今から学ぶ [改正民法(債権法)]Q&A 【第16回】 (最終回) 「賃貸借契約」 堂島法律事務所 弁護士 奥津 周 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 当社は不動産賃貸業を営んでいますが、債権法改正では賃貸借契約について見直しがあったと聞きました。具体的にどのような見直しがあったのでしょうか。 【A】 賃貸借契約については、①賃貸不動産について譲渡が行われた場合の権利関係、②賃借人による賃借物の修繕、③賃借人の原状回復義務、④敷金、などについて見直し・明確化が行われた。 1 賃貸不動産が譲渡された場合の権利関係 マンションなどの賃貸不動産が譲渡された場合、すでに賃貸借契約を締結している賃借人との間の賃貸借契約の賃貸人の地位が譲渡に伴って譲受人に移転するのか、移転するとすればその要件は何かについて、旧法には定めがなかった。 民法の一般原則からすると、契約上の地位を他人に移転させるためには、契約の相手方の承諾が必要となる。しかし、判例では、対抗要件を備えた不動産賃貸借の場合、賃貸不動産の譲渡がなされたときには、契約の相手方である賃借人の承諾がなくても、賃貸人の地位は譲渡人から譲受人に移転するとされ(大審院判例大正10年5月30日)、実務もこの理解に従ってきた。 そこで、改正法では、賃貸不動産が譲渡されたときには、原則として譲受人に移転する旨の規定が設けられた(改正法605条の2第1項)。譲受人が賃借人に対して自らが賃貸人の地位を有することを対抗するためには、賃貸人不動産の所有権移転登記が必要とされる(改正法605条の2第3項)。また、譲受人は、敷金等の返還債務についても承継することになる(改正法605条の2第4項)。 2 賃借人による賃借物の修繕 例えば建物を借りている場合に、その建物から雨漏りがしたり、建物に備え付けられている給湯設備などの設備が故障することがある。賃貸人は賃借物の修繕義務を負っているが(民法606条1項)、賃貸人が任意に修繕をしてくれないことはあり得る。建物や設備の所有者は賃貸人であるため、賃借人が勝手に修繕を行うことはできないのが原則であるが、一方で、賃貸人が修繕を行わない場合、賃借人としては生活に支障をきたすため、自ら修繕を行う必要があり、どのような場合にそれが認められるかが不明確であった。 そこで、改正法では、以下の場合に賃借人が自ら修繕を行えることを定めた(改正法607条の2)。 賃借人は、賃貸人に代わって必要な修繕を行ったときは、その費用の償還を賃貸人に請求することができる(改正法608条1項)。 3 賃借人の原状回復義務等 賃貸借契約が終了した場合、賃借人は賃借物を元の状態に戻して返還する必要がある(原状回復義務)。 もっとも、賃借人が負う原状回復義務の範囲には、一般に、通常の使用による損耗や経年による変化によるものは含まれないと理解されており、判例においても同様の判断が示されていた(最判平成17年12月16日)。 そこで、改正法では、賃借人は原状回復義務を負うが、通常損耗や経年変化はその対象ではないことが明文化された(改正法621条)。 4 敷金 マンション等の賃貸借契約を締結するにあたって、賃借人は賃貸人に対して賃料等の債務の担保として「敷金」等の名目で一定の金銭を交付することが多い。旧法では、この敷金等についての定めがなかったため、改正法では、ルールを明確化するために規定が設けられた。 改正法では、敷金について「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。」と定義し、敷金の返還時期や賃借人が賃料を支払わないときは敷金から弁済にあてることができることを明確化した(改正法622条の2)。 5 賃貸借契約の保証 本連載【第4回】においても解説したが、改正法においては、極度額を定めていない個人の根保証契約は無効となるとされ(改正法465条の2第2項)、これは賃貸借契約の保証にも適用がある。不動産賃貸借契約の場合には個人の保証人を立てるケースが多いが、賃貸借契約の保証は将来の賃料債務等を保証対象とするため、必ず根保証となる。 従前、賃貸借契約の保証において極度額を設けるケースは多くなかったと思われるが、改正法下では、極度額を設定しなければ保証契約が無効となるので注意が必要である。 6 経過措置 改正法の施行日である2020年4月1日より前に締結された賃貸借契約については、旧法が適用され、施行日以後に締結された賃貸借契約については、改正法が適用されることになる。 改正法の施行日より前に賃貸借契約が締結され、同時に個人を保証人とする保証契約が締結されているときには、賃貸借契約期間中に改正法が施行されても、旧法が適用されることになる。また、賃貸借契約は期間の定めがあり、これが自動更新条項等によって更新されることが多いが、改正法施行後に更新時期を迎えた場合の保証契約の取扱いが問題になる(仮に更新時から改正法が適用されるとすれば、極度額の定めがなければ、その時点で保証契約は無効となる)。 この点については、一般に、賃貸借に伴って締結される保証契約は、賃貸借契約が合意更新された場合を含めてその賃貸借契約から生ずる賃借人の債務を保証することを目的とするものであり、その保証契約は更新後の賃貸借契約によって生ずる債務も保証すると解されている(最判平成9年11月13日)。この理解から、改正法施行後に賃貸借契約が更新されても、極度額に関する改正法の規定は、保証契約には適用されないと解されている。 経過措置については、賃貸借契約と共になされる保証契約とあわせて、考慮すべき点が多いため、昔からの契約書を使用している場合には、これを機会に弁護士等に相談の上、見直しを行うとよいであろう。 (連載了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例53】 ハイアス・アンド・カンパニー株式会社 「公認会計士等の異動に関するお知らせ」 (2020.10.1) 公認会計士/事業創造大学院大学准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、ハイアス・アンド・カンパニー株式会社(以下「H&C」という)が2020年10月1日に開示した「公認会計士等の異動に関するお知らせ」である。 これまで会計監査を受けていた有限責任あずさ監査法人(以下「あずさ監査法人」という)が退任することとなったのだが、後任の監査法人は未だ決まっておらず、「現在、選考しております」と記載されている。 2 監査法人退任の理由は? H&Cは、2020年9月30日に「第16期有価証券報告書の提出、並びに過年度の有価証券報告書等、決算短信等の訂正に関するお知らせ」を開示し、2016年4月期以降の有価証券報告書や決算短信などを訂正している。 そして、2020年4月期の有価証券報告書に添付された、あずさ監査法人による監査報告書の意見は「意見不表明」とされている。「意見不表明の根拠」は次のとおりである。 こうしたことから、あずさ監査法人より、「今後の監査契約を継続することが困難になったと判断したという説明とともに、辞任の申し入れ」がなされ、退任することになったというのである。 3 粉飾は上場前から H&Cは、2016年4月に東京証券取引所(以下「東証」という)のマザーズ市場に上場し、2020年7月21日には一部市場へ市場変更している(同日に「東京証券取引所市場第一部への上場市場変更に関するお知らせ」を開示)。 同社による粉飾は上場前から行われており、更にその情報が隠されたまま一部市場への市場変更も行われている。そして、その間の全ての財務諸表に対して、今回、あずさ監査法人は意見不表明とした。その結果、同社は、そもそも上場することができなかった会社となってしまった。 同社は、2020年9月30日に東証から監理銘柄(審査中)に指定された。指定期間は、同日以降、東証が上場廃止基準に該当するか否かを認定する日までである。 東証から出された「監理銘柄(審査中)の指定について」には、理由の1つとして、次のような記載がなされている。 4 公認会計士の関与 H&Cは、この粉飾を調査するため、まず特別調査委員会(同社の社外役員のほか、弁護士と公認会計士で構成)を設置したが(2020年7月28日に「当社における不適切な会計処理に係る特別調査委員会の設置に関するお知らせ」を開示)、その後、第三者委員会(同社と関係のない弁護士と公認会計士で構成)へ移行することとした(2020年8月31日に「特別調査委員会の調査状況及び第三者委員会設置に関するお知らせ」を開示)。 第三者委員会からは、2020年9月28日に「中間調査報告書」が提出された後(2020年9月29日に「第三者委員会の中間調査報告書公表に関するお知らせ」を開示)、2020年10月26日に「最終調査報告書」が提出された(同日に「第三者委員会の最終調査報告書公表に関するお知らせ」を開示)。 同社の経営陣が関与したこの粉飾の根本原因は、彼らに上場会社の経営者としての資質が無かったことなのだが、監査役に会計知識を有する者がおらず、監査役会が適切な対応を取らなかったことも、事態をより深刻なものとさせてしまった。 また、この粉飾には、なんと公認会計士も関与していた。 最終調査報告書には、次のような記載がある。 本来であれば、粉飾を防止する役割が期待される公認会計士が、こうしたことを行っていたのである。なお、念のため付言するが、同社は、この公認会計士の「実験」材料にされたわけではない。同社は、この公認会計士が考えたスキームを不適切であると認識しながら、これ幸いと利用したのである。 5 今後の険しい道のり 本稿執筆時点(2020年11月16日)において、H&Cが上場廃止となるか否かは明らかでない。2020年7月21日に一部市場へ市場変更したときに、こんなことになると予想した投資家はいなかったはずである。 同社は、2020年10月5日に「一時会計監査人の選任に関するお知らせ」を開示し、現在、後任の監査法人の会計監査を受けている。また、2020年10月30日に「再発防止策等に関するお知らせ」を開示し、様々な改善策を実施するとしている。 これまでの財務諸表に対して監査法人が適正意見を表明したうえで、同社の内部管理体制について東証が上場会社に相応しいものであると認めることになるかどうか。現時点では、相当険しい道のりであるように見える。 (了)
《速報解説》 「会社法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」等が公布 ~改正案からの変更はなく、原則令和3年3月1日から施行~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年11月20日、「会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)及び「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(令和元年法律第71号)の施行に伴い、「会社法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」等が官報号外第242号において公布された。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 (了)
《速報解説》 会計検査院、子会社配当に対する源泉徴収から 還付金及びそれに伴う事務等の発生を指摘 ~源泉徴収制度の趣旨に沿っていないとの見解を示す~ 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 1 はじめに 会計検査院は「令和元年度決算検査報告の概要」を令和2年11月10日に内閣に送付したことを公表している。 本稿では、検査報告の中で、「特定検査対象」として取り上げられた下記2項目のうち、「完全子法人株式等及び関連法人株式等に係る配当等の額に対して源泉徴収を行うことにより生ずる還付金及び還付加算金並びに税務署における源泉所得税事務及び還付事務等について」の解説を行う。 2 問題の概要 会計検査院は、完全子法人株式等に係る配当等の全額及び負債利子を控除した関連法人株式等に係る配当等の全額については、益金不算入となるため、仮に源泉徴収をしなければ、納税者側の源泉徴収事務負担等が軽減されるだけでなく、税務署側の還付事務が生じない可能性があるという観点で、源泉徴収制度が趣旨に沿ったものとなっているかなどについて、検査を行った。 検査結果については、平成29年度から令和元年度に完全子法人株式等又は関連法人株式等を保有している検査対象法人(1,667社)のうち、完全子法人株式等又は関連法人株式等に係る受取配当等に対する源泉所得税相当額について所得税額控除を適用したことにより還付金が生じた法人が1,262社あり、それらに支払われた還付金が約8,898億6,092万円となっていた。 これら還付金の支払いがある法人のうち、還付加算金が生じていた法人が888社あり、それらに支払われた還付加算金は約3億6,563万円となっていた。 このように、原則として法人税が課されない完全子法人株式等に係る配当等や関連法人株式等に係る配当等に対して源泉徴収を行っていたことから、納税者側の源泉徴収事務負担等、税務署側の還付事務が生じ、源泉徴収しなければ発生しなかった還付加算金まで生じているということが明らかとなった。 3 意見の概要 会計検査院は、納税者側では、配当等に係る源泉徴収により一時的な資金負担と事務負担が生じ、税務署側でも還付金及び還付加算金を支払うことによる還付事務が生じている状況は、源泉所得税が法人税の前払的性質を持つことや、所得税を効率的かつ確実に徴収するなどの源泉徴収の制度趣旨に必ずしも沿ったものとなっていないとの見解を示している。 4 今後の動向 令和2年度税制改正の「居住用財産の譲渡特例と住宅ローン税額控除の重複適用排除」や「国外中古建物の貸付けをして所得税負担の軽減を図る事例に対応するための国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」については、会計検査院の検査報告が契機となっている。 今回の意見公表により、源泉徴収制度について近い将来改正がなされる可能性があるため、今後の動きについて注視が必要である。 完全支配関係のある会社からの配当については、現物分配(金銭以外の配当)の場合には、源泉徴収する必要がないことと整合性をとるという点と完全支配関係のある子会社からの受取配当金が全額益金不算入となることから法人税の前払いをする必要はそもそもないという点から、完全支配関係のある子会社からの配当については、源泉徴収の対象としないことを検討する必要があると考えられる。 (了)
2020年11月19日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.395を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第85回】 「OECDのブループリント」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 2020年10月12日、OECDは、市場国に対し適切に課税所得を配分するためのルールの見直し(Pillar1)と軽課税国への利益移転に対抗する措置の導入(Pillar2)に関するブループリントを公表した。 このブループリントは、各国の見解の相違を埋め、多国間プロセスにおける次のステップに進むために、残された政治的、技術的問題を明らかにするものであり「将来の合意のための強固な土台」と位置付けられている。併せて、これら2本の柱がもたらす経済影響分析も公表されており、これによると、特にPillar2に含まれる世界共通最低税率を導入すると、年間で世界全体の法人税収が最大4%(約1,000億米ドル)増加することが見込まれている。 一方、合意に基づく解決策がなければ、一方的なデジタルサービスへの課税が横行し、課税紛争や貿易紛争で損害を受ける可能性が高まり、租税の確実性と投資が損なわれれば、世界全体のGDPが年間1%以上引き下げられる可能性すらあるとも指摘されている。 目下、ブループリントに関してパブリックコメントが募集されており(2020年12月14日まで)、2021年1月中旬にはオンラインでの公聴会も予定されている。新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大の影響等で、当初の予定であった本年末までの合意形成は延期され、来年半ばまでに合意ができるよう交渉を続けることとされているが、ここにきて米国の政権交代が確実となり、米当局の新体制が固まるまで一定の期間が必要となれば、交渉がさらにずれ込むおそれがあり予断を許さない状況である。 ブループリントの内容は、基本的には2020年1月にOECDが提示した制度の大枠の構造を踏襲しており、Pillar1と Pillar2という2本柱の構成や、Pillar1の内容として、「Amount A(物理的拠点の有無にかかわらず超過利益の一定部分を市場国に配分)」と「Amount B(基礎的な活動のみを行う物理的拠点のある市場国に固定比率による利益を配分)」が念頭に置かれている点も維持されているが、それ以降の検討を反映して制度の詳細の姿が見えてきた。 〇Pillar1 (1) Amount A Amount Aについては、大別すれば、「対象となる企業グループの特定(スコープ)」、「課税ベースの計算」、「市場国への配分方法」、「支払うべき法人の特定」の4つのプロセスが予定されている。 まずスコープについては、企業グループが行う事業に自動化されたデジタルサービス(ADS)と消費者向けビジネス(CFB)に該当するものがあるかを特定する必要がある。該当するものがある場合には、企業グループの連結財務諸表上の全世界収入が一定額(例えば国別報告書の適用基準と同様の7億5,000万ユーロ)を超え、しかも対象事業(ADS・CFB)に係る国外源泉収入が一定額(例えば2億5,000万ユーロ)を超える場合(デミニマス基準テスト)とされている。 ADSの判定にあたってはポジティブリストとネガティブリストが用意されるとともに、ADS特有のビジネスモデルの急速な変化に対応するための一般的な定義も設けられている。なお、ADSとCFBの両方に該当する場合には、ADSにカテゴライズされることとなっている。 スコープに該当する場合には、課税ベースの計算を行う必要が生じる。計算の出発点はIFRS及びそれと同等のGAAP(日本基準や米国基準)に基づく連結財務諸表の税引前利益(PBT)である(株式に係る配当やキャピタルゲインを除く)。全世界収入が一定金額を超える企業グループはADS・CFBをさらにビジネスラインごとに分割(セグメンテーション)して税引前利益を計算する必要があることに注意が必要である(基本的には財務報告上のセグメント区分に従うことができる)。なお、企業グループや分割されたセグメントに損失がある場合には後年度に繰越控除が可能である。 このようにして計算された税引前利益のうち、みなし通常利益(利益率は未定)を超える超過利益のうち市場国に配分されるべきもの(配分割合は未定)が、市場国に配分されることとなる。この超過利益の一定割合が配分されるべき市場国を判定するのが、市場国(ADSにおいては利用者の所在地、CFBにおいては商品の最終配達地)における売上(一定の基準額(500万ユーロ未満とすることが想定されている)を超えるものに限る)の存在である。CFBについては追加的要件(プラスファクター、例えば、より高い基準額、PEの存在等)も検討されている。 なお、商品の最終配達地を特定するため、独立販社を通じて販売を行っている場合に、独立販社の売り先の情報(国・地域、販売総数等)を把握する必要が生じることに注意しなければならない。超過利益は要件をクリアした各市場国の収入の比により配分されるが、基準額に満たない市場国に係る超過利益を、要件をクリアした市場国に分配するかどうかは未定である。 また、ブループリントでは新たに、①プロフィット・ショートフォール(実際の利益率がみなし超過利益率を下回った場合の差額の繰越)、②マーケティング&ディストリビューション・プロフィット・セーフ・ハーバー(市場国で既存ルールのもとで配分された利益が、一定の固定リターンを超える場合に配分されるAmount Aの額を減算)という提案もなされている。 各市場国に配分された超過利益に係る税額を支払うべき事業体を特定するため、4つのステップ(①活動テスト、②利益率テスト、③市場関連性優先テスト、④市場関連性の優劣がない場合や市場関連性の高い事業体に十分な利益がない等のプロラタ配分)が用意されている。 (2) Amount B Amount Bは、従来の独立企業原則と整合した方法で、「基礎的なマーケティング及び販売活動」に係る最低限の利益の保障(固定利益率)をするものである。この対象となる「基礎的なマーケティング及び販売活動」に該当するかどうかを判定するために、例えば機能、資産、リスクに基づくポジティブリストとネガティブリストが用意されている。この結果、コミッショネアや販売代理人は対象から除かれるが、対象の拡大を求める国もあることも言及されている。 〇Pillar2 Pillar2は、多国籍企業グループが経済活動の拠点をいかなる国・地域に置くかにかかわらず最低限の税負担をすることを確保することを目的としており、ひいては公平な競争条件の確保にもつながる。こうした観点から、主要なルールとして①所得合算ルール(IIR)と②軽課税支払ルール(UTPR)の2つのルールが提案されている。 所得合算ルールとは、軽課税国にある子会社等(連結財務諸表に含まれる事業体、なお重要性の観点から連結対象から除かれている非連結子会社も含まれる)に帰属する所得を世界共通の最低税率に達するまで最終親会社の所在する国・地域において課税するものである。なお、最終親会社の100%子会社ではない中間親会社がある場合には、当該中間親会社にも所得合算ルールが適用される可能性がある(分割保有ルール)ことに注意しなければならない。所得合算ルールと類似する米国のGILTI(国外軽課税無形資産所得)税制との関係についても継続検討とされている。特に将来、日本に所得合算ルールが導入された際、米国子会社でGILTI税制が適用されるかどうかは重要な課題となる。 一方、軽課税支払ルールとは、軽課税国への支払いを行っている子会社等に対して当該支払会社の国で課税するものである。なお、最終親会社において所得合算ルールが適用される場合には、軽課税支払ルールは適用されないので、軽課税支払ルールは所得合算ルールを補完するものという位置づけである。 軽課税かどうかは国・地域単位で判定され、最終親会社の適用する会計基準に基づき算出される各事業体の税引前利益をもとに判定される。なお、ブループリントでは新たに支払給与と有形固定資産の減価償却費(土地に係るみなし償却費も含む)の一定割合を税引前利益から控除(カーブアウト)されることとされた。 また、ブループリントでは、納税者のコンプライアンスコストを低減させる観点から、ホワイトリストをはじめとする実効税率計算を免除するための4つの簡素化オプションが新たに提示された。 (了)
これからの国際税務 【第22回】 「包摂的枠組(IF)承認のデジタル課税に関する新ルール案(青写真)の課題」 千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二 1 青写真の公表 2020年10月9日、BEPSプロジェクトの最後のテーマである「デジタル経済の課税」について、過去5年間の詳細設計に向けた検討の成果物である「2つの柱からなる新しいルール」を提案する最終草案が、G20/OECDの下で約140ヶ国により構成された包摂的枠組(IF)により承認され、同月12日に公表された。 10月14日のG20財務大臣会議コミュニケは、この報告を歓迎し、これに基づき残存する課題を解決して、2021年半ばまでの最終合意を目指すよう求めている。以下では、その内容を概観するとともに、残された主な課題について考察を行う。 2 2つの柱の基本構造と残された課題 経済のデジタル化に伴い顕在化した市場国課税権の空白を埋める目的の第1の柱は、伝統的な国際課税ルール(PE帰属原則と独立企業間原則)と併存・上乗せする「利益A」の提案と、伝統的ルールの一部を定式配分により簡素化する「利益B」の提案から成っている。 市場国に新たに配分すべきとされる超過利益の一部から成る利益Aは、市場国における売上高などの新たな課税根拠(ネクサス)に基づき配分されることになるが、併存適用される既存ルール下で課税済みとなっている利益との間での二重計上への対処や、増加が予想される紛争防止のためのメカニズム等、技術的に詰めるべき課題をまだ残している。また、基礎的な販売活動に伴い固定利益率で算定された利益Bについても、産業別・地域別・機能水準別の細分化の必要性など独立企業原則との整合性確保に向けた諸課題が残っている。 一方、軽課税国事業体を利用した多国籍企業によるBEPS行動へのラストリゾートとして新設することを目的とする第2の柱は、当該事業体への流出利益について、国際的に合意した最低水準の税負担を求める「GloBE」と呼ばれるミニマムタックス構想を基本としている。このためには、軽課税国事業体の所得を親会社に合算するルール(IIR)を基本とし、これが稼働されない場合に、軽課税国への支払いの損金算入を否認することにより同一の課税効果を保障する軽課税国支払ルール(UTPR)を国内法上新設するルールが提案されているが、やはり、併存する既存制度であるCFC税制との関係や本制度がモデルとしたと思われる米国トランプ税制(GILTI税制)との関係整理などの課題を残している。 また、上記2つの柱に基づく増収効果のマグニチュードを決定づける諸指標(第1の柱では通常所得の利益水準、超過利益のうち市場国へ配分すべき割合など、第2の柱では追加課税される最低税率水準など)については、青写真の下での税収効果試算の際に一定の仮定条件を設定しているものの、その決定については今後の協議に委ねている。 なお、2020年に至り、ムニューシン財務長官を通じて米国から提示された第1の柱に関するセーフハーバーアプローチ(伝統的手法に基づく納税か、新しいルールに基づく納税かの選択を納税者に任せる方式)については、これまで検討してきた新制度の立法趣旨を損ねかねないとの多くの国からの懸念が提示されているものの、青写真では採否の結論に至っていない。 3 青写真にみる第1の柱の課題の検証 青写真は、2019年以降の作業計画の進捗段階で合意された自動化されたデジタルサービス(ADS)と消費者向けビジネス(CFB)の双方を対象とする「統合的アプローチ」の詳細設計であり、これら2種類のビジネスモデルの市場国売上高を新しいネクサスとして、市場国に新たに付与する課税権の仕組を明確化しようとしたものである。 そこでは、従来の移転価格などによる課税権配分ルールと併存させる制度設計となったため、予測されたとはいえ、2つの柱の制度設計のガイダンスとされてきた「簡素化」からは乖離した複雑な処方箋の検討も展開されている。即ち、PE不存在のための本来的な課税空白を理由とするADSへの課税と、既存の事業体課税ルールが既に部分的に把握済みであったCFBへの課税を、単一の課税メカニズムに服させると、中立性・公平性の観点から不当な結果が生じてしまうおそれがあり、これを回避するための仕組みの追加の要否が、青写真の重要な検討課題とされたと見受けられるのである。 その具体例として、青写真で検討されている利益Aの確定過程での2つの追加施策、①CFB向けの追加的なネクサス要件と、②利益Aと独立企業原則による二重計上を回避するための「マーケティング・販売基本活動に関するセーフハーバー」構想を紹介しよう。 (1) CFB向けの追加的ネクサス 課税対象となる2つのビジネスモデルの内、CFB向けには、市場国におけるPEの存在をネクサス認定のプラスファクターとして要求する考え方である。一見すると、統合アプローチの課税理論の中に残った理論的不整合のようにも見えるが、上述した通り、併存する従来の課税原則下でのカバー度合いの違いや、GAFAを代表とするADSの実現するデジタルビジネスの超過利得とブランド品販売等で追加的に発生する超過利得との間の、市場国におけるネクサス環境の違いを観察すると、適切な差異調整と評価できなくもない。 (2) 利益Aの二重計上リスクに備える「マーケティング・販売基本活動に関するセーフハーバー」 これは、伝統的な課税制度の下で既に利益Aに相当する金額と販売基本活動等に係る利益が課税済みであれば、それは、セーフハーバーの中にあるとして、計算上算定される利益Aの課税を控えるというものである。新旧両制度の併存体制を前提にすれば、利益Aに本来的に備わる二重計上リスクに対応する必要なメカニズムとも評価されうるが、一方ではこのセーフハーバーへの該当性判断等で、執行コストの増加も覚悟せねばならない。 4 これからの検討の方向性 公表された青写真をベースに、IFは12月中にビジネス界等利害関係者からパブリックコメントを受け付け、2021年1月に市中協議を完了して、その後2021年半ばまでのグローバル最終合意を目指している。 これからは、上記3で例示した詳細設計確定のための重要課題(第2の柱で提起されているIIRと既存のCFC税制間の調整なども追加)への対処ぶりを確定するIFベースでの実務協議に加え、課税権配分を左右する重要指標の政治協議が本格化すると思われる。ビジネスを含む税の専門家にとっては、新制度が既存制度との並行適用を前提としているがための諸調整の帰趨が、当面何よりも気がかりとなろう。 (了)
〈令和2年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第2回】 「令和2年分から適用される改正事項(その2)」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 連載第2回は、前回に引き続き令和2年分の所得税から適用される改正事項のうち、年末調整において注意しておくべき事項について解説を行う。また、令和2年分の年末調整で新たに設けられた「基礎控除申告書」と「所得金額調整控除申告書」の記載方法を示すこととする。 【1】 ひとり親控除の創設と寡婦控除の見直し (1) 改正の概要 令和元年分までの所得税では、ひとり親に対する措置として寡婦(寡夫)控除が設けられていた。しかし、寡婦(寡夫)控除は、婚姻歴があることが前提とされていることや、男性のひとり親と女性のひとり親で控除額が異なっている等の問題点が指摘されていた。 令和2年度税制改正により、婚姻歴に関係なくすべてのひとり親が控除の対象となり(ひとり親控除)、男性のひとり親と女性のひとり親は同じ取扱いとなった(所法2①三十一、81)。 また、ひとり親控除の創設に伴い、寡婦の範囲からひとり親が除かれるとともに、すべての寡婦に所得制限が設けられた(所法2①三十)。 改正前の制度の概要と改正後の制度の詳細及び源泉徴収における取扱いについては、以下の拙稿をご参照いただきたい。 (2) 令和2年分の年末調整における注意点 改正後の制度に基づいて源泉徴収を行うのは、令和3年1月以後に支給する給与からとされている(附則8①)。よって、令和2年分の月々の給与や賞与については、改正前の制度(寡婦控除、寡婦控除)に基づいて源泉徴収を行い、年末調整で改正後の制度に基づいて計算を行うこととなる(附則8⑦)。 令和2年分の年末調整に際し、改正前後で取扱いが変わる者については、令和2年の最後に給与等の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に扶養控除等申告書又は異動申告書を提出しなければならない(附則8③~⑤)。 申告書提出の要否については、次のフロー図を参考にされたい。 【改正前後の控除に係る適用判定のフロー図】 (※) 国税庁ホームページより 【2】 年末調整手続の電子化 (1) 改正の概要 源泉徴収事務を行う会社の負担を軽減し、納税者の利便性を向上する観点から、生命保険料控除、地震保険料控除及び住宅借入金等特別控除に係る年末調整関係書類(※1)が、電子データにより提供できるよう手当された(所法198②)。 (※1) 扶養控除等申告書、配偶者控除等申告書及び保険料控除申告書は、本改正前から電子データで提供することができる。 本改正は、令和2年10月1日以後に提出する年末調整関係書類(※2)について適用される。 (※2) 住宅借入金等特別控除関係書類については、家屋の居住年が平成31年以後のものに限られる。 本改正の詳細については、以下の拙稿をご参照いただきたい。 (2) 令和2年分の年末調整における注意点 年末調整を電子化する場合に注意すべき点は、次のとおりである。 ① 使用するソフトウェアの選定 令和2年10月より、国税庁から年末調整申告書作成用のソフトウェア(※3)が無償で提供されているが、民間のソフトウェア会社が提供するソフトウェアを利用することも可能である。 (※3) 国税庁が提供するソフトウェアは年末調整申告書作成用のものであり、年末調整計算のすべてを行う給与システムではない。 ② 従業員への周知 年末調整関係の各種申告書及び控除証明書等を電子データにより提供を受けることについて、事前に従業員等から同意を得る必要はない。しかし、従業員が保険会社等から控除証明書等をデータで交付を受けるための手続をしたり、マイナンバーカードを取得したりするための期間を考慮する必要がある。 ③ 給与システムの改修 提供を受けた電子データを給与システムに取り込んで年税額を計算するため、給与システムの改修が必要となる。 ④ 税務署への届出 所轄税務署長に「源泉徴収に関する申告書に記載すべき事項の電磁的方法による提供の承認申請書」(以下、承認申請書という)を提出し、事前に承認を受けなければならない(所令319の2①)。なお、承認申請書を提出した月の翌月末日までに承認通知又は承認しないことの決定通知がなければ、承認申請書を提出した月の翌月末日に承認があったものとみなされる(所令319の2④)。 ⑤ 書面で提出を受けることも可能 今回の改正により、すべての年末調整関係書類を電子データで提供できるよう手当されたが、必ずしも全員から電子データで提供を受ける必要はない。従前どおり書面で提出を受けることも可能である。 【3】 「基礎控除申告書」の記載方法 (1) 「基礎控除申告書」とは 令和2年分以後の所得税では、基礎控除の額は一律ではなく、その年の合計所得金額によって控除額が変わることとなった。そこで、給与支払者が従業員等の合計所得金額を把握し、基礎控除の額を確認できるよう「基礎控除申告書」が設けられた(※4)(所法195の3)。 (※4) 基礎控除申告書は、配偶者控除等申告書及び所得金額調整控除申告書と合わせて1つの様式にまとめられている。 (2) 「基礎控除申告書」の記載方法 「基礎控除申告書」には、次の事項を記載することとされている(所法195の3①、所規74の5①)。 《記載例》給与収入900万円、不動産所得30万円の人の場合 ◆給与所得者の基礎控除申告書◆ (3) 「基礎控除申告書」の注意点 ① 合計所得金額の見積額の計算 「給与所得」と「給与所得以外の所得の合計額」に分けて記載する様式となっている。それぞれの金額について、注意すべき点は次のとおりである。 ② 控除額の計算 合計所得金額の見積額に応じた基礎控除の額を求める。なお、合計所得金額が2,500万円を超えると基礎控除は適用されないので、令和2年分の合計所得金額が当該金額を超えると見込まれる場合には「基礎控除申告書」を提出する必要はない。また、「区分Ⅰ」欄は、「配偶者控除等申告書」を提出しないのであれば記載する必要はない。 【4】 「所得金額調整控除申告書」の記載方法 (1) 「所得金額調整控除申告書」とは 年末調整で所得金額調整控除の適用を受けるには、一定の要件を満たしていることが必要である。そこで、給与支払者が、適用を受けようとする者について要件を満たしているか確認できるよう「所得金額調整控除申告書」が設けられた(措法41の3の4①、措規18の23の3)。 (2) 「所得金額調整控除申告書」の記載方法 「所得金額調整控除申告書」の記載方法は、次のとおりである(措法41の3の4①)。 「☆扶養親族等」欄:同一生計配偶者又は扶養親族の氏名、個人番号、生年月日、住所(別居の場合)、申告書提出者との続柄、合計所得金額の見積額を記載 「★特別障害者」欄:特別障害者に該当する事実(障害の状態又は交付を受けている手帳等の種類と交付年月日、障害の程度(等級)等)を記載 《記載例》23歳未満の扶養親族を有する場合 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ◆所得金額調整控除申告書◆ (3) 「所得金額調整控除申告書」の注意点 ① 2ヶ所以上から給与等の支払を受けている場合、公的年金等の支払を受けている場合 「所得金額調整控除申告書」に基づいて計算する所得金額調整控除の額と、「基礎控除申告書」の合計所得金額を求める際に適用する所得金額調整控除の額は、異なることがある。 《所得金額調整控除の額》 ①の調整:子ども等を有する場合の調整 ②の調整:給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方がある場合の調整 ② 「★特別障害者」欄の記載 特別障害者に該当する事実を「扶養控除等申告書」に記載しているときは、「扶養控除等申告書のとおり」と記載することで詳細な記載を省略することができる。 ③ 共働き世帯の所得金額調整控除 夫婦いずれにも給与所得がある場合、16歳以上の子がいても扶養控除はどちらか一方でしか適用することはできない(所法85⑤)。しかし、所得金額調整控除は、夫婦の給与等の収入金額がいずれも850万円を超えており、かつ扶養親族に該当する23歳未満の子がいる場合には、夫婦双方で適用を受けることができる。 * * * 次回(最終回)は、今年分の年末調整から適用される改正事項を中心に、実務上の留意点をQ&A方式で解説する予定である。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 (了)
給与計算の質問箱 【第11回】 「年末調整書類の様式の変更点」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 12月の給与計算時に年末調整を行うにあたり、年末調整書類を役員・従業員へ配付する時期になりました。年末調整書類の様式は、昨年と比較して変更点はあるでしょうか。 A 変更点の有無は、以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 給与所得者の扶養控除等申告書 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます(以下同様)。 ※ 上記様式の は、平成31年(2019年)分からの変更箇所を示している。 ◎令和2年分の変更点 ※ 上記様式の は、令和2年分からの変更箇所を示している。 ◎令和3年分の変更点 2 給与所得者の配偶者控除等申告書 ※ 上記様式の は、令和元年分からの変更箇所を示している。 ◎令和2年分の変更点 3 給与所得者の保険料控除申告書、給与所得者の基礎控除申告書、所得金額調整控除申告書 給与所得者の保険料控除申告書については変更なし、給与所得者の基礎控除申告書及び所得金額調整控除申告書は新設のため省略。 (了)
組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の 現行法上の問題点と今後の課題 【第12回】 「譲渡損益の繰延べ、資産調整勘定」 公認会計士 佐藤 信祐 《第7章:譲渡損益の繰延べ》 1 グループ内における転売 内国法人が、完全支配関係にある他の内国法人に対して、その有する譲渡損益調整資産を譲渡した場合には、当該譲渡損益調整資産に係る譲渡利益額又は譲渡損失額が繰り延べられ(法法61の13①)、当該他の内国法人において、当該譲渡損益調整資産の譲渡、償却、評価換え、貸倒れ、除却その他これらに類する事由が生じた場合に、当該内国法人において実現することになる(法法61の13②)。 そして、当該他の内国法人から完全支配関係にない法人に対して譲渡を行った場合だけでなく、完全支配関係にある法人に対して譲渡を行った場合にも、譲渡損益を実現させる必要がある。理論的には、完全支配関係にあるグループの外に移転するまで繰り延べたままとすべきであるものの、事務処理の簡便性に配慮したため、このような制度になっている(※)。 (※) 『平成22年版改正税法のすべて』197頁(大蔵財務協会、平成22年)。 そのため、本来であれば、譲渡損益を実現させるべきでない場合にも、譲渡損益が実現してしまっている事案もあることから、完全支配関係のあるグループの外に移転するまで譲渡損益を繰り延べるように改正すべきであると考えられる。 2 被合併法人株式が譲渡損益の繰延べの対象になる場合 譲渡法人又は譲受法人を被合併法人とする適格合併を行う場合には特例が認められており、譲渡損益を実現させる必要はない(法法61の13③⑤⑥)。これに対し、譲渡損益調整資産が有価証券である場合において、当該有価証券を発行している法人を被合併法人とする適格合併が行われたときの特例については定められていないため、譲受法人である被合併法人の株主が保有する被合併法人株式(譲渡損益調整資産)が消滅することを理由として、譲渡損益を実現させる必要がある。 これに対し、グループ通算制度を採用している場合において、他の通算法人株式が譲渡損益調整資産になるときは、譲渡損益を実現させないものとしていることから(令和4年度施行の法法61の11⑧)、このような不都合は生じない。本来であれば、グループ通算制度を採用していない場合であっても、グループ法人税制の対象となる法人の株式が譲渡損益調整資産に該当するときは、譲渡損益を実現させないように改正すべきであると考えられる。 3 少額資産の特例 譲渡損益調整資産から譲渡直前の帳簿価額が1,000万円未満のものが除外されている(法令122の14①三)。そして、譲渡直前の帳簿価額が1,000万円未満であるか否かの判定単位は、次の資産区分に応じ、次に定めるところにより区分した後の単位とされている(法規27の13の3、27の15①)。 〈評価単位〉 このように、特定資産譲渡等損失額の損金不算入の対象となる特定資産の評価単位と同じ取扱いになっている。ただし、特定資産の判定では、帳簿価額が1,000万円未満であれば、特定資産譲渡等損失額の損金不算入の対象から除外できるため、納税者にとって有利になることが多いと思われる。 これに対し、譲渡損益の繰延べでは、帳簿価額が1,000万円未満である場合には、譲渡損失の金額が大きくなることは考えにくいものの、譲渡利益の金額が大きくなることがあり得ることから、納税者にとって不利になることが多いと思われる。そのため、事業譲渡のように、多種多様な資産を一度に譲渡する場合には、1単位当たりの譲渡利益が小さかったとしても、すべてを合計すると多額の譲渡利益になることもある。 さらに、現行法上、資産調整勘定は、譲渡損益調整資産に含まれないと解されていることから、事業譲渡を行った場合に資産調整勘定に係る譲渡損益が発生することが考えられる。なお、資産調整勘定の譲渡益と考えるのではなく、営業権(固定資産)の譲渡益と考えることにより、譲渡損益の繰延べを行うことができるようにも思えるが、たとえそうであったとしても、営業権の帳簿価額が0円であることがほとんどであることから、譲渡直前における帳簿価額が1,000万円未満の資産に該当してしまうため、譲渡損益調整資産には該当しないことになる。 立法論からすると、繰り延べられるのは譲渡損益であることから、帳簿価額が1,000万円未満であるかどうかではなく、譲渡損益が1,000万円未満かどうかで判定すべきであり、資産調整勘定についても譲渡損益の繰延べの対象にすべきである。 《第8章:資産調整勘定》 1 現行法の取扱い 資産調整勘定を認識した場合には、5年間の均等償却により各事業年度の損金の額に算入する必要があり(法法62の8④⑤)、差額負債調整勘定を認識した場合には、5年間の均等償却により各事業年度の益金の額に算入する必要がある(法法62の8⑦⑧)。また、この場合における資産調整勘定及び差額負債調整勘定の償却は、会計上の損金経理要件が課されていないため、会計上ののれんや負ののれんをどのように償却したとしても、法人税法上は、5年間の強制償却を行う必要がある。 さらに、組織再編成又は事業譲渡により、資産調整勘定及び差額負債調整勘定を認識する原因となった事業を移転した場合であっても、資産調整勘定及び差額負債調整勘定を取り崩さずに、均等償却を継続することになる。 これに対し、非適格合併又は残余財産が確定した場合には特例が定められており、被合併法人の合併の日の前日の属する事業年度又は解散法人の残余財産の確定の日の属する事業年度において資産調整勘定及び差額負債調整勘定の残高を取り崩すことにより、損金の額又は益金の額に計上することになる(法法62の8④⑤⑦⑧)。 そして、適格合併により解散する場合には、被合併法人の資産調整勘定及び差額負債調整勘定の残高を合併法人に引き継ぐことになる(法法62の8⑨一)。しかし、それ以外の組織再編成では、資産調整勘定及び差額負債調整勘定の残高を引き継ぐことができない。 2 実務上の問題点 例えば、A社が、X社の行う事業のうちY事業の買収を行う事案を検討したい。この事案では、Y事業のうち、一部の事業については早期の転売を想定しており、Z社を設立したうえで、A社との間に支配関係のないB社へ譲渡することを計画している。具体的なスケジュールは以下の通りである。 そして、X社からY事業を受け入れる際に、資産調整勘定(10億円)を認識したものの、そのうち、3億円については、B社へ転売するZ社に係るものであることから、A社からZ社への分割でも、Z社において資産調整勘定を認識せざるを得ない。 そうなると、A社においても、Z社に移転した資産調整勘定(3億円)に相当する部分の金額を譲渡原価に含めることができるようにも思えてしまう。 【現金交付型吸収分社型分割後の非適格新設分社型分割】 しかし、前述のように、資産調整勘定及び差額負債調整勘定は、5年間の均等償却により損金の額又は益金の額に算入することのみが認められており(法法62の8④⑤⑦⑧)、非適格合併や残余財産が確定した場合を除き、その残額を損金の額又は益金の額に算入することは認められていない。 このため、分割承継法人において、新たに資産調整勘定を認識するような場合であっても、分割法人において資産調整勘定の未償却残高を譲渡原価に含めることができない。そのため、上記の事案では、A社において10億円の資産調整勘定、Z社において3億円の資産調整勘定が認識されることから、A社において、3億円の譲渡利益が発生することになる。 このように、A社及びZ社において資産調整勘定に対する5年間の均等償却をすることから、長期的には、そのデメリットは解消されるが、単年度で多額の譲渡利益が生じるという問題がある。実務上、被買収会社の事業のうち不要な事業を早期に譲渡する場合にこのような問題が生じることがある。 3 税制改正の必要性 このように、資産調整勘定及び差額負債調整勘定については、一括償却資産(法令133の2)とほとんど同じ取扱いになっている。一括償却資産については、金額的重要性が乏しいことから、実務上、ほとんど問題にならないが、資産調整勘定及び差額負債調整勘定は多額になることが多く、実務上、問題になることが少なくない。 そのため、組織再編成又は事業譲渡を行った場合には、移転した事業に係る資産調整勘定及び差額負債調整勘定を合理的に計算し、譲渡原価に含めるようにすべきであると考えられる。そして、適格組織再編成を行った場合にも、移転した事業に係る資産調整勘定及び差額負債調整勘定を合理的に計算したうえで、分割承継法人等が合理的に計算された資産調整勘定又は差額負債調整勘定を帳簿価額で取得するように改正すべきであると考えられる。 4 その他の問題点 法人税法上、下記のような場合には、資産調整勘定として償却することがなじまないことから、その一部の金額を資産等超過差額として処理することになる(法令123の10④⑥、法規27の16)。 このうち、(イ)については、合併等対価資産が非上場株式である場合ではなく、上場株式である場合を想定した規定であると思われるが、合併等対価資産の組織再編成の日における価額が約定日の価額の2倍を超えることは稀であり、ほとんどの事案において該当しないという問題がある。 おそらくは、ほとんどの事案に対して資産等超過差額に該当しないように配慮したものであると思われるが、2倍という基準を見直すことにより、資産等超過差額に該当すべき事案に対して適切に対応できるようにすべきであると考えられる。 そして、(ロ)についても、条文構成上、寄附金の規定が資産等超過差額の規定に優先するため、ほとんどのケースにおいて寄附金として処理されてしまい、資産等超過差額として処理されるケースを見たことがない。本来であれば、削除すべき規定であると思われるが、寄附金に該当しなかった場合のために備えた保険的な規定であると考えるのであれば、削除するまでもないと思われる。 * * * 次回以降では、グループ通算制度について解説する予定である。 (了)