空き家をめぐる法律問題 【事例46】 「共同で使用する私道の管理上の問題」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私の自宅は、中古で取得した分譲住宅ですが、周囲には同様の分譲住宅が立ち並んでいます。これらの住人は、転圧された砂利道の私道を利用して公道に出ていますが、私道も陥没等があり修復したいと思っています。ところが、分譲地の中には所有者の行方が分からない空き家もあります。 このような場合に、どのような方法で私道の修復を行えばよいでしょうか。 1 はじめに 市街地においては、複数の私人が所有する土地が宅地の通路として供されていることがある。このような通路の補修をする必要が生じた場合に、その要件が必ずしも明らかではなく、実務上の運用として、権利者全員の同意が要件とされることもあった。そのため、権利者の一部が所在不明であるような場合に、補修を行えない問題等があると指摘されていた。 このような問題に対応するための指針として、平成30年1月に「複数の者が所有する私道の工事において必要な所有者の同意に関する研究報告書~所有者不明私道への対応ガイドライン~」(以下「所有者不明私道への対応GL」という)が公表され、令和4年6月に「所有者不明私道への対応GL第2版」が公表された。 「所有者不明私道への対応GL」によれば、中小都市や中山間地域において、地目が道路で、相続登記が未了となっているおそれのある土地のうち、最後の登記から50年以上経過しているものが31.2%あることが指摘されており、大都市の5.5%に比べて、著しく高い割合を示している。このような道路は、隣接する宅地やその上の建物も同様の状態である可能性が高く、建物の中には空き家も含まれることが想定される。 そこで、本問では、空き家問題と関連した共同で使用する私道の管理上の問題について検討することにしたい。 2 共同で利用される私道の権利関係 (1) 二種類の私道の権利関係 「所有者不明私道への対応GL」の分類によれば、共同で使用する私道の権利関係には、次のように二種類あることが指摘されている。 ① 共同所有型私道 私道全体を複数の者が所有し、民法第249条以下の共有の規定が適用されるもの。 (例) 所有者不明私道への対応GL第2版61頁抜粋 ② 相互持合型私道 私道が複数の筆から成っており、隣接宅地の所有者等が私道の各筆をそれぞれ所有し、相互に利用させ合うもの。 (例) 所有者不明私道への対応GL第2版63頁抜粋 (2) 共同所有型私道の利用上のルール 共同所有型私道は、共有者間に利用上の合意がなければ、民法第249条以下の共有の規定が適用されることから、保存行為(同法第252条ただし書、単独で可能)、管理行為(同条本文、持分価格の過半数で決定)、変更行為(同法第251条、全員の同意)の各ルールが適用されることになる。なお、令和5年4⽉1⽇から施⾏される改正⺠法(以下「改正後民法」という)においては、変更行為のうち、形状又は効用の著しい変更を伴わない軽微変更を変更行為から除き、管理行為のルールの適用を受けることになった。 どのような行為が保存行為、管理行為、変更行為に該当するのかについては、「所有者不明私道への対応GL」を参考に、共有物の形状・性質、共有物の従前の利用方法、工事による改変の程度、工事費用の多寡、その他の諸般の事情を個別具体的に考慮することになる(「所有者不明私道への対応GL」では、一例として、砂利道をアスファルト舗装する行為は、軽微変更に該当する旨紹介されている)。 なお、共同所有型私道の共有に遺産共有が含まれていることもあるが、遺産共有の法的性質は民法第249条以下の共有と同じと解釈されているため(最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁)、上記の利用上のルールの考え方が当てはまる。 (3) 相互持合型私道の利用上のルール 相互持合型私道は、宅地を所有する複数の者が、宅地とは別に所有する土地を通路としてそれぞれ提供することによって形成されている私道である。「所有者不明私道への対応GL」では、相互持合型私道の権利関係について、各土地の所有者が、互いに各自の所有宅地の便益のために、通行等を目的とする通行地役権(民法第280条本文)を設定したものとしている。 通行地役権は当事者間の合意によって設定されることになるが、明示的な合意がない場合であっても、土地の権利関係や利用状況からすれば、お互いに、他の者が所有する通路を継続的に利用することによって公道から自身の宅地まで通行することが前提となっていたものとして、黙示の地役権設定の合意が締結されたものと認められる場合も少なからずあるものと考えられる(東京地判平成16年4月26日判例タ1186号134頁等)。 このような相互持合型私道は、宅地分譲に伴って設定されることが多いと考えられるが、通行地役権が設定された場合、地役権者は、通行の目的の限度で、通路土地全体を自由に使用できるため、地役権に基づく妨害排除や妨害予防請求権に基づき、承役地の所有者に対して、通行を阻害するような行為の禁止を求めることができる(最判平成17年3月29日集民第216号421頁)。 ところで、黙示の地役権の設定の場合だけでなく、明示的に地役権が設定される場合でも、地役権の登記がされることは多くないように思われる。そのため、地役権の負担を受ける承役地が譲渡された場合、要役地の所有者は、登記がなければ承役地の所有者に対して地役権があることを対抗できないのが原則である(民法第177条)。 もっとも、通行地役権の承役地が譲渡された場合に、譲渡の時に、承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは、譲受人は、通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても、特段の事情がない限り、登記がなくとも、地役権を対抗することが可能となる(最判平成10年2月13日民集第52巻1号65頁)。 3 あてはめ (1) 共同所有型私道の場合 共同所有型私道の場合、砂利道の陥没箇所を修復する限度であれば、共有物の保存行為に当たるため、単独で補修工事を行うことができる。これに対して、陥没箇所の修復を超えて、特段の必要がない状況で、砂利道にアスファルト舗装を行うような場合、軽微変更又は私道の改良行為に当たるため、管理行為として持分価格の過半数で決定する必要がある。 なお、改正後民法の施行後については、所在等の不明な共有者や賛否の意思が不明な共有者がいるため、過半数を得られないような場合でも、改正後民法第252条第2項第1号又は同第2号に基づいて、当該共有者を除いて管理行為の決定を行うことも可能となる。 (2) 相互持合型私道 相互持合型私道の場合、上記のとおり、要役地の所有者は、地役権に基づいて、通路土地全体を自由に使用できるため、承役地の所有者の所在が不明で意向を確認できない場合でも、陥没箇所を修復することができる。これに対して、承役地の通行には影響はないが、私道全体にアスファルト舗装を行うような場合には、承役地の所有者は、地役権の負担があることを理由に当該舗装工事を受忍する義務はない。 このような場合には、承役地所有者の不在者財産管理人の選任申立てや、改正後民法の施行後は所有者不明土地管理人の選任申立てを行うなどし、当該管理人との間で協議をして対応することが考えられる。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第4回】 「電子メールやLINEでの労働条件の通知は可能か」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 従業員を採用する際に、電子メールやLINEで労働条件を通知することを考えていますが、可能でしょうか。また、電子メールやLINEで労働条件を通知する場合の注意点などがあれば、教えてください。 〔A〕 まず賃金、仕事の内容、労働時間などの重要な労働条件については、従業員が「希望」した場合に限り、電子メールやLINE等で通知することができます。 賃金、仕事の内容、労働時間などの重要な労働条件をメールやLINE等で通知する場合の注意点としては、①従業員がプリントアウトして書面化できるもので通知すること、②電子メール等による通知を希望したことの記録を残すこと、③電子メール等が届いたかどうかを確認すること、④労働条件等をメール本文ではなく、PDF等の添付ファイルに記載することなどがあげられます。 次に退職金、賞与、懲戒などの労働条件については、従業員が「希望」していない場合でも、電子メールやLINE等で通知することができます。退職金、賞与、懲戒などの労働条件については、就業規則に記載されることが多いです。就業規則の分量が多い場合、就業規則をPDFファイル形式にして、電子メールに添付する方法で通知するのがお勧めです。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 採用する際に労働条件の明示が必要 前提として、雇用契約書を作成しなくても、口頭でも雇用契約は有効に成立することを確認しておきたい。また、電子契約で雇用契約を成立させることも可能だ。 このように雇用契約自体は書面なしでも成立するが、労働基準法により、採用時に下記の①から⑮の労働条件を正確に明示しなければならないとされている(労働基準法15条1項、労働基準法施行規則5条1項・2項)。 労働条件の明示義務に違反した場合、刑事罰(30万円以下の罰金)の対象となるので(労働基準法120条1号)、採用時に労働条件の通知を必ず行う必要がある。 また、明示された労働条件と実際の労働条件が異なる場合、従業員は、雇用契約を即時解除することができる(労働基準法15条2項)。 2 どのような方法で労働条件の明示を行えばいいか 問題となるのは、どのような方法で労働条件の明示を行えばよいかである。 結論から言えば、賃金、仕事の内容、労働時間など重要な労働条件(上記①~⑥)とそれ以外の退職金、賞与、懲戒などの労働条件(上記⑦~⑮)では、明示の方法が異なる。以下で順番に解説しよう。 (1) 賃金、仕事の内容、労働時間など重要な労働条件(①~⑥) まず、賃金、仕事の内容、労働時間など重要な労働条件(①~⑥)は、実務上「労働条件通知書」や「雇用契約書」に記載されることが多い。 賃金、仕事の内容、労働時間など重要な労働条件(①~⑥)については、原則として書面で通知する必要があるが、従業員が「希望」した場合に限りFAX、電子メールやLINE等で行うことができる(労働基準法施行規則5条4項)。 従業員が「希望」していないのに、一方的に電子メールやLINEで労働条件を通知することはできない。また、口頭での通知のみで済ませることもできない。 (注1) 建設労働者については「文書」の交付が必要 (注2) パートタイム労働者の明示の範囲 (2) 退職金、賞与、懲戒などの労働条件(⑦~⑮) 次に、退職金、賞与、懲戒などの労働条件(⑦~⑮)については、実務上、労働条件通知書ではなく、就業規則に記載されることが多い。 退職金、賞与、懲戒などの労働条件(⑦~⑮)については、どのような方法で明示するかは、法律で決まっておらず、企業の裁量に委ねられている。そのため、上記⑦から⑮の労働条件については、書面で通知する義務はない。従業員が「希望」していない場合でも、電子メールやLINE等で通知することができる。また、口頭での通知のみで済ませることもできる。 ◆労働条件の明示の方法 3 賃金、仕事の内容、労働時間など重要な労働条件(①~⑥)をメールやLINE等で明示する場合の注意点 2(1)で上述したとおり、賃金、仕事の内容、労働時間など重要な労働条件(①~⑥)については、従業員が「希望」すれば電子メールやLINE等で行うことができる。電子メールやLINE等で通知する場合の注意点は、以下の(1)から(4)記載のとおりである。 電子メールで通知する場合の文案も作成したので、参考にしていただきたい。 (1) :プリントアウトして書面化できるもので通知する 電子メールやLINE等で通知する場合、従業員がプリントアウトして書面化できるもので通知しなければならない(労働基準法施行規則5条4項2号)。そのため、印刷できないような形式のファイルで労働条件を通知することはできない。 厚生労働省の通達(基発1228第15号 平成30年12月28日)では、下記の①から③の方法で通知が可能であると説明されているので、参考にしてほしい。なお、従業員が開設しているブログ、ホームページ等への書き込みや、従業員のSNSのマイページにコメントする方法では、労働条件を通知したことにはならない。 (2) :電子メール等による通知を、従業員が希望したことを記録に残す 従業員が「希望」すれば電子メールやLINE等で通知することができるとされているので、希望するかどうかを従業員に確認しなければならない(労働基準法施行規則5条4項ただし書)。 従業員が希望していないのに、会社の都合で一方的に電子メールやLINE等で労働条件を通知することはできない。従業員が希望していないにもかかわらず、電子メール等のみで労働条件を通知することは、労働基準法違反となり、最高で30万円以下の罰金の対象となるので、気を付ける必要がある(労働基準法120条1号)。 従業員が希望したかどうかの確認を口頭で行うことも法的には可能だが、希望したかどうかについても、電子メールやLINE等で記録に残すことをお勧めしたい。 上述の厚生労働省の通達でも、「紛争の未然防止の観点からは、労使双方において、労働者が希望したか否かについて個別に、かつ、明示的に確認することが望ましい」とされている。 (3) :電子メール等が届いたかどうかを確認する 電子メール等で労働条件を通知する場合、従業員指定のメールアドレスに電子メールを送信した時点で、労働条件を明示したと考えてよい(東京地判平成30年6月25日参照)。上述の厚生労働省の通達でも、従業員が実際に電子メールを確認しなくても、労働条件を明示したことになると解釈されている。 ただし、法的義務とは別に、従業員にきちんと労働条件を事前に確認してもらうことは紛争を防止するために必要なことだ。運用上は、従業員にメールが届いたかどうかの確認のメールを返信してもらう方法がお勧めである。 (4) :電子メール等で労働条件を通知する場合、メール本文ではなく、PDF等のファイルで明示する 電子メールの本文で労働条件を明示することも法律上、禁止されていない。実務上は、印刷や保存がしやすいよう、労働条件通知書をPDFファイル形式で添付して送ることをお勧めしたい。 ◆電子メールで通知する場合の文案 4 退職金、賞与、懲戒などの労働条件(⑦~⑮)の明示は、就業規則のデータをメールに添付するのがお勧め 2(2)で上述したとおり、退職金、賞与、懲戒などの労働条件(⑦~⑮)については、どのような方法で通知するかは法律で決まっていない。そのため、口頭で通知することも法的には可能だ。 ただし、退職金、賞与、懲戒などの労働条件(⑦~⑮)をすべて口頭で説明していたら、それだけで30分以上かかってしまうので、現実的ではない。そのため、実務上は、労働条件通知書や雇用契約書とは別に、従業員に就業規則を渡す方法で上記⑦から⑮の労働条件の明示が行われることが多い。 そして、就業規則の分量が多い場合、就業規則をプリントアウトして交付することが大変な場合も考えられる。 上述したとおり退職金、賞与、懲戒などの労働条件(⑦~⑮)については、従業員が希望しない場合でも、電子メール等で労働条件の明示を行うことができる。 そこで、就業規則をPDFファイル形式にして、電子メールに添付する方法で、退職金、賞与、懲戒などの労働条件(⑦~⑮)を通知することをお勧めしたい。また、書面交付と電子メールを組み合わせることも可能だ。例えば、就業規則本則を書面で交付し、その他の社内規程を電子メールに添付する方法で、⑦から⑮の労働条件の明示を行うこともできる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第64話】 「基礎的人的控除について」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・基礎的人的控除か・・・」 浅田調査官は、「給与所得者の基礎控除申告書兼給与所得者の配偶者控除等申告書兼所得金額調整控除申告書」を見ながら、呟く。 租税法のテキストには、「基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除及び扶養控除は、一括して『基礎的人的控除』といい、これらは本人及び家族の最低限度の生活を維持するために必要な部分は担税力を持たないということを理由とし、憲法25条の生存権の保障の租税法における現れである」と書かれている。 「・・・しかし、平成29年度の税制改正で、配偶者控除や配偶者特別控除には、納税者本人の収入制限が設けられ、更に、平成30年度の税制改正で、基礎控除は、所得金額2,400万円超から逓減し、2,500万円超で消失する仕組みが採られることになった・・・これを『逓減・消失型の所得控除方式』という・・・」 浅田調査官は、「基礎控除申告書の控除額の計算」と「配偶者控除等の申告書の控除額の計算」欄を見ながら、「・・・複雑だな・・・」と独りでものを言う。 そこに、中尾統括官がやって来る。 「何を真剣に見ているの?」 そう言いながら、浅田調査官の手に持っている書類を覗き込む。 「・・・年末調整の用紙か・・・君なんか・・・独身だから、記載は簡単だろう・・・」 中尾統括官は、笑いながら言う。 「・・・もちろん、それに、私なんか・・・給与は少ないですから・・・基礎控除の額は48万円と計算しなくても分かりますけど・・・」 浅田調査官は、苦笑いする。 「・・・しかし、配偶者控除等の申告書の控除額の計算は、ややこしいですね・・・」 浅田調査官は、配偶者控除等の申告書を見せる。 「本人である給与所得者の所得をABCの三段階(区分Ⅰ)に分け、次に、配偶者の所得金額(48万円超133万円以下)区分Ⅱによって、①、②、③、そして④(8区分)に分け、その組み合わせで、控除額の計算をします・・・そして、①(48万円以下かつ70歳以上)と②(48万円以下かつ70歳未満)は、配偶者控除で、③と④が配偶者特別控除になります・・・」 浅田調査官は、配偶者控除等の申告書を見ながら、説明する。 「もちろん、税務署の所得課税部門で働いている者にとっては、こんなのは難しくないけれども、一般の納税者は、何故、このようなややこしい計算をするのか、わからない人が多いと思うのです」 中尾統括官は、頷く。 「・・・確かに、この配偶者控除等申告書の矢印に従って計算すれば、自動的に控除額の額は算出できますが・・・」 と、浅田調査官は付け加える。 中尾統括官は、配偶者控除等の申告書を見直す。 「・・・例えば、給与所得者の合計所得金額が920万円で、その配偶者の合計所得金額が、110万円であった場合・・・」 そう言いながら、中尾統括官は、配偶者控除等の申告書に金額を入れていく。 「給与所得者の所得金額が920万円だからBに該当し、配偶者の合計所得金額が、110万円だから・・・④の『105万円超110万円以下』に該当し、そうすると、配偶者特別控除の額は、18万円になる・・・ざっと、1分で計算できる・・・」 中尾統括官は、満足そうな顔をする。 「・・・しかし・・・なんで・・・こんなに区分を細かくするんでしょうか・・・あまり、意味はないように思うのですが・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「・・・例えば、本人の合計所得金額が960万円で、その配偶者の合計所得金額が132万円の場合、配偶者特別控除の額は1万円になる・・・この1万円は所得控除ですから、税額にすると数千円にしかなりません・・・」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「・・・ということは・・・もっと、区分を簡略化したら良いということか?」 中尾統括官が尋ねる。 「ええ、区分Ⅱの④は、8区分にも分かれ、それを更に、区分ⅠのA、B、Cに分けて、控除額の計算をすることになっています・・・それに、基礎控除の額についても、給与所得者の合計所得金額が2,400万円以下であれば、48万円の控除額ですが、それを超え2,450万円以下であれば、32万円、更にそれを超え2,500万円以下であれば、16万円の控除額になっています・・・そんなに細分化する必要があるのでしょうか?」 浅田調査官の声は、高くなっている。 「・・・思うに、区分Ⅱの④については、8区分にせず、その真ん中の『110万円超115万円以下』の額、すなわち、Aは21万円、Bは14万円、Cは9万円と、一本化すれば良いと思います」 浅田調査官は、言葉を続ける。 「また、基礎控除については、合計所得金額が2,400万円超であれば・・・32万円、16万円と細分化せず、2,500万円超と同様に、基礎控除の額を『ゼロ』にすれば良いと思います・・・」 浅田調査官は、饒舌になる。 「しかし、もともと・・・高額所得者の基礎控除の額をなくするということについては、(最低生活費を考慮した基礎的人的控除は、所得の多寡を問わず、全ての納税者に等しく適用されなければならないという)憲法25条の要請からみても妥当でないという意見もある・・・」 中尾統括官が反論する。 「ただ、高額所得者は、基礎控除を受けなくても、税引き後の所得で、十分な生活水準を維持できるのですから・・・基礎控除について、全ての納税者に等しく適用されなければならないということもないと思います・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「・・・確かに、合計取得金額が2,400万円を超える人にとっては、基礎控除の額などはあまり関心がないのかもしれないが・・・しかし、そもそも、高額所得者は、多額の税負担をしているし・・・」 中尾統括官は、腕を組みながら、思案する。 (つづく)
《速報解説》 暗号資産の保有に係る期末時価評価課税に係る見直しについて ~令和5年度税制改正大綱~ 弁護士 下尾 裕 1 税制改正の背景 現行の法人税法61条2項は、法人が事業年度末において活発な市場を有する暗号資産(資金決済法上の暗号資産。同条1項参照)を保有する場合には、一律に、当該暗号資産につき事業年度末で時価評価を行い、直近の帳簿価格との間で評価損益を認識することを定めている。 しかしながら、企業が資金調達等のためにトークンを発行するケースでは、将来の資金調達のため又はトークンのベースである分散型プロトコルに対する議決権を有するトークン(ガバナンストークン)を維持するため、一定数のトークンを第三者に交付せず、手元に残すケースが多いところ、現状の金融実務においては、企業(法人)が発行するトークンは将来的に暗号資産の定義に該当する可能性がある限り、発行段階においても広く資金決済法上の暗号資産に該当しうるものとして取り扱われており、その結果、上記未交付のトークンまでが一定の交換価値を有するに至った段階で「活発な市場を有する」ものとして期末時価評価(期末時価評価課税)の対象になる可能性があった。 このような背景のもと、トークンでの資金調達等を志向するブロックチェーン企業においては、日本を避けて、海外でトークン発行を行う例が散見され、国内におけるブロックチェーン技術を活用した起業や事業開発を阻害しているとの指摘がなされていた(例えば、令和3年11月8日付日本経済新聞朝刊「酷税に失望、デジタル頭脳去る 暗号資産の調達に法人税、『日本では戦えない』」。これを受け、自由民主党政務調査会デジタル社会推進本部が公表した「デジタル・ニッポン2022~デジタルによる新しい資本主義への挑戦~」68頁以下においても指摘がなされていた。)。 これを踏まえ、経済産業省からは、「法人が発行した暗号資産のうち、当該法人以外の者に割り当てられることなく、当該法人が継続して保有しているものを対象として、期末時価評価課税の対象外とする」との税制改正要望(39-1)が出されていた。 2 税制改正案の内容 令和4年12月23日(金)に閣議決定された「令和5年度税制改正大綱」54頁においては、経済産業省からの税制改正要望を踏まえ、暗号資産のうち、以下の要件をいずれも充足するものについては、期末において時価評価すべき暗号資産から除外する旨の改正案が盛り込まれた。 これらの要件のうち、「譲渡制限」に係る技術的措置又は信託の具体的内容については令和5年度税制改正大綱においては記載がなく、今後明らかにされる具体的な税制の内容を確認する必要がある また、これらと併せて、以下の改正も盛り込まれることとなっている。 今回の改正により、当初の問題意識であった国内におけるトークン発行の場面での税務上の問題点は一定程度解消されることになる。 しかしながら、業界団体からは、「Web3.0のエコシステムを形成、発展させる上では、技術開発会社、法人のユーザー又はベンチャーキャピタルなど暗号資産の発行者以外の法人が長期投資目的、発行体へのサービス提供の対価、ガバナンス目的又はステーキング目的で暗号資産を保有することが想定され、未実現利益に課税されると納税資金や事業用資金の確保が困難となる現状がある」として、より一歩進めて、期末時価評価課税の対象を短期売買目的の市場暗号資産に限定すべきだとの指摘もなされており(一般社団法人 日本暗号資産取引業協会及び一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会による2022年7月28日付「2023年度税制改正に関する要望書」17頁等)、暗号資産の期末の時価評価の範囲については今後も議論の対象となる可能性がある。 3 適用時期 上記改正案の適用時期については、明らかにされていない。 (了)
《速報解説》 中小企業向け設備投資減税に係る対象資産の見直し及び延長等 ~令和5年度税制改正大綱~ Profession Journal編集部 令和5年度の税制改正大綱(令和4年12月23日閣議決定)では中小企業関連税制として既報のとおり資本金1億円以下の中小企業に対する軽減税率が延長されたほか、令和5年3月31日に適用期限を迎える設備投資に係る税制措置について、下記の改正案が示された。 まず中小企業投資促進税制(中小企業者等が機械等を取得した場合の特別償却(30%)又は税額控除(7%)(措法42の6))は、適用期限が令和7年3月31日まで2年延長されるとともに、対象資産について次の見直しが行われる。 次に中小企業経営強化税制(中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却(即時償却)又は税額控除(7%又は10%)(措法42の12の4))についても適用期限が令和7年3月31日まで2年延長され、対象資産(特定経営力向上設備等)について次の見直しが行われる。 また、中小企業防災・減災投資促進税制(特定事業継続力強化設備等の特別償却(措法44の2))は、昨今の激化する自然災害への事前対策を強化するため、対象に「耐震装置」を追加し適用期限が令和7年3月31日まで2年延長される一方で、令和3年度改正に続き段階的に特別償却率の引下げが行われる。 なお中小企業技術基盤強化税制(措法42の4④)、いわゆる中小企業向けの研究開発税制の見直し等については後日公開の別稿を参照されたい。 最後に新設制度として、資本金1億円以下等の税制上の要件を満たす中小企業が市町村から認定を受けた「先端設備等導入計画」(労働生産性が年平均3%以上向上する等)に記載された一定の機械・装置等の固定資産税について、課税標準を最初の3年間、2分の1(同計画に一定の賃上げ表明に関する記載がある場合は取得時期に応じ最初の5年又は4年間、3分の1)とする特例措置が令和7年3月31 日まで講じられる。 【参考】 (※) 経済産業省「令和5年度(2023年度)経済産業関係 税制改正について」P44より (了)
《速報解説》 金融庁から「監査法人のガバナンス・コード」の改訂案が公表される ~会計監査の更なる品質確保のため、組織体制や透明性の確保等の考え方・指針を見直す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和4(2022)年12月26日、監査法人のガバナンス・コードに関する有識者検討会は、「「監査法人の組織的な運営に関する原則」(監査法人のガバナンス・コード)(案)」を公表し、意見募集を行っている。 これは、令和3年11月に「会計監査の在り方に関する懇談会(令和3事務年度)」で取りまとめた論点整理や、令和4年1月に「金融審議会公認会計士制度部会」で取りまとめた報告書などを受けて検討したものである。 意見募集期間は2023年1月31日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 監査法人が果たすべき役割 上場企業等の監査を行う監査法人には、その規模にかかわらずより一層高い会計監査の品質を確保するための組織的な体制整備が求められる。 また、法人の構成員による職業的懐疑心が十分発揮されるよう、適切な動機付けを行う人材育成の環境や人事管理・評価等に係る体制の整備に留意する。 グローバルネットワークへの加盟や他の法人等との包括的な業務提携等については、会計監査の品質の確保への効果が期待される反面、監査法人の意思決定に影響を与え得ることなどにより、会計監査の品質の確保やその持続的向上に支障をきたすリスクを生じさせる可能性もあるとしている。 指針において次のことが記載されている。 2 組織体制 上場企業等の監査を担う監査法人は、無限責任監査法人や有限責任監査法人といった法人形態その他の形式的又は実質的な違いにかかわらず、会計監査の品質の確保及びその持続的向上を図る観点から実効的な経営機能を有することが必要である。 例えば、監督・評価機関を設け、独立性を有する外部の第三者の知見を活用することが記載されている。 指針において次のことが記載されている。 3 透明性の確保 指針において、監査法人は、品質管理、ガバナンス、IT・デジタル、人材、財務、国際対応の観点から、規模・特性等を踏まえ、以下の項目について説明することを示している。 また、グローバルネットワークに加盟している監査法人や、他の法人等との包括的な業務提携等を通じてグループ経営を行っている監査法人は、以下の項目について説明することを示している。 (了)
《速報解説》 金融庁、監査報告書の記載事項に公認会計士等が被監査会社から受領する報酬に関連する事項を追加する内閣府令の改正案等を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和4(2022)年12月23日、金融庁は、「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」等を公表し、意見募集を行っている。 これは、監査報告書の記載事項に公認会計士又は監査法人が被監査会社から受領する報酬に関連する事項を追加するものである。 意見募集期間は2023年1月31日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 監査証明を受けようとする会社その他の者を「被監査会社等」と規定する。 「「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令」の取扱いに関する留意事項について(監査証明府令ガイドライン)」も改正する。 1 監査報告書の記載事項の追加 監査報告書の記載事項として、次の規定を設ける(「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令」4条1項1号リとして追加)。 2 記載不要となる報酬関連事項 報酬関連事項は、次の有価証券届出書・有価証券報告書に係る監査報告書には記載不要となる。 3 省略できる報酬関連事項 次の場合には、参照文言を記載することなどの要件を満たすことにより、報酬関連事項の記載を省略できる。 Ⅲ 施行期日等 パブリックコメント終了後、所要の手続を経て公布、施行(2023(令和5)年4月1日)の予定である。 経過措置に注意する。 (了)
《速報解説》 NISAの抜本的拡充と恒久化 ~令和5年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 令和4年12月23日(金)に閣議決定された「令和5年度税制改正大綱」では、家計の資産を貯蓄から投資へと積極的に振り向け、資産所得倍増につなげるため、NISAの抜本的拡充と恒久化が示された。新たな制度は、令和6年1月から適用される。 改正のポイントは、次の3点である。 以下、解説を行う。 【1】 制度の恒久化 若年期から高齢期に至るまで、長期・積立・分散投資による継続的な資産形成を行えるよう、非課税保有期間を無期限化するとともに、口座開設可能期間について期限を設けず、NISA制度は恒久的な措置とされる。 【2】 年間投資上限額の拡充 資金に余裕があるときに集中的な投資を行えるよう、年間の投資上限額が拡充される。 具体的には、一定の投資信託を対象とする長期・積立・分散投資の枠である「つみたて投資枠」と上場株式への投資が可能な「成長投資枠」の2つの枠組みが用意され、投資上限額は次のとおりとなる。 【3】 生涯非課税限度額の設定 高所得者層への際限のない優遇とならないよう、生涯にわたる非課税限度額として1,800万円が設定される。そのうち、成長投資枠の限度額は1,200万円である。 * * * 上記【1】~【3】から、2つの新しい投資枠を備えたNISAについてまとめると、次のとおりとなる。 (※) NISAは、安定的な資産形成を目的とする制度であることから、整理銘柄や、高レバレッジ型、信託期間20年未満、毎月分配型の投資信託等は対象から除外される。 (注) 年齢についての改正はないことから、いずれの制度も18歳以上が対象となる。 【4】 現行NISAの取扱い 現行のNISA(一般及びつみたて)については、令和5年末で買付を終了することとされ、非課税口座内にある商品については、新制度の外枠で現行の非課税措置が継続される(※)。 (※) 現行制度から新制度へのロールオーバーは不可 (了)
《速報解説》 車体課税の見直し及び自動車製作者等の不正行為に伴う再発抑止策の強化 ~令和5年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 菊地 弘 令和4年12月23日(金)に「令和5年度税制改正大綱」が閣議決定された。 大綱に示された自動車の車体課税等に関する主な改正事項等は次のとおりである。 1 車体課税等の見直し (1) 自動車重量税(国税) 「自動車重量税のエコカー減税」(排出ガス性能及び燃費性能の優れた環境負荷の小さい自動車に係る自動車重量税の免税等の特例措置)について、現行制度を令和5年末まで据え置いた上で次のとおり見直し、その適用期限を合計3年延長する。 ① 乗用車(自家用・タクシー) (注1) 電気自動車等:電気自動車、燃料電池自動車、プラグインハイブリッド自動車、天然ガス自動車(以下、本稿内において同様) (注2) ガソリン車・LPG車・ディーゼル車の減免対象は、令和2年度燃費基準達成車かつ平成30年排出ガス規制50%低減達成車に限る。 ② 重量車(トラック・バス) ③ 自動車重量税の納付の事実の確認等の特例措置についての見直し (2) 自動車税環境性能割・軽自動車税環境性能割(地方税) 環境性能に応じた非課税又は税率の適用区分について、次の見直しを行う。 〇自動車税(自:自家用乗用車、営:営業用乗用車) (注) ガソリン車等の減免対象は、令和2年度燃費基準達成車に限る。 〇軽自動車税(自:自家用乗用車、営:営業用乗用車) (注) ガソリン車等の減免対象は、令和2年度燃費基準達成車に限る。 〇自動車税、重量車(トラック・バス) (注) ガソリン車等の減免対象は、令和2年度燃費基準達成車に限る。 (3) 自動車税種別割(地方税) 「種別割のグリーン化特例」〈種別割において講じている燃費性能等の優れた自動車の税率を軽減(軽課)し、一定年数を経過した自動車税の税率を重くする(重課)特例措置〉について、次の措置を講じる。 〇自動車税(自:自家用乗用車、営:営業用乗用車) (注) ガソリン車等の減免対象は、令和2年度燃費基準達成車に限る。 〇軽自動車税(自:自家用乗用車、営:営業用乗用車) (注) ガソリン車等の減免対象は、令和2年度燃費基準達成車に限る。 (4) 自動車税・軽自動車税の賦課徴収の特例措置についての見直し 2 租税特別措置等 (国税) [延長・拡充等] (地方税) [新設] 〈軽自動車税種別割〉 [拡充・延長等] 〈自動車税環境性能割〉 (了)
《速報解説》 一部の相続人から更正の請求があった場合の他の相続人に係る除斥期間の見直し ~令和5年度税制改正大綱~ 税理士 齋藤 和助 本稿では、令和4年12月23日に閣議決定された令和5年度税制改正大綱に示された、「一部の相続人から更正の請求があった場合の他の相続人に係る除斥期間の見直し」について解説する。 1 除斥期間とは 除斥期間とは、一定の権利について、その権利を行使しない場合の権利の存続期間をいい、権利を行使しないまま一定期間が経過すると、権利が消滅するという制度である。国税における更正決定等の賦課権の期間制限には、この除斥期間の制度が採用されている。 2 現行の相続税の除斥期間(国税通則法70条) 相続税の更正決定等の除斥期間は、法定申告期限から5年を経過する日までとされている。ただし、除斥期間が満了する日以前6ヶ月以内に、一部の相続人から更正の請求があった場合には、その一部の相続人に係る更正又はその更正に伴って行われる加算税の賦課決定の除斥期間については、その更正の請求があった日から6か月を経過する日まで延長される。 3 現行制度の問題点 現行制度においては、除斥期間が満了する日以前6ヶ月以内に、一部の相続人から相続税の更正の請求があった場合、更正の請求をした相続人に対しては、請求があった日から6ヶ月を経過する日まで除斥期間が延長されるが、他の相続人は延長されないため、他の相続人の課税価格・税額の是正が必要になっても、更正決定等が間に合わない場合がある。 4 改正の内容 除斥期間が満了する日以前6ヶ月以内に一部の相続人から相続税の更正の請求がされた場合において、その請求に係る更正に伴い、他の相続人に係る課税価額等に異動を生ずるときは、他の相続人の相続税に係る更正決定又はその更正決定等に伴う加算税の賦課決定の除斥期間についても、その請求があった日から6ヶ月を経過する日まで延長することとする。 ただし、その更正の請求が、他の相続人の本来の除斥期間満了日以前にあった場合に限られる。また、上記改正とあわせて、同日までは修正申告書等の提出も可能とする。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (出典) 「自由民主党税制調査会資料」(令和4年11月29日)より筆者一部加工 5 適用時期 上記改正は、令和5年4月1日以後に申告書の提出期限が到来する相続税について適用する。 (了)