組織再編成・資本等取引の税務に関する留意事項 【第5回】 「圧縮記帳及び特別償却」 公認会計士 佐藤 信祐 1 圧縮記帳 (1) 概要 法人税法及び租税特別措置法において、圧縮記帳に係る規定が設けられているが、このうち、本稿では、特定資産を買い換えた場合の圧縮記帳(措法65の7)について解説を行うものとする。 特定資産を買い換えた場合の圧縮記帳のうち、使用実績の多いものは「国内にある土地等、建物又は構築物で、当該法人により取得をされた日から引き続き所有されていたこれらの資産のうち所有期間が10年を超えるもの」を譲渡資産とし、「国内にある土地等(括弧内省略)、建物又は構築物」を買換資産とする特例である(措法65の7①六)。 ただし、合併、分割、出資又は現物分配による資産の移転が「譲渡」に含まれないことから(措法65の7⑯一)、事業譲渡益に対する圧縮記帳は認められるものの、組織再編成により生じた譲渡益に対する圧縮記帳は認められないと考えられる。そして、合併、分割、出資又は現物分配による資産の受入れが「取得」に含まれないことから、事業譲受による買換資産の取得は認められるものの、組織再編成による買換資産の取得は認められないと考えられる(措法65の7⑯二)(※1)。 (※1) 租税特別措置法65条の7第16項2号では、「第1号、第2号及び第6号の上欄の場合を除き」と規定されている。これは、同条1項6号に規定されている「国内にある土地等、建物又は構築物で、当該法人により取得をされた日から引き続き所有されていたこれらの資産のうち所有期間が10年を超えるもの」を意味することから、買換資産の取得を意味するわけではない。すなわち、組織再編成による取得の日から10年を経過していれば、譲渡資産として認められることに変わりはない。 さらに、適格合併、適格分割、適格現物出資又は適格現物分配により資産の移転を受けた場合には、被合併法人、分割法人、現物出資法人又は現物分配法人が資産を取得した日を当該取得された日とみなしたうえで、所有期間が10年を超えるかどうかの判定を行うことになる(措令39の7㉗)。 (2) 組織再編成前に買換資産を取得した場合 譲渡資産の譲渡をした場合において、当該譲渡をした日を含む事業年度において、買換資産の取得をし、かつ、当該取得をした日から1年以内に買換資産を事業の用に供したとき、又は供する見込みであるときは、圧縮記帳の適用が認められている(措法65の7①)。 そして、適格合併、適格分割、適格現物出資又は適格現物分配により被合併法人、分割法人、現物出資法人又は現物分配法人が取得をした買換資産を移転する場合において、当該買換資産の取得をした日(※2)から1年以内に合併法人、分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人が事業の用に供する見込みであるときも、圧縮記帳を適用することができる。この特例は、買換資産を取得した日を含む事業年度に適格分割、適格現物出資又は適格現物分配により買換資産を移転する場合であっても(措法65の7⑨)(※3)、買換資産を取得した日を含む事業年度終了の日後に適格合併、適格分割、適格現物出資又は適格現物分配により買換資産を移転する場合であっても認められている(措法65の7①、措令39の7①)。 (※2) 被合併法人、分割法人、現物出資法人又は現物分配法人が買換資産の取得をした日のことをいう。 (※3) 合併の日の前日でみなし事業年度を区切ることから、買換資産を取得した日を含む事業年度に適格合併により買換資産を移転することはできない。 そして、買換資産を取得した日を含む事業年度に適格分割、適格現物出資又は適格現物分配を行う場合には、期中損金経理の制度が定められている(措法65の7⑨~⑪、措規22の7⑥)。なお、期中損金経理の制度は、分割法人、現物出資法人又は現物分配法人が事業の用に供した後に適格分割、適格現物出資又は適格現物分配を行う場合だけでなく、適格分割、適格現物出資又は適格現物分配を行った後に、分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人が事業の用に供することが見込まれている場合にも認められている。 (3) 組織再編成後に買換資産の取得等が見込まれている場合 譲渡資産の譲渡をした場合において、当該譲渡をした日を含む事業年度(※4)終了の日の翌日から1年を経過する日までの期間内に買換資産の取得をする見込みであり、かつ、買換資産の取得の日から1年以内に当該買換資産を事業の用に供する見込みであるときは、特別勘定の設定が認められている(措法65の8①)。 (※4) 解散の日を含む事業年度及び非適格合併に係る被合併法人の合併の日の前日を含む事業年度を除く。 そして、適格合併、適格分割又は適格現物出資(※5)により事業の移転を行った場合において、合併法人、分割承継法人又は被現物出資法人が上記の期間内に買換資産の取得をする見込みであり、かつ、当該取得の日から1年以内に当該合併法人、分割承継法人又は被現物出資法人において当該取得をした資産を当該適格合併、適格分割又は適格現物出資により移転を受ける事業の用に供する見込みであるときも、特別勘定を設定することができる。この特例は、譲渡資産の譲渡をした日を含む事業年度に適格分割又は適格現物出資により事業の移転を行う場合であっても(措法65の8②)、譲渡資産の譲渡をした日を含む事業年度終了の日後に適格分割、適格現物出資又は適格現物分配により事業の移転を行う場合であっても認められている(措法65の8①、措令39の7㉗)。なお、譲渡資産の譲渡をした日を含む事業年度に適格分割又は適格現物出資を行う場合には、期中損金経理により特別勘定を設定することが認められている(措法65の8②③、措規22の7⑧)。 (※5) 現物分配は事業の移転を前提にしていないことから、適格現物分配を行った場合の特例は設けられていない。 (4) 特別勘定を設けている場合において、組織再編成前に買換資産を取得する場合 特別勘定を設けている法人を分割法人、現物出資法人又は現物分配法人とする適格分割、適格現物出資又は適格現物分配を行う場合において、当該分割法人、現物出資法人又は現物分配法人が当該適格分割、適格現物出資又は適格現物分配の日の属する事業年度に当該特別勘定に係る買換資産の取得をし、当該適格分割、適格現物出資又は適格現物分配により当該買換資産を移転するときは、期中損金経理の制度を利用して圧縮記帳を適用することができる(措法65の8⑧)。 (5) 組織再編成後に買換資産を事業の用に供しなくなった場合 被合併法人、分割法人、現物出資法人又は現物分配法人において圧縮記帳の適用を受けた買換資産を適格合併、適格分割、適格現物出資又は適格現物分配により合併法人、分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人に移転した場合において、当該被合併法人、分割法人、現物出資法人又は現物分配法人が買換資産を取得した日から1年以内に当該合併法人、分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人が事業の用に供しない場合又は供しなくなった場合には、圧縮記帳により当該被合併法人、分割法人、現物出資法人又は現物分配法人において損金の額に算入した金額を当該合併法人、分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人において益金の額に算入する必要がある(措法65の7⑫)。 (6) 特別勘定の引継ぎ 特別勘定を設定している法人を被合併法人、分割法人又は現物出資法人とする適格合併、適格分割又は適格現物出資を行った場合には、特別勘定の金額又は期中特別勘定の金額を当該適格合併、適格分割又は適格現物出資に係る合併法人、分割承継法人又は被現物出資法人に引き継ぐ必要がある(措法65の8④)。 ただし、適格分割又は適格現物出資を行った場合には、当該適格分割又は適格現物出資に係る分割承継法人又は被現物出資法人が買換資産の取得をすることが見込まれ、かつ、当該買換資産の取得の日から1年以内に当該分割承継法人又は被現物出資法人において当該適格分割又は適格現物出資により移転を受けた事業の用に供することが見込まれる場合にのみ特別勘定の金額又は期中特別勘定の金額を引き継ぐことになる。 なお、適格分割又は適格現物出資により特別勘定又は期中特別勘定を引き継ぐ場合には、適格分割又は適格現物出資の日以後2ヶ月以内に「適格分割等による特定の資産の譲渡に係る特別勘定の金額の引継ぎに関する届出」を提出する必要がある(措法65の8⑤、措規22の7⑨)。 (7) 圧縮積立金の引継ぎ 会計上、積立金方式により圧縮記帳を行っていた場合において、合併法人、分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人が、適格合併、適格分割、適格現物出資又は適格現物分配により被合併法人、分割法人、現物出資法人又は現物分配法人において圧縮記帳の適用を受けた固定資産の移転を受けたときは、会計上、圧縮積立金の引継ぎを受けていなかったとしても、法人税法上、圧縮後の帳簿価額により固定資産を引き継ぐことになる(措通64~66の2(共)-1、法基通10-1-4)。 2 特別償却 特別償却には、事業の用に供したときに特別償却費を計上する「狭義の特別償却」と事業の用に供したとき以後一定の期間内において割増償却費を計上する「割増償却」がある。このうち、割増償却については、適格組織再編成を行った場合の規定が設けられているものの、そもそも割増償却を行うことは稀である。 狭義の特別償却に対しては、期中損金経理と特別償却準備金についての取扱いを理解する必要があるが、期中損金経理については、減価償却における期中損金経理の取扱いと変わらない(措法52の3⑪~⑭)。 そして、適格合併、適格分割、適格現物出資又は適格現物分配を行った場合には、被合併法人、分割法人、現物出資法人又は現物分配法人の特別償却準備金を合併法人、分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人に引き継ぐことが認められている(措法52の3⑮⑰⑳㉓)(※6)。 (※6) 事業年度の中途において適格分割、適格現物出資又は適格現物分配を行った場合には、適格分割、適格現物出資又は適格現物分配の日の前日を事業年度終了の日とみなして特別償却準備金を取り崩したうえで(措法52の3⑱㉑㉔)、分割承継法人、被現物出資法人、被現物分配法人にそれぞれ特別償却準備金を引き継ぐことになる。 さらに、適格合併、適格分割、適格現物出資又は適格現物分配による特別償却準備金の引継ぎは、会計上の特別償却準備金の引継ぎを要件としていないことから、会計上、合併法人、分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人に特別償却準備金を引き継がなかったとしても、法人税法上、特別償却準備金に相当する金額を益金の額に算入する必要はないと考えられる。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第17回】 「先代事業者から事業を承継した者が申告期限までに死亡した場合の特定事業用宅地等の特例(相続後に事業承継している場合と生前に事業承継している場合)」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は、下記の通り令和2年5月10日に死亡していますが、中華料理屋の事業の用に供されていたA宅地及び家屋(いずれも甲が100%所有しており、平成3年から事業の用に供しています)を配偶者である乙に相続させ、その他の財産は長男である丙に相続させる旨の遺言書を作成していました。 乙はA宅地及び家屋を相続しましたが、相続税の申告書を提出しないで令和2年10月5日に死亡し、乙の相続人である丙がA宅地及び家屋を相続しました。 丙は中華料理屋の事業を乙から承継しましたが、事業の先行きが見えず、令和3年7月10日に事業を廃止しています。 次のそれぞれの場合には、甲の相続について小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 [A] ①の場合には、特定事業用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)の適用対象になりませんが、②の場合には、他の要件を満たせば特例の対象になります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定事業用宅地等の事業継続要件 特定事業用宅地等の要件として、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(貸付事業を除く、以下同じ)の⽤に供されていた宅地等を相続又は遺贈により取得した被相続人の親族が、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たす必要があります(措法69の4③一)。 上記①及び②に記載のとおり、相続税の申告期限まで事業を継続し、かつ、宅地等を保有することが要件となっていますが、本問の場合には、事業を廃止していますので、いつまで事業を継続する必要があるのかが問題となります。 上記①と②のそれぞれの申告期限については、括弧書きの内容が異なりますので、下記2の通り注意が必要となります。 2 事業継続期間・宅地等の保有期間の終期 上記1に記載の通り事業継続期間・宅地等の保有期間の終期は、原則として相続税の申告期限までとされていますが、上記1の②の括弧書きにより、生計一親族が事業を継続している場合にその生計一親族が死亡したときは、その死亡の日までとされています。 相続税の申告期限は、原則として相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内とされています(相法27①)が、申告書を提出すべき者が死亡した場合には、その第二次相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内が申告期限となります(相法27②)。また、特別縁故者が財産の分与を受けた場合には、財産の分与があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内が相続税の申告期限となります(相法29)。 本問の場合における事業継続期間・宅地等の保有期間の終期は、次のそれぞれの場合で下記の通りとなります。 上記①については、その取扱いを明確にするため、租税特別措置法関係通達69の4-15(宅地等を取得した親族が申告期限までに死亡した場合)において下記の通り定められています。 (※) 下線は筆者により加筆。 措置法第69条の4第3項第1号イは、上記1の①被相続人の事業を承継した場合の要件をいいます。また、相続税法第27条第2項の規定による申告期限は、本問の場合には、延長された期限である令和3年8月5日となります。 3 本問への当てはめ (1) 甲が生前まで事業を営んでおり、甲の事業を相続後に乙が承継した場合 上記2に記載の通り、乙の事業を承継した丙が延長された申告期限である令和3年8月5日まで事業を継続している必要があります。しかしながら、丙は令和3年7月10日に事業を廃止していますので、特例の適用を受けることはできません。 なお、丙が甲から相続した財産の相続税の申告については、延長されませんので、丙は令和3年3月10日までに丙の分の甲の相続税の申告書を提出し、令和3年8月5日までに乙の分の甲の相続税の申告書を提出する必要があります。実務上は、同一の申告内容であることから、通常は、乙及び丙の分としてまとめて令和3年3月10日に相続税の申告を行うことになります。この場合にその相続税の申告書に特例を適用して申告してしまった場合には、後日、修正申告が必要となりますので、注意が必要となります。 また、仮に令和3年7月10日に事業を廃止していなかった場合には、他の要件を満たせば、甲の相続だけではなく、乙の相続についても特例の対象になります。乙については、乙の相続開始前3年以内に事業を開始した場合に該当するかどうかの問題がありますが、被相続人(本問の場合には乙)が相続開始前3年以内に開始した相続又はその相続に係る遺贈により事業の用に供されていた宅地等を取得し、かつ、その取得の日以後その宅地等を引き続き事業の用に供していた場合におけるその宅地等については、「新たに事業の用に供された宅地等」に該当しないこととされています(措令40の2⑨)ので、甲の事業開始から起算して考えることになり、相続開始前3年以内に事業を開始した場合には該当しません。 「新たに事業の用に供された宅地等」の範囲については、第9回で解説しています。 (2) 甲の相続発生の4年前に生計を一にしていた乙に甲の事業を承継していた場合 上記2に記載の通り、乙が死亡の日まで宅地等を有し、かつ、自己の事業の用に供していれば、甲の相続については、事業継続要件を満たすことになりますので、他の要件を満たせば特例の適用を受けることはできます。 なお、乙の相続については、丙が事業継続要件を満たしていませんので、特例の適用を受けることができませんが、丙が令和3年8月5日まで事業を継続し、かつ、他の要件を満たせば、特例の適用を受けることができます。 ★実務上のポイント★ 被相続人の事業を相続後に承継した場合において、事業承継者に相続が発生した場合には、延長された相続税の申告期限まで、その事業承継者の相続人が事業の継続と宅地等の保有が必要となりますので、要件についてしっかりと説明をしておく必要があります。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例105(所得税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例(措法37) (1) 制度の概要 事業用買換特例とは、個人が事業の用に供している特定の地域内にある土地建物等を譲渡し、一定期間内に特定地域内にある土地等の特定資産を取得し、その取得の日から1年以内に買換資産を事業の用に供したときは、譲渡益の一部に対する課税を繰り延べることができる特例である。 (2) 特例の適用要件 この特例の適用を受けるためには、次の全ての要件を満たす必要がある。 (3) 譲渡所得の金額の計算 この特例の適用を受けた場合の譲渡所得の金額は、原則として次の算式によって計算する(課税繰延割合が80%の場合)。 ① 譲渡資産の譲渡価額 ≦ 買換資産の取得価額 イ 譲渡資産の譲渡価額 × 0.2 = 収入金額 ロ (譲渡資産の取得費 + 譲渡費用)× 0.2 = 必要経費 ハ 収入金額 - 必要経費 = 課税される譲渡所得の金額 ② 譲渡資産の譲渡価額 > 買換資産の取得価額 イ 譲渡資産の譲渡価額 - 買換資産の取得価額 × 0.8 = 収入金額 ロ (譲渡資産の取得費 + 譲渡費用)×(収入金額 ÷ 譲渡資産の譲渡価額)= 必要経費 ハ 収入金額 - 必要経費 = 課税される譲渡所得の金額 (4) 買換資産の取得価額の計算 事業用資産の買換えの特例を受けた場合には、買換資産の取得価額は、買換資産を実際に取得した価額ではなく、次の算式によって計算する(課税繰延割合が80%の場合)。 ① 譲渡資産の譲渡価額 < 買換資産の取得価額 (譲渡資産の取得費 + 譲渡費用)× 0.8 + 買換資産の取得価額 - 譲渡資産の譲渡価額 × 0.8 ② 譲渡資産の譲渡価額 = 買換資産の取得価額 (譲渡資産の取得費 + 譲渡費用)× 0.8 + 譲渡資産の譲渡価額 × 0.2 ③ 譲渡資産の譲渡価額 > 買換資産の取得価額 (譲渡資産の取得費 + 譲渡費用)×(買換資産の取得価額 × 0.8)÷ 譲渡資産の譲渡価額 + 買換資産の取得価額 × 0.2 したがって、買換資産を売却した場合の取得費やその買換資産が建物や機械装置である場合の事業所得の計算における減価償却費の額も、譲渡資産から引き継いだ取得費を基にして計算することになる。 なお、相続や贈与により取得した資産について、被相続人や贈与者がこの事業用資産の買換えの特例を受けていた場合も同様に、被相続人や贈与者が譲渡資産から引き継いだ取得価額を基に計算する。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第12回】 「不動産を買い受けたが賦課期日である1月1日時点の所有者でない者が、固定資産の価格に不服がある場合に訴えの原告適格者になることができるか否かが争われた判例」 税理士 菅野 真美 ▷固定資産税の価格について不服を申し出ることができる人は 固定資産税は、毎年1月1日を賦課期日として、土地、家屋、償却資産を所有している者が固定資産課税台帳に記載された登録価格(以下「固定資産の価格」という)を基に算定した税額を固定資産の所在する市町村に納める税金である(地方税法第343条第1項、第349条第1項、第359条)。 この固定資産の価格に不服な場合は、台帳登録の公示の日から納税通知書の交付を受けた日後3ヶ月を経過するまでの間、審査の申出をすることができる。審査の申出をすることができるのはその固定資産税の納税者、つまりその年1月1日に土地、家屋、償却資産を所有している者(地方税法第343条第1項、第432条第1項)である。 しかし、1月1日の所有者以外でも審査の請求をすることはできる。たとえば、1月1日の所有者の相続人は、審査請求人の地位を承継する(地方税法第433条第2項、行政不服審査法第15条第1項)。また、審査請求の目的である処分に係る権利を譲り受けた者は、審査庁の許可を得て、審査請求人の地位を承継することができるとされている(地方税法第432条第2項、行政不服審査法第15条第6項)。 では、その不動産を買い受けた人は、固定資産の価格について不服がある場合、原告として訴えることができるのか。 この件に関して、争われた事案について検討する。 ▷どのような事案か この事案の経緯は次のようなものである。 ▷事案の争点 争点は、平成13年1月1日の所有者であるYではなく、平成13年3月16日に買い受けたXに原告適格があるか否かである。 ▷地裁での原告(X)の主張 地裁において、原告(X)は以下のように主張した。 ▷地裁の判断 地裁は、次のような理由からXの請求を却下した。 ▷高裁でのXの主張 地裁判決に不服なXは控訴した。 Xは、地裁での主張に付け加え、30日以内に審査の決定をしなければならないとされているのに、1,214日もかかってなされており、常識の範囲を超えたものであると主張した。 ▷高裁の判断 高裁は、次のような理由からXの請求を棄却した。 このように、固定資産税評価額については、1月1日時点の所有者を対象とするのが原則であり、買受け等により所有者となったような場合で審査を申し出るためには許可が必要となるので、許可がない場合は申出もできず、訴えることもできない。 不動産取得税の場合も、原則として固定資産課税台帳に登録されている価格が課税標準となる。不動産取得税の納税義務者は不動産を取得した者であり、その価格の影響を受けることになるのだが、通常、1月1日時点の所有者ではない。この場合も不服を訴えることはできないのだろうか。 * * * 次回は、不動産取得税の課税標準である価格について争われた事例を検討する。 (了)
グループ通算制度における会計の留意事項 【第2回】 (最終回) 「開示編」 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 2020年3月27日に「所得税法等の一部を改正する法律」(令和2年法律第8号)が成立し、2022年4月1日以後に開始する事業年度からは、従来の「連結納税制度」から「グループ通算制度」に移行する。 これに伴い、2021年8月12日にASBJより、実務対応報告第42号「グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い(以下「実務報告」という)」が公表された。 グループ通算制度における会計の留意事項として、本連載は2回にわたって解説する。今回は「開示編」となる。 1 表示 (1) 法人税及び地方法人税に関する表示 実務報告に定めのあるものを除き、法人税及び地方法人税に関する表示は、企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」の定めに従う(実務報告24)。法人税及び地方法人税に関する表示については、以下が実務報告において定められているが、連結納税と同様の取扱いである。 (※) 「通算税効果額」とは、法人税法第26条第4項に規定する通算税効果額をいい、損益通算、欠損金の通算及びその他のグループ通算制度に関する法人税法上の規定を適用することにより減少する法人税及び地方法人税の額に相当する金額として、通算会社と他の通算会社との間で授受が行われた場合に益金の額又は損金の額に算入されない金額をいう(実務報告5(10))。 (2) 税効果に関する表示 税効果に関する表示について、実務報告では以下が定められている。連結納税と同様の取扱いである。 2 注記事項 グループ通算制度の適用により、以下を注記する必要がある。 (連載了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第5回】 「在宅勤務導入に当たっての留意点①(労働時間管理)」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 コロナ禍や災害時の対応として、在宅勤務等のテレワークを導入する企業が増えています。テレワークとは、労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務のことをいいますが、業務を行う場所に応じて、次の分類があります。 〈テレワークの種類〉 今回は、在宅勤務の導入に当たっての留意点として、労働時間の管理等について、解説します。 * * 解 説 * * 1 在宅勤務の適用労働者等を就業規則で規定 まず、在宅勤務を導入する場合は、その適用労働者、在宅勤務を認める条件、期間、場所等を就業規則等に定めておく必要があります(下記〈就業規則例〉参照)。 〈在宅勤務者の就業規則例〉 2 労働時間管理 (1) 在宅勤務における労働時間 始業及び終業の時刻や所定労働時間をあらかじめ定めなければなりませんが、必ずしも一律の時間に労働する必要がないときには、所定労働時間内で、在宅勤務を行う労働者ごとに始業及び終業の時刻を定めることも可能です。 また、フレックスタイム制は、労働者が始業及び終業の時刻を決定することができる制度であるため、在宅勤務者には適しています。 (2) 始業及び終業時刻の確認 労働時間の管理として、使用者が始業及び終業時刻を確認・記録する方法が厚生労働省ホームページの「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」に定められています。 〈使用者が始業・終業時刻を確認・記録する方法〉 (3) 時間外労働 始業及び終業時刻を確認できても、適切に仕事をこなしているか否か、特に時間外労働等をどのように考えたらよいのかが問題となります。 時間外労働については、下記の対応が考えられます。 (4) 事業場外労働のみなし労働時間制と在宅勤務 「事業場外労働のみなし労働時間」とは、労働者が仕事の全部若しくは一部を事業場外で行い、使用者が労働者の労働時間を正確に把握することが難しい場合に、前もって決定された時間を働いたものとみなす制度です(連載【第2回】参照)。 在宅勤務は事業場外労働になりますが、インターネット等を通じて使用者が指揮監督をすることができ、労働時間の算定が可能な場合が多いですが、下記の2つの条件を満たすことができれば、みなし労働時間制を採用することができます。 〈在宅勤務における”みなし労働時間制”〉 3 在宅勤務導入に向けて 労働時間管理はもちろんのこと、労働者が在宅勤務を行う場合においても、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法等の労働関係法令が適用されることとなります。 在宅勤務を導入する場合は、使用者と労働者の間で十分に協議することが大切です。 * * * 次回も在宅勤務導入に当たっての留意点について解説します。 (了)
〔相続実務への影響がよくわかる〕 改正民法・不動産登記法Q&A 【第1回】 「民法・不動産登記法の改正及び相続土地国庫帰属法成立の背景」 司法書士 丸山 洋一郎 弁護士 松井 知行 ◆ ◆ ◆ はじめに ◆ ◆ ◆ 所有者不明土地の問題を解消するため、所有者不明土地の「発生の予防」と「利用の円滑化」の両面から、令和3年4月21日、「民法等の一部を改正する法律」(令和3年法律第24号)及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」(令和3年法律第25号)が成立した(同月28日公布)。成立した法律の中には、相続の登記を義務化し、義務を怠った場合には10万円以下の過料に処せられるという社会的にインパクトの強い内容も含まれている。 そこで、本Web情報誌の中心的読者であり、かつ相続実務に関わることが多いと思われる税理士、公認会計士、企業の実務担当者にとっては改正法の知識を習得することは不可欠といえる。 本連載は、上記の読者を対象に改正法が実務にどのような影響を与えるのか、できるだけ簡潔に、かつ、分かりやすく解説することを目的とする。 【Q】 今回の民法・不動産登記法改正及び相続土地国庫帰属法成立の背景について教えてください。 【A】 所有者不明土地の発生予防と、すでに発生している所有者不明土地の利用の円滑化の両面から、総合的な見直しがなされた。 -《解説》- 人口減少等に伴い土地利用のニーズも減っている。使われない土地が増えると、不動産登記簿により所有者が直ちに判明しない、又は、判明しても所有者の所在が不明で連絡が付かない土地(所有者不明土地)や、管理されず放置される土地(管理不全土地)も増えていく。 この所有者不明土地や管理不全土地の増加により、土地の取引、防災等のための公共事業、森林や農地の管理など様々な点で支障が生じている。古くからあった問題だが、東日本大震災の復興の際に、高台の所有者が不明のために災害復興住宅が建設できなかったことで一般に広く知られるようになった。 このような必要性を踏まえて、所有者不明土地の発生予防と、すでに発生している所有者不明土地の利用の円滑化の両面から、「民法等の一部を改正する法律」と「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」(相続土地国庫帰属法)が令和3年4月21日に成立、同月28日に公布された。 両法律の施行日を大まかにまとめると、以下のようになる。 このように改正法は、段階的に順次施行することとされている。詳細な施行期日は、本連載の中で個別に触れていく。 (※) 法務省資料をもとに筆者作成。 (了)
実質的支配者リスト制度の創設と企業への影響 【第2回】 (最終回) 「実質的支配者リストの作成と添付書面」 貝塚司法書士事務所 司法書士 植木 克明 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 法務局(商業登記所)における株式会社の実質的支配者(Beneficial Owner)リスト(以下「BOリスト」という)制度が創設され、2022年1月31日より制度が開始する。前回は、この制度が創設された背景や本制度の概要を解説した。 本稿では、本制度の対象となる実質的支配者の考え方を中心に、BOリストの作成の流れや添付書面について解説を行う。 7 BOリスト制度の利用の流れ BOリスト制度の利用の流れは次のとおりである(※1)。(ⅰ)から(ⅳ)は申出をする各株式会社若しくはその代理人が、(ⅴ)と(ⅵ)は申出を受けた法務局(登記官)が行う。 (※1) BOリスト制度に関する規律は「商業登記所における実質的支配者情報一覧の保管等に関する規則」(令和3年法務省告示第187号)において定められている。 8 各手順のポイント (1) BOリストの作成 ① 実質的支配者の定義 あらためて、実質的支配者とは、法人の議決権の総数の4分の1を超える議決権を直接又は間接に有していると認められる自然人等をいい、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」という)4条1項4号及び犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則(以下「犯収法施行規則」という)11条2項に規定されている。 本制度の対象となる実質的支配者は、犯収法施行規則11条2項1号に該当する者を指す。よって、具体的に制度の対象となる実質的支配者は、以下のとおりである。BOリストの作成には、まず自社の実質的支配者に該当する者が誰かを特定しなければならない。そして、BOリストには申出日前1ヶ月以内の日における実質的支配者を記載することになる。 上記①②のいずれにも該当しない者は、本制度の対象ではない。また、①②いずれの場合も、該当する自然人が当該会社の事業経営を実質的に支配する意思又は能力がないことが明らかな場合を除くとされている(※2)。例えば、株主が病気や認知症の進行などにより経営意思を喪失している場合や、いわゆる「名義株」がこれに該当しうる。 (※2) 警察庁・共管各省庁『「犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令案」等に対する意見の募集結果について』の97番、98番参照。 ② 直接保有、間接保有 上記①②のいずれの場合も、「直接又は間接に有する」という表現がなされているが、「直接に有する」とは、自然人自身が直接株式会社の50%ないし25%を超える議決権を有している場合を指す(直接保有)。 【直接保有の例】 〈ケース1〉株主Aが実質的支配者 〈ケース2〉株主A、Bが実質的支配者 これに対して「間接に有する」とは、実質的支配者がその「支配法人」(実質的支配者が議決権の総数の50%超の議決権を有する法人)を通じて株式会社の議決権を保有していることを指す(間接保有)(※3)。 (※3) 間接保有の場合は、BOリストに別紙として支配関係図を記載することになる(法務省ホームページ「実質的支配者リスト制度の創設(令和4年1月31日運用開始)」の「実質的支配者リスト(みほん(1/2))~間接保有の場合~」参照)。 【間接保有の例】 〈ケース3〉株主Aが実質的支配者① 〈ケース4〉株主Aが実質的支配者② いずれもY社は、支配法人と称される(犯収法施行規則11条3項2号)。〈ケース4〉の場合は、株主AはX社の株式を10%直接保有し、さらに支配法人であるY社を通じて20%間接保有することから、合計30%保有することとなり、株主Aが実質的支配者に該当することとなる。 間接保有の場合、申出するBOリストには、実質的支配者の本人特定事項の記載のほか、さらに支配関係図の作成が求められる。 ③ 議決権の算定 議決権の数は、原則、株主がその有する株式1株につき1個の議決権を有するため(1株1議決権の原則。会社法308条)(※4)、この考え方をもとに自社の株主名簿等に記載された株主とその株式数より議決権を確認し、実質的支配者に該当する者を検討する。実質的支配者に誰が該当するかを検討するためには、株式会社の総議決権数を明らかにした上で、各株主の有する議決権割合を計算して判定することになるが、議決権数の算定が問題になるケースがある。具体的な例としては次のとおりである。 (※4) 1株1議決権の原則の例外として、種類株式、単元株制度や株式の属人的定めの場合がある。 (ア) 相互保有株式 株式会社が総株主の議決権の25%(4分の1)以上を確保して、その支配下においている株主は、支配をしている株式会社の株主総会において議決権を行使できないとされている(会社法308条1項かっこ書)。 【相互保有株式のイメージ】 〈ケース5〉 〈ケース6〉 一方で実質的支配者を判定する上で、相互保有株式は議決権数に含むとされている。例えば、〈ケース5〉のような相互保有の形態であっても、A社を支配法人としてB社の議決権数の25%を超える議決権数を間接保有している株主がいれば、当該株主が実質的支配者となる(A社が上場会社等であり、直接25%を超える議決権数を有する場合には、当該上場会社等が実質的支配者となる場合もある)。 (イ) 議決権制限株式 株式会社は、例えば剰余金の配当、役員の選任等の議案に対する株主総会における議決権行使の可否や、議決権数等について株式の種類ごとに取扱いを別にする、いわゆる「種類株式」を発行することができる(会社法108条1項)。 本制度では種類株式のうち、取締役、会計参与、監査役又は執行役等の役員の選任及び定款変更に関する議案(これに相当するものを含む)の全部につき株主総会で議決権を行使することができない株式(議決権制限株式)に係る議決権は、実質的支配者を判断する上での議決権から除かれる(犯収法施行規則11条2項1号かっこ書)。議決権制限株式は、議案によって議決権を行使できるが、実質的支配者の判定上の取扱いに注意が必要である。 (ウ) 自己株式 株式会社が自ら保有する自己株式は、議決権を行使することができない(会社法308条2項)。そのため、総議決権数や保有数を算定する場合に、計算に含めないことになる。 ④ 上場会社が実質的支配者の場合 国、地方公共団体、人格のない社団又は財団、上場会社等及びその子会社は、BOリストの制度上、自然人とみなされる(犯収法施行規則11条4項)。よって、上場会社が実質的支配者に該当する場合には、当該上場会社の商号・本店を実質的支配者としてBOリストに記載する。 (2) 添付書面 申出にあたっては、以下の添付書面を添付しなければならない。 【添付が必要な書面(必須)】 【添付することができる書面(任意)】 【添付することができる書面(任意)】を、あえて添付すべきかどうかという点で判断に迷うことがあるが、BOリストには当該書面を添付した場合は、その旨を記載するため、実在する株主であることがわかるなど、より信頼性の高いBOリストであるとの印象を提出先に持ってもらうことができるであろう。 (3) 管轄 BOリスト等の提出は、申出会社の本店の所在地を管轄する登記所において行う。郵送による申出も認められている。 (4) 認証文付きBOリストの交付 BOリストの保管が認められれば、認証文付きのBOリストの写しを交付してもらうことができる。手数料は無料である。再交付も認められるが、会社の本店や商号が変わっている場合や、代表者が変わっている場合は認められない。また、株主に異動があった場合も、あらためてBOリストの届出を行うとよいだろう。 9 終わりに 実質的支配者リスト制度は、国際的な要請から、我が国の法人の透明性の向上、マネーロンダリングの目的による法人の悪用の防止のためのさらなる対策の強化を背景とし、犯収法の特定事業者である銀行等金融機関を中心に利用が見込まれる制度である。 一方、本稿にあるように、実質的支配者の判定には、会社法や犯収法などの関連法令の理解が不可欠である。商業登記・企業法務に取り組む司法書士の立場から見ると、定款変更、役員変更など株主総会決議に基づく登記申請の際に添付を求められる株主リストという書類があるが、その作成の経験を通じて、実質的支配者の判定やBOリストの作成に素養があると感じている。 本制度が、我が国の株式会社に対し、国際的にもその信用の維持を図り、かつ取引のますますの安全と円滑に資する制度となると感じるとともに、我々も株式会社等依頼者からの相談・依頼を通じて制度の円滑な運用の一助となるべく業務に取り組んでまいりたい。 (連載了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例66】 株式会社新生銀行 「(開示事項の変更)当行株式に対する公開買付けに関する意見表明の変更(中立)および臨時株主総会開催中止に関するお知らせ」 (2021.11.24) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、新生銀行株式会社(以下「新生銀行」という)が2021年11月24日に開示した「(開示事項の変更)当行株式に対する公開買付けに関する意見表明の変更(中立)および臨時株主総会開催中止に関するお知らせ」である。 SBIホールディングス株式会社(以下「SBI」という)による新生銀行に対するTOB(株式公開買付け)への意見を反対から中立へと変更し、翌日25日に予定されていた、そのTOBへの買収防衛策についての株主の意思を確認するための株主総会を中止することにしたという内容である。 2 期間延長 SBIは2021年9月9日に「株式会社新生銀行株式(証券コード:8303)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」を開示して、その翌日の10日からTOBを開始した(公開買付者はSBIの完全子会社であるSBI地銀ホールディングス株式会社。新生銀行も同日「SBIホールディングス株式会社およびSBI地銀ホールディングスによる当行株式の公開買付けに関するお知らせ」を開示)。 それに対して、新生銀行は、まず2021年9月17日に「SBI地銀ホールディングス株式会社による当行株式に対する公開買付けに関する意見表明(留保)のお知らせ」を開示して(併せて「SBI地銀ホールディングス株式会社からの当行株式を対象とする公開買付けの開始を受けた、株主意思確認を必須前提とする買収防衛策の導入に関するお知らせ」と「臨時株主総会招集及び新株予約権無償割当てに係る基準日設定に関するお知らせ」も開示)、TOBへの意見を一旦留保した上で、今後反対し、買収防衛策を実施すべきと判断した場合は、それについての株主の意思を確認するための株主総会を開催するとした。 そして、TOBの期間は2021年9月10日から10月25日までとされていたのだが、その「株主意思確認総会の開催の確実を期すため」、法令上認められる最長の期間である60営業日にあたる12月8日まで延長することをSBIに対して要請するとし、さらにSBIがその延長要請に応じない場合は、「当行株式1株につき1個の割合でなされる甲種新株予約権の無償割当て(中略)のみを先行して暫定的に実施した上で、株主意思確認総会を開催し、株主の皆様のご意思を確認する」とした(「臨時株主総会招集及び新株予約権無償割当てに係る基準日設定に関するお知らせ」において決められた「新株予約権無償割当てに係る基準日」は、この甲種新株予約権無償割当てに係る基準日)。 これに対して、SBIは猛反発し、2021年9月17日に開示した「株式会社新生銀行株式(証券コード:8303)に対する公開買付けに関して」では、次のように記載している。 しかし、その後、SBIは、条件付きでTOBの期間を2021年11月24日まで延長するという提案を新生銀行に対して行ったものの(2021年9月24日「株式会社新生銀行(証券コード:8303)からの『公開買付期間終了日の延長の要請』に対する当社の対応について」)、新生銀行は応じなかったため(2021年9月27日「当行からの公開買付期間の延長要請に対するSBI地銀ホールディングス株式会社からの回答状況に関するお知らせ」)、結局、新生銀行の要請どおりに12月8日まで延長することとなった(2021年9月29日「株式会社新生銀行(証券コード:8303)に対する公開買付期間延長のお知らせ」)。SBIはTOBを一気に進めたかったようだが、出鼻を挫かれてしまったのである。 3 条件付き反対 その後、新生銀行は2021年10月21日に「SBI地銀ホールディングス株式会社による当行株式に対する公開買付けに関する意見表明(反対、但し賛同のための条件を提示)のお知らせ」を開示して、TOBへの意見を表明したのだが、それは条件付き反対という珍しいものだった。反対意見を表明するが、2021年11月19日までに以下の条件が満たされた場合は賛同意見を表明するというのである。 SBIは新生銀行の当初の対応を「対象者の経営陣の保身」と批判していたが、これはあくまで株主側に立った条件である。これに対してSBIは2021年10月21日に「株式会社新生銀行(証券コード:8303)による公開買付けに対する意見表明及び臨時株主総会の開催について」を開示し、①の条件について次のように反論した。 しかし、前半部分は「法律に反しているわけではないから、問題ないだろう」という主張であり(こうした主張を行う会社に対しては危うさを感じてしまうのだが)、後半部分も「きちんとした手順を踏んでいたら、時間がかかってしまう」という主張である。 なお、①の条件には、「(又は、買付予定数の上限及び下限のない公開買付け(「第2回公開買付け」)を2022年6月8日(又は、SBIHDらとの協議の上、2022年6月8日以降の日で当行が指定する日)までに開始すること)」という括弧書きが付されているが、その理由について新生銀行は開示の中で次のように記載している。 4 議決権行使助言会社による賛成推奨 新生銀行は、2021年10月21日、意見表明と同時に「SBI地銀ホールディングス株式会社からの当行株式を対象とする公開買付けに関する臨時株主総会の開催に関するお知らせ」を開示し、買収防衛策についての株主の意思を確認するための株主総会を2021年11月25日に開催するとした。そして、その株主総会の議案への賛成推奨を議決権行使助言会社2社から獲得する(2021年11月5日に「議決権行使助言会社グラスルイス社による当行臨時株主総会議案に対する「賛成」推奨レポートについて」を、2021年11月8日に「議決権行使助言会社ISS社による当行臨時株主総会議案に対する「賛成」推奨レポートについて」を開示)。 議決権行使助言会社による賛成推奨にはさすがに慌てたのか、SBIは2021年11月12日に「株式会社新生銀行(証券コード:8303)の買収防衛策に対する議決権行使助言会社のレポート発行を受けた公開買付けに関する補足説明」を開示し、議決権行使助言会社が示している以下の賛成推奨の根拠のそれぞれについて反論した。 しかし、説得力のある内容とは思われず、文面からはSBI側の焦りが感じられる。買付数に上限を設けていることについては、相変わらず「きちんとした手順を踏んでいたら、時間がかかってしまう」という主張で終わっているし、買付価格の引上げについても、次のような「経営陣の保身だ」という批判で終わっている。 また、「(3) 本公開買付け成立後の事業計画の具体性及び公的資金の返済計画に対する懸念」に対しても、具体的と言える計画が示されるわけではなく、次のような記載で終わってしまっている。 5 株主総会中止の理由 新生銀行の抵抗の仕方は見事だった。それに対して、SBIの方は、新生銀行に振り回されているようであった。まさか新生銀行がこんな抵抗をしてくるとは想定していなかったのだろう。 しかし、新生銀行は、株主総会の開催予定日である2021年11月25日の前日24日になって、今回の「(開示事項の変更)当行株式に対する公開買付けに関する意見表明の変更(中立)および臨時株主総会開催中止に関するお知らせ」を開示した。TOBへの意見を反対から中立へと変更し、翌日25日の株主総会も中止にするというのだが、その理由について次のように記載している。 新生銀行のそれまでの開示と比べると、歯切れが悪く、釈然としない。その前日23日、政府(預金保険機構と株式会社整理回収機構で合計21.78%の新生銀行株式を保有)は株主総会の議案に賛成しないと報道されていた(2021年11月23日付日本経済新聞など)。株主総会を開催しても否決される可能性が高いため、開催を中止することにしたのだろうか。 あくまで筆者の勝手な推測だが、政府から株主総会の中止を促されたのではないだろうか。政府としては、新生銀行の現経営陣とSBIのどちらに今後の新生銀行の経営を委ねるかについて明確な意思表示を行いたくなかったはずである。仮にSBIに委ねることにした場合、それでもなかなか公的資金の回収が進まなかったとしたら、後に政府の判断が批判されることになるかもしれない。 なお、預金保険機構は両社に質問書を出していた(新生銀行は2021年11月12日に「預金保険機構への回答について」を、SBIは2021年11月12日に「預金保険機構からの質問に対する回答について」を開示)。もしも株主総会の中止について政府からの働きかけがあったのだとしたら、預金保険機構による質問も単なるパフォーマンスということになるのだろうか。 6 勝者は? SBIが新生銀行の経営陣に据えようとしている方の中には元金融庁長官が、SBIの経営陣の中には大臣経験者や官庁出身者がいる(第23期有価証券報告書)。SBIは、TOBを開始する前から既にその成功を確信していたのかもしれない。 結局、TOBはSBIの目標どおりに終了し、SBIは、47.77%の議決権を取得して、新生銀行を子会社化した(SBIは2021年12月11日に「株式会社新生銀行(証券コード:8303)の株式に対する公開買付けの結果及び子会社の異動に関するお知らせ」を、新生銀行は2021年12月13日に「SBI地銀ホールディングス株式会社による当行株式に対する公開買い付けの結果、並びに親会社、主要株主である筆頭株主、及びその他の関係会社の異動に関するお知らせ」を開示)。 この対立劇の勝者は誰なのだろうか。SBIなのだろうか。主張どおりに新生銀行の経営を改善して公的資金を返済するまでは、SBIが勝者とは言えないように思われる。 (了)
《速報解説》 財産債務調書制度の見直し ~令和4年度税制改正大綱~ 税理士法人トゥモローズ 代表社員 税理士 角田 壮平 1 改正趣旨 所得2,000万円以下の者は、仮に高額の資産を保有していたとしても、現行の財産債務調書制度の下では調書の提出義務がなく、課税庁が納税者の資産の異動状況等について、十分に把握できているとは言い難い状況となっている。この状況を是正するために、令和3年12月10日に公表された「令和4年度税制改正大綱」(与党大綱)では、提出義務者の見直しが示された。 また、現行の提出期限(3月15日)までに、保有財産の種類・数量・価額を正確に算出・記載することは必ずしも容易でないことを勘案し、提出期限を延長する措置も掲げられている。その他、記載事項の見直し等も改正事項に盛り込まれた。 以下ではその概要を紹介する。 2 改正内容及び適用時期 (1) 提出義務者の見直し 適用時期 令和5年分以後の財産債務調書について適用する。 (2) 提出期限の見直し 適用時期 令和5年分以降の財産債務調書(又は国外財産調書)について適用する。 (3) 提出期限後に財産債務調書等が提出された場合の宥恕措置の見直し 適用時期 令和6年1月1日以後に提出される財産債務調書(又は国外財産調書)について適用する。 (4) 記載事項の見直し 適用時期 令和5年分以降の財産債務調書(又は国外財産調書)について適用する。 (了)