税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第6回】 「不動産鑑定評価基準には直接登場しない公租公課倍率法」 ~世間的な地代の目安~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 いわゆる公租公課倍率法とは 税理士の皆様も、地代に関し顧客からの相談を受けることが少なからずあろうかと思います。その際、「公租公課倍率法」という方法を適用して新規貸しの地代を試算する方もおられれば、地代改定に当たり改定後の地代の目安を推し測る目的でこの方法を活用する方もおられるのではないでしょうか。 ところで、土地の貸主のなかには公租公課倍率法に馴染みの深い方が多く、税理士の方が地代の相談を受けた際に、まずはこの方法によって地代の試算をしてみようという気持ちになるのも一理あるという気がします。 それでは、公租公課倍率法とはどのような方式を意味するのでしょうか。 この呼び方は通称であり、正式な用語として定義付けられているわけではありませんが、筆者なりにその意味を捉えれば、公租公課倍率法とは『対象地に課税されている固定資産税及び都市計画税の合計額に一定の倍率を乗じた金額をもって地代とする方法』であるといえます。 例えば、対象地の固定資産税及び都市計画税の合計額が1㎡当たり月額200円で、その3倍をもって地代を取り決めるとすれば、 ということになります。 このように、公租公課倍率法は簡潔明瞭な地代決定の方法であり、計算の基になる固定資産税及び都市計画税の金額が分かれば、他に判断の介入する余地はなく機械的に地代が求められる点に特徴(あるいはメリット)があります。 2 公租公課倍率法が一般に用いられてきた理由 それでは、公租公課倍率法が一般に用いられてきた理由は、どのような点に見い出せるのでしょうか。 上記1で述べた内容と一部重複するところもありますが、これをまとめれば以下のとおりです。 そのため、例えば「将来、経済諸事情の変動により地代改定が必要となった場合には、改定時の固定資産税及び都市計画税の合計額の〇倍をもって改定後の地代とする」旨の取り決めをしているケースも見受けられます。 しかし、そうはいってもすべてこのような形で物事が解決するというわけではありません。なかには、契約当初に公租公課の一定倍率を地代として取り決めた場合でも、その後の公租公課の大幅な増額に伴い、同じ計算式を用いても結果としての金額が借主にとって負担の大きいものとなってしまう事態も生じ得ることでしょう。 このようなことを考えると、公租公課倍率法が分かりやすい方法であるとはいっても、この方法で地代を取り決めておけば問題は生じないと考えるわけにはいきません。 3 公租公課倍率法に用いられる倍率 (1) 巷に言われる公租公課の“3倍”とは 先ほどの計算例にも掲げましたが、公租公課に乗ずる倍率としては「3倍」という数値が一般的によく用いられてきました。しかし、公租公課の3倍相当額が適正地代であるという規定が存在するわけではなく、このレベルの地代を授受することが法的に義務づけられているというものでもありません。 それでは何を根拠に「3倍」という倍率が巷で用いられてきたのでしょうか。 その根拠を筆者が推測するに、宗教法人(お寺)の地代に関する税務上の取扱いに端を発しているものと思われます。 すなわち、宗教法人(公益法人)に関しては法人税法施行規則第4条で、地代の額が住宅用土地に課される固定資産税及び都市計画税の合計額の3倍以下であれば住宅用土地の貸付業で収益事業に該当しないと扱われていることから、お寺が決める地代は公租公課の3倍以下とするであろうことが読み取れるからです(これを考えると、公租公課の3倍相当額が適正地代であると割り切ってしまうことには、再考の余地がありそうです)。 ちなみに、法人税法施行規則第4条及びそのなかに登場する法人税法施行令第5条第1項第5号の規定は以下のとおりです(下線部は筆者によります)。 (2) 日税不動産鑑定士協会の調査では 日税不動産鑑定士会(税理士と不動産鑑定士の両方の資格を有する者が組織している会)の調査によれば、平成30年1月から同年4月現在での東京都23区における継続地代(支払ベース)の公租公課に対する倍率は次のとおりです。 ここで、住宅地系の倍率が高い理由として、住宅用地の減額特例により、住宅用地の課税標準額が商業地(非住宅用地)のそれよりも低い水準に抑えられていることが指摘されています。 ちなみに、平成27年1月1日時点の調査では以下の結果が報告されています(ただし、調査地点は平成30年とすべて同一でなく、対象となった事例数にも相違があります)。 また、上記の調査結果は東京都23区における1つの傾向を示すものであり、これが全国の土地にもそのまま当てはまるというわけでもありません(商業地系では上記割合よりもかなり高い傾向を示す地域もあるようです)。 (3) 公租公課倍率法適用上の留意点 今まで述べてきたことを踏まえれば、公租公課倍率法の適用に当たっては以下の点に留意が必要です。 〈公租公課倍率法適用に当たっての留意点〉 4 不動産鑑定評価基準には直接登場しない公租公課倍率法 (1) 不動産鑑定評価基準における賃料評価の考え方 不動産鑑定評価基準の考え方は以下のとおりですが、地代に関する評価手法のなかに、公租公課倍率法という言葉は直接登場しません。 ここで、「積算法」とは賃貸借等に供される不動産の経済価値に着目して、「賃貸事例比較法」とは不動産の賃貸借等の事例に着目して、「収益分析法」とは一般の企業経営に着目して不動産の賃料を求める手法です。 また、継続賃料を求める上記手法は、新規賃料を求める3手法の考え方を活用したものです。 すなわち、「差額配分法」は、対象不動産の経済価値に即応した適正な賃料と実際の賃料との間に発生している差額について、貸主・借主間の適正な配分という視点に立って改定後の賃料にアプローチするものです。また、「利回り法」は、賃料を改定しようとする時点での不動産の価格(基礎価格)に、現行賃料を直近で合意した時点(以下、「直近合意時点」といいます)における利回り(=継続賃料利回り)を乗じた金額をベースとするものであり、「スライド法」とは直近合意時点における純賃料(公租公課を除く部分)にその後の諸指標の変動率を乗じた金額をベースとするものです。さらに、継続賃料を求める際の「賃貸事例比較法」は、新規貸しの事例ではなく、契約継続中の賃貸事例を前提としています。 このように、不動産鑑定評価基準の規定からは公租公課倍率法という手法の存在が読み取れませんが、筆者の推測によれば、「賃貸事例比較法等・」の「等」のなかに包含されているのではないかと思われます(ただし、不動産鑑定評価基準の解説書を読んでも、このあたりの事情を記述したものは見当たりません)。 (2) 公租公課倍率法の鑑定評価上の意義 筆者は、公租公課倍率法は不動産鑑定評価基準に基づいて求められた鑑定評価額の検証手段として意義を有するものと考えています。 その理由は、特に継続賃料の場合、鑑定評価の各手法を適用して試算した結果に相当の乖離が生ずることも多く、そのなかでどの手法による結果が最も説得力を有するかの判断をするに当たり、公租公課倍率法の考え方が常識的な目線(ヒント)を提供することがしばしばあるからです。 特に、継続賃料の鑑定評価においては、「直近合意時点」からの諸事情の変動をいかにして賃料に的確に反映させるか(最高裁判例の傾向)がキーポイントとなりますが、「直近合意時点」の捉え方によっては鑑定評価額にも大きな影響を与えます。 筆者は、鑑定評価という作業がいくつもの判断の集積から成り立っていることを踏まえると、その結果の検証手段として公租公課倍率法の存在意義を見い出すことができると考えています。 (了)
〈Q&A〉 消費税転嫁対策特措法・下請法のポイント 【第3回】 「法規制が及ぶ範囲の異同」 のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 福塚 侑也 【Q】 当社では、下請法遵守のため、下請法の対象となる取引先を選別し、一目で判別できるような取引先コードを付して徹底した管理を行っています。 そこで、下請法の対象となる取引先について、下請法遵守のための取組みに加えて消費税転嫁対策特別措置法遵守のための取組みを行うことを考えていますが、このような方法で問題ないでしょうか。 【A】 消費税転嫁対策特別措置法の適用範囲は、下請法の適用範囲よりも大幅に広くなっています。消費税転嫁対策特別措置法の適用に当たっては、資本金による適用範囲の制限が限定的であり、また、下請法における取引内容要件に対応する要件はありません。 したがって、事務所や店舗の家賃、自社利用のためのサービスの委託など、下請法が適用されない取引も含めて、消費税転嫁対策特別措置法の対象となる取引を洗い出し、同法遵守の体制を構築することが必要です。 はじめに 第3回は、消費税転嫁対策特別措置法と下請法のそれぞれについて、法規制が及ぶ範囲の異同を解説する。 消費税転嫁対策特別措置法と下請法は、「買いたたき」や「減額」など名称の重なり合う規制を持つが、法規制が及ぶ範囲は大きく異なり、その適用対象取引は消費税転嫁対策特別措置法の方が圧倒的に幅広い。したがって、いかに下請法遵守に努めている企業であっても、思わぬところで消費税転嫁対策特別措置法に足下をすくわれる場合があるため、注意する必要がある。 以下では、まず、下請法の適用範囲について概説した上で、下請法との異同に言及しつつ消費税転嫁対策特別措置法の適用範囲について概説し、最後に、具体的な事例における両法律の適用の有無を対比することとする。 1 下請法の適用範囲 (1) 概要 下請法は、発注者である「親事業者」に4つの義務を課すと共に、「親事業者」が受注者である「下請事業者」に11の行為を行うことを禁止している(詳細は【第1回】参照)。 「親事業者」及び「下請事業者」に該当するとして下請法が適用されるのは、①資本金要件、②取引内容要件という2つの要件を共に充たす場合に限られるため、以下、上記各要件について概説する。 (2) 資本金要件 資本金要件とは、親事業者と下請事業者の資本金額を見比べ、所定のチャートに機械的に当てはめて判断するというものである。チャートは2種類あり、委託する内容によって用いるチャートが異なるため、注意する必要がある。 まず、委託内容が製造委託など以下のいずれかに該当する場合は、その下の3億円基準が適用される。 《委託内容》 《3億円基準》 例えば、資本金5億円の自動車メーカーが、資本金1億円の部品メーカーに自動車部品の製造を委託する場合には、発注者である自動車メーカーの資本金額が3億円超であるため、上記の表のうち上段が適用される。そして、受注者である部品メーカーの資本金が3億円以下であるため、資本金要件を充たすということになる。 また、資本金1億円の自動車メーカーが、資本金3,000万円の部品メーカーに自動車部品の製造を委託する場合には、発注者である自動車メーカーの資本金が1,000万円超3億円以下であるため、上記の表のうち下段が適用される。しかし、受注者である部品メーカーの資本金が1,000万円を超えているため、資本金要件を充たさないということになる。 他方、委託内容がプログラムの作成を除く情報成果物作成委託など以下のいずれかに該当する場合は、その下の5,000万円基準が適用される。 《委託内容》 《5,000万円基準》 基準となる数値が3億円ではなく5,000万円となる点が異なるものの、考え方は上記3億円基準と全く同じである。 (3) 取引内容要件 取引内容要件とは、発注内容に着目した要件である。 すなわち、下請法が適用されるのは、「製造委託」「修理委託」「情報成果物作成委託」及び「役務提供委託」のいずれかの要件を充たす一定の委託取引に限られる。それぞれの委託取引については、次のとおりである。 「委託取引」とは、自社が業として行う物品の製造、修理、情報成果物の作成、役務の提供等の全部又は一部を他の事業者に委託する場合をいう。典型的には、自動車メーカーが部品メーカーに仕様を指定した自動車部品の製造を委託したり、テレビ局が番組製作会社に番組の制作を委託したり、運送事業者が他の運送事業者に顧客から受託した運送の一部を再委託したりするような場合である。 他方、カタログ品の購入、自社で使用する物品の製造の委託(自社で製造していない場合に限る)、自己利用するための役務提供の委託などは、下請法にいう委託取引に該当せず、下請法は適用されない。 2 消費税転嫁対策特別措置法の適用範囲 消費税転嫁対策特別措置法は、買い手側である「特定事業者」が、売り手側である「特定供給事業者」に対し、買いたたき等の消費税転嫁拒否等の行為を行うことを禁止している。 特定事業者及び特定供給事業者の範囲は、以下のとおり、買い手側企業が大規模小売事業者(※)であるか否かによって異なる。 (※) 「大規模小売事業者」については、売上額及び店舗面積に係る基準が定められている。詳細は、公取委「消費税の転嫁を拒否する行為等に関する消費税転嫁対策特別措置法、独占禁止法及び下請法上の考え方」参照。 上記適用範囲は、下請法の適用対象よりも大幅に広範なものである。下請法との比較においては、以下の点に留意する必要がある。 3 具体例にみる適用範囲の異同 上記1及び2で述べた適用範囲の異同を具体例で見ると、以下のとおりである。下請法が適用されないにもかかわらず、消費税転嫁対策特措法の規制対象となる領域が、いかに広いかがお分かりいただけるのではないだろうか。 ※「〇」は適用、「✕」は非適用を示す。 ※資本金に関する要件を充足することを前提としている。 ※一覧性を確保するため、例外的場面は捨象していることにご留意いただきたい。 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第26回】 「争族対策と老後資金の関係」 税理士法人トゥモローズ 中小企業の経営者に、後継者となる子以外にも子がいる場合、その相続が“争族”となって、遺産分割が長期化することがあり得る。 親である経営者が事前に対策をしていれば、争いを防ぐことができたケースも多々あるため、今回は中小企業経営者の争族対策について解説を行っていきたい。 1 主な争族対策 (1) 遺言書の作成 争族対策の基本は、遺言書の作成である。すなわち遺言書に、後継者である相続人に経営者が保有する自社株式(非上場株式)を相続させる旨の記載をし、後継者以外の相続人には、それ以外の財産で遺留分を確保するような遺言書を作成する。非上場株式が財産の大半を締め、他に遺留分を確保できるような適当な財産がない場合には、次の(2)以降で紹介する対策を検討することとなる。 なお、遺留分を確保できるような他の適当な財産がない場合であっても、遺言書の作成は必要である。仮に遺言書を作成していなかった場合には、遺留分の倍である法定相続分を後継者以外の相続人に分割しなければならず、その割合を半減させるという意味もある。 また、このような法的効果以外にも、親が遺言書に記載されたような思いがあったことを子に知ってもらい、後継者以外の子にも納得感を持ってもらうという意味でも、遺言書の作成は重要な争族対策となるであろう。 (2) 遺留分の放棄 相続開始前の遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けた場合に限り、その効力が生じる。これは、親からの強要による遺留分放棄を認めないために、家庭裁判所の許可をその要件としたのである。 相続開始前における遺留分放棄の手続について、概要を示すと以下の通りである。 なお、相続開始前の遺留分の放棄は、申立ての前提となった事情が変化したような場合には、再度家庭裁判所の許可を受ければ取り消すこともできるため、絶対的なものではない。そのような事情もあることから、次の(3)に紹介する民法の特例制度が創設された。 また、相続開始後の遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可は不要である。ただし、相続開始後に遺留分権利者が放棄してくれるかどうかは分からないため、生前の争族対策としては有効ではない。 (3) 遺留分に関する民法の特例(固定合意・除外合意) 事業承継における遺留分の問題を解消するために、経営承継円滑化法(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)には、遺留分に関する民法の特例の規定がある。 この特例には、①除外合意と②固定合意という2つの方策が用意されている。 ① 除外合意 除外合意とは、生前贈与等により後継者に移った非上場株式について、遺留分を算定するための基礎財産の価額に算入すべき価額に、その非上場株式の価額を算入しないとすることができる制度である。 (※) 中小企業庁パンフレットより ② 固定合意 固定合意とは、生前贈与等により後継者に移った非上場株式について、遺留分を算定するための基礎財産の価額に算入すべき価額を、相続時の価額ではなく、贈与時の価額とすることができる制度である。 (※) 中小企業庁パンフレットより (4) 生命保険の活用 前回でも解説した通り、遺留分相当額を保険金額とする生命保険契約に加入し、その受取人を後継者とすれば、その保険金を原資として、後継者以外の相続人に代償金を支払うことができ、遺産分割の長期的な争いを回避することができる。 2 争族対策と老後資金 ここまで事業承継における遺留分の問題を解説してきたが、そもそも遺留分の問題が生じないよう後継者に非上場株式を移転できればよいのである。 その方法は、本連載【第16回】で紹介した「譲渡による株式の移転」である。 譲渡による株式の移転の場合には、適切な対価で譲渡されている限り、将来の相続で後継者以外の相続人から遺留分侵害額の請求はされない。また、その譲渡対価が先代経営者の老後資金を潤すことにもつながるのである。 後継者による譲渡対価の捻出等の課題もあるが、争族対策と老後資金を共に解決する手法としては、譲渡による株式の移転が最適であろう。 (了)
《速報解説》 改正された「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」等が公布と同時に施行 ~重要な会計方針の注記に係る規定の改正、収益認識に関する注記等に係る留意事項が規定される~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年6月12日、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第46号)等が公布された。これにより、2020年4月10日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 これは、2020年3月31日に公表された「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(改正企業会計基準第24号)、「収益認識に関する会計基準」(改正企業会計基準第29号)及び「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(企業会計基準第31号)等を踏まえ、財務諸表等規則などを改正するものである。 なお、公開草案に対するパブリックコメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方も公表されており、改正後の財務諸表等規則などの理解に資するものと思われる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部改正」、「四半期財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部改正」、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部改正」などのほか、「「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」の取扱いに関する留意事項について(財務諸表等規則ガイドライン)の一部改正」などが公表されている。 以下では、主に財務諸表等規則に関する改正について解説する。 1 重要な会計方針の注記(財規8条の2関係) 「重要な会計方針の注記」(財規8条の2)では、従来、有価証券の評価基準及び評価方法、棚卸資産の評価基準及び評価方法など10項目を注記しなければならないとしていた。 改正財務諸表等規則は、会計方針については、財務諸表作成のための基礎となる事項であって、投資者その他の財務諸表の利用者の理解に資するものを注記しなければならないとし(重要性の乏しいものについては注記を省略することができる)、現行の10項目の会計方針の記載を削除している。 一方、改正財務諸表等規則ガイドライン8の2において、次の規定を新設している。 2 重要な会計上の見積りに関する注記(財規8条の2の2関係) 「重要な会計上の見積りに関する注記」(財規8条の2の2)において、当事業年度の財務諸表の作成に当たって行った会計上の見積り(この規則の規定により注記すべき事項の記載に当たって行った会計上の見積りを含む)のうち、当該会計上の見積りが当事業年度の翌事業年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがあるもの(「重要な会計上の見積り」という)を識別した場合には、次に掲げる事項であって、投資者その他の財務諸表の利用者の理解に資するものを注記しなければならない。 当該財務諸表等規則の規定に対応して、財務諸表等規則ガイドライン8の2の2において、「会計上の見積りの開示に関する会計基準」が適用される場合の注記に関する留意事項を規定する。 3 未適用の会計基準等に関する注記(財規8条の3の3関係) 改正財務諸表等規則8条の3の3第1項3号に掲げる事項は、当該会計基準等が専ら表示方法及び注記事項を定めた会計基準等である場合には、記載することを要しない。 4 収益認識に関する注記(財規8条の32関係) 顧客との契約から生じる収益については、次に掲げる事項であって、投資者その他の財務諸表の利用者の理解に資するものを注記しなければならない(重要性の乏しいものについては注記を省略することができる)。 当該財務諸表等規則の規定に対応して、財務諸表等規則ガイドライン8の32において、「収益認識に関する会計基準」が適用される場合の注記に関する留意事項を規定する。 5 表示科目等(財規15条、39条、47条、93条等関係) 次のように表示科目等について改正する。 6 棚卸資産及び工事損失引当金の表示(財規54条の4関係) 同一の工事契約に係る棚卸資産及び工事損失引当金がある場合に、所要の注記を行う(重要性の乏しいものについては注記を省略することができる)。 7 売上高の表示方法(財規72条関係) 売上高については、顧客との契約から生じる収益及びそれ以外の収益に区分して記載するものとする。 この場合において、当該記載は、顧客との契約から生じる収益の金額の注記をもって代えることができる。 ただし、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成しているときは、当該記載及び当該注記を省略することができる。 売上高の記載に際しては、各企業の実態に応じ、売上高、売上収益、営業収益等適切な名称を付すことに留意し、また、顧客との契約に重要な金融要素が含まれる場合には、顧客との契約から生じる収益と金融要素の影響(受取利息又は支払利息)を損益計算書において区分して表示することに留意する(財務諸表等規則ガイドライン72-1、72-2)。 Ⅲ 適用時期等 公布の日(2020年6月12日)から施行する。 経過措置が詳細に規定されているので、実際の適用に際して注意が必要である。 (了)
《速報解説》 会計士協会からCOVID-19により変化し続ける環境下での監査報告(翻訳情報)が公表される ~注記事項の重要性、KAM、期中財務情報に対するレビュー報告書等に言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 国際監査・保証基準審議会(IAASB)は、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により変化し続ける環境下での監査報告」(2020年5月22日、IAASBスタッフ文書)を公表した。 これは、2020年4月29日、5月14日に続くものであり、国際監査基準(ISA)及び国際レビュー業務基準(ISRE)に基づく監査報告に関連するものである。 この文書は、監査人の監査実務の動向を理解するうえで参考になる部分があると考えられる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 注記事項の重要性 現在の状況では、注記事項の重要性はますます高まっていると述べている。 利用者は、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の世界的流行の重要な影響について開示を通じて透明性が高まることを期待している。 注記事項によって、特に、金融市場の不安定性、信用リスク又は流動性リスクの悪化、政府による介入(政府補助金等)、並びに生産量の削減やリストラクチャリング等から生じる変化の影響に対処することができる。 国際監査基準(ISA)において、十分かつ適切な監査証拠を入手することは、注記事項に対しても同様に適用される。 次のことに留意する。 Ⅲ 継続企業の前提に関する重要な不確実性 次のことに留意する。 Ⅳ 監査上の主要な検討事項(KAM) ISA701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」が適用される場合、COVID-19の世界的流行により生じた状況の変化や課題によって、監査報告書において報告される監査上の主要な検討事項の決定に、さらに焦点を置く可能性がある。 監査人が特に注意を払った事項についての監査人の決定に影響する事項として、次のものを例示している。 Ⅴ 期中財務情報に対するレビュー報告書 経営者は、期中財務諸表を作成及び発行する際にも、COVID-19の世界的流行の影響について考慮する必要がある。 監査人も、ISRE2410「企業の独立監査人が実施する期中財務情報のレビュー」に従った、企業の期中財務情報のレビューを行う際に、当該影響を考慮することになる。 (了)
《速報解説》 国税庁、「グループ通算制度に関するQ&A」を公表 ~欠損金の通算の計算方法等が示される~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 令和2年6月3日に国税庁から「グループ通算制度に関するQ&A」が公表された。 この「グループ通算制度に関するQ&A」は、通算制度に係る税務上の取扱いをQ&A形式で取りまとめたものであり、図表や計算例を使って解説している。 以下ではQ&Aで取り上げられた主な項目について紹介したい。 なおグループ通算制度については、下記拙稿を合わせて参照されたい。 1 適用対象法人等(問1~6) 通算完全支配関係の範囲を含めた通算親法人又は通算子法人の範囲が解説されている。また、「問6 連結法人の通算制度への移行に関する手続」では、連結法人は通算制度に自動的に移行すること、移行日前に届出書を提出すれば単体納税に戻れること、ただし、5年間の適用制限が課されることが記載されている。 2 通算制度の承認(問7~11) 通算制度の適用を開始したい場合、3ヶ月前までに申請書を提出する必要があること、設立事業年度又は設立事業年度の翌事業年度(申請特例年度)から通算制度を適用したい場合、申請期限の特例を設けていることが記載されている。 3 申告・納付(問12~15) 申告・納付については、個別申告方式を前提とした取扱いである点を除くと、確定申告書の提出期限(問12)、納付期限の延長(問14)、連帯納付責任(問15)は、連結納税と同様の取扱いとなっている。 4 青色申告(問16~18) 通算制度では、連結納税と異なり、通算制度の承認を受けた場合は、同時に青色申告の承認を受けたことになることが記載されている。 5 事業年度(問19~25) 通算制度でも、連結納税と同様に、通算親法人の事業年度を税務上の事業年度として損益通算等を適用することになる。 また、加入法人又は離脱法人の事業年度の設定について、加入時期の特例に会計期間の末日の翌日が追加されたこと及び離脱する際に通算親法人の事業年度に合わせた事業年度とする必要はないことを除いて連結納税と同様の取扱いとなることも確認できる。 6 開始・加入の時価評価(問26~28) 開始・加入の時価評価については、問26及び問27で「開始・加入に伴う時価評価を要しない法人」の範囲が解説されているが、共同事業要件などは政令で定められることなるため、今回のQ&Aで詳しい解説はされていない。 7 損益通算(問31~33) 損益通算については、今まで、国税庁及び財務省から計算例は示されていなかったが、問31において計算例が示されている。 また、「問32 損益通算の対象とはならない欠損金額等」について、図表を使って解説が行われている。 さらに、損益通算の修更正時の遮断措置について、問33において、計算例が示されている。 8 欠損金額(問34~39) 通算制度の欠損金額の取扱いについては、まず、問34において、時価評価を要する法人、時価評価を要しない法人それぞれにおいて欠損金額が切り捨てられる場合が図示されている。 次に、「問35 過年度の欠損金額を通算制度適用後に損金算入することの可否」において通算制度に持ち込んだ開始前の過年度の欠損金額は、通算制度開始後に特定欠損金額として損金算入することができることが記載されている。 また、通算制度の欠損金の通算(遮断措置を含む)については、今まで、国税庁及び財務省から計算例は示されていなかったが、「問36 通算法人の過年度の欠損金額の当初申告における損金算入額の計算方法」及び「問37 修正申告等があった場合の通算法人の過年度の欠損金額の損金算入額の計算方法」において、当初申告の計算例と修更正時の計算例が示されている。 この欠損金の通算(遮断措置を含む)の計算方法は、通算制度の中でも最も難解な取扱いの1つであるといえるため、このような形で計算例が示されることは実務家にとって大変、有意義なものであると思われる。 9 法人税(税率)(問42) 通算制度は、①個別申告方式となり、各通算法人の税率が適用されること、②軽減税率の対象となる所得の限度額800万円を各通算法人に配分する必要があること、③その配分計算に遮断措置を設けていること、が特別な取扱いとなっているが、今回のQ&Aでは、②・③の具体的な計算例が示されている。 ▷終わりに 今回公表されたQ&Aにおいて、通算制度に係る政省令等が公布された際には、随時、記載内容等について改訂を行っていく予定であることが記載されている。 そのため、今後、政省令が公表されることで、「連結納税制度Q&A(平成29年3月)」(国税庁)で取り上げられている項目(投資簿価修正、受取配当金、寄附金、外国子会社配当金、外国税額控除など)が取り上げられるだろうし、時価評価についても詳細が解説されるだろう。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2020年6月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.373を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第89回】 「附帯決議から読み解く租税法(その2)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅱ 附帯決議が論点となった訴訟 1 国税通則法70条4項 国税通則法70条《国税の更正、決定等の期間制限》4項(当時5項)の除斥期間につき、従前の5年から7年に延長する内容を含む「脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律案」について、昭和56年5月15日に開かれた参議院大蔵委員会において、次のような附帯決議がなされた。 すなわち、「政府は、本法施行に当たり、次の事項について配慮すべきである。」とした上で、次のように決議されたのである。 (※) なお、上記のほか、「一、所得発生の時期から相当期間経過して更正・決定等が行われる場合、直ちに納税することが困難となる納税者を救済するため、納税緩和制度の弾力的運営に努めること」「一、保存期間が延長される青色申告者の帳簿書類の範囲については、中小企業者等に過重な負担とならないよう、最少限度のものとすること」の2点も決議されている。 かような附帯決議(以下「昭和56年附帯決議」という。)が行われているわけであるが、同年4月24日の衆議院大蔵委員会においても同趣旨の決議が行われている(衆議院大蔵委員会の附帯決議については後掲)。 これらを前提とすると、国税通則法70条4項にいう「偽りその他不正の行為」の認定は厳格に行われるべきということになるのであろうか。 この点について考えることとしよう。 例えば、東京地裁平成16年11月24日判決(税資254号順号9830)の事例における原告は、「本件のような過少申告加算税が賦課されたにすぎない事案において、7年に遡及して更正処分を行うことは、上記立法趣旨に反するとする意見もあり得るところである。」と主張する。 これに対して、東京地裁は、次のように判示している。 すなわち、国税通則法70条4項の趣旨から、過少申告行為自体が偽りその他不正の行為に当たる場合があるとする。 東京地裁は、上記のように被告主張につき述べたうえで、それを補強するものとして附帯決議に触れている。 (※) もっとも、結論においては、課税処分に違法はないと判断されている。すなわち、確定申告の際に源泉徴収票を提出しないなど、原告の過少申告行為を容易ならしめる客観的状況が存在し、原告がそれを認識しつつ、あえて過少申告を行ったものであるというべきであることから、このような納税者の過少申告行為は、国税通則法70条5項にいう「偽りその他不正の行為」に該当するとされている(確定)。 また、東京高裁平成16年11月11日判決(税資254号順号9814)は、次のように説示する。 これまで多くの訴訟事案において、納税者側が、昭和56年附帯決議を参照して国税通則法70条4項の規定の適用による遡及課税についての違法性を訴えてきたが、ことごとくかかる主張は排斥されているのが現状である。 (※) 後掲する事案のほかにも、例えば、東京地裁平成17年9月9日判決(訟月52巻7号2349頁)、東京高裁平成16年11月30日判決(訟報51巻9号2512頁)、横浜地裁平成16年9月8日判決(税資254号順号9739)、水戸地裁平成16年8月25日判決(税資254号順号9723)、東京地裁平成16年4月19日判決(訟月51巻9号2538頁)、横浜地裁平成16年3月17日判決(税資254号順号9598)、大阪地裁平成15年12月3日判決(税資253号順号9481)における納税者側の主張などがある。 大阪高裁平成16年10月27日判決(税資254号順号9796)においても同様である。 控訴人(納税者)は、上記のような判断は、昭和56年附帯決議の内容とも齟齬するなどと主張したが、同判決は、「前記のような判断が56年附帯決議の内容に反することにならないのも明らかである。」とした。 2 政府の注意の喚起にすぎない附帯決議 名古屋地裁平成13年9月28日判決(税資251号順号8986)においても、原告は、昭和56年附帯決議を取り上げて主張をしているが、かかる附帯決議は政府に次のような配慮等を求めている。なお、これは昭和56年4月24日に採決された衆議院大蔵委員会における附帯決議である。 原告はかかる5つの附帯決議を踏まえたうえで、次のように主張する。 これに対して、名古屋地裁は、かかる主張を排斥している。 また、佐賀地裁平成26年9月19日(税資264号順号12531)は、次のように判示する。 これらの判断は、そもそも、対象となった事例が昭和56年附帯決議の内容に反するものではないという趣旨の判断ではなく、そもそも、「昭和56年附帯決議は、税務調査の方法等につき政府の注意を喚起する内容のものにすぎない」とするものであって、他の事例における納税者側の主張の排斥理由とは異なっている。 そもそも、昭和56年附帯決議は、上述のとおり、①脱税の調査に当たっては、法令の理解度、脱税の意思の程度等の相違に配慮し、納税者の立場をも十分に尊重して対処することや、②中小企業者等に無用の混乱を生ずることのないよう特段の配慮をすることといった内容によるものであって、国税通則法70条4項の解釈そのものに対する決議が展開されたわけではないことは明らかである。 ①及び②のいずれにしても、延長された更正・決定等の制限期間にかかる調査に当たっての執行上の留意事項であって、かかる執行場面において、いたずらに調査対象、範囲を拡大するなどすることのないようにすべきとの訓示的意義を有するにすぎないとみるべきであろう。 すなわち、国税通則法70条4項の解釈論において、昭和56年附帯決議が直接意味を有するとしてことさらに同決議を強調することは難しいといわざるを得ないのである。 行政執行上の留意事項が附帯決議されたという点においては、昭和45年の附帯決議が、国税不服審判所の運営につき争点主義の精神をいかし、その趣旨徹底に遺憾なきを期すべきであるとしたものと性質は類似であるといえよう(前回参照)。 (続く)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第37回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -不当性要件と経済的合理性基準(3)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、IBM事件・東京高判平成27年3月25日訟月61巻11号1995頁を取り上げて、経済的合理性基準の意味内容について検討したが、今回からは、「極めて画期的な内容の判決」(太田洋「ユニバーサル・ミュージック事件東京地裁判決の分析と射程」租税研究844号(2020年)50頁、51頁)として最近注目を集めているユニバーサルミュージック事件・東京地判令和元年6月27日(未公刊・裁判所ウェブサイト。以下「本判決」という)を取り上げて、経済的合理性基準の意味内容について検討することにする。今回は、まず、不当性要件に関する本判決の判断枠組みについて紹介しつつ若干の検討を行い、次回以降の検討課題を明らかにしておくことにしよう。 本件は、「ヴィヴェンディ・グループ」という多国籍企業グループ内における極めて複雑な組織再編成等スキームに関する事案であるが、その骨子のみを述べておくと、グループ内の日本法人(原告)が、グループ内金融会社(同族会社)である外国法人から、「企業グループにおいて借入金の返済に係る経済的負担を資本関係の下流にある子会社に負担させる」(本判決第3(当裁判所の判断)3(2)イ(イ))いわゆるデット・プッシュ・ダウン(debt push down)方式により借入れ(本件借入れ)を受け、これに係る支払利息を損金の額に算入して確定申告を行ったところ、所轄税務署長が法人税法132条1項の適用により当該支払利息の損金算入を否認した事案である。 なお、本判決は、第31回及び第32回で検討したTPR事件・東京地裁判決と同日に示されたものであるが、この点について次のような見方がされている(太田・前掲講演録51頁)。 ほかに、この2つの判決は、税制調査会「連結納税制度に関する専門家会合(第5回)議事録」15-16頁で取り上げられたことも附記しておく。 Ⅱ 法人税法132条1項の趣旨と経済的合理性基準 本件における争点のうち不当性要件該当性について、当事者の主張からみておこう。国(被告)は次のとおり主張した(下線筆者)。 国のこの主張は、IBM事件の控訴審段階での国の主張(前回Ⅱ参照)と基本的に同じであるが、そこでは経済的合理性基準について2つの場合(租税回避基準と独立当事者間取引基準)を「いう」とされていたところが、2つの場合「なども含まれ得る」として微調整され、金子宏『租税法』(弘文堂)の第17版(2012年)での改訂前の叙述(第2版(1988年)273-274頁~第16版(2011年)421頁。前々回Ⅲ1、前回Ⅱ参照)に近い主張になっている。 ここで注意すべきは、国のこの主張における法人税法132条1項の趣旨の理解は、一見すると、IBM事件・東京高判が判示した同項の趣旨の理解(前回Ⅱ、Ⅲ2参照)と同じものであるようにも思われるが、しかし、国は、その趣旨をもって経済的合理性基準から租税回避基準を排除するという考え方を採用していない点で、IBM事件・東京高判の問題性(前回Ⅲ参照)を回避し明確にこれと異なる立場に立つものと解される、ということである。 次に、納税者(原告)は、次のとおり主張した(下線筆者)。 納税者のこの主張は、金子宏教授が『租税法』の第17版での改訂で定立されたものと解される「不当性要件=経済的合理性基準=租税回避基準」という等式で表される規範(前回Ⅲ1参照)に基づき、不当性要件に関する要件事実論のレベルで、経済的合理性基準を不当性要件の評価根拠事実、租税回避基準を不当性要件の評価障害事実として位置づけるものと解される。 両当事者の以上の主張を受けて、本判決は次のとおり判示した(以下「判旨①」という。下線筆者)。 判旨①では、法人税法132条1項の趣旨の理解は、「同族非同族対比の基準」(清永敬次「判批」租税判例百選(別冊ジュリストNo.17・1968年)42頁)の想定の下で示されていると解されるが、その趣旨に照らして示された不当性要件該当性の判断基準が経済的合理性基準であることは明らかである。そうすると、「非同族会社の通常の行為計算=合理的なもの、同族会社で行なわれやすい行為計算=合理的でないもの、という式が通常妥当する」(清永・前掲「判批」42頁)とはいえ、判旨①にいう「同族会社と非同族会社との間の税負担の公平」(行為計算の主体に着目した税負担の公平)を維持するという趣旨と経済的合理性基準との間には、どことなく「据わりの悪さ」が感じられる。 もし本判決が法人税法132条1項の趣旨を、不自然・不合理な行為計算と自然・合理的な行為計算との間の税負担の公平(行為計算それ自体に着目した税負担の公平)を維持するという意味に理解していたとすれば、そのような「据わりの悪さ」を感じることはなかったであろう。というのも、経済的合理性基準は、行為計算の主体にではなく行為計算それ自体に着目して行為計算の経済的合理性の有無を判断する「客観的、合理的基準」であるからである。 もっとも、判旨①について感じられる「据わりの悪さ」は、判旨①に続く次の判示(以下「判旨②」という。下線筆者)をも併せ読むと、解消されるように思われる。 判旨②では、会社における利益追求の自由を内容とする会社における経済的自由の原則ともいうべき考え方を1つ目の下線部で示し、これを尊重する旨を説示した上で、3つ目の下線部では、「同族会社にあっては、自らが同族会社であることの特性を活かして経済活動を行うことは、ごく自然な事柄であって、それ自体が不合理であるとはいえない」として、「同族会社と非同族会社との間の税負担の公平」を、実質的には、不自然・不合理な行為計算と自然・合理的な行為計算との間の税負担の公平の意味に修正したものと解される。前者の公平を維持するという趣旨は、法人税法132条1項から経済的合理性基準を導き出す根拠としてはやや概括的すぎるように思われるので、そのような修正は必要かつ妥当であると考えるところである。 Ⅲ 経済的合理性基準の新たな展開 1 経済的合理性に係る相応性基準 法人税法132条1項の趣旨に照らしてこの規定から経済的合理性基準を導き出すという以上でみた判断過程は、その趣旨について実質的には若干の修正を伴うものの、基本的には従来の判例の立場に従ったものであり、その限りではIBM事件・東京高判の判断過程(前回Ⅱ参照)とも異なるものではない。 しかし、経済的合理性基準を導き出した後の判断の内容及び展開は、従来の判例だけでなく学説にもみられないという意味で「極めて画期的」(太田・前掲講演録51頁)と評することができるものである。本判決には、従来の判例及び学説、さらには本件における国の主張や納税者の主張において経済的合理性基準を展開して説かれてきた租税回避基準や独立当事者間取引基準に関する説示がみられないが、それよりももっと(積極的な意味で)画期的なところは、本判決が判旨②の2つ目の下線部で「当該行為又は計算が当該会社にとって相応の経済的合理性を有する方法であると認められる限りは、他にこれと同等か、より経済的合理性が高いといえる方法が想定される場合であっても、同項の適用上『不当』と評価されるべきものではない。」(下線筆者)と判示して、経済的合理性に係る相応性基準ともいうべき基準を示した点にある。 したがって、経済的合理性に係る相応性基準をどのように性格づけるかという点が、本判決に対する評価において最も重要な意味をもつように思われる。この点については、本判決が判旨②の1つ目の下線部(で示したと解される会社における経済的自由の原則)と、2つ目の下線部(で示したと解される経済的合理性に係る相応性基準)とを媒介する説示から、この相応性基準の性格を読み取ることができるように思われる。 その説示は、「仮に、税務署長が法人税法132条1項の適用に当たり、会社の経営判断の当否や、当該行為又は計算に係る経済的合理性の高低をもって『不当』か否かを判断することができるとすれば、課税要件の明確性や予測可能性を害し、会社による適法な経済活動を萎縮させるおそれが生じるといわざるを得ない。」(下線筆者)というものであるが、そこからは、行為計算の選択に関する会社の判断の当否につき課税庁が事後的に介入して当該行為計算を直ちに否認することを認めるべきではない、という考え方を読み取ることができるように思われる。この考え方は、会社法の領域で取締役の注意義務(民法644条、会社法330条)に関して妥当するとされる経営判断原則を、同族会社の行為計算否認の場面に「応用」したものと解される(この点については次回検討する)。 経営判断原則は取締役に経営判断に関する広範な裁量を認めるものであるが、本判決は、これを同族会社の行為計算否認の場面に「応用」して、会社における経済的自由の原則に基づき行為計算の選択に関する広範な裁量を会社に認めることを前提として、行為計算の選択に関する会社の裁量判断に課税庁が否認権の行使により事後的に介入し当該行為計算を否認することを「当該行為又は計算が当該会社にとって相応の経済的合理性を有する方法であると認められる限りは」認めるべきではない、という考え方を示したものと解されるのである。 このような理解によれば、経済的合理性に係る相応性基準は、会社による行為計算の選択に関する広範な裁量に基づく判断を尊重する、経済的合理性の判断基準(裁量尊重基準)として性格づけることができると考えられる。 要するに、本判決は、行為計算の選択に関する会社の裁量判断と否認権の行使に関する課税庁の裁量判断とが「衝突」する場合において、前者が後者に原則として優位することを認めたものといえよう。このことを法解釈論の観点からいえば、「法132条1項の適用範囲を制限的に解した」(太田洋「ユニバーサル・ミュージック事件 東京地裁判決の分析と検討〈上〉」国際税務39巻11号(2019年)30頁)ものということができよう。 なお、経済的合理性に係る相応性基準は、法人税法132条1項の解釈論としては、確かに、画期的な判断基準と評することができようが、ただ、租税回避論の観点からみると、伝統的な理論枠組みを超えるものではなく、むしろ、その本質を踏まえた至極穏当な判断基準と評することができよう。租税回避論の本質も、経済的自由主義の尊重を出発点とするところにあるが(第24回Ⅱ参照)、この点については、租税回避の定義の前提として、次のように述べられているところである(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)133-134頁)。 2 経済的合理性に係る相応性審査の観点と方法 以上の判断を踏まえて、本判決は、不当性要件に関する判断枠組みの仕上げとして、判旨②に続けて、経済的合理性に係る相応性審査の「観点」について、次のとおり判示した(以下「判旨③」という。下線筆者)。 ここで示された「観点」は、裁量尊重基準としての相応性基準を受けて、経済的合理性に係る相応性審査において行為計算の選択に関する会社の裁量の幅を広く認めることを本判決が表明したものと解される。 そして、以上の判断枠組みにおいて、本判決は、本件借入れに係る経済的合理性の有無について相応性審査の方法として次の①②③を示した。 これらの方法は、経済的合理性基準に係る相応性基準及び相応性審査の「観点」が行為計算の選択に関する会社の裁量の幅を広く認めることを前提として、会社の裁量を限界づけるための審査方法であると解される。このような理解によれば、これらの方法を用いた相応性審査は、行政法における比例原則が行政庁の裁量を認めつつその裁量を限界づける場合における裁量審査と、思考方法及び審査構造の点で、類似するものであるように思われる(この点については次々回検討する)。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、ユニバーサルミュージック事件・東京地裁判決(本判決)を取り上げ、不当性要件に関するその判断枠組みを紹介しつつこれに若干の検討を加えた。その検討結果をまとめると、次のようになる。 本判決は、通説・判例と同様、不当性要件の趣旨解釈によって経済的合理性基準を示したが、経済的合理性基準の新たな展開として、会社法における経営判断原則を同族会社の行為計算否認の場面に「応用」して経済的合理性に係る相応性基準を示した上で、その相応性の審査において、行為計算の選択に関する会社の裁量の幅を広く認める観点に照らして、比例原則による裁量審査と類似する裁量審査の方法を用いるものとする判断枠組みを判示したものと解される。 不当性要件に関する本判決の判断枠組みをこのように理解することの妥当性は、本件借入れに係る経済的合理性の有無に関する本判決の判断の検討を通じて、検証する必要があると考えるところであるが、その前に、上記の理解によれば本判決の評価にとって重要な意味をもつように思われる経営判断原則と比例原則について、検討しておくことにする。次回は、まず、経営判断原則を取り上げて検討する。 (了)
居住用賃貸建物の取得等に係る 消費税の仕入税額控除制度の適正化 -令和2年度税制改正- 【第1回】 「改正の背景と改正前の取扱い」 税理士 石川 幸恵 はじめに 令和2年度税制改正では、居住用賃貸建物の取得等に係る消費税の仕入税額控除制度の適正化が図られた(改正概要については下記拙稿を参照されたい)。 本連載では、改正法令・通達に基づいて、居住用賃貸建物の取得等に係る消費税の取扱いがどのように変わったかを解説する。 1 改正の背景 改正前は、金などの投資商品の取引を繰り返すこと等により課税売上割合を嵩上げし、居住用賃貸建物の取得に係る消費税相当額の還付を受けるという以下の節税スキームが問題視されていた。 (1) 居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額の取扱い(改正前) 居住用賃貸建物の取得は、その他の資産の譲渡等にのみ要する課税仕入れであり、仕入税額控除できない。ただし、仕入控除税額の計算を比例配分法(※)によれば、課税仕入れ等の税額の全額控除、あるいは課税売上割合を乗じて計算した金額の控除が可能となる。 (※) 比例配分法とは、個別対応方式において課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する課税仕入れ等の税額に課税売上割合を乗じて計算する方法、又は一括比例配分方式をいい、全額控除される場合を含む(消法33②)。 全額控除できる要件は、課税売上高5億円以下かつ課税売上割合95%以上である(下図参照)。 〈マトリックス図〉 (2) 節税スキーム ① 居住用賃貸建物を取得した課税期間 金の売買は消費税の課税取引である。金売買を繰り返すこと等により課税売上割合を嵩上げして、居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額の還付を受ける。 ② 課税売上割合の著しい変動への対策 課税売上割合が著しく変動した場合の調整対象固定資産に関する仕入れに係る消費税額の調整(消法33)の要件に該当しないよう、金売買を第三年度の課税期間まで継続する。 (3) 改正の概要 改正により、居住用賃貸建物の取得等に係る仕入税額控除が制限された。併せて、取得等の日の属する課税期間の初日以後3年以内に課税業務用に転用した場合、又は譲渡した場合のために、居住用賃貸建物の取得等に係る消費税額の調整計算が設けられた。 注意したいのは、この居住用賃貸建物に、自らの賃貸事業の用に供する建物のほか、棚卸資産も含まれるという点である。 なお、改正内容の詳細は次回以降解説する。 2 改正前の取扱い 以下では、改正前における居住用賃貸建物の取得時、用途変更時の取扱いを確認しておく。 (1) 居住用賃貸建物を取得した課税期間 ① 自己の賃貸事業用としての取得 上記1(1)のとおり、個別対応方式によって計算すれば、その他の資産の譲渡等にのみ要するものとして、仕入控除税額はない。比例配分法によれば、課税仕入れ等の税額の全額、あるいは課税売上割合を乗じて計算した金額が控除される。 ② 棚卸資産としての取得又は建設 棚卸資産である居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額は、個別対応方式によれば、課税資産の譲渡等にのみ要するものとして、全額控除できる。 (2) 翌課税期間以後に用途を変更した場合 ① 自己の賃貸用として取得した建物 (イ) 課税賃貸用に供した場合 居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額について、個別対応方式によりその他の資産の譲渡等にのみ要するものとして、仕入控除税額がないこととした場合には、非課税業務用から課税業務用に転用した場合の消費税額の調整(消法35)の規定が適用される。 調整額は以下の通り、課税仕入れの日から転用までの期間に応じて計算される。 (ロ) 譲渡した場合 譲渡により課税売上が生じるが、居住用賃貸建物の取得に係る課税仕入れ等の税額について、非課税業務用から課税業務用に転用した場合の消費税額の調整(消法35)の規定の適用はない。 ここでTAINS(タインズ)に収録されている「消事例4064 第10 仕入税額控除 10-225 非課税業務用調整対象固定資産を譲渡した場合の取扱い(消費税審理事例検索システム (平成12年)国税庁消費税課)」(「消費事例004064」で検索)では、以下のような記載がある。 ② 棚卸資産として取得した建物 消費税額の調整の適用はない。前出の消費事例004064には、棚卸資産についても記載がある。 取得時に棚卸資産であるときは、調整対象固定資産に該当しないためである。 3 居住用賃貸建物に関する裁判例(東京地判平成30年(行ウ)第2号) 裁判で争われている次の取引についても、改正後は取扱いが明瞭になると考えられる。 (1) 概要 販売目的で行った課税仕入れである建物の購入のうち、購入時にその全部又は一部が住宅用として賃貸されている建物に係るものの仕入控除税額の計算方法が争われた。 販売という最終目的のためものとして、個別対応方式における「課税資産の譲渡等にのみ要するもの」(納税者の主張)、賃料収入と販売の両方の売上のためのとして「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する課税仕入れに該当するもの」(国の主張)のいずれに当たるかが争点である。 令和元年10月11日、東京地方裁判所は「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する課税仕入れに該当する」と判示した。 本稿執筆現在、控訴中である。 (2) 改正税法が施行された後(令和2年10月1日以後)の取扱い 棚卸資産としての取得あっても、所有している間、住宅の貸付けの用に供していれば、居住用賃貸建物に該当し、仕入税額控除できない。販売した課税期間において、仕入控除税額の調整をすることになる。 (了)