包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第1回】 「最近の税務訴訟の動き」 公認会計士 佐藤 信祐 当連載の目的は、包括的租税回避防止規定の理論を解明したうえで、実務上、問題となりやすい事案について、実際に包括的租税回避防止規定が適用される可能性があるのか否かを検討することにある。 なお、実際の検討としては、法人税法132条の2に規定する組織再編における包括的租税回避防止規定のみならず、法人税法132条に規定する同族会社等の行為計算の否認、その他の租税回避否認手法を含めたうえで、総合的な検討を行う予定である。 第1回目にあたる本稿では、最近の租税回避訴訟の動きについて総括したい。 1 最近の租税回避訴訟の動き ヤフー・IDCF事件では、従来の学説と異なり、法人税法132条の2に規定する包括的租税回避防止規定が適用される場面として、以下のように判示した。 そのため、これらの事件の影響から、行為計算否認規定についての解釈が見直されるのではないかという報道も存在する(※1)。 (※1) T&Amaster571号8頁(平成26年) しかしながら、ヤフー・IDCF事件で国側の立場で書かれた朝長英樹氏の鑑定意見書は、その書かれている立案過程に疑念を示す声もあり(※2)、さらに、ヤフー控訴審判決では、同鑑定意見書に書かれている制度趣旨を一部否定していることから(※3)、制度趣旨を踏まえた解釈が重要になると言われながらも、結局は、立案当初に開示された立案担当者による解説が重要なものとなり、その後に語られたものを根拠とするのであれば、現役の課税当局の者が公式の場で語ったもののみが含まれることになる(※4)。すなわち、考慮すべき制度趣旨についても、組織再編税制の専門家の共通認識を超えることはあり得ない。その意味で、ヤフー控訴審判決は、一応のバランス感覚の取れた判決であったと評価できる。なお、これらの事件の詳細な評釈は、別の連載である「組織再編・資本等取引に関する最近の裁判例・裁決例について」に委ねることとしたい。 (※2) 大淵博義「『法人税法132条の2』の射程範囲と租税回避行為概念」税経通信69巻9号21-22頁(平成26年) (※3) 佐藤信祐「ヤフー事件高裁判決からみる実務上の留意点」旬刊経理情報1404号37-38頁(平成27年) (※4) むろん、個別事案によって解釈が異なる可能性があることから、その多くはリスクヘッジのために「私見」であるということになっているものの、税務業務に携わる者からすると、尊重すべきものとされているものは少なくない。 さて、筆者が平成21年に中央経済社より、『組織再編における包括的租税回避防止規定の実務』を出版したときは、包括的租税回避防止規定についての考え方はほとんど示されていなかった。 強いて言えば、平成20年当時税務大学校研究部教授であった清水一夫氏の論文において、行為計算否認(法法132、132の2、132の3)を適用するための要件として、①形式的要件、②税負担の減少、③税負担減少の不当性(本件取引の行為・計算が通常の経済人を基準として不自然・不合理であることの評価根拠事実)を挙げられており(※5)、財務省主税局OBであった佐々木浩氏も平成23年に行われた座談会において、包括的租税回避防止規定については経済合理性がキーワードになる旨を述べられた(※6)。 (※5) 清水一夫「課税減免規定の立法趣旨による『限定解釈』論の研究」税大論叢59号314頁(平成20年) (※6) 仲谷修ほか『企業組織再編成税制及びグループ法人税制の現状と今後の展望』(佐々木浩発言)129頁(大蔵財務協会、平成24年) しかしながら、平成24年になると、同じく財務省主税局OBであった朝長英樹氏が制度の濫用について適用されるものであるという見解を述べられるようになり(※7)、また、同年、税務大学校研究部教授であった斉木秀憲氏の論文でも、包括的租税回避防止規定が適用される場面について、①組織再編税制の基本的な考え方からの乖離、②組織再編成の濫用、③個別防止規定の潜脱の3つに類型化されるようになった(※8)。 (※7) 朝長英樹ほか「組織再編成税制を巡る否認が相次ぐ中、今明かされる『行為計算否認規定(法人税法132条の2)』の創設の経緯・目的と解釈」(朝長英樹発言)T&Amaster 449号9頁(平成24年) (※8) 斉木秀憲「組織再編成に係る行為計算否認規定の適用について」税大論叢73号9頁(平成24年) ヤフー・IDCF事件の第一審判決が公表された後には、多くの雑誌・書籍において、包括的租税回避防止規定についての分析がなされるようになってきているが、いまだ上告審判決が公表されていないことや、仮に公表された後であっても、判例の射程がどこまで及ぶのかについては、その後の租税法学者の研究を待つ必要がある。 しかしながら、包括的租税回避防止規定に対する租税法学者の研究が進んでいくのには時間を要するし、仮に研究が進んでいったとしても、実務上は、無批判にそれを受け入れることは妥当ではない。なぜならば、従前から指摘させていただいたように、租税回避を意図する納税者はそれほど多くなく、法律の範囲内で節税を行いたいという納税者が大半であるというのが実感であり、租税法のあるべき論に比べ、かなり保守的な分析をすることが一般的であるからである(※9)。 (※9) 佐藤信祐『組織再編における包括的租税回避防止規定の実務』中央経済社 はじめに(平成21年) すなわち、学者と実務家はそもそも基本的な役割が異なる。具体的には、学者は真理を追究する立場にあるため、やや保守的に考えればよいという立場はとり得ないであろう。これに対し、実務家は、無難に税務調査が終わればよいのであって、わざわざ、節税と租税回避の限界点を探る必要性が乏しい。そのため、やや保守的に考えればよいという立場はむしろ健全な立場であるといえる。 この点も、従前から指摘させていただいた点であるが、租税回避に該当するか否かの判断は、様々な判例や論文が参考になることはいうまでもないが、多くの日本企業では、国税不服審判所や裁判所で争ってまで税負担の減少を図ることを想定しておらず、無難に税務調査が終わることを望んでおり、国税不服審判所や裁判所で納税者が勝訴した事件であっても、国税不服審判所や裁判所で争わざるを得なかったという点をもって否定的に考える傾向にある(※10)。 (※10) 佐藤信祐前掲書(※9)2頁 それでは、租税回避に対する研究や意見の表明に意味がないのかといえば、租税回避行為に該当するような提案をしないという自己牽制効果が働くということから、本来であれば、積極的に租税回避に該当するか否かの意見の表明を行っていくべきであろう(※11)。 (※11) 佐藤信祐前掲書(※9)はじめに このように、本連載では、過去の判例や論文を参考にしながらも、節税と租税回避の限界点を探っていくことを目的とせず、どのような場合であれば、包括的租税回避防止規定が適用される可能性が少ないのかという分析を行うときの一助になることを目的に解説を行っていく予定である。そのため、やや学術的な分析とは異なる可能性もあり得るが、ご容赦いただきたい。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第2回】 「武富士事件」 ~最判平成23年2月18日(集民236号71頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
国境を越えた役務の提供に係る 消費税課税の見直し等と実務対応 【第4回】 「リバースチャージ方式の導入」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 (4) リバースチャージ方式の導入 国外事業者が行う電気通信役務の提供のうち、その役務の性質又は役務の提供に係る規約条件等により、役務の提供を受ける者が事業者であることが明らかな場合、当該役務の提供を「事業者向け電気通信利用役務の提供」と位置づけ、その取引に係る消費税の納税義務を役務の提供を受ける事業者に転換した。 要するに、国内において申告納税を期待できる事業者向けの取引については、国外事業者ではなく国内事業者に納税義務を課すというものである。 このような納税義務の転換により、B to B取引に関し、役務の提供を受ける事業者を消費税の納税義務者とする方法を一般に「リバースチャージ(reverse charge)方式」という。リバースチャージ方式はEUの付加価値税制(VAT)において既に導入されている制度である。 リバースチャージ方式に関して、以下の事例に基づき納付税額等を見ていく。 この場合、国外事業者及び国内の納税義務等は以下のとおりとなる。 ① 国外事業者 サービスの対価10,000,000円に関する消費税の納税義務はない(課税対象外)。 ② 国内の事業者 サービスの対価10,000,000円に関する消費税800,000円(8%)の納税義務が生じる。他方、当該消費税額につき仕入税額控除の対象とすることができるため、国内の事業者において実質的な税負担は生じない。 また、リバースチャージ方式を図示すると以下のとおりとなる。 【B to B取引に関するリバースチャージ方式】 (5) リバースチャージ方式の仕組み ① 「リバースチャージ方式」の導入に伴う措置 「リバースチャージ方式」の導入に伴い、課税対象及び納税義務者の規定が以下の通り見直された。 (ア) 消費税の課税対象である資産の譲渡等から、事業者向け電気通信利用役務の提供(「特定資産の譲渡等」、消法2①八の二)を除いて「課税対象外」とするとともに、事業として他の者から受けた事業者向け電気通信利用役務の提供(「特定仕入れ」と称する)を「課税対象」とする(消法4①)。 (イ) 納税義務の対象となる課税資産の譲渡等から事業者向け電気通信利用役務の提供を除くとともに、国内において行った課税仕入れのうち「特定仕入れ」に該当するもの(「特定課税仕入れ」と称する)を納税義務の対象とする(消法5①)。 ② 国内事業者の対応 国内事業者が国外事業者から事業者向け電気通信利用役務の提供を受ける場合には、その取引に係る支払対価には消費税が含まれない(課税対象外ないし不課税取引)。この場合、事業者向け電気通信利用役務の提供を受ける国内事業者は、国外事業者に代わり、当該取引に係る消費税の納税義務を負うこととなる(納税義務の転換)。また、国内事業者は、その消費税の申告において、当該取引に係る消費税額と同額が仕入税額控除の対象となる。 ただし、事業者向け電気通信利用役務の提供を受け、特定課税仕入れがある課税期間の課税売上割合が95%以上である場合には、当分の間、その課税期間において事業者向け電気通信役務の提供はなかったものとみなされる(経過措置、改正法附則42)。すなわち、課税売上割合が95%以上の事業者については、リバースチャージの対象となる取引を当分の間、申告対象から除外することができるのである。当該経過措置により、大多数の事業者がリバースチャージ方式に伴う事務負担から解放されるものと想定される。 また、簡易課税制度の適用を受ける課税期間については、事業者向け電気通信利用役務の提供につき課されるべき消費税額を課税仕入れ等の税額に含めることとなる。ただし、当分の間、その課税期間における事業者向け電気通信利用役務の提供はなかったものとみなされる(経過措置、改正法附則44②)。これにより簡易課税事業者についても、当分の間、リバースチャージの対象となる取引を申告対象から除外することができるわけである。 「当分の間」がいつまでであるのかは現時点では不明であるが、リバースチャージ方式が租税回避防止策としての機能も有することから、税率が10%に引き上げられ、制度が定着するタイミングということになるものと推測される。 ③ 国外事業者の対応 一方、国内において事業者向け電気通信利用役務の提供を行う国外事業者は、当該役務の提供に際し、予め当該役務の提供に係る「特定課税仕入れ」を行う事業者が消費税の納税義務者である旨を表示する必要がある(消法62)。具体的には、事業者向け電気通信利用役務の提供に係るホームページ、パンフレットなど取引条件を提示する際に、その旨を表示することが求められる(※1)。 (※1) 財務省編『平成27年度税制改正の解説』837頁。 ④ 名義人が行った特定課税仕入れ 特定課税仕入れを行った者が単なる名義人である場合には、実質的に当該仕入れを行った者に対して消費税法が適用される。 ⑤ リバースチャージ方式と免税事業者 リバースチャージ方式は消費税の納税義務の転換を行う措置であるが、国内の事業者であっても免税事業者には当該納税義務は生じないことに留意すべきである。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第17回】 「請負に関する契約書①(請負契約書の単価変更)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社はエレベーター保守会社です。 エレベーター保守契約書(原契約)は、第2号文書(請負に関する契約書)と第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)に該当し、通則3のイの規定により第2号文書(請負に関する契約書)に該当します。その後、月額保守料を変更するために覚書を作成した場合、①~⑧の覚書は何号文書に該当しますか。なお、覚書には原契約の名称、契約年月日等の原契約書を特定できる事項の記載があります。 (原契約) (原契約) 第2号文書(請負に関する契約書) 記載金額1,200万円 印紙税額20,000円 (覚書(変更契約)) [検討] 契約期間内における変更契約の考え方 変更契約書について下記の①と②ともに当てはまる場合、 変更金額が変更前の契約金額を増加 → 変更金額を記載金額とする。 変更金額が変更前の契約金額を減少 → 契約金額の記載のないものとする。 したがって、変更契約書に変更前の契約金額等の記載のある文書が作成されていることが明らかでない場合は、上記の適用はされず、変更契約書に記載されている内容により判断する。 (※) 契約期間後においては、当該文書に係る変更前の契約金額等の記載のある文書がないため、通則4のニの規定はあてはまらない。 ▷ まとめ (了)
改正電子帳簿保存法と企業実務 【第4回】 「国税関係帳簿書類のデータ保存の承認申請(2)」 税理士 袖山 喜久造 第3回では、国税関係帳簿書類の備付け、保存について解説したが、第4回では、これらの国税関係書類をデータで保存する場合のデータの作成・保存方法について解説する。 1 システム・保存等に係る要件 国税関係帳簿書類の書面(紙)による保存に代えてデータを保存するには、電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律(以下、「電帳法」)第4条第1項、第2項及び第3項に基づく所轄税務署長の事前の承認が必要となる。 電帳法では、国税関係帳簿のデータを作成するシステムの要件として訂正や削除等の履歴を残すシステムでなければならないとされている。なぜならば紙の帳簿と異なり、データで作成された帳簿は、修正した形跡を残すことなく容易に訂正や削除が可能であるからである。 帳簿のデータを紙の保存に代えて保存するには、この要件を満たすシステムにより、決められた手順通りに入力された帳簿のデータを法定保存期間中、見読可能な状態で保存する必要がある。 国税関係帳簿に係るデータ保存に係る要件は、電帳法施行規則(以下、「規則」)第3条第1項に規定されている。この条文で規定されている要件は、大きく分けて「真実性の確保」と、「可視性の確保」に分かれる。「真実性の確保」は更に「訂正・削除の履歴の保存」、「相互関連性」、「関係書類等の備付け」の3つに分かれ、「可視性の確保」は、「見読可能性の確保」と「検索機能の確保」に分かれる。 保存するべき帳簿データは、法定保存期間中、整然とした形式で明瞭な状態で出力されることが必須の要件となるのである。 2 訂正・削除の履歴の保存 (1) 訂正・削除の履歴の保存の規定 規則第3条第1項第1号においては、データを作成するシステムについて、次の要件を満たす必要がある旨を定め、これらの要件を具備するシステムを使用しなければならないことを規定している。 国税関係帳簿に係る電磁的記録は、原則として課税期間の開始の日に備え付けられ、順次これに取引内容が記録されていくことを前提としており、1年間分がまとめて課税期間終了後に記録されるといったケースを予定しているものではない。 上記②でいうところの「その業務の処理にかかる通常の期間」とは、各企業において事務処理規程等に定められている業務処理サイクルとしての入力を行う期間のことをいい、おおむね1ヶ月程度までの業務処理サイクルであれば、通常の期間として取り扱うこととされている。 なお、国税関係帳簿は、原則として課税期間の開始の日にこれを備え付け、取引内容をこれに順次記録し、その上で保存を開始するものであり、備付け期間においても、電磁的記録をその保存場所に備え付けているディスプレイの画面及び書面に出力することができるようにしておく必要がある。このことは、国税関係帳簿に係る電磁的記録の作成を税理士等の他の者に委託している場合でも同じである。 通常の会計ソフトパッケージであれば「電子帳簿保存法対応モード」などの設定を行えば、訂正削除ができない仕組みとなるはずである。また市販されているERPパッケージの大半の製品が訂正削除ができない仕組みとなっている。 (2) 訂正・削除の履歴を残す方法 訂正又は削除の履歴を残す具体的な方法としては、次の2つが考えられる。 3 相互関連性の確保 帳簿は仕訳帳・総勘定元帳のほかに様々な補助簿を備え付けることが義務付けされているため、規則第3条第1項第2号においては、承認を受けている国税関係帳簿の記録事項とそれ以外の国税関係帳簿の記録事項との間において、相互にその関連性を確認できるようにしておく必要があることを規定している。 ① 個別に転記する場合 一方の国税関係帳簿に係る記録事項(例えば日計や月計のように個々の記録事項を合計したものを含む)が他方の国税関係帳簿に係る事項として個別転記される場合には、一連番号等の情報を双方の国税関係帳簿に係る記録事項として保存する。 ② 集計転記する場合 一方の国税関係帳簿に係る個々の記録事項を集計して他方の国税関係帳簿に係る記録事項として転記される場合には、他方の国税関係帳簿の摘要欄などに集計対象項目(勘定科目又は部門等)及び集計範囲(〇月〇日~〇月〇日)を記録し保存する。 4 関係書類等の備付け 電帳法第4条1項又は2項の承認を得るには、承認済国税関係帳簿に係る電磁的記録の備付け及び保存に併せて以下に掲げる書類を備え付けなければならない。このうち、以下の(1)、(2)の書類については、当該承認済国税関係帳簿に係る業務・会計処理に当たって、保存義務者が自己開発したプログラムを使用する場合に限られている。 これら関係書類の備付けが要件となっている理由としては、システムや機器の操作要領等を明瞭にすることも一つの理由とされるが、重要なのは、当該承認済みの国税関係帳簿書類のデータが作成される業務・会計システムに関するシステム全体が俯瞰できる書類や開発関係書類を備え付けることで、法令の要件に満たされたシステムにより帳簿の記録が行われるということを一定程度担保するということである。 また、会計データを作成するシステムにおいて、法令に基づいた事務処理規程等により、法令に沿った入力手順で当該国税関係帳簿書類のデータが蓄積されることが重要である。 5 見読可能性の確保 紙の帳簿書類と異なりデータは、それ自体では読み取ることは不可能なため、読み取れる状態に変換し、ディスプレイやプリンタに整然とした形式で明瞭な状態で出力することが必要となる。 規則第3条第1項第4号においては、承認済国税関係帳簿書類に係る電磁的記録の備付け及び保存をする場所に、その電磁的記録を閲覧するためのパソコン、プログラム、ディスプレイ、プリンタを設置するとともにこれらの操作説明書を備え付けること、及びその電磁的記録をディスプレイの画面や書面に、整然とした形式及び明瞭な状態で、速やかに出力できることを規定している。 また、納税地等の保存場所に備え付けられているパソコンと国税関係帳簿書類のデータが保存されているサーバ等とが通信回線で接続されるなどして、当該保存場所において帳簿等のデータをディスプレイの画面及び書面に、それぞれの要件に従った状態で、速やかに出力することができるときは、当該電磁的記録は保存場所に保存等がされているものとして取り扱われることとされている。 6 検索機能の確保 承認済みの国税関係帳簿を作成するシステムにおいて帳簿データを閲覧する場合や、帳簿データの閲覧用にシステムを構築する場合には、以下の検索機能の要件を満たす必要がある。 (1) 検索項目 承認済国税関係帳簿の記録事項は、以下の項目により検索できることが要件となっている。 (2) 検索の範囲 上記②の「その範囲を指定して条件を設定することができる」とは、課税期間ごとの国税関係帳簿書類別に日付又は金額の任意の範囲を指定して条件設定を行い検索ができることをいう。 「課税期間ごと」とは、最大1年間の期間をさしているが、データ量が膨大であり、一課税期間串刺しでの検索ができないような合理的な理由があると認められる場合には、一課税期間内の合理的な期間ごとに任意の範囲を指定して検索できればよいとされている。 上記③の「二以上の任意の記録項目を組み合わせて条件を設定することができること」とは、個々の国税関係帳簿書類に係る電磁的記録の記録事項を検索するに当たり、当該国税関係帳簿書類に係る主要な記録項目から少なくとも2つの記録項目を任意に選択して、これを検索の条件とする場合に、いずれの記録項目の組合せによっても条件を設定することができることをいう。 7 データの保存に関しての問題点 業務システムや会計システムは、開発者又は販売者のサポート期間やライセンスの関係もあり、国税関係帳簿書類の保存期間の7年の期間中、続けて保証されることは困難な状況にあることが多い。また、保存媒体についても、通常業務で使用しているシステム内のサーバに7年間保存することも現実的ではない。 そこで、一定期間を経過した後は、データベースの形式で承認済国税関係帳簿書類の帳簿等のデータを他の媒体に移行することが現実的と考えられる。その際は、保存するデータ項目や期間を正しく設定し、データの抽出を行う必要があり、データの保存に際しては、業務で使用しているサーバ等で保存していたデータと他の記憶媒体に保存するデータは当然に同一のものでなければならない。 このため、必要に応じてデータの保存に関する責任者を定めるとともに、管理規程を作成し、備え付けるなど、管理・保管に万全を期すことが望ましいが、電帳法の適用を受けている法人等においては、正しく帳簿に係るデータが保存されてないケースも多々見られ、税務調査において指摘され指導を受けることも多くなっている。 次回(第5回)では、電帳法の要件に基づいた国税関係帳簿書類の保存にあたっての問題点と解決策及び税務調査対策、そしてこれら国税関係帳簿書類の承認申請にあたっての留意事項、申請方法について解説する。 (了)
〔平成27年分〕 相続税の申告実務の留意点 【第4回】 (最終回) 「結婚・子育て資金の贈与税非課税特例・国外転出時課税」 ~平成27年度税制改正事項~ 税理士事務所ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 (1) 結婚・子育て資金の贈与税非課税特例と相続税申告の関係 平成27年度税制改正により、結婚・子育て資金の贈与に係る贈与税の非課税特例制度(措法70の2の3)が創設され、平成27年4月1日から適用開始となっている。 住宅取得等資金の贈与税非課税特例(措法70の2)、教育資金の贈与税非課税特例(措法70の2の2)を適用した贈与については、相続税の課税対象とはならないが、結婚・子育て資金の贈与税非課税特例を適用した贈与については、相続税の課税対象となる可能性がある。 相続税申告業務を担当した場合には、結婚・子育て資金の贈与税非課税特例の適用を受けていたか否か、必ず確認を行い、適用を受けている場合には、相続税の課税対象となる可能性がある点に十分留意する必要がある。 (2) 国外転出時課税制度と相続税申告の関係 平成27年度税制改正により、平成27年7月1日以後に国外転出する場合、国外転出時課税が行われることとなった。国外転出時課税とは、国外転出をする時点で1億円以上の有価証券など対象資産を所有している場合等の居住者に対して、国外転出時に、国外転出の時の価額等で対象資産の譲渡等があったものとみなし、対象資産の含み益に対して所得税が課税される制度である(所法60の2)。 国外転出時課税は、相続の開始時で1億円以上の有価証券など対象資産を所有している一定の居住者が死亡し、国外に居住する相続人・受遺者が相続・遺贈により、対象資産の全部又は一部を取得した場合にも、相続・遺贈の時に取得した相続対象資産について譲渡等があったものとみなして、含み益に対して被相続人に所得税が課税される(贈与の場合も同様)。 したがって、被相続人が企業オーナー(上場企業・非上場企業問わない)、又は多額の証券投資を行っており、かつ、相続人・受遺者に外国居住者がいる場合、国外転出時課税が適用される可能性があるため、留意が必要である。 また、ケースとして多くはないと推測されるが、国外転出時課税の適用を受け、納税猶予を行っている者が死亡した場合等では、相続税の納税義務の判定において、国内に住所を有していたのと同様の取扱いとするなど(相法1の3)、通常とは異なる取扱いとなるため、該当するケースではこの点も留意が必要である。 (連載了)
これだけ知っておこう! 『インド税制』 【第4回】 「インドの物品税」 公認会計士・税理士 野瀬 大樹 今回は物品税についてその概要を解説することにする。物品税は基本的に「製造業にかかる消費税」というイメージであり、インドの代表的な間接税の1つである。 1 そもそも物品税とは? インドの物品税とは、インド国内での「製造」に対して課せられる間接税の1つである。 基本税率は本年2015年の予算案改正により教育目的税も含めて12.5%と改正された。 筆者がインドで仕事を始めた当時は10%であり、その後12%、そして今回12.5%となったことを考えると、ずいぶんと企業の負担は重くなったというのが正直な実感である。 この物品税の対象となるのは基本的に「インド国内で製造されたもの」となる。逆に言うと、インド「国外」で製造されたものには原則課税されないし、建物などの動かせないいわゆる「不動産」には課税されない。 2 物品税の計算及び納付の仕組み まず物品税の計算だが、基本的には日本の消費税と同じである。たとえば1,000の製品を売った場合に物品税を合わせて1,125を受け取ったとしても、税務当局に税額の125を納付するわけではない。日本の消費税と同様、支払物品税と相殺をしたあとで、「受取物品税」と「支払物品税」を相殺してその差額分だけを納付する仕組みになっており、この仕組みのことを「CENVAT」という。もちろんこの大前提として、受取物品税と支払物品税を正しく記帳しておく必要があるため、多額の仕入れと製造を取り扱う製造業の経理はその責任が非常に重いと言える。 この税額は毎月正確に計算し、翌月5日までに納付をする必要があるので実際の経理の業務は毎月タイトである。特に日本企業の場合、本社の経理部がギリギリまで月次数値を確認したがる傾向にあるため、本末転倒であるが5日の納付に間に合わないケースも少なくない。他の間接税と比べ物品税を取り扱う製造業の会計記録は複雑かつ大量なので、納付の遅延はもとよりペナルティを払っている会社もあるのが現実である。 さらにそれに加えて、その相殺計算をどうやって行ったかについてはレポートを税務当局に提出する必要があるので、その作業工数はさらに跳ね上がることになる。 そのため製造業の場合は、外注先となる顧問会計事務所だけではなく、物品税の仕組みをある程度理解しており、他の製造業で経理経験のあるスタッフを会社に常駐させておいたほうが賢明である。このあたり、管理をより厳しくしたい日本本社が、その結果として間接税納付の遅延という管理の問題を引き起こしてしまうケースは現地でよく散見される。 3 特殊な税率 上述のとおり物品税の税率は12.5%が原則だが、中には異なる税率が適用される例も少なくない。インドの間接税業務ではこの例外的な税率を追うのがなかなか大変で、いちいち最新の条文を確認する必要がある。 近年、年改正があったばかりの主要な項目を以下に挙げる。 最近はインド企業の財務調査業務を行うことが多いが、実際に調査を行うとこういった細かな税率を間違えている企業は少なくなく、そのような会社を買収した場合、将来的に税務調査で多額の追加納税を要求されるリスクが常に付きまとっているとも言える。 その他、2015年の改正により、前述CENVATの計上期間が半年から1年に延長されたため、納税側としては少し有利になったと考えらえる。 4 気になる最近の物品税動向 物品税に関して、よくトラブルになるのが、その登録にかかる時間である。 製造業が物品税登録をする際には、工場がキチンと完成し各種許認可も揃えたうえで、そのラインまで税務当局の調査官に見せる必要があるため、当初の予定よりもその登録作業が遅れることが多い。 必要とされるすべての書類も、ラインも完成しているのに、なぜか登録を遅らせられるような途上国にありがちなトラブルも散見されるので、当初から余裕をもったプランを練っておくことが重要である。 あと1点、物品税については近年、今後の製造業の方針を左右しかねない判例がインドで出された点にも注意が必要である。 イタリアの自動車メーカー・フィアット社が新しい車種「Uno」を原価以下で売り出し、低迷するシェアを一気に拡大しようとしたのだが、インド税務当局は実際の売り出し価格ではなく「原価+合理的利益」という「あるべき販売価格」に物品税をかけるべきだと主張したのである。 結果、フィアット社が敗訴、税務当局の主張通り「あるべき販売価格」に対して物品税が課せられることになった。 確かに従来より、関係会社などへ特別安く製品を提供する場合は第三者との取引と同様の「あるべき販売価格」に対して物品税がかかるという制度になっていたのだが、フィアット社のように企業外部のエンドユーザーへの値引きについても「あるべき販売価格」への課税が認められた判例は、今後のビジネスに(悪い)影響を及ぼしそうだ。特に製造業による進出がメインの日本企業にとっては注意が必要である。 (了)
[子会社不祥事を未然に防ぐ] グループ企業における内部統制システムの再構築とリスクアプローチ 【第2回】 「周辺エリアで生じやすい不祥事」 ~子会社で不祥事が生じやすいのには、様々な要因がある~ 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴 1 最近の子会社不祥事例 企業不祥事は、会社資産の横領・背任といった財産犯罪、財務報告の虚偽記載(粉飾決算、脱税や違法な租税回避行為)、贈賄やカルテル・談合等の違法行為、ハラスメント行為や残業代不払い等の労働問題、知的財産や会社情報の漏えい問題、安全・環境に関する問題等様々存在する。本稿では、筆者の経験上子会社の不祥事の発生につき、特に親会社の不祥事とは異なる発生要因をご紹介したい。 【最近の主な子会社不祥事】 出典:報道等より2014年以降を集計 2 親会社による監視不足 多くの日本企業において、子会社政策は重要な経営戦略の一環であり、企業買収、事業再編、海外進出等による子会社数の増加と相俟って相対的に子会社による不祥事も増加する可能性があるであろう。例えば、日本電信電話(NTT)は、過去5年間で380社以上の子会社が増加しており、多くの日本企業が市場シェアの拡大、業容拡大等を狙い子会社数を増加させている。 子会社数が急激に増加する中、子会社自体に不祥事を予防し発見する統制が欠如している場合、親会社の監視の目が行き届いていなければ子会社不祥事の発生を抑止できない。親会社から地理的に離れている海外子会社の場合や、親会社の本業事業とは異なる事業を展開している子会社の場合には特に顕著であり、親会社のコンプライアンスルールは十分に浸透せず、子会社独自の違法な商慣習やルールを許容してしまう場合が多い。親会社が子会社監査を実施しても、言語や法令の相違、企業文化や商慣習の相違が障壁となり不祥事の発生を看過してしまっている場合も多いようである。 3 人材不足 例えば、海外子会社を展開する場合に、本来ならば、現地の言語ができ、子会社の事業慣習、法規制及び財務内容を理解できる人材を親会社から送り込めれば、親会社の監視の目が行き届く可能性がある。また、欲を言えば当該人材を定期的にローテーションできれば、不祥事の抑止にもなる。そのような人材は希少であり、人事交流が滞りがちとなる。このような人事交流の停滞が不祥事に至るケースもある。 4 期待ギャップ 例えば、親会社マネジメントの期待を受けて子会社を買収・設立した場合、当該子会社の失敗は、親会社の経営戦略が否定される可能性がある。親会社からは誠実で信頼のおける人材がマネジメントとして送り込まれ、送り込まれた人材は、一国一城の主となる。このような状況において、仮に子会社の業績が期待とは異なる場合、子会社のマネジメントは果たして真実な報告ができるのか。また、親会社マネジメントは、ワーストシナリオを想定しているのか。このようなギャップが不祥事の発生・発覚を遅らせるという事例もある。なお、親会社マネジメントの直轄である内部監査人が子会社監査に赴いても、子会社マネジメントの不祥事を指摘できる可能性は低いであろう。 このように、子会社不祥事の要因は、親会社で発生する企業不祥事の要因とは異なった側面があり、その防止のために、適切な対策が必要である。 (了)
海外先進事例で学ぶ「統合報告」 ~「情報の結合性」と「簡潔性」を達成するために~ 【紹介事例③】 (最終回) 「ARM Holdings plc社」 (ARM「Strategic Report 2014」) 公認会計士 若松 弘之 (注) 戦略報告書 イギリスでは、英国会社法に基づき上場企業に対して、株主に企業のビジネスモデル、戦略、実績、及び将来の見通しについての全体像を提供することを目的とする戦略報告書の作成が義務づけられている。この報告書のガイダンスを適用するFRC(英国金融再生委員会)が、企業報告についてIIRCと同じゴールを目指していることから、ここでは統合報告事例として取り上げている。 「企業が長期にわたり価値をどのように創造してゆくのか」。企業の長期的な価値創造を株主や債権者をはじめとする多様なステークホルダーに分かりやすく示すことが統合報告書の主たる目的である。今回紹介するARM社の2014年戦略報告書は、この将来の価値創造の道筋である企業戦略を、同社が直面している主要なリスク及びその対処と関連付けながら記載している点が特徴的といえる。 ARM社はなぜこのような記載スタイルをとっているのか。その背景には、同社が事業を行う半導体業界が常に激しい競争と絶え間ない技術革新という変化の波にさらされており、自社技術やノウハウの陳腐化、新規参入による市場シェアの喪失などが常に起こりうることが考えられる。 このような変化の著しい事業環境下では、企業の長期的な成長戦略は、環境変化によってもたらされる成長を阻害する可能性のあるリスクを迅速に識別し対処すること、すなわちリスク管理との密接な関連付けが重要となると筆者は考えている。 IIRCの統合報告データベースは、ARM社の2014年戦略報告書の32ページから37ページを、内容要素【リスクと機会】について、【戦略的焦点と将来志向】、【情報の結合性】、【簡潔性】3つの指導原則に沿った先進事例として掲載している。以下その詳細をご紹介する。 (1) 企業戦略とリスク管理の結び付け ARM社は、2014年戦略報告書の企業戦略の記載(P22以降)において、まず長期成長戦略を「エネルギー効率の良い技術を開発及び展開すること」とし、そのための成長ドライバーとして長期成長市場におけるシェアの獲得、スマート電子機器の付加価値の増進、新技術による更なる収益源の獲得、長期成長に対する投資を挙げている(P22-23:~)。 【P22-23(抜粋)】 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 そして、これらの成長ドライバーごとに今期の戦略進捗状況を記載し、関連する主要業績指標(KPI)の紐づけを行っている(P22-23:)。このような記載スタイルは、他社の統合報告でもよく見られる記載事例だが、ARM社の事例で特筆すべき点は、先にも述べた通り、さらに各成長ドライバーが直面する主要なリスクとの関連付けも同時に行っていることである(P22-23:)。 この記載により、たとえば長期成長市場におけるシェアの獲得という成長ドライバーについて、現状は携帯電話について95%以上のマーケット・シェアを有している一方で、後述の「リスク管理」に記載された9つの主要なリスクのうち5つのリスクにさらされている状況が分かる。 (2) 主要なリスクが企業の成長戦略に及ぼす影響 以上のように、ARM社は企業戦略の記述においてリスクとの関連を明確にしているが、単なる関連付けにとどまらず、リスクを企業の成長戦略への影響度と結び付けた記載も行っている。 2014年戦略報告書における「リスク管理」(P32)では、(1)で述べた4つの成長ドライバーに対して影響を及ぼす9つの主要なリスクを、その相互の関連性を示す全体像として記載している。 【P32(抜粋)】 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 ARM社は、主要なリスクとして、業界の事業モデル等の変遷によるマーケット・シェアの喪失や知的所有権の価値が下落するリスク、競合企業の製品や技術によりマーケット・シェアを喪失するリスク、顧客基盤の過度の集中により成長目標が阻害されるリスクなど9つを挙げている。 これらの主要なリスクが企業戦略上の4つの成長ドライバーのいずれに影響を及ぼすか(P32:)、2014年度における状況変化(P32:)、を一覧として表すことで、主要なリスクと成長戦略の関連性の全体像を明らかに示している。 そして、これ以降のページにて、9つの主要なリスクの具体的な内容(P33:)、リスク軽減策(P33:)、2014年度における状況変化(P33:)の詳細が記載されている。 【P33(抜粋)】 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (3) リスク・ヒートマップ、色分けされた記号の活用 企業戦略上の成長ドライバーに影響を及ぼす9つの主要なリスクについて、その内容を理解するには、ARM社の事業内容、企業戦略、中核技術、半導体業界の現状など、その背景となる様々な事柄に対する知識が必要である。このため同社は、報告書の利用者がこれらの主要なリスクを速やかに理解できるよう「リスク・ヒートマップ」を示している。 すなわち、縦軸を発生可能性(Likelihood)、横を影響度(Impact)とするヒートマップ上に9つの主要なリスクをプロットすることによって、それぞれのリスクが企業の成長戦略に与える深刻度を視覚的に理解できるようにしているのである(前掲P32:)。 また、9つのリスクと4つの成長ドライバーとの関連性は、色分けした記号により明示されており、特定の成長ドライバーに影響を及ぼすリスクを一目で把握することができる。 さらに、これらのリスクの2014年度における状況変化についても、緑の上下の矢印、またはイコールの記号によって、たとえば上向きの緑の矢印のものはリスクが増加したものであるなど、瞬時に当年度の変化を把握できるよう工夫されている(前掲P32:)。 このような「リスク・ヒートマップ」と色分けされた記号を活用すれば、利用者がその目的やニーズに応じて情報収集の優先順位付けをすることができる。たとえば、発生の可能性が最も高いと考えられるものが、の「各種権利等の侵害により訴えられるリスク」である点、「長期成長市場におけるシェア獲得」という成長ドライバーに影響を及ぼすリスクが、、、、である点、2014年度においてリスクが増大したものは、の「顧客基盤の著しい集中により当社の成長目標が阻害されるリスク」である点などを把握したうえで、それらのリスクの詳細内容について、33ページ以降で確認することができる。 (4) まとめ 今回紹介したARM社の先進事例を、当連載が着目する3つの指導原則に照らしてもう一度整理してみよう。 ① 戦略的焦点と将来志向 ARM社が、競争と技術革新の著しい半導体業界において長期の持続的な成長を実現するには、外部環境の変化がもたらすリスクへの迅速かつ適切な対応が不可欠である。このような視点から、同社の主要なリスクと関連付けた企業戦略の記載は、指導原則【戦略的焦点と将来志向】において求められる「企業戦略が企業の価値創造能力にどのように影響するか」を的確に表した記載であるといえる。 ② 情報の結合性 ARM社の場合、長期にわたる価値創造能力に影響を及ぼす要因としては、企業戦略で掲げた4つの成長ドライバーのみでなく、これに影響を及ぼす9つの主要なリスクも含まれていることは明らかである。このため、同社は「リスク管理」の記載において、その成長ドライバーと主要なリスクの関連性の全体像を一覧として示しており、指導原則【情報の結合性】に沿った好事例といえる。 ③ 簡潔性 ARM社は、自社の主要なリスクをヒートマップとして示すことで、その発生可能性と影響度から成長戦略へ及ぼす影響の深刻度を明解に示している。さらに、個々のリスクが影響を及ぼす成長ドライバーと当期におけるリスク状況の変化を、色分けされた記号により1ページで瞬時に把握できるよう工夫を凝らしており、指導原則【簡潔性】を十分に満たしているといえる。 * * * (連載了)
会計上の『重要性』 判断基準を身につける ~目指そう!決算効率化~ 【第14回】 「重要性の有無の判定方法②」 ~体重の増加率は服を脱いで計算すべし 公認会計士 石王丸 周夫 今回は、会計処理の誤りが税引後利益にどう影響するのかについて考えていきます。 まず手始めに、虚偽記載の評価に関する以下の問題にチャレンジしてみてください(解答は問題のすぐ下にあります)。 いかがでしたか。正解できたでしょうか。 利益には税引前と税引後の2種類がありますが、重要性の判断も税引前と税引後の区別が大事です。 以下、この解答について触れながら、解説していきます。 《法人税等の誤りは利益にどう影響するか》 前回取り上げた税効果会計の重要性判断でも述べましたが、損益計算書の税引前利益より上に出てくる項目と下に出てくる項目では、誤りが発生した場合の影響に違いがあります。 今回は「法人税、住民税及び事業税」(以下、法人税等と呼びます)に着目して、話を進めていきます。 ある会社の損益計算書で、法人税等の金額に誤りがあることが判明したとします。本来350とすべきところを、390として計上していたのです。法人税等の過大計上です。 以下は、損益計算書の末尾部分について、現状の「決算書」と修正後の「あるべき決算書」を並べたものです。 上図のとおり、法人税等に間違いがあった場合、その影響は税引後利益に出てきますが、税引前利益には影響ありません(⇒したがって、問題14のアの記述は誤りです)。「法人税等」が「税引前利益」の下に来る項目だからです。 当たり前のような話ですが、まずこの点を押さえておきましょう。 《税引後利益の5%という考え方》 では、上の事例で「40の過大計上」について重要性判断を行う場合、どのようにすればよいでしょうか。このミスは決算作業の最終段階で判明し、他には今のところ数字の間違いは起きていないものとします。 その場合、40という金額が「重要性の基準値」以内に納まっていれば、決算書の利用者に誤解を与えることはないと判断でき、間違いを修正せずに決算を確定させることも容認できます。 この会社では、重要性の基準値を、定石通りに「税引前利益の5%」で算定していたとします。 すると判定は以下のようになります。 虚偽記載の額40は、重要性の基準値50よりも小さいです。 つまり、「重要な影響がある」とまでは言えないようです。 しかし、本当にこれでよいのでしょうか? 重要性の基準値は税引前利益をベースに算出した値です。法人税等の虚偽記載額は、税引前利益には影響しませんが、税引後の利益にストレートに影響を与える項目です。 ためしに、虚偽記載額によって税引後利益がどの程度ブレているのか、計算してみます。 6.2%です。 「あれっ?」と思いませんか。 重要性の基準値は、「税引前利益が5%以上ブレたら困る」という考え方に沿って算定したものでした。その値を使って重要性の判断をして、虚偽記載の額に重要性は認められないと結論できそうでした。つまり、税引前利益のブレは5%以内に収まっているということです。(実際のブレは0です。) しかし、上の算式によると、税引後利益に対しては5%超ブレているというのです。 これは身近な例でもよくあります。 たとえば、服を着たまま体重を測る場合の増加率です。 1ヶ月前に量った時に50kgだった人が、今52.5kgになったとします。 増加率は5%(2.5÷50×100%)です。 ところが、服の重さを1kgと考えてこれを差し引いて計算すると、増加率は5.1%(2.5÷49×100%)になります。本当は5%超の増加なのです。 税引後の利益にストレートに影響を与えるというのは、こういうことです。 法人税等の誤りについては、税引後利益への影響を考慮することが必要になります(⇒したがって、問題14のイの記述は正しいです)。 《複数の虚偽表示の重要性判断》 実務では、会計処理の誤りが複数見つかってしまうということもよくあります。 以下ではそのようなケースを考えてみます。 たとえば、法人税等の過大計上の他に、減価償却費の計上漏れがあったとします。 複数の虚偽記載がある場合、まずは、それらの合計が利益に対してどれだけ影響を与えるかを集計します。この例では2つの誤りのうち1つが法人税等に係るものですので、上で述べたように、税引後利益への影響を考える必要があります。 その影響を以下のように集計してみました。 修正仕訳は3本です。 No.1の仕訳は減価償却費の計上漏れを修正する仕訳です。No.2はその税効果相当額の仕訳です。税引後利益への影響金額を算定するので、No.1の仕訳について、その税効果を認識したわけです。減価償却費の誤りが税引後利益に与える影響は、その税効果も含めて考えます(⇒したがって、問題14のウの記述は誤りです)。 No.3は、No.1とは関係なく見つかった法人税等の過大計上を修正する仕訳になります。こちらは課税対象の取引ではありませんので、税効果の仕訳は不要です。 以上3本の仕訳の結果、税引後利益への影響金額は、合計で「33のプラス」と出ています。 つまり、本来であれば税引後利益が33増えるはずだということです。 では、この33について、重要性判断をしてみましょう。 判断基準は以下のとおりです。 税引後利益に与える影響を判断するので、重要性の基準値についても税引後利益をベースにして算定したものを使用するという考え方です。その値は31ということですから、虚偽記載の額33は、重要性の基準値を超えています。 もし、この判定を税引前利益の5%で行うと、どうなるでしょうか。 その場合、重要性の基準値は1,000の5%で50になります。虚偽記載の額は33なので、今度は重要性の基準値の範囲内に収まります。結果が逆転してしまうのです。 このように、虚偽記載の評価は、税引後利益への影響もしっかり考えてあげなければいけないということです。 (了)