monthly TAX views -No.74- 「内閣府の「超楽観推計」で進まぬ財政再建議論」 東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹 わが国の財政規律を支えるのは、「プライマリーバランス(基礎的財政収支)2025年度黒字化」という財政目標である。内閣府は1月30日公表した「中長期の経済財政に関する試算」の中で、成長実現ケースとベースラインケースの2つについて、中長期的なマクロ経済の姿を示しつつ、プライマリーバランス黒字化に関する進捗状況を示した。 その内容を見ると、プライマリーバランス黒字化の時期が、前回試算の2027年度から1年早まることが示されている。一方、目標年次である2025年度に黒字化するには、未だ1.1兆円が不足するということも明らかにされている。 安倍政権は昨年夏、目標達成年度を、2020年度から2025年度に5年延期したので、達成には十分すぎる余裕があるはずだが、それでも25年までに1兆円の歳入(増税)・歳出(削減)努力をしなければならない。 問題は、推計の前提となる数値だ。 * * * アベノミクスが成功する「成長実現ケース」では、潜在成長率が、16年度0.9%、17年度1%(実績)、18年度1%(実績見込み)となっているが、見通しとなる19年度から急上昇する。20年度は1.5%、21年度は1.8%、その後は2%程度の成長が続くという内容になっている。 (出所) 1.内閣府「中長期の経済財政に関する試算(平成31年1月30日 経済財政諮問会議提出)」 2.内閣府 「月例経済報告(GDPギャップ、潜在成長率)」 から筆者作成。 このように、突然潜在成長率が倍増する理由は、全要素生産性(TPP)が「足元の0.4%程度という水準からデフレ経済前の水準である1.3%程度まで上昇する」と説明されている。全要素生産性とは、労働と資本の投入量の変化率を差し引いた差分で、技術進歩による成長率を意味しており、これが短期間に2倍、3倍になることは、およそ考えられない。 つまりこの推計は、政権の都合の良いように「忖度」されたものである。 * * * このような超楽観推計に基づいて過大見積もりになっている税収を前提に財政の議論をすることは、厳しい歳出削減の必要性を緩和することになるので、財政再建を遅らせることになる。 現に、安倍政権は昨年、プライマリー黒字化の達成年次を2020年度から2025年度へと5年先送りした。 加えて、5年ごとに行われる年金財政検証は、この内閣府推計を前提として行われる。所得代替率などを計算して議論を行うわけだが、甘い推計の下では検証も甘くなり、年金改革は遅れ、社会保障の肥大化が続くということになる。 このような「忖度推計」をなくすには、政府から独立した国会や会計検査院などが、客観的なデータに基づいて経済分析をするしかない。経済の中長期の推計を専門に行う中立で独立した「独立経済推計機関」の設立を議論すべき時が来ている。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例3】 「役員退職給与に係る「不相当に高額」の意義」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 【Q】 わが社はある首都圏のある都市において精密部品の機械加工を主たる業務とする株式会社(3月決算)です。わが社の取締役だったAが昨年死亡したため、役員退職慰労金を支払いましたが、その際、ある民間団体が公表している役員退職給与のデータから、同業類似他社のものを抽出し、それを参考にして金額を算定したところです。 ところが、現在わが社が受けている税務調査において、課税庁は、同業類似法人の役員退職給与の支給事例における平均功績倍率に、当該退職役員の最終月額報酬及び勤続年数を乗じて求める「平均功績倍率法」を用いて算定した金額より支給額が多いことから、その差額は「不相当に高額な部分」に該当し、損金の額に算入されないと主張してきました。 当方が役員退職給与算定の際に用いたデータは、民間企業が調査した結果をまとめた冊子から抽出したものであり、当社の関与税理士によれば、当該データは課税実務においてよく使用されているものであると聞きます。しかしながら、課税庁は当該冊子のデータはアンケート調査で得られた結果から作成されていることから網羅性に疑義があり、また当方が行った同業類似法人の抽出方法にも問題があるとして、課税庁が部内データに基づき別途役員退職給与の適正額を算定したものを提示してきました。 このような場合、わが社はどのように対応すればよいのでしょうか、教えてください。 【A】 役員退職給与の水準の妥当性の判断に関しては、民間企業が調査した結果をまとめた冊子から抽出したデータについては、現状、その使用が無条件で認められるものとはいえず、裁判所がその信頼性に疑問を呈する可能性があることを認識する必要があるでしょう。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 役員退職慰労金のうち損金算入されるものの意義 前回の【事例2】でも触れたとおり、平成18年度税制改正以降の法人税法上、役員退職慰労金は役員給与(役員退職給与)に該当するものとされている。また、そのような役員退職給与は原則として損金算入されるが、そのうち、「不相当に高額」な部分の金額は損金不算入とされている(法法34②)。 ここでいう「不相当に高額」な部分の金額とは、政令で以下の通り定められている(法令70二)。 すなわち、平成18年度税制改正以降における法人税法上の役員退職給与の取扱いは、以下の図の通りである。 〇役員退職給与の法人税法上の取扱い (2) 「不相当に高額」な部分の金額の判断基準 役員退職給与に関する「不相当に高額」な部分の金額とは、いったいどのように判断するのであろうか。 上記(1)で示した政令によれば、①当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、②その退職の事情及び③その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況、等を総合的に勘案して判断することとなる。これらの判断基準のうち、最も重要性が高いのが③の同種・類似規模の法人の退職給与の支給状況となるであろう(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第二十二版)』(弘文堂・2017年)377頁。ただし、あわせてその役員の当該法人に対する貢献度その他の特殊事情(創業者の役割や貢献度はその他のサラリーマン社長や役員とはおのずと異なるため、単純な算式では求められない場合もある)を考慮すべきとなるであろう。 当該判断基準を具体的に適用する際に用いられている手法として、大きく以下の2つの方法がある(※2)。 (※2) 金子前掲(※1)書377頁。 (ア) 功績倍率法 役員に対する退職給与が支給されている他の法人で、算定対象の役員の属する法人と業種、事業規模及び退職した役員の地位等が類似するものを選定した上で、その功績倍率に当該算定対象の役員の最終月額報酬及び勤続年数を乗じて算定する方法である。これを算式で示すと以下の通りとなる。 上記算式中の「功績倍率」とは、退職給与が役員の最終月額報酬に勤続年数を乗じた金額の何倍にあたるかというときのその倍率をいう。 また、当該功績倍率を用いる方法には、類似法人の功績倍率の平均値を用いる「平均功績倍率法」と、類似法人の功績倍率の最高値を用いる「最高功績倍率法」とがある。 (イ) 1年あたり平均額法 役員に対する退職給与が支給されている他の法人における、退職した役員の勤続年数1年あたりの平均退職給与の額に、当該役員の勤続年数を乗じて算出する方法である。これを算式で示すと以下の通りとなる。 上記(ア)(イ)の適用に関する優先順位であるが、学説上は納税者に有利なものを適用すべきという考え方が有力である(※3)。これは、上記(ア)(イ)は「不相当に高額」な部分の金額を算定するために用いる算式であるため、同業他社と同水準という金額では直ちに「不相当に高額」とは言えないためではないか(最も高い金額を選択するのが納税者有利)と考えられるところである。 (※3) 金子前掲(※1)書378頁。 (3) 役員退職給与の算定の際に用いる参照データ等の妥当性 役員退職給与に関する「不相当に高額」な部分の金額の判断基準は上記(2)の通りであるが、その算定の手法や算定の際に必要となる、類似法人の役員退職給与に関するデータ等の妥当性が問われた裁判例があるので、以下で検討しておきたい。 ① 一審(東京地裁平成25年3月22日判決・税資263号順号12178(※4))。 (ア) 役員退職給与の算定基準 まず、役員退職給与算定の際の算式として、裁判所は、 と判示し、功績倍率法の中の「平均功績倍率法」を選択すべきとしている。 また、1年あたり平均額法を用いるべきケースについて、裁判所は、 と判示し、「退職の直前に当該退職役員の報酬が大幅に引き下げられたなど」の場合については、平均功績倍率法ではなくむしろ1年あたり平均額法を用いるべきとしている。 (※4) なお、本裁判例は原告が平成17年3月に役員(自殺による死亡退職)に対して支払った役員退職給与に関する事案であり、平成18年度税制改正前の法人税法が適用されるが、争点である過大役員退職給与の妥当性に関する規定は改正前後で基本的に変わらないため、その判断には先例性があるものと考えられる。濱田洋「任意団体のデータ利用と役員退職給与の相当性」『最新租税基本判例70』税研178号155頁参照。 (イ) 本件への当てはめ 上記判断基準を本件に当てはめると、裁判所は、 として、平均功績倍率法が最適であると判断している。 一方、原告は、「本件各役員退職給与適正額の算定方法について、納税者の利益を考慮すべきであることや平均額を超えた場合に直ちにこれを『不相当に高額』であるとすることは明らかに不合理であることからすれば、同業類似法人の最高功績倍率又は1年当たり役員退職給与額の最高額こそが有力な参考基準になるというべきであ」る旨主張するが、 とし、本件は当該要件に該当しないとして、その主張を斥けている。 この点に関しては、先に(2)で触れた学説(納税者に有利なものを適用すべき)と裁判所の判断との間には乖離があるといえる。 (ウ) 参照データの妥当性 さらに、原告が採用する同業類似法人の役員退職給与に関するデータベースについて、裁判所は、 として、その採用を斥けている。 裁判所の当該判断は基本的に妥当と考えるが、一方で、役員給与・役員退職給与の妥当性を納税者側が検証する際に、納税者情報を自由に収集・利用できる課税庁と比較すると、現状、利用できるデータベースが限られているという実態があることについては、裁判所は何ら有効な指針を示していないのではという憾みがある(※5)。このような課税庁と納税者との間における情報の非対称性を将来的に解消する手段としては、例えば、法人税の申告情報に関するデータベース化という方法が考えられるところである(※6)。 (※5) 濱田前掲(※4)論文155頁参照。 (※6) 拙稿「見えない企業の納税 申告情報、データベースに」2018年12月8日付朝日新聞参照。 ② 控訴審(東京高裁平成25年9月5日判決・税資263号順号12286) 控訴審において裁判所は、 として、一審の判断を支持し、控訴を棄却している。 なお、本件に関し上告は不受理となっている(最高裁平成26年5月27日決定・税資264号順号12477)。 (4) 本事例の解釈 それでは、上記(3)の裁判例を踏まえると、本事例についてはどのように解すべきであろうか。 役員退職給与の水準の妥当性の判断に関しては、それが「不当に高額」でないことを検証するため、功績倍率法又は1年あたり平均額法のいずれかを用いて求められた金額と比較する必要があるが、(3)の裁判例を参照する限り、功績倍率法の中の「平均功績倍率法」を用いるのが最も合理的と解される。課税庁も当該裁判例の指針と同様の考え方を示したものと考えられる。 そうなると問題は、平均功績倍率法によるときのそのデータをどこに求めるのかという点である。 (3)の裁判例ではTKC全国会という「任意団体(※7)」が収集・提供するデータによることが妥当であるか否かが争われている。裁判所は、「TKCデータ(中略)は、税理士及び公認会計士からなる任意団体であるTKC全国会が各会員に対して実施したアンケートの回答結果から構成されており、その対象法人がTKC全国会の会員が関与しているものに限られている」として、その採用を否定している。 (※7) 民法上の人格なき社団ないし権利能力なき社団をいうものと考えられる。なお、TKCは会計事務所や地方公共団体に対して情報サービスを提供する株式会社である。 しかし、前述(3)(ウ)の通り、役員退職給与の妥当性を判断する際に納税者が利用・依拠することができるデータは非常に限られており、TKC全国会の会員であれば使用できるTKCデータはその数少ない有力な選択肢であるという現状(TKC全国会の会員でなければ更に選択肢は狭められる)を踏まえると、裁判所は、抽出方法(類似性確保のための対象地域や業種の限定)についてはともかくとして、データそのものの入手に関し「ではどうすればいいのか」について明確な指針を示しておらず、ある意味「不誠実」であるといえる。 勿論、TKCデータについても、信頼のおけるデータとして無条件で使用できるものではないが、信頼性という観点からいえば、電子政府やビジネスのAI化が叫ばれる昨今、国の保有する法人の申告データを匿名化の上データベースとして誰でも利用できるという方策を真剣に検討すべき時期に来ているものと考えられる。 とはいえ、われわれ実務家は、民間企業が調査した結果をまとめた冊子等から抽出したデータについては、現状、その使用が無条件で認められるものとはいえず、裁判所がその信頼性に疑問を呈する可能性があることを認識する必要があるだろう。 (了)
会計検査院「平成29年度決算検査報告」で特定検査対象となった 税制上の論点整理 【前編】 「開廃業手続による事業の引継ぎを行って事業を開始した場合における個人事業者の消費税の納税義務の免除について」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 はじめに 会計検査院は、日本国憲法第90条等の規定に基づく、国の平成29年度の収入支出の決算などを検査した結果を、「平成29年度決算検査報告(以下「検査報告」と略称する)」としてまとめ、昨年11月9日、内閣に送付したことを公表している。 本稿では、検査報告の中で、「平成29年度決算検査報告の特色」のうち、「特定検査対象」として取り上げられた下記5項目のうちから、赤字で記した税制に係る2つのテーマについて前後編にわたり、検査報告の内容をまとめるとともに、解説として若干の私見を述べたい。 なお、特定検査対象とは、「国民の関心が極めて高いテーマや検査上重要なテーマ」のことを表しており、特定検査対象については、「不適切な事態として指摘をするに至らない場合であっても、どのような検査を実施したかを明確にしておくために、その検査状況を記述」しているものであると説明されている。 * * * 1 検査報告の概要 (1) 検査の着眼点 会計検査院は、検査の着眼点として、高齢化社会の到来を踏まえて、「多くの個人が、引退する個人事業者から開廃業手続による事業の引継ぎを行って事業を開始することが見込まれる状況」にあることから、消費税の納税義務者であった旧経営者から開廃業手続による事業の引継ぎを行って事業を開始した新経営者が、事業者免税点制度によって、開廃業手続による事業を開始した年及びその翌年の消費税の納税義務が免除されている状況について検査を行うこととした。 検査に当たっては、①開廃業手続による引継ぎを行った新経営者の事業収入等は、納税義務を免除することが適切な状況となっているか否か、②旧経営者と新経営者の事業には、消費税に係る事務処理能力を含む事務処理の体制等に継続性があるか否か、などに着眼して検査を行ったということである。 (2) 検査方法 会計検査院は、全国58税務署において、平成26年中に開廃業手続による事業の引継ぎを行って事業を廃止した旧経営者のうち25、26両年課税期間分の消費税の納税義務者であった者と、開廃業手続による当該事業の引継ぎを行って事業を開始して事業者免税点制度の適用を受けている新経営者各312人に係る所得税及び消費税の確定申告書等、所得税青色申告決算書等、個人事業の開業・廃業等届出書により、事業者免税点制度の適用状況等について分析して会計実地検査を行った。 同時に、財務省及び国税庁において、事業者免税点制度等の趣旨を聴取するなどして会計実地検査を行った。 (3) 検査結果 上記の検査対象とした312人のうち、事業収入が把握できた旧経営者及び新経営者各212人の事業収入等について、旧経営者の25年分と新経営者の27年分との関係をみると、旧経営者と新経営者の双方の事業収入等が同じ規模となっている事業者数は以下の表のとおり、145人に及んでいた。 また、旧経営者の事業収入等が1億円超だった4人については、その新経営者の事業収入等も引き続き1億円超となっていた。 さらに、残りの新経営者67人のうち計43人に係る27年分の事業収入等は、旧経営者の25年分の事業収入等よりも高額の金額区分に属していた。 (4) 会計検査院による所見 検査の結果を、会計検査院は、以下のようにまとめている。 こうした検査結果を踏まえて、会計検査院は、次のように指摘している。 そして、財務省に対して、消費税に関わる幅広い議論が十分なされるよう、事業者免税点制度等の在り方について、引き続き、様々な観点から有効性及び公平性を高めるよう検討を行っていくことが肝要であると提言して、検査報告を締め括っている。 2 事業者免税点制度の概要 (1) 消費税の納税義務が免除される者の範囲 消費税については、小規模事業者の消費税に係る事務処理能力等を勘案して、原則として、個人事業者は課税期間の前々年、法人は課税期間の前々事業年度(以下、これらを「基準期間」という)における課税売上高が1,000万円以下の事業者について、消費税の納税義務を免除することとされている(事業者免税点制度)。 したがって、新規に事業を開始した事業者については、基準期間における課税売上高が存しないことから、事業者免税点制度により、原則として新規開業年及びその翌年の消費税の納税義務が免除されている。 (2) 免税事業者の問題点 会計検査院による検査報告で判明したように、新規に事業を開始した個人事業者であっても、旧経営者から事業の引継ぎを受けた者については、そのほとんどが消費税の課税事業者であった旧経営者と同じ規模の事業収入を開業初年度から稼得しており、小規模事業者の事務負担軽減を目的とする事業者免税点制度により、多額の消費税がいわゆる「益税」として事業者の収入となっている事実が明らかになった。 その一方で、中小企業庁は、消費税転嫁等対策として、取引先が免税事業者であっても、消費税額等を上乗せして下請業者に支払うよう、指導を強めている。 (3) 消費税法の改正 消費税導入当初、免税事業者に該当するかどうかの判断は基準期間における課税売上高が3,000万円以下というものであった。平成16年4月1日からはこの免税点が1,000万円に引き下げられているが、その後、免税点の引下げや免税事業者制度の見直しに関する議論は長く出ていないままである。 3 解説 消費税の免税事業者制度に関する筆者の個人的な見解は、少なくとも所得税に係る青色申告の承認を受けた事業者については、消費税の免税事業者から除外をすべきである、というものだ。 小規模事業者の事務負担の軽減が、消費税の免税事業者制度の目的であれば、青色決算書の作成が可能な事業者であれば、簡易課税制度の選択により、課税売上高の集計により、納付すべき消費税額等の計算が可能であることから、軽減すべき事務負担は存在しないように思われる。 むしろ、小規模事業者にとっては、軽減税率導入による複数税率への対応の方が、より事務負担を重くする結果につながる可能性が高いと考える。日本税理士会連合会も「平成31年度税制改正に関する建議書」の中で、消費税について、次のように述べている。 適格請求書等保存方式(いわゆる日本版インボイス制度)が導入される2023年度以降は、免税事業者からの課税仕入れについて、段階的に仕入税額控除が制限されることから、取引先として免税事業者を排除する動きが出ることも予想され、それに対応して、免税事業者から適格請求書発行事業者の要件である課税事業者への転換が進むこととなりそうだ。 とはいえ、免税事業者からの課税仕入れにつき、その全額の仕入税額控除が認められないこととなるのは、今から10年後であり、それまでの間は、会計検査院による特定検査の結果報告を注視したい。 (※) 詳細については、国税庁「よくわかる消費税軽減税率制度」を参照。 なお、会計検査院の検査報告に1つだけ苦言を呈するとすれば、検査結果に基づく税収減少額が試算されていない点にあるのではないだろうか。所得税の確定申告書や青色決算書から、課税事業者であれば本来納付することになる消費税額等を試算することはさほど困難な作業ではないと思料する。その結果、具体的な課税漏れの金額が試算されれば、会計検査院の提言もさらに重みが増すのではないかと思料する次第である。 * * * 【後編】では上記と同様に「特定検査対象」とされた「競馬等の払戻金に係る所得に対する課税状況について」の内容を検討したい。 (了)
~税務争訟における判断の分水嶺~ 課税庁(審理室・訟務官室)の判決情報等掲載事例から 【第24回】 「法人の簿外資金をその代表者が利得したとして 給与認定された原処分が維持された事例」 税理士 佐藤 善恵 〔概要等〕 原告X社(法人)は、取引先に架空請求をさせるなどして本件簿外資金を作出した。そして、X社の代表者Aは、その簿外資金を原資として取引先等への貸付けを行い、また、個人としてその中から約1,400万円を株取引等に費消した。 課税庁は、X社に対して、青色申告の承認の取消処分、法人税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分、消費税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分、源泉所得税については納税告知処分及び重加算税の賦課決定処分等を行った。 本件は、源泉所得税に係る処分について争いとなったものであり、争点は、X社がAに対し、本件の簿外資金を給与等として支払ったといえるかである。 〔納税者の主張〕 X社は本件簿外資金をA(代表者)に貸し付けたに過ぎず、給与等の支払いをしたものではない。 本件簿外資金は、X社が取引先の代表者らに貸付けをして利益を得る目的で作られたものである。 〔原処分庁の主張〕 本件簿外資金は、Aが個人として管理し、その使途を決定して費消したものと認められることからすれば、本件簿外資金は、X社からAに対する貸付金には該当せず、X社からAが利得したものと認められる。 Aは、X社の代表者である自己の権限を濫用して、X社の事業活動を通じて本件簿外資金を利得・費消したものであることからすれば、本件簿外資金は、実質的に、X社がAに対して支給した給与等であるというべきである。 〔裁判所の判断(一部)〕 AはX社の発行済株式総数の70%(140株)を保有していること、X社は代表取締役であるAのほか2名の取締役、1名の監査役が登記されているものの、役員給与を支払っているのはAのみであること、X社の業務に従事する者は、Aのほか、経理担当者K及び事務担当者でアルバイト従業員Lの計3名であること、Kは本件各架空取引がされた当時、そのことを知らず、Aから説明等を受けたこともなかったことからすれば、X社の業務は、本件簿外資金の作出を含め、その全てがA自身によって、又はその指揮監督の下に行われていたものというべきである。 Aは、X社の代表者として経営の実権を掌握し、法人を実質的に支配しており、自己の権限を濫用して、X社の事業活動を通じて本件簿外資金を利得していたということができるのであって、本件簿外資金はX社の資産から支出されたものであることは明らかであるから、Aが利得した本件簿外資金については、AがX社の代表者として提供した労務又は役務の対価として受けた給付と評価することができるというべきである。 〔判断の分水嶺〕 本件で着目された事実関係は、①AがX社の発行済株式総数の70%を保有し、②役員給与が支払われていたのはAのみで、他の役員には支払われていなかったこと、③実際に業務に従事していたのは、Aの他には経理事務担当者とアルバイトの2名であったこと、④経理担当者は架空取引のことを知らなかったことなどである。 このような状況から、Aは法人を実質的に支配して権利を濫用しX社の事業活動を通じて本件簿外資金を利得していたと評価されたものである。同じような事実関係があれば、常に同じ判断になるとは言い切れないが、実務上参考になろう。 〔本判決が示唆するもの〕 裁判所の判断は、「AがXの代表者として提供した労務又は役務の対価として受けた給付と評価することができる」(下線筆者)というものである。つまり、労務又は役務の対価として受けたという事実を認定したのではなく、本件にはそれと同視できるような状況があると判断したものである。 契約関係に基づく支払いでなくとも、裁判において本件のように評価されるケースは珍しくない。 〔課税庁文書のコメント〕 (了)
企業の[電子申告]実務Q&A 【第16回】 「電子申告の事前準備」 SKJ総合税理士事務所 税理士 坂本 真一郎 ●○●○解説○●○● 電子申告を行うためには、以下の事前準備を行う必要があります。 1 利用環境の確認 電子申告は、利用者がパソコン等に専用ソフト等をインストールして、e‐TaxシステムまたはeLTAXシステムとの間で申告等データをやりとりすることを前提としているため、利用に当たっては、以下のようなパソコン、インターネット等の環境が推奨されています。 (※) OSは最新のサービスパック等を適用した上でご利用ください。なお、「e‐Taxソフト」及び「Pcdesk」はMac OSには対応していません。 2 電子証明書の取得 電子申告により法人税等の申告等データを提出する場合には、税理士による代理送信の場合を除き、「データの作成者が本人であるか」、「送信されたデータが改ざんされていないか」という2点を確認するための仕組みとして、申告等データに法人代表者等の電子証明書により電子署名を付与して送信することとされていますので、利用者は事前に「電子申告で利用可能な電子証明書(下表参照)」を取得する必要があります。なお、電子証明書がICカードに組み込まれているタイプの場合には、別途ICカードリーダライタが必要となります。 【電子申告で利用可能な電子証明書】 (※) 2018年6月27日に「電子委任状取扱業務」の認定を取得 3 e‐Taxの事前準備 (1) 開始届出書の提出 電子申告を利用する場合には、事前に利用者固有のIDを取得する必要があります。e‐Taxの場合には、事前にe‐Taxの開始届出書作成・提出コーナーから「電子申告・納税等開始届出書(以下、「開始届出書」といいます)」を提出して「利用者識別番号」を取得する必要があります。 (2) e‐Taxソフトのインストール 電子申告データを送信する場合には、税務申告ソフト等で作成した申告等データを、専用ソフトウェアを利用して送信可能なデータ形式に変換する必要があります。e‐Taxの場合には、国税庁が提供する無償ソフト(e‐Taxソフト)をe‐Taxホームページからダウンロードしてインストールすることができます。 (3) 電子証明書の登録 実際に申告等データに電子署名を付与して送信する前に、上記2で取得した電子証明書を、電子申告システム上に事前登録しておく必要があります。利用届出の提出と同時に電子証明書の登録を行うeLTAXとは異なり、e‐Taxの場合には、開始届出書の提出後に、別途、電子証明書の登録作業を行う必要があります。 (4) e‐Taxによる申告の特例に係る届出書の提出 電子申告の義務化対象法人は、2020年4月1日以後に納税地の所轄税務署長に対して、「e‐Taxによる申告の特例に係る届出書」を提出する必要があります。新設法人等以外の一般の法人については、2020年4月1日以後最初に開始する事業年度開始の日から1ヶ月以内に提出する必要があります。 4 eLTAXの事前準備 (1) 利用届出の提出 電子申告を利用する場合には事前に利用者固有のIDを取得する必要があります。eLTAXの場合には、事前にeLTAXホームページから「利用届出(新規)」を提出して「利用者ID」を取得する必要があります。なお、利用届出の提出と併せて電子証明書の登録を行うこととなります。 (2) PCdeskのインストール 電子申告データを送信する場合には、税務申告ソフト等で作成した申告等データを、専用ソフトウェアを利用して送信可能なデータ形式に変換する必要があります。eLTAXの場合には、社団法人地方税電子化協議会が提供している無償ソフト(「PCdesk」)をeLTAXホームページからダウンロードしインストールすることができます。 (3) 提出先の追加 上記(1)で利用届出を提出した地方公共団体(原則として本店所在地のある都道府県)に加えて、各支店、事業所等が所在する他の地方公共団体に対して申告データ等を送信する場合には、PCdeskなどのeLTAX対応ソフトウェアを使用して、「利用届出(変更)」メニューから、当該地方公共団体を事前に提出先として追加する必要があります。 【電子申告の事前準備】 ※ 実際に法人税や法人住民税及び法人事業税等の申告データを作成する場合には、市販ソフトを活用することで、より効率的に電子申告を行うことができます。 (了)
2019年3月期決算における会計処理の留意事項 【第1回】 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 (※) 「収益認識に関する会計基準」及び「収益認識に関する会計基準の適用指針」については、下記拙稿「「収益認識に関する会計基準」及び「収益認識に関する会計基準の適用指針」の徹底解説」を参照されたい。 Ⅰ 税効果会計の改正 日本における税効果会計に関する会計基準として、1998年10月に企業会計審議会から「税効果会計に係る会計基準」が公表され、当該会計基準を受けて、日本公認会計士協会から実務指針が公表された。 これらの会計基準及び実務指針に基づきこれまで財務諸表の作成実務が行われてきたが、ASBJは日本公認会計士協会における税効果会計に関する実務指針(会計に関する部分)について、ASBJに移管すべく審議を行った。 このうち、繰延税金資産の回収可能性に関する定め以外の税効果会計に関する定めについて、基本的にその内容を踏襲した上で、必要と考えられる見直しを行うこととし、主として開示に関する審議が行われた。 そして、2018年2月16日に企業会計基準第28号「『税効果会計に係る会計基準』の一部改正」、企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」等がASBJから公表された。 改正前の日本公認会計士協会における税効果会計に関する実務指針と改正後のASBJにおける会計基準等の関係は以下のとおりである。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 【出所:ASBJ/企業会計基準第28号「『税効果会計に係る会計基準』の一部改正」等の公表P.8に筆者加筆】 企業会計基準第28号「『税効果会計に係る会計基準』の一部改正(以下、「税効果基準一部改正」という)」、企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針(以下、「税効果指針」という)」、企業会計基準適用指針第29号「中間財務諸表等における税効果会計に関する適用指針(以下、「中間指針」という)」が新たに作られ、企業会計基準適用指針第26号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(以下、「回収可能性指針」という)が改正されている。 なお、企業会計基準適用指針第27号「税効果会計に適用する税率に関する適用指針」は「税効果会計に係る会計基準の適用指針」に統合されている。 1 表示・注記事項の取扱いの見直し 繰延税金資産及び繰延税金負債の表示方法等及び注記について以下の3つについて見直しが行われている。 (1) 繰延税金資産及び繰延税金負債等の表示方法 税効果基準一部改正では、企業会計審議会「税効果会計に関する会計基準」(以下、「税効果基準」という)の「第三 繰延税金資産及び繰延税金負債等の表示方法」1及び2が、以下のとおり改正されている(税効果基準一部改正2)。 (2) 評価性引当額の内訳に関する情報 税効果基準注解(注8)が以下のとおり、改正されている(税効果基準一部改正4)。 (注1) 適用初年度の比較情報に記載しないことができる(税効果基準一部改正7)。 (注2) (連結)計算書類では、上記注記は必ずしも求められていない。 ① 評価性引当額の注記の対象となる範囲から除かれるもの 評価性引当額の注記の対象となる範囲から除かれるものとして、以下の2つがある(税効果基準一部改正32、税効果指針98)。 ② 評価性引当額の内訳に関する数値情報の記載の要否に関する重要性の判断 評価性引当額の内訳に関する数値情報の記載の要否に関する重要性の判断として、以下の2つの観点が挙げられている(税効果基準一部改正30)。 なお、税効果基準一部改正では、具体的な重要性の数値基準を設けていない。企業が置かれた状況によって重要性は異なるため、一律に重要性の基準を定めることは適切ではないと考えられることから、 税効果基準一部改正30(上記、表参照)の考え方を目安として、企業の状況に応じて適切に判断する(税効果基準一部改正31)。 ③ 評価性引当額の合計額に重要な変動が生じている場合における変動内容の記載内容 評価性引当額の変動の内容は企業の置かれている状況により様々であると考えられるため、当該主な変動内容にどのような事項を記載するかについて、税効果基準一部改正では、特段定められていない(税効果基準一部改正35)。したがって、各企業が適切に判断して記載する。 ④ 評価性引当額の変動内容の記載の要否に関する重要性の判断 評価性引当額の変動の主な内容(税効果基準一部改正4注解(注8)(2))については、主として税負担率の分析に資する情報であることを踏まえると、「重要な変動が生じている場合」には、例えば、税負担率の計算基礎となる税引前純利益の額に対する評価性引当額(合計額)の変動額の割合が重要な場合が含まれる。 企業が置かれた状況によって重要性は異なるため、一律に重要性の基準を定めることは適切ではないと考えられることから、企業の状況に応じて適切に判断する。 なお、税負担率と法定実効税率との間に重要な差異がなく、税率差異の注記を省略している場合(例えば、当該差異が法定実効税率の100分の5以下である場合)、当該変動の主な内容を注記することは要しない(税効果基準一部改正36)。 (3) 税務上の繰越欠損金に関する情報 税効果基準注解(注9)が新規に追加されている(税効果基準一部改正5(注9))。繰越欠損金の額が重要であるときは、繰越期限別の数値情報、重要な繰延税金資産を計上している場合の回収可能と判断した主な理由(定性的な情報)を注記する。具体的には、以下のとおりである。 (注1) 適用初年度の比較情報に記載しないことができる(税効果基準一部改正7)。 (注2) (連結)計算書類では、上記注記は必ずしも求められていない。 ① 税務上の繰越欠損金に関する数値情報を繰越期限別に記載する場合の年度の区切り方 税務上の繰越欠損金に関する数値情報を繰越期限別に記載するにあたっては、主として株価予測を行う財務諸表利用者が将来2年から5年後の予想財務諸表を用いて税負担率の予測を行っていることを踏まえ、5年以内に繰越期限が到来する場合には比較的短い年度に区切ることが考えられる。一方、企業における税務上の繰越欠損金の発生状況は様々であり、また、在外子会社の税制は多様であるため、繰越期間の年数や有無は様々である。 そのため、年度の区切り方については、企業が有している税務上の繰越欠損金の状況に応じて適切に設定することが考えられるため、税効果基準一部改正においては、特段定められていない(税効果基準一部改正42)。 ② 税務上の繰越欠損金に係る繰延税金資産を回収可能と判断した主な理由の記載内容 回収可能と判断した主な理由は、企業の置かれている状況により様々であると考えられるため、当該理由にどのような事項を記載するかについて、税効果基準一部改正においては、特段定められていない(税効果基準一部改正46)。したがって、各企業において適切に判断する。 ③ 税務上の繰越欠損金に係る繰延税金資産を回収可能と判断した主な理由の記載の要否に関する重要性の判断 税務上の繰越欠損金に係る繰延税金資産を回収可能と判断した主な理由は、主として繰延税金資産の回収可能性に関する不確実性の評価に資する情報である。そのため、「税務上の繰越欠損金に係る重要な繰延税金資産を計上している場合」における「重要な」場合には、例えば、純資産の額に対する税務上の繰越欠損金に係る繰延税金資産の額の割合が重要な場合が含まれる。 ただし、企業が置かれた状況によって重要性は異なるため、一律に重要性の基準を定めることは適切ではないと考えられることから、上記の考え方を目安として、企業の状況に応じて適切に判断する(税効果基準一部改正47)。 【注記例】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 【出所:ASBJ/企業会計基準第28号「『税効果会計に係る会計基準』の一部改正」等の公表P12に筆者加筆】 (4) 個別財務諸表における注記事項 以下の注記事項については、財務諸表利用者の分析において、連結財務諸表における注記事項の理解に重要な影響が生じることは比較的限定的であると考えられるため、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表において以下の注記事項は必要ない(税効果基準一部改正50)。 したがって、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表における税効果会計に関する注記事項については、評価性引当額の内訳に関する数値情報のみを追加する(税効果基準一部改正51)。 (5) 注記のまとめ ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 2 会計処理の見直し 会計処理についても、以下の3つについて見直しが行われている。 (1) 個別財務諸表における子会社株式等に係る将来加算一時差異の取扱い 改正前では、個別財務諸表における子会社株式又は関連会社株式(以下、「子会社株式等」という)に係る将来加算一時差異(会社が精算するまでに課税所得が発生しないことが合理的に見込まれる場合、組織再編に伴い受け取った子会社株式等に係る将来加算一時差異で一定の要件を満たす場合を除く)について、一律、繰延税金負債を計上することになっていたが、連結財務諸表における子会社又は関連会社に対する投資に係る将来加算一時差異の取扱いに合わせ、親会社又は投資会社がその投資の売却等を当該会社自身で決めることができ、かつ、予測可能な将来の期間に、その売却等を行う意思がない場合を除き、繰延税金負債を計上するという取扱いに見直している(税効果指針8(2))。 (※) 会社が精算するまでに課税所得が発生しないことが合理的に見込まれる場合や組織再編に伴い受け取った子会社株式等に係る一時差異の取扱いについては、改正はない。 (2) (分類1)に該当する企業における繰延税金資産の回収可能性に関する取扱い 改正前は、(分類1)に該当する企業においては、繰延税金資産の全額について回収可能性があるものとなっていたが、完全支配関係にある国内の子会社株式の評価損(※)について、企業が当該子会社を精算するまで当該子会社株式を保有し続ける方針がある場合等、将来において税務上の損金に算入される可能性が低い場合に当該子会社株式の評価損に係る繰延税金資産の回収可能性はないと判断することが適切であると考えられるため、「原則として、」繰延税金資産の全額について回収可能性があるというように改正されている(回収可能性指針18、67-4)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 完全支配関係(法人税法第2条12の7の6号)にある国内の子会社株式の評価損のように、当該子会社株式を売却したときには税務上の損金に算入されるが、当該子会社を清算したときには税務上の損金に算入されないこととされているものについても、個別貸借対照表に計上されている資産の額と課税所得計算上の資産の額との差額は、当該差額が解消する時にその期の課税所得を減額する効果を有する可能性があることから、一時差異(将来減算一時差異)に該当すると整理している(回収可能性指針67-2、67-3)。 (3) 投資時における子会社の留保利益の取扱い 税効果指針では、投資「時」における子会社の留保利益の取扱いが削除されている(税効果指針24、113)。なお、投資「後」における子会社の留保利益の取扱いは従前どおりである。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 3 適用時期及び適用初年度の取扱い 適用時期及び適用初年度の取扱いは以下のとおりである(税効果基準一部改正6、7、税効果指針65、回収可能性指針49-3、企業会計基準適用指針第29号「中間財務諸表等における税効果会計に関する適用指針指針(以下、「中間税効果指針」という)」22、23)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 4 関係法規の改正 上記改正により、金融庁より、2018年3月23日に「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」が公布・施行され、あわせて、関係ガイドラインが改正・公表された。改正内容及び適用時期については、上記1及び3と同様である。 また、法務省より、2018年3月26日に、「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令」が公布・施行された。会社計算規則の改正内容及び適用時期については、1(1)及び3と同様である。税効果の改正とは関係ないが、会社法施行規則も改正されている。 5 表示方法の変更注記等 (1) 表示方法の変更注記 表示方法の変更注記の例は、以下のとおりである。 ① (連結)計算書類の場合 ② 有価証券報告書の場合 (2) 有価証券報告書の経理の状況より前 有価証券報告書の第一部【企業情報】 第1【企業の概況】1【主要な経営指標等の推移】において、5ヶ年分の数値を記載する。この数値のうち、前期以前の数値について、税効果基準一部改正を適用した後の数値に修正することが考えられる。 この場合、何期前まで遡るか悩むところであるが、実務的には、前期だけ遡ることが多いと考えられる。 また、【主要な経営指標等の推移】の表の下に、例えば以下の注書きも必要と考えられる。 さらに、第一部【企業情報】第2【事業の状況】3【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】の財政状態の分析で、税効果基準一部改正等を前期に遡って適用した後の数値と比較・分析している場合、以下の記載をすることも考えられる。 (了)
〈桃太郎で理解する〉 収益認識に関する会計基準 【第7回】 「イヌは宝物を送り届けた時に一時に売上計上する」 公認会計士 石王丸 周夫 1 一時点での売上計上 前回説明したように、イヌが桃太郎に提供する一連のサービスは、[パターン①]の履行義務(一定期間にわたり充足される)に該当しませんでした。したがって、[パターン②]の履行義務(一時点で充足される)となり、イヌは一時点で売上計上することになります。 ではその場合、一時点というのは『どの時点』のことを指すのかというと、それは、お客さんである桃太郎が、イヌの提供するサービスを享受した時です。 サービスというのは提供と同時に消費されるものですが、すでに見たように、鬼ヶ島同行サービスは最後まで提供されなければ、桃太郎に便益をもたらしません。桃太郎としても、最後までずっとついてくることを期待して、イヌ・サル・キジにきびだんごをあげています。したがって、宝物を無事に家まで送り届けたところで初めて、イヌは売上を計上します。 2 イヌの貸借対照表はこう動く イヌの貸借対照表を確認しておきましょう。 イヌが桃太郎からきびだんごをもらった時の貸借対照表は、以下のようになっています。 【第5回】で示したイヌの貸借対照表をベースに、便宜上、きびだんごを1つ100円として換算表示したものです。 さてこの後ですが、イヌはきびだんごをもらうとすぐに、それを食べてしまいました。自ら消費したきびだんごはサービス原価になります。ただし、サービス売上が計上されていない段階では、サービス原価も計上できません。 このため以下のように、消費したきびだんごは、とりあえず前渡金としておきます。 そして売上計上です。鬼退治が無事に終わり、宝物を持って帰ってきました。ここでイヌはサービス売上を認識できます。 その時の貸借対照表と損益計算書は以下のとおりです。 イヌの履行義務は、貸借対照表上、前受金として負債計上されていましたが、履行義務の充足により、その義務(前受金)を消滅させ、これを損益計算書の売上高に振り替えたというわけです。同時に前渡金(B/S)については、売上原価に振り替えています。 3 本当に革新的な会計基準なのか? これが、収益認識会計基準における[パターン②]の収益認識ということになります。 意外にあっけない結論だったのではないでしょうか。 桃太郎とイヌの取引に関する限り、収益認識会計基準の会計処理というのは、ある意味常識的なものでした。家来であるイヌが、きちんと義務を果たしたと認められる時点は、桃太郎が無事に家まで帰って来た時点です。ですから、その時点で一時に売上計上するというのは、全く違和感のない結論です。 収益認識会計基準というのは、取引の処理を確定させるまでに、ずいぶんいろいろとまわり道をさせますが、たどり着く結論はまともなのではないか、そんな印象を受けますね。 こうした印象は、モノの販売における出荷基準の取扱いでも同様です。 以下、ちょっと難しくなりますが、大事なことなので解説しておきます。 出荷基準は、旧会計基準における収益認識の典型的なルールでした。このルールが収益認識会計基準でも認められるのかどうかが、非常に関心の高いところでもあったわけです。 それで結果はどうだったかというと、例外措置としてですが、国内販売の場合に限って、出荷から検収までの期間が数日以内であれば、出荷基準を認めるということに落ち着きました。 いかがでしょうか。これまで出荷基準を採用してきた日本企業が、これですべて救われるとは言いませんが、相当数の企業では、これまでと同様の実務を継続できることになります。 一方で、収益認識会計基準については、これまでの日本の会計基準を大幅に刷新するかのような触れ込みで紹介されることが多く、このギャップをどう捉えてよいのか戸惑う人もいるのではないでしょうか。 なぜそういうことになっているのか、わかりますか。 おそらくこれは、日本の社会の発展段階が、欧米に比べてひとまわり遅れていることと関係しています。 【第1回】で述べましたが、収益認識会計基準は、主として目に見えない取引を想定した会計基準です。すなわち、技術やノウハウ、ブランドやデザインといった知的財産への関心が高まってきたことを背景として誕生した会計基準です。特に欧米では、1980年代以降、人々の関心は、目に見えない知価(知恵の価値)への移行が顕著だと言われています。 一方で日本はどうなのかというと、目に見えない取引への関心は近年高まってはいますが、やはり未だにモノ中心の近代工業社会から脱却していないのではないでしょうか。だからこそ、収益認識会計基準の導入に際して、モノの販売を想定したルールである出荷基準の扱いに関心が集まるのです。 収益認識会計基準は、日本のひとまわり先を行く欧米の会計基準をほぼそのまま取り入れたものです。したがって、近代工業社会の価値観を引きずる現在の日本の社会には、時期尚早のものもあるだろうということで、例外措置を合わせて定めました。その1つが、出荷基準の容認なのです。 ▷今回のまとめ 一時点で享受されるサービスは、一時に売上計上します。 (了)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《棚卸資産》編 【第2回】 「棚卸資産の評価方法(2)~個別法、先入先出法、最終仕入原価法」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 前回は棚卸資産の評価方法のうち「総平均法」、「移動平均法」について算定方法等を示しました。 今回は、「個別法」、「先入先出法」、「最終仕入原価法」による具体的な棚卸資産の算定方法をご紹介します。 【設例2】 A社(12月31日決算)は、様々な商品を仕入して販売する会社です。その様々な取扱商品のうちの1つである「商品B」の当期(×1年1月1日~×1年12月31日)の仕入状況と売上状況は、次のとおりです。 仕入状況(当期仕入計10個、620円)⇒ 仕入時に仕入計上しています。 2月18日:8個×@60円/個=480円 8月6日:2個×@70円/個=140円 売上状況(当期売上計9個、900円)⇒ 売上時に売上計上のみ仕訳しています。 3月25日:4個×@100円/個=400円 9月30日:5個×@100円/個=500円 「商品B」の前期末棚卸高、当期末棚卸高は、下記のとおりです。 前期末棚卸高(×0年12月31日):2個、100円(いずれの評価方法でも@50円/個) 当期末棚卸高(×1年12月31日):3個 1 決算整理仕訳 A社の「商品B」に係る決算整理仕訳は、次のとおりです。 〈×1年12月31日〉 (※) 個別法の場合:190(期末に2月18日仕入分2個、8月6日仕入分1個が残っていたと仮定)、先入先出法の場合:200、最終仕入原価法の場合:210。 前回に引き続き、中小企業会計指針において原則とされるいわゆる「原価法」での各評価方法を、ご紹介します。 (1) 個別法 「個別法」は、期末棚卸資産の全部について、その個々の取得価額をその取得価額とする方法です(法令28①一イ)。個別法は、個別性が強い棚卸資産の評価に適しています。 この設例では、期末に2月18日仕入分2個(仕入単価@60円/個)と8月6日仕入分1個(仕入単価@70円/個)が残っていたと仮定しているので、期末商品棚卸高は、2個×@60円/個+1個×@70円/個=190円と算定されます。この結果、当期の売上原価は、期首商品棚卸高100円+当期仕入620円-期末商品棚卸高190円=530円となります。 他の評価方法と比較するためにあえて当期の商品Bの受払記録簿を作成すると、下記のようになります。この設例では、期末棚卸高が算定された後に売上原価を算出することとしたため、期中の払出単価・金額について、その都度の算定を省略しています。 (2) 先入先出法 「先入先出法」は、期末棚卸資産をその種類等の異なるごとに区別し、その種類等の同じものについて、その期末棚卸資産をその事業年度終了の時から最も近い時において取得をした種類等を同じくする棚卸資産から順次成るものとみなし、そのみなされた棚卸資産の取得価額をその取得価額とする方法です(法令28①一ロ)。 この設例では、期末時から最も近い時において取得をした商品は、8月6日仕入分(仕入単価@70円/個)ですが、この時は2個だけの仕入なので、もう1個はさらに遡って2月18日仕入分(仕入単価@60円/個)からとして、期末商品棚卸高は、2個×@70円/個+1個×@60円/個=200円と算定されます。この結果、当期の売上原価は、期首商品棚卸高100円+当期仕入620円-期末商品棚卸高200円=520円となります。 当期の商品Bの受払記録簿を作成すると、下記のようになります。期中の払出単価・金額は、その都度算定されるため、その都度の記録ができます。 (3) 最終仕入原価法 「最終仕入原価法」は、期末棚卸資産をその種類等の異なるごとに区別し、その種類等の同じものについて、その事業年度終了の時から最も近い時において取得したものの一単位当たりの取得価額をその一単位当たりの取得価額とする方法です(法令28①一ホ)。 この設例では、期末時から最も近い時において取得をした商品は、8月6日仕入分(仕入単価@70円/個)なので、期末商品棚卸高は、3個×@70円/個=210円と算定されます。この結果、当期の売上原価は、期首商品棚卸高100円+当期仕入620円-期末商品棚卸高210円=510円となります。 他の評価方法と比較するためにあえて当期の商品Bの受払記録簿を作成すると、下記のようになります。期末棚卸高が算定された後に売上原価を算出するため、期中の払出単価・金額は、その都度の算定ができません。 なお、最終仕入原価法は、例えば、在庫数量の多い商品等について期末直前に少量の高額単価の仕入を行って期末商品評価額を恣意的に増加させるなど、悪用されると多額の評価損益を計上する可能性があるので、これを無条件に使用するのは妥当ではありません。これにより、中小企業会計指針において、最終仕入原価法を用いることができるのは、期間損益の計算上著しい弊害がない場合に限定されています(中小企業会計指針28)。 2 決算書 決算書の金額のうち「商品B」に係る部分は、次のとおりです。 【×1年12月31日決算期】 (了)
企業結合会計を学ぶ 【第12回】 「取得企業の増加資本の会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、取得企業の増加資本の会計処理について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 新株を発行した場合の会計処理 1 基本的な会計処理 企業結合の対価として、取得企業が新株を発行した場合には、払込資本(資本金又は資本剰余金)の増加として会計処理することになる(結合分離適用指針79項)。 これは、パーチェス法の会計処理では、取得企業の増加すべき株主資本は払込資本を増加させることが適当と考えられたことによる。このため、留保利益である利益剰余金を増加させることはできない(結合分離適用指針384項、408項)。 2 増加すべき払込資本 増加すべき払込資本の内訳項目(資本金、資本準備金又はその他資本剰余金)は、会社法の規定に基づき決定する(結合分離適用指針79項)。 取得企業の増加すべき株主資本は、会計上、払込資本に限定した上で、具体的にどの株主資本項目を増加させるかは、分配可能額を定める会社法の規定に基づき決定する(結合分離適用指針385項)。 会社法では、企業結合が「取得」とされた場合、企業結合による増加すべき株主資本のうち、どの株主資本項目を増加させるかは、吸収合併消滅会社又は分割会社の資本構成にかかわりなく、吸収合併存続会社又は吸収分割承継会社が任意に決定できるとされている(結合分離適用指針386項)。 結合分離適用指針は、企業結合の手続の中で剰余金が直接増加したとしても、会計上は分配可能な払込資本が増加したものと考えて、その他資本剰余金を増加させる処理を規定している(結合分離適用指針387項)。 3 増加すべき株主資本の算定 増加すべき株主資本の額は、結合分離適用指針38項の取得の対価の算定に準じて算定する(結合分離適用指針79項)。 吸収合併存続会社(取得企業)は、受け入れる資産及び負債の取得原価を、対価として交付する株式の時価で測定することになるので、払込資本(資本金又は資本剰余金)は、発行した新株の時価により増加し、また、吸収合併消滅会社の株主資本以外の各項目である評価・換算差額等は吸収合併存続会社には引き継がれないことになる(結合分離適用指針408項(1)、384項~387項)。 Ⅲ 自己株式を処分した場合の会計処理 1 基本的な会計処理 企業結合の対価として、取得企業が自己株式を処分した場合(新株の発行を併用した場合を含む)には、増加すべき株主資本の額(自己株式の処分の対価の額。新株の発行と自己株式の処分を同時に行った場合には、新株の発行と自己株式の処分の対価の額)から処分した自己株式の帳簿価額を控除した額を払込資本の増加(当該差額がマイナスとなる場合にはその他資本剰余金の減少)として会計処理する(結合分離適用指針80項)。 2 増加すべき払込資本 増加すべき払込資本の内訳項目(資本金、資本準備金又はその他資本剰余金)は、会社法の規定に基づき決定する(結合分離適用指針80項)。 対価が新株のみの場合の処理及び会社計算規則との整合性を考慮し、増加すべき株主資本の額(自己株式の処分の対価の額)から処分した自己株式の帳簿価額を控除した額について、払込資本(資本金又は資本剰余金)を増加(当該差額がマイナスとなる場合にはその他資本剰余金を減少)させることとし(結合分離適用指針80項、112項)、会計上、取得企業の増加すべき株主資本を払込資本に限定した上で、具体的にどの株主資本項目を増加させるかは、分配可能額を定める会社法の規定に基づき決定することとしている(結合分離適用指針388項)。 3 増加すべき株主資本の算定 増加すべき株主資本の額は、結合分離適用指針38項の取得の対価の算定に準じて算定する(結合分離適用指針80項)。 Ⅳ 取得企業の株式以外の財産を交付した場合の会計処理 1 基本的な会計処理 企業結合の対価として、取得企業が自社の株式以外の財産を交付した場合には、当該交付した財産の時価と企業結合日の前日における適正な帳簿価額との差額を損益に計上する(結合分離適用指針81項)。 2 時価と帳簿価額との差額の処理 会社法は、吸収合併、吸収分割又は株式交換の場合において、吸収合併消滅会社の株主、吸収分割会社もしくはその株主又は株式交換完全子会社の株主に対して、吸収合併存続会社、吸収分割承継会社又は株式交換完全親会社の株式を交付せず、金銭その他の財産を交付することができるとしている(結合分離適用指針389項)。 企業結合会計基準84 項は、「取得原価は対価の形態にかかわらず、支払対価となる財の時価で算定される」としているので、企業結合の対価として、取得企業の株式又は現金以外の財産を交付した場合にも、取得の対価は交付した財産の時価を基礎として算定することになり、交付した財産の時価とその適正な帳簿価額との差額については、資産の処分取引として考えて、当該差額は取得企業の損益として処理することになる(結合分離適用指針389項)。 Ⅴ 子会社が親会社株式を交付した場合(いわゆる三角合併などの場合)の会計処理 子会社が親会社株式を支払対価として他の企業と企業結合する場合(いわゆる三角合併などの場合)には、次のように会計処理する(結合分離適用指針82項)。 子会社が親会社株式を支払対価として他の企業と企業結合する場合には、企業集団からみると、親会社が企業結合の対価として自己株式を処分する取引と同様に考えることができる(結合分離適用指針390項)。 そこで、連結財務諸表上は資本取引として取り扱うことが適当であると考えて、子会社の個別財務諸表上、損益に計上した親会社株式の処分差額を連結財務諸表上は自己株式処分差額に振り替える処理を行う(結合分離適用指針390項)。 Ⅵ 吸収合併消滅会社の最終事業年度の会計処理 吸収合併が「取得」とされた場合の吸収合併消滅会社の最終事業年度の財務諸表は、吸収合併消滅会社が継続すると仮定した場合の適正な帳簿価額による(結合分離適用指針83項)。 合併による企業結合が「取得」とされた場合、吸収合併消滅会社は会計上も清算されたとみるため、吸収合併消滅会社の最終事業年度の財務諸表は、正味売却価額に基づくことが考えられる。 しかしながら、実務における費用対効果を勘案して、吸収合併消滅会社の最終事業年度の財務諸表は、吸収合併消滅会社が継続すると仮定した場合の適正な帳簿価額によることとしたものである(結合分離適用指針391項)。 (了)
「働き方改革」でどうなる? 中小企業の労務ポイント 【第2回】 「年次有給休暇が取得できる仕組みづくり(その2)」 -取得しやすい環境づくりと管理方法及び取得に関する留意点- Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明 前回説明した「働き方改革関連法」による有給休暇取得義務化の概要を踏まえて、今回は有給休暇を取得しやすい環境づくりに向けた具体的な施策や管理方法、取得に関する留意点等について解説していきます。 ▷取得しやすい環境づくり 今まで「有給休暇を取得しなさい!」なんて言われたことのある従業員は、ほとんどいないのではないでしょうか。 また、体調が悪いわけでもないのに「会社を休む」ことに罪悪感があり、有給休暇を取得することで「みんなに迷惑がかかるから」とためらいを感じている人が多いことが、有給休暇の取得率が上がらない理由の1つとされています。 このような環境を変えていくことが、これからの労務管理に求められるのです。もし、年5日取得できない従業員が多くいて、忙しい年度末にまとめて取得をさせなければならない状況となったら、困るのは会社です。 会社として、取りやすい時季に有給休暇を取得してもらう仕組みの整備を検討しましょう。 ➤ 管理職こそ率先して! おそらく、部下の有給休暇取得を管理するのは、「管理職」の新たな役割となるでしょう。この役割を果たすためには、管理職自身が、率先して有給休暇を取得して見本を見せることが求められます。 例えば、管理職の人たちが、有給休暇を取得して「良かった」、「リフレッシュできた」と感じ、「この前、有給休暇を取ってのんびりできたぞ。みんなも取れよ!」なんて言ってもらうことが、部下が有給休暇を取得しやすい環境への第一歩となるのです。 ある勤務医の方が生まれ初めて有給休暇を取って温泉に行ったときに、「不謹慎かもしれないけど、みんなが働いているときに休むって凄くリフレッシュできるし、戻ったら頑張ろうって思えたんだよね」という話をしてくれました。 こういった話をしてくれる上司が増えてこないと、なかなか有給休暇を取りづらい環境は変わらないのかなと感じています。 ➤ 有給休暇付与日の統一 前回説明したとおり、有給休暇を「5日」取得しなければならない「1年」のスタート(基準日)は、有給休暇が付与された日となります。 そうなると、中途入社が随時ある中小企業では、「基準日」が各人ごとに異なるため、それぞれの取得義務の期間がバラバラになってしまい、管理が大変になってしまいます。 このような場合には、有給休暇の付与日を「毎月1日」に統一することで、「基準日」の管理が楽になります。 例えば、本来ならば、2月10日に入社した社員Aは6ヶ月経過後の「8月11日」、2月25日に入社した社員Bは「8月26日」が有給休暇付与日となります。これを8月中の付与日を全て「8月1日」に統一してしまうのです。こうすれば、起算日は個人ごとの管理ではなくなるため、1年のうちそれぞれの月初めだけとなり、最大でも12通りとなります。 企業にとっては、若干前倒しで有給休暇を与えることとなりますが、この程度であればそれほどの負担とはならないのではないでしょうか。 ➤ 計画付与の活用や希望日の調整 従業員本人が、自主的に5日以上有給休暇を取得してくれれば良いのですが、「これまでの取得率からすると、自主性に任せていては、取得できなさそう」といった場合にはどうしたらよいのでしょうか。 このような場合、「有給休暇の計画付与制度」を活用する方法があります。これは、会社側と労働者代表との協議を経て、「労使協定」を締結することで、有給休暇を一定の時季や期間に取得させることができる制度です。 例えば、飛び石連休の谷間の労働日に計画的に有給休暇を取得させることや、閑散期の週末、土日にプラス1日の有給休暇を取得させることで3連休が取れるようにするなどの工夫をして、取得を促してみてはいかがでしょうか。 また、有給休暇付与日から四半期ごとや半年経過後など一定の期日ごとに、有給休暇の取得状況を確認して、取得が進んでいない従業員には、有給休暇の希望日を聞いて会社側から時季を調整するといった方法も考えられます。 ▷有給休暇取得に関する留意点 ➤ 欠勤=有給休暇の振替 体調不良などで欠勤した場合に、事後有給休暇に振り替えることはよくあることでしょう。しかし、欠勤=有給休暇ということで自動的に振り替えていると、従業員にとっては、有給休暇を取得したという認識がないケースもあり、自分が申請した場合に、残日数が思っていたより少ないといったトラブルが想定されます。 欠勤を振り替える場合には、自動的に振り替えるのではなく、労働者に「欠勤」は「欠勤」の手続をしてもらい、その上で、その欠勤を有給休暇に振り替えるといった申請を行わせるようにしておく必要があります。もちろん、有給休暇は事前申請が原則ですので、欠勤を事後、有給休暇に振り替える義務が、会社側にあるわけではありません。 ➤ 半日有給休暇〇 時間有給休暇✕ 有給休暇を半日で取得できる制度がある会社においては、半日有給休暇を取得した場合には、0.5日として、時季指定義務の「5日」から控除することはできます。しかしながら、時間単位での有給休暇は控除の対象とはならないので注意が必要です。 例えば、1日8時間労働の会社において、時間単位有給休暇を4時間取得した場合と半日有給休暇を取得した場合、同じ4時間休んだとしても、前者については今回の時季指定権の5日にはカウントすることができません。 ▷取得のメリットにも着目! 今回の法改正による有給休暇が取得しやすい環境が、会社に定着するまでには時間がかかるのかもしれません。現状では、退職日が決まってから、退職するまでの間にまとめて有給休暇を取得することが慣習となっている会社も少なくありません。しかしそれよりも、在職中にリフレッシュしてもらって良い仕事をしてもらうほうが、よっぽど効率的ではないでしょうか。 ちょっと考えてみましょう。体調不良で休む場合はしょうがないような気もしますが、会社にとっては突然の休暇であり、穴を埋めるのは容易ではありません。しかし、リフレッシュのための有給休暇は、事前の申請に基づくものであり、多くの職場においてフォローは可能ではないでしょうか。 例えば、有給休暇を取るときに、「来週、有給休暇を取るので、もし〇〇会社から連絡があったら・・・」といったように、ちょっとした業務の引継ぎを行うことは一般的ではないでしょうか。ここでは「情報の共有」が従業員間でできていることになります。また、休暇明けには、お土産などを囲んで休み中の楽しかった話なども行われます。ここでは、「従業員間のコミュニケーション」が促進されているともいえます。企業にとって有給休暇の取得が負担となるといったマイナス面だけを見るのではなく、プラス面があることにも着目する必要があります。 なお、有給休暇の時季指定義務・付与日の統一・計画年休制度の導入については、就業規則の改定を伴いますので忘れずに行いましょう。 (了)