件すべての結果を表示
法人税
税務
税務・会計
解説
解説一覧
〔理解を深める〕研究開発税制のポイント整理 【第1回】「過年度改正の流れを整理する」
〔理解を深める〕 研究開発税制のポイント整理 【第1回】 「過年度改正の流れを整理する」 税理士法人山田&パートナーズ 税理士 吉澤 大輔 1 はじめに 平成25年度税制改正においても、研究開発税制に一部改正が行われている。 政策税制としての研究開発税制は、景気の波を受け、ここ数年で多くの改正が行われており、その制度内容が非常に複雑となってきている。 そこで本連載の第1回では、複雑となった制度内容を、制度の沿革と照らし合わせながら整理していきたい。 なお研究開発税制は、「所得税の税額控除」「法人税の税額控除」のそれぞれに規定が設けられているが、本稿では「法人税の税額控除」の規定にのみ焦点を当てることにする。 2 現行制度のあらまし 研究開発税制(試験研究を行った場合の法人税額の特別控除:措法42の4)は、本体部分(恒久的措置)の「試験研究費の総額に係る税額控除制度」「特別試験研究費に係る税額控除制度」「中小企業技術基盤強化税制」と上乗せ部分(時限措置)の「試験研究費が増額した場合等の税額控除制度」の4つの制度によって構成されており、本体部分の制度にはそれぞれ「税額控除限度超過額の繰越控除制度※」が設けられている。 ※本稿では、「繰越中小企業者等税額控除限度超過額の繰越控除制度」を含むものとする 本体部分は研究開発支出の「総額」の一定割合を税額控除する【総額型】と呼ばれ、現行の研究開発税制の柱となっている。 上乗せ部分は本体部分と別枠で計算し、税額控除の「型」としては、過年度に比べ増加した研究開発支出部分の一定割合を税額控除する【増加型】と、当期の売上高に対してより多く研究開発支出した部分の一定割合を税額控除する【高水準型】の2つが設けられており、税額控除をする上では、いずれか有利な「型」を選択適用することとされている。 3 制度創設から現在までの改正点を確認 (1) 平成15年度税制改正 平成15年度税制改正は、現行の研究開発税制の柱である「総額型」が導入された非常に重要な年度である。 創設された制度は「試験研究費の総額に係る税額控除制度」「特別試験研究費に係る税額控除制度」「税額控除限度超過額の繰越控除制度」であり、従来から設けられていた「中小企業技術基盤強化税制」は、その制度内容が拡充された。 【参考図】 (財務省「平成15年度税制改正パンフレット」より) なお、この平成15年税制改正に関する考え方について平成14年10月17日に税制調査会会長談話が公表されている。 (2) 平成18年度税制改正 研究開発税制が創設された昭和42年から本制度の柱であった「増加試験研究費の税額控除制度」(旧増加型)は、平成18年3月31日の適用期限の到来をもって廃止された。 一方で、今後も民間の試験研究費を増加させるインセンティブを付与するとの観点から、本体部分に上乗せする制度として「試験研究費が増額した場合等の税額控除制度」(増加型)が創設され、「総額型」と「増加型」が統合されたのである。 【参考図】 (財務省「平成18年度税制改正パンフレット」より) (3) 平成20年度税制改正 税額控除限度額まで税額控除を行っている企業が増加していることを鑑みて「試験研究費が増額した場合等の税額控除制度」が改組された。 「増加型」に加えて「高水準型」を設け、さらに「総額型」と「増加型・高水準型」の税額控除額を別枠で計算することにしたのである。 別枠で計算することで、改組前は「増加型」と「総額型」の税額控除の合計額について当期法人税額の20%相当額の税額控除限度額が設けられていたが、改組後は「増加型・高水準型」について新たに税額控除限度額を設け、「総額型」の税額控除制度と合わせて最大で当期法人税額の30%相当額まで税額控除が可能となった。 【参考図】 (財務省「平成20年度税制改正パンフレット」より) (4) 平成21年度税制改正(経済危機対策による税制上の措置) 当時の社会経済情勢を踏まえ、需要不足に対処する観点から、次の「試験研究を行った場合の法人税額の控除の特例」が設けられた。 ① 平成21年度及び平成22年度に開始した事業年度の特例(税額控除限度額の引上げ) 平成21年4月1日~平成23年3月31日※までに開始する各事業年度については、本体部分のそれぞれの制度と「税額控除限度超過額の繰越控除制度」における税額控除限度額を当期法人税額の20%相当額から30%相当額に引き上げられた。 ※平成23年6月30日に公布された「現下の厳しい経済状況及び雇用情勢に対応して税制の整備を図るための所得税法等の一部を改正する法律」により、適用期限が1年(平成24年3月31日まで)延長された。 ② 平成23年度に開始した事業年度の特例 平成23年4月1日から平成24年3月31日までの間に開始する事業年度は、繰越控除の対象となる金額に平成21年度に生じた繰越税額控除限度超過額を含めることとし、繰越控除の適用を受けることができる限度額を当期法人税額の30%相当額に引き上げられた。 ③ 平成24年度に開始した事業年度の特例 平成24年4月1日から平成25年3月31日までの間に開始する事業年度は、繰越控除の対象となる金額に平成21年度又は平成22年度に生じた繰越税額控除限度超過額を含めることとし、繰越控除の適用を受けることができる限度額を当期法人税額の30%相当額に引き上げられた。 【参考図】 (財務省「平成21年(『経済危機対策』における税制上の措置)パンフレット」より) (5) 平成25年度税制改正 平成25年1月11日にとりまとめられた「日本経済再生に向けた緊急経済対策」における具体的施策の1つに「成長による富の創出」がある。 これを実現させるための取組みのうち「民間投資の喚起による成長力強化」では「研究開発、イノベーション推進」を掲げており、そのうちの「企業のイノベーションを促進するための研究開発税制の拡充」を行うことを受けて次の改正が行われた。 【参考図】 (経済産業省「平成25年度税制改正について」より) 4 適用年の全体像(まとめ) ここまでの改正事項をまとめると、下図のようになる。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 次回からは、研究開発税制の各制度における具体的な計算方法に入りたい。 (了)
相続税・贈与税
税務
税務・会計
解説
解説一覧
〔しっかり身に付けたい!〕はじめての相続税申告業務 【第2回】「申告業務の流れからみる相続人対応のおさえどころ」
〔しっかり身に付けたい!〕 はじめての相続税申告業務 【第2回】 「申告業務の流れからみる 相続人対応のおさえどころ」 税理士法人ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 前回は相続税申告業務の全体の流れと相続税申告期限について説明を行ったが、今回は相続税申告業務の全体の流れについて少し具体的に説明を行う。 ステップ1 相続税申告業務を納税者の方から依頼を受ける場合、初回ミーティング時に、報酬見積書、契約書案(*1)、業務スケジュールを提示し、契約内容などについて合意できた場合には、相続税申告業務に必要な資料(*2)を依頼することになる。 なお、相続税の納税が生じる可能性がある場合には、納税者の方は納税資金を準備する必要があるため、可能な限り早いタイミングで、相続税概算額を提示した方が良いであろう(*3)。 ステップ2 納税者の方から必要資料について提示を受けた後、その資料に基づいて業務を進めることになる。 なお、 いずれも納税者の方へ資料を再度依頼することになる(*4)(*5)。 ステップ3 入手した資料をもとに業務を進めていくことになるが、前回記載した相続税申告業務の全体の流れ(以下参照)のうち、まずは1及び2の作業を行うことになる。 具体的には、「1 相続人の確定作業」を行い、まず相続人となる個人を特定する(*6)。 「2 相続財産の範囲・評価作業」を行い、相続の対象となる財産・債務の特定、及びその評価を行う(*7)。 この1及び2の作業が完了した段階で、1の作業で確定した相続人の全員に対して、2の作業で確定した財産及び債務の一覧(評価額を含む。以下「財産目録」という)を提示し、3の分割協議の判断資料として利用してもらう(*8)。 なお、相続人全員に財産目録を提示する際には、(1)小規模宅地特例等の特例を適用しない、未分割の状況を前提とした相続税額の総額、各相続人別の相続税負担額、及び(2)小規模宅地特例及び配偶者の税額軽減などを適用できた場合の相続税額の総額(特例の前提となる財産分けを含む)、各相続人別の相続税負担額、についても、遺産分割協議の参考となるように、相続人全員に通知する(*9)。 ステップ4 相続人全員が遺産分割について合意できた場合には(*10)、その合意内容を遺産分割協議書として記載し、相続人全員が実印で押印し、印鑑証明を添付する(「3 相続財産の分割協議」)。 この分割協議内容に従い、相続税申告書を作成し、相続人全員に対して説明を行う。相続税申告書の内容につき相続人全員の了解が得られた後、相続税申告書に相続人全員が押印し、税務署へ添付書類と共に提出を行う(「4 相続税申告書の作成」)。 なお、相続税申告書の説明時に、相続人各人の相続税額を記載した納付書を準備し、納税期限を明示するとともに、納税の依頼を行う(「5 相続税納税準備」) * * * 以上で、相続税申告業務の全体の流れを説明した。次回以降は、各業務についてより詳しく見ていくこととする。 (了)
法人税
税務
税務・会計
解説
解説一覧
中小企業のM&Aでも使える税務デューデリジェンス 【第7回】「清算における税務の取扱い」
中小企業のM&Aでも使える 税務デューデリジェンス 【第7回】 「清算における税務の取扱い」 公認会計士・税理士 並木 安生 1 はじめに 前回までは、中小企業が買収・統合される場合や、親族へ事業承継する際における税務上のポイント並びに税務デューデリジェンスの内容について解説したが、実際には買収・統合や事業承継に至らずに会社を消滅(清算)させるケースも非常に多い。 そこで、連載最終回となる今回は、その中でも代表的な手続である特別清算における税務上の取扱い、税務デューデリジェンスのポイント等について解説する。 2 特別清算における税務上の取扱い オーナー経営者(個人)が保有する会社(A社)について、当初は外部への売却(M&A)を希望していたものの買い手が見つからず、また自力だけでは今後は事業が縮小の一途をたどらざるを得ない状況にあったことから、M&Aを断念して特別清算により清算手続を行うとする。 その際の各当事者における税務は、次の通りとなる。 1) 清算会社(A社)の税務 残余財産確定時点でA社に負債が残っている場合、その全額を債務免除益として益金算入する必要がある。その際、債務免除益と相殺できる損金が充分存在していないと、清算事業年度(会社が消滅する年度)で債務免除益課税を受けることとなる。 その損金の代表例としては、リストラに伴う事業撤退損失や資産譲渡損、青色繰越欠損金が挙げられるが、清算事業年度等のみに使用できる特有の損金として、特例欠損金(いわゆる「期限切れ欠損金」であり、法人税確定申告書別表5(1)の利益積立金期首残高から前年度末時点の青色繰越欠損金額を差引いた額)も挙げられる。 ただし特例欠損金を損金として利用するためには、清算事業年度末時点におけるA社の時価純資産が実質的に債務超過の状態にあることが条件となる。 〔清算会社(A社)の税務〕 2) オーナー経営者の税務 上図の記載は実質債務超過の状況を前提としているため残余財産が存在していないが、仮にA社が資産超過の状況にあり株主であるオーナー経営者が残余財産の分配を受けた場合、その清算配当は所得税の計算上で配当所得として認識され、総合課税の対象となり累進税率(現行の最高税率は所得税・住民税合わせて50%)が適用される。 一方、会社清算に伴う役員退任によりA社からオーナー経営者へ役員退職慰労金を支給する場合、オーナー経営者側ではその支給額を退職所得として認識し申告分離課税の対象となり、課税所得の計算上も概ね受取額の半額が非課税とできる等、様々な税務上の優遇を受けることができる。 ただし、役員退職慰労金のうち過大と認定された部分については、給与所得として総合課税の対象となる恐れがある点に注意が必要である。 なお本ケースには当てはまらないが、A社の発行済株式総数のすべてをオーナー経営者の資産管理会社等が保有している場合、A社の設立当初からA社とその資産管理会社との間に支配関係(発行済株式総数の50%超を保有する関係)が継続している等の一定の条件を満たせば、A社において清算事業年度末に存在する青色繰越欠損金をその資産管理会社が引き継げることになる。 3 税務デューデリジェンスのポイント 残余財産確定時における負債の見込額、清算事業年度に損金として利用可能な額を清算の検討段階で予め試算した上で、債務免除益課税を受けるか否か、そして債務免除益課税を受ける場合にどれくらいの納税が生じるかを把握しておくことが有用である。 具体的なチェックポイントは、次の通りである。 1) 資産含み損益の状況 解散から清算結了に至るまでに処分・売却する予定の資産について時価を把握し、損金・益金の計上見込額を試算する。また、売却の対価として受領する予定のキャッシュを試算して負債をどの程度圧縮できるかを把握し、最終的な債務免除益相当額を見積もっておく。 なお、過年度において仮装経理を行った結果資産に含み損が生じている場合(例:架空在庫計上を行っていた場合)、仮装経理相当額に対して修正経理を行った上で更正の請求又は申し出を行い税務当局の認可を得ない限り、仮装経理相当額を損金として認識することはできないといえる。 なお、更正の認可を受けるための疎明資料としては、資産計上額のうち仮装経理相当額について実在性のないことの客観性が証明できるような水準の資料が少なくとも必要と考えられる。 2) 青色繰越欠損金の状況 更正可能期間に生じた青色繰越欠損金について、その発生年度の確定申告書や税務処理を改めてチェックし、今後の税務調査による否認リスクの発生可能性について検討した上で、税務リスク反映後の青色繰越欠損金額を把握しておく(ただし、加算留保を受けるリスクがある場合、青色繰越欠損金額が減少する恐れがあるものの、清算結了時点までに原則としてはその留保額は減算認容されると考えられるため、債務免除益と相殺可能な損金の総額は変らないといえる)。 3) 特例欠損金の状況 税務デューデリジェンスにより発見された税務リスクを考慮した特例欠損金額を試算しておく。また、上記1)を行うことにより、清算会社が実質債務超過の状況にあるか否かチェックし、特例欠損金が損金として利用可能となる条件をそもそも満たしているかどうかを検討する。 連載終了に当たって 昨今、中小企業においてもM&Aや事業承継を検討する場面が非常に多い。 それらにかかる税務は難解な印象があり、どの点から検討したらよいか分からないという方々も少なくないかもしれない。 しかし、本連載において7回にわたって解説してきたように、M&Aや事業承継において採用される取引形態は、株式譲渡、会社分割、合併、株式交換・移転、事業譲渡等のいずれとなる予定であるか、その取引形態は組織再編税制の対象となるかをまずは検討し、それを踏まえて税務デューデリジェンスを実施するか否か、実施する場合はどの範囲まで調査対象とするかを決定する、というプロセスを踏めば、筋道だった効率的な手続を行うことが可能となる。 その結果、やみくもに実施したのでは分からなかった税務リスクを把握することができ、不測の納税を避けることにも繋がるはずである。 本連載が、読者の方々のM&Aや事業承継手続の一助となれば幸いに思う。 (連載了)
法人税
税務
税務・会計
解説
解説一覧
交際費課税Q&A~ポイントを再確認~ 【第6回】「交際費と広告宣伝費を区別する」
交際費課税Q&A ~ポイントを再確認~ 【第6回】 「交際費と広告宣伝費を区別する」 公認会計士・税理士 新名 貴則 交際費等とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人がその得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいう(措法61の4③)。 ここで、カレンダー、手帳、扇子、うちわ、手ぬぐいその他これらに類する物品を贈与するために通常要する費用は、広告宣伝費に該当し交際費等には含まれないとされている(措法61の4③三、措令37の5②一)。 また、ここでいう「これらに類する物品」とは、次の要件をすべて満たすもののことである(措通61の4(1)-20)。 仮に少額の物品であったとしても、不特定多数の者に配るのではなく、得意先等の特定の者に渡すことを目的としている場合は、やはり交際費等に該当する。 また、不特定多数の者に対する宣伝的効果を意図する費用は、広告宣伝費の性質を有するものとされる。したがって、次のような費用は広告宣伝費に該当し、交際費等に含まれないものとする(措通61の4(1)-9)。 ただし、次のような場合は、一般消費者を対象としていることには当たらないとされるので、注意が必要である(措通61の4(1)-9注書)。 このような場合は、対象となる者が業者にとって継続的な取引の相手となり、一般消費者とはいえないからである。 (了)
国税通則
税務
税務・会計
解説
解説一覧
小説 『法人課税第三部門にて。』 【第13話】「優良法人の税務調査(その5(署長との面談)/完)」
小説 『法人課税第三部門にて。』 【第13話】 「優良法人の税務調査(その5(署長との面談)/完)」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「先生、税務署から連絡がきました」 齋藤課長から、吉田税理士事務所に電話が入った。 税務調査が開始されてから、2ヶ月が過ぎていた。 「それで、来週の木曜日の11時に税務署に来てくれと・・・」 齋藤課長が吉田税理士に伝える。 「会長も行かれるのですか?」 吉田税理士が確認する。 「もちろんです。会長と先生と私の3人で行く予定ですが・・・先生はその日、ご都合はよろしいですか?」 齋藤課長の質問に、吉田税理士は、予定表のボードを見た。 「ええ、特に予定が入っていませんから、私も同伴させていただきます。しかし、来週ということは、もう6月ですね」 吉田税理士は、予定表のボードの日付を見ながら言う。 「7月初旬に税務署の人事異動があるから・・・税務署内も忙しいのでは・・・」 吉田税理士が受話器を持ちながら、つぶやく。 「そうでしたね・・・7月は、国税局の人事異動の月ですね」 齋藤課長も思い出したように、吉田税理士の言葉を繰り返した。 待ち合わせ場所と時間の確認を終え、吉田税理士は電話を切ってから、独り言を言う。 「たしか今年は・・・7月10日が、人事異動の発令日か・・・」 税務署の玄関で、会長と齋藤課長が立っている。 午前10時45分である。 強い日差しが、会長と齋藤課長の足元に照っている。幸い、膝から上の部分は、ひさしの陰のおかげで日は当たらない。 しばらくして、吉田税理士が額に汗を浮かべながら、小走りでやってきた。 「お待たせして、すみません・・・」 吉田税理士は、腕時計を見る。 11時3分前である。 「それでは、そろそろ行きましょうか」 ネクタイをしている会長が吉田税理士に告げる。 齋藤課長は、ネクタイの喉元をしきりに触っている。 「会長、ネクタイを外してもよろしいですかね」 齋藤課長は、会長の紺色のネクタイを見ながら、尋ねた。 「そりゃ、かまわないだろう、今、税務署もクールビズだから、職員は誰もネクタイをしていないだろう」 「そうですか・・・先生も外されたらどうですか?」 齋藤課長は、自分だけネクタイを外すことに気が引けたのか、吉田税理士に対して、ネクタイを外すよう促す。 「会長も、こんなに暑いですから、外されたらどうですか」 吉田税理士が会長に言葉をかける。 「いや、私は、ネクタイをしていたほうが、逆に気が引き締まるから、このままで良いです。先生や齋藤課長は遠慮なく外してください」 税務署の前で、齋藤課長と吉田税理士はネクタイを外して、建物の2階にある法人税課税部門へ向かった。 2階に上がると、窓を背にしている渕崎統括官の姿が見えた。その前に置かれている机では、田村上席がパソコンに向かっている。 吉田税理士が渕崎統括官の机の近くまで行くと、統括官は顔を上げた。 「ああ、どうも、暑いところ、ご苦労様です」 渕崎統括官の額にも汗が見られる。 税務署内は節電のため、冷房の温度を低く設定していない。 「今、総務課長に連絡してきますから、そこでお待ち下さい」 3人は、渕崎統括官の座席から少し離れたところにある、パーティションに囲まれた応接セットに案内された。 「暑いですね・・・」 齋藤課長が吉田税理士向かってつぶやいた。 「節電だから仕方ないですね」 その時、若い男性職員が、冷たいお茶を運んできた。同時に、田村上席が、ニコニコしながら顔を見せる。 「暑いですねえ・・・もうすぐ統括官が皆さんを署長室にお連れしますから、少々お待ち下さい」 「田村さんは、来月の人事異動で、転勤されますか?」 吉田税理士が声をかけた。 「いえいえ、僕はまだ、この署に来て2年ですから・・・たぶん異動はないと思いますよ。もっともこればかりは、蓋を開けてみなければ、分かりませんけど・・・」 含み笑いをしている田村上席の後ろから、渕崎統括官が声をかける。 「お待たせしました。それでは署長室にご案内します」 渕崎統括官の後に、3人が続く。 署長室には、白髪の長身である署長と五十路過ぎぐらいの女性の副署長がいた。 テーブルを囲んで、10人ぐらい座れる大きな応接セットである。 署長の向かい側に、3人は並んで座った。 「今日は、わざわざ来ていただいて、ありがとうございます。統括官からは、調査の報告を聞いています。特に、問題はないということで・・・」 白髪の署長は、座りながら、頭を少し下げる。署長の顔は、ゴルフの日焼けか、浅黒い。 特一ポストの税務署長なので、今回の人事異動で、退職することになっている。 署長との面会は、5分ぐらいの雑談で終わった。 税務署の玄関まで来たとき、齋藤課長は、吉田税理士に言った。 「あっけなく終わりましたね・・・」 税務署から、会社に「更正決定等をすべきと認められない旨の通知書」(いわゆる、申告是認通知書)が送られてきたのは、6月末日であった。 (つづく)
法人税
税務
税務・会計
解説
解説一覧
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載30〕 防水工事費用の損金算入時期
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載30〕 防水工事費用の損金算入時期 日本税制研究所研究員 朝長 明日香 【解説】 本件に関しては、①防水工事費用が修繕費と資本的支出のいずれかという問題と、②いずれの時期に損金の額に算入することができるのかという問題がある。 1 防水工事費用は修繕費と資本的支出のいずれとなるか まず、修繕費と資本的支出の判断基準を確認しておくこととする。 修繕費に関しては、法人税基本通達において、次のように述べられている。 また、資本的支出に関しては、同じく、法人税基本通達において、次のように述べられている。 本件の防水工事費用が修繕費と資本的支出のいずれとなるかということは、上記の基準によって判断することとなる。 ご質問文によると、本件の防水工事は、「屋根に亀裂が生じ、雨漏りのおそれがあった」ために行われたということであり、上記において引用した法人税基本通達7-8-2の「原状を回復する」ために行われた修繕となる可能性が高いと思われる。 しかし、例えば、防水工事が屋根全体を覆う屋根カバー工法(既存の屋根を撤去せずに上に新しい屋根材を被せる工法)によるものなどの場合には、その防水工事によって固定資産が「耐久性を増す」(上記の法人税基本通達7-8-1)ことになるため、その防水工事費用の全額が資本的支出となる。 本件の防水工事は、このように全額が資本的支出に該当するものではないと推測されるものの、防水工事の詳細が分からないため、正確な判断は、困難である。 このため、本件の防水工事費用は、基本的には修繕費となるが、資本的支出となる部分も存在する、という前提に立って、解説を進めることとする。 2 防水工事費用の損金算入時期はいつか (1) 修繕費の損金算入時期 法人税法22条3項2号(販売費・一般管理費等の損金算入)においては、周知のとおり、償却費以外の販売費・一般管理費その他の費用の額について、債務の確定した事業年度の損金の額に算入することとされている。 このため、修繕費である本件の防水工事費用は、この「債務の確定」を判断基準として損金の額に算入できる時期を判断することとなる。 この「債務の確定」とは、法人税基本通達2-2-12(債務の確定の判定)において、次の要件のすべてに該当することとされている。 上記①の「債務の成立」の要件は、一定の給付を受けることが契約で定められているのか否かということを問うものであり、本件においては、この要件は満たされている。 上記②の「給付原因事実の発生」の要件は、本件に即して言えば、修繕という役務のすべてが完了しているのか否かということを問うものである。 本件は、資産の引渡しを伴わない取引であるが、仮に、一旦、資産を修理業者に引き渡して、工事の完了後に修理業者から引渡しを受けるということがあったとしても、「修繕」という役務の提供を受ける取引である限り、「引渡し」によって「給付原因事実の発生」とすることにはならない、と考えられる。 「修繕」の取引が資産の引渡しを伴うものである場合には、一般的には、引渡しが「修繕」の完了を確認するものとなると考えられるが、引渡しが行われていたとしても、「修繕」が完了していなければ、「給付原因事実の発生」があったということにはならない。 本件においては、仕上げの塗装が終了しない限り、修繕が完了したということにはならないことから、塗装工事が終了する4月10日が修繕の完了日ということになる。 すなわち、本件の防水工事は、3月31日現在では、上記②の要件を満たしていない、ということになる。 このため、修繕費である本件の防水工事費用は、その全額を当期の損金の額に算入することはできず、翌期の損金の額に算入することとなる。 なお、上記③の「金額の合理的な算定」の要件は、本件においては、契約において1,000万円とされており、この要件は満たされている。 (2) 資本的支出に該当する部分の減価償却費の損金算入時期 本件の防水工事費用のうち、資本的支出に該当する部分がある場合には、その該当する部分の金額は、その金額を取得価額として種類及び耐用年数を同じくする減価償却資産を新たに取得したものとし、又は、既存の減価償却資産につき旧償却方法を適用している場合にはその取得価額に加算して減価償却を行うこととなる。 減価償却費に関しては、修繕費のように「債務の確定」ということによって損金算入時期を判断することとはされておらず、減価償却資産を事業の用に供したか否かによって損金算入時期を判断するこことなる。 本件においては、3月に店舗を事業の用に供しているため、防水工事費用のうち、資本的支出に該当する部分に係る減価償却費を当期の損金の額に算入することができることとなる。 ただし、防水工事費用のうち、4月に終了する塗装工事に係る部分が資本的支出に該当するという場合には、その資本的支出に該当する部分は、4月の資本的支出として取り扱うこととなる。 (了)
会計
研究開発費
税務・会計
解説
解説一覧
財務会計
経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第14回】ソフトウェア会計①「市場販売目的のソフトウェアの会計処理」
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第14回】 ソフトウェア会計① 「市場販売目的のソフトウェアの会計処理」 仰星監査法人 公認会計士 大川 泰広 〈事例による解説〉 プロジェクトの進行過程と発生コストは以下のとおりです。 〈会計処理〉 ① ×1年4月1日から×1年12月31日までの開発コスト (*1) 諸口には材料費、労務費、経費等が該当します。 ② ×1年12月31日~×2年3月31日までの制作・改良コスト 〈会計処理の解説〉 本事例のような不特定多数の顧客向けに開発・販売されるソフトウェアは、会計上、市場販売目的のソフトウェアに分類されます。市場販売目的のソフトウェアの開発は、通常、市場ニーズの分析やソフトウェアの企画・設計等、その制作過程において、研究開発活動が先行して行われます。 研究開発活動は、将来の収益獲得のために、新たな技術やサービスを調査・探究する活動ではあるものの、そのすべてが実を結び、将来の収益を獲得できるわけではなく、成果を得られずに終了してしまうものもあります。 したがって、研究開発活動に係るコストは、発生時あるいは研究開発の進行過程において、将来の収益を獲得できるか否かが不明なため、資産として計上することは認められず、発生時に費用として処理しなければなりません。 市場販売目的のソフトウェアの制作過程で実施される研究開発は、会計上、製品マスターの完成をもって終了すると考えます。したがって、製品マスター完成までに発生した費用は研究開発費として費用処理します。 なお、製品マスターの完成時点は、販売の意思が明らかにされた製品マスター、すなわち「最初に製品化された製品マスター」が完成した時点とされており、具体的には次の2点を勘案して判断します。 これらの要件を満たした製品マスターは、ソフトウェアの操作性や処理速度など、一部改良等は要するものの、製品化する上での重要な問題はクリアしており、ソフトウェア開発における研究開発のステージは完了したと考えます。 最初に製品化された製品マスターの完成により、当該ソフトウェアは、将来の収益獲得が合理的に期待できるようになります。したがって、それ以降販売開始までに発生する改良等のコストは、原則として資産計上することとなります。 ただし、製品マスター完成後の制作コストであっても、資産計上が認められない場合があります。次回はこの点について解説します。 (了)
会計
税効果会計
税務・会計
解説
解説一覧
財務会計
税効果会計を学ぶ 【第15回】「その他有価証券の評価差額の取扱い③」
-お知らせ- 適用指針等を織り込んだ最新版の『税効果会計を学ぶ』が好評連載中です。 税効果会計を学ぶ 【第15回】 「その他有価証券の 評価差額の取扱い③」 公認会計士 阿部 光成 今回は、固定資産の減損損失に係る税効果会計の取扱いを解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 固定資産の減損損失 固定資産については、「固定資産の減損に係る会計基準」及び「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号)が適用されている。 固定資産の減損損失についても、「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(監査委員会報告第66号。以下「監査委員会報告第66号」という)に従って繰延税金資産の回収可能性を判断することとなる。 「その他有価証券の評価差額及び固定資産の減損損失に係る税効果会計の適用における監査上の取扱い」(監査委員会報告第70号。以下「監査委員会報告第70号」という)は、その際の留意点を述べている。 Ⅱ 繰延税金資産の回収可能性の判断のポイント 固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異に関する繰延税金資産の回収可能性の判断のポイントは、スケジューリングにあると考えられる。 監査委員会報告第70号は、将来減算一時差異の解消時期について、スケジューリング可能な一時差異であるか、スケジューリング不能な一時差異であるかの判定を行わなければならないと規定している(監査委員会報告第70号、Ⅱ2)。 スケジューリング不能な一時差異と判定されたものについては、監査委員会報告第66号の5(1)①会社分類(例示区分)の会社等の場合を除いて、回収可能性はないものと判断することになる。 なお、減損損失に係る将来減算一時差異については、監査委員会報告第66号の5「(2)将来解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異の取扱い」にいう建物の減価償却超過額に係る将来減算一時差異と同様な取扱いを適用しない(監査委員会報告第70号、Ⅱ2(1))。 Ⅲ 償却資産 償却資産とは、減価償却計算による費用化を予定している固定資産であり、例えば、建物や機械装置などの有形償却資産、のれん(営業権)や自社利用のソフトウェアなどの無形償却資産等が該当する。 償却資産に係る減損損失に関する税効果会計については次のように取り扱われる。 Ⅳ 非償却資産 非償却資産とは、減価償却計算による費用化を予定しない固定資産であり、例えば土地等が該当する。 土地等の非償却資産に係る将来減算一時差異のスケジューリングは、売却処分等の予定がある場合はそれによることになるが、例えば、工場用地として現に使用中であるような場合は、通常、スケジューリングが困難な場合が多い。 このため、土地等の非償却資産に係る将来減算一時差異は、スケジューリング不能な一時差異と判定される可能性が高い。 また、「土地の再評価に関する法律」により再評価を行い、「再評価に係る繰延税金資産」を計上している土地について減損損失を計上した場合は、「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」、「土地再評価差額金の会計処理に関するQ&A」などの規定に注意が必要である。 (了)
労働基準関係
労務
労務・法務・経営
有効な解雇手続とは 【第1回】「解雇の基礎知識」
有効な解雇手続とは 【第1回】 「解雇の基礎知識」 社会保険労務士 井下 英誉 1 はじめに 本連載のテーマは「有効な解雇手続」である。 なぜタイトルに“有効”と“手続”という言葉を入れたのか、それは、解雇をめぐるトラブルの多くが感情論からスタートし、労使間で収拾できないまま大きなトラブルへと発展するケースが非常に多いからである。 解雇めぐるトラブルでは、手段の相当性(手続的理性)が重視される。つまり、会社が正しい手続を経て解雇を行えば“有効”になる可能性が高まり、正しい手続を経ないで行えば無効になる可能性が高いということである。 本連載では、4回にわたって解雇トラブルを防ぐための考え方や手続方法をお伝えするが、まず第1回目は、解雇をめぐる基本的な知識をお伝えする。 2 解雇とは何か? 「解雇」とは、有効に存続してきた労働契約を使用者側から一方的に解約することをいう。 つまり、「一方的な解約」とは、労働者の合意を要しないということであり、労働の対価としての賃金で生活をしてきた労働者にとってはその打切りを意味する。 3 解雇の種類 解雇の種類は、その理由から労働者の労働契約上の義務違反など労働者側の事由に基づくものと、事業の縮小や整理など使用者側の事由に基づくものに分けることができる。 また、労働者側の事由に基づく解雇は、就業規則等に定める懲戒規定に基づく懲戒解雇と、それ以外の不完全な労働力の提供ややむを得ない事由による普通解雇に分けることができる。 4 解雇をめぐるトラブルの現状 【図1】は、平成24年度の「個別労働紛争解決制度」施行状況である。 【図1】 総合労働相談件数及び民事上の個別労働紛争相談件数の推移 (「平成24年度個別労働紛争解決制度施行状況」(厚生労働省)より) 「個別労働紛争解決制度」は、個々の労働者と事業主間での労働条件や職場環境などをめぐる紛争の未然防止や早期解決を促進するための制度であり、幅広い分野の労働問題を対象とする「総合労働相談」、個別労働紛争の解決につき援助を求められた場合に行う都道府県労働局長による「助言・指導」、あっせんの申請を受けた場合に労働局長が紛争調整委員会に委任して行う「あっせん」の3つの方法がある。 「総合労働相談」に含まれる「民事上の個別労働紛争相談件数」の最近3ヶ年の内訳は【図2】のとおりである。また、「助言・指導」件数と「あっせん」件数の内訳は【図3】、【図4】のとおりである。 【図2】 最近3ヶ年度の主な紛争の動向(民事上の個別労働紛争に係る相談件数) (「平成24年度個別労働紛争解決制度施行状況」(厚生労働省)より) 【図3】 最近3ヶ年度の主な紛争の動向(助言・指導申出件数) (「平成24年度個別労働紛争解決制度施行状況」(厚生労働省)より) 【図4】 最近3ヶ年度の主な紛争の動向(あっせん申請件数) (「平成24年度個別労働紛争解決制度施行状況」(厚生労働省)より) 「総合労働相談」、「助言・指導」、「あっせん」のすべての方法において、解雇に関する内容は減少傾向にあるが、「助言・指導」や「あっせん」という問題解決を含む方法では、第1位になっており、解雇に関するトラブルが多いことを示している。 「総合労働相談件数」とは、総合労働相談コーナー(都道府県労働局や各労働基準監督署等に設置)に寄せられた相談の件数である。また、「民事上の個別労働紛争相談件数」とは、労働条件その他の労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主との間の紛争(労働基準法等の違反に係るものを除く)である。 4 解雇トラブルの予防方法 解雇トラブルを予防するには、以下の3つの要素に留意する必要があるが、これらの要素について「適正である」というためには、解雇に関する法規制を理解したうえで、就業規則等を整備する必要がある。 次回では、「解雇に関する法規制」を解説する。 (了)
労働基準関係
労務
労務・法務・経営
新たな高速バスの法規制と労働問題 【第1回】「業界を取り巻く状況」
新たな高速バスの法規制と労働問題 【第1回】 「業界を取り巻く状況」 特定社会保険労務士・運輸安全コンサルタント 山田 信孝 本稿の公開日となる平成25年8月1日より、「高速ツアーバス」の運行は廃止され、「新高速乗合バス」に移行し、一本化された。 これは平成24年4月29日に関越道で発生した高速ツアーバス事故を契機に、国土交通省が事故の再発防止と高速バス及び貸切バスへの信頼回復のために策定した「高速・貸切バスの安全・安心回復プラン」に基づき、当初の計画を前倒して、「新高速乗合バス」をスタートさせたものである。 本連載では3回にわたり、高速バス業界を取り巻く状況と併せて、新たな高速バスの法規制と労働問題を取り上げていく。 【参考図①】 (出典:国土交通省「高速・貸切バスの安全・安心回復プラン」(平成25年4月2日)) Ⅰ 「高速ツアーバス」登場の背景と関越道事故 バス事業は、一般路線バス、高速バス、貸切バスに分けられる。 高速バスは、一般道を運行する、いわゆる乗合バス事業者が、高速道路を運行して中長距離のサービスを提供することによって、年間の輸送人員が1億人を超える基幹的な公共交通機関として発展してきたもので、当初は高速乗合バスのみであった。 ところが、平成2年12月に貨物自動車運送事業において、需給調整規制が廃止され、その規制緩和の波が旅客自動車運送事業にも押し寄せ、平成12年2月には貸切バス事業、平成14年2月には乗合バス事業において、それぞれ需給調整規制が廃止されたことと、その後のインターネットの普及の後押しもあり、旅行業者が造成・販売する商品として、高速道路を経由する2地点間の移動を主たる目的とする「募集型企画旅行」の運行手段として、「高速ツアーバス」が登場することになった。 「高速ツアーバス」の輸送人員は、利用者に低価格と利便性の良さが受け入れられて、平成17年の僅か約21万人から、平成23年には750万人(推計値)と、急速に拡大したところである。 【参考図②】 (出典:国土交通省「「バス事業のあり方検討会」最終報告について」(平成24年4月3日)) しかしながら、「高速ツアーバス」は、乗合バスの規制が適用されない旅行業者が運送契約した貸切バスを使用して運行していたもので、その実態は高速乗合バスと同様のサービスを行っているにもかかわらず、旅行業者には道路運送業法に基づく安全確保の責任がないばかりでなく、委託先の貸切バス事業者に対する監督義務もないという、問題があった。 そこで、国土交通省は、平成19年2月に大阪府吹田市で起きた、あずみ野観光バスのスキーツアーバス事故及び平成22年9月の総務省の勧告(貸切バス事業における安全確保対策の徹底、収受運賃の実態把握の実施及び公示運賃の検証、旅行業者への指導・監督の強化など)などを踏まえ、検討を重ねていた「バス事業のあり方検討会」最終報告(平成24年4月3日)を受け、平成25年度までに「高速ツアーバス」事業を乗合バス業態へ移行する取組みを行うことにしていた。 その直後の、4月29日(日)午前4時40分頃、関越道上り線で、高速ツアーバスが運転者の居眠りにより、道路の左側壁に衝突し、乗客7名が死亡、乗客38名が重軽傷を負う悲惨な事故が発生したのである。 当該事故を起こした有限会社陸援隊は、その後の運輸局の監査において、点呼の不実施をはじめ、運転者の健康状態の把握の不適切、運転者の過労防止に関する措置の不適切、運転者として禁止されている日々雇用者の選任及び名義貸しなど、法令違反行為が28件もあることが判明し、改めて杜撰な安全管理体制が明らかになった。 (注) 関越道高速ツアーバス事故の行政処分 1 バス事業者{(有)陸援隊}は、平成24年6月、貸切バス事業許可の取消処分 2 旅行業者{(株)ハーヴェストホールディングス}は、平成24年7月、業務停止処分 Ⅱ 貸切バス業界の現状と課題 高速ツアーバスを運行していた貸切バス業界について、俯瞰して見ることにする。 貸切バスは平成12年2月の需給調整規制の廃止以降、事業者数と車両数は共に大幅に増加した。事業者数は平成11年度2,336から平成23年度には約2倍の4,533事業者に急増している。また、車両数については、平成11年度37,661両から、平成23年度47,693両と、約1.3倍の増車となっている。 その一方で、1事業所当たりの平均車両数は平成11年度16.1両から、平成23年度10.5両と大きく減少し、貸切バス事業者の零細化が進行している。 貸切バスの輸送人員は3億人程度で、全体の需要は横ばいである一方で、事業者数や車両数が増加したことに伴い、事業者間の競争は激化し、事業者間での取引では仲介業者や他の貸切バス事業者が介在するなど、取引の多重構造化が進み、実働日車当たりの営業収入は、ピーク時の平成4年度109,165円から年々減少しており、平成11年度80,519円、平成23年度には62,129円(対平成4年度比約43%減)となっている。 この厳しい経営状況の影響により、事業の廃止、縮小のほか、使用車両の高経年化、安全管理の手抜きや運転者の過労運転などの労働条件の悪化を招いているといえ、貸切バス業界は、まさに“負のスパイラル”の状況にあるといえる。 【参考図③】 (出典:国土交通省「「バス事業のあり方検討会」最終報告について」(平成24年4月3日)) また、乗客の大切な命を預かるバス運転者(民営)の所得は、ピーク時の平成8年631万円から年々低下し、平成23年では全産業平均(男子)よりも84万円低い、443万円(公益社団法人日本バス協会調べ)となっている。 加えて、全産業労働者の総労働時間は平成24年1,765時間であるのに対し、貸切バス運転者1人当たりの平均年間総労働時間は2,364時間であり、平成11年2,357時間から横ばいの状態が続いている。 バス業界では、長時間労働、賃金の低下に加え、大型二種運転免許の取得者が減少し、慢性的な運転者不足に陥っていることから、今後は運転者不足により、バス路線の維持ができなくなる事態が想定される。 (了)