基礎から身につく組織再編税制 【第6回】 「適格合併(完全支配関係)」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 適格組織再編成には、100%グループ内での組織再編成(完全支配関係がある場合の組織再編成)、50%超100%未満のグループ内の組織再編成(支配関係がある場合の組織再編成)、共同事業を行うための組織再編成がありますが、今回は完全支配関係がある場合の適格合併の要件について解説します。 完全支配関係及び支配関係の定義については、それぞれ本連載の【第2回】及び【第3回】を参照して下さい。 1 完全支配関係がある場合の適格合併の要件 完全支配関係がある場合の適格合併の要件は次の2つです。 2 金銭等不交付要件 「金銭等不交付要件」とは、被合併法人の株主に合併法人株式以外の資産が交付されないことをいいます(法法2十二の八)。 ただし、次の①から④を交付しても、金銭等不交付要件には抵触しません。 以下で1つずつ確認していきましょう。 ① 剰余金の配当としての金銭 剰余金の配当として金銭その他の資産を株主に交付しても、金銭等不交付要件に抵触しないこととされています。 ② 反対株主の買取請求に基づく対価としての金銭 買取請求に基づく対価として金銭その他の資産を合併に反対する株主に交付しても、金銭等不交付要件に抵触しないこととされています。 ③ 1株未満の端株相当の金銭 合併で交付する合併法人株式に1株未満の端数が生じたために、その1株未満の株式の合計数に相当する数の株式を他に譲渡し、又は買い取った代金として交付されたときは、1株未満の株式に相当する株式を株主に交付したこととなりますが、金銭等不交付要件に抵触しないこととされています。 ただし、交付された金銭が、交付の状況その他の事由を総合的に勘案して実質的にその株主に対して支払う合併の対価であると認められるときは、合併の対価として金銭が交付されたものとして取り扱います(法基通1-4-2)。 ④ 合併親法人株式 被合併法人の株主に合併親法人株式(※)を交付しても、金銭等不交付要件に抵触しないとされています。 (※) 「合併親法人株式」とは、合併の直前に合併法人と合併法人以外の法人との間にその法人による直接完全支配関係があり、かつ、合併後に合併法人とその法人(親法人)との間にその親法人による直接完全支配関係が継続することが見込まれている場合におけるその親法人の株式をいいます。平成31年度税制改正前は直接保有に限定されていましたが、改正後は間接保有の合併親法人株式を対価として交付する場合についても適格合併となります(法令4の3①)。 なお、下図のように合併親法人株式を交付する合併を「三角合併」といいますが、合併親法人株式の1株未満の端数相当の金銭についても④と同様に取り扱います(法令139の3の2①)。 3 完全支配関係継続要件 「完全支配関係継続要件」とは、完全支配関係がある法人同士の合併の場合に、再編後においても完全支配関係が継続する見込みがあることをいいます(法令4の3②二)。 ① 当事者間の完全支配関係 下図のように、当事者間の完全支配関係があるときは、被合併法人が合併により消滅するため、完全支配関係の継続は求められていません。 ② 同一の者による完全支配関係 下図のように、合併前に被合併法人と合併法人との間に同一の者による完全支配関係があるときには、合併後に同一の者と合併法人との間にその同一の者による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています(法令4の3②二)。 当初の合併後に次の合併が予定されている場合の完全支配関係継続要件 ① 次の合併で当初の合併法人が被合併法人となる場合 当初の合併後に合併法人を被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、当初の合併の時からその適格合併の直前の時まで完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています(法令4の3②二)。 ② 次の合併で同一の者が被合併法人となる場合 当初の合併後に同一の者を被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、その適格合併に係る合併法人を同一の者とみなして完全支配関係を継続する見込みがあることが求められています(法令4の3㉕一)。 4 具体例 〔前提〕 〔金銭等不交付要件〕 対価としてA社にB社の株式のみ交付されるため、金銭等不交付要件は満たしています。 〔完全支配関係継続要件〕 A社がB社とC社の発行済株式の全てを保有しており、同一の者による完全支配関係があるため、完全支配関係継続要件が求められます。 合併後にB社を他社に売却することを予定しているため、完全支配関係継続要件は満たしません。 〔結論〕 完全支配関係継続要件を満たさないため、非適格合併に該当します。 ◆完全支配関係がある場合の適格合併の要件のポイント◆ 金銭等不交付要件において、原則として株式以外の対価を交付しないことが求められています。 完全支配関係継続要件は同一の者による完全支配関係がある場合に求められ、当事者間の完全支配関係がある場合には求められていません。 合併後に次の合併が見込まれている場合には留意が必要です。 (了)
改めて確認したいJ-SOX 【第4回】 「5W1Hで理解する「全社的な内部統制の評価」」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 前回は、内部統制の評価範囲をどのように決定するかについて説明しました。 その中で、内部統制の有効性を評価するにあたっては、まず、全社的な内部統制を評価し、その結果を踏まえて業務プロセスに係る内部統制の評価範囲を決定し、有効性を評価することに触れました。 これはいわゆる「トップダウン型のリスク・アプローチ」というもので、内部統制の有効性評価の成否は全社的な内部統制の評価にかかっていると言っても過言ではありません。 一方で、全社的な内部統制は、業務プロセスに係る内部統制と比べて抽象的となる上、実務上は「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」(以下、「実施基準」という)で例示されている42項目をチェックリストに見立てて確認していく(評価する)ことが業務の中心となるため、“何をやっているのかよくわからない”といった感想を抱いている担当者の方も多いのではないでしょうか。 そこで今回は、全社的な内部統制の評価について、わかりやすく説明していきます。 1 全社的な内部統制の評価 全社的な内部統制の評価を、より具体的に理解できるよう、以下では「5W1H」の切り口から見ていきます。 (1) Why:なぜ(目的) 全社的な内部統制の評価の目的は、評価対象とする業務プロセスに係る内部統制の範囲を絞り込むことです。 もちろん、連結グループの財務報告に係る内部統制の有効性の評価という目的もありますが、間接的となる部分が多いため、このように表現しています。 全社的な内部統制の評価では、連結ベースの財務報告全体に重要な影響を及ぼす内部統制について評価を行い、適切な統制が全社的に機能しているかどうかについて心証を得ます。 その結果、適切な統制が全社的に機能していると評価された場合、つまり、全社的な内部統制が有効と評価された場合、個々の業務プロセスに係る内部統制も有効に機能しているだろうと推定できるため、業務プロセスに係る内部統制の評価範囲を狭めることができます。 〈全社的な内部統制が有効な場合の利点〉 反対に、全社的な内部統制が有効でない場合は、適切な統制が全社的に機能していないため、当該全社的な内部統制の影響を受ける業務プロセスに係る内部統制をすべて評価対象とする等といった評価範囲の拡大や、サンプリング件数を増加するといった措置が必要となります。 (2) Who:誰が(評価者) J-SOXは、経営者が内部統制の有効性を評価するため、一義的には、経営者(代表取締役など)自らが内部統制を評価することになります。ただし、経営者がすべての評価作業を実施することは困難であり、経営者の指揮下で経営者を補助して評価する部署や機関の者が評価することが考えられます。 その際、評価者には次の要件が求められます。 〈評価者に求められる要件〉 なお、評価者の独立性については、評価を実施する者が評価の対象となる“業務”から独立し、客観性を保っていればよいとされるため、必ず内部監査部門が評価しなければならないわけではありません。 例えば、経理財務部の経理グループが関与する決算・財務報告プロセスに係る内部統制について、当該決算・財務報告プロセスの業務に一切関与していないのであれば、経理財務部の財務グループが評価者となることも可能です。 (3) What:何を(評価項目) 全社的な内部統制とは、企業全体に広く影響を及ぼし、企業全体を対象とする内部統制であり、基本的には「企業集団全体を対象とする内部統制」を意味します。 例えば、次のようなものが全社的な内部統制に該当します。 〈全社的な内部統制の例〉 全社的な内部統制に限ったことではありませんが、基本的に内部統制は、企業の置かれた環境や事業の特性等を勘案して、最適なものを整備及び運用することが求められます。そのため、各社で構築した内部統制をそれぞれ評価することが求められますが、上記のとおり、全社的な内部統制は抽象的なため、各社で全社的な内部統制を一から文書化していくことは大変な労力がかかり、かつ、漏れも出かねません。 そこで、実施基準では「財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価項目の例」を示し、これをたたき台として、全社的な内部統制に係る文書化の手間を軽減しようという意図があります。 実務的には、実施基準で例示されている評価項目をそのまま又はアレンジして、自社のチェック項目とし、それぞれの項目について整備及び運用状況を評価することが一般的と考えられます。 なお、連結子会社の評価項目について、重要性を勘案し、実施基準の評価項目の例(42項目)のうち、重要な項目に絞って評価することも考えられます。 (4) When:いつ(評価時期) 全社的な内部統制をいつ評価しなければならないといった決まりはありません。ただ、全社的な内部統制の評価の目的が、「評価対象とする業務プロセスに係る内部統制の範囲を絞り込むこと」にあると考えると、比較的早い時期に評価することが望まれます。 なお、実務上は前年度の全社的な内部統制の評価結果をもとに、業務プロセスに係る内部統制の評価範囲を期首付近で暫定的に決めることが多いと思われます。この場合も、全社的な内部統制の評価は比較的早い時期に行われることが一般的といえます。 (5) Where:どこ(評価範囲) 全社的な内部統制の評価範囲については前回説明したとおり、原則としてはすべての事業拠点について評価すべきですが、売上高で全体の95%に入らないような連結子会社など、財務報告に対する影響の重要性が僅少な事業拠点は評価対象にしないことが可能です。 〈全社的な内部統制の評価範囲〉 原則として、評価対象となった連結会社ごとに全社的な内部統制の有効性を評価していくことになります。 ただし、過去の合併等の経緯により、特定の事業部等について他の事業部等とは異なる慣習や組織構造等が認められる場合には、その特定の事業部のみ切り離して別個に全社的な内部統制を評価することもあります。 (6) How:どのように(評価方法) ① 整備及び運用状況 「(3)What:何を(評価項目)」でも触れましたが、実務的には、実施基準で例示されている評価項目を参考にしながら全社的な内部統制の整備及び運用状況を評価することが一般的だと考えられます。 ここで、「整備」と「運用」という概念について説明しておきます。 〈内部統制の「整備」と「運用」のイメージ〉 全社的な内部統制の評価においては、実施基準で例示されている評価項目に照らして、自社でどのようなルール・統制を決めているかを整理していきます。これが、内部統制の整備状況のうちの「内部統制の構築」の評価に該当します。もし、ルールがない、統制はあるが適切ではないといった状況であれば、適切な内部統制が構築されていないため、整備状況に不備があると評価されます。 次に、適切な内部統制が構築されている場合、正しくルール・統制が使われているかを確かめます。これが、内部統制の整備状況のうち「業務への適用」の評価に該当します。もし、そのルールや統制が決められているだけで全く使われていない、使われているが使い方を誤っているといった状況であれば、内部統制が適切に業務に適用されていないため、整備状況に不備があると評価されます。 そして、適切な内部統制が構築され、それが適切に業務に適用されている場合、そのルール・統制が繰り返し正しく使われているかを確かめます。これが「内部統制の運用状況」の評価に該当します。もし、上期においてはルールや統制が正しく使われていたが、下期ではルールや統制が使われなくなった、もしくは誤った解釈をするようになってしまった状況であれば、当期においてルール・統制が繰り返し正しく使われていないため、運用状況に不備があると評価されます(※)。 (※) もっとも、J-SOXでは期末日の一時点の評価のため、期中に不備があったとしても、期末日に不備が改善されていれば、内部統制は有効と評価されます。 ② 具体的な進め方 実務的には、日常の業務を遂行する者又は業務を執行する部署自身で内部統制を自己点検し、その実施結果を経営者又はその補助者(「(2)Who:誰が(評価者)」参照)が利用して、内部統制の有効性を評価することが多いと考えられます。 ③ 評価方法の簡素化 実施基準では、全社的な内部統制の評価方法について次のように簡素化が図られています。 〈全社的な内部統制の評価方法の簡素化〉 これにより、全社的な内部統制の評価項目の運用状況の評価を、一定の複数会計期間内に1度の頻度(例えば、3年に1度)で実施することが可能となります。 2 不備がある場合の取扱い 全社的な内部統制の不備は、業務プロセスに係る内部統制にも直接又は間接に広範な影響を及ぼし、最終的な財務報告の内容に大きな影響を及ぼすことになります。そのため、全社的な内部統制に不備がある場合には、業務プロセスに係る内部統制にどのような影響を及ぼすかも含め、財務報告に重要な虚偽記載をもたらす可能性について慎重に検討する必要があります。 なお、全社的な内部統制に不備がある場合でも、業務プロセスに係る内部統制が単独で有効に機能することもあり得ます。そのため、「全社的な内部統制に不備がある=財務報告に係る内部統制が有効ではない」ということにはなりません。 ただ、全社的な内部統制に不備があるという状況は、基本的な内部統制の整備に不備があることを意味しているため、全体としての内部統制が有効に機能する可能性は限定されると考えられます。 * * * ここまでいくつかの切り口で説明してきましたが、結局のところ全社的な内部統制の評価は、実施基準で例示されている評価項目を参考に、各社で作成したチェックシートを確認していくといった業務が中心になることは変わらないでしょう。 ただ、この業務が「どういった目的で行われているのか」、「有効と評価された場合どうなるのか」といったことを意識することで、「何をやっているのかよくわからない」という状況からは抜け出せるはずです。 次回は、業務プロセスに係る内部統制の評価について説明します。 (了)
企業経営と メンタルアカウンティング ~管理会計で紐解く“ココロの会計”~ 【第16回】 「優柔不断を味方につける」 公認会計士 石王丸 香菜子 *資料* ● PN社では、今月中に新製品製造のための設備投資を実行するかどうかを検討している。現時点では新製品の市場需要は不透明であり、需要が高い確率を60%、需要が少ない確率を40%と見込んでいる。実際の市場需要が判明するのは1年後と考えられている。 ● 今月中に設備投資を行うと、プロジェクトから生じるキャッシュ・フローの正味現在価値の合計は以下のように算定される。 (※) 各年度に生じるキャッシュ・フローを割引計算し、設備投資額も差し引いた計算結果 * * * 1 同僚数人で行くランチ = 保守的なランチ 職場の同僚数人と一緒にどこかへランチに行く時、たいていは保守的な選択になりませんか? 自分1人でランチに行くのであれば、「新しくできた激辛カレー店に行ってみよう!」「たまにはガッツリとカツ丼が食べたい!」など、自由に決められますよね。しかし、同僚数人とランチに行くとなると、「じゃあ、すぐ近くのいつものパスタ店でどうでしょう。」「そうですね。」「そうしましょう。」というような保守的な選択になりがちです。 それぞれの内心では、新しい激辛カレー店に行ってみたいとか、カツ丼が食べたいと思っていても、「もしおいしくなかったら悪いな・・・。」「女性陣はカツ丼食べきれないかも・・・。」など、気を遣ったり、おいしくなかった時の責任を取りたくなかったりして、集団になるとかなり保守的な選択をしてしまうのですね。 集団での意思決定は、個人での意思決定と比べて極端なものになりやすい傾向があります。同僚数人で行くランチのように、非常に保守的な意思決定や慎重な意思決定になる傾向のことを「コーシャス・シフト」と言います。逆に、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という状況(絶対にダメです!)のように、集団での意思決定が極端にリスクのある意思決定や攻撃的な意思決定になる「リスキー・シフト」もよく起こる現象です。 このように、集団での意思決定が個人での意思決定と比べて極端に偏る傾向は、まとめてと呼ばれます。 PN社の新プロジェクトに関する会議でも、「プロジェクトを断念する」というかなり慎重な意思決定をしようとしているようですね。プロジェクトそのものを断念することを現時点で決めることは最適な意思決定なのか、考えてみましょう。 2 「先延ばし」は悪いことではない 今月中に設備投資を実行する場合、プロジェクトの正味現在価値の期待値は1,000百万円×60%+△800×40%=280百万円となっています。 一方、カズノ君の言うように、設備投資を実行するかどうかの決断を1年後に先延ばしすると、どのような効果が得られるでしょうか。 1年後には市場需要が判明していますので、高需要であることが判明した場合には設備投資を実行します。逆に、低需要であることが判明した場合には「設備投資を実行しない」という選択ができます。低需要の場合、1年後時点での正味現在価値は△800百万円ではなくゼロになることに注目してください。 上表の数値は、1年後時点ベースでのプロジェクトの正味現在価値になります。これを現時点ベースでの正味現在価値に直して考えましょう。資本コスト率を10%と仮定すると、1年後時点での1,000百万円は、現時点では1,000百万円÷1.1≒909百万円になります。 期待値を求めてみると、909百万円×60%+0百万円×40%≒545百万円になります。向こう1年間で市場調査や販路開拓を行うために、今月中にリサーチ費用50百万円を投じると仮定すると、プロジェクトの正味現在価値は495百万円になります。 設備投資を実行するかどうかの決断を1年後に先延ばしすると、今月中に設備投資を実行するよりもプロジェクトの正味現在価値が大きくなっていますね。これは、市場需要が判明する1年後に決断を先延ばしすることで、低需要である場合に「設備投資を実行しない」という選択が可能になるためです。 3 「リアル・オプション」という発想 ここで、決断を先延ばしにすることの性質について、少し考えてみましょう。 金融商品のデリバティブ取引の1つに「オプション取引」があります。「オプション」とは、将来の一時点(あるいは一定期間)に、ある資産について、一定のレートや価格で取引する権利のことを言います。オプションを持っている場合、将来の一時点(あるいは一定期間)になった段階で、自分にとって有利な場合にはオプションを実行し、不利な場合にはオプションを実行しなければよいのです。 このような考え方を、リアルなビジネス上のプロジェクトなどの価値評価に応用したものを「」と呼びます。リアル・オプションは新薬開発や資源開発などにおける利用が知られており、高度な数学的手法も用いられています。 今回のケースは、「設備投資を実行するかしないかを1年後に延期する権利」を持っていると言えるので、「延期オプション」に相当します。決断を先延ばしにすることで増加した正味現在価値は、「延期オプションを持つことの価値」と考えることができます。リアル・オプションを利用できるシーンとしては、他にも、将来の一時点でプロジェクトの規模の拡大や縮小を選択できる場合や、プロジェクトからの撤退を選択できる場合などが想定できます。 将来発生する事象に不確実性があり、それに対してある程度柔軟に対応できるような場合には、このようにリアル・オプションの考え方が有効です。高度な数学的手法を利用しない場合でも、リアル・オプションの発想を取り入れると、損失の発生を小さく限定しつつ利益をなるべく大きくすることができるので、不確実性のある場合の意思決定に役立つと言えます。 ◆◇◆今回のキーワード◆◇◆ ▷ 集団での意思決定が、個人での意思決定と比べて極端に偏る傾向のこと。 ▷ オプションの考え方をプロジェクトなどの価値評価に応用した手法。将来発生する事象に不確実性があり、それに対してある程度柔軟に対応できるような場合に役立つ。 (了)
企業結合会計を学ぶ 【第21回】 「共通支配下の取引等の範囲及び概要」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回から、共通支配下の取引等の会計処理について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 共通支配下の取引等の範囲 1 範囲 「共通支配下の取引等」とは、「共通支配下の取引」と「非支配株主との取引」を併せた呼称である(企業結合会計基準40項)。 次のように整理される。 2 「同一の株主」により支配されている会社の判定 「同一の株主」により支配されている会社の判定にあたっては、次の緊密な者及び同意している者が保有する議決権を合わせて、結合当事企業(又は事業)のすべてが、企業結合の前後で同一の株主により最終的に支配されているかを実質的に判定する必要がある(結合分離適用指針202項、436項。「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第22号))。 Ⅲ 共通支配下の取引等の会計処理の概要 結合分離適用指針は、組織再編の形式が異なっていても、組織再編後の経済的実態が同じであれば、連結財務諸表上(合併の場合には個別財務諸表上)も同じ結果が得られるように会計処理を定めている(結合分離適用指針200項、437項)。 会計処理の概要は、次のとおりである(結合分離適用指針200項、437項)。 Ⅳ 共通支配下の取引等に係る対価 結合分離適用指針は、共通支配下の取引等に係る会計処理を規定するにあたり、規定の簡略化のために、組織再編の対価について一定の前提をおいているので、その適用に際しては注意が必要である(結合分離適用指針203項)。 また、組織再編の対価が支払われない場合であっても、以下に述べるような組織再編の形式であって、結合当事企業のすべてが同一の株主に株式のすべてを直接又は間接保有されているとき(完全親子会社関係にあるとき)は、結合当事企業の会計処理は次のように行うとしている(完全親子会社関係にある組織再編において対価が支払われない場合の会計処理。結合分離適用指針203-2項、437-2項、437-3項)。 これらの会計処理は、組織再編の対価が支払われるかどうかは企業集団の経済的実態には影響を与えないことが前提であるため、完全親子会社関係にある場合に限り、適用することに留意する(結合分離適用指針437-3項)。 (1) 合併の場合(子会社と他の子会社との合併の場合) ① 吸収合併存続会社の株主資本項目は、合併が共同支配企業の形成と判定された場合における「認められる会計処理」(結合分離適用指針185項(1)②)に準じて処理する。 ② 増加すべき払込資本の内訳項目は、会社法の規定に基づき決定する。 ③ 結合当事企業の株主(親会社)は、吸収合併消滅会社の株式の帳簿価額を吸収合併存続会社の株式の帳簿価額に加算する。 (2) 会社分割の場合 【親会社の事業を子会社に移転する場合】 ① 吸収分割会社である親会社は、結合分離適用指針233項に準じて会計処理を行い、株主資本の額を変動させる(結合分離適用指針446項)。 ② 吸収分割承継会社である子会社は、親会社で変動させた株主資本の額を、会社法の規定に基づき計上する(結合分離適用指針234項)。 ③ 親会社の株主は会計処理を要しない。 【子会社の事業を他の子会社に移転する場合】 ① 吸収分割会社である子会社は、結合分離適用指針255 項に準じて会計処理を行い、株主資本の額を変動させる(結合分離適用指針446項)。 ② 吸収分割承継会社である他の子会社は、吸収分割会社である子会社で変動させた株主資本の額を、会社法の規定に基づき計上する(結合分離適用指針256項)。 ③ 吸収分割承継会社である他の子会社が分割期日に吸収分割会社である子会社の株式を保有している場合には、当該吸収分割後の吸収分割会社の財務内容等を勘案して、期末において、当該吸収分割会社の株式の帳簿価額について、相当の減額の要否を検討する。 ④ 吸収分割会社の株主(親会社)は、受け取る吸収分割承継会社の株式とこれまで保有していた吸収分割会社の株式が実質的に引き換えられたものとみなし(結合分離適用指針295項)、分割型の会社分割における吸収分割会社等の株主に係る会計処理(結合分離適用指針294項)に準じて処理する。 【子会社の事業を親会社に移転する場合】 ① 吸収分割承継会社である親会社は、子会社が親会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の親会社の会計処理(結合分離適用指針218項から220項)に準じて処理する。 ② ただし、移転する事業に子会社株式(親会社からみて孫会社株式)や関連会社株式が含まれている場合には、親会社は、当該子会社株式等の受入れについて、子会社が他の子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の株主(親会社)の会計処理(結合分離適用指針257項参照)に準じて処理する。 ③ 吸収分割会社である子会社は、子会社が親会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の子会社の会計処理(結合分離適用指針221項)に準じて処理する。 (了)
組織再編時に必要な労務基礎知識 Q&A 【Q19】 会社分割にあたり、労働組合にはどのような通知が必要か 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 【A】 分割会社と労働協約を締結している労働組合に対して、労働協約を承継会社が承継する旨の分割契約又は分割計画における定めの有無等の一定の事項を、書面で、通知期限日までに通知しなければならない。 (※) 本稿では、会社分割により事業を分割する会社を「分割会社」、それを承継する会社(新設分割の場合の新設会社も含む)を「承継会社」という。 通知対象 労働契約承継法(2条)では、会社分割にあたり、労働者だけでなく労働組合に対しても通知を義務付けているが、その通知の対象となるのは、分割会社と労働協約を締結している労働組合となる。 なお、指針(※)では、労働組合の組合員が分割会社との間で労働契約を締結している場合には、分割会社と労働協約を締結していない労働組合にも通知することが望ましいとされている。 (※) 「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(第2の1の(3)) ちなみに、労働者に対する通知については前回を参照されたい。 通知事項 労働組合に通知すべき事項は、労働契約承継法(2条)及び労働契約承継法施行規則(3条)の定めにより、次の項目となる。なお、①から④については、労働者に通知する内容と共通の項目となる。 通知方法 労働組合に法定の事項を通知する方法は、書面によらなければならない。したがって、電子メール等で行うことはできない。 なお、厚生労働省より、以下の通り、通知書の例が示されている。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 通知期限日 労働組合への通知は、労働者への通知と同様に、労働契約承継法(2条)により、遅くとも、下記のいずれかの日までに実施しなければならない。 なお、上記の通知期限日までに労働組合へ通知すればよいが、指針(※)により、株式会社については、会社法に定める分割契約等の本店備置き日又は株主総会を招集するための通知を発する日のうちいずれか早い日に、合同会社については、債権者の全部又は一部が会社分割について異議を述べることができる場合に、当該分割会社が、会社法に定める事項を官報に公告し又は知れている債権者に催告する日と同じ日に行われることが望ましいとされている。 (※) 「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(第2の1の(1)) 上記労働組合への通知は、労働契約承継法に基づく法定のものであるため、仮に事前協議等によって労働組合の了承を得ている場合であっても、本手続きは省略することはできないとされている。 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第15回】 「贈与による親族内承継」 税理士法人トゥモローズ 前回までは事業承継前にできる老後資金準備策について、施策ごとに検討を行ってきたが、今回からは実際の承継時における資金確保策を検討することとしたい。 中小企業の経営者が事業承継を考えるとき、後継者の選択肢としては、自身の子をはじめとする親族内、従業員を対象とする親族外、そして全くの外部へのM&Aが想定される。 この中で経営者が最初に検討すべきは、自身の子に事業を引き継げるかどうかであろう。 自らが保有する自社株式を子へ移動する方法としては、①相続による場合、②贈与による場合、③売買による場合、という3つのパターンがあるが、今回はこのうち②の贈与による親族内承継を確認していく。 なお、中小企業経営者にとっては、事業承継時の老後資金の確保として、自身が保有する自社株式をどのように老後資金へつなげるかという点が、最も重要な課題といえる。しかし、贈与による場合には対価を伴わないため、先代経営者自身は株式の処分が老後資金の確保に直結しないことに留意する必要がある。 1 贈与の方法 親族内承継における自社株式贈与の方法としては、以下の3通りの方法が考えられる。 (1) 暦年課税贈与 一般的な贈与として、暦年課税贈与による自社株式の移転が可能であるならば、最もシンプルな方法である。贈与により受贈者である後継者が贈与税を納めることで自社株式に関わる課税関係が終了するため、先代経営者にとっては、贈与後の自社株式に関する課税関係を考えなくて済むといったメリットがある。 また、複数回かつ長期間にわたって暦年贈与できるような場合には、110万円の非課税枠の活用と特例贈与としての低い税率適用が期待できる。一方で、この場合には、毎回の株価算定が必要になることや、相続税の3年内加算という不確定要素が生じることとなる。 この方法が適しているケースとしては、贈与時において自社株式の株価がゼロであるような場合、若しくは、株価が出ている場合においても後継者が当該贈与による贈与税の納付が可能なときである。 (2) 相続時精算課税制度 会社の株価が低い状態であれば、相続を見据えて相続時精算課税制度を利用することにより、現時点における低い株価により、相続財産としての自社株式の相続税評価額を固定することができる。相続時においては、その株価によって相続税計算に持ち戻されることとなるが、今後、自社の経営状況が成長を続け株価の増大が見込まれるような場合には、適している制度である。 留意点としては、一度精算課税を選択した場合には(1)の暦年課税贈与には戻れないため、その後における110万円の非課税枠の適用が受けられなくなることが挙げられる。また、相続時には贈与税額控除として精算されるが、精算課税による2,500万円の非課税枠を超えた分の贈与については一律20%で贈与税が課せられるため、一時的に贈与時には納税資金が必要となる。 (3) 事業承継税制 平成30年に事業承継税制の特例制度が創設され、さらに令和元年には個人版事業承継税制が創設された。双方ともに、一定の要件を満たした上で、事前に都道府県に対して特例承継計画を提出し認定を受け、先代経営者から子供などの後継者に対して当該特例の対象となる自社株式(個人事業の場合には特例事業用資産)の贈与を行うことにより、贈与税の100%納税猶予を受けることができる。 なお、当該贈与税は先代経営者の相続開始時まで猶予され相続開始時に免除が行われるが、あくまで贈与税の納税猶予・免除であり、相続税については別途相続税の納税猶予・免除制度の適用が必要となる。 法人形態の場合には、猶予期間中においては、5年間は都道府県に対し定期書類を提出する必要があることや、税務署に対しても継続適用の届出を提出する必要があり、さらに5年経過後においても株式保有等の要件を満たし続ける必要があるため、上記(1)暦年課税贈与や(2)相続時精算課税制度よりも手続が煩雑となる。 また、この制度を適用する場合には、適用取消しなどのリスクを想定しながら、株価引下げの対策を行った上での贈与や相続時精算課税制度との併用の検討を行うべきである。 なお、個人事業主の場合には、納税猶予適用後は、原則として都道府県への年次報告は必要ないが、税務署へは3年毎に継続届出を行う必要がある。 2 遺留分への対策 後継者以外に相続人がいる場合において、中小企業経営者の相続財産のうちに自社株式の占める割合が大きいときは、後継者以外の相続人の遺留分に留意する必要がある。 事業承継においては、自社株式の議決権を後継者に集中させる必要があるが、後継者に自社株式を集中させようとしても、遺留分の侵害を受ける相続人から減殺の請求を受けてしまうと、後継者に多額の代償金の負担や場合によっては自社株式の分散がされてしまい、事業承継に大きな支障をきたすこととなってしまう。 このために、贈与の実行と共に、遺留分に対する民法の特例として「除外合意」により生前贈与株式等を遺留分の対象から除外することや「固定合意」により生前贈与株式等の評価額をあらかじめ固定しておくといった相続に伴う自社株式分散の防止、遺留分対策を行っておく必要がある。 なお、2018年改正前の民法においては、遺留分の減殺請求があったときは、後継者としての受遺者が取得した自社株式は、その他の相続人である遺留分権利者との共有となるとされていたが、民法改正により遺留分減殺請求によって生じる権利は金銭債権となったため、減殺の請求がされた場合であっても自社株式の共有という状態は生じないこととなる。 また、同改正により、遺留分の算定において、相続人に対する贈与は、無制限にではなく、相続開始前10年間にされた贈与に限り遺留分を算定するための財産として加えられることとなった。 これら改正により、事業承継の場面における後継者以外の相続人からの遺留分侵害による減殺の請求のリスクは一定程度限定されることとなった。 (了)
令和時代の幕開けに思い馳せる 会計事務所経営 【第4回】 「あなたはそれでも事業承継をビジネスにしますか」 ~大廃業時代とどう向き合うか~ (後編:独自性マーケティング) 株式会社アーヌエヌエ 代表取締役 杉山 豊 前回に続き「マーケティング」についてお話を展開させていただきます。前回は顧客志向マーケティング、すなわち、顧客理解からその顧客の問題解決を提起することが、マーケティングの第一歩であると綴らせていただきました。 従前の会計事務所のビジネスモデルは陳腐化しつつあり、新たなモデル構築を迫られている。一方で、中小企業の経営課題は多岐にわたっています。このような環境下で、会計事務所の顧客はまさにこの中小企業であり、十分な成長可能性を秘めていると確信しています。 ➤ありふれた打ち手では闘わない マーケティングとは、「自ずと買ってしまう仕組み作り」と言われています。 すなわち、欲しいと思わせる、思わず手が伸びるような仕組みを作ることです。 そして現代は、高度成長期を経てモノが余っている時代、飽食の時代でもあります。さらに情報も氾濫し、顧客がその情報過多に辟易としているとも言われています。 皆さんは、その時代に「余り溢れている打ち手」に、莫大なコストをかけて挑みますか? GoogleにAdWords(アドワーズ)というサイトがあります。 キーワード検索で広告単価が検出できるツールでもありますが、まさにこの「打ち手にいくらの費用がかかるのか」という戦略を言語化することで、競争性が見える優れモノです。 ちなみに会計業界の事業を言語化すると、「決算」「格安」「節税」「相続」「事業承継」「資金繰り」など、思い当たるところはまさに前回も書かせていただいた“レッドオーシャン”であり、熾烈な価格競争に挑んで疲弊する必要は全くありません。 では、これらレッドオーシャンではなくブルーオーシャンを開拓するには、どうすればよいのでしょうか。 ➤意外とできない「自己対峙」 先生方は、ご自身の独自性について、考えられたことはありますか。 「独自性」とはまさに先生の生き様、価値観、個性そのものであろうと考えます。 先生の個性そのものを活かして、市場で勝負してみてはいかがでしょうか。何も「会計事務所の業務はこうでなくてはならない!」という考えに縛られる必要はないのです。 では、独自性を打ち出すためにどのように思考していくのか、最初に考えるべきは自己対峙です。 「自己対峙=自分自身と向き合うこと」・・・字面ではたやすく考えがちですが、実際やってみると、これがとても難しい。 なぜかと言うと、どうしても正直に、素直に向き合えない、嫌な面や辛い過去にフタをしてしまう、プライドが邪魔をしてあるべき論に覆われ、本来の姿が見えない、等々、本質的な自己対峙というものが、なかなかできない方が多いのです。 ただし、この自己対峙を間違ったアプローチでしてしまうと、「本当の自分」を見失うことになりかねません。本当の自分でなければ、独自性の第一歩が踏み出せないのです。 ➤強み・弱みを「棚卸し」 自己対峙の次にすることが、棚卸しです。 「棚卸し」とは、自分の持つ様々な個性、価値観、生き様から、何を抽出するかです。SWOT分析の中の「強み・弱み分析」とも言えるでしょうか。 過去の人生を振り返ると、「自分しか経験していない物事」というのは、実はたくさんあるものです。その物事から、自分にしかできないオリジナリティ溢れたコンテンツやノウハウを抽出してみてはいかがでしょうか。 嫌いで避けているが、実は好きだったこと、昔得意だったのに、あることがきっかけでやめてしまったことなど、好き(嫌い)得手(不得手)の両面を見ることで抽出できる(生まれる)独自性もあるのです。 ここで、棚卸しが苦手な方にお勧めの方法があります。 それは、奥様、ご両親、お子さん、友人、知人、同僚、先輩、部下、周りの人たちに、先生の強み・弱みがどこにあるのか、聞いてみることです。 「意外と気づいていない自分」が見えるかもしれません。 ➤「自己理解」の先に見えるもの 最後にやるべきは、自己対峙、棚卸しによって明らかになった自分を、しっかりと理解することです。 この「自己理解」ができると、進むべき道がはっきり見え、目標も明確になります。 自己理解と聞くと「自分のことは分かっている」と言う方も多いのですが、パーソナルコーチングを業としている私から見ると、皆さん、なかなかエゴが入っていて、腹落ちされていません。 自己理解ができると、副産物として他人の理解も進み、それを適合することで円滑なコミュニケーションを図ることができ、この後の連載で取り上げる予定の組織論にも十二分に役立つのです。 ➤独自マーケティングを展開する先生方 さて自己対峙、棚卸し、自己理解ができたらどうなるのか。 今回はその事例をいくつかご紹介して、終わりにしたいと思います。 無類のお酒好きの先生、自分でお酒を振る舞うお店まで出店するほどです。 彼はこう言います、「酒蔵の再生がしたい」と。 自分の趣味嗜好から「お酒」というキーワード、そして酒蔵経営を支援する、弱った酒蔵を再生してあげたい・・・独自性マーケティングをしっかり果たしていると思いませんか。 ある先生は、過去、倒産した経営者に、その兆しを伝えることができなかった。そういう経験から、資金繰りと経営計画の重要性に気づき、小さい会社を大きくしたい、そのことだけに特化をし、今や月次を捨ててMAS(Management Advisory Servise)に特化した経営をする会計事務所。 いつも熱く語るその先生の姿勢や生き様は、お客様の心に響き、多くの経営者から感謝の声が寄せられています。 過去に目を向け、捨てる勇気を持った独自性マーケティングの1つではないでしょうか。 理工学部出身の先生、業務効率をIT化で加速させようと現在奮闘中。クライアントもIT業界に特化し、自らもITに強みがあることからシステム開発にも参戦。 「会計業界を変えたい」と語る先生の目は、いつも輝いています。 数字に強い、工学に強い、自分の強さを思う存分に発揮しようと独自性を突き進むこの先生は、会計業界を引っ張るニューリーダーともいえる存在です。 上記のように私の周囲には、仕事柄、独自性を発揮する見本のような先生方がたくさんいらっしゃいますが、彼らに共通するのは「独自性を発揮する過程で生まれるものがある」という点です。それはまさに、先生の業務領域の拡大に通じる「コンサル能力の増幅・増強」です。 「コンサル能力の増幅・増強」とはどんな能力か、それは、独自性を生み出すマーケティング・コンサルティングです。先生方が自身の独自性を打ち出す過程で、そのノウハウが蓄積されるのです。 誤解されている方が多く、真面目な方々が多いからかもしれませんが、実はコンサルティングの仕事は、答えを出すことではありません。“答え”はすでにお客様が持ち合わせていて、先生のお仕事は、その“答え”へとファシリテートすることなのです。 ➤「聞く力」「質問する力」こそ不可欠 最後に、これからの会計事務所経営に不可欠なノウハウとツールには、コミュニケーション能力も含まれると思います。ただし、先生方によく言われます。「話すのは得意じゃないからね」と。 いえいえ、話す能力は全く不要です。 むしろ問題点を明確に把握する能力とは、「ヒアリング能力」そのものです。そして、課題が把握できないときにしっかり聞ける「質問力」。この2つこそが、コンサルティングに不可欠なのです。 * * * さてここまで、「マーケティング」をテーマに前後編とお話をしてきましたが、令和時代に打ち出すマーケティングに必要なのは、顧客理解と独自性、顧客理解に必要なヒアリング能力、質問力、そして、独自性を発揮するための素直で謙虚な「自己理解」という能力だと考えています。 (了)
《速報解説》 会計士協会、国内外企業の特徴的な事例をまとめた 「統合報告の事例研究」を公表 ~各社取組み状況に関するヒアリング結果も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年7月12日、日本公認会計士協会は、「統合報告の事例研究」(経営研究調査会研究報告第68号)を公表した。 これは、統合報告に関する日本及び海外企業の特徴的な事例をまとめたものである。統合報告書の発行企業数は、2015年の138社から、2018年には414社まで増加しているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 研究報告は、目次を含めて93ページに及ぶものである。 研究報告の取りまとめの目的は、統合報告書に関する特徴的な事例を紹介することであり、統合報告に関するベストプラクティス選定やベンチマーク調査を目的とするものではない(4ページ)。 1 各社の開示の特徴 研究報告では、国内及び海外の会社として14社の事例が紹介されている。 例えば、次のように各社の開示の特徴が述べられている(ここでは紹介事例のうち5社を記載する)。 2 ヒアリング結果 研究報告では、国内調査対象企業へのヒアリングも実施しており、その概要が記載されている。 例えば、統合報告書作成の主管部署は、9社中7社がIRを担当する部署が中心となっており、また、他の2社はIRに加えて経営企画・経営戦略を担当する部署が参画するプロジェクトチームを組成して、統合報告書を作成していたなど、ヒアリング結果が記載されている。 そのほか、課題として挙げられた事項、必要な環境整備として指摘された事項も記載されているので、今後の統合報告の作成に際して参考になると思われる。 (了)
《速報解説》 会計士協会から研究報告 「近年の不正調査に関する課題と提言」が公表される ~「問題がある不正調査」の課題明確化のため想定事例を示して解説~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 日本公認会計士協会(経営研究調査会)は、2019年7月2日、研究報告第65号「近年の不正調査に関する課題と提言」を公表した。 前掲文では、本研究報告の作成目的について、2013年に公表した「不正調査ガイドライン」が、不正調査人に十分尊重されていない事例もあることから、アンケート調査結果や公表物等を参考にしつつ、「問題がある不正調査」に関する課題がわかるように事例を創作し、提言として解説したものであると説明されている。 【目次】 本稿では、公表された研究報告第65号「近年の不正調査に関する課題と提言(以下「報告書」と略称する)」のうち、まず「総論」についてその概要をまとめたうえで、「本論」部分である、問題のある不正調査として列挙された事例に関する課題と提言及び、日本公認会計士協会(経営研究調査会)の報告について検討したい。 Ⅰ 総論 1 「不正調査ガイドライン」とは 総論では、まず「不正調査ガイドライン」の意義について、不正が発生又は発覚した企業等から、公認会計士に不正調査業務の依頼があった場合、当該業務を受嘱するかの判断、当該業務の体制と計画・管理、情報の収集と分析、仮説の構築と検証、不正の発生要因と是正措置案の提言、調査報告、企業等が行うステークホルダー対応への支援及び不正調査業務の終了といった一連の業務に関する概念や留意事項等について体系的に取りまとめたものであり、不正調査を実施する者(不正調査人)が不正調査業務を実施する際に、十分に尊重し参考にすることが期待されているものであり、また、公認会計士以外の専門家や企業等自ら、更にはステークホルダー等が実施する不正調査業務においても有用なものとして利用することが期待されていると説明している。 2 不正調査における公認会計士の役割 総論では、公認会計士が、不正調査業務を実施するに当たって、倫理面で特に注意が必要な点として、以下の5項目を挙げている。 3 「不正調査ガイドライン」における不正及び不正調査の概念 不正調査ガイドラインに記載されている「不正」概念は、「法律、規則及び基準(会計基準を含む。以下同じ)並びに社会倫理からの逸脱行為」であり、違法行為を含む不正や不祥事も該当する。 また、不正調査ガイドラインは、不正調査を、「企業等自ら又は不正調査の依頼者からの依頼に基づき、不正調査を実施する者が法律、規則及び基準並びに社会倫理からの逸脱行為に関して、その内容、関与者の特定、手口、影響額、発生要因等を調査し、ステークホルダーへの対応を検討し、是正措置案の検討をするとともに、必要に応じてその後の是正措置の実施状況を監督する一部又は一連の手続」と定義している。 Ⅱ 近年の不正調査に関する課題と提言 報告書では、問題とした事例を、「倫理面及び調査体制・計画管理」「調査手続及び調査結果の検討」及び「要因分析及び是正措置等」に分類して、それぞれの事例における課題と提言をまとめている。 以下、報告書の区分にしたがって、内容を検討したい。 1 倫理面及び調査体制・計画管理 本項で、報告書は、「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」や公認会計士協会の「倫理規則」を引用しながら、以下の事例における課題と提言をまとめている。 提言の1つとして、不正調査の依頼企業は、不正調査の委嘱に当たって、不正調査人から、不正調査人の資質や独立性・中立性等を確認するための宣誓書を入手し、これを調査報告書に添付することが挙げられている。 また、事例1-8では、グループ会社の不正調査に当たっては、1つの子会社の粉飾決算の原因(動機、機会、正当化)を分析したうえで、他のグループ会社においても同様の粉飾決算が発生していないかを分析し、必要に応じて調査対象の範囲を拡大すべきであることが提言されている。 2 調査手続及び調査結果の検討 本項では、共通事例として、社内と調査委員と不正調査人を補助者として構成された内部調査委員会が、不正調査を実施したものの不正を特定できなかったが、その後も詳細な通報が相次いだため、別の不正調査人に委嘱して調査を行ったところ、経営陣やグループ会社が関与する大規模な不正が発見されたという想定事例のもと、次のような事例を「問題がある不正調査」として列挙している。 本項でも、グループ会社で類似の不正がないかどうかを検証する調査に触れられており、事例2-4では、その手段の1つとして、「アンケート調査」が挙げられている。 報告書では、アンケート調査の有効性を認めつつも、「双方向のコミュニケーションではなく一方的な申告であるため、回答結果の判断は回答者の誠実性に依存する点に留意する必要がある」ことと、アンケート内容のフォローアップが重要であることを説明したうえで、グループ会社の内部統制の状況、不正の手口の態様や発生可能性を検討して、場合によっては、インタビュー、書類の査閲・分析等の調査も追加すべきであるとまとめている。 3 要因分析及び是正措置等 本項では、不正調査ガイドラインにおける「不正調査人は、不正が発生又は発覚した要因に基づき是正措置案を検討する必要があり、それを前提として適切な要因分析が求められる。」との記載について、次のような「問題がある不正調査」の事例を挙げている。 最近では、開示された調査報告書で、取締役・監査役以外の従業員の氏名が特定されているものは見られなくなったが、過去には、匿名化が洩れていた報告書も一部、存在していた。 そこで、事例3-4においては、不正実行者の匿名性について、「不正調査の目的が、個人の法的責任の追及」ではなく、「不正の事実関係を把握し発生要因を分析した上で是正措置案を提言することにある」ことから、「公表される不正調査報告書においては、一般に他の開示書類などで公知の経営者らを除き、個人が不測の損害を被ることを避けるため、特定の従業員等の氏名を匿名化するなどの配慮をすることが必要である」として、報告書を結んでいる。 (了)
2019年7月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.326を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。