平成27年度税制改正における 「受取配当等の益金不算入制度」の見直しについて 【前編】 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 1 改正前の制度の概要 内国法人が受ける配当金については、二重課税排除のため、原則として、益金の額に算入されない。しかし、株式を保有する目的は一律ではなく、利殖が目的と考えられる場合には、配当金の50%相当額は課税の対象となる。これに対し、企業支配を目的とする場合には、原則通り、課税の対象とはされない。 利殖目的か、企業支配目的かは、株式に対する持株比率により判断することになっており、改正前は25%以上保有する場合が企業支配目的とされていた。ただし、借入金等の負債利子がある場合には、負債がない場合と比べて課税の公平を保つため、配当金から一定の計算式で得られた負債利子を控除した上で、益金不算入額を計算する。 2 改正の内容 平成27年度税制改正では、実効税率の引下げに伴う、代替財源の確保のための一環として本制度が見直され、持株比率基準の見直し、継続保有要件の見直し、非支配目的株式等の創設、負債利子控除制度の見直し、証券投資信託の収益の分配金に対する課税の見直しなどの諸点が改正された。 (1) 持株比率基準の見直し 改正前は、上記1で見た通り、持株比率25%以上保有する場合(関係法人株式等)を支配目的と考え、負債利子は考慮するものの、配当金の全額を益金不算入の対象とした。ただし、配当金を受け取る法人と、これを支払う法人との間に完全支配関係が成立している場合(完全子法人株式等)には、負債利子は考慮しないことになっている。 これに対して、改正後は、支配目的の基準が「25%以上」から、「3分の1超(33%超)」へと変更された。また、名称も「関係法人株式等」から「関連法人株式等」へと改正された。改正後の関連法人株式等の定義は次の通りである。 「関連法人株式等」とは、内国法人が他の内国法人(公益法人等及び人格のない社団等を除く)の発行済株式又は出資(当該他の内国法人が有する自己の株式等を除く)の総数又は総額の3分の1を超える数又は金額の株式等を有する場合として政令で定める場合における当該他の内国法人の株式等(完全子法人株式等を除く)をいう。 (2) 継続保有要件の見直し 上記(1)で述べた関係法人株式等から関連法人株式等への改正については、持株比率だけでなく、継続保有要件についても見直しがされている点に留意が必要である。 具体的には、上記(1)に掲げた関連法人株式等の定義で「政令で定める場合」として、政令に詳細が規定されている。改正前は、配当の支払いに係る効力発生日以前6月以上継続して25%以上の株式を保有することが必要であった。 これに対して、改正後は、配当の計算期間の初日から末日まで継続して3分の1超の株式を保有することが必要となる。この場合の計算期間とは、原則として、前回配当の基準日の翌日から今回配当の基準日までの期間となる。ただし、前回配当の基準日の翌日が、今回配当の基準日から起算して6月前の日以前の日である場合には、その6月前の日の翌日から今回配当の基準日までの期間が計算期間となり、この期間継続保有していればよい。 例えば、年1回の決算配当を行っている法人であれば、その法人の株式の3分の1超を、今回配当の基準日以前6月の期間継続保有していれば関連法人株式等に係る配当となる。これに対して、四半期ごとに配当を行っている法人であれば、前回配当の基準日の翌日から今回配当の基準日までの期間継続保有していれば関連法人株式等に係る配当となる。 このように改正前は配当の効力発生日をもとに判定していたところ、改正後は配当の基準日をもとに判定することになった点、また、改正前は6月の継続保有期間が求められたのに対し、改正後は計算期間の初日から末日までの継続保有が求められ、その期間は必ずしも6月とは限らない点に留意が必要である。 (3) 非支配目的株式等の創設 改正前は、支配目的以外で保有する株式、すなわち、完全子法人株式等及び関係法人株式等のいずれにも該当しない株式等については、配当金の50%相当額が課税の対象とされた。 改正後は、支配目的以外で保有する株式に対する課税を強化するため、これが2区分に細分化された。すなわち、「非支配目的株式等」と「その他の株式等」の2区分である。ここで非支配目的株式等とは、次の通りである。 「非支配目的株式等」とは、内国法人が他の内国法人(公益法人等及び人格のない社団等を除く)の発行済株式又は出資(当該他の内国法人が有する自己の株式等を除く)の総数又は総額の100分の5以下に相当する数又は金額の株式等を有する場合として政令で定める場合における当該他の内国法人の株式等(完全子法人株式等を除く)をいう。 この場合の5%の持株割合の判定をどのようにするかは「政令で定める場合」として政令に規定されている。具体的には、配当の支払いに係る基準日時点で行うとされていることに留意が必要である。 なお、基準日において有する株式のうちに、いわゆる短期保有株式等がある場合には、その短期保有株式等を有していないものとして判定を行う。 そして、非支配目的株式等に係る配当については、益金不算入割合が50%から20%に縮減された。 (4) 負債利子控除制度の見直し① 受取配当等の益金不算入額は、負債利子があるときは、配当金から株式等に係る負債利子を計算し、これを控除した上で算定する。自己資金で株式を取得した場合と、借入金で株式を取得した場合とで課税の公平を保つためにこのような計算になっている。ただし、完全子法人株式等に係る配当については、負債利子は考慮せず、益金不算入額を計算する。 平成27年度税制改正では、上記(1)及び(2)に記載の通り、支配目的の基準が「25%以上」から「3分の1超」へ改正されるとともに、支配目的以外で保有する株式等に係る配当についても「非支配目的株式等」と「それ以外」に細分され、後者については益金不算入割合が「50%」と改正前と同様であるが、前者については「20%」とされた。 これらの改正はいずれも課税対象を拡大するものであり、企業によっては、その影響が大きいことも想定されるところである。 そこで、平成27年度税制改正では、上記改正内容の緩和策として、負債利子控除制度が見直された。 すなわち、改正前は完全子法人株式等に係る配当を除き、すべて負債利子を考慮することとされていたが、改正後は、非支配目的株式等とその他の株式等に係る配当については負債利子を考慮せず益金不算入額を計算することになった。 その結果、負債利子を考慮するのは、関連法人株式等に係る配当のみとなる。 上記(1)から(4)の改正内容をまとめると下記の表の通りになる。 (了)
「特定の事業用資産の買換え特例(9号買換え)」 平成27年度改正のポイント 【第2回】 「改正前後の適用関係(経過措置)と 1~10号の適用期限・要件を整理する」 税理士 内山 隆一 ▷はじめに 平成27年度税制改正で延長・見直しが行われた特定事業用資産の買換え特例(措置法37条、65条の7)における9号買換えついて、前回は改正後の要件を確認したが、今回は改正前後の取扱い(経過措置)について整理するとともに、1号から10号までの本制度全体の適用要件・適用期限についてまとめた。特に個人(措置法37条)の適用期限については誤りやすいので留意しておきたい。 1 買換資産の範囲の見直し(改正措置法附則67、82) 下表のとおり、個人・法人とも譲渡資産の譲渡及び買換資産の取得がともに平成27年1月1日以後であった場合のみ、改正後の法律が適用される。 2 圧縮率の引下げ(改正措置法附則67、82) 下表のとおり、個人・法人とも譲渡資産の譲渡及び買換資産の取得がともに地域再生法の改正法施行日(平成27年8月10日 平成27年5月13日現在未施行)以後であった場合のみ適用される。 (追記) 地域再生法の改正法の施行日は、平成27年8月10日。 3 各特例の適用期限及び適用要件の整理 今回の改正により9号買換えの適用期限が平成29年3月31日まで延長されたため、この特例制度全体(法人・個人)の適用期限は以下のとおりとなった。 また、1号から10号までの譲渡資産・買換資産の要件をまとめると以下のとおりである。 【適用要件・適用期限(一覧)】 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (連載了)
欠損金の繰越控除制度に関する 平成27年度税制改正事項 【第2回】 「経営再建中の法人及び新設法人における特例」 公認会計士・税理士 新名 貴則 前回は「控除限度額と繰越期間の見直し」について、中小法人等の該当・非該当による影響も含め解説したが、今回は経営再建中の法人及び新設法人に対して設けられた特例制度について解説する。 1 経営再建中の法人における特例 経営再建中の法人において、通常の法人と同様に欠損金の繰越控除限度額を設定すると、納税が再建の負担となってしまう可能性がある。 そこで、次のような事実が発生した法人については、特例措置が設けられた。 上記のような事実が発生した法人については、一定期間内の事業年度(※)においては控除限度額を控除前所得の全額とされたのである。 (※) 手続開始の決定等の日から、計画認可の決定等の日以後7年を経過する日までの期間内の日の属する各事業年度。 (*) 金融商品取引所への再上場等があった場合、再上場の日等以後に終了する事業年度は対象外 これについては、平成23年12月の税制改正によって繰越控除限度額が控除前所得の80%相当額とされた際にも、同様の経過措置が設けられていた。しかし、この経過措置は平成27年度改正による上記の特例措置に統合され、廃止された。 【事例】 ◆決算期・・・3月末決算 ◆更生手続の開始決定・・・平成27年5月1日 ◆更生計画の認可決定・・・平成28年8月1日 ◆中小法人等・・・該当しない この事例では、更生計画の認可決定があったのは「平成28年8月1日」であるから、この日以後7年を経過する日といえば、「平成35年7月31日」を指すことになる。 したがって、特例措置の対象となる期間は、 となる。 つまり、平成28年3月期から平成36年3月期までの各事業年度においては、控除限度額が控除前所得の全額となる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 2 新設法人における特例 設立後間もない法人においても、通常の法人と同様に欠損金の繰越控除限度額を設定すると、納税が法人の成長の負担となってしまう可能性がある。 そこで、設立直後の法人についても、一定期間内の事業年度(※)においては、控除限度額を控除前所得の全額とする特例措置が設けられた。 (※) 法人の設立(合併法人にあっては合併法人又は被合併法人のうちその設立が最も早いものの設立等)の日から、同日以後7年を経過する日までの期間内の日の属する各事業年度。 (*) 金融商品取引所への上場等があった場合、上場の日等以後に終了する事業年度は対象外 (*) 資本金等が5億円以上である大法人の100%子法人、及び100%グループ内の複数の大法人に発行済株式等のすべてを保有されている法人は対象外 【事例】 ◆決算期・・・3月末決算 ◆法人の設立・・・平成27年6月1日 ◆中小法人等・・・該当しない この事例では、法人が設立されたのは「平成27年6月1日」であるから、この日以後7年を経過する日といえば、「平成34年5月31日」を指すことになる。 したがって、特例措置の対象となる期間は、 となる。 つまり、平成28年3月期から平成35年3月期までの各事業年度においては、控除限度額が控除前所得の全額となる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (連載了)
土地評価をめぐるグレーゾーン 《10大論点》 【第10回】 (最終回) 「通達に規定のない土地の減額手法の根拠」 税理士法人チェスター 税理士 風岡 範哉 1 今回のテーマ 財産評価基本通達には、不整形地や無道路地、がけ地、高圧線下地など様々な土地の評価減額要素について定められている。 しかし、当該通達に定めのあるもの以外にも評価減額要素が存在する。 本連載最終回となる今回は、その取扱いの根拠を確認しておきたい。 2 利用価値が著しく低下している宅地の評価減 利用価値が著しく低下している土地は、利用価値が低下していると認められる部分の面積に対応する価額の10%を控除した価額によって評価して差し支えないとされている。 例えば、①道路より高い位置にある宅地又は低い位置にある宅地で、その付近にある宅地に比し著しく高低差のあるもの、②地盤に甚だしい凹凸のある宅地、③震動の甚だしい宅地及び④騒音、日照阻害、臭気、忌み等によりその取引金額に影響を受けると認められるものが該当する。 この根拠は、下記の国税庁タックスアンサーである。 利用価値が著しく低下していると認められる減額要因として、高低差のある土地(平成18年5月8日裁決〔裁事71・533〕、平成19年4月23日裁決〔TAINS・F0-3-146〕)、新幹線の高架線に隣接していて騒音が著しい土地(平成13年6月15日裁決〔TAINS・F0-3-212〕)や、元墓地や周囲が墓地に囲まれているような忌み地(平成18年5月8日裁決〔裁事71・533〕)、目の前に歩道橋があるような土地(平成17年8月23日裁決〔TAINS・F0-3-124〕)が挙げられる。 一方、周囲に下水処理場や家畜施設があるなど、その影響が広範囲の地域にわたり、その減額要因が路線価に既に織り込み済みである場合には、利用価値が著しく低下している10%評価減の対象とならない(大阪地裁平成4年9月22日判決〔税資192・490〕、平成2年10月19日裁決〔裁事40・217〕)。 同様に著しい騒音や高低差であっても、路線価に既に織り込み済みである場合には、利用価値が著しく低下している10%評価減の対象とならない。 3 庭内神しの敷地の非課税 庭内神しとは、一般に、屋敷内にある神の社や祠等といったご神体を祀り日常礼拝の用に供しているものをいい、ご神体とは不動尊、地蔵尊、道祖神、庚申塔、稲荷等で特定の者又は地域住民等の信仰の対象とされているものをいう。 その庭内神しの敷地や附属設備については、①「庭内神し」の設備とその敷地、附属設備との位置関係やその設備の敷地への定着性その他それらの現況等といった外形や、②その設備及びその附属設備等の建立の経緯・目的、③現在の礼拝の態様等も踏まえた上でのその設備及び附属設備等の機能の面から、その設備と社会通念上一体の物として日常礼拝の対象とされているといってよい程度に密接不可分の関係にある相当範囲のものである場合には、その敷地及び附属設備は、その設備と一体の物として相続税の非課税財産として取り扱われている。 この根拠は、下記の国税庁情報による。 なお、従来より、墓所、霊びょう及び祭具並びにこれらに準ずるものの財産の価額は、相続税の課税価格に算入しないものとされてきたが、その敷地は非課税規定の適用対象とはならないとされていた。 東京地裁平成24年6月21日判決〔TAINS・Z888-1664〕において、庭内神しとその敷地が社会通念上一体の物として日常礼拝の対象とされているといえる程度に密接不可分の関係にある場合には非課税財産に該当すると判断されたのを受け、上記のような取扱いに改正された。 4 土壌汚染地の評価減 平成14年の不動産鑑定評価基準の改正において、不動産鑑定士が鑑定評価を行う場合は、土壌汚染の状況を考慮すべきこととされた。 そこで、相続税等の評価においても土壌汚染がみられる土地については、汚染がないものとした場合の評価額から浄化・改善費用に相当する金額を控除して評価することとされている。 この根拠は、国税庁評価企画官情報「土壌汚染地の評価等の考え方について(情報)」(平成16年7月5日)である。 「浄化・改善費用」とは、土壌汚染対策として、土壌汚染の除去、遮水工封じ込め等の措置を実施するための費用をいう。汚染がないものとした場合の評価額が地価公示価格レベルの80%相当額(相続税評価額)となることから、控除すべき浄化・改善費用についても見積額の80%相当額を浄化・改善費用とするのが相当とされている。 5 埋蔵文化財のある土地の評価減 埋蔵文化財包蔵地において、宅地開発にかかる土木工事等を行う場合には、文化財保護法に基づく届出を工事施工者が行い、工事に着手する前に市区町村により発掘調査が行われる。 市区町村による調査の結果、遺跡が発見された場合、発掘調査が行われることとなり、文化財保護法93条規定の発掘調査に係る調査費用は、原則、土地の所有者負担となる。 このような埋蔵文化財包蔵地という固有の事情は、土壌汚染地の評価の考え方に類似することから、国税庁評価企画官情報「土壌汚染地の評価等の考え方について(情報)」(平成16年7月5日 )に準じて、評価額から発掘調査費用を控除する方法が認められている(平成20年9月25日裁決〔裁事76・307〕)。 ただし、埋蔵文化財包蔵地としての評価減は、実際に発掘調査費用が必要となる場合に控除できることから、その地域が周知の埋蔵文化財がある地域であっても、調査の結果、評価対象地に埋蔵文化財が存在しなければ、発掘調査費用の控除はできないこととなる。 平成20年9月25日裁決(裁事76・307)においては、埋蔵文化財包蔵地として発掘調査費用の控除を行うためには、以下の要件を満たす必要があるとされている。 6 産業廃棄物が存する土地の評価減 産業廃棄物が埋設されている土地は、地中に物が埋まっていることにより利用制限が生じることやこの利用制限をなくすには一定の除去措置が必要である点において、土壌汚染地と状況が類似していると考えられることから、土壌汚染地の評価方法に準じて評価することとされている。 この根拠は、国税庁の「資産税審理研修資料」〔TAINS・評価事例708059〕である。 ただし、評価対象地に一般廃棄物が埋め立てられているとしても、一般廃棄物が埋められていないのと同様の通常の価額を維持している場合においては、これを斟酌しないで評価するものとされている(平成19年5月23日裁決〔TAINS・F0-3-210〕、平成23年4月12裁決〔TAINS・F0-3-283〕)。 7 マンション用地の評価 分譲マンションの敷地において、そのマンションが多数の者により共有されている場合には、その敷地全体を評価した価額にその所有者の持分割合を乗じて評価することとされている(平成22年10月13日裁決〔TAINS・F0-3-252〕参照)。 ただし、そのマンション敷地のうちに公衆化されている道路、公園等の施設の用に供されている宅地が多数含まれていて、建物の専有面積に対する共有部分に応ずる敷地面積が広大となるため、通常の評価方法に従って評価することが著しく不適当であると認められる場合には、その公衆化している道路等の施設の用に供されている宅地部分の面積を除いて評価して差し支えないとされている。 この根拠は、国税庁の「資産税審理研修資料」〔TAINS・評価事例708037〕である。 マンション敷地(1万1345.91㎡)のうち、公衆化している建築基準法42条《道路の定義》1項5号に規定する道路998.41㎡及び公衆化している公園563.22㎡については評価対象地積から外すものとされた事例として平成22年10月13日裁決〔TAINS・F0-3-252〕がある。 ―連載終了に当たって― 本連載では土地評価の中から特に重要と思われる10の論点を引き出し、土地を評価するうえで、複数の評価方法が存在することを指摘し、実務において判断に迷うそのグレーゾーンを解決するための手がかりをまとめてきた。 このようなグレーゾーンは、判例・裁決の評価理論を応用することで答えが導き出せる場合がほとんどである。 例えば、市街地山林の評価における事例では、グレーゾーンがあることにより、その山林を1,000万円とも12万円とも評価することができた(第5回参照)。どちらが適正な評価額であろうか。裁決事例が示す通り、「その山林を仮に宅地として開発した場合に客観的な交換価値はいくらであろうか」という点からおのずと答えが見えてくる。 また、納税者が、私道の評価が3割なのは不合理であると単に主張しても、3割を合理的とする先例がある限りそれを覆すことは難しい(第7回参照)。したがって、当該私道が公道に準じる状況にあるため3割は不当であるとか、私道の奥行が著しく長いため評価減が必要であるといったように、何か違う理論構築をしていかなければならない。 相続税・贈与税における土地の評価は、時価を超えるのではなくまた時価未満でもなく、まさに適正な評価を行わなければならない。その適正な評価を行うために欠かせない情報が過去の判例・裁決事例である。 今回の連載を評価実務に役立てていただけたら幸いである。 (連載了)
組織再編・資本等取引に関する最近の裁判例・裁決例について 【第26回】 「裁決例⑥」 公認会計士 佐藤 信祐 今回、紹介する事件は、合併に際して被合併法人の株主に交付されたいわゆる合併交付金が、被合併法人の利益の配当であるかの判定に当たり、合併契約書等にその旨の記載がない場合には、合併交付金が支払われた経緯、支払いを受けた株主の認識等を総合的に検討して判断するのが相当であるとした事件である。 組織再編税制が導入された後、最初に税制適格要件について争われた事件であることから、知っておくべき裁決例であると考えられる。 11 平成15年12月5日裁決 (1) 事件の概要 平成13年6月1日、審査請求人(以下、「請求人」という)は、H株式会社を被合併法人とする吸収合併を行ったが、その際に、本件被合併法人の株主に対して、配当の代わり金として、合併交付金を支払った。しかしながら、合併契約書においては、「合併期日前日の最終の本件被合併法人の株主名簿に記載された株主に対して、その所有する本件被合併法人の株式1株につき2,500円の合併交付金(以下「本件合併交付金」という)を合併期日後3ヶ月以内に支払う。」と記載されているものの、その具体的内容が配当の代わり金である旨の記載がなかった。 審査請求人は、平成13年税制改正前の法人税法に基づき、配当等の所得税徴収高計算書(納付書)に、支払確定日及び支払日を平成13年6月1日、支払うべき金額を13,750,000円(うち非課税適用分625,000円)と記載して、本件合併に係る利益の配当の額とみなす金額11,000,000円(以下「別件みなし配当の金額」という)に対する源泉所得税の額及び本件最終期配当金に対する源泉所得税の額の合計額2,625,000円を、平成13年7月10日に納付した。 しかしながら、平成13年税制改正により、適格合併を行った場合にはみなし配当が発生しないことから、請求人は、平成14年3月20日に、原処分庁に対し、源泉所得税の誤納額還付請求書を提出した。さらに、配当の代わり金として交付した金銭に対する源泉所得税の額210,000円は、平成13年11月6日に納付した。 これに対し、原処分庁は、本件合併を適格合併に該当しない合併と認定し、平成14年1月28日付で、請求人に対し、みなし配当の金額を138,641,448円と算出し、本件みなし配当の金額に対する源泉徴収に係る所得税の一部について、源泉徴収を行わず、納付もしていないとして、平成13年6月分の納付すべき源泉所得税の額を24,157,897円とする納税告知処分及び不納付加算税の額を2,415,000円とする賦課決定処分を行った。 そのため、請求人は、本件合併を適格合併に該当する合併と認定し、納税告知処分等を取り消すべきであると主張した。 (2) 原処分庁の主張 配当見合いが、税法上の配当である旨の規定は何ら存在せず、歴史的に旧個別通達や税法学において、合併交付金が配当に代わる金銭である場合は、その旨を合併契約書、合併案内状等で確実に明記していた場合に、これを税法上の配当であると認めていた経緯があり、合併の実務においても、それは慣習となっている。したがって、商法の実務として存在する配当見合いの金銭が税務上の配当というためには、その旨及び金額を合併契約書、合併案内状等で明らかにし、それを確実に実施していない限り、法人税法第2条第12号の8のかっこ書に規定する利益の配当にはならない。 本件合併交付金を経済的実質の観点から、既往の配当実績と比較して合理的かつ税務上妥当なものであるか否かについて検討したところ、本件被合併法人の設立第2期の当期利益のうち配当金の支払いに向けられる比率(以下「配当性向」という)は0.8%であるにもかかわらず、最終期における本件最終期配当金の配当性向は35.7%であり、本件合併交付金を含めたところの配当性向は50.0%である。こうしたことから、本件合併交付金は、既往の配当実績と比較しても合理性を有せず、税務上も妥当な配当であるとはいえない。 (3) 請求人の主張 本件合併交付金について、合併実務の知識不足から最終期の利益の配当に相当する旨を、本件合併契約書において明示していないが、明示がある場合に限り、利益の配当として認めるとする税法上の要件はないことから、その実質で判断すべきである。 最終期は、本件合併により2ヶ月間であるが、ゴールデンウィークを含む事業期間であり、前年実績からみても相当な利益の計上が可能と予測され、これに対する株主の配当期待に応える必要から、設立第2期の配当である1株当たり2,500円、総額1,100,000円と同額を、本件合併交付金として本件合併契約書第9条に明文化したものである。 配当性向が高騰することを制限したり、配当性向によって利益の配当を制限する法文は税法及び商法に存在しないところ、商法は利益の配当について、当期利益又は当期損失を含む貸借対照表上の純資産額より所定の金額を控除をした残額を限度とする旨を定めており、わが国の企業の配当の法務と実務はこの商法の規定によっているのである。したがって、最終期の利益の配当相当額が商法の規定する配当可能限度額の範囲内で決せられている限り、配当性向の高低を問われるものではなく、本件合併交付金と本件最終期配当金を合算した配当性向をもって、経済的実質の観点から本件合併交付金を利益の配当相当額ではないと判断することは誤りである。 (4) 国税不服審判所の判断 合併交付金のうちに、被合併法人の利益の配当相当額がある場合には、合併契約書、合併承認に係る株主総会議事録、同出席案内等においてその旨を明示又は記載されるのが通常であるが、合併契約書等において明示等がない場合には、合併交付金が支払われる経緯、合併交付金を受けた株主の認識等を総合的に検討し、実質的に、合併交付金のうちに利益の配当相当額があるかどうかを判断するのが相当である。 1株当たり2,500円の本件合併交付金を、当該比率の差を調整するための交付金と考えるには、余りに少額で妥当性がなく、本件合併の比率を調整するための交付金であったとは認められない。 本件合併交付金は、その支払時に利益の配当として所得税を源泉徴収しており、また、株主に対し本件合併交付金が配当金である旨を通知していることが認められ、これらの行為は、本件合併交付金が、最終期の利益の配当相当額であることの裏付けと見ることができる。 また、原処分庁は、配当性向をもって検証すると既往の配当実績と比較して本件合併交付金は合理性を有していないので、税務上も妥当な配当であるとはいえない旨主張する。しかしながら、当該検証は一般的には妥当性を有するが、本件の場合、既往の配当実績といっても、設立第2期の配当1回のみで、設立第2期は売上高から見て実質初年度で、通常年度と異なる上、本件最終期配当金も、特別な事情が認められることから、設立第2期と最終期の配当性向をもって検証する原処分庁の主張は採用できない。 (5) 評釈 このように、本裁決においては、合併交付金が利益の配当であるか否かについては、合併契約書に記載されている文言ではなく、合併交付金の支払いの経緯、支払いを受けた株主の認識等を総合的に検討し、実質的に利益の配当相当額であるかどうかを判断するものとしたうえで、請求人の主張を認めた。 合併契約書の形式的な文言ではなく、実質的な内容を踏まえて判断したという意味で、重要な裁決例であると考えられる。しかしながら、この裁決例を見た上で、「合併契約書において合併交付金が配当金の代わりに支払うものであることを記載する必要がない」と考えた読者は少ないであろう。むしろ、「合併契約書において合併交付金が配当金の代わりに支払うものであることを記載する必要があり、かつ、実質的にも配当の代わりに支払われるものであることを明確にしておく必要がある」と考えた読者の方が多いのではなかろうか。 とりわけ、税務調査の現場においては、書面による事実関係で否認できる場合には、安易に否認をしてしまう事案も想定されるところであり、税務調査で無用の争いになるのを避けるためには、本来であれば、合併契約書に明記しておくべきであろう。 ところで、平成18年から会社法が施行され、本件のような合併交付金の支払いについては、合併等対価の柔軟化の一環として取り扱われることになったが、基本的な法人税法上の取扱いについては変わっていない。そのため、合併契約書に記載していたとしても、例年に比べて多額であることから、配当見合いの金銭とは認められないという争いが生じる可能性も考える必要がある。これに対し、配当については、同一事業年度内において何度でも行うことができるようになったことから、被合併法人において、合併の前日までに配当を行えば、合併の対価として交付された金銭ではないことから、何ら争いが生じないことになる。 私見ではあるが、例年に比べて多額のものであったとしても、配当見合いの金銭と認められると考えられるものの、このような対策を検討するというのもひとつの選択肢であると考えられる。 (了)
こんなときどうする? 復興特別所得税の実務Q&A 【第26回】 「確定申告書を紛失したとき」 税理士・社会保険労務士 上前 剛 私は、飲食店を経営する個人事業主です。平成27年3月10日に平成26年分の所得税及び復興特別所得税の確定申告書B(以下、確定申告書)を税務署へ提出しました。ところが、確定申告書の控が見当たりません。どうやら紛失してしまったようです。 確定申告書を紛失したときの対応についてご教示ください。 納税者及びその代理人は、一定の書類を所轄税務署の窓口に提出して閲覧申請することにより、確定申告書を閲覧することができる。なお、閲覧申請は郵送による受付は行っていないため、必ず税務署に出向かなければならない。 閲覧には、税務署の担当者が立ち会う。また、確定申告書のコピーをとったり、確定申告書をカメラやスキャナで読み取ることは原則として認められていないため、紙へ書き写すことになる。例外として、災害により申告書・帳簿が消失し、関与税理士にも保存がない場合や、閲覧申請者が高齢者や障害者で申告書を書き写すことが困難な場合には、コピーが認められることがある。 1 納税者が閲覧申請する場合に必要な書類 2 代理人が閲覧申請する場合に必要な書類 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【60】 〔第7章〕判例の探し方 (その7) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 今回は、戦前の旧憲法下の法制度の下における判例集について紹介する。 (23) 『大審院刑事判決録』『明治前期大審院刑事判決録』 大審院の裁判例であっても、民法など旧憲法下で成立した法令に関するもので、未だに判例としての拘束力をもつものもある。 ただし大審院の判例集は、明治8年から明治17年までは全判決を掲載していたが、明治18年以降は「将来模範となるものを厳選して」掲載しているため、最高裁の公式判例集同様、大審院で言渡しされた判決のすべてを探すことはできない。 『大審院刑事判決録』は、司法省の編纂により、明治8年から明治20年分の大審院による刑事事件の判例について収録され、刊行されていた。ただし明治17年12月から明治18年12月の間は刊行されていない。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「大審院刑事判決録」と入力して検索。 CiNiiによれば、現在18大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院刑事判決録 またCiNiiによれば、文生書院による復刻版(『明治前期大審院刑事判決録』)が、現在40大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院刑事判決録(文生書院) また国立国会図書館ではデジタル資料化され、自宅からも閲覧できるようになっている。 大審院刑事判決録(国会図書館) 法務省図書館には、ほとんどすべて所蔵されているようである。 法務省図書館の「書名、著者名、出版者名等を入力して検索」欄に「大審院刑事判決録」と入力して検索。 (24) 『大審院民事判決録』『大審院民事商亊判決録』 『大審院民事判決録』は、司法省の編纂により、明治8年から明治17年分の大審院による民事事件の判例について収録され、刊行されていた。明治18年から明治20年の分は『大審院民事商事判決録』という名称で刊行されていた。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「大審院民事判決録」と入力して検索。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「大審院民事商亊判決録」と入力して検索。 CiNiiによれば、雑誌版として現在15大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院民事判決録(雑誌) またCiNiiによれば、図書版として現在4大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院民事判決録(図書) またCiNiiによれば、図書版の第1巻分が現在東京大学と岡山大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院民事判決録(図書・第1巻) またCiNiiによれば、報告社より刊行されたものが、現在京都大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院民事判決録(報告社) またCiNiiによれば、三和書房による復刻版(『明治前期大審院民事判決録(明治前期大審院判決録刊行会編)』)が、現在72大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院民事判決録(三和書房) また国立国会図書館ではデジタル資料化され、自宅からも閲覧できるようになっている(下記リンク参照)。 大審院民事判決録(国会図書館) 大審院民事商亊判決録(国会図書館) なお国立国会図書館では、『明治前期大審院民事判決録』については、デジタル資料化されているが、館内限定となっている。 法務省図書館には、ほとんどすべて所蔵されているようである。 法務省図書館の「書名、著者名、出版者名等を入力して検索」欄に「大審院民事判決録」として検索。 ただし次回紹介する明治後期より出される同名のものも出てくる。「明治前期大審院民事判決録」で検索すると復刻版にはなるが、この混乱は避けられる。 (25) 『大審院判決録』 明治24年から明治28年6月までは、『大審院判決録』として、大審院各部の判決から民事・刑事に区別せず裁判年月日順に収録されている。各巻に件名目録・事項索引(いろは順)・判決年月日索引がある。 なお明治21年から23年については、大審院の判決録は刊行されていない。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「大審院判決録」と入力して検索。 CiNiiによれば、現在、図書版の司法省発行として3大学、大審院発行として5大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院判決録(図書・司法省) 大審院判決録(図書・大審院) またCiNiiによれば、東京法学院発行のものとして奈良県立図書情報館に所蔵がある(下記リンク参照)。 大審院判決録(図書・東京法学院) またCiNiiによれば、文生書院による復刻版が、図書版として、現在20大学、雑誌版として36大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院判決録(図書・文生書院) 大審院判決録(雑誌・文生書院) 法務省図書館には、ほとんどすべて所蔵されているようである。 法務省図書館の「書名、著者名、出版者名等を入力して検索」欄に「大審院判決録」と入力して検索。 (続く)
〈検証〉IFRS適用レポート ~IFRS導入企業65社の回答から何が読み解けるか?~ 【第1回】 「IFRS適用レポートにおける4つの重要ポイント」 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 CFOサービスユニット シニアマネージャー 公認会計士 窪田 俊夫 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 CFOサービスユニット コンサルタント 小澤 哲也 2015年4月15日、金融庁より「IFRS適用レポート」が公表された。 本レポートは2014年6月に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014」に基づき、IFRS任意適用企業65社(適用予定企業を含む。以下同じ)に対し、実態調査・ヒアリングを実施し、IFRSへの移行に際しての課題への対応やメリットなどをとりまとめたものである。 IFRS適用レポートにおいては、IFRS導入を検討している企業に関連して、大きく以下の4点がポイントとして挙げられている。 【IFRS適用レポートにおいて挙げられているポイント】 IFRS導入を検討している企業は、本レポートから何を読み解いて、自社にどう活かせるのだろうか。これから5回にわたり、本レポート結果のポイントを解説したうえで、IFRS導入プロジェクトを推進・完遂するための重要な論点を解説する。なお、当該記事は執筆者の私見であり、執筆者が所属する組織の公式見解ではない。 ▷IFRS適用レポートにおける4つの重要ポイント 本連載第1回目では、IFRS適用レポートにおいて挙げられている4つのポイントをそれぞれ解説する。 IFRS任意適用企業はIFRSの任意適用を決定した理由または移行前に想定した主なメリット、移行後の実際のメリットについて、以下の通り回答しており、移行前に想定していたメリットを実際に享受していると考えられる。 【IFRS移行の主なメリット】 出所:金融庁 「IFRS適用レポート」27頁、66頁より作成 「経営管理への寄与(経営管理の高度化)」を挙げている企業が多い一方で、「比較可能性の向上」や「投資家への説明の容易さ」を挙げた企業も多い。このことから、IFRS任意適用企業は事業投資領域と資金調達領域にそれぞれIFRS導入の目的を見出し、任意適用を決定したのではないかと推測できる。 出所:『新版 成功する!IFRS導入プロジェクト』(清文社)P26 ① 事業投資サイドに起因する目的 IFRSをグループ内の統一会計基準として適用することにより、国内外のグループ各社・各事業に対して統一されたルールや情報に基づく一貫したマネジメントを可能とし、グローバル企業としての経営基盤強化を図るツールとして、IFRSが活用できると考えられる。 よって、この目的は、海外拠点を含むグループ会社の会計基準をIFRSで統一し、国内外で一貫した経営管理を目指す企業に当てはまる。 すなわち、下表の通り、海外進出度合と連結子会社数はある程度比例関係にあると考えられるため、連結子会社数が多いほど、海外を含めたグループ経営管理の重要性が高く、国内外で一貫した評価尺度を用いる必要性を感じていると推測される。 【IFRS任意適用企業の連結子会社数】 出所: (割合及び推定社数)(株)東京証券取引所上場部 「東証上場会社 コーポレート・ガバナンス白書 2015」12頁より作成 (IFRS任意適用(予定含む))IFRS導入企業(予定含む)の直近年度有価証券報告書を元に作成 ② 資金調達サイドに起因する目的 IFRSに基づく財務情報を開示することで財務情報の国際的な比較可能性を高め、投資家の利便性を向上させることで市場における適切な評価を獲得することに繋げていくことができる。つまり、外部のステークホルダーとのコミュニケーションツールとしてグローバルな共通の尺度であるIFRSを活用することに重点を置いたものといえる。 よって、この領域の目的は、海外事業を広く展開している、または外国人投資家の株主割合が高い企業に当てはまる。さらに、国際的な資本市場における資金調達手段の多様化に伴い、資金調達コストを低減することを目的として国際的な海外市場で資金調達を図る可能性がある企業にも当てはまる。 下の図表に示すように、比較的外国人株主が多い企業がIFRSの任意適用を選好している傾向が読み取れる。 【IFRS任意適用会社(予定を含む)と外国人株式所有比率】 出所:東京証券取引所コーポレート・ガバナンス情報サービスを利用し作成 移行コストについて、IFRS任意適用企業は、以下の通り回答している。全体的な傾向として、多角的に事業展開をしており、海外子会社等を多く保有する企業では総コストが多額となっていることが読み取れる。 【IFRSへの移行に直接要した総コスト別の企業数(売上規模別)】 出所:金融庁 「IFRS適用レポート」9頁より抜粋 IFRS導入によって生じる主なコスト増加要因として、例えば以下のようなものが考えられる。 【IFRS導入によって生じる主なコスト増加要因】 上記の項目のうち情報システムの改修コストは多くの企業が気にされるところである。これらの対応要否や対応方法は、各社がIFRS導入の目的・メリットとして何に重点を置くかによって影響される(詳細は本連載の【第3回】で紹介)。 また、会計処理や情報システムの検討に加えて大きな論点となるのが、決算日統一・決算早期化である。 IFRS適用後の連結経理業務の運用に向けた取組みとして、IFRS導入時に決算日統一・決算早期化を着手する意味合いは大きいといえる(詳細は本連載の【第4回】で紹介)。 IFRS移行時の課題として最も多数の企業が挙げたのが「特定の会計基準への対応」、特に判断・見積りの要素が強い項目の会計処理であった。 企業の側も自社のビジネスモデルをどう会計処理するか、原則主義のIFRSの下で、練度が欠けるとともに、IFRSを理解できる人材の確保という問題があるとする企業も相当数みられた。 【IFRS移行時の課題】 出所:金融庁 「IFRS適用レポート」54頁より作成 これらは主に、IFRS導入を目指すうえで必要不可欠となるIFRS会計方針書を策定する際の課題である(詳細は本連載の【第2回】で紹介)。 IFRS会計方針書は、各グループ会社の経理部員が採るべき会計処理を正しく判断できるものでなくてはならないため、IFRS基準書の抜き書きではなく、会社のビジネスに即した、理解しやすい言葉で、かつ十分な詳細度で記述されていることが必要である。 そのため、本レポートにおいて『会計人材の裾野の拡大が期待される』と表現されているが、より正確には、ビジネスモデルの把握能力や関係者とのコミュニケーション能力といった、従来会計人材に求められていないスキルをもつ人材が求められているといえる。 IFRS導入におけるすべての局面で、他社事例は参考になり、他社と連携することは効果的で円滑な移行プロセスにつながるという指摘があった。 したがって、今後IFRS適用を検討する場合、監査人に依存するのではなく、企業自らが外部情報(基準改定の動向や、同業他社、IFRS早期適用企業、EU企業等の事例など)を収集しつつ、プロジェクトを推進する体制を構築すべきと考えられる。 * * * 以上4つのポイントから、IFRS導入を検討している企業は、自社におけるIFRS導入の目的を明確にし、IFRS会計方針書の策定や情報システムの検討、決算日統一・決算早期化への対応などを、効率的に取り組んでいかなければならないことが分かる。 その際、社内だけでは、会計や情報システム等のすべてに精通した人材やプロジェクト選任で機動的に動ける人員の確保は難しい場合が多いものである。また、外部の最新情報を調査しきれない、部門間あるいは会社間の利害関係をなかなか打破できずに調整が進まないといった問題も起こり得る。 そうした場合、IFRS導入に精通した第三者を参画させることは非常に有効であり、すべてを社内人員でまかなうよりも、効率的に導入作業を進めることができる。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第31回】 ジャパンベストレスキューシステム株式会社・ 「内部調査委員会調査報告書(平成27年4月28日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【ジャパンベストレスキューシステム株式会社の概要(再掲)】 ジャパンベストレスキューシステム株式会社(以下「JBR」という)は、1997(平成9)年創業。創業時の社名は、日本二輪車ロードサービス株式会社。その後、平成11年8月に現社名に変更。 JBRホームページには、以下のような事業目的が記載されている。 連結売上高10,405百万円、連結経常利益141百万円(数字はいずれも平成25年9月期)。従業員数196名。本店所在地、愛知県名古屋市。東証1部、名証1部上場。 【2014(平成26)年5月以降の適時開示】 【内部調査委員会の概要】 内部調査委員会による報告書のポイント 1 内部調査委員会の設置に至った経緯 調査報告書によれば、証券取引等監視委員会開示検査課による開示検査の対応の過程において、JBRの連結子会社である株式会社バイノス(以下「バイノス」と略称する)における不適正な売上計上(以下「本件不正行為」という)に関して、B氏(平成26年12月の株主総会で退任した元取締役管理部長鈴木良夫氏。以下、本稿では、「鈴木元取締役」と略称する)が関与していたことを疑わせる事実が確認され、また、JBRの監査体制及び監査対応にも問題があったことを窺わせる事実が確認されたため、本件不正行為について再度徹底的な調査を行い、事実関係を明らかにするとともに、原因たる事実に即した改善措置を立案することを目的として、JBRの社外役員3名(全員、本件不正行為が発覚した後に役員に選任された者である)から構成される内部調査委員会を設置したというものである。 2 内部調査委員会による調査の結果判明した事実 (1) D氏メモ 第1次第三者委員会によって、バイノス元代表取締役とともに「売上計画未達の発覚を回避するため、不適切な売上計上を行った」と認定された、バイノス元取締役でJBR管理部経理グループの元シニアマネージャーでバイノス元取締役のD氏は、第2次第三者委員会調査後の鈴木元取締役の「自己保身のみを図る態度」に不信感と憤りを覚え、後日、真実を話す必要が生じた際のことを考え、第1次調査報告書及び第2次調査報告書に朱書きでメモを加筆していき、「D氏メモ」を作成し、保管していた。 (2) 鈴木元取締役の供述と委員会の事実認定 鈴木元取締役は、内部調査委員会に対して、以下のように供述している。 しかし、内部調査委員会は、関係者の供述及びメール等のその他の証憑書類等から、主に以下の点を理由として、バイノスにおける本件不正行為は、鈴木元取締役の指示に基づき、D氏らが行ったものと認められる、と結論づけた。 (3) 鈴木元取締役が第三者委員会に真実を供述しなかった理由 鈴木元取締役は、第1次第三者委員会に対しては「すべてバイノス元代表取締役がやったことである」と供述し、第2次第三者委員会に対しても自身関与または認識を否認しているが、内部調査委員会はこれを「鈴木元取締役の自己保身に基づく虚偽の供述であった」と認定している。 そのうえで、鈴木元取締役は、第1次第三者委員会設置後、D氏に対して、以下のように指示して虚偽の供述をさせたとしている。 他にも、鈴木取締役は、竹内取締役にも同様の指示を行い、また、K氏(常勤監査役加藤洋一郎氏。以下、本稿では「加藤常勤監査役」という)に対しても、「監査役や内部監査室が(本件不正行為に関して)認識していたということになれば、会社ぐるみということになり、JBRは上場廃止になる」と伝えていたということである。 (4) 鈴木元取締役の不正行為による責任について 内部調査委員会は、鈴木元取締役が、D氏及びバイノス元代表取締役に実行させた本件不正行為により、JBRのバイノスに対する融資判断が歪められた結果、JBRは約17億円もの多額の融資を行い、回収不能見込み額として約11億円の損害を被ることとなったと指摘し、また、自己保身のために第三者委員会に対して真実を伝えないよう指示したことが、適正な調査を阻害し、3度の第三者委員会及び内部調査委員会を設置するに至らしめたものであり、その責任は極めて重いと判断している。 (5) メールデータ消去について 第1次第三者委員会設置後、JBR社内では、D氏が発信したメールの中に「先食い」という本件不正行為を連想させる文言が入っていることが判明し、I氏(JBR管理部人事総務グループ室長・元内部監査室長)及び加藤常勤監査役は、自らメールを消去するとともに、関係者に対してメールデータの消去を指示、実行させた。 こうした行為の動機として、「監査役及び内部監査室が本件不正行為を知っていたとなると会社ぐるみとなり、JBRが上場廃止になるおそれがある」と鈴木元取締役から示唆されたことが挙げられているが、こうしたメールデータの消去が、第三者委員会の適正な調査を阻害したものであり、とくに、常勤監査役までが加担していたことについては、自らの関与が疑われることを避けるという自己保身の意味合いがあり、さらに、「上場会社の監査役としての職責を放棄したものと言わざるを得ない」と厳しく指摘している。 なお、消去を指示された関係者の中で、唯一、JBR子会社のジャパン少額短期保険株式会社取締役O氏だけは、これを拒否したということであり、O氏がメールデータを消去しなかったことにより、事実が明らかになったと言えよう。 (6) 過去の第三者委員かの調査において鈴木元取締役の関与が判明しなかった原因 上記のとおり、過去の第三者委員会では、鈴木元取締役の緘口令によるD氏らの虚偽の回答とメールデータの消去という証拠隠滅行為によって、鈴木元取締役の関与を認定できなかったものである。しかし、第三者委員会の調査に対し、JBR代表取締役社長が指導力を発揮し、たとえば、「すべてのデータを消去することなく第三者委員会に提出すること」、「調査に対して虚偽の答弁をした役員・社員は厳罰に処すこと」、「調査に正直に応じることがJBR信頼回復のために必要である」などのメッセージを役員・社員に発することができていれば、また違った結果が出ていたのかもしれない。 JBRは当時の会計監査人であった有限責任監査法人トーマツの第1次調査報告書に対する疑義を受けて、第2次第三者委員会により、「電子メール調査の範囲を広げた上で、追加の調査を実施(平成26年6月14日付リリース)」したものであるが、メールデータが削除されていたのでは、電子メール中心の調査手法自体、有効性を欠いたものとなってしまっていたということであろう。なお、内部調査員会の調査で判明した、メールデータの消去に応じなかったO氏については、第2次調査においても、電子メール調査の範囲には入っていなかった。 3 問題点及び再発防止策に係る提言 内部調査委員会は、JBRにおける問題点及び再発防止策として、次の2点を挙げている。 そのうえで、内部調査委員会による問題点及び再発防止策は、JBRが東京証券取引所及び名古屋証券取引所に提出した改善報告書、改善状況報告書の内容と実質的に同旨であるとしている。 4 内部調査委員会による調査報告書の特徴 平成26年12月10日付のJBR「第18回定時株主総会招集後通知」第3号議案「取締役6名選任の件」には、当時、取締役管理部長の要職にあった鈴木良夫氏の指名の記載はないことから、この時点までには、鈴木元取締役が何らかの形で関与していることが判明していたのではないかと推測できるのであるが、実際のところは不明である。 JBRの昨年来の一連のリリースに目を通して感じていることであるが、不正行為の首謀者が関係者によって隠匿され、結果的に、多額の回収不能債権が発生し、3度にわたる第三者委員会の設置によって相当程度の信用が毀損されたにもかかわらず、JBR代表取締役社長榊原暢宏氏の発言が伝わってこないように思える。 確かに、強力な社外取締役・社外監査役の招聘に成功し、内部調査委員会の調査によって、子会社バイノスにおける不正な売上計上についてはようやく全容が解明したかもしれない。しかし、最初の第三者委員会設置に際して、第三者委員会に対しては真実を伝えることを率先して示し、不正行為を罰するのではなく、不正行為を隠蔽することを許さないことを強く従業員に訴えれば、ここまで泥沼化することはなかったのではないか。 内部調査委員会調査報告書は、「役職員のコンプライアンス意識の欠如」に対する再発防止策として、「不正を許さない企業風土の醸成にはtone at the top(経営者の姿勢)が何よりも重要である」としたうえで、榊原社長が「積極的に情報を発信し、コミュニケーションを図られることを望む」と締め括っているが、まったく同感である。 そして、最後に、こう結んでいるところが、いかにも社外役員からなる内部調査委員会による報告書らしいと言えるだろう。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第81回】 減損会計⑤ 「遊休資産の取扱い」 仰星監査法人 公認会計士 上村 治 〈事例による解説〉 【仕訳】(単位:百万円) ① 遊休資産の減損損失 (※1) 固定資産残高300百万円>回収可能価額180百万円 ∴減損必要 減損損失120百万円=固定資産残高300百万円-回収可能価額180百万円 ② 遊休資産が複数ある場合の減損損失 (※2) 遊休資産Aと遊休資産Bはそれぞれ独立して減損の判定を行う。 [遊休資産Aについて] 固定資産残高300百万円>回収可能価額180百万円 ∴減損必要 [遊休資産Bについて] 固定資産残高200百万円<回収可能価額350百万円 ∴減損不要 遊休資産Aだけを減損処理の対象とする。 減損損失120百万円=固定資産残高300百万円-回収可能価額180百万円 〈会計処理の解説〉 1 遊休資産の取扱いについて 遊休資産とは、過去の利用実態や将来の用途の定めにかかわらず、現在、企業活動にほとんど使用されていない状態にある資産をいいます(指針72)。遊休資産のグルーピングは、将来の使用見込に応じて取扱いが異なります。 将来の使用が見込まれない遊休資産のうち、重要なものは他の資産グループとは独立した資産グループとして取り扱います(指針8)。 現在、企業活動にほとんど使用されていない状態にあっても、将来に使用を見込んでいる遊休資産については、その使用見込に沿ってグルーピングを行います。そのため、将来の使用が見込まれない遊休資産とは異なり、遊休資産を独立した資産グループとして取り扱うことはしません。 前提条件①の場合、将来の使用見込が決まっていないことから、遊休資産Aを独立した資産グループとして取り扱い、減損処理を行うことが適当です。 2 遊休資産が複数ある場合の取扱い 遊休資産が複数ある場合、「遊休資産群」として複数の遊休資産を1つのグルーピングとすることができるとすると、含み益と含み損を相殺することができることになり、適切に減損損失の金額が計算されません。そのため、遊休資産は個別にグルーピングを行い、減損処理を行う必要があります(指針72)。 具体的には、前提条件②において、遊休資産AとBを1つの資産グループとして取り扱うと、資産グループの回収可能価額の合計金額が530百万円となり、同グループの固定資産残高の合計である500百万円を上回ります。そのため減損処理は不要と判定されることになり、遊休資産Aの損失計上が回避されてしまいます。 そのため、遊休資産AとBはそれぞれ個別にグルーピングを行い減損処理の判定を行うことになります。 * * * 次回は、減損会計における共用資産の取扱いについて解説します。 (了)