中小企業事業主のための 年金構築のポイント 【第6回】 「老齢基礎年金の繰下げ」 特定社会保険労務士 古川 裕子 1 老齢基礎年金の繰下げ受給 老齢基礎年金の支給開始年齢は65歳であるが、65歳のときに請求せずに、66歳以降任意の時点で、支給繰下げの申し出をすることができる。これを「繰下げ受給」という。 繰下げによる年金額は、老齢基礎年金の受給権を取得した月(原則として65歳)から繰下げの申し出をした月の前月までの期間に応じて、一定の率で増額される。なお、加算率は月単位で1ヶ月につき0.7%の割合で増額される。 〈 事 例 〉 65歳で満額の老齢基礎年金780,100円を受給できる人が70歳まで繰り下げた場合の受給額 780,100円×1.42=1,107,742円≒1,107,700円 65歳で請求した場合 満額で780,100円であるが、70歳まで繰り下げた場合、年額1,107,700円(月額92,308円)を受給できることになる。 2 繰下げ受給における主な注意点 繰下げ受給を希望する場合は、下記の点に注意が必要である。 3 繰下げによる損得の境界線 繰下げ受給をした場合は、下表の損得分岐点で示した年齢より長生きすると、65歳から受給した場合と比べて、合計支給額は多くなる。 ▷繰下げ年金受給額(累計は65歳支給を100とした場合) 4 請求の手続 繰下げ受給を希望するときに年金請求書と支給繰下げ申出書を、また、老齢厚生年金の受給権者の場合は、支給繰下げ請求書を年金事務所に提出する。 《おさらいQ&A》 (了)
養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第1回】 「養子縁組の種類と成立要件・養子縁組が認められなかった裁判例」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 [1] 養子の種類 「養子」とは、適法な養子縁組によって養親の嫡出子としての身分を取得した子をいい、養子には「普通養子」と「特別養子」の2種類が存在する。 「普通養子縁組」とは、養子が実親との親子関係を継続したまま、養親との親子関係をつくるという二重の親子関係となる縁組のことをいう。 これに対し、「特別養子縁組」とは、養子が戸籍上も実親との親子関係を断ち切り、養親が養子を実子と同じ扱いにする縁組のことをいう。 普通養子と特別養子との主な相違点は以下のとおりである。 [2] 普通養子の成立要件 まずは普通養子縁組を行うに当たり必要となる要件から解説する。 普通養子の成立には、「形式的要件」と「実質的要件」を満たす必要がある。形式的要件とは、縁組当事者の意思とは離れた一定の手続・届出等を意味し、実質的要件とは形式的要件を除いた縁組当事者の意思、及び客観的事情等を意味する。 なお、いずれの場合においても、これら要件を満たさない縁組は無効である。 1 形式的要件 普通養子縁組は、婚姻と同様に、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる(民799・739・801)。 2 実質的要件 (1) 当事者間に縁組意思があること(民802①) 縁組意思の具体的内容については、後記[5]にて詳述する。なお、養子縁組は身分行為であり、原則として代理になじまないことから、成年被後見人でも、意思能力がある限り、後見人の同意は不要である(民799・738)。 (2) 縁組障害のないこと 以下のような縁組にあたっての障害のないことが必要である。 [4] 特別養子の成立要件 次に、特別養子縁組を行うに当たり必要となる要件について解説する。こちらも形式的要件と実質的要件がある。 1 形式的要件 (1) 家庭裁判所の審判 普通養子縁組が届出によって成立するのとは異なり、特別養子縁組は、家庭裁判所の審判によって成立する(民817の2)。 特別養子縁組の成立には慎重な調査判断を要するとして、原則として6ヶ月以上の期間監護した状況(試験養育)を考慮しなければならないとされている(民817の8)。 (2) 特別養子縁組の届出 普通養子縁組の届出が創設的届出(戸籍法の定めるところに従って届け出ることによってその効力が生じること)であるのに対し、特別養子縁組の届出は報告的届出(届出は単なる縁組確定の報告に過ぎない)であり、届出人は審判を請求した養父または養母である(戸籍法68の2・63①)。 特別養子縁組の審判が確定した場合は、審判が確定した日から10日以内にその旨を届け出なければならず(戸籍法68の2・63①)、この届出を怠ると過料の制裁が科される(戸籍法135)。 2 実質的要件 (1) 養親の夫婦共縁組(民817の3) 養親は配偶者のある者で、かつ夫婦ともに養親となる必要がある。ただし、夫婦の一方が他の一方の嫡出子を特別養子とするときは、単独での縁組が可能である(民817の3②ただし書)。 (2) 養親となる者の年齢(民817の4) 養親は25歳以上でなければならない。ただし、養親の一方だけが25歳未満でも、20歳に達していれば縁組は可能である(民817の4ただし書)。 (3) 養子となる者の年齢(民817の5) 養子は、家庭裁判所に対する縁組請求時に6歳未満でなければならない。ただし、6歳以上でも、6歳に達する前から引き続き養親となる者に監護されてきた場合には、8歳未満であれば縁組は認められる(民817の5ただし書)。 (4) 養子となる者の父母の同意(民817の6) 特別養子縁組の効果として実方の親子関係が断絶されることから、縁組の成立には、養子となる者の父母の同意が必要である。ただし、父母がその意思を表示することができないとき、または父母による虐待、悪意による遺棄その他養子となる者の利益を著しく害する事由がある場合には同意は不要である(民817の6ただし書)。 (5) 子の利益のための特別の必要性(民817の7) 特別養子縁組は、父母による養子となる者の監護が著しく困難または不適当であること、その他特別の事情がある場合において、子の利益のため特に必要であると認めるときに、これを成立させることとしている。つまり、実方の父母との親子関係の終了が子の利益に合致する場合にのみ、特別養子縁組が認められる。 [5] 普通養子縁組が無効とされた裁判例(相続対策としての養子縁組) 上記のとおり、養子縁組を行うに当たっては形式的・実質的要件のすべてを満たしている必要があるが、以下では普通養子縁組が無効とされた裁判例について解説する。 普通養子縁組では、特に縁組当事者間の縁組意思の有無が問題となる。 《ケース1》 大阪高裁平成21年5月15日判決は、養親Aと隣人としてつきあいのあったBが自己の長女(控訴人)を養子にさせ、その後Aが死亡したという事案に関するものである。 同判決は、縁組意思に関し、 と判示した。 つまり、単に他の目的を達するための便法として養子縁組が利用された場合には縁組意思を欠くものとして無効であると判断した。 その上で、 として養子縁組を無効と判断している。 つまり、縁組当時及びその後の事情等により、専ら、身寄りのないAの財産を控訴人に相続させるための便法として養子縁組が利用されたものと事実認定した。 《ケース2》 名古屋高裁平成22年4月15日判決は、養親Aと病院で知り合った者(控訴人)が養子となり、その後Aが死亡したという事案に関し、 と判示した。 その上で、本件では、 等の事実から、本件養子縁組は、被控訴人への相続を阻止するための方便として、控訴人との養子縁組という形式を利用したにすぎないものと認められ、養子縁組意思を欠くものとして養子縁組を無効とした。 * * * 以上のとおり、養親・養子間において、一応法律上の親子という身分関係を設定する意思があったとしても、それが単に他の目的(養子となる者に財産を相続させることのみを目的とする場合、他の者への相続を阻止する目的等)を達するための便法として用いられた場合には、縁組意思がないとして無効と判断されることとなるため注意が必要である。 (了)
常識としてのビジネス法律 【第24回】 「会社法《平成26年改正対応》(その5)」 弁護士 矢野 千秋 3 非取締役会設置会社の取締役 (1) 意義 非取締役会設置会社の取締役は、会社の業務執行および会社を代表する必要的機関である。 (2) 会社の業務執行機関 取締役は、定款に別段の定めがある場合を除き、非取締役会設置会社の業務を執行する(348条1項)。業務執行とは、会社の目的たる事業を遂行するのに必要な事務を処理することであり、法律行為のみならず事実行為も含まれる。しかし、定款変更、合併、会社分割等の会社の組織に関する行為は含まれない。 取締役が2人以上ある場合には、株式会社の業務は、定款に別段の定めがある場合を除き、取締役の過半数をもって決定する(同条2項)。その場合には、取締役は、支配人の選任および解任、支店の設置、移転および廃止、株主総会の招集決定、取締役の職務の執行が法令および定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備(内部統制システムの構築)、定款の定めに基づく取締役等による責任の免除についての決定を各取締役に委任することができない(同条3項)。また、大会社においては、取締役は、内部統制システムの構築に関する事項を決定しなければならない(同条4項)。 (3) 会社の代表機関 非取締役会設置会社の取締役は、他に代表取締役その他会社を代表する者を定めた場合を除いて、会社を代表する(349条1項)。 「会社を代表する」とは、取締役の行為がそのまま会社自体の行為として法律効果を生ずる関係をいい、その権限の範囲は、会社の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為に及び、それを制限しても、その制限を善意の第三者に対抗することができない包括的無制限なものである(同条4項5項)。 定款、定款の定めに基づく取締役の互選または株主総会の決議によって、取締役の中から代表取締役を定めることもできる(同条3項)。 4 取締役会 (1) 取締役会設置会社の取締役の職務権限 取締役会設置会社の各取締役は取締役会の構成員にすぎないが、株主総会に出席するほか、会社の運営が軌道を外れた場合に各種の訴えを提起することができる。すなわち、株主総会決議取消の訴え(831条)、株主総会決議不存在・無効の訴え(830条)、会社の組織に関する行為の無効の訴え(828条)などの提起である。 さらに、取締役は単に取締役会の上程事項に限らず代表取締役の業務執行一般について監視し、必要があれば自ら取締役会を招集し、あるいは招集を求め、取締役会を通じて代表取締役の業務執行を適正に行わせる職責がある(最高裁昭和48年5月22日判決)。 (2) 意義 取締役会は、取締役全員によって構成される合議体であり、その会議における決議をもって業務執行に関する取締役会設置会社の意思決定をする必要的機関である。すなわち、取締役会は取締役会設置会社の業務執行の決定、取締役の職務の執行の監督、代表取締役の選定および解職を行う(362条2項)。取締役会を合議体にした理由は、取締役会の権限が広範であるので、取締役の協議によって妥当な結論に到達することを法が期待したからである。 なお、取締役会設置会社である旨は登記しなければならない(911条3項15号)。ただし会社法施行(2006年5月1日)前から株式会社であった会社については、同法の施行日に、取締役会設置会社である旨の登記がなされたものとみなされる(整備法113条2項)。 (3) 意思決定権限 法令・定款をもって株主総会の権限とされている事項を除き、362条4項に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない(4項)。それ以外の事項は、一般的には代表取締役に委任しているものと解される。 なお、指名委員会等設置会社は416条2項4項、監査等委員会設置会社は399条の13第5項第6項参照。 ① 重要財産の処分、譲り受け 流動資産(計規74条3項1号)は適切迅速な処置が必要なものであって、そのつど取締役会の決議を要求するには無理がある。したがって、取締役会決議による処分の対象となる財産は固定資産(同条同項2号3号)ということになる。不動産や機械装置(同2号)、工業所有権(同3号)等がその典型的なものである。 なお、重要性の判断は代表取締役が行うのでは恣意的になるので望ましくない。したがって、取締役会で取締役会規則により定めておくべきである(訴訟でもその基準が尊重される可能性が高い)。これは会社法362条第4項第2号の「多額の」と、第3号、第4号の「重要な」にも共通する。なお特別取締役の制度については373条1項参照。 第1号および第2号においては、会社総資産の約1,000分の1を1つの基準にして金額基準を決定するべきである。過去の判例では、会社総資産の1.6%に相当する財産を重要性ありと認定したものがある(最高裁平成6年1月20日判決)。 ② 多額の借財 金融機関からの借入金がその典型的なものである。第1号の場合と同様、これについても一定の金額基準を設けておくべきである。借入れのつど取締役会の決議を得るのはわずらわしいので、年度(四半期)資金計画表等の形で取締役会決議を得ておくべきである。 ③ 支配人その他重要な使用人の選任および解任 「支配人」とは最重要商業使用人であり、その名称(支店長、支社長、営業所長、出張所長等)を問わず、営業主からその営業に関する包括的代理権を授与されているものである(通説)。 なお「重要な使用人」とは、本社の部長、工場長、研究所長、執行役員等をいう。 ④ 支店その他重要な組織の設置、変更および廃止 「支店」とは、その名称(支店、支社、営業所、出張所等)を問わず、本店以外の場所において独自の営業活動をし、対外的にも支店として取引ができる人的物的組織を備えたものをさす。 なお「重要な組織」とは、本社の部、工場、研究所等をいう。 ⑤ 代表取締役の選定・解職 代表取締役は取締役会の決議により、取締役の中から選定される(3項)。員数は1名でも数人でもよく、実際上は定款で社長、専務取締役、常務取締役等を置き、これらを代表取締役としている例が多い。 取締役会はその決議をもって取締役を解任することはできないが、代表取締役を解職することはできる(2項3号)。 ⑥ 内部統制システムの構築 会社法は、取締役の職務の執行が法令および定款に適合することを確保するための体制、その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令(規98条1項、2項、4項)で定める体制の整備に関する事項の決定として、内部統制システムの構築の基本方針の決定について、明文で規定を設けた。その決定又は決議の内容の概要及び当該体制の運用状況の概要を事業報告に記載しなければならない(規118条2号)。 (a) 非取締役会設置会社 取締役が2名以上いる場合には、これを取締役の合議事項とし取締役の過半数で決定することを要求し(348条2項)、その決定を各取締役に委任することができない(348条3項4号)。 (b) 取締役会設置会社 取締役会の専決事項として、その決定を代表取締役その他の取締役に委任することができない(362条4項6号)。 (c) 大会社、監査等委員会設置会社および指名委員会等設置会社 取締役または取締役会設置会社においては取締役会が、内部統制システムの構築の決定をせねばならない(348条4項、362条5項、399条の13第1項1号ロ、416条1項~3項)。 上記の通り、会社法は、内部統制システムの構築の決定を、大会社等に対して義務づけた。また、内部統制システムの構築の決定の重要性から、当該事項の決定を取締役会の専決事項または取締役の過半数による決定事項とし、各取締役への委任を認めない(監査等委員会設置会社は399条の13第1項1号ロ、指名委員会等設置会社は416条1項1号ホ)。 最高裁も内部統制システム構築義務に関して初めて判示した(最高裁平成21年7月9日判決)。事業部の元部長が自分の地位確保の目的で取引先の印鑑、注文書、検収書等を偽造して売上げを架空計上した事案で、内部統制システムの構築が代表取締役の「職務」(350条)であることを前提としつつ、「通常想定される架空売上げの計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えていた」「本件不正行為は通常容易に想定しがたい方法によるものであった」として「本件不正行為を防止するためのリスク管理体制を構築すべき義務に違反した過失があるとは言えない」とした。 ⑦ 定款の定めに基づく責任の一部免除 (本項については、「7 取締役の責任」で詳述する) (4) 職務執行の監督権限 取締役会は、取締役が行う会社の職務の執行について監督の権限を有し、義務を負う。さらに、各取締役には取締役会を通じて代表取締役の業務執行を適正に行わせる職責がある。したがって、取締役の違法または不当な職務執行を看過し、取締役会がなんらの措置もとらないときは、その構成員たる取締役は忠実義務または善管注意義務違反として会社に対して責任を負うことになる。 なお、この取締役会の監督権限に実効性を与えるために、代表取締役および代表取締役以外の取締役であって、取締役会の決議によって取締役会設置会社の業務を執行する取締役として選定されたものは、3ヶ月に1回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告することを要する(363条2項)。この報告を懈怠した場合には代表取締役等の任務違反となる。 (5) 取締役会の招集 取締役会は、各取締役が招集する。ただし、取締役会を招集する取締役を定款又は取締役会で定めたときは、その取締役が招集する(366条1項)。取締役会を招集する者は、取締役会の日の1週間(発送日、開催日を除いて正味1週間。これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前までに、各取締役(監査役設置会社にあっては、各取締役及び各監査役)に対してその通知を発しなければならない(368条1項)。ただし、全員が同意すれば招集手続を経ないでも開くことができ(2項)、したがって全員の同意で決めた定例日に開く場合は一々招集を要しない。 定例取締役会は取締役会規則により日時場所が定められ通常月1回程度開催の例が多い。会社法は最低3ヶ月に1回の開催を要求している(363条2項、417条4項)。この職務執行状況の報告に関する取締役会は、書面決議は不可である(372条2項3項)。 定款または取締役会の決議により特定の取締役を招集権者と定めた場合にも(366条1項)、招集権者以外の取締役は、招集権者に対し、取締役会の目的である事項を示して、取締役会の招集を請求することができる(2項)。請求のあった日から5日以内に、2週間以内の日を会日とする招集通知が発せられない場合は自ら招集できる(3項)。 監査の範囲を会計に関するものに限定されていない監査役(以下「全般監査役」と呼ぶ)も取締役が法令定款違反の行為をし、またはそのおそれあると認めるときは同様である(367条、383条2項3項)。 (6) 取締役会の決議 取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)が出席し、その過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)をもって行う(369条1項)。取締役1人に対して議決権は1つである。 この条文のみから判断すると、定足数は決議要件であるので、取締役会の時間中、常にその条件を満たしていなければならないというわけではないが、開会時のみならず、討議・決議の全過程を通じて維持すべきであるとする旧法時代の判例(最高裁昭和41年8月26日判決)には注意が必要である。 取締役会の議事については法務省令(規則101条)で定めるところにより、議事録を作成し、出席した取締役・監査役が署名又は記名押印しなければならない(369条3項)。 議事録は取締役会の日から10年本店に備え置かれる(371条1項)。株主、会社債権者は、その権利を行使するため必要があるときは、取締役会の議事録の閲覧謄写を請求できる(371条2項、3項、4項)が、監査役設置会社・監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社では裁判所の許可が必要である。 (7) 取締役会の書面決議 企業活動の国際化に伴い、海外に居住する取締役も多く、各取締役のスケジュール調整に困難をきたす事態も生じていたことから、実務界からは取締役会の書面決議を認めよとの要望が強かった。 そこで、取締役会設置会社は、取締役が取締役会の決議の目的である事項について提案をした場合において、当該提案につき取締役(当該事項について議決に加わることができるものに限る)の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたとき(監査役設置会社にあっては、監査役が当該提案について異議を述べたときを除く)は、当該提案を可決する旨の取締役会の決議があったものとみなす旨を定款で定めることができる(370条)(決議の省略)。 役員等が、取締役会に報告すべき事項を取締役全員に通知したときは、当該事項を取締役会に報告することを要しない(372条1項)(報告の省略)。 しかし、代表取締役および業務執行取締役(指名委員会等設置会社においては執行役)による取締役への定期的な(3ヶ月に1回以上)職務執行状況の報告に関する取締役会(363条2項、417条4項)については、実際に開催しなければならない(372条2項3項)。 これは取締役会の代表取締役等に対する監督機能の形骸化を防ぐための規定である。 (8) 代理人による決議 取締役は個人的信頼にもとづいて選任された受任者として議決権を認められているのであるから、株主(310条)と違って他人に委任して議決権を代理行使させることはできない。所有者株主はそもそも個性を喪失しているものであるから、常にその株主の出席を要求する必要もないし、また所有者には代理人によってでも広く議決権行使の機会を与えるべきであるのに対し、受任者たる取締役はその本人であることが重要だからである。 (9) 利害関係人 決議の公正を期するため、決議について特別な利害を有する取締役は決議に加わることはできない(369条2項)。取締役は、受任者として会社の利益のために議決権を行使すべきであるが、決議と特別利害関係を有する取締役に議決権の行使を許しては公正な決議が期待できないからである。 「特別利害関係」とは、決議について取締役が個人的な利害関係を有することであり、例えば利益相反取引の承認における相手方取締役、競業取引の承認における取締役、代表取締役の解職における当該代表取締役などである。 この点についても、原則として特別利害関係がある株主に議決権行使が認められているのと異なっている。株主は所有者であり、もともと自己の利益のためにその議決権を行使してかまわないものだからである。ただし、特別利害関係のある株主が議決権を行使した結果、著しく不当な決議となった場合には決議取消事由となる(831条1項3号)。 5 代表取締役 (1) 意義 代表取締役は、取締役会設置会社の業務執行を行い、対外的に会社を代表する必要的常設機関である。取締役会は合議体であり、業務執行の意思決定には適するが、決定の執行には適していない。そこで取締役会が代表取締役を選定して、対内的には業務執行、対外的には会社の代表にあたらせることとしている。 (2) 選定 代表取締役は取締役会の決議により、取締役の中から選定される(362条3項)。 したがって、代表取締役は取締役会の構成員を兼ね、それにより意思決定と執行との連携が期せられる。員数は1人でも数人でもよく、実際上は定款で社長、専務取締役、常務取締役などを置き、これらを代表取締役としている。代表取締役が複数いても、各自が単独して会社を代表する(単独代表制)。 (3) 退任 代表取締役も、任期満了(ただし、代表取締役に法定の任期がない)、辞任、解職等によって退任するほか、その地位の前提である取締役の地位を失った場合にも退任することになる。しかし、反対に代表取締役を辞任しても取締役の地位を当然に失うものではない。 なお、代表取締役の退任によって法律または定款所定の員数を欠くに至ったときは、必要があれば裁判所に一時代表取締役を選任してもらえるが(346条2項)、任期満了または辞任による退任者は、原則として後任者の就任まで引き続き代表取締役としての権利義務を有する(同条1項)。 (4) 職務権限 代表取締役は、取締役会設置会社では法定の必要的機関であるが、非取締役会設置会社では定款、定款の定めに基づく取締役の互選、または株主総会の決議によって選定される任意の機関である(349条3項)。 代表取締役は、執行機関として対内的および対外的な業務執行にあたる。すなわち株主総会または取締役会の決議を執行し、取締役会に委ねられた範囲で自ら意思決定し執行する。対外的業務執行を行うため、会社の代表権を有する(349条1項)。 (5) 専務・常務取締役 業務担当取締役(通常、専務、常務などの名称付の取締役)は対内的な業務執行権を持っている。ただし、これらの取締役はその地位に就いたことから自動的に対外的な代表権を有するわけではない。代表権を有するか否かは、その取締役が取締役会で代表取締役に選定されたか否かによる。これらの者の具体的な職制上の地位、権限等は法律に規定がなく、会社が独自に定款や職制規定によって定めている。選定は取締役会が行い、退任・解職は代表取締役と同様に考えられる。これらの者は、業務執行自体にあたる定款上の機関とされている。 (注) 業務執行取締役=363条1項各号の取締役+業務を執行した取締役 (続く)
此の国にも『日本企業』! 【第6回】 「《ケニア》 見えてきた新しいビジネスモデル ~(株)アフリカスキャン~」 中小企業診断士 西田 純 今回は、アフリカ・ケニアで市場調査と小売店経営を通して公衆衛生への貢献を目指す、新しいビジネスを展開する(株)アフリカスキャンを取り上げます。 〈ケニアにおける新しい小売店経営のかたち〉 日本にある親会社の(株)キャンサースキャンは、健康診断の受診者をマーケティングの手法を使って増やすという予防医療の支援サービスをしているのですが、(株)アフリカスキャンと(株)キャンサースキャン、両社の代表を務める福吉潤さんは、アメリカの大学院で勉強していたころからの友人がアフリカで仕事をしていたことを通じ、ご自身もアフリカでの事業に興味を持たれるようになりました。 当初は日本企業のケニア市場進出をサポートするマーケティングサービスからスタートし、実績を上げましたが、現在重点化しつつあるのが小売店経営と健康診断サービスを組み合わせた新しいビジネスモデルです。 このビジネスモデルは、ケニアの国内ならどこにでもある「キオスク」と呼ばれる小型店舗からスタートしましたが、伝統的なキオスクでは商品の価格を明示していなかったことに着目し、スーパーマーケット方式で価格を明示したところ顧客の評価が高まり、ビジネスとして成り立つようになりました。 さらに、来店客に対して無料でさまざまなサービスを提供するという集客法を取り入れ、ケニアでは広く普及している携帯電話の無料充電サービスを行う、購入した食品を温める、新聞や雑誌を無料で読めるようにする、などの取組みを実施したところ、それまでケニアではほとんど見かけなかったこういった各種サービスが好評を博し、来店客にとってコミュニティの中核のようなお店になっていきました。 〈健康診断を小売店で〉 次に同社が実施したのが、血圧測定や体重測定など、簡単な健康診断サービスを無料で実施するというものでした。社会にはまだ栄養管理の考え方が十分行き渡らず、国民に糖尿病予備軍が多いと言われるケニアでは、潜在的に健康管理への関心が高まりつつあるのに日本のような公的な健康診断制度がないため、簡単なサービスでも来店客からは大変喜ばれたのです。 さらに親会社である(株)キャンサースキャンが健康診断に関わるマーケティングを主な事業としていたことから、全社的にも社員の士気を高める点で相乗効果も得られました。 〈国の抱える問題をビジネスで解決〉 こうした地道な取組みを通じて、「国民の健康増進」というケニアの抱える開発課題に対応するための、住民の「行動変容」をサポートできることが(株)アフリカスキャンが目指す成果の1つであると、代表の福吉さんは熱く語ってくれました。 真正面から開発課題にアプローチするとコストがかかる。健康診断1つとっても、受益者負担で実施すると貧しいケニア人には費用が払えない。でもキオスクに客が来て、モノを買ってくれるなら(株)アフリカスキャンはその利益で持続性あるサービスを提供できる。そしてそれが来店客を増やし、ビジネスとしても成長できる、という考え方は、非常に斬新なものであると思います。 〈アフリカでのビジネスを成功させるための人材活用〉 さらに同社のビジネスモデルで特徴的なのは、アフリカというビジネス困難地域において、青年海外協力隊のOB・OGを現地マネージャーとして活用する取組みをしていることです。 土地柄として、不正防止にかかるコストが大きいアフリカにおいて、現地の事情を理解しており、一定規模のプロジェクトを運営する知見を有していて、個人的にも現地への貢献に意欲のある協力隊のOB・OGは、事業を実現させるために最適な人材といえます。 福吉さんは協力隊OB人材の活躍ぶりをそう紹介してくれました。 〈目標は2年で店舗数25倍〉 現在は4店舗を運営されている小売ビジネスについて、2年後をめどに100店舗に広げたい、そしてケニア人の店長たちが高いレベルの教育を受けられるような奨学金制度を作りたい、それが当面の目標であるという(株)アフリカスキャンの活躍から目が離せません。 (了)
2015年6月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.122が 公開されました。 プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布中! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
monthly TAX views -No.29- 「BEPSと包括的租税回避否認の検討」 中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信 茂樹 BEPS(税源侵食と利益移転)の議論が進んでいる。わが国ではあまり注目されていないが、行動6には、「租税条約の濫用」(いわゆるトリーティーショッピング)防止が掲げられている。 そして、これへの対策として、特典制限条項(LOB)と並んで、「アレンジメントの主要な目的の一つが条約特典を享受する場合のルール」が検討項目として掲げられている。 これは、条約適格者であっても、特定のアレンジメントが「条約特典を享受することを主要な目的(principal purposes)とする場合には、この特典を付与しない」とする規定で、「主要目的テスト」と呼ばれているものである。わが国では、2006年の日英租税条約や07年の日仏租税条約などに取り入れられている。 一方、わが国を除くG7諸国では、行き過ぎた租税回避に対して類似の機能を持つ国内法として、いわゆるGAAR(包括的租税回避否認規定)を導入している。 * * * GAARは、米国と欧州で、若干異なるアプローチがとられている。 米国は、事業目的(business purpose)原理とか経済実質(economic substance)原理とよばれるアプローチで、取引における「経済ポジションの有意な変化」という客観的要件と「納税者の課税以外の目的」の有無という主観的要件の2つを吟味することにより、税務上否認すべき租税回避を判断する二分肢テストを導入している。これは、長年にわたる判例法を積み上げたもので、2010年3月に内国歳入法第7701(o)条として立法化された。 これに対し欧州は、「法の濫用アプローチ」をとっている。代表例は欧州司法裁判所(ECJ)のハリファックス事件とキャドベリー・シュウェブ事件(いずれも2006年)で、「法律の趣旨・目的に反し、特典を不当に得る目的のみでなされる行為」を税務上の否認の対象とする判例法理を確立している。 また英国は、アーロンソン報告書を経て2013年にGAAR(英国はAnti-Avoidance ではなくAnti-Abuse)を導入した。同じGAARでも英国は、否認される取引の範囲を限定して立法化したのである。ダブル・リーズナブル・テストという客観基準を導入し、租税回避の認定に当たって、課税庁側の挙証責任、諮問委員会(GAAR PANEL)への付議という工夫をしている。 * * * 翻ってこの問題に関するわが国の対応はどうか。 国内法でGAARは導入されておらず、租税法律主義の下、法律の根拠のない租税回避否認は、判例も学説も認めていない。一方でりそな銀行事件では、「濫用アプローチ」がとられ、最高裁は法律根拠がなくても税務上の否認ができることを判示している。 また現在、IBM事件とヤフー事件が、いずれも租税回避事件として裁判中であるが、これらについては、法律の根拠があるケース(前者は同族会社についての法人税法132条、後者は組織再編についての132条の2)にもかかわらず、「法人税の負担を不当に減少させる」という不確定概念の解釈が問題となっている。 このような状況は、経済の複雑化・国際化、企業行動の変化が生じる中で、納税者の予見可能性や法的安定性が確保されていないという事実を表すもので、取引に対する不確実性が高まっているといえよう。 2010年に米国、2013年に英国でGAARが導入され、冒頭のようにOECDではBEPS議論が開始されている。この機会に、わが国でも、否認される租税回避行為(取引)の定義を明確にしたGAARの導入を検討し、BEPSの議論を受け止めることができるようにする時期が来ている。 この点わが国の租税法学者は、正面から議論することを避けているような気がする。 (了)
マイナンバー制度と 税務手続 【第5回】 「安全管理措置」 税理士 坂本 真一郎 今回は、番号法が求める特定個人情報等に関する安全管理措置について見ていきたい。 1 番号法における安全管理措置の考え方と検討手順 「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン」(事業者編)(以下「ガイドライン(事業者編)」という)では、 (ガイドライン(事業者編)第4-2-2(2)) とされている。 (※1) 「従業者」とは、事業者の組織内にあって直接間接に事業者の指揮監督を受けて事業者の業務に従事している者をいう。具体的には、従業員のほか、取締役、監査役、理事、監事、派遣社員等を含む。 番号法は、「個人番号を利用できる事務の範囲」、「特定個人情報ファイルを作成できる範囲」、「特定個人情報を収集・保管・提供できる範囲」等を制限している。したがって、事業者は特定個人情報等の情報漏えい等の防止等のための安全管理措置について、次のような手順で検討を行う必要がある。 (※2) 「特定個人情報等の範囲を明確にする」とは、事務において使用される個人番号及び個人番号と関連付けて管理される個人情報(氏名、生年月日等)の範囲を明確にすることをいう。 2 安全管理措置の内容 事業者が取扱規程等により定めて運用すべき安全管理措置は、以下の4つの項目に分類される。 3 会計事務所における安全管理措置の具体的例示 (※3) 「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック」添付資料【特定個人情報ファイル管理簿(サンプル)】参照。 (※4) 「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック」添付資料【様式3】及び【様式4】参照。 (※5) 「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック」添付資料【執務記録(サンプル)】参照。 (※6) 「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック」添付資料【様式6-1】参照。 (※7) 「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック」添付資料【様式6-2】参照。 4 中小規模事業者における対応方法 中小規模事業者については、事務で取り扱う個人番号の数量が少なく、また特定個人情報等を取り扱う従業者が限定的であること等から、ガイドライン(事業者編)においては特例的な対応方法が示されている(対応方法の例示については、ガイドライン(事業者編)を参照のこと)。 なお、ここでいう中小規模事業者とは、事業者のうち従業員の数が100人以下の事業者であって、次に掲げる事業者を除く事業者をいう。 しかしながら、単に、事業者が中小規模事業者に該当するかどうかということだけで安全管理措置への対応が二極化するわけではなく、特定個人情報等の取扱数量等も含めて総合的に状況を勘案し、各事業者に適した対策をとっていくことが必要である。 (了)
租税争訟レポート 【第23回】 「親子会社間の売上値引き・単価変更と寄附金該当性(東京地方裁判所判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【事案の概要】 本件は、原告が平成15年3月期ないし平成17年3月期の各事業年度(以下「本件各事業年度」という)においてZ株式会社(以下「Z社」という)に対して行った製品(外壁)の売上値引き及び単価変更による売上の減額が法人税法37条に規定する寄附金に該当するとして、水口税務署長が本件各事業年度の法人税の各更正処分及び過少申告加算税又は重加算税の各賦課決定処分を行ったのに対し、原告が、期初に設定された取引価格は暫定的な価格であり、原告のZ社に対する販売価格は期末に決定されるものであるなどと主張して、上記各更正処分等の取消しを求めている事案である。 【判示内容】 1 Z社と原告との間の販売形態 原告は、住宅の製造販売を行うZ社の住宅用外壁部材等の製造部門を分社化して設立した同社の100%子会社であり、両社の取引には以下のような特徴が存在した。 (1) 価格決定方法 ① 各半期の期初において、Z社から原告を含む外壁の製造子会社に対して、外壁の販売価格に一定の係数を乗じて算定した取引価格(以下「当初取引価格」という)が設定される。 ② 期中においては、当初取引価格による販売、代金決済を行う。 ③ 各半期の期末又は中間期以降において、Z社による外壁価格の決定・通知に基づいて、外壁の単価変更又は売上値引きを行う(変更後の取引価格を、「期末取引価格」という)。 (2) Z社と原告の間の取引の特徴 裁判所が認定した取引関係の特徴は以下のとおりである。 ① Z社の住宅事業は、顧客の注文仕様に基づいて工場内で生産し、顧客の注文どおりの住宅を建設することを特徴としており、原告の外壁製造は、同事業における生産活動の最も上流に置かれ、原告とZ社間の外壁の販売取引は、同事業における取引の一環として行われること ② 原告は、すべての外壁をZ社からの注文を受けてから製造する完全受注生産を行っており、見込み生産を行っておらず、製造量を自ら決定できる立場にはなく、Z社が注文した量の外壁の生産を強く求められること ③ 他方、原告が製造した外壁はすべてZ社によって買い上げられ、原告がこれを第三者に販売できないこと ④ 原告は、契約上、Z社から受注した外壁以外の生産・販売活動を許されておらず、専ら、Z社から借り受けた土地・建物、設備において、同社の企画・開発した商品(外壁)を、指示された品質規格に基づいて、指示された数量を生産・納品している専属下請生産会社であること ⑤ 原告の外壁製造については、その原価に占める固定費の割合が約30%(外注費を加えると50%以上)と相当高く、受注量の変動による損益への影響が大きかったこと 2 「寄附金」の意義 裁判所は、「寄附金」について、以下のとおり定義している。 3 被告による主張の骨子 被告の主張の骨子は、以下のとおりである。 4 裁判所による認定 被告の主張に対し、裁判所は、事実認定に基づき、それぞれ以下のように判示した。 (1) 当初取引価格について 裁判所は、当初取引価格が契約価格であるという被告の主張に対して、次のように疑義を述べている。 (2) 単価変更及び売上値引きについて 次いで、被告による「本件売上値引き及び本件単価変更は、合理的な原価計算に基づくものではない」という主張に対しては、上記1(2)で認定した原告とZ社との間の取引の特徴に言及したうえで、以下のように合理性を判示した。 (3) 利益の帰属について また、被告は、外壁の出荷量が増大したことにより発生した利益や製造量の変動によりもたらされた利益は原告に帰属すべきものであって、Z社に帰属すべき理由はないから不合理である旨主張するとしているが、これに対し、裁判所は、「上記のような利益の帰属の判定は、一般の製造会社と販売会社との間の取引を念頭におく限り、合理性を有しないものといわざるを得ない」としながらも、次のように、Z社と原告との取引関係の特殊性を認定して、この主張を斥けた。 (4) 結論 そして、裁判所は、被告の主張について、次のとおり、結論づけた。 そのうえで、「本件売上値引き及び本件単価変更により、原告からZ社に対し、経済的にみて贈与と同視し得る資産の譲渡又は利益の供与がされたとは認められないから、本件売上値引き及び本件単価変更に係る金額は法人税法37条7項の寄附金に該当しない」と判示して、原処分庁による更正処分等のすべてを「いずれも違法であるから取り消されるべきである」と判断したものである。 【解説】 1 期中の取引価格の変更と寄附金該当性 親子会社間における取引には恣意性が介入しやすいという先入観は、必ずしも、課税庁職員だけが有しているものではなく、連結決算を担当する経理部門、内部監査部門などの担当者の共通認識といってもおかしくないであろう。 そうした認識のもと、期中において購入単価を変更し、あるいは大幅な値引きを要求することにより、子会社の利益を親会社に付け替えていた事実が税務調査により判明したのが、本事例であった。処分行政庁である水口税務署長は、子会社から親会社に対し、売上値引き及び単価変更により、経済的に見て贈与と同視しうる資産の譲渡があったと認定し、重加算税を含む厳しい処分を行ったところ、裁判所は、丹念な事実認定を通して、親子会社間の取引の特殊性を導いたうえで、売上値引き及び単価変更に合理性を認めたうえで、各処分のすべてを取り消したものである。 2 期中における単価変更及び値引き要請を合理的であると判断した理由 裁判所が、本事例における利益の移転を寄附金と認定しなかった理由は、以下のような取引形態のもと、製造子会社は製造・出荷量の増減に結び付く活動をしていないこから、出荷量の増減に伴う損益は、親会社に帰属することは必ずしも不合理とまではいえないと判断したものである。 本判決は、あくまで、特別な取引形態をとっている親子会社間の取引に係るものであり、いわば事例判断であることは間違いないところではあるが、とはいえ、企業グループ内において、ほぼ同様の取引形態をとる製造子会社は少なくないであろうから、この裁判所の判断プロセスは、被告課税庁側が控訴しなかったことも考慮に入れると、親子会社間の取引価格の期中における変更に関して、大いに参考になるのではないだろうか。 もちろん、単価変更や値引きに恣意性が介在していると認定されれば、こうした判断も変わる可能性はあるので、親子会社間といえども、取引に関する契約の締結、価格変更に関する覚書の取り交わしといった形式面の整備のみならず、社内の意思決定プロセスの記録を残すといった、第三者間の取引と同様の手続きを踏む必要があることは言うまでもない。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第7回】 「建設工事の請負とその他の事項が記載されている契約書」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は総合建設業者です。 今回、顧客との間で、建物の設計から建築までを受注しました。 契約書を交わすに当たり、建築請負契約と設計請負契約を別々に交わす場合と、1つの契約書で設計及び建築請負契約を交わす場合では、印紙税の取扱いが違いますか。 (事 例) 建物設計及び建築請負契約書は、第2号文書(請負に関する契約書)に該当し、記載金額208,000,000円、軽減税率適用の印紙税額60,000円となる。 なお、事例における設計と建築請負を別々の契約書で作成した場合、設計契約は記載金額8,000,000円で軽減税率の適用がないため印紙税額10,000円、建築請負契約は記載金額200,000,000円、印紙税額は軽減税率適用の60,000円となり、合計70,000円の印紙が必要となる。 [検討] 設計図書の作成を行い、これに対する報酬を支払うことを取り決める契約は請負契約に該当し第2号文書となる。この場合、設計のみの契約であれば建設業法第2条第1項に規定する建設工事には該当せず、軽減税率の適用はない。 なお、建築工事の請負については第2号文書に該当し、建設業法第2条に定める建築一式工事に該当することとなり、軽減税率の対象となる。 ただし、1つの契約書に同一の号に該当する文書に証される事項に係るものである場合には、通則4のイのとおり、これらの金額の合計額を記載金額とするとされている。つまり、この事例の場合のように軽減税率の適用がない設計契約と、適用がある建築請負契約が1つの契約書に記載されている場合はその金額の合計額を記載金額とし、軽減税率が適用となる。 ここで、下記のように1つの契約書において軽減税率適用のある第1号文書の土地売買契約と第2号文書の建築工事請負契約が記載されていた場合はどうなるか。 この場合、土地売買契約は第1号の1文書(不動産の譲渡に関する契約書)に該当し、建築請負契約については第2号文書(請負に関する契約書)に該当する。 前述の場合は、1つの契約書に同一の号に該当する文書が記載されていた場合、合計金額を記載金額として軽減税率適用としたが、第1号の1文書と第2号文書に該当した場合は通則3の規定により、いずれか一の号の課税文書となる。 したがって、第1号文書の土地売買金額よりも第2号文書の建築請負金額が大きいため第2号文書(請負に関する契約書)に該当し、記載金額は25,000,000円で印紙税額は10,000円となる。 ▷ まとめ 税率の軽減措置は、建設工事の請負に関する事項が記載されている契約書に適用される。したがって、同一の号に該当する記載金額については、合計した金額が記載金額とされ軽減措置の適用がされることとなる。 (了)
法人税に係る帰属主義及び AOAの導入と実務への影響 【第15回】 (最終回) 「適用開始日までに準備すべき事項」 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 5 適用開始日(平成28年4月1日以降開始事業年度)までに準備すべき事項 5-1 外国法人の日本支店の準備 日本支店を有する外国法人がこれから適用開始日に向けて行うべき作業としては、一般的には以下のような内容であろう。 ① 作業計画策定 法令の改正内容を把握し、必要な作業を洗い出し、スケジュールを立て、予算をとり、誰が作業をするかを決める。必要に応じて所要人員を追加で確保する。社内・グループの関連部署の協力が必要な場合には協力を取り付ける。 ② 機能分析 支店の中で本店等との取引のあるすべての部署及び本店のうち当該支店との取引がある可能性のあるすべての部署に対して、機能・リスク・資産を切り口として事実について情報収集を行う。同時に従来認識していなかった内部取引のうち、認識すべきものを洗い出す。 また、取引の存在を裏付ける書類の存在の有無を確認する。なければ新たに作るかどうかを検討する。 機能等の情報収集において、特に、所得の源泉となる重要な機能の所在と、無形資産の保有・創出・移転について確認する。 ③ 経済分析 支店が子会社同様の分離企業と擬制して、取引単位ごとに移転価格算定方法を適用し、課税リスクがないかどうかをチェックする。例えば、すべての本支店間取引を一体としてみるのであれば、TNMMと同様に比較可能取引をベンチマーク分析し、営業利益率が独立企業間利益幅の中に入っているかどうかをチェックする。 また、所得の源泉となる重要な機能に見合う所得配分になっているか、無形資産の対価の授受に問題ないかを検討する。 ④ 資本配賦計算 初回は算定方法の選択肢のうちどれを選択するかをシミュレーション等により選択する。次回以降は原則として継続適用することに留意。銀行業であれば、特定された資産に対してリスクウエイトの作業を実施。 ⑤ 寄附金等個別項目のチェック 認識した内部取引に寄附金に該当するものはないか、本店配賦経費は適切な基準で配賦されているか、行為計算否認規定に該当する取引はないかといった個別項目についてチェックする。寄附金については、本店等への無償の役務提供に要注意。 ⑥ 価格見直し 課税リスクがある場合には、本支店間取引価格の見直しなど必要な対応策を講じる。 ⑦ 内部ルールの整備 内部取引の認識及び関連証憑の保存、内部取引の移転価格設定ルール及びルールの実施に関する内部事務手続マニュアル等を定める。新たな内部取引が発生したような場合には税務部門に連絡が来るような体制づくりも必要である。 ⑧ 文書化 各事業年度の終了後に当該年度の本支店間取引に関して文書化を行う。税務調査に備えて文書を日本支店に保存する。 ⑨ 定期点検 税務調査前等の適宜のタイミングで、漏れがないか見直す。 ⑩ 作業のサイクル 上記②から⑧のサイクルを繰り返す。 5-2 国外PEを有する内国法人の準備 国外PEを有する内国法人で外国税額控除を適用しようとする法人が適用開始日に向けて行うべき作業としては、一般的には以下のような内容であろう。 ① 作業計画策定 法令の改正内容を把握し、必要な作業を洗い出し、スケジュールを立て、誰が作業をするかを決め、予算をとる。必要に応じて所要人員を追加で確保する。社内・グループの関連部署の協力が必要な場合には協力を取り付ける。 ② 機能分析 本店の中で支店との取引のある部署、及び支店のすべての部署に対して、機能・リスク・資産を切り口として事実について情報収集を行う。同時に従来認識していなかった内部取引のうち、認識すべきものを洗い出す。 また、取引の存在を裏付ける書類の存在の有無を確認する。なければ新たに作るかどうかを検討する。 機能分析に関する情報収集では特に、所得の源泉となる重要な機能の所在と所得計上拠点の整合性や無形資産の保有・創出・移転等について確認する。 ③ 経済分析 各支店が子会社同様の分離企業と擬制して、取引単位ごとに移転価格算定方法を適用し、課税リスクがないかどうかをチェック。例えば、すべての本支店間取引を一体としてみるのであれば、TNMMと同様に比較可能取引をベンチマーク分析し、営業利益率が独立企業間利益幅の中に入っているかどうかをチェックする。 また、所得の源泉となる重要な機能を果たしている拠点にそれに見合う所得配分がなされているか、無形資産の対価の授受に問題ないか等を検討する。 ④ 資本配賦計算 初回は算定方法の選択肢のうちどれを適用するかをシミュレーションをして検討する。次回以降は原則として継続適用となる点に留意する。銀行業であれば、特定した資産に対してリスクウエイトの作業を実施。 ⑤ 寄附金等個別規定の該当性チェック 認識した内部取引に寄附金に該当するものはないか、本店配賦経費は適切な基準で配賦されているかといった個別論点をチェックする。寄附金については、本支店間の無償の役務提供がないかどうかチェックし、必要であれば対価を請求することを検討する。 ⑥ 価格見直し 課税リスクがある場合には、本支店間取引価格の見直しなど必要な対応策を講じる。 ⑦ 内部ルールの整備 内部取引の認識及び関連証憑の保存、内部取引の移転価格設定ルール及びルールの実施に関する内部事務手続マニュアル等を定める。新たな内部取引が発生したような場合には本店の税務部門に連絡が来るような体制づくりも必要である。 ⑧ 文書化 各事業年度の終了後に当該年度の本支店間取引に関して文書化を行う。税務調査に備えて文書を本店に保存する。 ⑨ 定期点検 税務調査前等の適宜のタイミングで、漏れがないか見直す。 ⑩ 作業のサイクル 上記②から⑧のサイクルを繰り返す。 《連載終了に当たって》 本連載は、平成26年度改正に関する内容を解説したものであるが、既に平成27年度税制改正において、大綱に「平成26年度税制改正で措置された国際課税原則の帰属主義への変更が円滑に実施されるよう、次の措置を講ずる。」として、いくつかの点で改正点が公表されている。主なものは以下のとおり。 履行期間が6ヶ月未満の売掛債権等に係る利子は「国内資産の運用・保有所得」に該当しないこととした。 国内源泉所得を生ずべき不動産の譲渡や取得に関する内部取引は、取引直前の簿価で行われたものとして恒久的施設帰属所得を計算することとした。これは、そうした資産の内部取引では所得も損失も認識しないことを意味する。恒久的施設がこうした資産を取得した場合の同資産の取得価額は、簿価によることとした。 外国銀行等の資本に係る負債の利子の損金算入額は、確定申告書等に記載された金額を限度とした。 内国法人の外国税額控除における国外所得の金額について、国外PE帰属所得とそれ以外の国外所得に区分して計算方法を定めるとともに、国外PE帰属所得にかかる所得の金額の計算について明確化のための規定の整備を行うこととした。内国法人の本支店間内部取引についても同様の整備を行うことした。 住民税、事業税についても所要の改正を行うこととした。 なお、本支店間取引に係る事前確認も平成28年4月1日以降開始事業年度を対象とするものから適用が認められる模様である。 (連載了)