企業結合会計を学ぶ 【第28回】 「①親会社が子会社を株式交換完全子会社とする場合の会計処理と ②親会社と子会社が株式移転設立完全親会社を設立する場合の会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、共通支配下の取引等の会計処理のうち、次の2つを解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 親会社が子会社を株式交換完全子会社とする場合の会計処理 1 個別財務諸表上の会計処理 親会社が子会社を株式交換完全子会社とする場合、親会社の個別財務諸表上、次のように会計処理する(結合分離適用指針236項)。 下記のほか、親会社(株式交換完全親会社)が新株予約権付社債を承継する場合等の取扱いなども規定されている(結合分離適用指針236-2項~236-5項)。 なお、株式交換完全子会社では、株主が入れ替わるだけなので、通常、特段の会計処理は要しない(結合分離適用指針236-3項、238-3項)。 ◎親会社(株式交換完全親会社) 【株式交換完全子会社株式の取得原価】 親会社が追加取得する株式交換完全子会社株式の取得原価は、企業結合会計基準 (注11)により、取得の対価(非支配株主に交付した株式交換完全親会社株式の時価)に付随費用を加算して算定する。 付随費用の取扱いについては、金融商品会計実務指針に従う。 【株式交換完全親会社の増加すべき株主資本の会計処理】 株式交換により増加する株式交換完全親会社の資本は、払込資本(資本金又は資本剰余金)として処理する。 増加すべき払込資本の内訳項目(資本金、資本準備金又はその他資本剰余金)は、会社法の規定に基づき決定する。 2 連結財務諸表上の会計処理 子会社株式の追加取得の会計処理(投資と資本の消去)について、追加取得した子会社株式の取得原価と追加取得により増加する親会社の持分(追加取得持分)又は減少する非支配株主持分の金額との差額は資本剰余金に計上する(結合分離適用指針237項)。 Ⅲ 親会社と子会社が株式移転設立完全親会社を設立する場合の会計処理 1 個別財務諸表上の会計処理 親会社と子会社が株式移転設立完全親会社を設立する場合、個別財務諸表上、次のように会計処理する(結合分離適用指針239項、239-4項)。 下記のほか、親会社(株式移転設立完全親会社)が新株予約権付社債を承継する場合等の取扱いも規定されている(結合分離適用指針239-2項、239-3項)。 ◎親会社(株式移転設立完全親会社) 【株式移転完全子会社株式の取得原価】 株式移転設立完全親会社が受け入れた株式移転完全子会社の株式(旧親会社の株式と旧子会社の株式)の取得原価は、それぞれ次のように算定する。 《株式移転完全子会社株式(旧親会社の株式)》 原則として、株式移転完全子会社株式(旧親会社の株式)の取得原価は、株式移転完全子会社(旧親会社)の株式移転日の前日における適正な帳簿価額による株主資本の額に基づいて算定する(簡便的な取扱いあり)。 《株式移転完全子会社株式(旧子会社の株式)》 株式移転完全子会社株式(旧子会社の株式)の取得原価は、株式移転完全子会社(旧子会社)の株式移転日の前日における持分比率に基づいて、旧親会社持分相当額と非支配株主持分相当額に区分し、次の合計額として算定する。 ① 旧親会社持分相当額については、株式移転完全子会社(旧子会社)の株式移転日の前日における適正な帳簿価額による株主資本の額に基づいて算定する。 ② 非支配株主持分相当額については、企業結合会計基準45項により、取得の対価(旧子会社の非支配株主に交付した株式移転設立完全親会社の株式の時価相当額)に付随費用を加算して算定する。 付随費用の取扱いは金融商品会計実務指針に従う。 株式移転設立完全親会社の株式の時価相当額は、株式移転完全子会社(旧子会社)の株主が株式移転設立完全親会社に対する実際の議決権比率と同じ比率を保有するのに必要な株式移転完全子会社(旧親会社)の株式の数を、株式移転完全子会社(旧親会社)が交付したものとみなして算定する。 【株式移転設立完全親会社の増加すべき株主資本の会計処理】 株式移転設立完全親会社の増加すべき株主資本は、払込資本(資本金又は資本剰余金)として処理する。 増加すべき払込資本の内訳項目(資本金、資本準備金又はその他資本剰余金)は、会社法の規定に基づき決定する。 ◎子会社(旧親会社である株式移転完全子会社) 株式移転に際して、株式移転完全子会社(旧親会社)が、株式移転完全子会社(旧子会社)の株式と引き換えに受け入れた株式移転設立完全親会社株式の取得原価は、株式移転完全子会社(旧子会社)株式の株式移転直前の適正な帳簿価額により計上する。 2 連結財務諸表上の会計処理 次のように会計処理する(結合分離適用指針240項)。 (1) 投資と資本の消去 【株式移転完全子会社(旧親会社)への投資】 株式移転完全子会社(旧親会社)の株式の取得原価と株式移転完全子会社(旧親会社)の株主資本を相殺する。 【株式移転完全子会社(旧子会社)への投資】 企業結合会計基準46 項により、株式移転完全子会社(旧子会社)の株式の取得原価と株式移転完全子会社(旧子会社)の株主資本を相殺し、消去差額は資本剰余金に計上する。 追加取得持分は、企業結合会計基準46 項並びに連結会計基準28項及び同(注8)に従って算定する。 (2) 連結上の自己株式への振替 株式移転完全子会社(旧親会社)が株式移転完全子会社(旧子会社)の株式との交換により受け入れた株式移転設立完全親会社株式は、連結財務諸表上、自己株式に振り替える。 (3) 株主資本項目の調整 株式移転設立完全親会社の株主資本の額は、株式移転直前の連結財務諸表上の株主資本項目に非支配株主との取引により増加した払込資本の額を加算する。 (4) 取得関連費用 取得関連費用は費用として処理する。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例40】 日本郵政株式会社 「特別調査委員会の設置について」 (2019.7.24) 事業創造大学院大学准教授/公認会計士 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、日本郵政株式会社(以下、「日本郵政」という)が2019年7月24日に開示した「特別調査委員会の設置について」である。 子会社である株式会社かんぽ生命保険(以下、「かんぽ生命」という)と日本郵便株式会社における不適切な保険販売(以下、「かんぽ不正」という)について、「事案の徹底解明と原因究明を中立・公正な外部専門家に委ねるため」、利害関係を有しない弁護士3名で構成される特別調査委員会を設置したというのだが、日本郵政のこれまでの情報開示に対する姿勢などを見ていると、信じていいのか悩ましくなってしまうのである。 2 インサイダー情報が漏れまくり 日本郵政による開示を見ていて気になるのが、インサイダー情報の漏洩である。頻繁に、開示が行われる前に漏れるのだ。 例えば、2018年12月13日、同社は、次のように記載した「本日の一部報道について」を開示したのだが、その6日後の12月19日に「日本郵政株式会社とアフラック・インコーポレーテッド及びアフラック生命保険株式会社による『資本関係に基づく戦略提携』について」を開示することとなった。 また、その前年の2017年4月20日にも、次のように記載した「本日の一部報道について」を開示し、その5日後の4月25日に「減損損失の計上、平成29年3月期通期連結業績予想の修正及び子会社単体業績に係る関係会社株式評価損の発生に関するお知らせ」を開示している。 3 「一部報道について」だけということも 以上は、「一部報道について」が開示された後、報道された事実に関する開示が行われた事例だが、「一部報道について」だけ開示されて終わりということもあった。日本郵政は、2017年5月12日、次のように記載した「本日の一部報道について」を開示したのだが、国内の不動産会社買収に関する開示は、結局行わなかった。 その後、6月19日に、次のように記載した「先週の一部報道について」を開示し、情報漏洩により世間を騒がせただけでおしまいという結末に至ったのである。 おそらく同社の経営陣の中に、インサイダー情報漏洩の意味を理解しておらず、マスコミにぺらぺらと話してしまう方がおられるのだろう。上場会社の経営者として失格であることは、言うまでもない。 4 インサイダー取引では? 「一部報道について」すら開示しないこともあった。かんぽ不正については、2018年4月24日、既にNHKの「クローズアップ現代+」で取り上げられていたのだが、マスコミの報道によると(2019年10月1日付日本経済新聞朝刊など)、これについて日本郵政はNHKに対して抗議したとのことである。 このとき、上場会社である日本郵政が行うべきことは、何だったのだろうか。NHKに対する抗議などではなく、投資家に対する開示のはずである。まず番組のことに関して開示した後、詳細を調査した上で、それに関して開示すべきであったはずである。 その後、日本郵政は、さらに信じられない行為に及んでいる。今年に入り、かんぽ不正に関する開示を行わないまま、かんぽ生命の株式を売却したのだ(2019年4月4日に「連結子会社の普通株式の一部売却に関するお知らせ」を開示)。これは、どう見てもインサイダー取引である。 同社は、「かんぽ不正については知っていたが、重大なことであるとは思っていなかった」と反論するのだろうか。そんな反論が通用するのだろうか。インサイダー情報を知りながら、株式の取引を行えば、インサイダー情報であるか否かについての認識の有無にかかわらず、それはインサイダー取引である。 5 形だけ? 日本郵政の役員には、錚々たるご経歴の方々が名を連ねている。コーポレートガバナンス・コードの原則4-11を遵守してのことなのだろうか、外国人と女性も含まれている(ちなみに、女性は、本連載の【事例28】に登場した広野(藤井)道子氏)。機関設計は指名委員会等設置会社である。 一見すると、企業統治優等生のようだが、実態は上述のとおりである。上場会社とはいうものの、いまだに財務大臣が63.29%の株式を保有しており(第14期有価証券報告書)、意識はまだ国営企業なのである。財務大臣以外の株主や投資家のことなど、どうでもいいのだろう。 今回取り上げた開示の最後には、「4.今後の予定」として次のように記載されている(下線は筆者による)。「関係者の皆さま」に投資家は含まれているのだろうか。筆者だけかもしれないが、投資家に対する開示における下線部の表現にどうしても違和感を持ってしまうのである。 インサイダー取引も不問に付されるのだろうか。政府としては、保有する同社株式の価値がこれ以上下落するのは、困るだろうから。 (了)
《速報解説》 円滑運用を目的として「経営者保証に関するガイドラインのQ&A」が改定される ~事業承継時に焦点を当てたガイドラインの特則に係るWG設置も公表~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和元年(2019年)10月15日、経営者保証に関するガイドライン研究会(事務局:日本商工会議所・一般社団法人全国銀行協会)は、「経営者保証に関するガイドラインのQ&Aの一部改定について」を公表した。 これは、「経営者保証に関するガイドライン」の趣旨の一層の明確化を図ることにより、ガイドラインの円滑な運用を図る観点から、「経営者保証に関するガイドライン」Q&Aの一部を改定するものである。 また、同日、「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則に係るワーキンググループの設置について」も公表し、年内を目途に「経営者保証に関するガイドライン」の特則の策定を予定している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 Q&Aの一部改定 主な改定内容は次のとおりである。 2 「経営者保証に関するガイドライン」の特則 円滑な事業承継への対応が喫緊の課題となる中、その阻害要因となり得る事業承継時の経営者保証の取扱いを明確化するため、事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則の策定に向けて検討を行うものである。 次の内容を検討している。 (了)
2019年10月17日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.340を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第72回】 「OECDが電子経済への課税について「統合的アプローチ」を提案」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 〇今回公表された「統合的アプローチ」の位置づけ 10月9日、OECDから、経済の電子化に伴う課税上の課題に対する「統合的アプローチ(a possible unified approach)」に関するパブリック・コンサルテーション・ドキュメント(以下、「文書」という)が公表された。 今回の文書では、本年6月にG20会合で承認された「作業計画」の中の第1の課題(Pillar One)で取り上げられた、課税権の配分の見直し(new profit allocation rules)と、課税権の根拠(nexus)となるものの見直しについて記されている。 先の「作業計画」では、市場国・地域により多くの課税権を配分すべきであるという認識に立ち、その配分方法についての3つの案(①修正残余利益分割法(modified residual profit split method)、②定式配分法(fractional apportionment method)、③distribution-based approach)及び、それぞれの案についての技術的な検討を進めるべき課題を提示していたが、今回の文書では、これら3つの考え方の共通点を基に「統合的アプローチ」を提示し、来年1月までの合意に基づく解決策の策定に向け、さらに関係者の意見を聞きつつ、検討を進めることとしている。 なお、多国籍企業がデジタル経済に関係するか否かにかかわらず、最低限の税を納める制度の構築を目指す「作業計画」の第2の課題(Pillar Two)については、別途、パブリック・コンサルテーション・ドキュメントが後日公表される見込みである。 〇対象となるビジネス(スコープ) 今回の文書で提示された「統合的アプローチ」の対象(scope)は、大きな消費者向けビジネス(large consumer facing businesses)とされている。例えば、消費者向け商品や消費者向け要素を含むデジタルサービスの提供により収益を上げているビジネス、である。こうしたことから、一部の産業(例えば、採掘産業・コモディティ・金融業)は対象外とすることも提案されている。 ただし、消費者向けビジネスをいかに定義するか、仲介者やフランチャイズ契約によって供給されている消費者向け商品や販売をどう取り扱うのか、その他に対象外とすべき産業があるか、など今後の検討課題が列挙されている。また、一定規模以上(例えば、全世界売上高が7億5,000万ユーロ以上(国別報告と同様))の企業に対象を絞るかについても検討することとされている。 〇対象ビジネスに係る新たなネクサス 課税権の配分の前提として課税権の根拠となるもの(nexus)の存在が不可欠であるが、デジタル経済においては、課税権の根拠となる伝統的なPE(物理的な拠点)が必ずしも市場国・地域に存在するとは限らない。 今回の文書では、物理的拠点の有無にかかわらず、市場国の経済へ継続して大きく関与していること(sustained and significant involvement)を示す指標によりネクサスを認定することとしている。最もシンプルな方法としては、市場国における売上高(市場国の経済規模等も考慮)を主要な指標とすることである。ただし、オンライン広告のように、無料サービスのユーザーと広告の売上地とが一致しないビジネスがあるということも考慮する必要があることが指摘されている。 今回提示された新なネクサス・ルールは、現行の国際課税原則への予期しない影響を抑えるべく、現行の国際課税原則とは独立したルールとすることとされている。また、この新ルールはビジネスモデルの違いにかかわらず中立的に適用され、遠隔地からの販売(remote selling to consumers)のみならず、現地の(関連者か非関連者かにかかわらず)販社(distributor)による販売においても新たなネクサスを創出することになるとされている。 〇新たな利益配分ルール 新たなネクサス・ルールに基づき、物理的拠点のない市場国に課税権を配分することとなった場合、市場国内にある機能・資産・リスクを基準に利益を配分する現行の算定ルール(OECDモデル租税条約7条(事業所得)、9条(特殊関連企業))は用いることができない。市場国には、機能・資産・リスクのいずれもないからである。 したがって、新たな利益配分ルールを提示する必要があるが、一方で、現行の移転価格ルールが大半の通常利益に相当する取引に対しては適切に運用されていることに鑑み、市場国又はユーザー所在国に利益を配分し、簡素かつ二重課税を発生させず、税の安定性を向上させるため、新たな利益配分ルールとして次の3つのルール(Amount A・B・C)が提示されている。 (1) Amount A 多国籍企業グループが新たなネクサス・ルールの対象となる場合、まず、その市場国における物理的拠点の有無にかかわらず、このルール(Amount A)に基づく利益配分が行われることとなる。基本的な考え方は、市場国に対象となる多国籍企業グループの「みなし残余利益(deemed residual return)」の一部について課税権を付与するということである。 具体的には、第1に多国籍グループの利益を画定する。第2に、多国籍企業グループの利益水準(例えば、売上高利益率(profit margin))のうち、「みなし通常利益(deemed routine return)」の水準を超える部分を配分の対象とする。すなわち、この金額が多国籍企業グループの「みなし残余利益(deemed residual return)」ということとなる。第3に、この超える部分に一定率を乗じて、営業上の無形資産(trade intangibles)由来でない部分の金額を抽出する。最後に、この抽出された金額を市場国ごとに、例えば各国における売上高を指標として配分する。 今回の提案については、企業の負担や執行面を考慮し、一定の率をベースにした割り切りが特徴となっているが、みなし通常利益の水準や、みなし通常利益を超える部分に占めるみなし残余利益の割合については、現段階では明らかにされていない。また、そもそも利益率を算定するにあたり、何に対する利益率なのか、利益計算に用いるのは連結財務諸表上の数値なのか、連結財務諸表を作成するに際して適用すべき会計基準はIFRSなのか究極の親会社の立地する国で適用される会計基準でもいいのか、グループ全体で利益率を判定するのかビジネスラインごとに判定するのか、といった技術的な課題は多い。また、Amount Aは物理的拠点のない非居住者に納税義務が生じうることから、徴収をどのようにするのかという課題も残されている。 (2) Amount B 物理的拠点のない場合には、Amount Aで課税関係は終了する一方、物理的拠点がある場合には、みなし通常利益の水準以下の場合であっても、Amount Bの吟味が必要となる。 市場国における物理的拠点をもった事業活動(販売等)に対しては、市場国は引き続き現行のルールで課税できるが、特に販売機能に関する課税を巡り紛争が頻発していることから、「想定される基礎的な経済活動(an assumed baseline activity)」、言い換えれば通常のマーケティング活動及び販売活動、を踏まえ、一定額(fixed remunerations)を最低保証として市場国に配分することが提案されている。「基礎的な経済活動」の定義や一定額の算定方法(例えば、全業種一律、業種・地域別の一定率等)については、今後の検討課題とされている。 (3) Amount C 市場国における物理的拠点が行うマーケティング活動及び販売活動が、Amount Bの「基礎的な経済活動」以上の機能を果たしている場合や、当該物理的拠点がマーケティング活動及び販売活動以外の活動を行っている場合には、その超える機能に関する追加的な利益に対しては、現行の移転価格ルールにのっとり、当該市場国が課税権を行使できる。ただし、この追加的な利益がAmount Aと重複する可能性は否定できず、二重課税の排除の仕組みは検討課題である。 (了)
〈検証〉 TPR事件 東京地裁判決 【第1回】 公認会計士・税理士 佐藤 信祐 1 本事件の概要 TPR事件とは、平成22年3月1日に行われた適格合併による繰越欠損金の引継ぎに対して、包括的租税回避防止規定が適用された事件である。本事件では、平成24年7月27日付けで、平成22年3月期の確定申告について更正処分を受けていたにもかかわらず、平成27年6月26日付でもう一度更正処分を受けているが、このように同じ事業年度の確定申告について2回も税務調査を受けることは稀である。 さらに、本件適格合併を行う前に、東京国税局に対して、平成14年3月から特定資本関係(現行法では「支配関係」に名称変更)が継続しているという認識で問題がないかという問い合わせをしている。その際に、包括的租税回避防止規定(法法132の2)についての回答は得られるはずはないが、その時の東京国税局の対応からして、「おそらく租税回避だとは認識していないだろう」という心証を得ていたことは推察される。 このような事情があったとしても、包括的租税回避防止規定に対するリスクが軽減されるわけでもないということで、かなり実務上は慎重に対応しなければならないことがわかる。 さらに、平成22年3月1日に行われた適格合併による繰越欠損金の引継ぎについての事件であることから、TPR事件で争われているのが、平成22年改正前法人税法に係る事件であるという点にご留意されたい。本稿でも問題視しているが、東京地裁の判旨は、平成22年度税制改正と整合しない。そうなると、現行法に当てはめたときに、TPR事件の射程がどこまで及ぶのかという点が問題になってくる。 TPR事件の特徴としては、適格合併を行う前に、被合併法人で行っていた事業を新会社に移転したという点が挙げられる。具体的には、被合併法人と商号、目的及び役員構成が同一の新会社を設立し、合併の効力発生日に、被合併法人の従業員全員が当該新会社に転籍している。さらに、合併の効力発生日に、新会社に対して、被合併法人が営んでいた事業に係る棚卸資産等を譲渡するとともに、未払費用等の負債を承継させている。このように、被合併法人が営んでいた事業、従業員が新会社に移転し、合併法人には移転していないことから、本件合併が繰越欠損金を引き継ぐための行為であり、事業目的が十分に認められないようにも思える。 しかしながら、被合併法人から合併法人に対して、被合併法人が営んでいた事業に係る工場の建物及び製造設備を引き継がせ、合併法人から新会社に賃貸している。そのため、本件組織再編が行われる前の被合併法人の貸借対照表と本件組織再編が行われた後の新会社の貸借対照表は全く別物になっていることから、事業目的が十分に認められるようにも思える。 これに対し、賃貸借の対象となった建物及び製造設備に係る減価償却費等に相当する賃料を新会社から合併法人に対して支払っているため、一見、本件組織再編に伴って新会社の損益計算書は改善されていないようにも見える。そのため、東京地裁は、新会社の損益構造の改善は、仕入価格の変更によるものであり、合併によらずとも達成可能であったとして、納税者の主張を認めなかった。 このように、東京地裁の判断は、納税者にとって厳しいものとなっており、事業目的を主張するにしても、丁寧な事実関係の積み重ねが必要になることがわかる。さらに言えば、本事件における東京地裁の判断を決定づけたのは、「裁判官の心証」と言っても過言ではない。 子会社の経営改善のための組織再編ではなく、適格合併による繰越欠損金の引継ぎを享受するための組織再編であるかのような印象を持たれるような会議資料が作成された結果、明らかに事業目的が存在する組織再編について、「税負担の減少が主目的である」と判示されずに、「法人税の負担を減少させること以外に本件合併を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事情があったとは認められない」と判示されてしまっている時点で、税務調査の段階において、事業目的が十分に認められる証拠資料をきちんと整備しておけば、異なる結論になっていた可能性はあったと言える。 2 本当に事業目的がないと言えるのか そもそも当初案では、TPRの一部門として、原材料の調達を行う部門を新設し、新会社は人員のみを抱えた賃加工会社の形態となり、TPRから設備を貸与され、材料も支給されることとなって、原則として、利益も赤字も出ない会社になることを予定していた。このような手法は一般的であり、新会社が人員のみを抱えた賃加工会社になるのは、TPRと新会社の賃金体系が異なるからに過ぎない。 国側の主張においても、当初案については、税負担の減少目的が主目的であったと主張しながらも、旧子会社の損益を改善させるという事業目的が存在していたことは認めていることから、当初案の通りであれば、包括的租税回避防止規定が適用されなかった可能性も十分に考えられる。 その後、新会社に責任を持たせるために、減価償却費等を新会社に請求させるとともに、当該減価償却費等を加味した原価を考慮したうえで、新会社からTPRが仕入れる製品の仕入価格を見直したのである。つまり、減価償却費等を新会社に請求しながらも、仕入価格に反映させることにより、最終的に、TPRが負担した形になっている。 このような仕入価格の変更は、形式的には、新会社にコスト意識を持たせるという効果が期待されるが、実質的には、TPRがコストを負担する形になるということで、当初案通り、新会社が利益も赤字も出ない賃加工会社になるのと何ら変わらない。すなわち、一連の組織再編により、被合併法人が営んでいた事業に係るリスクとリターンのすべてが合併法人に移転されており、このような実態の変化は、合併により合併法人が建物及び製造設備を引き継がないと不可能であり、仕入価格の変更のみでこのような効果を実現させたいとクライアントから相談された場合には、ほとんどの税理士が「仕入価格が時価と異なるということで、寄附金として認定されるリスクがある」と回答するであろう。 さらに言えば、東京地裁も、受注減少に伴う赤字リスクがTPRに帰属するようになったことは認めたうえで、赤字リスクがTPRに帰属したのは、仕入価格の変更によるものであり、合併によるものではないと認定しているのである。 このように、本事件は、租税回避であると認定されるべきものとはとても思えないし、「法人税の負担を減少させること以外に本件合併を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事情があったとは認められない」というのは明らかに言い過ぎである。 結局のところ、TPR事件を参考に、租税回避として認定されないようにするためには、事業目的が主目的であるという心証をどのように与えるのかという点に尽きる。 もちろん、会議に提出される資料に税務上の効果が書かれないというのは、税務を検討せずに組織再編を行ったということで取締役の責任が問われるため、税負担減少の意図がないと主張するのは不可能である。そうだとしても、事業目的が主目的であるという会議資料を作ることは容易であるし、事業目的が主目的であるという外観を作ることも容易である。そう考えると、税務調査に耐えうる証拠書類をどのように整備していくのかという点が、租税回避として認定されないために重要であるということが言える。 このように、本事件では、包括的租税回避防止規定を適用しなければならないほど、制度趣旨に反することが明らかな取引であったかどうかという点も問題であるが、それ以前に、東京地裁が示した制度趣旨にも疑問がある。 次回では、東京地裁が示した制度趣旨について解説を行う。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第9回】 「適格合併を行った場合の合併法人の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、適格合併を行った場合の合併法人の取扱いについて解説します。 1 適格合併を行った場合の資産・負債の受入れ(原則) 被合併法人が適格合併により、合併法人にその有する資産・負債の移転をしたときは、最後事業年度終了時の帳簿価額による引継ぎをしたものとされるため、合併法人が受け入れる資産・負債の取得価額は、被合併法人における最後事業年度終了時の「帳簿価額」となります(法法62の2、法令123の3)。 「帳簿価額」とは、税務上の帳簿価額をいうため、税務上否認した金額も含めて受け入れることとなります(法基通12の2-1-1)。 2 適格合併により受け入れた「棚卸資産」の取扱い 棚卸資産の取得価額は、次の金額の合計額となります(法令28③)。 3 適格合併により受け入れた「減価償却資産」の取扱い (1) 受入価額 税務上の帳簿価額で引き継ぐこととなるため、税務上否認した金額(償却超過額)を含めた帳簿価額で引き継ぎます。 (2) 償却限度額の計算の基礎となる取得価額 受け入れる価額とは別に、償却限度額の計算の基礎となる取得価額は、次の金額の合計額となります(法令54①五イ)。 (3) みなし損金経理 被合併法人から引き継ぐ償却超過額は、合併法人において、過年度に償却費として損金経理した金額として取り扱われます。 被合併法人の帳簿価額を減額して受け入れたときも、その減額部分は合併法人の過年度の損金経理額とみなすこととされています(法法31④⑤)。 (4) 耐用年数 耐用年数は、中古資産の耐用年数の規定を適用することができますが(耐令3①)、被合併法人が中古資産の見積り耐用年数によって計算していたときは、その耐用年数によることもできます(耐令3②)。 4 適格合併により受け入れた「繰延資産・一括償却資産」の取扱い (1) 取得価額 減価償却資産と同様に、税務上の帳簿価額で引き継ぐこととなるため、税務上否認した金額(償却超過額)を含めた帳簿価額で引き継ぎます。 (2) みなし損金経理 被合併法人から引き継ぐ償却超過額は、合併法人において、過年度に償却費として損金経理した金額として取り扱われます(法法32④⑥、法令133の2⑨)。 被合併法人の帳簿価額を減額して受け入れたときも、その減額部分は合併法人の過年度の損金経理額とみなすこととされています(法法32⑦、法令133の2⑩)。 5 適格合併により受け入れた「貸倒引当金」の取扱い 適格合併により合併法人が貸倒引当金を被合併法人から受け入れた場合は、合併法人の合併事業年度所得金額の計算上、益金の額に算入することとなります(法法52⑪)。 なお、合併法人の一括評価金銭債権の繰入限度額の計算上の貸倒実績率は、被合併法人の実績を含めて計算することとなります(法令96⑥)。 6 所有期間の通算 受取配当等の益金不算入における関連法人株式等の判定、外国子会社配当益金不算入における外国子会社の判定、所得税額控除の際の配当元本の所有期間の計算において、被合併法人が所有していた期間は合併法人で所有していたものとみなされます。 7 適格合併により増加する「資本金等の額」 合併法人において合併により増加する資本金等の額は次のとおりです(法令8①五)。 (※) 「抱合株式」とは、合併法人が合併前から保有している被合併法人株式のことをいいます。 8 適格合併により増加する「利益積立金額」 合併法人において、合併により増加する利益積立金額は、次のとおりです(法令9①二)。 * * * 適格合併により増加する資本金等の額、利益積立金額の算式を図にすると、下記のようになります。 9 具体例 【具体例①】 〔前提〕 〔合併法人の受入税務仕訳〕 【具体例②】(抱合株式がある場合) 合併法人が下図のように被合併法人株式(抱合株式)を保有している場合の税務仕訳について解説します。 〔前提〕 〔合併法人の受入税務仕訳〕 ◆適格合併を行った場合の合併法人の取扱いのポイント◆ 適格合併があった場合には、原則として資産・負債は、税務上の帳簿価額で受け入れることとなります。 適格合併があった場合には、被合併法人の資本金等の額、利益積立金額は、合併法人に引き継がれます。 抱合株式がある場合には、抱合株式の合併直前の帳簿価額に相当する金額を資本金等の額から減算することとされています。 (参考) 平成22年度税制改正前は、適格合併が行われた場合には、被合併法人の最後事業年度終了時の利益積立金額が合併法人に引き継がれ、差額を合併法人の資本金等の額に加算すると規定されていましたが、平成22年度税制改正により、計算順序が逆になり、被合併法人の最後事業年度終了時の資本金等の額が合併法人に引き継がれ、差額を合併法人の利益積立金額に加算するという規定に変更されました。 (了)
相続税の実務問答 【第40回】 「被相続人の父名義の未分割財産がある場合」 税理士 梶野 研二 [答] 甲名義の山林が甲の相続人によって分割されていないために、その取得者が決まっていないのであれば、今後、甲の相続人(既に亡くなっている相続人については、亡くなっている相続人の相続人又は包括受遺者)により遺産分割を行う必要があります。 被相続人をお母様とする相続税の申告書の提出期限までに、遺産分割によりこの山林の取得者が確定しない場合には、この山林のうちお母様の法定相続分に相当する共有持分がお母様の遺産となりますので、これを相続財産に加えて、相続税の申告をすることとなります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続財産の帰属 (1) 財産の所有者が亡くなると、その財産は、その者の法定相続人及び包括受遺者(以下、「第一次相続人」といいます)に、法定相続分又は包括遺贈の割合で帰属することとなります(特定遺贈が行われた場合には、特定遺贈の目的とされた財産は、その受遺者に帰属することとなります)。その後、第一次相続人の間で、遺産分割が行われますと、遺産分割の対象となった財産は、相続開始の時に遡って、遺産分割によりその財産を取得することとなった者に帰属することとなります。 (2) 第一次相続人の間で遺産分割が行われる前に、第一次相続人のうちの1人が亡くなると、第一次相続に係る未分割財産のうちその亡くなった第一次相続人の法定相続分又は包括遺贈の割合に相当する共有持分が、その亡くなった第一次相続人の相続人(包括遺贈がされた場合には、その包括受遺者を含みます。以下、「第二次相続人」といいます)に帰属することとなります。 第二次相続人は、第一次相続の未分割財産に係る遺産分割の手続きに加わることとなります。第二次相続人は、第一次相続に係る遺産分割の手続きの結果、未分割財産の全部又は一部を取得することもありますし、全く取得しないこともあります。 2 被相続人に帰属する未分割財産に係る法定相続分相当の財産に対する相続税の課税 第二次相続に係る相続税の申告書を提出する際に、第一次相続に係る遺産の全部又は一部の分割がされていない場合には、この分割されていない遺産のうち第一次相続人であった第二次相続に係る被相続人の法定相続分又は包括遺贈の割合に相当する共有持分を第二次相続人が取得することとなりますので、この共有持分の価額を第二次相続に係る相続税の課税価格に含めて、相続税の計算をします。 第二次相続人が2名以上いる場合には、第二次相続に係る被相続人に帰属していた法定相続分又は包括遺贈の割合に相当する共有持分については、第二次相続人間で遺産分割を行うことにより、その共有持分を取得する者が決まりますので、その取得が確定した第二次相続人の相続税の課税価格の計算上、その共有持分の価額を加えることとなります。 しかしながら、第二次相続に係る相続人間で遺産分割が行われていない場合には、第二次相続に係る被相続人の法定相続分又は包括遺贈の割合に相当する共有持分を、第二次相続人が第二次相続に係る法定相続分又は包括遺贈の割合で取得したものとして、相続税の課税価格を計算することとなります。 3 ご質問の場合 あなたの祖父甲様の遺産である山林についてこれまで遺産分割がされていないとすれば、祖父甲様の相続人全員の共有状態にあり、お母様はこの山林について法定相続分相当の権利を有していたこととなります。 したがって、被相続人をお母様とする相続税の申告においては、この山林のうちお母様の法定相続分に相当する共有持分の価額を相続税の課税価格に含めて相続税の計算をしなければなりません(この山林のほかにも、祖父甲の財産のうち未分割のものがあるとすれば、その未分割財産の法定相続分相当部分もお母様の財産となります)。 なお、お母様の相続人はあなたと妹さんの2名とのことですが、お母様に帰属していたこの山林の法定相続分相当の共有持分について、妹さんとの間で遺産分割を行うことにより、取得者を決めることができます。その場合には、その取得者がお母様に帰属していたこの山林の法定相続分相当の共有持分の価額を相続税の課税価格に含めることとなります。 しかし、相続税の申告書の提出期限までに遺産分割が調わない場合には、お母様に帰属していたこの山林の法定相続分相当の共有持分は、あなたと妹さんがそれぞれ2分の1ずつ取得したものとして相続税の課税価格を計算することとなります。 ところで、お母様の御兄弟は5人とのことですが、お兄様はじめ亡くなられた方もおられ、代替わりが進んでいます。お尋ねの未分割状態の山林について、このまま遺産分割及び相続登記を行うことなく未分割の状態のまま放置しておきますと、当事者の数が増え、しかも相互に疎遠な関係の者が増えてくることから、さらに遺産分割及び相続登記を行うことが難しくなっていきます。この機会に丙様らと協力して、分割及び相続登記の手続きを行っておくべきでしょう。 (了)
相続空き家の特例 [一問一答] 【第34回】 「家屋の取壊し前の売買契約日を収入時期として申告した場合」 -家屋の取壊し時期と譲渡所得の収入すべき時期との関係- (令和5年(2023年)12月31日以前の譲渡) 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、昨年2月に死亡した父親の家屋(昭和56年5月31日以前に建築)とその敷地を相続により取得した後に、買主側の希望によって敷地のみを売買対象として、家屋は売主側の責任で取り壊し、譲渡することとなりました。 売買契約を締結したのは昨年の10月で、同年の11月にその家屋を取り壊し、本年の2月にその敷地を引き渡しました。 相続の開始の直前までは父親がその家屋に一人暮らしをし、取壊し時までは空き家で、その敷地も相続の時から譲渡の時まで未利用の土地でした。 譲渡所得に係る申告に当たっては、売買契約日(契約日基準)である昨年分の収入として申告しようと考えています。 この場合、Xは「相続空き家の特例(措法35③)」の適用を受けることができるでしょうか。 A 売買契約の効力の発生の日を譲渡の日(契約日基準)として申告する場合には、その日までに被相続人居住用家屋の取壊し等が行われている必要があります。したがって、「相続空き家の特例」の適用を受けることはできません。 ●○●○解説○●○● 「相続空き家の特例」の対象となる被相続人居住用家屋の全部の取壊し若しくは除却をした後又はその全部が滅失をした後に、被相続人居住用家屋の敷地を譲渡した場合には、この特例を受けることができます(措法35③二)。 この「取壊し等をした後に譲渡した場合」に該当するためには、その譲渡の時までにその家屋が取り壊されている必要があります。 この「譲渡の時」とは、原則として、資産の引渡しがあった日(引渡日基準)によりますが、売買契約の効力発生の日を譲渡の日(契約日基準)として申告しても差し支えないこととされています(所基通36-12)。 本事例の場合は、(引渡日基準)によらず、(契約日基準)により売買契約締結日である昨年10月を「譲渡の時」として申告しているため、その譲渡の時まで家屋を取り壊していないことから、本特例の適用を受けることができません。 なお、売買契約締結日までに家屋を取り壊している場合には、売買契約の効力の発生の日を譲渡の日(契約日基準)として申告する場合であっても、その取壊し要件は具備されていることとなります。 おって、令和5年度税制改正により、令和6年(2024年)1月1日から令和9年(2027年)12月31日までの間の譲渡については、当該譲渡の時から当該譲渡の属する年の翌年2月15日までの間に、その家屋が耐震基準に適合することとなった場合、又は、全部を取壊し若しくは除却・滅失をした場合は、特例の適用が受けられるように改正されました(【第48回】を参照)。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第7回】 「社会保険料削減のための事前確定届出給与利用の是非」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ 数年前より一時、社会保険料の削減を目的に事前確定届出給与制度を利用するというスキームが横行した。その仕組みは、役員給与のうち定期同額給与部分を大幅に減額し、それに応当する事前確定届出給与額を大幅に増額させることで、社会保険料の上限設定額を上回った部分について社会保険料の削減効果を期待するというものである。 現在では厚生労働省「年管管発0918第5号 「健康保険法及び厚生年金保険法における賞与に係る報酬の取扱いについて」の一部改正について(平成27年9月18日)」により、賞与支給が通常の月給支給の穴埋めとして行われる実態があれば、月額支給分に含めて社会保険料を計算するよう示されている。上記の適用は専ら事実認定によると思われるが、外形的な支給方法の変更のみによる社会保険料削減スキームに一応の蓋がされた形であると言える。しかし、筆者の見聞するところでは、この「年管管発0918第5号」発遣後も、未だに一部の経営コンサルタント等によりこのスキームが用いられているようである。 また、定期同額給与や事前確定届出給与の設定金額によっては通常の月額給与支給として上乗せしているとは言えないような事前確定届出給与もあるため、副産物的に社会保険料削減効果を見込んで事前確定届出給与の制度を利用する場合もなくはない。 この社会保険料削減スキームは、役員の将来の年金受給額が減少する、所得税の社会保険料控除も減少するため高額所得者ほどその影響が大きい、会社のCFに大きな影響を与える、事前確定届出給与に関する届出書の提出失念による税理士の責任が相対的に高まる・・・等の問題が一般に指摘されている。 このような諸問題の中でも第一に考えるべき問題として、役員退職給与の損金算入限度額計算への影響がある。この問題は、社会保険料削減スキーム実行中に役員が退くケースにおいて問題となる。 ① 社会保険料削減スキームと役員退職給与損金算入限度額算定の関係 役員退職給与支給に係る損金算入限度額は、功績倍率法を用いて算定することが通常である。ここで、功績倍率法の計算要素の1つとして最終報酬月額があることは言うまでもない。 この「最終報酬月額」は、役員の退職月に支給した給与額を指すと考えるのが一般的と思われるが、この社会保険料削減スキームを用いた場合、以前ほど露骨ではないにせよ、定期同額給与額が少額に抑えられることが予測される。 したがって、年間報酬額を12で除した額を以て功績倍率法の最終報酬月額とすることが適正であるのかどうかが問題となる。 この問題については、以下②・③に述べる通り、見解が分かれる。 ② 退職金支給規程を根拠に年額を12で除した額を用いてもよいとする見解 この問題について、報酬月額については、その役員に対する定時株主総会から次の定時株主総会までの1年間の任期期間に係る報酬の12分の1の金額と理解することができるため、役員退職給与規程においてその旨を定めることで、功績倍率法における最終報酬月額について計算上の問題は解決されるという見解がある(※1)。 (※1) 衛藤政憲「社会保険料額の負担軽減のため役員の報酬月額を引き下げた場合の役員退職給与支給額及び弔慰金額の計算(Q&A役員退職給与課税制度の論点と実務 第10回)」国税速報6427号4頁。 この見解は、功績倍率法の月額給与は、退職した役員の会社に対する貢献を最も反映された結果であるという前提に立ち、事故等により退職するケースもあることからすれば、最終報酬月額をその月に支給した給与額を用いるのは、役員退職給与支給額の相当性を判断するための割り切りとしては硬直的すぎるとしている。 ③ あくまで最終月額給与はその月に支給した月額給与であるとする見解 これに対して、あくまで功績倍率法で用いる最終月額給与は退職月に支給した報酬の月額であるとし、年間報酬額を12で除した額を使用するのは無理筋であるとの指摘がある(※2)。 (※2) 濱田康宏『役員給与(法人税の最新実務Q&Aシリーズ)』(中央経済社、2018)85頁。 この見解は、不相当高額給与の否認は同業類似法人との対比という構造を持ち(法法34)、当該同業類似法人が「年間報酬額を12で除した額を以て最終報酬月額とする」旨の役員退職慰労金支給規程を備えていることを前提とはしていないため、理屈が合わない。そして、そもそも事前確定届出給与制度を利用していない納税者が大半であるとするものである。 ④ どのように考えるべきか このように、功績倍率法に用いるべき最終報酬月額には諸説あるが、筆者としては、年間報酬額を12で除した額を最終報酬月額とすることは危険であると考える。 その理由は、上記③に説得力があることに加え、法基通9-2-27の2(注)の功績倍率法の定義にある。当該通達の功績倍率法は、最終報酬月額について「役員の退職の直前に支給した給与の額」と定義している。この文理を素直に解釈すると、事前確定届出給与額が最終報酬月額に含まれていると解釈することは難しい。 また、役員退職給与の損金算入限度額について争われた多くの裁判例が功績倍率法による計算を採用し、上記の「役員の退職の直前に支給した給与の額」という意味での最終報酬月額を用いていることからも、事前確定届出給与額を最終報酬月額に含めるという理解にはリスクが存在すると考える。 したがって、このような社会保険料削減スキームを利用する場合、当該リスクには十分留意するべきである。 (了)