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租税争訟レポート 【第40回】「所得税法第204条第1項第6号に規定する「ホステス等」の意義とは(国税不服審判所平成30年1月11日裁決他)」

租税争訟レポート 【第40回】 「所得税法第204条第1項第6号に規定する「ホステス等」の意義とは (国税不服審判所平成30年1月11日裁決他)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   所得税法第204条第1項には、「源泉徴収義務」について、以下のような規定がある。 そして、ホステス等に支払う報酬・料金については、国税庁タックアンサーNo.2807に以下のとおり、詳細な解説がされている。 ホステス等に支払う「報酬・料金」については、支払時に源泉所得税を控除することが義務付けられ、ホステス等は、支払いを受けた「報酬・料金」については、事業所得として確定申告を行うことが、所得税の規定からは予定されていたはずである。 そして、ホステス等に支払う「報酬・料金」については、支払いを行う事業者の消費税額等の計算上、課税仕入れに該当することから、これを仕入税額控除の対象として消費税額等の確定申告を行うものという理解が成り立ってきたものと考える。 ところが、最近公表された裁決事例や判決では、上記タックスアンサー冒頭のただし書きの条項「その内容が給与等に該当する場合には、給与等として源泉徴収すべき所得税及び復興特別所得税の額を計算します」を適用して、ホステス等に支払う「報酬・料金」を給与所得と認定することにより、消費税額等の計算においても課税仕入れであることを認めず、納税告知処分や消費税額等の賦課決定処分を行った原処分庁の判断を認め、納税者の主張を退けるものが散見される。 本稿では、去る9月27日に公表された裁決事例のうちから、キャバクラを経営する審査請求人がキャストに支払った金銭が給与であると判断された裁決と、同じく、自ら経営するキャバクラのホステスに支払った金銭が、給与であるとして納税告知処分を受けた原告(控訴人、上告人)の訴えを裁判所が棄却した判決を検討することにより、所得税法第204条1項6号に規定する「ホステス等」の意義を考えてみたい。   【事案の概要】 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という)のキャスト及びスタッフに支払った金員は給与等に該当し、売上金員の一部を請求人の代表者が費消したことは同人に対する給与等に該当するとして源泉所得税等の納税告知処分等を行ったこと、また、キャスト等に簿外で支払った金員相当額を課税標準額から除外したとして消費税等に係る重加算税の賦課決定処分を行ったこと、さらに、キャスト等に支払った金員は課税仕入れに該当しないとして消費税等に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったことに対して、請求人が、キャスト等に支払った金員は、報酬料金に該当し、課税仕入れに該当するから消費税額等は生じない、また、売上金員の一部を代表者が費消した事実はないなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 上記のとおり、争点は多岐にわたるが、本稿では、[争点2]のキャスト等に支払った金員が給与等に該当するか否かについて、国税不服審判所の判断を検討したい。   【キャストに支払った金員が給与等に該当するか否か[争点2]】 請求人の経営するキャバクラには、接客業務の対価を月払いで受け取る「月払キャスト」と日払いで受け取る「日払キャスト」が存在していた。請求人は、各キャストに接客業務の対価として支給すべき額を算定し、月払キャストに対しては月末に、日払キャストに対しては日々の営業時間終了後に、それぞれ金員を支給していた。 1 原処分庁の主張 原処分庁は、キャストに対する支給額について次の理由から、請求人との関係において、空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務を提供して、その対価として、金員を支給されていたと認められ、各キャストと請求人との雇用契約又はこれに類する原因に基づき請求人の指揮命令に服して提供した労務の対価、すなわち給与等に該当すると主張した。 (1) 月払キャストについて (2) 日払キャストについて 2 審査請求人の主張 一方、審査請求人は、以下の理由から、キャストに対する支給額は、給与等に該当せず所得税法第27条第1項に規定する事業所得(報酬)に該当すると主張した。 (1) 月払キャストについて (2) 日払キャストについて 日払キャストは、上記(1)の①から⑧までについて月払キャストと同じ状況であり、金員の支払方法が日払いか月払いかの違いのみである。 3 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、まず、法令解釈として、最高裁昭和56年4月24日判決を引用する形で、次のように事業所得と給与所得の所得区分について判断を示した。 その上で審判所は、請求人が経営するキャバクラ店で働くキャストについては、請求人との間で、本件各店舗での接客業務に従事するに当たり、給与体系、勤務時間及び店舗規則などの勤務条件について合意がされていたこと、合意に基づき、代表者又は店長が、出勤状況、接客時間又は勤務時間等を管理していたこと、店舗における顧客サービスの中で、自分の指名客以外の客に対しても店長の指示により接客業務に従事していたことが認められることから、各キャストは、入店から退店までの時間は請求人の管理下にあったと認められ、請求人から空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務の提供をしていたものとみることができると述べた。 また、審判所は、各キャスト支給額は、時給に接客時間又は勤務時間を乗じて計算した基本給の額に、各種手当の額を加算して算定されていること、雇入れ年月日から少なくとも1又は2ヶ月間は一定の時給が保証されていること、各キャストは客に対する売掛金を回収する責任を負っていなかったことからすれば、各キャストが自己の計算と危険において独立して事業を営んでいたものとみることはできないと述べた。 以上の事実認定から、審判所は、各キャストは請求人との関係において、時間的、空間的な拘束を受けて継続的ないし断続的に労務の提供をし、その対価として支給額の支給を受けていたということができることから、各キャストへの支給額は、各キャストと請求人との雇用契約に基づき、請求人の指揮命令に服して提供した労務の対価、すなわち所得税法第28条第1項に規定する給与等に該当すると判断した。   【事案の概要(第1事件についてのみ)】 武蔵野税務署長は原告に対して、原告はいわゆるキャバクラ店を経営し、各店舗に勤務する各ホステス及び各従業員並びに原告がキャバクラ事業の管理を行っていた事務所に勤務する各従業員に対し、給与等を支給していたにもかかわらず、原告が給与等の支払者ではないかのように仮装し、源泉所得税をいずれも各法定納期限までに国に納付しなかったとして、平成14年1月から平成17年4月までの各月分の源泉所得税の各納税告知処分及び重加算税の各賦課決定処分を受けたため、上記各処分の取消しを求める審査請求を国税不服審判所長にしたところ、国税不服審判所長から、上記各処分の一部を取り消し、その他の審査請求を却下ないし棄却する旨の裁決を受けたことについて、原告は、各ホステスらに支払われた金銭に係る源泉徴収義務者ではなく、また、上記裁決には、源泉所得税額の計算の基礎とされた各ホステスらに支払われた金銭の金額の明細の認定判断が示されていない違法があるなどと主張し、上記各処分及び上記裁決の取消しを求める事案である。 《第1事件》の争点は上記のとおり多岐にわたっているが、本稿では、〔1〕各ホステスに支払われた金銭が、給与等(所得税法28条1項、183条1項)に該当するか否かについてのみ、第一審である東京地方裁判所の判断を検討したい。   【ホステスに支払った金銭が給与に該当するか否か】 1 被告(国・処分行政庁)の主張 各キャバクラ店に勤務する各ホステスは、事前に原告と合意した勤務形態に基づき各店舗において管理され、それぞれ所定の就業時間及び就業場所において接客等をしていたものであり、原告又は各店長から空間的、時間的な拘束を受け、継続的に労務又は役務の提供をし、その接客等の労務提供の対価として、所定の時給を基礎に算定される一定の保証がされた現金の支払いを受けていたものであり、給与支給者との関係において、その提供した労務又は役務の対価として現金の支給を受けていたのであるから、原告から各ホステスに支払われていた金銭は、所得税法28条1項に規定する給与等に該当し、同項に規定する給与所得に該当する。 2 原告の主張 各店舗に勤務する各ホステスについて、出勤日や入退店時刻等は、各ホステスと各店長との話合いで決められており、各ホステスへの支給額は、売上バック制度や同伴バック制度等によって加算されており、各ホステスの技能や人気に応じて大きく増減しているのであって、給与といえず、各ホステスが行っていたホステス業は、所得税法27条1項に規定するサービス業その他の事業であり、各ホステスに支払われた金銭は、同法204条1項6号に規定する報酬に該当し、同法28条1項に規定する給与所得ではなく、同法27条1項に規定する事業所得に該当する。 3 裁判所の判断 裁判所は、前掲の裁決における審判所と同様、まず、事業所得について、次のように判示した。 その上で、ホステスに支払われた金銭の性質について、次のような事実認定を行った。 こうした事実認定から、裁判所は、各ホステスは、各店長の指揮命令に服して、空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務を提供し、その対価として、時給に勤務時間を乗じるなどして算出された金額の現金を日払い又は月払いにより支給されていたものというべきであって、各ホステスに支払われた金銭は、所得税法28条1項に規定する給与等に該当し、同項に規定する給与所得に該当すると認められると判断した。 4 控訴審における争点 控訴審では、控訴人が源泉徴収義務を負うか否かが争点となっており、ホステスに支払われた金銭が給与所得に該当するか否かという争点に関しては、原審である東京地方裁判所の判断が確定している。   【解説】 ホステスに支払う報酬に係る源泉所得税が争点となった有名な事件である最高裁判所(第三小法廷)平成22年3月2日判決では、あくまで、ホステスが支払いを受ける金銭は「報酬・料金」であることを前提として、報酬の額から控除する概算控除額(1日につき5,000円)を計算するに際しての「計算期間の日数」が争点となった事件であった。判決でも触れているように、概算控除額を控除した残額に源泉所得税として徴収すべき税率を乗じることは、ホステスが受け取った「報酬・料金」について、当然に事業所得として確定申告を行うことが前提となって訴訟が進められており、本稿で取り上げた裁決・判決とは異なっている。 そこで、この最高裁判決の第1審であるさいたま地方裁判所平成18年5月24日判決から、経営者・店長によるホステスの出勤状況の管理に該当する部分を引用する(一部省略している)。 上記の「原告におけるホステスの報酬の計算方法等」については、集計期間における各ホステスの指名個数に応じた時間当たりの報酬額に勤務した時間数を乗じて計算した額に手当を加算し、税・厚生費として集計期間におけるホステス報酬の12%を乗じた金額を減算すると決められている。 こうした判決文からは、ホステス(キャスト)に支払った金銭を給与所得と認定した上記の裁決・判決と際立った違いは見てとれないところである。上記の裁決・判決が、経営者又は店長による出勤管理に焦点を当てて、空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供を行っていると判断されたこと、最高裁判決では触れられていないが、この事案では、指名客に対する売掛金の回収責任がホステスにあったのかもしれないということが「自己の計算と危険において」という事業所得の意義につながったのかもしれないところであるが、いずれも推測の域を出ない。 むしろ、かなり特別な職業であったはずのホステスが、キャバクラやガールズバーなどが流行したことによって、副業やアルバイト感覚で入店する女性が増え、とても事業所得とは認定できないケースが増えたことや、クレジットカード決済が浸透して、「売掛金の回収」という行為そのものがなくなってきている現状では、「自己の計算と危険において」という昭和56年当時の最高裁判決への当てはめが難しくなっていることが、裁判所・国税不服審判所の判断を超えているのではないだろうか。 所得税法第204条第1項第6号は、そろそろその役目を終え、削除される時期が到来しているのかもしれない。   (了)

#No. 298(掲載号)
#米澤 勝
2018/12/13

金融・投資商品の税務Q&A 【Q41】「上場外国株式の譲渡損についての損益通算の可否」

金融・投資商品の税務Q&A 【Q41】 「上場外国株式の譲渡損についての損益通算の可否」   PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子   ●○ 検 討 ○● 1 株式の譲渡から生じた損益に係る損益通算の概要 上場株式等の譲渡から生じる所得については、他の所得と区分し、上場株式等の譲渡による事業所得、譲渡所得及び雑所得(以下、「上場株式等に係る譲渡所得等」)として、申告分離課税(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)が適用されます。上場株式等が証券会社等の特定口座内の源泉徴収選択口座で保管されており譲渡益について証券会社等により源泉徴収がなされる場合を除き、原則として申告が必要となります。 一方、上場株式等の譲渡について譲渡損が生じた場合は、特に申告を行う必要はありません。ただし、①他の上場株式等の譲渡益と損益通算する場合、又は②上場株式等の配当所得等(申告分離課税を選択したもの)と通算する場合は、特定口座内で損益通算が行われる場合を除き、申告を行う必要があります。また、上場株式等の譲渡損失について翌年以降3年間繰り越す場合も申告を行う必要があります。 この場合において、上記の②(上場株式等に係る配当所得等との損益通算)又は譲渡損失の繰越控除に関しては、譲渡が以下を含む一定の場合に限られています。 上記①の「金融商品取引法第2条第9項に規定する金融商品取引業者又は同法第2条第11項に規定する登録金融機関」とは、日本で金融商品取引法上の登録を受けた者をいいますので、外国に所在する証券会社は含まれません。したがって、外国に所在する証券会社に売委託又は当該証券会社に対して譲渡した場合等は、原則として上場株式等の配当所得等との損益通算や譲渡損失の3年間の繰越控除の対象とはなりません(上記⑨⑩の日本の信託財産として保有されている外国株式を譲渡する場合を除く)。 なお、上場株式等の譲渡に係る譲渡損は、非上場株式の譲渡に係る譲渡益との損益通算を行うことはできません。また、他の所得(給与所得や雑所得等)との損益通算もできません。   2 本件へのあてはめ 本件の上場外国株式等の譲渡から生じた譲渡損については、1に記載のとおり、他の上場株式等の譲渡益と損益通算を行うことができます。したがって、他に上場株式等(国内、国外株式を問わず、特定口座に保管されているかどうかも問いません)の譲渡益がある場合は、申告を行うことにより損益を通算することができます。 一方、本件の上場株式等の譲渡は外国の証券会社を通じて行われることから、上場株式等の配当所得等との損益通算や譲渡損失の3年間の繰越控除を行うことはできません。また、それ以外の所得との損益通算もできません。 (了)

#No. 298(掲載号)
#箱田 晶子
2018/12/13

〈桃太郎で理解する〉収益認識に関する会計基準 【第1回】「桃太郎とイヌ・サル・キジは労務サービス契約を結んでいた」

〈桃太郎で理解する〉 収益認識に関する会計基準 【第1回】 「桃太郎とイヌ・サル・キジは労務サービス契約を結んでいた」 公認会計士 石王丸 周夫   ◆この連載のねらい◆ これは単なる新会計基準ではありません。“これ”というのは、2018年3月に公表された「収益認識に関する会計基準」のことです(この連載では以下、収益認識会計基準と呼びます)。 収益認識会計基準は、新しい時代を見据えた、革新性の高い会計基準です。この会計基準には、これまでの日本の会計基準とは明らかに異なる点が1つあります。 それは、「製造業中心思考ではない」という点です。 従来の収益に関する会計ルールは、「出荷基準」という用語に見られるとおり、製造業を前提としていることを感じさせるものでしたが、収益認識会計基準では、「履行義務の充足」という抽象的な表現が中心になっており、製造業を強く感じさせるような表現は見当たりません。 これは、IFRS(国際財務報告基準)のルールをほぼそのまま取り入れたことにもよりますが、そもそもIFRSの収益認識ルールが、モノづくりの枠を超えた多種多様な経済を前提としているということも、背景として見逃すことができません。 そのため、従来の感覚でこの会計基準を読むと、「何を言おうとしているのかよくわからない」と感じてしまうのです。 この連載では、その難解な会計基準のエッセンスを、誰もが知っている『桃太郎』の話を引き合いにして、やさしく解説していきます。イヌ・サル・キジたちが桃太郎からもらった「きびだんご」を、イヌ・サル・キジにとっての「収益」とみなし、イヌ・サル・キジがその収益をどのように認識すればよいかということを考えていきます。 なお、この連載はエッセンスのみを取り上げていることから、収益認識会計基準の内容について割愛した部分が多くあります。それらについては他の解説書をご参照いただくようお願い申し上げます。   1 桃太郎とイヌ・サル・キジの契約 連載最初のテーマは「契約」です。 契約というのは、何も私たちの時代だけに限ったことではありません。それに似たことは、はるか昔からありました。どれくらい昔からかというと、少なくともこれくらい昔でも、契約みたいなものはありました。 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。 おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きました。 おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がドンブラコ、ドンブラコと流れてきました。 皆さん、おわかりでしょうか。あの『桃太郎』です。 このあと、おばあさんが家に持ち帰った桃から桃太郎が生まれ、大きくなった桃太郎は鬼退治に行くのでしたね。 そして、以下が「契約」の登場する場面です。 桃太郎は、おばあさんの作ったきびだんごを持って、鬼ヶ島にむけて出発しました。すると、その途中で、イヌがワンワンとやってきました。 「桃太郎さん、お腰につけたきびだんごを1つくださいな。」 「鬼退治に一緒について来るならあげましょう。」 こうして、きびだんごをもらったイヌは、桃太郎と一緒に歩いていきました。 これがなぜ契約だかわかりますか。 それは、桃太郎とイヌが「約束」を取り交わしているからです。こんな感じにです。 ここでは契約書は作成しておらず、口頭での約束で終わっています。しかし、契約というのは、書面によらずとも、当事者同士が口頭で約束すれば成立します。これは立派な契約です。 そしてこの契約により、イヌは「サービス売上を計上する」ことになります。 ご存じのとおり、桃太郎はこのあと、サルとキジにも出会い、同様の契約を締結します。   2 契約の内容を確かめることが大切 桃太郎とイヌ・サル・キジたちは、契約をしましたが、契約書はありません。鬼退治同行の約束をすると同時にきびだんごをもらえるので、店頭での現金売りと同じ感覚で、契約書は作成しなかったのではないでしょうか。 しかし・・・イヌ・サル・キジとしては、これはちょっとうかつでしたねぇ。 鬼退治に同行するといっても、いったいどんなことをやらされるのか分からないじゃないですか。 「長期化した場合に追加のきびだんごはあるのか」とか、「ケガをした場合の保障はあるのか」とか、「宝物を手に入れた場合の分け前はどうなるのか」とか、気になることはいくらでもあります。 そういう細かいことを確認せずに仕事をしてしまって、本当に大丈夫なんでしょうか。 イヌ・サル・キジが販売したものは、目に見えるモノではありません。目に見えない無形のサービスです。そういう場合は一般的に、当事者間の合意内容を書面に記録し、契約書として残しておくことが多いのです。 目に見えない約束は、あとで揉めごとが起きないとも限りませんので、そうした事態を避けるため、契約書を作成して「見える化」するというわけです。 イヌ・サル・キジは、それをやらなかったのですね。 いずれにしても、「目に見えない取引」を実行する場合は、モノの販売と違って、「サービスの範囲はどこまでか」とか、「予定していた作業量を大幅に超えた場合の追加報酬はあるのか」といったことも確かめておく必要があります。 なぜなら、そうした細かいことが、収益の計上に際して関係してくるからです。 つまり、イヌ・サル・キジたちは、桃太郎との取引で契約書を作りませんでしたが、サービス売上の計上処理を行うにあたっては、取引条件の詳細を知っておくことが不可欠だというわけです。 次回から解説していきますが、収益認識会計基準では、収益認識というのは「契約の内容をよく確かめる」ことからスタートするとなっています。それは上記のような「目に見えない取引」を念頭に置いているからです。 ところで、現代社会においては、この「目に見えない取引」というのが、近年かなり増えてきました。サービス産業やIT産業の営業取引がその代表格ですが、それだけではありません。製造業であっても、技術やノウハウ、ブランドやデザインといった知的財産から派生する収益への関心が年々高まってきています。特に欧米では、社会経済の関心は、モノではなく、目に見えない財産権のほうに完全に移っています。 実は、収益認識会計基準が登場した背景はここにあるのです。 収益認識会計基準というのは、モノへの関心が強かった近代工業社会ではなく、それに代わって到来した新しい社会のために作られた会計基準なのです。 ▷今回のまとめ 収益の認識は、まず、契約内容を確かめることから始めます。 (了)

#No. 298(掲載号)
#石王丸 周夫
2018/12/13

「収益認識に関する会計基準」及び「収益認識に関する会計基準の適用指針」の徹底解説 【第9回】

「収益認識に関する会計基準」及び 「収益認識に関する会計基準の適用指針」の徹底解説 【第9回】   仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋   15 顧客により行使されない権利(非行使部分) (1) 顧客により行使されない権利(非行使部分) 顧客から企業に、返金が不要な前払いがなされた場合、将来において企業から財又はサービスを受け取る権利が顧客に付与され、企業は当該財又はサービスを移転する(又は移転するための準備を行う)義務を負うが、顧客は当該権利のすべてを行使しない場合がある。この顧客により行使されない権利を「非行使部分」という(適用指針53)。例えば、商品券等が該当する。 ① 会計処理 将来において財又はサービスを移転する(又は移転するための準備を行う)履行義務については、顧客から支払を受けた時は、支払を受けた金額で契約負債を認識する(適用指針52)。 そして、財又はサービスを移転し、履行義務を充足した時に、契約負債を取り崩し、収益を認識する。 一方、契約負債の非行使部分については、顧客が権利を行使するかどうかの状況を判断し、その状況により以下のとおり収益を認識する(適用指針54)。 (2) 顧客により行使されない権利(非行使部分)(従来との相違点等) ① 従来との相違点 ② 影響がある取引(例示) ③ 適用上の課題 ④ 財務諸表への影響    16 返金が不要な契約における取引開始日における顧客からの支払 (1) 返金が不要な契約における取引開始日における顧客からの支払 顧客が契約において取引開始日又はその前後に、返金が不要な支払が必要となる場合ある。これを返金が不要な契約における取引開始日における顧客からの支払という。 例えば、返金義務のないスポーツクラブ会員契約の入会手数料、電気通信契約の加入手数料、サービス契約のセットアップ手数料、供給契約の当初手数料、不動産賃貸借契約の礼金等がある(適用指針141)。 ① 顧客からの支払が約束した財又はサービスの移転を生じさせるものか、又は将来の財又はサービスの移転に対するものかどうかの判断 返金が不要な契約における取引開始日における顧客からの支払は、その支払が約束した財又はサービスの移転を生じさせるものか、又は将来の財又はサービスの移転に対するものかによって会計処理が異なる。 そのため、契約における取引開始日又はその前後に、顧客から返金が不要な支払を受ける場合、まず、履行義務を識別するために、顧客からの支払が約束した財又はサービスの移転を生じさせるものか、又は将来の財又はサービスの移転に対するものかどうかを判断する(適用指針57)。 なお、返金が不要な契約における「取引開始日」の顧客からの支払は、通常、企業が契約における取引開始日又はその前後において「契約を履行するために行う活動」に関連するが、当該活動は約束した財又はサービスを顧客に移転させるものではない(適用指針142)。つまり、当該活動自体は履行義務ではない。 ② 会計処理 顧客からの支払が約束した財又はサービスの移転を生じさせるものか、又は将来の財又はサービスの移転に対するものかどうかにより、会計処理は以下のとおりとなる(適用指針58、59)。 (2) 返金が不要な契約における取引開始日における顧客からの支払(従来との相違点等) ① 従来との相違点 ② 影響がある取引(例示) ③ 適用上の課題 ④ 財務諸表への影響 17 ライセンスの供与 (1) ライセンスの供与 ライセンスとは、企業の知的財産に対する顧客の権利を定めるものである(指針61)。例えば、ソフトウェア、フランチャイズ、動画、音楽、特許権、商標権、著作権などがある。 ① ライセンスの供与は他の財又はサービスと別個のものであるかの判断 契約にライセンスの供与が含まれる場合、契約に含まれる他の財又はサービスと別個のものである場合、会計処理の単位が異なるため、まず、ライセンスを供与する約束が、顧客との契約における他の財又はサービスを移転する約束と別個のものであるかどうかを判断する。 そして、ライセンスの供与が、契約における他の財又はサービスと別個のものである場合、ライセンス部分とその他の財又サービス部分を別々の履行義務として会計処理する。また、別個でない場合、1つの履行義務として会計処理する。 ② ライセンスを供与する約束が別個のものでない場合の会計処理 上記①の結果、ライセンスを供与する約束が、顧客との契約における他の財又はサービスを移転する約束と別個のものでない場合には、ライセンスを供与する約束と当該他の財又はサービスを移転する約束の両方を一括して単一の履行義務として処理し、【STEP5】に従い収益を認識する(適用指針61)。 ③ ライセンスを供与する約束が別個のものである場合の会計処理(総論) 上記①の結果、ライセンスを供与する約束が、顧客との契約における他の財又はサービスを移転する約束と別個のものである場合には、ライセンスを供与する約束と他の財又はサービスを移転する約束は、別々の履行義務であるため、取引価格をそれぞれに配分し、別々に収益を認識する。 基本的な会計処理は、上記のとおりだが、ライセンスを供与する約束の収益認識については、以下④の特有の論点がある。 ④ ライセンスを供与する約束の会計処理 (ⅰ) アクセスする権利か使用する権利かの判定 ライセンスを供与する約束が、顧客との契約における他の財又はサービスを移転する約束と別個のものであり、ライセンスを供与する約束が独立した履行義務である場合には、ライセンスを顧客に供与する際の企業の約束の性質が、顧客に以下のいずれを提供するものかを判定する(適用指針62)。 具体的には、以下のように判定する。 ライセンスを供与する際の企業の約束の性質は、以下の要件のすべてに該当する場合には、顧客が権利を有している知的財産の形態、機能性又は価値が継続的に変化していて、企業の知的財産にアクセスする権利を提供するものとなる(適用指針63)。いずれかに該当しない場合は、企業の知的財産を使用する権利となる(適用指針64)。 なお、ライセンスを供与する際の企業の約束の性質を判定するにあたっては、以下の要因は考慮しない(適用指針66、148)。 (ⅱ) ライセンスを供与する約束の会計処理 上記の(ⅰ)の判定の結果、アクセスする権利か使用する権利かにより、以下のように会計処理する(適用指針62、147)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) ライセンスの供与(従来との相違点等) ① 従来との相違点 ② 影響がある取引(例示) ③ 適用上の課題 ④ 財務諸表への影響 (了)

#No. 298(掲載号)
#西田 友洋
2018/12/13

M&Aに必要なデューデリジェンスの基本と実務-財務・税務編- 【第15回】「労働債務の分析(その3)」-役員に対する労働債務-

M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -財務・税務編- 【第15回】 「労働債務の分析(その3)」 -役員に対する労働債務-   公認会計士 石田 晃一   ←(前回) | (次回)→   ▷役員に対する報酬等 役員に対して支給される報酬等(いわゆる役員報酬等)としては、以下のようなものが挙げられる。 役員報酬等に関しては、いわゆる「お手盛り防止」のため、会社法上、以下のような規制がなされている(会社法第361条)。   ▷定期的に支給される定額報酬等 毎月、もしくは年俸として金額が確定している報酬に関しては、定款等で報酬の上限のみを定め、各人別の金額の決定は取締役会に一任することも会社法上許容されている。 ただし、最近世間を賑わせた大手製造業の例からすると、極めて強大な権力が一部役員にのみ集中するような場合の株主によるガバナンスの在り方については議論されて然るべきかもしれない。 いずれにせよ、定期的に支給される役員報酬等に関して労働債務として認識されるべきものは、定額報酬のうち、支払期日を経過してなお支払われていない部分があれば、当該金額について未払金として認識するか、もしくは支払期日が到来していない場合であっても、期間の経過等に伴って受給権が発生していると認められる場合には、当該部分について未払費用として労働債務が認識されることになろう。 M&Aに際しては、基準日における上記未払債務の計上有無と、基準日以降、クロージング日における当該未払債務の取扱い等について確認しておく必要があろう。   ▷役員賞与 会社法の施行に伴い、役員賞与は利益処分項目としてではなく、発生主義に基づく費用項目として処理されることとなったが、当該金額について定款に定めがない場合、当該役員賞与の支給については決算日後、株主総会による決議を要することから、決算日現在では支給が確定した債務には当たらず、条件付き債務ということになる。 したがって、この場合には当該決議事項とされる金額又はその見込額につき、原則として役員賞与引当金等として引当計上されることとなる。 M&Aに際しては、基準日における引当計上額の妥当性、基準日以降、クロージング日までの間における役員賞与の支給要否に関する取扱い等について確認しておく必要があろう。   ▷金額の確定していない業績連動型報酬等 役員報酬のうち、期間業績に応じて支給額が決定するもの等、いわゆる業績連動型の役員報酬等については、会社法上、その具体的な算定方法を定款等で定める必要がある。 業績連動型の役員報酬等に関する算定方法としては、例えば、以下のようなケースが考えられる。 (注) ROE:株主資本利益率、ROIC:投下資本利益率 このように定められた算定方法に従って、金額が確定してから1ヶ月以内に支給される等の諸要件を満たす場合、税務上の損金算入が認められることになるが、会計上は金額が確定する以前であっても、発生主義に従って受給権が発生していると認められる場合には、当該金額について未払認識の要否等につき検討する余地があるだろう。 M&Aに際しては、基準日における上記未払債務の認識の要否に加え、基準日以降、クロージング日までの当該業績連動債務の取扱い等について確認しておく必要があろう。   ▷役員退職慰労金 退職する役員に対する退職慰労金の支払は、通常の場合、支給方法や金額の決定方法等に関する内規に基づき行われることが一般的である。近年、上場企業等を中心として、こうした内規の見直しにより、ストックオプションなどの導入に代えて役員退職慰労金の内規を廃止する動きが見られるが、中小企業等における役員退職慰労金の支給実務は依然として多く見られる。 総務省が平成25年に実施した「民間企業における役員退職慰労金制度の実態に関する調査」では、調査対象となった2,997社のうち「役員退職慰労金制度がある」とした企業が全体の45.5%を占めたほか、「制度はあったが廃止した」企業が13.0%に上った。 ◆役員退職慰労金制度の有無 内規等に基づく役員に対する退職慰労金の支給は、議論はあるものの、従業員に対する退職金と同様、勤務実績に応じた報酬対価の後払としての性格等を有するものとされる。したがって、勤務実績に応じて、発生主義によってその期の負担に属する金額を営業費用として認識すべきものとされ、累積した退職慰労金相当額については、役員退職慰労引当金として引当計上されることが一般的な会計処理であろう。 ただし、税法基準等によっている非上場企業の多くはこうした内規を有していながら、役員退職慰労引当金を計上していないのが実情といってもよいだろう。 M&Aに際しては、基準日における引当計上額の妥当性、基準日以降、クロージング日までの間における追加的な引当計上額の発生見込額、M&Aに伴う役員退職慰労金の支給に関する取扱い等について確認しておく必要があろう。 ◎オーナー創業者に対する役員退職慰労金 役員に対する退職慰労金は、例えば以下のような方法で算定されることが多い。 オーナー企業等の場合、会社の創業以来、創業者が代表取締役として継続して就任しているケースや、最終報酬月額が高額な場合等があり、オーナー経営者に対する役員退職慰労金が莫大な金額となる場合がある。 会計上は、内規に定められた計算式に従って計算された金額であって、支給に耐え得るだけの内部留保や現預金等の裏付けがあるのであれば、これを過大なものとして取り扱う余地はなく、株主総会の決議に委ねるほかないが、税務上は不相当に高額な役員退職金については、当該不相当な部分について損金算入が認められない場合がある。このため、M&Aに際してはオーナー経営者に対する退職慰労金について、全額の損金性が認められる範囲内といえるか否か、について検討が必要な場合もあろう。 ただし、税務上、役員退職金の水準に関する明文での規定はなく、業務従事期間や退職事情等について、同種・類似規模の事業法人の支給状況等に照らして判断されることになるため、明確にシロクロの判断が可能というわけではない。功績倍率の目安として、例えば「社長3倍」などということがよくいわれるが、これとて普遍的な基準ではなく、あくまで個別の案件ごと、ケースバイケースでの実態に即した判断、ということになろう。 一方で、別の目安として役員退職金に関する非課税枠としての「退職所得控除」が挙げられることもある。 ◆退職所得控除の計算方法 当該金額までは所得税が課されない、という意味で、上記の「退職所得控除」はある意味、役員に対する退職慰労金の下限を示す、といわれることもある。明確な金額として計算が可能であるとはいえ、金額の大小を論ずるための基準とはいえず、そうした役割を有するものではないであろう。 M&Aに伴い、株主でもあるオーナー経営者から株式を買収すると同時に当該オーナー経営者が対象会社の役員も退任する場合には、実質的には株式の譲渡対価の一部を退職慰労金として支払うといったケースも見受けられることから、役員退職慰労金については、税理士等も交えた慎重な検討が必要な領域であるといえよう。 (了)

#No. 298(掲載号)
#石田 晃一
2018/12/13

経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第145回】金融商品会計⑯「デット・エクイティ・スワップ」

経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第145回】 金融商品会計⑯ 「デット・エクイティ・スワップ」   仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明     〈事例による解説〉   〈会計処理の解説〉 1 会計処理の考え方 貸付金などの金融資産の消滅にあたっては、通常、「金融商品に関する会計基準」(以下、「金融商品会計基準」という)第8項及び第9項の要件を満たす必要があるが、DESの場合、債権(P社にとっての貸付金)と債務(S社にとっての借入金)が同一の債務者(S社)に帰属し当該債権は混同により消滅するため、支配が他に移転したかどうかを検討するまでもなく金融資産の消滅の認識要件を満たすものと考えられる。 したがって、債権者は当該債権の消滅を認識するとともに、消滅した債権の帳簿価額とその対価としての受取額との差額を、当期の損益として処理することとなる(実務対応報告第6号2(1))。 2 債権者側の取得したS社株式の取扱い DESによりP社が取得したS社株式は、貸付金とは異なる資産のため、S社株式の取得は新たな金融資産の取得に該当する。そのため、P社では貸付金の消滅を認識するとともに、S社株式を時価により計上する(実務対応報告第6号2(2)、金融商品会計基準第11項及び第13項)。 P社における貸付金の消滅の認識にあたっては、当該貸付金に貸倒引当金が計上されているため、貸付金の残高から貸倒引当金を控除した金額で、取得したS社株式の時価との差額を算定し、当期の損益として処理することになる。 3 取得したS社株式の時価 S社株式に市場価格がある場合は、「市場価格に基づく価額」がS社株式の時価であり、市場価格がない場合は、「合理的に算定された価額」が時価となる(金融商品会計基準第6項)。 実務対応報告第6号によれば、DESは債務者が財務的に困難な場合に債務者の再建の一手法として行われることが多く、債権者が取得する債務者の発行した株式の時価は、消滅した債権に関する帳簿価額を上回らないと想定される。すなわち、DES実行時点において利益が発生するのは、極めて例外的な状況に限られることとなると整理されている(実務対応報告第6号2(3))。 そのため、DESにより利益が発生した場合には、時価の算定に誤りがないか、再度確かめる必要がある。   (了)

#No. 298(掲載号)
#竹本 泰明
2018/12/13

税務争訟に必要な法曹マインドと裁判の常識 【第1回】「なぜ税理士は税務争訟に違和感を抱くのか」

税務争訟に必要な 法曹マインドと裁判の常識 【第1回】 「なぜ税理士は税務争訟に違和感を抱くのか」   弁護士 下尾 裕   -連載開始にあたって- 税理士等の会計専門家(この連載においては、わかりやすさの観点から敢えて税理士と呼ばせていただく)と税務訴訟の判決内容等について意見交換をさせていただくと、時に税務争訟(課税処分を争うための再調査請求、審査請求又は税務訴訟)に関与する弁護士や訟務検事(税務訴訟において国を代理する法務局等の職員。その多くは検察官又は裁判官の出向者である)の戦い方、さらには判決における裁判官の判断について、「本来主張すべき事項が十分に主張されていない」又は「当該事案以外の実務への影響等が十分に考慮されていない」などのお叱りを受ける場合がある。 また、逆に税務に携わる弁護士と意見交換をしていると、税理士が再調査請求又は審査請求を代理した後に税務訴訟の提起について相談を受ける事案等において、税務訴訟において本来争点とすべき事項が十分に検討されないままに審査請求等の手続が進められているとの不満を耳にすることがある。 もちろん、本当に法曹又は税理士の税務争訟における戦略・理解に問題があるケースもあるのであろうが、そうでない場合に、なぜ、同じ税務に携わる専門家同士でこうしたすれ違いが生じるのかを、時には裁判手続の解説を交えながら、弁護士目線で可能な限りで紐解いてみようというのが、この連載の趣旨である。 最初にお断りしておくと、この連載でお話することは、東京国税局での任期付職員としての勤務を経て、税務に携わっている一弁護士としての筆者の私見である。また、この連載で言及する税理士と法曹との間での税務に対する物の見方の差異はあくまで「傾向」であり、読者の皆様の中には、こうした傾向が当てはまらない方もおられるかもしれない。 それでも、この連載を通じて、税務における法曹の思考の傾向(「法曹マインド」)をご理解いただくことは、読者の皆様が、自らが関与する税務争訟等において弁護士と協働し、訟務検事や裁判官と対峙される際の一助となりうるものと思われることから、1つの読み物として、お目通しをいただけると幸甚である。   1 税理士と法曹のマインドの違い-経済的実質と法律的実質- 税理士と法曹の思考の違いを説明する言葉として、弁護士は「事実」で考え、会計専門家は「仕訳」で考えるなどと言われることがある。この言葉は、両専門家の感覚的差異を捉えるものであるが、この機会にもう少し具体的に検討してみたい。 例えば、以下のような仕訳を例にとって、税理士と法曹のマインドの差異を考えてみたい。読者の皆様はこの仕訳を見て何を感じられるだろうか。 まず、これを税理士の立場から見た場合、もちろん実際には記帳の前提として、クライアントの取引の内容を把握される場合がほとんどであると思われるが、究極においては、仕入及び売上の計上時期やこれらの金額が把握できれば基本的な仕訳処理は可能であり、それ以上の具体的な取引の内容の確認が絶対に必要というわけではないと思われる。 一方、これを法曹が見た場合、この帳簿上の取引を把握するにあたっては、裁判実務における主張のルールに従って、仕訳の背景にある具体的な事実関係、すなわち、①取引の当事者、②取引の日付、さらには③取引の法的性質(「売買契約」であるのか、(請負の要素を持つ)製造物供給契約であるのかなど)を確認しなければ、実態が分からないとの感想を持つと思われる。 このような違いは、税務処理の前提となる仕訳が、財務状況の表示を目的としており、その結果、前提となる取引の事実関係を捨象して記載される(さらに言えば、生の事実がどのようなものであれ、経済的実質からみて同じ経済的効果を生むものは同じように仕訳されうる)のに対し、法曹が法律を適用するにあたってはより具体的な事実関係(ここでの事実の中には生の事実だけでなく、上記のとおり契約の性質といった一定の法的評価を含むものである。この連載においてはこうした具体的事実を「法律的実質」と呼ぶことにする)が必要であることに起因するものであるとの説明が可能である。 また、税理士においては、日常的に仕訳を前提とした会計処理を行う結果として、個々の取引の具体的事実関係よりはその取引が生じる経済的効果、言い換えれば、経済的実質により重点を置いた思考回路になる傾向があるという分析も可能かもしれない。   2 税務は経済的実質のみをベースに処理されるのか では、税務は、先ほど述べた経済的実質のみをベースに処理されるのであろうか。実はここに、冒頭で述べたような“すれ違い”の一因がある。 読者の皆様もご承知のとおり、税務も根本をたどるとそこには租税法律主義(憲法第84条)という大原則が存在し、そこでは「事実」を租税法という法律に当てはめて結論を導くという作業が行われることが前提となっている。言い換えれば、税務は、日常的には事実関係を捨象した「仕訳」の積み重ねの中で処理され、経済的実質重視の思考による運用が行われているにもかかわらず、いざ課税の根拠が問われる段になると「事実」(法律的実質)を重視する法曹マインドが登場することになるのである。 また、租税法の文言においては、民法等の考え方をそのまま持ち込んでいるもの(いわゆる「借用概念」と呼ばれるもの)があり、こうした租税法の文言の適用においては、特に法曹マインドによる思考の比重が高まるように思われる。 その一例として、少し前の裁判例ではあるが、いわゆる「レポ取引」に関する東京地判平成19年4月17日を取り上げてみたい。 この裁判例は、内国法人である信託銀行が米国子会社を通じて米国法人に対して、一定期間後の買戻しを前提に米国国債等を売却した場合において、再売買代金と売買代金の差額(売買差益)が当時の所得税法第161条第6号における「国内において業務を行う者に対する貸付金(これに準ずるものを含む)で当該業務に係るものの利子」に該当するかどうか(上記信託銀行が源泉徴収義務を負うか)が問題となった事案である。 この事案の問題点を端的に理解するため、信託銀行が当初100万円で米国国債等を売却して、一定期間後に110万円で買い戻す約束になっていたと仮定してみたい。 この場合、信託銀行は、買戻時点で米国国債等の価値が110万円以上になっていれば利益が出る一方、仮にその価値が110万円を下回っていたとしても110万円で買い戻さなければならず(いわゆる「マージン・コール条項」)、この場合には信託銀行に損失が生じることになる。逆に、米国法人は、一定期間100万円を提供することにより、必ず10万円の利益を得ることが保証されている。 このレポ取引は、上記のとおり法的には米国国債等の売買及び買戻し(再売買)と整理されているが、取引を全体として見れば、信託銀行が米国国債等を担保に米国法人から利子10万円で100万円を借りたのと経済的には変わりがないことから、課税当局はこうした経済的実質を重視して売買差益を「利子」とみて源泉所得税の対象となると主張したのである。 これに対し、東京地裁は、以下のように述べて上記売買差益は「利子」には該当しない(源泉徴収を要しない)ものと判示し、この結論はそのまま上訴審においても維持されるに至った。 この裁判例では、少し乱暴に整理すれば、課税庁は「レポ取引」の経済的実質を重視した課税を行ったのに対し、法曹(裁判官)は、「利子」という言葉の意味をその出自である民法をベースに解釈した上、どのような契約であったのかという法律的実質から考え、その課税を違法としたとの評価が可能である。 課税庁の職員も多くは税理士と同じマインドを持っているであろうことからすれば、この裁判例は、税理士と法曹のマインドの違いの一端を示すものと言える。 *  *  * 次回においては、税務調査から税務訴訟に至るまでの手続において、本日ご説明したマインドの違いがどのような影響を及ぼすのかを考えてみたい。 (了)

#No. 298(掲載号)
#下尾 裕
2018/12/13

〔“もしも”のために知っておく〕中小企業の情報管理と法的責任 【第9回】「情報セキュリティはどの程度まで行う義務があるのか」

〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第9回】 「情報セキュリティはどの程度まで行う義務があるのか」   弁護士 影島 広泰   -Question- 情報セキュリティについて様々な文書が公表されていますが、会社としては、いったいどの程度まで対策を行う必要があるのでしょうか。 -Answer- 「その当時の技術水準」に従った対策を講じる必要があります。各種のガイドライン等で「必要である」とされている対策は行うようにしましょう。 情報セキュリティについては、様々な組織・団体がガイドラインや報告書等を公表している。いったい何をどこまで対応すればよいのか、頭を悩ませている方も多いであろう。 今回は、法的な義務として、どこまで対応することが求められるのかを、2つの裁判例に基づいて検討する。   1 サイバーセキュリティの法的義務(東京地裁平成26年1月23日判決) ある会社が、商品の受注システムの開発をITベンダに委託し、稼働を開始した。ところが、そのシステムにセキュリティ上の脆弱性があり、顧客のクレジットカード番号が漏えいしてしまった。そこで、発注元の会社がITベンダに対して損害賠償請求をしたのがこの事件である。 本件でクレジットカード番号が漏えいしてしまった理由は、大きく2つあった。①SQLインジェクション攻撃(※)に対する対応をしていなかったことと、②クレジットカード番号を暗号化せずに長期間保存していたことである。東京地裁は、①についてはITベンダの責任を認め、②については責任を認めなかった。責任の有無を分けたのがどの点であったのかが、本件のポイントである。 (※) SQLとは、データベースを操作するための言語である。SQLインジェクション攻撃とは、SQLに特別な操作をすることにより不正な処理を行わせ、データを漏えいさせる攻撃をいう。 まず、①について、東京地裁は、以下のとおり判示した。この部分が、この判決で最も重要な部分である。 つまり、契約書などにセキュリティ要件が明確に記載されていないとしても、「その当時の技術水準に沿ったセキュリティ対策」を施すことが当然に法的な義務であるとしているのである。 そうなると、「その当時の技術水準」をどのように決めるのかが問題となる。この点について、東京地裁は、以下のとおり判示した。 このように、経済産業省やIPAが「重点的に実施することを求める」あるいは「必要である」としていたことから、SQLインジェクション攻撃への対応は「その当時の技術水準」であるとされ、これに対応していなかったことは債務不履行であると判断されたのである。 これに対し、②クレジットカード番号を暗号化せず長期間保存していた点については、経済産業省の当時の個人情報保護法のガイドライン及びIPAの文書において「対策を講じることが『望ましい』と指摘するものにすぎない」ことなどから、債務の内容を構成しないと判断している。 この裁判例の教訓としては、契約書や利用規約などにセキュリティについて明記されていなくても、経済産業省やIPAのような公的な団体が「対策が必要である」などとしていると「当時の技術水準」であるとして当然に法的な義務であるとされる可能性があるということである。 冒頭に述べたとおり、様々な組織・団体がガイドラインや報告書等を公表している。これらは、それ自体が法的拘束力を有していないとしても、万が一情報漏えいなどが発生した際に、情報セキュリティを十分に施していたといえるかどうかを判断する「当時の技術水準」として引用される可能性があるものである、ということになる。 取引先、顧客、クライアントなどからデータを預かる場面は数多くあると思われるが、各種ガイドラインや報告書が「必要である」としているものは対応するよう心がける必要がある。   2 システム外の社内体制等(東京高裁平成25年7月24日) もう1つの裁判例が、株式の誤発注事件をめぐる証券会社と東京証券取引所との訴訟である。 証券会社の担当者が「61万円で1株」と売り注文すべきところ、誤って「1円で61万株」と入力してしまった。証券会社は、誤りに気付いて注文の取消処理を行ったが、東京証券取引所のシステムのバグがあり、取消処理が行えなかった。そのため次々と売り注文が成約し、400億円を超える売却損が生じてしまった。そこで、証券会社が、東京証券取引所に417億円の損害賠償請求をしたのがこの事件である。 東京高裁は、東京証券取引所に一部の責任を認め、107億円の請求を認容した。 この事件では、システムにバグがあったことには争いがなかったため、まず、①バグの作り込みを回避することが容易であったか(取引所に重過失があったか)が問題となった。 これは技術的な争点であり、原告・被告双方から専門家の意見書が提出されていたが、東京高裁は「科学的・技術的争点であるが、当事者双方が提出する専門家意見書が相反するものであり、甲乙つけがたい」とし、「双方の専門家意見書の証拠評価を試みた結果、本件においては、一定の蓋然性ある事実として、本件バグの発見等が容易であることを認定することが困難であったということに尽きる。争点の性質上、司法判断としてはやむを得ないところである。」と判示した。 つまり、このような技術的な争点については、裁判所としては判断できなかったと認めたのである。これは、法的には、この論点の重過失について立証責任を負っていた証券会社側の負けということを意味している。 では、取引所側の責任はどこで認められたのか。東京高裁は、②売買を停止すべき義務があったとして、その義務違反を認めた。 つまり、異常な取引であることを認識しており、売買を停止することが可能であったにもかかわらず売買を停止しなかったことが義務違反であるとして、107億円の損害賠償義務を認めたのである。 上記のとおり、システム内のバグの作り込みを回避することが容易であったかどうかといった技術的な争点について、責任があったと認められなかったものの、システム外で何をすべきであったのかという論点で責任が認められたのである。 システムのバグやセキュリティには、100%はあり得ない。会社としては、そのようなバグやセキュリティホールによりインシデントが発生してしまった場合に何をすべきであったのかという、システムの外側にある会社としての体制が問われ、そこで過失を認定される可能性があるため注意が必要である。   3 代表的なガイドラインとは 以上で述べた2つの裁判例は、車の両輪のようなものである。システムとしては「当時の技術水準」に沿ったセキュリティ対策を施すことが法的な義務であり、システムの外側ではインシデント発生時の社内体制が問われる。 このような情報セキュリティと社内体制の両方をカバーしたガイドラインとして、個人データの取扱いについては個人情報保護法の通則ガイドラインが義務を定めていることはこれまで述べてきたとおりであるが、サイバーセキュリティについては、経済産業省の「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」が現在最も著名で包括的な内容を定めている。同ガイドラインが定めている「重要10項目」の対策をし、システム的にも社内体制としても十分な対策ができている状態を目指したい。 (了)

#No. 298(掲載号)
#影島 広泰
2018/12/13

プロフェッションジャーナル No.297が公開されました!~今週のお薦め記事~

2018年12月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.297を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!-   - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2018/12/06

monthly TAX views -No.71-「日本型記入済み申告制度の導入へ」

monthly TAX views -No.71- 「日本型記入済み申告制度の導入へ」   東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹   政府税制調査会の「経済社会のICT化等に伴う納税環境整備のあり方について(意見の整理)」(2018年11月7日、以下「意見の整理」)を読むと、ようやくわが国も、日本型記入済み申告制度に向けて舵を切ったということが見て取れる。 その参考資料の25ページに、「マイナポータルを活用した申告の簡素化策(検討中の方向性のイメージ)」として、行政機関等から医療費データなどをデータ連携でポータルに送付する方法と、民間企業から保険料控除証明書データや住宅ローンの年末残高証明書データ、支払情報(要検討)などを民間送達サービスを通じて入手するという2つのルートを図示している。 【参考】 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (※) 税制調査会ホームページより このコンセプトは、筆者たちが提言してきた「日本型記入済み申告制度」であり、本連載のNo.53及びNo.55において述べたものである。おそらく完全導入にはまだ時間がかかるだろうが、わが国の記入済み申告制度は、国税当局が納税者に直接申告に必要な情報を提供するのではなく、マイナンバー制度のマイナポータルを通じて「順次情報の範囲を広げていく」という方法で進んでいくということである。 その理由は、筆者が推測するに、わが国には世界に冠たる年末調整制度が導入されており、国税当局としては、まずはこのIT化を進めていくことの方が優先度合いが高いということではなかろうかと想像する。 *  *  * では、「順次情報の範囲を広げていく」という場合、どのように展開していくのだろうか。カギとなるのは、プラットフォーマーからの情報入手である。 この点について「意見の整理」では、「ロ 税務当局による必要な情報の取得等」として、以下の点を挙げている(筆者要約)。 上記からは、①任意の照会についての法整備と、②悪質な場合等の実効的な照会・不服申立てといった2本立ての対応となることが読み取れる。 12月中旬には与党税制調査会で大綱の決定という形で結論が出るが、この問題は今後とも検討が続けられていくであろう。 (了)

#No. 297(掲載号)
#森信 茂樹
2018/12/06
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