公開日: 2025/07/24 (掲載号:No.628)
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国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正-防衛特別法人税等の企業への影響- 【第1回】

筆者: 荒井 優美子

国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正

-防衛特別法人税等の企業への影響-

【第1回】

 

公認会計士・税理士 荒井 優美子

 

(次回)→

本稿の目次はこちら

1 地政学リスクの増大と経済安全保障を確保する経済政策

我が国の安全保障確保への対応は、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻前では、我が国周辺の安全保障環境の変化への対応に必要な防衛力を大幅に強化し、多次元統合防衛力を構築する、として具体的な計画のタイムスケジュールは明記されていなかった(経済財政運営と改革の基本方針2021)。

その後、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、新たな「中期防衛力整備計画」を策定し、防衛力を5年以内に抜本的に強化する(経済財政運営と改革の基本方針2022)ことが明記されるに至った。与党の令和5年度税制改正大綱は、この方針を受けて、税制による財源確保の対応を明確にしたものである。

ロシアによるウクライナ侵攻を契機に、我が国の安全保障確保を担保する防衛力強化の方針が明確にされただけではなく、エネルギー安全保障の強化や金属鉱物資源等の安定確保、国内外のサプライチェーンの強靱化等の経済安全保障政策についても更なる見直しを行い、税制措置の検討も行われている。

本稿では、11回にわたり国家安全保障に関連する税制措置について、防衛特別法人税を中心に政策税制の解説を行い、企業活動への影響を検討する。

 

2 防衛力の抜本的強化の財源としての防衛特別法人税の創設

2025年6月13日に、「経済財政運営と改革の基本方針2025 ~「今日より明日はよくなる」と実感できる社会へ~」(骨太方針2025)が閣議決定された。

骨太方針2025では、当面のリスクへの対応として米国による一連の関税措置を掲げているが、今後の経済政策の柱として掲げる、賃上げの普及・定着、地方創生2.0の推進、「投資立国」及び「資産運用立国」等は、2024年の骨太方針(「経済財政運営と改革の基本方針2024 ~賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現~」)や2024年11月23日に閣議決定された総合経済対策(「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」、以下、「総合経済対策」)における経済政策を踏襲するものである。

令和7年度税制改正は、総合経済対策の第1の柱とされた、賃上げ環境の整備としての中堅・中小企業の生産性向上や地方創生2.0の方針を受け、政策税制の中心は中小・中堅企業支援の措置とされ、大企業向けの政策税制として注目すべきものは見られない。

その一方で、「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法」の改正により創設された防衛特別法人税は、増税による将来のキャッシュフローへの影響や、2025年3月31日以後に事業年度の末日を迎える企業の財務諸表への影響(税率変更に伴う繰延税金資産、繰延税金負債の積み増し)等、令和7年度税制改正の中でも企業の関心が高い項目の1つである。

防衛特別法人税の創設については、与党の令和5年度税制改正大綱において、我が国の防衛力の抜本的な強化を行うに当たり、歳出・歳入両面から安定的な財源を確保するために、税制部分については、令和9年度に向けて複数年かけて段階的に実施することとし、法人税、所得税、たばこ税を対象に令和6年以降の適切な時期に実施することが明記された。

そして、令和6年度に成立した、所得税法等の一部を改正する法律附則第74条において、所得税、法人税及びたばこ税について所要の検討を加え、適当な時期に必要な法制上の措置を講ずることが、明記されていた。令和7年度税制改正により、法人の2026年4月1日以後に開始する各事業年度を課税事業年度とする、防衛特別法人税が導入され、たばこ税は加熱式たばこの課税方式の見直しが行われたが、所得税は引き続き検討することとされている 。

 

3 経済安全保障政策と税制措置

サプライチェーンの強靭化が経済政策として提唱されたのは、パンデミックが発生した2020年の総合経済対策においてである。

コロナ危機を契機に浮き彫りとなった海外での生産拠点の集中度が高いサプライチェーンの脆弱性に対処するべく、国内外でサプライチェーンの強靱化支援(国内増産等に寄与する設備投資(サプライチェーン対策のための国内投資促進事業)や、海外生産拠点の多元化に資する設備投資に対して支援を実施)が補助金制度により手当された。この経済政策は、ロシアによるウクライナ侵攻と円安の進行により、一層加速されることとなった。

令和7年度税制改正では、エネルギーサプライチェーンの強靱化のための税制支援として、減耗控除制度(探鉱準備金又は海外探鉱準備金、新鉱床探鉱費又は海外鉱床探鉱費の特別控除)の拡充及び延長が行われた。

減耗控除制度は、「民間企業による継続的かつ安定的な探鉱活動を下支えし、持続的な鉱山経営を後押しすることにより、エネルギー・鉱物資源の安定供給確保に着実に寄与してきた」(経済産業省の令和7年度税制改正要望)税制措置であり、「鉱物資源不足によるDX、GX本格化への制約と中長期的権益確保の必要性」や、今後の供給量不足が見込まれる、石油・天然ガスの上流投資の必要性から税制改正要望に盛り込まれたものである。

令和6年度税制改正では海外投資等損失準備金の見直し及び延長も行われている。海外投資等損失準備金制度は、石油・天然ガスや鉱山における探鉱・開発を行う際、必要な資金の一部を準備金として積み立て、損金算入を認めることで、手元に資金を残し、さらなる投資を促進する税制措置として60年以上前に導入された海外投資支援措置である。

令和6年度税制改正で創設された戦略分野国内生産促進税制は、経済安全保障の確立及び国内生産基盤の強化に係るインフラ整備を目的とするアメリカの「インフレ削減法(Inflation Reduction Act)」(2022年8月16日に成立)に倣い、立法化された。

戦略分野国内生産促進税制は、国として特段に戦略的な長期投資が不可欠となるGX・DX・経済安全保障の戦略分野における国内投資を促進するため、産業競争力基盤強化商品の生産設備の新設等を行った場合に、産業競争力基盤強化商品生産・販売量に応じて法人税額の控除を認めるもので、戦略分野への投資を自国内に誘導する政策税制として位置付けられる。

改正後の産業競争力強化法の施行日(2024年9月2日)から2027年3月31日までに産業競争力強化法の認定を受けた事業者(認定産業競争力基盤強化商品生産販売事業者)が適用の対象とされる。産業競争力基盤強化商品とは、電気自動車等(蓄電池)、グリーンスチール、グリーンケミカル、SAF(持続可能な航空燃料)、半導体である。

(続く)

本稿の公開日程は、下記の目次をご覧ください。

国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正

-防衛特別法人税等の企業への影響-

【第1回】

 

公認会計士・税理士 荒井 優美子

 

(次回)→

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1 地政学リスクの増大と経済安全保障を確保する経済政策

我が国の安全保障確保への対応は、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻前では、我が国周辺の安全保障環境の変化への対応に必要な防衛力を大幅に強化し、多次元統合防衛力を構築する、として具体的な計画のタイムスケジュールは明記されていなかった(経済財政運営と改革の基本方針2021)。

その後、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、新たな「中期防衛力整備計画」を策定し、防衛力を5年以内に抜本的に強化する(経済財政運営と改革の基本方針2022)ことが明記されるに至った。与党の令和5年度税制改正大綱は、この方針を受けて、税制による財源確保の対応を明確にしたものである。

ロシアによるウクライナ侵攻を契機に、我が国の安全保障確保を担保する防衛力強化の方針が明確にされただけではなく、エネルギー安全保障の強化や金属鉱物資源等の安定確保、国内外のサプライチェーンの強靱化等の経済安全保障政策についても更なる見直しを行い、税制措置の検討も行われている。

本稿では、11回にわたり国家安全保障に関連する税制措置について、防衛特別法人税を中心に政策税制の解説を行い、企業活動への影響を検討する。

 

2 防衛力の抜本的強化の財源としての防衛特別法人税の創設

2025年6月13日に、「経済財政運営と改革の基本方針2025 ~「今日より明日はよくなる」と実感できる社会へ~」(骨太方針2025)が閣議決定された。

骨太方針2025では、当面のリスクへの対応として米国による一連の関税措置を掲げているが、今後の経済政策の柱として掲げる、賃上げの普及・定着、地方創生2.0の推進、「投資立国」及び「資産運用立国」等は、2024年の骨太方針(「経済財政運営と改革の基本方針2024 ~賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現~」)や2024年11月23日に閣議決定された総合経済対策(「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」、以下、「総合経済対策」)における経済政策を踏襲するものである。

令和7年度税制改正は、総合経済対策の第1の柱とされた、賃上げ環境の整備としての中堅・中小企業の生産性向上や地方創生2.0の方針を受け、政策税制の中心は中小・中堅企業支援の措置とされ、大企業向けの政策税制として注目すべきものは見られない。

その一方で、「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法」の改正により創設された防衛特別法人税は、増税による将来のキャッシュフローへの影響や、2025年3月31日以後に事業年度の末日を迎える企業の財務諸表への影響(税率変更に伴う繰延税金資産、繰延税金負債の積み増し)等、令和7年度税制改正の中でも企業の関心が高い項目の1つである。

防衛特別法人税の創設については、与党の令和5年度税制改正大綱において、我が国の防衛力の抜本的な強化を行うに当たり、歳出・歳入両面から安定的な財源を確保するために、税制部分については、令和9年度に向けて複数年かけて段階的に実施することとし、法人税、所得税、たばこ税を対象に令和6年以降の適切な時期に実施することが明記された。

そして、令和6年度に成立した、所得税法等の一部を改正する法律附則第74条において、所得税、法人税及びたばこ税について所要の検討を加え、適当な時期に必要な法制上の措置を講ずることが、明記されていた。令和7年度税制改正により、法人の2026年4月1日以後に開始する各事業年度を課税事業年度とする、防衛特別法人税が導入され、たばこ税は加熱式たばこの課税方式の見直しが行われたが、所得税は引き続き検討することとされている 。

 

3 経済安全保障政策と税制措置

サプライチェーンの強靭化が経済政策として提唱されたのは、パンデミックが発生した2020年の総合経済対策においてである。

コロナ危機を契機に浮き彫りとなった海外での生産拠点の集中度が高いサプライチェーンの脆弱性に対処するべく、国内外でサプライチェーンの強靱化支援(国内増産等に寄与する設備投資(サプライチェーン対策のための国内投資促進事業)や、海外生産拠点の多元化に資する設備投資に対して支援を実施)が補助金制度により手当された。この経済政策は、ロシアによるウクライナ侵攻と円安の進行により、一層加速されることとなった。

令和7年度税制改正では、エネルギーサプライチェーンの強靱化のための税制支援として、減耗控除制度(探鉱準備金又は海外探鉱準備金、新鉱床探鉱費又は海外鉱床探鉱費の特別控除)の拡充及び延長が行われた。

減耗控除制度は、「民間企業による継続的かつ安定的な探鉱活動を下支えし、持続的な鉱山経営を後押しすることにより、エネルギー・鉱物資源の安定供給確保に着実に寄与してきた」(経済産業省の令和7年度税制改正要望)税制措置であり、「鉱物資源不足によるDX、GX本格化への制約と中長期的権益確保の必要性」や、今後の供給量不足が見込まれる、石油・天然ガスの上流投資の必要性から税制改正要望に盛り込まれたものである。

令和6年度税制改正では海外投資等損失準備金の見直し及び延長も行われている。海外投資等損失準備金制度は、石油・天然ガスや鉱山における探鉱・開発を行う際、必要な資金の一部を準備金として積み立て、損金算入を認めることで、手元に資金を残し、さらなる投資を促進する税制措置として60年以上前に導入された海外投資支援措置である。

令和6年度税制改正で創設された戦略分野国内生産促進税制は、経済安全保障の確立及び国内生産基盤の強化に係るインフラ整備を目的とするアメリカの「インフレ削減法(Inflation Reduction Act)」(2022年8月16日に成立)に倣い、立法化された。

戦略分野国内生産促進税制は、国として特段に戦略的な長期投資が不可欠となるGX・DX・経済安全保障の戦略分野における国内投資を促進するため、産業競争力基盤強化商品の生産設備の新設等を行った場合に、産業競争力基盤強化商品生産・販売量に応じて法人税額の控除を認めるもので、戦略分野への投資を自国内に誘導する政策税制として位置付けられる。

改正後の産業競争力強化法の施行日(2024年9月2日)から2027年3月31日までに産業競争力強化法の認定を受けた事業者(認定産業競争力基盤強化商品生産販売事業者)が適用の対象とされる。産業競争力基盤強化商品とは、電気自動車等(蓄電池)、グリーンスチール、グリーンケミカル、SAF(持続可能な航空燃料)、半導体である。

(続く)

本稿の公開日程は、下記の目次をご覧ください。

連載目次

国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正
-防衛特別法人税等の企業への影響-

【第1回】 ★無料公開中★

1 地政学リスクの増大と経済安全保障を確保する経済政策

2 防衛力の抜本的強化の財源としての防衛特別法人税の創設

3 経済安全保障政策と税制措置

【第2回】

4 「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法」の改正

5 防衛特別法人税の概要

【第3回】

6 防衛特別法人税の条文の構成と法人税法、地方法人税法との比較

7 納税義務者

8 課税の対象と基準法人税額

9 外国法人における基準法人税額

【第4回】

10 課税事業年度等

11 課税標準と基準法人税額

(1) 課税標準法人税額

(2) 基準法人税額の計算

(3) 基礎控除額

【第5回】

12 課税標準法人税額から納付税額の計算

13 外国税額控除

14 分配時調整外国税相当額の控除

15 控除対象所得税額等相当額の控除

16 仮装経理に基づく過大申告の場合の更正に伴う防衛特別法人税額の控除

【第6回】

17 防衛特別法人税の中間申告

18 防衛特別法人税の確定申告

19 防衛特別法人税の申告書

20 電子申告

21 納付

【第7回】

22 防衛特別法人税の申告書を提出した場合の税額の還付

23 外国税額の還付

24 中間納付額の還付

25 欠損金の繰戻しによる法人税の還付があった場合の還付

【第8回】

26 防衛特別法人税における更正の請求等の規定

27 更正の請求の特例

28 更正の特例

29 青色申告書に係る更正

30 更正等による外国税額の還付

31 更正等又は決定による中間納付額の還付

【第9回】

32 仮装経理に基づく過大申告の場合の更正に伴う防衛特別法人税額の還付の特例

33 連帯納付責任

34 税務調査に係る質問検査権

35 罰則

36 通算法人に係る取扱い

【第10回】

37 通算法人に係る取扱い

【第11回】 12/18公開予定

38 高市政権の国家安全保障戦略

39 国家安全保障戦略と防衛増税

40 国家安全保障戦略と経済安全保障

41 17 の戦略分野と税制支援

筆者紹介

荒井 優美子

(あらい・ゆみこ)

公認会計士・税理士

一橋大学法学部卒業後、コンサルティング会社勤務後、大手監査法人に入所。米国コロンビア大学大学院(MIA国際関係論修士)、ニューヨーク大学ロースクール(LLM)卒業後、1996年より大手税理士事務所に入所、クロスボーダーの投資案件、組織再編等の分野で税務コンサルティングに従事し、2011年よりノレッジセンター業務を兼任。著書:「Kluwer International Tax Law PE+」(共著、Wolters Kluwer)、「グローバル・ミニマム課税Q&A」(共著、中央経済社)、「IFRSをめぐる税務を見据える」(共著、税務経理協会)、「グループ法人税制実務Q&A」(共著、税務経理協会)、「法人税の実務Q&A欠損金の繰越し・繰戻し」(共著、中央経済社)、「法人税の実務Q&A 組織再編」(共著、中央経済社)、「解説+Q&Aグループ法人税制の実務」(共著、中央経済社)

委員等:日本公認会計士協会 終了考査委員(2021年4月~2025年4月)、租税調査会(出版部会)、法人税部会委員

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