公開日: 2014/11/13 (掲載号:No.94)
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IFRSの適用と会計システムへの影響 【第1回】「IFRSをめぐる現状」

筆者: 坂尾 栄治

IFRSの適用と会計システムへの影響

【第1回】

「IFRSをめぐる現状」

 

公認会計士 坂尾 栄治

 

IFRSとわが国におけるこれまでの流れ

IFRSとは、世界的に承認され遵守されることを目的として国際会計基準審議会(IASB)により設定される会計規定の総称です。もっと、簡単にいえば、国際的に統一的な会計処理および表示のルールです。このIFRSは、2009年6月30日に金融庁-企業会計審議会から「我が国における国際会計基準の取扱いに関する意見書(中間報告)」が公表されると一躍脚光を浴びました。

なぜ脚光を浴びたかというと、2012年に上場企業を対象としてIFRSの強制適用の判断を行い、強制適用する場合には2015年または2016年に適用開始になるであろうとされていたためです。

そのため、上場企業はIFRSを適用した場合、現在自社で適用している会計基準(日本基準、一部米国基準)とどのような差があり、また適用するためにはいつまでに何をしなければいけないのかを知ろうと躍起になっていました。

システムベンダーや会計系のコンサルタントたちは、「現状のシステムではIFRSに対応できない」とか「IFRSへの対応を急がないと間に合わなくなる。」といって各社をあおっていました。

しかし2011年6月に金融庁の自見庄三郎担当大臣が会見でIFRSの強制適用を2017年以降にする考えを示したことにより、一気にトーンダウンしました。

米国においても、米国基準をIFRSに近づけていくコンバージェンスの作業から、コンバージェンスプロセスに加えて、2011年に承認手続きを経て個々の基準の受入を図るエンドースメントをあわせたコンドースメントアプローチを提唱し、一方的にIFRSに合わせていく方向性から、米国基準の存在感を強く打ち出す方向へと舵を切りなおしました。

そのため、日本の上場企業の多くはIFRSの強制適用は遠い将来の出来事だと考えるようになりました。

 

任意適用の状況

このように、多くの企業にとってIFRSは遠い将来考えればよいものになってしまったのですが、一方ではIFRSを任意適用する企業が出てきています。

連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令により一定の要件を満たす会社について、2010年3月31日以後に終了する連結会計年度からIFRSの任意適用が認められることとなりましたが、いつ強制適用されるかも定かではないIFRSを任意適用する企業があるのか疑問に感じる人もいるのではないでしょうか。

しかし、実際に2014年9月現在でIFRSを任意適用している企業は36社あり、また任意適用を予定している企業が10社あります。この程度では、全上場会社のうちの2%にも満たないと思われるかもしれませんが、その多くが大企業であることから、時価や売上額から考えるともっと多くの割合を占めることとなりますし、加えて、ここにあげた企業以外にも水面下でIFRSへの対応を粛々と進めている企業は数多く存在していることを考えると、どうも遠い将来に考えればよいものではなさそうに思えてきます。

ではなぜこれらの企業は、強制されてもいないIFRSを自ら進んで任意適用するのでしょうか。

 

IFRSを適用するメリット

IFRSを任意適用する企業は、当然IFRSを適用することに何らかのメリットがあるから、強制されてもいないIFRSを適用していると考えられます。

では、どのようなメリットがあるのでしょうか。メリットは各社毎に異なっていると思いますが、たいていの場合は以下の3つのどれかに当てはまるのではないでしょうか。

1.グローバルマネーの呼び込み
世界共通の会計基準(IFRS)で情報を開示することにより、グローバルな企業の比較対象となることで世界の投資家や銀行からの資金調達を行いやすくなります。

2.自社に有利な会計処理の適用
日本基準よりも自社にとって有利な会計処理がIFRSで認められている場合に、IFRSを任意適用することで自社にとって有利な会計処理を適用できます。
具体的には、日本基準ではのれんは規則的償却が求められますが、IFRSでは規則的償却を行う必要がなく、多額ののれんを有する企業にとっては利益を押し上げる効果があります。この会計処理を適用することを主たる目的としてIFRSを任意適用している企業があります。

3.連結財務諸表作成やグループ経営管理の効率化
IFRSを適用している海外のグループ会社の情報を組替え処理をせずにそのまま使えるようになります。

このうちの「1.グローバルマネーの呼び込み」と「3.連結財務諸表作成やグループ経営管理の効率化」については、グローバル化が急速に進む昨今の状況をかんがみると、多くの企業で真剣に検討する必要があるように感じられます。

 

修正国際基準について考える

ASBJは2013年7月に開催した第268回委員会において、エンドースメントされたIFRSの開発に関するロードマップ「IFRSのエンドースメントと手続きに関する計画の概要(案)」を公表し、2014年7月31日に「修正国際基準(国際会計基準と企業会計基準委員会による修正会計基準によって構成される会計基準)」の公開草案が公表されました。

修正国際基準では、「のれん」や「その他の包括利益」の除外または修正が提案されていますが、これらの基準はIFRSの根幹を成すものであり、IASBとしてはそれらの基準を除外または修正した基準はたとえ日本版といえどもIFRSの名称を付すことは認めないとの見解を示しているとも聞きます。

このような基準が、今後多くの企業に適用されることとなるかは疑問を感じずにはいられません。システムベンダーや会計系のコンサルタントの間でも、修正国際基準の普及には疑問を呈する人が多いように感じます。

実際、ピュアIFRSとは異なり国際的には通用せず、また、日本基準とも比較可能性のない基準を適用するメリットが見出せません。しかしながら、修正国際基準の議論を通じて、再びIFRSに注目が集まっているのも事実であり、少なくともその一点では、修正国際基準がIFRSの適用促進に貢献するのではないかと感じています。

 

IFRSは強制適用されるのか

目下の目標は、2016年末までに300社程度の企業がIFRSを任意適用することであり、強制適用はそれ以降の話ということになってくると思われます。自民党の「日本再生ビジョン」では、2016年までにはIFRSの強制適用の是非や適用に関するタイムスケジュールを決定するように議論を進めるとしています。

IFRSの適用にあたっての準備期間に3年程度を見込むとすると、2016年中にIFRSの強制適用を決めたとしても強制適用の時期は2019年以降になりそうです。

となると、今は自社にとってIFRSを任意適用するメリットがあるのかどうかについて検討するにとどめ(メリットがあれば任意適用に向けて準備を進めるべきであるが)、IFRSの動向について定期的に情報を収集するというのが、多くの企業のとるべき方向ではないでしょうか。

*   *   *

なお本文中、意見に関する部分は私見であることを申し添えます。

 (了)

「IFRSの適用と会計システムへの影響」は、隔週で掲載されます。

IFRSの適用と会計システムへの影響

【第1回】

「IFRSをめぐる現状」

 

公認会計士 坂尾 栄治

 

IFRSとわが国におけるこれまでの流れ

IFRSとは、世界的に承認され遵守されることを目的として国際会計基準審議会(IASB)により設定される会計規定の総称です。もっと、簡単にいえば、国際的に統一的な会計処理および表示のルールです。このIFRSは、2009年6月30日に金融庁-企業会計審議会から「我が国における国際会計基準の取扱いに関する意見書(中間報告)」が公表されると一躍脚光を浴びました。

なぜ脚光を浴びたかというと、2012年に上場企業を対象としてIFRSの強制適用の判断を行い、強制適用する場合には2015年または2016年に適用開始になるであろうとされていたためです。

そのため、上場企業はIFRSを適用した場合、現在自社で適用している会計基準(日本基準、一部米国基準)とどのような差があり、また適用するためにはいつまでに何をしなければいけないのかを知ろうと躍起になっていました。

システムベンダーや会計系のコンサルタントたちは、「現状のシステムではIFRSに対応できない」とか「IFRSへの対応を急がないと間に合わなくなる。」といって各社をあおっていました。

しかし2011年6月に金融庁の自見庄三郎担当大臣が会見でIFRSの強制適用を2017年以降にする考えを示したことにより、一気にトーンダウンしました。

米国においても、米国基準をIFRSに近づけていくコンバージェンスの作業から、コンバージェンスプロセスに加えて、2011年に承認手続きを経て個々の基準の受入を図るエンドースメントをあわせたコンドースメントアプローチを提唱し、一方的にIFRSに合わせていく方向性から、米国基準の存在感を強く打ち出す方向へと舵を切りなおしました。

そのため、日本の上場企業の多くはIFRSの強制適用は遠い将来の出来事だと考えるようになりました。

 

任意適用の状況

このように、多くの企業にとってIFRSは遠い将来考えればよいものになってしまったのですが、一方ではIFRSを任意適用する企業が出てきています。

連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令により一定の要件を満たす会社について、2010年3月31日以後に終了する連結会計年度からIFRSの任意適用が認められることとなりましたが、いつ強制適用されるかも定かではないIFRSを任意適用する企業があるのか疑問に感じる人もいるのではないでしょうか。

しかし、実際に2014年9月現在でIFRSを任意適用している企業は36社あり、また任意適用を予定している企業が10社あります。この程度では、全上場会社のうちの2%にも満たないと思われるかもしれませんが、その多くが大企業であることから、時価や売上額から考えるともっと多くの割合を占めることとなりますし、加えて、ここにあげた企業以外にも水面下でIFRSへの対応を粛々と進めている企業は数多く存在していることを考えると、どうも遠い将来に考えればよいものではなさそうに思えてきます。

ではなぜこれらの企業は、強制されてもいないIFRSを自ら進んで任意適用するのでしょうか。

 

IFRSを適用するメリット

IFRSを任意適用する企業は、当然IFRSを適用することに何らかのメリットがあるから、強制されてもいないIFRSを適用していると考えられます。

では、どのようなメリットがあるのでしょうか。メリットは各社毎に異なっていると思いますが、たいていの場合は以下の3つのどれかに当てはまるのではないでしょうか。

1.グローバルマネーの呼び込み
世界共通の会計基準(IFRS)で情報を開示することにより、グローバルな企業の比較対象となることで世界の投資家や銀行からの資金調達を行いやすくなります。

2.自社に有利な会計処理の適用
日本基準よりも自社にとって有利な会計処理がIFRSで認められている場合に、IFRSを任意適用することで自社にとって有利な会計処理を適用できます。
具体的には、日本基準ではのれんは規則的償却が求められますが、IFRSでは規則的償却を行う必要がなく、多額ののれんを有する企業にとっては利益を押し上げる効果があります。この会計処理を適用することを主たる目的としてIFRSを任意適用している企業があります。

3.連結財務諸表作成やグループ経営管理の効率化
IFRSを適用している海外のグループ会社の情報を組替え処理をせずにそのまま使えるようになります。

このうちの「1.グローバルマネーの呼び込み」と「3.連結財務諸表作成やグループ経営管理の効率化」については、グローバル化が急速に進む昨今の状況をかんがみると、多くの企業で真剣に検討する必要があるように感じられます。

 

修正国際基準について考える

ASBJは2013年7月に開催した第268回委員会において、エンドースメントされたIFRSの開発に関するロードマップ「IFRSのエンドースメントと手続きに関する計画の概要(案)」を公表し、2014年7月31日に「修正国際基準(国際会計基準と企業会計基準委員会による修正会計基準によって構成される会計基準)」の公開草案が公表されました。

修正国際基準では、「のれん」や「その他の包括利益」の除外または修正が提案されていますが、これらの基準はIFRSの根幹を成すものであり、IASBとしてはそれらの基準を除外または修正した基準はたとえ日本版といえどもIFRSの名称を付すことは認めないとの見解を示しているとも聞きます。

このような基準が、今後多くの企業に適用されることとなるかは疑問を感じずにはいられません。システムベンダーや会計系のコンサルタントの間でも、修正国際基準の普及には疑問を呈する人が多いように感じます。

実際、ピュアIFRSとは異なり国際的には通用せず、また、日本基準とも比較可能性のない基準を適用するメリットが見出せません。しかしながら、修正国際基準の議論を通じて、再びIFRSに注目が集まっているのも事実であり、少なくともその一点では、修正国際基準がIFRSの適用促進に貢献するのではないかと感じています。

 

IFRSは強制適用されるのか

目下の目標は、2016年末までに300社程度の企業がIFRSを任意適用することであり、強制適用はそれ以降の話ということになってくると思われます。自民党の「日本再生ビジョン」では、2016年までにはIFRSの強制適用の是非や適用に関するタイムスケジュールを決定するように議論を進めるとしています。

IFRSの適用にあたっての準備期間に3年程度を見込むとすると、2016年中にIFRSの強制適用を決めたとしても強制適用の時期は2019年以降になりそうです。

となると、今は自社にとってIFRSを任意適用するメリットがあるのかどうかについて検討するにとどめ(メリットがあれば任意適用に向けて準備を進めるべきであるが)、IFRSの動向について定期的に情報を収集するというのが、多くの企業のとるべき方向ではないでしょうか。

*   *   *

なお本文中、意見に関する部分は私見であることを申し添えます。

 (了)

「IFRSの適用と会計システムへの影響」は、隔週で掲載されます。

連載目次

筆者紹介

坂尾 栄治

(さかお・えいじ)

公認会計士・税理士

一般事業会社で、SEとしてシステム設計・開発に従事した後、あずさ監査法人にて監査に従事。その後、株式会社ジェクシードの設立に参画し取締役に就任。大手企業を中心に50社以上の連結システムの導入に携わる。
連結決算を中心とするシステム開発やシステム導入、経理部門や購買部門の業務改善、内部統制の構築、評価といった領域でのコンサルティングを行う。

・株式会社アップライト 代表取締役
・株式会社レイヤーズ・コンサルティング バイスマネージングディレクター
・特定非営利活動法人日本IT会計士連盟 代表理事
・日本公認会計士協会IT委員会委員、日本公認会計士協会東京会コンピュータ委員会委員長
を歴任

【著作】
『会計士さんの書いた情シスのためのIFRS』共著(翔泳社)

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