事例でわかる[事業承継対策]
解決へのヒント
【第7回】
「配偶者が筆頭株主の場合」
太陽グラントソントン税理士法人
(事業承継対策研究会)
パートナー 税理士 梶本 岳
相談内容
私Tは、電気機器の設計・製造を営むS社を経営しています。S社は私の義父が創業した会社で、婿である私が経営を引き継いで20年になります。私も来年60歳になりますので、後継者である長男Aへの事業承継を意識し始めたところなのですが、経営の承継だけでなく、妻Uの所有するS社株式についてもAに承継する方法を考えるようにとメインバンクからアドバイスを受けました。
S社の株式は、創業者の一人娘であるUが相続し、相続から20年が経過した現在も大半の株式を保有しています。Uは経営には関与しておらず、S社の取締役にも就いていません。
当社は業績が非常に好調なこともあって、Uの所有するS社株式の株価が非常に高額になっています。株価が高い会社にとって事業承継税制は非常に有効な対策であると顧問税理士から説明を受けたのですが、同時に、筆頭株主であるUが代表取締役でなければ事業承継税制は使えないとの説明も受けました。実際、UはS社の経営に関与しておらず、取締役にも就任していません。
Uが株式の大半を保有している現状のままでは、事業承継税制を使ってAに株式を贈与することはできないのでしょうか。
また、どのような対応をとれば、事業承継税制を使ってAに株式を贈与することが可能となるでしょうか。
解決へのヒント
経営に関与していない配偶者が筆頭株主である場合には、特例贈与者の要件を満たすことができないため、事業承継税制を適用することはできません。
S社株式の承継に事業承継税制を適用するためには、U氏が代表者に就任するか、先代経営者T氏が筆頭株主になるように株式を取得する必要があります。
■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■
[1] 経営に関与していない配偶者が筆頭株主の場合
(1) 特例贈与者の要件
事業承継税制(贈与税の納税猶予)の特例措置の適用を受けるには、非上場株式を贈与する者が特例贈与者(措法70の7の5①)に該当することが必要です。平成30年度税制改正により創設された特例措置においては、先代経営者以外の者(代表権を有していたことがない者)からの贈与においても納税猶予を適用することが可能になりましたが、先代経営者以外の者が特例贈与者となるためには、最初に先代経営者が事業承継税制の特例措置の適用を受けていることが必要とされています(措令40の8の5①二)。
S社の場合、先代経営者であるT氏は筆頭株主の要件を満たしていないため、特例贈与者になることができません。したがって、現状のままでは、代表権を有していたことのない配偶者のU氏も特例贈与者になることができません。
U氏が特例贈与者になるためには、①U氏自身が経営に関与して代表権を有するか、②先代経営者であるT氏が筆頭株主になるように株式の集約を図ることが必要になります。
① 先代経営者(代表権を有していた者)の要件(すべてを満たすことが必要)
② 代表権を有していない者の要件(いずれかに該当することが必要)
(2) 代表取締役への就任
U氏がS社の代表取締役に就任し、代表権を有することになった場合には、上記(1)①の要件を満たすため、事業承継税制の特例を適用することが可能になります。
代表取締役に就任するにあたっては、登記だけの形式的なものでなく、勤務実態を備えていること、つまり、取締役会への出席に留まらず、代表取締役としての業務執行が実際に行われていることが重要になります。登記上の代表取締役に就任しているだけで代表取締役としての業務執行が行われていない場合には、納税猶予が認められない可能性がありますので注意が必要です。
これまで経営に関与してこなかったU氏が事業会社の代表取締役に就任し、業務執行を行うことは、従業員や取引先といったステークホルダーに対する説明という点でも非常にハードルが高いと思われますので、ビジネス面での慎重な検討が必要です。
[2] 配偶者の代表取締役就任が困難な場合
(1) 持株会社の設立
U氏が事業会社であるS社の代表取締役に就任することが現実的に難しい場合には、S社の株式を保有することを目的とする持株会社H社を設立し、U氏がH社の代表取締役に就任する方法が考えられます。
事業会社であるS社は今まで通りT氏が経営することでステークホルダーに対する責任を果たし、U氏はH社の代表取締役として業務執行を行うようにすれば、先代経営者として事業承継税制の特例贈与者の要件を満たすことが可能です。
持株会社が資産保有型会社(※1)又は資産運用型会社(※2)に該当した場合には、一定の事業実態がある場合を除いて事業承継税制の適用を受けることができませんので注意が必要です(措法70の7の5②一ロ)。しかし、特別子会社となるS社が資産保有型会社又は資産運用型会社に該当しなければ、H社が保有するS社株式は「特定資産」に該当しないことになるため、H社は資産保有型会社・資産運用型会社に該当することなく事業承継税制の適用を受けることが可能です。
(※1) 資産保有型会社:総資産に占める特定資産の割合が70%以上の会社
(※2) 資産運用型会社:総収入金額に占める特定資産の運用収入の割合が75%以上の会社
株式移転は、会社分割に比べて事業運営に及ぼす影響が少なく、比較的容易に持株会社制を実現できるという特徴がありますが、株式移転の日に新たに法人が設立されることになるため、後継者が贈与の日まで引き続き3年以上にわたり対象会社の役員等でなければならない(措法70の7の5②六ヘ)という特例受贈者の要件を満たすには、設立から3年間は事業承継税制を適用できない点に注意が必要です。
(2) 先代経営者への株式集約
配偶者U氏の代表取締役就任が現実的でない場合には、代表権を有しているT氏が筆頭株主となるように株式を集約し、T氏が先代経営者として特例贈与者の要件を満たす方法が考えられます。
U氏からからT氏への株式集約には、贈与税(T氏)や所得税(U氏)などの移転コストが必要になりますが、T氏が先代経営者として特例贈与者の要件を満たすことができた場合には、U氏も先代経営者以外の者として事業承継税制を適用することが可能になります。
T氏に株式を集約することで、T氏及びU氏が保有するすべての株式に事業承継税制を適用することが可能になりますので、①T氏が筆頭株主になるために要する税コスト、②事業承継税制を適用しなかった場合の相続税負担を比較検討したうえで、実行することが必要です。
[3] 結論
まずは、U氏に代表権を付すことの是非について検討が必要でしょう。形式的に代表権を付与するだけでなく、代表取締役として業務執行を行うことが可能であるのか、ビジネス面での慎重な判断が必要になるものと考えます。
なお、具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。
〔凡例〕
所法・・・所得税法
法法・・・法人税法
相法・・・相続税法
(例)相法9の2④・・・相続税法第9条の2第4項
(了)
「事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント」は、毎月第2週に掲載されます。