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相続税・贈与税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

相続税の実務問答 【第108回】「遺産分割期限の延長が認められるやむを得ない事情」

相続税の実務問答 【第108回】 「遺産分割期限の延長が認められるやむを得ない事情」   税理士 梶野 研二   [答] 相続税の申告期限から3年が経過した時において遺産分割がされていない場合であっても、その分割されていないことが一定のやむを得ない事情によるものであるときには、当該申告期限の翌日から2ヶ月以内に税務署長に承認の申請をし、その承認を得ることにより、特例の適用期限の延長が認められます。 しかしながら、質問者の場合には、「やむを得ない事情」があったとは認められませんので、承認申請書を提出したとしても適用期限の延長は認められないものと考えられます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 未分割の宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用 (1) 申告期限において、宅地等の分割がされていない場合 被相続人又は被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族の居住の用又は事業の用に供されていた宅地等(以下「特例対象宅地等」といいます)であっても、相続税の申告書の提出期限(以下「申告期限」といいます)までに共同相続人又は包括受遺者によって分割されていないものについては、租税特別措置法第69条の4第1項に規定する「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」(以下「小規模宅地等の特例」といいます)を適用することはできません(措法69の4④本文)。 ただし、その分割されていない宅地等が、申告期限から3年以内に分割された場合には、その分割された宅地等については、この特例を適用することができます(措法69の4④ただし書)。申告期限において未分割の宅地等について、3年以内に分割し、小規模宅地等の特例を適用しようとする場合には、相続税の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておきます(措法69の4⑦、措規23の2⑧六)。 (2) 申告期限から3年以内に宅地等の分割がされていない場合 相続税の申告期限から3年が経過するまでに分割されていない特例対象宅地等については、小規模宅地等の特例を適用することができません。 しかしながら、特例対象宅地等が申告期限から3年を経過するまでに分割されなかったことについて2に掲げる一定のやむを得ない事情があり、納税地の税務署長の承認を受けた場合においては、その特例対象宅地等の分割ができることとなった日から4か月以内に分割がされたときには、その特例対象宅地等について小規模宅地等の特例を適用することができます(措法69の4④ただし書のかっこ)。   2 小規模宅地等の特例の適用期限の延長が認められる一定の事情 (1) 相続税法施行令で定めるやむを得ない事情 上記1の(2)の納税地の税務署長による承認を受けることができるやむを得ない事情とは次の事情をいいます(措令40の2㉓、相令4の2①)。 (2) 税務署長が認めるやむを得ない事情 上記(1)の④に規定する「申告期限の翌日から3年を経過する日までに分割されなかったこと及び当該財産の分割が遅延したことにつき税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」とは、上記(1)の①、②又は③に掲げる場合と同視し得る事情があると認められる場合、すなわち、遺産の範囲や遺言の効力など遺産の前提となる事項について紛争が存在し解決のための法的手続がとられているような場合、遺産の分割に向けた法的手続がとられているような場合又は遺産の分割が法的に不可能な状態にあるような場合と同視し得る事情があると認められる場合をいうものと解することができます(参考裁決:平成24年7月18日裁決(非公表))。 相続税法基本通達では、税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合について、次のような例示をしたうえで、客観的に遺産分割ができないと認められる場合をいうとしています(相基通19の2-15)。 〇【参考裁決】やむを得ない事情が認められなかった事例 (平成24年7月18日裁決(非公表))   3 ご質問の場合 お母様の相続開始に係る相続税の申告期限から3年を経過する時において、あなたとお姉様との間で遺産分割がされていませんので、申告期限の翌日から3年を経過する日までに遺産分割がされなかったやむを得ない事情について、同日の翌日から2ヶ月以内に税務署長の承認を受けなければ、小規模宅地等の特例を適用することはできません。 あなたの説明だけでは具体的な状況は分かりませんが、感情のもつれが原因で遺産分割の協議を先延ばしにしていたに過ぎないように思われます。そうであるならば、あなた方の場合、上記2の(1)の①、②若しくは③のいずれにも該当しませんし、税務署長がやむを得ない事情として認める事情として上記2の(2)に掲げる例示のいずれにも該当しませんし、そのほか遺産分割ができなかったと認められる客観的な事情はありません。 したがって、承認申請書を提出したとしても、税務署長の承認を受けることはできないと考えられます。 (了)
#623(掲載号)
#梶野 研二
2025/06/19
所得税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第73回】「外国税額控除権の行使(地判平25.11.19、高判平26.3.26、最判平26.12.18)(その1)」~旧所得税法95条2項、同条6項(平成21年改正前)~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第73回】 「外国税額控除権の行使 (地判平25.11.19、高判平26.3.26、最判平26.12.18)(その1)」 ~旧所得税法95条2項、同条6項(平成21年改正前)~   税理士 水野 正夫     1 事案の概要 本件は、原告が、平成21年分の所得税について、所得税法(平成21年法律第13号による改正前のもの。以下、本稿において同じ。)95条2項に基づき、平成19年分の控除限度額を繰り越して使用することにより外国税額控除をして確定申告をしたところ、税務署長から、原告の平成20年分の確定申告書には同条6項所定の事項(「外国税額控除に関する明細書」や同控除の計算の基礎となる書類等の添付もされていなかった)の記載等がなかったから、平成21年分所得税について、同項に規定する手続要件を満たしておらず、同条2項に基づく外国税額控除をすることはできないとして更正処分等を受けた事案である。 なお、平成20年の確定申告書について、原告は、平成21年5月、平成20年分確定申告書記載の株式譲渡等の繰越損失の適用に誤りがあったとして、修正申告をした。また、原告は、平成22年2月17日、平成20年分の外国所得税額の控除漏れ等を理由として、「外国税額控除に関する明細書」及び同控除の計算の基礎となる書類を添付した上で、平成20年分の所得税に係る更正の請求をした。渋谷税務署長は、平成20年分更正の請求について、平成20年分確定申告書に所得税法95条5項に規定する金額の記載や書類の添付がなかったことから、同条1項の適用は認められないとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分をし、原告は、同通知処分に対して不服申立てをしていない。 本件の主な争点(※1)は、所得税法95条2項の外国税額控除の適用の前提となる同条6項に規定する手続要件の充足の有無である。 (※1) 所得税法95条7項に規定する「やむを得ない事情」の有無がもう1つの争点となっているが、本稿では紙面の関係上割愛する。 所得税法95条(外国税額控除)2項は、各年において納付することとなる外国所得税の額がその年の控除限度額を超える場合に、その年の前3年以内の各年の控除限度額のうち繰越控除限度額があるときは、その年分の所得税の額から控除する旨を規定している。 これを受けて、同法95条6項は、「第2項及び第3項の規定は、繰越控除限度額又は繰越外国所得税額に係る年のうち最も古い年以後の各年について当該各年の控除限度額及び当該各年において納付することとなった外国所得税の額を記載した確定申告書を提出し、かつ、これらの規定の適用を受けようとする年分の確定申告書にこれらの規定による控除を受けるべき金額を記載するとともに、当該申告書に繰越控除限度額又は繰越外国所得税額の計算の基礎となるべき事項を記載した書類その他財務省令で定める書類を添付した場合に限り、適用する。」と規定している。 原告は、平成19年分確定申告書に外国税額控除に関する記載をし、かつ、「外国税額控除に関する明細書」を同申告書に添付して確定申告を行ったものの、平成20年分確定申告書においては、外国税額控除に係る事項を記載せず、当該申告書に明細書の添付もしていなかった。本件処分は、平成21年分の所得税について、所得税法95条6項所定の要件、すなわち、平成20年の外国税額控除に係る控除限度額及び外国所得税の額を記載した確定申告書の提出、を充足しておらず、同条2項に基づく外国税額控除を受けるための要件を欠いているとして行われたものである。 原告は、平成24年10月17日、本件各処分の取消しを求めて本件訴えを提起した。 原告の主張の要旨は、以下の通りである。 本件は、地裁判決で納税者が敗訴し、高裁判決も地裁判決を支持し(※2)、最高裁は納税者による上告を不受理としていることから、本稿では東京地裁判決(以下、「本判決」という)を検討することにする。 (※2) 東京高裁では、地裁判決の判断をそのまま引用する形で判断をし、控訴人の補充主張にのみ判断を下しているが、当該補充主張の判断については紙面の関係上本稿では取り扱わない。   2 判示 (1) 外国税額控除制度の趣旨及び仕組み 我が国の所得税法は、非永住者以外の居住者につき、国内及び国外から生ずる全ての所得について所得税を課するものとしていることから(同法7条1項1号)、当該居住者の国外所得について国外において課税される場合には、我が国の課税との間でいわゆる国際的二重課税の問題が生じるところ、同法は、我が国の国際的競争力の維持発展を図るという政策的要請の下に、国際的二重課税を防止し、海外取引に対する課税の公平と税制の中立性を維持することを目的として、外国所得税の額を一定の限度で我が国の所得税の額から直接控除することを認める外国税額控除の制度(同法95条)を採用したものと解される(下線筆者)。 そして、所得税法は、上記の趣旨、目的を超える控除を制限するため、①居住者が各年において納付することとなる外国所得税につき、その年分の所得税の額のうち国外所得に対応する部分である控除限度額を限度として、その額をその年分の所得税の額から控除することを認めるとともに(同法95条1項、同法施行令222条)、②国外所得の発生時期と外国所得税の納付時期とのずれを一定の範囲で調整するため、各年の外国所得税の額が控除限度額に満たない場合の控除余裕額又は各年の外国所得税の額が控除限度額を超える場合の控除限度超過額につき、翌年以降の繰越使用を3年以内に限り認めている。 (2) 外国税額控除に係る手続要件の趣旨 所得税法95条5項は、同条1項の外国税額控除の規定につき、確定申告書に同項の規定による控除を受けるべき金額及びその計算に関する明細の記載等がある場合に限り、適用するものと定めているところ、これは、外国税額控除制度において控除限度額が設けられているとともに、控除余裕額又は控除限度超過額の翌年以降の繰越使用が認められていることから、外国税額控除の規定の適用には確定申告の段階で外国税額控除を受けること及びその計算関係等を明示することを要するものとすることによって、税額の計算の安定を確保し、もって租税法律関係の明確化を図る趣旨であると解される(下線筆者)。 また、所得税法95条6項は、控除余裕額又は控除限度超過額の繰越使用による外国税額控除を定める同条2項及び3項の規定につき、所定の事項を記載した確定申告書の提出等がされた場合に限り適用するものと定めているところ、当該繰越使用に係る手続要件についても、上記と同様に、税額の計算の安定を確保し、もって租税法律関係の明確化を図る趣旨のものと解するのが相当である(下線筆者)。 (3) 所得税法95条6項の「各年」の意義 所得税法95条6項は、同条2項の規定は、繰越控除限度額に係る年のうち最も古い年以後の各年について当該各年の控除限度額及び当該各年において納付することとなった外国所得税の額を記載した確定申告書を提出した場合に限り適用するものとしているところ、当該要件は、(1)のとおり同条2項に基づき控除し得る額が前3年以内の各年の控除限度額及び当該各年において納付することとなった外国所得税の額のそれぞれに基づいて計算されることを踏まえて、その計算の基礎となる控除限度額及び外国所得税の額を当該各年分の確定申告書に記載する方法で逐次明らかにさせておくとともに、納税者に従前の控除余裕額を翌年以降の繰越使用の対象とする意思があることを各年分の確定申告書上に明らかにさせることよって、税額の計算の安定を確保し、もって租税法律関係の明確化を図ったものと解される(下線筆者)。 そうすると、所得税法95条6項にいう「各年」とは、「繰越控除限度額に係る年のうち最も古い年」、すなわち、同条2項に基づく控除を受けようとする年の前年以前3年以内であって同法施行令224条1項に基づきその年の控除限度超過額に充てられることとなる国税の控除余裕額の存在する年のうち最も古い年を始まりとして、それ以後同法95条2項に基づく控除を受けようとする年までの各年を意味するものと解すべきである。また、このような解釈は、「各年」につき開始時点以外には明確な限定を付していない同項の文理に照らしても自然なものということができる(下線筆者)。 この点につき、原告は、所得税法95条6項の「各年」とは、文理上、「繰越控除限度額が発生した年」すなわち「国税の控除余裕額が発生した年」を意味し、そのためには、その年において同条5項の要件を満たし、同条1項が適用されることが必要である旨を主張する。 しかし、(1)のとおり、所得税法95条2項に基づき控除余裕額の繰越使用により所得税の額から控除し得る額は、これを受けようとする年の前3年以内の各年の控除限度額及び当該各年において納付することとなった外国所得税の額のそれぞれに基づいて計算されるものであって、「繰越控除限度額に係る年のうち最も古い年」(すなわち、(2)のとおり、同項に基づく控除を受けようとする年の前年以前3年以内であって同法施行令224条1項に基づきその年の控除限度超過額に充てられることとなる国税の控除余裕額の存在する年のうち最も古い年)以後の各年について、その年分の所得税につき同法95条1項の適用がされたか否かにかかわらず、その年の控除限度額又はその年において納付することとなった外国所得税の額は、上記の控除し得る額の計算に影響するものである(同法95条1項の適用がされないが上記の計算に影響する例として、例えば、本件において平成20年分の所得税に関して国外所得が発生していたが、それに対応する外国所得税額の納付時期が平成21年以降となることが予想されるとした場合において、納税者としては、平成21年以降における同法95条2項に基づく従前の控除余裕額の繰越使用を見越して、平成20年分の所得税の確定申告に際して、同年分における控除限度額を記載しておくことが考えられる。)。そうすると、確定申告書に控除限度額及び納付することとなった外国所得税の額を記載すべきであるのは同法95条1項が適用される年に限られる旨の原告の主張は、このような同条2項に基づく控除余裕額の繰越使用により所得税の額から控除し得る額の計算の仕組みに照らし、根拠に乏しいものといわざるを得ない(下線筆者)。 さらに、原告の主張は、所得税法95条6項に規定する「繰越控除限度額に係る年のうち最も古い年以後の各年について」との文言について、「『繰越控除限度額に係る年のうち』『最も古い年以後の各年』について」というように、「繰越控除限度額に係る年のうち」が直後の「最も古い年」のみならずそれを超えて「各年」まで直接修飾するという解釈をするものと考えられるが、特に文言上の手掛かりがないにもかかわらずこのような解釈を採ることは、文理上困難といわざるを得ない。 もとより、原告の主張のように、所得税法95条1項が適用されずに外国税額控除が行われない年については確定申告書への控除限度額及び外国所得税の額の記載を要求せず、後に同条2項に基づく控除余裕額の繰越使用により控除を受けようとする年に、それ以前の各年に係る控除限度額及び外国所得税の額をまとめて確定申告書に記載することを要求するという手続上の仕組みも、立法政策としては考え得るところである。しかし、所得税法の規定を見ると、(2)のとおり、同法95条に定める外国税額控除に係る手続要件は、税額の計算の安定を確保し、もって租税法律関係の明確化を図る趣旨のものと解されるところであって、そのような趣旨からしても、同条6項の文理からしても、(2)のとおり、同項所定の要件は、同条2項に基づき控除し得る額の計算の基礎となる控除限度額及び外国所得税の額を各年分の確定申告書に記載する方法で逐次明らかにさせておくとともに、納税者に従前の控除余裕額を翌年以降の繰越使用の対象とする意思があることを各年分の確定申告書上に明らかにさせることによって、税額の計算の安定を確保し、もって租税法律関係の明確化を図ったものと解釈するのが合理的であり、本件においても、平成21年分の所得税について同項に基づく控除をするために、平成20年分の所得税の確定申告書(外国税額控除に関する明細書)に、その年分の控除限度額及び外国所得税の額がいずれも0であるような場合も含めてその記載を要求することは意味のないことではない(下線筆者)。 以上のとおりであるから、原告の主張を採用することはできない。 ((その2)へ続く)
#623(掲載号)
#水野 正夫
2025/06/19
会計 内部統制監査 監査 税務・会計 解説 解説一覧

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第170回】いわき信用組合「第三者委員会調査報告書(公表版)(2025年5月30日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第170回】 いわき信用組合 「第三者委員会調査報告書(公表版)(2025年5月30日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【いわき信用組合第三者委員会の概要】   【いわき信用組合の概要】 いわき信用組合は、1948(昭和23)年7月31日設立。設立時の名称は江名町信用組合。 1966(昭和41)年9月、いわき信用組合に名称変更。自己資本22,976百万円、預金残高204,164百万円、貸出残高121,586百万円。組合員数は41,810名で、その出資金は15,864万円である。経常収益は3,495百万円、経常利益は230百万円。 福島県いわき市内に14店舗、福島県双葉郡楢葉町に1店舗を有している。常勤役職員数は185名。本店所在地は福島県いわき市(令和6年3月31日現在)。 会計監査人は、2019年6月まではEY新日本有限責任監査法人、同年7月以降は鈴木和郎公認会計士事務所及び公認会計士鈴木一徳会計事務所。 いわき信用組合が2024(令和6)年11月15日に公表した不祥事は、次の三事案である。 同じ三事案について、いわき信用組合第三者委員会による事実認定は次のとおりである。   【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 2024年9月8日頃から同月30日頃にかけて、ソーシャル・ネットワーキング・サービス「X」(旧 Twitter)上に、「元信用組合職員」を名乗るアカウントから、いわき信用組合が隠蔽してきた不祥事件や不正会計(粉飾決算)について発信していく旨、並びに、三事案の存在をうかがわせる内容の投稿がなされた。同年10月2日に全国信用協同組合連合会(全信組連)仙台支店からいわき信用組合に対して上記投稿がなされている旨の情報提供がなされたため、旧代表理事らへの事実確認等の内部調査を行った結果、同月21日頃までに、三事案がいずれも概ね事実であることが判明した。 上記内部調査結果を踏まえ、いわき信用組合は、東北財務局福島財務事務所に対して不祥事件の届出を行うとともに、当該事案の重大性に鑑み、事実関係の調査、類似事案の有無の調査、原因分析及び再発防止策の検討を行いステークホルダーに対する説明責任を果たすため、2024年11月15日、いわき信用組合と利害関係のない外部専門家のみで構成される第三者委員会を設置し、同日、その旨を公表した。 2 第三者委員会の調査遂行上の問題点 第三者委員会は、調査結果の説明に先んじて、調査を受ける側のいわき信用組合の姿勢について、「組合の対応は、自ら積極的に事実関係を明らかにしようとするものとは真逆であり、意図して全体像を隠そうとしていると疑わざるを得ない」として、具体的には、 が頻繁に繰り返されたことを指摘するとともに、次のような証拠資料の隠滅処分や虚偽説明があったことを指摘している。 3 第三者委員会による調査の結果判明した事実 (1) 甲事案にかかる調査結果の概要 第三者委員会が、時系列に沿ってまとめた調査の結果の一部を引用する。 第三者委員会は、X1社グループへの不正融資により外部に流出した金額を複数の手法で推計して、最少で2,151百万円、最大で2,298百万円であるとした調査結果をまとめているが、これは、いわき信用組合による説明よりも「格段に規模の大きな不正融資」であったことを確認している。また、不正融資の実行には、融資申込書の作成、営業店における稟議書の作成、本部における審査、融資実行後の払出し、金銭の運搬・保管等の手続が必要となることから、不正融資には多数の役職員が関与していたほか、多数の役職員が少なくともその存在を認識し、又は推測していたことも明らかとなったとしている。 さらに調査によって解明できなかった点について、第三者委員会は、不正融資によって捻出した資金のうち、8.5億円から10億円の使途が明確になっていないことを挙げ、X1 社グループとは異なる別の企業・団体に資金提供が行われている可能性や、役員による横領の可能性も排除することはできないとしている。 (2) 乙事案にかかる調査結果の概要 第三者委員会は、調査の結果、Y氏による横領行為の発生期間は少なくとも2010年2月18日から2014年8月25日までのα支店及びβ支店在籍時であり、横領金額は少なくとも1億9,582万8,147円であること、その手口としては、①個人ローンを利用した横領、②預金担保付手形貸付(部店長決裁の融資)を利用した横領、③定期預金の解約・着服による横領があったことが判明したとしている。 また、第三者委員会は、Y氏の動機として、ギャンブルに大きな金額を賭けていく中で自己資金や借入金を費消してしまい、その穴埋めをするため、及び、ギャンブルに使用する新たな原資を得るためであったと認定するとともに、横領の発覚防止等の観点から、融資実行額の一部を既存の横領取引の返済に充てるなどしており、実際の資金の流れは相当複雑であり、横領に係る融資実行額と実際の横領金額(Y氏が費消したと思われる金額)との間には乖離があったことが判明したとしている。 さらに、第三者委員会の調査の結果、Y氏による横領行為は2回にわたっているが、その行為は当時の代表理事らによって隠蔽されたうえで、1回目は役員らの資金提供によって、2回目は本部の手持ち現金を流用した後、無断借名融資の手法を利用して捻出した資金によって穴埋めされ、Y氏自身が何らかの処分を受けることもなかったことが判明しているが、第三者委員会は、「役員らの資金提供による穴埋め」については、役員らの証言を裏付ける資料がなく、各自の提供金額の大きさからしても、自己資金及び親族からの借入によって直ちに容易に準備できるとは言い難いなど、不自然さを指摘している。 (3) 丙事案にかかる調査結果の概要 第三者委員会は、調査の結果、2009年6月に、いわき信用組合職員のZ氏が、支店内の金庫から20万円を横領または窃盗した後、返却したため、当時の支店長の判断において本部報告しなかったものであるといういわき信用組合による報告内容について、概ね事実であると認定したうえで、丙事案は、現在から15年以上前の事案であることに加え、いわき信用組合の一部の役員において当該事案を認識していたにもかかわらず、丙事案の発覚に伴い甲事案も発覚することを恐れ、当局へ丙事案の報告を行わず、報告書等の関係書類も作成していなかったことから、客観証拠としての証憑類が乏しいことを指摘している。 (4) 第三者委員会による調査の到達点 第三者委員会は、調査の結果、乙事案及び丙事案については概ね事実経過を確認することができたと考えられるが、甲事案すなわち不正融資の点については全容が明らかとなったとは言いがたいと評価し、その理由として、不正融資により捻出された金銭の使途として、X1社グループへの提供、乙事案に関する横領の補填、不正融資の利払いという3点では説明のできない約8.5億円から10億円に及ぶ使途不明金の行方が全く明らかとなっていないことを挙げるとともに、X1社グループへの提供額についても、その合計額が約11億円であるという当組合の説明を裏付ける客観資料は確認できず、こうした事実を認定するには至らなかったことを挙げている。 4 不正行為の原因(原因分析)(調査報告書179ページ以下) 第三者委員会は、発生原因の分析を、(1)三事案共通の原因、(2)甲事案、(3)乙事案、(4)丙事案に分類し、これらが生じた原因及びそれが長期間にわたり隠蔽され続けた原因などを分析しているので、これに沿って、分析内容を見ておきたい (1) 三事案共通の原因 第三者委員会が「三事案共通の原因」として挙げた項目を列挙する。 第三者委員会の原因分析では、2004年から理事長を務め、今回の不祥事発覚を機に引責辞任した元会長の江尻次郎氏による「人事権の掌握」を背景としたパワーハラスメントが生み出した「常軌を逸した上意下達の組織風土」という強い言葉が目に付く。 こうした組織風土は当然のように、「内部統制システムの機能不全」につながる。 第三者委員会は、本来、不祥事案を防止し、あるいは早期に発見するために機能すべき部門の構成員が不正行為そのものに関与し、また隠蔽にも積極的であったことから、監督体制が機能することはなかったと評価している。 (2) 甲事案 次いで、第三者委員会は、甲事案に特有の原因として、次の3項目を挙げている。 ここでは、「経営判断の合理性の著しい欠如」という第三者委員会の指摘を見ておきたい。第三者委員会は、X1社グループへの不正融資により当面の窮地を乗り切った上で経営の改善を図ることで、将来的には、正規融資債権及び本件不正融資により生じた債権を回収する旨の構想を立てていたようであるとしたうえで、X1社グループの業況は回復の兆しを見せず、毎月の運転資金にも窮する状況となっていたことから、それに対応するための場当たり的な融資がなされていたというのが実態であり、実現可能性のある事業計画に基づいて計画的な融資が行われていたとは認められないと断じている。実際に、X1社グループへの正規融資の残高は、2003年3月末時点で約47.7億円であったものが、2007年3月末には約53.9億円と増加している中での本件不正融資(迂回融資及び無断借名融資)は、計画性のない先延ばし・延命措置であったと評価されてもやむを得ず、経営判断としての合理性を見出すことは不可能であるという判断を示している。 そのうえで、第三者委員会は、2007年及び2008年頃に多数の無断借名融資を実行するという著しく合理性を欠いた経営判断がなされたことが、その後長期間にわたり多数の役職員を不正融資に関与させるという極めて問題ある事態を生じさせる大きな原因となったものと考えられると締めくくっている。 また、第三者委員会のヒアリングに対し、元会長の江尻次郎氏が、無断借名融資を含む迂回融資の実行について、「組合を守るためには仕方ない」、「いわきの中小企業のため組合が潰れるわけにはいかない」という趣旨の回答をしていることを取り上げ、顧客に直接迷惑をかけないのであれば組合の利益のために不正を働くのはやむを得ないという思想が根付いていたと指摘したうえで、不正融資によりいわき信用組合の資産・財産が流出し、毀損することの不利益という観点が欠如しているし、また、最終的にまさに今般のように不正が発覚した際に当組合の存続に危機が生じるほどの大問題となることは免れないという観点も欠如していると批判するとともに、組織防衛のためなら不正はやむを得ないとする圧力や不正の正当化が甲事案の発生と長期的な隠蔽の原因となっていると評価している。 (3) 乙事案 乙事案について、第三者委員会は、次の3項目を原因として挙げている。 第三者委員会は、いわき信用組合が、甲事案の不正行為をしていなければ、乙事案が発生・隠蔽されることもなかったと指摘した後、「横領発覚後の不適切な対応」として、1回目の横領行為の発覚時点で正当な懲戒処分等がなされていれば、少なくとも更なる横領は行われなかった可能性が高いし、不正行為を詳細に調査公表しておけば、横領可能な管理体制や手続体制を見直すことができたものであり、再度の横領がなされなかった可能性は高いと、いわき信用組合の対応を批判している。 (4) 丙事案 丙事案について、第三者委員会は、次の2点を原因として挙げている。 (5) 外部監査の機能不全 さらに、第三者委員会は、会計監査人による外部監査の問題点についても、6項目にわたって列挙している。 そのうえで、第三者委員会は、適切な会計監査が行われていたか否かを判断する際のポイントとして、次の6項目を挙げている。 なお、第三者委員会は、いわき信用組合において、適切な会計監査が行われていたかどうかについては、コメントしていない。 5 再発防止策の提言(調査報告書196ページ以下) 第三者委員会は、再発防止策を「基本的な考え方」と「具体的な再発防止策」とに分け、以下のように提言しているので確認しておきたい。 (1) 基本的な考え方 (2) 具体的な再発防止策 上記(1)の「基本的な考え方」を踏まえ、第三者委員会は、次のように具体的な再発防止策の提言を行っている。   【調査報告書の特徴】 213ページに及ぶ大部の調査報告書では、第三者委員会の調査に対するいわき信用組合の役員らの非協力的な対応、証拠隠滅行為や虚偽説明などが繰り返し説明されている。第三者委員会の設置を公表したときに当時の理事会会長が引責辞任し、調査報告書公表時には、理事長以下6名の理事と常勤監事1名が引責辞任をして、一応の経営責任を果たしたことになってはいるものの、第三者委員会が調査しきれなかった約10億円とも推定されている使途不明金の行方をどうするのか、本稿執筆時点までに、いわき信用組合はなんら公表をしていない。 いわき信用組合のサイトでは、新理事長である金成茂氏によるあいさつが公表され、「今般の不祥事は、強大な権力による支配によって、組織の正義が捻じ曲げられるように、権力のしたで、事実よりも権力の都合が優先される構造にありました」と原因を分析したうえで、「各人が損得や組織の都合よりも善悪の峻別(判断)を第一に考えられるような コンプライアンス意識を醸成し、対話を通した風通しの良い『コンプライアンスを最優先する組織風土づくり』を最重要課題と位置付け取り組んでまいる所存です」と再発防止に向けた決意を語っているものの、第三者委員会による調査結果については特に言及していない。 1 横領行為に及んだY氏からの資金の回収 第三者委員会の調査の結果、2度の横領行為発覚にもかかわらず、まったく処分されることがないまま2回目の横領発覚の翌年に退職したY氏は、横領の大半については資力の問題から返済はしていないのみならず、いわき信用組合からY氏に対して返済を請求したこともなかったことが判明している。 約2億円という巨額の横領事件にもかかわらず、なんらの処分を受けることもなく、横領した金員については、当時の役員らが資金提供をして、または、無断借名融資によって穴埋めをしていたという事実認定だけでも驚きだが、退職後のY氏について、いわき信用組合の当時の役員は、さらなる支援を行っていたことがわかっている。 乙事案を把握していた当時の役員らは、遅くとも2015年中に、Y氏自身の資力では横領金の返済はほぼ不可能であることから、会社を設立させて不動産関係の事業を行わせて収益を上げさせ、当該収益の中から当組合に横領金を返済させていくという方針を決め、実際に会社を設立したうえで、7,700万円を融資して3棟のアパート経営に当たらせた。 しかし、いわき信用組合が想定していた、不動産経営による収益の中から横領金を返済させるという計画は実現できず、2018年4月に3棟のアパートをすべて売却するとともに、融資金をすべて回収した。 第三者委員会による調査報告書では、Y氏は、いわき信用組合が無断借名融資を行っていることを把握し、その方法を模倣することで横領行為を重ねるに至ったこと、いわき信用組合としても、Y氏の横領行為が発覚すれば、甲事案も連鎖的に発覚しかねないとの懸念から、乙事案を隠蔽していたことが説明されているが、退職後も含め、Y氏に対するこうした処遇が、乙事案の発覚を防ぐことだけを理由として行われてきたとは信じがたいところである。 2 東北財務局による業務改善命令 いわき信用組合は、第三者委員会による調査結果を公表した同じ日に、「当組合に対する業務改善命令について」と題する文書をリリースし、東北財務局から、以下の内容の業務改善命令を受けたことを公表した。 3 役員による経営責任 いわき信用組合は、調査報告書の公表に合わせて、「新たな経営体制には、全国信用協同組合連合会からの新役員招聘とともにガバナンス及び内部管理業務に豊富な経験と知見を持つ外部人材2名を非常勤理事に迎えた新陣容をもって経営管理態勢を刷新してまいります」と説明しており、組合のサイトでは、新理事長である金成茂氏の「あいさつ」を読むことができるが、新しい経営体制はまだ公表されていないようである。 なお、公表されている最新の役員リストである2024(令和6)年7月1日現在の役員については、次のとおり、14名のうち8名が引責辞任をしている。 (了)
#623(掲載号)
#米澤 勝
2025/06/19
会計 税務・会計 解説 解説一覧

〈会計基準等を読むための〉コトバの探求 【第11回】「「減価償却」と「正規の減価償却」」

〈会計基準等を読むための〉 コトバの探求 【第11回】 「「減価償却」と「正規の減価償却」」   公認会計士 阿部 光成   ◆はじめに 「企業会計原則」は、定額法、定率法等の一定の「減価償却」の方法を規定している(「企業会計原則」第三 貸借対照表原則、五)。 一方、「減価償却に関する当面の監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第81号)では、「正規の減価償却」という用語が用いられている。 そこで今回は、「正規の・・・減価償却」という用語の意味について取り上げる。   ◆正規の減価償却 前述のとおり、「企業会計原則」は「減価償却」の用語を用いており、その注解20では、固定資産の減価償却の方法として、定額法、定率法等をあげている。 一方、「企業会計原則と関係諸法令との調整に関する連続意見書」(1960年(昭和35年)6月 大蔵省企業会計審議会)第三「有形固定資産の減価償却について」では、減価償却は、費用配分の原則に基づいて有形固定資産の取得原価をその耐用期間における各事業年度に配分することであると述べ(第一、一)、「二 減価償却と損益計算」において、次のように、「正規の減価償却」の用語を用いている(下線は筆者による)。 上記の「二 減価償却と損益計算」は、連続意見書の中でも重要な記載であり、特に、「計画的、規則的に実施」と「正規の減価償却」は、ポイントとなる用語と考えられる。   ◆「減価償却に関する当面の監査上の取扱い」 「減価償却に関する当面の監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第81号)は、数度の改正を経て現行のようになっている(本稿執筆時点での最終改正は2012(平成24)年2月14日)。 実務指針第81号は、「正規の減価償却」の用語を用いており、その意義を次のように説明している(下線は筆者による)。 減価償却は所定の減価償却方法に従い、計画的、規則的に実施しなければならず、利益に及ぼす影響を顧慮して減価償却費を任意に増減することは許されないことが、連続意見書の精神と解される。 実務指針第81号の改正に際して、「正規の減価償却」の用語を「減価償却」の用語へと改正する機会はあったと思われるが、連続意見書の精神を引き継いでいることを示すためにも、あえて「正規の減価償却」の用語を残したものと考えられる。 (了)
#623(掲載号)
#阿部 光成
2025/06/19
労務 労務・法務・経営 社会保険

給与計算の質問箱 【第66回】「育児休業明けの給与計算」

給与計算の質問箱 【第66回】 「育児休業明けの給与計算」   税理士・特定社会保険労務士 上前 剛   Q 当社の女性社員A(30歳)は以下の日程で産前産後休業と育児休業を取得し、2025年6月16日から職場復帰しました。 当社の給与計算は末締め翌月25日払いです。上記の場合における女性社員Aの2025年6月分の給与計算についてご教示ください。 A 以下に解説する。 * * 解 説 * * 1 産前産後休業期間、育児休業期間の雇用保険料 免除されないので給与を支給した場合は、雇用保険料を徴収する。   2 産前産後休業期間の社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料)の免除 会社は産前産後休業取得者申出書を年金事務所へ提出する。産前産後休業開始月から終了日の翌日の属する月の前月までの社会保険料が免除される。今回のケースにおいては、2024年5月から2024年7月までの社会保険料が免除される。   3 育児休業期間の社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料)の免除 会社は育児休業等取得者申出書を年金事務所へ提出する。育児休業等を開始した日の属する月から育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間の社会保険料が免除される。今回のケースにおいては、2024年8月から2025年5月までの社会保険料が免除される。   4 育児休業終了後の社会保険料 上記3のとおり社会保険料が免除されるのは2025年5月までなので、2025年6月分の給与から社会保険料を徴収する。産前産後休業、育児休業前の標準報酬月額にかかる社会保険料を徴収する。 〈具体例:基本給30万円、産休育休前の標準報酬月額30万円の場合〉 〔参考:令和7年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京都)〕 (※) 協会けんぽホームページより (了)
#623(掲載号)
#上前 剛
2025/06/19
労務・法務・経営 法務

税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第66回】「3種類の定期借地権とその特徴」~事業用定期借地権の契約面における留意点~

税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第66回】 「3種類の定期借地権とその特徴」 ~事業用定期借地権の契約面における留意点~   不動産鑑定士 黒沢 泰   1 はじめに 前回の連載では、定期借地権には一般定期借地権、事業用定期借地権、建物譲渡特約付借地権の3つの種類があることを紹介しましたが、それぞれの特徴については誌面の関係上、詳細は割愛させていただきました。 そこで、今回はこれらのポイントを比較するとともに、特に現在活用事例の多い事業用定期借地権について、契約面を中心とした留意点を述べておきます。   2 定期借地権の3種類 3種類の定期借地権につき、その概要を要約したものが〈資料〉です。 〈資料〉 定期借地権の種類 ここで留意すべき点は、以下のとおりです。 上記留意点のうち、①および②の書面に関する取扱いを確認する意味で、以下に借地借家法第22条および第23条の規定を掲げておきます(下線は筆者によります)。 これらの条文を対比させてみれば、次のとおり相違点があることが明確となります。   3 事業用定期借地権の地代についての留意点 前回も簡単に述べましたが、事業用定期借地権設定契約に関し、借地権者の事業収益との関連からその負担力に見合った地代が設定されている場合には、当該地域の標準的な地代水準よりも相対的に高く、なかには従来から供給されてきた普通借地権の利回りに比べて著しく高いものも見受けられます。 このようなケースにおいては、高い利回りの地代が将来にわたって継続するか否かの分析や借主からの解約申入れの可否、その際の違約金条項等についての確認が必要となります。 不動産鑑定士が事業用定期借地権の地代について意見を求められた場合、近隣水準との比較だけでなく、相対的に高い水準となっている場合には将来にわたりそれが維持される可能性についての検討も必要となってきます。 もちろん、将来のリスクを予測することは容易ではありませんが、契約上、リスクを回避する手段が講じられているか否かによってもアドバイスの内容も異なってくるものと考えられます。 (了)
#623(掲載号)
#黒沢 泰
2025/06/19
労務・法務・経営 法務

《税理士のための》登記情報分析術 【第25回】「相続登記について」~不動産の調査~

《税理士のための》 登記情報分析術 【第25回】 「相続登記について」 ~不動産の調査~   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   被相続人が所有する不動産を正確に調査し、漏れなく相続登記を行わないと、不動産の活用や売却を円滑に行うことができない場合がある。正確な調査のためには登記制度に関する知識が必要になるため、本稿において解説を行う。   1 不動産の登記記録は筆、棟ごとに存在する 不動産の登記記録は、土地であれば「筆」ごと、建物であれば「棟」ごとに存在している。一軒家は外観としては1つの土地の上に建物が建っているように見えるが、実は土地がいくつかの筆に分かれていることはよくある。 また、外観では公道に面しているように見える土地でも、登記記録では公道に出るために私人が所有権を持つ「私道」を通る必要がある場合もある。 【公道に出るために私道を通る必要がある土地のイメージ】 被相続人が所有する不動産の一部でも漏らしてしまうと、相続人の土地利用を妨げたり、資産価値を毀損してしまう可能性もある。不動産調査は価値の大小にかかわらず慎重に行うべき業務であるといえる。   2 不動産の調査方法 被相続人が所有する不動産の調査方法としては次のような資料が役に立つ。 (1) 固定資産税の課税明細書 固定資産税の課税のために市町村より送付されてくる固定資産税の課税明細書を不動産調査に利用しているという方も多いと思われる。注意が必要なのは、固定資産税の課税明細書には被相続人が所有するすべての不動産が記載されているとは限らないという点である。市町村により異なるが、私道の持分や評価額が低い農地など固定資産税の課税対象とならない不動産については記載がされないことがある。 (2) 名寄帳 名寄帳とは、市町村が所有者ごとに固定資産税を課税している不動産を一覧にまとめたデータベースである。名寄帳を請求することで、その市町村にある被相続人が所有する不動産を調査することができる。「詳細な所在は分からないが、○○市に不動産を持っていると生前に言っていた。」というような曖昧な情報しかない場合でも、市町村に名寄帳の請求を行うことで調査を行うことができる。 なお、名寄帳についても固定資産税の課税明細書と同様に、市町村によっては、固定資産税が課税されていない不動産については記載されていないケースがあることには注意が必要である。 (3) 法務局に備え付けられた地図(公図) 司法書士は被相続人の不動産調査を行う場合、法務局に備え付けられている地図(公図)を活用することがある。作成された年代により精度に違いがあるが、土地ごとの位置関係などが参考になる。 活用方法としては、被相続人の所有であることが分かっている土地の隣接地を地図で特定し、隣接地の不動産の登記記録をすべて取得するのである。こうすることで、非課税のため固定資産税の課税証明書に記載がされていない土地でも、被相続人の所有する不動産であることが判明することがある。 【地図を使った隣接地調査のイメージ】 (4) 登記識別情報通知、登記済権利証 登記識別情報通知や登記済権利証をチェックすることで、把握していなかった被相続人が所有する不動産を発見することもある。古い登記済権利証は判読が難しいが、司法書士の力を借りてチェックするとよいだろう。   3 遺産分割の再協議が必要になることも いったん遺産分割協議がまとまった後に被相続人の不動産が漏れていたことが分かった場合、当該不動産について遺産分割の再協議が必要になることもある。相続人間の関係性が良好ではない場合は、容易にはまとまらない可能性もあることは、税理士としても認識した方がよいだろう。   (了)
#623(掲載号)
#北詰 健太郎
2025/06/19
読み物 連載

《顧問先にも教えたくなる!》資産づくりの基礎知識 【第24回】「知っておきたい“長期投資が継続できなくなるケース”」

《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第24回】 「知っておきたい“長期投資が継続できなくなるケース”」   株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝   〇長期投資における重要なポイント 投資においては、できるだけ成長期待値が高い投資先に投資をすることが重要です。ただし継続的に成長期待値が高い国、産業等がどこなのかは断定できないので、複数の投資先に分散投資をすることが有効です。またそのためには、個別銘柄ではなく投資信託の活用の方が一般的です。 また市場の変動は読めないので、少額を毎月定額積立で購入するドルコスト平均法が有効であるといわれています。またコストは、利益を減らす原因となるため、できるだけ低コストの投資信託、さらに税金の優遇が採られている国の制度を優先して利用します。 特に投資を仕事としない人の場合、投資における作業に費やす時間もコストのうちですから、あまりここもかけたくありません。つまり、希望にあった投資信託をできるだけ長く持ち続けることも長期投資における重要なポイントにもなります。 しかしながら、投資家の意に反して投資が継続できなくなることがあります。国の制度であるNISAやiDeCoであっても、運用会社の都合あるいは管理会社(ここでは運営管理機関)の都合で、投資が継続できなくなるケースがあるので、今回はその代表例として2つのケースを紹介します。いずれも直近実際に話題となった事例です。   〇投資信託の運用が終了するケース 1つ目は、運用会社の業務終了に伴い投資信託の運用が終了するケースです。運用会社であるペイペイアセットマネジメントが今年(2025年)の9月末で業務を終了するため、同社が運用する投資信託全12本の終了手続きが今まさに行われています(本稿執筆時点(2025年6月10日)の情報となります。以下同様)。該当する投資信託の中には、つみたてNISAあるいは現行NISAのつみたて投資枠の運用商品としてセレクトされていたものもあります。 まず4本の投資信託については、今年3月に繰上償還が行われました。繰上償還とは、運用を終了し受益者に信託財産が返還されることです。金融機関のタイミングで保有していた投資信託が売却され、手元にキャッシュが払い込まれる状態です。 3本の投資信託は、運用会社が変更される予定です。このファンドを保有している方には、約款変更の賛否についての問い合わせが行われています。賛成3分の2で決定ですが、運用会社からのお知らせに気づかないまま何も手続きをしないという場合は、賛成とみなされます。約款によって運用方針や運用コストが変更になる可能性が高いですから、慎重に対応したいところです。 残りの5本は、別の運用会社に移管される予定で、今まさにその議決が行われているところです。現時点では、運用方針の変更も起こりうること、移管に充分な賛同がなければ、運用が終了することなどが発表されています。 このように、運用会社そのものがなくなってしまうと、その投資信託も終わってしまう可能性があります。ペイペイアセットマネジメントについては、昨年10月に業務終了のお知らせがリリースされましたので、およそ1年をかけて様々な手続きが行われています。   〇「運用商品除外」のケース 2つ目は、確定拠出年金に限った「運用商品除外」のケースです。もともと確定拠出年金は、運用に不慣れな人でも運用商品の選択ができるようにと各金融機関(運営管理機関)が選択する運用商品の数が35本までと決められています。 そのため、仮により低コストや高パフォーマンスの運用商品が出たとしても単純に運用商品数を追加して増やすことができず、ある商品を除外して空いた分で追加するという作業が必要になってきます。 こちらについても直近楽天証券が同社のiDeCoの商品36本中9本を除外するという方針を突如発表し、投資家に混乱が生じたという事例があります。 商品除外は、該当商品を保有している投資家に、除外方針に賛同するのかどうかの意見を求める必要があります。3分の2以上の賛成があってはじめて除外が決定されるのですが、除外理由についての適切な説明がなかったこと、除外に賛同するかどうかの回答期限が非常に短かったこと等を受け、投資家からの問い合わせが殺到し、現在除外に関するすべての手続きが保留となっています。 仮に除外が決定すると、投資家は新規の積立ができなくなってしまいます。過去購入した分の運用が終了してしまうわけではありませんが、やはり今後も運用を継続したいと思っている方にとっては不利益となり得る事案です。 特に、除外が決定したことを知らないままでいると、毎月の掛金での新規の積立ができなくなるのでその資金は現金のまま「未指定資産」として残ってしまいます。放置すれば放置するだけ、機会損失につながります。 このように、長期運用をとうたいながらも、投資家が望まないところで運用が中断してしまうケースがあるということはぜひみなさんにも知っていただきたい事実です。   〇情報に気を配り適切な対応を 運用会社の突然の業務終了、運営管理機関の商品除外の提案など、予測することは不可能ですが、それでも金融機関からのお知らせには常に目を通し、少なくとも必要な手続きをしないまま、現金化されてしまったり、そのまま運用されないお金で残ってしまったりしないように気をつけなければいけません。 どのような場合であっても投資家にとって期せずして投資信託の運用が中断するということは、1つもメリットがありません。自己防衛として運用が終わってしまうケースがあることの理解と、常に情報を入手しながら適切な行いを採るよう心がけることが重要ではないかと思います。 なによりも、資産運用が当たり前の世の中になってきていることを考えると、納得感のない仕組みはやはり整備する必要があると思いますし、より良い投資環境は自らが創るという意識も必要かと考えます。 (了)
#623(掲載号)
#山中 伸枝
2025/06/19
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プロフェッションジャーナル No.622が公開されました!~今週のお薦め記事~

2025年6月12日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.622を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
#Profession Journal 編集部
2025/06/12
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谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」 【第37回】「国税通則法105条(104条、106条~113条の2)」-執行不停止原則とその例外-

谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第37回】 「国税通則法105条(104条、106条~113条の2)」 -執行不停止原則とその例外-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   国税通則法105条(不服申立てと国税の徴収との関係)   1 はじめに 国税通則法第8章(不服審査及び訴訟)第1節(不服審査)第1款は、不服審査に関する「雑則」を定めている。今回は、「雑則」で定められている諸規定(104条~113条の2)のうち、本連載における筆者の問題関心の中心にある国税通則法の「構造」(第1回とりわけ同3参照)と深く関連すると思われる「不服申立てと国税の徴収との関係」に関する同法105条の規定について、執行不停止原則とその例外を検討する。 その検討に入る前に、執行不停止原則(税通105条1項本文)に係る用語について、それぞれの意味を確認しておくと、次の解説がされている(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和7年改訂・18版〕』(大蔵財務協会・2025年)1310頁。武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)4877頁も参照)。   2 執行不停止制度の沿革 執行不停止原則は、国税通則法制定前は、国税徴収法(昭和34年法律第147号。昭和37年法律第67号による改正前のもの)166条3項で「再調査の請求」(国税通則法制定後の「異議申立て」の前身)について、同法167条4項で「審査の請求」について定められていたが、当時の制度とその実際の運用について税制調査会「国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)」(昭和36年7月。以下「昭和36年答申別冊」という)127-128頁は次のとおり述べていた(下線筆者)。 税制調査会は執行不停止制度の改正について、「異議の対象となっている処分の性格及び執行停止に伴う影響を具体的に考察する見地から」(「昭和36年答申別冊」129頁)、「処分によって実現が意図される行政目的と不服申立人の利益との衡量において」(同頁)、基本的には当時の(訴願法に代わる)行政不服審査法案の原則によることとしつつ「税務争訟の特殊性に着目して」(同頁)次の基本的立場(同頁)を示した。 この基本的立場に立つ税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)24-25頁を受けて国税通則法84条が定められたが、この規定に基づく「不服申立てと国税の徴収との関係」に関する制度は、国税不服審判所創設の直接の基礎となった税制調査会「税制簡素化についての第三次答申」(昭和43年7月。以下「昭和43年税制簡素化答申」という)53頁でも次の理解・評価(下線筆者)に基づき維持されることとされた。 国税通則法84条は昭和45年改正(昭和45年法律第8号)により条名が「第105条」に変更され、国税不服審判所の創設に伴う所要の改正(後記4の④⑤参照)を施されたほか、その後の若干の改正を経て、現行同法105条となっている。   3 執行不停止原則の根拠とその例外の性格 不服申立てにおける執行不停止原則は、既にみたとおり、「行政の運営を不当に阻害する結果となる虞れ」(「昭和36年答申別冊」127頁)や「濫訴の弊」(同頁)の防止を根拠にして、「処分によって実現が意図される行政目的と不服申立人の利益との衡量において」(同129頁)立法政策的に定められたものであると解される。 もっとも、かつては、「行政処分一般の実効力ないし執行力を理由として執行不停止を原則とすべきであるとする説」(「昭和36年答申別冊」129頁)があった(田中二郎『行政法総論』(有斐閣・1957年)276頁は行政行為の「自力執行力」の意味で「実効力」という語を用いていたが、今村成和=雄川一郎『国家補償法・行政争訟法』(有斐閣・1966年)198頁[雄川執筆]はこれを「公定力」として理解していたようである。塩野宏『行政法Ⅰ〔第6版補訂版〕行政法総論』(有斐閣・2024年)174-175頁、宇賀克也『行政法概説Ⅱ 行政救済法〔第7版〕』(有斐閣・2021年)300頁も参照)。しかし、その後、その説は次のような理解(今村=雄川・前掲書198頁[雄川執筆])に基づき克服されたと考えられる。 ただ、行政法学説においては、それにとどまらず、次のとおり執行停止原則を説く見解(今村成和=畠山武道(補訂)『行政法入門〔第9版〕』(有斐閣・2012年)215-216頁。下線筆者)が「少なくない」(宇賀・前掲書66頁)といわれている。 この見解に照らして国税通則法上の執行不停止原則(105条1項本文)を検討してみると、「昭和36年答申別冊」の前記の根拠は、国税不服審判所長に対する審査請求については妥当するのに対して、税務署長等に対する再調査の請求については妥当しないように思われる。というのも、国税不服審判所が執行機関から分離された裁決機関であり準司法機関であることを考慮すると、その機能に関する見直し機能説(松沢智『新版 租税争訟法―異議申立てから訴訟までの理論と実務―』(中央経済社・2001年)34頁等参照。この説が妥当でないことについては第35回3参照)の立場に立つのでなければ、税務署長等による処分は審査請求の段階では「最終的なもの」となっていると考えることができるのに対して、再調査の請求の段階では、不利益変更の禁止(税通83条3項但書)の制限に服するものの、「まだ最終的なものとなっていない」と考えることができるからである。なお、このように考えると、「昭和36年答申別冊」の前記の根拠と同様の根拠が、今日でも、取消訴訟の提起に係る執行不停止原則の根拠として説かれていること(芝池義一『行政救済法』(有斐閣・2022年)146頁参照)は容易に理解できよう。 もっとも、国税通則法上の執行不停止原則の根拠について再調査の請求と国税不服審判所長に対する審査請求とを区別して議論することには、立法政策的にみて、実益は余りないように思われる。というのも、国税通則法は、行政不服審査法(25条1項)と同様、執行不停止原則を定めているが、しかし、行政不服審査法(同条2項~4項)と比べて広く執行停止措置を定めており、当該各措置に関しては、次の4の最後に述べるように、実質的には執行停止原則を採用したものとみてよいように思われるからである。次の4では、まず、国税通則法が「例外的に」定める執行停止措置についてみておくことにしよう。   4 国税通則法上の「例外的」執行停止措置 国税通則法上の執行停止措置は次のとおりである。すなわち、①換価の停止(税通105条1項但書)、②再調査審理庁又は国税庁長官(以下「再調査審理庁等」という)による徴収の猶予・滞納処分の続行停止(同条2項)、③再調査審理庁等による差押えの猶予・解除(同条3項)、④国税不服審判所長による徴収の所轄庁に対する徴収の猶予・滞納処分の続行停止の要求(同条4項)、⑤国税不服審判所長による徴収の所轄庁に対する差押えの猶予・解除の要求(同条5項)である。 上記の各措置のうち、執行不停止原則(税通105条1項本文)に対置されるべき本来的な執行停止措置は、①換価の停止である。これは、「差押えまでの執行を認めて国庫の利益を確保し、換価手続の執行停止により、納税者が不服を認容された場合、回復できない損害を受けないように、国庫と納税者の利益との調整を図つたもの」(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])KA976~1050頁[中川一郎執筆]。「昭和36年答申別冊」127頁も参照)であり、不服申立人の権利利益を保護するために、不服審査機関(再調査審理庁等及び国税不服審判所長)の判断によらず、原則として執行停止を認める措置であり、滞納処分のうち換価以後の手続について執行停止原則を採用したものといえよう(宇賀・前掲書302頁のほか、中川=清永編・前掲書K339頁[清永敬次執筆]も参照)。 これに対して、①以外の執行停止措置は、不服審査機関の判断に基づく執行停止措置であるが、これを個別的にみておこう。まず、再調査審理庁等に対する不服申立てにおいては、②徴収の猶予・滞納処分の続行停止は、再調査審理庁等が「必要があると認める場合には」(不服審査基本通達(国税庁関係)105-2参照)、再調査の請求人等の申立てにより又は職権で、「国税の徴収」(税通第3章第2節)すなわち「納税の請求」(同節第1款。納税の告知、督促等)及び「滞納処分」(同節第2款)を猶予すること、又は「滞納処分手続を申立てがされた時点で固定すること」(武田監修・前掲書4881頁)を意味する。 また、③差押えの猶予・解除は、再調査の請求人等が担保を提供して、滞納処分による差押えをしないこと又はその解除をすることを求めた場合において再調査審理庁等が「相当と認めるときは」(不服審査基本通達(国税庁関係)105-3参照)その求めに応じ徴収の所轄庁に差押の猶予・解除を命じなければならないこと(税通令37条1項)を意味する。 次に、国税不服審判所長に対する審査請求においては、④徴収の所轄庁に対する徴収の猶予・滞納処分の続行停止の要求は、国税不服審判所長が「必要があると認める場合には」、審査請求人の申立てにより又は職権で、国税の徴収の猶予又は滞納処分の続行停止を徴収の所轄庁に求めることができることを意味し、その法律効果として、徴収の所轄庁はその求めに応じなければならない(税通105条6項)。 また、⑤徴収の所轄庁に対する差押えの猶予・解除の要求は、審査請求人が徴収の所轄庁に担保を提供して、滞納処分による差押えをしないこと又はその解除をすることを求めた場合において国税不服審判所長が「相当と認めるときは」(不服審査基本通達(国税不服審判所関係)105-2参照)、差押えの猶予・解除を徴収の所轄庁に求めなければならないこと(税通令37条1項)を意味し、その法律効果として、徴収の所轄庁はその求めに応じなければならない(税通105条6項)。 以上の各措置は、確かに、執行不停止原則(税通105条1項本文)との関係では「例外的」執行停止措置として性格づけられるべきものではあるが、しかし、「処分の執行が差押えに止まり、また、担保の提供によりそれをも免れうるものとすること」(「昭和43年税制簡素化答申」53頁)という国税通則法制定当初からの基本的立場(前記2参照)を継承した措置として、実質的には執行停止原則を定めたものとみてよいように思われる。 上記の基本的立場は、税制調査会が「税務争訟の特殊性に着目して」(「昭和36年答申別冊」129頁)示したものであるが、ここでいう「税務争訟の特殊性」は、税務争訟が、処分の手続的違法が争われる場合を除き、納税義務という一種の金銭債務(法定金銭債務)の存否及び範囲をめぐる争訟であり、その対象となる金銭債務それ自体は担保の実行による代替的履行が可能な債務であることを意味するものと解される。 このような「特殊性」をもつ税務争訟については、執行不停止原則を厳格に貫く必要性は大きくなく、むしろ処分の執行停止を原則とする方が合理的かつ妥当であるという立法政策的判断が、前記の基本的立場の基礎にあるものと考えられる。そのような判断は、裁決機関としての国税不服審判所における審査請求についても、再調査の請求の場合と基本的に同様に妥当するであろうし、そのための担保措置が前記の④及び⑤において国税不服審判所長から徴収の所轄庁への要求とこれに対する徴収の所轄庁の応答義務(税通105条6項)という形で具体化されていると考えるところである。 (了)
#622(掲載号)
#谷口 勢津夫
2025/06/12

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