酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第81回】 「シャウプ勧告から読み解く租税法解釈(その3)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅳ シャウプ勧告と今日の租税法 1 シャウプ勧告は解釈論に影響を及ぼさないのか これまでの連載では、シャウプ勧告が我が国の今日の税制を構築するに当たって極めて強いインパクトを持って迎えられ、それによって大改革が展開されたにも関わらず、その後の度重なる税制改正によって、その本旨とするところに修正が施されてきた点を確認した。 むしろ、今日的には、シャウプ勧告の理念や思想はさることながら、具体的な条文の解釈論を展開するに当たって、同勧告は直接的な参考となるものではないような事例が散見されており、租税法解釈において、シャウプ勧告は必ずしも重要視すべき参考資料としての意義を有していないようにも思われる。 しかしながら、本当にそうであろうか。 2 墓石・カロート事件 ここに、東京地裁平成24年1月24日判決(判時2147号44頁。以下「東京地裁平成24年判決」という。)を確認しておきたい。 これは、宗教法人が霊園の墓地等の使用者から永代使用料等として収受した金員のうち、墓石及びカロート(墓石の基礎と一体となった骨壺等を収納するための設置物)に係る部分は、法人税法上の収益事業による所得に該当し、また、消費税の課税対象になると判示された事例である。 このように、東京地裁平成24年判決は、宗教法人への収益事業課税の趣旨について、一般の私企業との競争関係や、課税の公平などを掲げている。 このように、たとえその事業がその公益法人等の本来の目的たる事業であるときであっても、「収益事業」に該当する場合には課税対象となる旨を判示している。 この点、原告は、公益法人等について原則として法人税を課さないこととしているのは、公益法人等の公益的活動に課税面で配慮することとしたものでもあり、公益法人等の公益的活動については、非課税とする趣旨であると主張する。 その上で、公益法人等の行う収益事業であっても、公益的活動及びこれと密接不可分な事業については非課税と解すべきであって、一般事業者との競争条件の平等を図るいわゆるイコールフッティングをその論拠に持ち出すのは不当である旨の主張をした。 これに対して、東京地裁平成24年判決は次のように判示する。 ここで引用されている最高裁平成20年9月12日第二小法廷判決とは、いわゆるペット葬祭業事件と呼ばれる事件であるが、宗教法人が死亡したペットの飼い主から依頼を受けて葬儀業を行う事業が法人税法2条13号所定の収益事業に当たるとされ、課税処分が妥当とされた事件である。 東京地裁平成24年判決は、かかる最高裁を引用し、イコールフッティング論を展開しているわけであるが、同地裁の判示を引き続き確認しよう。 ここでは、公益法人等に対する課税制度がシャウプ勧告を受けたものであり、同勧告が公益法人等に対しては一定の優遇を用意するものの、それでも、全ての事業に対して優遇を行おうとしていたのではなく、かかる事業に伴う財貨の移転が役務提供の対価なのかあるいは単なる喜捨等の性質を有するものかという点に勘案した税制として構築されたものであることからすれば、イコールフッティングという考え方が、当時の同制度の趣旨から導出できるというのである。 3 シャウプ勧告の影響を受けた公益法人等課税制度 このように公益法人等課税制度を語る際には、まず、シャウプ勧告における税制創設の趣旨から論じられることが多いように思われる。 例えば、東京地裁平成18年6月2日判決(税資256号順号10416。以下、「東京地裁平成18年判決」という。)も次のように述べて、シャウプ勧告による公益法人等課税制度の趣旨を論じている。 東京地裁平成18年判決は、東京地裁平成24年判決よりも詳細に制度背景を確認しており、シャウプ勧告を確認している。 東京地裁平成18年判決の判示を見るに、上記のような背景をもって設けられた公益法人課税制度について、法が特別になんらかの修正を加えていない以上は、当初の趣旨が生きていると解すべきことになるのであろう。 東京地裁平成18年判決は、結論として上記のように述べ、納税者の主張を排斥しているのである。 結びに代えて シャウプ博士は、「税制は、国民の最も貴重な資源の一つです。もし税制が打撃を受け、うまく機能しなくなったりしたら、国は全体としてインフレに移行し、その他にも何が起こるかわかりません。したがって税制を保護するためには、全体的な不公平感を是正しなければなりません。納税者なしの税制はありえませんし、納税者自身が納得して、全体としても筋が通っていてこそ公平な税制といえるのです。」と述べている(金子宏司会ほか座談会「カール・シャウプ博士を囲んで」税研23号52頁(1989))。 このようにシャウプ勧告は租税の公平を基調として我が国の税制を構築したことが分かる。 もっとも、シャウプ勧告は、所得税中心主義であり、そこでは包括所得課税の理念の下、キャピタルゲイン課税を徹底する旨を論じ、一旦はそれに従った税制が設けられたものの、その後の税制改正において、同勧告の採用するキャピタルゲイン課税に制限を加えるなどの改正が度々なされたことも前述のとおりである(本連載「その2」も参照)。 そのような意味では、所得税中心主義を採用しているとはいえない今日の税制を前提としたとき、また、完全なる包括所得課税や完全なるキャピタルゲイン課税が貫徹されていない今日においては、シャウプ勧告の考え方と一致しているとまではいえないため、個別の条文解釈に直接の影響を及ぼす余地は少ないかもしれない。 (※) 林建久教授は、シャウプ税制が実施後わずか2、3年で税制の核心部分が解体されてしまったことについて、「はじめからそれが当時の日本に適応ないし無理だったことを意味するのであって、はじめはよかったのに、時とともにまずくなっていったということではない。」とされる(林「シャウプ勧告の意味するもの」税研15巻3号24頁(1999))。林教授は、「シャウプ勧告は、戦後日本の租税体系の原点に位置している。それは、戦前・戦時にしだいに形成されてきた日本自身の税制の発展という面をもっていないわけではないが、むしろその税制に対するシャウプ氏の批判から生まれてきた面のほうがはるかに強い。かと思うと、一方ではアメリカでも実行されていないような制度がかなり採り入れられている。それはアメリカ税制についてのシャウプらの意見なり批判なりが、アメリカでは実現できずに日本にその場を見出した結果ではないかとも推測される。とすれば、この勧告は、占領政策の一環、ドッジ・ラインの一環ではあるが、よりつよくシャウプらの租税理念実現の場であったということになりそうである。そして、他ならぬそのことが、シャウプ勧告のその後の運命を大きく左右することにもなったのではないかと想像される。運命というのは、ここでは短命の謂いである。すなわち、勧告にもとづいて日本政府が新たにつくった1950(昭和25)年度の税制は、当初から必ずしも全面的には勧告を採り入れていなかったのであるが、朝鮮戦争というような予想の出来ない影響もあって、翌年からははっきりと勧告の線は崩れはじめ、昭和20年代末にはほぼ完全に崩壊してしまったのである。」とされるのである(林建久「シャウプ勧告と税制改革」東京大学社会科学研究所編『戦後改革〔7〕経済改革』205頁(東京大学出版会1974))。 さりとて、シャウプ勧告あっての今日の我が国税制であることも忘れてはなるまい。 混沌とした社会環境において、対象となる税制がいかなる趣旨目的で構築されたのかという点に思いを致さなければならない解釈局面は少なくない。 その際に、上記の公益法人等課税制度の理解を裁判所が行うのと同様に、原点に返って、シャウプ勧告が求めていた制度の意義や趣旨を改めて検討することが求められるのではなかろうか。 社会が大きく変革をしている現下、税制のあり方を考えるに当たっても、原点に戻って、改めて税制の向かうべき方向の羅針盤を読むという意味においても、シャウプ勧告は参考になるものといえよう。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第21回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -租税回避の意義- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 「『租税あるいは税法のあるところ必ず租税回避あり。』といってもよいほど、租税回避は税法の宿命的課題である。」(拙著『租税回避論-税法の解釈適用と租税回避の試み-』(清文社・2014年)はしがきⅰ)が、「租税回避とは何か」(今村隆『租税回避と濫用法理-租税回避の基礎的研究-』(大蔵財務協会・2015年)10頁[初出・2008年])という問いかけについては、「租税回避の意義については、実定法上の定義規定はない。学説においても、必ずしも一致したものはない。」(田中治「租税回避否認の意義と要件」岡村忠生編『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(ミネルヴァ書房・2015年)39頁)というようなことがしばしばいわれる。 ただ、「税法の宿命的課題」である租税回避について、租税法律主義との関係を論ずるに当たっては、やはり、その意義を明らかにしておく必要があろう。租税法律主義が税法に関する憲法上の基本原則であり、かつ、その意義が学説・判例で確立されている以上、租税法律主義との関係で租税回避を検討する場合には、租税回避の意義を明らかにし、もって検討に当たっての「変数」をなくしておく必要があると考えるところである。 今回は、拙稿「租税回避の法的意義・評価とその否認」税法学577号(2017年)245頁をベースにして、その後の研究の成果も取り入れながら、租税回避の意義について述べることにする。この論文は、日本税法学会第107回大会(2017年6月・大阪大学)でのシンポジウム「租税回避をめぐる法的諸問題」に関する基調報告のために、租税回避に関する筆者のそれまでの研究をまとめたものである。 Ⅱ 租税回避の定義アプローチ 1 課税要件アプローチと行為態様アプローチ わが国の学説における租税回避の定義をみると、確かに、その表現は様々である。しかし、定義の基本的要素に着眼すると、次の2つの点を指摘することができる。1つには、租税回避の定義のすべてについて、租税負担の軽減・排除が共通の要素であるという点である。もう1つには、学説にみられる定義アプローチは、①課税要件の充足回避を基本的要素として租税回避を定義する、課税要件アプローチともいうべきアプローチと、②私人の行為態様(異常性・人為性・濫用等)を基本的要素として租税回避を定義する、行為態様アプローチともいうべきアプローチとに大別できるという点である(課税要件アプローチと行為態様アプローチについては【66】=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号[以下同じ]、学説の整理については前掲拙稿247頁脚注(6)(7)参照)。 課税要件アプローチによる定義の代表的なものとして、租税回避を「課税要件の充足を避けることによる租税負担の不当な軽減又は排除」とする清永敬次教授の定義(同『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)42頁)を挙げることができる。他方、行為態様アプローチによる定義の代表的なものとして、租税回避を「納税者が、①通常行われない異常な行為形式を選択し、②それによって通常の行為形式を選択したときと同一の経済的目的を達成し、③その結果、多額の租税を軽減する。この場合のこの納税者の『異常な行為』」とする北野弘久教授の定義(同『税法学原論〔第6版〕』(青林書院・2007年)132頁。下線筆者)を挙げることができる。 2 課税要件論と両アプローチの相互補完性 上記の2つの定義を一見すると、両アプローチは、租税回避の定義に関する「異質な」アプローチであるかのように思われるかもしれない。しかし、清永教授が上記の定義の直後に「多くの場合」で続けて、次のとおり述べておられる(下線筆者)ことからすると、そうではないと考えられる。 この一連の叙述のうち「多くの場合」以下は、行為態様アプローチによる定義を示していると解される。そうすると、清永教授は、租税回避について、課税要件アプローチと行為態様アプローチによりそれぞれ定義を行っておられることになるが、このことは、課税要件の内容に鑑みると、矛盾なく理解することができる。 課税要件(Steuertatbestand)は、これを納税義務の成立要件として措定すること(課税要件論)にその根本的意義があるが、内容的にみると、立法者が課税適状と判断した経済的な行為・事実(経済的成果の獲得・経済的成果そのもの等)に相応する法形式(取引形式)として、取引通念・社会通念等の考慮により、想定した法形式(「通常の」法形式)を、要件要素(Tatbestandsmerkmale)として、その内容を形成して定めた法律要件である。したがって、課税要件に該当する事実すなわち課税要件事実(ここでは、「通常の」法形式に相当する具体的事実)の発生により当該課税要件が充足され、納税義務が成立することになる。 このことを「逆」からいえば、立法者が課税要件を定めるに当たって想定していなかった法形式(「異常な」法形式)を納税者が選択すれば、当該課税要件が充足されず、納税義務が成立しないことになる。 課税要件の内容を以上のように考えると、「課税要件の充足回避」を基本的要素として租税回避を定義する課税要件アプローチは、それが前提とする課税要件論から租税負担の軽減・排除を「論理的帰結」として導き出す「課税要件の充足回避」それ自体に着眼するアプローチであり、他方、私人の行為態様(異常性・人為性・濫用等)を基本的要素として租税回避を定義する行為態様アプローチは、課税要件論を前提にして「課税要件の充足回避」の「手段」としての「異常な」法形式の選択に着眼するアプローチである、といってよかろう。 課税要件アプローチと行為態様アプローチは、このように、租税回避の定義に関して課税要件論を前提にしつつ着眼点を異にするアプローチであるといえるから、異質で相互排他的なアプローチではない。むしろ、清永教授の先の一連の叙述にみられるように、着眼点を異にする相互補完的なアプローチであるといってよいように思われる。 このことは、金子宏教授による租税回避の定義についてもいえることである。金子教授は、同『租税法』(弘文堂)の第21版(2016年)までは、「課税要件アプローチと行為態様アプローチとの相互補完による定義」ともいうべき次のような定義を示しておられた(第21版125頁。下線筆者)。 ところが、金子教授は、同書の第22版(2017年)以後は、上記の定義をアプローチ別にいわば「分節」し、次のように、租税回避の意義について、行為態様アプローチ(下記①③)、課税要件アプローチ(下記②)を別々の箇所で解説しておられる(①は第22版では126-127頁、第23版(2019年)では133-134頁、②③は第22版では127頁、第23版では135頁)。 上記②に関して若干補足しておくと、「[課税]減免規定の適用要件」は、通常の課税要件規定(納税義務の成立を根拠づける課税根拠規定)の適用を排除するものであり、通常の課税要件が積極的課税要件と呼ばれるのに対して、消極的課税要件と呼ばれる。消極的課税要件の充足は積極的課税要件と、税法上の効果(租税負担の軽減・排除)の点では、同じ意味をもつので、②は「課税要件の充足回避」を基本的要素として租税回避の定義を述べるものといえるのである。 なお、以上の叙述は、わが国における租税回避論の「淵源」ともいうべきヘンゼル(Albert Hensel)の租税回避論(Hensel, Zur Dogmatik des Begriffs "Steuerumgehung", in Bonner Festgabe für Zitelmann, 1923, 217)を筆者なりに理解したところに基づくものである。ヘンゼルの租税回避論については、租税回避の沿革(第25回)に関して改めて取り上げることにして、ここでは、少し長くなるが、租税回避の定義に関する叙述部分(223f. 文中のイタリック体部分の原文は活字間の間隔が広い強調部分。下線筆者)を以下に邦訳し引用しておこう。 Ⅲ 課税要件アプローチの意義 1 基礎理論的意義 筆者も、租税回避について、基本的には清永教授と同じく、課税要件アプローチにより、「課税要件の充足を避け納税義務の成立を阻止することによる、租税負担の適法だが不当な軽減または排除」(清永敬次教授の定義とは異なり「適法」という法的評価を概念要素とする点については、第24回で述べることにする)と定義するが、これを「租税回避の包括的定義」と呼ぶことにし、清永教授が前記の囲み内引用部分の「多くの場合」以下で述べておられる定義を(前記のヘンゼルの叙述中の「経験的事実」という表現を拝借して)「経験的事実を前提とする租税回避の定義」と呼ぶことにしている(【66】)。 筆者が租税回避の定義について基本的に課税要件アプローチを採用するのは、以上で述べてきた定義上の意義に加えて、以下で述べるように、課税要件アプローチが租税回避と実定税法との関係を明らかにする上でも意義があると考えるからである。 Ⅰの冒頭で述べたように、租税回避が実定税法上の概念でないことはしばしば指摘されるが、その指摘が、租税回避という概念が実定税法上用いられていないこと、あるいはその概念について定義規定が実定税法上定められていないことを意味するのであれば、確かに、そのとおりである。しかし、納税義務の成立要件とされる課税要件も、そのような意味においては、同じく実定税法上の概念ではない。 課税要件は、講学上、納税義務の成立要件とされるが、わが国には、課税要件の充足をもって納税義務の成立を定める明文の規定は実定税法上存在しない。この点において、「租税債務関係に基づく請求権は、法律が給付義務を結びつける要件[=課税要件]が実現[=充足]されると同時に、発生する。」と定める租税基本法(Abgabenordnung)38条が存在するドイツとは、事情が異なる。 もっとも、国税通則法15条1項は「国税を納付する義務(・・・・・・)が成立する場合」を所与の前提として納税義務の確定について定めていることからすると、課税要件の充足をもって納税義務の成立を観念していると解される(【88】)という意味では、課税要件は実定税法の基礎にある基礎理論上の概念である、ということができる。そうすると、課税要件の充足回避(による租税負担の軽減・排除=納税義務の一部・全部不成立)を基本的要素とする租税回避という概念も、課税要件と同様、実定税法の基礎にある基礎理論上の概念である、と考えることができる。 以上のように考えると、課税要件も租税回避も、実定税法の基礎にある基礎理論上の概念であり、しかもそのような基礎理論と納税義務の成立又は不成立という実定税法上の効果とを「架橋」する概念である、といってよかろう。その意味で、課税要件アプローチは納税義務の成立に関して基礎理論と実定税法とを「架橋」する方法論である、と考えられるのである。このことは租税回避の法的評価に関して重要な意味をもつが、租税回避の法的評価については第24回で検討することにする。 2 解釈論的意義 前記1の冒頭で述べたように、租税負担の軽減・排除は租税回避概念の共通要素であるが、この要素は、課税要件アプローチによれば、①課税要件が充足された場合における租税負担と、②課税要件の充足が回避された場合における租税負担、との較差を意味する。このことは、実定税法上の租税回避否認規定の解釈において重要な意味をもつ。 例えば、同族会社の行為計算否認規定(法税132条等)については、今日では、これを租税回避の否認規定として性格づけることに異論はない(租税回避論の沿革については第25回参照)。この規定の「法人税の負担を不当に減少させる結果」という文言に含まれる、「不当に」という要件(不当性要件)と「法人税の負担を減少させる結果」という要件(負担減少結果要件)のうち、後者は、同族会社の行為計算で①これを容認しなかった場合における法人税の負担と、②これを容認した場合における法人税の負担、とを比較して、②が①より少ないということを意味する、①と②との比較要件である。 課税要件アプローチと行為態様アプローチとの相互補完性(Ⅱ2参照)に鑑みると、上記①の場合の行為計算を「通常の(立法者の想定内の)」行為計算といい、上記②の場合の行為計算を「異常な(立法者の想定外の)」行為計算ということができるが、負担減少結果要件が①と②との比較要件であるということは、両者の比較の結果、ⓐ法人税の負担が①より②の方が少ないこと(このことは規定上「減少」という文言で明文化されている)のほか、ⓑ行為計算の経済的成果ないし経済的実質が①通常の行為計算と②異常な行為計算とで基本的に同じであることをも意味する。 負担減少結果要件からは、課税庁が行為計算否認規定を適用するには、②異常な行為計算と基本的に同じ経済的成果を達成し、したがって同じ経済的実質を有する①通常の行為計算を想定した上で、②を①に引き直すこと(擬制すること)が命じられることになる。このことが行為計算否認すなわち租税回避の否認の意味するところであるが、これに基づく課税(引き直し課税)は内容的には想定課税・擬制課税である(租税回避の否認については第27回で検討する)。 租税法律主義の下では、そのような想定課税・擬制課税については明文の根拠規定が必要である。同族会社の行為計算否認規定はそのような明文の根拠規定の代表的なものであるが、租税回避一般についてそのような想定課税・擬制課税を定める規定(一般的租税回避否認規定)はわが国の現行法上は存在しない(租税回避否認規定の類型については第29回参照)。 課税要件アプローチによると、租税回避の否認について以上のような解釈論を展開することができることになる。 Ⅳ おわりに 以上において、租税回避の意義について、課税要件アプローチによる定義と行為態様アプローチによる定義を示した上で、両アプローチが着眼点を異にする(すなわち、課税要件論から租税負担の軽減・排除を「論理的帰結」として導き出す「課税要件の充足回避」それ自体に着眼するか又は課税要件論を前提にして「課税要件の充足回避」の「手段」に着眼するか)とはいえ、いずれの定義も課税要件論を前提にした定義であることを明らかにし(以上はⅡ)、課税要件アプローチの意義について、基礎理論的意義と解釈論的意義に分けて、検討した(Ⅲ。行為態様アプローチの意義については次回検討する)。 要するに、租税回避の定義は、課税要件論を前提にして行われているといえるのであるが、課税要件論は、租税債務関係説を理論的基礎として構想された、納税義務の成立に関する基礎理論である。租税債務関係説は、租税法律関係を公法上の債権債務の関係として性格づけ、とりわけ納税義務を、その義務内容を定める法律要件すなわち課税要件の充足によって法律上当然に成立する一種の法定債務として、構成する考え方である(【12】)。 租税債務関係説は、第3回Ⅲで述べたように、納税義務の成立に関する法すなわち課税要件法(成立した納税義務の承継・消滅等に関する法も含めて租税実体法という)の領域から、税務官庁の形成的・裁量的判断の余地を法理論上完全に排除する考え方である(【12】)。その意味で、租税債務関係説は、租税の分野における法治主義の厳格化・徹底を狙いとする租税法律主義と、その狙いの点で親和性をもつ。 そうすると、租税回避は定義の上では、租税債務関係説を理論的基礎とする課税要件論を前提とする以上、租税法律主義と調和し得ると考えられるが、それがどのような意味での「調和」であるのかについては、今後、明らかにしていくことにしたい。ここでは、結論を簡単に先取りして、その「調和」については「自由」が決定的な意味をもつことだけを指摘するにとどめておく。 (了)
税理士業務からみた 「地方税共通納税システム」のポイントと留意事項 税理士 鈴木 涼介 1 導入の背景等 政府は、「日本再興戦略2016」において、「事業者の生産性向上を徹底的に後押しするため、規制改革、行政手続の簡素化、IT化を一体的に進める新たな規制・制度改革手法を導入することとし、事業者目線で規制・行政手続コストの削減への取組を、目標を定めて計画的に実施する」とした。そして、総務省では、「『行政手続コスト』削減のための基本計画」(地方税)を策定し、その中で「『地方公共団体が共同で収納を行う方策』(共同収納)について、制度改正を含め検討を行う」こととした。 その結果、平成30年度税制改正において、地方税ポータルシステム(以下「eLTAX」という)を活用して、すべての地方団体に対して、一度の手続でまとめて電子納税することができる「地方税共通納税システム」の導入のための諸規定が整備された。 2 地方税共通納税システムの概要 (1) 地方税共通納税システムとは 「地方税共通納税システム」とは、納税者がインターネットバンキング等を利用して、すべての都道府県及び市区町村に対して電子納税できる仕組のことをいい、令和元年10月1日から開始されるものである。 具体的な流れとしては、納税者がインターネットバンキング等で納税手続を行うと、納税者の口座からeLTAXの運営主体である「地方税共同機構」(以下「機構」という)の共通口座に資金が移動される。そして、機構はその資金を地方団体の指定金融機関等に振り込むとともに、地方団体にその情報を通知することとなる。 紙の納付書を用いて納税する場合、納税者は金融機関等の窓口に出向かなければならず、また、地方団体毎に納付書の形式や指定金融機関等が異なっている等、納税手続に一定程度の負担がかかっていた。地方団体側においても、領収済通知書の管理が煩雑である等負担が大きかった。この点、地方税共通納税システムが導入されることにより、これらの負担が軽減されることとなる。 (2) 対象税目 地方税共通納税システムを利用して電子納税できる税目は、令和元年10月1日時点で、①法人都道府県民税、②法人事業税、③地方法人特別税、④法人市町村民税、⑤事業所税、⑥個人住民税(給与所得又は退職所得に係る特別徴収分)である。また、これらに係る延滞金や各種加算金等も対象となっている。 なお、電子申告した申告書データや個人住民税の特別徴収税額決定通知書データを地方税共通納税システムに引き継いで納税することができる。 (3) 収納手段 地方税共通納税システムで取り扱う収納手段は、既に電子納税として導入されている、①情報リンク方式(税額等の情報をインターネットバンキングに連携する支払方式)、②オンライン方式(ATMやインターネットバンキングに直接ペイジーのキー情報を入力する支払方式)に加えて、③ダイレクト方式(事前に登録した金融機関口座を指定して、直接納付する支払方式)が導入される。 ダイレクト方式を利用するためには、納税者による金融機関口座の事前登録及び金融機関による審査が必要である。令和元年10月1日からダイレクト方式を利用するためには、「令和元年8月19日から9月13日まで」に事前登録する必要があった。また、9月24日以降に登録することにより、順次、ダイレクト方式が利用可能となる。金融機関の審査は、最大1ヶ月程度要する場合があり、審査結果はeLTAXのメッセージで通知される。 なお、本稿執筆時点では、クレジットカード納付やコンビニ納付には対応していない。また、地方税共通納税システムによる納税は領収証が発行されないため、領収証が必要な場合は、従来どおり、窓口で納税する必要がある(画面上で、納付済みの確認メッセージや納付履歴を確認することはできる)。 (4) 利用時間 各収納手段におけるサービス利用時間は、以下のとおりとされている。 ① 情報リンク方式・ダイレクト方式による電子納税 ② オンライン方式(ATM・インターネットバンキング)による電子納税 (※) 金融機関等の運用時間によって、電子納税の可能時間は異なる。 3 税理士業務からみた留意事項 (1) 利用届出 地方税共通納税システムを利用するためには、eLTAXの利用者IDが必要となる。そのため、eLTAXを利用していない納税者から地方税共通納税システムを利用したい旨の要望があった場合には、eLTAXの利用届出を行う必要がある。 なお、eLTAXの利用届出は、オンラインのみの受付であり、書面での受付は行われていないため注意が必要である。 (2) ダイレクト方式による納税代理 ダイレクト方式はインターネットバンキングのようなID・パスワードが不要であることから、納税者側は税理士に納税代理を依頼しやすくなる。税理士が納税者に代わって納税する場合は、納税に関する代理権限が付与されている必要があるところ、eLTAXでは納税者から代理人に代理権を付与する仕組が導入されており、具体的には、税理士がeLTAX上で納税者に対し、代理行為の承認依頼を行い、納税者がそれを承認するという手順で行う。 国税では既にダイレクト方式による納税が導入されており、国税電子申告・納税システム(e-Tax)で申告から納税まで税理士側で完結させることが可能となっていることから、地方税共通納税システムにおけるダイレクト方式を併せて利用することにより、国税及び地方税の申告及び納税について税理士側で完結させることが可能となる。 (3) クライアントへの周知 昨今においては、ソフトウエアベンダーの税務システムや各地方団体のウェブページから、地方税関係の納付書をプリントアウトできるようになっているものの、依然として、納税手続に関する手間は大きいところである。 地方税共通納税システムを利用すると、各地方団体の納付書や指定金融機関を気にする必要がなくなることから、例えば、事業所が複数の地方団体に存在する事業者にとってみれば、納税手続の効率化に繋がるものと考えられる。また、地方税共通納税システムは、従業員の給与所得に係る個人住民税(特別徴収分)にも利用できることから、従業員数が多い場合や納付先の地方団体が多い場合等にも非常に有用な納税手段であるといえる。 したがって、そのような事業者に対しては、税理士として積極的に周知していくことが望まれる。 4 eLTAX障害発生時の申告等に係る期限延長 政府は行政手続のオンライン化を進めており、地方税共通納税システムをはじめ、地方税の申告・納税手続においても、今後さらなるオンライン化が予想されるところ、システム障害が生じた場合の対応などにも留意する必要がある。 地方団体の長は、災害その他のやむを得ない理由により、申告期限や納期限までに申告・納税できないと認められるときは、条例によりその期限を延長することができる(地法20の5の2①)。この期限延長は、各地方団体が個別に定めるものであるところ、eLTAXにシステム障害等が発生すると、同システムの障害という同一の理由でありながら、各地方団体によって取扱いが異なる可能性がある等、納税者及び地方団体の双方に過度な負担が生ずるおそれがある。 そこで、令和元年度税制改正において、eLTAXに障害が発生した場合に、迅速かつ全国統一的な対応をとることができるような措置が講じられた。具体的には、総務大臣は、eLTAXの故障その他やむを得ない理由により、申告期限や納期限までにeLTAXを使用して申告・納税できないと認める者が多数に上ると認めるときは、対象となる行為、対象者の範囲及び期日を指定して、その期限を延長することができる(地法20の5の2②前段)。 この場合において、延長後の期限は、その理由がなくなった日から2月を超えてはならない(地法20の5の2②後段)。総務大臣は、対象者の範囲等の指定をしたときは、直ちに、その旨を告示するとともに、地方団体の長及び機構に通知しなければならない(地法20の5の2③)。なお、機構は、eLTAXの障害が生じたときは、遅滞なく総務大臣に報告しなければならない(地法790の2)。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第10回】 「不動産管理会社の利用」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 公認会計士・税理士 岩丸 涼一 相談内容 私Aは、昨年、父からいくつかの賃貸物件を相続しました。建物の築年数は古いですが、収益性に問題はありません。なお、土地は先祖代々受け継いできたものです。父は個人事業主として「建物及び土地」の賃貸事業をしていました。 私は現在50歳で、子Bが1人います。私自身は今後の生活に困らないだけの財産があるので、これ以上私の相続財産を増やす必要はないと考えていたところ、知人より、不動産管理会社(以下「X社」とする)を利用することで相続財産の増加を防ぐことができるのではないかという話を聞きました。 不動産管理会社の活用ができるのか、また、活用できるとしたらどのようにするのが良いか悩んでいます。 なお、子Bはまだ大学生のため、私が元気なうちは私が賃貸事業を行い、将来はBに賃貸事業を承継させようと考えています。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 不動産管理会社設立の主なメリット・デメリット 不動産管理会社の設立には、以下のようなメリット・デメリットがあります。 [2] 不動産管理会社の運営方法 不動産管理会社の運営方法として、以下のように「①管理方式」「②転貸(サブリース)方式」「③所有方式」があります。 [3] 運営方法別の主なメリット・デメリット 上記3つの運営方法ごとの主なメリット・デメリットをまとめると、以下のようになります。 (※1) 所得分散効果について Aに入るべき所得をX社へ帰属させることにより、Aの金融資産の増加を抑えることが可能です。X社に帰属した所得は給与(勤務実態等の業務への関与状況を備えていることが前提)という形で家族へ分配もできます。 [4] 所有方式を適用する場合に対象とすべき不動産 Aが相続した先祖代々受け継いできた土地は取得費が低いことが想定され、土地を時価でX社に売却する際には含み益が実現し、譲渡所得税の負担が重くなるものと思われます。 一方、建物のみ時価でX社に売却する場合、Aが相続した建物の築年数は古いため、売却しても譲渡所得税は少額もしくは生じないと考えられます。 したがって、所有方式を採用する場合に対象とすべき不動産は、築年数が古く収益性の高い建物が適していると考えます(※2)。 (※2) 建物のみX社で所有する場合の注意点 借地権の問題が生じ、権利金を収受するか相当の地代を収受しないと、権利金の認定課税が行われます。ただし、特殊関係者間では、将来借地権を無償で返還する賃貸借契約を締結し「土地の無償返還に関する届出書」を税務署に提出することによって、借地権の認定課税を回避することができます。 [5] 結論 本件の場合、将来、子Bに事業を引き継がせたいのであれば、所有方式を検討すると良いと考えます。不動産管理会社を設立して株主はBとし、これにより所有方式のメリットである所得分散効果の最大化を図ります。また、建物のみX社に譲渡することで、デメリットである移転コストを最小限に抑えます。 当初はAがX社の代表取締役として会社経営を行い、その後適当なタイミングでBが代表取締役となり、経営権をBに移します。 Bを株主とした場合、賃貸不動産の所得によるX社の株式価値増加はBに帰属し、Aには帰属しません。 なお、具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
相続空き家の特例 [一問一答] 【第33回】 「共有で相続した家屋とその敷地を譲渡する場合」 -共有に係る個々の特別控除額- (令和5年(2023年)12月31日以前の譲渡) 税理士 大久保 昭佳 Q X(兄)とY(弟)は、昨年4月に死亡した母親の家屋(昭和56年5月31日以前に建築)とその敷地を、各持分1/2共有で相続し、その家屋を取り壊して更地にし、本年10月に合計9,000万円で譲渡しました。 相続開始直前まではその家屋に母親が一人で暮らし、取壊し時まで空き家で、その敷地も相続の時から譲渡の時まで未利用の土地でした。 この場合、XとYは、それぞれ3,000万円の特別控除額を限度として、「相続空き家の特例(措法35③)」の適用を受けることができるでしょうか。 A それぞれの譲渡者に係る特別控除です。したがって、それぞれが3,000万円を限度とし、それぞれの譲渡所得の全部について、「相続空き家の特例」の適用を受けることができます。 ●○●○解説○●○● X及びYが相続した土地家屋が共有であるとしても、それぞれの譲渡者について、それぞれ独立して適用要件を満たすかどうかにより判定すればよいこととされています。したがって、それぞれが本特例に係る適用要件を満たす場合には、それぞれの個人に3,000万円特別控除の適用があります。 ただし、「相続空き家の特例」は、被相続人居住用家屋又は被相続人居住用家屋の敷地等の譲渡の対価が1億円以下であることが、その適用要件の1つとされています(措法35③)。したがって、共有者全体の譲渡対価の合計額が1億円を超える場合などには、各共有者ともどもこの特例を適用することができませんので注意が必要です(措法35⑤⑥)(〔譲渡価額要件の判定〕【第19回】~【第24回】を参照)。 なお、令和5年度税制改正において、令和6年(2024年)1月1日から令和9年(2027年)12月31日までの間の譲渡については、当該特例の適用を受ける相続人の数が3人以上である場合における特別控除額はそれぞれ2,000万円とされました(【第47回】を参照)。 (了)
租税争訟レポート 【第45回】 「相続税申告における現金の申告漏れに係る重加算税賦課決定処分等取消し請求(第一審:東京地方裁判所平成30年4月24日判決、控訴審:東京高等裁判所平成30年11月15日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第一審〉 〈控訴審〉 【事案の概要】 原告は、自身の叔母である被相続人の死亡により開始した相続に係る相続税の期限内申告書を平成25年8月14日に提出した。その後、原告と他の相続人は、平成26年12月22日、杉並税務署長に対し、相続開始時における被相続人の財産に約2,160万円を加算すること等を内容とする修正申告をした。 この修正申告に対し、原告は、杉並税務署長から、原告が被相続人名義の各口座から引き出し、その一部を被相続人の入院費等に充てた残額である約2,160万円のうち、申告に計上された70万円を超える部分である約2,090万円が申告漏れとなったことについて、相続税の過少申告加算税及び重加算税の賦課決定処分を受けた。 本件は、原告が、被告を相手に、賦課決定処分(過少申告加算税15万8,000円及び重加算税89万6,000円の合計105万4,000円)のうち、納付すべき税額が49万6,000円(現金の申告漏れにつき重加算税の賦課要件を満たしていないとした場合に、通則法65条1項及び2項に基づき課されることとなる過少申告加算税額に相当する額)を超える部分の取消しを求める事案である。 【第一審判決の概要】 1 争点に対する主張 (1) 被告の主張 被告は、原告は、以下のとおり、当初から相続財産である現金を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上で、その意図に基づく過少申告をしたと認められるから、現金の申告漏れについては、国税通則法第68条第1項所定の重加算税の賦課要件を満たすものであることから、賦課決定処分は適法であると主張した。 (2) 原告の主張 原告は、以下のような理由から、現金の申告漏れが通則法68条1項所定の重加算税の賦課要件を満たすとはいえず、本件賦課決定処分は違法であると主張した。 2 第一審:東京地方裁判所の判断 (1) 重加算税の賦課要件 東京地方裁判所は、通則法68条1項所定の重加算税について、①過少申告加算税の賦課要件が満たされる場合に、②納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、③その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときに課されるものであると判示したうえで、最高裁平成7年4月28日第二小法廷判決を参照して、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、納税者が、当初から相続財産を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には、重加算税の賦課要件が満たされるものと解すべきであるとした。 (2) 原告の認識と行動について そのうえで、裁判所は、認定した事実から、原告は、申告した相続財産である現金の額は70万円にとどまるのに対し、原告が実際に被相続人の各口座から引き出し、相続開始日において保管していた現金の額は2,000万円を超えていたものであり、原告はこれを被相続人の自宅及び原告の当時の自宅において複数の封筒に入れた状態で保管していたのであるから、自らが多額の現金を保管しており、これが相続税の対象となる相続財産であって、申告しなければならないものであるとの認識を有していたと考えるのが自然であると判断した。 さらに、原告は、杉並税務署の財務事務官による質問応答において、現金が相続財産であることを認識しつつも税理士にその存在を伝えず、申告から除外したことを自認していることから、原告は、現金が被相続人の相続財産であることを認識しつつ、申告に係る現金から除外する意図を有していたと認めるのが相当であるとした。 また、原告は、相続開始日当時において保管していた多額の現金が相続税の申告対象であることを認識していたにもかかわらず、被相続人のために支払った費用の金額が各口座等から引き出した金額を上回っているため現金の存在を認識することが困難な内容の書面を作成して税理士に交付し、実際に保管されている現金の額と著しく異なる金額が相続財産である現金の額として申告書に記載されていることを認識しつつ、あえてこの相違につき本件税理士に指摘しなかったと認めた。 (3) 結論 裁判所は、上記(2)に記した原告の認識と一連の行動は、自らが保管している多額の現金が相続税の対象となる相続財産であって、申告しなければならないものであるとの認識を有していたにもかかわらず、多額の現金を保管している事実を税理士から知られないように意図して行われたものと評価することができ、相続財産を過少に申告するという上記の意図を外部からもうかがい得る特段の行動に当たると認めるのが相当であるとして、通則法68条1項所定の重加算税の賦課要件を満たすという判断を下した。 結論として裁判所は、原告の請求は理由がないから、これを棄却するという判決を出した。 3 控訴審:東京高等裁判所の判断 控訴審である東京高等裁判所は、原判決を維持して、処分行政庁による賦課決定処分は適法であると判断して、 控訴は理由がないから棄却するという判決を出した。 【解説】 本件は、被相続人の預金口座から引き出した2,000万円を超える現金を相続財産から除外して申告を行った相続人が、修正申告で申告漏れとなっていた現金を加算した場合に、重加算税の賦課決定要件である「隠ぺい又は仮装」について、裁判所がどのように判断するのかが争点となった事案である。 申告から除外した金額が多額であるため、重加算税賦課決定処分は当然であるとの考えもあろうが、上記の判断で見てきたように、裁判所は、申告漏れの金額が多額であるから重加算税の賦課決定処分を適法であると結論づけたわけではない。あくまでも、「当初から相続財産を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした」かどうかを事実認定によって判断したものである。 1 本件で原告ら相続人が修正申告をするに至った理由 判決文からは、原告を含む相続人が現金の申告漏れについて、修正申告をするに至った理由はよくわからない。また、期限内申告書の作成を行った税理士が、修正申告に関与しているかどうかもまた、わからない。むしろ、関与したとの記述がないことから、関与していないと見る方が自然であろう。以下では、修正申告に至った経緯を判決から追ってみたい。 判決によれば、被相続人は、平成20年9月1日付けで自筆証書遺言を作成し、その中で、遺産である「自宅」の土地及び建物については原告に相続させ、「有価証券と預貯金」については相続人らにそれぞれ4分の1ずつ相続させる旨の記載があった。原告は、この被相続人名義の土地及び建物の所有権の帰属等をめぐって他の相続人と対立するようになり、そして、原告は、他の相続人を相手に、平成25年11月10日、遺言書に係る遺言が有効であることの確認等を求める民事訴訟を提起した。 訴状には、原告が被相続人から現金70万円を預かり保管していた旨を記載していたが、その後、相手方から原告による金銭管理につき多額の使途不明金が生じている旨の主張がされたのを受けて、平成27年1月9日に提出した準備書面において初めて、原告が本件被相続人名義の口座から引き出した現金のうち約1,500万円を保管している旨を主張するに至ったということである。 修正申告が行われたのが、平成26年12月22日であり、修正申告後に提出した準備書面において、多額の現金の存在を認めていることから、民事訴訟の過程で、多額の現金の存在を認めざるを得なくなり、それに平仄を合わせる形で修正申告を行ったものではないかと考えるのが妥当であろうか。 2 質問応答記録書 判決には、3つの質問応答記録書に関する記述がある。 1つ目は、修正申告を提出する前の平成26年12月2日に、杉並税務署の財務事務官による作成された質問応答記録書であり、2つ目は、原告による異議申立ての調査のために、杉並税務署の財務事務官により、平成27年2月26日及び同年3月5日、税理士に対する質問調査が行われた際に作成されたものであり、最後は、平成29年4月28日及び同年5月24日に行われた東京国税局課税第一部国税訟務官室の財務事務官による質問応答である。 平成26年12月2日付の質問応答記録書には、原告が、本税理士の同席の下、①被相続人名義の各口座から引き出した現金の額は2,892万5,000円である、②原告が被相続人のために支払った入院費等は、領収書等から計算すると731万4,454円となるので、相続開始日において原告が預かっていた金額は2,161万546円となる、③この現金は被相続人の相続財産であり、申告をしなければならないことは知っていたが、申告をする時点で金額の計算ができていなかったので税理士や他の相続人には話していない、時間がなく、伝票の整理や税の計算ができないので申告から除いてしまったなどと述べた旨が記載されている。 ところが原告は、上記の質問応答記録書の確認欄の印影は原告の印章によるものではなく、内容についても質問応答を担当した財務事務官により原告の回答が作出された部分があるから信用性も欠ける旨を主張した。ただし、この主張は裁判所により一蹴される。 他の2件の質問応答記録書については、申告書を作成した税理士に対するものであり、原告はその内容を一部否定しているが、こちらも原告の主張は、裁判所により斥けられている。 判決からは、本件でも、税務調査に際して作成された質問記録応答書が、裁判所の判断において重視されていることが理解できる。 3 相続税の申告代理を受任した税理士の責任 本件で相続税の申告代理を受任した税理士は、原告から被相続人の通帳を確認させてもらえないまま、原告が作成した収入と支出の一覧表などから、相続財産である現金残高を70万円とする申告書を作成して、提出したものである。 また、控訴審判決では、原告が、「税理士は現預金が約2,400万円から2,500万円あったことになるとの認識を示し」ていたにもかかわらず、「控訴人に対し相続財産である現金を数えるように指示しなかった」などの陳述や、税理士から申告書を示され現金の額を70万円とした旨の説明を受けた際には異議を述べたなどと主張したという陳述がされていたことが記載されており、原告自らの隠ぺい行為の責任を税理士に転嫁しているかのようである。 受任した税理士と相続人である原告の間に、相続税の申告書提出までに、どのような信頼関係が構築されていたかは知る由もないが、税理士としては、申告内容の説明に際して、被相続人の過去の預金通帳が確認できない状態で申告書を作成したこと、各相続財産の説明について、依頼者から特段の異議や疑問が提示されなかったことなどを確認する書面を取っておく必要があった事案ではないかと考える次第である。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q48】 「譲渡制限付株式を制限解除後に譲渡した場合の税務手続」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 特定譲渡制限付株式の取得価額 税法上、譲渡制限付株式とは、譲渡(担保権の設定その他の処分を含む)についての制限がされており、かつ、当該譲渡についての制限に係る期間(譲渡制限期間)が設けられ、さらに、発行法人がその株式を無償で取得することとなる事由(無償取得事由)が定められている株式をいいます。 また、この無償取得事由は、その株式の交付を受けた個人が譲渡制限期間内の所定の期間勤務を継続しないこと若しくは当該個人の勤務実績が良好でないことその他の当該個人の勤務の状況に基づく事由又は発行法人の業績その他の指標の状況に基づく事由に限られています。 そして、勤務先でのインセンティブプランに基づく譲渡制限付株式は、勤務先法人への役務の提供の対価として個人に生ずる債権の給付と引換えに交付されるため、特定譲渡制限付株式に該当するものと考えられます。 一般に、株式の取得価額は、その払込みや購入に際して支出する金銭の額であるとされていますが、特定譲渡制限付株式は、その交付を受ける際に個人が金銭を支出することがないため、何をもって取得価額とするか疑問が生じます。この点、法律上の取扱いとして、インセンティブプランに基づく譲渡制限付株式は、個人が勤務先法人から役務提供の対価として報酬金銭債権の給付を受け、当該報酬金銭債権を当該勤務先法人に現物出資することの見返りとして交付を受けるものであると整理されています。 したがって、当該報酬金銭債権の額をもって取得価額とするのではないかとも考えられますが、譲渡制限付株式に係る報酬は、譲渡制限が解除されるまで個人に担税力がないことに配慮する必要があることから、譲渡制限解除日に同日における株式の価額(時価)に対して給与課税することに呼応して、それと同額を当該株式の取得価額とすることとされています。 2 一般口座と特定口座 インセンティブプランとして交付される譲渡制限付株式が上場株式である場合、証券会社で保管する口座は、一般口座の他、特定口座を利用することも可能です。 一般口座で保管する場合には、上場株式の譲渡益は申告分離課税の対象となり、確定申告する必要があります。譲渡損失が生じる場合には、上場株式等に係る配当所得等との損益通算や譲渡損失の繰越控除の適用も可能です。 一方、特定口座で保管し、源泉徴収を選択する場合には、原則として、確定申告は不要となりますが、源泉徴収を選択しない場合や、選択していても特定口座内で譲渡損失が生じ、その口座外の上場株式等に係る譲渡所得等の金額や配当等の金額と損益通算する場合には、確定申告する必要があります。 3 本件へのあてはめ まずは、株式の譲渡制限が解除された後に、当該株式を保管する証券会社の口座が、一般口座なのか特定口座なのかを確認する必要があります。特定口座で源泉徴収を選択する場合は、原則として確定申告を要しませんが、それ以外は確定申告する必要があります。 確定申告をする際の譲渡所得の計算にあたっては、譲渡制限が解除された日の時価の情報が必要です。これは、譲渡制限付株式に係る給与所得の収入金額と同額であるため、勤務先から通知される金額を参照することになります。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第52回】 「差押処分と共有者の原告適格事件」 ~最判平成25年7月12日(集民244号43頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第153回】 金融商品会計⑲ 「電子記録債権に係る会計処理及び表示についての実務上の取扱い」 仰星監査法人 公認会計士 渡邉 徹 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) (1) 債権者 ① 商品1,000を売り上げた。 ② 発生記録により、電子記録債権1,000が発生した。 ③-1 譲渡記録により、電子記録債権600を現金550と引換えに譲渡した。 ③-2 譲渡記録により、電子記録債権を買掛金200と引換えに譲渡した。 ③-3 電子記録債権が決済された。 (2) 債務者 ① 商品1,000を仕入れた。 ② 発生記録により、電子記録債権に係る債務1,000が発生 ③-1 債権者が譲渡記録により、電子記録債権600を現金550と引換えに譲渡した。 ⇒ 仕訳なし ③-2 債権者が、譲渡記録により、電子記録債権を買掛金200と引換えに譲渡した。 ⇒ 仕訳なし ③-3 電子記録債務を決済した。 〈会計処理〉(単位:千円) (1) 債権者 ① 金銭消費貸借により1,000を貸付 ② 発生記録により、電子記録債権1,000が発生 ⇒ 仕訳なし ③-1 譲渡記録により、電子記録債権500を現金450と引換えに譲渡した。 ③-2 (電子記録)債権が決済された。 (2) 債務者 ① 金銭消費貸借により1,000を借入 ② 発生記録により、電子記録債権に係る債務1,000が発生 ⇒ 仕訳なし ③-1 債権者が、譲渡記録により、電子記録債権500を現金450と引換えに譲渡した。 ⇒ 仕訳なし ③-2 (電子記録)債務を決済した。 〈会計処理〉(単位:千円) (1) 債権者 ① 固定資産を1,000で売却した。 ② 発生記録により、電子記録債権1,000が発生 ③ 電子記録債権1,000が決済された。 (2) 債務者 ① 固定資産を1,000で購入した。 ② 発生記録により、電子記録債権に係る債務1,000が発生した。 ③ 電子記録債務1,000を決済した。 〈会計処理の解説〉 1 電子記録債権とは 電子記録債権は、手形や売掛債権のデメリットを解消し、中小企業をはじめとする事業者の資金調達を円滑にするために登場した新たな決済手段です。そのため、電子記録債権は、流動性を高めつつ、その取引の安全を確保するため、手形債権と同様に、原因関係(注1)とは独立して発生する金銭債権とされました。 (注1) 「原因関係」とは、売買契約など手形等を授受する原因となる実質的な法律関係をいいます。 このため、電子記録債権の発生や譲渡については、手形の作成、交付、裏書と同様に、電子債権記録機関(注2)の記録原簿に電子記録するという当事者間の合意以外の行為が必要とされています。 (注2) 「電子債権記録機関」とは、記録原簿を備え、利用者の請求にもとづき電子記録や債権内容の開示を行うこと等を主業務とする、電子記録債権の登記所のような存在です。 また、電子記録債権については手形債権と同様に、原則として善意取得や人的抗弁の切断(注3)の効力を認めています。 (注3) 「人的抗弁の切断」とは、債務者は、原則として、電子記録債権を譲り受けた者に対し、権利発生の原因となった事情等を理由に支払を拒むことはできないということです。 (※) 電子記録債権を利用するためには、取引を行う双方の企業が金融機関と電子記録債権の利用契約を締結する必要があります。 ◆手形・売掛債権と比較した電子記録債権の特徴 2 会計処理 上記のように、電子記録債権は、紙媒体ではなく電子記録により発生し譲渡され、分割が容易に行えるなど、手形債権と異なる側面があるものの、手形債権の代替として機能することが想定されており、会計処理上は、今後も並存する手形債権に準じて取り扱うことが適当であると考えられています。 (1) 売掛金(営業取引)に関連して電子記録債権を発生させ譲渡した場合の会計処理 電子記録債権は、例えば、売掛金や買掛金に係る取引のような手形債権が指名債権(注4)とは別に区分掲記される取引に関しては、電子記録債権についても指名債権とは別に区分掲記することとし、貸借対照表上「電子記録債権(又は電子記録債務)」等、電子記録債権を示す科目をもって表示することとされています(上記〔前提条件①〕(1)②・③-1・③-2・③-3、(2)②・③-3の仕訳参照)。なお、重要性が乏しいときには、「受取手形」(又は「支払手形」)に含めて表示することができます。 (注4) 「指名債権」とは、債権者が特定しており、債権の発生や行使に書面を必要としないものをいいます。 このため、発生記録(注5)により売掛金に関連して電子記録債権を発生させた場合には、電子記録債権を示す科目に振り替え、また、譲渡記録(注6)により当該電子記録債権を譲渡する際に、保証記録(注7)も行っている場合には、受取手形の割引高又は裏書譲渡高と同様に、財務諸表に注記を行うこととされています。 (注5) 電子記録債権では、電子記録債権を振り出すことを「発生」といいます。「発生」を記録原簿に記録することを「発生記録」といいます。 (注6) 手形の裏書譲渡と同様に電子記録債権を第三者に譲渡することを「譲渡」といいます。「譲渡」を記録原簿に記録することを「譲渡記録」といいます。 (注7) 「保証記録」とは、電子記録債権の譲渡に伴い、原則として記録されるものです。「保証記録」に記載されている電子記録保証人(電子記録債権を譲渡した者)は、電子記録保証債務を負担し、手形の裏書人と類似の責任を負うことになります。 (2) 貸付金に関連して電子記録債権を発生させた場合の会計処理 貸付金や借入金等については、現行の企業会計上、証書貸付や手形貸付等に区分掲記せずに「貸付金」「借入金」等として表示していることから、それらに関連して電子記録債権が発生しても手形債権に準じて取り扱うため、科目は振り替えないこととされています(上記〔前提条件②〕(1)②、(2)②の仕訳参照)。 また、手形債権が指名債権とは別に区分掲記される取引であっても、重要性が乏しい場合には、電子記録債権を区分掲記ではなく手形債権に含めて表示することができます。 (3) 営業取引以外の取引に基づいて電子記録債権を発生させた場合の会計処理 有価証券や固定資産の売買などの通常の営業取引以外の取引によって発生した手形債権・債務は「営業外受取手形」「営業外支払手形」等として表示します。電子記録債権・債務の会計処理は手形債権に準じて取り扱うため、これら営業外取引に関連して発生した電子記録債権・債務については手形債権・債務と同様「営業外電子記録債権」「営業外電子記録債務」等として表示します(上記〔前提条件③〕(1)②・③、(2)②・③の仕訳参照)。 なお、重要性が乏しいときには、「営業外受取手形」「営業外支払手形」や「その他の資産」「その他の負債」に含めて表示することができます。 (了)
企業結合会計を学ぶ 【第27回】 「①親会社が子会社に会社分割により事業を移転する場合の会計処理と ②親会社が子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、共通支配下の取引等の会計処理のうち、次の2つを解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 親会社が子会社に会社分割により事業を移転する場合の会計処理(会社分割の対価が子会社株式と現金等の財産の場合) 1 個別財務諸表上の会計処理 親会社が子会社に事業を移転し、受取対価に子会社株式のほか、現金等の財産(結合分離適用指針95項)が含まれている場合、個別財務諸表上、次のように会計処理する(結合分離適用指針230項、231項)。 ◎親会社(吸収分割会社) 【移転事業に係る株主資本相当額がプラスの場合】 受け取った現金等の財産の適正な帳簿価額が移転事業に係る株主資本相当額より小さい場合には、当該差額を子会社株式の取得原価とする。 受け取った現金等の財産の適正な帳簿価額が移転事業に係る株主資本相当額より大きい場合には、当該差額を移転利益に計上する。 (※) 移転事業に係る株主資本相当額については、結合分離適用指針87項(1)①を参照。 【移転事業に係る株主資本相当額がマイナスの場合】 現金等の財産の適正な帳簿価額と等しい金額については移転利益に計上し、マイナスとなる移転事業に係る株主資本相当額については、まず、事業分離前から保有している子会社株式の適正な帳簿価額を充て、これを超えることとなったマイナスの金額を「組織再編により生じた株式の特別勘定」等、適切な科目をもって負債に計上する。 ◎子会社(吸収分割承継会社)(親会社が子会社に事業を移転し、子会社が、支払対価として、自社の株式のほかに現金等の財産を交付) 【資産及び負債の会計処理】 子会社が親会社から受け入れる資産及び負債は、企業結合会計基準41項により、移転直前に付された適正な帳簿価額により計上する。 【増加すべき株主資本の会計処理】 移転事業に係る評価・換算差額等(結合分離適用指針87項(1)②)は、親会社の移転直前の適正な帳簿価額を引き継いだうえで、次のように会計処理する。 《移転事業に係る株主資本相当額が交付した現金等の財産の適正な帳簿価額より大きい場合》 当該差額を払込資本の増加として処理する。 増加すべき払込資本の内訳項目(資本金、資本準備金又はその他資本剰余金)は、会社法の規定に基づき決定する。 《移転事業に係る株主資本相当額が交付した現金等の財産の適正な帳簿価額より小さい場合》 払込資本をゼロとし、当該差額をのれんに計上する。 移転事業に係る株主資本相当額がマイナスとなる場合には、払込資本をゼロとし、当該マイナス金額をその他利益剰余金のマイナスとして処理する。 交付した現金等の財産の適正な帳簿価額と等しい金額をのれんに計上する。 のれんは、結合分離適用指針72項及び76項から78項並びに資本連結実務指針40項に準じて会計処理する(結合分離適用指針448項)。 【企業結合(会社分割)に要した支出額の会計処理】 企業結合(会社分割)に要した支出額は、発生時の事業年度の費用として会計処理する。 2 連結財務諸表上の会計処理 個別財務諸表上認識された移転利益は、連結会計基準における未実現損益の消去に準じて処理する。 子会社に係る分離元企業の持分の増加額と、移転した事業に係る分離元企業の持分の減少額との間に生じる差額は、結合分離適用指針229項に準じ、資本剰余金に計上する(結合分離適用指針232項)。 Ⅲ 親会社が子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の会計処理 1 個別財務諸表上の会計処理 親会社が子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合、個別財務諸表上、次のように会計処理する(結合分離適用指針233項、224項、446項)。 ◎親会社(吸収分割会社) 事業分離等会計基準63項により、分割型の会社分割は、会社分割と、これにより受け取った吸収分割承継会社の株式の分配という2つの取引と考えられている。このため、次のように会計処理する。 【会社分割の会計処理】 吸収分割会社である親会社は、最初に結合分離適用指針226項に準じた会計処理を行う。 【現物配当の会計処理(株主に比例的に割当を行う場合)】 上記の処理の次に親会社は、受け取った子会社株式(吸収分割承継会社の株式)の取得原価により株主資本を変動させる。 変動させる株主資本の内訳は、取締役会等の会社の意思決定機関において定められた額とする(「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第2号)10項、結合分離適用指針446項)。 ◎子会社(吸収分割承継会社) 【資産及び負債の会計処理】 子会社が親会社から受け入れる資産及び負債は、企業結合会計基準41項により、分割期日の前日に付された適正な帳簿価額により計上する。 【増加すべき株主資本の会計処理】 子会社における増加すべき株主資本は、親会社が子会社に会社分割により事業を移転する場合の会計処理(会社分割の対価が子会社株式のみの場合)における子会社の会計処理に準じて会計処理する(結合分離適用指針227 項、228項、445項)。 ただし、受け入れた資産及び負債の対価として子会社の株式のみを交付している場合には、親会社で計上されていた株主資本の内訳を適切に配分した額をもって計上することができる(結合分離適用指針446項。この場合、株主資本の内訳の配分額は、親会社が減少させた株主資本の内訳の額と一致させる(結合分離適用指針409項))。 【企業結合(会社分割)に要した支出額の会計処理】 企業結合(会社分割)に要した支出額は、発生時の事業年度の費用として会計処理する。 2 連結財務諸表上の会計処理 子会社が親会社から受け入れた事業の対価として親会社の株主に子会社株式を交付したことにより減少する親会社持分の金額は、連結財務諸表上の帳簿価額により非支配株主持分に振り替える(結合分離適用指針235項)。 (了)