税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第10回】 「更地の評価が建付地の評価より高いとは限らない」 ~鑑定評価の常識も変化する~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 更地とは (1) 更地の意味 不動産鑑定評価基準では、更地について次の定義を設けています。 ここで留意すべきは、更地とは、物理的にみて建物等の定着物がない土地を対象とすることはもちろんですが、それだけではまだ更地とは呼ばないということです。 その理由は、更地の定義からも明らかなとおり、対象地上に建物等が存在しないだけでなく、その土地の所有者の使用収益を制約する他人(第三者)の権利が付いていない土地であることが前提となるからです。 例えば、対象地上に建物が存在しなくても、そこに通行地役権が設定されていて第三者の通行を認めている場合には、所有者といえども自由に土地の利用形態を変更することはできません。また、このような状態で土地が売買された場合、これを購入した人は地役権の設定されている部分には建物を建てることができず、大きな制約を受けることになります。 したがって、更地と呼ぶ場合には、あくまでも土地所有者が自ら自由に使用・収益・処分できる土地でなければならないといえます。 (2) 更地価格の評価に当たっての基本的な考え方 このように、更地は(都市計画法や建築基準法等の公法上の規制は受けるものの)所有者の自由がきく土地であること、いつでも最有効使用の建物を建築できる状態にあることから、(一般的には)築年の古い建物が建っている土地や最有効使用のなされていない土地に比べて価値が高いといえます。 ここで「最有効使用」とは、その不動産の効用を最高度に発揮できる可能性に富む使用方法を指します。例えば、その不動産の属する地域が閑静な住宅地域であれば戸建住宅の敷地としての使用が、収益性を重視する商業地域にあれば店舗等の敷地としての使用がこれに該当します。 不動産の取引においては、建物の建っている土地で、仮にその建物が補修すればまだ使用できる状態にある場合でも、買手の都合等により更地価格から撤去費を控除した価格で売買されることも珍しくありません。 しかし、鑑定評価においては必ずしもこのような考え方を適用するわけではなく、客観的な視点からものの価値を捉えていきます。 すなわち、更地価格を評価する場合には、更地の取引事例に基づく比準価格だけでなく、建物及びその敷地の取引事例の中からその建物が最有効使用の状態にある敷地の事例を選択して比準価格を求めることが基本となります。 (この他に収益還元法を適用する場合には、対象地上に最有効使用の建物を新築して、そこから得られると期待される純収益を基に収益価格を求めることになります。) 2 建付地とは (1) 建付地の意味 不動産鑑定評価基準では、建付地について次の定義を設けています。 現行の不動産鑑定評価基準は平成26年に改正されましたが(施行は同年11月1日)、改正前の基準では、建物等及びその敷地が同一の所有者に属しているだけでなく、同一の所有者によって使用されていることが建付地の要件となっていました。しかし、同年の改正により、所有者が使用していることが要件から外され、貸家及びその敷地の敷地部分も建付地と呼ぶこととされました(下図を参照)。 〔建付地の概念の拡大〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 そのため、建付地の価格を評価するに当たっても、以下のように、これに合わせて考え方の転換が図られています。 (2) 建付地価格の評価に当たっての基本的な考え方 ① 原則 建付地は、上記基準の定義にもあるとおり、現に建物等の用に供されている敷地を指すため、その敷地の建物等が最有効使用の状態にあるか否かが、建付地の価値を左右する重要な要因となります。 すなわち、用途面での近隣環境との不適合や建物配置の非効率さなど、現存する敷地上の建物が最有効使用の状態にない場合、その建付地の価格は、最有効使用の状態にある建物が存する敷地(=更地価格と一致)に比べて低くなるのが通常です。 一方、敷地上の建物が最有効使用の状態にない建付地の価格は、いつでも最有効使用を実現できる更地の価格から減価する(=建付減価)必要があります。 以上の内容を要約すれば、建付地の価格を捉える場合には、原則的に次の考え方を念頭に置く必要があるといえます。 (ア) 当該土地上に存する建物が最有効使用の状態にある場合 建付地の価格 = 更地価格 (イ) 当該土地上に存する建物が最有効使用の状態にない場合 建付地の価格 = 更地価格 - α(建付減価) すなわち、従来の不動産鑑定評価基準の常識からいえば、建付地の価格は更地価格を上限とするということになります。 ② 例外 しかし、既に述べたとおり平成26年の基準改正で建付地の概念が拡大したことから、例外的な現象も考慮に入れる必要が生じました。 それは、建物が賃貸され安定的に稼働している不動産では、土地建物一体の複合不動産から生み出される純収益を基に求めた収益価格が積算価格を上回る現象が、一部の地域で生じているからです(特に都心部の高度商業地において顕著です)。 なお、積算価格とはコスト面からアプローチした土地建物の価格であり、敷地上の建物が最有効使用の状態にある場合は、その建付地の価格は更地価格を適用します。 その結果、建付地の価格が更地価格を上回る(=建付増価)こともあり得るという、従来の不動産鑑定評価基準の範疇では想定されていなかった視点が、平成26年の基準改正時に盛り込まれています(※1)。 (※1) 公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会監修、鑑定評価基準委員会編『要説 不動産鑑定評価基準と価格等調査ガイドライン』(2015年、住宅新報社)p321 最後に、簡素化した設例により上記内容の検証を行っておきます。 【設例】 鑑定評価の手法によって求められた「建物及びその敷地」の価格を以下のとおりとします。 ・積算価格:965,000,000円 ・収益価格:1,150,000,000円 ※現に賃貸されている高層事務所ビルを想定 ※敷地面積:500㎡ 最有効使用の状態を前提とした場合の積算価格の構成割合(※2)を、土地価格60%、建物価格40%とすれば、1㎡当たりの土地価格(更地価格相当額)は、 965,000,000円 × 60% ÷ 500㎡ ≒ 1,158,000円/㎡ となります。 (※2) 厳密には積算価格を求める過程で土地建物に係る付帯費用も考慮に入れて一体としての複合不動産の価格を求めるため、土地建物の単独価格の構成割合のみでは内訳価格の詳細を反映できない面がありますが、本稿では煩雑さを避けるため簡素化しました。 一方、収益価格の内訳としての土地価格(建付地価格)は、上記と同じ構成割合を適用した場合、 1,150,000,000円 × 60% ÷ 500㎡ ≒ 1,380,000円/㎡ となり、建付地価格 > 更地価格という逆転現象が生じることになります。 ◆ ◆ ◆ なお、対象地上に古い建物が建っている場合でも、それが最有効使用の状態にあり、効用を発揮していてこの先まだ使用できると判断されるときには、建物が古いという理由だけでは、建付地であっても減価の対象とはならないと考えられます。 (了)
〈Q&A〉 消費税転嫁対策特措法・下請法のポイント 【第7回】 (最終回) 「消費税転嫁対策特措法・下請法が禁止する 「商品購入、役務利用又は利益提供の要請」」 のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 福塚 侑也 はじめに 最終回となる第7回では、消費税転嫁対策特措法と下請法のそれぞれが規制する「商品購入、役務利用又は利益提供の要請」について解説する。 下請法及び消費税転嫁対策特措法は、いずれも、商品購入や役務利用を強制したり、不当に経済上の利益の提供を要請したりすることを禁止している(下請法における購入・利用強制の禁止及び不当な経済上の利益の提供要請の禁止、消費税転嫁対策特措法における商品購入、役務利用又は利益提供の要請の禁止)。 下請法が禁止する不当な経済上の利益の提供要請に対しては、度々勧告・社名公表がなされており、購入・利用強制に対しても、勧告・社名公表がなされた例がある。 また、本稿執筆時点において、消費税転嫁対策特措法が禁止する商品購入、役務利用又は利益提供の要請を行ったとして勧告・社名公表がなされた事例は現れていないものの、公取委は平成25年10月から令和2年8月末までの間に94件の指導を行っており、注意を要する。 そこで、以下、下請法及び消費税転嫁対策特措法がそれぞれ禁止する商品購入、役務利用又は利益提供の要請について、対比しつつ述べることとしたい。 1 下請法の禁止する購入・利用強制、不当な経済上の利益の提供要請 (1) 商品を「強制して」購入させるとは 【Q】 当社は食品スーパーを営んでいますが、クリスマスケーキの販売目標を達成するため、PB(プライベートブランド)商品の製造を委託している下請事業者に、クリスマスケーキの購入をお願いしようと考えています。当社の外注担当者から、PB商品の発注に関する打合せの際に購入を持ちかけようと思いますが、購入するかどうかはあくまで任意ですので、問題ないでしょうか。 【A】 貴社としては任意のつもりであっても、外注担当者から要請した結果、下請事業者がクリスマスケーキを購入した場合、正当な理由がなく商品を強制して購入させたものとして、購入・利用強制の禁止に違反する可能性があります。 下請法は、親事業者が、下請事業者に対し、下請事業者の給付の内容を均質にし又はその改善を図るために必要がある場合その他正当な理由がある場合を除き、自己の指定する物を強制して購入させ、又は役務を強制して利用させることを禁止している(購入・利用強制の禁止)。 購入・利用強制の禁止の対象には、親事業者の製品・サービスはもちろんのこと、親事業者のグループ会社や顧客の製品・サービス等が幅広く含まれる。 また、「強制して」とは、物の購入や役務の利用を取引の条件とする場合や、要請を拒否した場合に取引額削減などの不利益を与える場合はもちろんのこと、下請取引における力関係を背景に、事実上、物の購入や役務の利用を余儀なくさせていると認められる場合も含まれる。「強制して」に当たるか否かの判断においては、押し付ける側である親事業者の目線よりも、押し付けられる側である下請事業者の目線が重要であり、親事業者としては任意のつもりであっても、下請事業者にとっては、その要請を拒否することが難しく、事実上購入や利用を余儀なくさせていると判断される場合があることに注意する必要がある。 そこで、下請事業者に物の購入や役務の利用を要請する場合には、下請事業者の立場に立って、「自分が下請事業者であったら、この要請を断れるだろうか」と自問自答してみることが有益であろう。 例えば、以下のような場合は、下請事業者において要請を拒否することが容易ではないため、「強制して」商品を購入させ、又は役務を利用させていると判断されるおそれがある。 (2) 下請事業者との合意に基づく利益提供は問題か 【Q】 当社はホームセンターを営んでいますが、今般、新たな店舗のオープンに際し、PB商品の製造を委託している下請事業者に、協賛金の提供や、オープン準備作業のための従業員派遣をお願いしようと考えています。新店がオープンすれば、下請事業者の売上・利益も増えますので、下請事業者との合意の上で実施すれば問題ないでしょうか。 【A】 貴社が、下請事業者に対し、協賛金の提供や従業員派遣によりどれだけの利益が見込めるか合理的根拠を示して明らかにし、それが協賛金提供や従業員派遣に伴う不利益を上回ることを明確に説明できない限り、不当な経済上の利益の提供要請として下請法に違反する可能性が高いといえます。 下請法は、親事業者が、下請事業者に対し、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させることにより、下請事業者の利益を不当に害することを禁止している(不当な経済上の利益の提供要請の禁止)。 不当な経済上の利益の提供要請の禁止の対象には、協賛金などの金銭や、下請事業者の従業員の派遣等はもちろんのこと、下請代金の支払とは独立して行われる金銭の提供、金型等の保管、発注内容に含まれない役務の提供など、あらゆる経済上の利益が含まれる。 もっとも、下請事業者が、自らの「直接の利益」になるものとして、自由な意思により経済上の利益を提供する場合には、下請事業者の利益を不当に害すると認められず、不当な経済上の利益の提供要請には該当しない。 しかしながら、公取委の担当官が執筆した書籍において、「親事業者が協力金の提供を要請するのであれば、下請事業者に対し、協力金を提供させる目的、協力金の額、その算出根拠等を明確にする必要がある。すなわち、親事業者としては、下請事業者が金銭や労務の提供を行うことにより、どれだけの利益が見込めるか合理的根拠を示して明らかにし、それが金銭等を提供することによって発生する不利益を上回ることを明確に示す必要がある。」(鎌田明編著『下請法の実務〔第4版〕』(公正取引協会、2017年)172頁)と解説されていることに注意が必要である。 この点、協賛金の提供や従業員の派遣により、下請事業者の利益がどれだけ増加するかは、予測困難な将来の事情であるし、親事業者の知りえない下請事業者の収益構造にも関わるため、親事業者において、下請事業者にどれだけの利益が見込めるかを合理的根拠を示して明らかにすることは、極めて困難と考えられる。 したがって、協賛金等の提供要請や、従業員の派遣要請は、現実の社会では小売業の店舗等を中心に幅広く行われていると考えられるものの、いざ公取委の調査を受けた際には、上記のとおり厳しい基準により判断されることになると考えておく必要があるだろう。 2 消費税転嫁対策特措法の禁止する商品購入、役務利用又は利益提供の要請 【Q】 当社は、ホームセンターを営んでいます。2019年10月に消費税率が10%に引き上げられた際、お客様への影響を最小限にしたいと考え、多くの商品について本体価格を引き下げ、税込み販売価格を据え置きましたが、消費税転嫁対策特措法の趣旨を踏まえ、納入業者から商品を購入する際の本体価格は据え置き、消費税率引上げ分を当社が負担することとしました。 しかしながら、思うように売上が伸びずに苦慮しているため、納入業者に対し、協賛金を提供してもらいたいと考えているのですが、問題ないでしょうか。 【A】 消費税率引上げ分を上乗せする代わりに、経済上の利益を提供させたものとして、消費税転嫁対策特措法に違反する可能性が高いといえます。 消費税転嫁対策特措法は、特定事業者が、特定供給事業者から供給を受ける商品・役務について、消費税率引上げ分の全部又は一部を上乗せする代わりに、特定供給事業者に商品を購入させたり、役務を利用させたり、経済上の利益を提供させることを禁止している(商品購入、役務利用又は利益提供の要請の禁止)。 商品購入、役務利用又は利益提供の要請の禁止の対象には、特定事業者の供給する商品・サービスはもちろんのこと、特定事業者のグループ企業や顧客の供給する商品・役務も広く含まれる。また、提供させる経済上の利益には、協賛金や協力金など、名目を問わず行われる金銭の提供や、労務の提供等が幅広く含まれる。 商品を購入、役務を利用又は経済上の利益を提供「させる」とは、消費税の転嫁を受け入れる代わりに商品を購入させるなどする場合や、商品を購入しないことなどに対して取引額の削減等の不利益を与える場合はもちろんのこと、事実上、商品購入・役務利用・経済上の利益提供を余儀なくさせていると認められる場合も含まれる。 以上の考え方は、下請法における購入・利用強制の禁止及び不当な経済上の利益の提供要請の禁止と同様である。そのため、商品購入・役務利用・経済上の利益の提供要請が消費税率引上げと無関係に行われた場合には下請法違反、消費税率引上げと紐付いた形で行われた場合には消費税転嫁対策特措法違反になると考えておけばよいであろう。 (連載了)
老コンサルタントが出会った 『問題の多い相続』のお話 【12回】 「二次相続をめぐる続きのお話」 ~Hさんのその後~ 財務コンサルタント 木山 順三 〔コロナ禍でのHさんからの相談依頼〕 なかなか収束の兆しが見えないコロナ禍の中で、筆者のコンサル業も講演会の中止や事務所(大阪市内中心部)への通勤回数をやや抑え気味にするなど影響が続いています。 何しろ後期高齢者ですので、自分自身の相続問題になれば笑いものとなります。 そんな中、この連載の【第9回】でご紹介したHさんから相談依頼がありました。 どうやら遺言書作成等、最低限の事前準備の必要性を感じ始めたようです。 ここで今一度、Hさんの家族状況等を振り返ってみましょう。 そこで筆者としては、将来の揉めごとをなくすべく、できれば居宅を売却して介護付きホームへ行き、残った金融資産でスムーズな遺産分割処理を行うようお勧めしてきた次第です。 〔今回の対応における注意点〕 以上をもとに、筆者から当家の問題点及び具体的行動の必要性を説明しました。 〔ネックになったのは体力?〕 Hさんの相続対策を行動に移すに際し、次のようなネックが判明してきました。 〔まずは遺言書を!〕 上記のような相続対策におけるネックは、超高齢化社会の我が国における大半の人の例と言っても過言ではありません。 すなわち理屈ではわかっているのですが、高齢になってからの財産整理は限りなく力仕事に近いものがあり、また精神的負担もあるため、とても無理だということです。 ましてや独居老人の場合、言うまでもありません。 このことから、相続対策は夫婦とも元気なうちに、独身の場合も心身とも元気な折になさねばなりません。 H家の財産については居宅の占める割合が大きく、遺産分割においては遺留分を考慮した財産分割を考える必要がありました。 結論としては、まず長男へ、喫緊で最低限必要となる手続きを依頼しました。 すなわち、至急、遺言書作成することです。 急な相続が発生した場合に備え、紛争防止のための対策といえます。 これについては後日長男より電話があり、筆者の指導通りの遺言をHさんに書かせるつもりとのお話がありました。また遺言者が高齢者なので、極力簡単な案文を考えてほしいとのことでした(長男いわく、前回の相続の際に苦労した経験から貸金庫契約は解約したとのこと)。 〔遺言書サンプルは様々なケースを想定して〕 長男からの依頼により、改めて筆者は遺言書のサンプルを作成しました。 なお作成にあたっては、その折のHさんの健康状態を考慮し、①公正証書遺言、②自筆遺言の法務局保管制度、③家裁による検認制度のいずれにも対応できるよう、極力遺言文言の簡素化を図りました。 〔老コンサルタントのつぶやき〕 結果として、居宅処分により金融資産のみで遺産分割を行うという筆者の提案通りにはならず、現有資産のまま自筆証書遺言書を作成することになりました。 しかしながら、これはこれで当家にとって大いなる一歩といえます。 遺言書の内容も遺留分の侵害がなく、すべての金融資産は長男を除く他の代襲相続人に行き、居宅(不動産)は長男が単独で相続するというものでした。 つまりH家のこれからの先祖供養・祭祀については長男が行うことになり、家族構成から見ても何らおかしくないものです。仮に相続後において長男がこの不動産を売却しても、すでに相続手続きの後であり、ある意味割り切って考えるべきものでしょう。 Hさんの場合は立派な不動産ですが、中には数年前から言われているように「負動産」として後始末に困るものもあり、現に私自身も数件の対応を経験しました。 すなわち、山林や雑種地、市街化調整区域外物件(しかも遠隔地)が多く、相続人の誰もが引き受けない不動産です。やむなく私のクライアントで多くの不動産を所有しており今更このくらいなら管理・保管も苦にならないという方に引き受けてもらいました。 このように不動産を含む「相続事案」は難しいものもありますが、コンサルタントとしてはやりがいのあるものです。 筆者としては、当家が揉めることなくスムーズな相続手続きの下、これからも円満な親戚づきあいをしてくれることが一番の願いであり、Hさんのケースでは今回、その第一段階がクリアされたものと思っています。 (了)
《速報解説》 会計士協会、KAM早期適用事例の分析レポートを公表 ~監査人等へのインタビューや適用会社のアンケート結果も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年10月8日付けで(ホームページ掲載日は2020年10月12日)、日本公認会計士協会は、「「監査上の主要な検討事項」の早期適用事例分析レポート」(監査基準委員会研究資料第1号)を公表した。 2021年3月期から独立監査人の監査報告書に「監査上の主要な検討事項」(KAM)に関する記載が強制適用になる。レポートは、2020年3月期までの早期適用事例の分析等を行ったものである。 レポートでは、有価証券報告書におけるKAMの早期適用事例だけでなく、アンケート調査やインタビューも行っており、適用前から想定されていた論点に関する全般的な傾向、早期適用から見えてきた監査人としての課題なども記載している。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 早期適用事例の全体像 早期適用事例の全体像は次のとおりである。 Ⅲ KAMの個数に関する分析 Ⅳ KAMの記載形式及び記載内容 Ⅴ 会社法上の監査報告書におけるKAMの記載 Ⅵ 会社とのコミュニケーション 多くの監査チームにおいて、監査の早い段階から継続的に監査役等及び経営者と十分かつ適時にコミュニケーションを行うことにより、会社の理解が十分に得られ、KAMの早期適用を円滑に行うことが可能となったとの回答があったとのことである。 一方で、次の課題も述べられている。 (了)
《速報解説》 グループ通算制度に関する取扱通達が公表される ~新設全84項目のうち注目すべき通達は?~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 令和2年10月5日に国税庁から「グループ通算制度に関する取扱通達の制定について(法令解釈通達)」(全84項目。以下、「通達」という)が公表された。 この通達は、先だって公表されている財務省の税制改正の解説とともに、制度の趣旨、詳細、気になる点が明らかにされているものであり、注目すべき通達は次のとおりである。 なお、「第〇条」と記載している箇所は、法人税法の条文番号に対応している。 ➤第57条(欠損金の繰越し)関係(2-12~2-16) 時価評価除外法人の繰越欠損金の切捨てや含み損等の利用制限が課されない要件となる「共同事業に係る要件」又は加入時の時価評価除外法人に該当する要件となる「適格組織再編成と同様の要件」ついて、組織再編税制の「1-4-4 従業者の範囲」「1-4-5 主要な事業の判定」「1-4-6 事業規模を比較する場合の売上金額等に準ずるもの」「1-4-7 特定役員の範囲」を準用して判断することを明らかにしている。 通算制度の開始・加入に伴う制限の取扱いは、組織再編税制と整合する取扱いにしているため、要件の詳細についても組織再編税制の通達を準用することにしている。 「共同事業に係る要件」又は「適格組織再編成と同様の要件」に係る「事業関連性要件」について、「いずれかの主要な事業」とは、完全支配関係グループが通算グループに加入する場合にあっては、その完全支配関係グループに属するいずれかの法人にとって主要な事業ではなく、その完全支配関係グループにとって主要な事業であることを明らかにしている。 つまり、例えば、加入子法人と加入孫法人(加入子法人の100%子会社)が通算グループに加入する場合、加入子法人及び加入孫法人で構成される加入グループ全体にとって主要な事業であるかを判断することになる。 また、主要な事業が複数ある場合、そのいずれかの事業を通算前事業(子法人事業)として要件に該当するかどうかの判定を行うことも記載されている。 個人的には、今回の目玉となる通達であると考えている。時価評価除外法人の繰越欠損金の切捨てや特定資産譲渡等損失額の損金算入制限が課される「新たな事業を開始した」とは、その通算法人がその通算法人において既に行っている事業とは異なる事業を開始したことをいうのであるから、例えば、既に行っている事業において次のような事実があっただけではこれに該当しないことが明らかにされている。 具体的に考えてみると、例えば、通算法人が、既に行っているコンビニ事業において、新しい商品を開発して販売したり、関東から関西に店舗を拡大しても、その事実があっただけでは、新しい事業を開始した場合に該当しないことになる。 また、この通達から「新たな事業を開始した場合」とは「既に行っている事業とは異なる事業を開始した場合」をいうことが明らかにされている。 ➤第64条の6(損益通算の対象となる欠損金額の特例)関係(2-22~2-25) これは筆者の予想と違った内容となっている。この通達では、損益通算の制限が生じる「減価償却費の割合が30%超となる事業年度」の判定について、その分子となる「償却費として損金経理をした金額」には、法人税基本通達7-5-1(償却費として損金経理をした金額の意義)又は同通達7-5-2(申告調整による償却費の損金算入)の取扱いにより償却費として損金経理をした金額に該当するものとされる金額が含まれることが明らかにされている。 したがって、減損損失も分子に含まれることになり、継続適用を条件に減損損失などを減価償却費の額に含めずに要件を判定することができる賃上げ・生産性向上のための税制(租税特別措置法関係通達42の12の5-11)と取扱いが異なることに注意が必要となる(今後、見直しがされるかについても注目すべきだろう)。 ➤第64条の11(通算制度の開始に伴う資産の時価評価損益)関係(2-40~2-46) 現行の法人税基本通達12の3-2-1と同様の趣旨のものであり、通算制度の開始・加入・離脱等に伴う時価評価を行う場合の時価について、課税上弊害がない限り、この通達で定める方法を認めることとされ、現行制度と同様の計算方法が定められている。現行の同通達12の3-2-1と異なるのは、離脱等に伴う時価評価の時価についても準用されること、開始・加入時の離脱見込み法人株式の時価についても定められている点である。 ➤第66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)関係(2-61~2-62) 中小法人の判定(2-61)、新設法人の判定(2-16)、中小企業者の判定(3-2)について「通算親法人の事業年度の中途において通算承認の効力を失った通算法人のその効力を失った日の前日に終了する事業年度の判定についても、同様とする」ことが明らかにされている。 つまり、離脱法人は、通算制度が適用されない離脱直前事業年度であっても、その終了の日において、他の通算法人を含めて中小法人等の判定を行うことを意味している。 ➤第69条(外国税額の控除)関係(2-63~2-68) この通達は、通算制度の外国税額控除の仕組みが単体納税と違うことを明らかにする内容となっている。単体納税では、法人税に係る外国税額控除の適用を受ける場合において、その計算の仕組み上、外国税額控除額のうち法人税額から控除しきれない金額が生ずることはないため、実質的に外国税額の還付が生じることはない(形式上、所得税額に含めて還付される立て付けであるが、実際には所得税額部分のみが還付されることになる)。 その点、通算制度では、通達でも明らかにされているとおり、例えば、欠損金額を有する通算法人(つまり、法人税額が生じない通算法人)であっても、調整国外所得金額がある場合には、調整前控除限度額が生じるため、外国税額の還付が生じる場合がある。 -終わりに- 今回の通達で、グループ通算制度に関する情報が一通り出揃ったといってよいだろう。 そして、10月5日に国税庁ホームページにおいて『グループ通算制度に関する各種情報』という特設サイトが用意され、今までに公表されていた情報がまとめて掲載されている。 納税者においては、通算制度の適用時期が近付くにつれて、様々な疑問が生じると思われるため、国税庁Q&Aとともに、随時改訂が行われることを期待したい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(令和2年1月~3月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、2020(令和2)年9月28日、「令和2年1月から3月までの裁決事例の追加等」を公表した。今回追加された裁決は表のとおり、国税通則法が3件のほか、法人税法が2件、所得税法、相続税法及び印紙税法が各1件の、合わせて8件となっている。 今回の公表裁決では、8件のうち6件が国税不服審判所によって課税処分等の全部又は一部が取り消されており、棄却された審判請求は2件であった。 【表:公表裁決事例令和2年1月から3月分の一覧】※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された8件の裁決事例のうち、原処分庁が重加算税の賦課決定処分を行い、国税不服審判所がその処分について判断を示した裁決4件について、国税不服審判所が、「隠蔽、仮装」の認定を行った事実関係を中心に検討したい。 なお、複数の争点がある裁決についても、その一部を割愛して、重加算税の賦課決定処分の可否に争点を絞らせていただいたことを、あらかじめお断りしておきたい。 1 収入金額が1,000万円を下回るように調整して過少な所得金額で申告していた事例・・・① 本件は、スポーツインストラクターである個人事業主の審査請求人が、原処分庁職員による調査を受け、所得税等の修正申告及び消費税等の期限後申告をしたところ、原処分庁が、重加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、重加算税の賦課要件を満たしていないなどとして、そのうち過少申告加算税又は無申告加算税相当額を超える部分の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 審査請求人の行為は、国税通則法第68条第1項又は第2項に規定する重加算税の賦課要件を満たすか否か。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、以下①~③の事実認定に基づき、請求人は、「当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合に該当するというべきである」と判断して、各年分の所得税等及び消費税等について、国税通則法第68条第1項に規定する重加算税の賦課要件を満たすということができるとして、審査請求人の請求を棄却した。 2 法定申告期限までに法人税及び消費税等の申告をしなかったことについて、重加算税の賦課要件を満たしているとはいえないとした事例・・・② 本件は、道路交通安全施設工事を主たる事業とする有限会社である審査請求人が、原処分庁の調査担当職員の調査を受けて法人税等及び消費税等の期限後申告をしたところ、原処分庁が、期限後申告に係る重加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、法定申告期限までに納税申告書を提出しなかったことに、隠蔽又は仮装に該当する行為はないとして、その一部の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 審査請求人に、国税通則法第68条第2項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったか否か。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、以下①~②の事実認定に基づき、「請求人は、申告の必要性を認識しながら、これをしなかったことは認められるものの、税を免れようとする確定的な意思に基づいて無申告を貫いていたとまで評価することはできない」と判断して、「無申告行為そのものとは別に、法定申告期限までに申告しないことを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしたと認めることはできない」ことを理由に、請求人に、国税通則法第68条第2項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認めることはできないと判示し、原処分の一部を取り消した。 3 翌事業年度に計上すべき修繕費の完了日を仮装したとまではいえないとした事例・・・③ 本件は、不動産売買業及び不動産管理業を営む法人である審査請求人が、建物の修繕工事に係る費用を事業年度終了の日付で修繕費に計上し、修繕費を損金の額に算入して法人税の確定申告をしたところ、原処分庁が、請求人の代表取締役は、修繕工事が事業年度終了の日までに着工すらしておらず、修繕費を損金の額に算入できないことを認識した上で、修繕工事の施工業者に請求書を発行させることによって損金の額に算入したのであるから、その行為は事実の仮装に当たるとして法人税等の重加算税の賦課決定処分等をしたのに対し、請求人が、仮装の事実はないとして原処分の一部の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 審査請求人が修繕費を平成30年3月期の事業年度の損金の額に算入したことに、国税通則法第68条第1項に規定する仮装に該当する事実があるか否か。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、以下①~③の事実認定に基づき、請求人の一連の行為において、故意に事実をわい曲したと評価すべき行為は見当たらないことから、請求人が修繕費を本件事業年度の損金の額に算入したことに、国税通則法第68条第1項に規定する仮装に該当する事実があるとは認められないと判断し、原処分庁の処分の一部を取り消した。 4 損金の額に算入した仕入額が過大であったとは認められず、請求人に隠蔽又は仮装の行為があったとは認められないとして重加算税の賦課決定処分を取り消した事例・・・⑥ 本件は、主に中国から輸入したアパレル商品等を日本国内の業者向けに販売するという、卸売業を営む法人である審査請求人が、輸入取引に係る仕入額について総勘定元帳に計上した額に基づいて法人税等の確定申告をしたところ、原処分庁が、真正な仕入額は請求人のM税関での申告価格であり、これを上回る金額は損金の額に算入することができないなどとして、法人税等の各更正処分及び重加算税の各賦課決定処分並びに青色申告承認取消処分を行ったところ、請求人が、M税関での申告価格は誤っており、請求人が総勘定元帳に計上した金額が真正な仕入額であるとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 本件の争点は、次のとおりである。 (2) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、争点①について、本件代表者による輸入取引の価格決定方法等についての答述(以下①~④の事実認定の②)は、請求書や輸入申告書の記載内容を一応合理的に説明するものであり、また、証拠による裏付けがある部分もあることから、この答述を排斥できない一方で、請求人代表者による申述(以下①~④の事実認定の①)は、客観的事実と整合しない部分があり、申述に沿う証拠もないことから、本件申述は採用することができないとしたうえで、原処分庁提出証拠並びに当審判所の調査及び審理によっても、請求人代表者による申述のほかに、各事業年度における輸入取引に係る仕入額が本件輸入申告額であるとする原処分庁の主張を裏付ける証拠はなく、請求人が本件各事業年度において本件輸入取引に係る仕入額を過大に計上していたことを認めるに足りる証拠もないことから、法人税等については原処分の一部を、重加算税の賦課決定処分についてはその全部を取り消した。 (了)
《速報解説》 国税庁、令和元年改正会社法施行後の会社役員賠償責任保険の税務上の取扱いについて、経済産業省へ示した回答を公表 ~改正会社法第430条の3に基づいた場合は会社負担分も役員個人への給与課税なし~ Profession Journal編集部 令和元年12月に成立した改正会社法では、第430条の3として会社役員賠償責任保険(D&O保険)に係る契約に関する規定が新設されており、さらに9月30日にパブリックコメントが締め切られた改正会社法施行規則(案)第115条の2では、役員等賠償責任保険契約に該当しない保険契約が定められている。社外取締役の設置義務化もスタートすることから、損害保険各社もさらなる普及を期待しているところだろう。 ところでD&O保険の保険料を会社が負担した場合の税務上の取扱い、すなわち会社から役員への経済的利益の供与(給与課税)の有無については、平成28年に国税庁が公表した「新たな会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて(情報)」によって、次の手続を行うことにより会社法上適法に負担した場合には、役員に対する経済的利益の供与はないと考えられることから、役員個人に対する給与課税を行う必要はないとされている。 今回の法改正によってこれまで法律の規定になかったD&O保険契約を締結するための手続等が会社法上明確化されるにあたり、上記税務上の取扱いが維持されるか気になるところだが、経済産業省は9月30日付で、国税庁より、改正会社法の規定に基づき会社がD&O保険の契約料を負担した場合にも、役員個人に対する経済的利益の供与はなく、役員個人に対する給与課税を行う必要はないとの回答(下記)があったとし、国税庁ホームページにおいてもその情報が公表されている。 冒頭の関係政令パブコメ概要では、改正会社法の施行は令和3年3月1日の予定とされているが、施行を前に国税庁からお墨付きを得たといえよう。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2020年10月8日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.389を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第92回】 「法令相互間の適用原則から読み解く租税法(その2)」 ~形式的効力の原則~ 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅱ 形式的効力の原則 1 概観 続いて、形式的効力の原則を確認しよう。 形式的効力の原則とは、上位法が下位法に優先するという原則である。 すなわち、憲法が法律の上に立ち、法律は政令の上に立ち、政令は省令・規則の上に立つという上下の関係が法令にはあるが、仮に2つ以上の種類の法令の内容が矛盾するときには、上位の法令が下位の法令に優先するわけである。 したがって、憲法違反の法律は無効であり、法律違反の政省令は無効となる。 なお、憲法と条約との間の優先関係については議論があるが、条約優位説が有力である。 ここの条約優位説とは、条約を上位規範とみて、憲法を下位規範とみる考え方であり、憲法優位説に対立する考え方である。 また、法律と条約との関係では条約が優先すると解すべきであろう。 さて、ここでは、形式的効力の原則の観点から、法律や政省令の効力が争点となった事例をいくつか紹介しよう。 2 遡及課税事案 納税者に不利益な租税法規の遡及適用に合理性があるか否かが争点とされた事例として、福岡地裁平成20年1月29日判決(判時2003号43頁)がある。この事件において、同地裁は、平成16年度所得税法改正において土地の譲渡損失に対する損益通算の制限を設けたことは、憲法84条の租税法律主義(租税法規不遡及の原則)に違反し、違憲無効と判断している。 なお、本件では、平成16年4月1日施行の法律の改正により、同年1月1日以後に行われた住宅の譲渡について、その損失の金額の損益通算が認められなくなっていた。すなわち、4月1日施行の法改正によって、それよりも前の譲渡損失の損益通算をも否定することは、租税法規不遡及の原則に違反するといえるかが争点となった。 福岡地裁の判示を見ておこう。 なお、福岡地裁は、上記判示に先立って憲法84条について次のように示している。 租税法律主義が要請する遡及立法禁止原則は、法令の時間的効力との関係でしばしば問題となるが、福岡地裁は憲法と法律の関係を考慮し、上記のような判断を示したものといえよう。 なお、法の適用に関する通則法2条《法律の施行期日》は、「法律は、公布の日から起算して20日を経過した日から施行する。ただし、法律でこれと異なる施行期日を定めたときは、その定めによる。」とするが、法の遡及適用は認められないと解すべきであろう。 憲法は、遡及課税を明文をもって否定しているわけではないものの、財産権の侵害規範たる租税法の遡及適用を憲法が認めているとは解されないとすれば、遡及課税を是とするような法律は、上位の憲法が優先され、無効となるというべきであろう。 もっとも、上記福岡地裁の判断について、控訴審福岡高裁平成20年10月21日判決(判時2035号20頁)は次のように示して、かかる判断を覆している。 ただし、かかる福岡高裁とて、形式的効力の原則を否定して原審の結論を覆しているわけではないことは明らかであり、遡及適用することに合理性があるときは、憲法に抵触しないという判断を示しているのである。 3 添付要件を付した施行令及び施行規則 法律で委任している範囲を越えているとして租税特別措置法施行令及び同法施行規則の規定が無効とされた事例として東京高裁平成7年11月28日判決(行集46巻10=11号1046頁)は次のように示す。 このように、本件では、政令以下の定める手続的事項が問題となっている。 そして、同高裁は次のように示して、本件規定を無効と示した。 法律の有効な委任がないのに、追加的な課税要件として手続的な事項を定めるような政令以下の定めは、法律と政省令の上位下位の関係に反するものとして認められないという判断が示されているのである。 4 政令が規定するプロラタ計算 その他、資本の払戻しのみなし配当の規定に係るいわゆるプロラタ計算(法令23①四)について、法人税法の委任を受けて政令で定める「株式又は出資に対応する部分の金額」(法法24①柱書)の計算の方法に従って計算した結果、利益剰余金を原資とする部分の剰余金の配当の額が「株式又は出資に対応する部分の金額」に含まれることとなる場合には、かかる政令の定めは、そのような計算結果となる限りにおいて法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効であるとした東京地裁平成29年12月6日判決(判例集未登載)がある。 紙幅の都合、事案の詳細に触れることはできないが、東京地裁平成29年12月6日判決は、法人税法施行令23条《所有株式に対応する資本金等の額又は連結個別資本金等の額の計算方法等》1項4号に規定するプロラタ計算が違法・無効となる場合があると断じ、注目を集めた。 同地裁は、このように法人税法の趣旨を考慮した上で、次のように結論付けている。 すなわち、資本剰余金と利益剰余金の双方を原資とする剰余金の配当の場合、全体を資本の払戻しと解すべきであり、法人税法施行令23条1項3号(現行4号)のプロラタ計算においては、「当該剰余金の配当により減少した資本剰余金の額を超える『払戻し等の直前の払戻等対応資本金額等』が算出される結果となる限り」において、法人税法施行令の規定は違法・無効となると断じている。 ここでは、法人税法施行令23条1項3号の規定が法人税法24条《配当等の額とみなす金額》1項3号の委任の範囲を逸脱した違法なものであると判断しており、形式的効力の原則の考え方に沿っているものといえよう。 なお、この事件は控訴されたが、東京高裁令和元年5月9日判決(判例集未登載)も原審判断を維持している。 (※) なお、東京高裁は、法人税法24条1項3号の「剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うもの・・・)」の意義については、原審とは異なる解釈を展開し、原則として、「資本剰余金の額の減少によって行う剰余金の配当・・・」をいうとした上で、「剰余金の配当」が同号の対象となるかどうかは、株主総会等の私法上の決議によって行われた個々の配当ごとに、その原資に応じて判断されるものとするとしている。 5 小括 このように、問題となった法令が形式的効力の原則に反するとの判断が示されることがある。 なお、租税法領域において、憲法違反の判断が下されることは少ないということも付言しておきたい。 これは、租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能のほか、国政全般からの総合的な政策判断を必要とし、課税要件等を定めるについても極めて専門技術的な判断を必要とすることから、租税法の定立については、立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかなく、裁判所は基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないという、いわゆる大嶋訴訟最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(民集39巻2号247頁)で示された判断基準が判例として構築されていることによるものである。 もっとも、憲法違反が判断されることは少ないとはいっても、上記に示した形式的効力の原則に反するような法令の制定には憲法違反が判断されることもあるのである。 (続く)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第45回】 「租税法律主義の基礎理論」 -課税要件法定主義と課税要件明確主義- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、金子宏教授による租税法律主義の機能的考察について検討を加え、それを法の支配による租税法律主義のコーティングとして理解した上で、法の支配によるコーティングを租税法律主義の「総仕上げ」とみることができること及びそのような「総仕上げ」後の租税法律主義の内容として課税要件法定主義、課税要件明確主義、合法性の原則、手続的保障原則、遡及立法の禁止及び納税者の権利保護の6つが挙げられていることを述べた。 金子宏教授による租税法律主義の「総仕上げ」はまさに租税法律主義の「体系化」というべきものであるが、その「体系」を構成する租税法律主義の内容を、租税法律主義が前提とする権力分立制に関する現行憲法の規定順に整理すると、租税法律主義は、「法律に基づく課税」を基本的な内容(根本原則)とした上で、(ⅰ)立法に関する原則として、①課税要件法定主義、②課税要件明確主義、③遡及立法の禁止、④手続的保障原則、(ⅱ)行政に関する原則として、⑤合法性の原則、(ⅲ)行政及び司法に関する原則として、⑥納税者の権利保護、を個別的な内容(下位原則)として、「体系化」することができよう。 今回から上記の順に租税法律主義の各内容(下位原則)について検討するが、今回は、上記の①及び②について検討することにする。 Ⅱ 課税要件法定主義と課税要件明確主義の「棲み分け」 課税要件法定主義と課税要件明確主義は、「教科書的」には、前者は特に税法における命令委任に関して、後者は特に税法における不確定概念の使用に関して、問題とされることが多い。 例えば、秋田市国民健康保険税条例事件・仙台高裁秋田支部判昭和57年7月23日行集33巻7号1616頁の次の判示(下線筆者)は、その典型的な例である。 Ⅲ 課税要件法定主義と課税要件明確主義の「一体性」 もっとも、法律による命令委任と不確定概念の使用とは、行政にとっては、法規の定立と執行という点で、問題となる場面を区別することができるとしても、法律が裁量的な判断権限を行政に授権するという点では、共通している。 この点に着目すると、命令委任については、「委任の目的・内容および程度」に関して「具体的・個別的委任」は許されるが「一般的・白紙的委任」は許されないと考えられているが(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)82頁、拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2016年)【30】等)、これは、行政による法規の定立に係る裁量権行使(行政立法裁量)を統制しようとする考え方とみることができる。 また、不確定概念の使用については、不確定概念を①「終局目的ないし価値概念を内容とする不確定概念」と②「中間目的ないし経験概念を内容とする不確定概念」の2つに区別した上で、前者①を用いた規定を課税要件明確主義に反し無効とするのに対して、後者②を用いた規定は「一見不明確に見えても、法の趣旨・目的に照らしてその意義を明確になしうるもの」であり「租税行政庁に自由裁量を認めるもの」ではなく、「その必要性と合理性が認められる限り」課税要件明確主義に反するものではないと考えられているが(金子・前掲書85-86頁)、これは、行政による法規の執行の前提となる要件判断に係る裁量権行使(要件裁量)を統制しようとする考え方とみることができる。 以上のいずれの考え方においても、行政裁量(行政立法裁量及び要件裁量)の統制が必要とされるが、そのためには租税法律の規律密度(規律の事項及び程度に係る密度)を高めることが必要とされる。この点において、「課税要件法定主義と課税要件明確主義には重複する部分がある。法律が公課の要件を規律する密度(明確性)は、逆に見れば、法律が公課について行政に決定を委任する程度といえるからである。」(山本隆司『判例から探究する行政法』(有斐閣・2012年)8頁[初出・2009年])との指摘は正鵠を射るものである。 このことをわが国における租税法律主義の展開に関する筆者の最近の研究成果(「租税法律主義(憲法84条)」日税研論集77号(近刊))に即して言い換えれば、現行憲法下の租税法律主義は、民主主義的再構成(第34回Ⅱ、第43回Ⅳ参照)及び債務関係説的再構成(第3回Ⅲ、第34回Ⅲ、第43回Ⅳ参照)と、「私人に対し行動の帰結について予測可能性を保障することを眼目としている」(長谷部恭男『憲法〔第7版〕』(新世社・2018年)130頁)法の支配によるコーティング(前回Ⅲ参照)とを融合させ、租税法律の規律密度を高めるものであり、この意味において、課税要件法定主義と課税要件明確主義とは内容的に「一体」とみるべきものであるといえよう。 課税要件法定主義と課税要件明確主義とのこのような「(内容的)一体性」からすると、租税法律主義の内容についていずれか一方に偏した捉え方は正当ではない。例えば、「課税要件法定主義に対しては、ときとして、納税者にとっては、自ら負担すべき納税義務の内容が明確であること(課税要件明確主義)が最も重要であるから、課税要件が明確にされてさえいれば、政令・省令で定めてもよいのではないか、という意見を聞くことがある。しかし、これは租税法律主義における民主主義の要素を軽視するものであって、賛同しがたい。」(金子宏『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)121頁[初出・2008年])との見解は正当である。 Ⅳ おわりに 今回は、課税要件法定主義及び課税要件明確主義について、両者の「(教科書的)棲み分け」をみた後「(内容的)一体性」を検討した。 その検討結果をまとめると、課税要件法定主義と課税要件明確主義は、現行憲法下では、「一体」となって租税法律主義の内容を構成するものであり、租税法律の規律密度を高めることによって行政裁量(行政立法裁量及び要件裁量)を厳格に統制し、もって租税法律主義の基本的性格である法律による行政の原理(第43回Ⅲ参照)を厳格化しようとするものであると考えるべきであろう。 (了)