法上の引渡概念を想定)からの乖離が許容値を超えるようなものを引き続き解釈論で引渡しの範疇に含めることには無理があるという考えがあったのかもしれない。 このことは、引渡概念が法人税法に明文化された以上、それは、より法的なものへと純化していく、さらにいえば法人税法固有の概念としての性格が色濃くなっていく可能性を示唆している(泉・前掲論稿参照)。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第23回】 「中小M&Aに向けた事前準備」 ~良き相談相手を得る~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの売り手における事前準備段階の理解を深める。 売り手企業 ⇒M&Aの検討段階において良き相談相手を探すためのヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒売り手の相談段階のニーズを知り、支援機関ごとに助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒売り手の対支援機関の視点を通じて対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。 1 会社規模に応じた相談相手 中小企業において、M&Aの売り手が、自らM&Aの必要性を実感して計画的に準備を進めるケースは決して多くなく、売り手の状況を知る誰かに勧められるか、日頃から付き合いのある相談相手に助言を求めてから、M&Aを検討するケースが多いと思われます。 検討が遅れると、必要に迫られて、M&Aをしなければならない段階になってはじめて検討せざるを得ないので、後継者不在や、廃業のリスクを背負わなくてもいいように、事業承継上の課題があれば、経営者1人で、あるいは、親族だけで悩みを抱え込まないようにしたいものです。 以下は、規模別にみたM&Aの主な相談相手をまとめた資料です。かかりつけ医のように、日頃から、経営に関する様々な相談をしやすい相手がいれば、M&Aを検討すべきかどうかの率直な意見を得やすいと思いますが、普段は本業で忙しく、会社外部の関係者との接点を十分に持てずにいる場合もあると思います。以下を参考に、会社規模にあった相談相手や、M&Aの準備にあたって適切な助言を受けられそうな相手を今から探しておくのもM&Aに向けた大切な準備の1つとなります。 (出典) 中小企業庁「事業承継ガイドライン改訂検討会(第1回)配布資料」の「資料3 事務局説明資料」37ページ。 この資料によれば、相対的に会社規模が大きい場合だと、助言や情報を得る相手として、顧問をはじめとする「士業専門家」や、「取引金融機関」、「他社の経営者」などが頼りになりますし、準備の後押しを望む段階では、より具体的なアクションを支援できる士業専門家や取引金融機関の存在が期待できそうです。一方で、小規模になると、「商工会・商工会議所」といった商工団体の存在感が際立ちます。 相談相手としてこの資料に登場する「民間M&A仲介業者」や「事業引継ぎ支援センター」は、実際のM&A検討・実行段階で関わる主要なプレイヤーですが、民間M&A仲介業者は相対的に大きな規模の会社で、事業引継ぎ支援センターは相対的に小規模な会社で関わるケースが多くなりそうです。 2 売り手にとって良き相談相手とは 中小企業のM&Aでは、売り手や買い手といったM&Aの当事者がもつノウハウや知識が、M&Aの支援機関がもつそれに比べて圧倒的に少ないために、当事者にとって納得、満足のいくM&Aに至らない恐れがある点がリスクです。 M&Aの譲渡側(売り手)の目的は、調査結果によると以下のとおりであり、多くの売り手経営者、なかでも高年齢の経営者ほど、会社そのもの、人材、設備といった経営資源の存続と維持を望んでいます。 また、M&Aという手段によって承継相手(買い手)と手を結ぶことで、事業の再建、浮上、成長への期待も膨らんでいます。 (出典) 中小企業庁「事業承継ガイドライン改訂検討会(第1回)配布資料」の「資料3 事務局説明資料」28ページ。 支援機関としてはこれらのニーズを外さないのが売り手視点での優先事項であり、逆に売り手からすれば、支援機関がこうしたニーズを軽視して成約ありきになっている場合は、相談相手を直ちに変えるべきです。 通常、売り手は統合後のわが社の行方を心配します。それに対して、支援機関の多くは統合までの関与にとどまりますので、そもそも興味や関心の時点が異なるかもしれません。ですから、売り手にとって譲れない考えがあれば(社名の存続、従業員の雇用の維持、創業の地にとどまるなど)、売り手自らが積極的に支援機関へ伝える熱意や根気も必要です。 この意味で、M&A後も関与が継続すると予想される士業専門家や取引金融機関がいれば、これらのプレイヤーの多くは、関与の継続による報酬の継続や融資の継続も期待できるので、決して自身の利益のためだけに動くわけではないですが、力になってくれやすい存在だといえます。 3 主な支援機関別の相談段階における留意点 以下では、中小企業のM&Aにおいて、売り手の相談段階から継続して売り手に直接関与し続ける可能性の高い主な支援機関(「士業専門家」と「取引金融機関」)について、相談段階におけるそれぞれの機関の留意点について触れたいと思います。 (1) 士業専門家 M&Aの相談段階から売り手に関わっている士業専門家は、顧問として関与する税理士、公認会計士が大半と思われます。 決算書の内容を中心に、過去から会社経営全般について理解がある場合が多く、M&Aにあたって頼りになるケースが多いですが、なかには士業専門家がM&Aにあたってのデメリット、障害になるかもしれません。 (2) 取引金融機関 廃業による地域経済の衰退を防ぎ、持続可能な地域づくりに貢献する地域金融機関にとって、M&Aは重要な手段の1つですので、売り手の相談にも快く応じてくれる場合が多いと思いますが、次の点に留意します。 士業専門家も、取引金融機関も、自らの数字を背負っていますから、完全に売り手の意向を汲んだ動きを期待するのは無理があります。それでも、明らかに売り手の意向に反する考えや行動が示される場合は、売り手の良き相談相手にはなってくれません。こうした場合には、M&Aの検討や相談の段階から、各商工団体、M&A専門業者、事業引継ぎ支援センターを頼る方が円滑に進むかもしれません。 将来M&Aが必要になる状況を想定して、今のうちからネットワークを広げるのも得策です。 (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第22回】 「開示②」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 【第21回】に続いて、「開示(表示及び注記事項)」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 注記事項の概要 1 重要な会計方針の注記 顧客との契約から生じる収益に関する重要な会計方針として、次の項目を注記する(収益認識会計基準80-2項)。 上記以外にも、重要な会計方針に含まれると判断した内容については、重要な会計方針として注記する(収益認識会計基準80-3項、164項)。 収益認識会計基準80-2項(2)の「企業が当該履行義務を充足する通常の時点」と「収益を認識する通常の時点」は、通常は同じであると考えられる。 しかしながら、例えば、収益認識適用指針98項における代替的な取扱い(出荷基準等の取扱い)を適用した場合には、両時点が異なる場合がある。そのような場合には、重要な会計方針として「収益を認識する通常の時点」について注記する(収益認識会計基準163項)。 2 会計方針の変更 収益認識会計基準80-2項及び80-3項に従って重要な会計方針として注記した内容を変更する場合、「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号)4項(5)及び「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第24号)8項に従って、会計方針の変更に該当するか否かの検討が必要になる(収益認識会計基準165項)。 3 開示目的 収益認識会計基準は、開示目的を規定しており、それは、顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を企業が開示することである(収益認識会計基準80-4項)。 4 収益認識に関する注記 収益認識に関する注記として、次の項目を注記する(収益認識会計基準80-5項)。 ただし、次の項目に掲げている各注記事項のうち、開示目的に照らして重要性に乏しいと認められる注記事項については、記載しないことができる(収益認識会計基準80-5項、167項)。 5 注記事項に関する留意事項 収益認識に関する注記に際しては、次の事項に注意する(収益認識会計基準80-6項~80-9項、167項~173項)。 (了)